また、かつて、富の再分配による実質的な福祉国家を実現していたはずの日本社会は、今は声の大きな、組織に属する人たちの権利のみが守られ、声なき社会的弱者たちには冷淡な社会になりつつある。聞くところによれば、高齢者はたとえ一定の資力があっても単独ではアパートを借りることも難しくなり、まるで社会のお荷物や、ひどい場合は貯金を抱えた特権者のように語られることすらあるという。

 この本で私は、来日した1960年代に私を温かく迎え、育ててくださった日本の方々に深い感謝と御礼を記している。彼らの世代が今、社会のお荷物のように扱われていることは、私にはどうしても納得がいかない。

 1960年代の日本では、戦争を体験していた大人たちに、大東亜戦争の敗戦から立ち直り、日本をもう一度立て直そうという気概があった。私はこの人たちの温かい支援を受け、日本の歴史への誇りや、アジアの歴史への公正な歴史観を学んだ。そして、学生や若い人たちの中には、当時の時代の影響を受けて、ベトナム反戦や、共産主義革命の情熱に燃えた人たちもいた。

 私は、実際の中国共産党支配を知っている人間として、彼らの、特に共産主義に対する現実認識の甘さには批判的だった。しかし同時に、世の中について、政治について、彼らなりの理想を持ち真摯に行動しようとする姿勢は、決して理解できなかったわけではない。そこには、それぞれの理想も正義もあった。

 私は今こそ、ここ数十年で日本が失ってきた道徳、倫理、伝統、そして正義と価値観を取り戻すべきときに来ていると信じている。本書は何よりも、その私の思いと、私を支えてくれた人たちと時代への感謝の念によって書かれたものだ。

 そして今、中国や北朝鮮の脅威を通じて、国際社会の厳しい現実に気づくとともに、アジアにこのような事態をもたらした、戦後の歴史観全体をもう一度見直す中で、近現代史における日本の役割を再認識し、さらに未来につなげていこうとする動きが、特に若い世代を中心に起きてきていることに期待している。
昭和30年の銀座(東京都提供)
昭和30年の銀座(東京都提供)
 日本は本来、国際社会において、正しい立場で、平和の実現と、それぞれの地域の伝統に沿った形での秩序ある民主化、そして各民族の自決権の確立に向けて、貢献できるだけの国力を持つ国である。それは、過去の日本の歴史が証明していることであり、未来の日本も再びこの役割を果たすことができるはずだ。

 それは同時に、日本国内において、全ての国民が、衣食住、そして医療における恩恵を十分に受けるような社会の実現にもつながっていく。それが、高度な倫理観を持った日本社会の確立と、伝統に根差した日本国の復興である。私はチベットに生まれ、今は日本の国籍を持つ人間として、そのことを心から祈っている。

ペマ・ギャルポ 拓殖大客員教授。1953年、チベット生まれ。65年に来日し、80年にダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表などを経て現職。チベット文化研究所所長やアジア自由民主連帯協議会会長も務める。著書に『最終目標は天皇の処刑』(飛鳥新社)『中国が隠し続けるチベットの真実』(扶桑社)など。