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    マイナンバー「口座ひも付け」拙速にあらず

    マイナンバーと金融機関口座の「ひも付け」について、政府は義務化を見送った。義務化を検討した際、野党は「新型コロナ禍の給付金手続きの混乱に乗じた強行」と批判したが、そもそも議論のスタートは数年前に遡る。とはいえ、国民から十分な理解を得られていると言い難いのも現状だ。改めてメリット、デメリットを整理する。

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    航空業界がたどる「いつか来た道」

    新型コロナウイルス感染拡大で業績悪化に苦しむ航空大手2社は、余剰人員を自治体や他業種の企業に出向させた。人員整理が簡単にいかないのは、業界特有のルールや労組に大胆な事業縮小を拒まれているためだ。ただこの先、完全なアフターコロナを迎えた際、復活の鍵となるのは、あの「いつか来た道」をたどることだろう。

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    苦渋の社員出向でも不採算路線を切れぬ、航空業界の「視界不良」

    松沢直樹(フリーライター) ANAホールディングスは10月21日、2021年3月期の連結最終損益が5千億円前後の赤字になることを明らかにした。前期は276億円の黒字である。今回の新型コロナウイルス問題で、いかに深刻な打撃を受けているかが分かる。 それだけではない。日本航空は10月30日、希望する社員に対して、出向先で働く機会を増やしていることを明らかにした。グループ全体で1日あたり最大500人程度が出向先で働いているという。 国内の最大手2社がこの状態である。安価な料金を最大の強みにする格安航空会社(LCC)はさらに深刻だ。エアアジアジャパンは11月17日、東京地裁に破産手続きの開始を申し立てた。負債総額は217億円。新型コロナ禍で需要が低迷しており、マレーシアのエアアジア本体から資金面での支援を打ち切られたのが決定的となった。 枚挙にいとまがないのでこれまでにするが、企業規模にかかわらず、航空業界全体がかつてない規模の苦境に立たされているのは間違いない。 だが、今回の新型コロナ問題がなくても、解雇や出向などの余剰人員対策や、大規模倒産などの問題は起きただろうと私は思う。航空業界の赤字体質は、今に始まった話ではないからだ。 四半世紀以上前のことになるが、私自身、エアライン(航空会社)で働いていた時期がある。バブル崩壊後ではあったが、本格的な不況を実感する時期ではなかった。それにもかかわらず航空座席が全く売れず、毎日、営業の責任者と頭を抱えていたのをよく覚えている。 当時、ほとんどの航空会社は自社で航空座席を販売する力が弱く、旅行代理店に依存していた。1つの便の航空座席のうち、3分の1ほどを割引料金で旅行代理店に預け、販売してもらうのである。人気がない路線の場合、3分の2以上を預けることも珍しくなかった。 旅行代理店は、航空会社から預かった航空座席を自社企画のパッケージツアーなどに組み入れて販売して利益を出す。もちろん、預かった航空座席のすべてを販売しきれないケースもある。その場合は、ペナルティーなしで航空会社に「返却」するのだ。当時は、搭乗日の14日前に「手仕舞日」と呼ばれる日を設け、この日に旅行代理店が売れなかった航空座席を返却するのが慣習だった。人気のない成田空港のターミナル=2020年6月20日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) ほかにも、修学旅行などの団体旅行を別枠で受けていたが、これも当然ながら割引価格。航空会社が希望する小売価格(当時は個札と呼んでいた)で売れる割合は、ドル箱路線の「福岡-羽田」「札幌-羽田」を除けば、良くて1割程度だった。ネット普及後も インターネットが普及した2000年以降、多くの航空会社は自社で航空座席を売ることに注力した。しかしながら、大手旅行代理店の販売力に依存しない販売は難しく、おそらく今も体制はさほど変わっていないはずである。むしろ、航空会社間の競争が活発になり、「早割」「先得」などの独自の割引販売を行わざるを得なくなったため、収益率向上がさらに難しくなったのではないだろうか。 前述の通り、どのような路線展開を行っているエアラインも、すべての路線の利益率が高いということはまずない。赤字か極めて薄利の路線が8割程度、利益が出る路線が2割といった構成になっているといっても過言ではない。 利益を追求する民間企業が不採算部門を整理しないのは不思議に思われるかもしれない。これには3つの大きな理由がある。 1つ目は、いまだに「公」の役割を背負わされていること。年配の方はご存じかもしれないが、日本航空は1951年の発足時、半官半民の企業であり、公的な色合いが強かった。 政府がすべての株式を売却し、完全に民営化された1987年以降も、公的な役割を完全に整理しきれていない。北海道の離島や南西諸島などをはじめとした、人口が少ない地域の住民の移動手段として、路線を維持し続けている。廃止となれば住民から大規模な反対運動が起こされる可能性もある。 逆に、路線を維持していれば、国や地方自治体の助成金が手に入るケースも少なくない。観光シーズンには他社より有利になることもある。 2つ目は、航空業界特有の路線免許問題だ。定期路線を設け、商用で飛行機を飛ばす場合は、国土交通省の認可(路線免許)が必要だが、一度廃止すると再度認可を得ることが不可能に近い。そのため不採算路線といえども簡単に廃止できない。 3つ目は、大きな力を持つ労働組合だ。山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」で、航空会社の労組の異様なくらいの強さが著(あらわ)されているのを読まれた方もいるのではないだろうか。相次ぐ欠航を知らせる成田空港の掲示板=2020年6月20日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) 実際のところ、80年代後半から90年代初めくらいまでは、乗務員の労組、地上職の労組が別個に存在する航空会社も珍しくなく、おそろしく交渉力が強い組合がほとんどだった。その名残で、不採算路線の整理に大なたを振るいにくいのだろう。地方空港にチャンスあり だが、ほとんどの航空会社で労組が弱体化しているはずである。かつて労組が強かった時代は、職員の出向などは絶対にありえなかったからだ。したがって、よくも悪くも経済の原則に沿った再編は進むだろう。 その様相は、おそらく旧国鉄が民営化されたプロセスに類似するだろうと、私は推測している。旧国鉄がJRに分割民営化される際は、再生が難しい赤字路線は廃線とされ、乗客が多い路線は活性化された。 これと同様に、福岡-東京-札幌などの収益率が高い路線は増便されるだろう。ただし、航空会社が路線を運営する上で、頭が痛いのが固定費である、飛行機の維持費用と人件費は削減に進むはずである。具体的には、自社保有の飛行機を売却してリースなどを増やしたり、余剰な正規職員を解雇して派遣や契約社員でまかなうセクションを増やしたり、といった手段を取るだろう。 ただし、不採算部門については、同じ流れにはならない路線もあると思う。前述したように、航空会社の場合、路線を廃止すると新たに路線を運航するための免許を国交省から得ることが難しくなる。そのことから、大手航空会社がLCCと共同運航する形で、不採算路線を安価な運賃で運営するようなケースも増えるのではないだろうか。 従来通り、大手航空会社が連帯して出資しLCC事業に参加するケースも増えるのではないかと思う。実際、日本国内でのLCC大手であるジェットスタージャパンは日本航空、豪カンタス航空グループ、伊藤忠商事系の東京センチュリーが共同で出資している。資金調達ノウハウを金融系企業に任せ、運航などの実務を航空会社が担うことで成功したケースだが、このような企業タッグによるLCCは増えるのではないかと思われる。 また、多くの都道府県で1つ以上の空港が開港されており、発着枠に空きがある空港も少なくない。これらの地方空港は空港使用料が総じて安いため、既存の大手航空会社はもちろん、LCCから見ても魅力的に映るはずだ。 特にビジネス・観光客が見込める路線は就航が増える可能性が高い。スカイマークが運営する茨城-福岡路線が代表的だが、首都圏の地方空港を利用して、羽田と地方都市を結ぶ路線に対抗することは十分考えられる。羽田空港を出発する航空機=2020年11月22日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) いずれにせよ競争が過酷になることは明らかだが、その中からビジネスチャンスが生まれるのは間違いない。コロナ問題が一通りの終息を見せた後、さまざまな航空会社や路線が日本各地で展開される可能性は大きい。

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    茨城「遊漁船」事故、苦境が招く悪循環

    茨城県の鹿島港の港口付近で貨物船と遊漁船が衝突した事故は、釣り客に犠牲者が出たことで、関係者に衝撃が走った。原因は捜査中だが、事故の背景に遊漁船の苦境による仕事のブラック化を指摘する声もある。釣り好きで知られ、転覆した遊漁船を利用していた経済評論家の平野和之氏が、現状を分析し、再発防止策を提言する。

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    進む巨大IT企業包囲網、日本はGoogleに「ノー」と言えるか

    林信行(ITジャーナリスト) 巨大になり過ぎたテクノロジー企業の今後に一石を投じる出来事があった。米司法省が10月20日、インターネット検索大手のグーグル社を反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴したのだ。 これは同省が1998年にマイクロソフト社を提訴して以来の、大規模な訴訟になるとみられている。実際、訴状には対マイクロソフトの訴訟への言及もあった。 独禁法は、市場で優越的地位にある企業が、その立場を利用してさらに有利になるように働きかけることを禁じた法律。競合企業にも平等にチャンスを与え、自由競争を促そうという狙いがある。 98年のマイクロソフトの訴訟では、圧倒的シェアを持つパソコン用基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」で市場を独占していた同社が、OSとウェブブラウザー(ウェブサイトを閲覧するソフト)をセット提供することで、他のウェブブラウザーに不利な状況を作っていたことを問題としていた。12年続いた訴訟は、2011年に両者の和解という形で終結した。 今回の提訴では、インターネット検索や、検索したときに出てくる広告においてグーグルが独占的立場を築き、他社の参入を阻害していることが問題だとされている。 実は、9月のはじめには米紙ニューヨーク・タイムズがこの提訴の動きをつかんでいた。他の判事たちがまだ訴状が煮詰まっていないと反対する中、ウィリアム・バー米司法長官が押し切って提訴に踏み切ると報じられ、ドナルド・トランプ大統領による選挙戦に向けたパフォーマンスだと指摘された。 トランプ氏の支持層には、衰退が続く産業に従事している人も多い。そのため、グーグルのように成功したIT企業は、トランプ政権からしばしば「仮想敵」に仕立て上げられてきた。ワシントンにある米司法省の建物=2020年10月(AP=共同) ただ、巨大IT企業の側にも問題がないわけではない。欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は、再三にわたって、独禁法に相当するEU競争法違反でグーグルを訴えている。1000億円超えの制裁金 同委員会は2017年、買い物検索サービスにおいて、「グーグルショッピング」を競合サイトよりも優遇して表示していたとして24億ユーロ(約3千億円)の制裁金を科した。18年には自社のアプリストアをプリインストール(端末を購入した時点で使えるようにする措置)する見返りに、検索アプリやブラウザーの「抱き合わせ搭載」をアンドロイドOSのスマートフォンメーカーに求めたとして制裁金43億4千万ユーロ(約5400億円)を、19年には広告サービス「アドセンス」で他社を排除する制約を設けたとして、制裁金14億9千万ユーロ(1800億円)を科している。 今年は、健康機器メーカーのフィットビット社をグーグルが買収することが同法に抵触しないかが調査されている。フィットビットは心拍数などを計測する腕時計型端末などを販売しており、健康に関するデータがインターネット広告に使われるとグーグルの立場がさらに強まると懸念された。12月9日までに結論が出る予定だ。 こうした対応とは反対に、米国、特にIT産業が活発なシリコンバレーを有するカリフォルニア州は、テクノロジー企業への規制を緩めることでイノベーションを促進してきた。パソコンやスマホのOSや検索サービス、EC(電子商取引)やソーシャルメディアなど、IT基盤を担う巨大企業を生み出すことで自らも繁栄してきた部分があり、テクノロジー企業に対する寛容度が高過ぎるという指摘も受けていた。 シリコンバレーの大手企業の弊害に対して毅然(きぜん)と立ち向かい続けてきたのが、フランスのエマニュエル・マクロン大統領だろう。「Tech for Good(善良なるテクノロジー)」を掲げるフランスのテクノロジー系イベント「VIVA TECHNOLOGY」に登壇しては、シリコンバレー企業が政治や市場経済にもたらす悪影響を糾弾した。 昨年の同イベントで、壇上に招かれたフランスの事業者が「トマト1個の値段までアマゾンが決める今の状況をなんとかしてほしい」と訴えると、米国のECサイトのやり方がいかに環境への負荷が大きいかを国民に知ってもらうと述べ、法の抜け穴を利用して有利に事業をしてきたシリコンバレー企業に対してしっかり課税をすることでバランスを取ると宣言。実際に行動に移した。 同年にはカナダのジャスティン・トルドー首相も参加し、選挙期間中、海外資本の企業がソーシャルメディアなどで広告を出すことを問題視して、カナダでは禁止する方針を示している。 今日、世界中の人々の生活や仕事は、デジタルテクノロジーなしでは成り立たない。しかし、テクノロジーの根幹であるOSからインターネットの接続、検索サービス、ソーシャルメディア、商品やサービスの売買まで、基盤のほとんどはシリコンバレー企業によって押さえられてしまっている。例外は独自路線を貫く中国ぐらいだ。 ただ、若い2人、マクロン大統領とトルドー首相の姿勢は、巨大IT企業の基盤技術をそのまま受け入れる必要がないことに気付かせてくれる。自国の利益が奪われていないか一つ一つ吟味し、変えてもらう必要がある箇所は国として堂々とルール変更を要求すればいいのである。 最近では米国内でも、成長し過ぎたシリコンバレー企業が分断を広げていることが改めて議論されている。カリフォルニア州とアラバマ州を除くすべての州は19年9月、グーグルの広告事業が独禁法に違反していないか調査を開始しており、今年7月にカリフォルニア州もその調査に加わった。巨大IT企業への警戒感は徐々に強まっている。「VIVA TECHNOLOGY」で中小の事業者と語り合うマクロン仏大統領=2019年5月、パリ(筆者提供) マイクロソフトの訴訟では、連邦地裁が求めたように会社が2社に分割されることは起きなかったが、マイクロソフトのさまざまな計画が他社に対してフェアになるような方向修正が行われた。 そういう意味では、米国大手IT企業がアグレッシブな行動をとりにくいこれからの時期は、他の事業者にとってチャンスと言えるのかもしれない。

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    キリンの首はなぜ長い?世の「無駄」にこそあるコロナ禍克服のヒント

    松崎一葉(筑波大教授) 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で働き方やライフスタイルに擾乱(じょうらん)が生じ、私たちは大きなストレスに曝(さら)された。この激動の時代に役に立つ概念として「レジリエンス」と呼ばれる考え方を紹介したい。 統計数理研究所の丸山宏元教授の定義によれば、レジリエンスとは「システムに何らかの擾乱が生じた時、壊れにくく(resistance)、壊れた後に素早く回復できる(recovery)性質のこと」とされている。従来の「ストレス耐性」の概念のように、耐えることだけを意味しない。 じっと我慢するだけでは将来的なダメージが大きすぎ、この状況は乗り切れない。むしろストレスに抗うことなく、流れに身を任せ、その先をしたたかに見据えて「いかに力強く回復するか?」と策を練ること。これがレジリエンスである。 レジリエンスの概念は防災においても用いられている。大地震や大津波は起こりうるものだから、災害対策としては、完全に耐えられるような防波堤やビルを作るよりも、被害を最小限に抑えて素早く回復できる仕組みを持つ構造物を生み出そう、という減災の考え方に通じている。 筑波大の同僚である斎藤環教授の名著『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)からこのレジリエンス概念を一部引用して解説する。レジリエンスを達成するためには三つの要素が必要だという。 一つ目は「冗長性」で、平常時は無駄と思えるようなものが、実は非常時に役立つというものだ。阪神大震災が起きたときの阪神間の3路線が典型だという。阪神間は北から阪急、JR、阪神各社の3路線があり、この短い区間にほぼ並行にあることは無駄だと思われていた。しかし、震災時にはそれぞれの路線において分断された地点が異なっていたため、3路線を乗り継げば阪神間の移動が可能だった、というエピソードがある。阪神大震災による被害で、復旧工事が進む阪急電車神戸線=1995年1月23日 論理的な合理化を進めすぎると「遊び」の部分がなくなり、非常時に立ち行かなくなるということだ。これは組織運営のみならず、われわれの生活や生き方にも応用できるだろう。生活時間における少々の余裕や無駄な時間を切り詰めることなく、健康管理上もカツカツ、ギリギリまで過重労働するのではなく、いつも心身に余裕を持った生活を送るという心掛けが大事なのだろう。 二つ目は「多様性」で、さまざまな価値観を容認すること。ボーイング777型機が搭載する3台のコンピューターシステムは、それぞれ異なる3種類の基本ソフト(OS)で稼働しており、万が一、コンピューターウイルスが侵入して1つのシステムがダウンしても、他系統のOSが正常にバックアップするのだそうだ。 単一的価値観は、先の大戦下のように一丸となって突撃するには好都合で合理的なのだが、想定外の擾乱に遭遇すると「全滅」しかねない。「短期的」の心構えは 企業内においては多様な価値観、国籍、信条、ジェンダーを有する社員を持つこと、もちろん家族の中でもそれぞれの生き方を尊重して単一の価値観を強要しないことが大事なのだろう。民族の多様度の低いわが国では、とかく周囲からの同調圧力が強くなりがちだ。出る杭は打たれやすく、周りをうかがって「右へならえ」の姿勢の人が多い。 その結果として新型コロナウイルスの感染が広がる中、自粛していないと目された個人や店舗に対して嫌がらせを行う「自粛警察」や、マスクの非着用に過剰反応する「マスク警察」が横行した。社会生活における最低限のルールの中で、多様な価値観を認め合う寛容さを身につけるべきだろう。 三つ目は適応性で、間違ったことを認めて、すぐに修正できることである。英国のジョンソン首相のコロナ対策がよい例だ。当初、英国は集団免疫を成立させる戦略を掲げて外出自粛策をとらなかった。しかし、爆発的な感染拡大に至ると、ジョンソン首相は政策の誤りを認めてロックダウン(都市封鎖)を指示した。責任の所在を明確にして自身の判断で間違いを修正していく、その姿勢が「適応」ということである。 たとえば、キリンの首はなぜ長いのか。進化論で考えれば、干ばつで餌となる樹木の葉が少なくなり、低い枝にある葉は食べ尽くされ、「たまたま」首の長いキリンは高い枝の葉を食べて生き残った。その結果として、首の短いキリンは死に絶え、首長のDNAのみが存続した。われわれもコロナパンデミックの渦中で生き延びなければならない。そのためには、この状況に適応するための潔い柔軟性を持たなければならない。 以上がレジリエンスの考え方である。これらは中長期的な視点だ。では、短期的にはどのような心構えを持って日々を送るべきなのだろうか。 私は精神科医で、特に宇宙飛行士などの過酷な閉鎖環境で働く人々のメンタルヘルスを専門としている。閉鎖環境とは、外的発散ができない環境、ということだ。宇宙では酒を飲みに出かけられない、カラオケができない、親友と会えない、ジョギングができない。どうだろう、コロナ禍にあるわれわれの日常と似ていないだろうか。ロンドンの病院を訪問したジョンソン英首相=2020年7月(ゲッティ=共同) 外的な発散解消ができないときに、どのようにストレスを解消するのか。自身の内面で情緒的に解消するのである。楽しかったよい思い出に浸る、可能な通信手段で家族や友と今の思いを共有し合う、情緒的な小説を読んで自身の精神的内界を刺激する、などだ。 われわれは爛熟(らんじゅく)した物質文明の中で、外界に溢(あふ)れる刺激物に頼りすぎてはいないだろうか。自身や家族の中に素晴らしいリソースが潜んでいることを見過ごしてはいないだろうか。過酷な閉鎖環境で力強く生きている人々のメンタル支援をする中で、そんなことを思ってきた。こういう考え方が少しでも読者の方々の参考になれば幸いである。

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    語り尽くせぬ「としまえん」愛、自虐広告より心をつかんだもの

