検索ワード:呉善花/49件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    日本人はなぜ自国の歴史を教わらないのか

    ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士)呉善花(拓殖大学教授)ケント 日本人が他国によるプロパガンダに弱い原因は、学校教育のなかで自国の歴史や文化をきちんと教えていないことが大きい。自虐史観を植え付け、自尊心を奪うような教育ばかりを日本ではしていますからね。 こうした現状をなんとかしたいと思った私は、日本人に日本とは何かを改めて知ってもらう必要があると考え、『ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人』(PHP新書)を書きました。 じつは本書では「愛国心」ではなく、「母国愛」という言葉を使いたかったんです。というのも、日本では「愛国心」というと、その言葉だけで右寄りというか、ネガティブな印象があるからです。ただ、「母国愛」という言葉はそこまで一般的ではないので、「愛国心」としました。 どちらの言葉を使うにせよ、国を愛するのは、母を愛するのと同じように普遍的な行為だと、この本で知ってもらいたかったのです。呉 私が日本に来たのは34年前ですが、「愛国」や「愛国心」という言葉が何か怖い印象で捉えられていたことには驚きました。韓国ではそれらの言葉は当り前のように使われていたからです。 当時の韓国で「愛国」というと、ほぼ自動的に「反北朝鮮」「反日」の感情が浮かんでくるところがありました。そして現在では「反北朝鮮」の感情がなくなって、「反日感情」だけが残っている。韓国の「愛国」は日本という憎む対象がまずあって、それによって支えられているといっても過言ではありません。 一方、日本人はあまり愛国心を表現しませんが、故郷のお国自慢は大好きですね。日本の地方に講演にいきますと、「こんなにお酒がある」「こんなに景色のすばらしいところはほかにありません」などと、一生懸命に「お国」自慢をしてくれます。日本人はつねに忘れ難きふるさとを心に抱いて生きている、愛郷心ですね。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) じつは愛郷心こそが愛国心のベースをなすものです。この古くからあるベースだけは失われていない。韓国人の愛国心にはこうしたベースがないんです。宙に浮いている。 また、「ふるさと」という言葉を聞いて日本人が思い出すのは、いつも母のことではないでしょうか。その点、ケントさんが「愛国心」とは「母国愛」のことだというのは、なるほどと思いました。「愛国心」とは「母国愛」のことケント ありがとうございます。前掲の拙著を読んで、30代の男性から6回も泣きました、という手紙ももらいました。本書では日本の歴史や伝統について、私がいちばん述べたいことを書いたつもりです。 他方、私たちアメリカ人は、世界中のあらゆる国から集まった国民です。これをどうやってまとめているかというと、星条旗です。幼稚園のときから、学校でいちばんの行事は、胸に右手を置いて起立し、アメリカ合衆国の象徴である星条旗に忠誠を誓うことです。I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.(私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います) 私はこれを死んでも忘れません。幼稚園のときから毎朝、唱えていましたからね(笑)。 では、日本の学校で何をしているか。歴史の時間になると先生から「君たちのお父さん、おじいさんたちは、中国や韓国に対して非常に悪いことをした。いつまで反省し、謝らなければならない」と教えられる。アメリカで教師がこんな教育を続けていれば、すぐにクビですよ。 日本の教師の中には、日の丸を戦前日本の軍国主義の象徴とみなす人もいるでしょう。それは一つの意見かもしれませんが、なぜ特定の個人思想を子供たちに押し付けるのか。それは国の方針ではありません。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 君が代を歌いたくないという教師もいるかもしれない。だからといって、子供たちに教えないというのは論外です。指導要領に反していますからね。 私が日本の親たちに提案したいのは、一度子供たちの学校の授業を見学し、もし反日的な教育が行なわれていたならば、大問題として世に提起すべきだということです。そうやって親たちが自ら積極的に動かなければ、日本の自虐的な偏向教育はけっして是正されないと思います。祖国を愛せない人間は不幸ケント ご存じのとおり、日本では学校だけでなく、マスコミも反日思想を熱心に植え付ける元凶になっています。国旗や国歌に敬意を示すのは、とんでもないという発想です。 私がそれを再認識したのは、2016年8月9日のことでした。この日は前夜からリオ五輪をテレビ観戦していたのですが、男子体操の団体総合決勝で日本のチームが3大会ぶりの金メダルを見事に取った。朝4時を回っていましたが、眠たいのを堪えて観戦していてよかった(笑)。表彰式のあと、表彰台で「君が代」がどんなふうに聞こえたか、という記者の質問に対し、内村航平選手はこんなふうに答えていました。「声が裏返るまで歌ってやろうと、みんなで言って、すごくゆっくり流れたので、ちょっと歌いづらかったですけれど、すごくみんな大きな声で歌えてよかったと思います」 もし私が新聞記者だったら、これを記事の見出しにしましたよ。ところが、内村選手の君が代に関する発言を取り上げたのは、新聞では『産経新聞』だけでした。NHKは生放送時には当然放映しましたが、その後、このシーンを二度と流さなかった。他の民放も同様です。五輪で優勝した彼らが、一生懸命に君が代を歌ったというのは、普通の日本人なら誰もが感動するいい話じゃないですか。その部分をあえて無視するなんて、日本のメディアはほんとうにおかしい。異常だと思います。呉 日本の学校では日の丸や君が代の意味や成り立ちを教えていませんからね。それどころか、日本の歴史や文化に関する基礎的なことすら教えていない。現在、私は拓殖大学の国際学部で日本の歴史と文化を教えています。学生の受講者がいちばん多い選択科目となっていますが、講義を重ねるうち、だんだん学生が引き込まれていくのを感じます。目がキラキラして、私語一つ聞こえない。毎回、レポートを書かせるのですが、A4用紙の裏までびっしりと感想を書いてくれる学生もいます。 とても興味深かったレポートがあります。ある学生は親の勧めで高校時代に英語の勉強のためにカナダに留学していたのですが、日本人としての迷いが生じると同時に、生きる自信をなくしてしまった。大学入学後、今度は宗教的体験を求めてインドまで行ったそうですが、ますます自分がわからなくなり、ついに鬱病を発症してしまった。 しかし、その学生はなんとか大学に戻り、私の講義に出ているうちに気分が明るくなってきて、自分はやはり日本人だったんだ、これからどう生きればいいのかわかりました、とレポートに書いてくれたんです。 このようなレポートを読んで感じたのは、日本人がいかに高校まで日本のことを学んでいないか、またいわゆる自虐的な教育が子供たちをいかに傷つけているかです。まさにケントさんがいわれるとおりです。ケント 祖国を愛せない人間は、祖国を愛している人間に比べたら、間違いなく不幸でしょう。それは、自分の親を愛したり、尊敬できない子供が、それを当たり前にできている子供と比べると、間違いなく不幸であることと同じです。 間もなく総選挙が行なわれます。北朝鮮によるミサイル危機が本格化するなか、「愛国心」を基準に行動している政治家、政党を見極めることが、日本にとっていまほど問われている時期はないかもしれません。関連記事■ 日本は素晴らしい歴史のある国なのにどこかヘン■ 呉善花 北朝鮮問題で韓国の出る幕はない■ ケント・ギルバート 日本は自主憲法を制定すべきである

  • Thumbnail

    記事

    慰安婦像撤去拒否ならハノイ韓国大使館前にライダイハン像を

    度合いを強めることが確実な韓国は、慰安婦像の増設を加速させるだろう。日本が取るべき策は何か。評論家の呉善花氏は、ベトナム戦争が材料の一つになるだろうという。* * * 反日を強める韓国では、慰安婦像が撤去されないどころか、ますます増え、今年からは徴用工像も次々に設置されていくだろう。それらに日本が対抗するうえで大切なことは、第三者に向けた情報発信を増やすことだ。慰安婦問題に限らず、冷静な判断ができる材料を世界に提供する必要がある。 その際、材料の一つとなるのがベトナム戦争だ。評論家で拓殖大教授の呉善花氏 当時、米軍支援の名目でベトナムに出兵した韓国軍は現地の民間人を虐殺した。その数は推計1万人から3万人との報告がある。また、強姦事件も多発し、韓国兵と現地女性の間で生まれた子供(ライダイハン)が多数いる。 韓国政府はいまだに韓国軍による民間人虐殺を認めていない。穏健なベトナム人は韓国軍の蛮行について、黙して語らない傾向があったが、ここに来て風向きが変わりつつある。1966年に韓国軍が南ベトナムの農村で民間人430人を虐殺した事件を扱ったドキュメンタリー『最後の子守歌』が昨年末、ベトナム国営放送の放送大賞でドキュメンタリー部門奨励賞を受賞したのはその一例だ。 他方、一部の韓国人の間で、ベトナム戦争での民間人虐殺や強姦について謝罪して現地に慰霊碑を建てる動きがあるが、これには注意が必要だ。なぜならそれは、「我々韓国はここまで真摯にベトナムに対応したのだから、日本も慰安婦問題で韓国に謝罪して慰霊碑を建てろ」などと反日の攻撃材料として利用する狙いがあると考えられるからだ。 そもそも、戦時における民間人の虐殺・強姦と、民間の施設だった慰安所の問題は本質的に異なる。日本は韓国の“肉を切らせて骨を断つ”術中に嵌らないよう警戒すべきだ。 ちなみに、ベトナム戦争では、ベトナム女性を中心とした東南アジアの女性たちが、韓国兵に性的サービスを提供する“慰安所”があったと、私はベトナム戦争に参加したことのある軍人出身から直接聞いたことがある。また、朝鮮戦争では米軍相手の韓国人慰安婦が多数存在した。「善なる被害者」であることに酔いしれる大多数の韓国人はベトナムでの蛮行をタブー視する。自分たちの汚点を棚に上げ、「悪いのは日本人だけ」という単純なストーリーに固執するのだ。 そうした物語の定着を避けるためにも、日本はベトナム戦争における真実を徹底して学術調査し、その結果を英訳して諸外国に提供する努力が求められる。 同時にベトナムで何があったかを知らない韓国人の啓蒙も必要だ。しかし前述の通り、日本人が直接的に指摘すれば、彼らは感情的に猛反発するだけだろう。 だから、この問題の当事者であるベトナム人が動くほうが望ましい。彼らがベトナム戦争における「民間人虐殺の慰霊碑」や「ライダイハン像」などをハノイにある韓国大使館前に建設したら、さすがの韓国人も無視できないはずだ。韓国人は日本以外の外国の目をとても気にするからだ。 そうした状況を促すため、場合によっては日本側がベトナム人に慰霊碑の設置を働きかけてもいいだろう。 英語での発信を中心として、今後の日本には粘り強く情報戦を戦い抜く外交が求められる。親北政権で反日を強める韓国の情緒に対抗するには、事実を積み上げた論理で世界を味方につけるしかない。●呉善花(オ・ソンファ)/1956年韓国済州島生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。現在、拓殖大学国際学部教授。『「反日韓国」の苦悩』(PHP研究所刊)、『朴槿恵の真実』、『侮日論』(いずれも文春新書)など著書多数。関連記事■ 「慰安所で欲望ぎらつかせる韓国兵に恐怖感も」とベトナム人■ 20歳時に4、5人の韓国兵に暴行を受けたベトナム人女性の証言■ 渡辺謙の不倫報道 南果歩は悲観にくれ、娘・杏は冷たい視線■ フジ女子アナ採用 「役員の好みで…」と佐藤里佳部長疑義■ モデル・安部ニコル 上着を脱いで豊かな胸の膨らみをチラリ

  • Thumbnail

    記事

    朝鮮民族で団結し、統一国家を作る夢が韓国内で加速

    いるということもあるが、それだけではない。背景には韓国世論の激変と、秘めた野望がある。拓殖大学教授の呉善花氏が警鐘を鳴らす。* * * いよいよ朝鮮半島情勢が危険水域に達しつつある。トランプ大統領は米韓合同軍事演習を大規模化させるなど、かつてない圧力をかけて北朝鮮に核開発・ミサイル開発を断念させようとしている。 しかし、その一方で韓国は、米韓合同軍事演習に参加しつつも、北朝鮮へ800万ドル(約8億9000万円)相当の食糧支援を表明するなど、対北圧力を高めようと共同歩調を取る日米を呆れさせた。圧力よりも融和路線が文在寅大統領の本音だ。気をつけなくてはならないのは、それが文大統領だけの考えではなく、多くの韓国人が共有する考えだという点だ。「北は平等で清貧」 まず、そもそもなぜ北朝鮮が核開発に固執するのかについて触れておきたい。北朝鮮の労働新聞が9月16日掲載した、中距離弾道ミサイル「火星12」の発射訓練を視察し、笑顔を見せる金正恩朝鮮労働党委員長の写真(コリアメディア提供・共同) 金正恩が決して核開発を諦めない理由は朝鮮戦争の時点まで遡る。重要なことは、1950年に勃発した朝鮮戦争は、北朝鮮対韓国の戦争ではなく、中国・北朝鮮連合軍とアメリカを中心とする国連軍との戦争で、韓国は国連軍の一部に過ぎなかった、ということである。1953年に休戦となったが、休戦協定は上記両者間に結ばれたのであり、当然ながら韓国は協定の署名者ではない。核・ミサイル問題で、北朝鮮が韓国からの話し合い要請には決して応じようとはせず、アメリカとしか応じないと言い続けているのはそのためだ。 休戦協定では、新たな武器・核兵器・ミサイルの持ち込みが禁じられた。だがアメリカも北朝鮮も新たな武器を導入し、アメリカは核兵器・ミサイルをも持ち込んだ。両者とも休戦協定を侵したのである。こうした状況下で北朝鮮は、1994年以降たびたび「休戦協定に束縛されない」と表明し、2009年5月には、「もはや休戦協定に効力はないとみなす」と表明している。つまり、武力行使の再開はいつでも可能、ということになる。親北派が後退しない理由 アメリカは北朝鮮が核開発を止めれば、武力侵攻しないし現体制を認めると中国経由で伝えている。だが、金正恩はそんな言葉を信じはしない。核を持たなければ、これまで消された独裁者と同様にやられると思っている。したがって、北朝鮮はアメリカと平和条約を締結して朝鮮戦争終結が実現されるまでは絶対に核開発を止めない。 皮肉なことに、その北朝鮮とかつて干戈(かんか)を交えた韓国はいまや圧倒的に親北派が強くなり、圧力を強めようという意見は少数派だ。ターニングポイントは金大中政権(1998─2003年)だった。2000年の南北首脳会談以降、韓国では対北融和政策がとられて国民の北朝鮮イメージは一変し、国内に親北ムードが高まった。続く左派の盧武鉉政権下で、国民の親北傾向はいっそうのこと強くなっていった。 その後、保守政権の李明博、朴槿恵政権は一定の対北強硬姿勢に転じたが、北朝鮮はそれに対抗するかのように軍事挑発を多発させていった。そのため、国内では対北融和姿勢への再転換を是とする声が高まり、親北派勢力が後退することはなかった。文在寅政権に米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備撤回を求め、スローガンを叫ぶ反対派住民ら=韓国・星州 この背景には、若い世代の台頭により、朝鮮戦争で北から攻められた記憶が国全体として薄れていることがある。左派政権以降の教科書では北朝鮮史評価の傾向が強く、若者たちの大半は「同じ民族なのだから北朝鮮が韓国にミサイルを撃ち込むことはない」と信じるようになっている。さらには、北朝鮮に対していいイメージを抱いている者が少なくない。「ヘル朝鮮」と呼ばれるほど若者の失業率が高止まりし、財閥をはじめとする一部特権階級に富が集中する韓国に比べれば、むしろ北朝鮮は平等で清貧だという理解なのだ。 実際、最近の世論調査でも親北派の伸張は顕著だ。調査会社、韓国ギャラップの調査(9月5日~7日)によると、アメリカによる対北先制攻撃について、「反対」が59%、「賛成」が33%だった。一方、北朝鮮が韓国に戦争を仕掛ける可能性については、「ない」が58%、「ある」が37%だった。核を保有した統一朝鮮核を保有した統一朝鮮 トランプ大統領、安倍晋三首相は、文在寅大統領が対北800万ドル支援を表明した直後の3か国首脳会談で、「北朝鮮への圧力を損ないかねない行動は避ける必要がある」と苦言を呈した。だが、文大統領は意に介していない。なぜなら、彼が本当に気にしているのは韓国国内の世論だからだ。 いま、文在寅政権は韓国内で反発を受けている。大統領選のときに主張していた「対北融和」、「THAAD配備中止」は、最終的にアメリカからの要請を受け入れる形で変更を余儀なくされた。熱烈な文在寅支持派、つまり強固な親北派が期待していた開城工業団地の再稼働や金剛山観光の再開は思うように進まず、またTHAADも北朝鮮のミサイル発射が頻発して受け入れざるを得なくなった。 同盟国アメリカからの強い要請を文在寅氏は一応聞かざるを得ないが、これ以上、“譲歩”すれば支持者たちが離反する怖れがある。もちろん文大統領自身、本音は北朝鮮との融和にあるわけだから、北朝鮮にエールを送ることでその意志に変わりのないことを示そうとするのだ。この意志は、平昌オリンピックへの参加を北朝鮮に強く訴えかけたことにも滲み出ている。2017年7月、夏休みで韓国・平昌を訪れ、五輪関連施設を視察する文在寅大統領(右から2人目、大統領府提供・聯合=共同) 文大統領は、任期中に南北統一への道筋をつけたいと考えている。まずは、かつての左派政権時代のように文化的・経済的交流を拡大し、すでに南北で合意している第一段階としての「一国二制度による統一」を目指して南北共通市場を形成していくこれが文大統領の描くシナリオだ。「一国二制度による統一」は左派だけではなく、保守派も一致しての国家方針である。 韓国の考えは、南北共通市場の形成や外国資本の参入によって、北朝鮮がそれなりに豊かになり、少なくとも人民が貧困に喘ぐことがなくなれば、統一に向けての韓国の負担は大きく軽減される、というものだ。実際、現在の北朝鮮は国内の「資本主義化」をかなり推し進めており、経済特区への外国資本の参加を公募している。やっぱり核を持ちたい こうした道が開かれるかどうかは、アメリカが「核放棄」の主張から退き、核を保有する北朝鮮の現体制を容認するかどうかにかかっている。文大統領は「核放棄」ではなく「核凍結」を求めている。核開発を一時的にストップすればそれでよいという姿勢だ。しかしこれはポーズにすぎない。文大統領がそう考えているように、現在の韓国社会は「ここまで北の核開発が進んだのであれば、もはや認めるしかない」という方向性を強くしている。他の諸国にもそうした声があるし、アメリカ国内ですらそう発言する要人も少なくない。2017年11月、訪韓したトランプ米大統領(中央左)と韓国の文在寅大統領(共同) さらに踏み込んで言えば、韓国も核を持ちたいのだ。韓国ギャラップの調査では、核保有に「賛成」は60%で、「反対」は35%だった。  そもそも韓国の歴代政権は1972年以降、極秘裏に核開発を続けてきた。しかし2004年にIAEA(国際原子力機関)の調査で、2000年に金大中政権下でウラン濃縮を進めていたことが発覚し、中止せざるを得なくなったのである。韓国にとって核武装は悲願なのだ。南北統一がなれば、「北の核は自分たち朝鮮民族のものになる」のである。 韓米両国は「韓国が独自に戦時作戦統制権を行使できる条件が整えば、それを韓国に移譲すること」に合意している。朴槿恵政権下ではその時期を2020年としたが、文大統領は早期移譲を求めている。移譲となれば在韓米軍の撤退は時間の問題だ。アメリカでも在韓米軍撤退論者は少なくない。北朝鮮は米軍撤退を統一の第一条件としている。 リーマン・ショック以降、とくに現在、アメリカ、イギリスをはじめ、多くの諸国で国際主義から国家第一主義へ転換しようとする流れが加速度を増している。朝鮮民族で団結し、統一国家を作るという夢は、かつてないほど韓国内で共感を得やすくなっている。 韓国が描く統一朝鮮への道は、このままでは核保有朝鮮国への道となり、いっそう強固な反日大国出現への道となる。日本はそうした流れをはっきり見据え、北朝鮮問題に対処しなくてはならない。●オ・ソンファ/1956年韓国済州島生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。現在、拓殖大学国際学部教授。著書に『超・反日 北朝鮮化する韓国』(PHP研究所)、『赤い韓国 危機を招く半島の真実』(産経新聞出版、共著)などがある。関連記事■ 北朝鮮のミサイル発射兆候 信頼できるのは“Aアラート”?■ もし米朝戦わば 北朝鮮軍には実際どれだけ攻撃力があるのか■ 文在寅政権 慰安婦記念日まで制定、合意白紙宣言の可能性も■ 中国内「北朝鮮が核放棄見返りに毎年6兆円要求」報道の思惑■ 徴用工設置をはじめ、憎悪拡大再生産する韓国の動き

  • Thumbnail

    記事

    韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か

    ればおかしいとわかることを、なぜ韓国の人たちは鵜呑みにしてしまうのでしょうか。拓殖大学国際学部教授の呉善花氏は漢字の廃止が影響していると指摘します。 日韓併合当時、韓国では難しい漢字を使っており、庶民はほとんど読み書きができず、識字率は6%に過ぎませんでした。そのため日本は学校の数を59倍の5960校に増やし、庶民にハングルを教えました。ハングルは日本語でいえば平仮名やカタカナのようなもので、「漢字ハングル交じり文」を普及させたわけです。福澤諭吉らの尽力もあり、朝鮮人の識字率は1943年には22%にまで上がったそうです。 ところが1970年代に入ると韓国は漢字を廃止し、ハングルだけを使うようになりました。それによって韓国人の思考能力が著しく低下したと指摘する人は少なくありません。 しかも、最近では研究者でさえ漢字が読めなくなっているため、歴史的な資料を読むことができない。そのため韓国人は自国の「過去」の事実を知ることができず、自分たちに都合のいい「幻想」を歴史的事実だと思い込むようになったと呉氏は分析するのです。関連記事■ 在韓35年の教訓「韓国に関心を持っても、深入りはするな」■ 百田尚樹氏 「今こそ、韓国に謝ろう」の真意を語る■ 韓国政府がひた隠す「元慰安婦の9割が日韓合意に納得」■ アン・シネ、推定Gカップの美ボディを横から撮影■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」

  • Thumbnail

    記事

    韓国よ、仏像を返しなさい! 国境に生きる対馬人の嘆き

    の問題に対処していく。それが国境に生きる対馬人の生き方なのです。関連記事■ 韓国保守派を支援せよ■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 「著者に聞く(石 平)」『なぜ中韓はいつまでも日本のようになれないのか』

  • Thumbnail

    記事

    私が韓国と断交すべきではないと思う理由

    増す東アジアの安定のため必要な喫緊の課題だと考えるのである。関連記事■ 共産党スパイ五万人の恐怖■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 【危ない!韓国】日韓合意というデタラメ

  • Thumbnail

    記事

    呉善花が読み解く 「反日韓国」の苦悩

    呉善花 (評論家、拓殖大学教授) いま、韓国で起きていること 韓国は李明博政権の後半から反日姿勢を強め、2013年2月に朴槿惠が大統領に就任してからは日韓関係がさらに悪化しました。 日本ではしばしば「朴槿惠大統領は本音では親日なのだが、国民のあいだに反日の声が強いので、仕方なく反日姿勢を取っている」と言われます。しかし、これは明らかな間違いです。そうではなく、反日は韓国では「民主的な政治家」と見なされるための必須の要件であり、国民情緒の動き方しだいで穏健だったり強硬だったりするだけのことです。 現在の韓国では、民意とは事実上、国民情緒を意味し、「民意は天意」とするポピュリズムが、政治世界を強く支配しています。朴槿惠大統領は、の意味での民意=国民情緒に最も忠実に従ってきた大統領だと言ってよいでしょう。 近年、とくに韓国の反日がエスカレートしている一つの理由として、李明博政権の後半頃から韓国社会が経済的にも社会的にも、急速に不安定さを増してきていることが挙げられます。 2013年初頭にアベノミクスが始動してからは、日本経済は急速に息を吹き返し、その一方で、ウォン高進行を契機として韓国経済が大きく揺らぎはじめました。これに対して韓国政府は、「アベノミクスが韓国経済を圧迫する」と、韓国経済の不振と自らの失政を日本に責任転嫁するような主張まで行っています。不況の時代に突入した韓国 韓国は、明らかに不況の時代に突入しています。 2015年10月に韓国銀行が発表した「2014年企業経営分析」によると、韓国製造業の売上高は前年比マイナス1.6%と減少に転じ、同調査を始めた1961年以来、初めてのマイナスになりました(2015年10月28日付・韓国『中央日報』日本語版、「韓国製造業、昨年の売り上げ史上初の『後退』」)。 また、産業通商資源部が11月1日に発表した「2015年10月の輸出入動向」によると、韓国の同年10月の輸出額は前年同月比約16%減で、10カ月連続で減少を続けているというのです(2015年11月2日付・韓国『ハンギョレ新聞』、「輸出不振の韓国、過去6年で最大の下落幅」)。これは過去6年間で最大の落ち込みであり、GDPに占める貿易依存度が約37%に達している韓国経済にとって非常に大きなダメージだと言えます。 さらに、2015年11月21日付の『朝鮮日報』日本語版では、韓国の主要30企業グループのうち、営業利益を出しているのはサムスンと現代自動車だけだと報じられています。そのサムスングループの中核であるサムスン電子でさえ、製品在庫が史上最多レベルに達し、開発センターの職員の3分の2、管理職の30%を解雇する見通しだという報道があるほどです。 こうした状況下で、野党の厳しい政府批判が国民の支持を大きく広げ、保革逆転が確実視されるまでになっています。そのため、政府与党も国民の人気を得ようとして野党に負けじと「反日愛国」の姿勢を強めていくわけです。政府は国内の批判をかわすため、国外の敵(日本)に国民の関心を強く惹ひ きつけておかなくてはならないのです。倫理崩壊が始まった ここで重要なのは、現在の韓国では「政治・経済・社会・家族・個人間と、あらゆる面での倫理が音を立てて崩れ落ちている」ということです。実はこれこそが、韓国国内問題の最たるものなのです。私は、この問題と真剣に取り組まないかぎり韓国に未来はないと考えています。 韓国で倫理崩壊が始まったのは、通貨政策の失敗と金融システムの脆弱性から経済危機に陥り、IMFに資金援助を要請して国家経済がIMF管理下に置かれた時期(1997年11月~2001年8月)からのことです。 IMFの経済管理下で、あっという間に欧米並みの「自由競争市場」への市場開放がもたらされ、企業内では極端な「成果主義」が採用されていきました。それらの改革は、日本のように緩やかに時間をかけて進められたのではありません。「ある日突然、経済秩序が一変した」と言ってよいほど急激なものでした。 ですから、社会に亀裂が走らないわけがありません。 昨日まで信頼し合っていた同志や仲間だった者が、一晩で相手を追い落としてでも生き残ろうとする敵へと変身する。親戚の金まで騙し取ろうとする者が出てくる。どこもかしこも金、金、金の世の中になってしまった─。 「利己主義」「人間不信」の嵐がすさまじい勢いで吹き荒れたのです。そして、一部には続々と億万長者が誕生する一方で、光熱費や子供の給食費を支払えない家庭や家族ホームレスが、かつてないほど増大しました。まさに優勝劣敗の社会現象が激しく進行したのです。その惨状について、2002年当時の韓国の新聞は次のように書いています。 「今、韓国社会を支配しているのは『カネが最高』という極端な拝金主義だ。一晩明けたら数十人ずつ不労所得の億万長者が誕生し、数多くの人が職を失う外貨危機を経験したにもかかわらず、この拝金主義は極大化した。その過程で国の中枢機能を担当している機関と組織の人間が次々と腐敗の鎖に食い込まれていった。長い歳月のあいだ我々を支えてきた礼儀、友情、尊敬、孝行、忠誠のような精神的な支えは、力なく崩れ落ちている。革命的な変化が起こらなければ韓国社会の腐敗と堕落を防ぐことはできない」(『朝鮮日報』2002年1月3日) こうして2002年以降の韓国では、勤労者の賃金格差、財閥と中小企業の格差、上下階層の所得格差が急激に広がって社会の二極化が深化していきました。 中間層が縮小し、大量の貧困層が生み出されていきました。そのように国民生活を犠牲にしながら、国家経済、一部富裕層、財閥大企業の繁栄がもたらされてきたのです。なぜこんなことになったのか それでは、現在の韓国はどうでしょうか。 先の新聞記事そのままの拝金主義が跋扈している。いや、いっそう悪化している─そう言わざるを得ません。 かつて韓国人の美徳だった「年長の人を敬うやまう精神」が失われ、老人の自殺が急増し、同時に若者の自殺も増大しました。 失業者が増加し、世帯主が家計を支えることができなくなると、離婚や女性の不倫が社会問題化する一方、子供が親の面倒を見たくないというケースが増加し、親子の同居が大きく減少しました。 さらには、かつて金大中政権が国策としてIT化と英語教育に力を入れた結果、パソコンも英語もできない高齢者たちを、若い世代が蔑視する風潮さえ生まれています。 なぜこんなことになってしまったのでしょうか。 明らかに、その直接的な原因は経済再建にともなう「経済改革」の失敗にあります。しかし根本にあるのは、韓国特有の「集団利己主義」です。別の言葉で言えば、「韓国社会の構成単位が、いまなお、内側に閉ざされた血縁や地縁の小集団としてある」ということです。 それら小集団が自分の利益だけを追求し、他人の迷惑など考えず、各個闘争し合うところに生じるエネルギーが社会を動かす活力となっていたのが、旧時代の韓国であり、現在の韓国でもあるのです。 日本のように、血縁や地縁の関係を異にする人々が一緒になって一つの共同体を形成し、それがさらに横のつながりをもって連帯していく─といった社会の条件が、韓国では、いまなおあまりにも弱いのです。 本書では、こうした日本人には理解しがたい面を多々抱える韓国人の、国民性や国民感情、韓国社会の慣習などを紹介し、日本との違いを見ていくことで、日本と韓国とのあいだに横たわるカルチャー・ギャップを明らかにしていきたいと思います。お・そんふぁ 1956年、韓国・済州島生まれ。83年来日、大東文化大学(英語学)卒業後、東京外国語大学地域研究科修士課程(北米地域研究)修了。新潟産業大学非常勤講師を経て、現在、拓殖大学国際学部教授。著書に、『韓国併合への道 完全版』(文春新書)ほか多数。関連記事■ 呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■ 韓国「反日情緒」社会の大問題■ なぜ中国はいつまでも近代国家になれないのか?

  • Thumbnail

    記事

    国際社会は北朝鮮の核兵器開発を阻止できるか

    ど日本が嫌いか』 (PHP研究所)、『東アジア動乱』(角川oneテーマ21)などがある。関連記事■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 中国は本気で「核戦争」を考えている■ ヒラリーが大統領になると、アメリカの対日政策はどうなる?■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?■ イスラームの悲劇~中東複合危機から第3次世界大戦へ

  • Thumbnail

    テーマ

    外務省よ、日本の名誉を守れ!

    いまや中韓両国だけでなく、国連の場でも従軍慰安婦問題は取り上げられ、事実が歪められている。このままでは「強制連行説」も「性奴隷20万人説」も歴史的な出来事として世界に広まってしまう。日本は異を唱え、反論しているのだろうか。外務省よ、「事なかれ主義」から脱せよ!

  • Thumbnail

    記事

    韓国「二枚舌外交」は限界! 日韓本当の勝負は朴槿惠大統領の次だ

    は建前なしのトランスペアレント(透明)な関係になれるでしょう。関連記事■ クリスマスと慰安婦の話■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 「東郷文彦と若泉敬」の時代

  • Thumbnail

    記事

    「反日国家」中国と韓国の劣化が止まらない!

