私の曽祖父は「犯罪者」ですか?
NHKが奉じるのは司馬史観である。司馬遼太郎は、日清日露を「祖国防衛戦争」と評価する一方、「太平洋戦争」を「侵略」と断じ、昭和を「あんな時代は日本ではない」と断罪した(拙著『司馬史観と太平洋戦争』PHP新書)。
平成24年1月20日放送(Eテレ)の「日本人は何を考えてきたのか/第4回/非戦と平等を求めて~幸徳秋水と堺利彦~」は司馬史観を奏でた典型例であった。当時の社会主義者や共産党員を理想視したあげく、いわゆる大逆事件を「国家権力の犯罪」等々と断罪。「刑死者の復権」を説いた。公私ともに絶望的な疑問を禁じ得ない。
あえて皮肉を述べるなら、東京裁判こそ戦勝国による犯罪的行為であり、「A級戦犯」こそ「復権」されるべきではないのか。少なくとも大逆事件について当時の調書のどこが間違いなのか、NHKは論証すべきである。実は、私は担当予審判事の曾孫に当たる。ここでも遺族としての無念を述べたい。
私は三代続いた判事の家に生まれた。曾祖父の潮恒太郎は小学校卒業後、村の役場で働きながら、独学を積み、判事となった。「自分はちゃんとした教育を受けていない。しかし、恵之輔だけはしっかり勉強させてやりたい」と願い、弟・恵之輔の学費を送り続け、任官後は引き取って養育した。刻苦勉励した弟は最後の枢密院副議長となった。
司馬遼太郎が『坂の上の雲』で描いた秋山兄弟の逸話と、私には重なる。正岡子規が、同郷の秋山兄弟と親交を深めたように、潮兄弟は秦佐八郎博士と親交を温めた。秦は世界で初めて梅毒の化学療法剤を発見。日本人初のノーベル化学賞候補に推薦された。秦は恒太郎の妻の弟でもある。
兄・恒太郎は島村抱月の友人でもあった。弟の恵之輔は男爵家から妻をめとった。禁門の変で自刃した益田親施(前出)の孫娘である…等々の逸話が尽きないが、益田市(島根県)を例外として、伝承されていない。
いずれも歴史小説作家にとって魅力的な秘話であろう。司馬遼太郎が知れば、もう一つの『坂の上の雲』を描いただろうか。答えは間違いなくNOである。『坂の上の雲』の「あとがき」に司馬はこう書いた。
《幸徳秋水たちがいわゆる大逆事件で死刑の判決をうけたということについては、ここでみじかくふれることは困難である。日露戦争そのものは国民の心情においてはたしかに祖国防衛戦争であったし、(中略)反戦主義活動についても比較的寛容であった。ただ、戦勝後、変わった。(中略)検察側の課題としての幸徳秋水事件は、そういう変質のなかにふくみこまれている》
国民的ベストセラーの影響は大きい。最近も、月刊誌「世界」の連載を纏めた『大逆事件』(岩波書店)が予審判事を否定的に紹介したあげく、「天皇制国家が生み出した最大の思想弾圧事件」と評し、日本エッセイスト・クラブ賞を受けた。そして先のNHK番組である。
司馬とNHKにとって、私の曾祖父は、日本が坂の上から転落していく変質を担った犯罪者に他ならない。司馬史観が蔓延する以前は、潮判事を評価した専門書もあり、幸徳秋水との交流を好意的に描いた文藝作品もあったが、いまや肯定的な評価が絶えて久しい。広田弘毅内閣で内務大臣を務めた弟の恵之輔と共に〝冤罪〟を背負わされている。そう拙著や月刊「正論」誌上で訴えたが、NHKに届いた形跡はない。彼らはけっして間違いを認めない。NHKがいう「犯罪」の証拠があるなら、ぜひ明示いただきたい。
