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    コロナ苦の限界と「リスキーシフト」の罠

    新型コロナ禍が長期化する中、まるで感染を罪のように認識する風潮が広がっている。専門家は、感染を恐れるあまり合理性を欠いていても社会集団の合意になってしまう「リスキーシフト」だと分析。みだりに恐怖心を煽る報道も相まって、科学的根拠より同調圧力が上回ってしまう社会に警鐘を鳴らす。(写真はゲッティイメージズ)

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    コロナ長期化、無意識に「リスキーシフト」が蔓延するニッポン

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 最終回の今回は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長引く生活の中、図らずも普及してしまった新しい価値観やライフスタイルが、個人や家族にどう影響するのかについて話し合ってもらった。 そして、個人や家族の集合体である社会、または国はどういう方向へ進むのか。先の見えない状況が続く中、どう振る舞うべきかを提示したい。* * *梅田 今回のコロナ禍では、日本における同調圧力と村社会性があらわになった話題も多いですよね。お盆には、青森に帰省したら「さっさと帰れ」と書かれた中傷ビラが玄関先にあったという「八つ墓村」の時代のようなニュースも報じられました。杉山 こういうことは昔からあったんでしょうね。麻生 あそこの家は感染者が出た、出ない、みたいなことで引っ越しを余儀なくされた家庭もありました。梅田 それはあからさまに言われるんですか? 麻生 感染者が出た際の発表については厚生労働省の基本方針にのっとり、氏名を公開しない形で自治体、事業所、学校などで行われていますが、地方では「あの人だ」と個人を特定できるそうなんです。それで、ここでは子供が生きづらいということなって、引っ越したというケースがありました。ほかに、家族に感染者を出したことを苦に自殺したというデマが流れることもあったそうです。かなりひどいですね。梅田 デマは東日本大震災のときも目立ちました。社会が混乱したときに、こうした問題が起こるのは仕方ないのでしょうか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)杉山 人間は分からない事態が怖いんですよ。だから情報を求めるんです。間違った情報であっても、まことしやかに聞こえてくると、飛びついて分かったつもりになりたがる。要は安心するために情報を得たい。それは錯覚なのですが、人間の心理にはそういうところがありますね。「リスキーシフト」の罠梅田 昔は全国各地で、はやり病がありました。もし近隣の村で、はやり病があったとしたら、自分の村に入れたくないじゃないですか。たとえ村の外へお嫁に行った人がいたとしても「帰ってくるな」みたいな嫌がらせがあったのだろうと思います。杉山 集団心理というか「グループダイナミズム」(集団力学)が働くんです。だから、村の総意を公平に集約したというよりは、感情的で、時としてかなり非合理的な合意形成がなされるんです。社会心理学では「集団極性化」と呼ばれるのですが、集団心理の中で、合意形成が非常に偏っていく。集団極性化には、リスクの高いとっぴな決断を集団でしてしまう「リスキーシフト」と、消極的な意見でまとまる「コーシャスシフト」の2つのパターンがあります。合意形成ではあるけど、決して合理的でなく、未来につなげる観点が欠けているのです。 コロナに絡めて言うと、今の社会はコロナ対策面でリスキーシフトをしているように見えます。あらゆるリスクを冒してでもコロナに感染しないというか、そこにばかりシフトしている。マスコミの影響もありますが、合意が形成されたかのように振る舞い、さらに同調圧力も手伝って、反対意見は全て悪であるように扱っているような感じです。リスキーシフトをしている「日本村」は今後どうなってしまうのでしょう。梅田 そうですね。街を歩いてもテレビを見ていても、マスクしてない人を無意識に探してしまいうことがあります。自分も取り込まれているのかもしれません。杉山 日本感染症学会のシンポジウムで、年齢が高いほど周囲の人にコロナをうつす傾向があると指摘されました。一方、子供同士の間では感染が比較的起きにくいとされています。重症化リスクが高いのも、媒介者になるリスクが高いのも高齢者ということですが、ニュースとしては扱いがすごく小さい。梅田 情報でも、中には科学的な裏打ちってあるじゃないですか。ワクチン開発でよく言われる「エビデンス」。もしくは科学的、工学的な裏付けや基礎中の基礎知識。マスコミはそこにあまり飛びつかないですよね。杉山 感染症学会の例もそうなのですが、みんなが同調しやすい情報のほうが優先されてしまうのです。日本は欧米とは違って、科学に弱いというより合理的に考えることが常識になっていません。ゴミのポイ捨て問題にしても、日本だと誰かが片付けてくれるだろうという感じですが、欧米ではポイ捨てによって清掃員を雇わなければいけなくなり、雇用費が発生し、税金が上がるというところまで考える。何をしたら、どんな結果になって自分に返ってくるかを、子供の時から教え込むわけです。合理的な行動か否かを短期的な視点だけじゃなくて、長期的に考えさせるのが当たり前になっている。梅田 教育の話が出ましたが、一時期、感染予防のために子供は外で遊ぶこともできませんでした。これは後々、教育にも影響が出るのではないのでしょうか。杉山 子供は遊びを通して学ぶので、遊ぶ機会が減ったのは心配です。でも、だいぶ日常を取り戻しつつあると思います。逆に、かわいそうなのが大学生なんですよ。大学はオンライン授業が中心ですから。クラスター(感染者集団)のニュースをマスコミが追いかけているので、クラスターを出さないことが大学の目標の一つになっているんです。だから、これまで通りの対面授業はハードルが高い。でも、このハードルそのままにしておくと授業内容が貧弱になります。そこの兼ね合いで、各大学が頭を悩ませているところです。新型コロナ感染拡大防止のため、大型複合遊具が使用できなくなった花園中央公園=2020年4月、大阪府東大阪市(南雲都撮影) 今が、ちょうど過渡期です。段階的に緩和している、と言えば聞こえはいいのですが、計画性なしに緩和したり、大学の入校制限を厳しくしたりを繰り返しているので混乱を招きました。私のところも、極端に言えば毎週ルールと手続きが変わるような勢いで、大変でした。華やかなキャンパスライフが…梅田 大学生というとサークルや飲み会で青春をエンジョイ、というイメージがありますが、今は大人数の飲み会も歓迎されませんし、飲食店に対して深夜の酒類提供の自粛を求める地域もあります。杉山 非常に気の毒な状況といいますか、青春が貧弱になっています。大学公式のサークル活動はかなり制限されています。飲み会も、学生の皆さんは各大学の方針に協力してくれています。梅田 どこへ行ってもアルコール消毒をするようになったので、潔癖症になる人も増えるんじゃないかという心配もあります。杉山 これまでの話と矛盾するかもしれませんが、衛生に関する社会的な共通認識が持てたことについてはポジティブに捉えています。衛生の概念がコロナで変わったのです。自分が汚いかも、感染しているかもという考えで行動しているところもあると思いますが、衛生についてみんなが共通の認識を持つに至ったかなと思います。 例えば、熱弁を振るう人から唾が飛んでくるのって、昔からみんな嫌だったと思うんです。それを堂々と嫌がっていいことが概念化された。人が使ったものは汚れているかもしれない、と思う人はずっと思っていたわけで、それがルール化されたわけですよね。衛生的な方が安心だということが世界レベルで共有されたのです。以前から日本人は衛生感覚がしっかりしている国民性だったんですが、外国から日本人は潔癖すぎると見られていました。しかし、今は私たちが潔癖症でおかしいわけではないとはっきり言えます。衛生の概念を共有できるようになったので、いいことだと思います。麻生 衛生概念って夫婦がもめる一因になりうるんですよ。そこを共有しやすくなったのは良かったと言えるかもしれません。梅田 コロナの感染が拡大してから、家庭内の暴力や虐待とは別に、ささいなことがきっかけで起きた事件が増えている気がします。マスク着用をめぐる口論が傷害事件に発展したケースもありますし。杉山 おっしゃる通りで、我慢する力が全般的に弱くなっているのかもしれません。私は本連載の第2回で触れたように「サルの脳」と呼んでいますが、人間は社会的な刺激を受ける中で、自分の立場とか自分の役割を自覚して我慢できるところがあります。ところが、テレワークでは社会的な刺激がすごく制限されました。外出自粛でずっと家にいると、好き勝手できるんですよ。それが当たり前のようになって、社会的な刺激の少なさから立場や役割への自覚が弱くなる。自分が我慢できない状態になっていると気が付けない人が増えている感じがするんですね。ただ、これは時間の問題で、自分がいらつきやすくなっている、無駄なことが気に障って事態をややこしくしていることに、だんだん気付けるようになると思います。今は過渡期なので問題が増えているのかもしれません。梅田 麻生さん、例えば街中とかで人とぶつかって舌打ちされるとか、そういう嫌な感じのことがあったりしませんか? 麻生 コンビニやスーパーの店員さんに聞くと、イライラしているお客さんが多いそうです。店員さんには気の毒な話ですが、立場の弱い人に八つ当たりしているわけですね。レジのビニールカーテンを持ち上げて、マスクもせず大声で店員さんを怒鳴りつけている人もいました。聞こえてきた内容からすると、近隣のお店に1日に何度も行ってクレームをつけているようで、そういうのを目撃したら迷わず110番だな、と。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 日本でそれですか。欧州では感染拡大が続いています。夜間外出禁止などの措置もとられていますが、直前までマスクをしていない人が多かったのには驚きました。合理的に考える教育を受けたはずの人たちなのに。「合理性」判断の基準は杉山 そこは、マスク着用の合理性を判断する基準や情報の有無だと思います。自分たちには判断できる基準も情報もないので、政府判断に任せているのではないでしょうか。自分で判断するより有効な判断が提供されるなら、それに従うのも、ある意味では合理性です。不安でマスクを手放せない、という非合理的なことをしない代わりに、行政が責任をもって危険を発信したらそれに従う、という合理性が顕(あらわ)れているように思います。自分で判断できることであれば、彼らの合理性の基準は変わってきます。 ドイツに出向していた友人が言っていましたが、「ドイツ人は他の国の人よりもルールを守ろうとする。だが、ルール至上主義ではない」。ルールを科学的というか合理的に考えているわけですね。このルールを守ったら、逆に破ったらどういう結果になるだろうか、と。破っても問題ないのであれば、もう知らないよ、という態度だそうです。梅田 コロナ禍の日本では、介護の必要な親を高齢の子供が世話をするなどの「老老介護」の家庭の問題もあります。子供が失職したり、給料を減らされたりするリスクもありますが、親子が家の中に閉じこもりがちだと悩みを抱え込んでしまうのでは。杉山 僕たちの業界でよく問題になるのは、家庭内で煮詰まって心中まで進んでしまうことです。特に認知症が入ると深刻で、意思疎通が取れないから介護しているほうが絶望的な気分になる。コロナ禍で外からの人の出入りも少なくなってしまうと、虐待やコロナ離婚の問題で話したように、気分が切り替わらなくて、ますます深刻なことになります。支援者側はそういうリスクが高まらないように、社会から孤立させないためにはどうすればいいかを考えているところです。梅田 老老介護に行き詰まった末の心中や、経済的に困って親子で飢え死にしたとみられる事件は以前からありましたが、今後も続くかもしれません。麻生 恥の文化とも関係があるかもしれませんが、介護の悩みがあっても誰かに助けを求められないで、家の中だけで抱え込んでしまうというのはありえることです。自分を子供時代に虐待していた親の介護では、虐待が起きることもあります。私が接した事例でも要介護の親御さんのことを「蹴りたい衝動に駆られる。自分が蹴られて育てられたから」という方や、老いて弱った親に復讐(ふくしゅう)心を持ってしまうことに対する罪悪感や葛藤と戦っている方など、さまざまです。かつて暴力を受けた側が振るう側になってしまう、「被害者の加害者化」は避けるべき悲劇ですし防ぎたいと考えています。 虐待サバイバーの介護は大きくわけて3択。慈愛をもって「守る」のか、「捨てる」のか、「復讐をする」のか。どれを選んでも苦しいので、お金を払って「捨てる」、つまりプロに任せるのが一番良いんでしょうけど、施設もそう簡単に入れるわけではありませんし、そこに至るまでの間に介護虐待が起きてしまうこともあります。また、プロの手を借りたとしても、まったく関わらないわけにはいきません。杉山 人生100年時代と言われる中、高齢者の定義を見直すという考え方があります。労働力が足りなくなるので、65歳でリタイアして年金生活という考え方ではなくて、働ける人は75歳、場合によっては80歳まで働いてもらえる世の中にしていこうと。厚労省と経済産業省は、仕事を通してみんながもっと活気ある生活を送れる働き方を目指すとしています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 高齢者が年金生活ではなく、継続して仕事をする生活になれば、それなりに経済的な余裕も出てくるので、介護のプロに助けてもらえる。そうすると気分的に煮詰まりませんし、介護を受けるほうもプロに世話してもらうと心地いいんですよ。親族は介護の素人ですから。そういう老老介護の在り方が次のビジョンかなと私は認識しているところですね。「長期バブル」の終焉か梅田 介護のプロの人数を確保できるかが課題になりそうですが、その点についてはいかがでしょう。杉山 2000年代の初頭は介護職が花形産業扱いでした。いろんな大学が社会福祉を掲げる学部を作って、受験生もそれなりに集まっていました。当時は私もそういう大学の教員だったのですが、介護教育専門スタッフの女性の言葉が印象に残りました。彼女は「おじいちゃん、おばあちゃんたち、しわくちゃでカワイイ!」と、高齢者に会ってテンションを上げていたんです。私も日本人なので、高齢者を敬い尊重するという価値観を身につけていますが、尊重のさらに上を行く感性というか、「これが介護の感性か」と妙に納得したんですね。 高齢者が死ぬのを待つような介護ではなく、愛されながらその時を迎えられるような介護というか、幸せな終活をクリエイトする介護であれば、こうした若い人たちもやりがいを感じられるのではないでしょうか。私は延命治療を限界まで続けるより、納得しながら旅立てる終活のほうがいいと思うのです。今はテクノロジー・イノベーションである程度の設備投資ができれば介護の負担も軽減できます。