戦後、大都市を強くする特別市制度の実現をもくろみながら、実現不可能とみて昭和31年に妥協の産物として誕生したのが政令市制度である。日本が高度成長に入り、中心となる大都市を伸ばしていくために、市に府県の広域権限を移管して始まった制度だが、その頃、大阪府全体はまだ未開発地域が多く、大阪市が突出して大都市の様相を呈していた。

 しかし、それから60年余を経て大阪は大きく変貌した。政令市も20まで増えたが、香川県に次いで狭い府域の大阪府は大阪市以外の地域も大都市化が進み、大都市区域は連担し、大阪市だけを分けて大都市行政を展開する意義は薄れている。

 逆に、府と市による二重行政が顕在化し、知事、市長の二頭立てから生まれる二元行政の弊害が顕著になり、益より害が大きくなってしまった。大阪にとって今や政令市は「古い制度」と化している。

 これを残したまま、内部を拡大行政区の「総合区」という形にしてどれだけ効果があるか疑問である。そうではなく、広域権限は大阪府(都)に移管集中し、身近な基礎行政は各特別区の公選区長、議会に委ねた方が充実すると考える。諸外国もその例が多い。

 もとより、東京に現存する23特別区制度は十分ではない。都から特別区への権限移譲、財源移譲が不十分で特別区の自治権が弱い。ただ、それを大幅に改善したのが大阪都構想である点は銘記されたい。

 30~50万規模の自治権の強い中核市並みの特別区が構想されており、権限移譲、財源移譲は現行法制でみる限り、東京の都区制度よりはるかに進化している。「大阪モデル」と称してもよく、東京の23特別区会長は「大阪でこれが実現したら、東京に逆輸入したいぐらいだ」とも述べている。

 前回の住民投票の時より制度設計は精緻化し完成度は高い。あとは住民への理解が深まるよう、説明する努力と時間をかけることだ。大阪都構想を単に特別区移行への行革だという矮小(わいしょう)化した議論ではなく、今回は第2首都にふさわしい「大阪副首都」構想とセットで統治機構改革をやる覚悟を示すべきである。
大阪府の松井一郎知事=2018年1月4日、大阪府庁(永田直也撮影)
大阪府の松井一郎知事=2018年1月4日、大阪府庁(永田直也撮影)
 そうすれば副首都にふさわしい大阪ができ、若い人たちも夢をもって暮らせるもう1つの大都市が大阪に生まれる。大阪都構想は大阪、関西から日本を発展させようという大都市政策である点も見落としてはならない。

 改革を成就させるには橋下氏のような強いリーダーが必要だ。だが、リーダーに頼るだけでは絶対にうまくいかない。志を同じくするリーダーたちが結集し、270万市民に十分説明して熟議し、制度の意義を十分理解させた上で住民投票に持ち込む必要がある。これは大阪百年の大計とも言える。今回の選択は、目先の利害を超えた「国づくり」の選択であることを理解しなければならない。