潮匡人(評論家)
「北三陸市」は日本国なのか
平成25年を代表するTVドラマと言えば、TBSの「半沢直樹」と、NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」が双璧をなす。前者・最終回の平均視聴率は関東地区で42・2%(ビデオリサーチ)、平成のドラマとして最高記録を樹立した。後者も午前八時スタートとなって以来の最高視聴率となった(8月24日の視聴率23・9%)。
前者の主人公の決め台詞「やられたら、やり返す。倍返しだ」と、後者の「じぇじぇじぇ」は全国的な流行語になった。ここでは後者に絞ろう。物語の舞台は「北三陸市」、始まりはこうだ。
《母に連れられ、初めて北三陸にやってきたヒロイン・アキは、祖母と出会う。(中略)アキには、田舎町の暮らしの何もかもが新鮮に映る。何より本気で漁をする女たちの表情、厳しく切り立ったリアス式海岸の海に、恐れもせず潜っていく祖母の姿に衝撃を受けた》(NHK公式サイト)
作者の宮藤官九郎氏も同サイトで「岩手県北東部、北三陸に位置する久慈市小袖海岸で、今なお受け継がれている素潜り漁」云々と語る。以下のQ&Aも掲載されている。
《質問・「じぇじぇじぇ」という方言は、実際に使われているのでしょうか?
回答・岩手県久慈市小袖地区で実際に、驚いた時に使われている言葉です》
そう、「あまちゃん」の舞台とされた「北三陸市」のモデルは岩手県久慈市。同様に「北三陸鉄道リアス線」のモデルは三陸鉄道北リアス線。「北三陸駅」のモデルは、その久慈駅である。実際に久慈市でロケが行われ、久慈駅や三陸鉄道など実在する施設や光景が繰り返し画面に登場した。
なぜ東北岩手がモデルとされたのか。その答えが、平成23年3月11日に発生した東日本大震災であることは疑う余地がない。実際、ドラマの作中で地震発生や復興の動きが描かれた。震災と復興がテーマと評してよかろう。報道によると、NHKサイドから「東北を舞台としたい」との意向が作者に示されたらしい。
私事ながら、今年の夏も家族そろって東北を訪れた。当初は久慈に向かう予定だったが、あまりの混雑で、行き先を宮古市(岩手県)に変えた。地元局は「今日も久慈市には大勢の観光客が訪れています」と報じていた。岩手県内の土産物店はもちろん、東北新幹線の駅や東北自動車道のサービスエリアも「あまちゃん」のポスターや関連グッズで溢れていた。久慈市ないし岩手県の復興に「あまちゃん」が一役買ったことは間違いない。
再び私事ながら今秋、渡部昇一氏、八木秀次氏との鼎談『日本を嵌める人々』(PHP研究所)が出版された。なかで、NHKのドラマを批判した私の発言を受け、八木氏がこう指摘している。
《いま放送中の「あまちゃん」も例外ではありません、東日本大震災の関連で、被災地を舞台に選んだのでしょうが、なぜか自衛隊が出てこない。陛下のお言葉にあったように、震災と自衛隊は切っても切れない関係でしょう。自衛隊が出てこないのは不自然です》
その通りであろう。結局、鼎談後の放送回を含め、自衛隊は登場しなかった。右で八木教授が敷衍した「陛下のお言葉」とは、以下を差す。平成23年3月16日、天皇陛下が被災者や国民に向けたビデオメッセージが発表され、なかで、こう明言された。
「自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内のさまざまな救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います」
はっきりこの順番で「自衛隊」から始め、「その労を深くねぎらいたく」とおっしゃった。陛下がビデオでお気持ちを述べられたのは、これが初めてらしい。現場の隊員はもとより、われわれOB含め、みな感激したことは言うまでもない。