    いるかは疑わしい。何事も、「ケンチャナヨ(大丈夫)」の国ですから。 一方で、入国審査は厳しいのです。呉善花(オソンフア)氏が「反韓的な活動をしている」ということで入国禁止になるくらい厳しい。 だから、容疑者が機内に火薬を持ち込めたのも、それほど不思議ではないのです。この全昶漢という男は、韓国空軍に5年半在籍して、下士で除隊したばかりでした。空軍下士というのは、旧日本軍でいえば伍長です。 韓国では2年間の徴兵で、最初は2等兵、3カ月で1等兵、それから7カ月で上等兵、そして最後の2年目には全員が兵長になります。伍長というのはその次の上の位なのですが、徴兵終了後3年半も軍に在籍していたのに伍長のままだったということは、かなり出来が悪いと思いますよ。靖国爆発犯は英雄になろうとしたのか宮崎 だから、靖國神社を焼き討ちして、国の英雄になろうとしたのかもしれませんね。裁判で有罪判決を受け、国外追放になって韓国に戻ったら、一躍、ヒーローでしょう。 2011年には靖國神社に放火して韓国に逃げた中国人がいましたが、日本側の引き渡し要求に対して、「政治犯だ」という理由で韓国側が拒否し、結局、犯人を中国に逃がしましたからね。 中国では、2012年に尖閣(せんかく)諸島へ上陸して日本の海上保安庁に逮捕され、強制送還となった香港の活動家が、帰国後に英雄扱いされたことがありました。尖閣の海域でわが海上保安庁の船に体当たりした暴力船長も、福建省に帰ると英雄扱いでした。 そういう前例があるだけに、この全昶漢容疑者も、帰国したら大々的に褒めたたえられる可能性がある。実際、韓国国内でのネットなどでは「よくやった」という声が多いそうですから。靖国神社の爆発事件で、麹町警察署を出る全昶漢(チョン・チャンハン)容疑者 =12月09日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)室谷 少なくとも、愛国者として扱われるでしょうね。そうすると、いろいろなところからカネをもらえる。 韓国では昔の抗日テロリストたちを褒めたたえて、その孫や曾孫に政府が法律に基づいてカネを支援したり、利権を与えたりしているのです。たとえば、1932年の天長節(天皇誕生日)に上海の虹口(ホンキユウ)公園で行われた祝賀式典で、尹奉吉(ユンボンギル)という朝鮮人が演壇に爆弾を投げつけ、多数の死傷者を出した事件がありました。「上海天長節爆弾事件」です。後に外務大臣となる重光葵(しげみつまもる)はこの爆発で重傷を負いますが、演壇には民間人もいた。まさに無差別テロです。 尹奉吉は逮捕されて死刑となりましたが、戦後の韓国政府はこのテロリストを「義士」として顕彰(けんしよう)し、その子孫に電柱広告の総代理店としての独占権を与えました。 日本人を殺傷したテロリストを「偉い人だった」と持ち上げる反日教育を行い、子孫に利権まで与えるのですから、「それなら俺もやろう」と思う人間も出てきますよ。 大学を卒業しても半数しか職にありつけない韓国で、「伍長で除隊」した者が職を得るのは大変なことです。犯行の底流には、そうしたことも確実にあると思います。 それに、おかしいのは日本のマスコミですよ。大手マスコミはこの事件を、なぜか「靖國爆発音0 0 0 事件」などという名称で報じています。 しかし、現実には4本の鉄パイプ爆弾があったわけです。実際には爆発しませんでしたが、まず爆発音を響かせ、人を誘い込んでから爆発するように仕掛けられていた。 だから明らかに、「靖國無差別テロ未遂事件」と呼ぶべきですが、日本のマスコミはどうしたのか、「爆発音事件」などと矮小(わいしよう)化した名称で呼んでいるのです。しかも、検察にしても、起訴は建造物侵入容疑です。宮崎 手口を見れば、かなり悪質ですよ。検察は「余罪の捜査に支障がありうる」として認否や動機について明確にしていないため、今後、新たな罪状が加わる可能性はありますが、このまま建造物侵入罪だけであれば、犯罪容疑としては非常に軽い罪です。2016年1月中旬の時点で言えることは、前科がなければ、いずれ釈放されるでしょう。起訴猶予にはならないとしても、略式起訴くらいで終わるのではないでしょうか。朴槿恵大統領が「教育の問題」と発言する矛盾室谷 捜査はまだ継続中ですから、どのような結果になるのかはわかりません。しかし、確実に言えることは、韓国の70年にわたる反日教育がこうした犯罪の要因になっているということです。 1980年代前半に韓国紙が報じた世論調査では、日本統治時代を体験した高齢者世代ほど「反日」度合いは薄く、若い高学歴者ほど「反日」の度合いが高いという結果が出ていました。要するに、韓国の「反日」は教育によってつくりだされていることが、そのころから表れていたのです。 すでにその時代には、幼稚園で「独島(トクト)(日本名・竹島)はわが土地」という歌を園児に合唱させていましたし、地方自治体の支所(町役場)の掲示板には、小学生が描いた「韓国空軍が日本を爆撃する絵」が貼ってありました。 当時の私は、今後、実際の日本統治時代を知る年齢層がいなくなり、戦後の反日教育を受けた世代だけになったら、韓国の反日はどうなるのかと思いましたが、その懸念が現実になった感じがしますね。宮崎 そうそう、1970年代の韓国の知識人には、かなりの知日派がいましたから。室谷 戦後間もないころの韓国の教師たちは、「反日」を説かなくては教壇に立てなかったと思いますが、それでも内心では忸怩たるものがあったでしょう。しかし、戦後15年も過ぎれば、自信を持って「反日」を語る新世代の教師が登場してきます。そうして「反日」が純化していって、日本統治時代は何でも悪い、この時代をちょっとでも肯定する者は悪人だという意識に国中が凝り固まってしまった。 日本でも日教組全盛時代に、社会科の担当ではない教師までもがマルクス主義史観に基づく〝史実〟を教えたり、「反米」を説いたりしましたが、その時代にも、ごく少数ですがアンチ日教組の教師がいました。これに対して、韓国では、「反日でない教師」は存在できなかった。 日本の新聞が反米論調で埋まっていた時代にも、日本のテレビはアメリカのホームドラマを流し、ラジオではアメリカのポピュラーソングがオンパレードでしたが、韓国では1990年代前半まで、日本の映画、テレビドラマ、歌謡曲の放送が禁じられていました。しかも、韓国人が制作するドラマに登場する日本人は、極悪非道の立ち回りを演じると決まっていたのです。 韓国では、テロリストが天皇に爆弾を投げている姿がそのまま銅像になっています。「李奉昌義士(イボンチヤン)」の銅像がそれですが、そのようなものを毎日見せられてきたことで、戦後韓国の病的な反日が醸成されたのです。「靖國無差別テロ未遂事件」の背後に歪んだ反日教育があることは疑いようがない。 朴槿恵は2015年11月に起こったフランス・パリの同時多発テロ事件に触れて、「これは教育の問題だ」と言いました。つまり、「教育によって防げる」という意味なのですが、自分の国はどうなのかと呆れてしまいますよ。「日本統治時代は良かった」と言った殴り殺された宮崎 韓国では、日本統治時代のことを知っている高齢者が下手に本当のことを言うと、殴り殺されてしまいますからね。2013年に、95歳の男性が「日本統治時代は良かった」と言ったら、居あわせた38歳の男に殴り殺されるということがありましたね。だから、下の年齢ほど反日が先鋭化しているということなのでしょう。 そこは中国と違うところです。中国では各地に「反日教育基地」、つまり南京大虐殺記念館や抗日記念館といった施設があるのですが、ほとんど誰も見ていません。だいたい、中国共産党のいうことを本当に信じている人など少ないし、プロパガンダであることはわかっているのです。 だから、反日暴動がすぐに政権批判の暴動になる。後述しますが、現在の中国の経済状況は日ごとに悪化していますし、環境問題も命が脅おびやかされるほどひどい状況です。つまり、政権に対する潜在的な不満が高まっているわけですが、それを共産党は力で抑え込んでいる。 2012年に北京や上海で大規模な反日暴動が起こりましたが、あれは完全な官製暴動でした。ところが、これが大規模になってコントロールがきかなくなると、政権批判が噴出するようになった。このまま放置すれば、あっという間に反政権暴動に変わることを、中国共産党もわかったのです。 だから最近は、反日デモや暴動がぱったりとなくなってしまった。下手に煽動すると、自分たちの立場が危うくなるからです。ですから、私はよく冗談で言うのですが、「“反日”は“半日”でやめる」と。 このように、中国人の反日はポーズです。だから日本に来ると、「こんなにいい国はない」となる。2015年1~10月の訪日中国人は約430万人で、2014年通年の約240万人の2倍に迫る勢いです(JTB総合研究所)。 ただ、韓国人も同期約320万人で、2014年の約275万人を大きく上回っています。70年間にわたる反日教育の割には、なぜこれほど日本に来たがるのでしょうかね。竹島室谷 国家・政府が嫌いであることと、その国の産業製品・工業製品が好きか嫌いかということは、別の問題だと思っているのでしょう。 日本を旅行した中国の若者が、「日本はすごい」「日本を見る目が変わった」といったことをブログで書いていることがよく報じられますが、韓国人は反日感情を抱いたまま日本中をまわる人が多いと思いますよ。それで、「やっぱり靖國神社には右翼が多かった」とか「日本は思ったとおり悪い国だった」といったようなことを書いている。 あるいは、日本の観光地で「独島はわが領土」といった横断幕を掲げた記念写真や、靖國神社で放尿している写真をブログに掲載したりしている。産経前支局長の無罪判決と中韓の言論弾圧手法宮崎 まあ、日本を賞賛するような内容を掲載すると、韓国ではすぐに親日(売国奴)扱いされてしまうから、したくてもできないということもあるのでしょう。 でも、韓国は曲がりなりにもOECD(経済協力開発機構)加盟国、つまり先進国で、言論の自由があるはずなのに、国民はこぞって反日史観でしかものが言えないという状況が、なんともやっかいですね。 とはいえ、最近は、本当に先進国なのかという疑念も湧いてきています。産経新聞・前ソウル支局長の加藤達也氏を起訴した事件もそうでしたね。 朝鮮日報の記事を引用して朴槿恵大統領に関するウワサ話を書いたら、検察から名誉毀損で起訴されて、出国禁止を命じられてしまった。 これに世界中のジャーナリストが呆れかえったわけですよ。結局、2015年12月17日に無罪判決が言い渡されたわけですが、同日の米紙「ニューヨークタイムズ」(電子版)は「朴政権は、望まない報道を沈黙させようとして法的手段を使い、批判されてきた」と指摘しています。室谷 そうした国際世論の反発で、加藤氏を有罪にはできなかったわけですが、韓国司法の国家元首への従属はどんどん進んでいます。象徴的なのは、裁判長が延々3時間にわたって読み上げた長い判決文でした。その内容は、加藤氏を有罪にできなかったことに対する朴大統領への言い訳でしょう。 現在の韓国では、朴槿恵大統領の名誉を汚したということで、連行、根拠不明の長期勾留、さらには起訴を次から次へ行っています。 たとえば韓国国内では、2015年11月に大規模な反政府デモが起きたのですが、そこでデモ参加者が朴槿恵大統領を批判するポスターに「独裁者の娘」という文言を入れていたところ、警察が「名誉毀損だ」と言って撤去させたということがありました。 韓国国内だけではありません。「ザ・ネーション」というアメリカの週刊誌が、韓国で起きたこの反政府デモについての記事を掲載(2015年12月1日付)したのですが、そのなかで朴槿恵大統領のことを「独裁者の娘」と書いたところ、やはり韓国の総領事館から猛抗議を受けました。 また、日本でも産経新聞のウェブサイト(2015年8月30日付)が、米中に対して二股外交を続ける韓国のことを「事大主義の国」と書いたところ、韓国の駐日大使が産経新聞に乗り込んできて、「取り消せ」と抗議したのです。 一国の大使が民間の新聞社に抗議のために乗り込むなどということは、ありえないことですよ。 北朝鮮ではよく「われらの首領様の尊厳を汚した」という理由をつけて、外交交渉を打ち切ったりしますが、韓国も同じですね。やはり同じ民族ですよ。加藤前支局長を最初に訴えたのは「自称市民団体」宮崎 産経新聞の加藤前支局長の場合、最初に訴えたのは検察ですか? 朴槿恵大統領が直接、被害届を出したり告訴したりしたわけではないですよね。日本では名誉毀損は親告罪ですから、本人やその親族が「名誉を汚された」ということで訴えるというのが普通ですが、韓国では本人ではない者が、名誉毀損で訴えることができるのですか?室谷 韓国の名誉毀損罪は、第三者が訴えることが可能なのです。加藤前支局長を最初に訴えたのは、「自称市民団体」ですね。それで韓国の検察がこの告発を受理して起訴したわけです。 あくまで市民団体が訴えたのであり、国は関与していないという立場なのですが、産経の前支局長を訴えた団体は「朴槿恵の私兵」と嘲笑されている団体で、この団体が訴えるや、検察は即時受理するのです。ソウル中央地裁に入る加藤達也前ソウル支局長 =2015年12月17日、韓国・ソウル(納冨康撮影)宮崎 そうしたやり方は、中国と似ていますね。明らかに政府や公安当局が資金を出しているのだけれども、民間の反日組織がやったことにするという手口です。最近、戦時中に強制労働させられたということで、かつての中国人労働者が日本企業を訴える動きが中国で頻発しています。 これなども、なぜいまになって次々と起こるようになったのかを考えれば、政府当局の差し金であることは明らかです。しかし表向きは、「善良な一般市民が涙の訴えを起こした」ということになるわけです。 黒竜江省ハルビン市にある方正県は、旧ソ連の侵攻から逃れてきた満州開拓団がたどり着いた地として日本の残留孤児がもっとも多いところですが、そこに、約5000人の日本人犠牲者を祀る中国で唯一の「日本人墓地」があります。数年前に仲間とともにそこへ行って花を供え、線香をあげて、「海行かば」を合唱しました。 地元は非常に親日的な地域なのですが、2011年、北京から中国人活動家が5人やって来て、日本人墓地の慰霊碑にペンキを塗って破損するという事件が起こりました。彼らは「愛国英雄」と称えられましたが、わざわざ飛行機でやって来て、タクシーをチャーターしているところからも、政府なり公安なりの息がかかっていることは明らかです。 しかし、「民間団体が愛国的行為でやった」ということになる。室谷 韓国では、VANK(Voluntary Agency Network of Korea)という反日団体が有名ですね。日本海を「東海と呼べ」という運動や、竹島、慰安婦問題で韓国の主張をしきりに世界に発信して、「ディスカウントジャパン」(日本叩き)を行っている組織ですが、韓国政府は「民間団体がやっている」というスタンスです。 しかし、韓国政府はこの団体に対して補助金を支給し、代表者を表彰しています。韓国ウォッチャーの間では国家情報院(旧KCIA)の指導下にある団体という見方が有力ですが、「民間団体」という隠れ蓑みを使って、政府ではできないような過激な反日運動を展開しているのです。宮崎 産経新聞の加藤前ソウル支局長が在宅起訴されたことについて、アメリカの民間団体「ジャーナリスト保護委員会」は、「こういう名誉毀損罪は廃止されるべきだ」と訴えていました。 民主主義の促進などをめざして国際的に組織されている「民主主義共同体(コミュニティ・オブ・デモクラシーズ)」も、「事態改善に向けて早急に行動すべきだ」と主張していました。この民主主義共同体には、韓国も主要メンバーとして入っています。 こうやってアメリカのジャーナリスト団体が抗議行動を起こしているのに、日本のジャーナリストはほとんど何もしていない。保守論壇のなかには、産経新聞を支援する動きはかなりあるけれど、普段から言論の自由を声高に主張している日本ペンクラブや日本文藝家協会などは、何をやっていたのでしょうかね。 日本ペンクラブは、一応は抗議声明を出してはいますが、声明を出したのは「国境なき記者団」よりも後ですからね。自国の問題なのに、国際的に韓国への批判が高まるのを見届けてからようやく出したという感が否めない。それに、こうした会に加盟している作家やジャーナリストたちが、韓国政府に対して抗議デモを行ったという話も聞かない。室谷 もともと、これらの組織はいわゆるリベラル色が強いですからね。本来、リベラルとは左右の全体主義イデオロギーから解放された人々だったのに、いまや左の全体主義者の巣窟になりつつありますね。 それにしても、この裁判の判決公判は、一度、延期されていますよね。もともとは11月26日に開かれるはずだったのが、その3日前に裁判所が急遽、延期を決めたわけです。しかも、その理由が「熟慮する必要があるから」というのだからお笑いです。 延期した間に外交部が寛大な措置を求める公文を提出して、それが無罪判決の決め手になったわけですから、これまたお笑いです。 1891(明治24)年の大津事件(来日したロシア皇太子ニコライが滋賀県大津町で警備にあたっていた警察官・津田三蔵に斬りつけられ負傷した暗殺未遂事件)の際、「犯人を死刑にすべし」という内外の圧力に屈せず、法治国家として当時の法が定めるとおりの無期徒刑の判決を下した児島惟謙のような気概もない。児島惟謙を基準にすると、韓国の司法は日本より100年以上遅れていますね。宮崎 韓国には、司法の独立は本当にないですね。中国も司法の独立というのは、あるように見えて、実は全部、共産党の命令のもとに判決が出ているわけですが。ユネスコに飛び火した中韓の歴史戦争への反撃宮崎 2015年10月、中国が申請していた「南京大虐殺事件」の資料がユネスコの記憶遺産に登録されました。いうまでもなく「南京大虐殺」なるものは、中国がでっちあげた日本軍による30万人もの中国人虐殺ですが、そのような捏造された歴史が認められてしまうということは、非常におかしな動きですね。 これはやはり日本の外務省の失態ではないかと思いますが、どうでしょうか。 韓国は、同じくでっちあげの「従軍慰安婦問題」をユネスコの記憶遺産に申請していましたが、こちらの登録は見送られました。しかし、この中国の登録成功で、韓国も再申請するのではないでしょうか。南京大虐殺記念館で資料を見る人たち =2015年9月、中国江蘇省南京市(共同)室谷 先述した2015年12月末の「慰安婦問題に関する日韓合意」の後、岸田外相が「韓国政府が慰安婦関連資料のユネスコへの登録申請を見送ることで合意した」と発言したところ、韓国政府は「そんなことは言っていない、事実無根だ」と即座に反論しました。やはり反日カードとして使うつもりなのでしょう。 南京大虐殺関連資料の登録については、韓国も陰に陽に中国を応援していましたし、登録が決定した後に、朴槿恵大統領が「客観的で民主的」などと評価していました。宮崎 しかし、「南京大虐殺」と韓国とはまったく関係がないのではないですか?室谷 いや、彼らにいわせると、関係があるのです。戦時中、済州島にアルトゥル飛行場という中国大陸爆撃用の日本軍基地があったので、「われわれも黙っているわけにはいかない」と言って、2015年12月13日、済州島の旧日本軍飛行場で追悼式典をやっています。宮崎 日本では「南京大虐殺」の資料登録に対抗するため、「新しい歴史教科書をつくる会」が中心となって10くらいの保守系団体を集め、「通州事件」をユネスコの記憶遺産に申請しようという動きが始まっています。 通州事件とは、1937年7月29日に、通州の日本人居留民や通州守備隊が中国人部隊に襲撃され、残虐な方法で200人以上が殺されたという、明らかな国際法違反の事件です。私は2回、現地を歩いて、写真入りのルポを書いたことがありますが、中国側はあらゆる証拠を消しています。 これに対して韓国では、「つくる会は通州事件を世界記憶遺産に登録して、歴史論争で中国を圧迫し、南京大虐殺の悪行を希薄化する材料にしようとしているとみられる」(聯合ニュース2015年12月12日付)などと批判していますが、通州事件の被害者は朝鮮人(当時は日本国籍)のほうが多かったのですよ。日本叩きのためには、そういうことも無視するんですね。 ただ日本側にしても、記憶遺産の登録審査は2年に一度で、申請できるのは一国2件までと決められており、すでに文部科学省内の日本ユネスコ国内委員会は2017年の登録候補2件を選定しているということで、通州事件をまともに申請する気持ちはないようです。 制度上は国内委員会を通さないで直接ユネスコに申請することも可能なため、「つくる会」はそうするようです。文部科学省の怠慢・ユネスコの欺瞞室谷 私は、どうも文部科学省のなかに韓国のスパイがいるのではないかという気がして仕方がないのですよ。 たとえば2015年7月5日、ドイツのボンで開かれていたユネスコ世界遺産委員会で「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録されることが決まりましたが、その会議の席上で韓国側から軍艦島などでの徴用工の表現をめぐって異議が出され、決定が紛糾するということがありました。 すでにその前段階で日韓双方の外務大臣が話し合い、お互いが協力することで決まっていたはずなのに、突然、韓国側が裏切ったということで、日本国内の嫌韓意識がさらに高まりましたが、実際の事前折衝は文部科学省がしていた。 しかし、ギリギリのところを詰めずに決定の場に臨んだのです。そんなことをしたら、韓国側にやられることは目に見えているわけです。少なくとも韓国ウオッチャーなら、誰もがそう考えます。 そして予想どおり、韓国がいちゃもんをつけてきた。それで「韓国が裏切った」などと言っていたわけですが、いちゃもんをつけられるお膳立てをしたのは文部科学省ですよ。宮崎 そういう利敵行為になるような、いわば「第五列」(自国内におけるスパイのこと)のような存在は、文科省にかぎらず日本には多いですね。 日本のマスコミにしても、第三者を装って、「日本政府がこう言っているが、中国、韓国政府はどう思うか」といったご注進報道を繰り返してきましたからね。 だいたい、教科書検定の中身について、われわれより先に韓国メディアのほうが知っているというのは、おかしな話ですよ。日本のメディアが国内での議論を深めるより、まず中国と韓国にご注進するほうを優先させているからでしょう。 まあ、こういうご仁は日本だけにかぎりませんが。ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長にしても、2015年9月3日に北京で開催された抗日戦争勝利70周年記念式典の軍事パレードに出席して、中立性を疑われました。中国から相当の便宜を図ってもらっているのかもしれないですし、彼女は次期国連事務総長に立候補する意向を表明しているため、中国の票欲しさでご機嫌とりに行ったともいわれていますが、どちらにしても中立の立場とはとてもいえない。 いずれにしても、「南京大虐殺資料」の記憶遺産登録は、日本がユネスコ対策を怠っていたということが大きな問題です。すでに決まってしまったものを、いまさら取り消すのはなかなか難しい。 そうすると日本側の対応としては、通州事件などをどんどん申請していかなければならない。相手が政治目的の申請をするなら、こちらもやる。ユネスコの世界遺産はそういうものだということになれば、世界の見る目も変わるでしょう。私は前から提案しているのですが、ついでに日本にも「天安門事件記念館」をつくって、それを申請するという手もあります。室谷 だいたいユネスコの世界遺産認定なんて、地方の信用組合の表彰状みたいなものですよ。日本の名誉を犠牲にしてまでもらう必要はない。アメリカで変化する中国の反日活動宮崎 この「南京大虐殺の資料」が記憶遺産に登録されたことを機に、アメリカでの中国の反日活動が変化し始めています。 これまでアメリカにおける中国の「南京大虐殺」キャンペーンは、アイリス・チャンが書いた歴史捏造書『ザ・レイプ・オブ・南京』を中心に展開されていました。ところが、この方針が変わったようで、現在ではアイリス・チャンを持ち出さなくなったというのです。 これはチャンネル桜代表の水島総さんがアメリカで取材してきてわかったことで、サンフランシスコのチャイナタウンにある抗日戦争記念館が2015年8月15日に改装され、再オープンしたのですが、これまで展示してあったアイリス・チャン関連の資料はほとんど撤去されたというのです。 その代わりに、当時の国民党を支援したアメリカ合衆国義勇軍(フライング・タイガース)の展示などが前面に出され、記念館の名前も、漢字では「海外抗日戦争記念館」ですが、英語名は「パシフィック・ウォー・メモリアルホール」(太平洋戦争記念館)としているそうです。 つまり、アイリス・チャンの役目はもう終わったので縮小し、今度は、中国の抗日戦争はアメリカとともに戦ったことを強調する展示内容に変わったということなのです。 もちろんこれは、北京の指令に基づいているはずです。これから世界中で、中国の反日活動はこういう形に変わっていくのではないかと思います。 日米を離間させるための計略ですが、ある意味では、中国から離れつつあるアメリカを中国側に引き戻したいという意志の表れだと思います。南京大虐殺記念館を訪れる人たち =2015年10月5日、中国江蘇省南京市(共同)室谷 それは韓国のやり方を学んだのかもしれません。慰安婦問題を「全人類の共通問題」にすり替えて世界にアピールしていますから。 そういう論点のすり替えは、非常に長けていますからね。前述の靖國神社での爆破テロ事件のときも、韓国外交部は「訪日韓国人は靖國神社に近づくな」「右翼団体に気をつけろ」といった注意を出していました。 自分たちが不利な立場になったら、いつの間にか加害者が被害者になりすますという、お得意のやり方です。2015年3月に駐韓アメリカ大使が韓国人の暴漢によるテロにあった際も、朴槿恵大統領は「これは韓米同盟に対するテロだ」と言って、被害者の立場になってしまった。日本人には真似ができない才能です。宮崎 日本でも以前、北朝鮮に対する批判が高まると、登下校中の在日朝鮮人の民族衣装がナイフで切られるといった、いわゆる「チマチョゴリ切り裂き事件」がよく起こりましたね。 それで朝鮮総連やその尻馬に乗った朝日新聞などが、「他民族への憎悪をこういう形で表すのは卑劣だ」などと、いかにも日本人が犯人であるかのように論じた。しかし、これまで犯人が検挙されたことはほとんどないし、検挙されたとしても単なる学生同士のケンカが理由だったりと、排外主義などとはまったく関係がなかった。 いまでは、日本人の世論を転換させるために仕組まれた自作自演だったのではないかとさえ疑われています。中国・韓国で言論弾圧が激化する本当の理由室谷 すでに韓国の政府内では、朴槿恵大統領にものが言えないどころか、おもねるような輩ばかりが出世しています。 たとえば、2015年、韓国は42年ぶりともいわれる深刻な干ばつ被害に見舞われました。そこで6月に、朴槿惠大統領は地方に行って、水田に消防車で水を撒まくというパフォーマンスをしました。 消防車のホースはすごい水圧ですから、朴大統領は一人では持ちきれず、田んぼの土がV字型にえぐれてしまい、消防士が慌てて横から支えたということがありました。まあ、そこまではいいのです。 収穫の時期になったとき、韓国の農林大臣が米の試食会の席で、「大統領様が水を撒かれた田んぼは大変に育ちがいい」と、わざわざ言ったのです。まるで北朝鮮そっくりですが、韓国の違うところは、民間のテレビ局が実際に見にいったわけです。 そうしたら、たしかに朴大統領が水を撒いたところの稲は立派に育っていたのですが、その周辺の水田はひどく荒廃していた。つまり、農林大臣は一言ゴマをすりたいがために、朴大統領が水をやったところに毎度、公務員を派遣して水を撒かせたのだと思います。北では一昔前まで、何かにつけて「首領様の現地指導により……」でしたからね。宮崎 本当に北朝鮮そっくりですね。中国でも、習近平主席による言論弾圧がしだいにエスカレートしてきています。人権派弁護士の逮捕・拘束は2015年だけで数百人におよび、中国政府の新疆ウイグル政策を批判した人権派弁護士の浦志強(ほしきよう)は12月22日に、懲役3年、執行猶予3年の実刑判決を受けています。 また、12月25日には、同様に中国のウイグル政策を批判したフランス誌の女性記者が国外退去処分となりました。 これは別の章であらためて解説しますが、2015年12月27日には「反テロ法」が成立し、テロ事件に関する報道の制限や、通信事業者にデータ解析に必要な暗号化キーの提供を義務づけました。 さらに12月31日になって、人民解放軍のなかに3つの部隊が新設されました。そのうちの一つが「戦略支援部隊」という意味不明なフォースでしたが、これがサイバー専門部隊なのです。 こうした言論弾圧が強化される背景には、権力闘争なども絡んでいると思いますが、一方で国民の不満が確実に高まっていて、しかも、以前であれば反日によってそれらの不満を外部に向かわせることができたのですが、それがもはや効かなくなっている、あるいは、それではすまないほど大きな鬱憤が噴出し始めているということではないかと思います。室谷 韓国でも、先に話したとおり、「大統領の名誉」を軸に据えて、ネット監視や、ビラの取り締まりといろいろやっています。民主主義の前に法治主義がいまだに確立されていないのだから、言論の自由が認められないのも当然かもしれませんね。しかし、韓国ではデモはできる。教科書国定化反対、労働問題……掲げるテーマはあふれすぎていますからね。 みやざき・まさひろ 1946年、石川県金沢生まれ。評論家。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長、貿易会社経営などを経て、1982年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇デビュー。中国ウォッチャーとして知られ、全省にわたり独自の取材活動を続けている。著書に『世界から嫌われる中国と韓国 感謝される日本』(徳間書店)、『日本と世界を動かす悪の孫子』(ビジネス社)など多数。むろたに・かつみ 1949年、東京都生まれ。評論家。慶応義塾大学法学部を卒業後、時事通信社入社。政治部記者、ソウル特派員、宇都宮支局長、「時事解説」編集長などを歴任。2009年に定年退社し、評論活動に入る。著書に『呆韓論』『ディス・イズ・コリア』(産経新聞出版)、『悪韓論』『日韓がタブーにする半島の歴史』(新潮新書)、『韓国人がタブーにする韓国経済の真実』(共著、PHP)など。

