また、1844年に起きた末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の創設者ジョセフ・スミス・ジュニアの死は、反逆罪容疑での収監中に暴徒に襲撃されて死亡したものである。
※画像はイメージです(iStock)
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 さらに、第二次世界大戦後に世界を驚かせた宗教集団教祖の衝撃的な死としては、1978年の人民寺院の創設者ジェームズ・ウォーレン・“ジム”・ジョーンズ、1997年の「ヘヴンズ・ゲート」(UFOを信仰するカルト)創設者のマーシャル・アップルホワイトの死などが知られているが、いずれも信者を巻き込んだ集団自殺によるものであった。

 1993年のセブンスデー・アドヴェンチスト分派の「ブランチ・ダビディアン」の教祖、デビッド・コレシュ(本名:バーノン・パウエル)の例も教団の武装化に対する強制捜査中の火災による焼死だった。

 また、2010年のカナダのカトリック系カルト集団「アント・ヒル・キッズ」の教祖、ロック・タリオの死は、終身刑で服役中に獄中で他の囚人により殺害されたものであり、いずれも死刑によるものではない。

 つまり、仮に麻原の死刑が執行された場合、一定規模以上の宗教集団の教祖に対する死刑執行という点で、近代先進諸国の歴史上においても稀有(けう)な機会が到来することになる。

 こうしたことから、来るべき麻原の死刑執行が、オウム後継団体などの信者らによる麻原らの神格化をもたらすのではないか、また、報復的テロ活動や死刑執行前の教祖奪還に向けた実力行使が生じるのではないかという懸念の声が上がっている。

 たしかに、そのような可能性は否定できないであろう。しかし、そうしたリスクをもって、麻原らの死刑執行を回避するとすれば、つまり「教祖」がゆえに死刑執行を慎重にするならば、逆に「教祖」の死刑執行が宗教集団の指導者であるがゆえに早められるような事態と同様、法の下の平等の観点から問題が生じることになる。

 ただ、オウム真理教に関しては、國松孝次警察庁長官狙撃事件など未解決の「謎」も残っている。もし、死刑囚らからそうした「謎」に関する有益な社会的・国家的情報が得られる機会があったとすれば、これまでに高度な政治的・行政的判断として「司法取引的手法」が用いられたかもしれない。