    佐々木隆(遊園地・テーマパークライター) 「地元の遊園地」があることは、幸せなことです。私が育った山口県は遊園地が少なかったため、少年時代はあまり遊園地に親しむことはありませんでした。 そもそも遊園地がある場所は全国的にも限られているので、地元にあることは大変恵まれているわけです。そして現在、わが家の近くには、よみうりランド(東京都稲城市)があり、少し歩くと観覧車が見えてきます。そう、幸せなことに、今、私には「地元の遊園地」があるのです。 2020年8月31日、東京都民と練馬区民を中心に多くの人から愛された遊園地、としまえんが閉園しました。1926年に開園して94年もの歴史を誇る、日本の財産といっても過言ではない遊園地でした。その歴史をたどってみましょう。 開園直後はボート池や小動物園があるレジャー施設でしたが、第2次世界大戦を経て、いよいよ本格的な遊園地のスタイルとなっていきます。この頃のとしまえんの顔は「ウォーターシュート」というアトラクション。高さ20メートルから大きな舟型のライド(乗り物)が斜面を滑降し、水面にスプラッシュ! それと同時に舟の先頭にいる船頭さんがジャンプするのが見どころでした。 2005年まで「横浜・八景島シーパラダイス」(横浜市金沢区)に同じスタイルのアトラクションがあったのですが、現在はクローズしています。やはり、ジャンプできる船頭さんが少なくなったのでしょうか。閉園の日を迎えた遊園地「としまえん」=2020年8月31日午前10時、東京都練馬区(共同通信社ヘリから) そんなとしまえんは、昭和40年代(1965年~)から平成初期にかけて大きく成長します。世界初の「流れるプール」、1907年にドイツで作られた回転木馬「カルーセルエルドラド」、そして名作コースター「サイクロン」というとしまえんの主力コンテンツは、昭和40年代に導入されました。東京DL開業後も人気維持 昭和50年代(1975年~)になると絶叫マシンが次々と登場します。ひねりと回転が画期的だったコースター「コークスクリュー」、振り子型の巨大アトラクション「フライングパイレーツ」、いきなり高速でスタートしてあっという間の絶叫体験が楽しめる「シャトルループ」と、どれも時代の最先端をいくマシンで、当時のとしまえんは間違いなく遊園地のトップランナーでした。 さらに昭和60年代(1985年~)から平成初期にかけても、プールのウオータースライダー「ハイドロポリス」、究極の回転系絶叫マシン「トップスピンW」が登場しました。1992年度の入園者数は、歴代最高の約390万人を記録しています。 今も人気の高い東京ディズニーランド(千葉県浦安市)が開園したのは1983年。そう、東京ディズニーランドのオープン後もとしまえんは頑張っていたのです。 しかし、平成に入ると世の中のレジャーが多様化し、遊園地が家族の遊び場やデートの選択肢の一番手ではなくなっていきました。そうした空気を感じ取ったのか、昭和の終わりから平成にかけて画期的な広告ポスターなどを次々に生み出します。 1986年の『プール冷えてます』を皮切りに、1990年のエイプリルフールに合わせた新聞広告『史上最低の遊園地。』、バブル景気後の1993年には『祈 景気回復』など、シュールかつおしゃれな広告を展開。プロサッカーのJリーグが開幕したばかりで大人気だった時期の自虐的な広告『うらやましいぞ!!Jリーグ』のように、かなり攻めたものも話題を集めました。 遊園地に併設する形で、天然温泉と水着着用で利用するバーデゾーンを備えた温浴施設「豊島園 庭の湯」が2003年にオープン。その翌年には、大型映画館のユナイテッド・シネマとしまえんも開業しました。総合レジャーパークを目指しますが、遊園地に新規で導入されたアトラクションは少なく、あってもファミリー系がメインでした。通常より大きな波が起きる「ビッグウェーブタイム」が目当ての来場者で混雑した「としまえん」のプール=2013年8月18日、東京都練馬区(鈴木健児撮影) また、コスプレイベントが開催されると多くの人で賑わい、当日の園内は別世界のようになりました。2018年度の入園者数は前年度の約1・2倍にあたる112万人で、最盛期には及ばないとはいえ人気を維持していたのです。「としまえん」愛された理由 閉園を惜しむ、さまざまな声を聞くにつけ、としまえんは本当にみんなに愛された遊園地だったと思います。最先端アトラクションの導入や画期的広告も愛された要因ではありますが、一番大きな理由は地元に密着した遊園地だったことです。 園内に入った瞬間に感じる、懐かしさや親しみやすさ。みんなを迎えてくれる、やさしい雰囲気。としまえんは遊園地の中の遊園地なのだといつも感じていました。そして、ずっと東京都民や練馬区民にとって、「地元の遊園地」だったのです。 としまえんの跡地には防災機能を備えた公園と、映画『ハリー・ポッター』のエンターテイメント施設「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京-メイキング・オブ ハリー・ポッター」ができる予定です。 防災公園も必要ですし、ハリー・ポッターも魅力的なコンテンツです。ただ、としまえんをなくす必要があったかどうか、いまだに疑問に感じています。規模を縮小してでも残せなかったのでしょうか。練馬区民から「地元の遊園地」を奪う必要が本当にあったのでしょうか。  いくつかのアトラクションは別の遊園地に移設される予定だと報じられています。日本の機械遺産であり、としまえんのシンボルでもある「カルーセルエルドラド」はメンテナンスを経て、いつかどこかで復活するといううれしいニュースもありました。 閉園の日、涙も悲しさも寂しさもあったけれど、その日を迎えたとしまえんのスタッフやお客さんを見ていると、希望が見えた気がしたのは私だけではないでしょう。閉園の日を迎えたとしまえん。「カルーセルエルドラド」が消灯し、スタッフが来場者に手を振って別れを惜しんだ=2020年8月31日、東京都練馬区(酒巻俊介撮影) としまえん様、長い間お疲れ様でした。そして、ありがとう。エルドラドよ、いつの日か。

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    エビデンスと議論不足、偏見に満ちた「香川ゲーム条例」に異議あり

    筧誠一郎(eスポーツコミュニケーションズ代表) 2020年1月10日、ツイッターで「ゲーム禁止」という言葉がトレンド入りしました。香川県議会が「ネット・ゲーム依存症対策条例」の素案をまとめたと報じられ、インターネット上で大きな話題となったからです。 私はこの条例とその成立について、とにもかくにもエビデンス(根拠)とコミュニケーション不足が問題だと考えています。多くの人が条例に関して特に反応した主なポイントは、次の4点です。・インターネットやコンピューターゲームの過剰な利用が子供の学力や体力の低下のみならずひきこもりや睡眠障害、視力障害などの身体的な問題まで引き起こすことなどが指摘されていて、世界保健機関(WHO)において「ゲーム障害」が正式に疾病と認定された・18歳未満の子供のゲーム利用時間は平日60分、休日90分まで・スマートフォン利用は中学生以下が午後9時まで、それ以外の子供は午後10時まで(家族との連絡、学習目的は除く)・保護者はこの基準(後に「目安」と変更)を順守させるよう努めなければならない この内容に対し、数多くの批判的な意見がネット上で表明されました。それはすさまじい勢いで、全ゲームユーザーを敵に回したかのような状況でした。内容についても、感情的なものから学術的なアプローチまで、さまざまな意見であふれ返りました。 香川県の条例でゲームが注目される中、1月11~12日に、東京都主催によるeスポーツイベント「東京eスポーツフェスタ」が東京ビッグサイトで初開催されました。 オープニングセレモニーには小池百合子知事も来場し、さまざまなゲームの競技大会が開催された華やかなイベントでした。私も、メインステージで行われたトークセッション「eスポーツってなんだろう?」のモデレーターを務めました。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 登壇者は、格闘ゲームで世界王者にもなったプロゲーマーの「ももち」こと百地祐輔さん、ゲームを実況解説する「ゲームキャスター」の日本の第一人者、岸大河さん、女性アイドルグループ「フィロソフィーのダンス」のメンバー、十束(とつか)おとはさんという、異色の顔ぶれでした。十束さんはゲーミングPCを自作するほどのゲーム好きです。ゲームの経験が財産に その場では、事前の打ち合わせで予定されていなかったゲーム条例の話題に急きょ触れることになり、登壇者の意見を聞きました。すると、「世の中には、ゲームに限らず依存というものが全くないとは思わないし、特にゲームに関する問題については業界としてちゃんと向き合わなければならない」という認識で全員一致しましたが、結論としては次のようになりました。 そもそも壇上に立っている4人全員が、若い頃から毎日1時間どころではないぐらいゲームにのめり込んでいて、現在でもハードにやり込んでいる。だが、社会人として何とかやっていけているということは事実である。また、東京大学にも100人規模のゲームサークルがあるような現状がある。要は行政に規制されるべき話ではなく、若者個々人の向き合い方であり、家庭内での問題なのではないか。 特に、十束さんは条例素案がまとまったと報じられた1月10日の当日に、次の書き込みをツイッターに投稿して多くの「いいね」やリツイートを獲得しています。ゲームの利用時間制限なんてされたら思春期の私は心が死んでいたでしょう。学校に馴染めない時支えてくれたのも、引きこもりから救ってくれたのもゲームで、今このお仕事もゲームが繋いでくれた縁あってのことです。あの頃、時間を忘れて熱中したものの記憶や経験が大きな財産となる場合もあります。十束おとはの公式ツイッター 香川県の条例では「ゲーム依存によるひきこもりと、その他の障害」が問題として挙げられています。しかし、このツイートに象徴されるように、「ゲームが原因で不登校になった場合」と「学校や友達関係やそれ以外の問題により、不登校になった子供の救いとしてゲームがあった場合」の両方のシチュエーションがあります。 十束さんの場合は、まさに後者に当てはまります。しかも、十束さんのような経験を持つ人は決して少なくありません。ゲーム依存症対策条例を可決した香川県議会=2020年3月18日 私がNHKのeスポーツに関する番組にゲストで呼ばれたときのことです。同じくゲストで呼ばれていたグラビアアイドルの倉持由香さんも、やはり「引きこもり状態をゲームに救われた」という体験談を話していました。 このように、「ゲーム依存」と「不登校」の関係については、分けて考える必要があるのです。にもかかわらず 、この条例がゲームによって救われた子供の存在を重視せず、「ゲームが原因で不登校などの問題を引き起こす」という結論ありきで進められてしまったことが、問題となった要因の一つであると考えています。 そして、私がゲーム条例の最大の問題点として考えているのは、制定の根拠です。条例の制定に関しては、WHOと依存症を専門とする国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)、そして香川県教育委員会が行った調査に基づいています。WHOは「中立」だったか まず、WHOと久里浜医療センターの調査では「ゲームの使用時間が1時間を超えると、成績の低下が顕著になる」としています。 WHOは2019年5月、オンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を新たな依存症として認定し、22年1月から適用する予定です。ただ、WHO委員のウラジーミル・ポズニャック氏は「たとえゲームに没頭している人であっても、世界中の多くのゲーマーがゲーム障害に苦しんでいると認定されることはないでしょう」とも語っています。それでも条例には、この見解が議論の俎上(そじょう)に乗ることは一切ありませんでした。 しかも、WHOの発表には、実は久里浜医療センターの樋口進院長も深く関わっています。樋口院長は、WHOで誰も問題視していなかったゲーム依存を13年からWHOに働きかけ、18年に「ゲーム依存」を「病気」と認めさせることに成功させた人でもあります。そのため、WHOの発表には樋口院長の意向が反映されたものでもあるのです。 ゲーム依存にしても他の疾病にしても、WHOは中立的かつ相反する意見を聞いてから認定を判断すべきでしょう。しかし、ゲーム依存の認定に関しては、どうも樋口院長主導の下で進められてしまったとしか思えず、私たちゲーム業界の人間にとって大きな疑問点であります。 実際、ゲーム依存の研究はまだ始まったばかりで、疾病認定は時期尚早だったのではと懸念する声も上がりました。認定までの流れを見ても分かるように、WHOの責任は重いと考えられます。 余談ですが、WHOは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威が欧州や米国まで広がる中、ある取り組みを行っています。WHOが推奨する正しい感染症対策(他の人との物理的距離を取り、こまめに手洗いを行うこと)を周知する啓発キャンペーン「#PlayApartTogether(離れていっしょに遊ぼう)」をビデオゲーム業界の企業18社とともに始めたのです。日本版のホームページには「ゲームは、落ち込む時にも気分転換の手段となり、毎日の生活と人生を豊かにしてくれるものです。そして、距離の離れた友だちともゲームを通じて心をかよわせることができます」と記されています。独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター=2018年4月、神奈川県横須賀市 話を戻すと、条例制定の根拠について、中でも疑問視せざるを得ないのが、香川県が行ったパブリックコメント(意見公募)に対する一連の流れです。 「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」は3月18日に成立し、4月1日に施行されました。それに先立ち、条例に対するパブリックコメントには県内に住所のある2613人と2団体、そして条例第11条に定められた県外のネット関連、ゲーム関連事業者71社から意見が寄せられました。 このパブリックコメントは、成立前日の3月17日に県のホームページに掲載されました。パブリックコメント全体のトーンとしては、コメントを寄せた質問者側が、条例を作るにあたり「ゲーム障害に関する科学的根拠はあるのか」という質問が多かったようです。質問に「無理筋」回答 パブリックコメントに対して香川県側は、教育委員会が2017年に実施した「スマートフォン等の利用に関する調査」を例示して回答しています。この調査によれば、「ネット依存の傾向にある」と考えられる生徒の割合は中学生で3・4%、高校生では2・9%となっています。 調査内容を詳細に見てみると、週1回以上利用しているアプリなどについて、小学生(4~6年)ではユーチューブなどの動画サイトが最も高く63・2%で、次いでオンラインゲームが39・8%となっています。中学生になると、ユーチューブなどの動画サイトが最も高く76・9%、次いでLINEやツイッターなどのSNSが62・8%とのことでした。 つまり、パブリックコメントの質問者側はゲーム障害の根拠について聞いたにもかかわらず、県はネットとスマホに関する調査結果を持ち出して答えていたわけで、質問と回答がすれ違っていたことになります。香川県の「根拠」を改めてまとめると、次の通りです。WHO、久里浜医療センター:ゲーム使用時間が1時間を超えると、成績低下が顕著教育委員会の調査:ネット依存の傾向にあると考えられる生徒の割合は、中学生では3・4%、高校生では2・9% このように見ると、ゲーム条例の質問に対してかなり無理筋な回答をしたと言わざるを得ません。 私もeスポーツコミュニケーションズという会社を経営している事業者ですから、当然条例の行方に興味を持っていました。その全文もくまなく確認し、パブリックコメントにもかなり長文の意見を送りました。 だから「全般的に、条例のもととなる科学的根拠を示してほしい」という質問に対し、香川県側の回答は、さまざまな調査から何とか当てはまりそうなものを持ち出して、無理やり条例を正当化できそうな答えを導こうとしているとしか見えなかったのです。一部の「ゲームをどうしても規制したい人」によって、この条例を正当化させる仕事を押し付けられた事務方の苦労を考えると、同情を禁じえません。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 私が危惧しているのは、条例成立によって、大阪市などで同様の条例を設ける動きが見られることです。しかし、前述したように、ゲームによって救われている人や、生計を立てている人もいるのが現実です。 だからこそ、政治家には、WHOや専門家のもっともらしい意見に耳を傾けることと同程度のエネルギーを、ゲームから恩恵を受けている人々にも注ぎ、公正中立な意見を聞いた上で冷静に判断していただきたい。私はそう願っています。

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    首里城の復興に沖縄メディアがしのばせた「奪還の計」

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 10月31日早朝、目を疑うような映像がテレビやインターネットで映し出された。激しく燃える首里城の姿は沖縄県民のみならず、全国民に大きな衝撃を与えた。 焼失を受けた政府の反応は異常なほど早かった。沖縄の経済振興政策を担当する衛藤晟一(せいいち)沖縄北方担当相は同日付で「首里城は沖縄のシンボルであり、内閣府として、沖縄県及び国土交通省、文部科学省等の関係省庁と密接な連携を取り、今般の火災の全貌の把握をするとともに、再建に向けて全力で取り組んでまいります」とのコメントを出した。 火災前日から2日間の日程で韓国の観光業界団体と意見交換のために訪韓していた沖縄県の玉城デニー知事も予定を切り上げて、31日午後に那覇に戻った。翌日の11月1日には首相官邸を訪れ、衛藤氏と菅義偉(よしひで)官房長官と続けて面談し、再建に向けて政府の支援を要請した。政府も必要な経費を含めて全面的に支援する方向で検討している。 また、再建を支援する寄付活動も迅速に動き始めた。那覇市は11月1日、ふるさと納税の制度を利用したクラウドファンディングによる再建支援プロジェクトを始めた。県内企業やマスコミも支援のための寄付を募り始め、スーパーなどで募金箱が置かれている。 そもそも、基地問題に代表されるように、沖縄県は何かと政府と対立することが多い。ただ、このように官民問わず早くから迅速に動き始めたことで、首里城再建では一致団結して進められるかのように見える。政府もそれを期待して、早々に支援表明しているのだろう。 しかし、沖縄問題をウオッチし続ける者として、再建に向けた国民の盛り上がりに水を差しかねないし、批判は承知の上で指摘したい。残念ながら、首里城は既に「第二の辺野古」になる方向で動き始めていると言わざるを得ない。炎上する首里城を見つめる市民ら=2019年10月31日午前6時、那覇市 その原因は政府の不作為のツケに尽きる。先の大戦後、「沖縄がいつから日本なのか」分からないあいまいな歴史観を放置し、他国からの思想侵略、歴史戦から国を守る体制を構築してこなかったからである。 これから起こる沖縄の身勝手に見える要求や反応の前に、政府側が理解できずパニックになったり、激高する恐れがある。そのようなことに陥らないよう、本稿では「首里城問題」の深層について指摘しておきたい。首里城を国から取り戻す? まず確認しておきたいが、これから始まるであろう首里城復元の事業主体は日本政府か、それとも沖縄県かご存じだろうか。首里城跡は国有財産であり、城のあった首里城公園を含む沖縄記念公園は国営で、内閣府沖縄総合事務局の管轄である。 そもそも、復元には多大な予算が必要であり、沖縄県単独の財政力では不可能である。そうであるなら、当然日本政府が事業主体になると考えるのが常識だ。 衛藤氏も、11月5日に「必要な財政支援を行うことも含め、国が責任を持って再建を進める」と改めて表明している。ところが10日後の15日、玉城氏が定例会見で「今後、所有権移転をどうするかということも議論していく必要があるだろうと思う」と突然言い出した。 そして、玉城氏は「わったー(私たちの)首里城として、多くの皆さんの魂を込めていく中に、県がどのように取り組んでいくかが一番大事だ」と続けたのだ。21日になって、玉城氏が「今の段階で、私の頭には想定も何もない」と所有権移転について発言を後退させたとはいえ、この言葉にこそ、首里城復元を第二の辺野古へと導く非常に大きな危険性が潜んでいるのだ。 首里城焼失以降、沖縄の二大紙は再建報道で埋め尽くされている。特に、琉球新報は連日の米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に関するニュースが紙面から消え去ってしまったと感じるほどだ。 琉球新報はオピニオン連載「首里城再建・識者の見方」で、識者を次々と登場させた。ただ、この「識者」に注意を払う必要がある。 琉球大の比屋根(ひやね)照夫名誉教授は「民衆の城取り戻す事業に」の中で、国から首里城を取り戻そうと主張する。だが、再建資金は国からもらいたいから「国は戦争の贖罪(しょくざい)意識を持って再建に参加すべき」と注文を付けた。米軍普天間飛行場の移設先として、埋め立てが進む沖縄県名護市辺野古の沿岸部=2019年9月(小型無人機から) 要するに、首里城は大戦中に軍事要塞(ようさい)化して司令部を置いたために沖縄戦で燃えてしまった。だから琉球王国の城を焼失させた責任は国にある、という理論だ。 琉球民族独立総合研究学会の親川(おやかわ)志奈子共同代表は「『日本の中の沖縄』を懸念」の中で、玉城知事が政府への支援要請の際に示した、祖国復帰50周年事業として再建を進めたいとの姿勢を批判している。所属からもうかがえるように、親川氏は自身を日本人ではなく琉球人だと思っている人物だ。祖国復帰記念事業によって復元すると、琉球が日本のナショナリズムに取り込まれてしまうから、県民や県人が主体となって琉球のアイデンティティーの象徴として首里城を取り戻すべきだというのだ。それでも突き放しちゃいけない理由 連載では他にも、沖縄国際大の前泊博盛教授が「自己決定権」「自立経済」確立の観点で、琉球大の島袋純教授が国際連合の勧告を根拠として、それぞれ首里城の県への所有権移転を求めている。2人とも国有資産をいきなり県に譲り渡せというのだから、はなはだしく傲慢(ごうまん)な主張である。 このように、沖縄のマスコミは「県民主体」という自主自立の精神をもって取り組むかのような聞こえの良い言葉を多用している。報道が繰り返されるうちに、それが当然のことのように聞こえてくるのを狙っているのであろう。 こうして、政府にはカネを出させても、首里城を沖縄県に移管させて、復元事業の主体としてもらおうというわけだ。県と県内マスコミの目的が一致している以上、路線は決まったと認識して間違いないだろう。 すなわち、政府と対立の構図を生み出すレールが敷かれてしまった。首里城が第二の辺野古問題と化し、日本政府を振り回す頭痛の種となる日はそう遠くない。 沖縄県がワガママばかり振りかざすようになったら、「復元にもう1円の税金も使わないようにすればよいではないか」という声が聞こえてきそうである。常識で考えれば、「自分たちの城」というのなら、沖縄県外には寄付も求めず、県民や県人だけで復元すればよいではないか。通常ならそうあるべきだと筆者も思う。 しかし、絶対突き放してはならない大きな理由がある。それは、沖縄県人を先住民族とする国連の存在だ。 2008年以降、国連の自由権規約委員会や人種差別撤廃委員会から、日本政府に対し「琉球・沖縄の人々を先住民族と認め、その権利を保護するべきだ」という勧告が5回も出されている。国連では、沖縄県人は日本人ではなく、日本に滅ぼされた琉球王国の末裔(まつえい)であり、現在は日本政府の差別的支配を受けている先住民族と認識されてしまった。札幌市で講演する沖縄県の玉城デニー知事=2019年11月19日 気を付けなければならないのは、前述の琉球新報に掲載された識者もよく使う「沖縄の『自己決定権』回復」という言葉だ。辺野古移設阻止運動でも多用されてきたスローガンである。 沖縄のマスコミは、自治権の拡大というイメージで報じているが、実際の意味は全く異なる。この「自己決定権」とは、国連専門用語の「self-determination」を日本語に置き換えた言葉であり、正しくは「民族自決権」と訳すべきだ。ユネスコが「復元」に口挟むワケ つまり、沖縄の自己決定権の回復とは、日本政府に沖縄の人々を先住民族と認めさせて、その権利を回復する、ということだ。最終的には、琉球王国の復活を意味する。このように、語意をすり替えながら県民を扇動し、国連に沖縄の人々を先住民族だと認めさせてきたのだ。 また、首里城の復元だけでなく、世界遺産登録の観点からも大きな懸念がある。 ユネスコのメヒティルド・ロスラー世界遺産センター長は15日、上野通子文部科学副大臣と会談し、大規模火災で城の主要な建物が失われた首里城の跡地一帯について、世界遺産としての登録取り消しや見直しを行う考えがないことを表明しました。 その上でロスラー・センター長は、必要があればすぐにでも首里城を復元するために、ユネスコから専門家を派遣する意向も示したということです。「ユネスコ、首里城跡の世界遺産登録取り消す考えなし」MBSニュース、2019.11.16 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)も手を差し伸べてくれるということで、良いニュースのように聞こえる。首里城跡を含む「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は2000年にユネスコの世界文化遺産に登録された。 しかし、ユネスコは09年になって、沖縄の言葉が「日本の方言ではない独自の言語」だとして、消滅危機言語に指定している。つまり、世界遺産登録の際には、沖縄の人々を日本人だと見ていたユネスコが、この時点から「沖縄の人々は日本に滅ぼされた先住民族」と認識するようになった可能性が生じる。この大きな変化を見逃してはならない。 もし、ユネスコが国連勧告にのっとって首里城復元に口をはさむとしたら「先住民族の権利を保護するために、琉球・沖縄の人々の希望に応えて所有権を移管せよ」と言い出すことにもつながりかねない。応じてしまえば、日本政府が沖縄の人々を先住民族だと認めたことになってしまうのだ。首里城の復元に向けた初の関係閣僚会議であいさつする安倍首相(右)。その左隣は衛藤沖縄北方相=2019年11月6日、首相官邸 果たして、ユネスコは沖縄の人々を日本人と認識しているのか、それとも先住民族だと認識しているのか。大きなリスクを回避するため、日本政府は関与を受ける前に確認するべきだ。そして、日本人と認識しているとの公式回答がない限り、首里城の復元関連事業に関わらせてはならない。 そもそも、焼失した首里城は世界遺産の登録対象ではない復元建築物なので、世界遺産の登録の可否と全く関係性がない。それならば、なぜユネスコは「必要があれば、専門家を派遣する」というのだろうか。裏の目的があるのではないかと勘繰りたくなるのは、筆者だけだろうか。

