退所のファクスには、事務所が山口の今後を支えていくと記載されている。もちろんこれは、事務所を退所するとはいえ、長年育ててきた所属タレントの行く末に責任を持つという意思の表れとも受け取れる。

 しかし、この報告は果たして必要だったのか。批判的に見れば、あたかも山口が保護されるべき存在のように印象付けているようにも思われる。そこにはやはり事務所が厳罰を望む世論を正面から受け止め切れていない甘えも感じられる。さらに言えば、事務所幹部のジャニーズに対する過大な自己評価や、「自分たちは何でもできる」というプライドやおごりのようなものも垣間見えさえするのである。

 ただ、山口の今後や更生についても、もちろん考えていかねばならない。これは、彼の立場に立った加害者保護のためでも、単なる理想論でもない。何よりも、再犯とそれに伴う新たな被害者が生まれないために必要不可欠な視点である。

 そこで、既に多数報じられている「アルコールに関わる問題」が大きな観点となる。そもそも論で言えば、私は事務所を含めた周囲の身近な人間が、山口のそのネガティブな心理や行動上の問題に、長年直面化してこなかった経緯がうかがわれる。

 山口本人の会見では「自分はアルコール依存症ではない」と言及していた。一方で、メンバー4人で行った会見では、松岡昌宏が「自分たちは依存症だと思っていたが、複数の病院を受診した結果、診断書には依存症と書かれていない」ことを明らかにした。

 しかし、彼らの認識をもって「山口がアルコールに依存的になっているわけではない」と言い切ることはできない。ただ、肝臓の治療のため入院していたことの背景に、過去の多量の飲酒経験があったことは明白である。「依存症ではない」と自分の症状を否認することは、依存状態において典型的な心理でもあるからだ。

 さらに言えば、診断書というものは、あくまでも本人や家族の申し出があって書かれるものである。仮に当事者や関係者が記載されたくないことがあれば、主治医がそれを全く考慮しないことは少ない。つまり、医師の症状の見立てが率直に反映された書類かどうかについて検討の余地があるのだ。

 ただし、診断基準からみて山口が「アルコール依存症」にあたる症状を有していると推測できるかといえば、そうとは言い切れない部分もある。実は、アルコール依存症の診断のハードルは高い。専門医でなければ診断されなかったり、行動レベルでは依存症と見立てることができても、厳格な基準を当てはめると診断には該当しない例も多数あるからだ。

 とはいえ、精神疾患の最新診断基準である「DSM-5」からみると、山口は「アルコール使用障害」にあたると考えるのが自然である。この新しい概念には、依存と乱用の線引きをなくせば、早期介入が役に立つ可能性があることを示唆している。
 また、「依存症」という言葉に人格的な偏見がつきまとうのに対して、「使用障害」ならスティグマ(負の烙印)になりにくいというメリットが考慮されてのことでもある。ただし「依存症ではない」とみなされ、ある意味で症状が軽視されるリスクもはらんでいる。