このA140は、主砲の前部集中配置や機関のディーゼル化など、特色を多く持つ設計だったが、船体規模が大きすぎることを理由に却下された。

 艦政本部は、新たにA140のダウンサイジング案を提案。これがA140A〜Dの4案であり、特に有力視されたのが高速戦艦であるA140A(277メートル、6万8000トン、30ノット)と、速力を抑え船体規模も抑制したA140B(247メートル、6万トン、28ノット)である。

 艦政本部は船体規模の小さいA140Bを本命視していたともいわれるが、機関をオールディーゼルとするものの、砲塔動力には蒸気を使用するため専用ボイラーが必要となるなどの問題があった。

 だがいずれの案でも、軍令部と艦政本部は合意に至らなかった。さらなる検討の過程で、軍令部は当初要求していた30ノット以上の速力を28ノットまで妥協して、攻守のバランスがとれた46センチ砲戦艦を要求した。

 一方、艦政本部は、速力のさらなる引下げか、主砲を41センチ(16インチ)砲としてでも建造の容易な5万トン級の戦艦を模索。新型戦艦の検討は長期間におよび、その間に20種を超える設計案が提出された。

 長い検討過程で、A140初期案に見られた主砲の前部集中は見直され、機関構成はディーゼルと蒸気タービン半々となり、主砲動力などの問題も回避された。

 最終的な決定は、速力を軍令部の要求から一段引き下げた27ノットとする一方、排水量を基準6万トン台にまで引き上げたA140F5(253メートル、6万5200トン、27ノット)となった。A140F5は全体として常識的なデザインであったが、機関構成は依然としてディーゼルと蒸気タービンの混載だった。
A-140計画艦そろいぶみの想像図。左からA-140A、B、そしてF6こと大和型戦艦
A-140計画艦そろいぶみの想像図。左からA-140A、B、そしてF6こと大和型戦艦
 だがこの機関構成は、潜水母艦「大鯨」におけるディーゼルエンジンの運用実績不良から変更された。機関をすべて蒸気タービンとして燃料搭載量を増やし、全長と排水量をやや拡大したA140F6案(256メートル、6万8200トン、27ノット)が、昭和12年3月に採用された。これこそが、我々の知る「大和」の設計である。戦艦「大和」は、この時ようやく姿をあらわしたのである。
(株式会社デアゴスティーニ・ジャパン発行『週刊 栄光の日本海軍パーフェクトファイル』創刊号、写真彩色:山下敦史、CG:松野正樹)