さらに、妄想的な信者の中には「麻原の姿を見た」という者もいます。そもそも瞑想(めいそう)を好み、トランス状態に入りやすい人たちが多い教団ですから、そうした話は出てきます。笑い話になりますが、20年ほど前、私が拘置所に拘留されていた際、拘置所の外で私の姿を見たと言う人や、道場に私の姿が現れたという人がいたほどです。

 重要なことは、死刑が執行されなければ、逆に本当の意味で神格化される可能性があることです。というのは、麻原は獄中メッセージの中で「不死の身体を得る修行をしている」と主張し、逮捕前の著作で「私はイエスのように負ける(=処刑される)のではなく、ダビデのように(戦いに)勝つ救世主である」と示唆しています。

 さらにアレフの幹部信者は、弟子たちが帰依を深めれば、麻原は涅槃(他界・死亡)しないと説いています。実際、2012年前後に平田信、菊地直子、高橋克也の3人が出頭ないし逮捕され、麻原の死刑執行が延期になった際には「自分たちが麻原の帰依を深めていたからである」と説いています。自分たちの帰依が麻原に通じて、麻原の「超能力」によって、平田らが出頭したという話になっているとも聞いたことがあります。

 よって、死刑を執行しなければ、信者の多くが麻原の予言通り、イエスを超えた「不死の救世主」となったとか、「自分たちの帰依と麻原の超能力が死刑を止めた」と解釈する可能性があります。その結果、アレフ教団がますます勢いづく可能性は否定できません。

 そして、宗教における神格化とは多くの場合、信者が自己の信仰を守り、自尊心を充足させるために行うものであり、時には自己防衛反応によるものだと思います。よって、そうした必要がない心理状態を別に与えない限りは、周囲が過剰に心配しても、何ら良い方向に行かないと思います。

 結論は非常にシンプルです。社会が麻原を他の死刑囚と同じように扱い、いかなる意味でも異なる扱いをしないことが、麻原の神格化を最小限にして、アレフを善導することになると思います。逆に、過剰反応して社会が普通と異なる扱いをすれば、結果として教団と社会が悪い意味で「共鳴振動」するかもしれません。

 その意味で先日、オウム死刑囚の死刑執行を粛々と行うよう法務大臣に求めた被害者団体の方々の姿勢は、神格化を防ぐ手立てになると思います。法務省や警察関係者は、執行に向けて入念な準備が必要だと思いますが、メディアが過剰に騒ぎ立てれば、アレフの抑制のためには「逆効果」となるのではないでしょうか。
記者会見する麻原彰晃死刑囚ら=1990年
記者会見する麻原彰晃死刑囚ら=1990年
 さて、一部報道では、死刑執行の際、信者による報復テロなどが起きるのではないかと心配する声がありましたが、私の知る限り、そうした心配もまずないと思います。

 なぜならアレフは、自分たちは不殺生の戒律を守り、過去にも殺人やテロは一切やっていないという立場だからです。そもそもオウム事件は「何者かの陰謀である」と布教しており、過去にも未来にも、殺生をする者ではないという意識があるからです。

 この背景として、過去の事件に関与した者たちは、拘置所に収監中であり、現在アレフにいる信者は、95年までの教団武装化に関与した主要なメンバーではなく、過去の教団のテロ事件を実体験していないという事情があります。

 ただ、麻原は逮捕される直前に、同じ旧上九一色村(現・山梨県富士河口湖町)にいた側近の幹部信者に「自分が逮捕されたらテロを続けろ」とか、「自分を奪還しろ」と焦りのあまり言ったことがあったそうです。