坂本衛(ジャーナリスト)

 安倍晋三政権がもくろんでいた放送制度の「改悪」が、頓挫しつつある。2018年3月上旬から大手新聞紙がぽつりぽつり報道をはじめ、4月上旬に判明した安倍政権の「放送制度改革案」は、おおむね次の三本柱だった。

①放送法第4条をはじめとする放送諸規制(番組準則、番組基準の策定、番組審議会の設置、マスメディア集中排除原則、外資規制など)の撤廃
②放送におけるハード・ソフト(NHK以外の放送設備部門と番組制作部門)分離の徹底
③NHK以外の放送と通信の一元化(一本化)

 以上の意味するところは、NHKと民間放送という「二元体制」の終了である。言い換えれば、NHK以外の民放をインターネットなどの通信と同列化し、事実上「放送」ではなくしてしまう。

 この「改悪」が貫徹されれば、1950(昭和25)年の電波三法成立・施行から戦後70年近く続いてきた日本の放送制度は、根本的に変わることになる。つまりこれは、安倍首相の大好きな「戦後レジームからの脱却」の放送版なのである。

 安倍首相がしばしば口にする「戦後レジームからの脱却」は、本来であれば、先の大戦後に日本にもたらされた戦後体制のうち、戦前体制よりよいものと戦前体制よりよくないものとを峻別(しゅんべつ)し、よくない戦後体制だけを、現体制よりよいものに変えること、であるはずだ。

 ところが、安倍首相は、そうした峻別や腑分け作業なしに、アメリカの押しつけや左派・進歩的文化人の推奨が目立つ戦後体制のうち、自分が変えたいと思うものだけについて「戦後レジームからの脱却」と口走ってしまう。だから説得力がなく、歴史観がおかしな歴史修正主義者と見なされることになる。

 もちろん日本の現行の放送制度は、政府の手足となり大本営発表しか流さなかった戦前の悪しき放送制度(ラジオ)を反省し、アメリカ(GHQ)の指導下につくられた、まさに「戦後レジーム」そのものである。しかも、戦前体制よりはるかによい戦後体制だ。

 しかし、どうやら安倍首相は、自分が言い出した放送制度の「改悪」が、「NHK民放二元体制の崩壊」や「放送とネットの非現実的な融合」を意味し、戦後レジームを根本的に変えてしまう大ごととは、よくわかっていなかったようである。
規制改革推進会議であいさつする安倍晋三首相(右)。左隣は大田弘子座長=2017年9月11日、首相官邸(酒巻俊介撮影)
規制改革推進会議であいさつする安倍晋三首相(右)。左隣は大田弘子座長=2017年9月11日、首相官邸(酒巻俊介撮影)
 その後の各社報道によれば、4月中旬に開かれる内閣府「規制改革推進会議」でこのテーマを取り上げ、安倍首相が方向性を示すとされていた。その後、同会議が5月頃をメドにまとめる答申に放送改革の方針を盛り込み、早ければ18年秋の臨時国会に関連法案を提出。20年以降の施行を目指す、という段取りとみられた。

 しかし、68年続いた放送制度を根本的に変えようという大改革にしては、以上のスケジュールは、ばかばかしいほど拙速すぎた。一目、話にならない無理筋である。

 民放連(日本民間放送連盟)は3月半ば「放送の価値向上に関する検討会」を立ち上げ、対抗策を練った。同検討会は大久保好男・日本テレビ放送網社長(6月に井上弘・TBSテレビ名誉会長の後を受けて民放連会長に就任予定)が座長、在京キー局役員が主要メンバーとなり、民放挙げて徹底抗戦の構えをとった。

 テレビと系列関係の強い大新聞紙も、今度ばかりは受け入れがたいということで、安倍首相いわく「読んどけ新聞」こと読売新聞紙も3月8日に〈安倍「放送」改革に潜む落とし穴〉(政治部からメディア局に移った加藤理一郎記者の署名記事)、17日には〈首相、批判報道に不満か〉という見出し記事を掲載。そのほかの新聞もおおむね「拙速にすぎないか」との論調である。