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    「GSOMIA狂騒曲」日韓が口をつぐむアメリカの本音

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 11月23日に期限を迎える日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)をめぐって、メディアの事前報道が過熱した。率直に言わせてもらえば、なぜ大騒ぎをするのか、全く理解できないほどの過熱ぶりであった。それだけのエネルギーがあるのなら、もっと大事なことを論じてほしかったというのが、私の率直な思いである。 北朝鮮が度重なるミサイル実験を通じ、ミサイル技術を向上させているのは事実である。軍事面において、日本と韓国が関連情報を直接やり取りできるGSOMIAによって、ミサイルに関する情報を素早く正確に共有できることも確かであろう。だから、協定延長に意味がないとまでは言わない。 さらに言えば、ひたすら非難の応酬になっている現在の日韓関係を見れば、何か一つでも両国が合意に達することがあれば、少しはホッとできるという要素があるかもしれない。その合意に、長期的な視点では問題があるとしても、一息ついている間に、本筋の徴用工問題などで対話をする雰囲気が醸成されることを期待する向きもあるかもしれない。 しかし、軍事的な正解が、必ずしも政治的にも正解だとは限らない。また、GSOMIAがこれほど問題になる背景にあるのは、そもそも日米韓関係の実体が政治面でゆがんでいることにある。 その実体面での関係を正常化させる努力はしないまま、GSOMIAだけを何とかしようとしても、手術が求められる患部を放置したまま、湿布で痛みを緩和して済ませるようなものであり、患者の容体が深刻化するだけだ。議論が過熱する背景にある日米韓関係の歪みこそ正されるべきではないか。 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の発言を見ていると、果たしてどういう日米韓関係を望んでいるのか、さっぱり分からない。ご自分も分かっていないのではないか、とさえ感じる。 そもそも、GSOMIAを必要だと思っているのかどうか。日本による輸出管理の強化措置を踏まえ破棄を決定したことは、それが冷静な判断ではなく激情に駆られたものとはいえ、絶対に必要だというほどの思い入れはないのだろう。 しかも、韓国国民の多数がGSOMIAの破棄を支持しており、市民運動に依拠して誕生し、政権運営をしてきた文大統領も、本音はそこにあるのかもしれない。ソウルの韓国国防省前でGSOMIA破棄を訴える市民団体メンバーら=2019年11月15日(聯合=共同) 一方で、韓国側から聞こえてくるのは、日本が輸出管理の強化を撤回すれば、GSOMIAを失効させることはしないということであった。ということは、GSOMIAが、別の何かと引き替えできる程度の軽い気持ちから破棄が決められたものだとしても、本当は存在していた方がいいというのが、文大統領の本音なのだろうか。 文大統領が目指しているのは、まずは北朝鮮の非核化を実現し、さらには南北統一を実現することだ。しかも、それを平和的な話し合いで成し遂げようとしているはずだ。文大統領に残った「恨み」 それならば、日米韓の軍事関係の強化から距離を置き、その軍事的結束を緩めることをテコにして、北朝鮮に働きかけるという選択肢があったはずなのだ。 GSOMIAは北朝鮮を直接の視野に置いた協定なのだから、破棄することは対北朝鮮外交の打開のために生かせる格好の手段だったのに、文大統領の頭にはなかった。あったのは「日本が韓国を信頼できない国だとして輸出管理の強化措置をとった」という恨みだけだったように思う。 文大統領の政治姿勢はいびつだ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領以来の左派政権を誕生させたのは、北朝鮮を敵と位置づけ、それに異を唱える勢力、思想を徹底弾圧する軍事独裁政権を打倒した市民の力であった。だから、慰安婦問題や徴用工問題に見られるように、軍事独裁政権下では声に出せなかった日本による植民地支配時代のことを、今あれほど糾弾するのである。 その長期間にわたる軍事独裁を支えたのは、他でもない米国であるし、日本も経済では支えた面があった。そして、民主化運動を誕生させた最大の動機は、多大な犠牲を生んだ80年の光州事件における軍事弾圧を在韓米軍司令官が許可したことにあった。だから現在の韓国の市民運動家たちは「米国は韓国国民の命を大切にしない」とみなしている。 ところが、文大統領はそのような市民の声は大事にしていない。「市民主導政治」は、日本に対しては発揮できても、米国が支配する軍事分野には及んでいないのだ。かえって軍事同盟を絶対化する古い政治に縛られている。 文大統領が市民主導政治を貫くというのであれば、「GSOMIAをどうすべきか」といった細かい問題にこだわって、日本だけを批判の相手にしていてはいけない。客観的には、戦後ずっと続いてきた日米韓の「軍事一体化」そのものを解消するかどうかという、根幹の問題に手をつけるべきなのだ。そうでなければ、文大統領は早晩市民から見放され、引きずり下ろされることになるだろう。 日本もまた、岐路に立つ日米韓関係を正確に把握していないようだ。結果として、適切に対応しているようにも見えない。 日本は、北朝鮮のミサイル対応を理由に、GSOMIAを維持したいとの考えを韓国に何回も伝えている。だが、文大統領は「安全保障面で信用できないとして輸出管理の優遇措置対象から韓国を外した日本と、軍事情報を共有するのは難しい」と反論してきた。2019年11月15日、ソウルの大統領府でエスパー米国防長官(左から2人目)と握手する文在寅大統領(韓国大統領府提供=共同) これに対する日本の反論は弱々しい。「輸出管理と安全保障は別問題」と反論しているというが、韓国を優遇措置の対象から除外するにあたって、日本政府は徴用工問題への報復措置であることを隠すため、「韓国の対応に、安全保障面で信用できない事態が生まれたからだ」と繰り返し説明した。今になって、別問題だと言っても支離滅裂である。 日韓関係は「同盟」とは呼ばれない。しかし、戦後の日米韓は、北朝鮮をはじめとするアジアの社会主義を標的にした事実上の同盟関係を結んできたと言っても間違いはないだろう。 日本は、いわば準同盟の相手に公然と「軍事面で信用できない」と表明したのである。今になって、日本政府はミサイル問題での日韓連携が必要だと言うが、その連携を崩してきたのが日本なのだ。日本の「脅威」が消えた? しかも、日本がそういう態度をとれたのは、実は本音では、以前ほど北朝鮮を「脅威」と見ていないからではないのか。昨年末、韓国軍によるレーダー照射問題が焦点となった際、韓国が事実関係を認めないことに怒り、問題を公然化したのも日本側だった。 脅威が目の前にあると本気で信じているならば、たとえ準同盟国の言動に問題を感じていても、その脅威の前で暴露するようなことはしない。戦後の日韓はそのような関係だった。安倍政権は、そのようなことはもはや不要だと判断したのである。 つまり、韓国だけでなく日本を見ても、北朝鮮を脅威とした日米韓の結束は転機を迎えているということだ。韓国を軍事面で信用しないと公言する日本政府の「勇み足」も、その実態の反映なのだ。それならば、実体面での変化を素直に受け入れ、変化に対応した新しい外交を目指すべきではないか。 日本はこれまで、国連による北朝鮮人権非難決議の共同提出国に加わっていたが、今回は外れた。「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と無条件で対話したい」という、安倍晋三首相の言明を何とか実現するテコにしたいのであろう。 実は、日本政府も変化に対応した新しい外交を模索しているのだ。ただし、この程度ではインパクトは小さい。北朝鮮からの反応もないようだ。 ならばいっそのこと、GSOMIAの失効をバネにすることで、北朝鮮との関係を再構築すべきではないか。既に述べたように、軍事的正解が必ずしも政治的正解というわけではない。 GSOMIAを延長して、北朝鮮のミサイル情報を瞬時にやり取りすることは、ミサイルからの安全確保上、米国を経由するよりも即時性という点で意味があるだろう。けれども、米国経由でもやり取りできる、つまり軍事面での利益がなくなるわけではないのだから、拉致問題をどう動かすかという点に、知恵と力を使うべきだと思う。 具体的に言おう。日本と韓国は準同盟関係にあるといっても、米韓合同演習に加わっているわけではない。 そういうオモテに見える現実を上手に利用して、「日本は自衛の場合を除き、北朝鮮に対する軍事行動をとるための態勢は一切とらない」という宣言ぐらいしてもいいのではないか。ただ、膠着(こうちゃく)した拉致問題を動かす上で、宣言程度では足らないことを忘れてはならない。2回目の会談後、トランプ米大統領と握手する安倍首相=2019年8月、フランス南西部ビアリッツ(共同) それにしても、日米韓の関係をこれほどゆがませたのは、最近の米国の「迷走」にある。米国は3国関係をどうしたいのか、はっきりさせる必要がある。 GSOMIAの失効期日を前に、エスパー国防長官をはじめ、米高官が何人も韓国入りして説得に当たった様子は壮観とも言えた。韓国を説得できる立場にない日本としては「米国効果」を期待していたであろう。しかし、米国の説得には何の効果もなかったどころか、かえって韓国の自主独立の気概を駆り立てたように見えた。「脳死」する日米韓 それは当然である。この問題を説得するのに、米国以上に不似合いな国はないからだ。 エスパー長官は「GSOMIAが失効すると、北朝鮮や中国に間違ったメッセージを与える」と強調したそうだ。けれども、それが本当に間違っているのであれば、トランプ大統領が発するメッセージは間違っていないとでも言うのか。 冒頭で述べたように、北朝鮮では、国連安保理決議に違反する弾道ミサイルの発射実験が行われている。トランプ大統領は、日本や韓国が当事者となる短距離ミサイルの場合「問題ない」と繰り返し表明している。 GSOMIAで焦点となるのは、どうやってミサイル情報を素早く交換するかだ。だが、トランプ大統領はミサイルの発射自体に問題ないと「お墨付き」を与えているのである。 問題のないミサイルであれば、何のために情報交換がそれほどまでに必要なのか。大統領を説得できない国防長官が、米国の権威をかさに着て、他国を強引に説き伏せるなどみっともないとしか言いようがない。 最近、フランスのマクロン大統領が、北大西洋条約機構(NATO)の現状を「脳死」と表現したことが話題になった。対「イスラム国」(IS)作戦で重要な貢献をした少数民族クルド人でさえ平気で見捨てるトランプ大統領なのだから、「自分の国だけは米国が助けてくれる」とNATO加盟国も思えなくなっているのも無理もないだろう。 実は、日米韓の軍事関係でも同じような事態が進行している。NATOと異なり、心理面での米国依存から抜けきれない日本と韓国だから、いまだに表面化していないだけだ。 今、米国が日本と韓国に対し、米軍駐留経費の負担を、それぞれ現行の4倍、5倍にせよと提案していることが報じられている。一方で、日韓を目がけた北朝鮮のミサイルは問題にしていない。 この現実を目の当たりにして、米国は自国のもうけになるなら駐留するが、もうからない他国防衛には本気ではないと、誰だって本音では思っているはずだ。日韓の政府高官も心の奥で思っていても、何十年もの習慣に縛られて口にできないだけなのだ。2019年7月25日、北朝鮮が発射した「新型戦術誘導兵器」(朝鮮中央通信=共同) だから、どこからどう見ても、今問われているのは「GSOMIAをどうするか」という枝葉末節の問題ではない。「日米韓の関係を今後どうしていくのか」という本質的なことなのだ。 議論すべきは根幹の問題である。より明確に言えば、頼りにならない米国をあてにせず、どうやって日本の防衛戦略を構築していくのか、ということだ。問題点をあぶり出すことができただけ、「GSOMIA狂騒曲」は無意味ではなかったといえるのではないか。

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    神戸いじめ教師と教育委員会が逃げ込んだ「いつもの世界」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 「学校」は、日本人であれば誰もが経験してきた場です。良い思い出が詰まっている人もいれば、苦い思い出を残す人もいることでしょう。 人生初期の多感な時期を過ごす場ですから、子供同士のいさかいもあるわけで、決して「天国」ではありません。しかし、その場が「地獄」にならないように、力を尽くしてくれる存在が教師です。 私はたくさんの公立学校でスクールカウンセラーを務めてきましたが、「教師を信頼しているから、辛いことがあっても学校に行ける…」と漏らす生徒さんもいました。信頼できる教師の存在が生徒の支えになっているのです。 しかし残念ながら、学校と教師に対する信頼が揺らぐ出来事が神戸市でありました。市内の小学校で起きた同僚教師に対する集団いじめです。 被害教師たちの日々の絶望や苦悩を思うと、胸が痛くなります。被害教師にとって、小学校は地獄のように感じられていたかもしれません。教諭間のいじめが発覚した神戸市立東須磨小学校=2019年10月(木下未希撮影) この出来事だけでも十分酷いことで、あってはならないことです。しかし、その後の学校や教育委員会の対応にも疑問の声が上がっています。 まず、加害者は被害者に対して謝罪することが何よりも必要なはずですが、加害教師ら本人の謝罪の声が聞こえません。神戸市教育委が謝罪の言葉を公表していますが、被害者当人よりも家族に謝罪している加害教員もいます。 あまりにトンチンカンな内容に、インターネット上で謝罪文を添削する「赤ペン先生」が全国で続出するありさまです。私も文章を読ませてもらいましたが、被害者へのおわびの気持ちが伝わらない印象はぬぐえませんでした。「カレー」「家庭科室」対策のナゼ また、ツイッターでは「教師たちの反省文じゃないからです。教育委員会が、事情聴取で聞いた言葉を拾って作りました(中略)」という指摘もあります。この指摘が本当であれば、加害教員らは何の反省もしていないのかもしれません。 被害者は被害教師だけにとどまりません。ショックで不登校になった児童もいると報じられています。 また、登校している児童も、学校と教師に不信感を抱いている可能性は十分にあるわけで、心中穏やかでないことでしょう。学校に行かせている保護者も心配のことと思われます。 そのような中で、校長が涙の謝罪会見を行ったのは救いです。ただ、カレーが暴行に使われたということで、市教委が打ち出した「給食のカレーを休止する」「家庭科室を改装する」などといった対応策は、児童や保護者の心中をどこまで考えているのか、疑問に思ってしまいます。 では、なぜこのような事態に陥ってしまったのでしょうか。私がスクールカウンセラーを務めていて、まず気づいたのは教師の構造的な忙しさです。 2018年調査の経済協力開発機構(OECD)国際教員指導環境調査(TALIS)によると、世界で最も勤務時間が長いのは日本の教師で、小学校で1週間あたり54・4時間、中学校では56・0時間にも上りました。世界平均では38・3時間なので、ダントツに長いことが分かります。授業時間そのものは世界平均の水準なのですが、特に課外活動の指導や事務業務、授業の計画や準備の時間が長いのが特徴です。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 私は教育委に勤務していたこともありますが、教師と同じく極めて多忙です。統計や国際比較のデータはありませんが、学校現場と同様に業務に忙殺されていることと思われます。 このような忙しさの中では、「いつも通り」物事をこなすのが精いっぱいになってしまいます。今回のような問題が起こったとしても、真剣に事態と向き合って考える余裕もないことでしょう。女性教師の謝罪に見た「錯覚」 また、多忙は、考えると苦しくなる問題から目をそらして否認する「道具」にもなり得ます。「強迫性障害」という異常心理がありますが、これは気にしなくてもよいことを気にしてしまって、無意味な行動を繰り返したり、本当に必要な行動が取れなくなる状態を言います。 強迫性障害の全ての人に当てはまるわけではないですが、何かを気にして心を忙しくすることで「本当にヤバいこと」を考えないように逃げていることが知られています。 実際、いじめの「首謀者」とされる女性教師の謝罪の言葉に、「子供たちを精いっぱい愛してきたつもりですが…」という件(くだり)があります。被害者と向き合うのではなく、教師としての自分の仕事に向き合おうとする姿勢がうかがえます。これでは、加害者としての自分から逃げているかのように感じられてしまいます。 心理学では、このように「いつも通り」に逃げ込んで、問題と向き合わない現象を「恒常性錯覚」と呼びます。この錯覚は、防災などの危機管理を考える際のキーワードとしてよく使われます。危機的な状況でこの錯覚に陥ると、危機がさらに拡大するからです。全ての人とは言いませんが、加害教師らも市教委も恒常性錯覚に陥っているのかもしれません。 錯覚にはまる要因は、先に指摘した多忙さだけではありません。日本の学校には、100年以上も脈々と受け継がれた文化と伝統があります。神戸市立東須磨小で同僚をいじめていた加害教諭4人の休職を発表し、謝罪する市教育委員会の幹部ら=2019年10月31日、神戸市役所 また、義務教育は日本国憲法で定められた国民の三大義務であり、決して無くなりません。実は、このような特徴にも恒常性錯覚を起こしやすい背景があると言えるでしょう。 今回の教師いじめは一種の集団暴行であり、学校教育は大きな危機を迎えたといっても過言ではありません。その中で恒常性錯覚に陥ったままに対応を誤ると、学校教育への信頼がますます揺らぐことでしょう。 恒常性錯覚は、心理学者としての私が指摘した懸念ではありますが、これが本当に懸念にすぎないことを祈っています。日本の学校教育に育ててもらった一人として、国民に広く信頼される学校教育であってほしいと思うばかりです。

