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    香港デモに沈黙する日本政府、習近平訪日にも配慮か

    ・つよし ジャーナリスト。1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)など。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。

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    金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」

    ) 実は、日朝の秘密接触でも韓国の「あぶり出し作戦」が使われていた。秘密接触の事実を確認するために、朝日新聞や東京新聞にリークし、いつどこで誰が接触したかを確かめる手口をよく使っていた。 ただ奇妙なのは、北朝鮮は韓国の「あぶり出し作戦」とわかっていながら、どうして引っかかったのか。以前なら黙って対応せずに、1カ月後ぐらいに姿を見せて、韓国情報機関に恥をかかせるのが本来のやり方だったはずだ。あの料理人の名前も やはり、韓国の報道に慌てて姿を見せた対応は解せない。北に何かがあった、と判断するのが本筋だろう。指導部は「不安定化により、指導者の求心力と指導力が低下している」と判断されるのを恐れたのではないか。 もしくは、追い詰められた統一戦線部の勢力が「南につながるスパイがいるから摘発すべきだ」と反抗に出たのだろうか。北朝鮮の高官はこの能力もなければ生き残れない。 こうして、過去3カ月を超える平壌内部の動きは、軍部や情報工作機関、側近を巻き込んだ勢力争いが展開されている事実を浮き彫りにした。軍部は「核放棄」に強く反対し、米朝首脳会談の失敗に反発している。 平壌からの情報によると、駐スペイン大使館襲撃事件の責任と米朝首脳会談失敗の責任追及がいまだに続いている。調査の焦点は先述の通り、米国のスパイ摘発だ。 その中で、「金正日(キム・ジョンイル)の料理人」として知られた藤本健二氏(仮名)も米国のスパイ容疑で調査を受けている。2016年に平壌へ戻った翌年に日本料理店を開いた藤本氏は1982年初めて訪朝し、2001年に帰国した。 その日本滞在の時期に、CIAの高官とひそかに接触して資金を受け取り、金委員長に関する極秘事項を漏らした、とされる。それも、絶対に口外してはいけない秘密だった、というのだ。 動静が確認された金英哲氏も、まだ決して安泰ではないといわれる。彼には、前任者の金養健(キム・ヤンゴン)統一戦線部長を暗殺したとの疑惑がつきまとっているからだ。英哲氏は与正氏と親しく、その関連で与正氏も調査を受けたのだろうか。 だが、北朝鮮の常識からすると、指導者の実力ある妹が軍や工作機関の調査を受けることはありえない。もしあったとすれば、軍の秘密調査機関にしかその権限はない。つまり、軍と金委員長の間に緊張関係が存在することになる。藤本健二氏=2010年10月(原田史郎撮影) 平壌では多くの外務省職員が粛清され、統一戦線部の高官も追放された。米国のスパイ摘発が終了し、態勢と戦略が建て直されるまで、米朝首脳会談と日朝秘密交渉は再開されないだろう。 それでも、北朝鮮には経済的、外交的余裕も時間もない。年末までには、日朝、米朝関係で新たな展開が見られることであろう。■ 「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない■ 金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか■ 「北朝鮮脅威」の甘い蜜を吸う安倍首相に金正恩が会うメリット

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    所功手記「皇位世襲の持続方法を考え直す」

    74歳で即位して象徴天皇の役割を果たすことは現実的に難しい、と自ら語っておられると報じられている(「朝日新聞」4月21日朝刊)。もしそうであるならば、今上陛下の次は甥(おい)の悠仁親王が継がれることになるほかないから、例えば、6年後に18歳で父君から皇嗣の地位を譲り受けて成年式と立太子の礼を行い、およそ10年後の28歳ごろに結婚され、やがて33歳ほどで即位されるということになれば、世代交代としてはノーマルになる。 念のため、前近代には、当帝に皇子がない場合、その兄弟や宮家の王(親王の子)を養子、つまり猶子(ゆうし)に迎えて、親王に引き上げて後継者とした例が多い。また、宮家の後継王も当帝の仮養子として親王になるから宮家を相続することができた。 さらに、甲案の(ハ)は、一世代後の将来を考えてみると、(イ)でも(ロ)でも、皇位を継承される悠仁親王の後に必ず男子が生まれるとは限らない。とすれば、万一に備えて男系男子を確保しておくため、旧宮家子孫の中から適任者を選び出し、やがて皇族に迎える案も検討するような必要があろう。 ただ、旧11宮家でも男系男子の相続が原則のため、既に7家が若い男子の不在で続かず、これからも残るのは久邇(くに)、賀陽(かや)、東久邇、竹田の4家しかない。そのうち一般国民として生まれ育った当代の若い男子が、やがて皇族となれる要件を具備するのは相当難しいと思われる。2019年4月8日、お茶の水女子大付属中の入学式に臨まれる秋篠宮ご夫妻と長男悠仁さま 一方、乙案にも、三つの具体案が考えられる。前述の通り、男系男子の原則を残しながら、当代の特例として男系女子の継承を一代限りで容認する案である。ここでは失礼ながら、高齢の常陸宮殿下と、将来高齢になれば即位困難と自認されている秋篠宮殿下を議論の対象外として考察する。 まず、乙案の(a)は、男系の男子を優先するが、男系の女子も可能とするものである。仮に21年後を想定すれば、80歳の今上陛下から33歳の悠仁親王が即位され、その段階で悠仁親王に王子が誕生していれば、その男子を皇太子とする。 しかし、もし女子か無子であるならば、38歳の愛子内親王が皇嗣となり、それから仮に20年後か30年後、悠仁天皇(53歳か63歳)の後を、愛子内親王(58歳か68歳)自身が即位される。もしくは、それまでに結婚して王子をもうけておられたら、その男子が即位されるようなケースも考えられる。 ついで乙案の(b)は、男系の男子を優先するにしても、直系・長系の長子を優先する場合である。今上陛下の次は長女の愛子内親王であるから、その愛子内親王が早めに(成年となられる2022年)、皇嗣の地位を57歳の叔父、秋篠宮殿下から譲り受けて、皇太子となられる。若い適任者を探し出す やがて仮に18年後、80歳の父君の後を承(う)け、38歳で女性天皇となられ、33歳の従弟、悠仁親王を皇嗣とされる。それから、仮に20年後か30年後に愛子天皇(仮称)が譲位されたら、皇嗣の悠仁親王自身が即位されるか、またはそれまでに悠仁親王が結婚して王子をもうけておられたら、その男子が皇嗣を譲り受けて、即位されるようなケースも考えられる。 さらに乙案の(c)は、もし万々一、悠仁親王にも愛子内親王にも御子が生まれないような場合まで想定している。旧11宮家のうち、現存する前述の4家の中に、若い男子で将来皇室に迎えられるほどの若い適任者たちがいたとしよう。 その場合は例えば、専任でも臨時でもよいが、宮内庁職員として勤めながら現皇室との関係を深めることが望ましいと思われる。また、もしそのような適任者の中から、皇族女子と結婚されることが可能になるならば、その間に生まれる王子に皇位継承の資格を認められやすくなるとみられる。 なお、天皇と内廷皇族を支える宮家は、皇位に準じて男系男子が相続すべきものと考えられ、行われてきた。しかし、男系女子による相続を否定する明文は見当たらない。事実、近世の桂宮家は皇女が養子に入り当主となった。しかも、現在の宮家の実状を正視すれば、常陸宮家には御子がなく、また他の三家も女子しかない。 したがって、現存の宮家を残すには、少なくとも三笠宮家の彬子(あきこ)女王(37)か瑤子(ようこ)女王(35)、高円宮家の承子(つぐこ)女王(33)、及び秋篠宮家の眞子内親王(27)か佳子内親王(24)の各お一人は、一般男性と結婚しても当家を相続できるようにする必要があろう。 その場合、当主と同様に夫君も子供も皇族の身分とすべきであるが、その夫君は当然皇位継承の資格を持ち得ず、その子供も同様とする。皇族の身分とするのは、そうしなければ家族として一体になれないと考えるからである。ただ、万が一、内廷に皇子も皇女もいないような極限状態に至るなら、女子を当主とする宮家の子孫にも皇位継承の資格を認めることも検討しなければならないが、それは次世代に委ねるほかない。 以上、皇位の世襲継承を持続する現実的な方法についての管見を略述した。今必要なことは、従来の原理原則に固執することが無理な現状を直視して、何とか実現可能な具体案を出し合って総合的に検討を加え、多くの国民に理解と共感が得られる合意の形成に全力を尽くすことであろう。皇居に入られる天皇陛下と愛子さま=2019年5月11日、皇居・半蔵門(川口良介撮影) 長らく放置されてきた諸問題を一挙に解決することは難しい。それゆえ、当面(20~30年)の対応策を練り上げて実施し、その先で新たな問題が生じたら、改めて検討し、修正を加えていくような努力を着実に続けていくことが望ましい。 なお、議論を少しでもわかりやすくするため、皇族の実名も年齢も、20年、30年後の予想までもあげた。非礼にわたることと思われるが、あらかじめ平にお詫びしておきたい。■ 女性宮家以外にも「皇統の断絶」を防ぐ手立てはある■ 「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか■ 元東宮侍従手記「秋篠宮殿下は皇室の意思を代弁するにふさわしい」

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    日本のアイヌ政策は世界の常識からこんなにズレている

    小林よしのり×香山リカ アイヌと差別をめぐる対決対談■アイヌ民族の「権利確立」を 鈴木宗男の10年■朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない

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    「首相はトランプの運転手」朝日の安倍批判がイケてない

    限定する傾向にある。 その典型が、今回の安倍首相とトランプ大統領に関する記事にも表れている。例えば、朝日新聞の霞クラブ(外務省担当記者クラブ)のツイッターは、千葉で行われた両首脳のゴルフの写真に対して、「とうとうトランプ大統領の運転手に」と低レベルな揶揄(やゆ)を書いていた。安倍晋三首相が運転するゴルフカートに乗り、笑顔を見せるトランプ米大統領=2019年5月、千葉県茂原市の茂原カントリー倶楽部(内閣広報室提供) その写真では、安倍首相がトランプ大統領を横に乗せて、ゴルフカートを運転していたからだ。だが、インターネットのいい所は、このような低レベルな書き込みに対して、米国で行われた両首脳のゴルフでは、トランプ大統領の方が運転していたと写真を添えて即座に反論できる点にある。マシな報道はないのか まさに、朝日新聞の中身のない「反権力」姿勢や、「安倍嫌い」「トランプ嫌い」の軽薄さを示す出来事であった。当たり前だが、ゴルフをともにすることは、その場が率直な意見交換の場になり得るし、また対外的に「親密さ」をアピールする場にもなる。 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のように、本来なら日米とともに北朝鮮に対峙(たいじ)しなければいけないのに、まるで北朝鮮側のエージェントのようにふるまう政権には、日米の「親密さ」が強い政治的メッセージになる。もちろん、北朝鮮や中国に対しても同様だ。 さらに、両首脳の大相撲観戦に関する毎日新聞や朝日新聞の記事もおかしなものだった。前者は、トランプ大統領が拍手もせずに腕組みしていたことを不思議がる記事だったし、後者は大統領の観戦態度に「違和感」があるとするものだった。 一方で、日本経済新聞はさすがにスポーツ記事が面白いだけあり、両紙に比べると客観的に報じていた。「首相に軍配について聞くなど説明を聞きながら熱心に観戦した」とした上で、優勝した朝乃山に笑顔で米国大統領杯を渡すトランプ大統領の写真を掲載していた。 反権力や安倍・トランプ両政権への批判を止めることはしないが、それにしても、もっとましな報道はないのだろうか。嘉悦大教授の高橋洋一氏は、次のように日本のマスコミの低レベルぶりを批判している。 イデオロギーで考える文系の記者は、ロジカルな世界である科学や経済を理解するのは難しいから、そういう記者は、科学や経済の報道に携わらないほうがいい。スポーツなどを担当するといいのかもしれない(笑)『「文系バカ」が、日本をダメにする』(ワック)2019年5月、大相撲夏場所千秋楽を升席で観戦する(上左から)安倍首相、トランプ米大統領、メラニア夫人、昭恵夫人(代表撮影) だが、今回のゴルフと大相撲に関する記事やコメントを読むと、スポーツ関係でも客観性について怪しいと言わざるをえないのである。■ 朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない■ 「ヤフーニュース一人勝ち」紙メディアよ、死を迎える前に現実を見ろ■ 記事大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

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    「無条件」日朝会談に勝算はあるか

    「条件をつけずに金正恩と会う」。安倍晋三首相が日朝首脳会談実現への意欲を表明して以降、野党のみならず、与党からも説明を求める声が上がっている。来日するトランプ米大統領と拉致被害者家族との面会も予定される中、首相の「無条件」には勝算があるのか、それとも焦慮のあがきなのか。

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    アカウント停止は中国のせい?私のツイートのどこがヘイトなのか

    る日本支配は相当な所まで進んでいると言わざるを得ない。 サヨクの市民活動団体「しばき隊」に至っては、朝日新聞記者や人権派弁護士、LGBT(性的少数者)運動家などでさえ、自分たちが気に入らない場合、平気で「ネトウヨ」認定する。リンチなどの弾圧行為がまかり通り、被害者から裁判まで起こされている。 その背後に実際、どれほど中国や北朝鮮などの影響力があるのかは不明である。しかし、わが国におけるサヨク運動には冷戦時代にも旧ソ連や中国からの資金が投入されていた事実が、ソ連崩壊にともなう情報公開によりすでに判明している。 しかし、このことを例えば「サヨクには中国からの反日活動資金が投入されている可能性がある」などとツイートすると、たちまちサヨクの「ネトウヨ春のBAN祭り」対象として認定され密告などの組織的弾圧によりネット上から人知れず抹殺されることとなるだろう。 私のように他に発言の場のある人間ならともかく、一般の日本人はそれに対してなんの反論も主張もできず、誰にも知られることなくひっそりと消されてしまうことに抵抗もできないのだ。 実際、これまでそうした犠牲者がどれくらいいるのか、全体像は全く見えない。ジョージ・オーウェルの近未来小説『1984年』に登場する独裁者そのものである中国支配が既にかなりのところまで進んでいるのである。■ なんJ民のヘイト告発は「ネット言論の革命」になるかもしれない■ 「過激ユーチューバー」を抑えつけるカラクリ■ バイトテロ「みんなやってる」古市憲寿の炎上発言にモノ申す

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    橘玲×中川淳一郎 保守とリベラルの不毛なレッテル貼り

