ハードやソフトにくらべて、ヒューマン、つまり人の意識の点が取り残されているのであれば、やはりここにも手を打たなければならない。だが、「五臓六腑に染み渡っている」無常観を覆すのは不可能だろうから、無常観があることを前提に日本人の防災意識を高める方法を考えなければならない。

 そこで、前林氏は二つの方策を提唱する。

 「一つは教育です。小中学校で『防災』という科目の授業をおこなえば、人々の防災への意識は変わっていくと思います」

 前林氏は人の意識を変えるには宗教と教育しかないと考えている。だが、「日本での宗教は、“八百万の神”を崇めるもので、無常観とも深く関わっているので、宗教で災害意識を変化させるのはむずかしい」と言う。一方、教育のなかで防災を扱う授業を組み込めれば、「意識は変えられると思います」。

 2011年の巨大地震の発生直後、釜石市の約3000人の小中学生たちは素早く避難をして大津波から逃れるなどし、99.8パーセントが生存した。これは“奇跡”でなく“実績”だと、生き抜いた子どもみずからが述べている。「釜石の事例は教育の成果といえます」。

 ボトムからの防災教育とともに、もう一つ、前林氏は提唱する。

 「防災省、あるいは防災庁といった、防災関連の省庁の設置です。いま、政府では日本の防災を内閣府が担っています。しかし、2、3年でキャリアが変わってしまうため、専門家といえる官僚はいません。都道府県を指導し、さらにそれを防災の実務を担う市町村まで行きわたらせるため、まずは“親玉“として省庁レベルの専門組織を置くべきです」

 人は、無常観から災害のことを忘れがちだし、正常性バイアスという心理もはたらいて自分に都合よくものごとを捉えがちだ。「これらは、生きていく上ではたいていプラスに働くものです。けれども防災に対してはマイナスに働きます」。
防災袋についての授業をする京都大防災研究所の矢守克也教授=2017年11月30日、大阪府(北村理撮影)
防災袋についての授業をする京都大防災研究所の矢守克也教授=2017年11月30日、大阪府(北村理撮影)
 一般の人びとが無常観や正常性バイアスを外して生きるのはむずかしい。「ですので、防災の省庁につとめる専門家たちだけはそうした意識を外して仕事にあたり、防災のシステムとヒューマンの点を充実させてほしいのです」。

 2011年の巨大地震以降、日本は地震活動期に入ったといわれる。また、1時間降水量が50mm以上の雨の発生回数はここ30年で増加している。災害リスクが高まっているといえるなかで、私たちの無常観を見つめ直し、それを踏まえて対策を立てることが、実のある「リスクに備えよ」につながる。

うるしはら・じろう 1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』『日産驚異の会議』『宇宙飛行士になるには』など。