  • Thumbnail

    記事

    58人の論客に聞いた! 初の憲法改正へ、これが焦点だ

    の努力もせずに絡め手を考へるなどといふ姿勢こそが、戦後日本の精神の腐りそのものでなくて何であらうか。呉善花氏「国民が最も恐れるのは政府が機能不全に陥ること」拓殖大学教授 呉善花1 9条に第3項を創設2 C・9条改正のみ 九条第三項として「自衛のための軍隊を持つ。ただし軍隊の海外派遣、移動、撤退については、国民投票によって委任された機関の決議を必要とする」を創設する。主旨は、国境を越えた国軍のコントロール権を国民が持つことにある。二次大戦時の我が国やベトナム戦争時の米国のように、政府が退くに退けない泥沼状態にはまり込んでしまうことを、なんとしても避けるためだ。 「緊急事態条項ならば国民に受け入れられやすい」と考えるのは間違いだ。国民が最も恐れるのは、東日本大震災時の民主党政権のように、政府が機能不全に陥ることだ。あの記憶からも「政府に大権を委ねるべき」との国民合意はいまだ形成されていない。政府の政治指導能力が十分でありさえすれば、災害対策基本法、自衛隊法、警察法などで十分対応できるはずである。明星大学戦後教育史研究センター 勝岡寛次1 24条2 A 憲法第二四条は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」し、結婚相手の選択から離婚に至るまで、家族に関する全てのことは「個人の尊厳と両性の本質的平等」に立脚せよと書いてあるが、それを七十年間忠実に履行した結果が、今の日本に他ならない。「お一人様」がかくも増え、「バツイチ」や「バツニ」がかくも増えたのは、〝春秋の筆法〟を以てすれば、親は結婚や離婚のことに口出しするな、それは「個人の尊厳」なんだから「両性の合意」に口出しするなという今の憲法があるからである。「個人の尊厳」ならぬ「家庭の尊厳」をこそ、憲法にきちんと規定すべきである。 但し、今般の憲法改正は、諸外国も一様に規定しており、国民の理解が得られやすい「緊急事態条項」創設一本に絞るべきである。そうしなければ、憲法改正に関する国民の議論は深まらない。中国人民解放軍の統合作戦指揮センターを視察する習近平国家主席=2016年4月20日、北京ノンフィクション作家 河添恵子1 自主憲法制定が望ましく1つは難しい2 A 習近平体制で中国「軍区」が改編され「戦区」になった。核実験を繰り返す北朝鮮が、2月7日には長距離弾道ミサイル発射実験を強行した。だが、常日頃、「戦争反対」「核兵器廃絶」を声高に叫ぶ護憲派たちはシラっとしている。万が一、沖縄周辺にカケラが落ちても、高濃度の放射能が拡散されても、隣国の挑発行為については口を閉ざし、「沖縄に米軍基地が集中しているから」と論点をすり替えるのだろう。個人的には日本人の生命財産、自由と民主、領土領海領空など有形無形の価値を守るため、「抑止力強化のための国防組織」が早急に必要だと考える。だが、「国軍=軍国主義と徴兵制の復活」などと勘違いはなはだしい平和ボケした大多数の有権者に向けて、夏の参院選で「憲法9条の改正」を看板に掲げるのは、刺激が強すぎるのではないかと危惧する。日本国憲法が抱える二大欠陥弁護士・タレント ケント・ギルバート1 9条2項(自衛軍を持つ)2 C 日本国憲法が抱える二大欠陥は、元首の定めがないこと(一条)と、戦力及び交戦権を放棄していること(九条二項)である。天皇は現在も事実上、元首の役割を果たしているが、象徴ではなく元首だと明記すれば、日本が世界一の歴史を誇る立憲君主国である事実を、改めて世界に示せる。 九条二項は、戦勝国である米国が、敗戦国の日本を永遠に依存状態に留める「属国用」の規定である。戦後七十年が経過したのに、属国状態からの脱却を求めないのは、恥ずべき態度である。 世界情勢が激変する中、政府が日本国民の生命と財産、領土を守るには九条が邪魔であり、日本が世界第三位もしくは二位の超大国でありながら、国際社会に相応の貢献ができない原因でもある。早く九条を改正して自立国家になり、混沌とした世界の安定のために貢献して頂きたい。評論家 呉智英1 前文2 A 憲法前文は、憲法全体を規定し、全法律を規定している。前文中「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」とあるのは「崇高な理想」にあらず、相当な妄想である。私は九条絶対擁護派ではなく、戦後七十年間、九条をだましながら活用してきたことを巧智として評価する現実派である。まだ活用でいけると思うが、そのためには非軍事的な情報戦・謀略戦が重要となる。引用した前文の一節は、情報戦・謀略戦を排除するものなので、これを改める必要がある。 緊急事態への対処は、憲法規定か通常法か判断に迷うところだが、三・一一のような大災害、将来ありうる北朝鮮崩壊による混乱の波及などを考えれば、早急に考えなければならない。法と統治の関係は常に問われている。元自衛艦隊司令官 香田洋二1 9条2項2 B・9条2項の改正+緊急事態条項 個別的自衛権の発動要件についてさえ「外部勢力によるわが国に対する武力行使」の定義に関する理論的解釈にのみ強く縛られ、現実的な観点に立つ発動要件が明確に定められていない現状は、時宜を得た自衛隊による我が国の防衛活動自体を事実上困難にしている。まず、この現実を速やかに改める必要がある。また、国際的安全保障事案において武力の行使を前提とする自衛隊の貢献が必要な事態においても、この選択が事実上閉ざされている現状は、我が国の国際社会における地位を考慮した場合、その一員としての責任を果たす上で極めて不自然かつ不適切である。この不具合を正す唯一の方法が憲法改正であるが、具体的にはこれらの問題の原点である9条2項の修正と、そもそもの欠落事項である緊急事態条項の創設に絞り、正々堂々と憲法改正を行うべきである。業田良家氏「最初に改正すべきは第9条」漫画家 業田良家1 9条2 C・9条を最初に改正すべきだ 最初に改正すべきは第9条。第1項で日本国民の生命財産領土を守るためであれば武力を行使することを認め、第2項で陸海空軍および国防のための諜報機関を持つことを明記する。自衛隊を正式に軍隊と認め、ネガティブリストで戦闘ができる組織にしないと自衛隊員の生命が守れないと思う。また「前文」に対抗して「後文」を付け加え「本憲法は連合国軍占領下においてGHQにより作られた憲法であることを認め、後日、日本国民の手により一から作り直すことを誓う」と書く。さらに「日本国民は倫理道徳を大切にし、真実を求め美を愛しより善く生きることを誓う」とも付け加えてほしい。日本人は真面目なせいか、憲法に書いてある通りの人間になっていくことが70年をかけてはっきりと分かりましたので。評論家 小浜逸郎1 すべてを改正すべき2 B・9条2項の削除を同時に行なう 上記1と2とは、一見矛盾しているようですが、1は現行憲法の成立事情とそのアメリカ製の基本思想を否定し、天皇を元首とする立憲君主国である日本の国体にふさわしいまったく新しい自主憲法を制定すべきであるという理念を示したものです。一方、2の「緊急事態条項創設と9条2項の削除を同時に」は、いま憲法改正に手を付ける場合に、内外の諸々の事情を考慮して、国民のコンセンサスが得られる可能性があるぎりぎりの地点を示したものです。筆者はすでに、この問題に関して何度か論考と自主憲法草案とを発表していますので、参考にしていただければ幸いです。 著作:『なぜ人を殺してはいけないのか』(PHP文庫)ブログ:http://asread.info/archives/2060http://asread.info/archives/2097「今こそ憲法改正を!1万人大会」でガンバロウコールをする櫻井よしこ・美しい日本の憲法をつくる国民の会共同代表(中央)、その左は田久保忠衛・共同代表 11月10日午後、日本武道館 (野村成次撮影)ジャーナリスト 櫻井よしこ1 9条2項2 A・緊急事態条項の創設だけを先行 本来は、日本国憲法の最大の欠陥である前文と9条2項の改正を優先すべきだと考える。しかし、発議に国会の3分の2、改正実現に国民投票で過半数の賛同という非常に高い基準を満たすには、現実的に考えることが必要だ。 緊急事態条項創設は社民共産両党を除く全政党が賛成だ。東日本大震災でわが国の防備が極めて手薄であったこと、その後の対処や復興を妨げた問題が憲法に緊急時を想定した条項がないという驚くべき欠陥故であったことは、すでに多くの国民の理解するところだ。 自然災害に加えて、中国、北朝鮮の生々しい脅威の前で、緊急事態条項創設の必要性は支持されるに違いない。憲法を真に国民のものとするために結果を出さなければならず、そのためには緊急事態条項創設を優先するのが現実的だと考える。佐藤守氏「一旦帝国憲法に戻り、改めて整理すべき」防衛大学校名誉教授 佐瀬昌盛1 96条1項2 B・96条1項も改正すべき 九六条一項で「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で…」とあるのは意味が曖昧すぎる。改正発議時点での「在籍議員の三分の二」と改める。 安倍首相は改憲を呼びかけるとき、当面は九条問題に触れたくない模様だが、九六条一項問題を手掛けた次には九条一項と、前文中の「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とあるのを改めるべきである。理由は、そこに見られる「国際社会性善説」が誤りであるからだ。 なお、小さなことだが、現行憲法は旧仮名づかいで書かれているので、それを改めるべきである。その点では護憲論者も同じことで、新仮名づかいに改めるのにも彼らは「改憲ハンターイ」を叫ぶのだろうか。軍事評論家・元空将 佐藤守1 9条2 B・9条も同時に改正すべきだ 個人的には現憲法を直ちに破棄して一旦帝国憲法に戻り、改めて整理すべきだと考える。理由は「新憲法」第一章第一条の「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とされている条文程、日本人の精神性、日本の歴史と文化を無視したものはなく、天皇こそが日本国体の〝本質〟で、人為的な憲法の枠外にあるべき存在であることが理解できていない外人の作文だからである。帝国憲法の第一条~第四条までの天皇に関する項目は、規定ではなく天皇の存在に関する解説だと理解すべきで、異民族作の「新憲法」は独立と同時に破棄すべきものであった。政治家には、破棄して作り直す勇気を継続して求めたいが、少なくともそれまでに出来るところからやっておくべき、と考えて回答したものである。福井県立大学教授 島田洋一1 81条2 B・緊急事態条項と81条改正を 選挙で選ばれていない15人の人間(最高裁判事)が、選挙を経た人間(国会議員)が衆参両院を通した法律を最終的に無効にできるという81条は民主的なチェック&バランスの原理に反する。例えば、最高裁がある法律を違憲としても議会の3分の2ないし5分の3の賛成でその判決を覆せるようにすれば危険がないだろう。憲法6条2項、79条の規定により最高裁判事は事実上首相の一存で決められる。仮に村山富市、菅直人のような首相が10年も続き、自覚的に左翼人士を任命していけば、司法を通じた左翼革命が可能になる。最高裁判事の任命手続きについても衆参の同意人事としてはどうか。顔も名前も思想傾向も一般国民には全く分からない人物がいわば密室談合で次々最高裁入りしていく今のシステムは余りに不透明だ。石平氏「現在の日本は黒船来航以来の安全保障上の危機」評論家 石平1 新憲法を作るべきで1つに絞れない2 C・廃憲の上で新憲法を制定 現実の必要性からすれば、現在の日本は黒船来航以来の安全保障上の危機にさらされており、アジアの平和を守るためにも日本は新しい憲法を制定して、自国をきちんと守れる体制をつくらなければならない。現行憲法で問題なのはひとつは9条だがそれ以上に、GHQ(連合国軍総司令部)の民政局が自分たちの理念を押しつけた憲法であって、日本の国体・歴史・伝統を無視して作られている点が重大な問題だ。日本は1951年に独立を回復しているのであり、廃憲した上で、明治憲法の伝統を受け継いだ新しい憲法を作るべきだ。現行憲法にある基本的人権の尊重や民主主義などは重要な理念であり、すべてを否定する必要はない。それらは大事にしながらも、憲法9条は廃止し、日本の心、精神を基本とした新しい日本の憲法を、日本人の手で作らねばならない。北朝鮮のミサイル再発射に備え防衛省内に設置された PAC3と周辺を巡回する自衛隊員 =東京都新宿区(長尾みなみ撮影)弁護士 高池勝彦1 1つには絞れず回答不可2 C・全面改正 憲法制定は、国家の基本法ですから、民主的に制定されなければなりません。内容が良ければよいといふものではありません。現行憲法は明らかに占領政策の一環として押し付けられたもので、民主的に制定されておらず、全面改正の必要があります。憲法無効論は、現行憲法が大日本帝国憲法の改正手続きに従つて改正されたこと(国体が護持されたこと)、我が国の主権回復から六十四年も経つてゐること(その間主権国家として現行憲法が施行され続けたこと)などを考へると無理です。 全面改正が政治的に無理であれば、現行憲法を追認することにはなりますが、緊急事態条項とともに前文削除と第九条の改正を合はせてやるべきです。集団的自衛権の行使容認は憲法違反であり認めるなら憲法改正すべきであると詭弁を弄する学者もゐますので、それを逆手に取るべきです。高須クリニック院長 高須克弥1 1条2 A・緊急事態条項の創設を先行 とりあえず早急に改正を望むのは「第一章 天皇」の第一条で、天皇の国家元首としての確固たる地位を示すよう、改めるべきです。いまの一条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」となっていて、「元首」という言葉すらないのです。「天皇は国の元首にして日本国に君臨するものとす」と書くべきなのです。 また、自らの生命と財産を守るための戦いは人類が保有する基本的な権利であると考えます。 故に、「国の交戦権は、これを認めない」と書かれている九条は、以下のように改めなければなりません。「日本国民は自らの生命と財産を守るための交戦権を保有する」高橋史朗氏「憲法第二四条は根本的に見直す必要がある」明星大学教授 高橋史朗1 24条2 B  憲法第二四条の草案は、ミルズ・カレッジを卒業後、アメリカの戦時情報局で、対日心理戦略プロパガンダの放送台本を書いていた二十二歳のベアテ・シロタ・ゴードンによって作成された。  世界の憲法でこの規定に近いものは皆無であり、ソ連やポーランドなど共産主義国の憲法だけが同様の規定を設けているにすぎない。  日本の男女の関係や家制度などについての固定観念(WGIPの土台となった論文や報告書の思想的影響を受けた)や偏見に基いて作成された憲法第二四条は根本的に見直す必要がある。 しかも、同条の成立過程を検証すると、日本側は次々に反論したが、GHQのケーディス民政局次長がその議論を巧みに封殺して押し付けたことが明らかになっている。こうした事実を踏まえた改正論議が求められる。ジャーナリスト 高山正之1 全改正すべきで1つだけでは回答不可2 A 憲法が米国の押し付けということは安保法制違憲学者の長谷部恭男でも認めている。彼は「米国憲法の理念で作られた」と言うが、それは違う。「日本を原爆で叩き潰し、白人支配を再確立できた」と舞い上がっていた時期、その人種的傲慢さが産み出したものだ。まるで創造主気取りで一国の自衛権、交戦権まで奪っている。しかし冷戦が始まって少しは冷静になってみた瞬間、彼らはその醜悪さに気づいた。まずマッカーサーが「軍隊を持って一緒に戦おう」と言い、続いて副大統領ニクソンが「憲法押し付けは誤りだった」と頭を下げた。歴史的汚点を早く消してほしいと。 日本は原爆の報復権を留保しつつ、寛容さをもって醜悪な憲法を改めてやればいい。第一歩は緊急事態条項創設がいい。ヒトラーを生んだドイツでも、今それを備えている。杏林大学名誉教授 田久保忠衛1 1つには絞れず回答不可2 A 何らの前提もない質問に答えよと言われているようで当惑した。今夏の参院選で与党が、あるいは自民党だけで全議席の三分の二以上を獲得できるのか、それともいずれもその水準に達しないのかによって話は違ってくる。志だけを問われているのであれば日本および日本人のアイデンティティが曖昧な憲法前文は根本的に改めなければならない。国際情勢をみても、国連決議など無視して「水爆実験」や長距離弾道ミサイルの発射など無茶苦茶な行動をする国家や、東シナ海や南シナ海で軍事力を背景に「現状変更」を迫る国々が隣に存在するのに、軍隊を保有するとの規定もない空想的な憲法では話にならない。日米同盟に少しでも支障が生じれば日本の運命そのものが危うくなる。今可能なのは共産党以外与野党七党が賛成している緊急事態条項以外にはない。竹田恒泰氏「九条の最大の問題は、読み手によって如何様にも解釈可能なこと」作家 竹田恒泰1 9条(第1項、第2項共に)2 C・9条のみで正面突破 現行九条の最大の問題は、読み手によって如何様にも解釈可能なこと。「侵略戦争は放棄するが、自衛戦争は放棄しない」「侵略戦争の実力は保持しないが、自衛戦争の実力は保持する」、という主旨を明記するのであれば、保革を超えて合意可能であろう。また、緊急事態条項から改正するのも手だが、ここは敢えて本丸である第九条を正面から突破すべきである。安倍政権で憲法改正できたとしたら、それは「一回のみ」と心得るべき。安倍政権で九条を改正できなければ、恐らく向こう一世紀は改正不可能。緊急事態条項より九条の方が国民の関心は高くなるであろう。九条改正は安倍総理の悲願である。かつてリンカーンが合衆国憲法修正十三条を改正した時のように、敢えて難しいことに挑み、自らの情熱をぶつけて、国民的議論を喚起し、一撃のもとに仕留めて欲しい。八重山日報編集長 仲新城誠1 9条(軍隊の保持を明記する)2 A 尖閣諸島周辺海域では中国公船が領海侵犯を繰り返しており、領海警備に当たる海保は対応に苦慮している。憲法9条で理念的に両手両足を縛られているような自衛隊は、中国に対する抑止力になっていない。憲法9条の改正で、自国は自らが守るという姿を取り戻さない限り、国境が他国に圧迫される現状は変わらないと感じる。 ただ現時点で日本が即座に憲法9条の改正に踏み出せば、中国は「日本の軍国主義が復活した」と最大限に宣伝し、日本攻撃の材料として活用するはず。米国などが同調すれば、かえって日本に不利な国際情勢が形成されてしまう懸念がある。領海侵犯の増加や巡視船への体当たりなど、中国が逆に挑発行為を強める口実にするかも知れない。まずは「9条は平和主義のシンボル」という誤った概念を払拭する努力が先ではないか。尖閣諸島を含む東シナ海上空。手前から南小島、北小島、魚釣島 =2011年10月(鈴木健児撮影)中央大学名誉教授 長尾一紘1 1つだけの選択は不可2 C 憲法改正の第一の目的は、日本という国を「ふつうの国」にすることにあります。前文・九条の改正、緊急事態条項の導入などが必要とされるのはこのような趣旨によるものです。 憲法にはかなり時代遅れになっているところがあり、これを是正する必要があります。これが憲法改正の第二の目的です。たとえば、人格権や環境権の導入などが必要とされているのです。 改憲の要点は、このように二分することができます。ここで留意すべきことは、護憲論者の反対論がもっぱら前者のグループにかぎられているということです。改憲の第一歩を後者のグループから始めるという考え方も一考に価するものと思われます。第一歩がたとえ人格権や環境権の導入にすぎないものであったとしても「戦後レジーム」からの脱却への巨大な一歩になりうるからです。中西輝政氏「96条改正に再チャレンジすべき」京都大学名誉教授 中西輝政1 96条2 C・96条から改正すべき もちろん、「これだけは改正すべき」なのは、前文と9条、他のいくつかの重要条項である。しかしその改正は、国会議員の3分の2の賛成が必要とする96条がある限り、到底不可能だ。緊急事態条項創設だけを先行させるべき、という選択肢も改憲の実績づくりとして現実的に見えるが、相当難しい。必ず〝隠れ護憲派〟が跳梁して「(緊急時に)国会議員の任期を延長する」だけの改正で骨抜きにするだろう。9条など本命の改正は却って遠のいてしまう。しかも96条が生きている限り、今の政治状況ではその中途半端な改正すらかなり難しいと思われる。安倍政権発足後の2013年に96条改正が一時、大々的に論じられたのに、いつの間にか「立ち消え」にされてしまった。あの時、初志貫徹していれば状況はうんと違ったはず。96条改正に再チャレンジすべきだ。金沢大学教授 仲正昌樹1 緊急事態条項2 D・現時点では憲法改正に反対 安保法制に反発する世論の盛り上がりで明らかになったように、国民の多くは、日本をめぐる国際情勢の緊張やそれへの対処法、法制について十分な認識を持っていない。だから憲法学者の個人的意見や徴兵制の恐怖を煽る反対派の宣伝で簡単に動揺する。改憲派の中にも、自主憲法の制定で対米従属から脱却すると猛々しく叫ぶだけで、日米安保に代わる具体策を考えない、観念的な反米保守が少なくない。今、改憲を発議しても冷静な国民的議論は期待できず、イメージ合戦に終始する。憲法は、その国の歴史・環境と国民の合意に基づいて国家の基本方針を示すものであって、国民の意識を改造したり、パワーバランスを劇的に変化させる手段ではない。新しい安保法制の下で、東アジアの平和維持や緊張緩和に貢献する実績を積んだうえで、本格的な改憲論議を始めるべき。焦ってはならない。サヨクウォッチャー 中宮崇1 アメリカ合衆国憲法第1章第8条第11項2 A・緊急事態条項創設だけ先行 米国憲法の右条項は連邦議会に「戦争を宣言し、船舶捕獲免許状を授与し、陸上および海上における捕獲に関する規則を設ける権限」を認めています。宣戦布告だけでなく、民間船が実力行使することを認める権限を与えているのです。 独立当初イギリスに比べ圧倒的な海軍小国であったアメリカは、その不利をカバーするために私掠船(海賊船)の活用を図り、その権限について憲法に明記しました。この規定は現在も生きており、特にイラク戦争以降民間軍事会社(PMC)が大きな役割を果たしています。また、戦時に軍組織で働く民間人の割合も年々増加しています。 中国等の脅威だけでなく、ソマリア海賊やテロリスト等国家以外の脅威に柔軟に対処するためにも、軍事における「民活」の是非についての議論は必須でしょう。西尾幹二「右顧左眄せず、正面突破されよ」駒澤大学名誉教授 西修1 9条2 A 質問1に関連し、誰が読んでも自衛戦力さえもてない非武装条項に改めることと、誰が読んでも自衛戦力(軍隊)をもてるようにするための二者択一の国民投票を実施することを提案したい。 質問2に関連し、第一回目として、条文の明白な誤りを是正するための改正を併せて実施するのも一考と思われる。たとえば第七条四号の「国会議員の総選挙」を「衆議院議員の総選挙及び参議院議員の通常選挙」に改めるなど。 本来、日本国民の手で、まったく新しい「日本国憲法」を制定すべきであるが、少なくとも、①前文の見直し、②国家の自立としての国防、国家緊急事態条項の新設、③家族の位置づけ、④環境保護、⑤憲法改正手続きの緩和、⑥健全な国家財政の運営条項の導入は必須。海自試験艦「あすか」(海上自衛隊提供) 評論家 西尾幹二1 9条2項2 C・9条2項の削除 憲法改正問題について私の内心には深い絶望が宿っている。私は平成十二年、『諸君!』七月号に「このままでは『化け猫』が出てくる」という論考を発表した。環境権とか、知る権利とか、プライヴァシー権とか、フェミニズムの権利とかを言い立てる人が現に多く、義務規定に比して権利規定の多い現行憲法にさらに新しい権利規定を盛りこむことばかりを考える今日の国民の政治意識のレベルを考えると、まともに全面改正の大議論をしてもうまく行くまい。公明党を抱え、自民党の三分の二がリベラル派で、これら「化け猫」にやさしい人々である。政府は九条二項の削除のみに限定すべきである。安倍内閣の命運をこの一点に賭けるべきだ。ただし一年以内に国民投票に持ち込んで、確実に実現する。右顧左眄せず、正面突破されよ。東京基督教大学教授 西岡力1 9条2項2 C・9条2項改正で正面突破を 憲法9条2項改正は後回しにできない。そもそも我が国だけが国際法上、全ての国に許容されている自衛のための陸海空軍その他の戦力を持たないとされている2項の規定が異常だからだ。これは、世界の国の中で我が国だけが国軍を持つと邪悪な行動をとりかねないとする差別と偏見の上に成り立っている。真の独立国家となるため国軍保有は絶対に欠かせない。 また、我が国の平和と安全は9条によってではなく、自衛隊と日米安保条約によって守られてきた。しかし、中国共産党政権の軍拡と対外膨張主義、米国の内向化が並行して進む中、現状の体制では平和と安全が守れなくなる危機が近づいている。だから、自衛のための軍事力を急ぎ強化する必要がある。そのためには9条2項を改正して国軍を持つと明記することは避けて通れない。西部邁「英国と同じく不文(慣習)法としての憲法にするのが最善」評論家 西部邁1 ・一つだけ・を挙げるのは不可能2 B・前文2項3項改正と9条2項廃止も 歴史的な存在たる国家の根本規範としての憲法は成文(制定)法として「設形さる」べきものではなく国民の歴史的良識から「成る」べきもので、英国と同じく不文(慣習)法としての憲法にするのが最善である。 成文憲法が欲しいというのなら、現憲法の前文第一項の(国民ならぬ人民の)主権主義、第二項の(他国依存の)平和主義、第三項の(政治道徳の)普遍主義、九条二項の(非武装の)平和主義、十一条の基本的人権における「基本的」ということの意味、十二条の自由権と十三条の個人尊重における「公共の福祉」の基準について、「国民の伝統精神」が憲法意識の根源という見地から修正もしくは廃止さるべきである。なお、最大の争点とされている九条第二項(非武装・不交戦)は、自衛隊が存在する以上、すでに死文とみなすべきだ。皇學館大学教授 新田均1 前文2 B・前文の改正を一緒に図るべきだ 憲法の前文によれば「国民主権」を宣言した理由は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」ためであり「われらの安全と生存」の「保持」は「平和を愛する諸国民の公正と信義」に委ねなければならない。つまり、日本国政府はいつ戦争を始めるかわからない邪悪な存在であるから国民が監視しなければならず、他方、諸外国はすべて平和勢力なので、彼らの言うことを素直に聞いていれば何の問題もないというのである。〝憲法は政府権力を拘束するものあるから、憲法改正は憲法違反〟などという議論は絶対王政に対抗した市民革命の理論を国民主権の時代に持ち込んだ時代錯誤の戯言だが、そのような言論が幅を利かせるのは、この前文があるためである。緊急事態への対策は急務だが、それも国民の自己信頼の回復があってはじめて機能する。元開星高校野球部監督・教育評論家 野々村直通1 前文 将来的には全面改正2 B・緊急事態条項と同時に前文と9条 現安倍政権のうちに〝憲法改正〟に着手しなければ二度とチャンスは巡って来ないように思う。日本を取り巻く隣国(中国・北朝鮮)の横暴が表面化している今、国民の国防に関する気運も高まっており、理解を得られる時期に来ている。偏った報道で護憲派の意見ばかりが切り取られて垂れ流されているが、潜在的国民意識の中には危機意識が浸透しているとみる。何としても憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して…」は削除。前文で〝日本の伝統(歴史)と世界に誇る文化を高らかに謳いあげ、国民が日本国と日本民族に誇りをもてる〟ものに変更することが肝要である。国防に関してははっきり条項を定め、愛する日本の国土と国民を守り抜くための国軍を規定する。国防を規定することにより抑止力とすることが独立国家の当たり前の憲法である。秦郁彦氏「争点を第9条に絞った正面突破をはかるのがよい」埼玉大学名誉教授 長谷川三千子1 9条2項削除及びそれに関連した改正2 C・緊急事態条項は1に付随した改正で 拙著『九条を読もう!』(幻冬舎新書)にも書きましたが、日本国憲法第九条二項は、近代成文憲法の条項として、まさにあつてはならない条項です。といふのも、そこに規定された戦力不保持と交戦権の否認は、すべての独立国の責務である、自国の「主権」の維持といふことを不可能にしてしまふからです。「主権」とは単なる抽象概念ではない。それは現実の力の裏付けをもつて、はじめて維持されるものなのです。それをすべて投げ捨てる九条二項のもとでは、「国民主権」も実は成立しえない。九条二項は日本国憲法そのものを破壊してしまふ欠陥条項なのです。憲法改正は、まづこの欠陥条項を取り除くことから始めるべきでせう。現代史家 秦郁彦1 9条2項2 C・9条のみで正面突破 漠然と改憲を打ち出すと、あちこちから提言が乱立して、優先度をめぐる論争になり、収拾がつかなくなる可能性がある。 したがって、政府は争点を第9条に絞った正面突破をはかるのがよい。文芸批評家 浜崎洋介1 1つだけというのは回答不可2 C・9条のみで正面突破 現行憲法がGHQによる手抜き工事の代物であることは自明だが、それなら小手先の改正で堅牢な建築物ができるとも思えない。最低限、前文の撤廃、天皇関係条項の改正、9条の全面改正、緊急事態条項創設、国民の権利義務条項の改正、信教の自由条項の改正、96条の改正などが必要だと思う。ただ、現実的に考えた場合、国民の抵抗が少ない緊急事態条項の創設や96条改正から手を付け、その後に「9条」以下の改正に繋げていくというのが合理的なのだろう。が、「その後」がいつ来るのかは分からない。いや、それより以前に、この「現実的に」という言い訳によって改正が延び延びになってきた戦後70年間の「現実」がまずある。それなら、過度な戦略性よりも、私は「9条のみで正面突破」を選ぶ。事実、「9条」の改正がない限り「緊急事態条項」も画餅でしかあるまい。東谷暁氏「自民党の改正案もひどい」ジャーナリスト 東谷暁1 全改正すべきで1つだけでは回答不可2 C・全面改正(正確には「制定」)を 私は「独立憲法制定」論者なので、「憲法改正」の段取りを質問されたときには、全文改正と答えるしかなくなる。しかし、たとえ状況適応的であっても、部分的な改正がどうしても必要だというのなら、第九条二項削除に反対はしない。 安倍晋三政権が成立してから、第九六条改正先行論が盛んになったのに対しては呆れていた。九六条先行論を振り回した人たちは、以前、現行憲法は限界にきたとの認識を表明していた論者たちであり、それがいつの間に小手先のテクニックでよいと思うようになったのか。 ちなみに自民党の改正案もひどい。以前の制定案は護憲派の芦部信喜憲法学に基づくものだったが現改正案もその延長線上にある。「安保法案は違憲」といって注目された長谷部恭男氏は芦部の弟子であり、自民党の改正案も同じ系譜にある。ハドソン研究所首席研究員 日高義樹1 9条は1項、2項とも削除2 C・緊急事態には憲法も失効。条項不要 国があって憲法が存在している。現在の日本の憲法は現在の日本という国ができる以前からアメリカをはじめ連合軍側がカイロ会議やポツダムでの会議で民主主義的な日本を作るために定めた原則に基づいて作り上げたものである。 そのうえ、アメリカ公文書のひとつ、『アメリカ外交関係一九五〇年第十一巻』の一一二〇頁以降を見れば、日本側がいかに抗弁しようとも、アメリカが占領体制のもとで日本の憲法を現実に作成し、軍事力を持たせぬ代わりに日米安保条約をも作り、憲法と安保の体制を作り上げた。憲法をはじめ法律は国家が作るものであり、他の国の人々が与えるものではない。このことを我々は今一度考えてみるべきである。軍事評論家 兵頭二十八1 「防衛の義務」条項の創設2 C・根幹条項審議が国会を進化させる  創設を要するのは、根幹規定たる国民の義務としての(防衛の義務)条項:「日本国民は、国民の自由を防護するため、日本国民の多数意見が民主主義的に反映される政体を支持し、外敵および外敵の手先からわが国を防衛する義務を有する。」 加えて(間接侵略排除)条項として「国家反逆者は罰する。」も必要だと思料する。  われらが直面する最大脅威は直接侵略ではなく間接侵略だ。国会内に売国奴が混じるという根幹異常事態は、末節的条項では防遏不能だろう。 ほんらい最高裁が「9条2項は近代の立憲精神に違背するもので、制定時に遡って無効」と判断するのが早いのに、日本法曹界の法哲学はレベルが低いゆえ期待をし得ず、情けなく思う。青山学院大学教授 福井義高1 回答不可(名実共に独立後全て)2 D・現時点での憲法改正に反対  西尾幹二氏の前月号論考にあるように、安倍晋三「首相の立場をおもんぱかるのは…政権・与党幹部…あるいは自民党の仕事であって、少なくとも私の課題ではない」。  戦後70年経っても、自国領土とくに首都近郊にある外国軍隊基地を異常と思わない異常性。日米の軍事協力が必要─筆者も賛成である─ということと、米軍基地の永久化は同じではない。  かつて、外国軍隊駐留は独立喪失の象徴とされた。独立国としての憲法改正は、最低限、国内の米軍基地が自衛隊基地となったうえで一部が米軍に提供される体制となるか、米国領土に自衛隊基地が設置されるまで待つべきである。  日米政府や我が国親米派知識人が強調するように、日米同盟が対等であるならば、「非現実的」主張ではないはずだ。沖縄・嘉手納基地拓殖大学客員教授 藤岡信勝1 9条2項2 A 人は誰にも生きる権利があるのと同じように、国家も自己保存の権利を有する。ところが、日本国憲法九条二項には、「国の交戦権は、これを認めない」と書いてある。日本を滅ぼそうと敵が攻めてきても、これと「交戦」する権利が認められていない。やられ放題で滅亡するしかない。そもそも「認めない」と偉そうに言うが、「認めない」主体は誰か。憲法前文には、「日本国民は、(中略)この憲法を確定する」と書いてある。だから、「日本国民」が「日本国民」に対し、「おまえたちは攻められても戦わずに滅びろ」と命令している。こんな狂気の憲法をつくった覚えのない日本国民の一人として、九条二項、必ず削除したい。ただし、国民投票の失敗は許されない。緊急事態条項の制定で、「憲法は改正できる」ことを国民が学習する機会とするのは一つの案である。政治評論家 筆坂秀世1 9条2項2 C・9条のみで正面突破 もともと現憲法は、我が国に国家主権がなかった占領下で作られたものである。国家主権がない国でなぜ憲法を制定できるのか。無効と言われるゆえんである。いずれは国民全体の議論を通じて自前の憲法を制定するのが基本である。だが今はまず憲法は改正することができるということを国民の間に定着させることが大事である。そのためにも、まずは9条2項の改正を行うべきである。 多くの憲法学者は、自衛隊は違憲だとしている。一つの独立国家、主権国家として自衛権はあるのに、自衛権を裏づける軍隊を持たないなどというのは、国家としての体を成していないことになる。これらの憲法学者が非武装国家という非現実的な主張するのならともかく、そうでないのなら9条2項を改正して、自衛隊を軍として明確に位置づけることに賛成しなければ筋が通らない。三浦瑠麗氏「世界観は盛りこまなくてよい」ジャーナリスト 細川珠生1 全改正すべきで1つだけの回答不可2 B・天皇を元首とし家族条項も創設 現憲法は、占領軍によって作られたものであることを考えれば、占領が終わった今、日本国民の手により新しい憲法を制定するのは、当たり前のことである。しかし、そのような制定過程にあり、また数々の日本語の間違いや不可解な箇所がありながらも、一字一句変えて来なかったこの70年を考えれば、何か一箇所でも手を加えることは意味があることだ。かつて衆院でほとんどの政党が賛成を示した「緊急事態条項」の新設を「初めの一歩」にすることは現実的な方法であろう。 それに加えて、首なし国家と言われている状態を解消するために、天皇を国家元首と位置付け、新たに家庭の大切さを伝えるために、「家庭条項」を創設すべきである。家庭の大切さと同時に、家庭は守り、維持していく責任があることも、憲法で規定したい。皇學館大学教授 松浦光修1 1条(天皇を元首と位置づける)2 C・まず明白な表記ミスの修正から 「日本国憲法」の最大の欠陥は、国家として不可欠の要件である「元首」と「国軍」の規定がないところにある。「国軍」に関しては、多くの識者が指摘しようから、ここで私はあえて「第一条」の改正を訴える。なぜなら、たとえ「国軍」が創設されても、その忠誠の対象となる「元首」が明確でなければ、それは「魂の死んだ巨大な武器庫」(三島由紀夫「檄」)になりかねないからである。「元首」と「国軍」がそろって、はじめて国家は国家たりうる。「明白な表記ミスの修正」から着手すべき、とするのは、何人も反対する理由のない部分から確実に「憲法改正」を実現し、近代日本史上初の自力での「憲法改正」を、まず全国民が一度〝体感〟する必要がある、と考えるからである。それは全面的な改正という〝長い旅〟に出かける前の、〝予防接種〟としても不可欠であろう。東京都江東区で開かれた護憲派の集会で「憲法を守れ」などと書かれた メッセージを掲げる参加者=5月3日国際政治学者 三浦瑠麗1 9条2項の削除2 C・その他の方法で現行憲法を改正 憲法改正の目的は、日本を取り巻く安全保障環境と、日本の現実の政策とが合わなくなってきていることにある。安全保障を憲法解釈に代表される詭弁を重ねる法律論で語る悪しき伝統から抜け出す意義は大きい。憲法9条1項は国際法上最も先進的な自衛戦争の理解であり堅持すべき。2項が問題である。しかし、憲法改正を発議するには自民党の2012年改憲草案を撤廃し、たたき台を2005年草案に戻すことが前提。12年草案は、多数派の暴走を防ぎ少数派を保護するための立憲主義という概念を理解していない。現代の民主国家では民主制を守り少数者の権利を守るために憲法があるのであって、いま人造国家を設立するわけでもないのだから世界観は盛りこまなくてよい。また道徳についても自らの願望や価値観と社会の現実とを峻別することが大事となる。宮崎正弘氏「吉田茂の責任は重い」日本文化チャンネル桜代表 水島総1 回答不可(3点の改正から)2 C・全面改正が望ましい 天皇を国家元首と明記し、「国民主権」と九条を削除する。この三点の国体論議の無きまま、憲法が戦後思想の洗脳を受けた「日本国民」の手で変えられることを危惧する。対米従属を続ける我が国の現状と世界情勢を踏まえ、緊急事態条項や九条第二項等の国防安全保障に限った改正への現実的対応は捨てるべきでは無い。しかし私たちは無数の先祖たちから、天皇の国日本の国体の本来の姿を取り戻す確固とした意志と決意が求められている。「国民主権」などという厚顔無恥の「改正憲法」を推進することに、私たちは、先ず皇室に対して、そして、英霊と先祖に対して、深くお詫びし、恥を忍んでの現実的対応であることを痛切に自覚すべきである。今の憲法改正運動は、その畏れと痛みを国民が自覚する国体復古運動であるべきだ。経済評論家 三橋貴明1 9条2 D 日本国憲法(第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。)にもある通り、「法律の定める手続き」に基づき、国民の自由は制限できる。緊急事態条項が憲法になくても、緊急事態法を作成すれば済む話であるし、手続き的にも早い。自民党の改憲案を読むと、「財政の健全性の確保」つまりは財政均衡主義など、絶対に盛り込んではいけない条項が入っている。緊急事態に対応する「法律」を作成することについては賛成だが、今の自民党に憲法改正を進めて欲しくない。どうしても、改正したいならば、王道の「九条」一本で進めるべきである。評論家 宮崎正弘1 全改正すべきで1つだけでは回答不可2 C・廃憲  押しつけという一点だけで主権侵害であり、現憲法は国際法に違反する。占領基本法なのだから独立と同時に廃棄すべきだった。それを怠った吉田茂の責任は重い。  廃棄が正当であり、当然、明治欽定憲法にもどり、この改正というのが法理論的に正しいがすでに枢密院も貴族院もなく、物理的に不可能だろう。 であるなら五箇条のご誓文と十七条憲法に遡及し、日本のマニフェストとして掲げ直し、残りは不文律で良いのではないか。  日本のように歴史の長い、誇りある伝統の国にふさわしく、そうなれば偏向判決などの根拠が失われ、日本は「普通の国」、常識ですべてが判断される国家として国際社会に復権できる。八木秀次氏「天皇を国家元首とすることも必要」日本大学教授 百地章1 要改正点が多く1つには絞れない2 A・正確には本条項を再優先すべき 憲法改正が現実味を帯びてきた中、何を改憲テーマとして最優先するかは極めて重大な問題であるが、以下の視点から現実的かつ可能なテーマを選定すべきだろう。①国の根幹に関わる重大事項で②緊急性を要し③国会各院の三分の二以上および多数国民の賛成が得られそうなテーマである。 (1)と(2)から考えられるのは、「憲法九条二項の改正」と「緊急事態条項の明記」であろうが、前者は先の安保法制をめぐる混乱から推測されるように、決して容易ではない。しかし、後者なら実現の可能性はある。なぜなら先進国で緊急事態措置の認められていない国はなく、衆院憲法審査会でも共産党を除く与野党七党がこれに賛成したこと、それにこれなら国民生活に直結する身近なテーマでもあり、国民多数の賛成が得られそうだからである。それ故、緊急事態条項を最優先すべきである。麗澤大学教授 八木秀次1 9条2項2 C・9条のみで正面突破 現行憲法には多くの欠陥や改善を要する箇所がある。国柄を反映していない前文は全面書き換えが必要だ。天皇を国家元首とすることも必要だ。「国会議員の総選挙」という誤字も直したい。判例を反映した政教の緩やかな分離を示す規定に改正すべきだし、家族を社会の基礎的単位として国家が保護する規定も設けたい。衆参の捻じれによる政治の機能停止を回避すべく衆議院の優越性を高めることも必要だ。大災害や非常時に政府がどう機能するかを規定した緊急事態条項の創設も必要だろう。厳格すぎる改正要件も緩和したい。しかし、改正の最優先順位は9条2項ではないか。占領下に懲罰的に日本の非武装化を強要した同条項は主権国家に相応しくなく、安全保障上も問題だ。現実を反映してもいない。まず自衛隊ないし国防軍を憲法に位置付けたい。これこそ立憲主義の要請だ。憲法フォーラムでの安倍晋三首相ビデオメッセージが送られた=5月3日、東京都千代田区の砂防会館別館(福島範和撮影東海大学教授 山田吉彦1 9条2項 防衛力行使の正当性を明確化2 A・全面改正が望ましいが時間を要する 現在の憲法は、米国の影響下において制定され、すでに70年近い歳月が経つが、かわらずに堅持されている。そのため、グローバル化した社会、あるいは情報化の進展など予想だにしていない。時代の流れの中に憲法が劣化してしまい条文相互に矛盾が生じ、国民生活の指針とはなりえない。早急に現実の社会を反映した国民が豊かで安全な生活を送ることを保障する憲法を作らなければならない。また、1994年国連海洋法条約が発効し、国家が沿岸域を管理する国際的な法制度が構築され世界の秩序が変わった。日本は四方海に囲まれた海洋国であり、新憲法においては、領海、排他的経済水域を我が国の領域と認識し、利用、管理、保護することを念頭に入れるべきである。さらに、世界の平和維持への貢献など、国際社会において日本が果たすべき役割も明確にすべきである。上智大学名誉教授 渡部昇一1 回答なし2 C 現憲法の制定には、日本人が一人も関与しておらず、「国権」の発動たる「憲法」とは言えません。つまり占領軍の日本二重統治時代の「占領政策基本法」であったという事実は動きません。 この立場から論じます。それには国民の三分の二以上の賛成を得ることの出来る草案を作ってから、明治憲法に一時戻ると宣言し、明治憲法の改正規定でその草案を新しい憲法にする。それは某月某日の午前中に明治憲法復帰し、午後に新しい憲法を発布するのです。現状の諸法律は、新しい憲法による改正までは有効とします。 

  • Thumbnail

    記事

    日韓慰安婦合意成立 最大の理由は米国の圧力と経済的な要因

    まで日本に対して強硬な外交姿勢だった韓国が、年末の日韓合意で急に軟化したように見える。拓殖大学教授の呉善花氏は、この「歩み寄り」の裏には、アメリカの存在と韓国の窮状があると指摘する。* * * 昨年末の電撃的な日韓慰安婦合意について、日本政府は「最終的かつ不可逆的な解決」と胸を張ったが、韓国サイドの反応は予想どおりだった。 元慰安婦や韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)だけでなく、梨花女子大などの学生や一般市民まで次々と合意に反発して立ち上がっている。「長年苦しんできた歴史を、ちっぽけな金額で売り飛ばされてたまるか」と、かえって怒りを増長させてしまった。 親北朝鮮の最大野党「共に民主党」の文在寅代表は「今回の屈辱的な合意は無効」と断じた。 反日で国を束ねる韓国にとって、慰安婦問題は解決されては困る問題であり、何があっても永遠に燃え盛る炎のようなものだ。李明博前大統領は竹島を反日カードにしたが、朴槿恵大統領は慰安婦問題を普遍的な「女性の人権問題」として世界にアピールしてきた。保守派の彼女には、親北朝鮮の野党支持者を取り込むねらいもあった。 朴槿恵にとって慰安婦問題は政権を維持する最大の反日カードなのに、なぜ日本との合意を急いだのか。朴槿恵大統領を叱責した 最大の理由は米国の圧力だ。南シナ海の人工島建設やサイバー攻撃など、「力による現状変更」の意志を隠さない中国と政情不安定の北朝鮮は東アジアの安全保障にとって大きな脅威であり、日米韓が緊密に連携する必要があるが、「米中二股外交」を展開する韓国は米国の制止を聞かず中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に参加し、昨年9月、北京で開催された抗日戦争勝利70年記念行事には朴大統領自ら出席した。「慰安婦問題が解決しない限り日韓首脳会談は実現しない」と明言する朴槿恵は米国にとって実に厄介な存在だった。 言うことを聞かない彼女に怒り心頭のオバマ大統領は昨年10月、ホワイトハウスの米韓首脳会談で日韓友好を求めて朴槿恵を叱責したとされる。会談後の会見でオバマ大統領は「(日韓の)困難な歴史問題が解決されることを望む」と厳しい表情で語った。 同時に経済的な要因も大きい。ウォン安を背景に輸出で躍進した韓国経済は近年のウォン高と中国経済の減速で大ブレーキ。韓国貿易協会によると日韓関係の悪化で日韓輸出入総額は2011年の約1080億ドル(約13兆円)から2014年は約860億ドルに減少した。 今や日本の若者は嫌韓ムード一色だ。私の勤務する大学では韓国語を学ぶ学生が激減し、韓国への短期研修は希望者が少なく、今年度は初めて実施されなかった。 韓国観光公社などによると、2000年代後半300万人台だった訪韓日本人は現在200万人を割る勢いだ。代わりに増えた訪韓中国人はお目当ての品がなく、訪日時のような「爆買い」をしないので当地は潤わない。 焦った経済界から「やっぱり日本だ」との声が噴出した。昨年5月、ソウルで開かれた日韓経済人会議で韓国代表は「両国が1つの経済圏を形成し、ともに成長、共同繁栄の時代を構築すること」を提案した。会議では「日本を追い抜いた」との奢りから停止していた「日韓通貨スワップ協定」の復活や「韓国のTPP加入」などが議題となった。 米国と経済界から突き上げられた朴槿恵は孤立を怖れて渋々、日本との関係改善に動き、昨年11月、ソウルで就任以来初の日韓首脳会談を開催した。昨年末、朴槿恵への名誉毀損で在宅起訴された産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長の無罪判決、韓国憲法裁判所による1965年の日韓請求権協定は違憲との審判請求の棄却も今回の合意を後押しした。●呉善花/1956年、韓国・済州島生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。現在、拓殖大学国際学部教授。近著に『朴槿恵の真実 哀しき反日プリンセス』(文春新書)など著書多数。関連記事■ 米軍慰安婦で問われる朴槿恵氏の「歴史と向き合わぬ国」発言■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画【1/2】「根拠のないデマ」■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「日韓スワップ」■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「鏡のない国のパク」■ 伊勢志摩サミットを逃せば日韓関係に当面修復のチャンスなし

  • Thumbnail

    記事

    韓国大変! 訪米で岐路に立たされた二股外交の運命

    vs中韓~歴史修正主義批判を問う■ 日韓基本条約50年目の真実~韓国に助け舟は出してはならない!■ 呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■ [歴史に背く韓国]第二の安重根が生まれる日