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    徴用工判決から1年、日本に渦巻く「嫌韓」の原点

    重村智計(東京通信大教授) 2018年10月30日、韓国大法院(最高裁)は、新日鉄住金(現日本製鉄)に対し、韓国人元徴用工へ計4億ウォン(約4千万円)の賠償支払いを命じた2審判決を支持し、企業側の上告を棄却した。だが、最高裁は、精神的苦痛を与えた加害者を特定する構成要件を明らかにすることはなかった。 判決の衝撃は大きく、文在寅(ムン・ジェイン)政権を批判する者と嫌韓や怨韓の論調を批判する者、両者の対立が日本で激化した。判決から1年たっても、嫌韓・怨韓感情の収まる気配は一向にないが、その原点は朝鮮半島問題の教科書的存在といえる著名な日本の雑誌が展開した二つの「運動」にある。 筆者は、1975年に高麗(こうらい)大に留学してから40年以上も韓国・北朝鮮問題を取材し、多くの本や論文を執筆してきた。だから、韓国人と朝鮮人に好意を抱いているし、尊敬すべき多くの韓国人にも助けられてきた。市井の韓国人は素朴で親切だが、政治や運動に携わる人たちは平気で嘘をつく。 徴用工問題が話題に上るたび、筆者は一人の若者を思い出す。三十数年前、米スタンフォード大のキャンパスで出会った李隆(イ・ヨン)君だ。山口県出身の在日韓国人だが、韓国語は使えない。 人を「在日の敵か味方か」見極める目つきがギラギラしていたのが印象的だった。でも、韓国人留学生と韓国語で自由に話す様子を認めたのか、警戒を解いた李君はすぐに筆者と打ち溶け、ある日こんなことを話してくれた。「在日が強制連行で日本に来たのは嘘ですよ。オヤジに日本人に絶対に話すなと言われた」 李君の父親は戦前徴用工として八幡製鉄所(現日本製鉄)で働かされたが、毎月給与はきちんともらえたし、仕事上で差別もいじめもなかった。それに、終戦で韓国に帰る際には退職金も渡されたし、日本人工員たちも送別会を開いて、餞別(せんべつ)までくれたという。2019年8月17日、韓国・釜山に設置された元徴用工を象徴する像の周辺で開かれた集会(共同) ところが、韓国に帰国したものの、仕事がなく食べていけなくなって、再び日本に密航したのであった。「日本人に話すな。強制連行と思い込んでいるから、本当の話をするな」と李君に念押ししたのも無理もない。 李君の父親のような証言は長きにわたって封印されてきた。こうした証言収集に取り組んだ学者も攻撃に遭い、存在をも否定されてしまった。目的のために平気で嘘をつく なぜか。戦後の朝鮮半島問題は革新系の学者が先導したからだ。しかも、その多くは戦前に朝鮮の植民地化を支持した人たちだ。 彼らは韓国を否定し、北朝鮮を肯定する「運動」に取り組むことで、自分の過去を合理化してきた。そうして「日本人にいじめられた朝鮮人もいただろうが、それが全てではない」と主張する者に激しく攻撃を加えたのである。 筆者は新聞社に勤務していた75年、韓国の延世(ヨンセ)大と高麗大に留学し「韓国はやがて先進国になる」と書いたところ、社の内外から「韓国の手先」と陰口を叩かれて、いじめを受けた。それが、94年に月刊誌『中央公論』で「北朝鮮は石油がないから戦争できない」と指摘すると、「北朝鮮の手先」と攻撃されるようになった。 日本の新聞は、朝鮮戦争について長い間「北朝鮮が始めた」とは書けず、日本人拉致が「北朝鮮の犯行」と指摘するのもはばかられたころの話である。そのような時代に、「真実」を書く場所を筆者に与えてくれた『中央公論』の宮一穂編集長には本当に感謝しかない。 筆者は新聞社の先輩に「記者や学者が『運動』に加担するようになったら終わりだ」と口を酸っぱくして言われたので手を染めることはなかったが、運動に乗せられた記者も少なくなかった。運動に加担すれば、目的のために平気で嘘をつくようになる。このように、日本で扱われる朝鮮半島問題は、運動が主流となり、運動の前に「真実」は妨害され続けてきたのである。 そのような中で、記憶に残る韓国人学者もいる。国民大の韓相一(ハン・サンイル)名誉教授は、著書『知識人の傲慢(ごうまん)と偏見』(韓国・キパラン社)で、月刊誌『世界』の「親北反韓」の姿勢を厳しく批判した。 韓氏は、日本人と韓国人が友好的で平和的な関係を築くには、互いに尊敬し合えるようになることが重要だと説く。それなのに、『世界』と執筆陣は「南朝鮮(韓国)」への差別感情をむき出しにしながら、「人権抑圧の独裁国家」北朝鮮礼賛に人々を導き、日本人拉致を否定してきた。 北朝鮮の工作活動として使われた「代表作」が、『世界』で73年から約15年続いた連載「韓国からの通信」だ。駆け出し記者のころの筆者も愛読したほど、多くの新聞記者の「教科書」だった。2019年9月2日発売、小学館『週刊ポスト』の「韓国なんて要らない」と題した特集記事 ところが、実はこの連載は日本で書かれていて、ジャーナリズムの基準に照らし合わせれば「捏造(ねつぞう)」であったことが後に分かる。当時の『世界』編集長も韓国月刊誌のインタビューで「自分も執筆している」と認めている。本当に韓国から届いた寄稿だと思っていた記者たちはすっかり騙されたことになる。 「韓国からの通信」は、韓国でも反体制派学生の翻訳により地下出版されていた。筆者がソウル特派員時代、翻訳本を持参した学生は「日本人が韓国の状況を『宮廷闘争』のように楽しんでいるが、その参考のために翻訳した。日本人の差別意識が分かる」と発刊の理由を語った。この思いは本の序文にもつづられていたほどだ。解放された「呪縛」 そもそも、『世界』は掲載論文に大韓民国(韓国)という用語を使わせず、84年10月号まで「南朝鮮」と表記させた。明らかな韓国蔑視だが、「韓国という国は存在しない」という北朝鮮の主張に従ったものである。 エピソードでも分かるように、日本人の心の底にある「韓国・朝鮮人蔑視」の感情を、『世界』が韓国人にだけ向けさせたと韓氏は指摘する。だが、同誌から反省の言葉は聞かれない。 韓国蔑視、北朝鮮礼賛の「呪縛」から解放されたことで、ようやく日本での論調が変化した。常識的な日本人は「南朝鮮」の表記や「日本人拉致はない」という一連の主張に疑問を感じていたのだ。 反韓親北の運動を展開した雑誌の部数が激減し、保守論調の雑誌が部数を拡大した現実がそれを物語っている。一部の主張には過激で理解不足も見受けられるが、呪縛からの独立が生んだ反動であり、やがて正常化していくだろう。 このように、朝鮮半島問題の真実は、日本人の心の底にある「差別意識」を南北朝鮮の当事者双方が利用し、敵対する相手に向けさせた「運動」と「工作」の歴史にある。つまり、北か南か、どちらかの「旗振り役」にさせる運動と工作が展開されてきた。 この構図は「(日本文化人による)日本的オリエンタリズム」だといえる。「オリエンタリズム」はパレスチナ出身の批評家、エドワード・サイードが解明した欧米によるイスラム蔑視の理論である。 韓国の革新勢力は、すなわち北朝鮮支持者たちである。徴用工判決の背後には、北朝鮮を支援する日韓左派の「運動協力」がある。 米コロンビア大のキャロル・グラック教授によれば、日韓対立は「記憶の戦争」であって、真実の解明ではないという。徴用工判決は「日本の植民地支配は違法であった」ことを法的根拠にしたが、日韓併合条約は大韓帝国皇帝が自ら決断したもので合法であると、多くの国際法学者が認めている。約1年ぶりとなる会談を前に握手を交わす韓国の李洛淵(イナギョン)首相(左)と安倍晋三首相=2019年10月24日、首相官邸(春名中撮影) 現在の日本国民が「朝鮮の植民地化はよくない」と反省している事実は、韓国では理解されない。戦後の日本人が変わった事実すら認めない。日本国憲法の掲げる「平和主義」も知られていない。 「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に尽力した加藤康子元内閣官房参与は、元工員や鉱夫の証言を地道に集め、嘘の証言を検証しながら真実を解明するという、気の遠くなるような仕事に取り組んでいる。それでも、ウェブサイト「軍艦島の真実―朝鮮人徴用工の検証」でも見られる加藤氏の成果は、韓国人に理解されることはないのである。

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    曺国辞任、文在寅が食らった強烈な「しっぺ返し」

    重村智計(東京通信大教授) 韓国の曺国(チョ・グク)法相が辞任した。就任からわずか35日目のことだった。曺氏の辞任もそうだが、韓国政治には必ず裏があって、陰謀と落とし所が待ち受けている。法相辞任会見と大統領声明で、真実は語られなかった。 曺氏は自身と家族の不徳を国民に謝罪せず、大統領への感謝も見せなかった。文在寅(ムン・ジェイン)大統領もまた、国民を忘れてしまったようだ。 2人の発言は、曺氏の更迭が突然であった事実を物語っている。その証拠に、後任も決まっていない。後任を決める時間もなかったのである。 突然の辞任の理由について、日本経済新聞の恩地洋介記者は「ある革新系新聞社が実施した世論調査で文氏の支持率は32%にとどまった」が「報道は見送られた」と明らかにした。こうした事実は、普段から地道に取材していなければ入手できない。 これまで革新系メディアの世論調査は、政権が有利になるように結果を操作した。だが、32%ではさすがに操作のしようもない。操作すれば、社内から漏れるため報道できなかったわけだ。 韓国では、文在寅政権を支える「進歩派」「革新派」と呼ばれる左派の岩盤勢力が有権者の35%を占める一方、保守派の岩盤支持は25%程度とみられていた。それが、32%まで支持率が落ち込んだことは、左派岩盤層の崩壊を意味する。 一方で、野党第1党の自由韓国党が支持率を35%に伸ばしてしまった。国民は曺氏に愛想をつかし、検察改革にも関心のないことが明らかになったため、文大統領は慌ててサムスンや現代自動車の視察に出かけ、経済対策を強調した。2019年10月14日、法相の辞任を表明した後、ソウル市内の自宅に戻った曺国氏(聯合=共同) 「曺国政局」第1ラウンドは明らかに文大統領の敗北で、検察の勝利だ。左派はデモと大集会を連日仕掛けることで朴槿恵(パク・クネ)政権を引きずり下ろし、政権を運営してきた。 今度は、事件の指揮を執る尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長を追い詰めるため、実際は10万人程度の「300万人集会」で検察庁前に陣取り、圧力を強めた。その上で、尹氏を「検察改革に応じなかった」として解任する計画だったが、保守勢力も数十万人の「300万人集会」やデモで対抗し、「曺国解任」を求めた。儒教民主主義国家 この動きでも分かるように、韓国は自由民主主義国家ではなく、単なる「儒教民主主義国家」である。民主主義は、ルール・オブ・ロー(法治主義)が原則だ。 集会とデモを武器に政治を動かすのは、中国の「民衆裁判」か「大衆動員」と同じだ。韓国の儒教では「法治」が無視され、賄賂と特権乱用が横行する。曺氏の家族による推薦状偽造や不正入試こそが、「儒教民主主義」の病巣である。 報道の自由も抑圧され、政府に批判的な新聞は朝鮮日報と文化日報だけだ。編成権を労働組合に握られ、御用報道に転じたテレビ局もある。 韓国の歴史は、3・1独立運動や四月革命、日韓基本条約に反対した6・3学生デモ、70年代から80年代の民主化闘争、87年の民主化運動、そして朴槿恵政権打倒のロウソク集会など、デモや集会、宣言を正義として神話化している。これが、韓国政治の後進性を表している。 大規模なデモや集会は、言論や報道の自由が抑圧されている国にとって必要だが、民主主義国家では言論や報道、自由選挙、議会での論争が基本になる。 文大統領も曺氏も、まさか大規模デモと集会の手法が自分たちの支持率激減につながるとは夢にも思わなかったであろう。保守勢力が左派と同じ手法を使ったことで、神通力を失ってしまったのである。 「儒教政治」とは権威主義の政治であり、権力者が権力を示し、恐れられなければ国民は従わない。検事総長の解任や野党議員の逮捕などの強権を発動しないと、文大統領はレームダック(死に体)化へと向かう。2019年10月5日、ソウルで開かれた検察捜査を批判する集会。参加者は検察改革を訴えるパネルを掲げた(共同) いずれにしろ、文大統領は、尹氏と手打ちせざるをえない状況だ。2021年7月まで任期を残す尹氏を更迭しない代わりに、曺氏を不起訴にする「取引」を持ち掛けるだろう。 そうすれば、曺氏は来年4月の総選挙に出馬できる。当選できれば、政治力を回復するのは難しくない。文在寅が切る2枚のカード 一方、文大統領が解任に踏み切れば、尹氏は「ヒーロー」となって総選挙に出馬しかねない。だから、総選挙が終わるまでは解任できない。ただ、総選挙後に解任しても、尹氏は次期大統領候補に浮上してしまう。 そのような思惑が交錯する中、大統領と検事総長の手打ちとなる材料の一つが「国会先進化法」だ。 韓国国会は乱闘騒ぎが絶えなかった。この状況を抑えるために、与野党が合意して法案を成立させた。 ところが、最近も乱闘が絶えず、「先進化法」に違反に該当する国会議員は与野党合わせて30人にも上った。この中に多数いる野党幹部を多く起訴してほしい、というのが文大統領の「尹氏続投」の条件だ。 もう一つの「大統領の陰謀」は選挙法の改正だ。韓国国会は一院制で、小選挙区比例代表並立制を採用している。 そこで法改正により、比例代表選出の議席を増やすことで野党勢力を抑え、弱小だった極左勢力を躍進させようとしている。全ては、国会で3分の2の支持勢力を確保し、文大統領悲願の憲法改正を実現するためだ。 ところで、尹氏が総選挙や大統領選挙に出馬するシナリオには、無理がある。尹氏の出馬には左派の岩盤勢力が反対するため、与党の共に民主党からでは不可能だからだ。2019年10月、サムスングループのディスプレー工場を訪問し、次世代ディスプレー製品を体験する韓国の文在寅大統領(手前)=韓国・牙山(聯合=共同) かといって、保守野党の自由韓国党からの出馬も難しい。尹氏は朴前大統領を逮捕した検事だから、朴前大統領の与党だったセヌリ党の流れをくむ最大野党からの立候補を保守の岩盤勢力が許さない。あとは第三の勢力から出馬するしかないが、それでは大統領当選はおぼつかない。 法相辞任では成功した保守勢力だが、先の見通しは立っていない。岩盤支持が25%しかないのに、分裂状態にあるからだ。「分裂」保守を救う道 それに、保守勢力には、朴政権崩壊の際に朴前大統領の追放を支持した政治家がいる。岩盤層は彼らを「裏切り者」と呼び、決して許さない。 政権を奪還するには、保守政治家が「反朴」「親朴」の怨念を超えて団結しないとまず無理だろう。保守統合を実現できるのは、朴槿恵しかいない。 拘置所に収監されていた朴前大統領は現在、左肩手術後のリハビリ治療のため、入院中だ。その病院から声明を発表し、保守の大同団結を呼びかければ可能だ。 声明では「不徳を国民に謝罪し、反朴姿勢をとった保守政治家も愛国者だ。尹検事総長も許す」と述べる。そして、「国家を救うために反朴・親朴の対立を乗り越え団結してほしい」と訴えればいい。 韓国では、朴前大統領にこうした行動を取るよう説得している人たちもいる。彼女は偉大な政治家として歴史に残れるかどうか、最後のチャンスを迎えている。 韓国と北朝鮮を40年以上取材してきた経験からすれば、韓国民の一つの問題に対する関心は3カ月以上続かないと筆者は常に主張してきた。次から次に大事件が起こり、前の事件がかき消されるからだ。 結局、今回も徴用工や慰安婦問題、「ホワイト国」除外などに対する反日運動は消え去った。だから、燃え盛っているうちに、韓国に手を出すと、日本は大やけどしてしまう。2019年8月、ソウルの韓国最高裁(奥)前で開かれた集会で、朴槿恵被告の写真をあしらったプラカードを掲げる参加者(共同) 日本の歴代首相が教科書問題や慰安婦問題に慌てて対応して、失敗した歴史が物語る。時間をかけて対応するのが、韓国と北朝鮮への「駆け引きの原則」なのだ。 高みの見物を決め込めるほどの距離感と、茶番劇との理解。そして儒教文化に関する知識と、左派の悪意を見抜く判断力。韓国政治の解釈には、これらを踏まえて将来を見通す力が必要なのである。

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    日本列島を繰り返し襲う巨大台風はこうして「狂暴化」する

    高橋学(立命館大学環太平洋文明研究センター教授) 9月9日に千葉県を中心に甚大な被害をもたらした台風15号に続き、今月12、13日にも台風19号が東海地方や関東地方を直撃する見通しとなっている(11日午後5時現在)。 スウェーデン人の少女で、環境保護活動家のグレタ・トゥーンベリさん(16)が国連の演説で二酸化炭素(CO2)の人為的増加への懸念を訴えたことから、巨大台風が繰り返し日本列島を襲う現状を気候温暖化と関連させて考えている人が少なからずいるようだ。そこで、環境史、土地開発史、災害史に基づくリスクについて研究をしている立場から、これについて検討してみたい。 先の台風15号は、神奈川県の三浦半島に接近した後、東京湾を抜けて千葉市に上陸したときの中心気圧が960ヘクトパスカルで、最大風速も45メートルを観測し、たしかに強い台風であった。 これを60年前の1959年に紀伊半島から東海地方を襲った伊勢湾台風と比較してみると、伊勢湾台風は9月23~26日に895~910ヘクトパスカルで、最大風速は60~75メートルを記録。26日午後6時に潮岬西方に上陸したときの気圧は929ヘクトパスカルになり、勢力のピークを少し過ぎていた。 また、1934年9月の室戸台風は、上陸直前の中心気圧が911ヘクトパスカル、1945年9月の枕崎台風が916ヘクトパスカル、1961年9月の第2室戸台風が925ヘクトパスカルであり、今年の15号や19号が飛びぬけて強いというわけではない。 ただ、15号と19号は、関東地方(特に首都圏)を直接襲う台風であることや、上陸直前まで勢力が増すという点が特徴だ。これまでの台風の多くは、関東地方に達したとしても、中部地方以西に上陸し勢力が衰えていた。要するに、強い勢力を維持したまま首都圏を直撃する台風は、ほとんど経験がない。しかも、台風にエネルギーを供給する太平洋の海水温が27度を超えており、上陸直前まで、勢力が衰えるどころか、勢力が強くなり続けるという点も未経験だ。 ところで、熱帯低気圧のうち10分間の最大風速が17・2メートルに達したものを台風と呼ぶ。そして台風の近くでは気圧が低下している。1気圧は1013ヘクトパスカルだが、10ヘクトパスカル気圧が低下するごとに海水面はおよそ10センチ上昇する。すなわち、913ヘクトパスカルであれば約1メートル海面が上昇するのだ。これを「吸い上げ効果」と呼ぶ。日本列島に近づく台風19号=2019年10月11日午前(気象庁提供) また、風によって海水が移動し高くなる「吹き寄せ効果」も生じる。湾口が広く、風が湾奥に吹き込み、湾奥の幅や水深が浅くなるほど吹き寄せ効果が大きくなる。伊勢湾や東京湾は吹き寄せ効果が起きやすい。さらに月の引力の関係で、一日2回の潮の干満が生じる。今回の台風19号が東京湾に進入すると考えられる時間は10月12日夕刻であり、東京港の満潮(午後4時31分)のピークにあたる。しかも、14日が満月であり、12日でも海面は193センチの上昇が考えられている。これらの総計が高潮であり5メートルを越える可能性がある。 では、近年日本各地で甚大な被害をもたらす台風発生の背景を見てみよう。今年7月ごろ、南米赤道付近の海面水温が高くなるエルニーニョ現象が終了し、赤道付近を東から西へ吹く風により太平洋の西にあたるフィリピン沖の海水温が高くなった。これによって、フィリピン沖で熱帯低気圧が発生しやすくなり、温度の高い海水温のために熱帯低気圧はエネルギーを供給され続け、勢力を増し強く大型の台風に発達しやすい状態になっている。現在は温暖期 この海水温の上昇が、人為的に増加したCO2と結びつくかどうかは、そもそもよく分かっていない。日本付近の海水温の上昇は、エルニーニョ現象の終了でも説明は可能だ。気候変動は様々なスケールでとらえることができる。たとえば、更新世から完新世に氷河期と温暖期が何度も繰り返していることが分かっている。それによれば、約2万年前は最終氷河期、そして現在は温暖期にあたる。 また、1万2700~1万800年前は、氷期末亜間氷期(アレレード期)と呼ばれる温暖期で、1万800~9600年前は氷期末亜氷期(ヤンガードリアス期)と呼ばれる寒冷期だった。そしてその後、温暖期となる。しかし、温暖期のピークは約7400年前ごろであり、現在は少しずつではあるが寒冷化しつつある。 そして、最近2千年間にも気候の変動が見られる。2世紀ごろはやや寒冷、西暦600年ごろはやや温暖、700年ごろは寒冷期、750年ごろから1300年ごろまでは温暖期(ヨーロッパでは中世温暖期と呼ばれている)である。 しかし、1300年ごろから寒冷化が始まり、1500年ごろまで断続的に続く。日本の戦国時代は、気候の寒冷化により食料が獲れないことから始まったとみることができる。そして、一時的な短い温暖期をはさみ、1600年ごろから小氷期と呼ばれる時期に入り、それは1850年ごろまで続く。それ以降、気候は温暖化する。明治時代の初めに目盛りのついた温度計が発明されたが、「観測史上」と呼ばれるのは最近150年ほどのことである。 さらにくわしく見ると、太陽黒点の増減から、1650年ごろから1700年ごろまでに太陽活動が衰退する「マウンダー極小期」や、1800年ごろの「ダルトン極小期」の存在が明らかになっている。そして1750年ごろ以降は、約11年周期で太陽活動の盛衰が繰り返し起き、現在はその24周期目で、2019年は再び太陽活動の衰退期にあたっている。 また、火山の大規模な噴火も気候に影響する。たとえば、フィリピンのルソン島西部にあるピナツボ火山は1991年に大噴火した。そして噴出した火山は1万メートルを越え、成層圏まで到達し地球を覆い、太陽の光をさえぎるパラソル効果をもたらした。ピナツボ火山の噴火後、波長の短い青い太陽光線が地上に到達しなくなり、数年にわたり見事な朝焼けや夕焼けが見られた。波長の長い赤い光線が地上に到達したのである。 そして、1993年に日本でも夏の気温が上がらず、コメの大不作が生じて外国からのコメの緊急輸入が行われたのである。現在、カムチャッカ半島や千島列島のシベルチ山などが大噴火しており、フィリピンやニューギニア、あるいは、メキシコでも火山の大噴火が続いている。これらが数年後に気候に影響する可能性がある。 このように、気候変動は地球のタイムスケールによって様々にとらえられるし、いろいろな要素が組み合わさって決まる。冒頭で触れたように、グレタさんが考えているほど単純なものではないのだ。台風15号の影響で出た大量のがれきやごみを片付ける住民やボランティア=2019年9月、千葉県鋸南町(鴨川一也撮影) 彼女はアスペルガー症候群を公表しており、他人を疑うことが苦手で、嘘をつくことも苦手なのだろう。他人の言説をそのまま信じて、発言したり行動したりしている可能性がある。CO2の排出規制による化石燃料を用いた発電を抑えることは、1970年代に「クリーンエネルギー」と盛んに宣伝された原子力発電の推進に利用されかねない。このことをグレタさんは理解しているのだろうか。

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    千葉県をとやかく言えない「全国を敵に回す」ニッポンの防災力

