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    矛盾した県民感情に入り込む共産勢力と「オール沖縄」の限界

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 全国の注目を集める沖縄県知事選は投開票日を迎えた。台風24号が最接近した選挙戦最終日まで激戦が繰り広げられた。急逝した翁長雄志前知事を支えた「オール沖縄」は前衆院議員の玉城デニー氏を支援している。 オール沖縄陣営は候補選定基準を、翁長氏の遺志を引き継ぐ者と定めたが、候補選びに難航していた。ところが、突然翁長氏の「遺言」テープが見つかったと発表され、そこに名前が挙がっていたとされる玉城氏が擁立されることになり、玉城氏も出馬要請を受諾した。 さて、ここで言葉の矛盾に気がつく方もいらっしゃるだろう。オール沖縄代表が立候補し、地元紙の世論調査でも接戦を繰り広げているということは、沖縄全体の代表でなく半分の支持しか得ていないことを意味する。つまり、その実態は「ハーフ沖縄」だということだ。オール沖縄の中核も、革新政党である日本共産党や社民党、社会大衆党であることから、ほぼ「革新統一候補」にしか見えない。 そこで、まずはオール沖縄体制がどのように構築されたか振り返ることで、沖縄の「保革共闘」の歴史を考察したい。きっかけは、2009年9月に発足した鳩山由紀夫内閣で、鳩山氏が米軍普天間飛行場の移設問題について「最低でも県外」と発言したところから始まった。 それまで名護市辺野古への移設でまとまっていたのに、民主党政権にはしごを外された自民党沖縄県連は、翌年1月に県外移設に舵を切った。同月の名護市長選でも、辺野古移設に反対する革新統一候補の稲嶺進氏が当選し、県外移設を求める流れが加速する。 その後、2月の沖縄県議会で普天間基地の国外・県外移設を求める意見書が自民党会派を含む全会一致で可決される。4月にも、国外・県外移設を求める県民大会が開催され、そこに仲井真弘多(ひろかず)知事の登壇を執拗(しつよう)に迫って実現することにより、オール沖縄体制が完成したのである。 翁長氏が注目を浴びるようになったのは、那覇市長時代の12年9月、オスプレイ配備反対県民大会の共同代表になってからだ。13年1月には、沖縄全県の市町村長と市町村議会議長、県議33人のほか、沖縄選出国会議員などを含め、総勢144人が「総理直訴代表団」と称して上京した。 彼らは、オスプレイ反対集会や銀座でデモ行進した後、安倍晋三首相に対し、全市町村長が署名、捺印(なついん)した辺野古移設断念と、オスプレイ配備反対を訴える「建白書」を手渡した。ここで、オール沖縄体制は「反政府闘争体制」にグレードアップしたのである。2006年11月、沖縄県知事選に当選し、万歳をする仲井真弘多氏(中央)と、稲嶺恵一沖縄県知事(左)、翁長雄志那覇市長(右) しかし、この体制は1年も続かなかった。14年1月の名護市長選で現職の稲嶺氏に対し、辺野古移設を掲げる島袋吉和前市長と、引き続き県外移設を公約にする自民県連が推す末松文信県議が、ともに立候補する構えを見せた。保守系の分裂だけではなく、党本部と県連のねじれが表面化してしまったのだ。 それに慌てた自民党の石破茂幹事長は13年11月、沖縄県選出5人の国会議員を呼び出し、辺野古への移設容認を確認し、候補者も末松氏に一本化された。12月に自民県連が辺野古への移設容認に転換することを表明した時点で、オール沖縄は事実上崩壊したのである。不完全でも「保革共闘」 しかし、オール沖縄は安倍首相に提出した建白書を金科玉条のように大切にし、建白書を実現する知事候補として、翁長氏の擁立に動き始める。6月、那覇市議会の自民党新風会は那覇市役所で翁長氏と面談し、知事選への出馬を正式に要請した。だが、自民県連はこれを問題視し、那覇市議会の自民党所属議員12人のうち、安慶田(あげだ)光男議長など3人を最も重い除名、9人を離党勧告とする処分を決めた。 7月には「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」結成大会が開催され、およそ100人が発起人に名前を連ねたという。だが、実際はその時点で県内の市長11人中、名護と那覇を除く9人が「反翁長」であった。つまり、オール沖縄が根拠とする、全市町村が要望した建白書の効力は半減しており、オール沖縄は有名無実化していたのである。 だが、その事実を隠蔽したまま、オール沖縄を前面に出した報道が繰り返されていった。9月に入ると、「島ぐるみ会議」の度重なる要請を受けて、翁長氏は知事選出馬を表明した。翁長氏は「これ以上の(基地の)押しつけは沖縄にとって限界で、地元の理解を得られない移設案を実現することは事実上不可能だ」と政府と仲井真知事への対抗姿勢を示した。 11月の知事選で、翁長氏は仲井真氏に10万票差を付けて初当選を果たした。翁長氏の下で、沖縄は県をあげての政府との対立路線に突入していくのである。 その後、オール沖縄の象徴で、唯一の保守系会派だった新風会が17年の那覇市議選で壊滅的敗北を喫する。また、翁長氏の懐刀だった安慶田氏が口利き疑惑で副知事を辞任するなど、保守層の支持基盤は風前のともしびとなった。 現在、オール沖縄という言葉をかろうじて使う根拠になっているのが、保守政党出身の一部政治家が支援し、また地元建設・小売り大手、金秀(かねひで)グループの呉屋守将会長やグループが選挙戦で玉城氏を支援しているからだ。「保革共闘」とはいえ、その体制はかなり不完全だ。 確かに、保革共闘は沖縄県以外でもいくつかの地方選で行われている。福島県でも「反原発」に関しては、保守も革新も同じだが、知事が先頭に立って反原発運動をすることはない。しかし、保革共闘で反政府闘争が実現するのは沖縄だけである。その原因は、中国や北朝鮮による、沖縄への目に見えない反米工作があるともいわれている。 しかし、現在日本にはスパイ防止法がないため、その関与がたとえ分かったとしても、合法的な場合止める手立てはない。今できることは、その関与を呼び込む沖縄の保革共闘を生み出す土壌の原因を知り、それを克服することだ。2017年6月、米軍普天間基地と米海兵隊のV-22オスプレイ(早坂洋祐撮影) ところで、「なぜ、沖縄には広大な米軍基地があるのか?」と聞かれた場合、本土の保守層の多くは「沖縄は安全保障の要であり、米軍の抑止力が必要だから」と答えるだろう。日米安保条約により、在沖米軍が駐留していると認識しがちだ。そして、「米軍駐留に反対する沖縄の人は左派だ」とレッテルを貼ってしまいがちになる。しかし、真実はそう単純ではない。 沖縄に巨大な米軍基地があるのは、先の大戦末期に米軍が沖縄に上陸し、その直後に本土上陸作戦のための基地の建設を始めたからである。捕虜収容所に入れられた沖縄県民は、戦時中から米軍基地の建設に駆り出されていた。昨日の敵は今日の友 終戦直後、連合国軍総司令部(GHQ)は沖縄の行政を日本から切り離したものの、連合国の関心が日本の戦後処理に集中した。こうして、沖縄の統治方針は定まらず、場当たり的な軍政が行われ、経済復興も遅々として進まなかった。 それが、1949年に中華人民共和国が成立し、翌年に朝鮮戦争が起きると、米国も沖縄の基地の価値を重要視し始めた。日本本土上陸作戦のために建設した沖縄の米軍基地が、今度は、大陸の共産主義勢力を封じ込めるために、「太平洋の要石(キーストーン)」として位置づけられ、恒久基地の建設が始まったのである。 当時のアイゼンハワー大統領は年頭の一般教書演説で沖縄を無期限に管理すると言明していた。つまり、当時の沖縄での「親米」とは米軍に従うだけで、永久に日本に復帰しないことを意味し、日本人の誇りを捨て去った「植民地根性」以外の何物でもなかった。日本への復帰を願う沖縄の愛国者は自然と反米的にならざるを得なかったのだ。 このような中で、在沖米軍の撤去と、日米安保破棄のために毛沢東が仕掛けたのが、沖縄県祖国復帰闘争だ。沖縄の祖国復帰に反対する人は皆無のため、1950年代以降の復帰運動への参加には保守も革新もなく、島ぐるみで盛り上がりを見せた。そこで、米国は施政権を返還して基地機能を維持する方針に転換した。 その直後から、中国共産党のコントロール下にあった革新勢力は、基地の残った復帰に反対し、米軍基地の即時・無条件・全面返還を唱え、日本政府と対立するようになる。一方、沖縄自民党は政府と協調し、基地抑止力を残したままでの復帰する方針を採り、保革共闘は事実上崩壊した。 だが、現在のオール沖縄と同じく、革新勢力の作った「沖縄県祖国復帰協議会」を中心とする復帰運動が、地元メディアではあたかも沖縄の世論のように報じられ続けた。そのピーク時の68年、琉球政府行政主席選が行われ、投票率90%の激戦の末に革新統一候補の屋良朝苗(やら・ちょうびょう)氏が当選した。その後、激しい沖縄返還協定粉砕を唱えるデモが繰り返される中で、71年6月17日に沖縄返還協定が調印され、翌年5月15日に沖縄の祖国復帰が実現することになる。 わずか27年間とはいえ、激動の占領期間だったが、米軍の抑止力が必要だと認識する沖縄の保守層といえども、米軍の言いなりになっていては復帰が実現せず、単純な親米だけでは沖縄の未来が開けなかったことを知っていたからである。 日本復帰後から46年後の現在は、軍事覇権を強める中国の脅威にさらされ、米軍の抑止力の重要性がなくなることはない。つまり、73年前に沖縄に上陸し全てを破壊した米軍は戦後に占領軍となり、そして復帰後はなくてはならない同盟軍だ。まさしく「昨日の敵は今日の友」である。1965年8月、佐藤栄作首相の沖縄訪問の影響で、琉球政府庁舎前で警官隊と衝突した、沖縄県祖国復帰協議会に参加する琉球大生たち 今、多くの沖縄県民は、理性的な現実認識と歴史的体験による感情を整理できないままでいる。そのような中で、矛盾した県民の心理を、共産主義勢力がターゲットにしている。 それは、沖縄戦や米軍による沖縄占領の歴史、そして沖縄県祖国復帰運動の歴史を、今後の沖縄の安全保障政策や沖縄の未来構築に生かしていくだけの整理、清算が終わっていないからだ。これこそが、保革共闘の土壌であり、沖縄問題の深因なのである。

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    沖縄知事選は反差別の理不尽と戦う「日本解体闘争」である

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 平成30年8月31日の琉球新報1面に「沖縄への基地集中は『人種差別』国連が日本政府に勧告」というタイトルで次の記事が掲載された。 国連人種差別撤廃委員会は30日、対日審査の総括所見を発表した。日本政府に対し、沖縄の人々は「先住民族」だとして、その権利を保護するよう勧告した。米軍基地に起因する米軍機事故や女性に対する暴力について「沖縄の人々が直面している課題」と懸念を示した。その上で「女性を含む沖縄の人々の安全を守る対策を取る」「加害者が適切に告発、訴追されることを保証する」ことなどを求めた。同委員会が勧告で、差別の根拠として米軍基地問題を挙げたのは2010年以来。(以下省略) 前回の寄稿「沖縄の基地集中は『人種差別』危険な国連勧告の裏側を読む」では、筆者がスイス・ジュネーブまで足を運び、国連人種差別撤廃委員会の対日審査に先立ち、「沖縄県民は先住民族としての自己認識を持っておらず、日本人である」とスピーチしたことを報告したが、それを全く無視し、このような勧告が出されたのだ。沖縄県民を先住民族と断定した勧告は、2008年の自由権規約委員会以来、これで5回目である。 さて、前知事の翁長雄志氏急逝に伴い9月30日に投開票が行われる沖縄県知事選で、翁長氏を支援してきた「オール沖縄」は、後継候補として自由党幹事長の玉城デニー前衆院議員の擁立を決めた。オール沖縄は「イデオロギーではなくアイデンティティー」をスローガンにして米軍普天間飛行場の辺野古移設阻止を掲げてきた。 このスローガンは、基地問題が保革の対立問題ではなく、国際的人種差別問題にエスカレートさせる一つの罠(わな)であり、玉城氏もこのスローガンを引き継いでいる。沖縄県民が全く望まないのに、国連で先住民族と認識されるからくりと、その目的が米軍基地撤去であることについては、すでに「沖縄・翁長知事の国連演説は本当にヤバい」(月刊正論2015年10月号)で述べたので詳細は、そちらを参照いただきたい。沖縄知事選で支持を呼び掛ける玉城デニー氏=2018年9月13日 ここで、先住民族勧告に関する沖縄選出の国会議員全員の姿勢が明らかになった報道を紹介したい。まず、平成28年4月27日、国連の各委員会による先住民族勧告を問題視した沖縄選出の宮崎政久衆院議員が内閣委員会の質疑で勧告の撤回を働きかけるよう政府に求めた。 これに対し、木原誠二外務副大臣は「事実上の撤回、修正を働きかけたい」と答弁し、それを問題視した琉球新報は、翌日の新聞1面で取り上げ、別稿記事で沖縄選出の全ての衆参両議員に賛否を問うアンケートの結果を掲載した。 それによると、自民党所属議員5人と、おおさか維新の儀間光男議員は「沖縄県民は日本人であり勧告は不適切だ」との主旨の回答をした。また、おおさか維新の下地幹郎議員は「政治家の領分ではない」と判断を回避。問題のオール沖縄の議員5人は、「勧告は人権を尊重したもの」や「その撤回は侮辱」などと勧告を評価、肯定する主旨の回答をした。そして玉城氏も「差別を否定する勧告は政府も尊重すべき」と答えたのである。 沖縄では差別とか自己決定権という言葉で覆い隠してはいるが、結局のところ、オール沖縄とは「オール先住民族」だったのである。つまり、現在行われている知事選は辺野古移設阻止を問う選挙ではなく、沖縄県民はこれまでのように日本人として生きていくか、日本のマイノリティーである先住民族として生きていくのか、を問う選挙なのである。民意を無視した地元紙 沖縄の米軍基地撤去運動は「安保闘争」から国連を利用した「沖縄反差別闘争」にシフトしていることも前回の寄稿で説明した。先住民族の権利を利用して米軍基地を撤去する方向に動いているのだ。今さら驚く必要もないが、琉球新報は8月30日の国連勧告を重要視し、9月3日の社説でも以下のように取り上げている。「国連の沖縄基地勧告 政府は差別政策改めよ」 過重な米軍基地負担によって県民が差別的処遇を受けていることを国際社会が認めた。国連人種差別撤廃委員会が、米軍基地の沖縄集中を差別の根拠として挙げ、沖縄の人々の権利を保護するよう日本政府に勧告した。勧告に法的拘束力はないが、実情を真摯(しんし)に受け止め沖縄に寄り添った内容だ。世界標準で見ても、政府の新基地強行がいかに理不尽であるかが改めて浮き彫りになった。政府は勧告を受け入れ、直ちに辺野古の新基地建設を断念し、沖縄に対する差別政策を改めるべきだ。(以下省略) その後の内容も社説というよりは、被差別意識をあおるような言葉が続く。◎「戦後70年余も米軍基地に反対し続けてきた沖縄の訴えには一切耳を貸さず、本土の『民意』にはすぐに理解を示す。これを差別と言わずして何と言おう」◎「日本政府は勧告を受け入れてはいない。むしろ逆に、沖縄に対する圧政の度合いを強めている」◎「政府は国際社会の指摘に頰かむりせず、きちんと向き合うべきだ。県民の人権、自己決定権を踏みにじることは許されない」 筆者は、多くの沖縄県民がこの社説のように思っているとは思わない。また、先住民族の権利を理解しているとも思わない。問題は、この社説が沖縄県民の代弁として国際発信されることだ。筆者は、国連の人種差別撤廃委員会で休憩時間中に日本語で書かれた琉球新報を広げて読んでいる委員を見た。彼は委員会でもたどたどしい日本語でスピーチするなど非常に日本に好意を持っている人物である。しかし、琉球新報に書かれていることが「沖縄県民の世論だ」と勘違いしていることは間違いない。 一方、沖縄反差別闘争の特徴に日米同盟容認があることも述べたが、それを裏付ける動きがあった。8月29日、立憲民主党の沖縄県連設立を受けて、那覇市内で記者会見を行った枝野幸男氏は「辺野古に基地を作らせない」「普天間を返還させる」とした上で、「日米安全保障体制の堅持」を方針として掲げた。 これには、すでに巧みな罠が仕掛けられている。それは、沖縄の米軍基地を全国で引き取る運動だ。言い換えれば「日米安全保障体制は重要だ。しかし、沖縄にばかり基地負担をかけているので、公平にするため全国で引き取ろう」という考えである。 これは、日米同盟を重要視する自民党系の首長も賛同してしまいそうな主張とも思える。だが、訓練移転は実現できても、実際に沖縄の基地負担を大幅に減らす移設を実現する可能性はゼロだ。なぜなら、これまでの日米両政府の合意を覆すことであり、交渉を振り出しに戻すようなものだからである。 仮に合意したとしても今度は、受け入れ先の自治体が基地反対の活動を起こして、失敗させることを目論んでいる可能性があるからだ。結局、基地引き取りに失敗して、琉球新報や沖縄タイムスに「沖縄差別!」という大きな見出しが掲載されることになり、国連に報告する具体的な材料が増えるだけだ。 もう一つ、新たな「沖縄差別運動」が始まろうとしている。前述した立憲民主党の沖縄県連が設立され、その県連会長に反ヘイトスピーチ運動の先頭を走ってきた参院議員、有田芳生氏が就任した。彼は、参院議員の糸数慶子氏がジュネーブの国連人種差別撤廃委員会に参加した際も会場で常に隣りに座っていた。この2人は、反ヘイトスピーチ運動と沖縄の米軍基地問題という、一見異なる領域で活動しているように見えるが、実態は「反差別闘争」という日本解体運動をともに戦う同志でもある。国連人種差別撤廃委員会の対日審査会合後、記者会見する参院議員の有田芳生氏(右)と糸数慶子氏=ジュネーブ 有田氏を県連会長に送り込んだ立憲民主党の狙いは、国連勧告を錦の御旗にして、沖縄発の反基地運動、独立運動に対して、全ての批判をヘイトスピーチとして阻止するためではないだろうか。 それを許してしまうと、「沖縄県民は日本人ですから独立なんてバカなことを言わないでください」という発言も、「琉球人の尊厳を踏みにじった! ヘイトだ!」とされてしまうことになる。要するに、沖縄の反日反米闘争批判の「言葉狩り」がこれから始まるのである。 このように、反差別闘争とは偽装マイノリティーの力を最大化し、マジョリティー(日本人)の発言を封印する日本解体闘争なのである。政府も国民も早急に沖縄反差別闘争に備えなければならない。

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    沖縄の基地集中は「人種差別」危険な国連勧告の裏側を読む

