塚崎公義(久留米大学商学部教授)

 高度成長期に作られたインフラが更新時期を迎えていますが、維持も更新できずに取り壊す自治体が増えているようです。国全体として人口が減っていく中、高齢者の多い地方は急激に人口が減っていく所も多く、仕方のない選択なのでしょう。

 筆者が注目したのは、山奥の寒村と街を結ぶバス路線の話で、民間企業が撤退した路線を行政が引き継ぐか否か、という判断を迫られる自治体の話です。

 日本人は、行政サービスのコストを自分たちが負担しているという意識が薄いようですが、そこをしっかり認識しよう、というのが本稿の趣旨です。

 米国では、納税者意識が高いと言われています。何と言っても「代表なくして課税なし」が独立戦争のスローガンだったわけですから。最近でも歳出の増加にことごとく反対する「ティーパーティー」と呼ばれる人々が政治的な発言力を持っています。

 それに比べて、日本人の多くは「税金は御上に召し上げられるもの。行政サービスは、税金とは無関係に御上が民に施すもの」と考えているようです。したがって、「山奥の寒村の人が、バス路線が廃止されて困っていて可哀想だ。行政がバスを運行しろ」と言う時に、「もちろん費用は街に住む我々が喜んで負担するから」という後半部分が意識されないのです。

 国政レベルであれば、1億人で負担するので、「政府の行政サービスが増えたら自分の懐が痛む」という実感が湧きにくいかも知れません。しかも、政府は容易に借金ができますから、「費用は借金で賄えば良い」といった安易な考え方をする人もいるでしょう。
画像はイメージです(iStock)
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 しかし、地方公共団体であれば、少人数で分担するため、「費用が増えれば負担も増える」ことが実感しやすいでしょう。

 実際には、増税して新しい行政サービスをするよりも、「街の図書館を閉鎖して、浮いた費用で山間部のバスを運行する」といった目に見えやすい形での負担になる場合も多いでしょうから、図書館を使っている人と山間部の住民との利害が衝突し、住民としてはどちらを選ぶか決めなければいけない、といった選択を迫られることも多そうです。

 小さな自治体になればなるほど、お互いの顔が見えてしまうか、少なくとも首長や議員や役人などは住民の顔が見えてしまうでしょうから、辛い選択も迫られるでしょう。そうした時には、包み隠さず情報を開示して、住民の意見をしっかり聞きましょう。それにより、住民が自分や周囲の人の負担を理解した上で判断できるわけですから。