    さんはリベラル的スタンスを明確にしていましたが、『朝日ぎらい』というタイトルの本を出しただけで、反・朝日新聞派のネトウヨっぽい人から拍手喝采状態になりました。ただ、同書に「なぜ朝日新聞が嫌われるのか」について言及している部分はそれ程多くはなく、基本的には思想がなぜ分かれ、どう分断が発生していくのか、といったことに言及した本という認識をしています。橘:「朝日新聞はなぜこんなに嫌われるのか?」という疑問が最初にあって『朝日ぎらい』というタイトルをつけたわけですが、おっしゃるように、「なぜ日本だけでなく世界じゅうが右と左に分断されるのか?」という話につながっていきます。たしかに、タイトルが過剰反応された面はあります。中川:こんなタイトルの本を書いたらネットでは途端にリベラル風の人々、まぁ、本当は単なる糾弾が大好きな人々からネトウヨ認定されちゃうと思うんですよ。それが何かモヤモヤしたんですよね。だって別に橘さんはネトウヨの味方でもなんでもないじゃないですか。橘:じつはこれは両極端で、朝日新書から出ているのだから、「朝日ぎらい」な右派を批判する(朝日新聞を擁護する)本にちがいないと、発売直後は読んでもいない、というか目次すら見ないひとたちからずいぶんバッシングされました。雰囲気が変わったのはしばらくして、実際に読んだひとが「“安倍政権はリベラル”と指摘しているし、リベラルを批判してるじゃないか」というようになってからですね。 朝日的なリベラル(戦後民主主義)の欺瞞やダブルスタンダ-ドを批判するのがこの本のひとつのテーマなのですが、それを他の出版社から出せば、あっという間に「橘玲がネトウヨになった」といわれるのは最初からわかっていました。実際、SNSの反応でも、「タイトルを見たときは“いよいよ橘玲もネトウヨ商売か?”と思ったけど、版元が朝日新書だからそうでもないのか」というコメントがいくつもありましたから。朝日を批判するからこそ、この本を朝日新書以外から出すつもりはなかったですね。中川:ただ、最近ではそうした対応も「防波堤」にはならなくなってきているんじゃないかという気がしています。最近は、朝日新聞が両論併記をしたと言うだけで、リベラルから怒られる時代になっちゃってるんですよ。杉田水脈氏の「LGBTは生産性がない」という暴論とか、東京医科大学が入試で女子受験生の点数を低くしていたとかの問題についてリベラルがデモを起こします。デモ自体は妥当な主張をしていると思うのですが、そのデモを取材した朝日新聞が、杉田氏の意見に一定の支持を示す識者のコメントとかも取るんですね、一応。すると、「朝日は両論併記をしやがってバカか」という反応が出て来る。橘:それは、杉田氏のLGBT発言に関して、「新しい歴史教科書をつくる会」理事の藤岡信勝氏のコメントを取った記事のことですか?中川:はい。自分たちをリベラルと称する人たちが、自分たちが気にくわないことを言いそうな人を出そうものならば、そのメディアは劣化したという風に怒り始めるんです。正しくない側の意見など紹介する必要はない、と。そういうことがあるからこそ、「朝日新書でしか出せない」という防衛策も効かなくなってきているのではないでしょうか。実際に本を出された後の反応はどんなものでしたか?橘:いちばんびっくりしたのは、本を読まずに自分の主張をぶつけてくるひとがものすごくたくさんいることです。それよりもっと驚いたのは、読んでもいないのにAmazonに堂々を“レビュー”を書くひとが現われたことです。なぜ読んでいないのがわかるかというと、「自民党が保守と解釈している所でこの本は終わっている」と書いているからです。同じページに目次が掲載されていて、そのいちばん上が「安倍政権はリベラル」となっているのに。 でも話はこれで終わらなくて、そうなると次に、このレビューを信じて、「自民党は右ではなく中道だ」との自説を滔々と述べるひとが現わるわけです。こうした「フェイク・レビュー」の連鎖は3人ほどで止まりましたが、それは他のレビュアーが「読んでもないのにデタラメを書いている」と指摘するようになったからで、それがなければ何十件、何百件とつづいたかもしれません。さらに不思議なのは、「フェイク」だと批判されてもレビューを削除するわけでもなく、そればかりか、嘘のレビューだとわかったうえで、それを擁護するひとまで出てきたことです。 問題なのは、世界を「味方」か「敵」かの党派でしか理解できないひとが多すぎることでしょうね。『朝日ぎらい』という本が出たら、これは朝日を批判しているのか、擁護しているのか、どちらの党派の属するのかが唯一最大の関心事になる。このひとたちにとって世界は善悪のたたかいで、自分は「善」と「光」の側で、気に入らないものはすべて「悪」と「闇」でなければならないんですね。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)中川:「俺たちは正義」で「奴らは絶対悪」とまずレッテルを貼って、ということですね。そこから身をかわすためには、いかにレッテルを貼られないようにするのかという戦略がないと回避できない。一旦レッテルを貼られるとそれはなかなか剥がせないじゃないですか。先ほど仰った通り、「橘玲はネトウヨになった。なぜならこんな本を出しているからだ」というのがネットのマジョリティになったら、もうひっくり返せないですし、ひっくり返すにはものすごい努力をしないといけないでしょう。橘:政治的に微妙なテーマを扱うときは、「党派」のレッテルからいかに身をかわすかに意識的でないとヒドい目にあいますよね。でも逆にいうと、どちらかの党派に入ってしまえば楽なんです。思考停止できるし、右か左かにかかわらず「○○はけしからん!」みたいな本を書けば一定数の読者はいるわけですから、ちゃんと商売が成り立ちます。面白くはないでしょうけど……。実名でリベラルな発言をすることの恐ろしさ実名でリベラルな発言をすることの恐ろしさ中川:保守とリベラルでどっちの人数が多いかと言ったら、私の実感としたら1対9くらいなんですよ。リベラルが1です。橘:私は3対7くらいかと思ってましたが。中川:声の数で言ったら3対7で正しいと思うんです。少数派であるリベラルが、必死に“狂った”日本の状況を何とかを変えようと思っている。人数的には9分の1くらいしかいないけど、とにかく危機感を持っているからなんとか必死に3倍の声を上げている状況かなと。最初、私はネトウヨ批判側として、ネットでの発言をやり始めたんです。2010年くらいから3年半くらいはそんな感じでした。ただ、それ以後、ちょっとおかしくなってるぞと。むしろ左が嫌いになっていったんです。その過程で反原発の運動があり、在日へのヘイトスピーチへのカウンター活動があり、LGBTとか、沖縄とか色んなイシューが出てきた。でも毎回出てくる人が同じなんです。反安倍政権というところで一致した人たちが、何でもいいから共産党と社民党と組んで、あるいは立憲民主党の誰かと組んで動こうというのが見え隠れしていて、そのいつもの方々が毎回元気なわけですよ。この人たちはすごい危機感もあるし使命感もあるんだなってわかる。それがさっきの声の数の「3」に出ているのだと思います。橘:リベラルの退潮は、朝日新聞などを見ていても、「知識人」として論評するひとがどんどん減っていることに表われていますね。戦後民主主義の全盛期は大御所みたいなひとがいたうえで、次から次へと新しい論客が出てきた。いまでは同じ人物が時事評論から政権批判までなんでもやっていて、よく考えたら5人くらいしかいないんじゃないかという状況になっている。大衆知識人にかぎれば、明らかに保守派の方が人材が豊富ですよね。中川:先日、朝日新聞に東京医大のデモを報じる記事が出ていたんですね。そこで取材をされていた一般人風の参加者のコメントがあったんですけど、その人、いつも反政権の活動をしている女性なんですよ。朝日もこの人にしかコメントを取れなかったのかと呆れました。橘:実名を出してそういうことを言える人が、いなくなってきたのかもしれませんね。中川:怖いのかもしれないですね。橘:「こいつは気に食わない」となった瞬間にすぐにネットで検索されて、住所や職場、学校、交友関係まで晒されてしまうんなら、普通に生きているひとは、堂々と意見なんていえないですよ。中川:数の論理でいえば、右の方が強いのは間違いない。それがよく表れたのが、2011年8月21日に行われたフジテレビデモだと思います。高岡奏輔という俳優が、フジテレビが韓国コンテンツを流しすぎだとツイッターで同社を批判したところ、彼は所属事務所をクビになった。ただ、事務所から見たら大クライアントであるフジを批判したら処分を受けるのは当たり前だと思うんですよ。 これに対し「愛国者たる高岡さんの不当解雇を許すな!」とばかりに5000人の参加するデモが発生しました。それに対してフジテレビの社員がツイッターで「あんたら暇なの?」と書いたんですよ。そしたら、「あんたら」という一言に怒りが沸騰しました。しかもこの社員はうかつにも実名でツイッターをやっていたからすぐにFacebookのIDも見つけられて、自分の家の車のボンネットに映った家の形から自宅が特定された。その後、“スネーク”と言われる見物する人たちが続出しちゃった。しかも、過去に仕事で獲得したであろうグッズをヤフオクに横流ししていた疑惑とかを全部暴き出された。彼はその後社内で居心地悪かったんじゃないかな、と思います。橘:そういうネットの恐ろしさがある程度浸透してきたので、実名、顔出しができなくなってきたというのはあると思いますね。私自身、ペンネームで顔写真も公開していなくて、「ネット社会で上手くやってますね」みたいなことはよくいわれますから。でもこれはたまたまで、物書きになった頃はネットのことなんてほとんど理解していなかったのですが。(続く)◆橘玲(たちばな・あきら):作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない 残酷すぎる真実』『(日本人)』『80’s』など著書多数。◆中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):ネットニュース編集者。1973年生まれ。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』『縁の切り方 絆と孤独を考える』など著書多数。関連記事■ネット民は朝日vs産経の代理戦争を繰り広げている■橘玲氏が解説、「専業主婦は2億円損をする」の真意■幸せになるにはどこまでお金を稼げばよいのか 橘玲氏が解説■ネットの反差別運動の歴史とその実態【1/4】■いまも続く「ポッポロス」 「アベロス」起きる可能性は

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    皇室の危機は一目瞭然、「愛子天皇」待望論の答えは一つしかない

    いう場面は、十分にあり得る。と言うより、先の年齢的な条件を考慮すれば、その可能性はかなり高いだろう(朝日新聞4月21日付1面に、こうした見方を補強するような秋篠宮殿下のご発言が紹介された)。そのようであれば、愛子内親王殿下への注目はより高まるはずだ。「属人主義」に陥るな ただし、くれぐれも誤解してはならないのは、皇太子殿下の「次の」天皇については、具体的な誰それがよりふさわしい、といった「属人」主義的な発想に陥ってはならないということだ。 そうした発想では、尊厳であるべき皇位の継承に、軽薄なポピュリズムが混入しかねない。そうではなくて、皇位の安定的な継承を目指す上で、どのような継承ルールがより望ましいか、という普遍的な問いに立ち返って考えなければならない。 そもそも、皇位継承資格を「男系の男子」に限定したのは明治の皇室典範が初めてだった。しかも、明治典範の制定過程を見ると、2つの選択肢があった。 ①側室制度を前提とせず、非嫡出の皇位継承を認めないで、「男系の男子」という制約は設けない。 ②側室制度を前提とし、非嫡出にも皇位継承資格を認めて、「男系の男子」という制約を設ける。 これらのうち、①は明治天皇にいまだ男子がお生まれになっていない時点でのプランだった。しかし、その後、側室から嘉仁親王(のちの大正天皇)の誕生を見たため、①が採用される余地はなくなった。 ところが、今の皇室典範はどうか。 ②の「男系の男子」という制約は明治典範から引き継いだ。一方、それを可能にする前提条件だった側室制度プラス非嫡出の皇位継承は認めていない。つまり、①の前段と②の後段が結合した、ねじれた形になってしまっている。 ③側室制度を前提とせず、非嫡出の皇位継承を認めないで、しかも「男系の男子」という制約を設ける。 率直に言って、このようなルールでは皇位の安定的な継承はとても確保できない。 過去の歴代天皇の約半数は側室の出(非嫡出)であり、平均して天皇の正妻にあたる女性の4代に1人は男子を生んでいなかった。傍系の宮家も同様に側室によって支えられていた。 したがって、③をこのまま維持すると、皇室が行き詰まるのは避けられない。もし皇室の存続を望むならば、明治典範制定時の①と②からどちらを選ぶか、改めて問い直さなければならない。 しかし、いまさら②が前提とした側室制度を復活し、非嫡出による皇位継承を認めることができないのは、もちろんだ。何より皇室ご自身がお認めにならず、国民の圧倒的多数も受け入れないだろう。側室になろうとする女性が将来にわたって継続的に現れ続けるとは想像できないし、逆に側室制度を復活した皇室には嫁ごうとする女性がほとんどいなくなるだろう。 そのように考えると、答えは自(おの)ずと明らかではあるまいか。皇太子さまと資料を見ながら修学旅行について話をされる皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さま=2018年11月25日、東京・元赤坂の東宮御所(宮内庁提供) 「愛子天皇」待望論についても、目先の週刊誌ネタなどによって短絡的に判断するのではなく、持続可能な皇位継承のルールはいかにあるべきかという、広い視点から慎重に評価されるべきだろう。■ 「眞子さまへの純真は本物か」小室圭氏よ、試練を歩み解を出せ■ 女性宮家の創設とは「制度化された道鏡」に他ならない■ 女性宮家以外にも「皇統の断絶」を防ぐ手立てはある

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    朝鮮半島における「礼儀・礼節」 日本とは意味が違う

    はいない。とすると、この特集名は編集部がつけたものか。 そこで思い出したのが、二〇〇〇年五月三十日付朝日新聞の論説委員コラム「窓」欄である。少し古い記事だが、私は某大学の比較文化論の講義資料として十年以上使っていた。この日のタイトルは「礼節の国」、筆者は一字署名で〈黄〉となっている。 当時、森喜朗首相は「日本は天皇を中心とする神の国」と発言し、国内からも韓国からも批判を浴びた。しかし、五月二十九日に森首相と会談した金大中大統領はこれに触れなかった。それは「言いたい気持ちをじっと抑えて、静かに笑って」いる「『礼節の国』と言われる韓国の本来の姿」であり「そうした隣人の気持ちに思いを致」す配慮が森首相に欲しい、というのだ。 私は講義でこの「窓」欄のプリントを配り、学生に聞く。韓国に行ったことがある人はいるか。五、六人の手が挙がる。韓国の人たちって、言いたい気持ちを抑えて静かに笑っている「礼節」ある人たちだったか。学生たちはちょっと困ったように首を横に振る。 じゃあ、朝日の記事にこんなことが書いてあるのは何故だ。朝日は革新系だから韓国をほめるなんていう答えは駄目だぞ。 学生たちは考え込む。やがて、ピンと来た一人が答える。文化のちがいですか。礼節の意味がちがっているとか。 正解である。 我々が今「礼儀」という時、それは基本的に西洋由来のもので、交際術のことだ。その要点は、お互いに害意を持っていないことの確認である。礼儀を英語でマナーというのはマニュアル(手引き書)と同原である。交通ルールを交通マナーというのも同じで、車が相互に左側通行するのは、お互いに「被害」に遇わないためだ。 一方、朝鮮における「礼儀」は世界観の象徴化である。宗教儀礼に近い。礼を「のり(規範)」「あや(文化)」と読むのはそのためだ。お辞儀にも細かな意味づけがある。単なる交際術ではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 朝日新聞の論説委員も「WiLL」の編集者も、保革逆だが、ともに文化のちがいが分かっていない。「WiLL」特集で執筆者の一人大野敏明は、韓国滞在中、返事をしなかった警官を怒鳴った話を書いている。「韓国は儒教の国」なので「高齢者である私」に返事をしないのは失礼になる。怒鳴ったら「直立不動」で返事をしたという。これが朝鮮の礼節である。大野は産経新聞元記者で韓国文化に詳しい。この一節だけが特集名にふさわしい。●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。関連記事■もし日韓戦わば… 軍事力の差は歴然だった■韓国人はなぜ今「日本叩き」に躍起になっているのか■ソウル 日本製品不買条例案に日本好き韓国人「恥ずかしい」■100年前のロシヤ革命、革命と反革命どちらなのか論じるべき■福澤諭吉「天は人の上に…」と聖徳太子「和を以て…」への誤解

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    高齢読者が「週刊誌ジャーナリズムの牙を抜く」のウソ

    公憤」がなければ読者に飽きられること、単なるセンセーショナリズムは限界が来ることを指摘しておいた(『朝日新聞』2018年2月10日記事「『文春砲』に吹く逆風、その背景は」筆者コメント)。 同紙はスキャンダラスな出来事を他紙よりも長期にわたり、ドラマチックに報道することで部数を伸ばし、一時は30万部と東京一の発行部数となった。そして連載「弊風一斑(へいふういっぱん)蓄妾の実例」では、有名人、無名人の愛人関係を実名住所職業入りで暴露したが、こうしたスキャンダル報道だけでは、やがて大衆に飽きられて売れなくなっていった。まさに『週刊文春』も今その限界に直面しているのではないだろうか。 そして、もう一つの方策は、今回の『週刊現代』が典型的なように、高齢の読者に向けて誌面を絞り込んでいくやり方である。実際、2018年以前から『週刊現代』は医療問題などで特集を掲げ、部数も伸ばしていた。ターゲットを絞ってコストパフォーマンスをよくするという方向である。老人雑誌のようになってしまって、それまでの読者からすれば物足りないかもしれないが、『週刊ポスト』もそうした方向を意識している感はある。 期待したいのは、週刊誌と親和性の高いシニア層、すなわち、スマホも使えるかもしれないが、「アンチ・スマホのシニア層」である。今の若者世代は、知りたいことはスマホで検索だけして済ませる。 しかし、それだけでは情報行動としては不十分で、雑誌を一冊丸々読む習慣を持つシニア層は、思わぬ記事に誌面で巡り合える可能性(セレンディピティ)を知っている。(左上から時計回りに)『週刊ポスト』、『週刊現代』、『週刊文春』、『週刊新潮』(佐藤徳昭撮影) また、昭和の回顧記事も多く掲載されているように、ノスタルジーから政治や社会を語ってもいいかもしれない。これも人生100年時代、精神世界の豊かな者の持てる楽しみではなかろうか。 50代のコアターゲットに属する筆者も、かつては講談社の週刊誌編集部をモデルに女性編集者を描いた漫画『働きマン』(安野モヨコ、2004年)をとても面白く読み、共感してきた。雑誌ジャーナリズムにかける熱気を再び取り戻してほしいと思う同世代読者も多いのではないかと思う。■ 「ヤフーニュース一人勝ち」紙メディアよ、死を迎える前に現実を見ろ■ 『週刊SPA!』はなぜ劣化したのか? 元編集長が古巣を徹底批判■ 平成のスクープ誌『週刊文春』でも部数減が止まらない理由

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    「中国産」「添加物」消費者が週刊誌に踊らされなくなっている?

    りにおいしいし、問題もそれほど多くは起きていないよね、というのが本音ではないでしょうか。 ちょうど、朝日新聞の「論壇時評」で5月31日、歴史社会学者の小熊英二氏が日本に来る観光客の急増について、次のように書いていました。 欧米の大都市だと、サンドイッチとコーヒーで約千円は珍しくない。香港やバンコクでもランチ千円が当然になりつつある。だが東京では、その3分の1で牛丼が食べられる。それでも味はおいしく、店はきれいでサービスはよい。ホテルなども同様だ。これなら外国人観光客に人気が出るだろう。1990年代の日本は観光客にとって物価の高い国だったが、今では「安くておいしい国」なのだ。日本向け小松菜を栽培する契約農場。大学を出た指導員が、害虫の発生状況などを調べている。害虫被害が多ければ農薬散布など指示し、日本の農薬取締法に合致した農薬が使用される これが、多くの人の実感では? 小熊氏は、その陰で搾取されている外国人労働者に注目しています。私は、安全でおいしく、と努力する大勢の国内食品メーカー社員や、中国の工場で見た、丹念に野菜からごみや虫等を取り日本向けに加工する女性たちの顔を思い浮かべます。 ふんぞりかえって中国や国内食品メーカーを誹謗する記事の欺瞞に、実は多くの人は気づいているのではないでしょうか。(3)不安を煽るテクニックがばれた こちらも、関係者を期待を込めて言うところ。結局のところ、こうした記事は、多くの情報から都合の良い部分のみをつまみ食いし、つなぎ合わせてもっともらしいストーリーに仕立てています。食の安全に関して少しでも知識があれば、「変だなあ」と思って不思議ではありません。 週刊新潮はうま味調味料などにより味覚障害が起きている、と書きますが、論文や公的報告書などの科学的根拠は示さず、ジャーナリストのコメントを載せるだけ。これでは、さすがに読者も納得できないでしょう。それくらいの科学リテラシーは多くの人に備わってきたのではないか、というわけです。現実的な理由も(4)間違った情報を是正する情報が数多くある 「買ってはいけない」が出版された当時、一般の人たちはこうした情報に“免疫”がありませんでした。「危ない」という情報になら人は、わざわざお金を出して購入します。「その情報を覚えておけば安全になれる。人に伝えたら喜ばれる」と信じるからです。一方、「危なくない」という情報は安心にはつながりますが、とくに覚えておかなくてもいいことなので、書籍や雑誌になってもあまり売れません。 しかし、インターネットでは現在、行政や企業が「実は危なくない」「こうやって総合的に安全を守っている」と解説する無料コンテンツが、大量にあります。それらの多くは、科学的根拠が示されています。食品安全委員会の評価書もすべて、公開されています。 おかしな記事が出た後には、安全委員会は評価書自体を示して反論しましたし、間違いを指摘する個人ブログも出てきています。 つまり、侵入してくる病原体=間違った情報に対して、ワクチンやら抗生物質やらがまあまああり、効果を発揮しているのかもしれません。(5)ほかにニュースがいっぱい 以上は、関係者の希望的観測でもあります。一方、「現実には……」として考察されているのは「ほかに関心を集めている話題があるから、盛り上がらないのでは」という指摘です。 つまり、北朝鮮、日本大学アメリカンフットボール部、紀州のドン・ファン、サッカー・ワールドカップ……。テレビやラジオ等もこれらの取材に力を入れ、多くの時間を割いて報道します。以前なら、週刊誌記事を受けてテレビやラジオ等でも食の話題が取り上げられ、メディアミックスで「食べてはいけない」情報が広がったけれど、今はたまたまそういう状況にない、という説です。(6)問い合わせや抗議をするほどの余裕が、消費者にはもうない 汲々とした生活の中で、食費も切り詰めている人が増えているのが現実です。市販の食品は概ね安全、品質もまあまあ、と信じないと暮らしていけない、という人が多いのかもしれません。 大丈夫です。農薬や食品添加物等についてはほぼ、問題がありません。たとえばトランス脂肪酸が気になるとしても、バランスのよい食事をし、菓子や菓子パンを毎日食べる、というような偏食はしない、という「常識」で十分です。 特定の食品の良し悪しにはこだわらず、野菜やくだものたっぷりのバランスの良い食事をすることで、がんや心臓疾患等のリスクが大きく下がる、という科学的根拠があります。 おそらく、消費者が踊らされない要因は、これらがいくつも組み合わされた複合的なものでしょう。 いずれにせよ、惑わされないリテラシーが大事です。この点で、消費者は少しずつ成長しているのではないか、と思いたい。 今回の騒動を受けて食品企業等をかなり取材しました。私から見れば名誉毀損ものの酷いことを書かれたメーカーが「自分たちもまだ努力が足りないことを思い知った。これからさらに努力したい」と言い、「記事に書かれているような中国の問題が、我が社の取引工場で起きていないか再点検して、ないことを確認した」という商社もありました。 日本企業の多くも、そして、中国の生産者や加工業者の多くも、頑張っています。まつなが・わき 科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

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    石破茂まで乗っかったキラーコンテンツ「安倍叩き理論」

