現在、「老後」という言葉が世の中ではよく使われます。何歳からが老人か、というような議論もなされています。しかし、人生は2度あるのですから、「第2の人生」は「老後」ではありません。「老後」と考えるから様々な問題が発生するのです。

 「第2の人生」はまったく価値観が異なる別の人生だと思ってください。つまり、「老後」なんてものはありません。そう考えれば、50歳以降の生き方も病気への対処法もすべて納得して準備することができます。

 人生が2度あると考えれば、すべてうまくいくのです。

 50歳以上の第2の人生においてもっとも影響が大きく、多くの人がもっている錯覚は「私は“老後”を生きている」と思っていることです。

 1920年代前半の日本人の平均寿命は男性が42・1歳、女性は43・2歳でした。赤ちゃんのときに他界する方を除いても50歳には達しません。江戸時代には45歳ぐらいで隠居するのが普通でしたが、昭和になっても50歳を超えたら確実に「老後」でした。

 戦後になって50歳や55歳以上の人生を「老後」と呼ぶようになったので、今でも「老後」や「高齢者」、もっとひどいものでは「後期高齢者」という言葉さえあります。

 この言葉の威力は絶大で、50歳を超えると「俺もそろそろ老後だ」と自分で思ったり、定年を過ぎると「高齢者扱い」を受けたりします。女性も50歳を超えると閉経を迎える時期でもあり、物忘れなどすると、つい「あたしも年取ったわね」とつぶやいたりします。
(iStock)
(iStock)
 人間は大脳に支配される動物ですから、毎日のように、自分を老人、高齢者、物忘れで年を取った……などと考えたり言ったりしていると、大脳から体の各部分にその指令がいって、本当に老化していきます。

 筋肉を増強する方法の1つに、強く筋肉を圧迫することがありますが、これには2つの意味があります。「筋肉を圧迫することによって、筋肉繊維を伸ばし、成長させる」という物理的意味と、筋肉に痛みを与え、その痛みが脳に伝わって、脳が「あそこの筋肉は強くしなければならない」という指令を出す意味を持っています。

 このように人間の体は、物質的な変化と、大脳の指令の2つでできていますから、「老後」という概念を持つことは第2の人生にとってとても危険なことです。

 仮に「老後」という概念をもって第2の人生を送ると、毎日、確実に「老化」します。足が弱くなる、目がかすんでくる、記憶力が弱くなる……。さらに、血圧降下剤を飲みたくなる、油のものを避けるようになる……。何か不都合なことが起こると年齢のせいにする……と病状が進んできます。

 反対に、「老後」という概念を捨て去ると、私はいま75歳ですが、75歳までまったく40歳ぐらいの時と変わりません。

 足はかえって強くなりました。これは72歳でゴルフを卒業して、人生で初めてテニスを始めたからです。「テニスからゴルフへ」という普通の流れの逆を行き、ゴルフからテニスに変えてみました。最初は72歳でテニスをするのか? と私自身もやや引いた感じでしたが、アキレス腱のケアや準備体操を十分にして臨みました。

 最初の半年は疲れ切って2週間に1回しかテニスができませんでしたし、テニスの後は疲れて寝ていました。でも3年を経た今では週にゆうゆう3回は楽しめ、激しいトレーニングも可能になり、疲れないのでそのまま次の仕事をしたりしています。

 70歳を超えてテニス? と思うことが足腰を弱めます。