重村智計(東京通信大教授)

 南北首脳会談が4月27日に開催されることが決まった。5月中には米朝首脳会談が行われる予定である。これに先立つ形で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は3月末に中国を訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った。

 この動きを受けて、日本政府の「置き去り」「乗り遅れ」を主張する報道や論調が多い。中には、便乗して「私が平壌につなぐ」「首相の訪朝を実現する」と売り込み、首相官邸周辺を徘徊する「詐欺師」まで現れた。

 しかし、日本で金委員長に直接つながる個人や組織など99%いない。そんなチャンネルがあれば、とっくに機能しているだろう。北系団体や親北政治家、運動組織の多くは嘘つきだ。民主党政権時代、官邸はこの手の「詐欺師」に多額の「機密費」を騙し取られてしまった。

 「置き去り」や「乗り遅れ」を唱える論者は、真実を隠す「北の手先」なのだろうか。さもなくば「朝鮮半島の国際政治」を知らず、「日本への愛情」もない人たちといわざるを得ない。

 かつて、1990年の「金丸訪朝団」をはじめとして、渡辺美智雄氏(95年)、森喜朗氏(97年)、飛鳥田一雄氏(77年)など与野党の指導的政治家が、北朝鮮を競って訪問した。だが、結局コメなどを北朝鮮に「援助」として奪われただけで、日本の成果は何も残っていない。その「成果なき訪朝」を動かしたのは「乗り遅れ」と「置き去り」の声だったのである。だから「置き去り」論は「戦略的歴史観」に欠けている。

 朝鮮半島に軍事的、政治的に深く関与すると、日本は必ず大敗北することを歴史は教えてくれた。7世紀の白村江の戦いや、豊臣秀吉による文禄・慶長の役は歴史的大敗北に終わった。中国が必ず介入するからだ。近代に入っても、日清、日露の戦勝後は帝国主義的植民地化の失敗により、韓国と北朝鮮からいまだに恨まれ、日韓・日朝外交も混迷したままだ。
1990年9月、会談の冒頭、「金丸訪朝団」の金丸信元副総理(左)と田辺誠・社会党副委員長と握手する北朝鮮の金日成主席
1990年9月、会談の冒頭、「金丸訪朝団」の金丸信元副総理(左)と田辺誠・社会党副委員長と握手する北朝鮮の金日成主席
 しかしながら、朝鮮戦争に直接参加しなかった戦後の日本は、「朝鮮特需」により経済復興という利益を手にしたのである。この教訓は非常に重い。

 実は、中朝首脳会談において、報道も専門家も見落とした一節がある。「朝鮮半島情勢は重要な変化も起きている。情義の上でも道義の上でも、私は時を移さず、習近平総書記同志と対面して状況を報告すべきだった」。中国外務省の公表文には、金委員長のこの発言があった。

 この発言は「これまで中国を訪問せず申し訳なかった」という金委員長の謝罪である。「情義」「道義」という言葉にも、「義理と人情を忘れていた」とのお詫びが込められている。「時を移さず、状況を報告すべきだった」ということから、北朝鮮が南北首脳会談と米朝首脳会談を中国側に事前説明しなかった事実が読み取れる。

 また、夕食会でのあいさつで、金委員長はこうも述べている。「両国関係を継承・発展させる一念で、中国を電撃的に訪問した。我々の訪問提案を快諾した習近平国家主席に感謝する」。特に「訪問を受け入れた習近平主席に感謝する」との言葉には、中国がようやく訪問を許した、との真実がうかがえる。中国は「核放棄を約束するまで訪問させない」との方針を示していたとされるが、金委員長の言葉により、くしくも裏付けられた格好である。