これではコリア放送協会ではないか
陛下のビデオメッセージが発表された以降も、自衛隊の活躍は目覚ましかった。戦後、自衛隊は「憲法違反」「税金泥棒」などと揶揄誹謗されてきたが、震災後、それが感謝や称賛の声に転じた。
だが朝ドラに、その形跡は見られない。海女や芸能関係者に加え、地元の観光協会関係者や高校教師、震災後「北三陸市長」に就任する岩手県議会議員など多種多彩な人物が登場するのに、なぜか自衛隊は出てこない。ついでに言えば、米軍の「トモダチ作戦」も出てこない。
東北地方には、自衛隊の活躍を見て「自衛隊員になりたい」と決意した中高生が少なくない。たとえば、そうした人物や場面を描くことはできなかったのか。自衛隊に感謝し、ねぎらいたい。それが被災者の気持ちであり、天皇陛下をはじめ日本国民の素直な感情であろう。
だがドラマはそうした場面を描かない。描かれた「北三陸市」は、本当に岩手県東北部の北三陸なのだろうか。どこか架空の国の三陸ではないのか。
他方でなぜか、韓国を想起させる場面は多い。たとえば、ヒロインの家のテレビは韓国サムスン製。父親の個人タクシーは韓国の現代自動車。皆がスナックで飲むボトルは韓国焼酎「鏡月グリーン」。万一そうでないなら、そうとしか見えない同じ緑色のビンだ。その他、韓国ドラマや韓流スターが繰り返し登場。韓国人と済州島(韓国)に駆け落ちした海女も主要な役割を担った。
あまちゃん曰く「海女漁が行われているのは世界中で、日本と韓国だけなんです」(4月11日放送回のセリフ)。
そうだとしても、ここまで韓国にこだわる必要があったのか。自衛隊は無視し、韓国は執拗かつ肯定的に描く。これではNHK(日本放送協会)ならぬ、KHK(コリア放送協会)ではないか。
もし、以上の描写が以下の認識によるものなら、問題の根はかなり深い。
「日本でもっとも多く消費されている漬物はキムチです。アメリカやヨーロッパに頻繁に行くのは大変ですが、距離的に近いだけに、気軽で安価な海外旅行先でもあります。
最近、東京電力福島第一原子力発電所からの汚染水漏れをめぐって、韓国政府が日本の水産物を輸入禁止する措置を取り問題になっていますが、これも逆の立場に立って考えてみてはどうでしょうか。もし韓国の原子力発電所で事故が起き放射能や汚染水が漏れだしたら、日本人も不安に思うでしょう。環境問題は、隣国にもっとも影響を与えますし、それだけに互いに協力できる分野です。
そうしたことを考えると、やはり隣国どうしは色々あっても仲良くした方が良いし、そのために努力すべきではないかと思います」(NHK公式サイト)
一般論としては「逆の立場」から考えてみることも大切だろう。だが、日本の水産物の輸入禁止措置について、こう語る感覚を共有できない。なぜなら、措置による被害を直接受けたのが被災地だからである。右を書いた解説委員に問う。貴殿は被災地の水産業者に面と向かって「逆の立場に立って考えてみてはどうでしょうか」と言えるのか。言えるなら、その神経はあまりに図太い。隣国どうし仲良くするのは結構だが、被災者はじめ日本国民を犠牲にする友好は許されない。日本の被災地に立つ視点ではなく、韓国の立場から日韓の友好を説く。学者なら勝手だが、公共放送としては発言の適格性を欠く。
「逆(韓国)の立場」ではなく、なにより日本の立場で考えるべきではないのか。そうでないなら「日本放送協会」とは呼べない。
「日韓の若者たちが本音で語り合う」番組なのに、日本人の女子大生が「日本は被害国でもある」と話すと、ゲストの岡本行夫・元首相補佐官が「日韓関係では日本が明確な加害国で、韓国は明確な被害国なんです」「もう少し勉強して反省すべき」と説教を垂れた。
なぜ韓国の立場なのか?
