だから、冒頭のアベノミクスや、黒田総裁の下での積極的な金融緩和政策による大きな効果を見て取ることができる。実際に2013年以降、金融緩和政策の大規模化と自殺者数の急減に関係性がみられる。民主党政権のときよりも減少幅が大きいのである。図3を参照されたい。
 現状では、最悪期の約3万2千人から2万1千人台まで減少し、その傾向は今のところ継続している。だが、まだ80年代の水準には戻っていない。もちろん自殺者が限りなくゼロに近づき、同時に人々が生きることに幸福を得ることができるようにしなければいけない。きれい事のようだが、それが経済学の目的であり、それ以外はない。

 そのためにはどうすればいいのか。もちろん、現状の大胆な金融緩和政策を最低でも継続する必要がある。それだけはなく、拡大の工夫が求められる。例えば、インフレ目標の達成見込みを前倒しすることだ。これは、日本銀行の政策委員の物価見込みを前倒し可能なほどの強いコミットメントを促すことと表裏一体である。また、インフレ目標そのものを引き上げたり、長期国債の一層の買い入れ表明も必要だろう。

 さらに財政政策のスタンスも重要だ。消費増税の廃止か、少なくとも凍結を表明することが大事である。また、全く無意味な財政再建の見通し指標である基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標を正式に放棄することも意味のあることだろう。もちろん財政支出の増額も重要な論点になる。

 ところで、筆者は、上記の自殺の構造的要因で指摘した「会社本位」の企業風土にも以前から注目してきた。特に、マクロ的な雇用状況が大きく改善する中でも「悪化」が全く止まらない現象が職場の中にある。それが「職場のハラスメント(嫌がらせ)」といえるものだ。図4は、最近の都道府県労働局などにある総合労働相談コーナーに寄せられた「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数の推移である。
 これをみると、不況下の局面では相談件数の増加率が大きく、不況から脱却しつつある近年では相談件数の増加率は抑制されている。だが、それにも関わらず一貫して「いじめ・嫌がらせ」の増加がやむことはない。

 図3もあわせて参照すれば、これは不況とは切り離して考えるべきであり、むしろ、日本の会社組織における構造的問題の側面が強いことがうかがえる。例えば、長時間労働が常態化する裏に職場のハラスメントがあることを、滋賀大の大和田敢太名誉教授が著書『職場のハラスメント』(中公新書)の中で指摘している。

 不況から脱却できれば、労働強化や長時間労働などによる過労や精神的ストレスが大きく抑制されるといえる。実際に、図4にもマクロ的な観点での「増加率の減少」で現れている。だが、本来の構造的要因は残されたままだ。職場における嫌がらせやいじめに対する社会的な認知が進むにつれて、相談窓口に対してとはいえ、働く人たちが「異論」「ボイス」を大きく提起しているとみることも可能だろう。大和田氏も「職場のハラスメントは会社組織の構造的問題である」と指摘している。

 長時間労働とハラスメントが表裏一体であることは、大和田氏が著書で繰り返し指摘している論点である。特に、大和田氏はハラスメントの範囲を日本ではパワハラやセクハラなどに限定して理解しているだけで、それに含まれない幅広い労働者の人格を毀損(きそん)し、生存を脅かす行為を見逃していると指摘している。その上で、労働基準監督署に対して、「広義」でのハラスメント対策として、直接会社に改善指導が可能となる法改正が望まれるとしている。大和田氏の重要な指摘を忘れてはならない。

追記:今回で「田中秀臣の超経済学」も連載100回を迎えました。今回書いた日本のマクロ経済や、個々の働く人の問題、貧困、格差、弱者の問題、さらには政治と国際問題について、さらに議論をすすめていきたいと思います。読者諸賢のご理解とご支援を今後もよろしくお願いできれば幸いです。