    青山佾(明治大名誉教授、元東京都副知事) 「他県の電気設備工事会社が千葉を走り回っているというのに、千葉では案内もつけず、被害状況も自分で把握していないのか。全国を敵に回すぞ」。台風15号による被害が相当に大きいことが明らかになり始めたころ、教え子である千葉の政治家の一人に、私は電話でそう忠告した。 千葉県のある市長が東京電力の復旧見通しの甘さを批判しているのを、テレビのニュースで目にしたからだ。その後、「千葉は全国を敵に回した」というコメントが会員制交流サイト(SNS)に散見されたが、その投稿は私ではない。 日本の災害対策基本法は、市町村に対して被災状況を速やかに都道府県に報告することを求めている。被災した市町村の職員が不足する場合は、都道府県が職員を派遣することも定めているし、当然都道府県に支援義務がある。 そもそも避難勧告は、一次的には市町村が発することになっている。これを講学上は「市町村第一主義」「自治体第一主義」という。 このように定めたのは、1959年の伊勢湾台風で5千人を超す死者・行方不明者を出したことが契機となった。日本中が衝撃を受けた被害を受けて、地域を熟知する市町村を災害対策の主軸においたからである。 道路は自治体にとって基本的な財産である。自治体の経理を市民に分かりやすく見せるためバランスシートをつくるが、自治体では所有財産の大宗を道路が占める。停電が続く千葉県鋸南町では、住民らが工面したガソリンと発電機でともした明かりに人々が集まっていた=2019年9月12日 道路は数十年、数百年かけて資産形成してきたものだ。ただ、価値は大きくても売ることができないのでバランスシートから除かないと、実態が分からない。 自治体の被災状況の把握にとっても、復旧の見通しにとっても、道路の被災状況の把握は出発点であり、基本である。電力会社任せにはできない。自治体はお客さまじゃない 2000年、伊豆諸島・三宅島(東京都三宅村)の雄山で大規模な噴火が起きたとき、私は東京都副知事を務めていた。9月に全島民が島外へ避難したあと、政府高官から年内に一時帰島できるような発言が飛び出し、大きなニュースになったことがあった。 だが、石原慎太郎知事は不用意な発言だとして、直ちに打ち消した。災害対策本部で指揮を執っていた私たちは、大量の降灰が降雨のたびに泥流・土石流と化して道路を破壊している現地の状況について正確に把握していた。 当時、副知事は2人しかいなかったが、私は東京の島嶼(とうしょ)部で噴火や地震、土砂崩れといった災害が発生するたび、島に飛んだ。議会の本会議があっても、それを休んで島に行くことに努めた。 欠席をとがめる議員はおらず、むしろ一緒に来てくれるほどだった。各政党の伝(つて)で、大臣や政党幹部を現地に呼んでくれた。 島の道路は都道か村道であり、それが壊れて停電や電話の不通が生じた場合、電力会社や電話会社が復旧の当事者になるが、道路を所有・管理する自治体もまた当事者である。私たちはそういう意識だった。 公有であろうと私有であろうと、倒木によって電力や通信の設備が壊れたら、自治体が当事者となる。復旧見通しというのは、自治体が道路の被災状況を把握し、道路や橋を回復する見通しを立てた上での話であるからだ。2000年9月、三宅村の長谷川鴻三村長(右)の案内で、三宅島噴火による土石流被災地域を視察する東京都の石原慎太郎知事 自治体はお客さまではない、当事者だ。自治体にそういう責任感があるから、世界に冠たる日本社会の安定が成り立っている。 電線絡みの倒木処理は電力会社に依頼するが、そうではない道路の倒木を片付けるのは自治体の仕事である。だから、自治体が電力会社の復旧見通しをとやかく言うこと自体に違和感を覚える。見通しが甘いと思ったならば、直ちに訂正する「実力」が自治体に求められる。弱まっている「防災力」 災害対策基本法ができた1961年当時の市町村数は4千近くあった。今では1700くらいしかない。 広域合併の結果、地域の実態からかけ離れた市町村が増えたということだろうか。2000年前後の構造改革によって市町村の職員数も減っている。 被災状況に限らず、避難勧告についても、近年は勧告を出さずに多くの犠牲者が出たり、数十万人に対し一括して避難勧告が出されたりする例が目立つ。これでは、市町村が基本法の期待する防災機能を十分に果たしていない。 つまりは、自治体の「防災力」が弱くなっているのではないか。私たちが先ごろ、若手の研究者や自治体の実務家を糾合して「令和防災研究所」を設立したのも、そういう問題意識に基づいている。 それに、「死者が出ないと大きな災害ではない」という感覚を持つ人がいるとしたら間違いだ。屋根の一部が飛んだ家が1万戸を超えたというのは、市民や自治体の感覚からいえば、未曽有の大災害である。 屋根の一部が飛んで雨風が吹き込んでしまえば、日常生活の継続は困難と考えるのが生活者の感覚だ。2000年の三宅島噴火は今日の中学校教科書にも登場する大災害だが、死者を一人も出すことはなかった。それでも、しばらく島に住めなくなったのだから、国民レベルでは大災害なのだ。台風15号の被害にあった千葉県館山市内の住宅で、屋根にブルーシートなどを張る作業をする地元建設業者やボランティアの人たち=2019年9月14日 一部損壊住宅では、被災者生活再建支援法の対象にならず、再建に公費が支給されないというのも現実的ではない。支援法では、半壊し、大規模補修を行わなければ居住困難な住宅を対象としている。2000年の三宅島噴火では、全島避難のため自宅に住むことができないので、物理的に壊れていない住宅でも、全戸適用対象になった。 もともとこの制度は、阪神・淡路大震災のあと、政府としては個人財産形成の補助はできないということで、国会において議員立法で成立し、支給のための財源も自治体側が基金の半分を拠出している。被災者の生活支援という立法の精神に沿うよう運用すべきだ。自治体の「努力」は足りているか 他にも課題は山積している。東電が近年、送配電設備への投資を大幅に減らしていると報じられた。東電に限らず全国の大手電力会社では、来年から発電と送配電が別会社となる。 送配電設備は道路と同じで、市場原理とは馴染(なじ)みにくい、基本的なインフラである。今後は、送配電に必要な投資が継続して行われるよう、公的な監視の強化が望まれる。 千葉県の杉の4分の1を占める特産の「山武杉」に、幹が腐って空洞となる病気が流行(はや)っていて、中折れした幹が電線に引っかかった例が多いという報道もあった。電力会社の努力も望まれるが、森林経営管理法によって所有者に伐採を命じられるようになった自治体の努力も求められる。 携帯電話の基地局の電源が失われ、通信が途絶したことも、被害状況の把握や復旧への障害となった。東日本大震災のとき、私たちは現地に支援に入ったが、通信途絶に大いに困った記憶がある。 令和防災研究所では、現地からの個別情報を研究所のホームページに掲載し、支援する側のために役立たせようと計画している。だが、基地局の非常電源が充実しなければ、この計画はなかなか実現しない。 今年の台風15号による甚大な被害を受けたのは、千葉だけではない。東京の島々でも屋根が飛んだり、農業用ハウスのビニールが飛んだりするといった被害が多かった。家屋の損壊戸数も1千戸を超えるという。これは2000年に噴火と地震が頻発したときより大きい数である。倒れた千葉県君津市にある送電線の鉄塔=2019年9月9日(共同通信社ヘリから) そこで私は、東京都の被害把握が不十分ではないかと批判しようと、都庁に電話してみた。すると、知事が既に厳重注意し、知事も都議会議員も現地を回るという返事を聞いて、批判を抑えることにした。 こういう場合は何はともあれ、自治体のトップには先頭に立って現地に立つことが求められる。防災服を着て役所の中で会議し、国に要請に行くだけではなく、政府高官を現地に迎えた方がいい。災害対策を行うには、現地の生活実感に基づくことが必要なのである。

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    巨大台風が招く東京大水害「とにかく逃げろ」となぜ呼びかけるのか

    土屋信行(リバーフロント研究所技術参与) 9月に発生した台風15号は三浦半島から東京湾を抜けて北東に進み、9日午前5時前に千葉市付近に上陸しました。台風が「非常に強い」勢力を保ったまま関東地方まで接近するのは非常に珍しく、千葉市付近に上陸するときは中心気圧960ヘクトパスカル、最大風速40メートルと「強い」勢力でした。 強風が東京電力の送電施設に多大な被害を与え、最大約93万戸の停電が発生しました。その影響は1週間が経過しても、完全に電力が回復しなかったほどです。 その1年前、平成30(2018)年9月に近畿地方を襲った台風21号も記憶に新しいことでしょう。最大瞬間風速が関西国際空港で58・1メートル、和歌山市で57・4メートルなど、全国927カ所に設置された風の観測地点のうち11%にあたる99カ所で観測史上最高の風速を記録しました。 このとき発生した高潮により、関空のある人工島が浸水し、強風に煽られて漂流したタンカーが対岸との連絡橋に衝突して通行不能となり、島に取り残された約8千人が空港で一晩を明かしました。また、神戸市の六甲アイランドや、兵庫県西宮市の甲子園浜や西宮浜、和歌山市の雑賀岬などでも高潮による被害を受けました。 この二つの台風が、今後巨大台風が東京を襲った場合の被害に大きな示唆を与えてくれています。一つは、東京も大阪と同様に、東京湾という湾岸部に位置しており、台風上陸の際に発生する高潮が大きな被害を及ぼすことが懸念されることです。 もう一つについては、東京を直撃した記録的な台風の歴史を振り返ってみましょう。近代以降では、東京だけで150万人が被災した明治43(1910)年の洪水や、「大正6年の大海嘯(つなみ)」と言われた高潮台風(死者・行方不明者1301人)、昭和13年の高潮台風(死者・行方不明者245人)、昭和22年のカスリーン台風(死者・行方不明者1930人)、そして昭和24年のキティ台風(死者・行方不明者160人)などが挙げられます。キティ台風から約70年間、大きな直撃台風がなかったために、関東地方に住む人々の多くにとって「台風被害」自体が未体験であり、被害予測も対応策の準備もできていなかったのです。 それでは、巨大台風上陸に伴う高潮が東京を襲ったら、どのような被害が発生するのでしょうか。平成30年(2018)3月、東京都は想定しうる最大規模の高潮による氾濫が発生した場合、浸水が予想される区域を示した「高潮浸水想定区域図」を発表しました。 想定台風は過去最大規模の、約3千人の死者を出した昭和9(1934)年の室戸台風級で、中心気圧は910ヘクトパスカルとされています。また、東京に最大の高潮を発生させるような進路と、伊勢湾台風並みの時速73キロの進行スピードを設定しました。高潮を発生させる台風は、必ず大きな降雨を伴うことを前提にせざるをえず、高潮と同時に河川でも洪水が発生し、最悪の場合堤防が決壊することを見込んでいます。 浸水が想定されるのは東京湾に面する区だけではなく、23区中17区にも及びます。浸水が想定される区域の面積は約212平方キロメートル、この区域内の昼間人口は約395万人、夜間人口は約325万人に及びます。大正6年9月30日、現在の東京都足立区千住付近で撮影された高潮被害。記録的台風が東京湾を直撃し、広範囲が浸水した(荒川下流河川事務所提供) また、想定される浸水の深さは江東区で最大約10メートルに達し、この浸水によりあふれた水を排出するのに必要となる時間は1週間以上かかるものと予測しています。しかも、水を吐き出すために建設されてきたポンプ場も水没してしまい、停電により止まってしまうことも危惧されます。 この地域はいわゆる「海抜ゼロメートル地帯」で、地盤そのもの高さが東京湾の海水面よりも低く、洗面器の縁(へり)のような「カミソリ護岸」と言われる薄い堤防に囲まれています。つまり、大都市・東京は洗面器の底に形成されているようなものです。「江東5区」浸水の恐怖 さらに、高潮は東京都内にとどまらず、埼玉県南部まで遡上(そじょう)します。そして、三郷市、八潮市、吉川市、草加市、越谷市、松伏町、川口市、戸田市、蕨市にまで及ぶ広範囲の地域を水没させるのです。 この被害額を、土木学会は「東京湾巨大高潮」被害シミュレーションで、115兆円(14カ月累計経済被害46兆円、資産被害64兆円、財政的被害5兆円)と推計しました。まさに「国難」というべき大災害です。日本の政治、経済、文化の集積した地域をことごとく巨大高潮が覆いつくしてしまうのです。 そのため浸水区域に想定された17区は今後、高潮ハザードマップを作ることになっています。浸水面積は、墨田区のほぼ全域にあたる99%(13・61平方キロ)や、葛飾区の98%(34・15平方キロ)をはじめ、江戸川区で91%(45・46平方キロ)、江東区では68%(27・42平方キロ)にも及んでいます。 日本有数の本社機能が集中する丸の内地区のある千代田区や、中央区、港区でも約50センチ浸水すると想定されています。都心部においても、銀座東部で1~3メートル以上まで浸水、JR品川駅や新橋駅でも浸水が1メートルを超えます。東部低地帯の真ん中を流れる荒川の両岸では、2階建ての建物はもちろん、3階の床までが水没してしまう7メートル程度の浸水の深さを予測しています。 その東部低地帯に位置する墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の「江東5区」は、隅田川や荒川といった大きな川に面し、海面より低いゼロメートル地帯が大半です。洪水においても、過去の台風被害などを基にした被害想定では、3日間の総雨量が荒川周辺で632ミリ、江戸川周辺で491ミリという未曽有の集中豪雨を想定しています。 その結果、5区の総人口、約260万人の9割以上が住む地域が50センチ以上浸水するという予測が出ました。足立区の北千住駅周辺をはじめ、人口の1割が居住するエリアは、2階が浸水する可能性があります。最大では10メートルまで浸水し、2週間以上も水の引かない地域もあると想定されています。 平成30(2018)年8月、江東5区が大規模水害に際して、地域住民全員を区外へ避難させる広域避難計画を発表しました。大部分が満潮位以下のゼロメートル地帯のため、水害に対して極めて脆弱(ぜいじゃく)なのです。 事実、これまでも度重なる大きな水害に見舞われてきました。しかし、地球温暖化の進行、これに伴う気候変動の影響により、台風の巨大化や豪雨災害の激甚化など、高潮や洪水による大規模水害の発生が避けられない事態になっています。国土交通省が作成した荒川(中央の太い川)が氾濫した場合に浸水するとされる場所を示した地図。標高が低い流域が色づけされている その広域避難計画では、次のような発令基準が定められています。(1)72時間前から高潮が起きる可能性の検討を始め、その情報を住民に知らせる。(2)48時間前には「自主的広域避難情報(広域避難の呼びかけ)」を発信する。(3)24時間前には「広域避難勧告」を5区で一斉に発令する。(4)9時間前になったら、広域避難を切り替えて、短距離避難を目指す「域内垂直避難指示(緊急)」を発令する。 (4)の時点になれば、これまでとは反対にもう遠くまで逃げることを考えず、可能な限り近所の高い建物に避難する指示を出すのです。「私は大丈夫」は通用しない これまでの行政による避難情報には、具体的な避難場所を決めず「とりあえず逃げろ」という避難勧告はありませんでした。それぐらい、東京で起こる水害には切迫性があって危険性も高いため、とにかく安全な高台地域に逃げることが先決なのです。 本来であれば、災害が起きた場合「自分の命は自分で守らなければならない」はずです。しかし、多くの日本人は「私は大丈夫」という「正常性バイアス」に陥っているのです。 水災害に対して、当然抱くはずの危機意識が希薄なことが、犠牲者を増やしているのです。平成30年7月の西日本豪雨における避難率を見ても、行政による避難の呼びかけを無視している人がほとんどだったといえるでしょう。 日本の災害対策基本法には、国民の生命・財産を守る責務は、国と都道府県、市町村にあると記されています。第60条には、避難指示は市町村長が発令すると決められています。 今まで、実質的に災害対応を行ってきたのは行政だけだったわけです。治水対策として堤防を造り、ハザードマップを作成し、避難所を設置するのも全て行政が担ってきました。 一方で、国民はお客さま状態です。何もかも行政がやってくれると思っています。自分の命まで役所任せにしてしまっているようでは、自分の命は守れません。 自分の命だけではなく、家族や地域の命、そして日本の社会を守るという観点から、地域社会やコミュニティーを強固にしなければなりません。地域力の復活が何としても必要です。そのために求められるのは、防災を目的として、新たにコミュニティーをつくるといった発想の転換です。 どんなに精密なハザードマップを作ったとしても、実際に住民が避難行動を起こさなければ、自分の命も守れないし、地域の人命も救えないのです。コミュニティーの再生こそ、一番の防災対策になるのです。 そのようななかで、江東5区の一つ、江戸川区が11年ぶりに改訂した「水害ハザードマップ」が注目を集めました。区内全世帯に配布されたマップには、洪水や高潮によって荒川と江戸川が氾濫すると、ほぼ区内全域が浸水するという最悪の想定が示され、被害発生前に、区外に避難をするよう区民に求めています。江戸川区が公表した水害ハザードマップの冊子表紙の挿絵(江戸川区提供) 表紙に描かれた地図には、江戸川区に「ここにいてはダメです」と太字で書かれていて、この率直な表現が「あまりにも潔すぎる」として、大きな反響を呼んでいます。具体的には、江戸川区のほぼ全域が浸水し、建物の3階から4階に当たる5メートル以上の浸水が発生する地域もあるとされたほか、区内の広い範囲で1~2週間以上の浸水が続くとしています。首都を水害から守るには また、小・中学校などの避難所やマンションの3階以上に避難しても救助が難しく、電気や水道などのライフラインが使えない生活に長期間耐えなければいけないと指摘しています。先ほど述べたように、江戸川区で大規模な水害が起きると大部分が浸水し、浸水時間も長くなるからです。 「ここにいては危険で、そうなる前に安全な場所に逃げてほしい」という行政の切羽詰まった思いが伝わるハザードマップではないでしょうか。しかも、今年の台風15号の停電地域とちょうど重なる被害予測でした。 垂直避難する場合でも3階では不十分で、4階建て以上の建築物でなければ一時避難場所にも指定できません。しかも、江東区と江戸川区では、区庁舎が5メートル程度まで水没してしまうことが想定され、江戸川区は現在水害BCP(事業継続計画)に基づく新庁舎建設を準備しています。 首都東京には、「ここにいてはダメです」という地域を「ここにいれば大丈夫!」という安全な地域に生まれ変わらせる安全対策が必要です。そこで私は、水害に対する「絶対安全高台」を目指す「首都東京ゼロメートル地帯『命山(いのちやま)』計画」を提唱しています。 これは豪雨や洪水、台風、高潮、地震など、あらゆる災害に対し安全な東京につくり変える計画です。高度成長期に大量の工業用水を地下からくみ上げた結果として発生した地盤沈下に対し、ゼロメートル地帯を「絶対安全高台」につくり変える計画です。 これまでも、東京を安全にするための高台造りが取り組まれてきました。約380ヘクタールある葛西臨海公園地区をはじめ、大島小松川公園や篠崎公園、平井や北小岩に建設されているスーパー堤防の高台化などは、先人たちによる不断の努力の「継承」です。 計画の目標は、水害における犠牲者をゼロにすることです。命山の建設により、東京ゼロメートル地帯そのものを「コンパクトシティー」「スマートシティー」として再生します。 あらゆる災害から電気やガス、水道などインフラ施設の継続を確保し、独立した場所としての安全性から、ゼロメートル地帯の居住者を一人残らず普段の生活を継続できるようにします。首都東京ゼロメートル地帯「命山」計画著者作成) そのために市・区役所や警察、消防、学校、病院、福祉施設、障害者施設など全てを高台に配置します。これらの都市施設を高台に配置することで、防災機関としての機能を失わずに機能させ続けることができるのです。 台風による高潮や洪水から東京を守ることは、一地域のローカルな問題にとどまりません。首都東京の安全が失われることは、日本という国家の存立問題であり、国そのものの継続性がかかっていることを忘れてはならないのです。

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    韓国の「終わりなき旅」はなぜ反日にたどり着くのか

    重村智計(東京通信大教授) 「韓国政治を見ていると、まるで『韓流(はんりゅう)ドラマ』のようだ」。ある情報番組の出演者がそう語っていた。それもそのはずで、韓流ドラマには韓国の政治と社会文化への批判が込められている。作家やドラマの脚本家が題材とするのは「韓国病」だ。 大統領の側近や家族が繰り広げる不正入学や不正投資、論文盗用疑惑は、権力者や金持ちにつきまとう社会悪であり、進歩派、保守派を問わず共通する病理だ。韓国政治の背後には「正統性の喪失」や「アイデンティティー探し」など、政治と社会が抱える「解決できない韓国病」がある。 韓国は、民主的な政治体制でなければ、民主的な社会でもない。民主化闘争をした立派な政治家や指導者がいるではないか、という指摘は大きな誤解だ。民主化運動家は民主的な大統領ではなかったからだ。長年にわたって韓国を取材し続けた筆者の結論である。 民主化闘争をした金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の方が、政治家や言論人に対する盗聴を多く仕掛け、弾圧も非常に巧妙に行われた。だが、保守系政治家にも、「清廉潔白」な人物は五本の指で数える程しかいなかった。国民のために戦って「刑務所に入る覚悟」は薄い一方で、賄賂と職権乱用は日常茶飯事だった。 民主主義の基本は言論の自由と報道の自由だが、韓国ではどちらも制限されている。大統領の家族による、不正蓄財して海外に逃避した疑惑や、日本の超保守的な大学を卒業した事実、それに「北朝鮮にいる大統領の親族が事実上の人質になっている」といった報道などできるわけがない。 政権を批判する新聞社は税務調査によって脅され、社長が脱税の罪で収監された。韓国では、日本と安倍晋三首相を一方的に激しく非難するが、日本弁護や安倍首相を評価する発言は封じられる。2003年2月25日、国会議事堂前広場で行われた大統領就任式を終え、手をつないで舞台を降りる盧武鉉大統領(左)と金大中前大統領=ソウル(代表撮影) 慰安婦や徴用工に疑問を呈する発言に至っては命がけだ。『反日種族主義』の主著者であるソウル大の李栄勲(イ・ヨンフン)名誉教授らは謝罪を強要され、暴行まで受けた。儒教的論理は白か黒かの二元論争が得意で、「正義」や歴史の立て直しの「倫理」を求め、中庸な解決や主張を排除する。 本来であれば、民主主義の原則は「あなたの意見には反対だが、あなたが主張する権利は命に代えても擁護する」という言葉で表現される。韓国では、この原則を貫くのが難しい。 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を批判すれば、インターネット上で総攻撃に遭う。批判の声を上げた者に対しては、ネットで誹謗(ひぼう)中傷や個人攻撃が大々的に行われる。これが韓国の「儒教的民主主義」のリアルだ。「三権分立」機能せず 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は9月9日、曺国(チョ・クグ)前大統領府民情首席秘書官を法相に任命した。韓国の国会では、大統領の指名した閣僚候補に対する人事聴聞会を開くことはできても、就任を完全に拒否する権限がない。独裁的で非民主的なシステムだ。 三権分立の米国では、議会に閣僚任命を拒否する権限がある。民主主義には、自由選挙で選ばれた役職にしか権限を与えない、という思想がある。だから、米国では選挙で選ばれない閣僚は、議会の承認なしには就任できない。 この基準から考えれば、韓国では三権分立は機能していない。大統領は強大な権限を有し、側近には権力型の不正腐敗が絶えない。韓国の政治学は、この現象を「権威主義政治」「権力型腐敗」と呼ぶ。 新しい法相は家族の大学不正入学や不正投資に加え、本人の修士論文盗作疑惑を指摘された。疑惑の解明や、議会で決議の無いまま閣僚を任命したことは、民主主義の原則に反する。日本は議院内閣制なので、基本的には選挙で選ばれた議員から閣僚が任命される。 韓国では、『韓国人』『韓国人とは何か』『韓国の現住所』など、韓国人のアイデンティティーを探す出版物や新聞連載が人気だった。この背景には、韓国の正統性と韓国人のアイデンティティーを探す「終わりのない旅」がある。 やや否定的に表現すると「韓国人のアイデンティティー喪失」だ。だからこそ、「反日」が手っ取り早い「アイデンティティー探し」になる。 韓国の儒教文化で最も大切な価値観に据えられるのが、正統性である。韓国は1945年の独立から、国家の正統性の根拠作りに悩んだ。 北朝鮮のように「日本帝国主義に勝利した英雄」はいなかった。中国で結成された大韓民国臨時政府を正統性の根拠にしたが、参加した人々の思いと勇気は理解しても、組織の実態は必ずしも褒められたものではなかった、と多くの人は知っていた。ソウルの国会で開かれた聴聞会で宣誓する曺国氏=2019年9月6日(聯合=共同) それゆえ、当時の若者や知識層は北朝鮮の持つ正統性に魅力を感じた。北朝鮮を支持すれば投獄されるので、新聞記者やキリスト教会の司祭や牧師に身を隠し生き残った。 これが今に続く、独立後の「進歩派」「革新派」と呼ばれる韓国左派の源流である。韓国の左派勢力の誕生は「アイデンティティー探し」の一面にもあったのだ。世代間対立に隠された「病理」 その半面、韓国政府は「反共」を韓国人のアイデンティティーとして強調してきた。一般の国民は、朝鮮戦争の「犠牲者」としての北朝鮮への恨みが、アイデンティティーになった。だが、冷戦崩壊と世代交代により、このアイデンティティーがすっかり色あせてしまった。 韓国社会では、日本に協力した「植民地世代」と、戦後生まれの「解放世代」「ハングル世代」の世代間対立と葛藤が繰り返された。この世代間対立は、今もなお激しく続いている。 「独裁支持世代対民主化世代」「維新世代対民生学連世代」「386世代」など、世代間対立を表現する多くのスローガンが創られた。これらの言葉の背後には、正しいアイデンティティー探しの「病理」が隠れていた。 文政権を支えるアイデンティティーは、「朴正煕(パク・チョンヒ)政権の否定」と、1965年に締結された「日韓基本条約の破棄」の理論である。娘の朴槿恵(パク・クネ)前大統領を権力腐敗の象徴として徹底的にいじめ、自分たちの正統性とアイデンティティーを確立しようとしたのも当然だ。 だから、徴用工判決と慰安婦問題が、日韓基本条約を見直し、65年体制を破棄する戦略と運動を盛り上げる突破口になると思っている。だが、日本メディアのソウル特派員は、誰もこの「悪だくみ」を指摘しようとしない。 韓国の政治混乱と日韓関係悪化の背後には、「儒教的正統性」の混乱とアイデンティティー喪失という「韓国病」がある。このリアルを見落として、韓国政治は語れない。 朝日新聞の記者だった田中明さんは日本における韓国研究の権威者であり、慰安婦問題での一時的な「金配り解決」を痛烈に批判したが、日本政府は耳を貸さなかった。また、アジア女性基金の発足当時の理事には、韓国語もできず、韓国人の心も知らない人たちが選ばれたにもかかわらず、田中さんを理事にすることもなかった。 この反省を踏まえれば、安倍政権の「国際法(条約)に従うべき」という主張は正しい。日本政府の政策立案者たちは、韓国の主張の背景にある政治文化の病巣と、国民のアイデンティティー喪失という病理を全く理解せず、放置し続けた。これからは「日韓友好」や「対話」の美名に騙されてはいけない。2018年11月、ソウルの中心街で開かれた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の来訪を呼び掛ける集会。南北首脳会談の写真が展示された(共同) 国家同士の対話と友好は、相手を尊重しながら、徹底した対立と論争を続け、違いを乗り越え妥協できるとの「覚悟」から生まれる。相手の主張を何でも受け入れるのは、友好ではない。 日韓民衆の自由往来が実現してから、わずか30年しかたっていない。歴史の時間尺度から考えれば、日本側には「遠くて遠い関係」というリアルな認識が必要だ。当然短時間で解決する問題ではなく、時間のかかる息の長い隣国関係だとの理解を求めたい。