認知症の問題もあるので、幸せな終活ばかりとはいかないかもしれませんが、理想としては、介護についての議論が深まり、若者が希望を持って参入できるビジネスモデルになればと思っています。梅田 今、都心を離れて人口密度が「密」でない地方に引っ越したい人が増えているそうです。ただ、いわゆる田舎ほど同調圧力と「よそ者」への警戒心が強いので、移住とその後の暮らしがスムーズにいくかは分かりません。ワーケーションは一時的な滞在なので、GoToトラベルと同様に人気ですが…。杉山 テレワークの普及で地方の価値が見直されています。通勤に1、2時間かかる土地に住むと考えたときに、出勤が週5日だときついけど週2日ならいいという判断もあるはずです。ライフスタイルの多様化がどんどん進むと思われるので、それぞれの価値観に合った人生を送りやすい時代になることでしょう。梅田 これが最後の質問です。先ほど杉山先生がリスキーシフトの問題に言及されましたが、各国の政府や軍もイライラしていると思います。誤った政策や指導者の選択により、最悪の場合、戦争に発展する可能性はあると思いますか。杉山 私はwithコロナが長引くことで「超長期のバブル経済」の崩壊が始まって、その混乱で社会が荒れることを心配しています。バブル経済とは、もっと価値が上がるという過剰な期待が投機を促して、実体経済の成長以上に商品の価値が高騰する状態ですが、実は「フロンティア」への期待が高まった大航海時代からずっとバブル経済だと言われています。実際、現代の経済はずっと次の「フロンティア」を探している状態ですから。 バブル経済は期待が生み出すので、心理学でも考察されている分野なのですが、withコロナによって、さまざまな期待が失望に変わりました。例えば、東京オリンピックに向けて東京・千駄ヶ谷には大金を注ぎ込んで新国立競技場も、とてもすてきで豪華なホテルもできました。オリンピック景気への期待が投機を促した分かりやすい例です。しかし、オリンピックが延期になり、新国立競技場もホテルも期待した価値に見合った「果実」を生み出せていません。本当にオリンピックを開催できるのかと不安を訴える声も聞こえてきます。新国立競技場=2019年11月29日、東京都新宿区(産経新聞チャーターヘリから、桐山弘太撮影) 今、世界の至るところで似たような現象が起きているんです。失望が失望を生み、「どうなるか分からない」という不安から期待をしなくなる。そうなると、世界規模で信用収縮が起こって、お金が回らなくなる。大航海時代以前のような、いい意味では穏やかな、悪い意味ではイノベーションに乏しい時代に突入するかもしれない。これだけならまだいいのですが、強引にフロンティアを作る方法の一つが戦争です。期待という「フロンティア」を失うことへの抵抗から戦争を始める国があっても不思議ではありません。withコロナで生まれた同調圧力が、戦争への同調圧力にならないことを願っています。* * * すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    児童虐待アラート!コロナ禍が増幅させる「裏切り者探索モジュール」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 本連載では、3つのテーマを6回にわたり取り上げてきた。締めくくりのテーマとして、社会の最小ユニットである「家庭」について掘り下げていきたい。 コロナ禍を受けて学校が休校になり、子供の面倒を見るために親が会社を休む家庭が増えた。また、緊急事態宣言後にリモートワークが普及し、親たちが自宅で過ごす時間が長くなると、子供の虐待や夫婦関係の終焉などのネガティブ話題が聞こえてくるようになった。 東京都では1日あたりの感染者数が500人を超える日もあり、全国的に感染が拡大しつつある。「第3波」の到来で政府は11月21日、経済支援策の「GoTo」事業の運用見直しを表明した。この先、再び「巣ごもり生活」が広がることも考えられる。 家庭は本来、ほっとする居場所ではなかったのか。コロナ禍は、そんな根源的な問いさえも見直さざるを得ない事態を引き起こしている。* * *梅田 人間にとって「家族」にはどんな心理的側面があるんでしょう。杉山 家族は心理学だと「マイクロシステム」と呼ばれています。社会の最小ユニットという考え方です。生活を共にする中で、行動様式や価値観などの最小単位ですし、子孫を残す生殖活動にも欠かせません。 子供はどんなユニットに生まれてくるかは選べませんが、逆に言うとユニットがしっかり機能しているから生まれてくるわけです。ユニットがしっかりしていないと生存できないんですよね。 怖い話ですけど、子供を育てられない若者が妊娠して、赤ちゃんを遺棄する事件が起きています。これはユニットとして成立していないところに生まれ落ちると生存できない例の一つと言えます。家庭がユニットとして最低限機能しているから、子供は生存が可能なのです。 なので、生存した子供にとっては、自分が生まれる前から存在している親はまるで神話のようなもので、自分にはどうしようもない世界です。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)梅田 コロナ禍で巣ごもりが始まって以来、「コロナ離婚」や夫婦げんかが増えたと話題になりました。これはどういう心理的なメカニズムから起きているのでしょう。杉山 単純に接触する時間が長くなったことが原因だと考えられます。お互いの嫌なところも、ますます目につくわけです。人間は嫌がれば嫌がるほど、相手の嫌なところしか見えなくなります。巣ごもりしていると気分をリセットできなくなり、相手の嫌なところばかり見えるようになると、けんかや離婚ということになるわけです。巣ごもりで「爆発」梅田 麻生さん、実例は何かご存じですか。麻生 自分が接している中では、コロナ以前からの不満が噴出するみたいな話が多かったですね。コロナ以前から、例えば不倫や経済的なこととか、何かしら火種があって、それがコロナの巣ごもりで爆発するみたいなケースです。 あと、発散方法がなくなったというか、例えば女性の方では、パート先でおしゃべりするとか、愚痴るとか発散できる場があったのに、コロナ禍でそれができなくなった面もあるでしょう。梅田 この時期に結婚した夫婦もいるはずです。新婚のときって、妙にベタベタするじゃないですか。そういうカップルはどうだったんでしょう。麻生 コロナ禍で結婚式の延期や規模の縮小、キャンセルなどを余儀なくされた方もいたようです。キャンセル料はいくらになるのか、引っ越しもしなくちゃいけない、とか。もともと、結婚式は火種になりやすかったりするので。梅田 たしかに結婚式の打ち合わせの段階で、もめますよね。麻生 もめますね(笑)。お互いの家の価値観が合わない、この結婚やめとこう、なんていうこともありえるイベントですから。それに加えて、コロナ禍で結婚式に人を集められないということで、式の延期やキャンセルなどで意見が合わず「やっぱりこの人じゃなかった」と思った人たちもいたかもしれません。梅田 結構な決断を迫られますからね。先生の周りでは、コロナでもめた話はありましたか?杉山 テレワークで働くようになった50代女性から、「家にいた間は夫婦関係がやばかった」という話を聞きました。出勤できるようになってよかったと。あと、ご主人が家にいるので、少しは家事を手伝ってくれると期待した奥さんが「ここまで何もしないとは思わなかった」と幻滅したというか、期待を裏切られた感じを抱いたそうです。そうなると、ご主人が裏切り者に見えてしまう。梅田 ああ(笑)。でも、子供にとっては毎日お父さんがいるので、うれしいのかな。それとも飽きるのかな。杉山 これは家庭によりますね。コロナ離婚も問題なんですけど、私が心配していたのは「コロナ虐待」のほうです。もともと虐待傾向があったお父さんやお母さんが、ずっと子供と顔を突き合わせている中で逃げ場を失うことを心配していました。 例えば子供が身体にあざを作って登校したら、学校の先生が気付けますが、コロナ禍では家庭が密室化されるので、コロナ虐待の増加が懸念されていました。梅田 子供を虐待する心理は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)麻生 子供たちの声を直接聞くことができたらと考え、春先に大人も子供も利用できる無料電話相談を設けました。学校の教員、児童相談所や児童養護施設の職員からお話をうかがうと、学校の施設を開放する「学校開放」のような形で休校中に子供が学校に来られる機会を作ると、給食が提供されないため弁当を持たせるといった、親の負担が増えるケースも多少あったようでした。 教員の方によると、虐待リスクの高い家庭では、親御さんが子供に学校開放に参加させないことがあるそうです。学校開放の趣旨に理解して子供を通わせますという、保護者の許可証がいるのですが、これを書かず、行かせない。結果的に子供が一日中家にいてイライラを募らせ、虐待に発展する危険性があると聞きました。「助けて先生」梅田 許可証を書かないのはなぜなのでしょう。趣旨が理解できないのか、面倒なのか、それとも虐待がばれるからなのか。麻生 いろんなケースがあると思います。休校期間中、子供からメッセージアプリのLINEで「助けて先生」と助けを求められたという学校の教員もいました。以前、児童相談所へ緊急一時保護をしてもらった子供で、親の型落ちスマホを契約せずにWi-Fiだけで使っていたそうです。 個人情報の問題や、先生のお仕事の範囲を超えているけれども、そうでもしなければ救えない子供が現実にいるわけです。 また、コロナを大義名分に、児童相談所の面会を断る保護者もいるようでした。「こういう時期なので、訪問も控えてくれませんか」というのは、断る理由としてはまっとうですが、それが虐待の隠れみのになり得るのは問題です。梅田 虐待する心理的なメカニズムについて教えてください。杉山 心理学でよく注目されるのは、親から子供へと伝わる「世代間連鎖」です。虐待を受けたことのある人には、虐待の事実を自覚して「これはよくないことだ」と認識できている人と、あまり認識がない人がいます。 認識がない人は、それが子育てだと思い込んでしまう。直感的に、家庭教育とはこういうものだと思っているので、自分もためらうことなく虐待をしてしまう。このような世代間連鎖があります。 もちろん、虐待サバイバーが皆、虐待するわけではなくて、自覚がしっかりしていると「自分はしない」ということができるんです。自覚がないまま大人になり、親になった場合、虐待してしまうことはありえます。梅田 虐待をする側が「しつけだった」と暴行を正当化するような発言をすることは少なくありませんし、虐待をした親が、自分自身も日常的に体罰を受ける環境で育ったことをうかがわせるケースもあります。世代間連鎖は無視できない要素かもしれません。杉山 その可能性もありますが、そもそも人間の本能として、子供が自分にとって都合が悪い存在になると自分を邪魔する裏切り者だと脳が認識してしまいます。そのとき、親としての自覚があると「子供は裏切り者じゃない」と考えを修正して違う行動ができます。それを「親としての自覚」や「制御力」といいます。 ただ、自分の感情の制御力が弱い人だと、裏切り者を「殲滅」する人間の本能に支配されて、子供を裏切り者と認識してしまいます。「裏切り者探索モジュール」といいますが、防衛するための行動が子供に対する虐待行為になってしまうのです。 虐待は、このような感情に基づいて行われるとされていますが、裏切り者を「殲滅」するような感情はアクションを起こすと消えるというか、軽くなります。感情って、もともとアクションを起こすための原動力なんですよ。だから、アクションを起こした後、感情は急激に軽くなる。 そうなると自分の立場を気にする脳がまた活性化し始めて、「これはまずい」となるわけで、自分を正当化する言い訳を考え始めます。自分自身に「これはしつけだ」と信じ込ませないと、人に対して説得力もないので、しつけだった、教育だったと強く主張するようになるのです。麻生 虐待サバイバーの話が出てきましたけど、虐待を受けて育ち、自分の子供を虐待している親の中には、子供時代の自分の身に起きた理不尽な出来事を正当化したいというか、自己防衛機制(不安を軽減しようとする心の働き)として、自分の中で「あれは親の愛だった」と置き換えて、子供に同じことをする事例も見られます。これは愛です、しつけです、と。訓練で、抵抗する親から子供を保護する児童相談所の職員=2019年2月、和歌山市 それを虐待だと認めると、子供時代の自分も傷つくんですよ。親に愛されていた、親にきちんとした教育を受けて、しつけてもらったと自分に納得させていることが覆って全否定されてしまうので、過去を正当化することで自分の心を守っているわけです。子育てに自信持てる環境を 大切なのは、大半の親は「どこまでがしつけだろう、どこまでが虐待だろう」と悩みながら一生懸命子育てしているということです。しつけと虐待の境目が分からない、虐待事件を見聞きするたびに人ごととは思えない、自分の子育ても虐待なのではないかと不安を訴える相談は非常に多いです。でも、そうやって自分の子育てに不安を抱えながら育てていらっしゃる方は大丈夫。もっと安心して、自信を持って子育てを楽しんでいけるような環境や社会になるといいですね。 でも、自分が受けてない育て方をするのは、想像以上に難しいことなのです。今って、子供を褒めて伸ばす時代じゃないですか。でも私たちの世代は周りと比べられて、親に褒められなかった人が多いので、子供を肯定してあげたくても褒め方が分かりません、という悩みもよく聞きます。梅田 結構多いと思うのが、特に小さい子は、何回叱っても同じことをするので、つい手が出てしまうことです。日常的なことでなければ、虐待とは言えないかなと思うのですが、悩んでしまう方もいるようです。麻生 います。すごく多いんですよ。ただ、体罰に教育としての効果はありませんし、体罰によらない指導方法を親が学ぶ必要性があります。虐待を監視する世間の目強くなる一方で、子育てを温かく見守ろうというまなざしが足りないと感じます。虐待対策は子育て支援とワンセットで行われるべきだということを、ずっと訴えているのですが…。梅田 とはいえ、毎日のように子供を罵倒する声が響いているとなれば、虐待の疑いが強まります。親がいくら「しつけ」と思い込んでいたとしても、子供がけがをしていたり、満足な食事を与えられずに衰弱していたりする様子を見れば、自分が虐待をしている事実に気付くと思うのですが、なぜ知らないふりができるのでしょうか。杉山 信じたくないことですが、自分にとって都合の悪いものは見ないようにする心理が働くのです。心の中で、都合の悪いことはなかったことにして、違うことに没頭し、本当に考えなければならないことから逃げてしまうのです。精神分析学で「抑圧・否認」と呼ばれます。 幼い命が失われる痛ましい事件も起きています。離婚して5歳の息子と暮らしていた父親が、妻が勝手に出ていった悔しさを思い出すので自宅に帰るのが嫌になって、子供をほったらかしにしたまま何日も家に帰りませんでした。 家に食べるものがあるから、何とかやれるだろうと思っていたようです。 ところが、帰ってみたら子供がガリガリにやせ衰え、立ち上がれないぐらいの状態だったと。