風樹茂(作家、国際コンサルタント)

 サッカー・ワールドカップは異質な民族が集う世界最大の祝祭である。祝祭では日常の仮面が剥ぎ取られ、本性が明らかになる。各民族の強さや脆が露わになる。サッカー巡礼者の心構えで筆者が訪れた前回ブラジル大会では、日本はまさに脆さが見えた。ロシア大会では是非雪辱を果たしてもらいたいものだ。

 そのためのヒントを教示してもらうのに、最も相応しい方は誰か? 思い浮かんだのは、「ブリオベッカ浦安」テクニカル・ディレクターの都並敏史さんだ。日本サッカーの過去・現在を踏まえ、未来像を描き、かつ元代表で日本一の代表ファンでもある。そして、ディエゴ・マラドーナさえ激怒させた狂気の左サイドバックの異名を持つ。

風樹 日本のサッカーは、選手、関係者、ファンを含め、パスを美しく回すのがその流儀だと思っていた節があります。例をあげれば、中田英寿、小野伸二、中村俊輔などの華麗な中盤の選手がそろっていた2006年のドイツ大会、また本田圭佑、長友佑都選手などが「日本のサッカーを見せる!」と意気込んでいた前回2014年のブラジル大会です。いずれも惨敗してしまいました。なぜ、華麗なサッカーがもてはやされてきたのか、またそれが日本的サッカーなのでしょうか?

都並 それは歴史的な経緯があるからです。日本のサッカーはしばらくの間、ブラジルサッカーの影響を強く受けてきた。選手も監督も外人で一番多いのはブラジル人です。

 ぼくが所属した読売クラブとヴェルディでブラジル人と接してきた結果からいうと、ドゥンガは例外としても、基本的にブラジルは夢のある、個人の能力を全面に押し出すサッカーで、ジーコ監督がまさにそうで、ドイツでは惨敗した。相手を研究して潰すというサッカーではない。ブラジル的なサッカーは力のある個人、組織があって初めて実るものだと最近になって気付いたのではないかと思います。

風樹 今はその反省にあるといえるのでしょうか?

都並 もちろん、反省と研究を繰返しながら進んでいる。先日のオーストラリア戦がまさにそうで、全員がコレクティブにハードワークをして、守備をしていく。それでなくては技術レベル、戦術レベルの高い国には勝てないのではないか。
サッカー2006ドイツW杯で試合を見詰めるジーコ監督ら日本ベンチ=ドルトムント(共同)
サッカー2006ドイツW杯で試合を見詰めるジーコ監督ら日本ベンチ=ドルトムント(共同)
 ぼくの考えではワールドカップというのは南米、ヨーロッパが互いに切磋琢磨して、戦術や守備を勝つために補ってきた。たとえばブラジルに勝てないからアルゼンチンは守備をどうするかを考えたわけで、日本でも相手を潰してなんぼや、という考えが浸透してきた。