一方、下位は東京、神奈川、栃木、秋田(いずれも0・6人)、埼玉(0・7人)で、団塊世代が高齢化する首都圏で理学療法士が不足している。このような状況で出現したのが、自費リハビリだ。最近、この業界が急成長しつつある。「脳梗塞リハビリセンター」はその最大手である。

 知人のリハビリ専門医は「(西城さんのような)若年患者を中心に維持期の集中的なリハビリのニーズは以前から感じていました。診療報酬上での制約がある病院でのリハビリは、徹底して患者に寄り添うことができず、どこかお茶を濁しているような気がしていました。民間企業の参入は、このような患者にリハビリの機会を提供する事になるかもしれません」と言う。

 では、自費リハビリの実態は、どんな感じだろう。具体例を紹介しよう。私が医師として関わった公認会計士の60代男性のケースだ。都内のリハビリ専門病院から退院後、「脳梗塞リハビリセンター」に通院し、リハビリを継続した。彼は「自費リハビリを選んで本当によかった。再び立てる日が来るなんて夢のようです」と振り返る。

 この男性は2016年1月、突然の四肢の麻痺と呼吸困難を訴えて、都内の大学病院に緊急入院となった。検査の結果、脊髄膿瘍と診断され、緊急手術を受けた。主治医は「病変が呼吸中枢にまで及んでいました。数時間遅れていれば、亡くなっていました」と説明した。そして術後、集中治療室に控える家族に、主治医は「命の保証はありません。一命を取り留めても、寝たきりになる可能性が高い」と話したという。

 術後の経過は医師の言う通りだった。意識こそ回復したものの、四肢は動かず、自発呼吸は不十分で、人工呼吸器に繋がれていた。男性は「呼吸器が外れそうになり、痰が詰まりそうになっても、アラームすら押せません。このまま死んでしまうのか。あのときの恐怖は忘れられない」と回想する。

 その後、自発呼吸は回復し、人工呼吸器からは離脱した。男性はツテを頼りに、リハビリで有名な都内の病院に転院した。そこで徹底的なリハビリを受けた。その結果、上半身は動くようになり、介助があれば車椅子に座ることも可能になった。

 ただ、半年間のリハビリが終わった段階で、下半身は麻痺したままだった。胸より下にしびれが残り、下腹部に力が入らなかった。座位を維持できず、このままでは公認会計士としての社会復帰は難しかった。

 だが、男性の希望は「再び歩けるようになりたい」というものだった。彼は、ありとあらゆる手段を探した。サイバーダイン社が開発したロボットスーツ「HAL」の使用や、神経の再生医療を受けることも考えた。そして、ここで私が勧めたのが、自費のリハビリだった。

 彼は藁(わら)をもつかむ思いで「脳梗塞リハビリセンター」に通い、週に2回、1回2時間のリハビリを始めた。当初はペダル付き車椅子に乗っても、左手が安定せず、ハンドルを操作できなかった。下半身に力が入らないため、自分ではこぐことはできなかった。

 リハビリが進むにつれ、状態は改善した。さまざまなノウハウも身につけた。「ほんのちょっと手の位置を変えるだけで腹筋の力の入れやすさが、こんなに変わるんですね。病気になる前は気にしたこともなかった」と言う。

 最近では、ハンドルを自分で持ち、まっすぐ車椅子を進めることができるまで回復した。「この車椅子が私の愛車です。フェラーリです」と周囲に笑いながら語っている。さらに、支えられながらではあるが、立てるようになった。はじめて立ったときには「自分の足で立っている。この感覚は久しぶりだ」と語った。そして発症から28カ月、この男性は、公認会計士としてすでに社会復帰している。一人で歩けるようになるため、現在もリハビリを続けているという。

 自費リハビリによる改善例は、この患者に限ったことではない。「脳梗塞リハビリセンター」は改善事例の動画をユーチューブで公開している。恐らく、みなさんの予想を超えているはずだ。
 自費リハビリを受けた患者が回復したのは、医学的には合理的だ。これまで医療保険の都合でリハビリが打ち切られていただけで、リハビリを継続すれば、さらに回復する人がいても不思議ではない。

 病院で受けるリハビリより、自費リハビリの方が有利な点も多い。それは、健康保険の縛りがないため、患者のニーズにあわせて、メニューを微調整できることだ。リハビリ期間を延長することも可能になる。