小俣一平(武蔵野大学客員教授、元NHK社会部記者)

 「福田さん、あんたはエライ!」と思わず口に出た。福田淳一さんが財務次官の辞任を表明した翌朝のテレビのインタビューを見ていて、「そういうことはない」とテレビ朝日の女性記者へのセクハラを再び否定したからだ。さすが、日本の最高学府東京大学出身、大蔵省入省トップ、エリート街道を驀進(ばくしん)して、財務省事務次官に上り詰めただけのことはある。全省庁を代表する財務官僚の「体質」が骨の髄まで染み込んでいる。

 財務省といえば、「捏造(ねつぞう)」「隠蔽(いんぺい)」「虚偽答弁」「真っ赤な嘘だらけ」、いわば「嘘のデパート官庁」であることは、この1年余りの森友・加計問題で、国民の大多数が知るところとなった。その事務方の頂点に立つのが福田さんである。

 彼こそ偉大な官僚である。まるで、去りゆく日まで、後輩たちに「嘘をついたら突き通せ、恥も外聞も関係ない。痛痒(つうよう)を感じる必要はない。知らぬ存ぜぬ、木で鼻をくくったような対応をせよ。良心の呵責(かしゃく)にさいなまれるな。時がたてば沈静化する」と教えているようだ。これぞ財務省の「一番星の一番星」たるゆえんだろう。やっぱり「福田さん、あんたはエライ!」

 こういう精神構造の人について考えるとき、彼は本気で「セクハラをやっていない」と信じ込んでいるのではないかと思ってしまう。つまり、彼の「セクハラ」の定義は世間一般と大きく隔たりがあるのではないか。

 彼にとって、「縛っていい?」「おっぱい触っていい?」は日常会話の延長で、女性にこうした発言をすることが「セクハラ」と捉えていないのだろう。これまでも省内の女性に同様の発言を繰り返してきて誰もとがめることなく、それが通用してきたのではないか。

 彼の「セクハラ」は、実際にタオルやベルトで相手を縛って無抵抗にしたり、嫌がる相手にキスをしたり、無理やりおっぱいをわしづかみしたり、触ったりしたときに、初めて成立すると思っているのではないか。私はテレビに映し出されたアップの顔を眺めながら、そう思えてきた。

 今回、福田さんの問題がクローズアップされているが、実は、日本の社会には日常的にこうした「セクハラ」がまかり通っている。私も多くの男性と同様、きれいな、かわいい、癒やされる女性と一緒にいれば、心弾むし、二人っきりなら福田さんと同じ気持ちになることもあるだろう。

 いや、私のように「下心」がスーツを着ているような男は、こういう思いが実際に何百、何千とあった。しかし、許容範囲を予測できるから、相手に「危険だから録音しておこう」とまで思わせることはなかったから、どうにかこの年までやってこられた。
2018年4月18日、辞意を表明した財務省の福田淳一事務次官(春名中撮影)
2018年4月18日、辞意を表明した財務省の福田淳一事務次官(春名中撮影)
 今年は「明治150年」と言われているが、日本男性の「男尊女卑」観は、明治維新でも大正デモクラシーを経ても改革されず、先の敗戦を経てようやく「男女同権」がうたわれるようになった。福田さんをかばう麻生太郎財務相も発言を聞く限り、明治的な「男尊女卑」感覚がいまも息づいているのではないだろうか。

 福田さん、いや日本の官僚の中でもタチが悪い人間は、この「男尊女卑」に加えて「官尊民卑」の明治以来の伝統のごとく、傲岸(ごうがん)不遜、理不尽、高圧的、尊大、横柄、居丈高、高飛車、威圧的、上から目線の官僚体質が染みこんでいる。だから、「何をやっても許される」「嘘は突き通せ」「俺たちが日本を動かしている」という傲慢(ごうまん)な自負があるのではないか。