また、女性の雇用増加もアベノミクス以降の雇用環境の改善が後押ししている。非正規雇用についても5カ月減少が続き、不本意な形で非正規雇用になっている人たちも減少している。対して、正規雇用はやはり増加し続けている。これらは労働力調査など統計を単に検索すればわかることであり、石破氏の想定とは違っているのである。

 石破氏は雇用の構造的変化を前提にして、つまりアベノミクスによる雇用増を無視して、再分配的な賃上げが必要だと考えるのだろう。だが、現状では構造的な変化ではなく、景気の改善という循環的要因での変化が主流である。石破氏の認識は前提からして間違っていることは指摘した通りだ。ならば、賃上げは、まず「人手不足」(労働への超過需要)のさらなる全般化で生じるだろう。

 例えば、よく反アベノミクス論者で話題になる「実質賃金が低下しているからアベノミクス失敗」というトンデモ経済論がある。これは上述したように、新たに採用される高齢者やパート・アルバイト、そして新卒の増加という、いわゆる「ニューカマー効果」を全く無視した議論である。失業率が低下するなど雇用状況が改善していけば、実質賃金の低下はままみられる現象である。これは単純な割り算でもわかることだ。

 実質賃金は、平均賃金を物価水準で割ったものである。仮に物価水準は変わらないとしよう。今まで働いていた人の賃金を30万円とすると平均賃金も30万円である。そこに新しく採用された大卒社会人の賃金が20万円だと、平均賃金は30万円から25万円に低下する。これがニューカマー効果である。このニューカマー効果を無視して、実質賃金の低下ばかりに目が行く議論は筋悪である。

 では、物価の変化を加味するために、平均賃金ではなく、総雇用者所得でもみてみよう。総雇用者所得は、平均値ではなく、簡単に言うと経済全体の所得のうち、働く人たちがどのくらい得ているかを表す指標である。これを物価水準で割ったものが実質雇用者報酬である。最近の数値でいうと、実質総雇用者所得の2018年1月の対前年比は0・8%増(名目は2・2%増)である。この1年あまりの対前年比の平均は1・2%増となっている。

 緩やかな増加傾向にあるといってよく、さらに加速させていくことが重要になる。増加させるためには、さらなる積極的な経済刺激策が求められる。財政再建による消費税増税や金融緩和の出口政策を取ることではないのである。だが、この発想はもちろん石破氏にはない。
2016年3月、衆院本会議で予算案が可決され、石破茂地方創生担当相(中央)らと笑顔を交わす安倍晋三首相(右、斎藤良雄撮影)
2016年3月、衆院本会議で予算案が可決され、石破茂地方創生担当相(中央)らと笑顔を交わす安倍晋三首相(右、斎藤良雄撮影)
 ただし、石破流「再分配的な賃上げ」を筆者は否定しない。例えば、「就職氷河期」といわれる世代の生涯所得の落ち込みが深刻である。十分な所得を得られないままだと定年後に年金などの社会保障を十分に得られない可能性もある。この対応には、石破氏の案でもなんでもないが、就職氷河期世代に対象を絞った持続的な再分配政策も一案だと思っている。

 他方で、経済認識の前提を誤った上で、うまくいっているアベノミクスを維持可能性がないからといって次第に弱めてしまうことが賢明とはいえない。石破氏が賢明でなくても別に構わないが、国民が迷惑することだけは勘弁願いたい。