小林信也(作家、スポーツライター)

 女子レスリングのパワハラ問題に、ようやく一つの動きがあった。日本レスリング協会が委託した第三者委員会の調査報告書が出され、4つのパワハラが認定された。4月6日、協会は臨時理事会を招集し、この調査報告書の内容を認定した。同日、栄和人氏が強化本部長を辞任。そして理事会の後、協会の福田富昭会長ら首脳陣が謝罪会見を行ったが、副会長の一人である至学館大学長、谷岡郁子氏の姿はなかった。

 報告書で、パワハラが一部認定され、栄氏が強化本部長を辞任したことは、一つの進展と言えるだろう。だが、栄氏だけが責任を負い、他は謝罪だけで現職にとどまっており、これで十分な検証と再発防止策が構築されたと言えるだろうか。

 ただ、協会の理事会及び倫理委員会は、「第三者委員会の報告・認定をそのまま受け入れる」という基本姿勢を明らかにした。それは「誠に潔い」との印象を受ける。ところが、第三者委員会の認定は告発された問題のごく一部に限られ、そのほとんどは栄氏の行為に対するものだった。

 一方で、日本レスリング協会や会長、専務理事らは、シロ(もしくはグレーだがクロではない)と判定されている。「決定を全面的に受け入れる」との宣言は、「協会や会長、専務理事に問題はなかった」との報告を受け入れることと同義となる。つまり、結果的にこの騒動はあくまで栄氏個人の問題であって協会の根本的な体質見直しを問うことなく終息しかねない流れになっている。

 記者会見では、強化本部長に栄氏を選んだ会長の「任命責任」が問われたが、私は福田富昭会長の責任は「任命」にとどまらないと考える。強化方針や日常の指導姿勢に関して福田会長はおおむね理解し、承認していたと思われるからだ。そもそも監督としての栄氏の指導方針は、日本レスリング協会第3代会長、八田一朗氏にちなんで「八田イズム」と呼ばれ、協会全体が信奉し継承する思想を根底に置いている。
東京五輪レスリング金メダリストの花原勉氏、コーチのドガン氏、八田一朗・日本アマチュアレスリング協会会長(左から)=駒沢体育館、1964年10月
東京五輪レスリング金メダリストの花原勉氏、コーチのドガン氏、八田一朗・日本アマチュアレスリング協会会長(左から)=駒沢体育館、1964年10月
 八田イズムは、言い訳を許さず、人間的な成長も重視する合理的な教えでもあるが、すべては「勝利のため」、勝利至上主義が徹底して貫かれている。第二次世界大戦の敗戦から立ち直ろうとしていた日本の当時の時代背景を理解しないと、一つ間違えばパワハラそのものと言われかねない極端な精神論を含んでいる。

 これが根本的に見直され、新たな時代の指導論が構築共有されない限り、パワハラ問題の根っこはなくならないだろう。協会ホームページのリンクから「伝統の八田イズム」の記述がすぐ読める。そこにこう記されている。

 東京五輪で金メダル5個を取り、世界有数のレスリング王国を築いた日本レスリング。その裏には、八田一朗会長(日本協会第3代=1983年没)の独特かつユニークな強化方法があった。

 のちの日本レスリング界をも支えた「八田イズム」は、一見して“スパルタ指導”ともとられた。確かに、その厳しさは半ぱではなかったが、極めて合理的なことばかりであり、そのすべてが強くなるために意義のあることだったといえる。日本レスリング協会の強化の基盤であり、世界一になった選手を支え、現代でもその精神は脈々と生き続けている。

 八田会長の残したすばらしい偉業と現代でも通じる強化法を紹介したい。(監修/日本レスリング協会・福田富昭会長、同・今泉雄策常務理事

 これを見る限り、協会が世界一を目指すことに主眼を置き、普及や健康、生きがい作りといった活動にはそれほど熱心ではない体制も感じられる。