    野党やマスコミは「忖度」という言葉に政権批判の足掛かりを見いだそうとする。特にマスコミで目立つのは、朝日新聞、毎日新聞と関係が深い媒体だろう。 事実はどうでもいい。そこに「忖度」という言葉をめぐる狂騒が生まれれば、取りあえず「勝ち」である。 例えば、テレビ朝日のニュースではテロップに「忖度道路」という言葉が使われていた。この種のイメージ報道により、いかにも「忖度」があったかのような印象を視聴者にもたらすだろう。山口県下関市と北九州市を隔てる関門海峡(ゲッティイメージズ) では、実際に、国直轄の調査に引き上げたことに対して、塚田氏が本当に影響力を行使し、またそれが「忖度」だったのか。そもそも、「忖度」したからといってそれがどうして問題なのか、一切不問である。「政権批判」という傾きで、ひたすらイメージが優先されている。野党もマスコミも「忖度」優先 ところが、テレビ朝日のニュースをよく見ると、野党議員も道路建設の取り組みを加速すべきだとの質問趣旨書が出ていたという内容だった。実は、この下関北九州道路は、与野党問わずに地元の政治家や経済団体などが念願していたものだった。その要望書もインターネットで読むことができる。 まさか、野党や地元経済団体などもこぞって、安倍首相や麻生氏の政治的利益を実現するために、この下関北九州道路の推進を求めていたわけではないだろう。それに、地元自治体の調査に対して国費が出ていることが、何か法的に問題なのだろうか。 そのような事実の提起はどこからも行われていない。単に、塚田氏が「忖度」という言葉を唱えたからにすぎない。 もちろん、これは「疑惑」扱いなので、国会でまたもや時間が浪費されることになるだろう。そこでひょっとしたら何か「粗雑な話X(エックス)」というものが出てきたり、「官僚の落ち度Y(ワイ)」や、ユニークな政権批判をする「関係者Z(ゼット)」が出てくるかもしれない。ワイドショーなどのメディアもそれが「利益=視聴率」などに結び付く限り、放送し続けるだろう。 そして、野党はまともな政権奪取の政策もないので、批判のための批判を展開するかもしれない。もし、このように展開すれば、本当に愚かなことだ。 以前から指摘しているが、日本のマスコミが特に安倍政権批判として利用しているのが、「悪魔理論」の応用である。これは経済学者でハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ジェンセン教授が提唱した「ニュースの経済学」に基づく理論だ。 マスコミもその受け手側もともに、ニュースを情報獲得よりも、一種の娯楽消費ととらえている。娯楽には「わかりやすさ」が何よりも重要になる。「悪魔理論」は、社会的事件を善(天使)と悪(悪魔)の二項対立に分けて、ニュースを消費しやすくしてしまう。特に、政府は悪に認定されることが一般的である。記者会見で謝罪する塚田一郎国交副大臣=2019年4月5日 このような善悪の二項対立的な状況は、安倍政権が長期化する中で、マスコミの常套(じょうとう)手段として使われている。新元号の「令和(れいわ)」が発表された際、安倍首相の「成果」を否定するために、反安倍系のマスコミや識者たちがその落ち度を探すのに必死だったことは記憶に新しい。石破氏も乗っかる「悪魔理論」 その象徴が、自民党の石破茂元幹事長の「違和感がある。『令』の字の意味を国民が納得してもらえるよう説明する努力をすべきだ」という発言や、朝日新聞の「国民生活を最優先したものとは言い難い」とした社説だろう。 批判的精神はもちろんいいことだ。だが、その批判的精神も、最近では安倍批判ありきの「アベガー」ばかりだ。いかにも悪魔理論に安易に乗っかった現象とはいえないか。 筆者は、今回の塚田「忖度」発言が、またモリカケ的な話にならないことを願っている。単に政治資源の大きな無駄だからだ。 影響はそれだけに留まらない。今の日本経済は長期停滞からの回復期にある。本当に回復するかどうか、最近の経済情勢に加えて、10月実施予定の消費増税の行方に大きく左右される。 だが、長期停滞から脱出するのであれば、有効な手段となるのが、長期に策定したインフラ投資である。補正予算などの一時的な財政出動よりも、長期間の公的支出の方が停滞脱出に効果があることは、教科書的な常識だ。 実際に、中央大の浅田統一郎教授は「名目国民所得の動きは政府支出の合計の動きと非常にパラレルである。すなわち、政府支出が国民所得にプラスの影響を及ぼすというケインズの『乗数理論』がそれなりに機能している」と以前から主張している。政府支出の拡大と名目国民所得の拡大が一致しているのならば、当然に前者を持続的に拡大することは長期停滞からの脱出に有効である。それには、もちろん日本銀行の金融緩和政策が大前提となる。松江市で街頭演説する自民党の石破元幹事長=2019年4月4日 インフラ投資である下関北九州道路が地元経済への影響、災害時のバイパスとしての利用価値など、多基準による判断で今後検討されるべきだと思う。だが、それが冷静に認められる環境になるのかどうか。モリカケの狂騒を繰り返さないことを望みたい。■ 「加計ありき」で発狂するワイドショーの安倍叩きがヒドすぎる■ 石破茂さん、菅野完のインタビューまで受けてどうする■ 加計理事長にも「悪魔の証明」を求める愚劣な論調

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    「橋下政治」を終わらせてはいけない理由はこれだけある

    度「ノー」を突き付けた大阪市民も万博決定で賛成派が多数になってきているように見える。最近の世論調査(朝日新聞、4月1日付)をみても「賛成」(43%)が「反対」(36%)を上回っている。 大阪府市ではこの4年間、都市ビジョンが見えないとされた前回の反省を踏まえ「副首都ビジョン」を練ってきたはずだ。単なる都区改革ではなく、大阪を副首都にふさわしい風格ある大都市に育てていくための「都構想」であるという都市政策の視点から有権者に広く説明していくことが大事だ。東京都庁舎=2018年7月、東京・新宿区 最近、政府は安倍政権の長期化で弛んでいる。モリカケ問題、自衛隊の日報隠し、統計不正と目を覆いたくなるような事件が相次ぐ。日本の官僚機構そのものが肥大化し過ぎ、弛みが生まれ、官僚のムラ社会を政治がコントロールできていない。 これを変えるには、日本官僚制の組織規模の適正化を図ることが不可欠だ。東京一極集中是正のため、大阪都構想を実現し、大阪を副首都にする。そこに首都機能の3分の1を移す。併せて日本を47都道府県制から約10州への統治改革を進め、各州が内政の拠点になるよう大胆に分権化し、中央省庁はスリム化する。 日本の行政を「賢く、簡素で効率的な統治の仕組みに変える」その改革の先陣を切るのが大阪都構想だ。「改革なき政治」風土を一掃し、人口減時代にふさわしい新たな国のかたちをつくっていく。今回の大阪クロス選はそうした大きく深い意味を持っている。有権者の賢い選択に期待したい。■ 「橋下徹のしょぼい提案」をスケールのでかい構想に変える秘策がある■ 「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ■ 大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし

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    地方議員のなり手不足問題の解決策 いっそ「議会廃止」を

    数の割合は、都道府県議選が21.9%で過去最高となり、町村議選が21.8%で過去2番目に高かった。 朝日新聞(2月18日付)のアンケートでは、全国の都道府県・市区町村1788議会のうち、議員のなり手不足が「課題」と答えた議会は38%の678議会に上った。また、日本経済新聞(1月28日付)は、過疎化や高齢化に直面する小規模自治体の議会選挙では立候補者が定数に届かない定数割れが頻発し、補選でも立候補者がゼロという事態が出始めた、と報じている。 このため、無投票や定数割れを避けようと、定数を減らす動きや議員報酬を増やす動きが出ている。さらに、自治体との請負契約がある企業役員との兼業や公務員との兼職を禁じる地方自治法の規定が立候補を阻む一因として、緩和を求める声が高まっているという。評論家の大前研一氏=2018年11月 だが、この問題はゼロベースで考えるべきである。すなわち、なり手不足の問題以前に「そもそも地方議会は必要なのか?」と問うべきだと思うのだ。 私が本連載や著書『君は憲法第8章を読んだか』(小学館)などで何度も指摘してきたように、日本の場合、地方議会にはたいした役割がない。普通、議会は法律を作るところだが、日本の地方議会は法律を作れない。憲法第8章「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」(第94条)により、国が定めた法律の範囲内で、地域の問題や実情に沿った「条例」を作ることしかできないのだ。つまり、立法府ではなく「条例府」なのである。首長と役人がいればいい そういう極めて限られた裁量権しかないのだから、その仕事はさほど意味がないし、面白くもない。だから過去に地方自治体で議会と行政府が対立したケースは、首長の失言、不倫、パワハラ、セクハラ、不適切な公用車の利用や飲食費などの支出といった低俗な問題ばかりで、条例の立案や制定でもめたという話は寡聞にして知らない。 結局、地方議会で議論されている問題の多くは、土木、建設、電気工事などをはじめとする公共事業に関するもので、平たく言えば、そこに予算をいくらつけるか、ということである。このため、多くの議員がその利権にまみれることになり、行政府の職員は、そういう議員たちの“急所”を握って利権を配分している。自分たちの仕事や首長が提案する予算案、条例案にいちゃもんをつけさせないためである。 その結果、議会は行政府の意向通りに運営され、どこの地方自治体でも議員提案の条例案は極めて少なく、その一方で首長提案の議案はほとんどすべて原案通り可決されている。 つまり、地方自治体は事実上、首長と役人が運営しているわけで、地方議会は政策提案機能はもとより、行政府に対するチェック機能さえ持ち合わせていないのだ。そんな地方議会は文字通り“無用の長物”であり、税金の無駄以外の何物でもない。百歩譲って都道府県議会は残すとしても、市区町村議会は原則廃止すべきである。 地方議会に代わる仕組みを作るとすれば、住民代表によるオンブズマン(行政監察官)機関だ。地方自治体は首長と役人がいれば運営できるわけだから、行政府がきちんと仕事をしているかどうか、“悪さ”をしていないかどうかを第三者が監視する機能さえあればよいのである。そのメンバーは、裁判員制度のように住民がランダム抽選の輪番制・日当制で務めればよい。希望者を募ると、手を挙げるのは利権絡みの人間ばかりになってしまうからだ。 総務省の研究会も昨年、よく似た新たな地方議会制度の仕組みを提言している。少数の専業議員と裁判員のように無作為で選ばれた住民で構成する「集中専門型議会」というもので、そのほかに兼業・兼職議員中心の「多数参画型議会」と現行制度の三つから選択可能にする。現行制度を維持するか、新制度のいずれを選ぶかは自治体の判断に委ね、条例で定めるようにするという内容だ。しかし、この提言が実現したとしても、地方議員が自分たちの“失業”につながる「集中専門型議会」の選択に賛成するはずがないだろう。 本来、私が提唱している道州制であれば、それぞれの道州に立法権があるから、地方に根ざした問題への対応策は独自の法律を作って自分たちで決めることができる。各地方が中央集権の軛から脱し、世界中から人、企業、カネ、情報を呼び込んで繁栄するための仕掛けを作ることも可能になる。4月の統一地方選で無投票や定員割れが起きた地方自治体は、改めて議会の存在意義を問うべきである。関連記事■地方議員 年間の実働時間が100時間を切る議員も珍しくない■議会で座るだけの地方議員 控室でブログ更新等の「政治活動」■東京都議は年収1525万円 地方議員の報酬は浮世離れの高水準■無投票当選が2割超 地方議員は就職活動がかなりラクな職業■新元号はもう決まっている! 立入禁止の秘密司令部に保管か

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    朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない

    山岡鉄秀(AJCN代表) 2018年、私はケント・ギルバートさんとともに朝日新聞を追及し、その結果を『朝日新聞との対決全記録』という一冊の本にまとめた。 われわれが当初追及したのは、朝日新聞が英語版でひそかに続ける「慰安婦強制連行プロパガンダ」だった。2014年8月、朝日は吉田清治証言に基づく「虚報」を撤回して謝罪した。ところが、iRONNAでも指摘したように、英語版では「強制連行と性奴隷化」を想起させる表現を使い続けていたからだ。(Comfort women, who were forced to provide sex to Japanese soldiers before and during World War II. 第二次世界大戦前と最中、日本兵に性行為を強要された慰安婦) 朝日新聞はわれわれの問いかけに対し、「慰安婦とされた女性の訴えは人によって、あるいは時期や場所、戦況によって大きなばらつきがあり、個々の状況全体を総合して具体的に説明するのは困難です」と回答した。「慰安婦の多様性」を認めながらも、前述の画一的な表現を改めることは拒否したのである。 その後、同様の表現を使用していた英字紙ジャパン・タイムズが編集方針を改め、そのような表現を今後は使用しないと宣言した。しかし、朝日新聞はわれわれとの交信で自己矛盾を露呈しながらも、方針変更についてはかたくなに拒否した。 そんな朝日新聞は、まるでウルトラセブンに追い詰められ、隠密行動を放棄した宇宙人が巨大化して街を破壊するような行為に打って出てきた。いよいよその暴力性を隠す気も無くしたようだ。最新の例を二つ挙げよう。 韓国が慰安婦に関する日韓合意を事実上破棄したことを受けて、朝日新聞は「慰安婦財団、残したものは」という記事を掲載した。これは日韓合意を受けて韓国側が設立した「和解・癒やし財団」の活動を振り返る記事だが、慰安婦に関する説明が添えられている。そこには次のような記述がある。 戦時中、日本軍の関与の下でつくられた慰安所で、朝鮮半島出身の女性が将兵の性の相手を強いられた。(筆者注:強いられた=forced to provide sex)「慰安婦財団、残したものは」2019.01.28 朝日新聞東京本社版朝刊 6ページ われわれの追及の過程で、朝日新聞が虚報を撤回したことを認めた記事を、利用者が特定のウェブページを訪問することを防ぐようにする「メタタグ」などを使用して検索できないようにしていたことが発覚した。朝日新聞は慰安婦問題に関してはもはや逃げ隠れせず、日本語の世界でも「強制性」を事実として流布することを決めたようである。どんなことをしてでも、日本と日本人を貶(おとし)めたい朝日新聞の執念が感じ取れる。朝日新聞東京本社ビル=2018年10月(宮崎瑞穂撮影) しかし、日本語版では無難な記事を書きながら、英語版で徹底的に日本を貶めるという、朝日新聞の作戦は終了していない。先般閣議決定された、いわゆる「アイヌ新法案」をめぐる記事の日本語版と英語版の齟齬(そご)には驚きを禁じ得なかった。日本語と英語「凄まじい違い」 ここで、2019年2月18日に朝日新聞デジタルで配信された日本語記事を紹介する。先住民族の明記評価 自治体「格差」懸念もアイヌ新法案 閣議決定 国のアイヌ政策の基本となるアイヌ新法案が15日、閣議決定された。アイヌ民族を「先住民族」と明記し、差別禁止やアイヌ文化にかかわる特例措置などを盛り込んだ。法案を評価する声が聞かれる一方、自治体により「格差」が生じると心配する声もある。政府は今国会の成立を目指す。 次に英語版を見てみよう。英語表記と和訳を併記する。こちらは一足早く2月6日に配信されている。Bill finally recognizes Ainu as indigenous people of Japan(法案はついにアイヌを日本の先住民だと認める)After more than a century of forced assimilation and discrimination that nearly blotted out their culture, the Ainu are finally to be recognized as indigenous under legislation to be submitted to the ordinary Diet session. (アイヌの文化をほぼ壊滅させた1世紀以上にも及ぶ強制的な同化政策と差別の果てに、ついにアイヌ民族を法的に先住民族と認める法案が通常国会に提出される) このすさまじい違いは何を意味するか。 この表現では、日本政府が今回の「アイヌ新法」でアイヌを先住民と正式に認めることが、「アイヌ侵略史観」まで公式に認めたと受け取られかねない。「そんなつもりはない」と日本政府が言っても、明確に説明(立論)しなければ、自動的にそうなる。これに朝日新聞が食らいつかないはずがない。それが前述の英語記事につながるわけだ。 日本政府は、アイヌを正式に先住民と認め、さらに手厚く支援することで国際社会の心証が良くなることを期待しているのだろうか。ひょっとしたら、人気漫画『ゴールデンカムイ』のイメージを利用して観光資源になることまで考えているのかもしれない。 2018年12月末、いつの間にか「アイヌ担当大臣」という新たなポストが設置され、公明党の石井啓一国土交通相が指名されたことを知らない人も多いだろう。そして2020年4月には北海道白老町の8600平方メートルの敷地に国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園がオープンする予定だ。このように、東京五輪に合わせて海外向けの情報発信が急ピッチで進んでいることもあまり知られていない。2018年12月、北海道庁赤れんが庁舎の外壁に浮かび上がる、アイヌ文化を紹介する「プロジェクションマッピング」 日本政府は、この政策によって「南京大虐殺」「慰安婦強制連行」「徴用工」などに続いて、「アイヌ侵略」が日本政府公認の歴史的犯罪として世界に拡散される危険性を理解していない。慰安婦に関する日韓合意によって、「慰安婦性奴隷説」は世界で定着した。今後、前述の朝日のような「日本人の犯罪としてのアイヌ侵略」を強調する英語記事が世界中にますますあふれてしまえば、日本人は永遠に税金を使って償い続けることを余儀なくされるだろう。 政府は慰安婦問題で、あれほど日本の名誉を貶められ、国益を損ねながら、またもや進んで情報戦の餌食になってしまった。ここぞとばかり牙をむく朝日新聞の高笑いが聞こえてきそうである。■「慰安婦は誰が強制したのか」曖昧な英文記事、朝日のヘリクツ■慰安婦を「ゲスな演出」でアピールする韓国に反論してもムダである■慰安婦問題で韓国に「無条件降伏」し続ける外務省のホームページ

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    女子ゴルフ放映権、ネット中継は露骨な「性表現」を助長しかねない

    46年創刊の日刊スポーツによる強い後押しがあったという。 男子の高校野球や社会人野球、プロ野球は既に朝日新聞や毎日新聞、読売新聞といった全国紙と強く結びついていて、戦後の新興勢力であるスポーツ新聞が新たに入り込める余地は小さい。そこで日刊スポーツは、戦前のアマチュアリズムを尊ぶ日本的野球道ではなく、明るく華やかなショービジネスとしての野球を意識した宣伝方法で女子プロ野球を盛り立てたのである。 1950年に日本女子野球連盟が結成され、加盟4球団によって記念試合が行われた。だが、ライバルスポーツ紙は女子野球を露骨に皮肉り、多くの新聞や雑誌も見せ物的な興味に基づいて、これを取り上げたという。 新聞と雑誌は、一斉にこの女子プロ野球最初の公式試合を報じたが、その取り上げ方は大きく二つに分かれた。一つはまともな女性のスポーツとして、まじめな女性の職業として、女子プロ野球を真剣に論じ育成しようという態度であり、他方は、女子野球はしょせん「腕より顔」であり、「お色気六分技量四分」の見せ物であるとする見方である。(土屋礼子「創刊期のスポーツ紙と野球イベント ―女子プロ野球と映画人野球」『戦後日本のメディア・イベント 1945-1960年』世界思想社、2002年) 女子プロ野球を「健全なスポーツ」として育成するのか、あるいは見せ物的な視線を甘受し、「華やかなショービジネス」として展開するのかという基本路線の違いは、選手や球団の間に不協和音をもたらした。結果的に、日刊スポーツによる手厚い支援にもかかわらず、女子プロ野球は2年足らずの短命に終わった。 このことを踏まえて、女子プロゴルフに話を戻そう。健全なスポーツとしての魅力と、ショー的見せ物としての魅力は、必ずしも良い意味ではなく、今日の女子プロゴルフにも併存している。 というのも、中高年男性向けの総合週刊誌には、女子プロゴルフ選手に関して、露骨な性的表現を含むセクシズム(性差別)やルッキズム(外見至上主義)がはびこっていて、一部のネットメディアもこれに同調しているからだ。むろん、テレビの情報番組やバラエティー番組においても、雑誌ほど露骨ではないにせよ、女子プロゴルフの扱いに対して、こうした視線が潜んでいることが珍しくない。2019年3月2日、女子プロゴルフツアー開幕イベントに参加した日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長 仮に、LPGAが放映権を一括管理し、有料動画配信を行う業者に販売することになったとしたら、こうした現況にどのような変化が生じるだろうか。テレビだからこそ抑制されていたセクシズムやルッキズムを、図らずも助長することにはならないだろうか。 逆にLPGAが主導権を握ることによって、プロスポーツとしての魅力をさらに高めることに寄与できるだろうか。こうした点も視野に入れて、建設的な議論を望みたい。■松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感■プロアマ騒動、片山晋呉も悪いがそれだけじゃない■日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる

