高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 経済をめぐる米中の対立が激化している。発端となったのは米国の対中制裁だ。米当局は「中国の知的財産権侵害に対するもの」との声明を発表している。

 中国といえば、悪名高き「ニセモノ大国」として広く知られている。知的財産権侵害で怒りを買うのも当然という印象を持たれるかもしれないが、その理解には落とし穴がある。一般的に「ニセモノ大国」としてイメージされるのは、海賊版やニセモノ・ブランド品の横行だろう。これらは民間企業の問題だが、この数年で急速に状況が変化しつつある。

 例えば音楽、漫画、映画やドラマ、アニメ、スポーツといったエンターテインメント・コンテンツだが、近年では正規配信が急増している。中国エンタメ業界の巨人である騰訊(テンセント)は動画配信、音楽、漫画、小説などのジャンルで有料配信への導入を続けている。2017年の財務報告では動画配信の有料視聴権は延べ5600万件に達したと発表した。

 筆者は先日、広東省深圳市にあるテンセントが入居するオフィスを訪問したが、トイレに貼られていた社内誌『微報』の漫画が興味深かった。「ゲーム権益の保護-特許申請」というタイトルだ。「ライバル社にパクられまくりでつらい!」と訴える青年に、テンセントのマスコットであるペンギンがふんした裁判官が「特許で守りなさい! 特許が認められればパクリを抑止できるし、ボーナスや昇進につながるよ!」とアドバイスする内容である。

 テンセントといえば、かつては他社とそっくりのプロダクトを出すことで知られていた。同社の主力製品であるメッセージソフト「QQ」はもともと「QICQ」という名称で、世界的なメッセージソフト「ICQ」とそっくりのデザインや機能を持っていた。ICQから警告を受けて「QQ」と改称した経緯があるほどだ。そのテンセントが今や正規配信の「擁護者」なのだから、中国の変化はすさまじい。
中国のIT大手、騰訊(テンセント)の社内誌「微報」の漫画の一コマ
中国のIT大手、騰訊(テンセント)の社内誌「微報」の漫画の一コマ
 急激な変化の背景にあるのは中国政府の方針転換だ。2010年代に入り、政府は国内コンテンツホルダーの育成、権利擁護にかじを切った。以前ならば、大手動画配信サイトが海賊版を公開していても「ユーザーがアップロードしたものならば、配信サイトの責任は問われない」との判例が定着していたが、近年では海賊版削除の義務を怠ったとして敗訴する事例もある。

 もちろん、いまだに海賊版は少なからず存在しているが、環境が急激に変化しているのは間違いない。ある中国アニメスタジオの経営者は「5年以内にはネットの海賊版は壊滅するのでは」との見通しを示した。逆にまだ問題が多いのが商品のニセモノだという。ネットサービスは監視しやすいが、小商店までは監視の目が行き届かないというのがその理由だ。日本社会の常識では、ネットこそ「海賊版の温床」というイメージだが、中国ではむしろ逆だという。

 米当局の声明を見ても、問題視されているのは「ニセモノ大国」という民間企業パートではなく、規制という国家の問題だ。外資規制による技術移転の強要や不公正な技術移転契約が取り沙汰されている。