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    トランプが「ビンラーディン息子暗殺」をアピールできないワケ

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月14日、トランプ大統領は、2011年に米国特殊部隊によって暗殺された9・11テロの首謀者ウサマ・ビンラーディンの息子ハムザ・ビンラーディンを、やはり米国特殊部隊が暗殺したことを確認する声明を出した。 ハムザは2015年にネットを通じて父親の後継を宣言し、その後は彼の父親譲りのカリスマ性の下、ウサマ暗殺以降、壊滅状態に近かったアルカイダは、急速に力を回復しつつあった。トランプ氏の声明に対してアルカイダは、今のところ否定ないし肯定する声明を何も出していない。いかに彼が重要な人物だったかは理解できるだろう。 これはトランプ氏にとっては重大な業績のはずなのである。しかしトランプ氏は暗殺の日付を明らかにしない。米国内では実は7月中に暗殺されていたらしいという情報が多い。 では、なぜ今になって発表したのか? 9・11から18年目の節目という意味もあるだろう。DNA鑑定などに手間取っていたのかも知れない。 しかし、同時にアフガンからの撤退のためにアルカイダをかくまっていたタリバン勢力と和平会議を行うつもりだったのが、ボルトン氏その他の反対でキャンセルせざるを得なかった。そのボルトン氏は直後に解任された。それから1週間後というタイミングには非常な意味があるのかもしれない。 アフガンからの撤退に道筋を付けたいトランプ氏としては「アルカイダを安全にした。だからタリバンと対話をしても大丈夫である」。そのようなメッセージを国内外に送りたかったのではないか? だが、米国の専門家筋では、今アフガンにいるテロ勢力の中で、最大なのはタリバンであり、2001年のアフガン戦争後より巨大化していて、とても米国が信用してアフガンの今の政府と協力させることができる状況にないと考えられている。 ちなみにアフガンには数千人の訓練された「イスラム国」(IS)の戦闘員もいる。アルカイダはなんと数十人規模の戦闘員しかアフガンには残っていないのではないかと言われていて、それもハムザ暗殺がアフガン情勢を安定させるとは言い切れない理由とも考えられる。 ただ、アルカイダは南アジア中心に多くの支部を持っている。それは数百支部にも上ると言われている。 実際、ハムザは父親暗殺後、スンニ派とシーア派の枠を超えて、イランの庇護(ひご)を受けていた時期がある。その時期に彼は米国大使館襲撃などを計画したエジプトのアルカイダの指導者であるアブドラ・アフメド・アブドラの娘と結婚している。 トランプ氏のハムザ暗殺確認の声明から数時間後、そのイランに支援されているイエメンの国際テロ組織がサウジの石油精製施設をドローン攻撃した。被害は同国の石油輸出の半分を停止させるほどのもので、これは世界の石油需要の約6%に相当するという。攻撃で損壊した国営石油会社サウジアラムコのアブカイクの石油施設(米政府、DigitalGlobe提供・AP=共同) また、タリバンの指導者たちはトランプ氏との会談キャンセルの数日後にロシアを訪問し、協力を模索している。イランもロシアと協力して、イスラエルを狙うシリアのテロ集団を支援している。さらに、それと同時に米国本土まで標的にできるベネズエラのテロ集団も支援している。 実はトランプ氏がボルトン氏を解任してまでイランとの対話路線にこだわったのは、彼の真の目的がイランの核武装阻止だけではなく、この国際テロへの支援を止めさせることにあるからだ。イランへの「アメとムチ」 核武装阻止だけだったら、特にサウジや欧州諸国の協力を得ることができれば、軍事力による空爆などでも解決ができなくはない。しかし、テロ勢力支援を止めさせるには、イランの現政権を打倒しなければ難しい。それは、今述べたような各国の協力が得られたとしても、陸上戦を含む大惨事を起こす可能性が非常に高い。 米国の対外介入を減らすことを公約に掲げて当選したトランプ氏としては、それは避けたい。そこでイランとの対話と制裁という「アメとムチ」によって、テロ集団への支援を止めさせることを考えているものと思われる。 しかし、それは簡単なことではないのではないか? ましてイランの国際テロへの影響は、部分的なものである。 例えばアルカイダのナンバー2であるアイマン・ザワヒリは、2014年にパキスタンの軍艦を奪って米国の軍艦を攻撃し、パキスタンと米国の間に戦争を起こそうとする大計画を実行しようとした。ザワヒリは力を失いつつあるという情報もあるが、だが、同時にタリバンとの協力関係の要(かなめ)であるという情報もある。 いずれにしてもザワヒリやオサマは、カリフ(預言者ムハンマドの後継者)制や領土保有を重視するISとは、ライバル関係にあった。しかしISが領土などを失った今は、アルカイダとISは接近しているとも言われている。 そして両組織共に、いわゆる国際テロよりも、むしろ各国内にいる当該国内の不満分子をネットで誘導してテロを起こさせる「一匹狼(おおかみ)」型テロに、この数年は力を入れてきた。 この問題は重要で、特に最近は米国でも、イスラムの一匹狼型テロと、例えば米国内の人種差別主義者による大量殺人とを分けて考えない傾向になってきている。そのように考えるとき、米国内で9・11以降に何らかの意味で「テロ」によって殺された人の数は、イスラム過激派が関係するものよりも、人種差別主義者によって起こされたものの方が、多いと言われている。 私も拙著『サイコ型テロへの処方箋』(近代消防社)の中で、相模原市の障害者施設で起きた事件などを、国際テロと区別せずに対応するべきだと主張した。それが米国内でも最近の銃撃事件などの影響で、同じ傾向が出てきたようである。 ある研究によれば、世界166カ国を所得別に分類すると、このような「国内テロ」は下位20%の国では世界の7%しか起こっていないのに対し、60位から20位の国の間では83%で起こっている。真に貧しい者は、テロを考える余裕もなく、豊かであればテロを考える必要は少ない。現状に不満を持つ中上級の部分からテロが起きる。 これは各国でも同様だと思う。※写真はイメージです(GettyImages) 現状に強い不満があるが、決して(少なくとも世界標準で)極貧なわけではない人は、何らかの意味で「テロ」を起こすとき、ネットで必ず事前準備をする。アニメ制作会社「京都アニメーション」の事件の犯人も、インターネットカフェで事前にいろいろな検索をしていたらしいが、プライバシー問題があるため閲覧履歴が消されているという。容疑者に対する通信傍受 いわゆるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)には、テロの事前準備をしている人が、分かっているはずだと思う。実際、これらの会社は、子会社などを使って、イスラムのテロに走りそうな人々を、ネットを介して「逆洗脳」するようなことはやっている。しかし、警察などとの直接協力には非常に慎重である。 そこで米国でもオバマ政権末期くらいから、令状がなくても個人のパソコン履歴を連邦捜査局(FBI)などが調べられるようにする法整備が、少しずつ進んでいる。また、最近の人種差別主義者によるテロを契機として、家族や同僚の申し立てにより、72時間まで令状なしに人を拘束できる「レッドフラッグ法」の制定も考えられている。この問題と日本で応用できるかに関しては『サイコ型テロへの処方箋』で詳しく書いた。 こうしたネットを通じたものも含む個人の通信記録の傍受に関しては、9・11以降ブッシュ二世政権がセットした「ステラウインド・プログラム」により、国家安全保障局(NSA)が米国では部分的に行っていたが、機密情報を暴露したスノーデン証言の影響などもあり、トランプ氏は最近、同プログラムは現在閉鎖していると表明している。 このステラウインド・プログラム以外にもブッシュ二世政権の設立した愛国者法により、米国国内ではテロ容疑者に対する通信傍受は、非常に簡単にできるようになっている。また、1990年代からあった「軍用装備転用プログラム」により、警察が連邦政府の助成金で、機関銃、装甲車などの軍用装備も購入できる。やはり9・11以降に作成された「ウォッチ・リスト」には、米国国民4600人を含む120万人が登録され、米国への入国や飛行機への搭乗を禁止されている。 実はアルカイダもISも、いったんは壊滅に近い状態になったものの、前記のように世界各国の支部をベースに復活してきている。ハムザが暗殺されたからといって、ザワヒリらの存在を考えると、アルカイダが再び弱体化する保証もない。イラン系のテロ集団の恐ろしさは、サウジの石油施設攻撃でも証明された。ネットを使ったテロ誘導の方法もある。そして彼らは東京オリンピックでテロを起こすことで、自分たちの復活をアピールしたいと考えている! 日本は一刻も早く日本版の監視プログラム「ステラウインド」、「軍用装備転用プログラム」、「ウオッチ(監視)リスト」あるいは「レッドフラッグ法」などを整備するべきだろう。私は『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防社)という書籍も書いているが、そのための取材を通じても、まだ日本のテロ対策は十分とは感じられない。 このまま東京オリンピックを迎えたら、重大テロが発生するかもしれない。それは外国から入って来たテロリストによるものとは限らない。京都アニメーションで起きたような不祥事が、オリンピック開催中に競技場からは遠い場所だったとしても、外国人観光客が多く集まるような場所で起こったら、どうするのか?東京五輪まで1年を迎えた新国立競技場=19日午後、東京都新宿区(本社チャーターヘリから、納冨康撮影) このように考えてみると、ハムザ暗殺は決して世界を安全にしたわけではない。まして東京オリンピックが安全になったわけではないのである。 以上の文章で私が展開した諸々の提言が、オリンピックまでに少しであっても日本でも実現することを願うものである。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

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    ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月10日、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が解任された。その深層を分析してみると、トランプ政権の実態が見えてくる。そして、それは日米安保の大幅な見直しにもつながっていく可能性が極めて高いのである。 そもそもボルトン氏が前任者のマクマスター氏に代わって国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官になったのは、ポンペオ氏が中央情報局(CIA)長官からティラーソン氏に代わって国務長官になるのと、ほとんど同時だった。部下を戦死させたくない制服軍人のマクマスター氏と石油会社の社長だったティラーソン氏は、共に対イラン強硬路線に反対だった。 ボルトン、ポンペオ両氏は、共にタカ派として知られていた。北朝鮮に対しても先制攻撃論者だったが、二人ともNSCの大統領補佐官や国務長官に任命される前後から、トランプ政権が目指していた北朝鮮との対話路線に積極的になった。つまり、この人事は明らかに対イラン強硬派シフトであったのだ。 日本にとっては残念ながら、この段階で少なくともイラン問題が米国の目から見て解決するまで「二正面作戦」を避けるためにも、北朝鮮とは融和路線を進むことが、トランプ政権の方針だった。 だがトランプ政権は、サウジアラビア人記者、カショギ氏殺害事件を契機として、サウジの協力を得るのが難しくなった。欧州(おうしゅう)諸国を巻き込んだ対イラン有志連合の形成にも手間取っている。いずれにしてもトランプ大統領は、少なくとも2020年の再選までは、流血の大惨事を避けたいと本気で考えているようである。 と言うよりも、トランプ氏はこれまでワシントン既成勢力が行ってきた政治を改め、例えば外交に関しては過度な世界への介入を止めることを主張して大統領になった。そして、マクマスター氏ら制服軍人を含めた既存のワシントンの官僚や政治家を徐々に廃して、この公約の方向に自らの政権を変化させてきた。 ところが、ボルトン氏は印象とは違って、トランプ政権の中では珍しいくらいのワシントン既成勢力派だった。その中では最もタカ派的で、また個人としては真面目な理想主義者だったにすぎない。 それに対して、ポンペオ氏は2010年に下院議員になった元弁護士で、しかも将来は大統領の地位を狙っているとも言われている。ポンペオ氏がトランプ氏の方針に忠実だったのは当然だったかもしれない。 実は、ボルトン氏もこれまで多くの同僚たちとの摩擦が問題になったことはあっても、上司との関係は常に良好だった。しかし年齢も70歳。国家に対する最後の奉仕という気持ちもあったかもしれないし、いずれにしても個人としては実に真面目な理想主義者である。そのため、ボルトン氏は次第にトランプ氏の思惑を外れて対イラン、対北朝鮮その他で、強硬路線をひた走り始めた。 ここで同氏がワシントン既成政治派だったことの影響が出てくる。多くの元同僚を集めることで、NSCを彼は乗っ取ってしまったのだ。イランへの限定的空爆が行われそうになったのも、ボルトン氏がトランプ大統領に正確な情報―100人規模の戦死者が出ることなどを直前まで知らせなかったためだった。このような状況は、その数カ月前から始まっていた。 やはりワシントン既成勢力の一員というべき制服軍人のマティス氏が国防長官を解任されてから、国防長官代行だったシャナハン氏は、民間企業出身でワシントン政治に慣れていなかった。そのためボルトン氏に影響されることが多かった。 そこでシャナハン氏を解任し、ポンペオ氏と学生時代から親しいエスパー氏が国防長官に任命される人事が、イラン空爆の直前に行われた。そこでイラン空爆が直前に中止された経緯がある。ボルトン氏の後任候補 実はエスパー氏も制服軍人なのだが、少なくとも対中強硬派で、しかも宇宙軍創設には積極論者だった。ワシントン既成勢力である古いタイプの軍人や国防省官僚らが、ポストの奪い合いなどを嫌って宇宙軍創設に反対しているうちに、米国は宇宙軍で中国やロシアに後れをとってしまっていた。そこで宇宙軍を創設することもワシントン既成勢力打破を目的とするトランプ政権の重要な役割だった。 それを任されていたのが、ボーイングの元副社長で、理系でキャリアを積んだシャナハン氏だった。彼であれば制服軍人以上に上手くできたかもしれない。 さらに、仮に日米安保の大幅な見直しが行われることがあれば、どの在日米軍基地が本当に米国にとって必要で、どれは撤退させてもよい―といった計算も、コンピューターのプロである彼であれば、できるだけ多くの基地を守りたい制服軍人よりも的確にできただろう。 しかし、理系の彼はワシントン政治のプロであるボルトン氏に影響されすぎた。そこでシャナハン氏も解任され、ポンペオ氏に近く、部下を戦死させることを嫌う制服軍人であるエスパー氏が国防長官になった。これはボルトン氏とのバランスをとるためだったと思われる。 しかし、ボルトン氏は自らの理想と信念をひた走り続けた。イラン、北朝鮮、日本であまり報道されていないベネズエラなどに対して、これまで以上に強硬路線を主張した。そのため軍事境界線で行われた3回目の米朝会談のときは、モンゴルに出張させられていたほどである。 このような摩擦が何度も続き、ボルトン氏の解任の最後の決め手になったのは、9月7日、数日後に予定されていたアフガンのタリバン勢力とのキャンプデービッド和平協議を、トランプ政権がキャンセルせざるを得なくなったことだと言われている。これはテロ勢力との和解に反対する強硬派のボルトン氏によるリークも大きな原因の一つであるとワシントンでは考えられている。 このアフガンからの撤退問題に関しては、トランプ氏は大統領になる前から、正規軍を民間軍事会社に置き換えることを構想している。それは当然、制服軍人を中心としたワシントン既成勢力が嫌うことである。リークはボルトン氏からだけのものだったのだろうか? いずれにしても副補佐官、クッパーマン氏がしばらくは大統領補佐官代行になることになった。ボルトン氏に近すぎる彼が正式に大統領補佐官になる可能性は低いが、ないとは言えないようにも思う。彼はシャナハン氏と同様、ボーイングと非常に縁深く、宇宙軍の創設や世界の米軍展開見直しなどにおける活躍が期待できるからである。ホワイトハウスの執務室でトランプ米大統領(左)の話を聞くボルトン大統領補佐官=2019年8月20日、ワシントン(ゲッティ=共同) ほかにボルトン氏の後任として名前が挙がっているのは、みな今までイランや北朝鮮との対話路線で活動してきた人ばかりである。いずれにしても、今後のトランプ政権はアクシデントがない限り、当面はイランとも北朝鮮とも対話路線でいくことになるだろう。 その結果として、米国まで届く核ミサイルさえ持たなければ、核武装したままの北朝鮮と米国が和解する事態も考えられないわけではない。そうなれば日本は北朝鮮の核の脅威に常に曝(さら)されることになる。日米安保見直しの可能性 ボルトン氏がいてくれれば、日本に味方してくれるのに―と考える日本の保守派は多いかもしれない。しかし、そう一概には言えないだろう。 ボルトン氏は米国の愛国者で米国の国益を何よりも重視してきた。日本が国連安保理常任理事国になることを積極的に支援し始めたのも、彼が主導したイラク戦争が中国の反対で国連による容認決議がとれなくなってからであり、ブッシュ一世政権時代は湾岸戦争に中国も国連で容認したこともあり、その後の日本の安保理常任理事国入りに積極的ではなかった。 拉致問題に非常に積極的に協力してくれたのも、北朝鮮を追い詰めるための手段だ。そしてボルトン氏も実は沖縄米軍基地撤退論者だったはずなのである! この最後の問題も、私のワシントン時代の経験からすると、制服軍人以外のワシントン既成勢力―特に国務省の官僚の共通認識に実は、なってしまっているように思う。ボルトン氏と言えどもワシントン既成勢力の、それも国務省高官の一人である。 そのワシントン既成勢力を打倒することが歴史的使命であるトランプ政権もまた、米国が世界に広げすぎた手を縮めて、その分の予算で国内の格差問題などに注力することが目的だ。 そう考えると、シャナハン氏、クッパーマン氏といった理系のプロ的な人々が、米国の外交政策を取り仕切るようになったときが、米国が日本に日米安保の大幅な見直しを要求してくるときなのではないかと思う。 その際に米国は、核を持ったままの北朝鮮と和解し、日本は常に北朝鮮による核の脅威の下におかれるかもしれない。 日本は、それに備えて憲法を改正し、軍事力を増強するしかないだろう。だが日本の力だけで足りるだろうか? 一縷(いちる)の望みは今の米国の「反中」は本気だということだ。南シナ海でも航行の自由作戦を繰り返し、ボルトン氏の沖縄米軍撤退論も、その替わりに台湾に米軍基地を置くことを主張していた。中国だけではなく、中東方面での有事を考えるとき、在日米軍基地はロジスティクスの拠点として重要なものも多く、そんなに多くの在日米軍基地を削減できるか疑問もある。 今の米中の経済摩擦は、単なる貿易や技術の問題だけではない。通信技術の問題は、軍事力による世界覇権―特に宇宙軍やサイバーの問題と密接に関係している。 むしろここに、日本が米国に協力できる部分があるのではないか? 技術的な問題の一部だとしても、日米共同の宇宙戦やサイバー戦が行えるようになれば、中国や北朝鮮の核の脅威も低減させることができるかもしれない。 いずれにしても米国から購入するような形でも、もう日本も核武装も考える時期だと思う。それはワシントン既成勢力が、最も嫌がることではある。しかし彼らを打倒する歴史的使命を帯びたトランプ氏は、2016年の予備選挙の最中に一度とはいえ、口に出しているのだ。会談の前に握手するボルトン米大統領補佐官(右)と河野太郎外相(当時)=2019年7月22日、東京都千代田区の外務省(佐藤徳昭撮影) もし実はワシントン既成勢力の一員だったボルトン氏が、大統領補佐官のままだったら、それを許してくれただろうか? 今回の「ボルトン失脚劇」は、タカ派とハト派の対立というより、ワシントン既成勢力とトランプ改革政治の対立だった。いずれにしても制服軍人以外は、両者共にそろそろ在日米軍基地の大幅な見直しを考えていることは共通している。 しかしトランプ氏には日本の核武装も含めた既成勢力とは異なるビジョンがある。これからも日本はトランプ政権の人事その他の動向を注視し、その先手を打って協力するようにしていかなければ、世界の中で生き残ることができなくなってしまうだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■トランプ政権誕生を暗示した?三島由紀夫「50年後」の予言■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