  • Thumbnail

    記事

    世界文化遺産でまた煮え湯? 韓国と「国交断絶」の覚悟

    られ、世界遺産登録へ向け、関係者もメディアも展望が開けたと見た。 この時、私は偶然にも拓殖大学教授の呉善花氏との共著『日韓悲劇の深層』(十月刊行)の出版のため彼女と対談を行っており、その席で呉氏は開口一番、「今度の合意はとんでもない日本側の譲歩です。必ず韓国の騙し打ちに遭います」と述べた。 六月二十九日付産経新聞「正論」欄において、筑波大学教授の古田博司氏もまた呉氏同様に、日本は韓国に必ず騙されると指摘し、次のように明確に予言している。〈「今回の世界遺産申請抱き合わせでもわかるように、韓国の自律行動は、ゴネ、イチャモン、タカリという至極低劣な『民族の最終独立兵器』によって全うされるのが常」「この点に関しての彼らの『恥』意識は存在しない」「むしろ今後、さまざまな要求を抱き合わせてくる可能性がある」〉 結果は二人の予言どおりとなった。 日本国民は、これまで北朝鮮には散々裏切られ続けてきた。北朝鮮による拉致被害者らの再調査が十年ぶりに開始されたのが昨年七月四日。この時、最高指導機関の国防委員会が直轄する国家安全保衛部幹部が再調査の指揮を執るとして外務省も日本政府も期待し、日本政府は北朝鮮への独自制裁の一部を解除した。 ところが、調査開始から一年が経過しても北朝鮮からは知らん顔をされ、「まだ調査の初期段階だから調査結果報告は遅れる」などと足元を見透かされた不誠実な対応を取られ続けている。にもかかわらず、「『政府は交渉窓口が閉ざされることを懸念し、制裁強化を判断するのはまだ早い』(官邸幹部)」(朝日新聞七月四日付)として今日に至っている。 このような北朝鮮の度重なる卑劣なやり口に対して、忍耐の限界を超えるほどの対応をさせられてきたわが国だが、南朝鮮すなわち韓国に対しては、日本と同じ議会制民主主義国家と見做し、共産主義独裁国家の北朝鮮や中国とは異なる対応をとり続けてきた。 しかし、今回の世界遺産登録を巡る韓国の裏切り行為を目の当たりにして、「結局、南朝鮮も北朝鮮と同じ朝鮮人に変わりはない」という呆れ返るほどの、もはや言葉のない絶望にも似た状況に立ち至った。国交断絶を望む強い声 土壇場になって合意を踏みにじった韓国は、強制労働を認めるべきだとして、委員会声明のなかに「force  labor」(強制労働)というナチスの強制収容所に用いられた、世界でもこの意味が通用する概念を盛り込むよう求めてきた。そのため協議に時間を取られ、登録決定が一日ずれ込んだのは周知のとおりだ。 結果は、日本が合意破棄を迫り、韓国の発言を修正させて「forced to work」との表現が採用された。「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録が決定し、スピーチする韓国の趙兌烈外務第2次官(手前から2人目)=2015年7月5日、ドイツ・ボン(共同) 数日後の報道で、六月の外相会談において、すでに委員会での声明を「forced to work」とすることが尹外相の提案で両国が合意していた内容であることが明らかとなった(産経新聞七月十一日付)。 岸田外相は、「働かせた」(forced to work)という表現は強制労働を意味するものではないと釈明している。しかし、欧米人は意思の自由を人格の自由の根幹と見做しており、「force」という単語が含まれている限り、形容詞的に使われようと動詞的に使われようと、労働者の自由意思を踏みにじった意味であることはなにびとも否定することはできない。すなわち、強制労働という意味に読まれることは避けられない。 それも六月の外相会談において、すでに「forced to work」で合意していたというのだから驚きだ。要するに外務省には、はじめから世界遺産登録の実現を優先させ、日本の国益と名誉を守るという必死の思い、「強制」という言質を取られまいとする気概に欠けていた。その決定には当然、官邸の意向も働いていたと考えるのが自然であり、官邸の責任も重大である。こんなことを初めから認めてしまっていたのは日本外交の取り返しのつかない大失態で、第二の河野談話、日本外交の大罪とも言える。 実はわが国の国内には、世界遺産登録の発表前から、この際、世界遺産登録が実現せず、日本人の韓国に対する意識が一段と厳しくなるほうが良いのではないか、といった意見さえ見られていた。 世界遺産登録阻止となれば韓国はお祭り騒ぎだろうが、その後の韓国経済危機、平昌オリンピック危機で日本政府を当てにすることはまったくできなくなり、金輪際一切の関係を断ち、国交断絶に近い状態にさえなることを望む強い声も日本国内にある。言葉にはしないが、そう思っている人は少なくないに違いない。 登録決定後も、日本外交の完全なる敗北であり、深い失望感を表す声が私の周りからも聞こえてくるし、インターネット上にはそうした書き込みが多数見られる。外務省は白痴の集団か外務省は白痴の集団か 菅官房長官は七月六日の記者会見で「強制労働を意味するものではないということをかねてより申し上げている」と語ったが、かねてより申し上げていても、その説明が世界では全くと言っていいほど理解されていない。よくよく考えなければならないのは、我々は国際社会のなかにあってこの問題に対応しているのであり、諸外国に「かねてより申し上げてきた」わけではないだろう。世界は今回、これをどう受けとめたか。「戦争犯罪である残虐行為が行われた場所が、日本の世界遺産となった」(CNN)「日本が強制労働の事実を認めたことで世界遺産に登録」(ガーディアン)「日本政府、世界遺産の遺跡での過去の強制労働を認める」(フォーブス)「軍艦島における戦時の強制労働の歴史を認めたことで世界遺産に登録」(ワシントンポスト) このような外電を見る限り、世界遺産登録などしないほうがよかったのではないかと後々まで言われかねない大きな傷跡を残したと言える。現に、安倍総理のツイッターやフェイスブックには「第二の慰安婦問題じゃないか」といった批判が殺到していると聞く。 案の定、韓国では「日本『韓国人の意に反して強制的に働かせた事実ある』」(中央日報七月六日付)など、日本政府が初めて公式に強制労働を認めたものとして大宣伝を始めるといった早くもお祭り騒ぎである。 古田博司氏は七月九日付産経新聞「正論」欄でこう予言する。「『強制性』さえあれば、不法だったと言い訳ができる。(中略)朝日新聞が『従軍慰安婦』の誤報を認めたことで『強制性』の大半は剥奪された。残るは『徴用工』で、韓国は必死に挑んでくることだろう」 そもそも徴用とは、戦争の目的遂行のために国民が参加協力するものであり、日本のみならず英米をはじめ世界の多くの国で戦時中に行われていたことである。これを戦後、強制労働だったなどと言い出して糾弾している国はどこにもない。「強制労働」などではなく、労働力不足を補うための民間人の労働協力であることは、国民も理解していた。 当時、中学生だった私の兄も、あの時代の学生は学力が遅れたとのちに言われたほど一日中、工場に駆り出されていた。女学生も、そして主婦までもが工場や農場などに総力戦のもとで動員された。そうした光景を、私は幼少時代の記憶としてはっきりと覚えている。 日本では昭和十四年に国民徴用令が制定され、朝鮮半島に適用されたのは五年後の昭和十九年だった。当時、朝鮮半島出身者は日本国民の立場にあったが、五年の時間差は日本側が遠慮していたせいだろう。昭和十九年は戦争末期であり、朝鮮人は日本国民の一人として同等の扱いを受け、規定の賃金も支払われていた。慰安婦(娼妓)と同様、朝鮮人がとくに不利に扱われていたという歴史的事実は一切ない。 こうした史実を今後、世界にどう発信し、理解を求めていくのか、「かねてより申し上げている」と繰り返しているだけでは、日本の名誉と国益がますます損なわれてしまうだろう。はたして、官邸も外務省もそうした対外情報戦略を行っているだろうか。 答えは否である。五百億円の予算をつぎ込んだ対外情報戦略が新たに打ち出された。ところが、「ジャパン・ハウス」なる対外発信拠点を作り、箱物の建設やアニメや日本食の宣伝活動──アニメや日本食は放っておいても広まる──という外務省の新計画は、白痴の集団かと思わざるを得ない絶望的な政策である。 この予算の一割でも対外情報宣伝や史実の翻訳作業に費やし、あるいはNHKが頼りにならないのであれば別の国際通信メディアを作り(一部で動き出していると聞く)、NHKの予算を縮小するなど具体的な手を相次いで講じるのでなければ、すべてが手遅れになりかねない。驚くほどの反日国家ドイツ 情報宣伝という面では、今回の世界遺産登録では日本には不運な事情があった。それは、会の開催地がドイツであったことである。 多くの日本人はドイツは親日的な国家だと思っているかもしれないが、私の知る限り、一般のドイツ人は日本の成果や成功に対して冷淡そのものである。英国放送協会(BBC)の国際放送「ワールド・ワイド」が二〇一四年に行った「日本に対する好感度」の世論調査の結果、「日本が嫌いだ」という国は、中国がダントツで九〇ポイント、次いで韓国が七九ポイント、ここまでは誰もが理解できるが、三番目が意外なことにドイツで四六ポイントとなっている。 なぜなのか、と強い疑問を覚える人も少なくないだろう。ドイツが日本を悪く報道する心理的根拠はどこにあるのか、本論ではその点を深く論ずるのが主題ではないため、ここでは箇条的に申し上げるに留める。 まず第一に、ナチス犯罪を歴史に抱えるドイツは自らの戦争犯罪を日本にも期待し、“犯罪の同伴者”でいてほしいという心理がある。ナチスによる“歴史の大罪”は、とてもドイツ人だけでは背負いきれない。日本にはホロコーストはないのでとんでもない言いがかり、誤認であるが、何としてでも日本も“戦争犯罪の同伴者”に繋ぎ止めておきたいという深層心理がある。 第二に、英仏以下の他の欧米諸国はアジアに向かって植民地を拡大してきた歴史をもっているのに対し、ドイツはそうした海外競争に立ち遅れていた。そのため、アジアのことをあまりよく知らない。その状態がいまだに続いている側面がある。 第三に、第一次世界大戦で日本はドイツの敵国となり、ドイツが唯一保有していた太平洋の利権である山東半島とマリアナ諸島を日本に奪われたことを恨みとしている。日独防共協定が締結されたあとにも、ヒトラーは蒋介石の国民党を支援していた史実からもその点は窺えよう。 第四に、一九八〇年代に経済大国の看板を日本に追い抜かれたこと。兄貴だと思っていたのに弟分にしてやられた口惜しさ。これが案外にも一番の理由かもしれない。 いずれにしてもドイツは驚くほどの反日国家であり、国民こぞってそうだということを、日本政府をはじめ外務省はきちんと認識していただろうか。その国の持つ深層心理にまで深く根差した外交政策をとらなければ、これまでどおり、日本は何度も騙されるだろう。ドイツと韓国の「共闘」ドイツと韓国の「共闘」 案の定、韓国はドイツの強い反日意識を巧みに利用した働きかけを行っていた。こうした宣伝戦においても日本は明らかに劣っていた。「世界遺産委員会の開催にあわせて韓国の市民団体が各国代表団の宿舎でもあったボン市内のホテルで日本が登録を目指す施設の写真とアウシュビッツの写真を同時に展示する写真展を開催し、さらに審議の二日前には『軍艦島とアウシュビッツは同質のものだ』とする主張を官民一体でドイツをはじめとする委員国の代表メンバーに展開」(日本政府関係者)「アウシュビッツを絶対悪とするドイツ出身のベーマー議長が韓国のネガティブ・キャンペーンを繰り返し聞かされるうちに、(中略)韓国寄りに舵を切ってしまったのです」(同)「登録の決議文には『世界遺産委員会は日本の発言に留意する』との脚注が加えられたが、(中略)ドイツのベーマー議長が韓国の意を汲んで加えるよう求めたものだという」(『週刊文春』七月十六日号) 韓国の思惑どおりに議事が進行していった背景には、反日国家ドイツの協力があった。そのことは日本にとって不運であったし、関係者にとっては迂闊であった。 付言すると、いま世界地図はアメリカ・日本vsドイツ・中国という構造が強まり始めている。やがてはエマニエル・トッドが言うように、「ドイツ帝国」が中国の軍事的・産業的な強化増大に寄与し、日本を窮地に陥らせる事態も予測される。 今回の世界遺産登録を巡るドイツと韓国の「共闘」は、その前哨戦のような不吉な出来事でもあった(中国と韓国は、同じ全体主義国家群として一括りにされる必然性がある)。韓国で日本人は奴隷階級 話を韓国に戻す。韓国はなぜ北朝鮮と変わらず平気で嘘をつくのか。彼らが日本人をどう見ているのか。今回の世界遺産登録における裏切り行動の根源がどこにあるのかを少し探ってみたい。 前駐韓特命全権大使の武藤正敏氏と産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏との対談(『正論』七月号)を拝読した際、かなり思い切った意見を駐韓大使もお持ちであることは理解できたが、韓国の閉ざされた精神性の歪み、宗教的習俗の奥まで見通せているかというと、残念ながらその認識には達していないように感じた。 韓国では儒教朱子学を国教とした李朝以後において、両班、中人、常民、賤民の四階級があるなかで、日本人は最低の賤民階級以下の奴隷階級であると、我々からすれば筆にするのもばかばかしい位置づけがなされている。 と同時に、韓国では日本民族のルーツは朝鮮半島にあるというトンデモ古代史がある。天孫降臨神話はニニギノミコトが天上から地上に降りて来た神話だが、そのときに降り立った地は、これまで宮崎県の日向と想定されてきたがそうではなく、南朝鮮からの渡来人が北九州に降り立った、これが日本の皇室の祖先に繋がるという説である。 こうした話が韓国では広く認識され、まことしやかな関連本がたくさん出ているし、シンポジウムや研究会議も開かれていると聞く。 たしかにわが国は五世紀頃に半島との交流が盛んになり、渡来人が技術や文字を日本に伝えたことは一応、歴史上の事実として知られてはいる。そのため韓国は、儒教も仏教も漢字も野蛮な日本人に教えてやったと自慢げに語り、あらゆる歴史教科書はここを過度に強調する。ところがその典拠は、実は『日本書紀』なのである。朝鮮の最古の史書『三国史記』はやっと十二世紀であり、朝鮮にはこれを補完する古代の複数の関連史書がないのだ。そのため、トンデモ古代史はあとを絶たない。「集団狂気」の国「集団狂気」の国 六六三年の白村江の戦いなどで百済が滅亡し、王族や貴族たちも含め一千人規模の日本への亡命者がいたとされている。当時の日本の推定人口は五百万~六百万人である。これらの事実から韓国の歴史学者は、日本人の主体は朝鮮半島で生きられなくなって日本に渡った敗残の韓民族だというのである。 滅亡した王朝の王侯貴族だけでなく食いっぱぐれの流民たち、罪人・貧困者・浮浪者たちが日本人を構成した。祖国では生きられない恨みとコンプレックスを抱いた韓民族の子孫が日本人の本体である。 だからこそ、その後の歴史で、恨みを晴らすために秀吉の侵略、日帝三十六年の植民地化、現代の差別化など反韓的な振る舞いに及ぶのであろう、などという。 つまり日本人とは、彼ら韓国の学者たちによれば、在日韓国・朝鮮人のなれの果てなのである。しかも半島では立場を得られなかった敗残者で、それゆえに当然ながら、日本人は四つの階級のさらに下の階級に属するとみなされてしかるべきだ、と考えられるのである。 そのため、いまでも韓国では日本人を「倭奴」ないし「犬」と称しているし、これからもずっとそう呼び続けるだろう。「犬」である日本人との合意や約束など、端から守る気がないということなのだ。 加えて韓国では第二次世界大戦後、伝統となっていた漢字漢文の表記法をやめてしまい、反日からオールハングルに切り替えた。それでいてハングルの背後にある漢字語に縛られ、同音異義語を理解できず、文章の単純化を招き、そのため抽象的思考ができずに知性の衰弱に襲われ、頭が硬直化している。自国の歴史を読むことすらできないので物事を深く考えることもできず、嘘も平気でつき、それを恥とも思わない。 こうした「集団狂気」の韓国を相手に、日本人が彼らに謝罪をすればやり過ごせると思うのは実に愚かである。たとえいくら謝罪しても、いくら賠償金を払っても、絶対に終わりがないからだ。 言い換えればこのことは、日本人が過去に行った行為で彼らが反日意識を持っていると考えるのは全くの間違いだということである。彼らの反日感情は、ただひたすら日本人が儒教朱子学の序列秩序に黙って従うこと、すなわち頭を下げ続けること、そして屈服し続けることを要求する情念に発している。日本の過去の行為の内容いかんに発していない。 したがって、今回の徴用工の問題でも何が何でも日本をやっつける、つまり「強制労働」に対する謝罪を要求してくることは十分に予想がついたはずである。それが韓国の民族の行動パターンなのだ。それに気づかず、またしてもまんまと騙しの罠に嵌るのは、単に不器用というだけでは済まない。日本政府の、事に臨むにあたっての冷徹な洞察力の欠如や、世界遺産登録なんかしなくてもいいから国民の名誉を守ってほしいという、日本人の心の奥にある祈りのような気持ちが分かっていない認識の不足にあるといえよう。 六月二十二日放送のBSフジ「プライムニュース」で、自民党衆議院議員の逢沢一郎氏が「アジア女性基金から支払われた金銭の受け取りを、挺対協の介入もあって韓国側は拒否したではないか」と津田塾大学准教授の朴正鎮氏に質した。 その時、朴氏は「お金は問題じゃないんだ」と述べた。すると逢沢氏はハッとした顔をして、「またそんなことを言うのですか。いつもそういうことを言う。それならどうすればいいのですか?」と訊いた。それに対して朴氏は言い淀み、黙っていた。 そのやり取りをテレビで見ていた私は、韓国は合理的とか現実的な解決など一切求めておらず、ひたすら精神的なことだけを求めていると感じた。精神的なこととは要するに、日本が地べたに頭を擦り付けて謝り続けることである。韓国が求めていることはその一点なのだ。それが根幹にあって、その証拠に、遂には李明博前大統領が天皇にまで土下座を要求したではないか。 かの国に賠償がどうの、謝罪がどうのというのは一切無意味なのだ。もはや韓国人は、根本的な精神構造の異常さからくる対応困難な人種と見るほかないのである。「対韓思想政策」を練り直せ かつて私は韓国の総合月刊誌『月刊朝鮮』の編集長・趙甲済氏と、誌上で論争をした経験がある。趙氏は日本でも知られた韓国の代表的な知識人であり、産経新聞コラム「正論」のメンバーを務めた親日家である。その時の彼の発言の一部を紹介する。「古代国家日本を作った主役集団は、韓半島を経て渡っていった北方遊牧民族出身の騎馬戦士だと私は考えます」「古代の日本の執権層が渡来人だったと私は確信します。米国大陸を開拓した主役が英国から集団で渡っていった人々だったのと同じことではないですか」「米国は英国渡来人が作った国ですが、英国よりもより先進的な文明を作りました。日本もそのようなケースではないかと考えます……」「数日前ソウルに来ていた崔書勉(前東京韓国研究院院長)氏に会いました。崔氏は『なぜ韓国人は天皇の訪韓に反対するのか分からない』と語りました。『天皇が告白したように天皇家こそがもっとも成功した在日同胞ではないか。成功してワールドカップに合わせて故郷を訪問したいというのに、なぜじゃまするのかということだ。歓迎しなければ』 ひとしきり笑い終えると韓日関係が新しい次元で見えるのでした」(『現代コリア』二〇〇二年四月号) 韓国の親日的な代表的知識人がなお根強く、このようなレベルの妄想に囚われているということこそ、私たちがよくよく理解し、認識し、そのうえで対策を立てなければならないことを示す。小手先の対応や善意では日本外交は行き詰まり、国際社会の悪意の坩堝に巻き込まれる恐れがある。よほど腹を据えてかからなければならない。はたして日本政府は、韓国に対する国民の激しい怒りや苛立ちに気づいているだろうか。 もう韓国を拒絶せざるを得ない、もうここから先は相手にすべきではない、本来なら国交断絶というところまで来ているのだという認識をしっかり持ったうえでの外交をしていくためには、用心深い心構えと冷徹な準備が求められる。 そのためには、韓国の思想の根源や深層心理を、朝鮮半島全体を俯瞰して捉え直す必要がある。日本政府は抜本的な「対韓意識政策」あるいは「対韓思想政策」を練り直すことが急務として求められている。   

  • Thumbnail

    テーマ

    軍人とお姫サマ-朴槿恵研究-

    「日本人として恥じざるだけの精神と気魄を以て一死御奉公の堅い決心でございます」。満洲国軍人を志願した朴正煕は血書をもってこの嘆願書を窓口に書き送った。軍人魂をみずから叩き込んだのが朴正煕だとすれば、娘の朴槿惠はタダのお姫サマ!? ナッツ姫ほどではないにせよ…。

  • Thumbnail

    記事

    朴槿恵政権を「親日」と見る早計

    加瀬英明(評論家)呉善花(拓殖大学教授)加瀬 日韓国交回復をしたのは安倍さんのおじい様の岸信介首相でした。朴正熙大統領の時代ですね。アメリカはアイゼンハワー政権だったのですが、李承晩が過激な反日だったため、冷戦下で日本と韓国の仲が悪いので困っていたんです。ですから、日韓国交回復を、ドイツのアデナウワー首相とフランスのドゴール大統領の歴史的和解のアジア版だと言って、大喜びした。 今もアメリカは、日韓の不仲に悩んでいますが(笑)、今度こそ岸さんのお孫さんと朴大統領のお嬢さんが、歴史的和解をしてほしいと思っているんですね。 岸さんから晩年お伺いしたのですが、朴大統領は日本語が大変お上手で、宴会のときに、「私はパクパク食べるからパクなんです」といって皆を笑わせた(笑)。呉 朴大統領は日本の陸軍士官学校を出ていますからね。韓国の戦後の軍事制度も、日本のシステムを導入しているんです。 朴大統領について、日本人は独裁政権のイメージと、日韓国交回復させたことで、あたかも親日家であるかのような、二つのイメージがありますよね。加瀬 日本で、朴さんのことを「独裁者でけしからん」と言っているのは朝日新聞などの、左派の人たちで、保守側は総じていい印象をもっています。朴政権が反日教育をした呉 日本人は、韓国の「悪いところを見たくない」というイメージがあると思います。だから、朴大統領に関しても、親日家的側面しか見ていません。彼は個人的には日本が好きでしょうが、一番強烈な反日教育を行った張本人なんですよ。加瀬 朴大統領の演説集には「李朝があまりにも腐敗して、国家の体をなしていなかったから日韓併合につながった」とありますよ。呉 表向きはそう言いますが、朴大統領が反日教育をしたツケが今の韓国人なんですから。加瀬 でも、反日教育は李承晩政権のときからですよね。呉 李承晩のころは根深いものではなかったんですが、朴大統領のときに徹底した反日教育をやってしまった。朴槿恵は、その反日教育を受けた世代です。加瀬 お母さんの陸英修夫人も日本の女学校を出ているでしょう。呉 にもかかわらず、反日教育をしたんです。朴槿恵の主張からすると、親がどうであれ、反日感情のレベルは普通の韓国人と同じです。 竹島問題に関しても「日本側が正しい認識をもってほしい」と言っています。これは他の歴史認識同様、あくまでも韓国の考え方が正しいものであって、日本側は誤っているという解釈です。日本の朴槿恵政権に対する認識は甘すぎます。加瀬 本人の内心はともあれ、韓国世論があるからそう言わなければならないということですか。呉 というよりは、骨がらみ反日教育で育った世代だということです。 これは李明博大統領も同じです。彼が日本で生まれたというだけで、幻想を持っている。ところが、反日教育を受けた一般の韓国人となんら違う考えを持っていない。判断力がないんです。ですから、今の反日教育世代からずば抜けた日本人観をもった人が出てくるのは極めて難しいですよ。安倍首相は「shameful」?加瀬 さきの総選挙の投票日にワシントンにいて、固唾を飲んでみていたら安倍自民党が圧勝したので安心したんです。その直後にニューヨークタイムズが「今度の安倍首相は河野談話の見直しを行うということを言っている」と社説で論じ、そのタイトルが「shameful」=「恥知らず」の考え方、というものでした。呉 安倍さんに対してそんな失礼なこと言っているんですか。加瀬 「韓国の若い女性を無理に性奴隷に仕立て上げた罪を否定するとはshamefulだ」と言っているんです。日本専門家のマイケル・グリーンは、「首相が靖國神社に参拝しても理解できるだろう。しかし、河野談話を否定するとなると、上下両院、地方議会などで大変な反発を招くだろう」と言っていました。今月もニューヨーク・タイムズで「村山談話を否定するならば、日本は中国・韓国をはじめとするアジア諸国を侵略した罪を否定する、大変ひどいことだ」と書いていた。呉 それは、日本と韓国の教育が作り上げた結果でしょう。加瀬 日本も韓国と同じように「日本がひどいことをした」という妄想に囚われています。 でも、安倍さんを「shameful」と批判する三カ月くらい前のニューヨーク・タイムズは「韓国は売春大国だ」と書いていた(笑)。呉 世界でワースト1ですから(笑)。加瀬 それに、韓国では賃金の大きな差がありますね。呉 良い大学を出ても就職できない。まともな会社に就職しようと思ったら、選ぶべき大学はおのずと絞られてしまいます。だから受験競争が激しくなる。韓国では″知=学歴〟が一番大切ですからね。加瀬 儒教の影響ですね。しかし、世界にはニューヨーク・タイムズのような認識をもっている人たちはたくさんいる。呉 それをこれからどのように正していくかが大きな政治的テーマでしょう。安倍政権は、それを期待されてこれだけ圧勝したわけです。しかも、安倍総理は力強く出ていますからね。加瀬 韓国の妄想につける薬はまったくないと思いますが(笑)。呉 少なくとも、「朴槿恵が親日」という妄想だけは、早く壊さないと危ない。加瀬 朴大統領が軍事クーデターを起こしたときに参加した金鍾泌さんとはたいへん親しくさせていただいたんです。彼も日本語を話すのが大好きで、親日でした。「漢江の奇跡」は日本の援助「漢江の奇跡」は日本の援助呉 朴大統領やその周りの方々は親日でも、戦後の「漢江の奇跡」は日本からの援助によってなされたものだと発表していない。ソウル市街と、街の中心を東西に流れる漢江 私は新日鉄の会長だった有賀敏彦さんとは親しくさせていただいたんですが、新日鉄は韓国のポハン製鉄に技術提供をし、韓国の地下鉄などに多大な貢献をしているんです。そのため、韓国の青瓦台の大統領官邸に呼ばれ、賞をいただいたそうです。しかし、賞を頂くのに〝個室〟で誰にも知らせないでたった一人でもらったという(笑)。 ウラでは、評価しているし、援助に対する感謝の気持ちもあるけれど、国民どころかまわりの官僚にも言わない。このようにして、徹底した反日教育を行ったことの結果が表れているんです。加瀬 日本語が得意で、日本が好きだった方に「なぜ反日教育を行ってきたのか。同じような状況だった台湾は親日であるのに、なぜ韓国は違うのか」と聞いたことがあるんです。すると、「日本が悪い」と──。「日本が戦争に負けたから悪くて、あと十五年、つまり五十年間日本が統治していたら、台湾に負けない親日になっていただろう」と言われたことがあります。 それにもかかわらず、どうして朴政権は反日政策を施したのでしょうか。呉 私も不思議でならないんです。朴大統領は、韓国人は朝鮮時代に腐敗したどうしようもない国民性を持っていることは知ってらっしゃるんです。『人間改造の民俗的課題 韓民族の進むべき道』で韓国朝鮮民族のどうしようもないところを指摘して、変えるべきだと言っています。例えば、特殊特権意識。これは韓国人はすごく強い。お金がある、学閥や門閥が優れているということに対しての執着が強いんです。民族の共同利益と繁栄を阻害していると指摘しています。もう一つは過去の国家政策のすべてが歪曲されていること。自党の利益のためだけに政策が実施されてきたと言っています。加瀬 今の韓国そのものですね。呉 李承晩政権の反日教育はわずかな期間でしかないし、全国民が教育を受けられるような環境でもなかった。朴大統領は、あれだけの力を持っていたのですから、反日教育を変えることが出来たはずなのに、むしろ徹底した反日路線を継承してしまった。加瀬 李朝五百年の間に何も誇れることがないから、反日を韓国の愛国心の柱にするしかなかったんですね。呉 これまでもお話ししてきたように、漢字廃止とハングル礼賛、そして反日ですね。加瀬 朴正熙大統領は強硬な反日政策をとったにもかかわらず、盧武鉉政権のときには日本の士官学校を出たというだけで、親日というレッテルを貼られてしまいましたね。呉 それは朴槿恵に対する牽制です。親日派の娘ということで潰したかったんです。加瀬 朴政権の頃の韓国によく通いましたが、政府の方、国会議員、学者も親日ぶりを披露ばかりするもので、反日のムードがあることに全然気がつきませんでした。呉 トップの方たちはそうかもしれませんが、一般では反日ムードが強く、日本人たちは韓国に行くのが怖かったと聞いています。加瀬 全斗煥時代からではなくて?呉 私が日本に来たのは全斗煥時代でしたけど、そのときにはすでに反日教育を受けていましたから。日本人観光客を見ると学生たちは指差して揶揄したり……。 むしろ、今の方が落ち着いている気がします。何が何でも反日というのではなくて竹島や慰安婦というキーワードに反応し、それも全国民が立ちあがるのではなく、一部の団体が騒いでいるのが現状です。鳥もネズミも知らない内に加瀬 従軍慰安婦問題に火をつけたのは朝日新聞です。呉 ええ。昔は個別の問題で騒ぐのではなく、〝漠然とした〟反日でした。私が日本に来た頃は、韓国からの留学生たちが集まると、とにかく反日的な言い方をしないと韓国人ではないという扱いを受けました。私も当時は凄かったんですよ(笑)。加瀬 おや、どのようなことをおっしゃっていたんですか。呉 「日本人は血も涙もない国民だ」とか(笑)。加瀬 それから二十五年経って、韓国の現状はどうですか。呉 変わってない(笑)。ただ、今は行き来する人が増えたので、実は昔ほど根深いものではないという印象ですね。 最初に本を書いたころは、親日的なことは書けない時代でした。韓国には「鳥もネズミも知らない内に」という言葉があって、夜行性のネズミも知らない内に拉致されて、どうなるか分からない……。それくらい朴政権というのは怖いという印象があった。加瀬 韓国人で面白いのは、反日を言いつつも、日本製品が大好きですよね。女性なら化粧品、男性なら電化製品……。イスラエルはユダヤ人ですから、ホロコーストをやったドイツ人が大嫌いです。だからドイツ製品も、ベートーベンも一切だめ。でも、韓国は違いますね。日本が大好きという一面もある。呉 消費社会はいいんです。でも、漠然とした日本というもの、国家となると拒否反応が出るんですよ。加瀬 最近、韓国では日本の居酒屋が流行っているそうです。日本酒もブームだとか。ビールは「アサヒビール」が若い人には好まれているようですね。呉 「サケ」という言葉が特許を取っているくらいです。韓国人にとって、「酒」というのは最高級品です。加瀬 この二重人格というか、複雑な日本観は何とも不思議ですね。呉 感情的なんですよ。イスラエルのように、〝理性的に〟排除することはせず、矛盾した二つの日本観が同居しているのが韓国なんです。加瀬 日本人をいい奴だと思っているんでしょう、「いい奴がつくっているならいい国だ」ということにはならないんですか。呉 一般の韓国人にそんなまともな冷静さはありません(笑)。 この感覚を知らなければ、韓国人とはまともに付き合えないと思います。たとえ父親が日本の学校を出ていたとしても、この感覚で育ってきた朴槿恵に期待しすぎたら痛い目を見ますよ。本質を知る気がないのなら、中途半端な韓国との付き合いはやめるべきです。加瀬 分裂症みたいですよね。呉 そうですね。加瀬 中国には逆らいませんが、それも国民性というか、二千年のDNAなんでしょうね。呉 中国人にも韓国人にも共通している点なんですが、上から物事を見たい。見下したいんです。さきに公明党代表が中国で習近平に会いましたね。その時の態度が、まさしくそれを表しています。日本人はお辞儀をするけれど、彼らはしません。韓国でもお辞儀は下位のものが深く、上位者は軽く頭を下げる程度です。 李朝時代、朱子学一本でピラミッド型の国づくりを進めていきました。次第にそれが家庭生活まで貫くようになり、一つの乱れもない階級社会が出来てしまった。これが結局は戦後、韓国人が唯一の価値観で動くことに繫がっています。完璧なたった一つの真理が貫いている北朝鮮を理想とする若者がいるのも、硬直した価値観があるからなんです。その価値観に当てはめると、韓国と日本は……。加瀬 両班と常民の関係ですね。日本人はいつも「すみません」と深々と頭を下げているからね。呉 外交はパフォーマンスですから、非常に大切なわけです。日本人は謙虚な気持ちの表れで、上に行けばいくほど深くお辞儀をする。韓国人からしてみると、深く、もしくは何度もぺこぺこするのは、卑屈に見えて仕方がない。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざは、日本だけで通じる美学だと考えた方がいいのです(笑)。加瀬 なるほど。韓国では一度しかお辞儀をしないんですよね。複数回するのは死んだ人にだけです。ましてや、慰安婦問題のように事実でないことについて何度もおわびをするというのは、本当に卑屈なことですね。呉 「ほら、自分で認めたじゃないか」ということになってしまいます。「もっとよこせ」と要求するもっとよこせ加瀬 河野談話については、石原信雄官房副長官というキャリアのお役人が「韓国人女性を強制的に拉致してきて慰安婦にしたということを日本が一回認めれば、もう二度と言いませんから」という韓国側の主張を信じて、上役の河野官房長官に談話を発表させたんです。いまでは「私はだまされた」と言っていますが……。呉 日本人は「謝ったほうが勝ちだ」というような自分たちの価値観で勝手に判断したんです。中国は「謝ったら終わり」でしょう(笑)。加瀬 韓国人にとって「負けるが勝ち」というのは理解出来ない言葉だそうですね。呉 ないですよ! 「勝てば官軍」です!加瀬 中国の人に同じ質問をしたら、「そんな発想はまったく中国にない」と言われました。呉 ″助ける〟ということもそうです。なにかあった時に助けるということになったとしますよね。余計な助けは、逆に良くないんです。 韓国人の性格がそうなんですが、助けてもらうということは、「私」に力があるからということになる。助けてもらうのではなく、「あなたが助けてくれるべきでしょう」と。加瀬 計算をして、後に得をするために、援助をしたと解釈するんですか。呉 というよりも、「私にそれだけの価値があるから、私を助けてくれる。だから私を助けなさい」という発想なんです。それが受ける側の価値になる。 経済的援助を例にすると、小さな金額で助けてもらうと「私の価値をこれだけしか判断できないのか」とものすごく怒るんです。それで「もっとよこせ」と要求する。たくさん相手に助けてもらえるということは、その人の力と判断されるんです。加瀬 日本が日韓条約で大変な金額をあげたんですよね。ところが今は全然感謝されない(笑)。呉 「そんなのはハシタ金にすぎない、足りない。もっとよこしなさい!」と(笑)。加瀬 いまの中国の発展は、日本のODAのおかげですよ。「日中友好は大切だから」と一番初めに中国に進出したのは松下。今回の反日暴動で一番初めに襲撃を受けたのは、パナソニックの工場なんですよ。日本では「どうして恩を仇で返すのか」とキョトンとしているけれど、これと同じ話ですね。呉 ありがたいという気持ちがないんです。助ければ助けるほど、「それくらいしか私の価値を認めないのか」と怒り狂って、「もっとよこせ!」と要求するんです。こういうことで存在意義をアピールする。国家間も、普通の人間関係も同じです。働くことは卑しい加瀬 韓国では、食堂や料亭では、常連から高くとるんですよね。「よく来るから、高くとってもいいだろう」という発想です。日本だと、常連さんには安くする。呉 そうですよね。「ありがたい」という気持ちですね。 韓国の店は「常連としてくるということは、それだけこの店に価値があるからだ。だからもっと払え」となる。だから次はもっと高いお酒を出して(笑)。本当に日本人とは違うんです。加瀬 現金で払うと、常連客にはおつりをくれないんですよ(笑)。呉 もっと言うならば、「働かないでもタダでもらえる」ということもその人の力だと考えるんです。日本人にとっては、タダで誰かからお金をもらって生活するなんて、みっともないことでしょう。 韓国では、どうすれば働かなくても助けてもらえるかがその人の力なんです。「私に〝徳〟があるからみんな持ってくるんだ」という発想につながるんです。生まれつき、あるいは先祖から受け継いだ徳に対する対価と考える。だから、汗水たらして働くというのは、不幸なことなんですよ。 この間、韓国人と会って「あれ?」と思ったことがあったんです。手先が器用で才能がある人は日本ではどう評価しますか。加瀬 「匠」として尊敬され、高く評価を受けますよね。呉 韓国では、器用な人は不幸になると言われているんです。色々な仕事が出来てしまいますから、たくさん働かなくてはならない。加瀬 要するに、働くことは卑しいことなんですよね。呉 この前、韓国人が私の家に来たんです。「これもあれも私が作ったのよ」と言ったら「器用ですね」と誉めてくれたんです。嬉しいなと思ったら、そのあと「昔から器用な人は不幸な運命の持主だと言われるけど」って(笑)。そんなことを言われて、本当にがっかりして……。加瀬 両班は自分の手の届くところにあるものしかとらないというし、馬に乗るのも、従者に腰を高く持ちあげてもらうんですよ。自分の力は使わない。 日韓併合のときの日本の調査で、両班は五〇パーセントだった。明治に入ったときの士分は八パーセント以下。韓国では働かない両班がどんどん増えていって、国が潰れてしまったんです。日本は武士だって畑を耕しました。呉 働かなくても食べていけることが幸せ。今でも、そういう人は幸せの象徴なんです。このような国民の精神性が、国家間の外交問題にすごく表れているんです。 汗水たらして働くことを美徳としている日本人は、〝低い〟人たちと判断される。だから、日本人に働かせて、お金を稼がせて、それを韓国人が使うべきなんだという発想です。加瀬 不当な生活保護受給者みたいですよね。呉 韓国の牧師さんの説教があったんです。「キリスト教を信じなければ、日本は滅びる。その証拠に、汗水たらして働いているのに、日本人が住んでいるのはウサギ小屋ではないか。日本人はお金を稼ぐが、それを使っているのは、クリスチャンであるアメリカ人ではないか。日本人は呪われている奴隷である」と言っていたんです。 これに象徴的に表れていますよね。日本人はお金を持っていても、使うのが下手だから、韓国人が使ってあげなくてはならないという感覚はものすごく強いんです。これに対する罪の意識はありません。むしろ、韓国人が使ってあげないと日本人がダメになるという発想です(笑)。加瀬 ハハハ、ありがとうございます(笑)。カムサハムニダ!!かせ・ひであき 1936年、東京都生まれ。慶應大学経済学部卒業後、エール大学、コロンビア大学に学ぶ。『ブリタニカ国際大百科事典』初代編集長を経て、評論家として活動。映画『プライド 運命の瞬間』(98年)『ムルデカ 17805』(01年)の監修も担当した。海外での講演も多い。お・そんふぁ 1956年、韓国生まれ。拓殖大学国際学部教授。大東文化大学卒業後、東京外国語大学地域研究科修士課程修了。韓国時代に四年間の軍隊経験あり。東京外国語大学大学院時代に発表した『スカートの風』が大ベストセラーに。また『攘夷の韓国 開国の日本』で第5回山本七平賞受賞。著書『私はいかにして「日本信徒」となったか』『虚言と虚飾の国・韓国』(共にワック)など多数。 

  • Thumbnail

    記事

    甦る「脱亜論」 「反日」ばかりの中韓とは離れたほうがうまくいく

    vs中韓~歴史修正主義批判を問う■ 日韓基本条約50年目の真実~韓国に助け舟は出してはならない!■ 呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■ [歴史に背く韓国]第二の安重根が生まれる日■ [日韓「歴史戦争」]日本がサンドバッグ状態を脱するとき