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    「菅長官vs望月記者」バトルの波紋

    東京新聞の望月衣塑子記者と菅義偉官房長官のバトルが続いている。度重なる官邸側からの申し入れにも「報道の自由の侵害だ」と真っ向から反発する。そんな彼女を支える勢力の中には、これを倒閣運動の足掛かりにしたいとの思惑もアリアリだ。それだけに話はややこしくなるばかりである。

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    安倍首相 メディア幹部と積極会食し巧妙に操縦、その参加者

    ルフはそのための踏み絵でもある。「敵」と見なされれば最初から排除される。大手新聞社の経営トップでは、朝日新聞の社長は2013年7月に首相と1回会食しただけで、その後は動静には一切登場しない。関連記事■ 政官財マスコミ 華麗なる安倍人脈大図解■ 進次郎氏の嫁探し 条件の一つは「昭恵さん的な発言をしない」■ 昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■ 安倍首相お友達人脈格付け サシの食事→ゴルフ→焼きそば■ 安倍首相の「悪だくみ人脈」 始まりは昭恵さんだった

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    トランプにノーベル平和賞、安倍首相は「世界の笑い者」と言えるか

    されたことがある。「かつて祖父が推薦された」という意味で、推薦のハードルも下がったのかもしれない。 朝日新聞が社説で「外交辞令では済まされぬ、露骨なお追従」と批判しようとも、野党が「(推薦が)世界の笑い者」とバカにしても、北朝鮮が核ミサイル開発を断念し、拉致問題を解決すれば、「こういう結果を見越して私は推薦した」と胸を張って言うだろう。また、相変わらず北朝鮮が核ミサイル開発を続け、拉致問題が解決せずに、米朝首脳会談がパフォーマンスに終われば、ダンマリを決め込めばいいだけの話である。2018年4月、米フロリダ州パームビーチでの首脳会談前にトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍首相(共同) 「政治は結果責任」とは言うものの、「推薦」という結果責任を問われない行為は、内外に課題が山積している安倍首相にとっては、些末(さまつ)な出来事かもしれない。しかし、内外の課題に対応し、トランプ氏へのノーベル平和賞推薦が些末な出来事だと国民から評価されるような政治に邁進(まいしん)できるのか。 郷里の長州藩士、桂太郎を超える憲政史上最長の通算首相在任日数のカウントダウンが始まり、来年の東京五輪・パラリンピックも控える中、最大の「落とし穴」は7月に予定されている参議院選挙だ。今回の推薦は、トランプ氏のパフォーマンスが自らの支持率に響かないように、と水面下で行っていた可能性が高い。安倍首相にとってはバラされたくなかった事実かもしれないが、それでも野党やマスコミの批判など「痛くもかゆくもない」と高をくくっているに違いない。(一部敬称略)■ 安倍三選に支配された自民党の空気が「悪しき記憶」と重なる■ 「反トランプ」のうねりはなぜ起こらなかったのか■ 政治利用される「ノーベル平和賞」 憲法9条は道具に過ぎない

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    江田憲司手記「普天間秘録」

    「普天間返還の原点、その真実を書き記すことが私の使命と考えた」。1996年、沖縄・普天間飛行場の返還をめぐり日米両政府が合意し、今に続く基地問題はここから始まった。当時、橋本龍太郎元首相の秘書官だった江田憲司衆院議員がiRONNAに独占手記を寄せた。普天間秘録。初めて明かされる「23年目の真実」とは。

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    「昭和天皇は慰安婦戦犯」韓国の理屈に加勢した朝日とあの政治家

    言ってもいいという韓国の政治家の甘えが直らないのだ。 そもそも、昭和天皇が戦争犯罪人だという主張は、朝日新聞の元記者、松井やより氏らが主催した平成12年の「女性国際戦犯法廷」なる政治劇で、昭和天皇を有罪にしたところから発している。同「法廷」は「日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷」という名称で呼ばれ、昭和天皇を性奴隷制の責任者として「有罪」と宣告した。酒井信彦東大元教授によると、賛同人には福島瑞穂、辻元清美の2人の現職国会議員も名を連ねていたという。検事役には韓国から現在のソウル市長である朴元淳(パク・ウォンスン)氏や、北朝鮮の工作機関である統一戦線部に所属する黄虎男(ファン・ホナム)氏が参加している。江陵オリンピックパーク近くの鏡浦湖のほとりにたたずむ 慰安婦像= 2018年2月14日、韓国・江陵(桑村朋撮影) 同裁判については日本では朝日新聞だけが大々的に報じた。つまり、韓国からすると昭和天皇が慰安婦に対する戦犯だという説は、朝日新聞と野党議員らが日本国内から国際社会に発信したものだから、日本から抗議を受ける筋合いはないと弁解できるのだ。 日本の両議員は、昭和天皇を慰安婦戦犯だと認識しているのかどうか答える義務がある。■慰安婦を「ゲスな演出」でアピールする韓国に反論してもムダである■トランプに抱き着いた「元慰安婦」李容洙の正体■「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    「外務省は韓国に毅然と対応せよ」日本はこのままで大丈夫か?

    話」などで非を認め、韓国を甘やかし、教育的指導を怠ってきたから起こった事案だ。発端は吉田清治であり、朝日新聞であり、河野洋平だ。すべて日本側なのだ。それを長年放置して、ツケを大きくしたのは日本政府である。朝日新聞東京本社=2017年2月、東京・築地(本社チャーターヘリから、桐原正道撮影) 今さら韓国人に「条約に反している!」と上段から訴えても、条約の解釈論に発展し、事を複雑にするだけだ。今はああだこうだと反論する前に、強い怒りを行動に移さなくては何も始まらない。韓国の反応を窺う必要はない。それでは困るとアメリカが言うなら、アメリカが韓国に出向いたらいい。朝日新聞で慰安婦問題の誤報を流し、日本に大きな損害を与えた元朝日新聞の植村隆記者が「日韓国民の不信感解消がカギ、日本政府は韓国市民団体と対話を」などと言っている。 何を言っているのかコイツは? 自分の記事が元でこういう事態に進展しているのに、無責任にコメントする気が知れない。韓国政府がそれなりに機能していた頃でも対話ができていなかったというのに、現在の状況でどうすれば日本政府がまともに話ができると言うのか? 関わるだけでも時間の無駄で、強請られるのがオチだ!クリス・みやけ 1952(昭和27)年、鳥取県境港市で生まれる。アメリカ生まれ(帰米2世)で柔道家の父親のもとで育つ。1963年、アメリカ・ロサンゼルスへ渡る。在米期間、通算40年。日米で俳優活動を行ったのち、整体ビジネスを経営。北米日台同盟会長、「LA・日本をよみがえらせる会」代表。グレンデール慰安婦像設置を反対し、国際政治学者・藤井厳喜氏と共に慰安婦像設置を阻止した。海外から日本に向けて発信するオピニオン・リーダーの一人。■ 「スパイ天国」日本を狙う中朝工作員の恐るべき活動■ 世界の常識を知らない日本人に「移民侵略」は防げない■ 沖縄伝統行事の無知でバレた基地反対活動家たちの本性

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    北方領土「日本固有」となぜ言えないのか

    北方四島はわが国固有の領土である。にもかかわらず、最近の安倍首相は「不法占拠」された事実を意図的に封印し、ロシア側に一方的に配慮する。交渉事とはいえ、ロシアの言い分を丸呑みして大丈夫なのか。小バカにしながら、ほくそ笑むプーチンの顔が目に浮かびそうである。

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    大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

    するだろう。なぜならば、このツイートを見て私の胸によみがえるのは昨年1年間、ケント・ギルバートさんと朝日新聞を追及している際に何度も味わった「ほの暗い絶望感」があったからだ。 ケントさんと私は、イデオロギーを横に置き、純粋に朝日新聞の「自己矛盾」を追及した。歴史認識を巡る議論ではなく、朝日新聞自身の一貫性のなさ、すなわち「欺瞞(ぎまん)性」を事実に基づき、理論的にとことん追及した。 朝日新聞の社員であれば、世間一般では「エリート」「インテリ」で通って来た。高学歴なのも当然である。朝日との「顕著な共通性」 しかし、8度に及ぶ書簡交換で送られてきた朝日新聞の回答は、われわれに衝撃を与えた。ケントさんは「慇懃(いんぎん)無礼」だと怒ったが、むしろ私は「内容の空虚さ、論理的整合性の欠如」に愕然(がくぜん)とした。 どれほど論理破綻しても、それを認めず、何が何でも自分たちの偏狭なイデオロギーにしがみ付く。その結果、まともな回答もできなくなり、ついにはとてもプロが書いたとは思えない文章を平気で返してきた。朝日の回答は、まさに「証拠? ねーよ、そんなもん」の世界に満ちていたのである。 彼らは「何かが壊れている」と感じた。朝日新聞追及の顛末をまとめたケントさんとの共著『日本を貶め続ける朝日新聞との対決 全記録』(飛鳥新社)にも書いたが、確かに朝日新聞にはマルクス主義的な「反日活動家メンタリティ」という伝統がいまだに宿っており、特異な精神構造を維持している。しかし長年、日本を離れていた私は朝日新聞の異常性と並行して「現代日本における高学歴エリート・インテリ層の劣化と瓦解(がかい)」が急速に進行しているのではないか、という気がしてならなかった。 だから、朝日新聞の回答書簡を読むたびに、私は「日本という国は壊れかけているのではないか。それは戦後のいびつな教育に起因しているのではないか」との思いを徐々に抱くようになった。それは、不誠実な朝日新聞への憤りとは別に、漠然とした不安と焦燥感、そして「ほの暗い絶望感」とでも形容すべき感情である。 潮田氏のツイートを見た瞬間、その忘れかけていた「ほの暗い絶望感」がよみがえってきた。笑う気にも怒る気にも、なれなかった。 そしてもう一つ、朝日新聞との顕著な共通性が見て取れる。自己の思想信条から意識的に距離を置くことができず、強引な「結び付け」を行ってしまうことである。 私が朝日新聞に対して疑念を抱くようになった契機は多々あるが、最大のものはやはり1989年の「サンゴ事件」だ。朝日新聞のカメラマンが自作自演で沖縄・西表島のサンゴに傷を付けて落書きし、その写真と手書き原稿をもとに、企画報道室の記者が書き直し、虚構の新聞記事を書いたとされる捏造事件だ。サンゴ汚したK・Yってだれだ これは一体なんのつもりだろう。(中略)この「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った。(中略)日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。だけどこれは、将来の人たちが見たら、80年代日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の…。にしても、一体「K・Y」ってだれだ。「朝日新聞東京本社版」1989年4月20日付夕刊一面より沖縄・粟国島近海のサンゴ礁(ゲッティイメージズ)  この記事の大きな特徴は、貴重なサンゴに傷をつけて落書きする、という不届きな行為を日本人全体の精神的貧困とすさんだ心に無理やり結び付けているところだ。普段から「日本人を民族として貶めたい」という欲求に駆られていたとしか思えない飛躍ぶりである。われわれの二つの「望み」 件の潮田氏のツイートにも類似した飛躍がある。大坂なおみが米国籍を選択したら、どうして安倍政権が倒れるのだろうか。本人どころか誰にも全く説明できない飛躍であり、「安倍政権を倒したい」という潮田氏の願望に無意識に結びついているとしか思えない。 第三者から見れば、極めて無理な発想なのだが、ご本人にとっては自然なのだろう。なぜ、自身の思想信条から距離を置いて、事実を客観的に捉えられないのか。 しかし、われわれには「望み」がある。二つ例を挙げたい。まずは大坂なおみ、その人が「希望」だ。グランドスラム初優勝を飾った昨年の全米オープンテニスの表彰式で、彼女が取った態度が今も忘れられない。 準優勝のセリーナ・ウィリアムズがプレー中に審判に暴言を吐くなど、試合が終わっても会場は異様な雰囲気に包まれていた。そんなセリーナのかんしゃくで晴れの舞台を台無しにされ、表彰台でセリーナびいきの観客からのブーイングを受けたとき、大坂はとっさにキャップのつばをずり下ろし、涙を隠した。 それでも、彼女は理不尽な扱いに怒ろうともせず、「優勝してどんな気持ちか?」という質問には答えずに「皆がセリーナの応援をしているのは知っていたわ。こんな終わり方になってごめんなさい。私が伝えたいのは『試合を見てくれてありがとう』っていうこと。ありがとう!」と観客に呼びかけた。そして、セリーナに対しても「あなたと試合ができて本当に感謝しています。ありがとう!」と伝えたのである。 私を含む多くのファンが「なぜ君が謝るんだ!」と心の中で憤りながら、同時に彼女の美しい心持ちに感動し、涙がこみ上げて来たのではないだろうか。もちろん、大坂にはこれからもずっと日本を代表して輝かしいキャリアを築いてほしい。 でも「なおみちゃん」がどんな選択をしても、われわれ日本人はずっと日本人の心を宿した彼女を応援し続ける。それが日本人だ。政権とは何の関係もない。潮田氏にはせめて、その事実だけでも気付いてほしい。2019年1月、テニスの全豪オープン女子シングルスで優勝し、笑顔で記者会見する大坂なおみ(共同) もう一つは、教育制度の大きな変化である。「AI(人工知能)時代」を迎えて、大学の在り方も知性の測り方もそうだが、日本の教育制度はようやく変わらざるを得なくなった。マークシートで1点を競い合い、高学歴エリート層を築いてきた無意味な学習から、一日も早く脱却しなくてはならない。 求められるのはAIが代替できない創造力と柔軟な知性だ。日本は今、「失われた30年」を経て、「二流先進国」に脱落する危機にある。それは根本的に、「日本的教育の敗北」を意味する。「壊れかけたインテリ」という戦後教育の残骸を乗り越えて日本を再興するためには、若い知性の育成が何よりも急がれる。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    「男性誌に純潔を求めてどうする」週刊SPA!大炎上のここがヘン

    い。一つは日本のフェミニズム研究の先駆者である上野千鶴子氏の著書『女ぎらい-ニッポンのミソジニー』(朝日新聞出版)である。この著書の中で上野氏は、女性を性的対象としてみる女好きの男性ほど「女ぎらい」であると興味深い主張を展開している。 上野氏は、「女ぎらい」という言葉は、裸やミニスカートといった女性らしさの記号に反応する、女好きな男性の在り様を形容する言葉であると考えているのだ。つまり、無類の女好きな男性は全て「女ぎらい」であり、女性蔑視者であるとする論だ。嫌悪と蔑視が結びつけられた形容詞であると考えてもらえばいいだろう。 これに似た議論を、早稲田大人間科学部の森岡正博教授が男性の立場から、著書『感じない男』(筑摩書房)の中で展開している。森岡氏は、男性たちの多くが、たとえ男性の足であってもそれが女性の足であると聞かされた上で見せられると、その足に対して性的に反応してしまうことを、自身の体験をもとに述べている。 つまり、男性たちの多くは女性そのものに対してではなく、ミニスカートから見える美しい足といった女性を連想させる記号に反応しているということだ。同じことが、ニューハーフバーに通う妻子持ちのサラリーマン男性たちにも言えるだろう。彼らは、生物学上は男性であるニューハーフ女性たちの纏(まと)う女らしさという記号に欲情しているのだ。アニメなど2次元の女性キャラクターに萌えるオタク男性たちも同じだ。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 男性週刊誌がセクシーな女性のグラビアを掲載し、女性の髪形や服装といった記号的部分に着目する形で「ヤレる女」と称した記事を企画・紹介していることからも分かるように、女好きな男性の関心は多くの場合、表面的な女性という記号にあると言える。 かつて男性中心社会の陰に埋没してきた女性たちは、男性と同等の権利を得るために必死に努力してきた。男女雇用均等法以降、男性と肩を並べて競争する生き方が女性たちにとっていかに難しかったことか。妊娠や出産を機に男性と同じような長時間労働が困難になった女性たちの多くは思っただろう。均等法は依然、男性に有利な競争原理だ、と。 そして、女性たちは男性が思う以上に、男性のことを「エロ目線」ではなく、もっと深い視点でしっかりと見ている。どうしたら男性と対等な立場に立って生きていけるのか、そもそも男性はなぜ自発的に変わろうとしないのか。きっと、記事に抗議した女子大生たちの中にはこのように考える者が多数いるだろう。 女性は男性のことをどう思っているのか、軽い気持ちで知ってみたい方は、尾崎衣良(いら)氏の漫画『深夜のダメ恋図鑑』(小学館)をぜひとも読んでいただきたい。男性がいかに弱く、不完全で、自発的に変わろうとしない言い訳ばかりする生き物であるかが分かるだろう。しかし、従来の男性の役割から自己解放を果たし、女性と手を取り合って新たな人生を歩もうと努力する男性も多くいることを併せて言っておきたい。■なぜ「ヤリサー」は消えないのか オンナを性の道具と見下す男の心理■コンビニの成人向け雑誌を利用する堺市の「人権」パフォーマンス■「LGBTなんて言葉なくなればいい」元女子高生の僕が伝えたいこと

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    韓国の「旭日旗」批判は歪んだ対日戦勝史観の産物でしかない

    人にとって先祖の行いを批判・侮辱する行為■ 韓国で反日扇動にうんざりする若い世代が出現中■ 「天皇は朝日新聞の愛読者」と書く韓国メディアの意図

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    百田尚樹『日本国紀』をコンナヒトタチに批判されたくない

