テレビの報道番組による「嘘」の刷り込み
犯罪には衡平な「補償」などあり得ない


 JR北海道とNHKは似ている。どちらも公共機関なのに反日思想を芯に持つ労組が長い時間をかけて勝手放題ができるように内部倫理を腐食させてきた。鉄道会社ならば、列車が脱線することで、世間がいやでも問題の真相を認知する。ところがNHKテレビや、基幹放送事業者である民放テレビ・キー局の場合は、国家が転覆するまで世論に「国家叛逆」を気付かせないようにさせることができる。

 放送法の第十三条には、「放送事業者が、公選による公職の候補者の政見放送その他選挙運動に関する放送をした場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、料金を徴収するとしないとにかかわらず、同等の条件で放送をしなければならない」と書かれている。

 しかし、投票日まであと数日に迫ったところで、もし放送局が特定政党候補者に肩入れした世論工作の演出報道をやらかし、それを視たライバル政党候補が局に猛抗議を入れたとして、その結果、投票日までに局が「同等の条件」での放送をできようとは、とうてい思われない。テレビ演出がアシストした特定政党候補の人気と勢いが、選挙戦終盤に向けてすでにできあがってしまっているのを、誰も元に戻すことなどできない。つまり放送法第十三条は、できもせぬことを謳い上げて「公平」のアリバイを設けているに等しい。この法律を組み立てた人たちの面の皮の厚さには感心する。この条文ごときでは、放送法第四条で掲げる番組編集上の道義規定「政治的に公平であること」を担保し得るとは、誰も予期しない。「持ち上げ報道」の逆の「おとしめ演出」だったなら、なおのことだろう。

 公職選挙の結果を左右することは、基幹テレビ放送局が特権的に容易に為し得るところの最も深大な「国事犯」だという認識が、「放送法」には皆無である。民主主義そのものを不可逆的に破壊できるこの犯罪行為に対して、ペナルティはすこしも高調されず、おそるべき犯罪の抑止は、さいしょから考慮すらされていないのだ。

 電波法の第百七条には「無線設備又は第百条第一項第一号の通信設備によつて日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発した者は、五年以下の懲役又は禁こに処する」と書いてあるが、近代憲法精神(法の下の平等)の破壊を願う、「通名報道」その他の「特権」が大好きらしい特定アジア儒教圏成分の手先となった基幹放送局職員は、ことさら「憲法を破壊しましょう」「天皇制をなくそう」「日本の国旗や国歌を無視しよう」などと叫ばずとも、報道番組の演出や表現をちょっと手加減することで、近代憲法精神の破壊や国体の抹消、公安の加害に、十全に加担ができる。否、その種の破壊活動は、もう何十年間も、この日本国に於いて、憚ることなく半公然に実行されてきたのだ。それに対するペナルティは、電波法や放送法のどこを探しても見つからないのである。

 国政選挙をいともやすやすと左右できる特別な影響手段を国家から殊遇的に与えられる基幹テレビ放送事業者は、日本国の独立と安全にまず配慮をしなければならず、その義務に反した場合には、けっして曖昧な容赦などされてはならぬことは、「放送基本法」の冒頭で謳われるべき、近代憲法精神からの当然の要請と思う。

 そして放送法第百八条で「災害の場合の放送」について言及するその前に、戦争や内乱やテロなどの国家非常事態に基幹放送事業者はどんな心掛けで行動しなければならないかを、明文で規定することも必要だと考える。

 さらに、「中立」とか「公平」とかいうお題目じたいに国民をして幻想を抱かせる態度は廃して、国民がアクセスし選択できるメディアをどこまでも多様化・多彩化することで、一局もしくは一政治勢力のプロパガンダを希釈する環境を整える努力を政府に対して課し、以て、近代憲法精神空間の担保としていく方向付けも、「放送基本法」には求められるであろう。事実を伝えると称するどんなニュースであっても、完全な中立など、あるわけのないことだ。