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) スイスのジュネーブで8月16日から2日間開催された国連人種差別撤廃委員会の対日審査に合わせ、筆者は英語でスピーチを行った。まず、そのスピーチ内容を日本語訳でごらんいただこう。 私は日本沖縄政策研究フォーラムの仲村覚です。日本国沖縄県に生まれ育った者の代表として発言させていただきます。 まず、沖縄県に生まれ育ったすべての人々は、日本人として生まれ、日本語で会話をし、日本語で勉強し、日本語で仕事をしてきました。ゆめゆめ日本の少数民族などと意識したことはありません。沖縄は第2次大戦後、米軍の占領支配下におかれましたが、沖縄では激しい祖国日本への復帰運動が起こり、わずか27年後には沖縄は日本に返還されました。 祖国復帰運動の最大の情熱の根源は、沖縄の子供たちに日本人としての教育を施したいということでした。沖縄は日本の中では複雑な歴史を持つ地域ですが、一度たりとも日本からの独立運動が起きたことはありません。独立を公約として立候補して当選した政治家も一人もいません。 また、過去一度たりとも、沖縄から先住民族として認めるよう保護してくれという声があがったことはありません。議会で議論すらされたことはありません。沖縄で独立を標榜(ひょうぼう)する団体がありますが、それは沖縄ではごく少数の団体です。 委員会は、数百人の意見を根拠に、140万人の運命を決する判断をしたようなものです。日本人である沖縄県民に先住民族勧告を出すことは、国際社会に誤解を与え、沖縄県民に対する無用な差別や人権侵害を生み出すことになります。それは、委員会の存在意義に反します。早急に撤回すると同時に、同じ過ちを繰り返さないように、なぜ誤認識したのか原因を調査し、再発防止策を講じるようお願い致します。 沖縄県民が日本人であることは、当たり前である。ほとんどの日本国民も、当事者の沖縄県民や全国各地および海外在住の沖縄県出身者も、自らを日本人だと認識している。 それにもかかわらず、なぜわざわざジュネーブまで行って、「私は日本人です」と言わなければならないのか。それは、裏でコソコソ隠れて、「沖縄の人々は日本に植民地支配されている先住民族であり、日本政府はその権利を守るべきだ」と訴え続けた勢力がいるからだ。実際、当日もその勢力に属する人物が姿を見せていた。その人物が8月17日付の琉球新報の26面に小さく掲載されていた。「糸数氏基地問題は差別 国連対日審査で訴え」 国連人種差別撤廃委員会の対日審査が16日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で始まった。審査に先立ち、沖縄から糸数慶子参院議員がスピーチした。糸数氏は沖縄の人々に対する差別の事例として、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設をはじめとする基地問題をあげた。日本政府に差別的な政策をやめさせ、先住民族としての権利を守らせるよう訴えた。(以下省略、『琉球新報』2018年8月17日付) 日本国内でほとんど知られていない国連の実態に、「沖縄県民は先住民族だという認識がほぼ固まっている」ということがある。実は、自由権規約委員会と人種差別撤廃委員会でそれぞれ2回、計4回も勧告が出されているのである。 これらの勧告に対して、日本政府は毎回「日本にはアイヌ以外の先住民族はいない」ときっぱり拒否しているし、そもそも国連の勧告に法的な拘束力はない。それでは、問題がないかというとそうではない。日本政府の拒否が、委員会の勧告をより厳しいものにしているのである。2018年8月、国連人種差別撤廃委員対日審査のランチミーティングブリーフィングにおいて、スピーチを行った筆者 2回目以降の勧告には、「前回勧告を出したにもかかわらず、現時点も沖縄の人々を先住民族として認めていない」という趣旨の文言が加わっていた。国連の委員会にとって、政府というのは弱者を弾圧している被告人であって、どのような説明をしても独裁権力の言い訳にしか聞こえないようだ。国連を利用した「反差別闘争」 そのため、勧告と拒否が繰り返されるたびに「沖縄県民は先住民族」「日本政府は非人道的」というイメージが作られていく。その結果、沖縄県民は政府から虐待的差別を受けているかわいそうな先住民族だという認識が独り歩きし、国際社会に誤解を与え、沖縄県民に対する無用な差別や人権侵害を生み出すことになる。将来、沖縄の子供たちが海外に留学した場合、「あなたは日本国籍を持っているけど日本人ではなく琉球人なんですね」と言われかねないのである。 この流れを止めるには、糸数氏や県外でそのおぜん立てをしている仲間と全く反対のことを主張する非政府組織(NGO)の情報提供と発言以外にはない。 ところで、そもそも、どのような目的をもって、沖縄県民が全く預かり知らぬところで、沖縄県民を先住民族にしたのだろうか。最初にその目的を確認してみたい。 日本復帰前から沖縄の革新政党の至上命題は「日米安保破棄」と「在沖米軍の撤去」であった。拙著『沖縄はいつから日本なのか』(ハート出版)にも記しているが、日本共産党を中心とした70年安保や沖縄復帰闘争の背後には、中国共産党の存在があった。そのころから一貫して、日本の非武装弱体化工作と、アジアから米軍を追い出す政治マスコミ工作を続けている。 中国はその後、西太平洋の覇権獲得を目指して、海軍、空軍の近代化を推し進め、米国と対峙(たいじ)できる軍事力を備えつつある。現在では、爆撃機を含む中国空軍の編隊が宮古海峡を突破し、台湾を軍事占領する訓練を日常的に行うようにまでなった。平時とはいえ、第一列島線を突破したのである。 中国の台湾占領計画において、第一列島線と第二列島線の間の海域はハワイやグアムからの米国の増援阻止エリアで、宮古海峡はその東シナ海に米軍が侵入するのを封鎖する関所にあたる。このシナリオで最も邪魔になるのが在沖米軍だ。中国はこれを戦わずに追い出すための、政治工作を続けてきたが、先日亡くなった翁長雄志知事の誕生から大きな路線変更が行われた。 意外と思うかもしれないが、知事時代の翁長氏は日米同盟に賛成していた。事実、「私は日米安保体制を十二分に理解している」と発言し、オスプレイ配備に反対する理由を「墜落事故が起きると日米同盟に亀裂が入るから」と説明していたのである。 今となっては本音かどうか分からないが、この発言には、先住民族勧告と深い関係がある。つまり、辺野古移設に反対する「オール沖縄」が、日米同盟賛成論者の翁長氏を反米運動のリーダーとして担ぐという奇策に出たということだ。その理由は「安保反対」では多数派形成が無理だと判断したことにある。 そこで、多数派形成の軸を辺野古移設阻止とオスプレイ配備反対の2点に絞り、それを争点に国連を利用した「反差別闘争」により、米軍基地の全面撤去を狙う方針に切り替えた。これから、「私は日米安保賛成だけれども、沖縄に米軍基地の7割を押し付ける差別は許さない」という理論が可能になったのである。 そのころから、オール沖縄の運動や地元新聞の解説や見出しに「差別」という言葉が多用されるようになった。さらに、これに国連の先住民族勧告が加わると、沖縄の米軍基地問題が、一気に国際的人種差別問題にエスカレートする。国連では先住民族の土地の権利を保護しなければならないというルールがあるからだ。 現在の勧告には強制力はないが、それを持たせるのは、ILO169と呼ばれる「独立国における原住民及び種族民に関する条約」である。その条文には、「関係人民が伝統的に占有する土地の所有権及び占有権を認める」「関係人民の土地に属する天然資源に関する関係人民の権利は、特別に保護される」とある(※上の表の2014年の自由権規約委員会の勧告を参照)。 つまり、土地の所有権により、米軍基地を撤去する権利や、尖閣諸島の油田やレアメタル権利が特別に守られる権利があるということだ。日本は幸いこの条約を批准していないが、今後も批准してはならないと思う。 こうして、沖縄の米軍基地撤去運動は、「安保闘争」から、国連を利用した「反差別闘争」に変貌したのである。当然、この主張への反論も「日米安保賛成の世論」ではなく「沖縄県民は日本人だ!」という国際発信に切り替えなければならない。2018年8月17日、ジュネーブの国連人種差別撤廃委員会で報告する日本政府代表の大鷹正人・国連担当大使(中央) このような背景の下で、冒頭に紹介した筆者のスピーチは行われた。だが、8月30日に発表された対日審査の総括所見では、沖縄の人々が「先住民族」だとして、その権利を保護するよう、日本政府に勧告したのである。ところが、この勧告に対して、沖縄県民は反論できる状況にはない。これまで、日本外務省は県民や県選出の国会議員に勧告を直接伝えていなかったからだ。政府は広報予算をつけてでも「先住民族」勧告を周知する必要がある。 われわれは政府に対し、勧告撤回の要請以外にも、「沖縄県民の創意」を利用して国連に「先住民族」を働きかける人々への、再発防止のための法整備を求めていきたい。人種差別撤廃委の勧告を受け、戦いの場は、生前の翁長知事による辺野古埋め立て承認撤回を引き継いだ、9月30日投開票の沖縄県知事選に移ってきている。

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    「中国の政治工作にイチコロ」こんな生ぬるい沖縄知事選は嫌だ!

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 沖縄県選挙管理委員会は任期満了に伴う知事選を11月1日告示、同18日投開票とする日程を決めた。米軍普天間飛行場の辺野古移設阻止を公約とした翁長雄志知事が当選して以来、政府と沖縄県の対立が続いてきたが、その解消の可否がかかるだけに注目が集まる重要な選挙である。 自民党県連などでつくる候補者選考委員会は7月5日、会合を開き、宜野湾市の佐喜真淳市長の知事選擁立を全会一致で決め、正式に出馬を要請した。一方、選考委の発表を待たずに、独自に出馬表明していたシンバホールディングスの安里繁信会長は「選考委のプロセスが不透明だ」と不満を訴え、「佐喜真氏との一本化は諦めない」と改めて立候補する考えを強調している。 この状況を受けて、「佐喜真氏は受諾する見通しで、保守分裂含みの選挙戦になる」と県内メディアを中心に報じられている。だが、安里氏が出馬を取り下げない限り、佐喜真氏が、宜野湾市長の座を革新に奪われるリスクを冒してまで出馬を決断するのは容易ではない。 一方、辺野古移設に反対する「オール沖縄」陣営が再選を期待する翁長氏は、4月に受けた人間ドックで膵(すい)がんが見つかり、4月21日に摘出手術を行い、約1カ月後に退院した。6月12日開会の県議会定例会への対応に注目が集まったが、抗がん剤治療中の翁長氏は議会運営委員会で認められた帽子を着用して出席し、そのやつれた姿は同情さえ集めている。 常識的に考えれば、抗がん剤治療を受けながら、激しい選挙を戦うことも、当選後に知事としての公務をこなすことも無理がある。しかし、日本共産党の志位和夫委員長は、翁長知事の再出馬は既定路線だとして「翁長知事の再選を必ず勝ち取るために頑張り抜こう」と訴え続けているのである。 また、県議会与党の会派おきなわは、5月27日に「翁長知事を支える政治・経済懇和会」を発足させた。さらに、7月6日には県政与党会派の議員が集会を開き、翁長氏擁立を目指して一致して取り組むことを確認した。オール沖縄にとっては、やはり「翁長の代わりは翁長しかいない」というのが実情のようである。2017年9月、外務省で佐藤外務副大臣に要請を行う沖縄県の翁長雄志知事(原田史郎撮影) だが、翁長県政が誕生してから約3年半の県内市長選で、自民系候補は8勝1敗と圧倒している。辺野古移設反対の大義となっていた名護市長の座も8年ぶりに奪還し、自衛隊配備が争点となった先島諸島の石垣市、宮古島市でも勝利を収めた。安全保障に大きな影響を及ぼす可能性のあった与那国町長選に至っては、革新側は擁立すらできずに終わったのである。 結局、翁長知事の誕生以来、オール沖縄系候補が勝ったのは南城市長選のみで、それも65票の僅差である。知事選前に残された市長選は豊見城市と那覇市だけだ。さまざまな課題のある選挙だが、新聞マスコミがいくら笛を吹いても県民は踊らなくなっている。むしろ、マスコミ報道とは正反対に、沖縄におけるオール沖縄勢力は急速に支持を失いつつあるのである。 自民県連にとって、この流れを受けた知事選は県政奪還の大きなチャンスである。それには、自民党を中心とした支援組織が一枚岩になることが前提条件になる。ところが、現在の保守陣営の分裂により、この大チャンスを失いかねない状況にある。本稿ではその深因を探ってみたい。 まず、沖縄の選挙において、革新系の候補擁立が本土より数段進んでいることを忘れてはならない。本土ではここ数年になって、「野党連合」というスローガンが聞こえ始めたが、現実はほとんど追いついていない。沖縄知事に求められる「資格」 しかし、沖縄では祖国復帰前から社民党や共産党、それに地域政党である沖縄社会大衆党が話し合った上での革新統一候補の擁立が日常的に行われていた。その中で、一部の保守系の勢力をも取り込んで統一候補を擁立したのが、オール沖縄なのである。これは、共産党の革命理論用語でいう「統一戦線」を保守にまで広げたということになる。つまり、オール沖縄の出現直前から、統一戦線工作の対象は常に保守政治家にあったということがわかる。 だからこそ、現在の沖縄では私心のない謙虚な人物でなければ、中国の政治工作にイチコロで、とても知事は務まらないというのが現実だ。知事選前の沖縄は、そのような状況下にあるということを前提に「保守分断」を分析する必要がある。最悪の場合、保守系候補だと思って心血を注いで応援していた候補が当選後に豹変(ひょうへん)し、オール沖縄のコントロールを受ける政治家になる可能性もあるということだ。 さて、沖縄は安全保障の要であると同時に、日米同盟の最重要拠点である。米国のトランプ大統領が中国と貿易戦争を始めた今、米国の構築する包囲網を突破して、中国が生き残るためには、「日中友好」のパイプを使って日米を離間させるしかない。その場合、最重要拠点の沖縄が日米分断工作のターゲットになり、知事選が最大の政治工作の場となのである。 では、自民党政権の中国の対日政治工作に対する「防衛体制」はどうなっているのか。日中友好というスローガンを能天気に唱え続けてきたことでもわかるように、全くの無防備だったのである。 その間、中国は有事の際、日本が身動きを取れなくなるような仕掛けを着々と進めてきた。その仕掛けこそ、2010年の「国防動員法」だ。日本国内にいる中国人観光客、学生も徴用対象になるこの法律で、尖閣有事が起きた場合に彼らがテロリストや工作員と化す仕組みが出来上がったのである。 法律施行の約半年後に、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件が起きた。また、中国による尖閣諸島海域の実効支配が強化され、中国軍機に対するスクランブル発進も急増していることは無関係ではないだろう。 本来なら日本政府が中国の「間接侵略」に備えるところだが、外務省は2011年に中国人観光客向けの「沖縄数次査証」という渡航ビザの発給を開始してしまう。こうして、2010年にわずか2万4000人だった中国人沖縄観光客が2017年には54万6000人と約23倍に急増し、沖縄県の中国への経済依存度を急速に高めたのである。 また、ここ数年、沖縄県と福建省の経済交流は加速度的に動いており、行政レベルだけではなく、企業・団体間でもさまざまな覚書が交わされている。その動向はすでにiRONNAでも寄稿したが、その後もさまざまな「経済籠絡(ろうらく)」が進められている。2017年8月、オール沖縄会議が主催した集会で、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古移設に反対するメッセージを掲げる参加者=那覇市 実際、昨年6月には中国の『一帯一路』構想の沖縄展開に関するフォーラムが開催され、「中国との関係が深い沖縄が先駆けて一帯一路政策を取り込むことで、日本経済を牽引(けんいん)できる」という趣旨の講演も行われた。一帯一路とは経済交流の仮面をかぶっているが、その実態は中国による軍事拠点の獲得であり、制海権の獲得である。 つまり、沖縄で一帯一路を展開するということは、いずれ沖縄に中国人民解放軍の軍事基地が建設されることになる。このような沖縄の中国との経済交流は、沖縄県主導で進められているのではなく、日中友好という日本政府の基本姿勢に基づき、河野洋平元衆院議長が会長を務める日本国際貿易促進協会(国貿促)が推進しているのである。 そもそも、中国共産党の「日中友好の歴史」とは「対日工作の歴史」である。彼らの目的は日本国民への自虐史観の浸透に始まって、日米安保破棄を目的とする反米と非戦主義の浸透にあるのである。前述した対中スクランブル発進が急増しているにも関わらず、沖縄への中国人観光客も急増するというこの異常な状況に、誰も問題意識を持たないことこそ、工作の大成果といえるだろう。本当の「日中友好の歴史」 さて、これまで述べてきたように、沖縄知事選は中国政府にとって、トランプ大統領の中国包囲網を突破する最大のチャンスである。そして、現在そのターゲットは保守政治家にある。一方、日本政府は政治工作の基盤となる経済交流や文化交流を推進し、多くのチャイナマネーを沖縄に招き入れ、中国の沖縄政治工作に加担している。 次の知事選は自民もオール沖縄陣営も内部に課題を抱えており、選挙戦の行方を読み解くのは困難である。だが、仮に自民が県政を奪還したとしても、現在の自公政権では中国の沖縄乗っ取りの動きを止められないだろう。それは、返り血も覚悟の上で中国と貿易戦争を始め、本気で中国を封じ込めようとするトランプ大統領に対する背信行為ではないだろうか。 米シンクタンク、「プロジェクト2049研究所」が4月に発表した報告書によれば、中国軍による尖閣諸島への軍事侵攻が2020年からの10年間に行われるという。つまり、自民党政権が中国の沖縄乗っ取り工作への加担を続けることで環境が早く整い、侵攻が時間の問題であることがわかるだろう。 では、このような中、今すぐ日本政府が着手すべきことを考えてみたい。まず、日中友好の見直しが必要である。日中の友好や経済交流推進を目的に、日本には日中友好協会と国貿促が、中国には中日友好協会や中国国際貿易促進委員会が、カウンターパートとして存在する。だが、中国側は民間交流をうたっているが、事実上の政府機関であることは誰もが知っており、政府の意向が当然反映される。 一方、日本側は民間活動である以上、政府の管轄外であり、国益に反しても法律に反しない限り政府のコントロールがきかない。何よりも「けんかをするより仲良くしたほうが良い」という漠然とした考えしかなく、国益実現へのビジョンも戦略もない。結局、日中友好、日中経済交流とは、中国政府の意思を日本国内に反映できても、日本の意思を中国国内に反映するルートとして全く機能していないのである。 前述のように、中国政府は対日工作として、軍事力のみならず、経済、文化、歴史、マスコミなど全てを含めた総力戦で攻撃を続けてきた。ところが、日本政府の対中防衛といえば、自衛隊と海上保安庁の武力レベルばかりで、それ以外は無防備のままで過ごしてきた。これが、中華人民共和国が成立した1950年以降の「日中友好の歴史」なのである。しかも、中国の軍事力が米国を脅かすレベルに達した現在、中国による「日本強奪」は最後の仕上げ段階に入っているとみても過言ではない。2017年10月、中国共産党の第19期中央委員会第1回総会を終え、記者団に手を振る習近平総書記(左から3人目)ら新指導部=中国・北京の人民大会堂(共同) そうであるならば、まずは1950年以降の日中友好の歴史でどのような国益を失ったか、分析と評価が必要だ。そのうえで、失敗を繰り返さないための防衛体制の構築を急がなければならない。 これには、有事での連携の在り方や具体的な対処方針を定めた「国民保護計画」というモデルがある。すでに、全省庁と都道府県、ほとんどの市区町村で策定済みである。これになぞらえて考えてみよう。 中国の経済侵略に対しては、経済産業省による「経済防衛計画」を立案する必要がある。また、中国系企業の土地買収という間接侵略から日本の国土を守るために、国土交通省には「国土資源防衛計画」の策定が求められる。従軍慰安婦や南京大虐殺に関しても、文部科学省の計画立案が必要となる。つまり、間接侵略を含む国家防衛についても、国民保護計画と同じように、全省庁と関係機関、自治体が国防計画を事前に用意すべきだということである。 一見、突拍子もない考えのように思えるかもしれない。だが、国民の生命と財産を守る責務は政府と自治体にあり、本気でその任務を果たすのであれば、どうしても必要なことである。事が起きてから後悔しないためにも、今すぐ着手しなければ間に合わない。