    本人は歓迎できないのであろうか。呉座勇一さん=2018年3月14日、京都市西京区(寺口純平撮影)  朝日新聞では12月4日より毎週火曜に、冒頭で挙げた『応仁の乱』の著者でもある呉座勇一氏による「呉座勇一の歴史家雑記」で『日本国紀』批評が展開されている。その初回では「さぞかし過激な内容だろうと予想していた私は正直、拍子抜けした」とあるが、はて一体どのような内容を「予想」したのであろうか。監修者の意見が通った部分 百田氏は12月18日発売の『FLASH』でも述べている通り、「日本人が自分の国や祖先に誇りを持てる歴史書」を書こうとしたのであって、別に過激な(特異な?)歴史観で衆目を集めようとしているわけではない。12月11日付でも呉座氏は「私の見る限り、古代・中世史に関しては作家の井沢元彦氏の著作に多くを負っている」と指摘するが、すでに校正段階で筆者もその件で百田氏に直接尋ねたところである。自らの知見に基づいて部分的に井沢説を採りつつ論を展開するのは、百田氏の著作である以上自由であろう。 「学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめてほしい」とのことだが、戦前日本が他国を一方的に侵略していたかのように断ずるかつての「学界の通説」がいかに実情を無視したものであるか。あるいは呉座氏の主張と違うところが多い、戦前の「学界の通説」についてはどう捉えているのか。 『日本国紀』は百田史観が色濃く出ている一方で、表記や語法のミスなど以外でも、監修者の具申が受け入れられた個所も多い。例えば織田信長については、初稿では「今でいう無神論者に近い」となっていた。これは例えば、メディアでも人気の歴史学者である本郷和人氏の近刊『東大教授がおしえるやばい日本史』(監修)『戦国武将の精神分析』(対談)でも描かれている歴史観なので、少なくとも学者からも袋叩きに遭うことはない。 しかし、筆者は自らの史料調査や寺社取材により、信長が無神論者どころか神仏を篤(あつ)く崇敬し、天皇を支える勤皇の武将であったと相応の根拠をもって確信している。「革命児」「無神論者」「天皇や将軍を蔑(ないがし)ろにした」と評価されるようになったのは戦後のことであり、この点筆者も呉座氏の「日本人の歴史観は歴史学界での議論ではなく有名作家による歴史本によって形成されてきた」(12月18日付朝日新聞)という主張に同意である。 とりあえず伊勢の神宮はじめ、さまざまな神社仏閣を復興したことなどを具体的に指摘したところ、発刊時には修正されていた。要するに、歴史学者諸氏が指摘したいような論点のうち主要なものは、すでに校正段階において監修者との間で議論が行われ、また著者の頭の中でもさまざまに検討されてきたということである。筆者自身、「諸説の存在を分かったうえでお書きとは思いますが…」と前置きしながら種々の指摘を行ったものである。 「百田氏は知らないだろうから教えてあげよう」という類いの論評の多くが、これまでに蓄積された膨大な教養を駆使して歴史を叙述する百田氏への真摯な忠告ではなく、『日本国紀』50万部の読者を利用した自己アピールに見えてしまうのは筆者だけであろうか。講演する百田尚樹氏=2018年3月2日、大阪市中央区の松下IMPホール(永田直也撮影) ともかく『日本国紀』とは、著者―編集者―監修者の間でかなりの議論を経て生み出されたのである。各分野の研究史を踏まえた歴史のプロである監修者の指摘を受け入れず、百田史観を貫いた部分については、読者も百田氏のそれなりのこだわりを感じて読むことになろう。「学界の通説」にかなっているか否かの判断だけでなく、こうした歴史書の著者が掲げた問題意識や仮説に応えられているかを自省できる歴史学界であってほしいと、学界の末席から願う次第である。■ 【百田尚樹独占手記】私を「差別扇動者」とレッテル貼りした人たちへ■ 百田氏の講演中止問題で剥がれ落ちた「護憲リベラル派」の化けの皮■ 百田尚樹に嫌われる私でも、一橋大「講演中止」の判断は残念に思う

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    箱根駅伝「完全生中継」から見えてくる日テレの功罪

    ーする「東京奠都(てんと)記念東海道五十三次駅伝徒歩競争」が開催されたのが、駅伝の始まりとされる。 朝日新聞社が主催する「全国高等学校野球選手権大会」、いわゆる「夏の甲子園」の前身にあたる「全国中等学校優勝野球大会」が初めて開かれたのが1915年のことだ。このような大会を新聞社が主導してきたのは日本独特のことであり、各社が新聞読者を獲得するための事業戦略のせめぎ合いから、箱根駅伝は生まれたとも言える。 そして戦時下、言論統制を目的とする新聞統合(一県一紙制度)によって報知新聞社と読売新聞社が合併し、箱根駅伝は戦後、読売新聞社が関東学生陸上競技連盟と共催する事業として発展することになる。 それに対して、日本テレビによる完全生中継が始まったのは1987年のことであり、実は全国的な注目を集めるようになってから30年余りに過ぎないのである。第63回箱根駅伝=1987年1月2日 箱根駅伝は戦後まで、ラジオで中継を聞くこともできなかった。NHKがラジオ放送に乗り出したのは1953年1月のことだが、現在は文化放送とアール・エフ・ラジオ日本もラジオ中継を行っている。 1979年から1986年までは、テレビ東京(1981年まで東京12チャンネル)がダイジェスト番組を放送し、最終10区のみを生中継していた。NHKは年末年始恒例の中継番組が立て込んでいたので、放送機材を箱根駅伝のために集めるのが難しかった上に、箱根駅伝そのものが関東のローカル大会であったことも重なり、全国放送を躊躇(ちゅうちょ)させたのである。日テレは乗り気じゃなかった また、読売新聞との関係を踏まえれば、日本テレビが放送するのは自然な流れだったが、当時は乗り気ではなかったという(杉山茂「「ラジオ・スポーツ」から「テレビの華」へ ―放送技術を結集させた箱根駅伝」『箱根駅伝の正体を探る』創文企画、2016年)。 というのも、箱根の山岳中継は過酷を極めるためだ。日本テレビは80年代、全区間生放送に備えて中継が可能な場所を徹底的に調査し、中継車の大改造も行ったという。長年にわたって箱根駅伝を手掛けた日本テレビの黒岩直樹氏によれば、第一回の中継では、踏切で1号車が先頭ランナーに抜かれてしまったり、箱根での宿泊や食事の手配が間に合わなかったりと、ハプニングが続出したらしい。 それでもお笑い中心の「おせち番組」(=年末に撮りだめして、新年に放送される番組)に飽きていた視聴者には支持され、予想を上回る平均18%の視聴率を記録した(黒岩直樹「わたし流番組論49 たすきの瞬間のドラマ ―箱根駅伝を撮る」『月間民放』2000年3月号)。 そして1989年に初めて、全区間の完全生中継が可能になった。その一方で、日本テレビは事前収録したVTRを効果的に挟んで、注目選手やその人間ドラマを丁寧に紹介した。黒岩氏によれば、箱根駅伝は単なるスポーツ中継ではなく、「スポーツ・ドキュメンタリー生中継」を基本コンセプトとしてきたという(同上)。 1988年には箱根を全国大会にする提案も持ち上がったが、初代プロデューサーの坂田信久氏は、テレビ中継を行うことで箱根駅伝を変えてはいけないという考えから、これを断ったという。長年の番組スポンサーも、企業名を露出することよりも、大会を共催して支えようという考えの方が強いらしい(『週刊東洋経済』2008年1月26日号)。第95回箱根駅伝、2区の川澄(右)へたすきをつなぎ、倒れ込む大東大1区走者の新井康平=2019年1月2日、横浜市・鶴見中継所(斎藤浩一撮影) 日本においては、マスメディア企業体が主催し、自ら積極的に報道する「メディア・イベント」は枚挙にいとまがないが、複数の新聞社や放送局によって今日まで育まれてきたところに、箱根駅伝の特異性がある。 それでも、日本テレビによる中継が始まったことで、箱根駅伝を取り巻く環境は大きく変化した。例えば、従来は1月中旬に開催されていた「全日本大学駅伝対校選手権大会」が88年度から11月に変更され、全国大会が地区大会の前哨戦に位置づけられるという「逆転」が生じた。 また90年代に入ると、箱根駅伝で上位に入った大学は全国的に知名度が高まり、受験志願者が増える傾向がみられるようになった。これに大学経営陣も敏感に反応した。テレビ中継の開始後に選手育成を強化し、優勝を経験した大学も少なくない(生島淳「大学全入時代がもたらした箱根駅伝の「経済戦争」」『エコノミスト』2010年1月5日号)。テレビ中継の功罪 その結果、才能のある高校生が強豪校から熱心に勧誘され、優れた選手が関東に遍在するという事態が一層進んだ。さらに、優秀な選手が箱根駅伝を区切りに競技生活を終える「箱根駅伝燃え尽き症候群」も、ますます問題視されるようになった。 これらの問題に対しては、まったく異なる見方もできる。スポーツ人類学に取り組む瀬戸邦弘氏は箱根駅伝を、国際スポーツの価値体系とは必ずしも折り合いがつかない、地域独自の文脈に根差した固有の価値体系を有する「エスニック・スポーツ」として捉えている。 瀬戸氏の指摘で興味深いのは、日本テレビが当初、箱根山中の電波状態が脆弱(ぜいじゃく)であることを踏まえて、生中継が中断したときの予備映像、いわば「つなぎ」のコンテンツとして制作した「箱根駅伝今昔物語」が、思わぬ形で果たした役割である。 箱根駅伝を支えてきた人々に焦点を当て、そのライフヒストリーを紹介しながら、大会の歴史を伝える名物コーナーだが、瀬戸氏はこれによって「箱根駅伝という番組自体が90年を超える時空間を自由に行き来する歴史的でありながら、共時的なバーチャル空間として成立することになった」という。 要するに、各大学の競走部(陸上部)の中で集団の記憶として受け継がれていた伝統重視の価値観が、番組を通じてクリアに可視化され、視聴者との間で広く共有されることになったのである。 明治期以降に成立した体育会運動部文化の延長線上にあると捉えれば、箱根駅伝の創設理念には反するが、オリンピックを頂点とする国際スポーツ文化の価値体系とは容易に馴染(なじ)まない。「箱根駅伝燃え尽き症候群」を嘆くのは、あくまで国際スポーツ文化の価値体系に基づく見方である(瀬戸邦弘『エスニック・スポーツとしての「箱根駅伝」』『文化人類学研究』14巻、2013年)。第94回東京箱根間往復大学駅伝、転倒する国学院大9区・熊耳智貴さん=2018年1月、神奈川県横浜市(撮影・斎藤浩一) 箱根駅伝で活躍した選手に対して、次は国際的な大舞台で結果を残すことに期待をかけるのも、逆に体育会運動部の伝統的な価値観を再生産しているのも、いずれもマスメディアに他ならない。この乖離を調停することは、箱根駅伝に関わる新聞社や放送局の使命ではないだろうか。 そしてこの議論こそが、選手に対する安全配慮のあり方を反省的に見直すことにも直結するだろう。持久力をつけるために長距離をひたすら走り込むという練習法によって、国際的な舞台で活躍できるスピードが身につかないという「箱根駅伝有害論」は戦前から指摘されていた(1938年には早稲田大と慶應義塾大が出場を辞退している)が、それどころか選手生命に関わる故障につながりかねないリスクを伴っていることも、現在では広く知られている。 テレビ放送の高視聴率、すなわち「国民的行事」あるいは「正月の風物詩」としての定着が、次なる変革に対する足止めになるのは望ましいことではない。冒頭で述べたように、箱根駅伝の伝統を裏打ちしているのは、メディア・イベントとしての革新に他ならないのだから。■「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!■ボストンマラソン3位の大迫傑は瀬古利彦を越えられるか

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    呉智英が読む平成30年史「日本人はどう変わったか」

    薫さん(中央)と母親のハツイさん=2002年10月 さらに追い討ちをかけたのが、二〇一四年八月五日の朝日新聞による「慰安婦報道」の取り消し記事である。変貌したナショナリズム 戦時中、慰安婦にすべく朝鮮で女性を強制連行したとされる話を積極的に報じてきた同紙が、これは「虚言師」の作り話に基づくものであったと認め、検証と謝罪の記事を大きく掲載した。この記事は言論界に大きな衝撃を与え、朝日新聞には抗議と定期購読解約が殺到した。これによって同紙は数十万部の発行部数減になった。 こうした中でナショナリズムの風潮も台頭するようになった。これが従来のナショナリズムと様相を異にするのは、思想界・言論界から始まったものではなく、二〇〇七年発足の「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が典型的なように、一般市民の運動、発言として出現したことである。 これには平成期に驚異的発達を遂げた通信、情報の拡大が背景にある。要するにパソコン、携帯電話、スマホが爆発的に普及し、これによって「大衆的言論空間」とでも呼ぶべきものが出現したのである。このことは出版文化の低迷を招くことにもなり、かつて出版界にあった知識、情報の階層秩序も崩れ始め、悪しき平準化が観察できるようになった。 また、平成七(一九九五)年には、社会の「安全」にかかわる大災害、大事件が続いて起こった。 一つは、一月十七日の阪神淡路大震災である。平成二十三(二〇一一)年に東日本大震災が起きるまでは、戦後最大の災害で、伊勢湾台風(一九五九年=昭和三十四年)の死者五千人を超えて、約六千人の死者を出した。 もう一つは、三月二十日のオウム真理教による東京地下鉄のサリン散布事件である。この凶暴かつ異常な宗教団体の犯罪によって、信教の自由論を含む日本人の宗教観は大きくゆさぶられ、治安意識にも変化が現れだした。 六年後の二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルにイスラム系テロ組織のハイジャックした旅客機が突入自爆し、二千七百余人の死者が出た。宗教の種類は異なるものの、宗教が常に平和を実現するものとは限らないことを、内外のテロ事件は教えている。米中枢同時多発テロで、ハイジャックされた航空機よって炎上する世界貿易センタービル=2001年9月11日 そして、二〇一一年三月十一日の東日本大震災は、千年に一度の規模の広範な巨大災害であり、「安全」と同時に「国土」という意識をも喚起したと言えよう。死者は約一万六千人にも及び、今なお行方不明者の遺体が発見されている。この大災害は原発破損ももたらし、直後に関東圏から西日本に避難する人たちもあった。保守系の反原発論者の主張には、安全な国土という意識が垣間見られる。 ただ、これほどの大災害にもかかわらず、日本国民は冷静に対応して世界から称賛され、ボランティアなどの支援活動は現在も継続している。「国民意識」が健全な形で定着していたことが、期せずして明らかになったと言えよう。※文中の「中国」は、呉智英氏の「支那」の表記を編集部が変更しています。■憲法上の問題をはらんだNHKの天皇陛下「ご意向」スクープ■新元号をめぐる「タブーなき議論」こそ平成と昭和の差である■本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない

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    平成最後の9月と平成最初の9月、日本人の意識の差異は

    欄から、いくつかのタイトルを拾ってみました。最近の新聞ではありません。今から30年前、平成元年9月の朝日新聞と毎日新聞の投書欄です。 平成最後の9月が始まりました。政治方面では自民党総裁選の話題が盛り上がり、スポーツ界では女子体操の「パワハラ問題」が注目を集めています。私たちはいつも、さまざまなニュースに触れることで、いろんな意見や怒りを抱かずにはいられません。平成最初の9月、世間はどんな問題に関心を持ち、どんなことに怒っていたのか。だんだん残り少なくなっていく平成を惜しむ意味を込めつつ、30年前を振り返ってみましょう。 平成元年9月とえいば、バブル真っ只中。海部俊樹氏が総理大臣になったばかりで、増え続ける偽装難民や消費税廃止論議、礼宮さま(現・秋篠宮文仁親王)と紀子さんの婚約などが話題になっていました。株価が上がり続ける中、マネー記事では株式やマンションなどへの積極的な投資を煽っています。まんまと背中を押された人は、そのあとどうなったのか……。諸行無常です。 この月に朝日新聞が投書欄で力を入れていたテーマは「子を持たぬ生き方」。自分は子どもを持ちたくないという若い女性の投書に対して、「結論出さずに素直に生きて」(会社員、30歳、女性)とやさしく寄り添う意見もあれば、「現実から逃避としか思えぬ」(無職、71歳、男性)と厳しい口調で非難する意見もあります。30年後の今も、その後広まった「少子化」というキーワードは加わりそうですけど、たぶん似た議論になるでしょう。 毎日新聞のこの月の投書欄は「敬老」というテーマに力を入れています。「友情と生き甲斐に恵まれて」(無職、80歳、女性)といった意見は、現在でも30年後でも違和感はないでしょう。「金余りが生み出した地価高騰のあおりで、永年住み慣れた借家を追い出される低所得の老齢者家族が多い」という問題提起は、この時代ならではという気もするし、前半の原因の部分は変われどいつの時代もありそうな気もします。ちなみにこの頃は「人生八十年時代」という言葉が、ちょっと流行していました。 最初にあげた「政党の都合より国のこと考えよ」という投書には、こんな一節があります。「今は大臣ゲームをやっているみたいに映って仕方ない。政党の都合などどうでもよいので、真剣に国のことを考えるべきであろう。世相は、かつて何回か起きた恐ろしい大事件が起きても不思議ではないような土壌ができつつあるような不吉な予感がする」 仮に今このまま投書に書いても、十分な説得力を持つフレーズです。政党の都合しか考えないのは、いつの時代も変わらない政治家の本能なのでしょうか。そして、そのことに憤って半ば無駄とわかりつつ批判するのも、有権者の本能なのかもしれません。 日本で生まれ育ったのに外国籍を持っていることで差別を受けていることや、いっこうになくならない男女差別を嘆く投書からは、問題の根深さやこの30年、あるいはもっと長いあいだ、私たちがいかに反省しないまま過ごしてきたかが伺えます。専門家が投書するコーナーには「五輪大義の自然破壊やめよ」という一文も。ここで言う五輪は長野五輪のことですが、長野を東京に入れ替えれば、そのまま通用しそうな主張です。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 30年前の日本人も今の日本人も、おおむね同じようなことで腹を立て、よく似た問題意識を持っていると言えるでしょう。たしかにニュースを見聞きすると、腹が立つことは少なくありません。しかし、30年前の勇ましい投書の数々は、たいていのことは「今に始まったわけではない」し「すぐにどうなるわけでもない」と教えてくれます。 SNSが広まって他人の怒りや問題意識が見えやすくなり、つられて腹が立つことも増えました。どんなにもっともらしい怒りの表明も、結局は空回りでありきたりで自己満足の域を出ないと思えば、いたずらに心乱されずに済むかも。とはいえ、飛行機内での禁煙を訴えた「日本の空でもたばこ追放を」(団体職員、52歳、男性)のように、ちゃんと世の中がそうなった例も見受けられます。どうしても怒らずにいられない人は、数打ちゃ当たるという希望と諦念を持ちつつ、ハタ迷惑にならない程度にがんばりましょう。関連記事■ ニュータウンの末路 希望持てる街と廃墟化する街の差異は■ 平成最後の10年 東日本大震災、iPS細胞、安室奈美恵引退■ ゴルフ界の若手スター 石川遼・松山英樹の決定的差異は体格■ 日本唯一の宝くじ研究家が教える「平成最後の宝くじ」ツキ売り場■ 往年の名選手たちが考える「平成最後の20勝投手」は誰?