いったい韓国が被災者に何をしてくれただろうか。米国のトモダチ作戦や台湾の巨額支援に類した話を聞いた記憶がない。それなのに、ここまで韓国にすり寄る感覚が私には理解できない。
しかも輸入禁止のタイミングが悪すぎた。ちょうど東京オリンピック招致決定の直前。東京の駐日韓国大使館すら懸念したタイミングの悪さだった。被災地に留まらず、全国規模で日本の世論が反発したのは当然の成り行きであろう。
平成25年9月8日放送「日曜討論」のテーマは東京五輪を受けた観光立国論だった。ところが最後に、護憲派のコラムニストが「日本国憲法九条は別品(べつぴん)」と礼讚したあげく、司会者(解説委員)が追従して番組終了。東京招致決定のめでたい気分が台無しになった。NHKの手にかかると、なぜか、いつも、こうなる。
なお前掲サイトには解説委員の氏名が明記されているが個人名は伏せる。私が問題視しているのは個々の職員ではなく、公共放送としての使命や視点である。実際、右で指弾した認識は、特定人物の見解に留まらない。
平成22年7月25日放送の「NHKスペシャル」シリーズ「日本と朝鮮半島」の第四回「解放と分断 在日コリアンの戦後」で、ある解説委員が冒頭こう語った。
「いま外国人の参政権が盛んに議論されてますね。在日コリアンの問題は、日本がグローバル化に伴って直面している色んな問題に繋がる極めて今日的課題であり、人権や法の下の平等といった普遍的な価値観が問われる問題と考えることもできる」
最後に以下のナレーションが流れた。「国籍を超え、多様な文化や民族が共存する社会をどう築いていくのか。在日コリアンの存在は日本という国の在り方を問い続けています」。まさにコリアンの視点ではないか。さらに同年8月1日放送のシリーズ最終回でも同じ解説委員がこう「解説」した。
「大韓帝国を併合し、植民地支配し、本格的な謝罪なしに日韓基本条約を調印」「これが不信の構造を生み出してきた。相手の立場に立って、見たり考えたりしないことが不信を増幅する。そうした悪循環が、竹島を含めた様々な問題を深刻化させている」
なぜ、竹島問題で日本が「相手(韓国)の立場」に立つ必要があるのだろうか。毎年、夏になるとNHKの放送はこうした主張で一色となる。この年の極めつけは8月14日放送「日本の、これから」「ともに語ろう日韓の未来」だった。
「日韓の若者たちが本音で語り合う」番組なのに、日本人の女子大生が「日本は被害国でもある」と話すと、ゲストの岡本行夫・元首相補佐官が「日韓関係では日本が明確な加害国で、韓国は明確な被害国なんです」「もう少し勉強して反省すべき」と説教を垂れた。
別の日本人男性が「当時は列強の帝国主義の時代であり、やむを得ずやった」と話すと、今度は映画監督の崔洋一氏が「朝鮮半島の人びとが求めていたのかと言えば、違う。そこから問題を説き起こさないと(中略)とんでもない史観に繋がる」とまくし立て、男性が「いや、そんなこと思ってません」と反論するや、「あなたは多分変わらないんだよ」、「植民地支配が肯定されるという(あなたの)考え方は、基本的に歴史を語る資格がない」と絶叫し、「若者の本音」を封殺した。最後まで自説を曲げず、「間違いは間違いと言っているだけ」と譲らなかった。
若者の発言のどこが間違いだったのか、私には分からないが、岡本氏は「厳然たる事実は、朝鮮半島へ日本が出兵してそれをやった、ということは侵略行為ですよ。それは日本のほうが悪い」と明言。ローソンの新浪剛史前社長も「理解することから本当の謝罪が始まる」「日本は平和憲法の下、二度とこんなことを起こさない。その行動を見てもらいたい」と頓珍漢なコメントを重ねた。
自衛隊を忌避するNHKドラマ
話を「あまちゃん」に戻そう。仏紙「ル・モンド」など海外メディアも取り上げた一大ブームを起こした大ヒット作品である。その影響は計り知れない。すでに続編制作が取りざたされている。平成25年9月5日の定例会見で松本正之会長が「そういうことができないかなと、私も内部で話している」とコメント。前向きな姿勢を示した。
もし、続編が出来るのなら、今度は自衛隊の活躍も描いてほしい。韓国ではなく、アメリカや台湾の支援や義捐を踏まえた描写をお願いする。