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    ウーマン村本に知ってほしい「沖縄モヤモヤ史観」

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔氏が元日、テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』に出演し、「沖縄はもともと中国から取ったんでしょ」などと発言したことで、ネットで炎上し「不見識だ」と多くの批判を浴びた。中国の「琉球(りゅうきゅう)独立工作」に関して警鐘を鳴らし続けてきた筆者に「先頭に立って彼を批判してほしい」との声も出たが、私の感じ方は若干異なる。 単に沖縄を観光地としてしか見ていない若者と比べれば、沖縄の問題や歴史に関心を持つことは100倍素晴らしいことなのだ。そして、村本氏が沖縄の歴史を誤って認識してしまった原因は、彼にだけあるのではない。現在の沖縄問題と沖縄の歴史に真正面から取り組んでこなかった日本国民全体、特に日本の政治家にこそ大きな責任があると思っているからだ。  村本氏の発言問題のポイントは、明治政府が琉球国を廃して沖縄県を設置したとき、琉球を清(しん)国から奪ったのかどうかである。沖縄県設置前の幕末から明治にかけて、もし琉球が日本に属していたら、沖縄県の設置は国内の措置であり清国から奪ったわけではない。逆に、琉球が清国に属していたら奪ったということになる。ではその点について、日本政府の公式見解はどうなっているのだろうか。 例えば、外務省ホームページ(HP)の「外交史料 Q&A幕末期」には、黒船で来航したペリー提督が琉球と条約を結んだ琉米条約に関する回答に次のような一文がある。「当時の琉球は、薩摩藩島津氏の統治下に置かれていましたが、他方中国(清国)との朝貢関係も維持するという『両属』の体制にありました」。ここには、琉球が清国に属しているとも日本に属しているとも書いていないが、薩摩と清国の両方に属していると書いている。この外務省の見解によると、当時の琉球は半分清国に属し、半分は薩摩藩に属していたことになる。外務省飯倉公館(代表撮影) そうすると、清国に半分属していた琉球を完全に日本に属するようにした沖縄県設置は、「琉球を清国から奪った」という村本氏の回答は100点満点中50点ということになる。当然「沖縄は中国に属したことはない」と批判する人も50点になるのだ。「1609年に薩摩が琉球を支配してから琉球は日支両属(日清両属)の地位にあった」という認識は何も外務省だけの見解ではない。日本史の教科書、沖縄の歴史の参考書、どれを見てもこの言葉を使っている。いわゆる日本の常識なのだ。つまり、日本の常識では、村本氏の発言は50点だということになる。あいまいな日本政府の「沖縄史観」 この問題に衆議院で取り組んだ人物がいた。当時衆院議員だった鈴木宗男氏だ。鈴木氏は平成18年11月11日、衆議院に「琉球王国の地位に関する再質問主意書」を提出している。「政府は、1868年に元号が明治に改元された時点において、当時の琉球王国が日本国の不可分の一部を構成していたと認識しているか。明確な答弁を求める」という鈴木氏の質問に対して、政府は「沖縄については、いつから日本国の一部であるかということにつき確定的なことを述べるのは困難であるが、遅くとも明治初期の琉球藩の設置及びこれに続く沖縄県の設置の時には日本国の一部であったことは確かである」と回答した。これが当時の日本政府の沖縄の歴史観だ。 先ほどの外務省のHPには琉球は日本と支那に両属していたと書かれていたが、この答弁書には沖縄県が設置される前の沖縄は「清国に属していたのか、日本に属していたのか、日清両属だったのかもわからない」ということになる。この政府の公式見解によると、村本氏の発言は0点から100点となる。だから点数のつけようもないのだ。2017年6月、参院決算委員会で質問する自民党の山田宏参院議員(斎藤良雄撮影) このあいまいな日本政府の沖縄史観は、沖縄の日本からの分断強奪を狙って「琉球の帰属は未定で解決しておらず、日本が明治時代に沖縄県を設置して強奪した」と主張を始めた中国を利することになる。危機感を抱いた筆者は数年がかりでこの政府の認識を改めることに尽力した。陳情要請を受けた山田宏参院議員が2回の国会質問を行い、2度目の平成29年6月5日、安倍晋三首相から「沖縄については、寺島(正則)外務卿が沖縄が数百年前からわが国所属の一地方である旨述べていたことが確認されています。いずれにせよ、沖縄は長年にわたりわが国の領土であり、沖縄がわが国領土であることは、国際法上何ら疑いもないところであります」という答弁を引き出した。それまでの鈴木氏の質問主意書に対する政府見解を修正させることができたのである。 山田氏に要請するとき、筆者は重要な資料を持参した。それは明治12(1879)年の外交文書だ。実は、政府のあいまいな歴史認識を覆す資料が政府内部に存在していたのである。外務省のHPからダウンロードして入手した、カタカナ漢字交じり、もしくは漢語で書かれている文書の概要は次のようになる。 明治12年4月4日、沖縄県設置後、その事実に気が付いた清国は沖縄の廃藩置県を停止するよう求めた。続いて5月20日には「廃藩置県はいかなる理由によるものか」と抗議を寄せた。それに対し寺島外務卿は「内政の都合により処分した」と答え、8月2日に、琉球は嘉吉元(1441)年より島津氏に属し、日本は数百年琉球の統治権を行使してきたため今回の措置が当然であることを述べた。さらに、慶長16(1611)年に薩摩の定めた琉球統治の法章15条と尚寧王および三司官の誓文を含む「略説」を送致した。 すると、清国は8月20日、琉球が清国に属することを主張して廃藩置県に対する公式な抗議を行った。10月8日、新外務卿井上馨は宍戸璣(たまき)駐清公使に、抗議に対する回答書を清国に提出するよう訓令した。その回答書の要点は次の通りだ。「清国が琉球の主権主張の根拠とする朝貢冊封(さくほう)は虚文空名に属するものだ」「日本が琉球を領有する根拠は将軍足利義教がこれを島津忠国に与えたときより確定している」。「日本は沖縄を侵略していない」のウソ 前者については「自らを世界の王と称し、朝貢冊封を振り回して主権を主張するのは支那古来の慣法であり、日本の足利義満や豊臣秀吉への冊封、魏源の著『聖武記』にはイタリアや英国も指すとある。このようなことをもって日本やイタリア、英国が中国皇帝に臣服するとすれば、その虚喝も甚だしく、今清国が沖縄に関与しようというのもこのような虚妄にすぎない」という趣旨を述べたのだ。現在の日本政府の「媚中外交」とは異なり、なんと論理的で痛烈な反論であろう。 ところで「沖縄県民は日本人か?」と質問すると99・99%の日本国民が「日本人だ」と答えるだろう。では、「沖縄はいつから日本になったのか?」と聞かれると「明治かなあ、江戸時代はどうだったっけ?」とはっきり答えられる人は少ない。 ところが、「日本は沖縄を侵略したのか」と聞くと、なぜか沖縄の米軍基地に反対している人は「侵略した」と大きな声で主張し、保守的な人は「侵略していない」と主張する人が多い。私がここで指摘したいのは「侵略していない」と回答する人たちだ。「侵略していない」というからには、沖縄が昔から日本であり、昔から日本人でなければならない。それ以外に、集団帰化したという可能性も考えられるが、そのような事実はない。結局、「日本は琉球を侵略していない」と認識する人の沖縄の歴史観は次のようになるのではないだろうか。 「日本とは異なる『琉球国』という独立国は存在した。明治12年に沖縄県になった。しかし、日本が侵略したわけでもなく琉球人が日本に集団帰化したわけでもなくいつの間に日本人になった。もしかしたら強制併合かもしれないが、今は同じ日本人だから、いまさら問題にすべきでない」 この考えは、曖昧思考の日本人にはかなりの確率で通用する。しかし、一歩国外に出ると全く通用しないのだ。ある独立国が、ある瞬間日本の一地方になったけれども、侵略も強制併合もしていないという歴史はいくら説明しても嘘としか思われないのだ。日本が琉球を侵略していないと言うなら、沖縄は最低でも江戸時代には日本に帰属していなければならないのだ。2017年4月、札幌市内のセミナーであいさつする新党大地の鈴木宗男代表 しかし、筆者が指摘するまで、鈴木氏への答弁書の危険性をどの政治家も全く気が付かなかったのである。これが筆者が冒頭で指摘した「村本氏が沖縄の歴史を誤って認識してしまった」理由である。幸い現在は、山田氏が安倍首相から引き出した答弁により、国家的リスクを回避できたかわりに、村本氏の発言は0点になってしまった。祖国復帰の思いへの熱い思い 以上、村本氏の発言のポイントである沖縄県設置の位置づけを確認するため、沖縄県設置前の沖縄の地位について確認してきた。明治12年の外交文書にあるように、江戸時代の沖縄は薩摩の統治が隅々にまでおよび、江戸幕府の幕藩体制下にあった。しかし、幕府と薩摩藩の外交貿易戦略として、琉球を明や清との貿易拠点として活用するため、独立国の体裁をあえて保っていたのだ。朝貢や冊封はそれを行うための外交儀礼にすぎなかった。明国もそれを知っていたが黙認していたことも明らかになっている。 でも、それは日本国が力で統治しているだけで、当の琉球の人たちは、本当は日本人でなかったかもしれないと思う方がいるかもしれない。しかし、実は沖縄の人たちが「日本人の中の日本人」であることを雄弁に物語る沖縄の歴史がある。それは、敗戦後の沖縄県「祖国復帰」の歴史だ。サンフランシスコ講和条約で日本の放棄した領土には、朝鮮半島、台湾、奄美、沖縄、小笠原諸島がある。その中で、祖国復帰運動が起きたのは奄美と沖縄だけである。もし、奄美や沖縄の人たちが日本人でないのなら、日本から独立するチャンスとして、復帰運動ではなく「独立運動」が起きたはずである。1972年5月、沖縄県の新知事として佐藤栄作首相にあいさつする屋良朝苗氏 その沖縄県祖国復帰運動の最初から最後までリーダー的存在だった人物に、屋良朝苗(やら・ちょうびょう)氏がいる。屋良氏は戦前、台北で師範学校の教師をしていた。戦後は米軍統治下の沖縄で、群島政府の文教部長を務めた。日本政府でいう文部科学大臣である。しかし、戦争でほとんどの校舎が焼け、米軍による復興支援も不十分なため、教育に困難を感じるようになった。そこで、サンフランシスコ講和条約が公布された翌年、戦災校舎復興支援を求めて全国行脚を始めた。その時に衆院文部委員会に参考人として招致された屋良氏は、戦災校舎の復興支援を訴えるはずの場で沖縄県の祖国復帰を求めたのである。 その心は、沖縄の子供たちに日本人としての教育を施したい。日本人としての教育をするからこそ、子供たちはすくすくと真っすぐ育つのだ。それをかなえるには沖縄が祖国日本に復帰するしかないというものだ。筆者が国会の議事録から発掘したこの演説は、今まで埋もれたままで全く世に出ていなかった。日本人が日本人としてあり続けるために、何が必要かを私たちに教えてくれる演説だ。 この名演説を味わい、沖縄県祖国復帰の歴史の意義を感じ取っていただきたい。沖縄問題に関心を持ってくれた村本氏にもこの演説文をプレゼントする。どこかで、屋良氏の祖国復帰への身命を賭(と)した情熱をネタに使っていただければ幸甚である。

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    沖縄伝統行事の無知でバレた基地反対活動家たちの本性

    なかった。国家の総力を傾けて沖縄戦を戦いました。それは多くの記録や書物にまとめられています。近年では仲村覚さんの著書などを開けば、なぜそこまでして戦い抜こうとしたのかが判ることでしょう。靖国神社の遊就館を見学するなどすれば、そのことは本当に強く感じられます。沖縄の民意は「反基地」なのか?Q沖縄の真実の声は、本当に反基地・反米軍なのか? 私はこのところ年に数回、沖縄を訪れています。昨年(平成28年)10月に行った時には、 米軍基地内でハロウィンパーティをやっていました。もちろん当日は基地を開放していますから、一般の方々も入場できます。基地の入口付近は入場を待つ車が列をなして、大渋滞です。 米軍としては、やはり地元の方々の基地への理解は必要だと考えているでしょうから、こうしたイベントをどんどん行って、地域住民との接触の機会を増やしていきたいところでしょう。ふだんは入れない米軍基地の中で、しかも純アメリカ流のイベントを楽しめるということで、地元の方々が大勢やってきます。その光景は「反基地こそが沖縄の総意」というスローガンとはまったくかけ離れたものでした。 私は、日本国は日本人の手で守るのが本筋だと考えています。ですが米軍基地は日本全国に存在しており、その強大な軍事力は現状において日本を守る防衛力の一部となっています。ですから、いきなり在日米軍基地をゼロにする、ということはできません。将来的にゼロにするということには賛同できますが、段階的な縮小を経ていくというのが、もっとも現実的でしょう。 米軍基地と地元住民とが穏便に共存している地域はいくつもありますし、沖縄にも同じことがいえるはずです。まして辺野古については、住民の方々はすでに移転を受け入れているわけです。もちろんそこに温度差はあるでしょう。「積極的に受け入れる」という方もあれば、「仕方なく容認する」という方もあったはずです。ですが地元住民として受け入れたからには、基地のゲート前で違法テントを張ってまで抗議活動するというのはどうにも理屈に合いません。本土復帰45年の「平和とくらしを守る県民集会」で、米軍普天間飛行場の辺野古移設阻止へ気勢を上げる参加者たち=2017年5月 昨年の2月、私が沖縄を訪れた時は、ちょうど「ジュウルクニチ」にあたっていました。沖縄では今も旧暦に従った伝統行事が数多く残っていて、それが人々の生活の中にしっかりと根付いています。そのひとつであるジュウルクニチ(十六日)は旧暦の1月16日に あたり、「あの世のお正月」とされる祭日です。新暦では 2 月の15日頃になりますが、こ の日は会社も半休、あるいは休日になるところもあるそうで、一族がご先祖様の墓前に集い、お重に詰めた料理を広げて祖先の霊を慰めるのだそうです。 私が辺野古の抗議活動の視察にいった時が、まさにジュウルクニチの日でした。同行してくれた沖縄の方は「さすがに今日は、誰もいないんじゃないですかね」と言います。それでもせっかく来たのだから、誰かいたら『違法テントなんかやめて、もっと合法的な抗議活動をしましょう』くらいは呼びかけてみよう。そう思っていました。 ところが現場に着いてみると、抗議活動中の人がわんさといるわけです。今日は大事な祭日なのに、お墓参りにいかなくていいのかな?私は少々面食らって、その場にいる人々に尋ねてみました。 「今日はジュウルクニチですけど、皆さん、ここにいていいんですか?」 「ん?なんだ、その『じゅーるくにち』ってのは」 一瞬にして答えが判ってしまいました。 「なんだ、皆さん沖縄の方じゃないんですね」 「……お前だって、沖縄の人間じゃないだろう」 こんなやりとりをしているうち、テントの中にいた名護市議の大城氏があわてて出てきて「ちょっとまずい」とバツが悪そうに私に話しかけてきました。その後、5月に再訪した時には、すでに私の顔が知られていたのか、現地の活動家から暴行を受けるはめになってしまいましたが、その時の印象では標準語を使う人が多く、また関西弁も混じっていました。その場にいる人々の多くが県外組であるのは明らかで、さらには韓国語で書かれた垂れ幕まである、というありさまです。辺野古テントに地元民はいない それでもめげずに、違法テントを挟んで通りの反対側で演説をやっていましたら、何やら、その違法テント側の歩道をいかつい人物が歩いてくるのです。がっちりした体つきに濃い色のサングラス。小型のブルドッグを連れて、のっしのっしとやってくる。そして演説している私の正面、道を挟んだ向こう側の、路肩の縁石にドカッと腰を下ろして、私の演説を聞き始めました。 『いやぁ、マズイなぁ。怖い人が来ちゃったかな』などと一瞬思いましたが、といって逃げ出すわけにもいきません。演説を続けしばらくして終わると、なんとその人は「パチパチパチ」と拍手してスッと立ち上がり、そのまま悠々と去っていきました。犬を連れていたので明らかに近所の住民の方だと思うのですが、テントにいる活動家たちも、その人には何も言わない。活動家と地元の方々との間に、何かひと悶着があったのかもしれません。 近くの商店の方に話を聞いてみたのですが、「あのテントには辺野古の人間は一人もいませんよ」ときっぱり言います。時々トイレを借りに来るので、まぁ貸してはいるけれども、ウチで何も買ってくれないのでね…。「そのうえトイレットペーパーを持ち出していくんです…」 地元の方々にとっては、迷惑はなはだしいわけです。「基地周辺の人々が、米軍基地に対して問題を抱えているのなら、そこは政治が仲立ちをして段階的に改善をしていきましょう」 橋本龍太郎総理の頃から、基地問題は一貫してそうした姿勢で政府が取り組んできました(民主党政権時代は除きますが)。ですが辺野古では抗議活動が活動家のためのものになってしまっていて、彼らはこれまでの枠組みを破壊しようとしている。そのことに対して、沖縄の方々は決して快く思っていません。基地問題について中庸な立場をとっている人たちの間にも、そうした感覚は広がっています。米軍普天間飛行場=沖縄県宜野湾市 もちろん、基地があるからこその負担はあります。米軍機による騒音などは、もっとも大きなものでしょう。でもそれについては「今までの政府の姿勢に沿って、対応していく」という方向性を変えることなく、その中で改善に向けた努力をしていくことが必要です。あのハロウィンパーティをたくさんの地元の方々が楽しんだでしょうし、また米軍軍属の方から英語を教わって、相互理解を深めようという活動をしている方もいます。 白か黒かという話にせず、できる部分は歩み寄り、良しとしない部分は論拠のある主張を挙げて改善を求める。双方がこうした姿勢を崩さずに交渉に臨めるのであれば、いさかいは平和的に解決できるでしょう。しかし沖縄においては県外から来た活動家が混乱を引き起こしています。 私が引き出した政府答弁では、沖縄の反基地運動に過激派が参加していること、ここ2年の逮捕者の3分の1が沖縄県外の人や外国籍の人物であることが明らかになっています。沖縄の現実を自分自身の目で見るにつけ、「反基地・反米軍が沖縄の総意だ」などという言葉が、私には空しく聞こえるばかりなのです。 わだ・まさむね 1974年、東京都生まれ。慶応大卒。1997年にアナウンサーとしてNHKに入局。2013年の参院選でみんなの党(当時)公認で出馬し初当選。著書に『戦後レジームを解き放て! 日本精神を取り戻す!』(青林堂)など多数。

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    中国の「沖縄包囲網」は最終段階に入った

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 米軍普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古移設阻止を最大の公約とし、「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティー」「保革を乗り越えて」をスローガンとして2014年の沖縄県知事選で当選した翁長雄志氏は、就任以降、新聞、テレビで連日報道され、圧倒的な存在感を放っていた。マスコミを介した翁長氏の姿は、沖縄県民の期待を一身に担うヒーローであり、応援しない人は沖縄県民ではないと言わんばかりの勢いだった。 しかし、現在の翁長氏に当時のような勢いは感じられない。その最大の理由は知事の支持母体「オール沖縄」が推薦した候補が県内の市長選で連敗しているからだ。今年1月に側近中の側近だった安慶田(あげだ)光男副知事が教員採用口利き疑惑で引責辞任したことももう一つの理由だろう。 では、「オール沖縄」はそのまま勢いを失い、来年1月の名護市長選、11月の県知事選でも自民党擁立候補が当選して、沖縄問題が収束していくのだろうか。一見すると、そのような期待感も漂っているが、手放しで喜べる状況にはない。沖縄の現状をつぶさに見ると、中国による沖縄工作が既に始まっているからだ。4月10日、北京の人民大会堂で中国の李克強首相(右)と握手する沖縄県の翁長雄志知事(共同) 昨年12月28日、東京都内のホテルで沖縄県と中国・福建省が「経済交流促進に係る覚書」(MOU)を締結し、福建の自由貿易試験区での規制緩和や手続きの簡素化に向けた協議を進めることなど6項目の取り組みを約束した。締結式には翁長氏や中国の高燕商務次官のほかに、日本国際貿易促進協会(国貿促)の会長、河野洋平元衆院議長も出席した。沖縄県は、県産品や沖縄を中継した国産品の輸出拡大を図る絶好の機会とみている。 さて、辞任した安慶田氏の後任として副知事に就任したのが、沖縄国際大学元学長の経済学者で、県政策参与を務めていた富川盛武氏である。富川氏は、参与時代からさまざまな沖縄経済の発展構想を県のホームページで発信しており、その構想に期待を示す県民も少なくないだろう。 実は、富川氏が示しているプランは、沖縄県が福建省と締結した覚書と同じ路線にある。それが「福建-台湾-沖縄トライアングル経済圏」構想である。沖縄県の経済特区、福建省の自由貿易試験区、台湾の経済特区のトライアングルをつないだ経済圏を構築するものだ。それは、沖縄県産品のみならず、那覇空港をハブと位置付けて日本全国の特産品を福建省に送る「沖縄国際物流ハブ」構想だ。 確かに沖縄は「アジアの玄関口」として物流の中継点に好立地である、という発想は正しい。 しかし、少し立ち止まって考えていただきたい。経済的視点から、沖縄が「アジアの玄関口」であることは、軍事的に見れば「日本侵略の要所」「日本防衛の最前線」でもあるということだ。現に、昨年度の航空自衛隊のスクランブル発進は1168回(前年比295回)と過去最高であり、そのうち、中国機に対する発進が851回(前年比280回)で7割超を占めている。前年比から増加したのはほぼ中国機である。沖縄自民党にすりより始めた中国 そして、ここで忘れてはならない重要なことは、中国は尖閣諸島を福建省の一部と位置付け、天気予報まで行っているということだ。つまり、沖縄県はあろうことか、海と空から尖閣実効支配の既成事実を作ろうとしている中国の、一地域と主張する福建省の経済圏に自ら入り込もうとしているのだ。 中国との経済交流を進める動きは行政だけではない。今年2月3日、那覇市内のホテルで、「沖縄県日中友好協会」の設立を記念した祝賀会が開催され、中国の程永華駐日大使の講演会も行われた。駐日大使の講演があったということは、この組織が中国共産党、中国政府の肝いりということがうかがえる。 この祝賀会には、日中友好協会の丹羽宇一郎会長も参加し、乾杯の音頭をとっている。だが、参加した政治家は翁長氏を応援する「オール沖縄」系ではなく、自民党などの保守系がほとんどだった。中国の一部メディアは、沖縄県日中友好協会が「沖縄県議会議員の提唱によって、官民ともに設立した一般社団」と報じている。その県議会議員とは特別参与に就任した県議会議員を指していると推測されるが、彼もやはり自民党所属議員だ。 沖縄県と福建省の経済的な動きは既に加速度的に進み始めている。県内企業の中国貿易を支援する琉球経済戦略研究会(琉経会、方徳輝会長)は2月23日、中国国際貿易促進委員会の福建省委員会と貿易や投資促進を目指す覚書を交わした。会長の方氏は貿易業のダイレクトチャイナ社長であり、中国現地の会社と連携して県産品を中国に送り込むビジネスを展開している人物である。県と福建省が昨年12月から規制緩和や手続きの簡素化に取り組む中、企業間交流を加速させ、具体的な取引を始めさせる算段だ。中国・福建省の中心都市、廈門(アモイ)の海岸 3月には新たな福建省に進出が決まった企業のニュースも報じられた。沖縄本島南部にある与那原町の合同会社「くに企画」が7月から県産化粧品7商品を福建省のドラッグストアで販売することが決まったというのだ。この実現には県と中国政府の手厚い支援がある。中国では化粧品を輸入する会社は、政府の国家食品薬品監督管理局の許可を得ることが必要である。「くに企画」の商品を輸入するケースでは、「上海尚肌(しょうき)貿易有限公司」が許可を取得し、福建省内のドラッグストア十数店と契約を締結した。 一方、沖縄県のほうでも、くに企画に政府系金融機関の「沖縄振興開発金融公庫」から1000万円の融資が行われたという。くに企画を調べると、2015年10月設立された法人の存在は確認できるが、会社のホームページすら存在しない。その実態は、くに企画によるビジネスというより、中国の会社が沖縄からの仕入れを計画し、くに企画にたまたま白羽の矢が立って、沖縄振興開発金融公庫が融資を行ったようにしか見えないのだ。人民解放軍の軍人が潜伏? 日本では日中国交正常化以来、中国に進出した企業の多くは、人件費の高騰や政策変更などリスクがつきまとい、撤退を始めている。しかし、現在の沖縄では、福建省に進出するといえば誰でももうけさせてもらえるような、上げ膳据え膳のサポート態勢が整いつつある。沖縄では20年以上遅れて、中国と福建省の合作で人為的な中国進出ブームが起きようとしているのだ。 一方、観光客のみならず、さまざまな切り口で沖縄に中国人を呼び込むプロジェクトも進められている。昨年3月、中国で高齢者福祉などを支援する中国老齢事業発展基金会(李宝庫理事長)が、中国への介護技術の普及に向けた「沖縄国際介護先端技術訓練センター」建設のために、本島南部の南城市にある約4300平方メートルの土地を買収したのだ。 沖縄をモデル地域に位置付け、中国からの研修生が日本の介護技術を習得し、中国国内約300都市に設置予定の訓練センターで介護技術普及を図るという。この案件を進めたのも、前述した河野洋平氏が会長を務める国貿促だ。国貿促の担当者は沖縄を選んだ理由に、アジアの中心に位置し国家戦略特区であることを挙げたという。 その訓練センターの事業体として、昨年9月13日、東京都赤坂のアジア開発キャピタル(網屋信介社長)と中国和禾(わか)投資(周嶸、しゅうえい代表)が共同出資を行い、新会社「アジア和禾投資」を設立した。新会社はアジアキャピタルの連結子会社となり、所在地もアジアキャピタルと同じビルとなっている。新会社への出資比率はアジアキャピタルが55%と多いが、社長は中国に多くの人脈を持つ中国和禾投資の周代表が就いている。沖縄に中国人が社長を務める巨大な介護訓練センターが出現するのだ。 もう一つ、気になるプロジェクトがある。航空パイロットの育成を手がけるFSO(玉那覇尚也社長)が中国の海南航空学校と業務提携の覚書を締結し、今年から70人程度の訓練生を受け入れるというのだ。FSOは沖縄県にフライトシミュレーターと実際のフライトを組み合わせた訓練場を、宮古諸島にある下地島空港の活用策として提案しており、県から空港利活用の候補事業者としても選定されている。中国人訓練生の中には人民解放軍の軍人が潜り込んでいる可能性もあり、かなり危険なビジネスである。有事の際、下地島空港で破壊活動や工作活動をされるリスクを招くのではないだろうか。翁長敗北で起こる「最悪のシナリオ」 沖縄は既に、多くの中国人観光客が訪れ、街も変貌してきたが、これら2つの事業が本格化しただけで沖縄のビジネス界も様変わりしてしまう。沖縄は既に中国経済に飲み込まれるレールが敷かれているのだ。米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する集会で演説する沖縄県の翁長雄志知事=3月25日午前、沖縄県名護市 以上、中国による官民一体となった沖縄経済の取り込み工作の実態を確認してきた。このままいけば、沖縄では中国人観光客があふれるだけではなく、「社員が中国人」という会社が多くなり、「私の会社の社長は中国人」というケースも増えていくことになるだろう。そんな中、来年の県知事選で辺野古移設阻止に失敗した翁長氏を自民党系候補が破り、県政奪還に成功しても、新知事も福建省との経済交流推進者にならざるを得ない「最悪のシナリオ」が起こる可能性は大きい。自民党にターゲットを定めたかのような沖縄県日中友好協会の設立はそのための伏線ではないだろうか。そうなれば、沖縄が後戻りすることはもはや不可能になってしまう。 また、尖閣諸島で紛争が起きたとき、中国政府は中国進出企業との取引を停止する制裁を科すだろう。「中国依存度」の高い会社からは、政府や沖縄県に取引再開の交渉を求める声が当然上がってくる。会社が倒産したら、社員の明日の生計が立たなくなるからだ。琉球新報や沖縄タイムスには「政府は無人の尖閣諸島より県民の生活を守れ!」という趣旨の見出しが掲載されるだろう。そこで、中国は紛争の解決策として「尖閣諸島の共同管理」を提案してくることは間違いない。そのとき「沖縄は中国と経済交流してここまで豊かになってきた。中国と戦争して貧しくなるより、尖閣諸島を共同管理、共同開発して豊かな生活をしたほうが良い」という声が上がったら否定するのは極めて困難になってくる。 現代の戦争は軍事衝突だけではない。平時においても戦争は行われている。それは外交戦、経済戦、歴史戦、国際法律戦など、ありとあらゆる手段を使った戦争が行われているのだ。武力戦が始まるときにはほぼ勝負は決まっている。今、東シナ海の真ん中にある沖縄は、その総力戦のまっただ中にある。 沖縄をハブ空港として発展させるビジョンは正しいが、その背後に経済・防衛政策がなければならない。なによりも、沖縄を日本の経済圏の中に断固として組み込み、中国にコントロールされるような隙をつくらないことが必要だ。沖縄防衛は自衛隊だけでは不可能な時代である。手遅れにならないためにも、日本政府は経済や歴史、文化侵略など、あらゆる側面から沖縄防衛計画の策定を急がなければならない。