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    レーダー照射、韓国に道理を説いても無駄である

    せん」、「火器管制レーダー特有の電波を、一定時間継続して複数回照射されたことを確認」したと主張した。朝日新聞の報道によれば、照射は5分間も続いたという。ならば、なおさらのこと、韓国の主張は軍事技術的に成立しない。要するに、あり得ない。 防衛省は、海自機が計3つの周波数を用いて「韓国海軍艦艇、艦番号971(KOREA SOUTH NAVAL SHIP, HULL NUMBER 971)」と英語で計3回呼びかけ、レーダー照射の意図の確認を試みた経緯も公表した。米国のマティス国防長官(中央)、韓国の鄭景斗国防相(右)と握手する岩屋防衛相=2018年10月、シンガポール(共同) その前日、韓国は「通信状態が悪く、ともに救助活動をしていた韓国海洋警察(コリア・コースト)への呼びかけだと判断した」とも釈明した。だが、海自は「NAVAL SHIP」と3回も呼びかけたのだ。しかも「HULL NUMBER 971」と艦番号を付して…。それらを「コースト」と聞き間違えるはずがない。 「通信状態が悪く」云々(うんぬん)とも言い訳したが、「当日の天候はそう悪くなかった」(防衛大臣会見)。加えて、もし韓国の主張どおり海自機が低空で異常接近していたのなら、近距離ということにもなる。思い出される中国のウソ なら、なおさらのこと、彼らの耳には「KOREA SOUTH NAVAL SHIP, HULL NUMBER 971」とハッキリ聞こえたに違いない。そもそも海自機が接近したというなら、なぜ海自がそうしたように、国際緊急周波数帯などで呼びかけなかったのか。海自機からの呼びかけを無視したあげく、通告も警告もなく、相手に火気管制レーダーを一定時間継続して複数回照射するなど、決して許されない。 以上と同様の経過をたどった事案を思い出す。2013年1月、中国海軍艦艇による海自護衛艦などに対する火器管制レーダー照射が起きた。このときも中国(国防部と外交部)が、レーダー使用そのものを完全否定した。 レーダー照射が危険行為に相当し、国際慣習上も問題があるとの判断を軍指導部が下したからであろう(拙著『日本人が知らない安全保障学』)。その後、日中の主張は平行線をたどった。おそらく今回も、さすがにマズいとの判断を韓国政府が下したから、事実関係を否定しているのであろう。きっと中国同様、韓国も白々しく嘘を突き通す。 当時も今回も、照射を浴びた海自は現場から退避した。威嚇も、警告射撃も、火器管制レーダーを浴びせることもなく、退避した。そうした抑制姿勢が呼び水になったのか。その後も「事実に反する主張を中国はたびたび行った」(防衛白書)。だが、日本政府はそう白書に書くだけ。それ以上の行為には及ばない。そればかりか、中国との「協調」姿勢を示す。 2016年には、中国軍機が自衛隊機に火器管制レーダーを浴びせ、自衛隊機がフレア(おとり装置)を発出して、空域から離脱する一触即発の事案も起きた(拙著『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』)。 このとき日本政府から「国際社会に与える影響も極めて大きく、個人的には遺憾だと思っている」と指弾されたのは、中国ではなく、事実関係をネット上で明かした元空将だった。日本政府はいまだに事実関係を認めていない。第2次安倍内閣発足から26日で6年を迎えるにあたり、報道陣の質問に答える安倍首相=2018年12月25日夜、首相官邸 以上すべてが安倍政権下で起きた。もちろん今回のことは韓国軍が悪い。だが、こうした事態を招いた責任の一端は日本政府にもあるのではないだろうか。もし、これまで同様の対応に終始するなら、きっといずれ、同様の事件が起こる。 中国や韓国に対して、いくら道理を説いても虚(むな)しい。残念ながら「紳士協定」を守るような相手でない。結局のところ「力」だけが彼らを動かす。■ 【徹底比較】韓国と北朝鮮の陸海空戦力はこんなにも違った!■ 韓国軍不祥事、今も韓国を支配する法より大義の儒教モラル■ ベトナムが韓国の戦争犯罪を今も黙殺する理由

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    崩御から30年、なぜ昭和天皇の戦争責任論はなくならないのか

    ういう論調が根強くあり、面と向かって言う人まではいなくても、耳に入ることはあったのであろう。 また、朝日新聞の記事によれば、小林氏は「戦争責任はごく一部の者がいうだけで国民の大多数はそうではない。戦後の復興から今日の発展をみれば、もう過去の歴史の一こまにすぎない。お気になさることはない」と述べたという。 これを報じた、朝日新聞をはじめとする新聞各紙にもさすがに昭和天皇の「戦争責任」を求める論調はないが、中国や韓国に言われるがまま先の大戦が日本の「侵略戦争」だったという考え方は根強い。その急先鋒として「歴史修正」を非難しているのが当の朝日新聞に他ならないが、「戦争責任」論の大本にはこの考え方がある。春の園遊会に臨席された昭和天皇=1988年5月、東京・赤坂御苑 昭和天皇に「戦争責任」が問われるとすれば、それこそ昭和の、支那事変に端を発する大東亜戦争ということになるであろう。その最高責任者としての責任ということなのだろうが、清国時代からの因縁で中国には昭和以前から相応の地盤が築かれていたし、当時「世界」の大半を支配していたのは連合国側の諸国であった。あれが昭和天皇主導の「侵略戦争」であったと言えるのか。 もっとも、昭和天皇が感じたのは、他国の「侵略」に対する「戦争責任」より、多くの犠牲者を出した「敗戦責任」ではないか。有罪ありきの「判決」 昭和天皇自らが首相に任命し、大東亜戦争を主導したとされる東條英機は、戦後の東京裁判で「A級戦犯」の一人として死刑を言い渡され、今も極悪人扱いされている。自身が責任を免れても、昭和天皇がこれを「過去の歴史の一こま」で片付けられるわけがない。 戦争のみならず、激動の時代を生き抜いた昭和天皇には、責任論を耳にするたび人知れぬ心の痛みがあったのではないだろうか。 生前のみならず、亡き後も昭和天皇を責め続ける人々がいる。2000年12月8~11日の4日間(7日に前夜祭)、皇居に近い東京・九段会館で「女性国際戦犯法廷」なるイベントが開催された。 これは、日本の慰安婦問題について責任を追及するため法廷を模した民間団体の抗議活動である。「判決」は1年後の2001年12月4日にオランダのハーグで言い渡されるという手の込み様だった。 この「判決」は、日本政府側の言い分など、はなから聞く気もないものだと分かってはいるが、慰安婦問題の「判決」の一部分を見てみよう。 前文で  天皇は日本兵によって行なわれた犯罪に、明らかに気づいていたと私たちは結論づけた。特に、あまりにも悪名高いために「南京大虐殺」や「マニラ大虐殺」として知られた事件のさなかに、日本兵が強かんや性暴力を含む一連の残虐行為を犯していることを天皇が知らないでいることは事実上不可能であったはずだ。その虐殺や強かんは日本国内でも国際的にも広く報じられていたとした上で、  本法廷は天皇裕仁が、「慰安制度」がより人目につき、問題視される地元女性に対する強かんの代替策と称して急速に拡大されていったこと、「慰安制度」内で強かんと性奴隷制が行われていたことを知っていなければならなかったと認定する。さらに私たちは、その地位および戦争遂行に果たす重要性に基づいて、彼が黙示的あるいは積極的に「慰安制度」の存在と拡大を承認することで少なくとも関与していたことを認定する。よって、先の判定を再確認し、天皇裕仁を(中略)人道に対する罪としての強かんと性奴隷制で〈有罪〉と認定すると判断している。 そもそも東京裁判で昭和天皇の「戦争責任」が問われることはなかった。ところが、この「法廷」では、まず「天皇であろうと」刑事責任は免除されないと宣言し、戦争そのものに対する責任を問うならまだしも、その存在そのものが疑わしい「南京大虐殺」、旧日本軍の末端の裏事情でなおかつ昭和天皇崩御後に持ち上がった慰安婦問題の責任を、その昭和天皇に負わせようと言うのだから強引かつ傲慢(ごうまん)極まりない。最初から有罪ありきの「判決」である。 大きな「戦争責任」論に心を痛めていた昭和天皇が、慰安所設置の責任まで押し付けられたと知ったら、どう思うだろうか。

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    女子体操パワハラ問題で掘り返される30年前の「塚原採点」

    た、そんなことをいったら、点が伸びないよ』と言われた」と話していた〉(いずれも1991年11月4日付朝日新聞)など、まるで日本ボクシング協会の“奈良判定”を彷彿とさせるエピソードが並ぶのだ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)「塚原夫妻はその後すぐに復権し、一時は朝日生命体操クラブの選手で女子の日本代表が占められるほどでした。ただ、近年は朝日の選手層が薄くなり、夫妻は焦って強引なスカウトをしていた。昨年の世界選手権で女子初の金メダル(ゆか)を獲った村上茉愛(日体大)もしつこく勧誘されて、断わったようです。今回の件は、ついにそうした強引さが明るみに出たということではないでしょうか」(同前) まさか東京五輪で選手がボイコットという事態だけは避けてもらいたい。関連記事■ 日本体操協会・塚原副会長が語っていた「夢は武道館ライブ」■ 山根前会長、田中理事長…スポーツスキャンダルの“主語”が変化■ 吉田沙保里、栄和人氏謝罪会見の夜の姿と五輪への懸念■ 記者のセクハラ・パワハラ問題 世代間ギャップはなお歴然■ レスリング栄氏のパワハラ問題 愛弟子吉田沙保里を直撃

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    鈴木宗男手記「北方領土交渉、安倍総理を1000%信頼する」

    。 この懇談の中で、プーチン大統領が「外交はお互い負けなかったといえる外交が良い」と述べたところ、元朝日新聞主筆の若宮啓文氏が「引き分けだと日本は納得しない。二島対二島だ」と話した。これに対し、プーチン大統領は「俺はまだ大統領になっていない。こうしよう、私が大統領になったらロシア外務省を位置につかせる。日本は日本で外務省を位置につかせ、そこで『はじめ』と声を掛けよう」と言われたという。 そして同年12月、日本では安倍総理がカムバックした。そこから新しい日露関係がスタートしたのだ。 さらに、13年2月には、安倍総理の特使としてプーチン大統領と面会した森元総理は「引き分け」「はじめ」の意味を問いただした。この時、プーチン大統領は白い紙に柔道場を書き「今、日本とロシアは柔道場の端、場外すれすれのところで組み合っている。すぐ場外と注意される。それを真ん中に持ってきて中央でしっかり組ませよう」と述べた。これは、2島は返還する用意があり、残りの2島もお互い英知を出そうという考えである。 安倍総理は16年、共同経済活動を織り交ぜた8つの「新しいアプローチ」を提案し、12月に行われた長門会談では北方四島での共同経済活動を提案し、プーチン大統領も呼応した。外交には相手があり、「100対ゼロ」はない。この流れの中で行われた今年11月14日のシンガポール会談で、安倍総理は元島民の思いを受け、大きく踏み出した。日露首脳会談 会談を前にロシアのプーチン大統領(右)と握手する安倍晋三首相=2018年11月14日、シンガポール(共同) 元島民の最大公約数は、下記の3つである。1、自由に島に行きたい 2、一つでも二つでも島を返してもらえるなら返してほしい 3、国後島周辺の海を使わせてほしい 安倍総理は、北方領土問題の解決には元島民の思いを大事にしたいと常に語っている。元島民の平均年齢は83歳で、人生が限られている。人道的な点からも、安倍総理は決断したのである。二島先行返還は間違い そもそも「四島一括返還」を述べる人は、正しい歴史の事実を知ることが大事だ。ロシアの世論は、9割以上が「戦後、国際的諸手続きにより正式に手に入れたわれわれの領土で、一島たりとも還す必要はない」と考えている。にもかかわらず、プーチン大統領は2000年の大統領就任以降「日ソ共同宣言は日本の国会もソ連の最高会議(現在のロシア国会)でも批准し、法的拘束力のある義務だ」と認識しており、全くブレていない。このプーチン大統領の「勇気」を私は高く、かつ敬意を持って受け止めている。 「2島先行返還」と表現するメディアもあるが、これは間違っている。2島を解決し、「さらに2島を」と言えば、ロシアはテーブルに着かない。そうすると今のままで「ゼロ」で終わってしまう。「ゼロ」でいいのかと言いたい。 「2島も返ってこないのでは」という声もあるが、それは過去の経緯をよく分かっていない推論に過ぎない。 ヤルタ協定でのクリル諸島(北方四島と千島列島に対するロシア側の呼称)の「引き渡し」に主権が含まれていることは自明だ。55~56年の日ソ共同宣言に至る松本俊一全権代表の交渉記録からして、「引き渡し」には当然の前提とされていることが読み取れる。領土問題を解決し、国境を画定してからの平和条約締結であることは当然のことである。 島の面積を言う人がいるが、これも現実を分かっていない。北方四島は海が大事である。海の面積が国益にかなうのだ。この点もよく考えてほしい。 私は現実的方策として、歯舞群島と色丹島を日本の主権と認めてもらい、国後、択捉島はロシアの主権と認め、その上で自由往来や共同経済活動における特別の仕組みを合わせた、「特例プラスアルファ」で解決するのが最善であり、この方法しかないと考える。 安倍総理とプーチン大統領、この2人の強いリーダーでしか北方領土問題の解決と、平和条約の締結は成し遂げられない。このチャンスを逃したら未来永劫解決はないのである。 安倍総理は先祖の墓を残し、かけがえのない故郷を離れざるを得なかった元島民の思いと、そして91年4月のゴルバチョフ大統領の来日時、歓迎式典に病身にもかかわらず出席し、その1カ月後に亡くなられた父、晋太郎先生の姿をいつも胸に刻み、領土問題解決と平和条約締結に心血を注いできているその姿に、私は頭の下がる思いだ。嘉納治五郎杯国際大会で日本対ロシア戦を観戦する安倍晋三首相(右)とロシアのプーチン大統領=2018年9月12日、ロシア・ウラジオストク(古厩正樹撮影) 戦争で失った領土は戦争で取り返すしかない。これが歴史的事実である。それにもかかわらず、一滴の血も流さずに話し合いで平和裏に解決したとするなら、安倍総理もプーチン大統領もノーベル平和賞ものである。 私は安倍総理に全幅の信頼を寄せ、必ずやってくれるものと確信している。安倍総理にしか歴史は作れない。

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    JAL、英で実刑判決の副操縦士を懲戒解雇 乗務前に過剰飲酒 

    ら映像と音声をつなぐビデオリンク方式で法廷に臨んだ実川被告は、ひげをそり、グレーのシャツ姿だった。 朝日新聞によると、実川被告は逮捕前、社内の呼気検査を不正にすり抜けていた。共に乗務予定だった機長2人からは距離をとっていたため、見過ごしたとみられる。 JALは今月16日、海外の空港で新型の呼気アルコール感知器を導入すると発表している。 同社は、操縦士が社内のアルコール検査に合格できなかったことが2017年8月以降に19回あったと認めている。 (英語記事 Drunk Japan Airlines pilot jailed for 10 months)

