ところが、この日の深夜になって、テレビ朝日が記者会見を行い、「被害者」がテレ朝の女性社員であったことを公表した。記者が週刊新潮に取材活動で得た情報を渡したことについては、「報道機関として不適切な行為」で反省しているという。女性記者は取材のため、約1年半前から1対1で数回食事をしたと説明しているが、これが本当なら次官も記者も問題である。

 私は、厚生労働大臣のときも、東京都知事のときも、取材であっても1対1で女性記者と会食することなどなかった。仮に、そのような可能性があるときは必ず秘書官を同席させたものである。次官側、財務省側の反論もあろうが、結局この問題はワイドショーが好んで取り上げるテーマとなり、さらに尾を引く可能性がある。

 では、福田次官の酒席での「狼藉(ろうぜき)癖」は今に始まった話ではないのに、なぜ、この時期に週刊誌報道が出てきたのか。それは件(くだん)の女性記者の週刊新潮への「タレコミ」がきっかけだというのが、テレビ朝日の会見の内容である。しかし、1年半前から2人で会食していたのに、なぜ、今になって週刊誌にネタを売ったかについては、十分な説明はない。

 そこで、本当にそれ以上の裏はないのか疑いたくなるのである。政治家と官僚の関係が、忖度、公文書改ざんなど、さまざまな点から問題になっている。うがった見方をすれば、今回のセクハラ疑惑報道は、政治家側、つまり自民党、首相官邸側の「高等戦術」ではないかとすら思いたくなる。

 なぜなら「悪いのは、財務省であり官僚であって、政治家ではない」というイメージを世間に拡散させるには、次官のセクハラ・スキャンダルは格好の材料になるからである。佐川国税庁長官(前理財局長)が辞め、今度は次官がやり玉に挙がるとすれば、「財務省悪玉論」が定着する。森友・加計問題も、政治家の関与などはなく、すべて悪いのは官僚だというイメージ操作に有力な材料を与えるであろう。

 知ってか知らずか、野党は鬼の首でも取ったかのように、政権批判に「大はしゃぎ」している。自らの調査でもなく、マスコミ報道に依拠して追及しているだけで、政権奪取の気概も何もない。国会では、国民のために必要な法案を審議するなど、他にやることが山積しているのではないのか。
テレビ朝日の女性社員が福田淳一財務事務次官のセクハラ被害を受けていたと明らかにする同社の篠塚浩報道局長=2018年4月19日未明
テレビ朝日の女性社員が福田淳一財務事務次官のセクハラ被害を受けていたと明らかにする同社の篠塚浩報道局長=2018年4月19日未明
 権力闘争に明け暮れる一方で、解散総選挙を恐れる戦略の無さは、政党支持率が低迷し、一向に改善しないことにも現れている。野党の無策に、国民も閉口していることに気づくべきである。