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    実現性はゼロ? それでも翁長・トランプ会談を熱望する沖縄2紙の魂胆

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)知事早期訪米を煽る沖縄メディア 11月8日に投開票の行われた米国大統領選挙において、トランプ氏が当選を果たした。翌9日、沖縄県の翁長雄志知事は、記者会見でトランプ氏への祝電を送ることを明らかにした。総理大臣でも外務大臣でもない一つの県の首長が他国の国家元首へ祝電を打つことはおそらく前代未聞であろう。祝電の送付は事務方からの提案ではなく、翁長氏からの指示とのことだ。9月16日、米軍普天間飛行場の移設を巡る訴訟で沖縄県側が敗訴し、沖縄県庁で記者会見する翁長雄志・沖縄県知事 翁長氏は記者会見で、「新しい発想の政治を考えており、沖縄の基地問題にどう対応するか注視したい。(日本政府は)『辺野古が唯一』と、(沖縄県側が)ありとあらゆる手段を駆使して造らせないと、(政府と県が)こう着状態。私どもの意見を聞いていただき、どのように判断するか沖縄側としては期待したい」と述べた。 さらに祝電には、「大統領就任後は、米国と沖縄との関係について話し合う機会をつくっていただきたい」と面談の申し込みも行い、訪米時期はトランプ氏が2017年1月20日に大統領に就任し、関係閣僚が決まる2月ごろとしている。 今後の日本の安全保障政策の成否は、沖縄県石垣島、宮古島への自衛隊の早期増強配備と日米同盟強化にかかっているといっても過言ではない。そのうちのひとつ、日米同盟強化はひとえにトランプ大統領との関係構築にかかっている。 トランプ氏は選挙期間中に在日米軍の撤退も口にしたため、沖縄からの米軍基地の撤去を唱えている勢力にとっては、トランプ大統領の誕生が大きなチャンスと捉えることも出来る。その代表のひとりが翁長氏で、祝電まで送り面談まで申込んだのだ。 仮に安倍総理がトランプ氏と安全保障政策で足並みを揃える事に成功したとしても翁長氏が背後から妨害をする可能性は大きい。よって、日本政府は今後の翁長氏のトランプ氏への対応を把握して適切に処理しすることが重要になってくる。沖縄ではマスコミが主で政治が従 通常、新聞の政治報道というのは政治家の言動を取材してそれを正確に報道するものだ。しかし、沖縄の2紙はそうではない。まず、新聞が(彼らなりの)沖縄の政治のあるべき姿を報道する。 例えば、「世界一危険な航空機オスプレイの配備撤回の声をオール沖縄であげるべきだ」と報道すれば、自民党から共産党まで一体となってオスプレイ配備阻止の運動が湧き起こり、「翁長雄志知事待望論」を唱えれば、不思議なことに自民党の政治家だった翁長氏が革新統一候補として担がれ、県知事選に出馬してくるのである。 その後はシナリオに一致した政治家、県民の声を報道し、そうでない声は報道しない自由を最大限に行使する。これが、沖縄の政治とマスコミの関係だ。マスコミが主で政治が従なのである。よって、今後の翁長氏が辺野古移設阻止に向けてどのようなトランプ対応に動くかは、沖縄2紙の関連記事をチェックすれば概ね把握できるはずである。 沖縄タイムスは、11日「[トランプ氏と日米安保]今こそ辺野古見直しを」というタイトルをつけた社説で、「翁長雄志知事は、トランプ氏との面会を求め来年2月にも訪米する考えを示した。辺野古の新基地建設に反対する沖縄の民意を伝え、米側に計画断念を要請する意向だ。敵意に囲まれた基地は機能しない。日本政府はトランプ氏に対し『辺野古が唯一』との考え方を懸命に吹き込むはずだが、辺野古埋め立て工事を強行すれば激しい反対行動に遭い、沖縄基地全体が不安定化するのは確実である。県はそのような厳しい現実を、あらゆるチャンネルを使って新政権に伝えるべきだ」と訪米してトランプ氏を脅す必要性を説いた。 10日の琉球新報の社説は更に踏み込んでいる。「米大統領にトランプ氏 辺野古新基地断念せよ 知事は直ちに訪米すべきだ」というタイトルで「トランプ氏の辺野古新基地建設への対応は未知数だ。米有力シンクタンクのアジア専門家は「辺野古移設について、トランプは全くの『白紙』状態だ。今後、判断していくことになるだろう」と指摘している。それならば、翁長雄志知事は早期に米国を訪れ、政権交代前、新政権の対沖縄政策が固まる前に、辺野古新基地建設の断念を求めるべきだ」と2月の訪米では遅いと早期訪米の注文を付けた。首相に先手を打たれた焦り首相に先手を打たれた焦り 安倍総理の動きは早かった。10日、午前7時55分から約20分間、ドナルド・トランプ次期米国大統領と電話会談を行い、APECの前にニューヨークで会談を行う方向で調整することを決めると、17日夕(日本時間18日朝)にはトランプ氏とニューヨークで約1時間半にわたり会談した。 当初45分間だった予定が倍の1時間半に延長され、公開された写真でもお互いに和やかな笑顔を見せ、会談が大成功だったことを伺わせている。会談内容は非公開のため詳細は不明だが、殆どのメディアは関係構築に成功したと報道している。 19日、沖縄タイムスは平安名純代・米国特約記者の署名で、安倍・トランプ会談のレポートを掲載し、次の解説で締めくくっている。 「アジア太平洋地域における米軍の重要性を強調しながら日本の責任としての自衛隊配備と米軍との共同訓練などを力説する安倍氏の姿に、トランプ氏は『目指す方向は同じようだ』と笑顔で答えたという。トランプ氏は、日米同盟の重要性を強調し、両国が信頼関係を構築して協力し合うことが双方の国益につながるとの安倍氏の主張に耳を傾け、ペンス氏も『信頼できそうな人物だ』と好感を示していたという。米軍撤退の可能性を指摘したトランプ氏が強硬姿勢を改めるかどうかは今回の会談では判明しなかったが、安倍氏を歓迎して受け入れたことから、今後は両者の間に信頼関係が築かれ、在沖米軍基地の増強や先島の自衛隊配備を巡り協力する可能性も出てきた」 続いて翌20日には、「[安倍首相・トランプ氏会談]県は働き掛けを強めよ」というタイトルの社説を掲載した。 「トランプ政権が正式発足してからの交渉によっては日本の軍事的役割の増加を求めてくる懸念も消えない。そうなれば、沖縄は負担軽減どころか、さらなる負担を押しつけられることになりかねない。(中略)翁長雄志知事は大統領就任後の来年2月に訪米を計画しているが、むしろ政権移行期の今こそ県ワシントン事務所などあらゆるチャンネルを活用して辺野古新基地建設に反対する沖縄の民意と、仮に強行することがあれば日米安保全体がリスクにさらされることをトランプ氏側に正確に伝える必要がある」 続いて、21日の琉球新報では「[安倍トランプ会談]辺野古見直す柔軟性持て」というタイトルで、「翁長雄志知事は来年2月にも訪米し、トランプ氏らとの面談を求め、辺野古新基地断念を訴える考えだが、就任前にこそ、政権要職の布陣にらみ沖縄の実情を理解させる戦略を練り、実践すべきだ」と主張した。 当選直後は琉球新報のみが政権交代前の訪米を主張していたが、安倍総理とトランプ氏の会談後の社説では両者とも就任前の訪米を要求している。おそらく、知事の背後にいる様々な勢力はすでに訪米の前倒しに向けて、国内外で動き出しているのではないだろうか? ちなみに、翁長氏が就任してから沖縄県知事の国外出張の日程調整は、県議会も知事公室の秘書も全く知らないところで組み込まれるようになっている。「島ぐるみ会議」等の民間人が調整してから知事が判断し、慌てて県庁職員が動くしくみになっている。つまり、県庁は知事を背後で操る特定の団体に乗っ取られているのだ。翁長知事の対米外交の真意翁長知事の対米外交の真意 さて、翁長氏は安倍総理と対米外交を競っているかのようだが、現時点では圧倒的に安倍総理に軍配が上がっている。6月23日、国立沖縄戦没者墓苑で献花に向かう安倍晋三首相(左)。右奥は沖縄県の翁長雄志知事 筆者は翁長氏がトランプ大統領に面会できる可能性はほぼゼロだと見ている。何故なら、トランプ氏が国家安全保障問題担当の大統領補佐官への就任を打診したのが、元国防情報局のマイケル・フリン氏だからだ。フリン氏は沖縄の反基地運動の背景に中国共産党などの工作があることは重々承知なはずだ。 では、沖縄の基地問題は手放しで喜ぶことが出来るかというとそうではない。次の大きな火種は仕込まれている。沖縄県に派遣された大阪府警機動隊員の「土人」「シナ人」との発言が沖縄県民全員に対する差別発言だとされている事件である。 この問題で10月28日には沖縄県議会で臨時議会が開催され、社民党、共産党などが中心となって提出された抗議の意見書は賛成多数で可決された。一方、自民党会派はこの問題の本当の目的は沖縄県民と日本国民を分断するためのマッチポンプだと見抜き、機動隊員の発言はエスカレートした抗議活動が招いたものであり、県民に対して向けられたものではなく差別ではないとして現場警察官の負担軽減と十分な休養と心のケアを求める独自の意見書を提出した。 事実、ヒューマンライツ・ナウという国際人権NGOは、9月13日から30日まで開催された第33回国連人権理事会に声明「沖縄県における米軍基地問題に反対する平和的抗議活動に対する抑圧と琉球/沖縄の先住民族の権利の侵害」を提出した。 その中には「琉球/沖縄の人々が先住民族であることを認めた上で、国連先住民族権利宣言26条及び18条に基づき、琉球/沖縄の人々の「伝統的な土地及び天然資源に関する権利」及び「影響を受ける政策に事前に情報を得た上で自由に関与する権利」を保障すること」という勧告も含まれている。要は沖縄県民を国際的に先住民族だと認めさせることで、先住民族の土地と資源に対する特別な権利を利用して合法的に米軍基地を撤去させようという魂胆である。 沖縄県民を先住民族だと認めさせる最も効果的な手段は、翁長氏が国連人権理事会で差別被害を訴えることであるが、それにはプロセスを経る必要がある。「日本政府に訴えても駄目だった」「米国に訴えても駄目だった」というプロセスである。このプロセスを経て、初めて政府から弾圧を受けていると主張することが出来、先住民族が国連に駆け込むことが出来るのだ。 つまり、沖縄2紙は翁長氏の早期訪米を煽っているが、会談を成功させることが目的ではなく、無視されて失敗することが成功だと考えているのだ。つまり、翁長氏の訪米と土人問題のマッチポンプは、国連に差別を訴えるためのセットとなった環境づくりだということである。鶴保大臣を槍玉に挙げる本当の目的参院内閣委の理事懇談会後、取材に応じる鶴保沖縄北方相=10日午前、国会 現在、国会の野党議員は、沖縄が政府から差別を受けているという構図を作るために、鶴保沖縄北方相を槍玉に挙げて騒いでいる。鶴保氏は、8日の参議院内閣委員会で、「人権問題であるかどうかの問題を第三者が一方的に決めつけるのは非常に危険なことだ。言論の自由はどなたにもある」「個人的に『これは差別である』という風には断定はできない」と答弁したことから、沖縄担当大臣にふさわしくないと国会で追及されている。 さらに19日の琉球新報では、佐藤優氏が「うちなー論評」という自らのコラムに「鶴保弾劾闘争宣言、沖縄差別への無自覚露呈」という記事を掲載した。このように機動隊「土人」発言は本来火のないところに火をつけたマッチポンプだが、一過性のものではなく、大阪府や永田町までも飛び火をさせて大きく燃え上がらせようとしている。それは、沖縄を日本から引き離し奪い取るための革命闘争である。 彼らの本当の目的は、沖縄差別を認めさせ謝罪させることでも、鶴保氏を辞任に追い込むことでも辺野古移設を断念させることでもない。差別という言葉を利用して沖縄と日本との対立構図をつくり、亀裂を入れることである。 現在の沖縄問題は単なる基地問題でも安全保障問題ではない。国内外の共産主義勢力及びその関連団体による沖縄分断工作との戦いである。 よって、今後日本政府は、工作の実態と理論を隅々まで把握し整理しトランプ陣営と共有する必要がある。何故なら、そのルーツをたどれば共通の敵である中国共産党に辿り着くからだ。新たな日米同盟には軍事同盟だけではなく、中国の対日工作、対米工作への共同対処も含まれることを願っている。それが、日米離間工作に対する最大の防御であり、中国への最大の攻撃でもあるからだ。

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    中国軍の尖閣上陸を許すな! 自衛隊が着せられる「侵略者」の汚名

