もちろん、日本人も、突然に災厄がふりかかれば、「なぜ自分たちが」という理不尽さにさいなまれる。そのとき、日本人は、そのやるせなさを「天のせい」にすることで処理しようとしてきた。天に定められた運命なのだと考える天命論や、天から罰をあたえられたのだと考える天譴論(てんけんろん)はその例だ。

 「日本における災害は、天災によるものを基本としているので、人間への恨みがすくない。そのため、あっさりと忘れていきやすいのです。無常観とは、忘れることに等しい」

 では、この無常観は、日本人の災害観や、災害対応のしかたにどう影響をあたえるものだろう。

 前林氏は、日本人の自然災害に対する心の向き方を、災害が起きた後の「復旧・復興」の側面と、起きる前の「防災」の側面に分けて整理する。

 まず、復旧・復興を進めるという面では、日本人の無常観はプラスに作用するという。

 「復旧や復興については、無常観があるため、基本的に早いといえます。無常観とは忘れることと言いましたが、それは次へ次へと前を向く感覚でもあるので、復旧・復興は進みます。それに、恨みつらみもあまり生じないことから暴動や略奪なども起こりにくい。これは支援の早さにつながります」

 東日本大震災のとき、被災者たちが静かに配給を待つようすが世界で賞賛された。災害後のボランティアについても、阪神淡路大震災があった1995年が「元年」とされるが、1923年の関東大震災や、1959年の伊勢湾台風のときも、相当な助け合いがあったと前林氏は指摘する。これらにも、根底で無常観がはたらいているのだろう。
大阪で発生した地震の影響で不通となった阪神電車の駅ホーム。通勤・通学が出来ない大勢の客であふれた=2018年6月18日、阪神西宮駅(撮影・林俊志)
大阪で発生した地震の影響で不通となった阪神電車の駅ホーム。通勤・通学が出来ない大勢の客であふれた=2018年6月18日、阪神西宮駅(撮影・林俊志)
 だが一方で、防災をするという面では、日本人の無常観はマイナスに作用してしまう。

 「たしかに、ハードやソフトの点では、台風対策でも地震対策でも、日本は世界トップレベルにあります。災害が多かったからです。けれども、ハードやソフトとは別の“ヒューマン”の点では、すぐに忘れてしまうという国民の意識がマイナスに作用してしまいます。防災意識がなかなか高まらないということです」

 物理学者だった寺田寅彦にまつわる「災害は忘れた頃にやってくる」という警句は有名だ。この「忘れた」という言葉が使われた背景には、日本人の無常観への意識もあったのかもしれない。寺田は「地震や風水の災禍の頻繁でしかも全く予測し難い国土に住むものにとっては天然の無常は遠い祖先からの遺伝的記憶となって五臓六腑に染み渡っている」とも述べている。