人生は2度ある。それを若いうちから意識しておかなければいけません。ところが、今の若い人は、哲学や文学をあまり読まないこともあり、人生が2度あるとはっきり意識している人はそんなに多くないと思います。

 人生が2度あるなら、50歳までの人生の準備と、50歳以降の人生の準備は、それぞれ別に考える必要があります。

 私たちは、訪れる未来に対して常に準備をしています。朝、起きて意識がはっきりしてくると、起き上がってカーテンを開けたりします。顔を洗い、歯を磨いて、1日が始まる準備をします。それが、毎日毎日、1年365日、一生続きますからものすごい回数になります。人間の代謝速度が遅ければ洗顔や洗髪、入浴は1週間に1度でいいかもしれませんが、そうはいかないので、どんなに時間がなくても日々の暮らしの準備が必要になります。

 その準備を、第1の人生(50歳まで)という長いスパンの中で考えてみましょう。

 自分が家庭を持って子供を作りたいと思うと、この準備は大変です。私の場合は男性ですから男性の場合で考えてみると、まず相手を探さなければいけません。職場にふさわしい女性がいればいいけれども、誰もが配偶者を探すための恵まれた環境にあるわけではありません。女性の友達も少ないかもしれない。さあ、どうしたらいいか……。そういうところから始めて、いろいろと作戦を練ったり、誰かと試しに付き合ってみたり、お見合いをしたりします。

 うまく相手が見つかって結婚式を挙げるとなると、さらに大変です。そのあと、子供を持つに至るまでには、多種多様の準備が必要です。

 私自身も、なぜこんなにたくさんの準備をしなければならないのかと思うことがありました。考えてみれば、人生というものは準備の連続なのです。

 そして第1の人生よりもさらに難しい準備が必要なのが、50歳から始まる第2の人生です。

 最も大切な準備は何かといえば、やはりそれは「生き方の準備」だと思います。人生をどのように生きるかは、人間にとって長期にわたる大きなテーマだからです。
奈良市の薬師寺で、写経をして先祖をしのぶ参拝者たち=2016年8月
奈良市の薬師寺で、写経をして先祖をしのぶ参拝者たち=2016年8月
 また、その「人生の生き方の準備」では、自分1人だけ、個人の人生だけを考えていては実は準備ができません。自分の人生を考える時には、常に先輩やご先祖がいて、そして自分がいて、子孫がいることに気づかされると思います。たとえば、「自分だけの人生」から「日本人としての自分の人生」というふうに視野を広げると、日本人の先祖がいて、その伝統・文化などの結果として自分がいる、日本人の子孫についても考えなくてはならないということに気づきます。