阿部雅美(元産経新聞社会部記者)

(産経新聞出版『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』より抜粋、再構成)

 なぜ、私は『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』(元産経新聞社会部記者・阿部雅美著、産経新聞出版)を書いたのか。

 日本海側で起きていた一連のアベック行方不明について「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と述べた1988年3月26日の梶山静六国家公安委員長の答弁(梶山答弁)。雑談やオフレコの場ではない。無責任な噂話ではない。国会の予算委員会で政府が北朝鮮の国名をはっきりと挙げて、人権・主権侵害の国家犯罪が「十分濃厚」と答えたのである。

 これは尋常なことではない。だれでもトップニュースと思うだろう。しかし、この答弁がテレビニュースに流れることは、ついになかった。

 新聞は産経がわずか29行、日経が12行、それぞれ夕刊の中面などに見落としそうになる小さいベタ(1段)記事を載せただけだった。朝日、読売、毎日には一行もなかった。

 マスメディアの拉致事件への無関心は、ここに極まった。まるで申し合わせでもしたかのように、足並みをそろえて無視したのだった。記事の扱いが小さいとか、遅い、というのではない。報じなかったのだ。

 「メディアが死んだ日」という意味合いが、お分かりいただけるだろうか。

 関係者によると、あの日、予算委員会の記者席では、いつも通り報道各社の記者たちが何人も傍聴していたそうだが、このときの答弁映像はニュース映像の宝庫であるはずのNHKにも残っていないと聞く。誰も一度も目にしたことがないはずだ。

 歴史的な国会答弁の映像が日本のどこにも存在しない。不思議なことだ。

 現在、NHKは拉致報道に相当熱心だが、長い間、拉致を無視し続けたように思う。個々の記者がそろって無関心だったわけではなかったことは、後年、NHKの研修会に招かれてプロデューサーや記者たちと話す機会があって知ったが、世紀が変わるまでの20年間、まともな拉致疑惑報道を視聴した記憶がない。
2004年9月、衆院総務委員会を収録するNHKのカメラクルー(奈須稔撮影)
2004年9月、衆院総務委員会を収録するNHKのカメラクルー(奈須稔撮影)
 NHKだけを責める気は毛頭ない。民放各社も同じだった。

 「梶山答弁」自体は数行だが、この日の拉致関連の政府答弁全体が実は画期的なものだった。ただし、自分たち身内のことが国会で取り上げられたにもかかわらず、アベック3組の家族たちさえ、こうした質疑があったこと自体を、ずっと知らずにいた。