朝ドラが自衛隊を描かなかった真意は知る由もないが、おおかた想像はつく。そもそもNHKは自衛隊に好意的でない。おそらく敵意を抱いている。
平成22年6月11日正午のニュースで陸上自衛隊のレンジャー訓練の光景を報じたが、「市街地では40年ぶり」とコメントしながら、被せたテロップが「一部住民から反対の声も」。なぜ、いつもこうなのか。
戦前の日本軍に至っては露骨な敵意を示す。朝の連続テレビも例外でない。たとえば、人気女優の井上真央さんが主演した「おひさま」(平成23年前期)がそうだ。舞台は「激動の昭和」で「軍事色に染まった教育や、貧困・空腹・親の死などに耐える子どもたちを目の前に戸惑いながら」云々の内容であり、これが連続テレビ放送開始50周年の記念作品だった。こうした番組には、反日的な暗黒史観を無意識のように刷り込んでいく凄まじいインパクトがある。
日本軍を悪く描いた作品は枚挙に暇がないが、他方で自衛隊を肯定的に描いたドラマはない。いや、それ以前に、これまで一度も自衛隊を扱ってこなかった。単なる偶然ではあるまい。
冒頭で敷衍した「半沢直樹」と同じTBS「日曜劇場」の前の作品は「空飛ぶ広報室」であった。空幕広報室つまり航空自衛隊を舞台としたドラマである。自衛官が「専守防衛」を得々と語る場面など、個人的には頂けない場面もあったが、総じて自衛隊を好意的に描いた。なにしろ朝日新聞が「愛国エンタメ」と揶揄したくらいである。このドラマが自衛隊に及ぼした肯定的な影響は大きい。
民放である東京放送(TBS)にできたことなのだ。公共放送NHKにできないはずがない。できないのではなく、あえてドラマ化しない。意図的に避けている。だから「あまちゃん」にも登場しなかった。そういうことであろう。
「警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々」は繰り返し、ドラマ化されてきたのに、彼らに先んじて陛下が挙げた自衛隊だけはドラマ化されてこなかった。ようやくTBSがドラマ化したが、NHKは震災をテーマにした「あまちゃん」でも自衛隊を拒否ないし無視した。
たとえば『外事警察』はドラマ化しても、けっして自衛隊は扱わない。警察と同様、善かれ悪しかれ影響力の大きな実力組織なのに、どうして素材にしないのか。本物の表現者なら、クリエイティブ感覚のあるプロデューサーなら、扱いたいと思うはずだ。
ちなみに『外事警察』は、NHK出版から刊行された麻生幾著の同名小説が原案である。小説には外事警察官に対するリスペクトも見られたが、ドラマや映画にそうした姿勢はなかった。それどころか、「これが本当に正義なのか?」と大書した宣伝ポスターが全国に貼られ、映像でも暗く否定的に描かれた。ストーリーは低俗なCIA陰謀論。警視庁公安部はじめ外事警察官の失笑と反発を招いたのは言うまでもない。
「低迷が続く経済」「混迷する外交」
そう思えば、「あまちゃん」に自衛隊が登場しなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。もし出ていたら、どんな描かれ方をしたか、分かったものではない。
それが証拠に、平成25年7月13日「ニュース7」が、陸自の戦車派遣を陰湿に批判する植村秀樹教授(流通経済大学)のコメントを流した。陸自は「復興の町おこし」として地元から要請され戦車を派遣した。その地元を舞台にした戦車アニメがヒットしたからである。喜んだ地元民やアニメファンもいただろうが、NHKニュースは左翼に批判させた。
この植村教授は、NHKが重用する反自衛隊の「有識者」。8月4日の「日曜討論」にも出演し、防衛大綱見直しの動きを「周辺諸国への影響を考えるべき」「やってはいけない挑発的表現」と批判した。集団的自衛権行使への解釈変更も「この国のかたちを変える」「姑息な手段」と「強く非難」した。すべて私の意見と正反対だ。「周辺諸国への影響」ではなく周辺諸国の脅威を踏まえ、日本の防衛を第一義に考えるべきであろう。