それを見て、このままだと自分が虐待をしたことがばれる、育児放棄(ネグレクト)したと社会的に責められると思い、病院に連れて行くこともなく、また出て行ったんです。 子供は「パパ」って追いすがっても振り払われて、その後、衰弱死してしまいました。息子の死を隠したかった父親は、事件が発覚するまでの約7年間、賃貸だったその家の家賃を払い続け、別の女性と別の家で暮らしていたそうです。悲惨な事例ではありますが、人間の中にはそういうことできる人がいるのです。 ネグレクトする心理は、「他の虐待より心理的ハードルが低い」と私はよく解説をしています。苦しんでいる子供が目の前にいないから、違うことに没頭できる。子供が見えないから心が痛まないんですね。 もう一つ、子供の親である自分を否定したいという点もあります。子供の親である自分って、ちょっと言葉が悪いけど、子供に縛り付けられている存在だから、とても不自由なんですよね。母性本能というのは「神話」にすぎないので。梅田 母性本能は存在しないんですか。杉山 心理学的には確認されてないですね。そもそも学術用語ではありません。だから、母性本能があることを前提とした子育て論はナンセンスです。麻生 母性本能神話や、母親は子供が3歳になるまで育児に専念すべきという「3歳児神話」もお母さんたちをすごく苦しめるもので、きついと思いますよ。梅田 でも1、2歳の頃、世間のお母さんたちは子供をすごくかわいがるじゃないですか。杉山 その時期の子供は手がかかるけれども、まだ自己主張をしないし、宇宙人なんですよ。人間というよりは動物に近いと言っていいでしょう。「ベビーシェマ反応」というのがあって、赤ちゃんのような存在を本能的にかわいいと思って、何かしてあげたくなる哺乳類共通の本能があるんです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)梅田 それは母性本能ではないのでしょうか。人間だけでなく動物のお母さんも一生懸命に子育てしますが、あれは遺伝子レベルでやっている本能的な種の保存活動なのでは。杉山 そうです。本能をどうとらえるか、ということになりますが、哺乳類全般がそういう本能を持っており、種を保存することができているのです。DVと児童虐待梅田 動物の赤ちゃんは小さいけれど目が大きくてかわいいですが、動物には関係ないのでしょうか。杉山 かわいいという概念を持っているみたいですね、動物のインタビューをして聞けるわけじゃないんですけど(笑)。ベビーシェマ反応は種を超えてあるようで、ある種のメスが、別の種の赤ちゃんを育てることもあります。 メスのライオンが草食動物の子供を育てていたという、びっくりするような事例もあります。結局、子供はオスライオンに食べられてしまったのですが、そんなケースもあるのでベビーシェマ反応は種を越えて起こると考えられます。 人間だって子猫や子犬をかわいがりますよね。でも、これも母性本能ではないんです。 人間の場合、子供が0~1歳だと、それが非常に強く働くんですよ。2歳くらいになると口答えができるようになります。「テリブル(terrible)2」や「魔の2歳児」とも呼ばれる、いわゆる「イヤイヤ期」です。ここでお母さんの忍耐力が試されることになります。梅田 子供を虐待し始めるのは親のどちらかだと思います。一方が虐待しだしたら、もう一方の親も加担する、もしくは制止しない。これはなぜなのでしょう。杉山 私の印象ベースでエビデンスがあるわけではありませんが、仮に、父親が子供に暴力的になるとします。子供に暴力的な父親は恐怖で母親を支配している可能性があり、母親は逆らうと自分も被害を受けると考えて怯える。だから、父親を止められなくなり、虐待に「協力」してしまうということが考えられるのではないでしょうか。 今年、生後1カ月の子供を、父親がドアにたたきつけて死なせてしまった事件がありましたが、母親は自分も暴力を振るわれるのが恐ろしくて、虐待を止められなかったなどと説明していました。麻生 そういう家庭では、子供に暴力を振るわれること自体が、彼女にとって心理的な家庭内暴力(DV)なのではないでしょうか。「わが子に暴力を振るわれるというDV」を受けているような感じを受けます。また、そこでわが子を救えず、何をやっても無駄なんだという「学習性無力感」に陥ったという印象を受けます。杉山 多くの場合、恐怖による支配は学習性無力感を伴うので、もうどうにもできないという諦めがあると思います。梅田 ところが、家庭内で虐待があっても、近所の人からは家族仲良さそうだったと語られる場合もあります。麻生 DVを行う人にしても、虐待を行う人にしても、非常に外面(そとづら)がいいんですよね。日本では家が閉ざされた空間であり、世間様の目が一番気になる存在だったりするので、そこに対する取り繕いには長けている人もいます。母親役の女性に事情を聴く警察官や児童相談所の職員ら=2019年11月、京都市伏見区杉山 逆に言うと、取り繕いが上手いので、周りが気づきにくく、深刻な事態を招いてしまうところがあるのかもしれません。1人になれる時間を大切に梅田 それがコロナ禍の巣ごもりで増えたのは、イライラの行き場がなかった部分もあると思います。ということは、家族でも不快な距離感があるのでしょうか。杉山 家族といえども、それぞれ1人になる時間はある程度必要です。人間の心って、人に最も反応しやすくて、同じ刺激ばかり受けていると、心と脳の同じところばかりが働くことになります。すると、バランスが崩れてくるんですね。 違うところも働かせるためには、1人になる時間で違う刺激を受けることが必要です。同じ刺激ばかりだと「この刺激はもうたくさんだ」と心と脳が悲鳴をあげてしまいますから。それで、家族の間でも不快に感じることが起こり得ます。梅田 日本の住宅事情を考えると、小さい子供がいる家庭ではいつも子供を囲んで生活することになりがちです。目が離せない年頃だと、特に。麻生 日本では家庭で問題が起きると、家庭内での解決にこだわって悪循環に陥り、かえって解決から遠ざかってしまうんですね。欧米だと乳児期から子供に1人部屋を与えて、日本のような母子同室の育児はしませんし、成人後は親と同居しない風潮があります。「個」として家族の外に出ようとする意識が強いのです。 世間体を守り、家の中で問題を抱え込むようになっていくのは日本の文化特性かもしれません。「引きこもり」という言葉が、英語圏でも日本語のまま「HIKIKOMORI」と表現されることがあるのは象徴的です。杉山 日本は世間体の文化というか、「恥の文化」なんですよね。同調圧力の強い村社会の傾向があるので、「この家は恥ずかしい」となると、家単位で村社会から排除されるリスクが高まります。良くて村八分、悪いと「この家は代々問題ばかり起こすから潰してしまえ」という圧力が働いてしまう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同調圧力が高い村社会って、本当に怖いところがあります。仲間だと思われていれば守ってもらえるメリットがありますが、いったん村の秩序を壊す存在だと見なされると、一斉に排除圧力がかかってきます。そういう怖さの中で、家の恥はどんどん隠そうという方向に行くのではないでしょうか。* * * 次回は、コロナ禍で広まった新しい生活様式やライフスタイルが、個人や家族にどう影響するのかを議論する。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    コロナで進む国力低下、克服の鍵は報われぬ庶民の脱「学習性無力感」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 働くほど豊かになれるとされた高度経済成長期、多くの日本人が家計に不安のない暮らしを手に入れた。しかし、規制緩和で外資系企業が国内に入り込み、企業は製造拠点を海外に求めるようになり、非正規雇用が当たり前のものになると、収入格差が国民を二分化させ始めた。 日本を代表するメーカーであるトヨタが9月30日、昇給ゼロもあり得る「成果主義的昇給制度」を来年導入する方針を示したように、時代は確実に変わり始めている。 また、外国人労働者が急増し、少子高齢化に伴う労働力の減少をカバーしている。労働をめぐる環境が大きな変化を迎えている今、改めて国力とは何かを考える。* * *梅田 「一億総中流」は高度経済成長期のキャッチフレーズですが、今となっては本当にそんな時代があったのか、と疑わしく思えるようになってしまいました。杉山 本当にそうですね。当時は、国内産業を保護する規制をかけることで、国家が企業を守っていました。そして、企業は従業員とその家族を守る役目を担いました。結果的に、ほぼすべての国民の生活を守ることができた時代ですから、大成功ですね。 ところが、今はグローバル化で国家が企業を守ることができなくなりました。規制をどんどん外して「グローバルなマーケットで戦ってください」となっています。 国家が企業を守らないのに、企業が従業員と家族の暮らしを守り続けるのはどうなんだ、というところから日本型雇用の見直しを求める声が経団連から出たりしますし、トヨタの豊田章男社長も「終身雇用を守っていくのは難しい」というメッセージを出したりするわけです。 経営者の本音としては、人件費という固定費を減らしたい。社会保険や交通費、住宅手当なども考えると、実質給料の2倍くらいになりますから。 そこで正社員になって生活を守られている人と、非正規雇用で生活を守られていない人たちとの格差が、これから先、社会不安につながらないか懸念されます。麻生 現行の労働者派遣法では、同一事業所の同一部署へ、同じ労働者を派遣できる期間は最長3年です。3年を超えて派遣される見込みの労働者の雇用安定措置として、労使合意のもと、派遣事業者や派遣先企業は直接雇用などの措置を講じます。しかし、実際のところ、その目前で切られてしまうことが起きています。いわゆる雇い止めです。梅田 大企業では、同じ仕事であれば雇用形態を問わず同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」が定められていますが、守られているのでしょうか?杉山 正社員には責任が伴うという理由で、差をつけています。企業の側としても、派遣社員はずっと勤めてもらう前提ではありませんからね。しかし、正社員はスキルがたまっていきます。正社員の一人一人が蓄積した経験値も、企業の財産なんです。だから財産のプールである正社員を厚遇したいわけで、責任が違うから賃金に差をつけることが、実際続いているようですね。高度経済成長期の真っただ中に行われた東京五輪=1964年10月10日、国立競技場梅田 長期雇用の派遣社員でも価値は認められないのでしょうか? 先日、郵便局員の契約社員の待遇をめぐる裁判では、一部の手当や処遇は認められましたが。杉山 経験値を下の世代に伝えていくのは正社員の役割だと思いますが、そういうことを派遣社員にさせている企業もあるでしょう。とはいえ、派遣社員には人手が足りないときに助けてもらう人材という前提があるので、その経験値を会社の財産と考えている企業がどれほどあるのかは分かりません。40、50代を襲う雇い止め麻生 「3年間スキルを磨くことができます、そのスキルを次の会社で生かしてステップアップして」という建前をとる派遣事業者もあります。若手ならば、それもキャリア形成の一つになるかもしれませんが、今、雇い止めにあっているのは40代、50代以上の方々です。まったくの異業種で仕事をしてきた方が、介護職のアルバイトでなんとか食いつないでいたり、アルバイトすら決まらず路頭に迷っていたりするんですよ。 契約社員、パート、アルバイトの方の雇用が不安定に感じられるかもしれませんが、実際はコロナ禍で派遣社員を先に切って、パートやアルバイトの方を残す企業が多かったようです。杉山 パートやアルバイトは確かに企業と雇用関係が発生していますから。雇用関係があると、アルバイトであっても簡単には切りにくいです。麻生 ただ、中には企業の責任として、非正規雇用の方を感染リスクにさらすわけにはいかないから出勤させられない、当面は社員だけで業務を回そうと決断した企業もありました。杉山 やはり、日本で国力が安定していたのは、社会的不安が少なかったからでしょう。その背景には「正社員で中流」という意識がありました。そうすると、あまり格差を実感しないので、不満も生まれません。ところが現在、コロナ禍で格差が目に見える形となり、各個人の問題として浮き上がってしまったわけです。梅田 これから先、再び自粛要請が出されたときのために、家計を助けるスキルや資格があるほうがよさそうですか? 手に職をつけるべきでしょうか?杉山 手に職というか、これからは仕事を掛け持ちするダブルワークがスタンダードになっていくと思います。副業を許す会社も増えており、ダブルワークの部分は自己実現ができるような働き方ができると理想なのかなと。 例えば、何かしらの資格をとって、ビッグマネーにはならなくても趣味と実益を兼ねた仕事をダブルワークでしていく、ということです。前にも話しましたが、理想的な生き方は仕事の中で生きがいを感じることです。生活のための仕事と、生活の足しになるくらいの稼ぎだけど生きがいの感じられる仕事のダブルワークが理想ですね。梅田 器用さを求められそうですね。個人的には怠け者なので、何カ所も回って働きたくないなという気もしますが(笑)。杉山 そこは人生の選択ですね。幸せをどこに求めるかにもよるでしょう。私はキャリアコンサルティングの研究をしており、仕事を通してもっと楽しくなろう、もっとイキイキしようと勧める立場なので、そう考えてしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 社員の独立を支援し、社内ベンチャーを作る制度を持つ企業もありますね。杉山 そうですね。企業側から見ると、とても良い制度です。結局のところ、企業の年功序列型賃金ってそんなに変わってないんですよ。成果型の賃金制度が大企業で失敗するケースもあり、日本にはなじまないと捉えられているので、年功序列型賃金が生き残っているわけなんです。 だから、企業の本音として必要以上の従業員は置いておきたくないんですよ。役員やブレーンになるような人たち以外は、できれば早めに辞めてほしい。独立を支援すると、会社の事業を広げることにもなるし、上手くやって「ウィンウィン」でいきましょうと。それに高い給料を払わずに済みますしね。麻生 あと、スキルシェアのような形で、プロフェッショナルな人間を、業務委託契約などで使うケースも増えてきそうです。資格や自分の得意なことや好きなこと、すでに持っているスキルを生かして空いた時間にお金を稼ぐとか。技術を母国に「持ち帰り」梅田 話は変わりますが、非正規雇用の外国人労働者が増えています。これも含めて国力と見ていいのでしょうか?杉山 稼いだお金を日本国内で使ってくれるのであれば、そこまで国力の低下にならないですけど、母国に送金するのであれば円が海外に流出してしまうことになります。麻生 母国の家族に送金をしている方が多いでしょうし、また、ゆくゆくは本国に帰るという方も少なくないのではないでしょうか。杉山 そうなると技術もお金も持ち帰っちゃうので、そこが心配ですね。