確かに宮崎氏の指摘は半分正しい。自殺の背景には実に複雑な要因が絡んでいるからである。だからといって、経済政策が緊縮的か、それとも不況に十分に対処できているかどうかに、自殺者数が左右されていることを原因から排除することにはならない。

 ところで、不況が自殺者数の増加をもたらす経路には二つある、と上記の拙著で指摘した。その経路は図2にまとめてある。
【図2】
【図2】
 図2の「循環的要因の悪化」というのは不況を意味する。不況は、第一にリストラや解雇の増加を生み出す。そして、リストラによる配置換えや降格・転勤、解雇などにより、社会的地位が不安定、不規則化する。筆者はこれをフランスの社会学者、エミール・デュルケームの『自殺論』(1897年)での議論を利用して、「アノミー型(不規則型)自殺」と名付けた。

 不規則とはいえ、不況が長期化すれば、不規則(規範破壊的)が規則的、つまり「新しいデフレの規範」になってしまい、自殺者数の高止まりが固定化してしまうだろう。これは、失職しても新しい職をなかなか得ることができない、という意味で「退出」(エグジット)が制約されているとも表現できる。

 もう一つの経路は「構造的要因」への影響である。ここでいう構造的要因とは、職場の人間関係や働く場のルールや「風土」とでもいうべきものである。ルールや風土は可視化されたものでも、暗黙のものでも変わらない。これらの構造的要因も不況によって悪化するのである。

 これは従来の循環的要因と構造的要因をはっきり分ける見方とは異なる。つまり、循環的要因も構造的要因に影響を与えるのである。厳しい雇用情勢のため職探しを控える「求職意欲喪失者」の増減がそれだ。また、不況で人員が減ったことによる労働強化や、不況による営業成績の個人的悪化などに起因するストレスの増加なども考えられる。

 しかも、どんなに職場環境が悪くてもそのことを口に出すことができない。これは「異論」あるいは「ボイス」の制約である。先ほどのエグジットもボイスも、ともにドイツ出身の異端の経済学者、アルバート・ハーシュマンの主張である。彼のエグジット・ボイス論を、ここでは筆者が日本の自殺における循環的・構造的要因との関係に利用しているのである。

 この「異論=ボイス」の制約は、過労死や過労自殺問題に詳しい川人博弁護士の表現を借りれば「会社本位的自殺」とも言い換えることができる。川人氏の発言を引用しておこう。


 中高年労働者の過労自殺は、直接的には、過労とストレスから起こるものであるが、その根底には個人の会社に対する強い従属意識があり、会社という共同体に精神面でも固く繋がれた状況があると言える。その意味では、これを「会社本位的自殺」と呼ぶことが可能であろう。



 経済政策が緊縮的なスタンスを継続することで経済の悪化が持続する、つまり、循環的要因の悪化が、上記した二つの経路から自殺者総数の大幅な増加を生み出してしまう。特に、日本ではこの悪しき傾向をずっと放置してきた。まさに人災である。
2018年1月、電通違法残業事件で書類送検された元上司の不起訴処分が不当として、東京検察審査会に審査を申し立てた川人博弁護士(左)と高橋まつりさんの母、幸美さん
2018年1月、電通違法残業事件で書類送検された元上司の不起訴処分が不当として、東京検察審査会に審査を申し立てた川人博弁護士(左)と高橋まつりさんの母、幸美さん
 この人災への対応は、ミクロ的とマクロ的の両方が考えられる。一つは、自殺者対策への国・地方自治体による予算や人的支援両面での充実である。これはミクロ的な自殺者対策といえる。この対応は民主党政権後期に本格化した。だが、これだけではまだ不十分である。特に上記のように、経済の全体状況が長期停滞したままでは、自殺者数の大幅な減少にはつながらない。