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    安倍晋三に重なる「消費税に殺された」朴正熙の影

    重村智計(東京通信大教授) 1970年代に大統領が暗殺された隣国は、80年代にソウル五輪の開催を果たして民主化に向かった。今から40年前の1979年10月26日、韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領は中央情報部(KCIA)部長に射殺された。 私は、その軍法会議も取材した。朴大統領の暗殺に関して「消費税が指導者を殺し、財政は改善した」との因果関係を踏まえ、実は安倍晋三政権の支持率が激減する恐れがあることを、韓国の識者からも憂慮されている。米国や韓国に比べ、日本は低所得層への愛情に欠けるというのだ。 犯人のKCIA部長、金載圭(キム・ジェギュ)は、南部の釜山(プサン)市と馬山(マサン)市で起きた反政府暴動の鎮圧に失敗したことでクビ寸前の状態に置かれ、精神的に不安定だった。そもそも、金載圭は賄賂や資金の使い込み、暗殺指令など多くの犯罪にも関わっていた。クビになれば、間違いなく逮捕されるから、朴大統領の暗殺に走ったのである。 その不安心理から、民主化で米国と対立する朴大統領を暗殺すれば、米国が支持すると思い込んだのではないか、と指摘されていた。というのも、クーデターにしては相当いい加減な計画で、政権奪取の策略もなかったからだ。それほど衝動的な暗殺事件であった。 私は事件直後、後に首相や国連総会議長を務めた韓国を代表する政治家の韓昇洙(ハン・スンス)氏に大統領暗殺の原因を聞いた。彼は当時、ソウル大の財政学教授で、日本の消費税に当たる「付加価値税」を導入した責任者だった。韓国の朴正熙大統領=1974年8月撮影 彼は、しばらく考えてから「絶対に記事にはしないでほしい」と断った上で、「暗殺の根本原因は消費税だ」と述べた。暗殺を招いたのは、釜山と馬山での大規模な反政府デモだった。学生たちの反政府デモに、零細業者や一般市民が多数加わり、韓国で「民主抗戦」といわれる大規模な暴動に拡大した。 金載圭は朴大統領に「たいしたことはありません。すぐに鎮圧します」と報告していた。ところが、最終的に軍隊も出動する大事件になり、責任問題にまで発展した。 韓国では、1977年に付加価値税が創設されて2年が過ぎ、零細業者の不満が高まっていた。零細小売業者は、帳簿をつけた経験もない。なぜ指導者の政治生命を奪うのか それが、3カ月おきに税務署に出掛け、売り上げや消費税の計算をしなければならなくなった。しかも、付加価値税により景気が悪化し、売り上げも激減した。その怒りが反政府デモ支援に向けられた。 つまり韓元首相は、付加価値税への怒りが大統領暗殺の引き金を引いたのだと語る。さらに、「『消費税はアジアでは指導者を殺すが、財政を立て直す』というのが歴史の教訓だ」とも述べた。 日本でもこの教訓は当たっている。消費税を導入したり、税率を引き上げた政治家はことごとく政治力を失ったからだ。 では、なぜ消費税は指導者の「政治生命」を奪うのか。今春、改めて問うた私に、韓元首相は「消費税は金持ち優遇の不公平税であり、貧困層の不満が高まる。実際、韓国では民主抗戦に発展した」と答えた。 これを避けるためには、直接税(所得税)と間接税(消費税)の比率是正が必要だ。韓国は所得税を引き下げ、低所得層への配慮から未加工の食料品には消費税をかけなかった。 そういえば、夏休みにニューヨークに遊びに行ったゼミの卒業生が「ニューヨークの消費税は貧乏人に優しい」と報告してきたことを思い出す。ニューヨークでは、衣類や靴は1品110ドル(約1万1500円)以下であれば、消費税が免除され、日用品の食料や薬に至っては消費税を払う必要がないという。 韓国政府は貧困層に気を使ったが、日本はその配慮が少ない上、複雑な手続きのせいで、反発が政治指導者に向かうため、政権の支持率が下がる、と韓元首相は憂慮する。「10%は消費者に相当に重い負担を感じさせる。わずか2%の引き上げと考えているようなら、大変なことになる」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 先の参院選では「消費税廃止」を訴えた政治団体の候補者が当選し、法律上の政党要件を満たした。この躍進ぶりからも分かるように、主要野党はせめて「10%引き上げと引き換えに、食料品と衣料品の無税」を主張する駆け引きさえできなかったのか。 これでは、低所得層に対する愛情も政策もなかった、というしかない。「その分の財源をどうする」などと反論しているようでは、政府・与党と何ら変わりがない。国民目線がなければ、選挙に勝てるわけがない。韓国に学ばなかった日本 なぜ、消費税が政治指導者を「暗殺」することになるのか。韓元首相は「欧米人は税を『義務』と受け止めるが、アジアでは『収奪』と考えるからだ」と指摘する。韓国の付加価値税導入は日本の消費税より約12年も早かっただけでなく、施行前に2年かけて世界中を調査し、国内で事前の「試験実施」まで行う念の入れようだった。 こうして、韓国は導入当初から「消費税を10%以上にしない。10%が一番効率いい」と判断し、加工されていない食料品などは無税にした上で、低所得者への減税といった配慮もした。 それでも暴動は避けられなかったのである。だが、韓元首相には、付加価値への課税が20世紀後半の先端税制になるとの判断があった。果たして導入により、韓国の財政は飛躍的に改善した。 韓元首相は、日本で「将来は15%から20%の消費増税という声もあるが、あまりにも無謀だ」と述べた。欧米では可能であっても、アジアでは「暴動」になって、自民党政権が崩壊するというのだ。ただ、「自民党をぶっ壊す」財務省の戦略なら理解できる、とも付け加えた。 日本の消費税や韓国の付加価値税は税率10%なら、理論的には国内総生産(GDP)の10%の税収(日本では約50兆円)を生む。GDPは付加価値の総額だからだ。ところが、日本の消費税では、10%課税しても5%の税収しかあげられない。これが政策の誤りで、日本は韓国の経験に学ばなかったのである。 与野党による消費税の国会論戦は、低所得者対策や直間比率の見直し、国民生活への影響など、消費税に対する基本的な論点を欠いた。与野党ともに国民のことを考えるよりも、財政当局の手先に成り下がっているのではないかと思わせる。まさに「消費税10%は財務省による安倍政権潰しの陰謀」と言われる理由である。野党もこの「悪だくみ」に協力しているのか。2018年12月、経済財政諮問会議で消費税増税への対応を指示する安倍首相=首相官邸 韓元首相は、トランプ大統領との信頼関係を普通の政治指導者にはできない能力であると、安倍首相を評した。また、良好な日米関係のおかげで、経済政策に成功した日本は幸運であり、景気を引き上げた安倍首相の経済政策は高く評価できるとも述べている。 その韓国の名財政家が、10月からの消費税引き上げにより、日本の庶民が「10%の重税を肌で感じるだろう」と繰り返し指摘し、不幸な事態を招くのではないかと憂慮した意味は重い。■ 日本版「共に民主党」の野合を待ち受ける円高シンドローム■ 馬淵澄夫手記 「日本を覆う『消費税神話』からの脱却を」■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた

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    「仏作って魂入れず」山本太郎にあぶり出された障害者対策法の穴

    山田肇(東洋大名誉教授) 先の参院選で、山本太郎氏率いる「れいわ新選組」から2人の障害者が議員となった途端に国会の設備改修がニュースとなり、会期中の介護費用をだれが負担するかをめぐって喧々諤々(けんけんがくかく)の議論が起きている。 そもそも、わが国は2006年に国連で採択された障害者権利条約を批准し、障害者に関わる法体系を整備してきた。それなのに現状は「仏作って魂入れず」の典型である。 障害者権利条約は世界161カ国が署名している障害者に関する人権条約だ。第29条は「政治的及び公的活動への参加」で、選挙人(有権者)と被選挙人としての権利を定める。第29条のポイントは「締約国は、障害者に対して政治的権利を保障し、及び他の者との平等を基礎としてこの権利を享受する機会を保障する」である。 さらに、障害者権利条約の批准にあたって制定された国内法の一つである、障害者差別解消法は第7条で「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない」と定めている。 「障害があるのに立候補して当選したのだから、当選後の活動が円滑に進むように手当てするのは障害を持つ議員の責任である」とは、これらの国際法と国内法からは読み取れない。 ましてや「常時介護が必要な障害者は立候補しない方がよい」という意見は、法の下での平等を定めた憲法にも反する暴論というしかない。 障害者権利条約の根本的な考え方は、障害者の社会参加への障壁を除去するのは社会の側の責任というもので、それは国内法にも引き継がれている。参院選の比例代表特定枠で当選を決めた木村英子氏(左)と笑顔で撮影に応じる「れいわ新選組」の山本太郎代表=2019年7月、東京・平河町(酒巻俊介撮影) しかし、すべてが社会の側の責任といわれても躊躇(ちゅうちょ)するかもしれない。そこで、条約も国内法も「合理的な範囲での配慮を求める」となっている。莫大な費用がかかる場合や、せっかく配慮しても利用される可能性がほとんどない場合を除くためである。 障害者の権利保護について世界を先導してきた米国で、合理的とは言えない場合として、しばしば示される仮想事例がある。大陸間弾道ミサイル(ICBM)を監視する仕事に視覚障害者が就きたいと言っても無理、というのがそれだ。 レーダーが表示する情報を音声で的確に伝える技術を開発するには莫大な費用がかかるし、いざというときに視覚に障害を持つオペレーターが瞬時に対応するのはむずかしい。だからこれは合理的配慮の枠を超えるというわけだ。明るみになった「付け焼刃」 ところで、わが国ではなぜ今こうした事態が起きているのだろうか。 2015年に東京都北区で聴覚障害者が議員に当選したところ、急遽議場に音声同時翻訳ソフトが導入された。障害者が議員になる可能性を想定して北区議会があらかじめ準備しておかなかったためだが、付け焼刃で対応しようとする状況は今の国会も同様である。 合理的な配慮の範囲がどこまでかについて、法の定めも、政府の公式見解も、裁判例もない。法体系は整備しても、その実施に不可欠な合理的な配慮の範囲について規定していなかったわけだ。だから、障害者議員の国会登院中の介護費用をだれが持つかなどについて付け焼刃の議論が起きている。国際法も国内法も知らない論者が意見を発している恐れすら感じる。 今、国会で進められている配慮は、米国の仮想事例に比べれば、ごくごく当たり前の対応である。障害を持つ国会議員がすべての審議に参加できるようにすることで莫大な費用がかかるわけではないし、実際に利用される。 れいわの議員の介護費用について「参議院が負担するのは不平等だ」との主張もあるが、根底にあるのは「自分は健常者だ」という思い込みだろう。そもそも、自民党前幹事長の谷垣禎一氏のように、事故で脊髄を損傷して障害者になる可能性はすべての国会議員にある。自分が障害を負ったときに排除されても構わないか、それを考えてから発言すべきである。 ただ、筆者は、れいわの議員2人を支持しているわけではない。なぜなら、彼らが特定枠という「抜け道」を通って議員になったのも事実で、選挙制度として欠陥が露呈した特定枠は直ちに廃止すべきだと考える。しかし、今の制度で当選した彼らが国会議員としての職務を全うするのを阻んではならない。 当たり前だが、社会が考えるべきは議員向けの配慮だけではない。聴覚障害者が議会を傍聴しても、音声同時翻訳ソフトなり要約筆記がなければ、どんな審議が進んでいるか伝わらない。 これは障害者の傍聴する権利を制限したことに他ならないのだが、どの議会も気づいていない。車いす利用者が傍聴しようとしたら傍聴席まで車いすで入れるか心配になるが、入場できると公式サイトに明記してある議会は少ない。突然出向いたら騒ぎになるかもしれないと思い、傍聴を遠慮しようと考える車いす利用者が出るかもしれない。これも傍聴権を制限するものだ。参院本会議出席のため議場に入場するれいわ新選組の木村英子氏(左)と舩後靖彦氏=2019年8月、国会(春名中撮影) 法体系、つまり「仏」の形は整えても現場での対応は放置されてきた。つまり、「魂」を入れてこなかったために今の問題が起きている。 国会も地方議会も、障害を持つ議員の有無にかかわらず、対応を急ぐべきだ。東京都港区議会が聴覚障害者向けの対応を強化すると報じられたが、あらかじめ準備する方向に動き出した点は評価に値するだろう。■老老介護は「セカンドハネムーン」という考え方■三原じゅん子手記「著名人のがん公表、私はこう思う」■被害者の「匿名問題」に隠された障害者差別という現実

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    韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ

    鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト) 日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄か継続かをめぐり、22日朝のニュースは「午後に韓国政府が決定する」と伝えていた。韓国系メディアの多くは「継続」と予想していたが、ともかく決定の発表を待つ他なかった。 待つ間、「何か映画でも」と探したところ、格好の映画があった。『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』という韓国映画で1990年代、対北工作に関わった韓国情報部員の実話に基づいている。 私は韓流ファンではないし、日本製品が韓国製品に劣るはずはないと信じているが、唯一の例外は映画で、日本映画にはもはや秀作を期待できない中、韓国映画にはたまに秀作があるという現実を認めざるを得ない。 この映画もその秀作の一つで、派手なスパイアクションがあるわけでも、セックスシーンがあるわけでもなく、緊密な画面構成の上に俳優たちの演技が生かされ重厚なストーリーが展開していく作品である。 こうした映画は、もはや日本では到底実現できないと私は思うが、そのわけは一口に言って軍事アレルギーの有無である。すなわち日本は憲法9条からくる軍事否定の風潮の下で、自衛ではなく軍事を前提にしたドラマの製作は不可能なのだ。 振り返れば、韓国では共産主義の浸透に危機感を抱いた軍部が1961年にクーデタを起こし、以後30年間、軍事政権が続いていた。民主的な選挙で軍出身でない大統領が選出されるようになったのは1992年からである。 当時、すでにソ連は崩壊しており、欧州では共産主義の脅威は過去のものとなっていたが、東アジアでは中国、北朝鮮、ベトナムなど共産主義国家は厳然としてあった。中国やベトナムは改革開放などに動き出していたが、北朝鮮は旧態依然どころかむしろ過激化し、核兵器開発に狂奔し始めた。 また、北朝鮮の韓国に対する浸透工作は、韓国の民主化に伴い軍事政権時代よりも取り締まりがゆるくなったため、かえって拡大していた。当時の韓国の保守政権は韓国に左翼政権が誕生すれば、北朝鮮に乗っ取られてしまうと懸念していたのである。 韓国の保守政権が左翼政権の出現を阻止するために、当時の北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)政権にカネを渡して、朝鮮半島危機を演出させようとするストーリーは、実際に起きた事件を明確になぞっており、迫真性に富んでいる。 現在に置き換えれば、トランプ政権が金正恩(キム・ジョンウン)政権と手を結んで韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の転覆を企てるというような物語になろうか。この映画は、韓国に左翼政権が出現するのを阻止するため、北朝鮮が韓国保守派と結ぼうとした状況を綿密に描いているのである。韓国大統領府で開かれた会合でGSOMIAに関する報告を受ける文在寅大統領(左から2人目)=2019年8月(韓国大統領府提供=共同) さて、韓国は大方の予想を裏切ってGSOMIAをあっさり破棄してしまった。日米は失望、遺憾を表明しているし、「韓国が日米陣営から中露陣営に寝返った」というような論評も見られる。しかし、果たして真相はどうか?トランプと金正恩が手を組む? 確かに日米の高官は、失望、遺憾、懸念を表明したが、本音では歓迎しているのではないだろうか。韓国の決定は韓国メデイアの予想も裏切るものだったが、実は韓国政府は破棄を望んでおらず、不本意ながら破棄に追い込まれたのではないだろうか。 というのも、そもそもGSOMIAは韓国を利するだけで日米にとっては有害無益の協定に堕していたからである。 昨年12月、韓国海軍と韓国海洋警察が能登半島沖の日本海で、漂流する北朝鮮船舶を保護し、哨戒活動で飛んできた日本の海上自衛隊哨戒機に射撃用レーダーを照射、威嚇して追い払った。いわゆる「韓国レーダー照射事件」だが、これにより日韓の安全保障上の信頼関係は完全に崩壊したと言ってもいい。 どういうことかと言えば、まず、通常なら漂流する船舶は救難信号を出すはずなのに、北朝鮮の船舶は出していなかった。にもかかわらず、韓国はこの船舶の異常を知り、保護したのだから、北朝鮮からの依頼を受けたとしか考えられない。 しかも、救難活動は情報を公開し、各国が協力して行わなければならないのが国際法の常識なのに、日本の哨戒機を追い払って真相を隠蔽したのである。一説によれば、北朝鮮の要人が日本に亡命を図ったものの、船舶が途中で故障して漂流したところを北朝鮮の依頼を受けた韓国が、捕獲して真相を隠したまま北朝鮮に送還したとも言われている。 いずれにしても韓国は同盟国であるはずの日本に情報を伝えず、敵国であるはずの北朝鮮と通じていたのだ。しかも、韓国はその非を認めないばかりか真相を明かすことさえしなかった。防衛省が公開した韓国海軍駆逐艦による火器管制レーダー照射の映像=2018年12月、能登半島沖(防衛省提供) こうなれば在韓米軍の情報が韓国を通じて北朝鮮に漏れる事態も懸念される。米国は3月に予定されていた米韓大規模軍事演習を中止し、実動を伴わない米韓図上演習に切り替えた。米軍の実動部隊の情報が韓国を通じて北朝鮮に漏れることを懸念したのだ。 北朝鮮が第2回目の米韓図上演習を夏に挙行することについて非難し、短距離弾の発射を繰り返したが、そのとき、北朝鮮が公開した一部の写真に写っていたのは何と米国製の戦術ミサイルシステム「ATACMS」だ。 これは、韓国にも配備されており、流出経路は韓国からの公算が極めて高い。米国が韓国に事実関係の究明を求めたのは間違いない。説明に窮した韓国の答えがGSOMIAの破棄だったわけだ。 ここで興味深いのは、北朝鮮が米国製兵器を入手している事実を積極的に公表し、米国は、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮を一向に非難しない点であろう。トランプと金正恩が手を結んで文在寅政権を転覆させる? そんなストーリーの映画も、いずれ公開されるのではないだろうか。■韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■韓国人の反日感情はこうして増幅されていく■「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる

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    令和婚の小泉進次郎に舛添要一があえて贈る「祝言」

