小林信也(作家、スポーツライター)

 サッカー日本代表のハリルホジッチ前監督が都内で記者会見を開いた。「最悪な悪夢」「人間として深く失望」。突然の解任をそう表現した上で、ハリルホジッチ氏は約3年間、自分とチームが日本のサッカーメディアやサポーターの理解を超えた数々のドラマを演じ、予選リーグ首位でワールドカップ出場権を獲得した実績を誇らしげに語った。

 「若い選手を起用すると分かったとき、みなさんのパニックぶりはすごかった」。W杯出場権を獲得した昨年8月31日のオーストラリア戦については、夢見るように、そして会場に詰めかけたメディアに鋭く斬り込むように話した。

 最も大事な試合で、それまで日本代表といえば当然のように先発メンバーに名を連ねるだろうと、多くのメディアやサポーターが信じていた本田圭佑、香川真司、岡崎慎司の海外組を外し、当時21歳の井手口陽介、22歳の浅野拓磨をスタメンに起用した。

 その試合では、浅野と井手口がゴールを決めた。先見性、確信を持った抜擢で選手とチームを大きく変貌させるという名将ならでは才覚を証明した会心の勝利であり、「サッカー監督とは何をする人か」を明確に表現した歴史的な偉業であったと、ハリルホジッチ氏は自負しているに違いない。

 ところが、日本のサッカーメディアやサポーターは、その非凡さ、偉大さをほとんど理解しなかったし、さほどの評価も与えなかった。尊敬や感激よりも、むしろ外された有名選手の不満に寄り添った。

 ハリルホジッチ氏は会見で「そのオーストラリア戦でW杯出場権を獲得しながら、試合に出られなかった2人の選手がガッカリしていた。彼らはそれまでに何年も試合に出ていた。彼らが、試合に出られずガッカリしていること自体、私は少し悲しく思った」とも語っている。

 一方、田嶋幸三会長は4月9日の解任発表会見で、「信頼が少し薄れた」と語った。信頼が揺らいだのは、ハリルホジッチ氏に非があったからだろうか。監督は日本人選手を上から目線で見る傾向があり、そのため「気分が悪い」と感じる選手や記者がいたのは事実らしい。だが、それが解任に相当する落ち度と言えるだろうか。

 解任後の世論では、「ハリルホジッチ監督が提唱した『デュエル』と『縦への速い動き』が日本人には適合しなかった」という論理が大勢だ。私はここに絶望を感じる。
会見に臨む日本代表のハリルホジッチ前監督=日本記者クラブ(撮影・蔵賢斗)
会見に臨む日本代表のハリルホジッチ前監督=2018年4月27日、日本記者クラブ(撮影・蔵賢斗) 
 「デュエル」と「縦への速い動き」は、多額の報酬と名誉ある抜擢にこたえて、ハリルホジッチ氏が日本に贈った明確な「未来を開く扉」であったに違いない。いずれ本当に世界の頂点を狙えるチームに押し上げるためには、それは避けては通れない基礎力だ。前回大会に限らず、きれいにパスを回してもゴールへの意識が低い、つまり決定力不足が持病のように染みついている日本サッカーを打破するためのメッセージだった。

 しかし、監督の示した明確な方針に「そんなの嫌だ」「違う」と主力選手が反旗を翻し、不満分子となってチームに悪いムードを作り上げた。メディアもこれに加担した。従来の日本人選手やメディア、サポーターが信じるサッカー美学と合わなかったからだ。

 会見でハリルホジッチ氏は「私に対するリスペクトがなかった」と語り、日本サッカー協会への不満をあらわにした。私は、ハリルホジッチ監督の解任は正当とは言えず、国際的にも恥ずべき決断ではないかと感じている。また、日本サッカー界の未来のために果たして意義があったのか、今でも疑問に思う。