加谷珪一(経済評論家)

 量的緩和策の導入から5年が経過したが、残念ながら十分な効果を発揮したとはいえない状況が続いている。一部ではこうした現状を打開するため、高額紙幣を廃止するという、いわゆる「1万円札廃止論」がささやかれている。では、1万円札を廃止することにどのような意味があるのか、そしてこの施策が量的緩和策の効果を増大させることができるのかについて考えてみたい。

 量的緩和策は、日銀が積極的に国債などの資産を購入することで大量のマネーを供給し、市場にインフレ期待を発生させる施策である。インフレ期待が生じると実質金利が低下するので、企業の設備投資が促進され、これが経済成長を促すというメカニズムである。

 量的緩和策がスタートした当初は、消費者物価指数がすぐにプラスに転じるなど、順調に物価が上昇するかに見えた。ところが消費税が8%に増税された直後から物価上昇率の鈍化が始まり、2015年2月には0%まで低下。16年7月にはマイナス0・5%にまで落ち込んだ。
 
 日銀は量的緩和策を補完する目的で、16年1月にマイナス金利政策を導入したが、タンス預金が増えるなど完全に逆効果となってしまった。日銀はその後、「イールドカーブ・コントロール」という聞き慣れない手法の導入に踏み切り、マネー供給の量を追い求める政策は事実上、撤回した状態にある。

 日銀はこれ以上前にも進めず、かといって明示的に量的緩和策を縮小することもできないという、非常に難しい立場に置かれている。このような中、専門家の一部でささやかれているのが1万円札廃止論である。

 量的緩和策は本来、市場にインフレを発生させることを目的としている。インフレになった場合、現金を持っている人は損失を抱えてしまう。中央銀行がインフレを起こそうとしていると知れば、消費者はお金をモノに替えようとするはずである。つまりタンス預金というのは、インフレ政策の下ではまったく非合理的な行動ということになる。

 だが、現実には多くの日本人が、マイナス金利政策の導入と同時にタンス預金を増やすという、全く逆の行動に出ている。タンス預金をした人の多くは、量的緩和策のメカニズムを理解していないものと思われるが、何よりも不安心理が先に立ち、これが現金保有を加速させた可能性が高い。
2018年3月、金融政策決定会合に臨む日銀の黒田総裁
2018年3月、金融政策決定会合に臨む日銀の黒田総裁
 こうした状況から専門家の一部は、高額紙幣を廃止してしまえばタンス預金が減少し、市場にもっとお金が出回るのではないかと考えている。これが1万円札廃止論である。

 確かに1万円札を廃止すればタンス預金は難しくなるので、現在、タンスに眠っているお金の一部は市場に出てくるかもしれない。だが高額紙幣の廃止が紙幣流通の拡大につながるのかは微妙なところだ。

 そもそも日本の場合、先進諸外国と比較して現金の流通高が突出して高いという特徴がある。2016年末における日本国内の紙幣と硬貨の流通総額は約100兆円となっており、この金額は国内総生産(GDP)の2割近くに達する。