平均的な所得の増加率よりも地位財の需要増加率が上回る原因は、所得の低い人でも、将来の所得を担保にして、負債をつくることで地位財を購入している、とも考えられる。他方で、フランク教授が注目しているのは、所得上位1%の層による地位財の消費である。

 一部の経営者やプロスポーツ選手、俳優などに所得が集中し、その人たちが非効率ともいえる消費を行っていることに、フランク教授は警鐘を鳴らし続けてきた。彼らの膨大な所得の多くは単に運がいいだけだったにすぎない。言い換えると、努力の見返りにしてはあまりにも報酬と地位財の消費の無駄が多いということになる。

 そのため、フランク教授は無駄な消費を抑えるために累進消費税を提案している。つまり、生活必需品を無税か低率の消費課税にする一方で、ぜいたく品には高税率を課すというわけである。フランク教授の主張の背景には、富裕層の所得の多くがたまたま運良くそれを得ているにすぎない、という洞察があるのである。

 ところで、筆者は野崎氏の近著を読んで、ワイドショーによる「1億円なんて紙切れ」的な紹介のされ方とは違う印象を強く抱いた。まず、野崎氏は、自らの努力の末に事業が成功したことを単なる事実として記述しており、あまり誇ることはしていない。むしろ、運の良さを自覚しているとも記述している。

 さらに、野崎氏は高級車やブランド品の購入といった典型的な地位財の消費に批判的でもある。ただ一つの例外が、美女との交遊だったのである。それも、交際人数を誇ることはあるにはあるのだが、もちろん他人に見せびらかすための消費ではなかった。

 著書から読み解ける野崎氏の人生は、その美女との交遊の成功と失敗の歴史だったのである。それどころか、失敗談の方が印象的だ。単なる色男の自慢話ではないのである。

「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助氏(提供写真)
 究極的には、野崎氏自ら語るように「妻という名の恋人」を求めることに、女性たちとの交遊が帰着している。端的にいえば、野崎氏にとって、美女との交遊は地位財ではなく、一種の「必需品」の消費ともいえる。フランク教授の描いた地位財の消費に走る富裕層のイメージとはかなり違うのである。

 もちろん、実際の野崎氏がどのような人物であったかはわからない。単に著作を読んだだけの感想であり、ワイドショーの報道を真に受けているのと変わらないかもしれない。そして、今回の事件の真相によっては、今書いたイメージとは違う事実も出てくるのかもしれない。

 一部報道によれば、野崎氏の遺産は30億円を超えるという。もしこれが本当だとすれば、資産30億円を超える超富裕層は全世界でも約20万人しかいない。日本の超富裕層に属する人の具体的な姿があまり見えない中で、そのユニークさが注目に値したことだけは事実であろう。