討論には、前泊博盛教授(沖縄国際大学)も出演。「専守防衛に徹すべき」、「歴史認識が右傾化している」等々持論を展開した。「(中国軍による)レーダー照射を受けないように、しっかりやっていくべき」との意味不明の発言や、「米軍に盲従している」云々の不適切な表現も飛び出したが、司会者は咎めなかった。もはや個々に論評しないが、表現も内容も公共放送の品位を汚す発言と考える。
平成25年元日の看板番組のゲストは孫崎亨氏だった。「クローズアップ現代」の皮切り(1月7日)のゲストは寺島実郎氏。両名とも拙著『「反米論」は百害あって一利なし』(PHP研究所)が指弾した論敵だ。その他、今年もNHKは堂々とリベラル派を重用する。確信犯と評してよかろう。起用されたゲストの発言を指弾してもキリがないので以下、前掲鼎談で八木氏も指弾したNHK自身の認識を取り上げよう。
問題の番組は、平成25年7月にスタートした「戦後史証言プロジェクト」(Eテレ)。番組の公式サイトは「低迷が続く経済、領土問題などで混迷する外交」という。だが、本当に経済は「低迷」しているだろうか。数字が示す事実は違う。外交が「混迷」しているだろうか。明らかな誤報ないし世論操作であろう。
7月6日放送第1回のテーマは沖縄。「返還後も基地は固定化され、墜落事故、アメリカ兵による犯罪など、過重な基地負担に苦しみ続けている」等々「焦土の島から基地の島へ」と題した偏向した視点であった。第2回は「水俣 〜戦後復興から公害へ〜」。第3回は「釧路湿原・鶴居村 〜入植地から国立公園へ〜」。
そして第4回が「猪飼野 〜在日コリアンの軌跡〜」。NHKいわく「在日コリアンの人々は、南北分断、帰国運動など東アジアの激動に翻弄され、差別や偏見に苦しみながら生きてきた」。だとしても報道すべき「戦後史」は他にいくらでもあろう。日本人から受信料を強制徴収しながら、日本の暗い側面ばかり報じる。日本を暗く否定的にしか描かない。どういう神経なのだろうか。
この番組は三年にわたり放送される。初年にして以上の如し。先行きが空恐ろしい。
三度私事ながら、平成25年の大河ドラマ「八重の桜」にも違和感を覚えた。
まず、禁門の変(蛤御門の変)を描いた3月31日放送回で「長州は3人の家老の首を斬って幕府に恭順の意を示し」云々のナレーションが流れた。
だが、史実は自刃(切腹)である。「3人の家老」の一人、益田親施(弾正右衛門介)は永代家老の家に生まれ、吉田松陰とも親交があった。自刃した親施は、私の父方の大叔母の祖父に当たる。あたかも斬首刑のごとき表現に、親族として強い違和感を覚えた。ちなみに明治33年、益田家は男爵を授けられた。NHKの認識は明治政府とも反する。
同様に、4月7日放送回以降、岩倉具視の描き方にも違和感を禁じ得ない。岩倉は母方の大叔母の祖父に当たる。あそこまで金に汚く卑しい人物に描く必要があったのか。いかなる史実に基づいた演出なのか。縁戚者ならずとも、そう感じた視聴者もいるのではないか。
ともに、会津の視点で描いた結果なのかもしれない。長州や公家という勝者ではなく、敗者の視点で描いた。だから致し方ない。東日本大震災を受け、福島県(会津)を舞台に選んだ結果に過ぎない…。
もし、以上の反論が許されるなら、それは第二次世界大戦ないし大東亜戦争にも当てはまる。だが、NHKは決してそう言わない。敗者日本ではなく、勝者となった連合国の歴史認識を採用する。勝者が掲げた東京裁判史観の見直しを、彼らは決して認めない。
いくら長州家老や公家を貶め、卑しめても勝敗の結果は変わらないし、会津が浮かばれることもない。敵を悪者に描くだけの手法は、文芸・学芸を問わず、表現として稚拙に過ぎよう。プロとして恥ずかしい。
私の曽祖父は「犯罪者」ですか?
NHKが奉じるのは司馬史観である。司馬遼太郎は、日清日露を「祖国防衛戦争」と評価する一方、「太平洋戦争」を「侵略」と断じ、昭和を「あんな時代は日本ではない」と断罪した(拙著『司馬史観と太平洋戦争』PHP新書)。
平成24年1月20日放送(Eテレ)の「日本人は何を考えてきたのか/第4回/非戦と平等を求めて~幸徳秋水と堺利彦~」は司馬史観を奏でた典型例であった。当時の社会主義者や共産党員を理想視したあげく、いわゆる大逆事件を「国家権力の犯罪」等々と断罪。「刑死者の復権」を説いた。公私ともに絶望的な疑問を禁じ得ない。