梅田 建設の現場や工場で活躍する外国人が増え、農業や漁業でも欠かせない存在になっています。コンビニの店員さんも多いですよね。杉山 現場は技術が集約されているところなので、技術を持った外国人が主体になると、日本の技術力の流出につながる可能性もあります。梅田 とはいえ、建設業界は細かい作業工程に分かれているので、全体を把握しているのは企業の社員で、ノウハウも企業が提供しているわけですからね。杉山 私の友人の企業がビルのダクトを作っていて、職場見学させてもらったことがあるんですが、ベトナム人が多く、結構な技術力でしたね。ビルに合わせてダクトを個別に作るんですが、複雑な形のビルには複雑な形のダクトを作らないといけないので、職人技で機械じゃ作れない。そういう技術で支えてくれている。彼らのほとんどは日本にずっと住んでいるので、日本で共に働く仲間みたいな感覚はあるんですけどね。中には技術を身につけて帰国してしまう人もいますが。麻生 ベトナム、タイ、インドなどの方々と仕事をする建設業界の方へ聞くと「技術だけ持ち帰られて、それを自分のところのものみたいにされるのはいい気持ちがしない」という声もありました。 また企業側、経営者側の立場でいうと、外国人労働者を雇い入れると、次から同じ国の労働者を雇ったとき、先輩の外国人労働者が仕事を教えられます。細かいニュアンスを母国語で伝えられるので、それは企業側にとってメリットになります。梅田 「外国人技能実習制度」の実習生はどうでしょう。杉山 日本の農業技術はすごく高く、国内で生産されている糖度の高いイチゴなどは、他国では簡単に作れないんです。そういう高い技術を身につけてくれるのはありがたい反面、技術を持ち出されると国力が心配ですね。実習生だと帰らなければいけませんから。岩手県山田町の水産加工会社で働くベトナム人技能実習生(右)=2020年8月4日麻生 国際社会の中で、資源の乏しい日本が技術力を輸出するというのは、戦略として間違っていなかったとは思います。ただ、国力という視点で見ると一抹の不安はあります。杉山 とはいえ、日本は発展途上国を支援したほうがいいと考えています。これから国際社会のパワーバランスがどうなるか分かりませんが、日本に好感を持ってくれる国が増えないと危ないと思うんですよね。国力は心配な一面、発展途上国とは共に発展しましょうという姿勢がいいと思います。そのあたり、国力はパワーバランスで友好国が増えるということも含めて広く考えたいですね。梅田 日本と近隣国との関係や、パワーバランス、また国連決議での採決など日本だけで考えるわけにいかなくなっていますね。味方は多いほうがいい。麻生 コロナで全世界が困っているわけですから、世界という視線は大事ですよね。杉山 日本は決して、ばかにはされていない国ですから。梅田 これからは、国力の在り方が変わってきそうですね。杉山 日本は軍事力を国力にできないわけで、そうすると経済力と国際的な信頼関係を尊敬してもらえるかどうかが大切です。そういう面を国力に生かして行くべきだと思います。東京の人口も頭打ちに麻生 途上国支援でいうと、アフリカ諸国の国内総生産(GDP)成長率は高いです。携帯電話が普及しスマートフォンへ移行していますし、技術革新も進んでいます。伸びしろがありますよね。インド、ベトナム、バングラデシュ、パキスタンなどの成長率も大きいです。梅田 大学の留学生にはコロナ禍の影響が出ていますか?杉山 留学生試験を受ける外国人のほとんどは、日本で日本語学校に通っています。わざわざ日本と母国を行き来する人はいないので、そんなに影響がないかもしれません。梅田 あと、国力で気になるのは、新型コロナで注目を浴びることになった地方自治体です。東京は人も企業が集中しているので資金も潤沢ですが、地方も力をつけないと国力低下につながりかねないのではないでしょうか。杉山 地方の問題は、人材がどんどん流出することです。しかし、コロナ禍でテレワークが進む中、東京のオフィスでしていた仕事が地方でもできるようになりそうなので、これから地方の人口は増えていくのではないかと思えます。麻生 ビフォーコロナの2018年の時点で、東京都、神奈川県、大阪府の人口は2030年までにピークを迎え、漸減すると国立社会保障・人口問題研究所が予測していました。 都市部からの人口流出は、コロナ禍で加速化しています。東京都に神奈川県、千葉県、埼玉県を含めた首都圏の規模で見ても、転出超過になりました。大阪府、愛知県、福岡県でも人口減の傾向が見られ、都市部から人が離れているようです。地方財政の逼迫(ひっぱく)を懸念しますね。梅田 街中での「密」や通勤ラッシュを避けたいという本音もあるでしょうね。麻生 今年のお盆には、ビデオ通話などのテクノロジーを駆使したオンライン帰省が推奨されましたが、大切な人と会いたくても会えないという状況下で、故郷で暮らす高齢の親が心配だから田舎に帰って面倒を見ようという方々もいます。 仕事だって都市部でなくともできるわけで。実業家の堀江貴文さんが「スマートフォンは小さなコンピューター。スマホ一つで仕事できる。長い間、パソコンを開いていない」とおっしゃっていますが、マルチデバイスに対応したキーボードがあれば、タブレットとスマホで、いつでもどこでも仕事ができる時代です。モノがいらなくなっていきますね。5Gが普及すれば、なおのこと。場所や時間に縛られる必要性がないんです。 ただし、セキュリティー対策との兼ね合いが課題になるでしょう。顧客の個人情報などを扱う場合、セキュリティーの高い環境で仕事をするために出社する必要性があるかもしれませんが、それ以外のデスクワークは出勤しなくても可能になっていくのではないでしょうか。梅田 先日、日本の実質GDPが戦後最大の下げ幅を更新しましたが、国力を考えると、まずはこの状況を脱するマインドが必要になりそうです。心理学的に有効な方法はありますか?フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏=2014年12月1日(三井美奈撮影)杉山 世界的に先進国はGDPが低下する傾向が続いていますが、この一因は世界的な需要の低迷です。なぜ、需要が低迷するかと言うと、収入を貯蓄に回せる余裕のある富裕層に富が集中しているからです。 富裕層はお金がお金を生むことを知っていますし、満たされているから欲しい物もそんなにありません。そこで貯蓄に回します。つまり、需要が高い層にお金が回らなくなります。 現代社会では、預金や不動産などの資本の収益率は経済成長率を上回る(r>g)とするフランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の方程式がずっと機能しているんです。戦争や革命が起きず、資本家にお金が集まる仕組みが長く続いているので、資本家はどんどんお金持ちになるんです。学習性無力感のワナ この状態が長く続くと庶民は諦めモード、絶望モードになってしまう。心理学では学習性無力感と呼ばれています。どんなにがんばっても、お金は資本家に回ってしまうわけですから…。 私を含め、庶民は資本にお金が回る仕組みを変える努力をしなければならないと思います。自分にできることに注目すれば、学習性無力感に陥るのを避けられます。資本家がどうやって今の仕組みを築いたのか学び、スケールは小さいながらも自分たちもそれを作れるように考え続けることが重要です。梅田 麻生さんは、いかがですか?麻生 今後の米中関係に左右されるところではありますが、GDPベースでいうと日本はインドに抜かれ、アメリカ・中国・インドが大国になるだろうと言われていました。中国の成長を見ていて、資本主義の敗北とさえ感じたこともあります。 これまで述べてきた教育と労働の課題は、日本の社会、そして国力へと直結する問題です。 東日本大震災のときから指摘されていた、日本の情報通信技術(ICT)教育の遅れは、今回のコロナ休校でも如実になりました。こんな事態だからこそのユニークな発想、個性を育む教育を日本はしてこなかったし、また、それが受け入れられるような社会でもありませんでした。ムラ社会の同調圧力が強く、出るくいは打たれる社会ですから、優秀な人材は海外へ流出してしまいます。 都市部が先進的で、地方は遅れているというのも幻想です。児童、生徒に1人1台のタブレット端末を配布している、熊本県高森町の小中学校と義務教育学校では、無線LAN(Wi-Fi)環境のない家庭をサポートすることで、コロナ休校中もオンラインで授業を継続できました。町内全戸のインターネット利用料を全額町が負担しており、ICTを高齢者の見守りにも活用しています。リモートワークやテレワークにも活用できるでしょう。オンライン授業のリハーサルを行う教員ら=2020年5月11日、奈良市立春日中学校(桑島浩任撮影) こうした逆転現象も起きている時代ですから、これまで価値が置かれていた物事を根底から疑ってみることが重要になります。情報過多の時代に、本質を見極め取捨選択する力も必要になるでしょう。既存の価値基準や枠に縛られることなく、柔軟に、個人から社会全体の経済を含め、これからの時代を生き抜く術を考えていきましょう。* * * 次回から2回にわたり、最終テーマであるコロナ禍の「個人・家庭」について、心も関係性も壊さない方法を探っていく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    日本の将来を左右する、コロナ禍が生む教育格差という「負の連鎖」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 第2波の真っ只中にあるのではないか、という言葉が専門家の口から語られる中、日本の国内総生産(GDP)が新型コロナ禍の影響もあって戦後最悪の落ち込みを記録した。果たしてこれが底なのか、まだ下がるのかは誰にも分からない。 新型コロナ禍によってさまざまな市民生活が制限されたが、その影響が数字として明確になってきたといえる。しかし、教育についてはもう少し長い目でどんな影響を生徒たちにもたらしたかを見守る必要がありそうだ。 そして、心配になるのは日本の国力への影響だ。世界でどの先進国も新型コロナの影響であえいでいるが、まずは自国の現状を確認したい。* * * 梅田 杉山先生は新型コロナ禍で日本の国力が低下することを懸念しておられるそうですが、具体的にどのようなことを心配されているのでしょうか? 杉山 一斉休校とその余波による、生徒の学力低下が心配ですね。特に公立校は、緊急事態宣言の前後から授業をしなかった。私立校の先生方は結構頑張ってオンライン授業をしていたようですが、公立でできたところは少なかったようですね。 文部科学省は学習の遅れを正式に認めていて、政府も危機感を持っているのは間違いないですね。 梅田 夏休みは期間短縮され、お盆明けに1学期の続きがあったり、2学期が始まりました。これで遅れた分を取り返せるのでしょうか? 杉山 問題は学校だけの話ではないんです。家庭でする学習の習慣が崩れてしまったことが大きいですね。教育熱心な親は、家庭での学習習慣を崩さないよう頑張っていたと思うんですけど、それでも学習習慣が崩れる子はいます。そうなると、崩れた子供と崩れなかった子供との格差が広がることが考えられます。新学期が始まり登校する小学生たち=2020年8月17日、岐阜県大垣市 麻生 私は教育格差の連鎖がさらに深刻化するのではと懸念しています。もともと世帯年収や親自身の受けた教育水準が、子供の教育格差に連動する傾向があります。経済的に豊かな家庭で高い水準の教育を受けて育った子供が、社会に出て高収入を得られるようになる。そして親になったとき、わが子にも高水準の教育を受けさせることができますからね。 全国一斉休校の要請があったのが年度末でしたから、その時点で授業をどこまで終えられていたかで差が生じます。また休校中や夏休みの課題にも地域や学校、学級で致し方ない差がある中、オンライン授業の有無や、親が子供の勉強を見たり教えたりする素養があるかどうかも、子供の家庭学習を左右しています。 そもそも家庭学習に向く子と向かない子がいますし、発達特性のある子供たちを含め、どういう形であれば学習しやすいかに個人差があるのも事実です。 基礎学力でいうと、公立校の小中生は大変ですね。ましてや小学校では2017年3月に改訂された学習指導要領が、ちょうど20年度から全面実施となるタイミングでしたから。移行措置として、直前2年間で先行実施する必要性がありますが、休校となった時点で、それを終えていた学校と終えられていなかった学校とがありました。「生きる力」教えるのは難しい? 梅田 新しい学習指導要領は大規模なものだったんですか? 麻生 大きなところでいうと、小学校での外国語(英語)教科化ですよね。それに伴って、従来は中学1年生で履修していた内容を小学校高学年で学ぶといったように前倒しで難易度が高くなっていますし、授業時間数も増えています。 そのほか新しい学習指導要領は、中学校では18年度から3年間の先行実施を経て、21年度に全面実施されます。高校でも19年度から3年間の先行実施が行われ、22年度からの全面実施となります。 文科省は「生きる力」を掲げていて、今回は「主体的・対話的で深い学び」というアクティブラーニングを重視しています。知識と技能を身につけさせ、思考力、判断力、表現力を高めよ、ということです。学力向上はもちろん、実社会やグローバル社会で求められる力を育もうという方向性ですね。日本の国際競争力を高めることを目指してもいるのでしょう。 社会で受け身型の指示待ち人間が問題視されましたが、学校教育の中でコミュニケーションを通じて、主体的な動きのできる人間に育ってほしい狙いがあるのではと考えています。ただ、今の学校教員も保護者自身もそうした教育を受けて育っていません。自分が経験していないことを教えるというのは、想像以上に難しいことだと感じます。 学校が再開されてから、各学校とも前年度の未履修分を含めた休校期間中の巻き返しを図っていますが、教員から「子供たちの十分な理解度を図りながら進めていくことが困難だ」「つめこみ教育といわれても仕方ないが、そうするしかない」など悲痛な声を聞いています。それも、学校内の感染症対策や、新型コロナをきっかけにしたいじめや差別に配慮しながら進めているわけですからね。 さらに、休校中から聞かれたのは「実技を伴う理科・社会、生活科はどうしようもない」というものです。 学校再開後の弊害に関して具体例を挙げると、地域にもよりますが、社会科見学はほぼ中止となっていますし、理科の自然観察は本来4月に行うはずの授業が6〜7月にずれ込みました。しかし季節が変わっているので、予定通りの授業を行うことは現実的にできません。教員も映像や写真などの視覚教材を用いてフォローしてはいますが、やはり子供たちには理解が難しいようで、例年よりテストの点数が明らかに低かったそうです。 梅田 よりによってこんな年に、ですね。結果論ですが。国語の授業で児童は互いの意見を聞き合い、考えを深めていた=2020年2月、京都府南丹市の市立園部小学校 麻生 塾などでフォローできない家庭は、教育格差を突きつけられます。また、タイミングとして学年末や夏休み前後は転出入をする家庭も多いですよね。教科書も変わる、環境も変わる、前の学校でどこまで授業が進んでいたかなど、何重もの壁があるわけです。 