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    橋下徹、木村草太の憲法問答アフタートーク

    安婦問題についていろいろと議論がなされ国民も慰安婦問題をきちんと考えるようになったと思います。最後は朝日新聞の記事取り消しにまでいたりました。政治家の多くは、1965年の日韓基本条約と2015年の日韓合意を理由に、韓国は慰安婦問題をもう持ち出すなと言うけれど、僕は議論しないといけないと言い続けてきました。 日本も韓国も民主国家であり、有権者の支持があって権力が成り立つ国です。ところが、韓国民、特にこれからの韓国を支える世代の多くが、慰安婦問題についての日本の対応に不満を抱いていますし、日韓合意も7割が反対しているような状況です。さらに、2000年の国連安保理決議1325では、女子に対する性的な戦争犯罪責任は永久的に追及される旨が規定されました。東アジアの地域において自由主義と民主主義を守るために日韓関係は重要であり、そうであれば両国民が真に納得する解決を探らなければなりません。 戦争当時はいろんな国が日本と同じようなことをしていました。ところが今は欧米諸国が日本の慰安婦問題を特殊化し、それをスケープゴートにして、自らの責任を棚上げにしている。韓国だって同様のことをベトナムでやっていたことは明らかになっています。 ただし、「世界でやっていたから日本も悪くない」と言って日本を正当化することは許されません。日本も悪いし、みんなも悪い。だからみんなで反省して二度とやらないように決意すればいい。でも韓国や欧米はそういう意識がないでしょ? 他方、日本にも「日本はまったく悪くない」と言い張る人たちも多い。憲法と人権をテーマに基調講演する木村草太氏= 2016年9月25日、大和高田市 日本だけが特殊だったわけではなく、戦時性暴力の問題は世界各国が抱えている問題で、だからこそ世界各国での反省と決意が必要なことを明らかにする。慰安婦像だって旧日本軍の行為に特定せずに、世界各国の反省と決意の碑文にすればいい。このような方向での解決であれば、日本人や韓国人の多くが納得すると思います。これが僕が言い続けてきたことです。 8月14日に文在寅(ムンジェイン)韓国大統領が、「慰安婦問題は日韓の問題だけでなく、戦時の女性暴力として人類普遍の問題である。世界が反省し、二度と同じことを起こさないと決意することで解決される」と発言しました。まさに、これまで僕が言い続けてきたことと同じです。日本は、「慰安婦問題はすでに解決済み」と突き放すのではなく、「世界の反省と決意のために努力しよう」と韓国に呼びかけるべきです。司法の道を選んだ理由木村 確かに、戦時性暴力の問題は日本だけではなく、世界各国の問題として解決していくべきですね。ただ、それを日本が主導しようとするのは、「お前が言うな」という反発が強そうです。メディアでの議論を見ていると、日本だけが全部悪いか、もしくは日本はまったく悪くないかの極端な二択のなかで捉えられてしまいがちです。慰安婦問題に限らず、全否定か全肯定で判断されてしまうので、その間の議論の枠組みがないんでしょうね。 意見は違いながらも、橋下さんと私の間に共通するコミュニケーションのベースは、法律家であることではないかと思います。橋下さんは弁護士ではありますが、法学部ではないんですよね。橋下 そうなんです。政治経済学部の、しかも経済学科なんですよ。木村 なぜ司法の道へ?橋下 学生時代にやったビジネスで失敗しまして……。手形の不渡りをつかまされて、自分で訴訟を起こしたのがスタートですね。木村 いきなり訴訟から入ったんですね。橋下 そう、いきなり。木村さんも司法試験の勉強をされているからわかると思うのですが、普通は最初に憲法を習いますよね。でも僕はいきなり手形法から入って、民事訴訟法、商法と勉強してから、憲法を学んだんです。法律を机の上の勉強からだけでなく、実際の生活問題に活用する「実務」からも学んで「ああ、法律ってこういうことか」と理解していきました。ちょっと特殊なルートだと思います。木村 政治経済学部で憲法の授業を受けることもなかった?橋下 なかったです。それこそ憲法は予備校の、しかもビデオ授業のコースで学びました。木村さんはなぜ憲法学者になろうと思ったんですか。木村 中学生のときに憲法の条文を読んで、自由っていいなと思ったんです(笑)。それで憲法学者になりたいと思っていたんですが、学者になるのは難しそうだなぁと。それなら、裁判官もいいんじゃないかと、高校のころに司法一次試験をとりました。センター試験一週間前が試験日でしたね。橋下 ええー!? 高校でとったの? 司法一次はまず通らないし、だから誰も挑戦しないんですよね。大学の一般教養課程を修了すると免除になるので、みんな大学の教養課程を選びます。だって、司法一次は大学の教養課程よりはるかに難しくて、英語は英検1級より難しいんだから。司法試験の合格発表で自分の番号を見つけ万歳して喜ぶ合格者=2017年9月、東京・霞が関木村 そんなに難しかったかな(笑)。橋下 東大の法学部の普通の入試をみんな一生懸命やっているときに、大学の一般教養課程修了レベルのやつを。やっぱりそういう人いるんだね……。木村 でも、いざ二次試験の勉強を始めてみると、まぁつまらない。それで憲法学者を志しました。橋下 憲法学者としてどうするんですか? 憲法学者でずっと生涯を送っていくわけ?木村 えーと、まあ(笑)。橋下 ずっと憲法だけで?木村 憲法だけといっても、やることはたくさんあります。具体的な訴訟に関係するものだけでも、たとえば、生活保護と選択的夫婦別姓裁判の弁護士の相談に乗ったり、辺野古(へのこ)訴訟に意見書を書いたりしました。そういえば、橋下さんは夫婦別姓や同性婚には賛成の立場を取っているんですよね。力を極度に嫌がるインテリ橋下 僕は夫婦別姓やLGBTを否定する類の人間のように思われることが多いですが、そんなことないんですよ。たとえば夫婦別姓は、選択制だし、否定する理由ないもんね。やりたい人がやって、やりたくない人はやらなければいいんだから。今、政治のふがいなさにしびれを切らして裁判で実現しようとしている人も出てきましたが、あれは政治でやろうと決める話だと思います。しかし自民党は反対でしょうし、維新の会も個人の価値観で嫌がるメンバーが多いですね。松井(一郎)さんは、「俺自身は別姓にしないけど、別姓にしたい人はそれでいいやんか」と言っています。 僕も同じ考えです。同性婚だって、僕自身は同性愛者じゃないけれど、他人が同性で結婚したいならそれを否定する理由はありません。だって彼らは誰にも迷惑をかけていないんだから。選択的夫婦別姓や同性婚に反対している維新のメンバーにその理由を聞いても、理屈はなくて「そういうのはイヤ」と言うだけ。自民党が夫婦別姓反対、同性婚反対でいくなら、野党は、自民党が示すのとは別の選択肢を国民に対して提示し、選挙で有権者に選んでもらうようにするのがその役割だと思います。木村 野党としてあれだけいろいろな政党があって、夫婦別姓や同性婚を選択可能にする法案も提案されているのに、大きなアピールにならないのが残念です。国民も、もっと積極的に声をあげて、よい提案をした野党を支えてもよいと思います。 最近は、中間層を反映する政党がないように感じます。中間層は、あまり大きな声を上げない。だから、もともとはいたってまともな保守系の政治家であっても、ネット右翼の言説に迎合していく傾向がある。他方で、立憲民主党や共産党も、国民の支持が広まらないものだから、極端な護憲派を見て動かざるを得なくなる。そんな悪循環に、どの党も陥っているのは残念だと思います。橋下 夫婦別姓はつきつめると戸籍の問題にぶつかるのですが、マイナンバーで管理する時代に戸籍なんかいらないでしょう。だいたい先進国で夫婦同姓を強要しているのは日本くらいです。お父さん、お母さん、子どもの姓がばらけたからといって、家族の一体感が失われるわけじゃない。別姓でいい人がいるならいいじゃないですか。国会議員ごときが、家族の一体感を確保するには同姓でなければならないと国民に強要するなんておこがましいですよ。木村 今は夫婦別姓のまま法律婚を認める制度がないので、別姓を望むカップルは事実婚でやるしかない。これではかえって、法的な保護を望んでいるカップルを、不安定な状態に追い込んでしまいますからね。橋下 これくらいの制度を変えられないような政治が、財政やら社会保障制度やらなんやらで、日本の国を立て直せるわけがない。夫婦別姓や同性婚の話だけではなく、僕が政治家のときに、自分の特定の価値観を有権者に押し付けることはほとんどありませんでした。国歌起立斉唱条例だって、府民には強要していません。公務員である教職員だけに義務を課しました。府民は好きにやればいいんです。なのに「ハシズム」とか言われて(笑)。そりゃぁ、巨大な役所組織を動かし、これまで定着していたルールや制度や慣行を変えるには、一定の権力を行使しなければなりません。やはり「力」が必要です。そのような経験のないインテリたちは、「力」を極度に嫌がりますね。 今回の北朝鮮問題であらわになったと思いますけど、自分で進むべき道を決めて、その道を歩んでいく力強さが日本には足りない。そこに忸怩(じくじ)たる思いがあります。金正恩(キムジョンウン)はなんだかんだと言っても自分の方針を貫いていて、あの背景には軍を持っていることがあると思う。だから僕は、日本も最終的には自国を守るための軍を持つべきだと思っているんだけど、日本には軍を持つための前提条件が欠けているよね……。政府のモリカケ問題へのひどい対応をみていたら、太平洋戦争と同じようになるわって思ってしまう。安倍政権に対する評価は?木村 国歌起立斉唱条例については、職員・教員に強制すると、彼ら/彼女らは府民や子どもたちにも強制しようとするおそれがあります。条例に「府民や子どもたちは自由であり、知事や職員・教員は、府民や子どもの自由を最大限尊重しなくてはならない」としっかり明記すべきかと思います。 軍の議論については、確かに、今の政府の対応を見ていると、仮に日本が軍事力を持ったとして、それをうまくコントロールできるとは、思えません。改憲を主張する側が、やたら好戦的なのも、信頼を失わせますよね。「我々に任せても大丈夫ですよ」と国民の信頼を醸成しなければいけないところで、護憲派を罵倒したりする。橋下 あんな噓をつく政府やそれを見破れない国会議員に、軍事力は任せられない! 財務省の公文書改ざん問題を見てもさ、国会の答弁で、ああいう噓を組織ぐるみで堂々とつくんだもんね。テレビに映って、全国民が視ている前で、よくやれるよなと思って。木村 あれだけひどいことをしても、支持率が下がらないというのは、安倍政権への期待がもともと高くないということですよね。あれだけ文書をいい加減に扱ったら、「期待外れだ!」と怒られて当然ですが、もともとが「あんなもんだろう」と思われているので、大きな怒りにならない。行政の公正と透明性について強く期待されていると政府が自負しているなら、あんな対応は怖くてできないでしょう。橋下 うーん、安倍政権に対する評価はちょっと違うかな(笑)。個別にいろいろ問題があるにせよ、失業率の低下をはじめ、やはり経済指標では好材料が多々あります。うちの娘も速攻で就職が決まっちゃったからね(笑)。政権批評は別の機会に譲るとして、朝日新聞がスクープしなかったら、「関係書類はすべて廃棄しました」で公文書改ざんは闇に葬られて終わっていた。これは安倍政権の大失態、大チョンボだし、それを見破ることのできない与野党国会議員の能力不足です。自民党や維新・国民民主の野党も「軍を持つべきだ!」とか「自国は自分で守る!」とか威勢のいいことばかり言うんだけど、こんな国会議員や日本政府にフリーの軍事力なんて渡すことはできないよね。自民党総裁選で連続3選を果たした安倍晋三首相=2018年9月、東京都千代田区の自民党本部(桐山弘太撮影) 靖国の問題にしても、政治家は「中国や韓国を気にせず靖国参拝!」と口だけです。僕もぬかっていたんだけど、このあいだ初めて大阪の旧陸軍省真田山墓地を訪れました。アメリカのアーリントン墓地のように兵士を祀っている墓地が全国で80か所ほどあります。でも日本が戦争に負けて、GHQによる軍国主義体制の解体に伴って、旧陸軍省墓地は国からずっと放ったらかしにされてきました。「ああ、この国は戦争で命を落とした方々をこのように粗末に扱う国なんだ。これでは、とてもじゃないが、軍なんか持てないな」と感じました。「英霊に尊崇の念を表せ!」と威勢のいいことを口にする国会議員は、この放ったらかしにされている旧陸軍省墓地をまずなんとかすべきです。自分たちの国を自分たちで守りたいという思いがあるなら、まずはそれを可能とするための国の前提条件を整えなければなりません。沖縄問題解決に手続法を木村 私が気になっている前提条件は、沖縄に米軍基地が集中していることです。安全を享受しながら、基地を身近に感じなくていいという状況は、本土の人にとってすごく快適な環境なのだと思います。そんな快適さのなかでは、本土の人は安全保障政策を変えようとは思わないでしょう。もしも全国の小学校で、米軍機が飛ぶたびに騒音で授業が中断するような状況になったら、日米安保を考え直す議論が出るのかもしれません。橋下 そうですね。対談でも話したけど、沖縄の問題は手続法を考えるしかない(第3章参照)。手続法を作ろうとすると、今は他人事だけど沖縄県以外の国会議員や自治体も、基地が設置される地域の住民の声をどこまで聞くべきかについて必死になって考えるようになると思う。住民の声を重視すれば沖縄の基地は否定されることにつながり、住民の声を軽視すれば、米軍基地が沖縄から自分の地域に移転されることにもつながるんだから。木村 「日米関係が……」「核の脅威が……」と実態論だけを主張し合ったところで、価値観は十人十色だから、話のまとまりようがない。その点、橋下さんは手続き論をとても重視していて、ガバナンスの現場にいた人だと感じました。橋下 知事と市長をやってわかったのは、何が正しいのかは人間ごときにわからないということです。役所で出世してきた優秀なメンバーが議論してもわからない問題が、トップである首長に集まってきます。正しいものがわからないからこそ、仮に正しくない結論になったとしても、みんなに納得してもらうような手続きを政治家は踏むべきなんです。木村 今回の対談で手続法の大切さを再確認しましたね。橋下 僕が木村さんと話していて面白かったのは、権力=悪と感情的に考えていなかったこと(第2章参照)。権力がない、無秩序こそ悪だという発想がベースになっていた。もちろん権力に対して厳しく指摘はするけれども、権力がなくなることがいいとは思っていない。ここは、僕が政治家として権力を考えるベースとまったく同じです。インテリの人たちは、とにかく権力=悪から始まりますからね。木村 単に権力反対というのは、何も考えていないのと一緒です。自衛隊違憲論にもいろいろあって、本当に〝さわやか〞な議論がありますからね。「とにかく、絶対に違憲!」というだけで、日米安保も自衛隊もなくなったときに何が起こるのかについては考えない。橋下 現実の悩みが、そこに存在しない。やはり僕は弁護士としても政治家としても実務をやってきたから、現実に悩まない人とは議論が進まない。理想にだけ生きる人は現実が見えなくなっている。一方で現実ばかりだと、現実はこうだから仕方ないとあきらめるばかりです。理想論と現実論とを行ったり来たりしないといけない。木村 橋下さんは現実論を話しつつも、憲法改正案に教育無償化を盛り込むなど(第6章参照)、理想論も大切にしている。今回の対談を通して、われわれの共通の敵は〝さわやか〞なのかもしれないと思いました。納得がいかないところは、徹底的に議論したので、話はかなり込み入りましたね。橋下 憲法にまつわる議論を集中的にできて、僕たちは楽しかったけどね。話題がマニアックになりすぎて、読んでくれる人をおいてけぼりにしていないか、ちょっと気になるんだけど(笑)。はしもと・とおる 1969年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、97年に弁護士登録。タレントとしても活動し、2008年より政界に参画。大阪府知事、大阪市長、大阪維新の会代表などを歴任し、15年に大阪市長任期満了で政界を引退。現在はAbemaTVで毎週木曜23時OAの『NewsBAR橋下』にレギュラー出演中。近著に『政権奪取論 強い野党の作り方』(朝日新書)。きむら・そうた 1980年生まれ。憲法学者。東京大学法学部卒。同大学助手を経て、首都大学東京教授に就任。『報道ステーション』(テレビ朝日系)でコメンテーターを務めるなどテレビ出演多数。幅広い層に憲法学を発信している。著書に『自衛隊と憲法 これからの改憲論議のために』(晶文社)、『憲法の急所』(羽鳥書店)など多数。

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    ゴーン会長の高額報酬は本当に適正だったか

    、当然だろう。 内部通報の時には、マスコミへのタレ込みも行われるものなので、今回も第一報を伝えたのは朝日新聞などであり、一部マスコミには情報も流れていたようだ。横浜市の日産自動車グローバル本社=2018年11月20日(飯田英男撮影) かつてであれば、リークを受けたマスコミは相当なアドバンテージがあっただろう。しかし、ゴーン氏逮捕の2時間後に、西川社長が記者会見するなどして、各マスコミのアドバンテージがほぼ消え去ったと言える。この記者会見は、インターネットでライブ配信されていたからだ。会見の前後、ネットでは夥(おびただ)しい情報が流れてきた。 以前なら、社長の記者会見を報道するのはマスコミだけで、人々はマスコミ経由でものごとの真相を突き止めるしかすべがなかったが、今はネットで当事者の話が直接聞ける時代だ。当事者の直接の情報発信手段がなかった時代には、マスコミの助けがないと、不利になる恐れもあったが今は違う。 今回の事件を見ると、従来のマスコミのポジションがなくなりつつあるように感じられた。少なくとも筆者には日産のプレスリリース、西川社長の記者会見と有価証券報告書があれば、十分な情報である。

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    紛失していたディズニー映画、日本で発見

    ーションを探して)」を読んだ時だ。 「長年のディズニーファンなのでお役に立ててうれしい」と渡辺さんは朝日新聞に語った。朝日新聞は米国のディズニー・アーカイブスに問い合わせ、この作品が失われた一握りのオズワルド映画の1つであることを確認している。 創業者のウォルト・ディズニー氏はアブ・アイワークス氏と共に1927年、オズワルド・ザ・ラッキー・ラビットを作り、ディズニー・スタジオ初のシリーズもののキャラクターとなった。 オズワルドの出演作は27本作られたが、擬人化されたうさぎのキャラクターは知的財産権争いの中心となり、オズワルドの著作権を巡って1928年、ユニバーサル・スタジオと争った。 これを受け、ディズニーは新しい主要キャラクターを作り始めた。これが後にミッキー・マウスとして知られるようになる。オズワルドはそのままの状態で取り残されたが、ディズニーのボブ・アイガー最高経営責任者(CEO)が2006年、権利を買い戻した。 「この話で特にいい点は、これらの映画が世界中に散らばっていることを示唆する点だ」とBBCに話すのは、英国映画協会(BFI)でアニメーション管理を担当するジェズ・スチュワートさんだ。 「映画が世界中にどのように伝えられ、最終的にどこに行き着くのかは、作品そのものと同じくらい興味深い」 2015年には、オズワルドが主役の別のアニメ作品がBFIの保管庫で見つかっている。 スチュワートさんは、こうした発見は重要だと語るが、初期のアニメーション作品に関して言えば、全体の一部分にすぎないと語る。例えばオズワルドが米国で制作されていた時期と同じくして、英国ではボンゾ犬が映画の中で非現実的な冒険をしていた。 「時には、失われていた映画が見つかったことで現存する映画にやっと注目が集まることもあるというのは残念だ」 (英語記事 Lost Disney film found in Japan)

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    BTS「原爆Tシャツ」に通底する韓国社会のホンネ

    「悪意がなかったから問題ない」ということである。このミュージックビデオについては、被爆者団体の幹部も朝日新聞の取材に対して不快感を表明した。 2013年5月には、韓国の大手紙、中央日報が「広島と長崎に原爆が投下されたのは神の懲罰」という趣旨のコラムを掲載した。「安倍、マルタの復讐(ふくしゅう)を忘れたのか」と題するコラムには、安倍晋三首相の歴史認識を批判しつつ、「神は人間の手を借りて悪行に懲罰を加えてきた。最も過酷な刑罰が大規模な空襲だ。第2次大戦末期、ドイツのドレスデンが焼かれ、広島と長崎に原子爆弾が落とされた」とし、これらを「神の懲罰であり人間の復讐」などと指摘する内容だった。2018年5月、日韓首脳会談に向かう安倍首相(右)と韓国の文在寅大統領=首相官邸 このコラムをめぐっては、在韓日本大使館が中央日報に抗議したほか、広島や長崎など日本国内でも批判が起き、このコラムを執筆した同紙論説委員は「(自分が本来伝えようとした)趣旨と異なり、日本の原爆犠牲者と遺族を含め、心に傷を負われた方々に遺憾の意を表します」と謝罪。安倍首相らの歴史認識を批判する以前に、自分自身のトンデモ歴史観を猛省すべき事案である。 2014年8月には韓国の女性グループ「Red Velvet」がデビュー曲を発表したが、そのミュージックビデオの一場面に広島への原爆投下の記事や「JAP」などという差別表現が用いられた英字新聞の記事画像が使われていたことが判明。後日、このシーンは別カットに差し替えられた。罪深きは擁護した日本人 所属事務所は「ミュージックビデオの監督に確認した結果、『単純にコラージュの技法を使っただけで、特定の意図はなかった』と聞いた」「誤解の余地をなくすため修正した」とコメント。重ねて言うまでもないが、釈明まで今回のBTS騒動とそっくりである。 以上、韓国での原爆に対する認識の表出事例をいくつか見渡した。彼らの原爆投下に対する認識の水準がいかなるものか、お分かりいただけたと思う。今回のBTSの原爆Tシャツの事例でも「深い意図はなかった」と擁護する向きもあるが、Tシャツを製作した業者にまで「深い意図はなかった」とは言えまい。 件(くだん)のTシャツをデザインしたのは、韓国の「LJカンパニー」という会社だが、この会社は過去にも竹島や日本の敗戦をモチーフにした商品を製作している。ともあれ、今回の騒動に関して同社のイ・グァンジェ代表は、韓国マスコミの取材に対し「反日感情と日本に対する報復などの意図があるわけではなかった」「反日感情を助長しようとする意図はなく、その点でもBTSに対して申し訳ない」とコメントした。 またしても「悪意はなかったが、結果が悪かった。だから申し訳ない」という釈明である。悪意はなかったとしても、原爆を自分の商売に利用している点で、より狡猾(こうかつ)だと言える。もっと言えば、BTSに対しては「申し訳ない」が、被爆者に対しては何も感じていないらしい。 ちなみに、原爆Tシャツは注文が殺到し、品切れ状態にあるという。こんな有り様だから、原爆投下絡みの騒動は今後いくらでも再発するだろう。 今回の騒動に関して、SWCは「長崎の原爆被害者をあざけるTシャツを着ていたことは、過去をあざけるこのグループの最新の事例にすぎない」「国連での講演に招かれたこのグループは、日本の人々とナチズムの犠牲者たちに謝罪する義務を負っていることは言うまでもない」と述べている。長崎市の原子爆弾落下中心地碑(ゲッティイメージズ) 本来ならば、これは日本政府、いや日本人が声を大にして言うべきことである。筆者が今回の騒動で最も嫌悪を感じたのは、原爆投下について無知なBTSのメンバーや原爆投下をあざける韓国人、そして原爆投下をネタにして金もうけをたくらむ韓国人についてではない。 原爆投下について確たる認識を持たず、「政治と文化を一緒にしてはいけないよね」「騒動に巻き込まれたBTSがかわいそう」などと擁護した一部の日本人についてである。彼らは、日本人のグループが他国を愚弄(ぐろう)する衣装をまとって海外公演を行ったとしても、本当に同じように擁護するのだろうか。 「歴史の真実」「国家の品格」、そして「普遍の真理」というものは、確固たる信念と断固たる覚悟がなければ守り抜けない。それは、趣味と商売にすぎない韓流(はんりゅう)アイドルのコンサートなどとは全く別次元のものである。前述のSWCの声明はそれを痛感させるものだ。果たして、日本人にそうした「信念」はあるのだろうか。今回の騒動は、改めて日本人にその「覚悟」の程を問いかける事象だったと思えてならない。

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    韓国徴用工判決 事実上の国交断絶を突きつけたに等しい

