ロシア大会を目前に控えた状況で大混乱を招いた責任を取る立場となる、西野氏を後任に据える異例のオファーを出した田嶋会長は、会見で理由をこう語っている。

 「新しい監督については、こういう緊急事態だからこそ内部からの昇格しかないと考え、このチームをずっと見てきた西野さんに決めました。ここまでの代表チームの準備を知っていて、ハリルホジッチ監督をサポートしようと最後まで頑張っていたので」

 今でも「マイアミの奇跡」として語り継がれる、1996年のアトランタ五輪のグループリーグ初戦。サッカー王国ブラジルを撃破したU-23日本代表の監督だった西野氏だが、シーズン途中で就任したヴィッセルでは約半年で解任され、グランパスでも結果を残せないまま2年で退任した。

 現場を離れて2年半もの時間が経過し、初めて選手たちを手元に集められるのは、最も早くて5月21日となる。それまでは、海外リーグはシーズンの閉幕へ向かい、対照的に開幕したばかりのJ1は週に2試合を消化する過密スケジュールとも戦っていく。

 コロンビア代表とのグループリーグ初戦は6月19日。あまりに短い時間の中で代表メンバー23人を選び、対戦相手を分析して戦い方を定め、チームを戦う集団へとまとめていく。名将と呼ばれる、世界中のどのような監督でも遂行するのは極めて困難なミッションだと言っていい。

 「確かに(交代の)タイミングとしては遅いかもしれません。ただ、短い期間だからこそ、みんなが集中できるかもしれない。期間が長ければ、また別の摩擦が生まれていたかもしれないので」
スタッフ会議後、報道陣の取材に応じるサッカー日本代表の西野監督=2018年4月10日、東京都文京区(中井誠撮影)
スタッフ会議後、報道陣の取材に応じるサッカー日本代表の西野監督=2018年4月10日、東京都文京区(中井誠撮影)
 田嶋会長が期待をかけた、断崖絶壁に追い込まれた末にわき出てくる火事場の底力的な状況は果たして生まれるのか。短時間での日本代表再建を託された西野氏は急ピッチでコーチングスタッフを組閣し、12日の記者会見で目指すスタイルを含めた所信を表明する。