杉山 私はどちらかといえば、「学校教育だけで、そこまで人生の格差は生じないだろう派」なんです。キャリアコンサルタントとしての立場から見ると、大学のブランド力は社会人としてのスタートダッシュ時に役立ちます。ですが、ブランド力のある有名大出身なのに、スタートダッシュしないまま成果を上げずに終わってしまう人も結構いるんです。 成果という点では、最後は学歴の格差ではなく、個人の才覚、仕事の才覚になると思うんですよ。だから偏差値中位の大学で教える面白さを感じています。「受験のランキングは仕事で逆転しよう」というところですかね。実際、私の所属する大学の卒業生たちは、社長や役員の数では全国で20位前後に入っていたりします。大学の規模とか偏差値を考えると、かなり頑張っている方ではないでしょうか。そこが面白いかな。受験での学力はそれほど高くなくても、仕事で挽回する人が好きです。 梅田 それでは、あまり心配する必要もなさそうですが。本当に憂慮すべき教育格差 杉山 いえ。本当の問題は国内での教育格差ではないんです。日本は「教育大国」と自分たちで信じていますが、実はそうではないんですよ。 経済協力開発機構(OECD)の「世界教育水準ランキング」で、日本は総合で40カ国中7位ですが、読解力となると真ん中あたりの15位になってしまいます。それに、何より怖いのは、1位が中国なんですよ。  中国の教育システムは、日本人が思っている以上に徹底していています。学力だけが国力ではないですが、少なくとも学力面では、日本の子供たちにはそれほどアドバンテージはないですね。 特に、読解力は、文章をしっかり読める力ですから、この能力が弱いと契約書の締結で騙されてしまいかねない。今、中国は読解力が伸びているので、中国を相手に交渉する中で、中国側が複雑で分かりにくい内容の契約書を作ってきたら、自分たちに不利な内容だと読み取れない日本人がこれから増えるかもしれないんです。 麻生 読解力は、学力だけでなく、生きていく上で基盤となる大切な力です。新しい高校の学習指導要領は、2015年にOECDが世界の15歳を対象に実施した学習到達度調査(PISA)で読解力が著しく低下したことを受けて導入され、2022年から全面実施となります。 その要領では、「現代文」を「文学国語」と「論理国語」の選択科目に分け、論理国語で契約書や企画書、報告書、手順書や取扱説明書、業務メールなど、実社会を想定した実務的な内容を教えることになり、物議を醸しました。私もこの再編を問題視しています。 中国勤務の弁護士など、周りの法曹関係者に聞くと、契約書を学校教育で取り上げることの危険性を指摘する人がいました。また、「生きる上で契約書に触れないことはないから、ある程度は教育しておくべき。しかし、文学国語を削るのは問題。文学は生きる上でもっと大切な他者の立場を考える想像力を高めるもの。情報化社会で論理的な読解力や思考能力を高めるなら、プログラミング学習や数学でやればよい」という声もあります。 グローバル社会で生きていく上でも、まずは母語である日本語をしっかりと身につけ、日本文化を学ぶことの方が大切だと考えています。外国語はそのあとで十分です。 梅田 では、高校から先の進路についてはどうしょうか? 実は、進学率が減少気味で就職率が増えているということはありませんか? それがイコール国力につながるとは思いません。 杉山 大学・短大・高専・専門学校など高等教育機関への進学率は、日本では2019年で82・6%と、前年から1%以上伸びています。不都合な真実かもしれませんが、1回目の対談で説明したように、日本人遺伝子は同調圧力を生む遺伝子です。少数派になるより、多数派になった方が現在の日本では何かと有利になりがちなようですね。 梅田 進学率こそ8割を超えていますが、中退してしまう生徒はどの程度いるのでしょうか? 杉山 退学率は統計手法で変わりますが、概ね7%程度という結果もありました。今、大学・専門学校では退学率を下げるための取り組みをやっていて、私も心理検査の開発をしていますが、それも対策の一つですね。退学リスクなどを評価して、どのような指導をしたら本人の能力を伸ばせるかを見極めます。そこに危機感を持っている学校さんが多いのも実情です。 梅田 専門学校は別として、大学に入れない子供もいるじゃないですか、家庭の都合や金銭面などの問題で。特に今年は新型コロナ禍により、仕事でダメージを負った両親も多く、塾や予備校の学費負担が大変です。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 これは私も結構問題だと思っています。原因が学力不振の子供は、決して頭が悪いわけではなくて、勉強のやり方が分からないし、勉強する習慣もついてないんです。 勉強する習慣というのは、我慢する習慣なんです。勉強って、つまらなく感じることが多いじゃないですか。大学入試では、学力だけではなくて、どれだけ我慢できたかが求められるんです。要するに、入試は「ガマン大会」という側面もあるので、そこも見ているんです。我慢してやれる子だから、これからも我慢して社会の期待に応えて立派な社会人になるだろうというところを見極めているんです。 私も成績の振るわない生徒の多い予備校の講師をやっていたことがあるから分かるんですけれど、ちょっと我慢すれば勉強はできるんですよ。問題はその我慢させる仕組みをどう作るか。今年は特に我慢する力を試される可能性が高いですね。社畜では生き残れない 梅田 それは、会社に入って「社畜」になる人間を育てるということですよね? 矛盾だらけの会社でも文句を言わない。 杉山 大学が社畜候補を育てている部分はあるでしょうが、これからはただ従順な社畜だけでは、企業で生き残れません。 withコロナを経て、これからはイノベーション(技術革新)力がすごく求められるようになるはずなので、社畜のフリをしつつ、イノベーションの力を少しずつ蓄えて、ここぞというタイミングで頭角を現したり、ブレイクする。そういう社会人像が、大卒の若い人たちに求められるようになっていくと思います。 新型コロナ禍の話に絡めると、今後はオフィスワークが減る方向なので、会社で上司に言われたことをそのままやったり、マニュアルに沿って仕事するだけではなくなっていくでしょう。自分で課題を見つけ、ソリューション(課題解決)を作って、そこにみんなを巻き込んでいく。そういう力のない人は、これから仕事がなくなるかもしれません。 麻生 自分で仕事を作っていくタイプ、極端に言うと職業を作っていくぐらいの人じゃないと生き残れない、というわけですね。 梅田 そんな未来でも、やはり大学を出ることに意味はあるんでしょうか? 杉山 日本で学生が大学に払っている金額は、学費だけでなくて、その大学のブランド価値を買っている面があると思います。 麻生 私もそう思います。何を学んだかよりも、どの大学を出ているかということに価値が置かれている。就職にしても何にしても。でも、学んだ内容ではなくて、学部やゼミより、大学名の方が評価されているのは問題ではないかなと。 杉山 そうですね。実際、「学歴フィルター」というワードが一時期話題になりましたけど、今もたしかにありますよね。長い目で見ると、大学のブランド力が物を言うのは、就職活動のときと、20代の間までですね。 30歳を超えてくると、大学ブランド力の高い人はチャンスが多いことはみんな分かっているので、チャンスを上手にものにした人は評価されますけど、ブランド力の高い大学を出ている割にたいした実績を出していないと、評価が逆転してしまう。大学のブランド力を持て余し始める人が出てくるわけです。受験勉強ができると仕事ができるは別なので。 麻生 勉強ができることと、本質的な頭の良さ、インテリジェンスというのは全く違うものだと思います。仕事のやり方も。 梅田 今、みんな新型コロナに怯える異常な日々を過ごしているわけですが、学生はこの先心理的に影響が出たり、引きずっていくことにならないでしょうか?スペイン風邪の流行で90人以上の住民が亡くなったことを伝える福井県の面谷鉱山の石碑(大野市教委提供) 杉山 スペイン風邪もパンデミック(世界的大流行)が起こったんですが、2、3年後にはみんな忘れている状態になったそうなんです。それにウイルスは人間社会に長くとどまっていると、どんどん弱毒化していく例も多いようです。 私は「感染症の法則」と勝手に呼んでいます。簡単に言うと、毒性の強いウイルスだと宿主が活動できないし、殺してしまうので、感染力を失うんですね。結果的に人間社会から消えていくんです。 新型コロナウイルスといいますが、では新型以外のコロナウイルスはどうなのかといえば、常在化しているんです。鼻風邪を引き起こす程度です。新型も最終的にはそのレベルの毒性になるのではないかと言われています。そうなると、数年後には新型コロナのことをみんな忘れてしまうかもしれない。 これがトラウマになるかというと、ウイルスがトラウマになるのでなくて、ウイルスに対するリアクションや温度差が価値観の違いにつながるかもしれません。この価値観の違いが浮き彫りになって、新型コロナをめぐる考え方の違いから不信感を募らせていくのを懸念していて、人間関係が悪化したり社会不安にならないかが心配ですね。不安が募る就活生 梅田 今年度に就職活動をしている学生はどうですか? かなり大変だと思えますが。 杉山 就活している学生はとても不安がっています。対面面接を行っている企業さんもありますからね。オンライン面接でも部分的の場合もあるようです。 麻生 感染症対策を講じた上とはいえ、この最中に対面面接を行う企業姿勢に不安を覚える学生もいます。売り手市場と言われていたのが、新型コロナの影響で一転厳しい就職活動を強いられた学生たちにとって、面接してもらえるのはもちろん有難いことです。でも、「この会社は大丈夫なのだろうか。仮に受かったとしても従業員を大切にする会社なのだろうか」という疑問を抱く人もいました。 また、ビデオ通話で面接に臨んだ学生の話ですが、企業側がアイコンだけ表示されて、非常に話しにくかったそうなんです。面接担当者の表情が見えないし、声に出して相槌を打ってくれない担当者もいて、話すタイミングが掴みづらく、なにを求められているか、どこまで話せばよいか分からず戸惑ったそうです。そこで次の選考に進めなかったとなると、学生側はオンライン面接で力を発揮できなかったと思いたくなる。その心情は分かりますね。 梅田 オンライン面接でその人となりを見抜けるかも不安が残りますね。 杉山 採用する側は基本的に就活生にプレッシャーをかけて動揺させ、そのときにどういうリアクションをとるかを見ます。 麻生 かつては「圧迫面接」という言葉もありましたね。 杉山 今は分かりやすい圧迫をしませんけど、学生が困りそうな質問をするようですね。答えに困りそうな質問を考えるのが面接担当者の腕ですから。 麻生 その状況から想定外の事態に臨機応変な対応ができるか、柔軟性、レジリエンス(強靭=きょうじん=性)など、仕事に必要な力が見えてくるんでしょうね。ウェブ形式で実施された三井住友海上火災保険の採用面接で、モニター越しに学生と話す採用担当者ら=2020年6月、東京都内 杉山 企業はそういう力が欲しいですからね。学生が準備してきた内容を聴くだけでは面接になりません。なかなか内定が出ない生徒は、本当にいつまでも出ないんですが、例年よりそういう学生の数が多いですね。 それと、計画通りに採用活動を進めている企業と、計画を見直し始めた企業に分かれているようです。withコロナの社会が見通せないから、企業も慎重になっている部分は確かにあるようです。* * * 次回はグローバル化した世界情勢の中で、日本が国力を落とさないための方策について考えたい。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    喪失だらけのコロナ後に受ける「リロケーションダメージ」の洗礼

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 東京都だけでなく、首都圏や近畿3府県では「第3ステップ」に進んでからほどなく、感染者が増加した。これを受けて、各都道府県では独自に検査を強化したり、感染対策の呼びかけを行った。飲食店の中には、東京で「夜の街」がクラスター扱いされたことから、夜の営業を自主的に自粛して、昼のランチ・弁当営業だけに戻した店もあるという。 さらにその後、東京都では感染拡大警報が出され、8月末まで酒類を提供する飲食店などに対する午後10時までの時短営業要請が出された。全国でも新規陽性者が拡大傾向にあり、独自に緊急事態宣言を出している県もある。 このように、新型コロナ禍の終息が見えない中、どの飲食店も自粛を余儀なくされたことで、資金はギリギリだ。こうした状況だけに、飲み会や会食が気軽に楽しめる日が戻るには時間がかかりそうだ。* * * 梅田 人は夜遊びや会食をしないと、どうなってしまうんでしょうか? 杉山 人によりますけど、好きなことができなくなると、生きるのがつまらなくなっちゃいますよね。気が紛れないので、嫌なことばっかり考えてしまう。 人と会うことは、とても強力な刺激になります。心理学では「ディストラクター」と言いますが、気を紛らわせる刺激を指します。何かに集中して考えることを「ディストラクトする」という使い方を心理学者はしています。 時々、気分をディストラクトしないと、嫌なことばかり考え続けてしまう。人間はそのように作られているのです。都庁での会見で「感染防止徹底宣言」のステッカーを掲げる小池百合子都知事=2020年7月(宮崎瑞穂撮影) 心はリスクのセンサーが原点にあって、リスクのデータベースがあった方がいいとなり、記憶というものが存在している。だから、ついつい嫌なことばかり、特に自分について嫌なことをよく考えてしまうんです。そして自己価値を疑い始め、「インポスター症候群」と呼ばれる状態になります。そこから、うつ病になってしまう可能性が生じる。 では、嫌なことからディストラクトされるためのポイントは、人間の心理が最も反応するのは人間だということです。人と会う刺激が人に一番影響を与えて活性化してくれるんです。実際、人から刺激を受けることって結構ありますよね。「巣ごもり」と誘いづらさ 麻生 ZOOM飲みでも、刺激になりますか? 杉山 ないよりはいいですよね。会話もできて、つながりも確認できますし。 麻生 文字ベースのSNSはどうでしょうか? 杉山 相手の存在感を心の中で感じることができれば、意味はありますね。人間は心の中に人を住ませる生き物なので、SNSで存在感を刺激されれば、リアルで会っていなくても、心の中では似たような心理状態になります。だから、それはそれで意味がありますね。 梅田 東京都では8月2日に472人の新規陽性者が確認されるなど、200人を超える日が常態化し、他府県でも新規陽性者の増加により、お盆の帰省もままならない事態になってしまいました。こうなると、まだ「巣ごもり」は続きそうですね。 杉山 あくまで増えているのは、検査によって判明した「新規陽性者」であるはずなのに、自然免疫でウイルスに対応できなくなった感染者扱いする雰囲気が続いていますよね。続けている人は変わらず「巣ごもり」しているわけですから、今後も続くでしょうね。 