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)制海権、制空権の実効支配を進める中国軍 終戦からもう少しで71年になる。その長い間、自衛隊は他国と銃を向け合うことも、一発の銃弾を撃つことも無く、日本は平和を維持してきた。それは日本国民にとって大変幸せなことであった。しかし昨今、日本の安全保障環境は急激に悪化しており、特に南西諸島では戦後経験したことのない緊迫した領域に突入しつつある。インターネットのオピニオンサイト、JBPRESSの6月28日付の記事で元航空自衛隊の空将(元F4パイロット)の織田邦男氏が東シナ海は一触即発の危機にあることを明かしている。航空自衛隊のスクランブル機が中国軍機に攻撃動作を仕かけられ、いったんは防御機動でこれを回避したが、このままではドッグファイト(格闘戦)に巻き込まれ、不測の状態が生起しかねないと判断し、自己防御装置(チャフやフレアだと思われる)を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱したというのだ。 本来スクランブル発進とは、領空侵犯の恐れがある国籍不明機に対して、退去勧告、または警告して領空侵犯を防ぐことにある。しかし、このケースでは、空自のパイロットは戦域から離脱したということは逆に追い出されてしまったということになる。尖閣諸島の海域では、中国海警局の公船の接続水域への侵入、領海侵犯は日常的になってしまっており、更に軍艦まで接続水域に侵入してくるようになり制海権を失いつつある。今回の事件は、それだけではなく尖閣上空の制空権まで失いつつあるという象徴的な事件である。尖閣諸島の天気予報がない日本 中国政府が進める実効支配は多角的で戦略的である。中国気象局は2012年9月11日から尖閣諸島の天気予報を行っている。天気予報を開始するにあたって、中国気象局の報道官は、「全国の陸地、河川・湖、及び海上の気象予報・警報などを行う責任を負っている」と述べている。一方、日本の気象庁は尖閣諸島の天気予報を未だに行っていない。気象行政では尖閣諸島を実効支配しているのは中国だということになる。ところで、ネットでその天気予報をみると尖閣諸島は福建省の一部となっている。つい数年前までは、台湾の宜蘭県の一部と主張していたが知らない間に変更されているのだ。変更された明確な日は不明だが、調べたところ2013年11月23日に中国政府が一方的に東シナ海に防空識別圏を設定した直前のようである。当然、尖閣諸島上空はこの防空識別圏の範囲に含まれている。ここで、頭を切り替えて理解しておかなければならないのは、この時から尖閣諸島上空は中国空軍にとって、侵入するエリアではなく、日本の航空自衛隊機に対してスクランブル発進を行うエリアになっていたということである。沖縄県・久米島周辺のEEZで確認された中国の海洋調査船「科学号」(第11管区海上保安本部提供) 中国は海底資源においても実効支配を進めている。その秘密兵器が海洋調査船「科学号」とROV(遠隔操作型無人探査機)「発現号」である。中国国内ではその活動の詳細が大々的に報道されているが、なぜか日本国内では報道規制されているかのように、その詳細が全く報じられていない。日本のメディアでは、《沖縄県・久米島周辺の排他的経済水域(EEZ)で19日、中国の海洋調査船「科学号」が海中に何らかの物体を投入したのを、海上保安庁の巡視船が確認した。》としか報道していない。しかし、中国のメディアは、《科学号は2014年4月8日から5月にかけて、沖縄トラフ熱水域の熱水噴出孔周辺の海洋物理及び化学環境の観測、サンプル収集、分析を行う予定》と報じていた。そこで久米島沖の熱水鉱床の存在を調べると、実は2012年に産業技術総合研究所が久米島西方海域に新たな海底熱水活動域を発見していたことがわかった。それは2008年から進めてきた研究の成果であり、鉱床の存在の可能性について調査・研究を進めていく予定と報道していた。戦争は「実効支配を失ったら負け」 日本の資源である熱水鉱床を堂々と横取りしたことは許せないが、中国政府の目的はそのような小さなものではない。中国メディアの報道では中国は「沖縄トラフは中日海洋経済区分の境界線であり、熱水鉱床は中国側にある」「日本が主張する日中境界線は国際法の原則に違反しており、中国は国連に東シナ海境界案を提出している」と主張している。つまり、これは熱水鉱床という海底資源スポットを奪う目的ではなく、東シナ海における日中間のEEZの境界線を日本の主張する日中中間線から沖縄トラフへ大きく変更させるのが目的なのである。科学号は出港に際して、その目的と期間を宣言し、側にずっと張り付いていて監視していた海上保安庁の監視・警告をことごとく無視して、宣言の計画通りに調査して帰港したのである。この瞬間に日本は東シナ海のEEZにおける制海権を事実上失ったといえるのではないだろうか。 戦争は「実効支配を失ったら負け」 このように、現在の政府の尖閣諸島への対応は最悪のパターンに向かっている。だから今後、決して尖閣諸島に人民解放軍を一人たりとも上陸をさせてはならない。これまでと状況が激変し、中国は上陸者の逮捕に動く海上保安庁を中国領土に対する侵略者と批判し始める可能性があるからだ。また、自衛隊は米軍と共に島嶼奪還訓練を行っているが、上陸されてからでは遅い。島を取り返す自衛隊に対しても、中国政府は日本を侵略者として次のように批判するであろう。「日本の自衛隊が我が国固有の領土に攻撃を仕掛けてきた。中国は断固として我が国の領土を守る。侵略者に対して手加減はしない。日本に対する核攻撃も辞さない。多くの日本国民が命を失うことになるかもしれないが、その責任は中国の領土を侵略しようとする日本政府にある」 このような嘘は国際的に通用しないと思ったら大きな間違いである。人民解放軍が尖閣諸島に上陸した時点で、実効支配しているのは日本ではなく中国になるからだ。つまり、尖閣諸島を守るためにパトロールしているのは人民解放軍であり、侵入を企てているのが自衛隊ということになるのである。「戦争は先に手を出したほうが負けだ」という声を聞くがそれは大きな間違いである。日本が尖閣諸島を実効支配している時に人民解放軍に射撃をしても「中国が日本を侵略した」と批判声明を発表することができる。中国がなんだかんだと批判をしても、実効支配しているのは日本であるから国際的に通用するのである。しかし、日本が実効支配を失い奪還作戦で人民解放軍に射撃をした場合、逆に中国に「日本が先に攻撃をした」と言われてしまうのである。「戦争は、先に攻撃を仕掛けたら負けではなく、実効支配を失ったら負け」なのである。沖縄防衛「真の敵」による煽動工作 日本政府はこれまで、「中国を刺激しない」という意味不明な理由で、尖閣諸島に日本国民を上陸させず、日本の建造物も建てず、自衛隊の監視隊も配備せず、天気予報も行わず、石垣市の環境調査のための航空機による調査も「不測の事態を避けるため」という理由で中止させてきた。これは、外国の目から見たら、尖閣諸島は中国の領土であるあるから日本は遠慮していたとしか見えないのである。日本政府が尖閣諸島防衛のために最も優先することは、外国人の誰が見てもわかるような方法で尖閣諸島を実効支配することである。具体的には、大きな日章旗を掲げた建造物を尖閣諸島内に建設することである。これにより、尖閣諸島に上陸しようとする外国人を射殺しても日本を批判する国はどこにもいなくなるのである。日本政府が今やるべきことは、領土、領海、領空の実効支配を断固として守ることである。実効支配している国こそ、侵略者に対して先に攻撃する資格があるのである。EEZ(排他的経済水域)に関しても、勝手に資源の調査を行わせてはならない。中国に対する黙認はEEZ内にあらたな軍事基地建設を許すことと同義である。沖縄防衛「真の敵」による煽動工作 南西諸島の島嶼防衛を考える時、決して無視できないものがある。それは沖縄の世論である。沖縄の世論は沖縄県民が作っているのではない、沖縄の琉球新報、沖縄タイムスの二紙を中心とした地元マスコミが作っているのである。沖縄の歴史を見ると、中国が軍事覇権を強める時期には必ず沖縄の反米世論はエスカレートしているのである。沖縄で過去最大の反米運動は佐藤総理大臣が米国と沖縄返還交渉を始めた1967年頃から71年11月の沖縄返還協定が国会で批准されるまでの間である。1960年代当初より毛沢東は核兵器の開発を急いでおり、1964年に最初の核爆発に成功し、その後核実験を繰り返し1970年4月24日に初の人工衛星、東方紅1号の打ち上げに成功し事実上核保有国となった。その裏では、日本の安保闘争と沖縄返還闘争の工作を仕掛けて日米安保の破棄を目指していたのである。日の丸を振って盛り上がっていた沖縄の復帰運動が、なぜ急に左旋回して安保闘争のようになったのかわからないという方が多いが、その理由は明確である。1960年4月28日に発足して沖縄県祖国復帰運動(大衆運動)の中心を担っていた沖縄県祖国復帰協議会は、毛沢東とつながっていた左翼の統一組織であり、本当の目的は日米安保破棄、在沖米軍基地の撤去であり、祖国復帰は県民を扇動するための材料に過ぎなかったからである。女性遺体遺棄事件に対する抗議集会が行われたキャンプ瑞慶覧のゲート前に立つ米軍関係者=5月22日午後、沖縄県北中城村 そして、現在の沖縄でも同じように反米運動が盛り上がっている。米軍属による女性暴行殺人事件をきっかけに、海兵隊の撤退を明記した抗議決議が沖縄県議会で可決され、6月19日の県民大会の大会決議案にも明記され、海兵隊の撤退が沖縄の総意という構図を作られてしまったのである。尖閣諸島や東シナ海を我が物顔で領海侵犯や領空侵犯を繰り返す人民解放軍の脅威に目を向けることなく、むしろ海兵隊の撤退を求めている状況は、1960年台後半に中国が核兵器を開発しても目を向けず、米軍基地の撤去運動が繰り広げられていた時と全く同じである。つまり、沖縄のマスコミと一部の政治勢力が1960年代には事実上中国共産党のコントロール下にあり、現在に至るまで日米安保破棄の工作を続けてきたということにほかならない。「琉球侵略」にすり替えられた国連勧告「琉球侵略」にすり替えられた国連勧告 「沖縄県知事が米軍基地の撤去を要求しようが外交防衛権は政府の専権事項であるから、政府は無視して粛々と安全保障政策を進めれば良い」という声を聞くことがある。確かにその言葉は正しいけれども、その論理を打ち砕く工作も進められている。それは国連の自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会から2008年、2010年、2014年に2回、計4回日本政府に「沖縄の人々を公式に先住民族と認めて、文化、言語と土地、資源の権利を保護するべきとの勧告が提出されていることである。日本政府はこの勧告を認めていないが、国連基準では沖縄県民は1879年に日本に侵略され滅ぼされた先住民族なのである。去年9月に沖縄県の翁長知事が国連人権理事会で「(日米両政府により)沖縄の自己決定権がないがしろにされている」と訴えたが、国連からすると琉球民族の酋長が米軍基地の押し付けという差別の解消を訴えにやってきたと認識しているはずである。これらの先住民族勧告は国連NGOの「反差別国際運動(部落解放同盟が母体)」と「市民外交センター」の働きかけの結果、2008年から4回も出されて、実績を積み上げてきた。しかもこの8年間、県議会や各市議会で議論されたことも意見書が出されたこともないし、ほとんどの日本国民も当事者である沖縄県民も知らされずに進められていたのである。なんとも巧みな工作である。 多くの日本国民が自覚の無い間に尖閣諸島の実効支配を失っているだけではなく、沖縄県民が日本人で無くなっているのである。これは尖閣諸島に対する政府の失策以上に大きな問題である。なぜなら、この工作の本質は日本政府による「沖縄防衛」を「琉球侵略」にすり替えることだからだ。この大嘘は多くの日本人には理解困難なようであるが、かれらの言い分は次のようになる。「沖縄の人々は日本に侵略され滅ぼされた琉球王国の子孫であり先住民族である。1879年以降、明治政府により同化政策、皇民化政策により日本人であるかのように洗脳をされてしまった。第二次大戦の時にはその洗脳が成功し、勇敢に戦った人もいたが天皇に利用された犠牲者である。現在も同化政策により母国語である琉球語を日常で話すことができなくなってしまっている。琉球民族の誇りでありアイデンティティーである言語を奪われ差別を受けている。2008年の自由権規約による勧告にあるように、学校でも琉球語の教育のカリキュラムを取り入れるべきであり、米軍基地の押し付け差別の解消のため、2014年の自由権規約委員会の勧告にあるように土地と資源の権利を保護するように新たな法律をつくるべきである」 笑い話のようだが、これが国連基準として定着している沖縄県民の認識である。翁長知事は、在沖海兵隊の撤退を要求し始めたが、日本政府も米国政府もその要求を受け入れないことは百も承知であるはずである。その要求を拒否されたことをもって、琉球民族は日米両政府に差別されていると再び国連に訴えることが目的なのである。この訴えが万一国際社会に浸透するようなことがあれば、日本の沖縄防衛が琉球侵略とのレッテルが貼られてしまうのである。政府が行う沖縄防衛策はこれしかない政府が行う沖縄防衛策はこれしかない 結局、中国は尖閣諸島においても沖縄県全体においても、侵略しているのは中国ではなく日本だという国際世論をつくる巧みな工作をすすめているのである。政府は尖閣諸島など島嶼防衛の最前線はこのプロパガンダとの戦いであることをしっかり受け止めて対処するべきである。プロパガンダの発信源は沖縄のマスコミと国連である。沖縄のマスコミ対策は報道の自由を盾にされるため法整備は困難だが、政府がやるべき重要なことがある。それは、総理大臣、または防衛大臣が直接沖縄県民に政府の沖縄防衛政策への協力をお願いするメッセージを発信することである。これまで防衛大臣が沖縄に入ったときには県民ではなく知事の説得にあたっていたがそれは大きな間違いである。安全保障に対する説明責任を知事に押し付けることになるからである。外交防衛は政府の専権事項であるなら、当然説明責任も政府にあるはずだ。例えば次のようなメッセージを政府広報として全県民に届けていただきたい。「今、沖縄は中国の軍事的脅威の中にあります。どのようなことが起きても政府は断固として沖縄県民の生命と安全を守ります。また先の大戦のように決して沖縄を戦場にさせるようなことはしません。そのためには、自衛隊と同盟軍である米軍で沖縄の領海、領空、領土を断固として守ります。まだまだ、備えとしては不十分なため、自衛隊も増強配備し日米の共同訓練も積み重ねていきます。そのため、これから沖縄の皆様には多くの協力をいただくことになりますが、子々孫々平和な沖縄を残すために是非ともご理解、ご協力をお願い致します」 ただこれだけで、県民の認識は飛躍的に変わるはずである。中国の脅威は政府が口にしない限り「右翼による煽動」として一蹴されるのである。 国連先住民族勧告についても、政府がすぐにでも取るべき対策がある。それは、尖閣諸島と同様、外務省のHPで「沖縄県民自ら日本政府に先住民族として認めるよう要請をあげたことはない。国連の人権理事会や自由権規約委員会の沖縄県民を先住民族とする勧告は誤りである」と多言語で発信することである。続いてこの勧告が出されることになった背景の調査と再発防止のための法整備を行うことである。 以上、国防の危機にある日本政府の盲点や弱点を明らかにし、対応策を提案してみた。南京大虐殺や従軍慰安婦プロパガンダよりも長い歴史があり成功しているのが沖縄プロパガンダである。沖縄プロパガンダとは沖縄の政治報道全てといってもよい。つまり沖縄の政治を利用した日本政府に対する攻撃を沖縄のマスコミが作り出す沖縄の世論で隠蔽しているのである。その目的は日米安保破棄と在沖米軍基地の撤去に集約される。中国は60年近くそのための工作を続けてきた。復帰前は沖縄を日本に復帰させることにより日米安保を破棄させようと扇動し、工作に失敗し日本に復帰した現在は、逆に沖縄を日本から独立させることにより日米安保を破棄させようとしている。中国にとって翁長知事の誕生は人民解放軍数百万に匹敵する大きな戦力であろう。 中国に対する尖閣防衛、沖縄防衛は人民解放軍の部隊や装備を分析しているだけでは勝つことができない。沖縄のマスコミと政治工作、そして国連工作も日本の敵なのである。今後、防衛省はこれらを国家安全保障の危機として明確に位置づけて防衛計画を策定するべきである。大きな反発が予想されるが、可能なら防衛白書にも明記して日本の常識としてほしい。終戦から70年間、銃弾の飛ばない戦争は続けられ、日本は無抵抗なまま攻撃を受け続けてきたのである。そろそろ反撃を開始しようではないか。

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    辺野古和解後、「オール沖縄」との戦いは琉球独立工作に移る

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)誰も予想しなかった政府の和解案受け入れ 3月4日、誰も予想していなかった判断を安倍総理が下した。辺野古移設の代執行訴訟をめぐって福岡高裁那覇支部が提示した和解案を受け入れることを決めた。決して口にすることもネットで発信する事も無いが、この一報を聞いて最も驚いたのは沖縄の自民党議員、そしてその支持者ではないだろうか? 1月24日に投開票が行われた宜野湾市長選挙にて自民党推薦の現職の佐喜真市長が再選を果たした。この選挙の勝利は翁長知事の「オール沖縄陣営」に大きな打撃を与えたからだ。 「オール沖縄」とは共産党、社民党などの革新政党と翁長知事を支持する一部の元自民党の統一勢力のことで、その実態は「反自民」である。「もし、自民党が負ければ、反自民である『オール沖縄』が本当のオール沖縄であるかのように報道され、沖縄の自民党の存在感が薄れてしまい、そのあとの選挙も全て負けてしまう」。だから自民党県連はこのような強い危機感をもって宜野湾市長選を戦ったのである。沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場と住宅地=1月17日 総力を上げた戦いは実を結び、相手候補に大差で勝利した。逆に「オール沖縄」が「オール沖縄」で無いことを実証したのだ。「オール沖縄」陣営にとっての宜野湾市長選敗北のダメージは大きかった。既に参院選候補として擁立が決まっていた元宜野湾市長の伊波洋一氏の出馬の見直しまで始めた。宜野湾市長選でそこまで沖縄の空気は大きく変わったのだ。自民党にとっては久しく経験したことの無い追い風ムードである。そのような中での移設工事を中断しての和解受け入れだったのである。 では、このような時期に何故政府は和解案を受け入れたのだろうか? 安倍総理の答えは、「政府と沖縄県が訴え合う状況は良くない」という考えからである。また、多くの新聞や雑誌では、「6月の沖縄県議選や夏の参院選への悪影響を回避するため」という見方が多い。筆者は両方真実だと考える。宜野湾市長選の勝利で追い風が吹いているが、これまでの方針通り工事を断行して選挙を迎えると、政府との対立構図を利用した「オール沖縄」陣営に有利なように選挙を進められてしまうかもしれない。最悪の場合は万一の敗訴という可能性も残っている上、更にこの対立構図に終りが見えない。そうであるなら、工事を1年程度遅らせてでも、和解というプロセスを経て訴訟を完全に終わらせてしまうほうが懸命である。 いわゆる「急がば回れ」作戦を選んだのだ。今回の合意で、安倍総理が最もこだわったのは、再び訴訟合戦にならないようにすることだ。国と県の和解で3つの訴訟は取り下げられ、沖縄県の翁長雄志知事による埋め立て承認取り消しの違法性を争う訴訟にいずれ一本化される。和解案は「新たな訴訟の結果が出たら双方が従う」というのが合意の前提である。反政府闘争基地として利用された沖縄の歴史反政府闘争基地として利用された沖縄の歴史 安倍総理の判断は100点満点中80点の評価が出来る。マイナス20点は辺野古移設の遅延によるもので、日米同盟が維持できれば合格点である。ただしそれには、沖縄が普通の自治体であればという前提条件が必要だ。翁長知事の誕生で沖縄は全国の日米安保破棄を狙う勢力の反政府闘争基地、もしくは日本共産革命闘争基地となっているからだ。共産革命を夢見る勢力は翁長知事の誕生に希望を抱き、翁長知事を支援、または最大限に利用しようと背後で蠢いている。ここで、重要なことは、彼等は日米安保破棄を目的にしているのであって、辺野古移設阻止を目的にしていないということである(現場で運動している人は阻止を願っている人も多い)。 戦後の沖縄は日本防衛の重要拠点であると共に、常に日米安保破棄運動の基地として利用されてきた。かつては沖縄県祖国復帰を闘争材料として日米安保破棄、在沖米軍の撤去を画策していた。1960年代に沖縄祖国復帰運動をリードしていたのは、保守勢力ではなく、共産党を中心とした安保闘争勢力だったのだ。その中核団体は「沖縄県祖国復帰協議会」である。この名前を聞くと沖縄を代表した団体だと誰もが思う。しかし、実はその中に沖縄自民党は含まれていなかった。今のオール沖縄と全く同じ構図だ。 つまり、復帰前は「沖縄県祖国復帰」をエサにして県民を扇動し、県民の総意を装って反政府闘争を行っていたのだ。そして、今は普天間飛行場の県内移設反対で県民を扇動し、県民の総意を装って反政府闘争を行っている。結局、日米安保破棄さえ実現できれば、闘争材料は何でもいいのだ。しかし、彼等は辺野古闘争だけでは日米同盟を破棄に持ち込めないと考え、2010年頃から新たな手法の闘争を始めた。それは琉球独立工作である。琉球独立工作へシフトする辺野古闘争 辺野古移設問題を琉球独立工作にすり替えるキーワードが3つある。それは「米軍基地の押し付けは沖縄差別」と「第二(三)の琉球処分」「沖縄の自己決定権の回復」である。次のようなストーリーで沖縄県民を扇動している。 「安全保障は日本全体で負担するべきなのに、沖縄が日本に復帰して40年経過してもいまだに沖縄に押し付けている。辺野古移設で沖縄の民意はNO!という結果が出来ているけど、日本の人口の1%の沖縄の民意は99%の本土の人の民意に勝てない。これは構造的差別(無自覚に差別をしてしまっていること。)である。沖縄の自己決定権がないがしろにされている。これは、明治維新前に沖縄は琉球国という独立国だったが、沖縄県の設置の時に滅ぼされたことと同じである。今こそ、沖縄の自己決定権を回復しなければならない」。 このストーリーでもっとも危険な言葉が「沖縄の自己決定権の回復」である。沖縄県民向けに発する時は、「自治権の拡大」のニュアンスで使っているが、国連など海外に発信するときは、self- determinationという英単語を使い、(先住民族の)民族自決権という意味で使われている。昨年九月、翁長知事が国連で「沖縄の自己決定権がないがしろにされている」と訴えたが、これは事実上の琉球独立宣言になっている。沖縄県民の全く知らないところで、沖縄県民は琉球独立運動に利用されているのだ。政府が警戒するべき最新の工作 今年1月の台湾総統選挙で、中国との統一派の馬英九総統が台湾独立派の蔡英文氏に敗れた。長い間台湾の統一工作を進めてきた中国共産党にとっては大きなダメージである。太平洋の出口として東シナ海の軍事覇権が欲しい中国共産党は、台湾の統一工作と沖縄の反米工作、琉球独立工作をセットで行っているはずである。台湾総統選で圧勝し、笑顔でガッツポーズする民進党の蔡英文主席=1月16日、台北(共同) その台湾で独立派・蔡英文氏の総統就任が決まったことで、中国共産党の頼みの綱は沖縄の翁長知事しか残っていないということになる。翁長知事をどのように操って、沖縄の米軍基地を撤去させるか、または、どうやって日米同盟に亀裂を入れ機能不全にするかということを考えているはずだ。今後、中国共産党による沖縄工作は加速することはあっても決して収まることはない。日本政府は、手段を選ばない革命闘争集団が翁長知事のブレーンとして付いているということを想定して対処しなければならない。翁長知事が知事の座にいる限り、政府に対する闘争は決して終わらないのである。政府が警戒するべき最新の工作 ここで、日本政府への報告のつもりで、最新の沖縄の琉球独立工作につながる不穏な動きを2つ報告しておく。まず、3月7日の琉球新報から<沖縄問題、国連に発信 国際人権法研究会が発足>という記事を紹介する。 基地問題など沖縄で起こっているさまざまな問題を国際人権法の視点で捉え、国際社会に訴えようと、研究者などでつくる沖縄国際人権法研究会が6日、発足した。今後、沖縄の自己決定権、環境権、女性の権利、社会権、表現の自由の五つの作業部会を設置し、国際人権法と照らした現状を調査・研究する。その上で、国連の人権理事会や各種審査会に、沖縄の人権侵害を報告する活動を展開する。 呼び掛け人は、高里鈴代、星野英一、島袋純、若林千代、阿部藹(あい)、眞栄田若菜の6氏。現在は十数人程度の参加だが、今後、30人ほどの会員参加を目指す。〜中略〜 また、沖縄の人々が今後、国連に人権問題を訴えていく場合、人権問題の解決を担っている、スイス・ジュネーブの国連高等弁務官事務所に沖縄から人を派遣して常駐させて人脈を築いて直接アプローチすることが重要とも提起した。 このニュースに隠されている重要なことがある。国連では2008年から沖縄県民は日本の先住民、マイノリティーだと認識されており、人権関連の委員会から何度も「日本政府は琉球沖縄の人々を正式に先住民として保護するべき」と勧告を受けている。よって、「沖縄の人権問題」とは、国連では「先住民である琉球民族の人権問題」として扱われているのだ。昨年はこのような中で翁長知事が国連演説を行った。先住民族のトップが人権理事会に差別を訴えに来たのだ。そして、今年3月、国連への琉球民族の人権問題の働きかけを強くするために新たな人権研究会が発足したということである。つまり、政府の想定通りに訴訟問題が片付いたとしても、「日本国内の法律では解決できない先住民の人権問題」として国連に働きかける可能性が大きいということである。敵は手段を選ばない もう一つ、非常に危険な動きが今年2月上旬に明らかになる。沖縄県の首脳部が、改正地方教育行政法が2015年に施行されたことに伴い、現在の沖縄県教育委員会教育長の諸見里明氏(59)が退任し、後任に県総務部長の平敷昭人氏(57)を起用する人事案を固めたというニュースだ。話は昨秋に遡る。9月15日に4つのNPO団体が諸見里教育長を訪ね、更なるしまくぅとば(沖縄の方言)の普及推進を行うよう、「しまくとぅば教育センター」の設置を要請している。以下要請書の抜粋を列挙して紹介する。<「しまくとぅば教育センターの設置」の要請書から抜粋>(1)「琉球処分」以来、およそ135年にわたり、沖縄県の学校教育では、琉球の言語、祖先が歩んできた歴史や文化に関する科目が導入されないまま目隠し状態が続いている。(2)国連のB規約(市民的および政治的権利)人権委員会(2008年10月30日)や人種差別撤廃委員会(2014年8月29日)も、沖縄県には言語問題、人権問題、教育問題があることを問題視し、日本政府にその対応を勧告している。(3)2009年のユネスコによる『絶滅の危機に瀕した世界の言語』の発表以来、しまくとぅばは日本語から独立した言語だと一般的にみなされている。(4)しまくとぅばが日本語とは別の言語であれば、外国語学習と同等な組織立てられた取り組みが必要とされる。(5)センターの事業として、まず表記法の制定、それに基づくしまくとぅば教本の開発・制作、しまくとぅば講師の養成いろいろな試みが考えられる。 要請書には、沖縄県の設置を日本による琉球民族の侵略であるかのように表現をし、学校でしまくとぅばを教育しないことを問題視している。その根拠には、日本政府が認めていない、2008年以降の「沖縄県民は先住民と公式に認めるべき」との国連委勧告を掲げている。これは、純粋な地方の方言教育ではなく、沖縄の子どもたちの日本人としてのアイデンティティを破壊し、更に本土とは異なる言語環境をつくり沖縄の文化圏を日本から切り離す意図が読み取れる。安倍晋三首相との会談後、記者団の質問に答える沖縄県の翁長雄志知事 =3月4日、首相官邸(酒巻俊介撮影) このような要請書が教育委員会に提出されたが、諸見里教育長は学校でのしまくとぅば教育に関しては否定的であった。ある自民党県議からの情報によると後任の平敷氏は翁長知事の言いなりになる人物だという。今後、沖縄の学校がしまくとぅば教育を始めようとした時に、文部科学省は毅然として止めさせる覚悟が必要である。敵は手段を選ばない 以上、一見うまくいきそうな辺野古移設和解だが、それは沖縄県が通常の自治体である場合の話だ。沖縄県庁は既に反政府闘争基地と化している。その背後にいるものは、翁長雄志が知事の間に後戻りできないように知事の権限を使って様々なことをやるだろう。敵は手段を選ばない。既に様々なところから巧みな工作が浸透しており、何も手を打たなければその時間だけ工作や県民への洗脳が進んでいく環境にある。 結局、辺野古和解のあとに待つ、「オール沖縄」という反政府闘争勢力との戦いは琉球独立工作にシフトしていくことになる。つまり今回の和解案は、「これで大丈夫」だと安心するようなら失敗し、次の琉球独立工作にしっかり対処できれば成功と評価される。政府・自民党は、琉球独立工作に関する国内外の動きについて各省庁を縦断して情報収集・分析をしていただきたい。そして、願わくば、純粋な県民が知らない間に反日日本人にならないように、そのような洗脳工作に対して1日でも早く対策を打っていただきたい。

