もし、このことが、山口本人が自身の状態を判断したり、事務所幹部が処遇を検討したりする上で影響していたとすれば、山口のアルコールに関わる問題は軽視され過ぎていたと言わざるを得ない。

 日本は欧米に比べ、飲酒やそれにまつわる失敗談に寛容な国である。違法薬物のように、摂取自体が違法ではないという事情もあるだろう。ただ、お酒が非常に好きであることが本人の「嗜好(しこう)」として広く認知されていたり、「アルコールによってストレスを解消している」と判断されたりすると、周囲がそれを継続的にとがめたり、断罪することは少ない。

 現に、TOKIOのメンバー4人も20年以上の関係性の中で山口の酒癖については十分に理解していたはずだ。それでも、彼の行動を改善できなかったのは寛容性の裏付けでもある。もちろん、いくら親密な関係性であっても、いわゆる「依存状態」に対して専門性を持たない周囲の働きかけが機能するとは限らないので、メンバーでも限界はある。

 しかし、タレントを管理する立場の事務所はどうか。城島は4人の会見で、現場に二日酔いの状態で現れたり、アルコール摂取の影響で、収録に支障をきたすこともあったと明らかにしていた。とすれば、事務所がこういったトラブルを把握していなかったことは考えづらい。

 山口のアルコール問題を「嗜好」と軽視せずに、周囲が早くから警告して、自分自身と向き合わせたり、場合によっては休養や謹慎をさせて治療に専念させることもできた可能性が十分にあったのである。にもかかわらず、その判断に至らなかったのには、事務所の「事なかれ主義」や、先に挙げた「損失回避の心理」、彼を商品としてみる向きが強すぎたことが、背景にあったのではないだろうか。

 今回の「脱退」「退所」という判断がなされたタイミングを見ても、相応の時間を要していたことは明らかであるし、国民的に絶大な人気を誇るTOKIOの会見や状況の推移に対する世論の反応を見て、あわよくばグループへの所属や活動の継続をさせたいと考えていたとも推測できる。
2018年5月2日、山口達也の不祥事を受けて会見するTOKIOの(左から)城島茂、松岡昌宏(寺河内美奈撮影)
2018年5月2日、山口達也の不祥事を受けて会見するTOKIOの(左から)城島茂、松岡昌宏(寺河内美奈撮影)
 それが逆に本人を心理的に追い込むことになったり、孤立させることになっている現状は、決して望ましい結末とはいえない。生活行動上の問題の改善には、言うまでもなく健全なメンタリティが残されていることが必須である。依存症の治療においても「孤立」は最大の禁忌といえるからだ。

 2000年代以降、依存症の心理の中核を占めるのは「自己治療仮説」といって、「依存の背景には生活上、人生上の何らかの苦痛や不安があり、それを自己の行動によって減少・緩和させている」というものだ。孤立は、さらに苦痛を強めることが分かっており、最悪の場合には自死もありうる。

 所属事務所の「退所」という判断が、不確実な彼の病理に対する理解と、厳しい世論を100%甘受しない消極的なものだったとすれば、文書で示された「山口の今後への責任」に実効性が伴っているかについては著しい疑問が残る。

 つまり、「脱退」「退所」という決断自体は是認されうるものだが、背景の心理やそれに基づく具体的な行動プランが妥当かどうかは、一考を要するものなのだ。事務所の多大な功労者に対する、大きな決断を意味のあるものにするために、経営論理と感情論、偏った状況理解を抜きにした問題への直面化を期待したい。