梅田 お二人の周りで、飲み会の誘いは普通にありますか? 杉山 それなりに…行く人は行くようですね(笑)。 私は少人数で短時間なら参加していますが、出ない人は徹底して出ないようですね。はっきり分かれています。もちろん、店では知らない人と距離を取っています。 麻生 お店側がそうしてくれていますよね。使用禁止の席を設けて、間隔を作るように。 私は緊急事態宣言前から、体調をこまめに記録しつつ、特に異変がなくても「自分は無症状の感染者かもしれない」という前提で常に行動し続けていて、基本的にほぼ変わらない生活をしています。 自宅にはもともと来客が多くて、頻繁に仕事関係者や友人、友人の親子を招いていましたが、まだ控えています。緊急事態宣言解除後や、都道府県をまたぐ移動が緩和されたときは、食事のお誘いなども増えたのですが「まだしばらく様子を見ようと思っているので」と伝えました。ウェブ会議システムでの飲み会に参加する女性=2020年4月、千葉県船橋市 近所の方と会えば、立ち話をするくらいですね。例年なら行っていた何組もの家族が集まるバーベキューやパーティーも「まだできないね」って言ってます。 子供も去年までは毎日のように友達を連れてきたり、お邪魔したりしていたのですが、各家庭の方針にもよりますから、お互い誘いづらい様子ですね。「外遊びはOK」という方針の家庭同士なら、遊ばせながら子供たちを見守りつつ、保護者もおしゃべりくらいはできますけれどね。執着心と喪失感 梅田 さて、自粛期間以降、世界は長くエンターテインメントがない時期を過ごしてきましたが、これも欠かせないものでしょうか? 杉山 エンタメがなかった時代ならともかく、私たちは生まれた時からエンタメがあるのが当たり前の暮らしをずっとしてきているので、あったものがなくなると、欠かせないものと思ってしまう。喪失感が大きいのと、禁じられるほど燃え上がるわけです。心理学では、「中断効果」「カリギュラ効果」と呼びますが、禁じられたことでますます執着するようになるんです。 梅田 音楽や舞台、プロスポーツは観客を入れ始めていますが、制限通り観客数は少ないし、大声も出せないし動き回れない。中にはそれを無視する観客もいるようですけど、やはり物足りなさは感じますね。 杉山 音楽もスポーツも、会場にいると場の一体感が凄い。高揚感で快楽物質が出るので、くせになると思うんですよ。要は脳内麻薬ですから、それも依存症になるんです。だから、エンタメの現場に行けないことで禁断症状になっているともいえますね。 でも、会場に行くのは、まだ用心した方がいいと思います。重症者とか死亡者が大きく増加しているわけではないとはいえ、万一感染したときに手立てがない状況は変わってません。私も必要に応じて出勤するときがありますが、電車内でも街中でもみなさん距離を取っているんです。ライブなどを楽しむ人たちも同様にしてもらえたらと思います。 梅田 7月22日から「GoToトラベル」が始まりましたが、感染者が増加している東京は対象外にされました。キャンペーンの実施時期や対象がころころ変わるせいで各道府県も迷いと不安があるようで、いまだに混乱が続いています。 杉山 国がOKと言っていても、基本的にはNGという人が多いように感じますね。日本人遺伝子と絡んだ話になりますが、日本人遺伝子は排他的な遺伝子でもあるんですよ。普段はそんなに強く働かないけど、危機感を感じると排他的になるので、「県外の人は危険」と考えるようになります。 麻生 観光ではないですが、今までの災害ボランティアの状況を聞きますと、現地の方がかえって迷惑したり負担になったりするようなボランティアの方もいるようですね。東日本大震災のときから、各地で災害ボランティアの難しさを被災者側、ボランティア側の双方からお聞きしています。7月に九州で豪雨災害が起きましたが、こういう話も、もしかすると「県外の人は危険」という感覚につながるかもしれませんね。 梅田 今や観光地となった日本では旅館やホテルも危機に瀕しています。倒産がいまだ続いているので、このまま街の風景が変わっていくのではないかと思えます。その喪失感や違和感の影響は人間の心理にどのような影響をもたらすのでしょうか? 杉山 一つは「リロケーションダメージ」という言葉があって、通常は引っ越しなどに伴っての喪失感に当てはまります。災害後に街が変わってしまうのも同様に喪失感が大きい。慣れ親しんだものを失うと喪失感を覚えるので、アフターコロナのリロケーションダメージがこれから増えてくると思うんですよね。 喪失感はだいたい「抑うつ感」をもたらします。そのダメージが強い人と弱い人がいて、強い人は、何かがなくなると新しいものが生まれてくるので、それを楽しめる人はそんなにダメージを受けません。逆に慣れ親しんだものにこだわる人もいます。日本人は慣れ親しんだものを大事にするタイプが相対的に多いんですよ。ちなみに、新しいもの好きな人が多いのはラテン系なんです。日本人は慣れ親しんだものを大事にするタイプが比較的多いので、ダメージを受ける人が多いだろうと予測できますね。「GoToトラベル」初日、栃木県日光市の鬼怒川温泉駅前の足湯でくつろぐ旅行者ら=2020年7月22日 梅田 新型コロナ禍後に関する経済関連の書籍では、今後街並みが変わることを予測しているものが多いような印象を受けます。中でも、東京は大きく変わりそうな気もしますが、東京都下在住の人は変化に慣れているのでしょうか? 杉山 東京人は江戸っ子気質の人は、街はそういうものだと思ってるところはありますよね。江戸時代のお江戸は火事が起こることを前提にした都市計画でした。どんどん燃えてどんどん街が変わるというわけです。だから、江戸っ子気質の人は、既に変化を織り込み済みだと思うんですよね。「新しい働き方様式」 麻生 とはいえ、生粋の江戸っ子は少ないですよね。 杉山 私も東京に30年住んでいますけど、30年では江戸っ子といえません。でも、東京に住んでいると街並みも変わりますし、慣れますよね。下北沢にずっと通っている店があるんですけど、その店がなくなったらリロケーションダメージを受けると思いますね。ダメージを受ける場所と受けない場所を、東京に住んでいる人はどこかで分けていると思うんですよ。ここだけは変わらないでほしいというところはあるんじゃないかな。 梅田 新規陽性者の増加で第2波の到来が恐れられていますが、この状況は人の行動も心の在り方も変えてしまうでしょうか? 杉山 現状は新規陽性者の全国的な増加であって、「感染者の爆発的な増加か?」という意味ではまだ第2波ではないですね。 実は、専門家の間で「第2波」が入国拒否の対象地域にいた人たちが駆け込みで帰国した4月過ぎには、既に来ていたと言われています。それでも日本では98%の人が自然免疫で対応できるから抗体もできないというシミュレーション結果もある。だから、強烈な突然変異がない限り、巷(ちまた)で言われている第2波はもう来ていて、終息に向かっていると私は思っています。 ただ、万が一を考えると突然変異がないとは言えないので、これまで言われているような「3密」を避けるなど、どこまで効果があるか分かりづらくても、感染対策を守る。コロナ禍でよかったのは店や街が清潔になったことで、この方向性はいいと思うんです。清潔な暮らしが、コロナが残したいい所として、これからも続いてほしいですね。 あと、テレワークは結果的に「働き方改革」につながりました。誰も想像しなかった契機だけど、改革の実現に近づきつつあって、これはこれで「新しい生活様式」じゃなくて「新しい働き方様式」へと変わろうとしている。 遅くまでひたすら会社にいるという日本式の働き方がテレワークで変われば、むやみに働かなくても経済活動は可能だし、仕事もできることに気づいたというわけです。もっと効率よく働いて、人生を楽しんでいただければ。 ただ、お金が回らなくなる業種も出てくると思うんです。例えば、オフィス不動産業。知人の会社もテレワークでやれることが分かったっと、オフィスを閉じてしまいました。 だから、お金が回らなくなる業界にしがみつくのはやめましょう。お金が回るマーケットを見つけて、そっちに仕事を拡大することをみんなで考えましょうよと。「スターバックスコーヒーCIRLES銀座店」内にある「Think Lab」が運営するソロワーキングスペース=2020年7月21日(スターバックスコーヒージャパン提供) お金が回るということは、誰かが必要としていて、誰かが幸せにするということですから、お金が回るところにみんなで向かいましょう。言うのは簡単で、やるのは難しいですけどね。 でも、テレワーク専用に空きスペースを貸し出している企業も出てきましたから、本当にたくましいですよね。新しいマーケットが生まれつつあるといえます。休校中にできた「新しい会話」 麻生 私もそう思います。不可抗力で突如余儀なくされた変化、自分の意志ではない変化とはいえ、今は変わる、変えるいい機会だと捉える方がいいでしょう。つらい局面であるとは思いますが、発想の転換をして生き抜いてほしいと願います。ビジネスでも暮らしでも、制限があると人はその中でなんとか工夫しようと知恵を働かせますから。 これだけ社会構造が根底から変わってしまった中で、自分もその変化の波に飲まれるのではなく、乗ってどのように対応していくか。新しい働き方にせよ、暮らし方にせよ、コミュニケーションにせよ、いかにアップデートさせるかという視点が必要でしょう。その意味で今後、人は二分化されていくように感じています。 子供たちに関しては、休校期間中に普段しないような話もできたということもありました。忙しい日々の中で立ち止まる時間ができて、なかなかできていなかったこと、勉強をじっくり見ることができたり、世界情勢や社会に対する子供たちの視点や価値観、考え方に、はっとさせられるような気付きや発見があったり。これは周りの保護者の方々もおっしゃっていました。今世界で起きていることに対しても、例えばイタリアの感染状況が深刻なときにお子さんとスーパーでイタリアの商品を探して買ってみようという保護者もいました。 仕事もICT(情報通信技術)化やAIの技術革新がますます進んで、今ある仕事がなくなっていくともいわれています。でも、変化にいかに適応して新しい時代を生きていくか、既存の職業や価値の枠にとらわれず、どう未来を築いていくか、親として楽しみなところです。 梅田 在宅ワークが増えると、今より父親の役割もだいぶ変わってきそうですね。 杉山 変わってくるでしょうね。ただ、現状では「家で仕事」って無理があるんですよ。父親はこれからどうあるべきかという新しい価値観が生まれてくるのではないでしょうか。 麻生 夫と妻がお互いに求め過ぎないとか、期待し過ぎないとかですかね。また、家の中で物理的に一人になれる自分だけの空間がちょっとあるだけでも違うと思います。一部屋とることが難しくても、間仕切り、突っ張り棒にカーテンやのれんを渡すだけでもいいから区切ったり、誰もタッチしない、関知しない一角を作れると望ましいですよね。家族問題のご相談でもよくお伝えしていることなのですが、精神的距離は物理的距離に比例しますから。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 それはすごく大切です。ずっと顔を合わせていると煮詰まるとみんな言いますから。 麻生 ここは誰も触らない、自分だけの世界に入れる場所みたいな。子供部屋は作っても「お父さん部屋」「お母さん部屋」は作りませんよね。これから家造りや不動産関連も変わりそうですね。* * * 次回から2回にわたり、コロナ禍が招いた教育現場の混乱と、未来を見通す中で日本を襲うかもしれない国力の低下について議論する。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    老若男女を翻弄、コロナ下でもはびこる「責任回避マインド」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 5月の緊急事態宣言の解除前後には、マスコミでも盛んに言われていた「ステップ3」という言葉は、新型コロナウイルス感染拡大の再加速の前に、すっかりかき消されてしまった。東京都の「ステップ3」は、休業要請を3段階で緩和していく「ロードマップ」(行程表)の1ステップだ。カラオケ、バー・スナック、ネットカフェなどの遊興施設やライブハウス、接待を伴う飲食店、さらにマージャン店やパチンコ、遊園地やゲームセンターなど遊戯施設が6月12日から緩和され、19日に全面解除された。 国の「ステップ3」は、イベントや展示会開催などの制限を4段階で緩和する過程の1段階だ。7月10日からプロスポーツやコンサートの参加者数を上限5千人まで、会場の収容人数の50%までに拡大した。しかし、東京など都市部を中心に新規感染者数が拡大したことで8月1日に予定されていた制限解除は撤回された。 制限が緩和されるにつれて、都内の繁華街や昼のオフィス街に人が戻リ始めた。しかし、新宿の劇場でクラスター(感染者集団)が発生するなど、夜の街を中心に陽性者が続出、感染経路不明者も増加している。果たして「ステップ3」の緩和判断は正しかったのだろうか。* * * 梅田 東京都では、新型コロナの陽性が判明した人が連日のように200人を超えていますが、この数字は驚きを持って迎えられましたね。 杉山 いろんな意味で驚きですね。まず、この数字で騒ぐことに少し驚いています。本当に大事なデータは重症者数と死亡者数のはずですが、実は、重症者も死亡者も大きくは増えていない。減っている傾向もありました。その中で、検査の実施件数を5月に比べて2倍から3倍に増やしているんですよね。注目すべきところが違うのではないかと思ってしまいます。 それと、新型コロナでリスクが高いのは高齢者です。死亡者の70%は80代以上ですから。なので、若者を閉じ込める施策ではなく、高齢者を守る施策を進める必要があるのですが、あまり取られていないですよね。高齢者のみなさんは、自分が守られる施策を嫌がるのかなあ…。マスクを着用し、東京都庁で記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年4月 麻生 杉山先生のおっしゃる数字のお話は、検査実施数という分母の異なる陽性者の数を単純比較することはナンセンスではないか、という疑問ですよね。それに、私は「感染者数」ではなく、より正確に「陽性判明者数」とした方がよいのではと考えます。それに、人口10万人あたりの陽性判明者数と検査実施数、受診者数や重症者数、死亡者数の推移を、その地域の風土、移動手段や人口密度、産業比などと照らし合わせて考察しないと、単に陽性者数だけに着目して扇情的に論じても…とも感じます。 また、高齢者を守るという点では、高齢者には「大切にされたいけれど、労られたくはない」というアンビバレンスが見られることがままあります。「年寄り扱いをされた」と感じる接し方に抵抗があったり、自尊心を傷付けられたりする人が決して少なくないのです。 これは高齢の親や親族との家族問題、介護問題の相談や、介護現場の方からよく聞かれることですね。もし高齢者を守る施策に当事者が抵抗を感じるとすれば、似たような心理が働いている面もあるのでしょうか。「世代間闘争」無き日本 杉山 それもあるかもしれないですね。