  • Thumbnail

    記事

    呉善花の警告 韓国は「北朝鮮化」したと思ってかかれ

    呉善花(拓殖大教授)河野談話を上回る失態 「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録をめぐって今韓国がおおいに盛り上がっています。日本が国際社会の公の場で「強制労働」「強制連行」を認めたというのです。日本政府は「強制連行」を認めてはいない、「強制労働」を意味するものではないなどと釈明しています。 しかし英文でユネスコの文書には英語で「force to work…」となっています。英文で何と記録されたかが重要です。言い訳は通用しないと思います。 今回のことが何を意味するのか。日本の皆さんはまだピンときていないかもしれません。しかし、世界のメディアは今回の出来事をどう報じているでしょう。 英国の代表紙、テレグラフの見出しは「日本の奴隷労働の跡地が世界遺産を獲得」でした。奴隷労働という言葉で報じているのです。 また、ガーディアンは「日本の遺産は、強制労働の事実を認めた後に世界遺産登録を獲得」と報じました。 米CNNは「かつて凶行がおこなわれた戦争犯罪の現場─日本の推薦世界産業遺産」と報じ、ワシントン・ポストは「日韓政府は産業遺産、特に軍艦島での戦時強制労働の歴史を認めることで合意に至る」と強制労働と言う言葉を使いました。 米ABCは「日本からの推薦遺産は日韓の口げんか、日本が戦時強制労働特に軍艦島において認める合意後に全会一致で承認された」としており、米紙フォーブスは「日韓が合意:日本ユネスコ遺産での朝鮮人強制労働を深く反省」となっていました。 シンガポール紙トゥデイは「日本のユネスコ産業遺産登録に様々な反応」ですが「日本も韓国政府が外交的に勝利を収める、日本も数万人の韓国人や中国人そして捕虜を戦争末期の労働力不足を補うために数十カ所の工場や鉱山そして他の産業施設で働かせたことに同意した」と報じました。(著者訳) 近代国家として力強く進んでいった日本の誇りの詰まった文化財を世界的に公認してもらうはずの話が、韓国人を奴隷にし、強制労働によって成り立っていた、世界遺産はその拠点だったという話にすり替わってしまったのです。なぜ、英語で「force to work」などという表現を入れてしまったのでしょうか。言葉もありません。 これ以上の汚辱はないと思います。私は今回の出来事は河野談話以上の深刻な失態だと思っています。私はこれまで日本人の“お人好し”について美徳だと述べてきました。しかし美徳にも限度はあります。愚かです。 日本政府関係者が帰国後の記者会見で「砂を噛むような思いだった」とこぼしていました。しかし、砂を噛むような思いをこれから味わうのは世界遺産登録を楽しみにしていた関係者であり、日本人だと思います。この問題は慰安婦問題以上の禍根をもたらすのではないか。そのくらい重大だと思います。韓国の“変貌”を疑わなかった日本 予兆はありました。今回韓国の外務部長官が訪日、日本の外務大臣と会談したというニュースが流れた時から、私は「これは絶対怪しい」と直感しました。というのはその直前まで、MERS問題で大荒れの最中にもかかわらず、韓国の外務部長官はドイツまで足を運んで日本の世界遺産を認めてはいけないと働きかけていたからでした。「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録決定後、スピーチする韓国の趙兌烈外務第2次官(前列中央)=2015年7月5日、ドイツ・ボン(共同) 韓国では長い時間を掛けて日本の世界遺産を絶対認めさせてはいけないと準備を積み重ねてきたのです。朴槿惠大統領は自ら世界の首脳と会うたびに、この話をあえて切り出していました。まさに国家を挙げた課題といっていいでしょう。それがいきなり日本に来て、にこにこ笑って会談しましょうというのです。素朴に私は韓国が一日にして変わるはずがないと直観しました。危なく怪しかったのです。 しかし、一方でどうして日本人はそれを疑わないのか。これが不思議で仕方ありませんでした。すごく驚いたのは、翌日の日本のマスコミほとんどが韓国がすり寄ってきていると報じたことでした。日本の保守派の方々までがそうでした。 安倍晋三総理が米国に行って演説され、高い評価を受けた。中国も最近日本に少しだけすり寄ってきている。それで、韓国は孤独感をつのらせている、韓国経済は今、ほんとによくない。だから朴大統領は焦っているといった解説が多かったように思います。 しかし、韓国は原理原則で動く国です。誰に何と言われようとも、これが絶対だと思ったら簡単には曲げません。そのことをしっかり認識していれば、外務部長官が笑顔で寄ってくる光景に「果たしてあれほど執拗だった韓国が一日で変わるだろうか」くらいの疑義は抱いてほしいものです。 韓国はドイツまで行ったのち方針を変えました。世界遺産登録が認められる。それが不可避なのであれば、それをやめさせるのではなく、協力する形を取ろう。そしてその際に強制労働、強制という言葉を必ず使わせる。そう狙っていたのだと思う。そうすれば、自分達の目的は達せられるわけです。 そこを足掛かりに安倍晋三総理が出す戦後70年談話につなげたい。それが韓国の狙いだと思うのです。実際、韓国は外務大臣級の会談が終わったら、首脳会談に持っていきたいと持ちかけています。戦後70年談話に強制的なニュアンスを盛り込ませ、国家としての謝罪と賠償を求めていく。これは単に世界遺産だけにとどまらない話で韓国はそう思い描いているはずです。日本は相当慎重に臨まなければならないと思っています。韓国人は“攪乱”を得意とする韓国人は“攪乱”を得意とする 相手に考える時間を与えずに振り回しながら、自分の思惑を果たす。こうしたやり方は韓国人が最も得意とするやり方だと思います。今回も会場で韓国はさんざんかき回しました。不意を突かれた結果、世界遺産の登録決定は一日先延ばしになり、そして韓国側は目的を達成しました。実は、これに似たような出来事を私もいやと言うほど味わったことがあります。 私が韓国のマスコミに叩かれたときの話です。韓国のメディアは私のみならず、私の知り合い、友人などにまで一斉に取材をかけるのです。それだけで大混乱に陥ってしまいます。 例えば、知り合いの経済専門家のところには日韓経済の話を聞きたいと、韓国で有名なテレビ番組がインタビューを申し込みました。それでインタビューも佳境を過ぎたあたりで突然、呉善花の話を切り出す。呉善花がいかに卑怯なのか、呉善花がいかにとんでもない人物かという話をぶつけ、反応を記録していきます。 本当ははじめからそれがインタビューの狙いでした。そういう番組をつくりたかったわけです。呉善花の話ばかり、突然執拗に振られる不自然さに「これはおかしい」と思ったその方は「帰れ」と怒ったそうです。すると「じゃあ、話題を変えます」といったん収まってしまう。ですが時間が経つと今度は「あの事件をどう思いますか」と脈絡なく聞いたというのです。 以前日本で起きたある有名な犯罪事件に関する質問でした。その専門家は「それは犯罪です。とんでもない話です」と答えたそうです。 一時間半に及ぶインタビューが終わって番組を見たら、あれだけ熱心に答えていた日韓経済についての話は一切なく、自分が呉善花について「とんでもない」と語っているように切り取られて使われていたそうです。一事が万事こんなやり方なのです。物事の裏についてナイーブすぎる 韓国では強制連行、強制労働を日本が自ら認めたということで大騒ぎになっています。韓国の外務部長官は「これだけの難しい難問を対話で解決できた最初の例で大きな意義がある」とまるで自分が歴史をつくったような口ぶりで自画自賛しています。 日本政府は「強制連行」を認めたのではない、といっている。しかし、ここに韓国政府は反応せず、沈黙を守っています。これは内心、嘲笑っているからだと思います。先ほども述べましたが問題は英文でどう書かれたかでしょう。韓国では、そこで勝負がついていると言っているのです。 韓国という近い国が何を考えているのか、あまりに日本人は知らなさすぎると思います。物事の裏についてナイーブで読めなさすぎです。韓国は別に日本と仲良くしたいなどとは思っていないのです。 それを間違えて日本から対立をなくしたい、手を結びたい、仲良くしようとするから足もとをすくわれてしまうのです。日本は韓国と無理してつきあう必要はない。そのくらいに考えていた方がいいのです。国民情緒法という難物 そう申しあげた理由の一つは、まず韓国の後ろに中国がいるという事情があります。韓国は今、中国にものすごく配慮しているのです。中国抜きにして日本と仲良くすることなどできません。日本と仲良くすると中国から怒られることになりかねない。韓国には今、中国を怒らせたくないという気持ちがとても強いのです。 それともう一つは、今の韓国の背後には北朝鮮がいるということです。特に反日の裏で北朝鮮がうごめいていることを見逃してはいけません。なぜ北朝鮮がうごめいているのか。複雑な問題なのですが、今の朴槿惠政権は日本をなんとか孤立させようと─簡単に言えば中国と米国を仲良くさせ、北朝鮮とも和解を図ろうと─躍起になっています。 その背景には国民情緒法というものがあります。私は8月に朴大統領に関する書籍を出しますが一番のポイントがこの国民情緒法です。国民情緒法というのは韓国独特の法論理で、国民情緒に合致すれば、司法は実定法に拘束されずに判決を出せるというものです。 常識的にいえば、そんなことを許せば罪刑法定主義を否定してしまうことになってしまいます。しかし韓国ではそういう法理が現にあります。そしてそれは法律より国民感情が優先するという韓国独特の風潮にもなっています。この国民情緒を優先する風潮が朴政権をどれだけむしばんでいるのか、そして韓国がどれだけ親北化しているのか。そうした動きを読み解く書物です。 もともと、韓国には反日という対立の火種がありました。李承晩などはその典型です。しかし彼は、政治や外交の場には─どんなに教育の場で反日が根付くべく激しい反日教育を続けていても─そうした感情的で情緒的な要素は、あまり持ち込まなかった。そうした国民情緒をいったん棚上げして表に出さない。それで日本と向き合ってきたのです。 特にそれは朴槿惠の父、朴正煕に顕著でした。反日教育はするが日本の協力を受けながら韓国の経済発展を遂げる。そういう選択をしてきたのです。プロに徹した姿勢といってもいいと思います。 細かくいえばいろいろなことはありましたが、これは全斗煥や盧泰愚までの軍人出身の大統領に基本的に受け継がれ、事をあまり荒らげたりはしない。韓国も良好な関係を築くことを望んでおり、日本の良識が比較的通じる出来事が多かったのではないかと思います。韓国における「民主化」という多義語韓国における「民主化」という多義語 これが変わったのは金泳三のときからでした。民主化大統領と呼ばれた金泳三の時代から日本とのこじれた関係が始まる。それは今やこじれにこじれています。 金泳三時代には慰安婦問題が俎上に上るようになりました。金泳三、金大中、盧武鉉と民主化大統領が続くなかで今の最悪ともいえる日韓関係への流れがつくられていったのです。 金泳三時代に民主化という言葉は「反軍事」を意味していました。民主という言葉は民主主義の民主ですが、当時の韓国では盧泰愚まで三代続いた軍事政権の反語として用いられたのです 軍事政権は在韓米軍とも密接に結びついていました。「反軍事」から出てきた「民主化」という言葉は「反軍事」に「反在韓米軍」という意味を帯びます。それは「反米」という文脈に転化していき、やがて「反米」は「民族主義」とも結びついていくのです。 今でもそうですが、当時の韓国も深刻な社会問題をたくさん抱えていました。それを韓国国内では、米国と結びついて西洋化が図られたために、だんだん個人主義がもたらされた結果である、と読み解くのです。 西洋化によって今まで民族が大切にしてきた伝統的な儒教的価値観は崩れ、家族関係も核家族化が進んで崩れ、それが今日の荒廃を生んだ─というわけです。そうして「民主化」という言葉は「民族主義」とも結びついていきます。 今度はそれが「親北」へとつながっていくのです。北朝鮮はとても貧しい。独裁国家でもある。とてもあんな国にはなりたくない。しかし、少なくともわれわれと同じ民族である、われわれのように米国に頼って生きているのではない。貧しくても主体的な思想を持って民族として誇り高い生き方を続けている─というわけです。 こうして「民主化」という言葉は様々な意味が付加されたり、変容を重ねながら「親北」という意味も帯びるようになっていくわけです。なぜ親北が反日と結びつくのか 金大中元大統領の時代には太陽政策が掲げられました。金正日との南北首脳会談が実現し、金大中はノーベル平和賞を手にしました。太陽政策はイソップ寓話『北風と太陽』になぞらえ「北朝鮮の頑な態度を改めさせるためには、圧力ではなく温情が必要である」という考えから融和的な政策をとりました。 これは盧武鉉政権にも引き継がれました。軍事力での統一よりも人道援助、経済援助、文化交流、観光事業を深める。それで将来の南北朝鮮統一を図ろうとする外交政策ですが紛れもなく親北の政策です。 こうして「親北=民主」という構図ができ、盧武鉉時代に「反日」であることも「民主」であることだとなって、「親北=反日=民主」というイデオロギーが国内に根付いていったのです。 盧武鉉は「過去清算」というスローガンを掲げました。そして「過去清算」の矛先は日本に向きます。北朝鮮では親日派、つまり「何らかの形で日本統治政策に協力した者たち」は、悪逆な犯罪者・売国奴としてことごとく粛正されました。韓国も北朝鮮同様に反日国家ではあるものの、「日本統治時代の親日行為は当時の事情では仕方なかったこと」だとして不問に付すのを社会一般の習いとしてきました。盧武鉉は、それでは「過去清算」にはならないとして、親日派を一掃しはじめたのです。これでもともと韓国にあった反日が鮮明に顕在化していきました。 盧武鉉時代に「親北=民主」が確立されていったのは、金大中時代から北のスパイが韓国国内に大勢入ってきたことが関係しています。そうした層は「従北」と呼ばれるのですが、国内に12万とも15万とも言われています。直接的なスパイもいれば、間接的なスパイなども含めて「従北」「親北」勢力が広がり、こうした人達はマスコミ、大学、専門家や裁判官などあらゆる分野に浸透を図っていったのです。朴槿惠は親北の政治家である そして今の朴槿惠大統領ですが、韓国の政治家の例にもれず、親北姿勢の政治家です。彼女は野党党首時代に、北朝鮮に行って、金正日と握手しています。そのときに彼女が言った台詞が「二世同士うまくやりましょう」でした。 そのさい金正日は謝ってきたそうです。朴槿惠のお母さんは文世光という北朝鮮のスパイによって殺されました。金正日はそのときの事実関係を認めて「自分の意志じゃなくて、下の人たちがもう勝手にやってしまって申し訳なかった」と謝罪したというのです。 朴槿惠の本などを見ると、彼女は金正日をかなり評価しています。実際、それ以来、彼女は北朝鮮に対してあまり激しいことは言わないのです。朴槿惠自身がかなりの親北で、これまでも北朝鮮を刺激しないように努めているというわけです。 それに朴槿惠の場合、自分の今の大統領という立場が実はぎりぎりの辛勝で得られているという事情もあります。「反北」では票が得られない。だから政治生命を維持するために親北を取り込まなければいけない。韓国社会の親北化は相当広がっていて特に若い人ほど親北の傾向が強いのです。 たとえば、朴槿恵が大統領となった2012年の大統領選挙では、太陽政策の再開を掲げた親北の対立候補は、敗れたものの実に48%を超える得票率を獲得しています。 朴槿惠の支持層は年配の方たちが中心です。彼女には若いほど反朴槿惠の傾向が強いというジレンマがあります。 一方で韓国内の保守派たちは頑張ってなんとか反北を維持しなければならない、親北の浸透を何とか防がなければならないと考えています。ですが、この数が決定的に少なく力にならない。それで与党の中では朴槿惠離れ─今の与党内では反朴槿惠となっています─が起きています。日本の良識が通じない国となった、韓国 冒頭の世界遺産の話のなかで私は韓国人がどのように考える傾向があるのかという点について日本人は知らなさすぎるといいました。なぜ、民主化という言葉が、民主主義発祥の地である米国に反旗を翻す「反米」とつながるのか。それがなぜ反日と化すのか。さらにそれがどう親北となっていくのか…など日本人から見るとこうした点はなかなか、理解しづらいようです。 ただ、かつては比較的良識が通じていた韓国は過去のものとなっています。親北、従北勢力の浸透とともに大統領までが親北色が強まっていること、親北勢力の顔色をうかがうまでになっていること、従って朴槿惠の反日的な行動は単なる人気取りや一時的な奇策ではなく、根の深い問題であって日本人的な良識は今後、同じようには通用しないでしょう。 対応を誤ると、今回の世界遺産の出来事のように足元を救われかねない出来事は今後も続くでしょう。あそこは韓国ではない、少し極端な言い方をすれば韓国は北朝鮮と同じなのだ、くらいに警戒しなければならない。そういう認識と覚悟をしっかりともって韓国に臨まなければならないと考えています。お・そんふぁ 1956年、韓国生まれ。拓殖大学国際学部教授。大東文化大学卒業後、東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。外語大大学院時代に発表した『スカートの風』がベストセラーに。また『攘夷の韓国 開国の日本』で第五回山本七平賞受賞。著書に『虚言と虚飾の国・韓国』など多数。 

  • Thumbnail

    記事

    日本統治時代の朝鮮における「女性の人権」向上 

    本語が上手で、私のことを妹のように可愛がってくれました」(吉田多江「ソウル上流家庭の女性たちの品格」呉善花『生活者の日本統治時代 なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』平成12年) 当時朝鮮に、上流家庭の優雅な女性たちも暮らしていた。後に一般的な女性たちについて触れるが、日本統治時代の朝鮮女性にはいろいろな階層の人がいたという当然のことが忘れられているのではないか。新女性の登場新女性の登場 高等教育を受けた女性たちの中から、それまでの因習に囚われず、自由な行動様式を持とうとする「新女性」と呼ばれる人たちが現れた。 「新女性」について、昭和2年、京城放送局において京城帝大教授によって次のような談話が放送された。 「近頃我が国にモダーンガールといふ言葉が使われてをる。これは現代風の様相をして、風俗壊乱的行為を為す婦人を指すのであるが、新婦人とは決して斯くの如き婦人を意味するものではなく、従来の婦人の境遇地位、待遇に満足せず、男子の為せる総ての権利を要求し、男子のなせる総てのことを為さんとする婦人であつて、その目的を達するが為に謂ゆる婦人運動を開始し、数世紀に亘る悪戦苦闘の結果、今日は稍々その目的を達するに至つた婦人運動の始めより、目的を達したる結果のその影響を略述致したいと思ふ。 …(その影響とは=筆者注)先ず法律上男女の区別を撤廃して平等ののものとなし、女子も役人となり得るのみならず、公共に盡(つく)すことが出来るやうになつた。臨時恩賜金事業の一環の江原道機業伝習所。日本女性が朝鮮女性に織物技術を指導している(朝鮮総督府『写真帖朝鮮』大正10年) 又従来不完全なる文化の発達を匡正して全面的となしたのである。又公衆衛生の改善、母性保護、小児、囚人保護、不具者の救助に盡し、公平に且つ積極的に努力することとなつた」(京城帝国大学教授法学博士泉哲《談》「婦人運動に就て」『朝鮮社會事業』昭和2年11月号) この談話の中で、1826年米国ボストンに世界初の高等女学校ができ、1927年に婦人参政権が26か国で認められたことに触れている。これに比べれば内地も朝鮮も欧米の後塵を拝している。 しかし1920~30年代の欧米の動きに日本も朝鮮も連動していた。20世紀初頭、世界の中心にいたのは白人で、歴史を動かすプレーヤーとなり得たのは一握りの欧米諸国だった。白人以外では日本がかろうじてその一角に食い込んでいた。 つまり朝鮮において「新女性」が出現したことや、後述するような女性に対する施策が行われたことは先進的なことだったのである。日本統治下、そのくらいの自由と豊かさがあったということだ。 彼女たちは内地で内地人と交流を重ね、著名人等の支援も受け、様々なことを学んだ。朝鮮に帰って、新しい思考様式、行動様式を持ち込み、教師や医師などとして働いた。職業を持つ女性たち 次は朝鮮の女性と職業婦人に関して、昭和15年に雑誌に掲載された文である。筆者は釜山職業紹介所に勤務した経験から、昭和2年から14年の間の変化を踏まえつつ、職業婦人について述べている。昭和10年代半ばは戦中であり、女性の労働力を必要としていた時期である。 「従来の半島婦人が結婚前はいはずもがな、家庭婦人と成るや教養も培はぬ儘に内房に入り、全く社會の空氣より遊離し自らが社會的活動部面を限定しつゝ只管盲目的に自身の主人にのみ仕ふるを以て事足れりと爲し、據つて來る我儘や自制心なき狀態を徒らに増長させ、甚しき至りては中流以上の家庭に於ける主婦が家政すらみやうとせず、而も新らしき教養に育まれたる近代半島婦人が因習を蹴りて職業戰線に進出せんとするや、之を蔑視するの傾向すら見受らるゝは勿論、正しき職業に從事するを極力反對阻止するが如き、事實或る官廳に就職せる一女性に對し、同人の一家眷族擧りて之を嫌厭反對したりといふ挿話を知らば、節制訓練尚ほ日淺く、過渡期に於ける逕庭とし半島職業婦人が移動性に富み組織的に業務には不適なりとの一部の非難を受けつゝも、昨今デパート店員、銀行、會社、官廳事務員、給仕、タイピスト、バスガールさてはエレベーターガール等大量婦人群の職業戰線に進軍しつゝあるを眼前に直視するとき正に隔世の感深きものありと云はなければならぬ。尤も半島婦人の職業分野開拓に對し鮮内の社會的一段情勢はなぼ前述の如き偏見を全的に拂拭したりと斷言し得ざるものありとするも、この十三年間に於ける着實にして果敢なる鮮内婦人の求職狀況を詳細に検討せば、其處に興亞新女性たるの抱負と自覺に燃ゆる雄々しき姿が見出され、何か心强き頼母しさを覚え、私かに欣びの禁じ難きものがある」(河村静観「職業婦人の實相とその動向」『朝鮮社會事業』昭和15年10月号) では彼女たちはどのような職業に就いていたか。前記の文より少し前のものになるが、「昭和五年朝鮮国勢調査報告」によると、女性1003万9219人のうち「無業」が676万5280人で七割近くを占めている。また有業の女性のうち最多の「農業」が261万3041人である。農業の次に多いのが「工業」で27万8645人、一桁少ない。京城の朝鮮ホテルにあるサンルームでお茶を楽しみながら談笑する朝鮮女性ら(朝鮮総督府鉄道局編『半島の近影』昭和12年) さらに詳しく見ると、専門職とも言える通信(交換手)、教育従事者、宗教家、医療従事者は1万96人である。さきほどデパート店員が取り上げられていたが、「商業的職業」19万2050人のうちのほとんどが「露天商人、行商人、呼売上人」4万2458人、商業手助(原文ママ)2万9600人、物品販売業主2万7316人で、その殆どを占める。 また「商業」のうち「接客業に従事する者」を詳しく見ると、「旅館、料理店、飲食店、貸席業の番頭客引き」4万2942人が最多で、次が「料理店、飲食店、貸席、質屋業主」2万6625人、以下多い順に職業を挙げると、「旅館、下宿屋、料理店、飲食店の女中、給仕人」1万602人、「旅館業主、下宿業主」4724人、「芸妓(伎生)」3621人、「娼妓」1664人、「理髪師、髪結、美容師」114人、「浴場業主・使用人」112人。接客業には売春と関連するものを含む。 昭和4年10月に東亜日報が「職業婦人となるまで」というテーマで手記を募集。掲載された23例のうち2例が「自立志向」と分類され、その他はみな経済的理由であった。 職業婦人となった理由・経緯の中で、両親の死、望まない結婚、夫の不義で困窮し、親や親代わりの者に売られそうになったり売られたという経験が非常に目につく。 列挙するとこうだ(井上和枝「植民地朝鮮における『職業婦人』の創出と存在実態」鹿児島国際大学大学院学術論集平成21年)。 「孤児になり叔母に十五歳差の夫と結婚させられる」(伝導婦人) 「両親のすすめで結婚…夫は工場職工になるが月給は酒色で浪費…夫は花柳病にかかり…」(飲食店経営者) 「李某が家に来て療養のために温陽温泉に連れて行くと騙して連れ出す(実は母がカネで娘を売った)。彼と結婚し従順に従う。二人(母と夫=荒木注)から逃れてバスガールに」(バスガール) 「父母を失い、義母と住んでいたところ、叔父が十二歳で嫁入りさせようと図る」(看護婦) 「十五歳で強制結婚…二十歳で夫が家を顧みず放蕩したため破産し」(豆腐行商) 「……強制的に結婚させられる。結婚後数ヶ月で本妻と子供が出現……」(看護婦) 「夫は金持ちの女性の家に入り浸りになり…」(うどん売り) 「ソウルで勉強している男性と結婚。初産中に夫が同じ学校の女性教師と親しくなり、産後『お前は無知なので一緒に住めない…』と言われた」(製紙工場女工) 「豊かな家庭に生まれ天真爛漫に育つ。…父母が次々と病死…。おじはカネのため二百円で売る」(伎生) 生活をしていくため経済上の理由に迫られてというケースがほとんどである。職業婦人という言葉は先進性、専門性を連想させるが、職業を持つ女性の全てがそれに該当するわけではないようだ。男尊女卑 男尊女卑 ところで朝鮮半島では伝統的に男児が尊ばれる風潮が強かった。これに関して、昭和12~15年頃、全羅北道金州在住の産婦人科医師、篠原弘蔵氏が回想している。 「当時の戸籍法では男児を産まないとお家断絶となりますので、男児を熱望することは日本の比ではなく、七十歳にもなるお爺さんが男性ホルモン注射のために入院したり、男の児が生まれるまでお嫁さんを次から次へと変えたり、蓄妾したりすることがあたりまえにされたりして男女同権どころではありません。鉗子分娩などで難儀をして胎児を娩出させ元気なウブゴエを股間に聞いてヤレヤレと思つた瞬間、産まれた子供が女児であるために附添の家族は申すに及ばず産婦までが悲嘆にくれる有様は、憐れというより寧ろ悲愴なるものがあります。施術者までが何だかにくまれたようで実にガツカリささせられます」(「朝鮮のお産」『助産婦雑誌』昭和27年9月号)。こうした男尊女卑は捨て子の事情にも現れる。朝鮮総督府済生院養育部の子供たちが「お遊戯」を楽しむ様子(『朝鮮総督府救済機関』大正2年) 朝鮮・大邱において捨て子の救護に関わった藤井忠治郎氏は、昭和8年、内地全体の捨て子数が1年間に150人内外であるのに対し、朝鮮全体の捨て子が200人以上と推計されるという。 2対1で内地の人口の方が多いことを考えれば、朝鮮は捨て子が多いと言える。氏は大邱に捨て子が多いことを指し、「棄児の多い地方は生活苦の甚大なるを意味し同時に救貧防貧の施設が充分でないと云ひ得るであろう」と述べている。 藤井氏が昭和4年から8年10月の間に扱った捨て子292人のうち、1カ月未満の嬰児が3分の1、1歳未満が全体の65%であるというから、ほとんどが1歳にならずに捨てられている。また半数が「栄養不良及び畸形、不具者」であり、5分の4の子供はボロ切れを着用。捨てられた理由は「貧困」と「不義の結果」に大別される。「人絹の上衣」や「新らしいネルなど上衣」を着せられ「顔立も田舎児のようではない」子供もいて、それは「不義の結果」と想像されるという。 興味深いのは、捨て子に男尊女卑の思想が露骨に出ていること。1カ月未満で捨てられる子は男児26人に対し女児は65人。5カ年未満に年齢幅を広げてみても男児77人、女児207人で、やはり女児が「はるかに多数」である。 ところが5歳以上となると男児17人、女児8人と逆転する。藤井氏はこれを「下卑奴隷に使うため」であると指摘している。 少女に対するぞんざいな扱いについて、咸興(現在は北朝鮮)在住のある日本人は、内地人の家庭で家事手伝いをする朝鮮人少女たちを通して次のようなことを書いている。朝鮮総督府済生院養育部で手に職を付ける授産作業をする子供たち(『朝鮮総督府救済機関』大正2年) 「咸興に来て先づ感じたことは年少の鮮人少女達があまりにも多くの内地人の家庭に入つて働いてゐることであつた。これは咸興に於てのみ見る現象であろうか?…之等の少女の現在の状態を見、其の将来を思ふといろゝ考えされれる事が多い…彼女たちの最も伸び易い大切な時期を何とかしてもつと将来の為になる様な方法を考へてやりたい。内地人の家に働いてゐた者だつたら、嫁に貰つても大丈夫間違いない、と云はれる様にしてやりたい」 これが藤井氏の望みなのである。少女たちの境遇は次のようなものである。 「住込の者は非常に少く遠方に家のある者でも朝晩通ふのである。其の家庭は殆んど貧困で父親が無職なのが非常に多い。成長するのを待ち兼ねた様にして子守奉公に出し、漸く年頃になると私娼に売飛ばされるといふ悲惨な実例もある」(渡邉生「内地人家庭に働く朝鮮少女を思ふ」『朝鮮社會事業』昭和8年6月号)。 その当時の日本人男性の目にも、男尊女卑が甚だしく、女性の人権が尊重されていないと映っていた。もっともこれらを綴っている人々は医療や社会事業に関わり、人権といったものに関心が高い人々である。朝鮮の女性の立場 次は朝鮮在住のある産婦人科医の書いたものである。 「自分は明治三十九年、日本公使館の病院婦人科部長に聘せられて渡鮮したものであるが、赴任早々から、朝鮮の婦人の社會的地位が悲惨なる狀態にあるを目撃して、一種の憤怒すら感じて、其向上と救濟とを自分の専門方面から盡すことを畢世の天職と自覺して、先ず手始に、朝鮮には産婆と称するものが一人も無かつたので、李王家に建白すると同時に、藤田嗣章閣下に建言して産婆養成機關を設立し、李王殿下の御手許金を以て出版したのが、現今坊間に行はれてゐる諺文の婦人衞生書である」(京城婦人病院・工藤武城「外国人の観たる朝鮮婦人」『同胞愛』昭和12年3月号) 明治39(1906)年は日韓併合前である。当時赴任した日本人婦人科医が「悲惨なる状況」と書き、産婆養成について李王家に建白するなど行動を起こしている。李王家は朝鮮の王家である。文中の藤田氏については後述する。 工藤氏はその他にも朝鮮女子の犯罪の特殊性や女子奴隷についての研究も行った。朝鮮女子の犯罪に関する研究は、朝鮮総督府法務当局の援助を得て、昭和元年から8年にかけて研究し、総督府文書課から発行したという。 この研究との関連は不詳だが、朝鮮女子の犯罪について、総督府法務局の最近の調査として、京城日報発行『朝鮮社會事業』昭和元年11月号に「朝鮮女子の犯罪」という見出しで次のように掲載されている。 ・朝鮮の女子の犯罪は十八歳未満が最も多く、四〇%を占めている。三十五歳未満がこれに次ぎ、それ以後は漸減。 ・十八歳未満のものの犯罪は殺人放火が最多。これは朝鮮の早婚の弊害の一つである。 ・古来朝鮮人は十二、三歳で嫁ぎ、男子は十歳前後で娶る。女子の方が年長で、性欲の不均衡から姦通が多い。 ・その結果、姦夫と謀って夫の殺害を企てるのが、殺人の多い一つの理由。 ・性的不満から離婚がしたくても夫に離婚を請求するのは道義に反するとされているので、放火又は殺人の犯罪を犯す。 犯罪にはその社会の矛盾が極端な形で表出すると考えれば、女性の置かれた状況の一端が窺われるのである。街中の川で大勢でにぎやかに洗濯をする朝鮮女性たち(朝鮮総督府『写真帖朝鮮』大正10年)首都でも糞尿垂れ流しの衛生環境 ところで直前に引用した産婦人科医の文にある藤田嗣章氏(昭和16年に88歳で死去)は、日清日露の戦争の際に陸軍軍医として戦地へ赴き、その後台湾や朝鮮で医療、衛生面で功績のある人で、後に陸軍軍医中将に就任した。 朝鮮へは工藤氏と同じ明治39年に韓国駐箚(ちゅうさつ)軍事医部長として渡り、統監府医務顧問、朝鮮総督府医院長などを歴任、大正3年まで朝鮮で任務に当たった。 藤田氏は次のように語っている。「當時の京城の有樣は、韓國の人々は汚物の排除は一切しない。塵芥は勝手に捨て、糞尿は垂流しといふ狀態で、此の方面などを歩けば窓から小便をかけられたほどであつた。即ち李朝五百年の糞便や塵芥は、風雨に依て自然的に掃除されてゐたに過ぎなかつたといふ狀態で、人為的の清掃は全然行はれなかつたのである」(「漢城衛生組合の創設其他の囘顧」『陸軍軍医中将藤田嗣章』昭和18年、漢城は当時のソウルの呼称)京城の朝鮮総督府医院全景(朝鮮総督府『写真帖朝鮮』大正10年) 明治四十年に皇太子殿下(のちの大正天皇)が朝鮮を訪問されることになっていたが、その前に朝鮮でコレラが流行した。まだ併合前で、伊藤博文統監の時代である。藤田氏が伊藤統監にコレラ撲滅策を説明すると即座に採用され、総監は防疫を長谷川軍司令官に一任した。 その時の主意は「苟(いやし)くも人権を害せざる限り戒厳令的に行ふを妨げず、費用は望みに任せて支出せしむる…(以下略)」というものであった。コレラを制圧し、無事に皇太子殿下の訪問の日を迎えることができたという(同書)。朝鮮の衛生状態が劣悪だったこと、人権に配慮しつつ厳しい対策が採られたことが窺われる。劣悪だった朝鮮のお産劣悪だった朝鮮のお産 昭和12~15年頃のお産の状況を前出の篠原氏が次のように書いている。 「朝鮮のお産といつても新しい教育をうけた都会の婦人では日本とあまり変わつたところもありませんが、そのほかの大部分の婦人の場合には民族、風俗、旧い慣習やら迷信、教育程度の相違等の関係で一寸日本に居ては想像のつかないようなお産風景に屢々遭遇します。生命に関係する様な合併症か、方策盡きた様な異常分娩でもない限りはメツタに私共産科医や助産婦を訪れることは先ずないとみてよいでしよう」(『朝鮮のお産』) 分娩後の処置に窮して篠原医師の元を訪れる患者は相当症状が進んでいるのだが、その具体例を文中で挙げて述べている。こうした状況を「抗生物質もない当時こんな人々が産褥(さんじょく)熱のため死亡しなかつたのが不思議な位です。何か特別菌抵抗力があるとでもいうものでしようか?」(同)と書いている。 また医学的知識が無いまま危険な民間療法で婦人病に対処し、状況がかえって悪くなることが少なくないようである。 この体験談からも、「朝鮮に於ける妊娠と出産に関わる女子の死亡率は内地の約二倍で、朝鮮婦人は特にその割合が著しく高い」(朝鮮総督府学務局社会課「妊産婦保護に關する調査」『朝鮮社會事業』昭和8年3月号)というのは頷(うなず)ける。 当時、産婦人科の病院は少なく、お産と言えば産婆さんが普通だった。朝鮮の産婆について、昭和12年の第73回帝国議会説明資料の中で朝鮮総督府は次のように書いている。 「古來鮮人は分娩に當り他人の介補を受くることを嫌忌(けんき)するの風習あり。爲に併合前に在りては助産を業とする者なかりしが爾来(じらい)内地人の感化を受け漸次之が必要を認むるに至れるも其の數未だ僅少なり。 内地人産婆は内地人增加に伴ひ漸次其の數を加へつつあるも多くは都會地に開業し僻陬(へきすう)の地に於ては殆(ほと)んど其の影を見ざるの有様に付、京城帝國大學醫學部附屬醫院竝大邱、平壤、咸興及晋州の四道立醫院其の他鐵道醫院等に於て養成するの外、各道に於て試驗を施行し極力之が增加普及を計りつつあり」産婆養成に尽力した総督府 産婆数を見ると、併合以来順調に増えている。 明治43年に192だったものが、2年後の大正元年に278、昭和元年に987、翌2年に1407と4桁に増える。その後も増え続け、昭和11年は1911(同調査)、昭和15年には2057になったが、翌16年は1941(「朝鮮年鑑昭和19年」)であった。朝鮮総督府医院の明るく清潔な病棟内(『朝鮮総督府救済機関』大正2年) 産婆の内訳を見ると、大正15年6月19日現在の数は807人中、内地人が739人、朝鮮人61人、限地産婆7人となっている(鈴木公重『朝鮮と医業』大正15年)。この数字は帝国議会説明資料とは区切り方が異り一致はしない。限地産婆については後述する。  昭和11年十12月末現在では、総数1911人、うち内地人1446人、朝鮮人464人、外国人1人となっている。地域別でみると、これまでにも言及があったように、都市部、特に京城を中心とする京畿道550人と偏在していることがわかる(帝国議会説明資料)。 限地産婆とは、例外的に産婆の営業を許可されたものである。 朝鮮で産婆になるためには、「産婆規則」(大正3年7月4日、朝鮮総督府令第一〇八号)第一条に「二十年以上の女子にして、左の資格を有し、警務総長の免許を受けたることを要す」とある。「左の資格」とは産婆試験に合格する、指定の助産婦科や学校を卒業するなど五つの条件を指す。 「産婆規則」附則に「警務部長(京城では警務総長=筆者注)は、当分の内、本令に依り産婆と爲るべき資格を有せざる者と雖も、其の履磿竝に技倆を審査し、期間を定め其の管轄内一定の地域を限り、特に産婆営業を許可することを得」とあり(高田義一郎『産婆規則講義』大正9年)、これが限地産婆と思われる。咸興慈恵医院で診察を受ける朝鮮女性ら(『朝鮮総督府救済機関』大正2年) なお内地では明治32年に「産婆規則」が定められ、内務省が管轄していた。台湾、樺太にも同様の産婆規則があった。 このころ妊産婦のための施設といえば、産院と巡回産婆であった。 昭和4年、内地の産院数は40カ所、東京、大阪など全て都市部にある。巡回産婆は同年公私設合わせて378カ所であった。昭和5年の内地の助産婦数は約5万人、女子1万人に15・7人となる。 それに対し、朝鮮では妊産婦保護施設はほとんどなく、一般助産婦も女子1万人に1・3人。朝鮮は他の外地に比べても貧弱である。樺太は昭和5年に同じく女子1万人に18・2人、台湾は女子1万人に6・8人となっている(朝鮮総督府「妊産婦保護に關する調査」)。 前述したように産婆数が増えていたとは言え、まだ十分では無かったようである。母性に対する法的保護 では、妊産婦保護に関してどのような法律があったか、前出の「妊産婦保護に關する調査」を見てみる。 工場法と鉱業法では、出産予定日から4週間以内の者が、工業主又は鉱業権者に対して休業を求めたとき、また産後六週間経たないときは就業を禁止している。 健康保険法では、被保険者の出産に対して、分娩費として20円、出産手当金として分娩の前28日、分娩の日以後42日以内に、労働しなかった期間1日につき日額の100分の60に相当する額を支給。場合によっては産院に収容し助産の手当をすることが規定されている。 上記の法律が適用されるのは工場や鉱山で就業する人であるが、「一般貧困の妊産婦」は救護法の対象となった。この法律は昭和4(1929)年2月公布「法律第三九号」で、昭和21年に生活保護法に移行した。 救護法の「被救護者」とは①65歳以上の老衰者②13歳以下の幼者③妊産婦④不具廃疾、疾病、傷痍其の他精神又は身体の障碍に因り労務を行ふに故障ある者―となる。 この調査がまとめられた時点で、妊産婦保護に関する法律はこれ以外になく、イギリスの母子福利法(1918年)、ドイツの妊産婦保護法(1922年)、フランスの母性保護法(1919年)に比べれば遅れていると、この調査は述べている。 昭和12年3月に「母子保護法」(法律第一九号)が公布され、翌1月1日から実施。それによると保護の対象について以下のようにある。 「十三歳以下の子を擁する母(祖母も含まれる)、貧困の為、生活すること能わず、または其の子を養育すること能わざるときは本法により之を扶助す。但し母に配偶者(内縁も含む)ある場合はこの限りに在らず。母に配偶者ある場合と雖もそのものが左の各号の一に該当するときは前項の規定の適用に付いては母は配偶者なき者とみなす」わが子を抱いて「国語講習会」に参加する朝鮮女性ら(朝日新聞社『戦ふ朝鮮』昭和20年) 「左の各号」とは①精神又は身体の障碍により労務を行うこと能わざるとき②行方不明なるとき③法令により拘禁されたるとき④母子を遺棄したるとき―である。 この法律は13歳以下の子を養育する母及び同年齢の孫を養育する祖母が対象である。この点に関し、当時、13歳以下の子を養育する姉、伯叔母、曾祖母らを対象にしていないことに批判的な声もあったらしいが、13歳以下は救護法でカバーできるという反論もある(米谷豊一「母子保護法の精神と対象」=「同胞愛」昭和14年6月号) もちろんこれらの法律だけで貧困対策が万全だったとは言えないが、何もしなかったわけではない。貧困ゆえの売春貧困ゆえの売春 極端な男尊女卑の風潮は女性のモノ扱いへとつながる。実際、親など身近な者に売られた例が少なくない。強制的な結婚が多く、結婚が破綻すれば経済的に困窮する。 また、朝鮮半島全体で見れば現在とは比べものにならないほど貧しかった。こういった諸事情から当時の女性たちにとって売春は近いところにあったと言えるのではないだろうか。内地でも大きな違いがあったわけではない。下層農民とその家(朝鮮総督府『生活状態調査其七慶州郡』昭和9年) 朝鮮における売春は、制度的な妓生(キーセン)のほか種々の形態があった。妓生には王宮や両班に仕えた「官妓」もあったが、いずれも賤民の身分で、一部例外を除き妓生の子は妓生の身分であった。 併合から6年後の大正5年、総督府は公娼制を全土に敷いた。貸座敷娼妓取締規則にある娼妓の年齢下限こそ内地より1歳低い17歳だが、制度内容は同じであった。公娼になるには戸主(父親など)の承諾を得たうえで警察への登録が必要で、自らの意思による廃業を含むあらゆる自由が保障され、定期的な性病検査など衛生管理も定められた。 もちろん内外を問わず現実はそう簡単ではないうえ、私娼も多くいたが、それでも公娼の待遇保全には一定効果はあったといえる。ただ、公娼制度導入で朝鮮人業者による悪質な人身売買 や誘拐が横行し、総督府による取り締まりが続いた。 日本統治下の朝鮮で行われた社会事業は、総督府の他に京城府など各地方でも行っていたが、その中にはこうした娼妓に対して、直接的な救済策というものは出てこない。為政者たちが彼女たちのことを見棄てていたというよりも、それは社会的背景や考え方が今とは異なるからではないだろうか。 一般的に売春婦の存在には貧困が大いに関係する。つまり貧困対策は彼女たちを転落から救うことになる。具体的には職業紹介、貧困に陥った際の救援、医療補助などが行われたが、これは直接的な支援である。 他方、服役後出所した人、モルヒネなどの薬物中毒者の更生を図る取り組みもあった。 あるいはもっと身近なところでは、禁酒を勧めたり、勤労を奨励する、時間を守る、家事を合理化するなど生活を改善、向上させようという取り組みもあった。 内地人家庭で働く少女について先述したが、父親が無職で中には娘を売ってしまう者がいるという話があった。このようなケースはまさに禁酒、勤労奨励が必要な事例なのでないだろうか。現在の朝鮮半島では? 現在、韓国は女性大統領以下、「慰安婦問題」で我が国を執拗に攻撃している。この問題は「強制連行」の一パターンとして始まったのに、いつの間にか反論がしにくい「女性の人権」が論点になっている。 既に縷々(るる)述べたように、彼らの社会こそ「女性の人権」を尊重するという発想が元々稀薄である。 韓国において現在、女性に対する性犯罪や家庭内暴力は日本に比較して頻発し、しばしば社会問題として取り上げられている。 北朝鮮では、今も人民が餓死するほど貧しく、歴史の発展からエアポケットのように取り残されている。 北朝鮮の女性たちは、人身売買など苛酷な状況におかれている。そのことを、多くの脱北者や支援者が訴えている。 韓国は今救えるはずの「同胞」を放置したまま、70年以上前のことを事実誤認に基づいてあげつらっている。「慰安婦」は一部である 現在、韓国では少なくない人々が朝鮮(韓国)社会の悪い特徴は「日帝」がもたらしたものと解釈するが、必ずしもそうではない。 当時朝鮮は日本帝国の版図内にあったわけだが、その時代、女子教育は広まり「新女性」が登場した。「新女性」は近代化の象徴であったが、その一方で多くの朝鮮女性は目の前の生活に追われていた。日本の統治によって妓生も身分解放され、建前上は廃業の自由も保障された(朝鮮総督府鉄道局『朝鮮旅行案内記』昭和9年)あどけなさが残る妓生。14~15歳にしか見えない(南満洲鉄道社京城管理局『朝鮮之風光』大正11年) 日本統治時代、お産の近代化が行われた。在朝日本人のためという側面があったにしても、朝鮮での母性保護に果した効果は否めない。また、貧困対策、生活改善をはかる様々な社会事業も行われた。 このような日本の朝鮮統治が組織的、制度的に女性の人権を踏みにじっていた、虐待したと果して言えるだろうか。当時の朝鮮女性、朝鮮社会、ひいては日本による統治の全体像を無視、あるいは歪めて、「慰安婦」という一部だけを拡大して扱うことがいかに不自然かわかる。あらき・のぶこ 昭和38年横浜市生まれ。61年横浜市立大卒、韓国・ソウル大学留学を経て平成4年筑波大大学院修了。修士論文は「韓国人の日本観」。朝鮮の歴史、民族性を分析しながらその思考や言動を考察する。近著に『なぜ韓国人は中国についていくのか 日本人が知らない中韓連携の深層』(草思社)。著作に「『日帝は朝鮮語を抹殺した』と言われたら」(鄭大均・古田博司編『韓国・北朝鮮の嘘を見破る』文藝春秋)。訳書に金完變『親日派のための弁明』、辺映昱『「偉大なる将軍様」のつくり方 写真で読み解く金正日のメディア戦略と権力の行方』など。坪井幸生著「ある朝鮮総督府官僚の回想」、朴贊雄著「日本統治時代を肯定的に理解する―韓国の一知識人の回想」などの編集にも携わった。   

