2017年2月に党組織指導部検閲によって金元弘(キム・ウォンホン)国家保衛部長が解任されて以降、金正恩政権は党組織指導部が支えていた。ところが金正恩は組織指導部さえも信頼できなくなり、同部出身で序列2位だった黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長を11月に解任した。

 また組織指導部第1副部長として張成沢(チャン・ソンテク)の粛清などを主導した趙然俊(チョ・ヨンジュン)を同部から左遷して党中央検閲委員長という閑職に追いやった。10月7日の中央委員会総会で崔龍海(チェ・リョンヘ)が序列2位に上がり組織指導部長に就任した。しかし、崔は形式的な部長であって、幹部人事など重要案件は崔ではなく与正が仕切っているという。

 与正はトランプ政権が斬首作戦を実行する意思と能力を確実に持っていることを知っている。したがって、上記三つの可能性のうち③の決裂だけは徹底的に避けようとするはずだ。

 そうなると①と②のせめぎ合いになる。日本の最大の関心事である拉致問題は、トランプ大統領が訪米した安倍晋三首相に約束した通り、議題となるだろう。そこでトランプ大統領は金正恩に②を迫るに当たり、それを本当に実行すれば斬首作戦は放棄するし多額の経済支援を行うという鞭(むち)の放棄と飴(あめ)の提供を提案するだろう。

 トランプ大統領は「金正恩がCVIDを実行すれば、豊かな朝鮮が実現する」と話しながらも、米国は金銭的支援を行わないと釘(くぎ)を刺し、日韓中が支援すると言っている。安倍首相は6月8日、日米首脳会談後の記者会見で、拉致問題について次のように語った。

 「最終的には私と金氏で直接協議し、解決していく決意だ。問題解決に資する形で日朝首脳会談が実現すればよい。日朝平壌宣言に基づき不幸な過去を清算し、国交を正常化し、経済協力を行う用意がある。できる限りの役割を果たしていく」

 安倍首相は拉致問題の解決とは全被害者の即時帰国だと繰り返し表明してきた。つまり、②が実現した場合、日朝首脳会談を開いて全被害者の即時帰国を迫り、それが実現すれば「日朝平壌宣言に基づき不幸な過去を清算し、国交を正常化し、経済協力を行う」と明言している。

 2002年9月に平壌にいて、現在は韓国に亡命している党や政府の複数の元高官は私に「当時、小泉政権は早期に国交正常化をして100億ドル規模の経済協力を行うと約束した。ただし、現金で払うのではなくプロジェクトへの出資という形をとるのが条件だとされたので、党と政府の経済部署にプロジェクト案を作れという指令は下った」と証言している。

 金正恩は父の死後に後継者になってから、父ができなかったこの100億ドルを日本から取ることで、父の権威を乗り越えたいと考えていたという。金正恩政権は100億ドルが取れなかった一番大きな原因は核開発を問題にして日朝国交に反対した米国の干渉だと総括し、金正恩は核ミサイル開発を続けながら米国の反対をかわしてどうしたら日本から100億ドル取れるか、「この難しい詰将棋を俺が解いてみせる」と数年前から話していた。
安倍首相とトランプ大統領
ホワイトハウスでトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍首相=2018年6月7日、ワシントン(ロイター=共同)
 金正恩の狙いを安倍首相とトランプ大統領は十分承知し、CVIDを飲め、飲んだら平壌宣言に戻って100億ドルもらえる可能性が開けるというメッセージを送っているのだ。トランプ大統領の立場では、自分が金正恩と行う取引(ディール)の中に日本が出す100億ドルを見せ金として組み込んでいるのだ。トランプ大統領が拉致問題を取り上げると約束したのは、安倍首相の熱意や人道主義の立場だけではない。自国第一主義の立場から米国の財布は開かず、かわりに日本のカネをディールに使おうと考えているのだ。

 しかし、米朝首脳のディールに拉致問題が組み込まれたこと自体、日本から見ると大きな外交成果だ。米国の軍事圧力を拉致解決の後ろ盾に使うことができる構造を作り上げたことになるからだ。

 いよいよトランプ、金正恩会談が開かれる。私は痺れる思いでシンガポールを見つめている。