大家族となると、関係を平穏に保つために、さまざまな努力と忍耐、辛抱が必要だ。しかし、その結果得られる果実にはとてつもなく大きなものがある。

 家族でも夫婦でも親子でも、人が寄ればさまざまな人間関係が生まれ、そこには摩擦と協調や妥協があり、対立や協力関係が生まれる。摩擦には辛抱が求められ、協力関係は強い団結力となる。辛抱できる力と家族の協力関係は、子供が将来大人になって遭遇する数々の障害に対して大きな強みとなるだろう。人間関係が人を成長させるといってもいいだろう。

 そして、良好な家族関係から犯罪抑止力や道徳力が自然と育つという点も大きい。自分の過ちのせいで家族に迷惑をかけてはいけないと思うようになるからだ。こうして、家族の中での存在意義や責任感を見いだし、人は健全化していく。さらに、子供や孫という存在と過ごすことで、物の見方や考え方の時間軸も長くなり、心も穏やかになりやすいものである。

 今の政策が少子化対策と相反するのは、社会福祉を充実させるというやり方である。まるで「子供は産まなくてもいいですよ。苦労して産み育てることは必要ありません」と太鼓判を押したかのようだ。さらに「あなた個人は自由気ままに生きていくことが最も幸せなんです。あなた個人の老後を日本社会が保証します」というに等しい。

 果たして、今の政策立案者は「家族」をどのようにとらえているのだろうか。そこに哲学が存在するのか甚(はなは)だ疑問である。おそらく家族といったところで、核家族と呼ばれる程度のものとしてしか考えていないのだろう。三代、四代、そして永遠に続く家族観を到底考慮には入れているとは思えない。人間関係の縦のつながり、すなわち「歴史観」が欠如しているのである。

 むしろ、日本の伝統的家族を顧みることで、少子化問題を解決する糸口がきっと見つかるはずである。そこで、現在行われているわが国の社会保障費の大幅削減を、少子化対策として提案したい。
(iStock)
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 それぞれの個人や家族の責任で行うべき事柄に、政治が関与し過ぎている現状をいったん白紙に戻して見直す必要があるのではないだろうか。高齢化に伴い、さすがに高齢者の医療負担は増えるようだが、医療や介護、生活保護にとどまらず、「子供一人当たり何万円の負担」といった福祉制度を見直すべきだ。

 国からの補助を削減することで、個人や家族の自助精神を育てる。赤字財政が続き、国の借金が膨らむ中で、少しでも子供の将来を考えてあげる必要があるだろう。何よりも個人、家族の自助精神が高まることによって、各人が自分の将来を考えれば、結婚し、子供を産み、賢くて親孝行な大人に育てることがどれだけ大切なことであるかが理解でき、自然と人口減少に歯止めがかかると信じている。