  • Thumbnail

    テーマ

    韓国はいかにして竹島を奪ったか

    「朝鮮人は嘘をつく。まだシナ人の方がましでしたよ」とは、戦前の半島に暮らした老婦人の言葉だ。日韓条約締結から50年たった今も、韓国は竹島を「固有の領土」と主張し、都合のいい歴史を創作する。そう、彼らは何も変わっていない。説明するまでもなく、竹島は日本固有の領土である。

  • Thumbnail

    記事

    日韓国交正常化50年 日韓を結びつける安保の「磁力」 

    連記事■ 朴槿恵大統領はなぜ第三国での日本批判を繰り返すのか■ 韓国好きの私が韓国を批判するワケ■ 呉善花 恨と火病と疑似イノセンスと― 異常な反日行為と心の病

  • Thumbnail

    記事

    100回謝罪しても当たり前とは やっぱり韓国とは付き合いきれない

    聞出版)、「ディス・イズ・コリア」(同)などがある。関連記事■ 朴槿恵大統領の呆言、妄言、妄言録■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 一色正春が説く なぜ韓国は日本を許さないのか

  • Thumbnail

    記事

    折れた朴槿恵 父の遺産をなぜ壊したか

    たか? 負の遺産であったのですか?関連記事■ 朴槿恵大統領はなぜ第三国での日本批判を繰り返すのか■ 呉善花 恨と火病と疑似イノセンスと― 異常な反日行為と心の病■ 「大韓ナチズム」に堕ちた韓国

  • Thumbnail

    記事

    韓国はなぜ謝罪にこだわるのか?

    ancouver/)より5月13日、14日分を転載)関連記事■ 朴槿恵大統領の呆言、妄言、妄言録■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ ドローンの恐怖 加速する進化についていけない日常社会

  • Thumbnail

    記事

    朴槿恵大統領の呆言、妄言、暴言録

    ■ 「大韓ナチズム」に堕ちた韓国■ 「ウリジナル」と「反日」の底流にある韓国ファンタジー古代史観■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出

  • Thumbnail

    記事

    朴槿恵大統領はなぜ第三国での日本批判を繰り返すのか

    ページ「アンニョン!@ソウル」がある。近著に『韓国「反日」の真相』(15年、文藝春秋)。関連記事■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 朱子学の影を引きずる朴大統領の反日■ 本当は「日韓併合」が韓国を救った! 「七奪」はすべて捏造

  • Thumbnail

    記事

    朴大統領に問われる反日外交の検証

    ィデンシャル』」より)関連記事■ 韓国人はドイツ人を全く知らない■ 「大韓ナチズム」に堕ちた韓国■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出

  • Thumbnail

    記事

    なぜ韓国は日本を許さないのか

    。上記は制定時のものですが、現在においても(中略)より前の文言はほとんど変わっていません。関連記事■呉善花 恨と火病と疑似イノセンスと― 異常な反日行為と心の病■韓国好きの私が韓国を批判するワケ■呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■日韓併合を考えて脱韓論に至るの弁■「大韓ナチズム」に堕ちた韓国

  • Thumbnail

    記事

    地域のあり方と移民問題 日本の将来をスイスから学ぶ

    年からフリーに。熊本学園大学招聘教授。近著に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)。関連記事■ 呉善花氏「移民が日本文化を理解し社会に溶け込むのは難しい」■ 「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い■ ちょっと待て移民論議 定住すれば労働者も「移民」

  • Thumbnail

    記事

    移民国家へ一直線 強引すぎる外国人労働者の受け入れ拡大

    す。今を生きる日本人の覚悟が問われている。関連記事■ 毎年20万人の移民 やがて日本人が少数派に■ 呉善花氏「移民が日本文化を理解し社会に溶け込むのは難しい」■ 「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い

  • Thumbnail

    記事

    親日国家・パラオに忍び寄る影

    が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争』(産経新聞出版)など多数。関連記事■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 朱子学の影を引きずる朴大統領の反日■ 本当は「日韓併合」が韓国を救った! 「七奪」はすべて捏造

  • Thumbnail

    記事

    韓国好きの私が韓国を批判するワケ

    もに祥伝社新書)など。 ※別冊正論23号「総復習『日韓併合』」 (日工ムック) より転載関連記事■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 世界の人々が惹かれる「日本の心」■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民

  • Thumbnail

    記事

    自国民から外国人労働者まで…実は差別だらけの韓国

    ヤモンド社)、「日韓がタブーにする半島の歴史」(新潮新書)、「悪韓論」(同)などがある。関連記事■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 世界の人々が惹かれる「日本の心」■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民

  • Thumbnail

    記事

    呉善花 恨と火病と疑似イノセンスと― 異常な反日行為と心の病

    別冊正論23号「総復習『日韓併合』」(日工ムック)より呉善花(評論家・拓殖大学教授)反日行為を担う「代償的擬似健常者」 東日本大震災直後の3月末、韓国では「竹島は日本の領土」と明記した日本の教科書が検定合格したことに強く反発、義捐金募集活動を中止し、全額を返還したり、独島守護団体や慰安婦支援団体への寄付に振り向けたりする自治体が続出した。 同年9月のAFCチャンピオンズリーグでは、韓国チーム全北現代の応援スタンドに「日本の大地震をお祝いします」と日本語で書いた横断幕が掲げられた。また2013年8月にはKBS2のテレビ番組で、お笑いタレントが「旭日旗を振った日本の応援団に体にいい福島産さくらんぼを送った」と揶揄し、これを東亜日報など各紙が「よくぞいった」とばかりの評価で報じた。 「その神経を疑う」といった報道が諸国に見られた。韓国人の反日行為は常軌を逸している。こうした非文明性、異常性は世界的な「不可思議」の一つにまでなった。だが彼らは明らかに文明生活を送っており、反日行為は病者ならぬ正真正銘の健常者たちによるものだ。だからこそ「不可思議」なのである。 精神医学者の中井久夫氏は、精神障害というものは、自らの破滅を防ぎ、生き残るための知恵だという観点を示している(「治療文化論―精神医学的再構築の試み」)。私もこの観点を強く支持したい。その上で私が問題としたいのは、これも中井氏の観点の一つなのだが、正常・健常者といわれる人のなかには、病気からほど遠い余裕のある人だけではなく、「他者に依存したり他者や社会を攻撃すること」によって自らの精神衛生を維持している人、中井氏のいう「代償的擬似健常者」が多数いるということである。 「代償的擬似健常者」による常軌を逸した人類最悪の行為が、中世ヨーロッパの魔女狩りやナチスのホロコーストなどだろう。「代償的擬似健常者」が「他者に依存したり他者や社会を攻撃すること」を一挙に極端化していくと、こうした大虐殺が引き起こされることにまで至る。 常軌を逸しているとしかいえない場合の韓国人の反日行為は、大挙して群なす「代償的擬似健常者」によるものと考えればいい。彼らは韓国人に特徴的な心の病に陥った人たちと同じように、韓国人に特有の苦悩やコンプレックスを抱えている。 しかし彼らは、病者のように自らを苛(さいな)むのではなく、他者を苛むのだ。彼らは、他者への依存や他者への攻撃によって、自らの精神的危機を回避しようとする。そこで彼らの反日行為は、病者が示す病像ときわめて近似していく。彼らの反日行為が、非文明性、異常性をもって現れる最大の理由がここにある。韓国人は〝魔女狩り〟ならずともすぐに火をつける。日本の首相の靖國神社参拝に抗議して日の丸に(右、AP)竹島問題に抗議して日本の教科書の写真や日の丸に(中、ロイター)米国産牛肉輸入問題で警察のバスに(左、同) 以上のことを前提に、日本人をはじめ外国人には容易に理解できないと感じられている韓国人(韓民族)の反日行為の心理、情緒、精神のあり方の特異性を、韓国人に特徴的な心の病を通して照らし出してみたい。その前に、韓国人との一定の比較という意味から、十分なものではないが、日本人に起きやすいとされる心の病と日本人の性格的な特徴の関係について、一つの事例から簡単に眺めておきたい。日本人とメランコリー 日本人に起きやすい心の病の代表的なものに「内因性単極性鬱(うつ)病(メランコリー)」がある。「内因性単極性鬱病」は、とくに日本人に顕著に見られるものだが、誰にも起き得るものではなく、ある特定の性格の人に限って発生率が高いことが知られている。日本人はまじめゆえにメランコリーが起きやすい… 特定の性格とは「メランコリー親和型」と呼ばれる性格で、ドイツの精神科医テレンバッハが1960年代に理論化したものである。テレンバッハは「内因性単極性鬱病」にかかった人の性格的な特徴として「几帳面、仕事熱心、堅実、清潔、権威と秩序の尊重、保守的、律儀」を挙げている(木村敏訳「メランコリー・改訂増補版」)。 これはまさしく日本人によくある性格だといってよいだろう。最近亡くなられた経営学者の大野正和氏も、日本人の「働き過ぎ」に関連するとして次のように述べている。「日本人に多いのは、前うつ病性格(うつ気質)であるメランコリー親和性だ。真面目で几帳面、責任感が強く他人に気を遣う。この性格は、日本の職場では優秀な労働者の象徴である」(「過労死と日本の仕事」ブログ「『草食系』のための日本的経営論」)。 精神科医芝伸太郎氏は、この「メランコリー親和型性格はそのまま日本人一般の性格特徴(を極端にしたもの)に他ならない」と述べ、テレンバッハらとは別に「日本人だからこそわかる」視点から、とても興味深い独自の理論を打ち立た(「日本人という鬱病」1999年)。 芝氏の理論は「お金理論」といわれるもので、概略、次のようなものである。律儀な性格の日本人の多くは、人から借りたものは必ず返さなくてはならないと考える。物品であれ、精神的な好意であれ、地位や名誉を与えられた場合であれ、まるで精神的な貸借対照表があるかのように、「借りたら返す」という原則を貫こうとする。 ちょっとしたミスを犯しても、必ず相手や社会に埋め合わせができるだけの良き行ないをしなくてはならないと考える―。 こういう性格の人は、社会に出ると「決して借りをつくるまい」と一生懸命になる。会社では人並み以上に働き、他人に対しては執拗に「お世話」をしようとし、昇進をしようものならさらに時間を無視してまで働こうとする。中年になって高い役職に就いた途端にこの種の鬱病を患う人が、日本人には多いそうである。 こういう人は、家庭生活にもとても生真面目に向かう。ミスをすれば、その挽回を思って、ミスのために会社や相手が失ったもの以上のものを生み出そうと盛んに努力を重ねる。 そこでは、あらゆる人間関係があたかもお金のやり取りであるかのようになっていると芝氏はいう。もちろんそれは、「姑息な金銭勘定の意識」とはまったく異なるもので、逆に「金銭勘定を無視して」がんばってしまうのだ。 そうすることで、自分が自分であることを保つことができている。こういう極端な性格の人は、そのままではいつかはやっていけなくなる。心身ともに疲れてしまうし、何をやっても不十分だと感じられていく。そこで、「自分はだめな人間だ」「だらしない」と深刻に悩み、やがてはメランコリー状態に陥って鬱病を発現するまでなってしまう。これが芝氏の「お金理論」である。 芝氏のいう「お金と同じように人間関係を考える」というのは、物事についての「借りる・貸す」の関係を、それぞれの関係のあり方の個別的な性格を無視し、何でもかんでも普遍的に向き合ってしまっていることを意味している。確かに、日本人にはそうした性格的な傾向をもつ人が多いといえるだろう。韓国人と火病韓国人と火病 韓国人に顕著に見られる心の病が火病(ファッピョン)である。火病は「韓国人にだけ現われる珍しい現象で、不安・鬱病・身体異常などが複合的に現われる怒り症侯群」とされる(米精神医学界「精神障害の診断と統計マニュアル」付録「文化的定式化の概説と文化に結び付いた症候群の用語集」)。 火病は「お腹の中に火の玉があがってくるようだ」といった韓国人に特有な愁訴が特徴で、「怒りを抑圧し過ぎたことによって起きる心身の不調」とされている。 韓国の精神科医キム・ジョンウ氏は、著書「火病からの解放」のなかで、ある中年女性の火病患者の訴えを、次のように記している(要約)。 その女性は長男にだけ関心と愛情が深かった。長男を大学にやってから、今までの自分の生き方があまりにもむなしくて悔しいという気持ちになり、憂鬱な気分がはじまった。その頃は身体的な症状はなかったが、自分には不服な長男の結婚問題がきっかけとなり、突然火病がはじまった。14日の間大声を張り上げて泣く、眠れない、息苦しく胸から顔まで熱が出てくる感じ、喉が渇く、口の中が苦い、右脇腹が痛くてたまにぐらぐらする症状と、腕と足が麻痺する感じ。全身がおかしいという訴えである。 また別の患者は、次のように訴えてきたという。極端な特権と意識を持っていた両班層の豪邸(朝鮮総督府『生活状態調査 慶州郡』昭和9)貧しい農民の集落(朝鮮総督府『写真帖朝鮮』大正10) 何か大きなかたまりが胸のなかで圧迫しているという感じ。ある人に対する憤怒と悔しさが十四年過ぎても消えていない。今もその人を見れば憤怒が吹き出す気持ちになる。いろいろな病院を訪ねたが、誰もわかってくれない。 キム・ジョンウ氏は同書で火病を次のように説明している。 「怒りや悔しさをまともに発散できなくて、無理に我慢するうちに火病になるのです。…略…火病も一種のストレスの病気です。しかし違うところがある。一般的にストレス病は急にストレスが表に出る場合が多いのに対して、火病は同じストレスを六カ月以上受けるところが違います。また火病は怒らせる原因、怒りをつくる原因はわかっているけれども、それを我慢して起こすのが特徴です。ストレスを発散すれば離婚したりすることにもなるので、我慢することが多いのです」 またキム・ジョンウ氏は、火病の原因は恨(ハン)にあると指摘している。 「火病の原因は恨です。弱くて善なる人間が強い人間に感じる劣等意識、葛藤として見えるものです。かつては抑圧的な夫のせいで、女性たちの恨が溜まるしかありませんでした。今では患者の3割は男性で、職場の人間、中年の事業家、定年退職を前にした人たちなどが病院に訪ねてくるようになっています」(同) 日本では怨恨の「怨」も「恨」もだいたい同じ意味で使われていると思う。しかし韓国の「恨」は、韓国伝統の独特な情緒である。恨は単なるうらみの情ではなく、達成したいが達成できない自分の内部に生まれるある種の「くやしさ」に発している。それが具体的な対象をもたないときは、自分に対する「嘆き」として表され、具体的な対象をもつとそれがうらみとして表され、相手に激しく恨をぶつけることになっていく。 キム・ジョンウ氏は火病と恨の関係を次のように述べている。 「火病患者の一部は憤怒が目立って現れませんが、その場合恨が関係する場合が多いのです。原因となるのは、貧困であること、弱者であること、悔しさ、怨痛さ、むなしさ、抑制などが積もりに積もること。症状面では、ため息、涙、苦しさ、胸の中の塊感など。そうした共通的なことが多いという点で、火病は韓国人特有の恨と関係が深いと推定できます」(同) 続けてキム・ジョンウ氏は「火病は、原因と感情反応で歴史的な民族固有の情緒的な恨と共通線上にあることと、時間的経過によって恨が克服されずに病理化されたことを示唆しています」と述べている。韓国人の反日行為はまさしく火病のように、「時間的経過によって恨が克服されずに病理化された」状態であるかのようだ。恨の多い民族 恨があるから強く生きられる、恨をバネに生きることができるというように、本来は未来への希望のために強くもとうとするのが恨である。そうして生きていくなかで恨を消していくことを、韓国人は一般に「恨を解(ほぐ)す」あるいは「恨を解く」と表現する。うらみにうらんだ末に恨が解けていくことを、大きな喜びとする文化は韓国に特有のものである。 そうした心情の典型を、朝鮮民族の伝統歌謡「アリラン」にみることができる。「アリラン」は恨が解き放たれる喜びを歌った「恨(ハン)解(プリ)の歌」ともいわれる。一般に行なわれている日本語訳で歌詞を紹介すると、その一番は次のようになる。 〽アリラン アリラン アラリヨアリラン峠を越えて行く 私を捨てて行かれる方は 十里も行けずに足が痛む ここでは親しい人が自分を捨てて去っていく恨が歌われている。哀しい歌詞なのだが、これを喜ばしい気持ちで快活に明るく歌うのである。二番、三番で、次のように恨解へと向かう心情が表現されていく。 〽アリラン アリラン アラリヨアリラン峠を越えて行く 晴れ晴れとした空には星も多く 我々の胸には夢も多い 〽アリラン アリラン アラリヨアリラン峠を越えて行く あの山が白頭山だが 冬至師走でも花ばかり咲く 固い恨があるからこそ未来への希望があるということでいうと、韓国人にとっては生きていることそのものが恨である。自分の今ある生活を不幸と感じているとき、自分の運命が恨になることもある。 自分の願いが達成されないとき、自分の無能力が恨になることもある。そこでは、恨の対象が具体的に何かは、はっきりしていないことが多い。韓国人は、自分のおかれた環境がいかに不幸なものかと、他者を相手に嘆くことをよくする。韓国ではこれを「恨嘆(ハンタン)」といっている。思いこみ・妄想を偶像化して事実だと信じ込み、崇める姿は何とも哀れだ=ソウルの日本大使館前 そこでは、「私はこんなに不幸だ」「いや、そんなのは不幸のうちに入らない、私の方がもっと不幸だ」という具合に、あたかも「みじめ競争」のようになることも少なくない。 ここで特徴的なことは、「自分は何の罪もない正しく善なる者なのに、誰(何)かのせいで自分が恵まれていない」と、一方的に自らを純化し自己責任を回避していることだ。そうやってお互いにストレスを解消し合い、それでなんとかなっていれば火病に罹ることもない。 自分が今おかれている境遇や自分の過去の不幸を題材にして「ああ、私の人生は…」と節をつけて、自前の身世打令(シンセタリョン)(韓国伝統の雑歌)を友だち相手に披露することもよくある。こうした場合の恨は、その対象が曖昧なままなのだが、それだけ、対象を求めてさまよっているのだともいえる。だんだんと、自分の恨を固めている相手、恨をぶつける具体的な対象が欲しくなっていく。 韓国人はしばしば自分たち民族を、「恨の多い民族」と呼ぶ。韓国には「我が民族は他民族の支配を受けながら、艱難辛苦の歴史を歩んできたが、決して屈することなく力を尽くして未来を切り開いてきた」と自分たち民族を誇る精神的な伝統がある。こうした歴史性をもつ「我が民族」が「恨の多い民族」である。 韓国人がキリスト教を受け入れやすい一つの要素は、苦難の歴史を歩んだユダヤ人・イスラエルの民と、自分(たち)の境遇を重ねる意識が強く働くところにある。韓国人とユダヤ人には、どんな罪もない優秀な民族が苦難の歴史を歩んできたという歴史的な共通性がある。ユダヤ人がそうであるように、我が民族もまた神から選ばれた特別の民(エリート)であり、最終的な救済を約束された民である―というように。 実際、このように説く韓国人牧師は多く、韓国がキリスト教を受容した理由の第一をそこに求める論者も少なくない。こうした考えは、すでに韓国の初期キリスト教にあったが、戦後に反日民族主義と結びつき、より強固なものとなっていった。 戦後韓国は、「日本帝国主義の支配」によって、我々は無実であるのに国を奪われ、国土を奪われ、富を奪われ、言葉を奪われ、文化を奪われ、過酷な弾圧下で苦難の歴史を歩まされたという、反日民族主義を国是として出発した。そうした「無実の民」が蒙った「苦難の歴史」、その「誇りの回復」というところで、反日民族主義とキリスト教が一致していく。キリスト教ピューリタニズムとも通じるところである。 欲望・希望・願望といったものが通らずに阻止され、これが抑圧されることで形づくられる「心の凝り」というものがある。情緒的な色合いを強くもつことが特徴で、精神医学ではこれをコンプレックス(観念複合体)と呼んでいる。韓国人が古くからいう「恨が固まる」とは、現代でいえばコンプレックスとしての「心の凝り」が形づくられることに他ならないだろう。 韓国の精神医学者イ・ナミ氏は、著書「韓国社会とその敵たち」のなかで、韓国人は「物質、虚飾、教育、集団、不信、世代、怒り、暴力、孤独、家族、中毒、弱い自我」にわたる12種類のコンプレックスの塊だといっている。そして、このコンプレックスの塊こそが、現代韓国社会に顕著に見られるさまざまな病理現象の原因をなすものだと断じる。自分を無罪とする責任回避自分を無罪とする責任回避 恨の多い人がそのまま恨を抱え続けていくと、一種の怒り症侯群である火病にまで至ることが少なくない。「怒りや悔しさをまともに発散できなくて、無理矢理に我慢するうちに火病になる」のだが、多くの人はそこまで我慢することなく、四方に怒りを爆発させていくことになる。韓国人がしばしば激しやすいといわれる理由もそこにある。 いずれにしても、なぜ韓国人は一方的に自らを純化し、無実の者として自己責任を回避し、恨を抱えて生きようとするのだろうか。アメリカの精神医学者ロロ・メイの「疑似イノセンス」論は、この疑問に明快な答えを与えているように思う。 イノセンス(innocence)とは、「無罪・無実、無害の・悪意のない、純粋・無邪気」などを意味する言葉である。イノセンスそのものを生きているのが子供だが、大人になってもイノセンスの見かけをもって生きているような人がいる。つまり自分を擬似的にイノセンスで装うのだ。これがロロ・メイのいう疑似イノセンス(Pseudo-innocence)である。心の内のイノセンスではなく、外から見たときだけのイノセンスである。 ロロ・メイは「それは決して大きくなりすぎることのない子供らしさやある種の過去への固着から成っている。それは、無邪気というよりむしろ幼稚だ」として次のようにいう。 「これは神経症に見られるイノセンスと平行関係にある。このイノセンスは、決して生き抜いてこられたものではなく、幼児のままに固着してしまうイノセンスで、ただ敵対的で冷たいあるいは支配的な親に対して身を守るだけのために、その幼児性にしがみつくのである」(小野泰博訳「わが内なる暴力」) なぜ世間の荒波を生き抜こうとせず幼児性にしがみつくのか。それは外部の権力から自らを守る防御のためで、疑似イノセンスは「外的な力の形態とかあるいは地位および威信といった内的な力の形態を含む、権力の現実に直面しなければならないときの防御壁」(同書)なのである。 ここは多くの日本人には容易に理解できないところかもしれないが、韓国社会に生まれて大人になった私にはとてもよくわかる。韓国の社会には、地位や威信などを含む権力のまことに不条理な働きが、排ガスのように充満しているからだ。子供からすれば、大人になることは不条理な人間になることに等しいとすら思えてくる。 疑似イノセンスは「自分を無罪とする責任回避」で大きく特徴づけられる。韓国の旅客船セウォル号沈没事故の犠牲者を追悼するポストイット・ボードに、青少年らによる無数のメモが貼り出された。新聞報道されたものからいくつか拾ってみる。 「姉さん、そして兄さん、もう二度とこんな国に生まれないでください」「さようなら。兄さんが、必ず悪い大人たちと最後まで戦って、二度とこんな悲しみが無いようにするから」「冷たい海中に恐ろしさで真っ青になって泣いた私たちの後輩を考えなさい。こんな権力に耳をふさいで目をとじる人々ならば、本当に嫌いだ」「道徳を学ぶ理由は何ですか? どうか大人たちは非道徳的に生きないでください。花のように美しい私たちの命を安全にして欲しい」「互いに利益だけ考える社会だ。大人たちの欲望のために姉さん兄さんの命が一日で消えた」(ハンギョレ新聞日本語電子版2014年4月25日) 韓国各地のポストイット・ボードは、こうした国家、権力、社会、大人の罪・責任を問う子供たちの悲痛な声に満ち溢れていた。 社会の制度・秩序・慣習を受け入れていくことで、子供はイノセンスを脱して大人になる。大人としての自覚と責任をもって生きていこうとする。これがまっとうな社会でのあり方だ。しかし韓国のような不条理が大手を振ってまかり通る社会では、大人になりたくない子供たちをたくさん生み出すことになる。 「幼児のままに固着してしまうイノセンス」をもって、「花のように美しい自分、責任がない自分、無罪である自分」を守ろうとする。こうして疑似イノセンスで自らを装う大人になっていく。 そうした人たちは、人間ならば誰もが内部に抱えている不道徳性とか反秩序性といった破壊的な力を、自分のなかには認めようとしない。そして、自らを潔癖であり無罪であるとする一方で、他者に対しては道徳的な完全性を求めて強く批判する。 この態度がロロ・メイのいう疑似イノセンスである。そしてロロ・メイがいうように、自己内部の破壊的な力が抑圧されると、極めて暴力的な形で噴出するのである。 「責任回避の防御物としてのイノセンスは、また成長を妨げる防御物である。こうしたイノセンスは、われわれの新しい認識を妨げ、人類の苦悩とともによろこびをわがこととして感じとることをできなくしてしまう。この苦悩とよろこびは、擬似的なイノセンスの人間には閉ざされているものである」(同書) 多くの恨を抱えさせているのが擬似イノセンスである。恨はキム・ジョンウ氏がいうように「弱くて善なる人間が強い人間に感じる劣等意識、葛藤として見える」面をもつことは確かだが、その主体は自分を「無罪、無責任、純粋」と装う疑似イノセンスにある。自分には責任がないのだから、自分にふりかかる火の粉はすべて他者によるものである。こうした「他人のせい」へのうらみが恨として溜め込まれるのである。妄想による偶像への崇拝を選挙投票と引き換えに押し売りする姿は滑稽ですらある=米グレンデール 擬似イノセンスでは、自分をイノセンスと装うことが、自分が生きるための戦略として利用される。民族レベルでいえば、韓国が無罪であることが、韓国が(民族の誇りを失うことなく)生きるための戦略として利用される。そこで日本は韓国にとって、どこまでも有罪でなくてはならない、責任が追及されなくてはならない、この世になくてはならない対象なのである。 彼らの関心は、自分(韓国)が善であり道徳的に正しいという聖なるイメージを維持することに向けられる。他者(日本)が自分の純粋さにどれほど応えてくれるかを期待し、自分自身の汚れのないイノセンスを再確認し続けようとするのである。韓国人と人格障害 外部の権力から自分を守る防御として、イノセンスで自らを装う。その装いが強固であればあるほど、対人関係にさまざまな障害が生じてくることは疑いない。 十年ほど前のことだが、韓国の新聞で「二十歳の男性の45%が対人関係障害の可能性」という記事を読んだ。韓国の研究チームによる人格障害の調査だが、「この数値は、米国やヨーロッパなど先進国の平均11~18%に比べて、2・5~4倍に達する」という(東亜日報日本語電子版2003年2月10日)。 記事には「今回の研究結果は国内学術誌『精神病理』と米国の学術誌『精神医学と臨床神経科学』に掲載される予定」とあったから、学術的な研究であるのは間違いない。 人格障害(パーソナリティー障害)とは通常、「偏った考え方や行動パターンのため、家庭生活や社会生活、職業生活に支障をきたした状態」とされている。関係する書物(岡田尊司著「パーソナリティー障害がわかる本―『障害』を『個性』に変えるために」)を何冊か読んで深く考えさせられたのは、その偏り方が韓国人一般に見られる精神的な傾向ときわめて酷似していることだった。 それら書物から私なりに整理してみたところでは、人格障害の人には次のような性格の偏向が強く見られる。(一)善悪、白黒、敵味方など、中間のない両極端の考えに陥りやすい。(二)「私とあなた」(自分と他者)の区別があいまいで自分本位。(三)容易に他人を信じることができない。(四)自分は理想的・完璧だという思いと、自分は劣等で価値がないという思いが同居している。(五)物事を受け止める心が弱くて狭く、処理できなくなると暴発的な行動を起こしやすい。 いずれについても、韓国人の精神的な特徴と、とてもよく合致していると思わずにはいられない。疑似イノセンスがそうであるように、考え方が極端なので、広い視野をもって物事を判断することができない。自己本位で自分を絶対視しやすいので、自分が善い(正しい)と思うことは他人もそうだと思い込む、何かまずい事態が起きても自分ではなく他人に問題があると考える、といったことが生じやすい。 他人が信じられないので、表面的にしか親しい振る舞いができず、本当に他人に心を許すことができない。プライドが高いので、自信過剰とも見えるが、実際には自信がなく劣等感に苛まれている。受け止める力が弱いので、すぐに感情的となり、冷静に物事に対処することが難しくなる。ありのままの自分を愛することありのままの自分を愛すること 人格障害は自己愛の障害、つまり「ありのままの自分を愛すること」のできない障害だといわれる。自己愛が傷ついたり損なわれたりしているために起きるもので、幼い自己愛に支配されている一種の幼児性とも見られている。 「ありのままの自分を愛すること」ができないと自分が嫌になってくる。引っ込み思案から、ひきこもりにもなりがちである。しかし、そういう嫌な自分に我慢がならず、逆に「自己愛」を過剰に膨れ上がらせていく人がいる。このタイプの人が陥る人格障害が自己愛性人格障害といわれるものだ。 自己愛性人格障害(Narcissistic Personality Disorder)とは、ありのままの自分を愛することができず、自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込む人格障害の一類型である(米精神医学界「精神障害の診断と統計マニュアル」)。両親・家族が社会同様に「ありのままの自分を愛してくれる」体験に乏しいため、「ありのままの自分を愛すること」ができず、自己愛性人格障害になりやすいと考えられている。セウォル号沈没事故で高校生ら乗客を置き去りにして身分を隠し、われ先に逃げ出した船長 何種類もある人格障害のなかでも、自己愛性人格障害の病像はとくに、韓民族の性格的な特徴をそのまま極端化したものであるかのようだ。以下が診断基準となっている。 【診断基準】誇大性(空想または行動における)、賞賛されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち五つ(またはそれ以上)によって示される。 (一)自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待)(二)限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。(三)自分が〝特別〟であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人たちに(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。(四)過剰な賞賛を求める。(五)特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。(六)対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。(七)共感性の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。(八)しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。(九)尊大で傲慢な行動、態度 (高橋三郎・大野裕・染矢俊幸訳「DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル新訂版」)。 自分をイノセンスで装い、いつしかそれが本当の自分だと思い込んでいく先に、こうした病理的な心的現象が出てくるように思われる。人格障害に関連する精神医学・心理学の書物が記すところを私なりに整理・解釈してみると、自己愛性人格障害の人の対人関係には次のような特徴が見られる。 ▽「ありのままの自分を愛すること」ができないので、優越的な存在だという自分で作った幻想の自分を愛そうとする。▽自分より優れたものを認めたくないので、他人の優れた能力や才能を無視する。▽他人を見下し・軽蔑・侮辱することが快感となる。▽自分の優越幻想がなかなか示せないとなると、過ぎたことであろうとも他人の欠点・難点を探し出してはなんくせをつけていく。▽人をバカにしているので、自分もいつバカにされるかわからないと疑心暗鬼になる。▽閉じられた自己幻想から出ようとせず、他人に心を開くことがなくなる。 韓国人がしばしば示す自民族優越主義、反日民族主義、反日行為には、こうした心的傾向との同質性を強く感じさせられる。反日が常軌を逸すると思える根拠 多くの韓国人が示す反日行為が「常軌を逸している」と感じられるのは、これまで見てきたように、火病に現われる複合的な怒り症候、人格障害に現れる各種の性格的な偏向ときわめて近似しているからである。しかし彼らは病者なのではない。彼らは、他者に依存したり他者や社会を攻撃することによって、火病や人格障害に陥ることを回避している「代償的擬似健常者」なのである。 自分には罪がないのに(イノセンス)、なにゆえに自分はこれだけの苦労を背負わされるのかと、コンプレックス(恨)が心の凝りとして固まっていく。これが高じると火病にまで至る。外部の権力から自らを守ろうとする疑似イノセンスが、ありのままの自分ではなく誇大にピュアーな幻想的自分を愛するようになっていく。それが高じると人格障害にまで至る。 韓国人の反日行為が「常軌を逸している」と感じられる根拠は、火病や人格障害と近似する心性を内部に抱えた「代償的擬似健常者」が、韓国社会に多数生み出されていることにあるのではないか。そこには、儒教・朱子学に特有な潔癖主義、厳正主義を重んじる、伝統的な制度文化が、諸個人に対する外部の権力として強く作用していると思う。 儒教的な制度文化に覆われた社会では、制度規範としての絶対的な勧善懲悪(善を勧め悪を懲らしめる)が人々の心の内面を圧迫する。そこでは、人々は自分の表面を勧善懲悪の構えで飾り立てて生きるしかなくなっていく。 しかし現実はまことに不条理なものとしてある。疑似イノセンスが入り込む余地がそこにある。固まっていくコンプレックス=恨を抱え続け、「アリラン」の歌のようにそれが解けていく先に希望をもとうとする。現実には他者より抜きん出て俗世間で成功することが一途に目指されていく。 朝鮮半島の伝統的な社会では、そうした人々の恨をバネとする上昇志向が社会を活性化させる原動力となっていた。良くも悪くも、排他的な自己愛と自己繁栄のエネルギーが、自分の一族や自分が所属する小集団の繁栄へと一途に向けられてきた。 こうした「集団利己主義」の社会が根本的な解体を経ずして近代へ突入した。日本統治下での近代化推進で解体への道がつけられたとはいえ、戦後はその道を遮断し、反日を繁栄へのエネルギーとする国策が根を下ろした。「集団利己主義」の民族規模での強化が推進されたのである。◇本稿は、拙著『「反日韓国」の自壊が始まった』(悟空出版)「第五章」前半を要点中心に圧縮し、新たな観点を加えて書き改めた。関連記事■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 世界の人々が惹かれる「日本の心」■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民