    国交正常化の前提となっていた合意を反故にするのですから、事実上の“国交断絶”を突きつけたに等しい」 朝日新聞元ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏は、韓国の大法院(最高裁)が10月30日に下した判決について、そう呆れた。 韓国人の元徴用工4人が、日本による朝鮮半島統治時代に「強制労働させられた」として、新日鉄住金に損害賠償を求めていた裁判の差し戻し上告審で、大法院は被告側の上告を棄却し、原告の元徴用工に対して1人あたり1億ウォン(約1000万円)の賠償を命じた。「徴用工」とは、戦時中に日本政府が軍需工場などに動員した労働者のことで、日本統治下の朝鮮半島でも動員がかけられた。まず、はっきりさせておかなければならないのは、元徴用工に対する補償については、すでに日韓両政府の合意のもと解決済みであるということだ。 日韓国交正常化が実現した1965年に、「日韓請求権協定」が結ばれた。協定によって、日本政府は韓国に対して「3億ドルの無償経済支援」を行ない、その代わりに韓国は「個人・法人の請求権を放棄」すると決まった。協定には請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決された」と明記されているのだ。日韓問題に詳しい麗澤大学客員教授の西岡力氏が解説する。「日韓国交正常化交渉の際に、日本政府は韓国人の元徴用工に対して、個人に直接支払うかたちでの補償を提案していました。しかし、韓国側はそれを拒否。政府に一括して支払うことを求めたため、日本がそれに応じた経緯がある」 つまり、元徴用工に補償しなければいけないのは、日本政府でも新日鉄住金などの日本企業でもなく、補償金を“預かっている”韓国政府なのだ。ソウル市街。手前を流れるのは漢江(ゲッティイメージズ) だが、韓国政府は日本からの経済支援金を元徴用工たちに渡さなかった。1965年当時の韓国の国家予算は約3億5000万ドルであり、それに匹敵する額の日本からの経済支援は、インフラ整備などに充てられた。その結果として、韓国は「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げたわけである。 そうした経緯を踏まえれば、「日本企業が元徴用工に補償しろ」という判決が、国際法はもちろん、物事の筋を大きく違えたものであることがよくわかる。関連記事■ 韓国政府がひた隠す「元慰安婦の9割が日韓合意に納得」■ 慰安婦像、徴用工像を作り世界に拡散させるキム夫妻を直撃■ 韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■ 韓国の若者たちはなぜ国を出て働こうとするのか

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    日本の米資本ホテル、キューバ大使の滞在を拒否 制裁抵触恐れ

    た。 福岡市当局はホテルに対し、国籍で宿泊を拒否するのは旅館業法に違反しているとして行政指導した。 朝日新聞によると、キューバ大使館は旅行代理店を通じてホテルを予約した。この旅行代理店は、宿泊する大使の身元を伝えられていた。 しかし、ペレイラ氏がプロ野球・福岡ソフトバンクホークスに所属するキューバ人選手を訪問した際、ホテル側から滞在を拒否された。 これについてキューバ側は、日本で米国法を適用することは日本の主権を侵害していると指摘している。 一方、ヒルトンホテルの日本代表は共同通信に対し、米国企業として本国の法律を順守したと説明した。 2006年には、米資本のシェラトンホテルが、メキシコシティーのホテルからキューバの代表団16人を追い出したとしてメキシコ当局から罰金を言い渡されている。 2007年にも、ヒルトンホテルが買収したノルウェーのホテル「スダンディック・エッダーコッペン」が、キューバ政府関係者14人の宿泊を拒否した。 当時ノルウェー外務次官だったレイモンド・ヨハンセン氏はロイター通信に対し、「これは全く受け入れられない事態だ」と話していた。 2016年にバラク・オバマ前大統領の下で米国とキューバの国交が改善されたことを受け、米ホテル大手スターウッドはキューバでの2軒のホテル運営契約を交わした。米紙ニューヨーク・タイムズによると、この2軒はキューバの国営企業が管理していたという。 しかしその後、ドナルド・トランプ大統領が対キューバ政策を厳格化。キューバを訪れる米国民に対し、国営ホテルや軍とつながりのあるレストランなどを利用することを禁止した。 (英語記事 US hotel in Japan refuses Cuba ambassador)

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    トランプの「内なる敵」

    「ケネディ以来の歴史的快挙だ」。大統領就任後、初の審判となった米中間選挙について、トランプ氏はこう自賛した。「ねじれ議会」の結果にも強気を崩さず、トランプ流はエスカレートするばかりだ。分断した米国社会の一端も見えた今回の選挙。四面楚歌を地で行くトランプはどこへ向かうのか。(写真はロイター=共同)

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    紅白歌合戦の視聴率が映し出したニッポンの社会と家族

    ・こうき 東日本国際大学客員教授。福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

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    『新潮45』最後の編集長、若杉良作さんへ

    るわけで、LGBTという概念が曖昧(あいまい)なままであることがわかる。 その松浦氏は、論文発表後、朝日新聞の取材に答えて、杉田氏の文章には間違いもあったが、彼女を差別主義者だとは思わないと言っている。また、もう一人、ゲイをカミングアウトしている、かずと氏も杉田氏の主張に反対せず、LGBTのうちTの一部を除いたLGBは社会的弱者ではない、Tの一部以外は社会的支援の必要がないと書いている。 当事者2人がこのような主張をしているのである。「差別だ!」と決めつける人たちが彼らの論文をどう読んだのか、ぜひとも聞いてみたいところである。LGBTに関する論文掲載をめぐり、月刊誌『新潮45』の休刊を発表した新潮社(納冨康撮影) 休刊前後の話に戻る。私はこの10月号が大炎上しても、まさか休刊はないだろうとみていた。もちろん不安にはなったが、『新潮45』の編集者から「休刊も編集長更迭もない」とはっきり告げられており、編集部からは、次の仕事の依頼も来ていたからだ。 ところが9月21日の夕方、事態が動いた。それまで静観の構えだった佐藤隆信社長が、異例の声明を出したからだ。 「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられた」。ああこれは、編集部ははしごを外されたな。そう思った。そして、3日間の連休を経た25日の夕刻、休刊が決まった。心底雑誌が好きな男 午後5時ごろ、若杉氏直々に、私の携帯に連絡があった。「休刊になりました」。抑揚のない沈んだ声に「今までお疲れさまでした」と、私もただそう返事をするしかなかった。 社長の異例の声明と休刊に至る背景には、新潮社が抱えている作家や文芸評論家たちの、執筆拒否を盾にした抗議があったからである。作家たちは自分たちを、絶対の正義の側にいると見なしているのだろう。結局、同社は彼らの圧力に屈したのだ。 私は若杉氏と長い付き合いとはいえ、彼のプライベートを知らないし、仕事に関しても、編集部内がどうなっているのか、編集方針や企画の立て方などについても知る立場にない。私が語ることができるのはあくまで彼の一部、記事を共同で作り上げる編集者としてだけである。 「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」の7人の執筆者のうちの一人である藤岡信勝氏が、iRONNAで編集者としての彼の仕事ぶりを称賛しているが、これはいつものことである。 彼は、ライターが仕事のしやすいように、極力バックアップを欠かさない。企画が通り、一つのテーマを割り振られると、すぐさま必要な資料を過不足なく用意してくれる。その資料を読み込む中で、さらに「ここのところの資料がないかな」とつぶやくと、すぐにどこからか探し出して届けてくれる。 かなり遠方の地方取材などにも、可能な限り付き添ってくれた。2人で厳寒の秋田で何時間も、北朝鮮のスパイと疑われた人物の張り込みを続けたことは、今となっては貴重な思い出だ。 ああ、この人は心底雑誌が好きなんだな。雑誌の持つパワーを信じている。そう思わせる熱意を感じた。だから、編集実務においても一度としてミスはなかった。彼に任せておけば安心だった。 「なんだこのゴマスリは」。そう思われるかもしれない。だが、いまさら彼にゴマをすったところで何も出てこない。彼はもはや何の力も持っていないのだ。だから私は本当のことを書いている。月刊誌「新潮45」 私は、彼の名前でネット検索をすることはしていないが、今回の事件について調べているといや応なく、同誌で仕事をしていたと思(おぼ)しき人たちが、彼の過去暴きをしているのに出くわす。水に落ちた犬を叩く行為だ。そしてその多くがデマである。 雑誌『噂の真相』の後継をうたう、なんとかいうニュースサイトがある。今回の事件について、いかにもこれが「真相だ」とばかり、新潮社の社員(?)にこう語らせている。若杉良作編集長は、右派思想の持ち主でもなんでもない。上の命令に従順に従うタイプ。最近のネトウヨ路線も、売れ行き不振の挽回策として、担当取締役の酒井逸史氏から命じられていた感じだった。酒井取締役は元『週刊新潮』の編集長でイケイケタイプですからね。10月号の擁護特集も酒井取締役が事前にGOを出している。会社は役員が読んだのは発売当日になってからという意味のことを言っていたが、そんなわけがない。少なくとも酒井取締役は事前にゲラも読んでいると思いますよ。それどころか、『ここで反論すれば売れる』と企画そのものを焚きつけた可能性もある。新潮社の「不文律」 全くのフェイクニュースだ。これでは編集長はロボットかでくの坊である。そもそも新潮社には、互いの編集権には干渉しない不文律があり、各編集部は完全に独立している。役員があれこれ指示することはできないし、第一、編集部は人手不足で、部外者が事前にゲラをチェックする時間的余裕もない。 このニュースサイトは結局、責任は一編集部などにはなくもっと上の方にある。社長以下、社員全員で土下座でもしろということなのだろう。 ここでも触れているが、「16年9月号から若杉編集長が就任以来、『新潮45』は極右路線、過激路線に大きくかじを切った」という批判がある。そしてこの路線を突っ走った揚げ句に、今回の「差別事件」を引き起こしたというのだ。 しかし、新潮社の報道姿勢は本来、いわゆる「新潮ジャーナリズム」という言葉があるくらい、偽善を嫌い、建前の裏に潜むどす黒い本音を抉(えぐ)り出すというものだ。『新潮45』も例外ではない。間違っても、ポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)を忠実に守る左派的な優等生雑誌ではなかった。 確かに、部数低迷は深刻な問題だっただろう。しかし、誰が編集長を引き受けても、この状況に歯止めをかけるのは無理だったと思う。 若杉氏がこれをどのくらいプレッシャーと感じていたかはわからない。ただ、あれこれ試行錯誤をした結果、ある程度手応えをつかんだのが朝日新聞批判であり、野党批判だったということだ。もともと、朝日叩きなどは『週刊新潮』のお家芸であり、それが系列雑誌に移行したにすぎない。 若杉氏自身が戦後民主主義に対する懐疑派であり、自身の思想信条を曲げて、売り上げのために「悪魔に魂を売った」なんてことは間違いだ。東京都新宿区の新潮社 ただし彼は、右派も左派もぶっ飛ばすユニークな言論で売り出し中の評論家の古谷経衡氏や、「安倍政権の本質はカルトである」と主張する哲学者の適菜収氏をも重用する柔軟性も持ち合わせている。他の連載執筆陣にもリベラル派がいる。 つまり、読者は、特集で安倍政権を持ち上げる言説を読んだ後、連載執筆陣の安倍叩きを読まされるわけで、極端に走ったといえるほどの紙面構成には実際はなっていない。 それだけ言論に幅があるとも、過激さが中和されるともいえるが、中途半端であることは否めない。その点で、右派論客で固められた『月刊Hanada』や『WiLL』などには売り上げで及ぶべくもなかった。若杉氏にも物申したい また、ある評論家が「かつてはノンフィクション路線の雑誌で取材費もかかったけど今のやり方なら取材費ゼロ」などと訳知り顔で語っているが、もしそうなら、ノンフィクション専門の私など、とうにお払い箱になっている。 若杉氏がノンフィクションにも力を入れる姿勢は全く変わっていなかった。私はつい最近まで、同誌でルポを何本も書いている。時間も金もかかる厄介なテーマだったが、若杉氏は取材費に全く上限を設けず、あらゆるサポートを惜しまなかった。 杉田氏の論文が掲載された8月号にも、福島県における子供の甲状腺ガン「多発」のタブーに切り込んだノンフィクションライターの上條昌史氏による「放射能不安を煽って生まれた福島『甲状腺がん災害』」という良質なルポを掲載している。残念ながら反響はさほどなかったようだが、こうした意欲作さえ、あの「ヘイト雑誌」に載ったというだけで葬り去られるとしたら残念である。 しかし、今回のことで若杉氏に物申したいこともある。結局、『新潮45』は雑誌としてLGBTの問題をどう捉えているのか、編集部の見解を聞く機会がなかったことだ。10月号で、「そんなにおかしいか『杉田水脈論文』を掲載した際、7人の論文の頭に堂々と、「編集部はこう考える」という一文を掲げるべきだったと思う。 私事で恐縮だが、私は若いころから10年ぐらい前まで、よく新宿の2丁目に通っていた。常連の店が何軒もあった。すべて店を仕切っていたのはオカマのママである。彼女(彼?)たちの毒舌を聞くのは刺激的で楽しく、こちらも負けずに舌戦に加わった。でもとても仲が良かった。 今振り返ってみて、彼らは弱者であろうか。支援が必要な差別の被害者であったろうか。もちろん、生きていく上でつらいことも多かったとは思う。しかし彼らはたくましく生き抜いていた。おそらく、自らを弱者だと思ったことはないだろう。結局みな同じ人間ではないか。 ちなみに私も、杉田氏流に言う「生産性がない」人間である。結婚もしない、子供も持たない私は、彼らと飲み交わすうちに、互いの持つ孤独感に似通ったものを感じ、まったく勝手な連帯感を抱いたこともあった。新潮社本館の銘板 杉田氏の論文が「差別文書」として事実上封印されてしまった以上、今後、LGBT支援を巡る自由な意見交換はしにくくなるだろう。誰も「差別者だ」と糾弾されたくないからだ。しかしそういう状況が、LGBTの当事者にとって決して良いこととは思われない。今回の弱者は、たった1万6千部しか発行していない、不当なバッシングに対抗するすべもない『新潮45』と、当事者なのに全く意見を汲み取ってもらえなかった俺ら普通の性的マイノリティーだよ。 こんなツイートが私の目に留まった。私は、『新潮45』で仕事ができたことを誇りに思う。

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    「道徳の教科化は正しい」いじめ自殺を隠蔽する学校は信用ならない

    なかったのである。それゆえ、教師によっては1年間に副読本を一度も読むことなく、慰安婦の強制連行という朝日新聞の虚偽報道を利用した反日教育をする者さえ存在した。彼らにしてみれば、今回の「道徳の教科化」は、腹立たしくて仕方ないだろう。なぜなら、「道徳の教科化」とは、道徳教育をどのように行うべきか、学校現場でしっかりと学習指導要領に沿った内容の教育が行われているかを国民が監視できる体制が整ったことを意味するからだ(もちろん、現段階はその一里塚にすぎないが)。 そこで教科化に反対する者たちには、この政策がどれほど醜悪であるか、というプロパガンダが必要になる。恐らくは、図らずもその先兵とされたのが、東京書籍小学1年の検定教科書を題材とした「パン屋、和菓子屋問題」だ。散歩中に友達の家の「パン屋」を見つけた話が、文科省の検定によりあたかも「和菓子屋」に書き換えさせられたがごとく報道されたのである。 あまりにバカバカしい。検定制度ではない。検定の中身でもない。もちろん道徳の教科化でもない。東京書籍の訂正方法と新聞等の報道の仕方が、である。文科省は、先に示された学習指導要領に沿って教科書を検定する責務がある。学習指導要領に「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」とあり、検定を受ける教科書にその記載がなければ指摘するのは当然だ。むしろ、指摘しなければならない。だが、東京書籍は歴史教科書などでも反日的記載の目立つ左派御用達の教科書会社である。 ここからは私の推測だが、その左派御用達の(それゆえシェアも大きい)東京書籍が「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」ことを子供たちに教えるために一項目増やすのは左派への裏切りに他ならない。「パン屋」を「和菓子屋」に替えてごまかしたのは、あえて「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」ための項目を造らないためと考えるのが自然である。 もちろん、文科省の対応がいつも正しいとは限らない。そこで、提案だが、このような無駄な不信感を抱かせないためにも、検定結果だけでなく途中の検定意見もすべて情報公開してはいかがだろう。私たち国民は、とりわけ子を持つ親は、学校において子供にどんな教育がされるかを知る権利がある。現在は何冊中何冊が合格したという検定結果と、検定に通過した教科書を見ることが可能だが、一切の闇をなくし、文科省のどんな意見に対し、教科書会社がどんな修正をしてきたのか。それらをすべて晒(さら)して、その是非を国民に裁定してもらう。そんな制度改革を行ってもよいのではないだろうか。文部科学省の外観=東京・霞が関(宮崎瑞穂撮影) 元次官が未成年売春の巣窟に出入りしていたことが明らかになった文科省。いじめ自殺が起きたら隠ぺいを指示する教育委員会。それに唯々諾々と従う学校現場。元委員長の愛人の務める店に組織名の領収書を切らせていた日教組等々。われわれ国民の教育関係者の向ける目は、怒りと不信に満ちていることを、彼らは早く気づくべきである。 今年9月に新潮新書から拙著『誰が「道徳」を殺すのか』が発行された。道徳の教科化をめぐる問題について、より詳細な内容をお知りになりたい方はぜひ、ご一読ください。

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    「ネタの価値も分からない」ここが変だよ、日本のノーベル賞報道

    ロさんが文学賞を受賞した。日本は連日、大騒ぎなのに英国では記事も少なく、ほとんど騒がれなかった、との朝日新聞記事が目についた。日本のマスコミから見ても「騒ぎすぎ感」がないわけでもなさそうだ。 一方で、ノーベル賞のもとは研究者の興味、関心に基づく基礎研究だ。政府はその研究費をどんどん減らしており、このままでは日本人の受賞は激減するとの予測もある。騒ぎたくとも騒げなくなるとの懸念がないわけでもない。

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    「オール沖縄」ってなんだ!?

    翁長雄志前知事の急逝に伴う沖縄知事選がきょう投開票される。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古移設の是非が最大の争点となった構図は前回と同じだが、そういえば4年前ほど「オール沖縄」の合言葉が聞こえてこない。そもそもオール沖縄とはどんな組織なのか。現地リポートも交え、実態に迫る。

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    LGBT特集『新潮45』休刊は度が過ぎる

    性的マイノリティ―(LGBT)に関する特集企画に批判が集まり、月刊誌『新潮45』の休刊が決まった。「編集上の無理が生じたことは否めない」。社長声明の文面からは出版界が抱えるホンネも垣間見える。35年以上の歴史を持つ老舗雑誌。休刊という最も重い判断は妥当だったのか。

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    小川榮太郎手記「私を非難した新潮社とリベラル諸氏へ」

    会の基幹というべき2点が数年、日本ではなし崩しに突き崩されつつある。 あの森友・加計学園問題を報じた朝日新聞による倒閣運動を日本社会は放置した。保守政権叩きでさえあれば、ファクトなど今の日本の大手メディアはもはやどうでもいいとの不文律が、これで出来てしまったと言える。朝日新聞社東京本社=東京都中央区(産経新聞社チャーターヘリから、納冨康撮影) その上、今回の『新潮45』休刊での不可解な動きだ。朝日新聞と新潮社の「あまりに常識を逸脱した」行動で、日本社会はファクトもオピニオンの公平な提供も、全く責務として引き受けようとしない大手メディアによって、完全に覆われることになった。 日本は平成30年9月25日をもって、「言論ファッショ社会」に突入したという事にならぬかどうか―。実に厳しい局面に日本の自由は立たされている。