コンテンツが不偏不党で、公共の福祉に寄与している、という点においてはテレビにはネットにはない重要な任務があります。放送法の第4条を撤廃するというのは、民間放送のニュースの信頼度を、ネット動画レベルまで下げるということを意味します。テレビの信頼度がネットの信頼度まで落ちるのであって、ネットの信頼度がテレビの信頼度まで上がるわけではありません。

 今はネットの時代だ、テレビの時代じゃない、と軽々しく口にする人がいますが、そもそも概念が異なる二つを、液晶モニターが同じだと言うだけで同一視するのは、まったく愚かなことです。公共の電波を使うテレビやラジオのニュースが、どれだけ手間をかけて裏取り取材をしているか、そして情報の中立性に気をつかって編集しているか、裏方の実情を知ればネットと同一視などできないでしょう。

 マスコミのことを「マスゴミ」などと表現するネトウヨを、ときおり見かけますが、大手新聞社やテレビ局が、正確な報道のための取材活動に、どれだけお金と労力をかけているかを知れば、そんな蔑視(べっし)はできないはずです。ネトウヨがよくやるコピペ投稿とは、まったく次元の違う厳格なジャーナリズムが、マスコミにはあることを、忘れてはなりません。

 放送法の第4条が撤廃されたら、民放のニュースはその存在価値を失い、テレビは滅びるか政権の宣伝機関になるしかありません。ネットはネットで、テレビはテレビで、それぞれの特長を生かした進化をしているのに、その進化を止めるようなことはしてはいけません。

 そして一歩間違えれば民衆を洗脳する凶器にもなり得る、テレビというメディアには、しっかりと法律の網をかけておく必要があります。

 公序良俗、事実主義、そして何より政治的に公正中立であることは、テレビにしか求めることができない、貴重な社会的ミッションです。そのスタンスがあるからこそ生まれる、民放のニュース解説番組には、池上彰さんの番組など鋭い切り口のものが、いくつかあるように私には思えます。放送法第4条の撤廃は、民放からこれらの良質なジャーナリズムを奪い去ることを意味します。
規制改革推進会議であいさつする安倍首相=2018年4月16日、首相官邸
規制改革推進会議であいさつする安倍首相=2018年4月16日、首相官邸
 テレビに関わってきた人間として、このようなジャーナリズムを軽んじた法案は、認めるわけにはいきません。NHKをコントロールできるようになった安倍政権は、今度は民放までもコントロールしようとしているのでしょうか。

 為政者がマスメディアを独占したときに何が起こるのか。歴史を振り返ってみてください。まさにナチスの状況に近づきつつあると、私には思えてきます。国民が気づいたときには、すでに手遅れになっているかもしれません。