  • Thumbnail

    記事

    「ウリジナル」と「反日」の底流にある韓国ファンタジー古代史観

    ると「弟の分際で生意気だ」と“瞬間湯沸かし器”よろしく燃え上がる。 本当に危ない状況だ。関連記事■ 呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■ 世界の人々が惹かれる「日本の心」■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民

  • Thumbnail

    記事

    「侵略戦争」という言葉は歴史を見る目を歪める

    政治がご専門の北岡さんには改めて、本来の学識者としての良識を発揮していただきたいものです。関連記事■呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■日韓併合を考えて脱韓論に至るの弁■併合朝鮮をめぐる国政参政権付与

  • Thumbnail

    記事

    村山談話は役に立ったのか

    関係をおろそかにした河野氏も、少なくとも歴史に謙虚ではない。(政治部編集委員・阿比留瑠比)関連記事■呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■日韓併合を考えて脱韓論に至るの弁■併合朝鮮をめぐる国政参政権付与

  • Thumbnail

    記事

    北岡君、日本を侵略国家にする気かね

    公文庫)、『昭和史をさぐる』(吉川弘文館)、『評伝 笹川良一』(中央公論新社)などがある。関連記事■呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■日韓併合を考えて脱韓論に至るの弁■併合朝鮮をめぐる国政参政権付与

  • Thumbnail

    記事

    合邦と植民地は大ちがい! 大人の国・英国の歴史認識

    日本興国論』などの話題作やベストセラー多数。小社より、『読む年表 日本の歴史』好評発売中。関連記事■呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出■日韓併合を考えて脱韓論に至るの弁■併合朝鮮をめぐる国政参政権付与

  • Thumbnail

    記事

    呉善花「反日」という「バカの壁」からの脱出

    呉善花(評論家・拓殖大学教授)反日への入り口 私の幼い頃、母は戦前に父と共に日本で働いた時分の思い出をなつかしみながら、日本人への親しみを込めてしばしば語ってくれた。1960年前後のことである。私が育ったのは済州島の海村だったが、村の人で日本をことさらに悪くいう人はいなかった。村の祭りになると、私はしばしば、ムーダン(巫女)のおばさんの勧めで、母に教わったいくつかの日本語の単語を大人の前で披露してみせた。いつも拍手喝采で、ムーダンのおばさんからきまって、「よく知っているね、偉い子だね」と頭を撫でられたものである。 それが小学校に入り、学年を重ねていくにつれて、「日本人はいかに韓国人にひどいことをしたか」と教えられていくことになる。教室の黒板の上には、真ん中に大統領の写真が掲げられ、その両脇に「反共」「反日」と大きく書かれたポスターが貼ってある。反共の「共」はそのまま北朝鮮を指し、いかに北朝鮮が邪悪で恐ろしい国なのかを教わり、その一方で日本人がいかに韓国人に対して悪いことをしたかを教わる。 ずっと後、日本に来て知り合いになった台湾人留学生に、「こんな教育を受ければ、どんな人でも必ず反日感情をもつ」というと、「そんなことはないでしょう」という。「なぜか」と聞くと、「学校ではすさまじい反日教育を受けた一方、家庭や地域で聞くのは大部分がその反対のことばかりだったからだ」という。 私の場合はそうではなかった。家へ帰って学校で教わったそのままに「日本人てひどい人たちなのだ」といったことを語ると、父も母も無言で応じたり、適当にあいづちを打つばかりだった。村の大人たちにしても、大方はそんなふうであった。私はそれが不満で、「お父さん、お母さんや村の大人たちは、学歴の低い田舎者だから、何もわかっていないんだ」と思うようになっていった。日本統治下で行われた「敬老会」。朝鮮の子供が遊戯を披露し、日本女性が朝鮮の老人たち(写っているのは男性ばかり)に給仕している(朝鮮総督府『朝鮮事情』昭和15)  田舎のおばさん、おじさんたちほど、反日意識が弱いのは、彼らには学がなく無知であるからだ、といういい方は一般的にもよくされていた。高い教育を受けた者ほど反日意識が高いというのが常識だった。私も、勉強をすればするほど次第に反日意識を強くもたねば、という気持ちにもなっていく。  私は、小学校高学年あたりから、そのことで大きく迷った。日本について事実と異なる記述が羅列された韓国の中学国史の国定教科書 母から聞いた日本は、叔父さんたちが住んでいて、ミカンがたわわに実り、泥棒する人もいない、しかもお風呂が普段に入れて、人は親切だという日本だった。その国の言葉をいってみせると、大人たちは「いい子だ」と拍手さえしてくれた。なぜそうなのか。「大人たちはみんな無学な田舎者なんだ。ほんとうの日本がどういう国かということを教わってこなかったんだ。だから、何もわかっていないんだ」と、きっばり意識チェンジをしていった。私は学校教育を通して、それまで知らなかった新しい世界の見方を知ったと思った。旧世代の韓国人、旧時代の韓国との別れだった。私たち立派な知識を身に付けた新世代韓国人が、これからの新しい韓国を建設するんだ。しだいにそういう意識が芽生え、私のなかから急速に日本への親しい感情が消え去っていった。情緒教育としての反日教育 授業を通して、父母たちの世代は土地を収奪された、日本語教育を強制された、独立を主張して殺害された、拷問を受けた、強制徴用されたと知らされていく毎に心にやってくるのは、自分自身の身を汚されたかのような、いいようのない屈辱感であり、そこから湧き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りであった。 当時の教科書の内容は詳しく覚えていないが、基本は現在のものと大差はない。現在の国定教科書では、「[侵略戦争を遂行するために]日帝はわれわれの物的・人的資源を略奪する一方、わが民族と民族文化を抹殺する政策を実施した」として、それを「日帝の民族抹殺計画」と名付けている(「中学校国史教科書」1997年初版)。「民族抹殺」という言葉が情緒を強く刺激する。日本が開設した普通学校(小学校)の朝鮮語授業で使われた『朝鮮語読本』 「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは、内鮮一体・皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした、韓国語を禁じ日本語の使用を強要した、韓国の歴史の教育を禁じた、日本式の姓と名の使用を強要した、各地に神社を建てさせ参拝させた、子供にまで「皇国臣民の誓詞」を覚えさせた、というものだ。しかし、そう列挙されているだけで具体的な内容は一切書かれていない。「高等学校国史教科書」も同じことである。そのため、強く刺激された情緒が知識の媒介をほとんど受けることなく、身体にストレートに浸透するのである。 小学校でも同様に、日本によって民族が蹂躙された、奴隷のように扱われた、人間の尊厳に大きな傷を受けたといった形で反日教育が教室のなかで行なわれている。幼い時期はより多感なものだから、「ひどすぎる」「絶対に許せない」という思いで心がいっぱいになる。 もちろんそれは人ごとではないからだ。同じ血を分けた韓国人であり、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さんたちのことだから、自分がやられたのと同じ気持ちになってくる。我が身を切り裂かれるような辛く苦しい気持ちになり、激しい怒りがこみあげてくる。そうか、日本人はそんなに「侵略的で野蛮な民族的資質」をもつ者たちかと、心から軽蔑していくことになる。 これは歴史教育ではなく明らかな情緒教育である。歴史認識以前に、反日情緒・反日心情をしっかり持つことが目指されているのである。侮日教育としての反日教育侮日教育としての反日教育 一九六〇年代のことだが、小学校では「反共ボスター」をよく描かされた。私たちが描く「反共ボスター」の絵柄の多くは、「鬼のような形相をした金日成が韓国を蹂躙する姿」だった。いかに北朝鮮が怖い国かを描くことに力を入れたと思う。仁川の地下鉄駅に貼り出された竹島をめぐる日本非難ポスター。子供が描いたとは思えないほどむごく、汚れた絵柄だ 私は全斗煥政権時代の1983年に来日するまで、金日成の写真も映像も見たことがなかった。客観的な情報もいっさい知らされていなかった。自分が受けた教育からイメージした北朝鮮は、「悪の権化の金日成を頂点に諸悪を凝り固めてつくった国家」であり、人間らしい気持ちをもって生きる者が一人として存在しない世界であった。金日成の姿は絵でしか知らされることがなく、その絵たるやいかにも凶暴な悪魔のように描かれていた。私が日本で金日成の写真を初めて見て、「なんてハンサムで穏和な顔をしているのだろうか」と思ったものである。 「反日ポスター」も描かされたが、そのモチーフは北朝鮮のように「恐怖」ではなく、いかに日本は侮蔑すべき国かという「侮日」にあったと思う。日本はどれほど卑しく野蛮な国か、韓国はどれほど尊く文化的な国かといったところに力を入れていたように思う。それでも、当時の私たちが描いた「反日ポスター」は、現在のものほど下劣ではなかった。子供なりに「愛国者」として持つべき品位が心されていたと思う。 2005年6月、仁川市の地下鉄キュルヒョン駅構内で、地元の小中学生による「獨島(竹島)問題」をテーマにしたポスター展があった。子供たちのポスターは百枚以上貼られていたと思うが、それらを見て私は心から驚いた。獨島問題がテーマなのに、大部分がテーマを大きくはみだしている。悲しくなるほどの下品な絵や言葉で日本を貶め、日本人を侮蔑するものばかりだった。 たとえば、ウサギが日本に糞をしている絵柄があった。韓国は国土の形からウサギになぞらえられているのだが、そのポスターでは中国・韓国・日本をカバーする地図が描いてあって、韓国の上に立ったウサギが中国の方に顔を向け、お尻を日本に向け、お尻から日本列島の形をした糞を出している。 そのほか、子供たちが日の丸を取り囲んで踏みにじっている絵、日の丸が描かれたトイレットペーパーを燃やしている絵、日本列島を火あぶりの刑に処している絵、「嘘つき民族日本人」を犬小屋で飼っている絵、核ミサイルを韓国から日本へ撃ち込んでいる絵など、まるで日本は交戦国であるかのようだ。絵に付された言葉も、「日本の奴らは皆殺す」「日本列島を火の海にしたいのか」「日本というゴミ、捨てられる日はいつなのか」など、「なんでもあり」なのだ。 これら「反日ポスター」からわかることは、昔も今も韓国の小中学校では反日というより侮日教育をしているまぎれもない事実である。 韓国の教育界は、小学生のときからこうした教育を受けさせることで、伝統的な侮日観をしっかり身につけさせていこうとしている。これによって、相手が日本人であれば、その言動は「倫理・道徳にもとろうとも構わない」という意識が植え付けられていく。 韓国の著名な小説家・翻訳家の李(イ)潤(ユン)基(ギ)氏も新聞コラムで、韓国では「相手が日本人ならば、ちょっとやそっとは無礼であっても構わない」が通念になっていると書いている(「日本人に対する礼儀」東亜日報2006年1月4日付)。いや、「ちょっとやそっと」どころではない。実際には「どんなに」無礼であっても構わないのである。唯一の観点からの歴史教育 歴史にはさまざまな観点があり得る―ことは、長い間私の意識のなかにはなかった。歴史には一つの見方しかないと思っていた。こういうと、お前はいったい何を勉強してきたのかといわれそうだが、日本に来るまでは正直にいってそうだった。土地調査事業で詳細に作成された新土地台帳と旧来のおおざっぱな台帳(朝鮮総督府臨時土地調査局編『朝鮮土地調査事業報告書追録』大正8) そういう私は、韓国人のなかで例外的な存在だったのではない。一般の韓国人ならばほとんどがそう思っているのと同じように、私もまた歴史には一つの見方しかないと思っていたのである。なぜかと思い返してみるほどに、韓国の学校歴史教育を受けてきたから、というほかにどんな理由もないと思える。 韓国の歴史教科書は、日本の歴史教科書とはその記述方法がまったく異なっている。反日教育といっても多様な面があるのだが、日本統治下での土地問題がどんなふうに教えられているかを例に挙げてみたい。 韓国の生徒たちが学んでいくのは、朝鮮総督府が統治にあたって行なった土地制度の近代化を目的とする、土地の面積、所有関係、使用状況などに関する土地調査事業についての史実なのではない。公有地管理がずさんで農民などが長年無断占拠した「駅屯土」も土地調査で所有権が明確化し、改めて小作申請を求めた。手続きが理解できず小作できない農民が続出した(同) 私が学んだ教科書でもそうだったが、最近の教科書でも「日帝は土地を奪うために…」という文言から書き始められている。日本統治下での土地問題を学ぶにあたって、生徒たちが最初に頭に入れなくてはいけないのは、「土地調査事業は日帝が土地を奪うために行なったものである」と意味づけられた一つの観点である。その上で、次から「現実の諸関係はどうだったか」を見ていく、という流れになる。 生徒たちが学ぶのは何よりもそうした一つの観点なのである。つまり、歴史についての「唯一の正しい観点」を学ぶことが、韓国では歴史を学ぶことである。そして、その観点から歴史的なさまざまな物事を理解していこうということになる。ようするに、生徒たちはその唯一の観点に立って、そこから足を踏み外すことなく、歴史的な物事のあり方、性格、推移などを位置づけていく力を養いなさい,ということになる。 そういうわけだから、その唯一の観点とは別の観点で歴史を見ていくことは、歴史に対する見方の踏み外しだということになる。個々の歴史事象については、その学び取った観点から光を当てることによってだけ意味をもつものとなる。したがって、「土地所有を近代的に整理する」という朝鮮総督府の政策は、「土地を奪うための口実」として意味づけられることになる。 「日帝は土地を奪うため」が土地調査事業の真意なら、その「収奪」はとてつもなく過酷なものでなくては意味をなさなくなってくる。そうであれば、朝鮮総督府の資料に基づいて知られる「朝鮮総督府が接収した農地は全耕作地の3%」という数字は余りにも少なすぎるため、とうてい採用することはできない。採用すれば観点そのものが崩れてしまう。 そこで教科書では「40%の土地を奪った」とするのである。この数字の根拠は不明で,「日帝は土地を奪うため」という観点との整合性をもたせるための数字だというしかない。数字の出所や計算方法は、教科書ではまったく示されていない。民族主義教育としての反日教育民族主義教育としての反日教育 反日教育は反日民族主義教育として本格化される。その第一の前提におかれるのが、「生来の野蛮で侵略的な資質をもった日本民族」である。この日本民族の性格は、日韓関係の歴史を次のようにとらえる歴史観から導き出されるものだ。 韓国は文化も何もなかった時代の日本に、儒教・仏教・技術をはじめとする高度な文化を伝えてあげた。にもかかわらず日本はその恩を忘れ、古代には「神功皇后による三韓征伐」や「任那日本府(日本による朝鮮の植民地)」があったなどの捏造記事を国史に記載し、中世には豊臣秀吉による朝鮮侵略が行なわれ、近世末には国学者らにより韓国征伐論が唱導され、明治初期には政府内に征韓論が火を噴き、韓国の江華島に砲撃を加えて戦争を仕かけ、明治末に韓国を併合して36年にわたる暴力的な支配を行なった―。 このように歴史を連続させ、この流れを一連のものとみなして、その根本的な原因を「日本民族の野蛮で侵略的な資質」に求めるのが、韓国の反日民族主義史観である。これが反日教育の柱となる。 日本民族というのは、そもそもからして野蛮な侵略者だったという考えが、なぜ出てくるかというと、古くからの朝鮮半島諸国には、日本を蔑視していた歴史があるからである。なぜ日本を軽蔑したかというと、朝鮮半島諸国が奉じた中華世界では、華夷秩序(かいちつじょ)が正しく善なる世界システムだからにほかならない。 世界の秩序は「文明の中心=中華」と「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」で構成される、というのが華夷秩序の基本的な世界観である。中華世界の中心にあった中国とその忠実な臣下だった歴史的な朝鮮半島諸国は、日本という国を千数百年にわたって、「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」とみなし続けてきた。韓国の日本観の根本にあるのは、こうした歴史的・伝統的な意識体験に由来する侮日観なのである。シナ皇帝の使者を属国朝鮮として迎えた「迎恩門」。日清戦争後の日本が清から独立させると取り壊され、代わって「独立門」が建立された 道徳的に優れた上の者が、道徳的に劣った下の者を、常に訓育・感化していかなくてはならないという儒教の考えが侮日観を形づくっていて、これが韓国の対日民族優越意識の根本にある。さらに韓国には、自らこそ中華の正統なる継承者であるという小中華主義の誇りから、潜在的なエスノセントリズム(自民族優越主義)がある。 そのため、対日民族優越意識がいっそう強固になっているといってよい。竹島問題にしても、靖國神社をめぐる問題にしても、慰安婦問題にしても、我々が文化を与えてきた、本来は我々の下に立つべき日本人が、我々を下に見て、我々をばかにしていると、そういう感覚からの反発が第一となっている。 そもそも民族主義とは、戦後に独立したアジアやアフリカ諸国の民族主義をみても、まずはエスノセントリズムから出発したといえるかと思う。かつての西洋にも、これを拡大した白人優越主義があった。我が民族は他民族に優越する優秀な民族だというエスノセントリズムは、民族国家の出発に際しては多かれ少なかれどこにもあったものだ。それを秘かに思っていようと、常に公言していようと、初期の民族主義成立にはそういう自民族優越主義の要素が不可欠だったと思う。 しかし韓国の民族主義はそこから一歩も進まない。なぜかというと、民族主義の内容が反日と結びついた反日民族主義だからである。反日なくしては韓国の民族主義が成り立たない。反日の理念を核に国民国家の意識を形成してしまったのが韓国である。こんな国は他に例がない。 結局のところ、韓国の反日民族主義の根は日本を蔑視してきた歴史にある。日本統治時代への恨みが反日の根拠となっているのではない。日本が韓国を統治したというのは、そういう蔑視すべき民族がもたらした結果であって、日本統治を原因として日本蔑視の反日民族主義が興ったのではないのである。来日2、3年目にぶつかる壁 学校教育で身に付いた、反日感情に裏打ちされた反日意識は、成長するに従い、社会的・国民的なコンセンサスとしてあること、韓国人ならば誰もがもつ常識であることを自覚する。異議・異論と一切出会うことがない社会環境で、疑問の余地なく韓国人としての自分のアイデンティティとなっていく。こうして私は、「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体を強固に抱えもつ、「新世代の韓国人」へと成長していった。 私は小さい頃から、島から半島へ、半島から世界(欧米)へという志向が人一倍強かった。男尊女卑の強い韓国社会を脱して世界に羽ばたきたかった。そこでアメリカへ留学したいと思ったが、当時の韓国ではアメリカのビザ取得はきわめて困難だった。そのため、まず何人かの親戚も生活する日本へ留学し、日本を足場にアメリカへ渡ろうと思った。三十数年ほど前のことである。 日本へ留学する数カ月前、たまたま機会があって、韓国のキリスト教教会の関係で、日本の老人ホーム慰問団の一員として初来日を果たした。1982年12月から翌年の1月にかけての短い期間だったが、そのときに私が体験した日本は、韓国にいるときにイメージしていた日本とはまるで違っていた。 日帝時代を頑迷に反省しない日本人―決して許してはならないと強く思っていた私は、どこへ行っても優しく親切な日本人に触れて、大きく肩透かしをくった感じがした。わずかに触れた日本の生活風習も、私にはとても好感のもてるものだった。 駆け足での体験とはいえ、滞在した一カ月の間、悪い印象はまったくなかったことは大きなショックだった。きわめて驚くべきことであった。イスラム過激派に拉致・殺害された邦人男性の父親は取材を受け「皆さまにご迷惑をおかけしました」とまず詫びた。この冷静な態度を称賛したり、理解しがたいとしたりする声が韓国で上がった  私がはじめて知った日本は、そのようにとても印象のよいものだった。反日意識に変わりはないが、「これなら、それほど緊張することなくやっていけそうだ」という感じをもてた。いや、表面だけではわからないぞ、とも思うのだが、帰国した私は気を昂らせながら日本へ渡る留学手続きに奔走した。留学生ビザを手に日本にやって来たのは1983年7月のことだった。 留学生として、また仕事関係で日本に長期滞在する場合、ほとんどの外国人、とくに韓国人や中国人は、来日1年目はとてもよい印象をもつものである。韓国人には多かれ少なかれ、日本人=未開人、野蛮な人たちというイメージがある。しかし、実際に日本人と付き合ってみると、誰もが親切で、優しくて、思いやりがあって、未開人的な、野蛮人的な日本人はどこにもいないではないか、日本はなんて素晴らしいのか、ということを誰もが感じる。なんといっても、日本は自然が美しい。そして、空気がきれい。しかも、治安がすこぶるよい。 とくに反日意識が刺激されることもなく、こうした日本の良さを感じながら、最初の一年は楽しく過ごすことができるのが普通だ。 しかし1年が過ぎて、もう一歩踏み込んだ付き合いをすることになる2年目、3年目になると、多くの韓国人は日本人がさっぱりわからなくなる。価値観が違うし、善悪の考え方も違う、日本人の精神性、メンタリティーがどうにも理解できないことになってしまう。人によって、程度の差はあるけれども、だいたい2年目、3年目で落ち込んでしまう。 もはや日本人は人間ではないとまで思う人たちもいる。私もそう感じて深刻に落ち込んでしまった。同じ人間なのに、日本人はなぜこうなのか、日本は人間が住む社会ではないとまで私は落ち込んでしまった。日本人は我が国を貶めてきただけに、やはりおかしな人たちだったのだと思うようになっていく。 実際には、本格的な異文化体験がはじまったということなのだが、異文化ゆえの異質性が、根にある反日意識と結びつき「人間としておかしい」といった感覚的な判断を生じさせてしまうのである。 その典型を、日本に2年半滞在して韓国に戻った韓国人の女性ジャーナリストに見ることができる。彼女は、帰国して書いた本で「日本に学ぼうという声が高いけれども、日本のような国には絶対学んではいけない」、なぜかといえば、日本人は異常な人たちだからだ、というように書いている(田麗玉「日本はない」、日本語版「悲しい日本人」)。 どんなことから、彼女は日本人は異常だというのか。たとえば彼女は、「日本人の割り勘は、その場限りで人間関係を清算しようとする冷たい心の現れだ」と書いている。 ことごとくが、2年目、3年目でぶつかった、異文化ゆえの習慣の違いや価値観の違いに関わることなのである。それが反日意識と結びつくため、すべて日本人の「悪意の現れ」としてしまうのだ。私も2、3年で韓国へ戻っていたら、彼女と同じ考えのままだったと思う。 そこには、自民族の文化を価値規準にして、他民族の文化、生活習慣、思考様式、行動形態などを、みっともない、不合理だ、間違っている、劣っているなどと否定する傲慢な態度がある。自文化の価値体系こそがどこよりも正当なものであり立派ものだと頭から信じられている。 その弊害は、自分に都合のよい空想をもって現実を見ようとはしないさまざまな面に現れてくる。「反日」という「バカの壁」「反日」という「バカの壁」 韓国の「反日」は「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体である。そのように完成された一つの固定した考え、揺るぎのない考えである。 一つの固定した考え、完成された考えにはその先がない、未来がない、そこが終局の地点となっている。だから相手の考えを耳に入れる余地がない。多角的な視点から物事を見て判断することができない。自分のいやな事、知りたくない事、興味のない事を無視しようとする。そういう相手には、いくら誠意をつくして話しても、わかってもらえることがない。なんとしても「話せばわかる」ことにはならないのである。 ようするに「反日」は一つの硬直した固定観念であり、それが養老孟司氏がいうところの、自分の思考を限界づける「バカの壁」となっているのだ。そのため話が通じないのである。来日2年目、3年目にぶつかる壁が「バカの壁」だとは、誰も容易に気づくことができない。そこで私のように落ち込んだり、「日本人は人間ではない」とまで思うことになってしまうのだ。大邱地下鉄放火事件で政府高官に食って掛かろうとして取り押さえられる遺族。韓国では事故や事件などで激しく取り乱す遺族が少なくない 「反日」を脱するとは、この「バカの壁」を超えることにほかならない。簡単にいえば、柔軟に、多角的に、相対的に物事を見て判断する、といったことになるだろうが、これが韓国人には実に苦手なのである。 たとえば、人は現実社会のなかで、家族関係、友人関係、先輩・後輩関係、集団関係など、さまざまの実際的な人間関係の体験を通して、自分なりの物事への対処の仕方を身につけていく、という考えがある。 それに対して、人には本来的な人間のあるべき姿があって、これを目標に社会のなかでさまざまな物事を体験することによって、正しい物事への対処の仕方が自分のものになっていく、という考えがある。 日本人の多くは前者のように考え、韓国人の多くは後者のように考えている。仮に前者を実際主義、後者を理念主義と呼べば、実際主義では「現実的な人間関係」が先にあり、理念主義では「理想的な人間像」が先にある。この「理想的な人間像」が「バカの壁」となっているのが韓国人である。 また、多くの日本人は、善悪・正邪は相対的なものだという。しかし多くの韓国人にはどんな場合も変わることのない絶対的なものである。だから、善悪・正邪は時々で異なるものだといった日本人は「人間ではない」とまで思えてしまうのだ。 倫理・道徳も韓国人にとっては相対的なものではない。人間ならば絶対に守らなくてはならない真理である。しかし多くの日本人は、倫理・道徳は大切ではあるけれど、それは「時・場所・場合」によるもので、普遍的にあてはめて説くべきものではない、倫理・道徳を説く理念は立派なものだが、それは第一に優先されるべきものではない、と考えている。韓国人の場合は、「倫理・道徳」は完璧で揺るぎのない「バカの壁」となり、自分自身の心を縛ってしまうのである。 多数の韓国人が、来日2、3年でぶつかる壁を越えられない。だが、そこをなんとか乗り越えて、5年ぐらい居座っていると、異文化としての日本が見えてくる。だいたいは日本のよさが理解でき、日本が好きになっていく。私もそうだが、そういう韓国人が多いのは確かである。 それでも「反日」だけは抱え続ける人もいる。そこでは反日意識と親日感が同居する。「公的(理念的・外面的)には反日、私的(実際的・内面的)には親日」というようになっていく。現在のように情報が自由に飛び交い、日韓交流が盛んな時代では、韓国に居ながらにして「公的には反日、私的には親日」という人が大部分といってよい。 「反日」をひとたび棚上げにしさえすれば、韓国人の誰でも日本人と親密に付き合える。国交という面でいっても、かつての日韓関係でも日中関係でも、できる限りそう処して付き合おうとしていた時代があった。しかし、そのままではやがては限界がくる。現在の最悪ともいえる日韓関係が如実に物語っている。物事への相対的な視線の大切さ 知識人であればあるほど、「反日」から抜け出ることが難しいようだが、人それぞれの脱し方があると思う。私の場合を振り返ると、そこには大きく三つの契機があった。 一つには、来日3年目で最も落ち込んでいた頃、「郷に入れば郷に従え」を徹底的に実践してみようと思い立ったことである。たとえば、日本人好みの渋みある茶碗。「あんなもののどこがそんなにいいのか」と蔑む気持ちがあった。そこで「韓国人好み」をひとまずカッコに入れて、そうした茶碗を次々に買い求めていくことにした。 そのうち収集が趣味ともなって、大きな楽しみになっていった。習慣・価値観・美意識などを含めて、そうしたことをやっていった。直接「反日」とは関係ないが、先に述べた「日本人は人間としておかしい」という感じ方が崩れていく大きなきっかけとなった。 二つには、日本人ビジネスマンに韓国語を教え、韓国人ホステスやビジネスマンに日本語を教える語学教師を数年間やったことである。そこでは、否(いや)が応でも日本人からは韓国人との行き違いの悩み、韓国人からは日本人との行き違いの悩みを、さんざんに聞かされるのである。  韓国人ホステスたちの悩みは、日本人の彼氏との悩みが多く、また結婚している人もいて、彼女たちは日本人家庭での嫁姑の問題で悩んでいる。日本人ビジネスマンの悩みは、会社を背負って韓国に仕事に行ったが、どうにも勝手が違うので交渉事がはかどらない、仕事の手順が合わない、といったものが中心だった。  聞けば聞くほど、私が悩んでいたことそのままである。嫁姑の問題やビジネスの問題を超えて、そこには共通の日韓の「行き違い問題」が伏在していることを知った。  韓国人は、自分の行動や思考をよしとする一方で、日本人をおかしな人たちと見ている。それにまったく匹敵する程度で、日本人も同じように韓国人をおかしな人たちと見ている。日本人と韓国人は、実に合わせ鏡のような相互関係にある。いや、あるというよりは、そこへと無意識のうちに落ち込むのである。  私が美しいと思えないものを、なぜ日本人は美しいと思うのか―。それは私のテーマであり、また私の語学教室の韓国人生徒たちの切実なテーマでもあった。 韓国人ホステスたちと日本人ビジネスマンたちの時間の都合から、私は主に、昼は韓国人に日本語を、夕方からは日本人に韓国語を教えた。この行ったり来たりが、おそらくは日韓をめぐる物事への相対的な視線を養わせたのではないかと思う。「反日」からの脱出  三つには、日韓ビジネスコンサルタント会社でアルバイトをしていた関係で、仕事で韓国とつながりをもつ人たちが行なっていた勉強会に参加したことだった。メンバーは、大企業の幹部社員、弁護士、弁理士など、そうそうたる第一線のビジネスマンたちだった。  勉強会では、まずはみなでそれぞれ自分の韓国での体験を話す。最初は一様に韓国のよさをほめている。しばらくすると、しだいに韓国の悪口が出はじめ、会のなかごろからはいっせいに韓国と韓国人への猛烈な批判が展開されるようになる。彼らの舌鋒は私の存在にまったく頓着することのない、実に厳しいものだった。もちろん歴史認識の問題についても、領土問題についても、靖國問題についてもである。  私はしだいに腹が立ってくる。しかし「感情むき出し」といわれる韓国人の弱点はみせまいと、必死にがまんをして、できるだけ冷静に反論するようにしていた。それでも時折、大声を張り上げて反撃することは少なくなかったと思う。 現在からすればとても信じられないかも知れないが、私が日本にやって来た1980年代当時は、韓国に厳しいことをいう日本人はきわめて少なく、総督府の朝鮮統治についても、韓国の主張と真っ向からぶつかるような議論はそうそう見られなかった。日本の有力紙が、北朝鮮へのシンパシーを記事の中で示すのも珍しいことではなかった。朝鮮半島をめぐる言論環境は、当時と今とでは大きく違っていたのである。  そうした状況で、知韓派日本人から遠慮会釈もない徹底的な「韓国批判」を突きつけられることなど、あり得ない希有な体験だったと思う。よくあるように、彼らが「日本人は韓国人にひどいことをしたね」とばかりいう人たちだったなら、間違いなく今の私はなかったと思う。 勉強会を通して、韓国では日本の朝鮮統治を、自民族に固有にふりかかった災難という観点だけでとらえ、人類史的なテーマとして植民地化の問題を追究する姿勢がまったく欠落していることを思い知らされた。欧米の研究者でも、日本の統治をおおむね「善政」とみなしている論者が大部分であることを知った。マレー作戦成功でシンガポールの英軍に降伏を促す山下奉文中将(左から3人目)ら。大東亜戦争で多くのアジア諸国が欧米の植民地支配を脱した 欧米人のなかにすら、日本の戦争を、アジア諸国の植民地からの解放と独立に一定の役割を果たしたと評価する考えがあることを知った。韓国にいた時分の私は、世界にこれほど多様な観点があることなど、思っても見なかったのである。 この勉強会で私は、「これは真剣勝負なんだ」と自分自身にいい聞かせ、彼らと正面から向き合っていったと思う。その体験を通して、それまでの自分の歴史認識を見直していく方向への道が、しだいに開かれていったのは確かなことだった。 私の体験はかなり特異かもしれない。しかも三十年を遡る時代のなかでの体験である。それでも「来日2、3年でぶつかる壁」は現在のものでもあり、この壁との激突の内に、反日からの脱出可能性が秘められていることは、示すことができたのではないかと思う。現在の日韓関係がぶつかっているのも、まさしくこれと同じ性質の壁なのである。 お・そんふぁ 1956年韓国済州島生れ。志願して4年間の軍隊生活を送る。昭和58年大東文化大学に留学。平成6年東京外国語大学大学院で修士課程修了。同年から執筆活動を始め、日本で働く韓国人ホステスを取材した『スカートの風』がベストセラーに。新潟産業大学非常勤講師、拓殖大学客員教授を経て同大国際学部教授。『攘夷の韓国 開国の日本』で8年に第5回山本七平賞。日韓関係や韓国の民族性などについて客観的な論評を続ける。現在は日本国籍。客観的な論評が「反韓的だ」と19年以降、韓国から度々入国を拒否されている。『韓国併合への道 完全版』『「見かけ」がすべての韓流』『日本浪漫紀行 風景、歴史、人情に魅せられて』『漢字廃止で韓国に何が起きたか』など著書多数。近著に『「反日韓国」の自壊が始まった』(悟空出版)。 ※別冊正論23号「総復習『日韓併合』」 (日工ムック) より転載関連記事■ 世界の人々が惹かれる「日本の心」■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民   

  • Thumbnail

    記事

    日本がサンドバッグから脱するとき

    。関連記事■ 米軍慰安婦像が米大使館前に建つ日■ 中韓とリベラルが主導する「反日」報道を許すな!■ 呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国

