樫山幸夫 (産經新聞前論説委員長)

 有楽町、日比谷界隈の映画街にしばしば足を運ぶ。今月初めに観た「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」は秀作だった。対独戦争のさなかに政権を託された英首相チャーチルが、「宥和主義者」からの強い圧力をはねのけて戦争継続を決意、国民を団結に導く過程を、本人の心の葛藤を交えて描いている。

 日本人メーキャップアーティスト、辻一弘さんがアカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した話題性もさることながら、史話に基づいたストーリーのおもしろさ、演出の巧みさに、スクリーンから片時も目が離せなかった。

 突然、映画の話を持ち出したのは、この物語の大きなテーマである宥和主義者との論争が、今日においても示唆に富んでいると思えるからだ。

 今日、日本や米国、いや世界の関心を引きつけている大きな問題のひとつは、いうまでもなく北朝鮮の核開発だ。このような脅威は、切迫、現実的という意味では、かつて経験したことがなかった。

 これを打開しようと、4月27日には南北首脳会談、来月以降には初の米朝首脳会談が予定されている。こうした重要な機会に、当事者の米国や韓国、日本はじめ国際社会が、宥和主義の〝陥穽〟に落ち込んでしまう恐れはないのか。すでに「条件」などが取りざたされていること自体、不必要な譲歩がなされるのではないかとの憶測を生む。

 大胆な妥協、譲歩をしても、戦争を避け平和的手段で問題を解決しようというのが宥和主義だ。言葉が穏当な響きを持つから大衆受けしやすい。しかしながら、誰もが平和的な解決を望むとはいえ、警戒しなければならないのは、相手を恐れるあまりの妥協が結果的に膨脹主義者、独裁主義者の跳梁を許してしまうことだ。

ウィンストン・チャーチル(英国の政治家・元首相)
ウィンストン・チャーチル(英国の政治家・元首相)
 典型的なケースは、映画「チャーチル」の中でも触れられているミュンヘン会談だ。第2次世界大戦前夜の1938年9月、英仏独伊4カ国の首脳が出席したこの会談で、ヒトラーによるチェコスロバキアのスデーテン地方割譲の要求が協議された。

 当時、世界のリーダーだった英国のチェンバレン首相はヒトラーの威嚇に屈し、これを受け入れた。以後領土的要求を捨てると約束したにもかかわらず、ドイツの異常な指導者は、チェコを保護領に置くなど背信行為を続け、1939年9月にポーランドに侵入、第2次世界大戦を引き起こした。

 「ミュンヘンの宥和」と呼ばれるこの妥協は、独裁者、膨脹主義者を勢いづけ、戦争の惨禍をもたらした悪しき例として、しばしば国際政治を論じる時に言及される。あろうことか、この合意は、チャーチルら反宥和主義者たちの猛反発をよそに、当時、英国やフランスの国民からは、熱狂的に歓迎された。