つい先ごろも、セクハラ問題を指摘された東京都狛江市長が知らぬ存ぜぬの一点張りだったが、被害者が実名で現れた途端、万事休すと辞任する始末だ。先般、iRONNAで論じた福田淳一前財務事務次官も同様、こうした事例は枚挙にいとまがない。

 どうして素直に謝らないのか、非を認めないのか。孔子の教えに「過ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」がある。言い繕いやしらばっくれず、過ちを素直に認め、サッサと謝罪してやり直すというのが、日本人の美徳の一つでもあったはずだ。いつから「ゴネ得」を狙う輩が増えたのか。

 私たちは今、その典型を日本の総理大臣に見る不幸を共有している。こうした往生際が悪い筆頭が、あろうことか日本の総理大臣というのは情けない。安倍晋三総理が加計学園の獣医学部新設に口利きしていることは、愛媛県の資料公開によって明々白々となった。

 利害関係のない愛媛県が、ワザワザ「ウソの報告」を書く必要がどこにあるのか。しかも、前回の愛媛県の資料でも、柳瀬唯夫元総理秘書官のウソが後日覆された事実からして、同様のケースであることは論をまたない。「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」の例え通り、いずれ世論に抗しきれず、ウソでは逃げおおせなくなるだろう。

 不幸なのは、総理のウソによって有能な日本の官僚たちが、軒並み保身のためとはいえ、ウソの連鎖を繰り返さざるを得なかったことだ。さらに不幸なのは家族である。「お父さんはウソと分かっていても、私たち家族のために(ウソを)ついているのよ」と、母親が子供たちを説得しているのかもしれない。

 総理の100倍も1000倍も優秀なお父さんを「嘘つき」にした安倍総理の行為は、家族にとっては犯罪的とも言える。国のトップリーダーであるべきはずの総理大臣が、この1年言い逃れに終始し続けていては、国民もそれをまねてしまう。
2018年5月、参院予算委に険しい表情で臨む安倍首相(左)と麻生財務相
2018年5月、参院予算委に険しい表情で臨む安倍首相(左)と麻生財務相
 これが子供たちにも伝播(でんぱ)して、証拠を並べられてもガンとして嘘を突き通すことが最良、最善の策と思わせてしまうのではないか。かつて「嘘つきは泥棒の始まり」と戒められたものだが、今や…もう止めよう、これ以上は蛇足である。

 今真剣に日本の将来を考える若者たちは、ますます政治不信を深めている。どの世界でも、リーダーは引き際が肝心である。内田前監督が大学を去ることと同じように、安倍総理も公約通り国会から去る時期を迎えているのではないか。