  • Thumbnail

    記事

    異常国家、異常社会の実体を晒しつつある韓国

    ない国 以上は倫理観や躾の問題でもあり、家庭、学校、社会という各段階での教育に大いに関係している。 呉善花(オソンファ)は、韓国は「世界有数の嘘つき大国」(『虚言と虚飾の国・韓国』)という。同書中のある知識人は「ウソの上手な国民を作るのが、国家の競争力を高める道だと勘違いしているようだ」と皮肉り、次の話を続けている。 小学校3年生が先生にチェックを受ける「よくできた」日記帳と、「真実」の自分用日記帳の2つを持っており、嘘でもいいから表はきれいに飾りなさいという「外貌重視」の社会教育をしていると述べる。 嘘を教え込まれた韓国の大衆(実は官憲?)は、正確なデータに基づく(韓国)知識人の言動も信じないで、逆に排斥しようとする。呉氏はその最たる者が「反日韓国に未来はない」など、歯に衣着せぬ発言をし、また書き続けて入国拒否されてきた自分だと語る。 2004年に「慰安婦強制連行」を否定した李栄薫(イヨンフン)ソウル大教授は、罵声を浴びせる慰安婦の前で土下座して謝っている。 同じく安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授は大高未貴氏のインタビューで「慰安婦の証言は全然ダメ」と語りながら、後日、そんなことは言っていないと前言を翻している。 最新では、慰安婦問題で「偏った両極端の対立はもうやめるべきだ」という考えから、『帝国の慰安婦』を上梓した世宗大教授朴裕河(パクユハ)がいる。 教授は慰安婦を帝国時代の(日本だけでなく世界中の)問題として、もっと広く考える必要があると提言するが、「日本」から目をそらすことになるとして、慰安婦たちから名誉棄損の批判を受け、損害賠償を求められている。 「いまの韓国はおかしい」という声を上げてきた著名な韓国人19人にSAPIO誌が取材を申し込んだところ、作家の柳舜夏(ユスンハ)および金完燮(キムワンソプ)、元大佐池萬元(チマンウォン)、大学教授の崔吉城(チェキルソン)および呉善花、そしてブロガーのシンシアリー6人だけが応じている。 残りの13人は、「喋ったら生きていけない」と断ったそうである。安秉直教授の翻意も「生きてはいけない」恐怖からであろう。平然と成りすます お菓子や清涼飲料水などの嗜好品、自動車や玩具などのデザイン、ドラマやポップミュージックなどの娯楽、キャラクターの意匠登録、漫画やゲームソフトのコンテンツなどが剽窃され、もともと日本生まれが「韓国生まれ」として満ち満ちていると呉氏はいう。 モノだけでなく、日本の領土である竹島も勝手に韓国領と言い張り、出店希望の家具販売店イケアには日本海を「東海」にしないと許可しないと脅迫する。 グアム島にJTBなどの日本企業が支援して、1991年、防犯と地域交流を目的に「交番」が建設され、「POLICE」という文字が正面左側に掲示され、右側は空白であった。その空白部にハングル文字で「トウモン警察署」と掲示したのが近年見つかった。 在留邦人らが副知事に撤去を求めると、韓国系米国人秘書が「日本企業が寄付すれば、もっと大きな文字を表示できる」との返事が来たという。 「交番3か所と数台のパトカーは日本企業が寄贈したものだ」と訴えて撤去されることになったそうであるが、韓国人や韓国系米国人の動きは面妖で油断ならない。 類似の悪質事案がフィリッピンでも起きていた。 1997年、フィリッピン・レイテ島のパロ市に日本政府の支援で小学校が建設された。「日比協力」の印として校舎の側面に両国旗を挟んで、比国旗「比国-(協力)-日本」日章旗のように日比協力の文字があった。 ところが、2014年6月下旬、台風の復旧支援を行った韓国軍が学校の屋根や窓を修理した後で、「日本」と「日章旗」を消去して比国旗「比国-(協力)-韓国」太極旗のように比韓協力に書き換えたのである。 別の箇所に遠慮気味に書くならばともかく、日本と日章旗を消して上書きするところに韓国(人)の悪意が伺われる。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。言いがかりで聞く耳を持たない ジョージ・アキタは『「日本の朝鮮統治」を検証する』で、韓国人あるいは韓国系米国人研究者や歴史家などの成果も引用しながら、国際社会的に見て日本ほどいい政治をやった国はない。諸外国がやった植民地経営とは全く異なり、国内と同様に差別なく行っていたと評価している。 しかし、先述のように、学校では日本がいいことをやるはずがないと教え込まれ、正しい歴史観の披瀝は言論弾圧や物理的暴力などで押さえつけ、聞く耳を持たない。 従って、日本(人)がやったいいことは、ほとんど韓国(人)がやったように書き換えている。要するに日本は悪いことばかりやってきたと烙印を押そうという悪意ばかりが目立つ。 台湾統治も参考にしながら、実際は韓国の文化や国民性などに寄り添った統治を行っている。ただ、それ以上に華夷秩序にどっぷり浸かった李朝が残した国民性の影響が大きく、成りすましなどが平気で行われるのであろう。国交正常化時の請求権について、法律論的には朝鮮は大日本帝国の一員であったので請求権の権利は発生しないという見解や、双方に請求権があるとする見解などがあった。 双方に請求権があるとみた場合、日本からの援助が差引プラスになるとみられた。それ以上に、李朝の残滓を改革した功績は金子で計量できないほど大きかったともみられるが、相手は改悪としか見ないので交渉のテーブルにさえ上げえなかった。 李承晩初代大統領は4億ドルで決着すれば大成功とみていたとされ、当時の野党は27億ドルを主張し、朴正煕大統領時代に8億ドル(韓国GDPの2割相当)を日本が供与することで決着した。これが「漢江の奇跡」をもたらしたが、もちろん相手は認めようとしない。おわりに 韓国は国家ぐるみで、日本痕跡の排除と日本騙しを続けていると言える。総督府の建物は併合時代の残滓として破壊した。ならば形而上でさらに大きな影響を与えたであろう京城帝国大学(現ソウル大学)の破壊こそが韓国人がやるべき第一ではなかったのか。 平昌冬季五輪の日韓共催論が一時出てきた。会場整備の遅れや大会組織委員会が財政難で苦慮していることなどを危惧した国際オリンピック委員会が、複数国での「共催」を容認した結果である。 善意が悪意に変換される韓国であり、河野談話の二の舞を演じてはならない。支援の手を差し伸べるのにやぶさかであってはならないが、大統領の言行さえ平気で反故にする韓国である。 日韓は地勢学的位置関係から、お互いを必要とする関係にある。善意などという情緒ではなく、韓国の政治・社会の現実に立脚した対処こそが前進のカギである。関連記事■ 行き詰まる朴政権の反日外交■ 太政官指令「竹島外一島」の解釈手順■ 何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民

  • Thumbnail

    記事

    政治的過激主義としての韓国の反日主義

    日本は韓国の下のランクにあり、韓国の教示と指導、懲らしめを受ける立場にある」という主張がこれに近い。呉善花女史はこの事件で産経の加藤記者が置かれた立場について「したがって加藤氏については、彼ほどの知韓派知識人ならば我が国(身内)に見方すべきなのに、我が国の恥をこともあろうに日本に向けて発信した、そんな敵対的な行為は絶対に許せないという気持ちになるのである」と分析している(『月刊正論』2014年12月号)。また大韓民国憲法で抗日思想が国是として取り入られているとも呉善花女史は著作で述べている。これが「われわれ」対「彼ら」のメンタリティーを形成し、日本は韓国の「善」に対する「悪」であるという考えを生み出しているのかもしれない。(7)二元論的世界論:過激主義者は世界を絶対的な善と悪に分けて見る傾向があり、その間のグレーゾーンは存在しない。韓国の反日活動例: 特徴6と同じく、韓国には中華主義から外れた日本を批判と侮蔑の対象に置く伝統があるのみならず、「正しい歴史」を認識しない日本は悪の権化である。また、韓国は中国の「易姓革命」の思想を継承し、現政権は以前の政権を批判し断罪する伝統があり、現政権の正当性は前政権の「悪」にあるという思想がある。これも「善と悪」に分ける傾向に当てはまるという考えが出来なくもない。この前政権の政策や功績の否定も日韓関係に影響を及ぼす。(8)過激派は常にある程度の検閲と彼らの相手や批判者を抑制するよう唱道する:メディアに流される情報を規制したり、ブラックリスティング、反体制者の隔離、「禁断」な情報拡散を食い止める抑圧的な法律制定のためのロビー活動など。過激主義者らは特定の書物、資料を書店や図書館などから締め出そうと試みたり、報復の威嚇を通して広告を牽制したり、電波から都合の悪い意見を持つスポークスマンをブロックしたり新聞のコラムニストを締め出そうとする。韓国の反日活動例: 韓国の親日的な著者(たとえば呉善花女史)などがブラックリストに載せられ、売国奴として迫害を受ける。欧米の図書館の資料・地図の「日本海」に「東海」のシールを張る。また産経新聞の加藤達也記者の起訴や親日派の末裔に対する後事法的な特別法の制定などもあげられる。(9)過激派はその敵との関係で自己を認識する:過激主義者らは彼らの憎む対象、そして誰に憎まれているかを通して自分の存在意義を確認し、敵に感情的に縛ってしまうこともしばしば。敵である存在も模範にするケースもある。韓国の反日活動例: 反日的な行動を国を挙げて実行しているにもかかわらず、日本文化や産業品をパクる。自国を日本と比較して国際社会での立場を確認するという行動も見られる。日本を貶める行為をしているにもかかわらず、奇妙な共生関係にあるのだ。 (10)威嚇を利用しその主張を通そうとする:過激主義者は彼らの前提と結論を受け止めてくれるように威嚇を利用して主張をまとめる傾向がある。彼らに異論を提示することはあたかも敵に慰めを与えることになると見なされる。これには論争の範囲を定め、主張の都合の悪い部分を切り捨て、相手を守勢の立場に置き続ける意図がある。韓国の反日活動例: 日本を弁護、あるいは日本に同情する親日系の韓国の社会人は社会抹殺の対象にある傾向にある。(11)スローガンや思考停止を狙う決まり文句の利用:簡素なスローガンを複雑な抽象概念の代わりに用いり、都合の悪い事実や反論を牽制しようとする。韓国の反日活動例: スポーツの会場で掲げられる「歴史を忘れる民族は未来が無い」というスローガンの件がある。(12)終末論的な考え:過激主義者は特定の行動方針を果たさなければ破局的な結果が出るという考えを持つ傾向を持つ。韓国の反日活動例: 慰安婦像を「平和の像」と呼び、「慰安婦像を建てるのは平和的な目的だ。日本がまた未曾有の戦争を起さないようにするためであり、世界人民に対する奉仕である。」という言い訳がある。ウィルコックスによると過激主義者は私的で個人的な恨みや特権の追求の理論的根拠を「公共のための福祉」の美名の下で実行しようと試みる傾向があるとも述べている。(13)常に他グループに対する道徳的、または他の面での優越性を主張する:最も顕著なのは民族優越主義であるが、宗教的、哲学的な優越性の主張もある。しかし、比較的に明らかではないという種類の優越性では、被害者であるという申し立ての主張、神の選民意識などもあり、批判者がそれらの主張の事実性を論じようと試みると「鈍感だ」と非難される。韓国の反日活動例: もちろん北朝鮮と共有する朝鮮民族優越主義であり、小中華思想などがこれに当てはまる。また「被害者である」というところでは朝鮮併合時代の「過酷な時代」の主張がこれにあたる。また1960年代後半以降の経済活発化(いわゆる「ハンガンの奇跡」)により韓国は神の選民国であるという主張もある。(14)「良い」大義のためには悪事を行なっても大丈夫、という考えを持つ傾向がある:過激主義者たちは故意的に嘘をついたり、事実を捻じ曲げたり、不正確的に引用したり、批判者たちを名誉毀損したりする。願う結果を得られるのなら正当化され、批判者を打倒するのが優先され、他の価値論は全てそれに従属される。韓国の反日活動例: 悪事といえば、最近の例では「対馬仏像盗難事件」がある。また、日本を侮辱するために設置された韓国の日本大使館のそばにある慰安婦像は外交の基本である「ウィーン条約」に反した行いであると水間政憲氏は指摘している。国内、日本に問わず韓国の歴史的事実の歪曲もこれに当たるだろう。まさに目的を達成するならば不正をやっても良いという考えだ。(15)過激派は感情的な反応に大きな価値を置く傾向がある:まさにプロパガンダ主義であり、教育とも意識高揚ともいわれる。結果的に彼らは大義を愛国心の御旗、正義、または被害者意識に絡める。彼らの批判者に対する活動で感情的な反応を生み出す象徴を利用し、無批判に他人の同情を得ようとする傾向があり、これを通して彼らの提示する前提と結論の検証を食い止めようと画策する。プロパガンダと教育の違いは前者は「何を考えるか」であり、後者は「どう考えるか」である。韓国の反日活動例: 「旭日旗はナチス党旗と同じ」という主張。また、欧米で「慰安婦像」を建てて「(性)奴隷」という感情的な反応を狙うプロパガンダ工作もこれに当たる。小学生時代から徹底的に叩き込まれる侮日・反日教育(歴史教育のみならず、音楽などのアーツなどにも反日思想が反映されると指摘されている)。(16)過激主義者には超自然的、神秘的、あるいは神的な理論的根拠を主張することがある:過激主義者には何らかの宗教運動、または団体に属するケースもあり、彼らの活動は天的な存在のお墨付きであると主張する者もあり、信教の自由のもとで批判から防御しようと試みる。韓国の反日活動例: 儒教は絶対神の存在を説く思想ではないが、儒教に浸っている韓国社会は中華主義の国際ヒエラルキーに浸っており、基礎的な思想から侮日の伝統を持っている。伝統的な思想が侮日・反日主義のセメントとして機能しているといえるのではないか。(17)曖昧さと不確定さへの不寛容性:過激主義者たちは不確定な世界において確定性を見出そうとする傾向があり、これが個人的、政治的に操作的な行動に動かす要素となる。韓国の反日活動例: ケースは思い浮かばないが日本人は曖昧さには比較的寛容的であるが、韓国人は断言するのが好きだという指摘がある。呉善花女史も「何事につけても、こうあるべきだ、こうあることが正しいという理念が第一になって、そこから現実の物事をみていこうとする傾向が強いということである」と述べている(『反日・愛国の由来 韓国人から見た北朝鮮』参照)。これも反日キャンペーンの凄まじさに影響を及ぼしている可能性は否定できない。(18)集団思考への傾向:過激主義者は内向きの集団思考に動く傾向があり、団結と一致を守るために事実を捻じ曲げたり、矛盾する証拠を伏せたり、共有している憶説に疑問を投げかけてしまう観察を抑えつける。これによって共有している正義の幻想や道徳の優越性、迫害などが維持されそれらの考えを挑戦する者は懐疑と敵意を持って応じられる。韓国の反日活動例: 日本の前で韓国批判をする韓国人ジャーナリストは叱責、批判され、時には売国奴として扱われる傾向がある。(19)敵意の個人的化:過激主義者は“敵”に個人的な不幸を望み、不幸が起こった際には祝う傾向にある。韓国の反日活動例: 2011年の東日本大震災の惨事に日本が見舞われたときに韓国スポーツ競技ではそれを「祝う」垂れ幕が飾られた件や2005年、韓国の仁川市の地下鉄駅で子供たちが描いた日本に不幸・災難を願うポスターが展示された件などが挙げられる。(20)「勝たなければ社会はダメだ」という思想を持つ:例で言えばもし過激主義者が選挙で落選したら不正が行なわれたと主張し、もし世論が彼らを批判をし始めると民衆は洗脳されたと主張する。政治・社会システムの善悪は自分たちへのインパクトで判断される。韓国の反日活動例: 韓国の「敗北を認めたがらない文化」の影響もあるだろう。もし第三国の政府が日韓問題をめぐり親日的な処置を執行すると証拠も無いのに「日本がロビー活動した」と噂される。韓国反日主義において自国において都合の悪い事件や状況は「日帝36年強占支配」の悪影響として主張、誇張されるケースがある。◇2014年7月23日、ソウルの日本大使館前で従軍慰安婦問題に抗議する集会の参加者(共同) いかがだろうか。もちろんこれは韓国社会における傾向、トラジェクトリーの分析であり、韓国の国民のひとりひとりがこれに当てはまるというわけではない。提示した反日の例は一握りのサンプルであるが、読者はこれらに当てはまるさらに数多くの適切なケースを思い浮かべるかもしれない。 述べるまでもなく、韓国の反日傾向は幾多もの角度から分析されている。文化的、政治的、歴史的、そして経済的な分析などがある。何百年にわたって徹底された儒教の影響がいまだに濃いのでそれに起因しているのも大きい理由だろう。しかし、結果としてウィルコックスがいう「過激主義者に見られる特徴」のほぼすべてに韓国反日主義の特徴が当てはまるというのは一体、何を物語っているのだろうか。 民族が違えば文化も違うのも当たり前だが、この現象もシンプルに「文化の違い」で済まされるものなのだろうか。朱子学という儒教思想は「過激的」な文化を生み出してしまうものなのか。問題は複雑である。 また、ウィルコックスが掲げる点の要素のすべてが韓国の反日主義に何らかの形で見つけることが出来ても、侮日・反日主義の実行者ら自らが「過激主義者」であると認識して実行しているとは考えることは殆ど無いと思う。 彼らの立場から見れば正義のために戦っているから、それが「過激」とは思いもしないだろう。韓国ではそれが当然であり、文化的に正しい行為と見られているのは幾多の研究者に指摘されてきた。しかしウィルコックスは過激主義は必然的に「主張の内容(Content)」ではなく「やりかた(Style)」であるとも述べている:「過激主義者の振る舞いは内容を超越する“やりかた”によって特徴付けられる。たとえ正しい大義であっても、激しく不寛容的で復讐的な唱道によって危うくされる可能性もある。(中略)『鼠を捕まえるために小屋を焼き払う』という古い格言がこの問題に当てはまる」(The Watchdogs: A close look at Anti-Racist “Watchdog” Groups) 自国の利権、国際的な信頼をも危うくしてまで侮日・反日を繰り返す韓国。この視点からも見れば、やはり韓国の反日主義はある意味、立派な「過激主義」であるという見方も可能なのではないのか。上記の特徴が社会内の特定の過激主義組織だけではなく、主権国家自体に当てはまるとは実に恐ろしい現象だといえるだろう。 2015年は第二次世界大戦の終焉の70年にあたる年である。また「日韓基本条約」締結の50年にあたる年でもある。第一次世界大戦勃発100年記念に踵を接する今年には世界中で多くの行事が行なわれ、書籍が出版され、ドキュメンタリー番組が制作されるだろう。この歴史的な年に当たって韓国を含む「東アジア反日3兄弟」は日本に対して心理的に露骨な宣伝工作と情報戦を繰り出す意図でいるのは明らかだ。 日本はウィルコックスの分析も参考に、歴史的事実としっかりとした論理を手に首尾一貫した戦略を練ったらどうだろう。エリ・コーヘン前駐日イスラエル大使が2014年春に助言したように、日本人は総力を挙げて戦うべきだ。 ウィルコックスは歴史家でもある哲学者アーサー・ケストラーの次のことばを引用している。「神話中毒者との対話のほとんど全ては失敗に帰する。論争は最初から客観性から離れ、主張は長所によってではなく思想体系に適するか否かで考慮される」。もしそうなら、日本は反日に染まった韓国をダイレクトに相手にするよりも、精力的に事実を世界各国に発信するという戦略をとったほうが実を結ぶことができるのかもしれない。まさに情報の総力戦だ。 いずれにせよ感情を煽り歴史を歪曲する相手の戦略に対抗し、日本の命運と未来のために立ち上がり、戦うべき年。それが2015年なのである。関連記事■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 「右翼」「排外主義」狂奔するレッテル貼り■ 反日の根底には「恨」の感情がある

  • Thumbnail

    記事

    「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家

    。韓国がそれにどれだけ耐えられるか、これに国民情緒がどう反応していくか、そこが勝負所になると思う。 呉善花(オ・ソンファ)1956年、韓国生まれ。拓殖大学国際学部教授。大東文化大学卒業後、東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。外語大大学院時代に発表した『スカートの風』がベストセラーに。また『攘夷の韓国 開国の日本』で第五回山本七平賞受賞。著書に『虚言と虚飾の国・韓国』など多数。

  • Thumbnail

    記事

    迫る 海保の能力を超えた危機

    HP研究所)ほか多数。関連記事■中国のこれからと日本が果たすべき役割/丹羽宇一郎(前中国全権大使)■呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■「ゆとり世代の愛国心」とは~当事者・税所篤快、自ら語る

  • Thumbnail

    記事

    呉善花氏「移民が日本文化を理解し社会に溶け込むのは難しい」

     政府が年間20万人の外国人労働者の受け入れを検討し始めた。韓国出身の評論家・呉善花氏は移民受け入れ拡大に慎重な姿勢を示す。1983年に留学生として来日し、その後帰化した自身の経験を踏まえながら、「安易な開国」のリスクを指摘する。 * * *「年間20万人」という数字ありきの移民政策はあまりにも短絡的に思える。私自身の経験を踏まえて言えば、来日する移民が日本文化を理解し、社会に溶け込んでいくことは容易ではない。 外国人との間に存在する文化や習慣の違いは想像以上に大きい。例えば韓国はすぐ隣の国だが、食事の作法では日本人が茶碗を手に持つのに対して韓国では食卓に置いたまま食べ、左手は膝の上に置くのがマナーとされている。靴を脱ぐ時に日本人は靴先を外に向けて揃えて置くが、韓国では室内に向けるか、あるいは特に揃えなくても咎められることはない。 いわゆる「わびさび」といった感覚も外国人にはなかなか理解しづらい。日本人が古びた陶器などに趣を感じる一方、韓国では食器は金ピカのものを好む。些細な違いと思ってはいけない。生活習慣の差は職場や地域におけるコミュニケーションの大きな障害となる。 私自身の経験としては、「ありがとう」と御礼を言う習慣を身につけるのに苦労した。韓国では親しい間柄の相手には、水臭いという感覚で「ありがとう」と言わないことがほとんどだ。日本人はそうした分け隔てをしない。 日本に住み始めた頃は「ありがとう」と言わなかったため親しい知人に注意され、それでも習慣づけるには随分と時間が掛かった。移民の労働力が期待される介護分野などは特に、専門知識やスキルだけでなく円滑な意思疎通が求められる。それができなければ介護される側にストレスが溜まってしまう。 閉鎖的な国を目指せということではなく、移民を受け入れるのであれば日本文化や慣習について学ぶ機会を設けるべきであり、丁寧なフォロー体制が必要だ。そうした意欲を持つ移民希望者もいるはずだが、「年間20万人」という数値目標を立てるやり方とは両立しない。 文化や習慣の違いを軽く見てはいけないのは、それが日本人による移民差別につながりかねないからだ。 日本人は電車のホームやバス停できちんと並んで乗車する。しかし中国人は割り込みが当たり前。そうした日常的な感覚の違いについて「嫌だな」と感じることが差別の萌芽となり得る。諸外国の例を見ても移民を大量に受け入れれば、集団で住む地域が生まれがちで、そうなると文化の壁はなかなか取り払われない。 在日コリアンの歴史から私たちは学ぶべきだ。固まって暮らす習慣や言葉の違うグループに対して差別感情が生まれ、派生する様々な問題が起きた。これは日本人にも在日コリアンにも不幸なことだった。 数十年が経って在日コリアンも3世、4世の世代になり、普通に日本文化に同化してきた。むしろ彼らが韓国に住もうとしたら、習慣の壁に突き当たることになるだろう。私も韓国の親戚や友人のために骨を折っても、「ありがとう」と言われないことに寂しい思いを感じるようになった。 人口減少にどう対応するかは議論すべきだろう。しかし、単純に移民の「数」で問題を解決しようとすると、大切なものがこぼれ落ちかねない。SAPIO 2014年6月号関連記事■SAPIO人気連載・業田良家4コマ【4/4】「移民の勧め」■KARA、少女時代、キム・ヨナを通じて日韓の違いを理解する■在日朝鮮人・韓国人へのヘイトスピーチについて石原氏の見解■移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■「活版印刷」と「羅針盤」 韓国が起源は韓国人の間では常識

  • Thumbnail

    テーマ

    朝日が誤報を認めても韓国人は変わらない

    『朝日新聞』は「慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです」と書く。ならば、米軍慰安婦問題も同時に取材し、問題提起すべきだ。そうでなければ、単に日本人の尊厳を踏みにじるのが目的だと思えてしまう。

  • Thumbnail

    記事

    何でもあり 幻想の世界に生きている韓国国民

    呉善花(おそんふぁ)拓殖大学教授 1956年、韓国・済州島生まれ。83年来日、大東文化大学(英語学)卒業後、東京外国語大学地域研究科修士課程(北米地域研究)修了。新潟産業大学非常勤講師を経て、現在、拓殖大学国際学部教授。著書に、『韓国併合への道 完全版』(文春新書)ほか多数。 『朝日新聞』は「女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです」と書く。ならば、米軍慰安婦問題も同時に問題提起すべきだ。そうでなければ、日本人の尊厳を踏みにじるのが目的だと思えてしまう。 悲惨な「米軍慰安婦」の実態 今年6月、米軍基地の近くで売春に従事していた「米軍慰安婦」122人が韓国政府に国家賠償を求めて集団訴訟を起こしました。もともと米軍基地に売春婦がいたことは韓国社会では広く知られていました。彼女たちは「ヤンコンジュ(洋公主あるいは洋姫)」と呼ばれ、人びとから後ろ指を差されたりしたものです。主要紙には「容姿が整っていること」などを条件に「米軍接客」の女性を募集する広告が掲載され、報酬はかなり高額だったことを覚えています。 こうした「米軍慰安婦」たちは朝鮮戦争(1950~53年)が終わったあとも50年代から80年代、さらに90年代に至るまで、売春街(基地村)で米兵を相手にしていました。表向きの好条件と違って、その実態はかなり悲惨なものであり、引退後も元売春婦として差別を受けながら、孤独で貧しい生活を強いられてきたのです。 以前からこの問題は韓国の国会でも取り上げられてきましたが、今年になって122人もの女性が集団訴訟に踏み切ったのは、昨年、一人の女性が告発本を出したことがきっかけになっています。今年で64歳になるキム・ジョンジャ氏の証言録『米軍慰安婦基地村の隠された真実』には、韓国政府の厳しい管理下に置かれた基地村の実態が綴られており、私も大きなショックを受けました。 本書によれば、キム氏は1950年生まれ。16歳のときに友人に騙されて基地村に連れていかれ、借金を肩代わりさせられてしまいます。基地村には韓国語でポジュ(抱主)という民間業者たちのハウスがひしめき合い、多くの若い韓国人女性が米兵相手に売春をしていました。1、2カ月我慢すれば、友人の借金は返せると思ったキム氏でしたが、稼ぎはすべて雇い主のポジュに奪われてしまいます。それどころか、部屋代や化粧品代、美容品代などを請求されて借金は増えていく一方。鎮静剤と偽ってポジュから渡された薬はじつは麻薬で、その代金も借金に上乗せされており、いつ終わるとも知れない地獄の日々が続きます。 一度は基地村から逃亡したキム氏でしたが、すぐにチンピラに連れ戻され、さんざん殴られました。ポジュから賄賂をもらっている警察はそうした暴力行為を見て見ないフリです。避妊具をつけることを嫌う米兵のせいで妊娠してしまう女性も多く、堕胎が日常的に行なわれていました。彼女たちの唯一の希望は米兵の恋人になってアメリカに行くことですが、現実にはほとんどないことでした。絶望のあまり、キム氏は何度か自殺を試みますが、果たせません。 問題の焦点は、彼女たちが働いていた基地村が国家の管轄下にあったことです。月に一回開かれる会議には、憲兵やCID(米軍部隊犯罪捜査課)、保健所職員、警察署長、郡庁公務員などが来ていました。彼女たちは「ドルを稼ぐ愛国者」として称えられていた、といいます。性病にかかった疑いのある慰安婦たちは留置場のようなところに強制収容されました。ペニシリンを注射され、ショック反応で死んでしまう女性もいたそうです。あるいは収容所の上から飛び降りて、自ら命を絶つ女性もいました。 昨年11月、「米軍慰安婦」の問題について野党議員が慰安婦施設を管理していた朴正熙元大統領の決裁署名入りの文書記録を基に、国会で政府を追及しました。野党や左派勢力はこれを材料に、娘の朴槿惠大統領を攻撃する構えです。もともと彼らには、この問題を追及すると旧日本軍の慰安婦の問題が霞んでしまい、結果的に日本を利することになるというジレンマがありました。しかし慰安婦たちの高齢化が進んでいることもあって、現在は訴訟を支援しています。今後は戦術を変えて「韓国政府が米軍慰安婦にひどい仕打ちをしたのは、日本の真似をしたからだ」という批判の仕方に変わってくる可能性もあります。朝鮮戦争は韓国が仕掛けた? 現在の韓国の左派勢力の中核をなすのは、金大中政権(1998~2003年)の親北政策を受け継いだ盧武鉉政権(2003~2008年)の支持勢力の残党だといえます。2000年の金大中・金正日による南北頂上会談以後、韓国では反北朝鮮の主張が「反民主的な言辞」とされる一方、同じ民族への愛を唱える親北が民族主義の象徴とされました。その一方で、異民族に対する反日が愛国の象徴として重んじられるようになります。 金大中政権に続く盧武鉉政権下で、「日帝植民地支配」についての「過去清算」がよりいっそう徹底して進められ、「日帝強占下親日反民族行為真相糾明に関する特別法」(2004年3月22日公布)が制定されます。のちに改正(2005年1月27日)されて法律名から「親日」が除かれていますが、この改正で「親日反民族行為」の対象範囲は大幅に広げられました。 このように親北=反日的な歴史教育政策を進めてきた結果、韓国国民の歴史認識は異常なものになってしまいました。たとえば、「朝鮮戦争は韓国が仕掛けた(=北侵)」と聞けば、「そんなはずはない」と日本人なら一笑に付すでしょう。しかし、韓国ではそうではありません。2013年、韓国紙『ソウル新聞』が高校生506人を対象にしたアンケート調査では、69%が「韓国側が朝鮮戦争を仕掛けた」と回答。この結果を受けて朴槿惠大統領は「驚くべき結果」と発言するとともに、「毎回、誤った認識が高い比率を占めている。このような状況が二度と出現しないようにすべき」と嘆きました。このように、いまの韓国の若者の歴史認識はそうとう歪んでいることがわかります。国民全体が反日で「調教」状態 『朝日新聞』は8月5日付の紙面でこれまでの慰安婦報道での誤報を一部、認めました。「吉田(清治)氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」としたのです。この吉田証言は「日本の軍隊・関係者が統治下の朝鮮半島から慰安婦にする目的で若い婦女子を強制的に連行した」という証拠とされてきたもので、それが否定された以上、「河野談話」の見直しをあらためて進めるべきだと日本国民が考えるのも当然でしょう。  しかし、この『朝日新聞』の誤報(本来は虚報というべきでしょう)問題は韓国のメディアではほとんど取り上げられていません。「やっと朝日が誤報を認めた」「慰安婦問題についての再検証が韓国でも進むだろう」。そう考えた日本人もいたかもしれません。しかし私からすれば、そのように考えるのは韓国の実情がわかっていない、といわざるをえません。 日本軍によって20万人の朝鮮人婦女子が無理やりに従軍慰安婦にさせられたというストーリーを、韓国人は頭から信じ込んでしまっています。いまさら「強制連行はなかった」といったとしても、韓国人が認めるはずはありません。『朝日新聞』の誤報問題にしても、「愚かな日本人が、また愚かな嘘をいっている」というようにしか考えないでしょう。あえて黙殺しているというよりは、相手にしていない感覚です。 つまり、どんなに真実を明らかにしたところで、一度できあがった韓国人の歴史認識はけっして覆ることはない、ということです。 そもそも現在の韓国の反日民族主義は、「日本による植民地統治」という歴史体験を通して形づくられたものではありません。では、どのように形づくられたのか。日本統治時代の歴史を「改竄」「捏造」することによってです。韓国の反日民族主義をひと言でいえば、歴史を通じた幻想の体系です。それはみんなが信じている幻想ゆえに、どんな真実よりも強いといえます。政治家であれ、研究者であれ、それを崩そうとすれば、国民やメディアから「親日=売国奴」という猛烈なバッシングを浴びることになります。 問題なのは、いまのこうした韓国人の歴史観は国家の圧力によって強制されたものではなく(当初はそうであったとしても)、いまや「ソフトな感覚」としてすっかり根付いてしまっていることです。政府の強制によって行なわれる反日姿勢であれば、まだしもコントロールできますが、すでに民衆レベルで子供のころから刷り込まれてしまっているため、社会の隅々にまで反日感情が広がっており、いわば国民全体が「調教」されてしまっている状態なのです。 従軍慰安婦の問題について付言すれば、日本側は軍や官憲による「強制連行」があったかどうかを問題視していますが、韓国国内では(一部の専門家を除いて)普通の人はそうした細かい歴史的な争点には理解というか、関心がありません。若い婦女子が日本軍相手に売春をさせられてきたこと自体が問題だとしているのです。そしてその反感の底には「夷族(日本人)によるわが民族」の凌辱という精神の次元が、意識的にせよ無意識的にせよ、強く関与していることは否定できません。日韓首脳会談はいますべきでない いわゆる従軍慰安婦問題をはじめとする歴史問題について、日本はどう韓国に対応すればよいのか。私の答えは「何もしないこと」です。話し合いで解決しようとすると、弱みをみせていると捉えられて、さらなる謝罪や賠償を要求されることになるでしょう。 私は少なくとも「歴史問題については棚上げにしよう」と韓国政府がいってくるまでは、日韓首脳会談はしないほうがいい、と考えています。2013年2月に朴槿惠政権が発足した際、日本のメディアには「日韓関係は改善が期待できる」という好意的な報道が目立ちました。父親の朴正熙元大統領が日韓基本条約を締結して日本との国交を回復した人物だったため「親日的」と考えられており、娘の朴槿惠氏も同じイメージでみられたのです。しかし大統領選に出馬を決めて以来、反日的な発言を繰り返してきた朴槿惠氏をどうして「親日的」と考えてしまうのか、私は不思議でなりませんでした。 現に、大統領就任直後から、朴槿惠大統領は強硬な反日姿勢を打ち出してきました。2013年3月1日の「3・1独立運動」記念式典では、日本統治時代を振り返って「加害者(日本)と被害者(韓国)という立場は千年の時が流れても変わらない」とまで演説。これに対して日本国民は怒るというよりも、呆れてしまいました。韓国が日本と友好関係になることを永遠に避けているように感じられたからです。 もともと保守本流の政治家でありながら、朴槿惠氏が強固な反日姿勢をとり続けているのはなぜか。野党をはじめとする親北勢力が、父親の朴正熙元大統領を「親日派」として朴槿惠大統領の大きな攻撃材料としていることが原因の一つとして挙げられます。現在の朴政権は与野党間の危うい勢力バランスで支えられていますので、国民の支持をつなぎ留めるためには、確固たる反日姿勢を打ち出すしか手がないのです。しかし、朴槿惠大統領が反日姿勢を強めるほど、かえって親北の左派勢力を勢いづかせることになってしまいます。 現在、韓国国内に北朝鮮のスパイが12万人ほどいるといわれますが、彼らは政府機関、マスコミなどに根深く入り込み、国民の反日感情を煽動しているとみられます。反日の隠れ蓑を着た親北勢力が「反日=愛国」を煽り、与党・保守勢力も国民の支持を得るために「反日=愛国」姿勢を強める。これが朴槿惠政権発足と同時に出現した韓国のどうしようもない政治状況の実態です。 前述しましたように「米軍慰安婦問題」は野党や左派勢力が朴政権を攻撃する格好の材料となったわけですが、朴槿惠大統領の反日姿勢が彼らの伸長を促していることを考えれば、じつに皮肉なことだといえます。 韓国で保守勢力が後退し、左派勢力が伸長しているもう一つの理由として、経済格差の進展があります。順調な経済成長を続けているとみられた2002~2011年のあいだに、韓国は一部の大企業と富裕層が国民の利益を独占するすさまじい二極化社会になってしまいました。失業率の上昇や貧困層の拡大により社会秩序が不安定になりつつある韓国では、凶悪犯罪が多発するなど、格差が社会問題化しています。国民のなかには「あんなに儲けている金持ちがいるのに、自分たちはなんでこんなに貧しいのか」といった不満が広がっているのです。 こうしたなか、さまざまな団体や集団から生活保障を求める動きが強く出てきています。政治家もこれは無視できません。「米軍慰安婦」の問題にしても、貧富の格差を背景に「恵まれない人の生活を助けるべきだ」「長年、見捨てられてきた人たちの生活を政府は保障せよ」という社会風潮が後押ししていると考えられます。韓国ではなく、世界にどう対応するか いずれにせよ、韓国は反日姿勢を続けてこのまま日本と疎遠になれば、中国への依存を強めるしかありません。ところが中国経済には不動産バブルの崩壊や輸出減速などさまざまな問題があり、けっして好調とはいえません。折からのウォン高で打撃を受けている韓国経済がさらに中国経済への依存を強めれば、共倒れになる心配もあります。にもかかわらず、朴槿惠大統領がこれまで日本との対話を拒否してきたのは、中国に媚びを売るためとしか考えられません。これは外交の選択肢を狭めるだけで、けっして賢い方法だとはいえないでしょう。 今春まで安倍政権は「河野談話」について「検証はするが、見直さない」といっていました。韓国の立場を重んじたギリギリの配慮で、いま振り返れば、このときが日韓首脳会談を行なう最大のチャンスでした。慰安婦問題について『朝日新聞』が誤報を認めた以上、今度は日本国民から「河野談話」の再検証や見直しを要求する声が高まっていくことでしょう。安倍政権はそうした国民の声を簡単には無視できません。そうなれば、日韓ともに対話を切り出しにくい状況になります。しかし先ほどもいったように、歴史問題について韓国から棚上げをいってくるまで、日本側から働きかけを行なう必要はありません。 むしろ日本がいま考えるべきなのは、韓国ではなく、世界にどう対応するかです。日本を貶めるようなプロパガンダを、韓国は欧米を中心に各地で盛んに行なっています。慰安婦などの問題を正しく理解する欧米の政治家、あるいは研究者は稀であり、韓国側の一方的なプロパガンダが世界に浸透してしまう現状があります。 先日、訪韓した私の大学の教え子が「竹島は韓国のものよね」と急にいわれて、戸惑ったと話していました。韓国では子供のころから「竹島はわが領土」というような歌を歌わされて育ちます(これも調教です)。心の底からそう思っているわけで、100パーセント疑いをもっていない。残念なことに、その教え子はうまく言い返すことができなかったそうです。日本では領土問題や歴史問題についてきちんとした教育を行なってきませんでしたから、無理もないことかもしれません。 また、同じくその教え子が驚いたのは、ある大学で韓国語によるスピーチコンテストが行なわれたときのこと。参加資格者は韓国以外のアジア人や欧米人留学生で、テーマはなんと日韓問題なのです。ほとんどの参加者が韓国側の言い分に沿って日本を非難するスピーチをしていたそうです。それだけ韓国の主張が海外で浸透している、ということがいえます。 日本は、韓国の海外での宣伝行為についてもっと危機感をもつべきではないでしょうか。たとえば、日本の小説は翻訳版が世界中で読まれているのに、なぜか近現代史関係の論考や評論は翻訳版が少ない。摩擦を恐れているのか、それとも利益にならないと考えているのか、二の足を踏む出版社が多い。論壇誌に寄稿された論文の英語翻訳も、現状ではほとんど進んでいません。 日本の政府はもちろん、日本のメディアも自国の主張をもっと世界に広げていく方法を探してほしいと思います。日本軍の慰安婦問題について、いくら『朝日新聞』が誤報を認めたところで、韓国が日本への謝罪要求を引っ込めることはありえません。世界で慰安婦像を建てる運動なども、ますます加速していくでしょう。 もちろん、そのきっかけをつくったのは何よりも『朝日新聞』の一連の記事や報道であり、その罪はきわめて重いといえますが、「捏造」や「嘘」など何でもありの幻想の世界に生きている韓国の国民には、いまさらいくら真実を突き付けても通用しないと考えて、日本は自国の正義を世界に向けて発信していく努力をしていくべきです。