理由はほかにも挙げられる。例えば、検査によって車内に持ち込めなくなった手荷物をどのように扱うかも検討しなければならない。現状では新幹線の車両には荷物室が存在しないため、新たに設置するか、該当の手荷物を放棄してもらうか、旅客に乗車自体をあきらめてもらうほかない。

 そもそも、「なぜ新幹線ばかりセキュリティーを強化しなくてはならないのか」という意見だってある。同じ乗り物であれば、在来線や私鉄、地下鉄やバスも対象にすべきであろうし、さらに対象を広げればエレベーターも当てはまるであろう。この点においては、やはり密室になる時間が長く、なおかつ救助が期待される場所、つまり駅に停車できるまで他の乗り物と比べて時間を要するという点を理解してもらう必要がある。

 言うまでもなく、筆者も今すぐ新幹線で保安検査を導入できるとは考えていない。最初は抜き打ちや、サイズや重量で明らかに突出した手荷物に対して検査を実施するという具合に段階的に開始し、車両や設備の改良を待つほうが現実的だ。

 利便性の低下については一言で言えば、慣れの問題と考える。かつて地下鉄サリン事件が発生した後、地下鉄での保安検査は導入されなかったが、その代わりにより密閉された空間となるドーム球場などで手荷物検査が行われるようになった。導入当初は混乱もあったものの、今では当たり前のこととして人々に認識されている。

 痛ましい殺傷事件が起きた今だからこそ、そしてラグビーのワールドカップや東京オリンピック・パラリンピックといった国際的なイベントが控えている今だからこそ、新幹線での保安検査に理解が得られるのではないだろうか。

 では、実際に新幹線での保安検査を鉄道事業者が導入するだろうか。結論から言うと、国から強い指導を受けない限り、保安検査が導入される可能性はないと筆者は考える。膨大な手間と費用を要する上に、言葉は悪いが「所詮は犯罪」という鉄道事業者自体に責任のない事象を予防するに過ぎないからだ。

 放火事件の場合、責任の所在を問わず、鉄道事業における「列車火災事故」となって、国には改善策を示さなくてはならないが、殺傷事件にはその必要もない。今までの事例から考えれば、一定の頻度で犠牲者が生じるのはやむを得ないと、鉄道事業者が考えているとさえ言える。
2015年6月、車内で放火事件が発生し、小田原駅手前で停車する東海道新幹線の車両(川口良介撮影)
2015年6月、車内で放火事件が発生し、小田原駅手前で停車する東海道新幹線の車両(川口良介撮影)
 また、保安検査を導入するにしても、JR東海、そして東海道新幹線の列車が乗り入れるJR西日本の山陽新幹線だけに限定されそうだ。新幹線は2社に加え、JR東日本とJR九州、JR北海道も営業を実施しているが、残りの3社は乗客数の少なさや鉄道事業者の経営状況が悪いことを理由に、頑として導入しないだろう。新幹線の中にも安全に格差が生まれるのである。

 利用客も、そして世論もこういった鉄道事業者の考え方に同調するのであれば、それでもいいだろう。しかし、何の落ち度もない人間が、ただ単に新幹線を利用していただけで命を落とし、その教訓がほぼ全く生かされないという事実を、未来の人々が見たらどう思うであろうか。

 「新幹線の安全神話」とは、素晴らしい伝統を命懸けで守っていくことではないのか。これこそが正しい保守主義だと筆者は考えるが、世論から間違っているといわれるのであれば、それも致し方あるまい。