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    今井絵理子の参院選出馬が「オール沖縄」にとどめを刺す

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)全ての不安を払拭させた手話を交えた記者会見 2月9日、自民党本部は夏の参院選挙の比例代表の新たな候補者として、ダンスボーカルグループ「SPEED」のメンバー、歌手の今井絵理子氏(32)の公認を決定し、夕方に記者会見を開催した。記者会見には今井氏本人と茂木敏充選挙対策委員長、後援会長を担う予定の今井氏の母校・八雲学園の近藤理事長、そして、今井氏を1月18日から芸能人出身の先輩として参議院選挙への出馬の説得にあたった山東参議院議員が同席した。 今井氏は手話を交えながら、自らが参議院選挙に立候補を決意した理由をゆっくりと語り始めた。「21歳の時に息子が聴覚障害を持って生まれてきたこと」「障害を持つ息子と出会って歌の世界しか知らない自分が初めて障害者の世界を知ったこと」「同じ障害の子を持つお母さんたちと出会ったこと」。それが、「障害を持っている子供たちが、より明るい希望を持てる社会作りをしたい」と思うに至った事が立候補を決意した理由だという。その決意を後押ししたのが、お母さん方の後押しする声や、11才の息子の「ママ、手話をたくさんの方々に広めてほしい」という言葉だったという。出馬会見を終え、笑顔を見せる茂木敏充選挙対策委員長(左から2人目)と今井絵理子氏(左から3人目)ら=2月9日、東京・永田町の自民党本部(福島範和撮影) 数日前から自民党が今井氏を擁立に動いていることが報道されていたが、その時点ではネットは自民党支持者からも彼女の擁立を不安視する様々な声が流れていた。「彼女に政治がわかるのか」「芸能人の知名度依存の候補擁立は自民党員として失望した」「プチ戦争なら賛成みたいにみえると安保法制を反対していたのに大丈夫なのか?」「当選することは確実だが、当選後はちゃんと面倒見れるのか?」などの声が見られた。恥ずかしながら筆者も不安視した言葉をFacebookに発信した中の一人である。 しかし、2月9日の今井氏の記者会見で、それら全ての不安はふっとんだ。おそらく彼女の落ち着いた出馬の決意表明、そして記者からの質問に対して一つの失言も無く、そつのない回答をする姿に多くの方は直感的に「彼女なら大丈夫」と思ったのではないだろうか。また、彼女の立候補の決意は単なる人気頼みの出馬ではなく、息子の障害を利用して同情票を集めた出馬でもないということを多くの人が感じたのではないだろうか。今井氏座右の銘『焦らず、比べず、諦めず』の背景 最も心配だった「プチ戦争」についての記者からの質問に対しても彼女は見事に回答した。記者:以前、ツイッターで「どこかプチ戦争には賛成!みたいに見える」とつぶやいた。当時は審議の真っ只中だった安全保障関連法を批判しているようにも読めるが、このメッセージに込めた意味は?今井氏:「私は沖縄出身です。沖縄は唯一の地上戦があって、たくさんの県民の方々が犠牲になったという話を、おじいちゃんやおばあちゃんの皆さんから聞きました。そこで私は『二度と戦争はしちゃいけない。平和を守らなくてはいけない。みんなの命を守らなければならない』と強く感じました。しかし、平和を願うだけでは守れないというのも現実です。一昨日、北朝鮮のミサイルが飛んで、沖縄の上空を通過したときに緊張が高まりました。万が一のための備えは必要だと思います。ですが、それは戦争をするためではなくて、平和を守る、みなさんの生活や命を守るために必要なことだと思います」 この回答は、安全保障を重要視している自民党支持者だけでなく、「基地が無いほうが平和になる」と学校で教えられてきた沖縄の若者の票も逃さない見事な回答だった。今井氏座右の銘『焦らず、比べず、諦めず』の背景 記者会見の今井氏の言葉には、人格からにじみ出る芯の強さを感じた。彼女のそのような人格を形成した背景を見てみたい。今井氏は1983年9月、沖縄県那覇市小禄で生まれた。安室奈美恵やMAXを輩出したアクターズスクールに通い、1996年8月に上京しダンスボーカルユニットSPEEDとしてCDデビュー。今井氏13才のときである。3年8か月の活動を経て2000年3月に解散。その短い間にシングル11枚、アルバム6枚の計17枚、ミュージック・ビデオ4本をリリース。2000年からはソロ歌手として活動した。 2004年6月には結婚、10月には男の子を出産した。その男の子を礼夢(らいむ)と名付けた。夢を持ち礼儀や感謝の気持ちを大切にして欲しいという願いを込めたという。出産から3日後聴覚スクリーニング検査の結果、医師より礼夢君の両耳の聴力に異常があることを告げられた。病名は高度感音性難聴ということだ。それは内耳や聴神経の障害であり、音の電気信号を脳へ伝える神経が上手く働かない病気のため、補聴器で聞こえるようなることは無いという。今井氏はこの子に自分の歌声を一生聞かせて上げることが出来ないことに大きな衝撃と悲しみを受けた。その日は、涙がこんなに出るのかと思うぐらい泣いた。泣くだけ泣いたあとに何故か自然と「耳の事で泣くのは礼夢に失礼だからやめよう」と誓っていたという。自公選挙協力への影響に動揺する沖縄自民党県連 それ以来、そのかわりに沢山の笑顔が生まれたという。礼夢君の耳の障害は聴力だけではなかった。歩行の発達にも大きな影響があった。三半規管に影響があるため、体のバランスを取るのが難しいのだ。歩けるようになったことには2才を過ぎていた。2008年から聾学校に通い親子で手話を学んだ。今井氏にとってもゼロからの手話の勉強だった。親子で手話を学ぶことこそが親子のコミュニケーションを取る唯一の方法だった。その後今井氏は再びSPEEDとして歌い始める決意をした。それは礼夢君に歌を聞かせるためである。音の聞こえない礼夢君だが彼女が歌っているときには楽しそうない表情をしているという。彼女が子育てを通して学んだ座右の銘があるという。その言葉は『焦らず、比べず、諦めず』という。また、記者会見の最後に彼女が語った言葉は、沖縄でよく使われる言葉だが一味違う。今井氏:「私の好きな言葉で『なんくるないさ』という言葉があります。それを皆さん、ちょっと誤解しているかもしれないんですけれども、これは『頑張れば何とかなるよ、乗り越えられるよ』という意味です。そういう沖縄の精神というのも沖縄の魅力の一つだと思っています」礼夢君との親子物語を描いたコミック&フォトエッセー「おやこ劇場」の発売記念イベントを行った今井絵理子=2011年4月17日自公選挙協力への影響に動揺する沖縄自民党県連 報道では、今井氏と参議院選挙沖縄選挙区から出馬する島尻安伊子氏との連携を想定しているとのことである。つまり、今井氏の知名度を島尻氏の集票力につなげるということである。自民党本部による今井氏の擁立は沖縄の選挙は絶対に落としてはならないという決意が見える。そうであるなら、今井氏には6月に県議会議員選挙が控えている沖縄には応援演説に入ってもらい、そのまま勢いをつけて夏の参議院選挙に突入する作戦があっても良いような気がする。しかし、現場の自民党県連では具体的な話は全く決まっていない。実は今井氏の擁立は自民党本部主導で行われており、自民党県連の関係者もニュース報道で初めて知ったということである。 単純に考えれば、今井氏にどんどん沖縄に入ってもらえれば、「オール沖縄」体制を崩すことができるような気がするが、現実はそう単純ではない。その足かせになっているのは自公選挙協力体制である。先月の宜野湾市長選挙では、2014年の名護市長選挙以来ギクシャクしていた自公選挙協力体制が再び強固なものに戻った。佐喜真市長が再選を果たしたのは様々な勝因があるが、公明党の組織を上げての応援は6000票近い差をつけての圧勝に大きく貢献したことは間違いない。ところが、今井氏が全国比例区に出馬し、沖縄に応援に入った場合は、これまでの「選挙区は自民、比例は公明」というセット戦術を組んだとしても自民党の票は今井氏に流れてしまうのである。これには公明党が不快感を表している。この警戒感を払拭しないことには、自民党は参議院選挙において、宜野湾市長選挙と同じような公明党の応援をもらう事が難しくなってしまう。そのため、自民党関係者でも今井氏の沖縄入りに難色を示す人は多い。党本部と県連の調整もこれからというところのようである。今井氏にネガティブキャンペーンは打てない今井氏にネガティブキャンペーンは打てない 応援演説で今井氏の沖縄入りが流動的となると、沖縄に新たな風を起こすことにならないのではないかと危惧する声が聞こえてきそうである。しかし、そういうことはない。まずは今井氏出馬の効果を改めて確認してみたい。彼女の最大のメリットは、沖縄マスコミがネガティブキャンペーンを打つことのできない候補だということである。戦後の沖縄県民には米軍統治下にある自分たちは経済、文化、学力、至る分野で遅れているというコンプレックスがあった。そのコンプレックスを跳ね除けて沖縄をメジャーにした神様的存在が沖縄に複数いる。最初の神様は誰もが知っている具志堅用高である。それに続いて現れたのが安室奈美恵、MAX、SPEEDといったの芸能人たちである。彼女たちのメジャーデビューで、沖縄の子どもたちの本土に対するコンプレックスがほとんどなくなった。逆に沖縄出身が羨ましがられる時代になってきたのである。その大功労者の一人である今井絵理子氏に対して沖縄のマスコミといえどもネガティブキャンペーンを打つことはできないのである。彼女の敵は沖縄には存在しない。つまり、戦後初の沖縄のマスコミを恐れずに選挙運動をできる沖縄出身の自民党候補だということである。 もうひとつは、彼女の出馬そのものが「オール沖縄」体制を崩壊させるということである。「オール沖縄」体制とは革新政党、左翼マスコミ、反戦平和団体の統一組織であり、彼等は「オール」沖縄という言葉を使って彼等の主張が県民の総意であるかのように県外、国外に発信するのである。その実態は全体主義であり自民党などの保守勢力に対する言論弾圧である。自民党などの主張や有利になる情報は一切報道せず、沖縄には辺野古移設に反対する人しか存在しない空気をつくり、彼等の意図する方向に沖縄の選挙や政治を誘導し、さらには日本政府に圧力をかけるのだ。これが「オール沖縄」の正体である。 しかし、自民党本部、自民党県連サイドの頑張りにより今年1月の宜野湾市長選挙で佐喜真市長の再選により反転攻勢が始まり、「オール沖縄」が崩れはじめた。その影響もありBSフジのプライムニュースのように沖縄二紙の偏向報道や「オール沖縄」という言葉を問題視して取り上げる報道番組も流され始めた。そのような中での、今井氏の出馬は「オール沖縄」体制にとどめを刺すことになるのである。その力の源泉は2つある。まず一つ目は、彼女は他の沖縄選出の保守政治家と異なり、沖縄マスコミの言論弾圧の外に存在しているということである。仮に彼女が参議選で沖縄に一度も足を踏み入れずに運動したとしても、彼女は「沖縄出身」であり沖縄県民の代表として発言するのである。そして、彼女の言動は全国で報道され即座に沖縄にも伝わるのである。 もう一つは、彼女の存在自体が「オール沖縄」体制をつくろうとする勢力の県民像の枠組みをはずれていることである。「オール沖縄」陣営にとって沖縄県民は日本の被害者であり弱者でなければならない。SPEEDのメンバーとして日本全国に広がった今井氏のイメージは、被害者でも弱者でもない。国民的アイドルである。これでは翁長陣営が作ろうとしている「オール沖縄」体制の枠組みに組み込むことができないのである。彼等がつくろうとしている「オール沖縄」VS「日本政府」という対立構図は、「オール沖縄」に例外がなく本当に一丸となっている場合にのみつくることができる。 これから、今井氏が全国活動し、新たな沖縄出身の政治家のイメージが全国に広がり、巨大なものになれば、逆に翁長陣営の「オール沖縄」が縮小し崩壊するのである。例えば今後、翁長陣営が反政府闘争集会を開いて「日本政府による米軍基地の押し付けは沖縄差別だ!」と訴えたり、再び国連に足を運んで「沖縄の自己決定権がないがしろ」にされていると訴えても、沖縄出身の今井氏が「これは差別ではありません。沖縄県民を守るために必要な備えです」とひとこと言えば、沖縄と日本政府の対立構図は消えるのである。結局、沖縄の選挙にとって今井氏の出馬自体が翁長雄志陣営のつくりあげた「オール沖縄」体制に最後のとどめを刺すことになるのである。

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    2016年、沖縄の選挙は安倍政権VS反日勢力の「関ヶ原の決戦」だ

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)沖縄の選挙イヤーが始まった 今年の沖縄は選挙イヤーである。1月から6月までに3つの重要な選挙が行われる。1月24日に宜野湾市長選挙の投開票が行われ、選挙最終日まで熾烈な運動が熱く繰り広げられた。安倍政権が推し進める沖縄の基地政策の目玉となる政策の先行きを占うものであり、政府としても絶対に負けられない戦いである。その影響の大きさを考えると最早、単なる地方のひとつの自治体の選挙とはいえない。また、「オール沖縄」や「沖縄の民意」を大義として辺野古移設阻止を主張してきた翁長陣営にとっても絶対に負けられない戦いである。 また、6月には県議会選挙が行われる予定である。現在、自民党は48議席のうちの13議席のみで小数野党である。その議席数は、社会党、共産党、社会大衆党の革新3党の合計の14議席すら下回っている。公明党は3議席あるが、辺野古移設が争点になると県内移設反対側に回るので自民党にとって県議会の運営は非常に厳しい状態にある。今年の県議会選挙で自民党は議席を大幅に増やして、県政の主導を奪還できるかどうかがかかっている。いまの議席のままだと、革新与党が提案する議案がなんでも通ってしまい、安倍内閣と対立する方向に沖縄が持って行かれてしまうからだ。 たとえば、翁長陣営が宜野湾市長選挙に敗れたことで、彼等は「沖縄の民意」という言葉の正当性を取り戻すために住民投票を行うかもしれない。また、今後沖縄を日本から引き離し独立させるための闇条例、「沖縄の自治基本条例」などを可決にもっていく危険性も高い。そのような法案を阻止するためにも、今年の県議会選挙も絶対に負けられない戦いである。自民党沖縄県連会長である島尻安伊子沖縄・北方担当相 そして、最後には参議院選挙が待ち構えている。6月23日に公示予定との情報も流れたが、沖縄の自民党の立場からすると、それだけは絶対に回避してもらいたいはずだ。公示された時点で沖縄の候補の負けが決まるからだ。6月23日は「慰霊の日」で沖縄の祝日であり、公立の学校や機関は休暇となり県主催の行事をはじめ、様々な慰霊行事が行われる日である。つまり県民をあげて慰霊を行う日に選挙の出陣式を行わせるような判断を政府自民党が下すと、安倍自民党の沖縄不理解が沖縄の保守、革新関係なく広がってしまい、政府自民党が推す候補から票が逃げることは明らかだからである。 特に沖縄の参議院議員候補の島尻安伊子氏は、現在沖縄選出国会議員の唯一の大臣であり、かつ沖縄自民党県連会長である。その島尻氏が負けるということは沖縄自民党県連そのものが負けたことになる。この敗北は翁長陣営の「オール沖縄」を勢いづかせ、沖縄の辺野古移設推進派の声を封殺し、沖縄県民全員が翁長知事を支持しているかのような空気を創りだされてしまうことになる。絶対に負けられない戦いである。そして、それらの趨勢は初戦の宜野湾市長選挙の勝敗できまってしまうのである。「倒閣の沖縄基地の完成」か「安倍政権の沖縄奪還」か「倒閣の沖縄基地の完成」か「安倍政権の沖縄奪還」か 結局、今年の沖縄の一連の選挙は、翁長陣営にとっては「沖縄を安倍倒閣基地として完成させる」選挙であるといえる。戦国時代に例えると、一昨年の知事選挙で「沖縄県庁」という城が翁長陣営とその背後にいる共産党などの反日勢力に陥落されてしまった。しかし、沖縄県全部が落とされたわけではない。まだ、反翁長陣営の殿様が沢山残っているのである。それが宜野湾市の佐喜真市長であり、石垣市の中山市長であり、豊見城市の宜保市長なのである。沖縄には「市」が11あるが、そのうち翁長陣営は名護市長と那覇市長の二人だけである。前述した3名の市長を含む9名全員が反翁長なのである。現に昨年8月、宮古島市の下地市長が会長になって「沖縄の振興を考える保守系市長の会」(チーム沖縄)を結成した。翁長陣営の立場から見ると、知事就任後の選挙では、これらの対抗勢力を潰して、自分の息の掛かった人物を市長に据えていくことを考えているはずである。その初戦が宜野湾市長選挙で行われたということである。安倍晋三首相(右)と握手する沖縄県の翁長雄志知事=2015年5月25日午後、首相官邸(酒巻俊介撮影) 一方、政府自民党から宜野湾市長選挙をみると、普天間移設問題を解決させるにあたって絶対に負けられない戦いである。しかし沖縄自民党県連からみると、その意義はそれだけにとどまらない。沖縄で自民党や保守の立場の県民が大きなストレスを感じたり、苦しめられている言葉がある。それは、翁長陣営とマスコミが一体となって唱えている「オール沖縄」という言葉である。例えば「オール沖縄で辺野古移設阻止!」というスローガンが新聞の1面を飾ったとすると、辺野古移設を容認する自民党の議員やその支持者は沖縄には存在しないことにされているのである。筆者はこの言葉の本当の目的は琉球独立工作の環境づくりだと認識している。沖縄を独立させる時に反対勢力が声を上げることが出来ないようにするためである。「オール沖縄」というスローガンで世論を誘導できる環境をつくることができれば、独立だろうがなんだろうが沖縄の世論を自由にコントロールできるようになってしまうのだ。 自民党県連にとって、今回の宜野湾市長選挙は、翁長陣営が使っているこの「オール沖縄」というスローガンとの戦いでもある。佐喜真市長の再選により「オール沖縄」をはじめ「島ぐるみ」「沖縄の民意」というスローガンが真っ赤な嘘であることを証明する選挙でもあるのだ。当然、その言葉を頻繁に使っている琉球新報、沖縄タイムスの報道が真っ赤な嘘であることも証明されるのである。そして、筆者は琉球独立工作を阻止させる大きな勝利と位置づけられると認識している。 結局、今年の沖縄の選挙イヤーを制するものが日本を制することになると考えている。ことし1年の沖縄の戦いで、来年以降が共産主義勢力が安倍内閣を倒し始める年となるか、沖縄の左翼支配を終わらせ、日本の安全保障体制をしっかり整える年となるかが決まるのある。つまり、今年の沖縄の選挙は、安倍政権VS反日勢力の“関ヶ原の戦い”なのである。国民連合政府樹立の成功モデルは沖縄にあった国民連合政府樹立の成功モデルは沖縄にあった ここで、翁長陣営とその背後の共産党の今後の動きをシミュレーションしておきたい。共産党の発言は嘘にこそ意思と意味がかならずある。昨秋から日本共産党が新たな構想を唱え始めた。国民連合政府の樹立である。今までにない新しい動きを彼等は始めようとしている。しかし、それに対する警戒心は薄い。「日本共産党と組んだら票が逃げるので実現の可能性は無い。心配はいらない」。これが多くの知人の反応である。しかし、筆者は手放しで安心できないと認識している。それは既に成功モデルがあるからだ。その成功モデルとは翁長知事の誕生である。翁長知事は元沖縄自民党県連の会長まで務めた自民党の政治家であった。それが突如、日本共産党、社民党、沖縄社会大衆党の革新政党が自ら政党の政治家の擁立を抑えてまで、翁長雄志を統一候補として担ぎ始めたのである。共産党の志位和夫委員長(栗橋隆悦撮影) その時の沖縄でも同じような声が聞こえた。「翁長知事が共産党の街宣カーにのっている写真を拡散すれば票が減る」。沖縄でも共産党アレルギーの人が多いという認識が根拠である。それでも、何故か当選してしまったのである。私にはもう一つ大きな疑問があったので、共産党の事務所に支持者のふりをして電話をしてみた。「共産党はどうして独自の候補を出さないのですか?自衛隊を肯定している翁長雄志が知事になったら先島に自衛隊が配備されてしまうではないですか!」電話にでた共産党の方は、自信をもって筆者を説得した。「今回は辺野古移設反対1点で勝てる候補ということで翁長知事を選びました。彼が知事になっても心配はいらないです。稲嶺名護市長を見て下さい。市の職員の時は保守的でとんでも無いことも言っていましたが、今はちゃんとしています」。これは、共産党が推薦した候補を当選させたら、自分たちの指示通りに動かすことが出来るという自信だと感じた。現に稲嶺名護市長も当選後の翁長知事も、共産党の書いたマニュアルに沿って言動しているようにみえる。 翁長知事の誕生にあたって、もうひとつ認識の甘いところがあった。それは「共産党と公明党は犬猿の中だから、公明党は共産党が支持している翁長に票をいれるわけなない」という声である。一昨年の知事選挙で公明党沖縄本部は与党でありながら仲井真氏支持を打ち出さず、「自主投票」とした。関係者の情報によると、その結果殆どの票が翁長氏に流れ込んだのである。「共産党が自民党の候補を担いで当選させて革命政権を樹立させる」。これが、沖縄という自治体における国民連合政府の選挙協力成功モデルだと筆者は認識している。自民党本部は何故、このようなありえないことが成功できたのか、分析・解析し対策をしておくべきである。翁長知事誕生に向け革新統一が仕組んだ布石翁長知事誕生に向け革新統一が仕組んだ布石 沖縄の「革新統一」の歴史は長い。彼等は沖縄県祖国復帰前から主席選挙や国政選挙などの重要選挙では常に革新統一候補を擁立してきた。これは沖縄県外では見られないことである。翁長知事誕生の前も知事候補として常に革新統一候補を出し続けてきたが、稲嶺知事に2回、仲井真知事に2回の計4回、16年間負け続けてきたのである。そこで、彼等は統一戦線を自民党にまで拡大を図ったのである。そこで彼等が目をつけたのが当時那覇市長だった翁長雄志である。民主党政権下で、沖縄自民党県連は辺野古移設県外、オスプレイ配備撤回という方針に誘導され、共産党から自民党までスクラムを組んで政府と戦う構図が出来てしまった。 自民党が民主党から政権を奪還し安倍総理が誕生した直後に翁長雄志が脚光を浴びることになる目玉イベントがあった。2013年1月末の「総理直訴東京行動」である。辺野古移設断念、オスプレイ配備撤回を政府に要求した「建白書」に捺印をした沖縄県全41市町村長と議会議長が翁長雄志に引き連れられて上京し、日比谷で集会とデモを開催したのである。つまり、共産党から自民党まで同士となって安倍総理に対する抗議活動をおこなったのである。「オール沖縄」の反政府体制はここで作られたのである。 しかし翁長雄志だけをみていると問題の本質が見えてこない。最も重要なのは、日本共産党や社民党が看板を捨てて実をとるために、その時のリーダー役を翁長雄志に譲ったことである。そこに現在の翁長知事誕生の大きな布石があったのである。そして翁長知事の誕生は沖縄という小さな自治体で、共産党のいう国民連合政府樹立に成功した瞬間だったのである。一点突破全面展開=沖縄モデルの全国展開 共産党主義の革命理論の有名な言葉では、「統一戦線」「一点突破全面展開」「民主連合政府」という言葉がある。統一戦線とは前述したように共通の目標をかかげて多数派を勝ち取る工作のことである。現在の沖縄では「辺野古移設反対」が多数派工作の統一目標として沖縄県という民主連合政府(国民連合政府)をつくることができたのである。そして、彼等は今年の沖縄の選挙イヤーの勝利により「一点突破」の完全実現を狙い、次のステップである「全面展開」の開始を計画しているのである。筆者は、日本共産党が昨年、急に主張し始めた「国民連合政府の樹立」は、沖縄の一点突破を土台にした全面展開に相当する活動だと認識しているのである。沖縄自民党県連、県政奪還の秘策 その全面展開には二つあると考える。一つ目が、参議院選挙において沖縄の選挙協力の手法の全国展開である。現在、民主党との選挙協力調整もギクシャクしてうまく言っていないようだが、気をつけなければならないことがある。それは自民党の政治家にも擦り寄ってくる可能性があり、特に狙われやすいのは保守の看板をもった左翼政治家だということだ。 もうひとつは、辺野古移設阻止闘争、琉球独立(沖縄反差別)闘争の全国展開である。前者は今後の沖縄の選挙の勝敗に関係なく進めて行かれると思われるが、後者は勝敗に大きく左右される。辺野古移設阻止の「オール沖縄」が選挙により固まれば、全国展開して安倍倒閣の包囲網として利用するはずである。その際、翁長知事は県の業務を投げ出して全国の共産党の集会で演説をしてまわることになるであろう。また、辺野古移設阻止を闘争材料とするか、琉球独立(沖縄反差別)を闘争材料とするかは、沖縄の政治状態に左右される。しかし、佐喜真市長が再選すれば、「オール沖縄」は崩壊し、どちらも安倍内閣の包囲網の闘争材料として機能しなくなるのである。沖縄自民党県連、県政奪還の秘策 佐喜真市長が再選したことで、「オール沖縄」という呪縛が解けはじめ沖縄の空気は大きくきく変わるはずである。そして、この時に沖縄自民党県連は手を休めること無く、6月の県議選に向けて「オール沖縄」粉砕に向けた追撃を続けることが大切である。そこで重要なのは追撃の争点である。辺野古移設は仲井真前知事の埋め立て承認で既に政治決着した問題であり、政府に粛々と進めてもらうものであり、今頃議論するべきものではない。 いま、沖縄県民にとって最も重要な問題は、国連の各委員会が沖縄県民を先住民と認識して保護するべきだと日本政府に何度も勧告を出していることである。これは沖縄の未来のあり方を大きく左右し、更に政治問題を超え、沖縄県民の日本人としてのアイデンティティーを揺るがす大きな問題である。極小数の特殊な人たちを除いて、全ての沖縄県民は自らを日本人としての自己認識をもっているのであり、先住民族としての自己認識はもっていない。そうであるなら、「オール沖縄」で国連の「沖縄県民は先住民族だ」という前提の勧告に対して撤回の声をあげるべきである。その運動を沖縄自民党県連が主導して行うことが県政奪還の最短距離となるのである。 何故なら水面下に潜って本性を明かしていないが、翁長知事を誕生させた、新基地建設阻止を目的に活動する「島ぐるみ会議」の実態は、琉球独立工作組織であり、沖縄県民を先住民と認識している集団だからである。彼等は先住民特権の獲得により沖縄を日本から引き離すことを画策しており、その尖兵として翁長知事をコントロールして国連に足を運ばせているのである。彼等を潰すために直接戦う必要はない。「沖縄県民は日本人であり先住民ではない。国連は認識をあらため勧告を撤回するべきだ!」という運動を全県的に推進するだけで良い。この運動を押し進めていけば、賛同しない人たちが炙りだされ、本性を県民の前に晒すことになるであろう。その時に彼等に操られていた、翁長雄志の政治生命も終わりを告げるのである。