あえて皮肉を述べるなら、東京裁判こそ戦勝国による犯罪的行為であり、「A級戦犯」こそ「復権」されるべきではないのか。少なくとも大逆事件について当時の調書のどこが間違いなのか、NHKは論証すべきである。実は、私は担当予審判事の曾孫に当たる。ここでも遺族としての無念を述べたい。
私は三代続いた判事の家に生まれた。曾祖父の潮恒太郎は小学校卒業後、村の役場で働きながら、独学を積み、判事となった。「自分はちゃんとした教育を受けていない。しかし、恵之輔だけはしっかり勉強させてやりたい」と願い、弟・恵之輔の学費を送り続け、任官後は引き取って養育した。刻苦勉励した弟は最後の枢密院副議長となった。
司馬遼太郎が『坂の上の雲』で描いた秋山兄弟の逸話と、私には重なる。正岡子規が、同郷の秋山兄弟と親交を深めたように、潮兄弟は秦佐八郎博士と親交を温めた。秦は世界で初めて梅毒の化学療法剤を発見。日本人初のノーベル化学賞候補に推薦された。秦は恒太郎の妻の弟でもある。
兄・恒太郎は島村抱月の友人でもあった。弟の恵之輔は男爵家から妻をめとった。禁門の変で自刃した益田親施(前出)の孫娘である…等々の逸話が尽きないが、益田市(島根県)を例外として、伝承されていない。
いずれも歴史小説作家にとって魅力的な秘話であろう。司馬遼太郎が知れば、もう一つの『坂の上の雲』を描いただろうか。答えは間違いなくNOである。『坂の上の雲』の「あとがき」に司馬はこう書いた。
《幸徳秋水たちがいわゆる大逆事件で死刑の判決をうけたということについては、ここでみじかくふれることは困難である。日露戦争そのものは国民の心情においてはたしかに祖国防衛戦争であったし、(中略)反戦主義活動についても比較的寛容であった。ただ、戦勝後、変わった。(中略)検察側の課題としての幸徳秋水事件は、そういう変質のなかにふくみこまれている》
国民的ベストセラーの影響は大きい。最近も、月刊誌「世界」の連載を纏めた『大逆事件』(岩波書店)が予審判事を否定的に紹介したあげく、「天皇制国家が生み出した最大の思想弾圧事件」と評し、日本エッセイスト・クラブ賞を受けた。そして先のNHK番組である。
司馬とNHKにとって、私の曾祖父は、日本が坂の上から転落していく変質を担った犯罪者に他ならない。司馬史観が蔓延する以前は、潮判事を評価した専門書もあり、幸徳秋水との交流を好意的に描いた文藝作品もあったが、いまや肯定的な評価が絶えて久しい。広田弘毅内閣で内務大臣を務めた弟の恵之輔と共に〝冤罪〟を背負わされている。そう拙著や月刊「正論」誌上で訴えたが、NHKに届いた形跡はない。彼らはけっして間違いを認めない。NHKがいう「犯罪」の証拠があるなら、ぜひ明示いただきたい。
同様に、平成25年に起きた、中国軍による火器管制レーダー照射事案について「証拠を提示して、中国を追いつめても、益することはない」と解説した(2月8日ラジオ)。
「中国を追いつめても益しない」
遺族の無念は以上に留め、一視聴者として論を続ける。冒頭で触れた韓国に対するNHKの宥和的な姿勢は、中国に対する姿勢と表裏一体である。
最近でこそ「日本固有の領土である沖縄県の尖閣諸島」と言うようになったが、それ以前は「日本と中国がともに領有権を主張している尖閣諸島」と中立的な表現を繰り返してきた。2010年の事件も「海上保安庁の巡視船と中国の漁船による衝突事件」と報じていた。これでは、日中どちらに非があるのか判然としない。CHK(中国放送協会)ならともかく、日本の公共放送として使用すべき表現ではない。
こうした姿勢は今年も健在である。公式サイトから「反日デモから一年 どうなる日中関係」と題した主張の結論を引用しよう。
「隣り合う主要国が、政府から国民レベルまでいがみ合い続けることは、けっして好ましいことではありません。どうしたら険悪な状態から抜け出し、まともな関係にヨリをもどせるのか、日中両国政府には、関係改善への強い意志と粘り強い努力を求めたいと思います」
一般論ならともかく、「反日デモから一年」を過ぎたいまなお、こうした主張を掲げる感覚を共有できない。ただすべき対象は「日中両国政府」ではなく、中国政府であろう。国際社会は小学校の教室とは違う。喧嘩両成敗の世界ではない。
