中里幸聖(大和総研金融調査部主任研究員)

 織田信長は天下統一をなし、全国平定の道半ばで倒れた。当時は畿内周辺が「天下」という認識であったことを考えれば、天下統一を成し遂げたといえよう。もし本能寺の変で倒れなければ、全国平定にとどまらず、東南アジアやインドを目指したかもしれない。

 いずれにしても「天下人」として、日本をまとめ上げようとしていた信長は、軍人としての側面よりも政治家としての側面が強い人物といえよう。また、経済人としての資質も優れていたと考えられている。

 羽柴(豊臣)秀吉、明智光秀、柴田勝家といった個性ある武将たちに大軍団を任せ、各方面軍の軍事行動を継続するにはカネがかかる。本能寺の変直前では、中国方面軍(羽柴秀吉、明智光秀が助太刀予定)、北陸方面軍(柴田勝家)、関東方面軍(滝川一益、軍事的任務はほぼ終了)、四国方面軍(丹羽長秀、出陣準備中)が編成されていた。

 また、新たに領地に編入した地域の領民の支持を得ることができなければ、領国経営は安定しない。領民の支持を得るための第一は、経済の活性化と税金の軽減であろう。これは古今東西変わらない。

 信長は楽市楽座などの商業活性化、道路や港湾の修繕・整備、城および城下町の修築や建築などのインフラ整備を推進した。また、本人の趣味と実益を兼ねた大量の衣装類の発注や茶道の振興、それに伴う茶器の調達といったコンテンツ産業の育成など、多方面に及ぶ経済活性化策を実施している。

 関所の廃止は商業流通の促進とともに、楽市楽座と同様に減税といった側面もある。堺などの商業都市には矢銭(軍事費)の提供を求めたりしているが、同時に商業都市の保護を前提としている。

 つまり、信長が「天下人」に最も早く近づくことができたのは、効果的な経済活性化策を実施し、領国内の経済力強化を実現してきたからでもある。なお、前述の方面軍の話も含め、本稿は歴史的検証が主眼ではないので、歴史的事実については大ざっぱな話をしている点はご了承願いたい。

 さて、現代のわが国の経済について、信長ならどう取り組むかということが本稿の主題である。そのために、わが国の経済の現状を簡単に振り返りたい。

 2012年12月に安倍晋三首相が政権に返り咲いて以降、わが国の経済がそれ以前に比べれば良好な状態にあることは多くの経済指標が示している。民主党政権時の3年第1四半期間(2009年9月~2012年12月)における2011年基準の実質国内総生産(GDP)の単純平均は約493兆円(年率換算、以下同)だが、直近3年第1四半期間の実質GDPの単純平均は約523兆円と約6・0%増加している。
2018年4月、首相官邸で安倍晋三首相(右)と会談する日銀の黒田東彦総裁(春名中撮影)
2018年4月、首相官邸で安倍晋三首相(右)と会談する日銀の黒田東彦総裁(春名中撮影)
 また、民主党政権時の完全失業率の単純平均は約4・7%、直近3年第1四半期間の単純平均は約3・1%と1・6%ポイント改善している。なお、2017年第4四半期の実質GDPは約535兆円、2018年3月の完全失業率は2・5%である。

 しかし、デフレからの完全脱却については、まだ道半ばであろう。安倍首相が任命した黒田東彦日銀総裁は2013年4月にいわゆる「異次元緩和」を掲げ、大胆な金融政策を実施してきた。

 株式市場をはじめとする金融市場からは、一時期の暗い雰囲気が払拭(ふっしょく)されたといえるが、「物価上昇率2%」という目標は達成できていない。こうした数値目標にこだわり過ぎる必要はないと思うが、わが国が再びデフレ状態に陥る懸念は完全に過去のものになったと断言できないというのが現状であろう。