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    翁長氏の国連演説は沖縄マスコミを正常化させる大チャンスだ!

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部) 6月頃から可能性が報道されていたが、翁長雄志沖縄県知事は、9月21日午後5時すぎ(日本時間9月22日午前0時すぎ)、ついにジュネーブで開催されている国連人権理事会において演説を行った。まず、その全文を紹介する。<翁長知事国連人権理事会演説全文>《ありがとうございます、議長。私は、日本国沖縄県の知事、翁長雄志です。 沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を、世界中から関心を持って見てください。 沖縄県内の米軍基地は、第二次世界大戦後、米軍に強制接収されて出来た基地です。 沖縄が自ら望んで土地を提供したものではありません。 沖縄は日本国土の0.6%の面積しかありませんが、在日米軍専用施設の73.8%が存在しています。 戦後70年間、いまだ米軍基地から派生する事件・事故や環境問題が県民生活に大きな影響を与え続けています。 このように沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされています。 自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか。 日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を一顧だにせず、美しい海を埋め立てて辺野古新基地建設作業を強行しようとしています。 私は、あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟です。 今日はこのような説明の場が頂けたことを感謝しております。ありがとうございました》 極めて短い文章だが翁長知事の主張を更に要約すると次の3点になる。(1)沖縄県民は日米両政府から米軍基地を押し付けられて差別を受けている(2)その差別は(日本の先住民族である)沖縄県民の自決権(自己決定権)を侵害している(3)日本政府は沖縄に対しては民主主義も人権も平等も与えていない これはほとんどの沖縄県民の認識とは大きくかけ離れた被害妄想的な主張である。しかし、沖縄のマスコミや基地反対活動家がいつも発信している内容とほとんど変わりないため、このニュースを耳にしている沖縄の方でも一見大きな問題にはならないと思っている方が多いのではないだろうか。また、沖縄の政治に詳しい方からも、「国連には強制権が無いので心配無用」だとか「米国に行って辺野古移設阻止を訴えてもほとんど相手にされず恥を描いてきたように国連でも恥をかくだけだ。勝手にさせておけ」というような反応が多かった。しかし、それは大きな誤りである。 沖縄県民は既に国連にて先住民族だと認識されていた ほとんどの沖縄県民も日本国民も知られていない重大なことがある。それは、2008年時点には既に国連は沖縄県民を日本人ではなく日本の先住民だと認識し、日本政府に勧告を出していたということである。2008年10月30日の自由権規約委員会 第94回会期では、次のように日本政府に公式見解を提出した。32.委員会は、締約国が正式にアイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を特別な権利と保護を付与される先住民族と公式に認めていないことに懸念を持って留意する。(第27条)締約国は、国内法によってアイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を先住民族として明確に認め、彼らの文化遺産及び伝統的生活様式を保護し、保存し、促進し、彼らの土地の権利を認めるべきである。締約国は、アイヌの人々及び琉球・沖縄の人々の児童が彼らの言語であるいは彼らの言語及び文化について教育を受ける適切な機会を提供し、通常の教育課程にアイヌの人々及び琉球・沖縄の 人々の文化及び歴史を含めるべきである。 続いて、2014年9月26日、人種差別撤廃委員会は次の勧告を日本政府に出している。21.委員会は,ユネスコによる独特な民族性、歴史、文化及び伝統の承認にもかかわらず、琉球/沖縄を先住民族として承認しない締約国の立場を遺憾に思う。委員会は,沖縄振興特別措置法及び沖縄振興計画に基づく、琉球に関して締約国によってとられ実施された措置に留意するものの、彼らの権利の保護に関する琉球の代表との協議のために十分な措置がとられてこなかったことを懸念する。委員会はまた、消滅する危険がある琉球の言語を振興し保護するために十分なことが行われていないとの情報及び教科書が適切に琉球の人々の 歴史及び文化を反映していないとの情報を懸念する(第5条)。 委員会は締約国が、その立場を見直し、琉球を先住民族として承認することを検討し,また彼らの権利を保護するための具体的な措置をとることを勧告する。委員会はまた、締約国が、琉球の権利の促進及び保護に関連する問題について、琉球の代表との協議を強化することを勧告する。委員会はさらに締約国が、琉球の言語を消滅の危険から保護するために採用された措置の実施を加速させ、彼ら自身の言語による琉球の人々の教育を促進し学校カリキュラムにおいて用いられる教科書に彼らの歴史及び文化を含めることを勧告する。 つまり、国連人権理事会は翁長知事の発言を聞いて沖縄が先住民なのか日本人なのか判断するわけではなく、先住民の代表である翁長雄志知事がついに直々に国連に差別を訴えに来たという認識のもと彼のスピーチを聞いたということなのである。彼の短い言葉以外にも誤った沖縄の認識が既に頭にインプットされおり、その認識を訂正させるのはまた、それなりの働きかけが必要になるものと思われるのである。県民の知らないところで進められてきた国連での琉球独立工作谷垣禎一幹事長との会談を終え、報道陣の質問に答える沖縄県の翁長雄志知事=2015年8月6日(斎藤良雄撮影) 私は20011年頃から、「沖縄県民の知らないところで、琉球独立工作が国連を舞台に行われている」ということを雑誌に寄稿したり、講演会で警鐘を発信したりしてきた。しかし、ほとんどの沖縄県民は日本人として生きており「独立をしたい」とか「沖縄は日本の先住民族」だとか主張するような人に会うことが無いため、あまりにも突拍子もない考え方で信じがたいため当初は警戒心がなかなか広がることがなかった。しかし、2013年には琉球民族独立総合研究学界が設立し、2014年には参議院議員糸数慶子氏が国連の人種差別撤廃委員会や先住民国際会議に琉装して参加し沖縄県民は先住民族だと主張したニュースが流れ始め、それに違和感を持ち警戒心を持つ人が増えてくるようになった。2012年まではこそこそ隠れて行われていた琉球独立工作が沖縄県民の目に見えるようなかたちで進められるようになってきたのである。 そのような中、今回の翁長知事の国連演説は沖縄の政治家も強い警戒心を持つようになってきた。その結果、9月17日、翁長県知事が国連に出発する前に沖縄県議会自民党会派は翁長知事への要請行動を起こし下記の要請文を直接手渡し、国際社会に沖縄県民が日本人でなく琉球人、先住民との誤った認識を与えることがないように釘を刺したのである。その内容は翁長雄志県知事の国連演説の問題をわかりやすく浮き彫りにしているので全文を掲載する。<沖縄県として「琉球人・先住民」としての意思決定がない中で、先住民族の権利を主張する国際的な場において翁長知事が演説することに懸念し、慎重発言を求める要請 >《マスコミ報道によると、翁長知事が9月21日、22日スイス・ジュネーブで開催される国連人権理事会で演説し、また、国連NGOの主催するシンポジウムで基調報告するとのことである。 国連人権理事会は、2005年9月の国連首脳会合において設立が基本合意され、2006年3月に国連総会で採択された「人権理事会」決議により、国連総会の下部機関としてジュネーブに設置されたものである。 主な任務として   ・ 人権と基本的自由の保護、促進及びその為の加盟国への勧告   ・ 大規模かつ組織的な侵害を含む人権侵害状況への対処および勧告等がある。 翁長知事は、基地問題を中心に演説することになると思いますが、基地問題は政治の責任で、県知事を先頭に政府に交渉力で解決すべき日本の国内問題である。 9月7日の新聞報道によると、辺野古反対に対し国連側から「日本政府の適切な手続きや担当省庁と道筋を探るべきだと認識する」と文章回答が寄せられている。 この度の翁長知事の演説は、「沖縄県民は日本の先住民である」「国連は政府が琉球民族を先住民と公式に認識するように働きかけてほしい」等の要請を続けてきた団体が調整し、その主催のシンポジウムで基調報告をするとのことである。 私たち、県民は「沖縄県民であると同時に、日本人である」このことに誇りを持って生きており、沖縄県として「琉球人・先住民」としての意思決定がない中で、先住民として権利が侵害され、あるいは、先住民として差別されていることについては違和感がある。 沖縄県では、戦後70年にわたり、琉球人あるいは先住民として認定する県民運動は発生していない。 今、沖縄県は、日米安全保障条約のもとで、国防のために、米軍基地が集中しており、過度な基地負担を軽減することについては、政府、沖縄県の共通認識のもとに解決に向け取り組まれているところである。 その中で、今回の翁長知事の演説によって、県民の代表である県知事が「先住民や琉球人」への差別と世界に誤ったメッセージを送ることを危惧するものである。 翁長知事には、県民の総意として「沖縄県民であり日本人である」このことを念頭において  (1)沖縄県では、先住民や琉球人の認定について議論がなされていない。  (2)基本的に基地問題は、沖縄県と政府の日本国内の政治問題であること。に留意されると同時に、今回の演説、基調報告によって国際社会に誤解を与えることがないように慎重発言を要請する。平成27年9月17日沖縄県議会 自民党》日本の民主主義を破壊する国連NGOのロビー活動日本の民主主義を破壊する国連NGOのロビー活動 知事の国連人権理事会での演説に先立ちシンポジウムが開催され、翁長知事は20分ほどスピーチを行った。そのシンポジウムは、「市民外交センター」「反差別国際運動」が主催している。この2つの団体こそが沖縄県民の知らないところで、「沖縄県民は先住民だ」と働き続け国連に日本政府に勧告を出させた張本人である。市民外交センターの代表は自らシンポジウムでスピーチを行い、琉球国はかつて独立国だったがその自己決定権を日米両政府に無視されてきたということを偏った認識の歴史経緯を含めて主張している。 ここで重大な問題がある。沖縄県民でもなく、沖縄県民に選ばれた代表でも無い人物が沖縄県の未来に重大な影響を与える場であたかも代表であるかのように発言していることである。そして、その活動が実際に国連に誤った認識を与え修正するのも大変な状況にまで持ち込まれてしまったことである。本来沖縄の未来が託されているのは沖縄県民の選挙によって選ばれた沖縄の政治家である。その政治家が全く知らないところで、「沖縄県民は先住民である」と国連に訴え続けてきた人たちがいるのである。更に問題なのは、沖縄県議会自民党会派が翁長知事に提出した要請文にかかれているように、「沖縄では、戦後70年にわたり、琉球人あるいは先住民として認定する県民運動は発生していない」。議論すら行われたことが無いのである。一体何の権限があって沖縄の未来を自らの妄想に浸って弄んでいるのか? 沖縄県民に対する最大の侮辱である。沖縄人先住民認定の意図 沖縄県民が先住民族だと認定されることについて、日本人の誇りを傷つけられるもしくは傷つけられるような違和感を感じる沖縄県民の方がほとんどだと思うが、中には「アイヌ民族と同じで困ることが無ければそれでもいいではないか」という方がいるかもしれない。それは、国連NGOが沖縄県民を先住民族と認定させることにこれだけこだわる本当の理由を知ることが重要である。 反差別国際運動が2012年に国連人種差別撤廃委員会に提出した要請書の最後に重要な要請項目が書かれている。「日本政府が琉球沖縄人を先住民として正式に認識し、ILO169号を批准し励行することを要求すること」という一文である。ILO169号の正式名称は「独立国における原住民及び種族民に関する条約」である。この条約を日本政府に批准させるのが最終目的だと私は見ている。なぜならば、この条約には、先住民に対して土地の所有権及び占有権を認める条文や天然資源に対する権利を特別に保護する条文があるからだ。つまり、彼等の本当の目的はこの条文を根拠に米軍基地を撤去させ、沖縄の資源を日本から奪うことにあるのであり、琉球の人権などはどうでも良いのである。当然その背後には、北京や平壌の存在があり、条約批准後も翁長知事はそのリモコン操作によって日本政府と対立した行政を行うことになっていくであろう。先住民認定危機の最大の回避策は沖縄県民の声 では、このように崖っぷちに置かれた沖縄はどのようにして危機を脱出したらよいのか。そのヒントもILO169号にあった。第一条でこの条約の適用範囲について定義されている。--------------------------------------------------第 一 条1 この条約は、次の者について適用する。 (a) 独立国における種族民で、その社会的、文化的及び経済的状態によりその国の共同社会の他の部類の者と区別され、かつ、その地位が、自己の慣習若しくは伝統により又は特別の法令によって全部又は一部規制されているもの (b) 独立国における人民で、征服、植民又は現在の国境の確立の時に当該国又は当該国が地理的に属する地域に居住していた住民の子孫であるため原住民とみなされ、かつ、法律上の地位のいかんを問わず、自己の社会的、経済的、文化的及び政治的制度の一部又は全部を保持しているもの2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。-------------------------------------------------- 詳細主張論拠はわからないが、国連NGOは琉球人は上記条文の(a)か(b)に該当すると主張していることがわかる。そのために、本来沖縄は琉球国ができる前から、DNA的にも信仰的にも文化的にも日本人と同じでもあるにもかかわらず、「独自の文化を持つ独立国だった」とか、本来は日本の方言であることが明らかであるにもかかわらず、「独自の言語である琉球語を失った。」と何度も同じ嘘を発信しつづけているのである。この歴史、考古学的議論は一つ一つ反論することは非常に骨が折れる。しかし、その反論をすることなく先住民族であることを明確に否定できることが書かれていた。「2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。」とい一文である。(a)と(b)には種族民、先住民の定義が書かれているが、この条約を適用するかどうかを決める基準は歴史的事実ではなく自己認識だという。翁長知事がオール沖縄という言葉を使って日本政府と対立させたり、「イデオロギーではなくアイデンティティーで団結」という言葉を多用したのは、日本人と自己認識を見せる演出だったことがこの条文により明らかになった。   では、沖縄県民には原住民や先住民としての自己認識をもっているのであろうか?どれだけ謙虚に考えても99%以上の沖縄県民は自分を日本人として認識している。よって、沖縄県民はこの条約の適用範囲では無いということはあきらかである。そうであるなら、2008年に国連の自由権規約委員会が2014年には国連人種差別撤廃委員会が日本政府に対して、沖縄県民を先住民と認定して、文化・言語の保護促進と土地の権利を認めるよう勧告を出したことは明確な誤りだということだ。要は、国連の勧告を取り消させるためには沖縄県民から国連に対して (1)沖縄県民は日本人としての自己認識をもっているのであり種族民、先住民としての自己認識は持っていない(2)日本政府への勧告は誤りである(3)国連は早急に勧告の撤回を要求すると要請すれば簡単に解決できるということである。国連に送る文書は、英文で書く必要がるが最も効果的な送り先は、国連の人権高等弁務官だ。住所は以下に示す。<住所:国連人権高等弁務官 ザイド・フセイン(ヨルダン王子)>HRH Price Zeid Ra'ad Al HusseinUnited Nations High Commissioner for Human RightsPalais des NationsCH-1211 Geneva 10Switzerlandメールアドレスで事務所送ることも出来る。<一般の問い合わせ国際連合人権高等弁務官事務所>InfoDesk@ohchr.org まずは、沖縄県民一人ひとりが沖縄県民は先住民ではなく日本人だという声をあげ、国連へ伝えることが重要である。次に、沖縄県議会、各市町村議会などで意見書を可決して国連に提出することだ。その際、反対する議員が数名現れる可能性があるが、それは日本人でない政治家の本性をあぶり出す踏み絵になるので沖縄の政治を清浄化するには有効であると考える。 沖縄の政治マスコミ正常化への反転攻勢の大チャンス 私は今回の翁長知事の国連演説は沖縄の政治・マスコミの正常化への反転攻勢への最大のチャンスだと捉える。多くの沖縄県民は自らを日本人と考え日本人の一員として甲子園にも参加しオリンピックもワールドカップも応援している。ゆめゆめ、琉球人だが他に応援する国が無いからしょうがなく日本代表を応援しているという人は存在しない。頭のてっぺんからつま先まで日本人なのである。それにもかかわらず、琉球人を先住民だと国連に働きかけ、沖縄県民を地獄の底に突き落とそうとしてきた犯人を沖縄県民である私たちは看過するわけにも許すわけにもいかない。そして、それに加担して国連で演説を行った翁長知事も決して許すわけにはいかない。国連NGOが県内での議論やコンセンサスをつくる民主主義プロセスを一切無視して国連に働きかけた暴挙を許す訳にはいかない。 これから、本当のオール沖縄と本当のオールジャパンで団結して力を合わせ、市民外交センター、反差別国際運動、島ぐるみ会議が水面下で進めてきた国連へのロビー活動を白日のもとに晒し、彼等には沖縄県民140万人が納得するようにしっかりその顛末を説明していただきたい。方法は県議会で追求する方法や沖縄の市民団体が要求するなどいろんな方法があるだろう。この行動こそが、地下に潜って沖縄問題を作り上げてきた根っこを除去することになるのだ。

