佐々木信夫(中央大学名誉教授)
 
 話す機会は少ないが、半年ほど前、橋下徹氏が私とのやりとりで「こちら(大阪)では改革が進み過ぎて、大阪都構想は不要なのでは?  という空気も出ております」と自嘲気味に語っていたのが印象的だった。

 大阪市営地下鉄の民営化が決まったころの話なので「ああ、そうか」と軽く受け止めていたが、どうやらその言葉は深い意味を持っていたようだ。その認識から「都構想の住民投票は今はやらない方がよい」という橋下発言が出たのでは、と感じている。

 橋下氏は今、民間人として自由奔放に発言しているが、直観力は依然鋭く、世論形成に影響力がある。他方、公職にあり大阪改革を預かる松井一郎府知事(日本維新の会代表)や吉村洋文大阪市長(同政調会長)は立場上、モノ言いは慎重にならざるを得ない。発言に対する責任の重みは違う。

 その松井氏が「住民投票を少し先に延期する」と決断したことは、「おおかたの市民は今のままでよいと思っている」との朝日新聞インタビューでの橋下発言と問題意識を共有しているように思う。大阪市民の今の空気を読んでの延期決断であり、筆者自身、3年前の住民投票のことをよく知っているだけに状況判断としては的確だとみている。

 「都構想」を推進してきた彼らは、270万市民に直接民意を問う住民投票がいかに難しく、慎重さを要するかを体験的に知り尽くしている。69万票対70万票という僅差ではあったが、反対票が1万票上回ったことで、大阪の将来を大きく左右する「都構想」がいったん葬りさられた苦い経験を持つ。それを再び繰り返さないための「慎重な判断」だろう。

 もとより、これは何も改革が後退したことなど意味しない。「後退した」「終わった」の空気が流れ定着していく。「自然消滅が一番よい」との見方をする政治勢力もあるようだが、では大阪の問題はこれまでと大きく変わったのかと聞きたい。いや、根本は何も変わっていない。個別事業の民営化や事業統合は進みつつあるが根本問題は解けていない。

弁護士の橋下徹氏=2017年7月12日午前、東京・赤坂(宮川浩和撮影)
弁護士の橋下徹氏=2017年7月12日午前、
東京・赤坂(宮川浩和撮影)
 というのも、大阪の司令塔を一本化し、大阪をより強くすることで日本を二極構造に変えようという大儀は、強まることはあっても弱まる状況にはないからだ。「東京一極集中」が諸悪の根源、国家の危機管理上大きな問題だとみな口では言うが、じゃあどうすればそれを解決できるかという話になると、誰も具体論を提示できない。その突破口をつくろうというのが大阪都構想のはずである。

 連日報道されるモリカケ問題も自衛隊の日報隠しも、日本官僚機構が肥大化し過ぎ、官僚のムラ社会を政治がコントロールできない、ガバナンス(舵取り)なき国家状況と深く関わっている。官僚の情報操作、情報隠蔽などやりたい放題の堕落した日本官僚制を正す―それは証人喚問すれば済むという話ではない。

 国民(納税者)から遠い政府(国)に全てを委ねる仕組み、中央集権体制の中で起きている官僚機構の体たらくであることをまず知るべきだ。経営の組織管理上、常にスパン・オブ・コントロール(統制範囲の適正規模)が常に問題視されるように、肥大化し、縦割りしすぎた組織は必ず朽ちる。それをどう正すかが問題の本質にある。

 ここ5年余の安倍政権の経済優先、アベノミクスの中で、大きく抜け落ちているのが統治の仕組みを総点検する視点がないことだ。国民の多くは、増税は議論するがワイズスペンディング(賢い支出)の話がない。

 幾重にも重なる本省と出先、本省内の縦割り組織が、いかにカネ食い虫で非効率かをなぜ議論しないのか疑問に思っている。他人のカネを他人のために使う。だが、それが他人事のようなカネの使い方になっている。そこが問題なのだ。