それでも万一のリスクが高い人を守る施策、今の状況であれば高齢者への対策が最も効果があるはずで、例えば高齢者と若い人の接触を減らしたりするような対策をとった方がいい。それなのに「若い人が危ない」みたいな世論に持っていこうとしているのを感じます。 そもそも「世代間闘争」、つまりジェネレーション間の闘争は欧米では当たり前なんですよ。一方、日本は世代間闘争がないのが特徴です。とはいえ、実は若い人の不満がくすぶっている。 今の高齢者の年金は徐々に減額されてきたとはいえ、まだまだ手厚いですよね。ところが、私の世代やさらに若い世代は、年金はほとんどもらえないといわれています。企業では、仕事しないベテランのしわ寄せがいっぱい働く若手にきていて、給与格差が倍くらいあるという話もあります。 日本では若い人は表立って上の世代を批判しませんが、実は不満だらけなんです。その中で、若い人たちの不満をさらに積み上げるような施策や報道が続いているのが不安です。 麻生 世代間闘争のお話がありましたが、私は俗に言う「氷河期世代」です。同世代にはそれなりの大学を出ていても非正規雇用だったり、地方では家庭や子供を持つことはおろか、ひとり暮らしすらままならない賃金で自立できずに実家を出たことがない人が、非常に多くいます。 2019年に始まった「就職氷河期世代支援プログラム」によって、地方の役所など主に公的機関から求人の動きが始まった矢先に、新型コロナの問題が起きました。氷河期世代はますます救われないですよね。就職氷河期世代を対象に行われた厚労省の筆記試験=2020年2月2日、東京・霞が関 今の若い世代、特に就職を控えた学生たちも、売り手市場が続いていたところに、コロナのせいで大変な事態に陥っていますよね。そういう世代に対して、温かい目を向ける氷河期世代もいれば、自分たちの報われなさから同じ苦しみを味わえばよいという人たちもいるようですね。 コロナ禍で早期退職を募る企業も増えており、マスコミでも例外ではありません。ある企業では早期退職者募集以前に2、3月時点で中途採用の求人を掛けていました。他社でキャリアを積んだ若手というのは、新卒よりも育成コストが安く、50代以上の在職社員よりも安い給与で、仕事のセンスも若い存在ですからね。人件費削減や、社内体制の刷新が目的なのではと感じました。専門家で「御用会議」? 梅田 もう生涯を一社に捧げるという時代でもなくなってきていますよね。日本で長く続いた年功序列の給与体系も、今回を機に大きく変わりそうですね。 麻生 そうですね。 梅田 政府や自治体の対応に関して言えば、新型コロナ感染症対策分科会(元・専門家会議)には逼迫(ひっぱく)感があります。しかし、政府や都知事などは言葉でごまかして対応が遅い印象で、ダメージを少なく見せている気がします。庶民感覚と明らかに違う為政者の心理はどうなっているんでしょう。 杉山 行政を執行する側としては、「できれば無闇(むやみ)に責任を被りたくない」という心理が働いていると思います。一方で、成果と実績はちゃんと評価されたい。こういう心理はどんな時代でも働いているのではないでしょうか。 専門家会議というのも、要は「御用会議」になりやすいんですよね。学者の中でも「御用学者」と呼ばれる人が多く招聘(しょうへい)され、未知の人はあまり呼ばれないですね。 梅田 政権に近かったり、省庁などからヒアリングされて接触があった学者や識者ですね。 杉山 行政にとって、専門的な部分において自分たちでは責任を取れないという問題がありますね。そこで専門的な部分で責任を取ってくれる専門家が欲しいんですよ。逆に言うと、責任を被ってでも行政に協力したい人が御用学者になるわけですよ。新型コロナ感染症対策分科会の冒頭、あいさつする尾身茂会長(前列中央)。左は加藤勝信厚労相、右は西村康稔経済再生相=2020年7月6日(川口良介撮影) 梅田 ある意味、覚悟を決めている人たちなんですね。 杉山 とはいえ、責任は二重構造になっていて、学者や専門家が責任を取るのは自分の見識に対してです。ただ、その見識を採用して対策を立てる責任は行政にありますが、行政は「専門家の見識に基づいて施策を取りました」と、見識そのものに関しては専門家に責任を預ける。専門家は、自分の専門分野の学識や研究成果に責任を預ける。そういう構造で、うまく行かなかったときの責任を個人に負わせない仕組みになっているのです。日本固有の「責任分散」構造 麻生 専門家の議事録で、発言者を記録していないことが問題になりましたね。 杉山 発言者を記録した議事録もありますが、記録すると委員個人の責任が重くなってしまって、個人に責任を負わせるきっかけになりますね。こうなると委員をやってくれる人がいなくなっちゃうので、最近は少ないみたいです。 企業でもそうなんですけど、日本は基本的に、責任を個人に被せないようになっています。責任を細分、分散させて、組織として責任を取る形が日本は一般的なんです。欧米では、もう少し個人に責任を被せますね。そのかわり、責任に見合った待遇を個人に与えます。 日本の社長は世界的に見れば、給料が非常に安いんですよ。カルロス・ゴーン被告ではないけど、欧米の社長が数億円を手にするのは、万一のときの代償なんです。日本では法律の規定により、総理大臣の年収が約4千万円台になりますが、国のプレジデントという責任の重さを考えれば、安いんですよね。それでも給料が安いのは責任が分散されているからで、責任を取って辞めるということがそうそうない構造になっているわけです。それがいいか悪いかは別ですけどね。 梅田 そんな責任回避ばかりしているから、日本は対策の打ち出しが遅くなっているのでは? 杉山 日本的な責任回避が対策を遅くしている面もあるかもしれませんが、コロナ対応で日本の対策が遅れがちなのは、事態が想定されていないからなんです。米国の対応が早いのは、軍隊の延長線上に感染症対策の組織があるので、生物兵器を敵が使ったときのシミュレーションも対策もできている。でも日本は対策してないし、そもそも憲法上で軍隊がない。「緊急事態宣言」といっても、自粛の要請であって強制できない。実は日本って米国よりも民主的な国なんです。 米国はもともと「ルールは絶対だ」という意識の人が多くない感じがしますね。まずは、ルールが正しいもので納得できるかどうか考える。日本人よりも、自分は自分で守るという発想の国民性のような気がします。一方で、日本人はルールに同一化したい人が多いので、「要請」であっても守ろうとする国民性があるようです。参院予算委で答弁のため挙手する安倍首相=2020年6月11日 梅田 そんな中で、ステップ3が解禁されたそばから、「夜の街」を中心に陽性者が増えましたね。 杉山 「自粛解禁」と言われると、まずやんちゃな人たちから動き出すんですよね(笑)。で、濃厚接触しまくりみたいなやんちゃなことから始める。そうすると、やっぱり拡大するだろうなと。メディアの「高齢者」忖度 梅田 デパートや名所の再開で、オープン前から並んでいる高齢者がよくテレビでインタビューされていますが。 杉山 高齢者でも「やんちゃ」というわけではないけど、自粛が窮屈だったかもしれないですね(笑)。ただ、楽しみがなければ人間は生きられないので、並んで待つ気持ちもすごく分かるんですけど。 高齢者がうちの近くでよくジョギングしてるんですけど、マスクしてないんですよ(笑)。 高齢者ほどウイルスを排出して、人に感染させやすいという研究結果も日本感染症学会で発表されています。しかし、この結果をマスコミはあまり大きく取り上げない感じがします。 麻生 20代を中心に30代、40代へ行動を抑制するように警鐘を鳴らす向きはありますね。経済を支える層でもあるのですが、あたかも彼らがウイルスを媒介し感染を広げているかのような…。※画像はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 そうなんです。でも、本当にそう断言してもいいのでしょうか。* * * 第4回は少しずつ緩和が進んでいるエンターテインメント業界と人間心理の関係、そして、「夜の街」に関する問題点を心理面から検証していく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    コロナ苦境に必要な環境メンテと心痛を和らげる「2つの脳」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 「withコロナ」で強いられる「新しい生活様式」の中、スポーツやエンターテインメントでも観客を入れる試みが戻ってきた。しかし、以前と同じような状態にはまだまだ戻れそうにない。また現在でも、企業破綻や閉店の動きは後を絶たない。人々の不安と緊張感が続き、社会の混乱も収まりそうもない。* * * 梅田 県境をまたぐ移動も自由になり、電車・バスなどで通勤する社会人も戻りつつありますが、在宅ワークを引き続き取り入れている会社も多いようですね。 麻生 大手ゼネコン社員に取材したときに伺ったのは、どうしても社外へ持ち出せないデータや、会社のパソコンにしか入っていない設計関係のソフトウエアなどもあるため、3月から5月にかけても在宅勤務できる日が少しはあったものの、出社せざるを得ない日の方が多かったということです。従業員が個人の携帯端末を業務でも利用するBYOD(Bring Your Own Device)導入へのハードルは、システムを大幅に改善してセキュリティー面も強化すること。そうしなければ解決しない問題だと思います。 梅田 そもそも、日本の企業そのものが在宅ワークを想定していなかった面もありますよね。日本の雇用の70%が中小企業だと言われますが、設備投資を考えれば、IT化そのものが立ち遅れている企業も多そうですね。 麻生 業種によっては、やはりIT化の難しさや遅れが顕著に表れていますね。中小企業でも特にIT化の進みづらい面がある小売や飲食のチェーンでも、IT化やAI技術を駆使した無人店舗の運営を目指し、コロナ禍以前から試験運用を重ねている先進的な企業もあるのですが、多くはありません。  業種や経営者の考え方によるでしょうし、企業間のIT格差は残りそうですね。経営者側や管理職の方のITリテラシーも、在宅ワークやリモート会議の導入を左右するでしょうね。 梅田 会社を創業した高齢経営者は意固地に会社に来ることにこだわりそうな気がしますね。 ※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 そういったケースも少なくないですね。これは「恒常性錯覚」です。社会心理学の言葉では、「確証バイアス」といいます。自分が知っている、自分が分かっている、慣れ親しんでいるものを確証したい、確認したがるんです。新しい世界や新しい物に対し、非常に心が閉ざされている。年齢が上がるほどこの傾向は強くなります。 心理学では「結晶性知能」とも呼びます。塩の結晶とか雪の結晶をイメージしてください。結晶性知能は、経験の蓄積からこの世界を理解するためのパターンや、ある構造みたいなものを見つけ出して結晶化していく。 経験を結晶化していくと考えてもらえれば分かりやすいと思います。高齢者ほど優秀と言われています。ただ、あくまで結晶なので、柔軟性がないんですよね。心を保つ「環境メンテナンス」 梅田 自分のセオリーに誇りを持っていらっしゃる方ということですね。 杉山 そうですね。だから相手の方は新型コロナウイルスの感染を嫌がってるんだけど、「営業にはとにかく足で稼げ」みたいな自分の成功セオリーを押し付けるわけですよ。 梅田 ワクチンができない時期が長引けば、そんな人がリーダーになっている会社やお店は立ち行かなくなる可能性もあるのでは。 杉山 「withコロナ」「アフターコロナ」だからといって、全てがオンラインに変わるわけではありません。今後縮小するだろうけれど、「ビフォーコロナ」的なマーケティングやマーケットを好む層の範囲内で、その市場をうまく取り込んで事業展開すれば、ビフォーコロナの手法に誇りを持っていらっしゃる方でも生き残れる可能性があるんです。しかし、市場規模は明らかに小さくなるので、小さくなったマーケットを上手につかめるかどうかが勝負になるかなという気がします。 梅田 悩みを抱えていらっしゃる若い経営者や、柔軟さを持ち続けている経営者もたくさんいそうですね。杉山先生は企業の運営や人事のコンサルティング経験もありますが、企業カウンセリングはこれからますます重要になるのではないでしょうか。 杉山 社会保険労務士の資格を持つ知り合いも臨床心理士がいまして、「社長専属カウンセラー」というキャッチコピーで売っていますよ。経営者は結構孤独ですから、忙しくしてます。 社員も含めた企業カウンセリングも当然必要になるでしょう。ところが、そこにお金を出せる企業がどんどん減ってきています。 オンラインでキャリアコンサルティングやカウンセリングを展開している事業所は、その影響を被っています。新型コロナ禍の前はそれなりの契約数があったんですけど、コロナで先行きが見えなくなったせいもあるのか、契約打ち切りやキャンセルが相次いだそうです。本当は必要なときなのに、切り捨てられている。ただ、企業から見れば稼ぐ部門ではないですからね。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ただし、従業員のメンテナンスを行わない企業は、これから伸び悩むだろうと思います。とはいえ、経営者の気持ちになってみると、まずは財政基盤の安定が先に立つんですよね。 心は環境に反応してどんどん変化していくものなので、心をいい状態に保つには、かなりの環境メンテナンスが必要です。社会人であれば、仕事の中でメンテナンスができれば理想的です。 仕事を通して自尊心の確認や、自分が役に立っていることの確認、それらを周りから評価してもらえるような、自尊心のメンテナンスができていると、いい状態を保てます。しかし、コロナ禍の中で仕事そのものがなくなってしまうと、メンテナンスもできないし、経済的にも困ってくる中では、心も経済も大打撃なんですよね。カウンセリングは安くない 麻生 自分のせいではないので、ある意味不可抗力的ですよね。 杉山 そこで無力感を感じる人はさらに感じてしまうし、今できることは何か考えられる前向きな人は、新しい生き方や新しい仕事、新しい生きがいを見つけられるんでしょうけどね。そこで一番ダメージを受けるのが、受け身のタイプです。よく言われる「命令待ち」の人ですね。自分から何かを仕掛けようとしませんからね。 麻生 それって、組織との一体感に安心する日本人には非常に多いのではないでしょうか? 杉山 そうですね。まさに現在のような状況が苦手な人が日本には多いですね。 梅田 かといって、心療内科やカウンセリングを自分で探して受診するのも少しハードルが高そうですね。 麻生 心療内科や精神科の受診や、カウンセリングを受ける方が急増したというような話は聞かれていないですね。コロナ禍でメンタルの不調を訴える方は確実に増えてはいるのですが、通院や外出による感染リスクが怖いため、受診したくてもできないという声は非常に多く聞かれました。 杉山 それと、カウンセリングって安くないんです。金額に幅がありますけれど、一番安くても5千円、高いと1万5千円くらいになります。