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    沖縄・翁長知事の国連演説は本当にヤバい

    仲村覚(沖縄対策本部) 約7年前から沖縄問題に取り組んできた私は今、沖縄の歴史という、自分の経歴とは無関係で不相応な大きなテーマに大きく足を踏み込んでしまっている。日本は「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」、「強制連行」といった歴史捏造により中国、韓国から「歴史戦」を仕掛けられている。しかし、私から見れば日本最大・最重要な歴史戦は沖縄の歴史戦である。他の二つの歴史戦は日本人の誇りを失わせ自主防衛を阻止するカードとして使われているが、沖縄の歴史捏造プロパガンダは、日本民族を分断し滅亡させるカードとして使われているからである。そして、この問題は日本民族全体の問題であり最大の危機だが、沖縄の歴史を取り戻し、根の深い沖縄問題を解決した時にこそ、日本民族は、強くて団結力のある世界のリーダーとして復活すると確信している。市民団体が国連演説を手引き沖縄県の翁長雄志知事(右)との会談を前に握手を交わす安倍晋三首相=2015年9月7日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 沖縄の地方紙では翁長雄志知事が9月14日から10月2日にわたってスイスのジュネーブで開かれる国連人権理事会に参加し辺野古移設について演説をするという報道がなされた。 普天間飛行場の辺野古移設は日米間の国防外交政策である。一地方自治体の首長が国防外交問題を国連に訴えることはありえないしあってはならない。しかし、不可解なことに、翁長知事は「辺野古移設」をテーマにこれを阻止するための演説をするというのだ。それを実現するために積極的に動いているのは沖縄県庁ではない。国連NGOという民間団体である。《スイスのジュネーブで9月14日~10月2日の日程で開かれる国連人権理事会で、翁長雄志知事が辺野古新基地建設問題について演説するための見通しがついたことが22日、分かった。 知事の国連演説は新基地建設阻止を目的に活動する「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」が複数の国連NGOの協力を得て準備してきた。島ぐるみ会議によると知事の日程調整はこれからだが、開催期間中の9月21日か22日を軸に登壇できる方向で調整している。 翁長知事は当選後、国連への働き掛けに意欲を示しており、演説が実現すれば知事が新基地建設問題の解決を広く国際世論に喚起する場となりそうだ。 今回、国連との特別協議資格を持つ国連NGOの「市民外交センター」が島ぐるみ会議などからの要請を受け、人権理事会での発言時間を翁長知事に貸与する意向を示している。国連との特別協議資格を持つNGOが他者に発言時間を貸すことは日常的に行われており、可能だという。 同センター代表の上村英明恵泉女学園大教授は「人権問題を扱う国連人権理事会で翁長知事が発言すれば、新基地建設に反対する県民の総意と理解され、日米両政府にプレッシャーを与えられるだろう」と述べ、知事が国連で演説することの意義を強調した。 島ぐるみ会議は翁長知事の人権理事会での演説に向け、同じく国連NGOの「反差別国際運動(IMADR)」と調整してきた。今回、IMADRが人権理事会との日程調整を担当し、市民外交センターが発言時間を貸す方向になった…》(琉球新報7月23日) 県庁の知事公室の秘書にこの件について尋ねて見たが「それは島ぐるみ会議が進めていることで県庁は何も知らない」という回答だった。島ぐるみ会議は翁長知事の推薦団体だが、県庁側がほとんどノータッチのまま民間に過ぎない市民団体が首長を動かし、海外日程の調整を行っているというから驚きだ。勝手に先住民族扱いするな! 知事に発言時間を提供する国連NGOは一体どんな団体なのか。記事には「市民外交センター」「反差別国際運動」など沖縄ではあまり馴染みのない団体が次々と登場する。 その団体が2013年に開催したイベントチラシを見ると「とどろかせよう! アイヌ、沖縄・琉球の声 世界に認められた先住民族の権利をもとに」「STOP! レイシズム なくそう! 日本の人種差別 集会シリーズ」とあってこう記されていた。《二〇〇七年、先住民族の権利に関する国連宣言が採択され、翌年には日本政府がアイヌ民族を日本の先住民族と認めました。現在アイヌ文化の保護促進の取り組みがなされているものの、民族の権利回復は遅々としてすすんでいません。また、「沖縄/琉球民族は先住民族だ」という主張に関して日本政府は国連の勧告にもかかわらず、認めていません…》 確かに2008年にアイヌ、琉球という少数民族を保護すべきだとした国連勧告が出されたことはあった。日本政府はアイヌ文化を保護する文化振興法を制定させたが、琉球民族を少数民族、先住民族とは認めていない。チラシはそのことを批判している。 ただ、沖縄で生まれ育った日本人である私にとって驚きなのは私の知らない間に県外の団体に勝手に沖縄県民が先住民族にされてしまっていることだ。ほとんどの沖縄県民は「自分は日本人」だと思っている。自分たちが知らないところで先住民族扱いをしたこのような集会が東京で開かれていることを知ったら激怒することは間違いない。 実は反差別国際運動とは部落解放同盟の呼びかけで発足した国連人権NGOなのだ。東京事務所は部落解放同盟中央本部と同一住所で、新聞記事にある様々な団体はいずれも反差別国際運動と連携しながら活動しているグループである。 反差別国際運動は遅くても2012年以降、米軍基地が先住民族である琉球民族の人権を侵害し、差別をもたらす存在と主張してきた。今年6月には「沖縄県民の人権が辺野古新基地建設計画によって脅威にさらされていることを懸念する。人権を守るために抗議する人々が警察や海上保安庁の暴力の対象となっている。日本政府に対しこのような暴力を控え、沖縄の自己決定権を尊重するよう要請する」などと訴えた声明を国連人権理事会に提出している。 彼らによれば、沖縄の基地問題は、先住民族である琉球民族の権利を侵害する人種差別なのだ。そう主張し続けてきたNGOがお膳立てし、時間枠まで譲ってもらって翁長知事は辺野古移設反対の演説をするというわけである。国連からすれば、先住民族の代表が「米軍基地押し付け差別」を訴えにやってきたことになる。 ではなぜ部落解放同盟が背景にいる反差別国際運動が沖縄の基地問題―一見、差別とは縁遠いように思える―にコミットするのか。それは1970年代のはじめに台頭してきた新左翼の「窮民革命論」という理論を引き継いでいると考えられる。左翼の教科書通りに考えれば革命というのは本来、労働者階級が担うものである。労働者になれない「窮民」というのは生きることで精一杯で革命への情熱や思い入れ、意欲にも乏しくなりがちだ、と考えられて来た。下手をすると反革命の温床にすらなり得る存在とされてきたのだ。 ところが竹中労、平岡正明、太田竜といった「世界革命浪人(ゲバリスタ)」を名乗る新左翼活動家は「窮民革命論」を提唱し、注目を集める。一般の労働者は高度経済成長で豊かな暮らしが謳歌でき、革命への意欲を喪失してしまった。つまり労働者階級では革命の主体にはなりえない。逆に疎外された窮民こそが革命の主体となりえるという理屈がたてられた。窮民の具体例として挙げられているのはアイヌ民族、日雇い労働者、在日韓国人、朝鮮人、沖縄人など。窮民のオルグを図って彼らを取り込むことで活路をひらき、革命への足がかりを築こうというのだ。 太田竜は自著『再び、辺境最深部に向って退却せよ!』で、約百年前に編入されたばかりの「新附の民」であるアイヌ民族や沖縄人には、まだ「数千年来の皇国の精神」が宿っておらず反日闘争の志操堅固な活動家(世界革命浪人)を生み出す貴重な人材源になりうると述べている。しかし、これほど沖縄県民をバカにした理論はない。要は沖縄を救済するかのごとく近づきながらも沖縄県民を内心で「窮民」と見下し、最終的には日本解体の先兵に利用しようと画策していることになるからだ。悲しいことに、既に翁長知事は窮民革命の先兵となってしまっているように見える。自己決定権獲得運動の意図自己決定権獲得運動の意図 沖縄の新聞では「沖縄の自己決定権」という言葉がよく目にとまる。沖縄のことは沖縄が決める権利という意味で使われ、大半の県民は漠然と地方自治体の裁量の拡大程度の話と思っている。しかし、実際はその程度の話ではない。 沖縄の新聞・左翼が主張している「自己決定権」とは、国連人権憲章で謳われている「全ての民族は自決権を有する」という条文を根拠としている。ここでいう自決権の主体は、オースラリアのアボリジニ民族のような侵略された先住民族を想定している。沖縄県民は日本人であって、国連のいう「自己決定権」を行使できる主体にはなり得ない。しかし、万一「沖縄県民が先住民である」と国際的に認識された場合、全く話は違ってくる。琉球民族は日本に植民地支配された先住民族で現在は日本に同化され独自言語・文化を奪われ差別を受けているとみなされれば、「沖縄」は自己決定権を行使できる主体になってしまう。 何故、彼等は沖縄県民の先住民族認定にこだわるのか。それは反差別国際運動が国連に働きかけてきた内容を見ればある程度、その意図が見えてくる。2012年3月に国連人種差別撤廃委員会に出した要請書には「日本政府が琉球・沖縄人を先住民族として正式に認識して、ILO169号を批准し、履行することを要求すること」とある。 ILO169号とは正式名称を「1989年の原住民及び種族民条約」という。日本は批准していないが、批准するとどうなるのか。その条文の中から日本の国家主権に重大な影響を与える土地に関する部分を紹介する。《第二部 土地第十三条1 この部の規定を適用するに当たり、政府は、関係人民が占有し若しくは使用している土地若しくは地域又は、可能な場合には、その双方とこれらの人民との関係が有するその文化的及び精神的価値についての特別な重要性並びに、特に、その関係の集団的側面を尊重する。2 第十五条及び第十六条の「土地」という用語の使用には、関係人民が占有し又は使用している地域の全体的環境を包括する地域の概念を含む。 第十四条1 関係人民が伝統的に占有する土地の所有権及び占有権を認める。更に、適切な場合には、排他的に占有していない土地で、関係人民の生存及び伝統的な活動のために伝統的に出入りしてきた土地を利用するこれらの人民の権利を保証するための措置をとる。このため、遊牧民及び移動農耕者の状況について特別な注意を払う。2 政府は、必要な場合には、関係人民が伝統的に占有する土地を確認し並びにその所有権及び占有権の効果的な保護を保証するための措置をとる。3 関係人民による土地の請求を解決するために国の法制度内において適切な手続を確立する。第十五条1 関係人民の土地に属する天然資源に関する関係人民の権利は、特別に保護される。これらの権利には、当該資源の使用、管理及び保存に参加するこれらの人民の権利を含む。2 国家が鉱物若しくは地下資源の所有権又は土地に属する他の資源に対する権利を保有する場合には、政府は、当該資源の探査若しくは開発のための計画を実施し又は許可を与える前に、当該地域の関係人民の利益が害されるか及びどの程度まで害されるかを確認するため、これらの人民と協議する手続を確立し、又は維持する。関係人民は、可能な限り、このような活動の利益を享受し、かつ、当該活動の結果被るおそれのある損害に対しては、公正な補償を受ける》 米軍基地において先住民族の請求や権利は擁護され、仮に天然資源が見つかっても、先住民族との協議が不可欠となる。要は琉球民族特権という新たな巨大な特権ができるということだ。尖閣諸島におけるガス田、油田開発やレアメタルなどでもそうしたことが現実に起こりうる。結局、琉球民族の許可なくして日本政府は資源の発掘ができなくなるということである。更に中国は、自国の利益になるように沖縄県知事及び沖縄県を巧みにコントロールすることは間違いない。結局、「沖縄の自己決定権の回復」とは、中国に沖縄を自由にコントロールするリモコンを渡すようなものである。「日本民族は異民族」とする国会議員 実際に「沖縄の自己決定権の回復」を国連に訴えた国会議員がいる。沖縄社会大衆党委員長の糸数慶子氏だ。彼女は昨年の8月と9月に国連の人種差別撤廃委員会、先住民族国際会議に琉球民族代表として在日米軍基地の駐留とそれに伴う土地の接収、それらが異民族である日本と米国による歴史的な差別と報告し、自己決定権の回復が重要と主張している。彼女は9月2日に開催された帰国後の速報記者会見で次のように述べている。《この琉球の人々が、日本政府に―やはり祖国琉球王国の滅亡(からはじまり)―今なお継続されている差別的な土地の強制接収なんですね。 そしてこれが実は米軍―これは沖縄の人々に土地を提供しないように強くずっと求めてきているのですけれども―それは土地の強制的な戦後の接収から今日に至る。 沖縄県民の八割以上が辺野古に新しい基地をつくらせないという、県民がそういう思いを持っていることをまったく無視して、土地を奪われて、海を奪われて、さらにそこに住んでいる絶滅の危機に瀕する生物すら無視して、新しく基地を埋め立ててつくろうとしていること、そのことに対する県民の怒りというのがあるわけです。 ですから私たちは、一八七九年以来―百二十八年間です。これは日本政府に百一年間、アメリカに二十七年間、異民族支配のもとに領土の支配と差別的な土地の強制収容に対してウチナンチュ(沖縄の県民、琉球の民衆)は、やはり自己決定権の回復を今強く望んで、この会議に参加をしたわけです。 ウチナンチュのことはウチナンチュで決めていくという、そういうことに、私たちは今行き着いています…訴えていきたいと思います。自己決定権の回復を目指して、頑張っていきたいと思います。ありがとうございました》 糸数議員は、米国のみならず日本までも異民族と明言していることに注意したい。琉球が「独立国」として500年の歴史があったことや琉球諸語がユネスコで独自の言語として認められている、などと強調したそうだ。彼女を国連に送り出したのは反差別国際運動を中心とした枠組みであり、それと同じ枠組みで次は翁長知事を送り込もうとしているのである。 これで「沖縄の自己決定権の回復」というスローガンの恐ろしさが見えて来たと思う。沖縄県民に対しては、「日米両政府に辺野古移設の中止をお願いしても叶わない今、沖縄のことは沖縄で決める自己決定権の回復が必要であり、翁長知事の国連演説がその切り札だ」と扇動しながら、国連では米軍基地の押し付けは、先住民族である琉球人への差別だと訴え、日本政府に沖縄県民を先住民族と正式に認定して条約を批准するよう要請しているのである。このように、「先住民族認定」という沖縄県民の国際的地位も運命も左右する重大な事を沖縄県民に完全に隠して進められているのである。つまり、沖縄県民を巧みに騙して扇動し、沖縄の米軍基地問題を国際的先住民族の人権問題にエスカレートさせる工作が進められているのである。もし、これに成功すると、国連が沖縄の米軍基地問題に口を出してくることになる。そうすると、沖縄の基地反対運動は国際的には琉球独立運動と認識されることになるのである。以上、様々な事例を説明してきたが、1970年代の「窮民革命」という日本民族解体の新左翼理論が現在は、国連のアイヌ、琉球の先住民認定と沖縄県での自己決定権回復運動として展開していることが見えて来たと思う。中国と琉球独立派のシンクロぶり中国と琉球独立派のシンクロぶり 次に、中国の沖縄を巡る主張を追っていくと、見事に沖縄の独立派の動きとシンクロしているのが見えてくる。2013年5月12日。中国の人民網日本語版に「琉球問題を掘り起こし、政府の立場変更の伏線を敷く」と題した社説が掲載された。《中国は3つのステップで「琉球再議」を始動できる。 第1ステップは琉球の歴史の問題を追及し、琉球国の復活を支持する民間組織の設立を許可することを含め、琉球問題に関する民間の研究議論を開放し、日本が琉球を不法占拠した歴史を世界に周知させる。政府はこの活動に参加せず、反対もしない。 第2ステップは日本の対中姿勢を見た上で中国政府として正式に立場を変更して琉球問題を国際的場で提起するか否かを決定する… 第3ステップは日本が中国の台頭を破壊する急先鋒となった場合、中国は実際の力を投じて沖縄地区に「琉球国復活」勢力を育成すべきだ。あと20―30年後に中国の実力が十分強大になりさえすれば、これは決して幻想ではない。日本が米国と結束して中国の将来を脅かすなら、中国は琉球を離脱させ、その現実的脅威となるべきだ。これは非常にフェアなことだ》 すでに第1ステップにある民間組織は許可されている。香港の新聞「デイリーアップル」に2011年1月17日、「中華民族琉球特別区援助籌委会(設立準備委員会)成立公告」なる公告が掲載された。 2013年5月15日には、沖縄に「琉球民族独立総合研究学会」が設立された。糸数氏に続き、翁長知事が国連で沖縄統治の不法性を発信することも現実になりつつある。こうした中国側が描いたシナリオと平仄があうように事態は進んでいるように思える。 設立された研究学会は昨年12月に琉球人への差別問題や自己決定権確立などを国連に直接訴える活動を今年度から始めることを決議。今年2月には1879年の琉球処分が「独立国だった琉球国に対する武力強制併合で国際法違反は明らかだ」と外務省に抗議し、日本政府に謝罪を求め「琉球の植民地支配の即時停止」を要求する事態も起きている。 中国では独立学会設立のニュースは大々的に報じられた。環球時報は設立の翌16日に「中国の民間は『琉球独立研究会』を支持するべきだ」と社説を掲載。CCTVも「中国は琉球の帰属を見直す」と題した特集を組み「沖縄は日本に属さない」「琉球人民の独立運動」に「日本はパニック」に陥っているなどとする特集番組を放映している。沖縄の一連の動きを独立に向けた動きととらえている。中国の主張のよりどころ 2013年9月25日、中国政府は「釣魚島白書」を公表している。そこで「世界反ファシズム戦争の勝利の成果を守ると宣言し、日本政府は日清戦争前に釣魚島を盗み取り、沖縄返還協定で日米間で不正に施政権を授受したが、釣魚島は『カイロ宣言』『ポツダム宣言』『降伏文書』『日中共同声明』に基づき台湾とともに中国に返還されるべきである」と主張している。 ここで重要なのはカイロ宣言だ。カイロ宣言はこうなっている。《同盟国の目的は1914年の第一次世界戦争の開始以後に日本が奪取しまたは占領した太平洋におけるすべての島を日本国から剥奪すること、並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。日本国は、また、暴力及び強慾により日本国が略取した他の全ての地域から駆逐される》 ポツダム宣言第8条には冒頭、「カイロ宣言の条項は履行されるべき。日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに吾等の決定する諸小島に限られなければならない」とある。 さらに日中共同声明の「日本国政府は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と認める」「日本国政府は…ポツダム宣言第8条に基づく立場を堅持する」とある取り決めに基づき、清国から盗取した尖閣諸島を我々に返せ―という論理構成を取るのだ。この白書が発表された2013年時点では、尖閣諸島のみの領有を主張しているが、既にネットや新聞記事、TV番組などではこれと同じロジックで琉球の主権を主張している。この流れを見ると、2013年に釣魚島白書で仕掛けた国際法律戦の主権の主張範囲を沖縄全体に拡大できるように、以降の沖縄工作は進められているように見える。沖縄県民が国際的に先住民族だと認められれば、「明治以降の日本の沖縄統治はファシズム国家日本による侵略だ!」と説明しやすくなるからだ。9月3日に中国政府が開催する「反ファシズム戦争勝利70周年記念パレード」以降、中国政府が「日本は過去の侵略を反省したなら、カイロ宣言、ポツダム宣言を順守して琉球の主権を放棄せよ」と言い出す可能性も低くないと見ている。その時期は国連工作と沖縄の自己決定権回復工作の成功の可否により決まると私はみている。 問題は日本国の政府である。日本政府の公式見解は「琉球民族=先住民族、少数民族」という主張を一応否定しているが「沖縄についてはいつから日本国の一部であるかということにつき、確定的なことを述べるのは困難である」というのだ。 昨年7月11日に琉球新報が1853年に締結された琉米条約を根拠に1879年の琉球処分が国際法上不当だというキャンペーン記事を掲載した。その際、琉球新報は、外務省にそれに対する見解を問い合わせたが、外務省は「確定的なことを述べることは困難である」と述べるにとどまった。琉球処分の不当性を挙げて沖縄統治の正当性を否定する相手に「沖縄はいつから日本だったか分からない」と言っているのだ。これでは「もしかすると、侵略したかもしれない」と答えているに等しい。 一般に広く知られていないが実は、日清戦争前に日本政府と清国政府との間に琉球の主権をめぐって論争が起こり、清国は今の中国メディアと全く同様の主張をし、帰属を主張したことがあった。しかし、当時の外務大臣、井上馨は「西暦七〇〇年代より南島の朝貢を受け、日本がこれを管治した。琉球国王は日本の後胤である。明や清との朝貢冊封は虚礼だった」と明快かつ毅然と清国に主張しており、これが政府の公式な外交文書として残っているのだ。この文書を読むと明治12年に日本政府は戦争をも辞さない覚悟で沖縄の領有を毅然と主張したことがわかる。 それに比べて、今の日本政府の主張はあまりにも及び腰である。また、「沖縄がいつから日本なのか」という質問に対して、明治12年の見解と現在の見解が不一致して良いわけがない。政府は今すぐにでも、明治12年の見解に戻すべきであり、もし現在の学術にそぐわない点があれば、有識者の智慧を結集して国家主権を守ることができる見解に修正するべきである。とにかく、日本政府の中国の沖縄分断工作に関する警戒心が乏しいことは残念である。沖縄は歴史戦の戦場である これまで述べたように沖縄の歴史プロパガンダは、壮大な嘘の積み重ねと工作が展開されてきた。調べたところによると沖縄の歴史捏造は1960年代後半より行われており、その裏には毛沢東の姿が見える。南京虐殺・従軍慰安婦プロパガンダより歴史が長く成功しており騙され続けてきたプロパガンダだといえる。これから日本民族は、存亡のかかったこの歴史戦と対峙していかなければならない。しかし、冒頭で述べたように私は前向きに捉えたい。沖縄問題の解決こそ、日本民族復活の鍵だと私は確信している。沖縄の本当の歴史を取り戻すことこそ、団結した日本民族を復活させ、世界のリーダーたる日本の再建に繋がるのである。なかむら・さとる 昭和39年、那覇市生まれ。埼玉県在住。昭和54年、陸上自衛隊少年工科学校(横須賀)入校、卒業後の航空部隊に配属。平成3年退官。複数の企業勤務を経て平成21年、日本は沖縄から中国の植民地になるという強い危機感から民間団体「沖縄対策本部」を設立し活動中。著書に『そうだったのか!沖縄』(示現社)。