梶田隆章(東大宇宙線研究所長)

(聞き手・Wedge編集部 櫻井 俊)

 若手研究者の研究環境はなぜ悪化しているのか。それが日本の将来に与える影響は。そして、大学改革の進むべき方向性とは。2015年にノーベル物理学賞を受賞し、この問題に強く警鐘を鳴らす東京大学の梶田隆章教授に聞いた。

 編集部(以下、─)なぜ日本の大学の研究環境に対して警鐘を鳴らしているのか。

 梶田 このままでは日本からノーベル賞受賞者が生まれなくなるという危機感があるからだ。私を含め、ノーベル賞を受賞する研究を行うのは20代~30代のころが多い。しかし、今の国立大学では明らかに若手研究者の研究環境が悪化している。このまま放置してよいのか。今すぐ立ち止まって見直すべきだ。

 若手研究者の環境が悪化している要因はなにか。

 梶田 大きな要因は国立大学運営費交付金の減少だ。運営費交付金を減らすと、若手研究者のポストを減らさざるをえなくなる。大学運営側からすると、教授を減らし、それによって1つの研究分野がなくなることへの抵抗感が強いからだ。そうすると若手研究者は科学研究費補助金、いわゆる科研費などの期間に限りのある競争的資金で雇うことになる。

 例えば3年の期限のある競争的資金で雇われた研究者は、1年目はその分野を学び、2年目に研究して論文を書き、3年目にはその成果をもって次のポストを探すことになるだろう。腰を据えて研究する時間は短く、研究自体はすぐに成果の出やすい、または社会的に注目されている分野に偏ってしまう。

 ─競争的資金のように研究の成果を求める施策も必要ではないか。

 梶田 競争的資金が必要なことは私も強く同意する。税金を使って研究するからには研究計画を作り、それを専門家に審査してもらうことは大切だ。研究に取り組んでいない教員がすぐに判明することにもなる。

 懸念しているのは、目的があらかじめ定められた政策的な研究に資金が偏りすぎていないかということだ。今この瞬間の飯の種になる研究ばかりがなされると、日本の科学から、多様性と将来大きく育つかもしれない研究の芽を奪うことになる。

 ─大学への資金供給の仕組みを変えるべきか。

 梶田 政策的な競争的資金が支給されにくい分野でも、人類に貢献する研究が生まれるかもしれない。例えばノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典・東京工業大学栄誉教授の「オートファジーの研究」も、研究者の自由な発想に基づく競争的資金の「科研費」、そして「講座費」という基盤的資金の双方を使って継続的に研究を進めることができ、それが世界に評価される研究成果へとつながったと思う。研究者の興味をベースに、地道に研究を続けられる環境を維持することが必要だ。
ノーベル賞授賞式の行われたストックホルムから帰国し、メダルを手に会見する梶田隆章教授 =2015年12月、羽田空港
ノーベル賞授賞式の行われたストックホルムから帰国し、メダルを手に会見する梶田隆章教授 =2015年12月、羽田空港
 ─研究力を向上させるために国はなにをすべきか。

 梶田 この2年間は止まっているが、運営費交付金の一律削減を廃止し、交付額を増やすことが必要だ。

 ─日本の財政事情を考えると、国立大学の再編、縮小を進めず、運営費交付金を増やすのは難しいのでは。

 梶田 日本の財政事情が厳しいのは重々理解するが、資源のないこの国には科学と技術が絶対に必要だ。人口減少を見据えて高等教育から先んじて縮小させることは全く理解ができない。国は科学技術立国を目指すといいながら、国立大学の研究環境を悪化させ、すでに日本の研究力が大きく落ちている。本末転倒と言わざるをえない。次代を担う若者が、日本は科学技術の国だ、研究がやりやすい国だと思えるような方向に大きく方針転換をする必要がある。

 かじた・たかあき 東大宇宙線研究所長。1959年、埼玉県東松山市生まれ。埼玉大理学部卒業後、東大大学院で物理学を専攻。東大宇宙線研究所助手、助教授を経て1999年に教授。2008年から現職。15年、ニュートリノ振動の発見によりノーベル物理学賞を受賞。東大卓越教授。