木村三浩(「一水会」代表)

 今年1月、東京・大田区の多摩川で亡くなった評論家、西部邁(すすむ)先生の「自裁」を手助けしたとして、4月8日、自殺幇助(ほうじょ)容疑で、東京MXテレビ子会社社員の窪田哲学、会社員の青山忠司の両容疑者が逮捕された。西部先生の自裁そのものもメディアで大きく報じられたが、それ以上に注目されたのが、2人の逮捕であった。

 窪田氏とは、MXテレビの番組『西部邁ゼミナール』などで何度も会い、酒席をともにしたこともある友人だ。とても礼儀正しい人物で、優しさとともに強い正義感を持った好青年である。青山氏に関しては、正確にいえば西部先生の密葬の際に初めて紹介を受けて話をしたので、それまでは面識がなかった。

 私は西部先生と酒席でご一緒することが多かったが、先生はよく「おい、窪田君を呼んでくれ!」と言って電話をかけ、窪田氏も時間が折り合う時にはその場に駆けつけていた。西部先生が窪田氏をとても頼りにしていたのがよくわかった。窪田氏は、口数は少ないが、自身の立場をわきまえた振る舞いができる人であり、西部先生が使う独特の表現や形容を、自身でかみ砕いて体得していた。また、西部先生の考え方や生き方に強く惹かれているように見えた。

 いつものように酒を飲んでいる時、究極的に信頼できる人間とはどんな人間かという話題になった。西部先生は戦後の高度成長を支え「電力の鬼」と呼ばれた財界人、松永安左エ門の言葉を借りて「刑務所に入ったことがある人」「大病をしたことがある人」「放蕩したことがある人」であると答えると、窪田氏が深くうなづきながら「そうですね」と共感していたことが印象に残っている。

 青山氏については、西部先生が主宰する私塾「表現者塾」で塾頭を務め、先生の政治的スタンスや問題意識、哲学にいたるまで、深く理解し共有していた人物だと思う。

 そんな私の友人である窪田氏と青山氏が、西部先生の死生観に共鳴し、自裁を手助けするまでに至ったことに驚きはしたものの、理解はできた。

 2人とも尊敬する西部先生の思いを尊重し、覚悟を決めての行動ではなかったかと思う。常日ごろから言葉だけで敬意を表するのでなく、いざというときに本領を発揮してこそ、本物の尊敬である。その意味でいえば、「知行合一」(ちこうごういつ)の実践なのであろう。
東京MXテレビの番組「西部邁ゼミナール」に出演中の西部邁氏(同局提供)
東京MXテレビの番組「西部邁ゼミナール」に出演中の西部邁氏(同局提供)
 もちろん、両氏にも家族がおり、逮捕された以上、自分自身のこれまでの立場や身分を失うだけでなく、家族にまで影響が出ることも予想していただろう。早い段階から、彼らの自宅付近にはテレビカメラを持った人物がうろついたりして騒ぎになっていただけに、両氏にしてみれば覚悟の上とはいえ、複雑な心境だったにちがいない。

 こういう事態になると、決まってさまざまな方向から批判の声が上がってくるものだ。報道で大きく取り上げられていることから、西部先生に対する批判が身内からも上がっていた。

 「なぜ、独りで自己完結されなかったのか」、「『人に迷惑をかけることを潔しとせず』を旨としていながら、両氏を巻き込むとは、もはや西部の論理は破綻した」という声もある。

 その指摘は十分理解できるが、西部先生と彼らの心情がどのようなものであったか、それは当事者しかわからない事だ。まだ、真相がわからない段階で「破綻した」などと断定的な結論を出すのは、いささか性急だと思えてならない。