同様に、平成25年に起きた、中国軍による火器管制レーダー照射事案について「証拠を提示して、中国を追いつめても、益することはない」と解説した(2月8日ラジオ)。
彼らは勘違いしている。放送法第四条が求めているのは「政治的に公平であること」であり、国際政治における中立性ではない。いや、中立ですらない番組もある。平成24年9月18日の「クローズアップ現代」は「激化する反日デモ ~中国とどう向き合うか」。なかで劉江永教授(清華大学)がこうコメントした。
「日本政府は中国政府と話し合わなければならないのに、領土問題があることすら認めようとしていません。このままでは安全保障に関わる重大な問題になりかねないのです」
まるで日本への恫喝ではないか、私は個人的に彼を承知している。中国人としてこう言わざるを得ない立場を憐れむ。それを承知でNHKは起用する。しかもスタジオのゲストに毛里和子・早大名誉教授を起用。「日本にとってはやっぱり、歴史っていうのはすねに傷持つ、傷ですから」と反日史観を語らせ、「尖閣を巡るこの国有化の問題、なぜ国有化したのかという問題ですね」と日本政府を批判させた。さすが札付きの左翼番組である。
同月30日の「NHKスペシャル」は「日中外交はこうして始まった」。なかで「日中国交正常化が一気呵成だったので、歴史認識問題と、尖閣を巡る領土問題が残った」と述べた。領土問題は存在しないとする日本政府の見解を批判する内容であった。もはや日本のテレビ放送とは思えない。
放送法第四条は「報道は事実をまげないですること」も明記する。
火器管制レーダー照射について2月5日夜のBS1「ワールド・ウェーブ・トゥナイト」は「自衛隊には交戦規定がなく、正当防衛でしか反撃できない(から対処できない)」と解説した。だが事実は正反対。航空自衛隊には行動規定があり、対領空侵犯措置に関する規則もある(中身は秘密)。そこにどう書いてあろうと、「正当防衛でしか反撃できない」のではない(そもそも「反撃」なら違法)。もしそうだとしても、火器管制レーダー照射は「正当防衛」要件を満たす「急迫不正の侵害」に当たる(と解釈できる)。その他、毎日毎夜、事実を曲げた報道を続けている。
つねにパシフィズムしか奏でない
放送法第四条は「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」も求めている。
だが、司馬史観(ないし東京裁判史観)について、NHKが疑問を示したことがあっただろうか。主要な報道番組に限って言えば、少なくともこの十数年間ない。保守派がキャスターやメインゲストを務めた番組もない。防衛問題でも護憲平和のパシフィズムを奏で続けている。
たとえば平成25年6月23日、沖縄「慰霊の日」を伝えた「ニュース7」。「戦争はいやだ」云々の大合唱を報じるパシフィズム一色の内容だった。「基地があるから戦争が起きる」との声も報じた。善かれ悪しかれ、人間に理性があるから戦争が起こる。基地をなくしても、戦争はなくならない。私はそう思うが、NHKはそう思わないのであろう。
米軍の新型輸送機オスプレイを巡る報道も酷い。危険性を言いつのり、不安を煽る。平成25年夏、沖縄の在日米軍基地内で米軍輸送機が墜落する事故が起きた。トモダチ作戦にも従事した機種であり、日本有事に際し、日本防衛の役割も担う米軍人が殉職したが、NHKは哀悼の言葉を捧げることもなく、「オスプレイ反対のなか」云々と危険性だけを扇情的に報じた(「ニュースウオッチ9」ほか)。公式サイトから一例を引こう(「負担軽減? オスプレイ本土訓練」)。
「沖縄では、日米両政府の合意に反するとされる住宅密集地上空での低空飛行や、夜10時以降の飛行がたびたび目撃され、配備の見直しを求める声が今でも続いています」
以下「オスプレイが沖縄以外の地域で訓練に参加する」ことが「負担軽減につながるのでしょうか?」と問題提起した上でこう質疑応答を続ける。
《沖縄県内では引き続き日常的に飛行するオスプレイが確認されています。負担軽減はまやかしに過ぎないという批判の声もあります。(中略)新たな負担を各地に拡散するだけと指摘する専門家もいます。
Q.難しい問題ですね?