仕事が減っていたり、職を失ってしまった人にそんな額を出す余裕はないと思えます。 お金がない人にとって、カウンセリングは行政の支援待ちになってしまいます。業界では、リタイアした臨床心理士が善意でボランティア活動をしたりしています。 麻生 私もコロナ禍で無料電話相談を受けていますが、カウンセリングでも友人への相談でも、話を聞いてもらうだけでちょっと気持ちが楽になることもありますよね。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 心の痛みは大脳辺縁系で作られるんですよ。私は「ウマの脳」と呼んでいますけど、この大脳辺縁系は、気分の重さや心の痛みを誰かが共感してくれると活動が緩和します。 話を聞いてもらって、共感されると、気が楽になる。人間の大脳辺縁系が仲間を求める役割を果たしているからです。仲間がいることは、自分が社会的に安全でもあることなので、自分の社会的安全が確認されれば、心の痛みも軽くなっていくわけです。 ただ、共感され慣れてる人と、され慣れてない人がいるんですよ。共感され慣れてない人にしつこく共感すると、嫌がられますね。「外在化」で整理する 麻生 求めるものがクライアント側にもいろいろあって、共感や心情に寄り添うことを求めてる人もいれば、コーチングのように引っ張ってくれるもの、具体的なアドバイスが欲しい人もいますね。同じクライアントでも時々で求めるものも変わりますから、要求も汲み取る必要性がありますよね。 杉山 カウンセリングの話でいえば、ポイントはウマの脳をおとなしくさせることなんです。ウマの脳のほかにも、自分の立場や評価を気にする「サルの脳(内側前頭前野)」、課題達成や計画性を担う「ヒトの脳(外側前頭前野)」があるんですが、人類になってから進化した部分が働き始めると、ウマの脳の働きを緩和してくれるんです。 つまり、助言や提案、アドバイスによってヒトの脳は活性化するんですね。ウマの脳をおとなしくさせ、ヒトの脳を活性化させることで、人は気が楽になリます。この両方を行うのがカウンセリングというわけです。 麻生 近年はカウンセラー登録サイトをビジネスとして運営する企業もあるそうですが、「話すカウンセリング」と「書くカウンリング」では、書くカウンセリングの需要が上がっているようです。 杉山 文字にする行為は、心の中を外に出してみる意味で「外在化」と言うんですけれど、外在化すると、自分と距離を取って見ることができる。そうすると合理的に見えるから、ウマの脳を外に出すことで切り離せます。合理的に考えられないこと考えるときは、だいたいウマの脳が暴走している。これを調整するために文字化して、外在化で整理をするわけです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 麻生 確かに文章化する行為だけでも効果がありますよね。頭の中、心の中を文字にして外へ出す。そして、その文章を見る自分がいる。そうして距離を取ることで、自身を客観視できる。いわゆる「メタ認知」ですね。 杉山 あと、オンラインカウンセリングってずっとカメラに向かっていて、しかも自分の顔が映っているから、緊張感もあるし、何より疲れるんですよね。そういう面でも支持されているのかもしれませんね。* * * 社会の混乱が続く中、家族に変化はないか、同僚や部下などにも変調がないか、きちんと向き合っていく必要もありそうだ。次回は、より以前に近い状態を取り戻す「第3ステップ」に進むための問題点を探っていく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    コロナ禍でもおとなしい「不安遺伝子」が宿る日本人の拠りどころ

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 新型コロナウイルスの感染拡大は、2020年の世界を大戦期のような事態に追い込んだ。現在も決定的なワクチンの開発には至っていないが、各国は独自の対策で新型コロナと向き合い、7月に入ると、経済活動の再開に向けて動き出した国が日本も含めて増えている。 日本では、事態進行に対策の遅れが指摘されていたが、4月7日に安倍晋三首相が発令を表明した「緊急事態宣言」が、当初予定から約20日後の5月25日まで続き、その間、国民は自粛生活を余儀なくされた。2月25日に出された「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」では、企業にできる限りのテレワークを呼びかけ、各種学校などにも休校を要請し、大半が応じることとなった。 まだ終わりの見えない新型コロナ禍の中で、私たちはこれまで体験したことのない生活を強いられている。感染抑制と経済活動を両立させる「新しい生活様式」の下で新型コロナと共存するには、心を壊さないための知識が求められる。コロナ禍の発生から今までを振り返りながら、心理学者で神奈川大人間科学部教授の杉山崇氏と、家族心理ジャーナリストの麻生マリ子氏に、対談を通して解説してもらう。* * * 杉山 私の勤務する大学の状況は、テレワーク半分、出勤半分です。やはり大学を維持しなければならないですから。テレワークといっても、子供が自宅待機になっている中では難しい方が多いですよね。 学生は8月まで完全オンライン授業です。教職員の出勤について、緊急事態宣言発令の前日までは、中間管理職クラスだと、あくまで要請だから普通に出勤と考えている人が多かったですね。それが一転、発令されたらすぐに大学への入構制限とテレワーク導入を決定しました。それだけ緊急事態宣言は威力があったと思います。 ちょっと話が広がるんですけど、この対応には「同調圧力」を感じました。同調圧力に抵抗すると、イメージも悪くなってしまう。大学に限らず、自社のブランドイメージを気にする企業や店舗などは緊急事態宣言を重く受け止めて、休業や在宅ワークにせざるを得なかったと思います。学童保育に子供を迎えに来た保護者ら。新型コロナウイルスによる臨時休校の影響で、一人親世帯の不安が募っている=2020年3月、大津市 梅田 麻生さんもお子さんがいらっしゃいますけど、大変でしたか? 麻生 現在、学校は再開されていますが、都内はおおむね6月の初めから分散登校が2週間続き、3週目から一斉登校になりました。2月27日夜に一斉休校要請が出て、取材した中ではおおむね翌週の3月2日か3日から休校に入りました。学校再開の時期に地域差はありますが、休校期間は特定警戒都道府県を中心に5月末まで最長3カ月に及んでいます。 休校中の学童保育(以下、学童)も地域や学校ごとに致し方ない差や方針の違いがありました。学童の多くは自治体から民間企業へ委託される半官半民で運営されています。お子さんが学校へ行っている時間帯や、放課後の小学生を対象に地域体験学習と居場所を兼ねた「放課後子ども教室」事業が行われている学校や地域では、その時間をパート勤務や傷病の療養にあてていた家庭もあり、その緊急受け入れをする学童もありました。それに伴う学童の支援員の緊急増員など自治体も大変だったと聞いています。 でも、隣の街に行けば、そもそも学童は常に待機児童を抱えている状態で、そのような対応はできないと言われたり、閉所になっていました。また、預かる学童にしても、医療関係者や生活インフラに関する業務に従事されている家庭や一人親家庭、自宅介護をされている家庭などに限定されていたそうです。そうなると、民間学童や、障害のあるお子さんであれば「放課後等デイサービス」に預けるしかありません。しかし、英会話教室や塾、スポーツクラブの運営する民間学童は、月額8万円ほどかかってしまうという話も取材の中でよく伺いました。社会問題が浮き彫りに 梅田 今は学校への登校も再開され、学童も同様だと思いますが、各種調査によると、出勤再開後も在宅ワークを取り入れる企業も増えてきたようですね。 麻生 取材した中では、この機に在宅やリモートワークを活用していく方向に舵(かじ)を切ったり、併用する企業が多い印象を受けています。出社したとしても時差出勤や分散勤務です。これは業務効率化の問題よりも、やはり新型コロナ禍の影響ですね。 時差出勤や時短という形態をとる企業は、在宅にはできなくても、感染リスクを極力下げるために緊急事態宣言中からその方法を採用していましたよね。コロナがきっかけではあったけれども、効率化にも繋がるから今後も在宅勤務やリモートワークを併用していこうという企業が、最も多いように見受けられますね。 梅田 今回の新型コロナ禍は、これまで放置されていた社会のさまざまな問題を浮き彫りにして、目に見えるような形にしてしまったというか、現象として顕在化させたような印象があるのですが、それに関して思われるところはありますか? 杉山 現代社会には矛盾というか、問題がいっぱいあったんですけど、問題をごまかしながらなんとかやってきたわけです。これまでも、問題が極限に行き着いたら大改革が起きたり、果ては革命や戦争が繰り返されてきましたが、新型コロナ禍のように社会を巻き込むような現象が起こると、一番弱いところに影響が集中してしまいます。 現代社会で最も影響が出るのが、派遣社員・バイトやフリーランスの方たちです。今回、生活や権利を守る社会の仕組みがないまま、政府がその働き方を推奨してきた問題が浮き彫りになりました。※画像はイメージです(ゲッティーイメージズ) 梅田 社会を回していく上で、社会一般の人たちの心理として、弱者は構造的に必要なんでしょうか? 杉山 犠牲はどの社会でも必要としています。古代ギリシャや昔の欧米列強でも奴隷制度がありました。便利に使われてくれる人というか、いろんな矛盾や問題を吸収してくれるような働き方をしてくれる立場の人は、どの社会でも時代でも必要だったということでしょうか。 これはよく言われる立場の上下を取り合う「マウンティング」ではなくて、社会を上手に回すために、臨機応変に柔軟に動いてくれる人が単純に必要なんです。 麻生 非正規雇用者などが社会の調整弁となってしまっていますよね。実際に、ショッピングモールのテナントでパート勤務されていた方は、3月から営業時間が徐々に短縮されていき、就労時間が短くなって収入減を心配していた矢先に、モールの従業員に新型コロナの感染者が出たため、臨時休業になって、翌日から仕事がなくなりました。突然収入が途絶えて、絶望的な気持ちになったそうです。 梅田 それで言えば、休業補償も給付金もまだ全然行き渡ってないですよね。だから休業中も従業員に給料を自腹で払える会社はいいんですけど、そうではないところはもうスタッフを切るしかない。緊急事態宣言前後で雇い止めが問題になりましたが、これは社会的に切り捨てられる人から先に切り捨てられたということでしょうか?デモをしない国民性 杉山 そう言えると思いますが、実際は自腹で休業中の給料を払えない企業の方が日本では多いわけで、実際とあるタクシー会社は一斉に全社員を切りましたね。これは、その間に失業手当をもらってくれ、というアイデアでしたが。 麻生 Uberもフルタイム勤務の従業員を対象に、世界で3千人以上の解雇を5月中に2度行ってますね。計6700人もの大規模な人員削減です。事業所の閉鎖や統合も行われました。コロナ禍で配車サービス事業が80%減少したことが主な理由です。 Uber Japanでも日本進出当初から数々の事業立ち上げに参画してきた日本人社員が解雇された事例もあります。一方巣ごもり消費で、Uber Eatsの配達員が担う仕事量は増加していますが、配達員は独立した一業者としての契約なので、社会的には弱者の立場といえるでしょうか。 梅田 となると、今回の新型コロナ問題では正社員も雇用の危機にさらされている。インターネットでは「おかしいじゃないか」という声が湧き上がっていましたが、時期的な問題もあって大規模デモなどは起きませんでした。米国はお構いなしにデモをやっていますけど。 杉山 日本人は、あまりデモなどで暴れない国民性なんです。まあ昔からですね。江戸時代にデモでもしたら打首ですからね。切り捨て御免の国でしたから。 だから、もともとあまりデモの文化がないというんでしょうか。戦後になってから、学生運動の時代の活動家たちがデモをしていましたが、別にみんながデモをしたというわけではなくて、「ノンポリ」と言われる学生運動に無関心な学生たちがけっこういました。今の日本でデモを起こして何かが変わると思ってない人はけっこう多いかもしれないですね。 というのも、日本人には会社に協力しようとするマインドが働くんです。いわゆる日本人気質というものです。組織に協力的なマインドを持った人しか日本では生き残れなかった。昔は村社会が組織ですから。村社会に協力的な人だけが生き残れる社会だったから、どうしても協力しようとする遺伝的な傾向が働いた。そういうマインドの人が子孫を残してきた結果が現在ですからね。安田講堂が学生らに封鎖された当時の東大本郷キャンパス=1968年7月 といいつつも、大正の近代化以降は、協力的でなくてほぼ村八分になるような一部の人が社会を変えてきたりしてきたんですけどね。でも、大多数はやっぱり村社会に協力的な人たちですよ。そういう遺伝的傾向を持った人が日本人は多いですね。 麻生 米国の方からは「この情勢下で、なぜ日本人はおとなしく暮らしているのか」とまで言われました。 梅田 日本人はあまりお上に逆らわない傾向がたしかにある気がします。SNSで声を上げている人はいて、時々盛り上がることもありますが、日本の根本は変わりませんね。「不安遺伝子」と日本人 杉山 心理学的に説明すると、「不安遺伝子」を持ってる人が世界で最も多い国の一つが日本なんですよ。不安を解消する方法はいろいろありますが、そのうちの一つが大きな組織の一部になってしまうことです。孤立は不安を高めるため、大きな組織と一体感を得ることで、自分が大きくなった気持ちになれる。だから、組織との一体感を求める人は多いです。 不安遺伝子とは別に「チャレンジャー遺伝子」というのがあって、これを持ってる人そのものが日本人では少ない上に、不安遺伝子があるとチャレンジャー遺伝子を働かなくしてしまう。不安遺伝子とチャレンジャー遺伝子学が拮抗して逆に身動きが取れなくなる。 梅田 今回の新型コロナ禍ではマスク不足が続いて、いろいろな企業や工場などがマスク作りに取り組み始めましたが、それはチャンレンジではないんでしょうか? 杉山 社会全体が「命を守れ」をスローガンのようにしているので、「みんなの身を守る」という流れに乗ることで、自分たちが大きくなった気持ちになれると思うんですよ。  何より、それは企業戦略としてマスク製造・販売で名が知られることにもつながるので、不安遺伝子の働きによるものといっていいと思います。 あと、マスク製造自体は、あまりチャレンジにならないですね。作り方は分かっているから、誰もやったことがないことをやるレベルのチャレンジではないんです。分かっていることで確実に結果が出ることやろうというのは、不安遺伝子が大好きなこと。マスク作りをするものづくり企業が増えるのは、日本人的な感覚として間違ってはいないんです。※写真はイメージです(ゲッティーイメージズ)* * * 次回はさらに、コロナ禍で浮き彫りにされた人間関係の心理について読み解く。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。