トランプ大統領は核ミサイル問題だけでなく、拉致問題も交渉のディールに使おうとしている。単に北朝鮮側が調査すると言うだけではダメで、「(拉致被害者を)連れ戻すように」と明言している。

 交渉が順調に進めば、米朝間では国交正常化へと話が進んでいく。平和条約を結ぶことになろう。日朝間でも拉致被害者が帰ってくれば、国交正常化の話になっていこう。

 米国は非核化のところまでで、それ以上はやらない。そうなると、韓国と北朝鮮が緩い連邦制を取り入れ、「赤い朝鮮半島」になってしまうかもしれない。今は38度線で対峙(たいじ)しているが、それが対馬まで下りてきてしまう。中国の影響力が強まらざるを得ない。もっとも韓国内部にも、自由統一を指向する保守勢力があるので、そうした状況になるのを許さないかもしれないが、予断を許さない。

 また、米朝首脳会談が不調に終われば(そもそも開催されない可能性もある)トランプ政権は軍事攻撃を検討するだろう。ただし、攻撃をして核ミサイルを取り上げた後、すぐ軍を引く限定攻撃だ。北朝鮮地域の平定と軍政を米軍が担う意思はない。文在寅政権の韓国がそれを担うならば、中国は半島全体が自由化することに強く反対して軍を出し、北朝鮮地域が分割占領されるかもしれない。

   または、文在寅政権が米国との共同作戦参加を拒否し、米韓同盟が破綻して、米軍は北朝鮮地域だけでなく韓国からも撤収し、北朝鮮地域の平定と軍政は中国軍が担うかもしれない。文在寅政権は中国の傀儡(かいらい)となった次期北朝鮮政権と連邦制で統一するか、あるいは韓国単独で中国と軍事同盟を結ぶこともあり得る。韓国内の反共自由民主主義勢力が韓米同盟を守るため、文在寅政権を倒す可能性も残っている。

 さまざまなシナリオを考えても、アジアの覇権を狙う中国が半島全体を事実上支配し、38度線が対馬まで下りてくることになる。これが、金正恩の核危機の後ろにあるわが国の「地政学的危機」だ。

 もはや米国は同盟国を守るため、あるいは自由という理念を世界に広げるため、陸上部隊を投入しない。これからの米軍は、空軍と海軍だけを使った、米国軍人の命を犠牲にしない「安全な戦争」しかしない。

 中国の習近平政権は米国に並ぶ軍事大国を目指し、東アジアでの覇権を握ろうとしている。彼らは「力の空白」があればすぐに軍を出す。
北京の人民大会堂で歓迎式典に向かう北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席=2018年3月29日(朝鮮中央通信撮影・共同)
北京の人民大会堂で歓迎式典に向かう北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席=2018年3月29日(朝鮮中央通信撮影・共同)
 日本は自分の国の軍隊で中国軍と対峙しなければ誰も代わりに戦ってはくれない。朝鮮半島でこれから起きることと同じことが、尖閣でも台湾でも、そして沖縄でさえ起きるかもしれない。

 日本の独立が脅かされる日露戦争直前と同じ危機が、すぐ近くに来ている。大多数の国民がそれに気がついていないことが、実は重層危機の深層にある一番恐ろしい危機だ。