A.(前略)政府が言う「負担軽減策」は、辺野古移設に向けて飴をぶら下げているだけという見方も地元からは上がっています。沖縄の不信感を拭うことは簡単なことではないと思います》
明らかに偏向している。「負担軽減はまやかし」、「新たな負担を各地に拡散するだけ」、「飴をぶら下げているだけ」。そこまで言うなら、辺野古以外の解決策を示してほしい。これでは単なるイチャモンではないか。
最近では無人機への批判も激しい。平成25年9月26日の「クローズアップ現代」が無人機などロボット兵器を特集。倫理的問題を指摘し、開発を凍結すべきと主張した。
ならば今後、無人機を導入する自衛隊は浮かばれない。無人機は間違いなく自衛官の犠牲を極小化するが、そうした側面はなぜか報じない。米無人機は批判しても、無人機開発を続ける中国は批判しない。
同様に11月7日のBS1「ワールド・ウェーブ・トゥナイト」も「米無人機攻撃の実態」を特集。「パキスタン住民の怒りは当然」など非難一色だった。同日の「ニュースウオッチ9」も無人機を扱った。題して「殺人ロボットの恐怖」。
男性キャスターいわく「ロボット兵器が行き着く先は、自ら判断して人の命を奪う殺人ロボットの登場と言えそうです」。
ならば自衛隊の主力装備も、火器管制を「オート」に設定すれば、「自ら判断して人の命を奪う殺人ロボット」と言えよう。
女性キャスターいわく「今が禁止のタイミング」。続けて男性キャスター「日本は今が動くときだと言っていいと思います」。
これが「できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」報道なのか。これでは無人機開発に当たる防衛省技官は浮かばれない。
ちなみに続く特定秘密法案のニュースでも、「知る権利が重要」などと法案に否定的な脈絡で報じた。いずれも、ちょうど日本人の若田光一船長らが宇宙ステーションに乗り移ろうとする最中。その映像に先んじて取り上げた姿勢は普通でない。
同様に、7月30日の「クローズアップ現代」のテーマは、漫画「はだしのゲン」。案の定「世界が共感 はだしのゲンの魅力」等々の礼賛一色で、批判は一切なかった。せめて「できるだけ多くの角度から」論点を明らかにすべきではないだろうか。
「周辺諸国の皆様のNHK」から脱皮せよ
皇室報道にも首をかしげる。なぜ陛下や殿下でなく「さま」なのか。天皇、皇后、太皇太后及び皇太后の敬称は「陛下」。他の皇族の敬称は「殿下」。そう法律で明記されている(皇室典範第二十三条)。遵守してほしい。
皇室を「王家」と連呼した大河ドラマ「平清盛」も忘れてならない。批判を受け、平成24年1月23日付産経新聞朝刊で、大河の時代考証者が「なぜ皇室という言葉を用いなかったか。ひとことで言えば、『平清盛』の時代には使われていなかったから」と「解説」した。制作サイドの釈明と受け止めた上で問題提起する。
ならば今後、NHKは「太平洋戦争」とも「日中戦争」とも呼んではならない。戦前の支那を「中国」と呼ぶのも御法度である。その時代には使われていなかったのだから。今後は「大東亜戦争」と「支那事変」で統一してほしい。
平成24年9月15日放送のドラマ「負けて、勝つ」は吉田茂の生涯を描いた。作品中、終戦直後なのに、日本の閣僚(を演じた役者)が「天皇制」と呼んでいた。当時それはあり得ない(天皇制はコミンテルンの造語)。無知ゆえのミスか、それとも確信犯か。いずれにせよNHKの体質が露呈した場面であった。彼らにとって皇室伝統は守るべき対象ですらないのであろう。
現在、会長人事が取り沙汰されている。一部経営委員の顔ぶれも変わった。できれば長谷川三千子氏には看板番組のキャスターを務めてほしい。同様に百田尚樹氏の作品をNHKがドラマ化すべきだ。経営委員就任がその阻害要因となるなら、もったいない。以上とは正反対の趣旨から、11月2日付朝日朝刊コラム「天声人語」がこう皮肉った。
《新任のNHK経営委員を首相にごく近い人たちで固めたがる。どこか怖いものなしの感がある▼(中略)案じる声は少なくない。「みなさまのNHK」が「あべさまのNHK」にならないか、と。》
あえて右の皮肉を借りよう。「周辺諸国の皆様のNHK」から「安倍カラーの濃いNHK」になるべきだ。それが言い過ぎなら、「日本人のNHK」ないし「日本のNHK」に生まれ変わるべきだ。そうならない限り、彼らに「日本放送協会」を、日本の公共放送を名乗る資格はない。
うしお・まさと 作家、評論家。拓殖大学客員教授。国基研客員研究員。岡崎研特別研究員。東海大学講師。防衛庁・空自勤務、聖学院大専任講師、防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授など歴任。著書、TV出演等多数。『日本人として読んでおきたい保守の名著』(PHP新書)、『常識としての軍事学』、『日本人が知らない安全保障学』(ともに中公新書ラクレ)。
うしお・まさと 作家、評論家。拓殖大学客員教授。国基研客員研究員。岡崎研特別研究員。東海大学講師。防衛庁・空自勤務、聖学院大専任講師、防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授など歴任。著書、TV出演等多数。『日本人として読んでおきたい保守の名著』(PHP新書)、『常識としての軍事学』、『日本人が知らない安全保障学』(ともに中公新書ラクレ)。
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