一方、政府・日銀は、1万円札廃止が新円切り替えを連想させるのを嫌がっていると推察される。4月3日の衆院財務金融委員会では、日銀の宮野谷篤理事が高額紙幣廃止について質問され、「現金流通の重要性を踏まえて慎重に考える必要がある」と廃止論に否定的な見解を述べた。李下(りか)に冠を正さず、といったところだろう。

 確かに、高額紙幣の廃止論は、最近になってあちこちから登場している。金融政策の効果は、金利をマイナスに下げれば効くはずだが、国民が現金を持つと、そこにマイナス金利がかからない。だから、金融政策の効果を高めるために、紙幣を廃止した方が良いという議論につながっているのだが、これはそもそも海外の経済学者の提案である。

 また、インドでは2016年11月に1000ルピーと500ルピー(1ルピー1・63円)の紙幣を廃止した。表向きはキャッシュレス社会の推進をうたうが、本当の狙いは匿名性のある紙幣が地下経済で用いられることを防ぐことにある。インドでは、当然ながら紙幣廃止で混乱が長期化している。

 筆者は、日本ではマイナス金利の必要も、地下経済を撲滅する必要はないと考える。そもそも、金利をマイナスにすれば政策効果が高まるというのは誤解だ。必要なのは、企業などが投資をしたくなる「動機」の方である。

 現時点で1万円札を廃止する必要はないし、そうした議論を話題にすらしなくてもいい。キャッシュカードが決済手段として好ましいと思う人は、1万円札を使わなければいいだけだ。私たちは自由の国で生きているのだから、強制的に「紙幣を廃止せよ」というのは暴論に過ぎない。
記者会見する日本銀行の宮野谷篤氏=2014年5月19日午後、大阪市(村本聡撮影)
日本銀行の宮野谷篤理事=2014年5月、大阪市(村本聡撮影)
 仮に「タンス預金を一掃したい」という人がいたならば、2つの良いアイデアがある。一つは財政再建のめどを守り、政府債務が減っていく道筋をつくること。もう一つは預金金利を上げることである。

 ここでよく考えておくべきは、タンス預金をする人々は、円という通貨を信じている、という点である。もし財政悪化が、超インフレや円暴落を引き起こすと国民が思ったときは、円ではなく国民資産が海外に流出する。

 むろん、タンス預金は匿名性を重視してはいるが、「円を信じていない」という段階ではない。今ならば、消費税を上げて、社会保障システムを維持できるようにすれば、財政不安は解消していく。

 そのためには景気拡大が前提だが、今は十分に景気が良い。検討すべきは、預金金利をどのようなタイミングで引き上げていくかだ。ここは、政府の債務管理を念頭に置いて、波乱なく行う必要があり、日銀の出口戦略を進めることと同義である。

 繰り返しになるが、財政不安がなくなると金利正常化でタンス預金はなくなる。高額紙幣廃止論はタンス預金が問題ではなく、あくまで財政・金融・経済が問題なのである。