上久保誠人(立命館大政策科学部教授)

 大阪市を廃止して特別区に再編する「大阪都構想」の是非を問う2度目の住民投票について、大阪府の松井一郎知事(日本維新の会代表)や大阪市の吉村洋文市長(大阪維新の会政調会長)が、今秋実施の予定を先送りする可能性に言及した。その理由として、松井知事は月1回のペースで開催されている、都構想の制度設計を話し合う法定協議会(法定協)の議論が停滞していることを挙げた。

 はっきり言って、大阪人は「大阪都」に魅力を感じていない。前回の住民投票は、橋下徹市長(当時)のカリスマ的な人気で、なんとか僅差の否決まで持ち込んだ。だが、橋下氏が政界引退した今、住民投票を実施したら、大阪都構想は大差で否決されてしまうだろう。

 大阪都構想の問題は、まず「大阪都」というネーミングそのものにある。大阪都とは、大阪府と大阪市、堺市を一度解体して、その後組み直して作る巨大な特別区のことだ。「都」というのは、単純に「府」の上位の行政区分が「都」だからなのだろう。この「都」に違和感を持つ人が、実は多いのではないか。

 普通に考えれば、「都」とは首都という意味だ。だが、大阪は日本の首都ではない。仮に、大阪都が実現しても、首都になるわけでもない。「首都でもないのに、都とはなんだ」ということになる。

 そもそも、大阪人は、大阪が都になることを望んでいないのではないか。大阪といえば、阪神タイガースだ。大阪人は「タイガースは優勝できなくても、巨人にだけは負けるな」と熱狂する。それは、東京に対する「反骨」であり「反権力」の気概である。

 歴史を振り返れば、大阪が都だったのは、奈良時代の難波京までだ。それ以降、大阪は「東洋のマンチェスター」とうたわれたように「商いの街」として発展してきた。「阪僑」とジャーナリストの大宅壮一が名付けたように、大阪人は政治よりも商いの中心であることに強い誇りがある。
2012年12月、「難波京」跡で発掘された貴族の邸宅か役所とみられる大型建物群跡=大阪市天王寺区(柿平博文撮影)
2012年12月、「難波京」跡で発掘された貴族の邸宅か役所とみられる大型建物群跡=大阪市天王寺区(柿平博文撮影)
 一方、大阪の近隣には、1000年以上首都の座にあった京都が存在する。京都には「天皇陛下は東京に旅行に行っているだけ」と言い、現在でも京都が日本の首都だと言い張る人がかなりいる。

 だが、京都は「府」である。大阪都ができてしまうと、行政区分上はともかく、日本の歴史、文化、伝統的には非常に違和感がある、京都と大阪の「奇妙な逆転現象」が起こってしまう。そのためか、京都では維新の会の支持率が極端に低く、「大阪都構想」は話題にすることすらはばかられる状況にある。

 京都以外でも、全国的に大阪都構想は支持を得られていないだろう。もちろん、二重行政の解消や、地方分権の推進という観点から、一定の理解はある。かつては橋下氏の個人的人気から応援する人も多くいた。しかし、橋下氏が政治の表舞台から去っている今、「何で大阪が勝手に都になろうというんだ」と違和感を持つ人が多いのである。