上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 5月16日、歌手の西城秀樹さんが亡くなった。享年63歳だった。西城さんは、70~80年代に数々のヒット曲を飛ばした大スターだった。代表曲『YOUNG MAN』が流行ったのは私が小学校5年のときだった。林間学校へ向かうバスの中、みんなで歌ったことを覚えている。

 実は西城さんは、最近まで私にとって身近な存在だった。それは研究所のスタッフ、西村有代さんが西城さんの熱烈なファンだったからだ。2003年に西城さんが脳梗塞を発症したときは、その話題で職場は持ちきりとなった。

 その後、必死のリハビリで回復し、06年にシングル『めぐり逢い』を発売したときは、みんなで応援した。ところが、残念なことに11年に脳梗塞は再発した。

 西城さんとは、最近になってもう一つご縁があった。それは私が社外取締役を務める株式会社ワイズとNPO法人脳梗塞リハビリ研究会が共同で運営する「脳梗塞リハビリセンター」に西城さんが通院していたからだ。

 ワイズ社の早見泰弘社長は「身体トレーニングや自主リハビリ以外に、懸命に言語リハビリもされていた。巡業などの仕事で休む以外には、いつもリハビリに取り組まれていました」と振り返る。西城さんが最期まで復帰を目指し、懸命な努力をしていたのである。
西城秀樹さん=2017年3月、東京都世田谷区
西城秀樹さん=2017年3月、東京都世田谷区
 ところで、「脳梗塞リハビリセンター」という名前をお聞きになった方はおられるだろうか。都内で10施設のリハビリを経営しているが、医療機関ではない。完全自費であり、理学療法士が個別対応する。

 実は、西城さんが「脳梗塞リハビリセンター」に通い、懸命にリハビリを続けたことは、わが国のリハビリ医療の現状を象徴する出来事だった。本稿では、この問題を紹介したい。

 高齢化社会ではリハビリの需要が増加する。脳卒中はもちろん、整形外科疾患から心臓病、がんの手術後まで、多くの疾病からの回復に必要不可欠だ。ところが、厚生労働省は2006年にリハビリを最大180日に制限した。東大の多田富雄名誉教授(免疫学)が主導し、48万人の署名を集めて反対したが、それでも厚労省は押しきった。

 2008年10月からは入院後6カ月以内に退院する患者が6割を下回る病院への診療報酬が大幅に引き下げられた。この結果、重症患者の受け入れを断る病院が増えた。今春の診療報酬改定では、急性期を乗り越えた後の回復期リハビリ病棟は3段階から6段階に細分化され、実績によって加算が変動することとなった。重症患者を受け入れる病院はますます不利になる。

 さらに月に13単位(1単位は20分)を上限として認められている外来でのリハビリが廃止された。厚労省は外来でのリハビリを介護施設に集約する方針だが、高齢者を対象としたデイケア(通所リハビリテーション)の目的は機能維持だ。脳卒中の麻痺からの機能回復を期待する患者には、充分なサービスを提供できない。

 この結果、わが国は「リハビリ難民」であふれるようになった。多くの国民がけがをしたり、脳卒中になっても十分なリハビリを受けることができないでいる。

 さらに、わが国の理学療法士は偏在が著しい。医師・看護師と同様に西高東低の形で偏在している。2018年3月現在、わが国の人口1000人あたりの理学療法士の数は0・91人で、上位は高知(2・3人)、鹿児島(1・7人)、熊本、佐賀、長崎(いずれも1・6人)と続く。