    舛添要一(元厚生労働大臣、前東京都知事) 8月7日、小泉進次郎衆院議員がフリーアナウンサーの滝川クリステルと首相官邸を訪れ、安倍晋三首相と菅義偉(よしひで)官房長官に結婚を報告した。滝川の妊娠も同時に発表された。 驚いたが、うれしいニュースである。私は早速、「ダブルでおめでとう。政界は、嫉妬、足の引っ張り合い、裏切りと魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)するところ、風当たりも強くなると思うが、健康に留意して乗り切ってほしい。滝クリ効果で、小泉議員の国際的活躍も広がる。人事では出世を焦らないことだ」とツイッター上で祝意を伝えた。 特に、進次郎氏は外交などの国際的な仕事をあまりしたことがないが、外国語にも堪能な夫人のサポートで世界に羽ばたく政治家に成長してほしいと思う。本当に良いカップルが生まれたことを祝福したい。 ただ、世襲でない議員たちは、親の地盤を引き継ぐ2世たちには分からない苦労がある。また、結婚しようが、新聞に1行も書かれない議員もいる。 そういう意味で、非主流派の議員から見れば、進次郎氏は恵まれているわけで、嫉妬の対象となりうるのである。その点を注意しないと、政治の世界では思わず足をすくわれることがあるので、あえて警告をしたのである。 本稿では、その警告と危惧について、もう少し詳しく書く。せっかく誕生したスターには大きく成長してもらいたいからである。安倍首相に結婚すると報告し、取材に応じる自民党の小泉進次郎衆院議員(左)とフリーアナウンサーの滝川クリステルさん=2019年8月7日午後、首相官邸 まずは「官邸での発表」という手法である。官邸で、芸能ネタには慣れていない政治部記者を相手に、ちゃっかりと結婚を国民に知らせたことにも「公私混同」という批判が集まっている。その批判も一理ある。 参院選後の臨時国会も閉幕し、広島「原爆の日」の翌日、しかも週刊誌がお盆休みで発刊されない時期である。そして、午後のワイドショーに間に合う時間帯、官邸からという「大本営発表」で権威づけるという、マスコミを熟知して、何から何まで計算し尽くした芝居である。「対談効果」も戦略に これまで一切マスコミには知られていなかっただけに、大きなサプライズとなって、このニュースは日本国中の話題となったのみならず、世界にまで発信された。 しかも、8月10日発売の『文藝春秋』9月号には、「菅義偉×小泉進次郎<初対談>令和の日本政治を語ろう」という対談記事まで掲載されている。そこには、進次郎氏の入閣を「良いと思う」とか、進次郎氏が「ポスト安倍」の有資格者であり、「早すぎるということはない」という菅氏の見解が示されている。雑誌は発売日より1〜2日前には中身が分かるので、対談効果も念頭に置いた戦略だとも言われている。 日本のマスコミは大フィーバーで、テレビ局はワイドショーなどで朝から晩まで、このニュースで持ちきりである。日韓関係悪化、米中貿易摩擦、米国の銃乱射事件、広島や長崎の原爆の日、北朝鮮の短距離ミサイル発射などのニュースが小さな扱いとなってしまった。 進次郎氏が問題というよりも、マスコミを含め大衆迎合型のポピュリズムに染まってしまった日本社会に危機感を覚える。前日の6日には、女子ゴルフの渋野日向子が全英女子オープンで優勝した話題で、日本全国が歓喜に包まれた。 これまた、テレビ局のワイドショーは横並びで特番である。夏休みで夏枯れの時期に、続けて二つのサプライズでネタが切れず、視聴率を稼げるとあっては、テレビ局は笑いが止まらなかったであろう。 そして、その祝賀ムードには逆らえない「空気の支配する」日本で、今がチャンスとばかりに巨悪が裏で何をやっているか分からない。まさに日本は太平天国である。喜ぶべきか、悲しむべきか。 国会議員と閣僚を経験した私には、進次郎氏は田中真紀子氏によく似ていると思っている。彼女が外務大臣だったとき、私は参院外交防衛委員会のメンバーとして委員会運営に苦労しただけに、その虚像と実像を間近に見てきた。自民党総裁選に立候補した小泉純一郎氏(右)のスーツに付いたほこりをとる、応援に駆けつけた田中真紀子議員=2001年4月20日 まず、両者の父親はともに自民党総裁、内閣総理大臣経験者であり、しかも戦後の日本政治を大きく動かした大物である。 サラブレッドであるから、それだけで世間の注目を集める。種牡馬に例えると、最近逝ったディープインパクトとキングカメハメハの仔のようなもので、血統書だけで何千万円もの値がつく。屈指の「演説上手」 そして、大衆を演説で動かすという能力は、田中角栄元首相も小泉純一郎元首相も群を抜いているが、真紀子氏も進次郎氏も父に似て、演説がうまい。人を引きつける漫談能力に長(た)けている。だから「人寄せパンダ」という。 私は政治家として、街頭演説を最大の集票手段として使い、演説能力には多少の自信はあったが、現役時代に自分が敵わないと思った演説上手は純一郎氏と真紀子氏だけである。進次郎氏については、まだ及第点はあげられないが、並の政治家よりもTPOを考えた演説はできていると思う。 問題は、演説の中身である。素晴らしい政策の発表があるわけでもないし、大衆受けする激烈な言葉とジョークを並べるだけで、中身がない。 国の根幹である外交防衛、財政政策、経済政策、憲法改正などについて、具体的にどのような政策を持ち合わせているのか分からない。何か言っているのだろうが、中身が空虚なので印象に残らない。 角栄氏には、列島改造論などの政策があり、純一郎氏にも構造改革や郵政民営化といった政策があった。一方、真紀子氏は外相ではあったが、どのように日本外交をかじ取りしたかは普通の日本人の記憶に残っていないし、そもそも彼女に外交政策があったのかどうかさえ疑わしい。進次郎氏に至っては、政策らしきものはまだない。 これから、あらゆる分野について政策をもっと勉強する必要がある。特に、宰相になるには、外交や安全保障について広範な知識が要る。日中国交正常化20周年で中国側の招待を受け、中国へ出発するため目白台の自宅を出る田中角栄元首相(右)と娘の田中真紀子氏=1992年8月27日 本もよく読んでほしい。自民党の石破茂元幹事長は「防衛オタク」と言われたが、農業などにも精通しているし、何よりも読書家である。耳学問だけではなく、さまざまな論者による本や論文を読むべきである。 経済などは、基本的な学識を身につけていないと、例えばアベノミクスについて擁護も反論もできない。最近の予算委員会の議論を聴いていると、勉強不足で知的水準の低い国会議員が多すぎる。特に若い議員がそうである。とにかく「お先にどうぞ」 もう一つ、「出世を焦るな」と言ったのは、嫉妬が渦巻く中で、同期の議員を差し置いて、自分が光の当たるポストに就くと、風当たりが強くなるからである。必要なのは、竹下登元首相が言った「汗は自分でかきましょう。手柄は他人(ひと)にあげましょう。そしてその場で忘れましょう」という態度だ。とにかく「お先にどうぞ」という姿勢が大事なのである。 2001年、私は学者を経て、52歳の時に参院議員になったが、年齢とは関係なく、1年生議員であることに変わりはなかった。そこで、自民党政務調査会の部会などに出席するときには、末席に座ることにした。もちろん政策の議論には積極的に参加したが、新人であることは忘れなかった。その態度を評価してくれたのが、野中広務元幹事長で、政治の要諦(ようてい)を教えていただくことができたのである。 進次郎氏は青年局長、農林部会長、筆頭副幹事長、厚生労働部会長などを歴任し、着実に自民党内での出世の階段を上っているが、政府に関しては内閣府大臣政務官の経験があるだけである。一気に大臣を狙うのではなく、まず副大臣を経験し、行政の経験を一歩一歩積んだほうがよい。 自民党政権が危機的状況にあるときには、人気取りのためにスター選手の抜擢(ばってき)人事もありうるが、今は安定政権で「安倍一強」である。下手に使われて失敗すると、二度と登板できないことになってしまう。 何といっても、まだ38歳の若さである。急ぐことはない。政策の勉強をして、どのような課題にも対応できる能力を養うことである。神奈川県横須賀市での自民党時局講演会で後継者の二男・進次郎氏を紹介する小泉純一郎元首相=2008年9月27日(鈴木健児撮影) また、野党とのパイプづくりも重要であり、その点では国会対策の仕事を経験しながら進めるとよい。これは、角栄氏がお手本になる。 さらには、官僚を使いこなすことができなければならない。そのためは各省の幹部官僚に「謙虚に教えを請う」という姿勢が肝要である。官僚の評価が低いと、要職はこなせない。 以上のような点で、成功しなかった例が真紀子氏なのである。演説上手以外は、父・角栄の持つ優れた政治家としての資質を継承しなかった。進次郎氏は、その轍(てつ)を踏んではならない。■ 「男を下げても天下取り」小泉進次郎よ、イメチェンは今しかない■ 小泉進次郎が「こども保険」にこだわるホントの理由はアレしかない■ 「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する

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    あいちトリエンナーレ「ガソリン事件」の笑うに笑えないハナシ

    清義明(フリーライター) あいちトリエンナーレの展示中止騒動がいまだ収まらない。 事の発端は、愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が問題になったからだ。その詳細については、すでにさまざまに報じられている通りで、ここでは触れないが、8月1日から始まった展示はわずか3日間で中止になり、その主管となる愛知県知事と名古屋市長の「表現の自由」をめぐる論争バトルまで始まっている。 「展示を撤去しなければ、ガソリン携行缶を持って行く」と、京都アニメーション放火犯を模倣するかのような脅迫まであったという。犯人は、威力業務妨害の容疑で8月7日に愛知県警により逮捕されている。 さらに同日には、この放火予告犯に続き、あいちトリエンナーレが開催されている、愛知芸術文化センターのエレベーターで「ガソリンだ」と言って、液体を警察官の足にかけたことで、男が公務執行妨害の疑いで逮捕された。 しかし、実を言うと、この逮捕された二人目の容疑者の事件は「表現の不自由展・その後」とはほとんど関係がない。むしろ、その騒動に巻き込まれて、本来ならば逮捕されるようなものではない微罪で逮捕されてしまったのである。 事実は小説より奇なり。ここに笑うに笑えない、報道された右翼的な妨害活動を思わせるものとは全くかけ離れた「反アート運動」が裏にあるのをご存じだろうか。それが、この二つ目の「ガゾリンだ」と言って警察官に液体をかけた男の事件の真相なのである。 世の中には「反アート運動」というものがあるのをご存じの方は少ないだろう。先にこれを説明しないと、この事件について理解することが難しいと思われるので、まずはこちらから説明していく。 本来、アートとは、もっと自由なものではなかったのか? アートと呼ばれるものが商業化し、資本主義のひとつの要素として「堕落」し、それがさらに国や地方公共団体と結びついて、その一部として体制側に機能してしまってはいないか。 このようなアートの自由を阻害するものから解放する対抗運動を「反アート」とか「超芸術」という名称で呼ぶ人もいるが、決まった名称はない。そして、その抵抗運動として、既存のアートを解放するためと称して、政府や地方公共団体と結びついた美術展やアートイベントに対抗したり、時に妨害とも言える活動を行う。これはヨーロッバでは特に珍しいものではない。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画「表現の不自由展」の展示に苦言を呈した河村たかし名古屋市長=2019年8月2日、名古屋市東区(海野慎介撮影) 「なごやトリエンナーレ」というアートイベントがある。先般から議論の的となっている「あいちトリエンナーレ」とは別のものだ。おそらく名古屋市民でも、このイベントについては、ほとんど知るものはいないだろう。イベントといっても、一部を除いてはゲリラ的に開催される。あいちトリエンナーレに対抗してネーミングされた、そのおふざけ感から、その正体は推測することもできるだろう。あいちトリエンナーレに対抗する「反アート運動」として開催されたのが「なごやトリエンナーレ」というゲリライベントなわけである。 そもそもこのような反アートの思想運動として企画された「なごやトリエンナーレ」に、慰安婦像や昭和天皇の肖像などというストレートに政治的なものに興味があるはずもなく、彼らに言わせれば、芸術をめぐる、もっと崇高で志の高いものが反アートの「なごやトリエンナーレ」というゲリラ運動だったのである。N国の候補者だった関係者 このような反アート運動は欧州のアナーキズム(無政府主義)運動やアウトノミア(自立)という左翼の社会運動との関連が非常に深いものだ。そういう意味で「なごやトリエンナーレ」も一種の政治・思想運動なのだが、さらに複雑なのは、この「なごやトリエンナーレ」の運動に連なる関係者には、アナーキズムを信奉する人もいれば、右翼の超国家主義(ファシズム)団体の人もいるし、LGBT(性的少数者)支援の人もいるし、アイヌの少数民族支援運動をしている人もいるということである。そういう意味でも、彼らが政治的な立場を度外視していることは明らかで、慰安婦像や昭和天皇の肖像についての取り扱い方になんらかの政治的な抗議をしたというものではないのは明らかだろう。 例えば、その関係者の一人に、今話題の「NHKから国民を守る党」から参院選の大阪選挙区で立候補した尾崎全紀氏がいる。 「まあ、なんというか逮捕されたのはうかつだったと思います。でも、彼自身はこの逮捕されたことによって、またアートとしての表現を拡張できたので、よかったとも思っているところもあるんじゃないですかね」 今回逮捕されたM氏と交友がある尾崎氏は、こう理解を示す。 M氏は、当初からこのあいちトリエンナーレならぬ「なごやトリエンナーレ」の立ち上げから主要メンバーとしてかかわってきたが、日常的に日本軍の軍服を着て闊歩(かっぽ)するような人であり、たしかに超国家主義団体には所属するので、天皇の肖像画が焼かれるというものに忸怩(じくじ)たる思いもあったかもしれないが、あくまでも目的はこの反アート運動としてあいちトリエンナーレに絡んでいくことだったのである。 ここまで背景を説明して、ようやく逮捕劇の真相を語ることができる。 まずは、この逮捕があった8月7日に先立ち、7月31日、愛知芸術文化センターの前で、「なごやトリエンナーレ」が行っていたゲリライベント「騒音の夕べ」が行われた。ワゴン車で施設前の路上に乗りつけ、大音量でノイズをまき散らすというパフォーマンスである。爆音ノイズだけではなく、グラフィックスアートのパフォーマンスもあった模様だ。それに使っていた絵の具が、美術館の敷地を汚したということで、職員からふき取るように注意された。確かに公道で行われた爆音イベントは「騒音」であり、それに絵の具までまいていたとなれば、職員にも注意されることだろう。もちろん、それは彼らからしてみれば、アートパフォーマンスであり、反体制のアート運動である。 さらに、床清掃をするように求められた(叱責された?)のを、あいちトリエンナーレの会場に入るためのチャンスだと思った「騒音の夕べ」のパフォーマーたちは、8月7日に清掃用具をもって、こちらも汚れていませんか? とばかりに、美術館内部に清掃作業を口実に乱入。床に持参したバケツで水をまくなどして、一種の妨害行動に出る。 そこで当然ながら警備とひともんちゃくがあり、その後に警察が呼ばれた。折しも、世の中では「表現の不自由展・その後」をめぐり、極めて政治的な意味での抗議が殺到し、その展示の中止が決まったばかりである。当然、会場は別の意味でピリピリしており、警察も通常の警察ではなく、思想・政治犯を担当する公安警察が来ていたともいう。 そこで彼らは乱入という手段によって反アートの思想を展開する。「あいちトリエンナーレの中の『表現の不自由展』のイベントは、その表現を弾圧するものも存在して初めて意味を持つのではないか。ならば、その弾圧をパフォーマンスとして私たちがやってあげようじゃないか」 一般の方々には非常に分かりにくいだろうが、これはいわば彼らの反アートな「ノリツッコミ」なのでもある。「あいちトリエンナーレ2019」実行委員会が展示の中止を決めた「平和の少女像」=2019年8月3日、名古屋市 さらにはこの理屈をさらに反転させて、自分たちが路上での爆音ノイズのゲリライベントができないのは、「表現の不自由」なのではないかとも主張した。 そしてその矛盾について説明せよと、芸術監督の津田大介氏を呼び出すように、あいちトリエンナーレ関係者に要求した。もちろん無理難題である。さらに、かつて津田氏がどういうわけかツイッターで彼らに向けて書いた「いろいろ連携していきましょう」という、どうみても社交辞令のツイートをプリントアウトして、それをあいちトリエンナーレのスタッフに提示して盾にし、「連携しましょうと言うからやってきた」とさらに要求をエスカレートさせていったのである。「逮捕事件」2番目の真相 もちろん批判が殺到して身辺の危険もささやかれている津田氏が、多忙の中でこれに応じるはずもなく、そのうちに警察からの退去命令が出るなどして現場は混乱。そして、その混乱のなかで、どういうわけかM氏は掃除用のバケツの水を警察にかけるという行為をしてしまった。さらにあろうことか、それが「ガソリンである」などというジョークを飛ばしてしまったのである。 この時、このバケツの中にあるものがガソリンではないというのは、そこに言わせたパフォーマー側も警察も警備も全員よく分かっているはずである。 だが、何度も繰り返すように、折しも本当にガソリン缶による脅迫が行われ、その容疑者が逮捕された当日でもある。厳戒態勢ともいえる、あいちトリエンナーレの実行委員会に対して、いくら大して害はないパフォーマンスの類いだとしても、それはやはり迷惑このうえないだろう。 ただでさえ、不審なものが入ってきて展示や関係者に危害を加えるようなことも、警察ともども警戒していたはずである。そうなると面倒なものは排除するのがよい。いわゆる微罪逮捕であり、公安警察の方々がよく使われる手口である。 「ガソリンだ」と言うのがジョークだと誰もが分かっていても、水をかけてしまえば公務執行妨害で逮捕できる。これがあいちトリエンナーレをめぐる2番目の「ガソリン」逮捕事件の真相である。 「現実が私たちのアートを乗り越えてしまった」 逮捕されたM氏とともに「なごやトリエンナーレ」の実行委員であるA氏はこう語る。 「私たちの前衛的なアートパフォーマンスが、現実に追いつかれて飲み込まれてしまった。表現の自由をテーマにしてその弾圧をひとつの芸術表現としようとしたのだが、さらにわれわれを上回る、本当の表現の自由の弾圧に飲み込まれてしまったということです」 A氏も悩んでいる。本当の脅迫事件が起きてアート展が政治的な妨害にあっているという現実に対して、彼らのパフォーマンスが完全に食われてしまっていること、そして、その政治的情勢下で、今後、この「ガソリン事件」で逮捕者が出たことをどのようにして彼ら自身のアートとして完結させることができるか。 それは、彼らが「アート」を粉砕する前に、日本中からの非難により、本当にアートが弾圧されてしまったからである。彼らは「アート」粉砕運動すらもアートとして完結させたかった。ところが、今の日本の「言論の自由」を批判する勢力はそれを先回りして、あいちトリエンナーレの展示会のひとつを粉砕してしまったのである。 そうして、ゾンビのパフォーマンスをしていたのが、ホンモノのゾンビが出てきて、恐怖におののいた人間に一緒くたにされてまとめてショットガンで殺されてしまうという、どこかで見たスプラッター映画のような展開と相成ったのである。 しかし、逮捕されたM氏は、このような心配を意に介さず、意気軒高(いきけんこう)である。彼が支援者に獄中から伝えたメッセージによると「私が起訴されれば、裁判所が『なごやトリエンナーレ』のメイン会場となるだろう」とのこと。裁判すらも「超芸術」として利用しようということだ。ここまでくると、あっぱれとしか言いようがないというのは、時節柄、不謹慎であろうか。「表現の不自由展・その後」実施団体の抗議声明を受け、記者の質問に答える「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏=2019年8月3日、名古屋市 今後の「なごやトリエンナーレ」について、前述のA氏は、あいちトリエンナーレに対する反アート闘争として今後も続けていくと語っている。ガソリン騒動の発端となった「騒音の夕べ」は次回の計画も進行中、さらには新しい企画として、地球の真の支配者と目されるヒト型爬虫類「レプティリアン」に対する排外ヘイトデモなども、実行委員会に持ち込まれているとのことだ。 彼らの反アート闘争と超芸術の試みは、これからも続いていくのだろう。【参考】8.2「表現の不自由展」粉砕行動声明文あまりに難解かつ長文であるため、本記事ではわかりやすく解説させていただきました。■「表現の不自由展」甘い蜜に付け込まれた津田大介の誤算■映画『主戦場』で語られなかった慰安婦問題の核心■大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン

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    日本のシンドラー、杉原千畝「美談」に隠された真実

    落合道夫(東京近代史研究所代表) 戦前、日本の外交官でリトアニア領事代理などを務めた杉原千畝が外務省に反対してユダヤ難民に通過査証(ビザ)を多数発行(乱発)して救い、日本政府に処罰されたという話は学校教材にも取り上げられている。また、この話はNHKでも報道されたほか、「日本のシンドラー」とうたった映画も製作されたので知っている人も多いだろう。最近では自治体までが杉原の顕彰事業に取り組んでいる。 しかし、この話はよく考えると不合理で後味が悪い。そもそも、ビザの乱発は可能なのだろうか。ビザは上陸地の日本で本省が管理する発行番号と照合するから不可能だ。また、事務方の杉原が殉教者とされ肝心のユダヤ人を保護した日本政府と日本軍が悪者になっているのはおかしい。 そこで調べて見ると、流布している「杉原美談」には、史実の歪曲や隠蔽(いんぺい)、偽造があり、杉原個人にも驚くような過去があることが分かった。そしてこの事件の調査ではもう一方の当事者であるイスラエルの研究者が以下のように重要な情報を提供している。 杉原のビザの給付は乱発ではなく外務省の許可を得ていた。彼はその後1944年、処罰どころか勲五等に叙せられ出世して何のリスクも負っておらず殉教者ではない。そもそもこの2年前には樋口季一郎陸軍中将、安江仙弘陸軍大佐、犬塚惟重海軍大佐が2万人に上る大規模なユダヤ人の救出に成功しており、1941年3月(対米戦の半年前)樋口中将と安江大佐は世界ユダヤ協会からゴールデンブック(恩人名鑑)に記載され、謝辞した犬塚大佐には感謝の銀のシガレットケースが贈られている。その一方、事務方の杉原は表彰されていない。 こうした史実があるにもかかわらず、これらが隠蔽され、杉原美談が独り歩きしているのは明らかにおかしい。そしてイスラエルの研究者からは杉原の戦前、戦後における異常に深いソ連との関係から、ソ連のスパイであった可能性が示唆されている。これは杉原を偉人と見てきた日本人には驚きだろう。もし本当なら、戦争中の日本の重大な外交通信は全部ソ連に筒抜けになっていたことになる。また、現代日本人が再度杉原を使った謀略にだまされていることになる。 ここで、ユダヤ人と日本との関係を説明しておきたい。ユダヤ人は旧約聖書によると紀元前13世紀ごろ、古代エジプトからパレスチナに移住してきた民族である。その後、紀元2世紀、ローマ帝国の支配に対し反乱を起こしたが敗北し世界に散逸した。混血により外見は金髪から黒髪までいろいろだが、彼らに共通する特徴として、ユダヤ教の堅持、現地権力への迎合と出世(象徴的なのは英国の宰相ディズレーリ)、そして矛盾するようだがイスラエル建国のシオニズム運動における強い民族的連帯が挙げられる。このうちユダヤ教文化の固守がキリスト教に嫌われ欧州各国で暴行、略奪、殺害などの民族迫害を受けてきた。 歴史上日本とユダヤの関係は明治から始まった。明治のお雇い外国人の多くがユダヤ系だったという。それは優秀だが、人種差別で出世できないので好待遇もあり日本に来たのである。日露戦争では、米国のユダヤ金融家のシフ氏が音頭を取って資金不足の日本の戦時外債を購入してくれた。『高橋是清自伝』にあるので若い人はぜひ読んでほしい。シフ氏の日本債権の購入動機は帝政ロシアが日本にてこずることにより、ロシアのユダヤ人弾圧が緩和されることを望んだという。シフ氏は戦後来日し明治天皇の昼食会に招かれている。このため日本軍部はユダヤ人に深く恩義を感じていたという。母校の愛知県立瑞陵高校にある「杉原千畝広場センポ・スギハラ・メモリアル」。右が杉原千畝の銅像=2018年10月、名古屋市 1917年にロシアで共産革命が起こると共産軍に対抗してウラジオストックに各国軍隊が集結した。日本軍参謀本部はユダヤ民族がロシアの共産党、反革命軍、諸外国の軍隊に広く分布していることに気付き専門家を任命し研究を始めた。それが安江大佐と犬塚大佐である。このとき、ロシア共産党の支配を逃れて約5千人のユダヤ人が満洲に逃亡し、極東ユダヤ人協会を設立した。1931年の満州事変で日本は全満洲を支配したが、ユダヤ人の保護は続けたのだ。ユダヤ難民を受け入れた「犬塚機関」 そして1933年、ドイツでヒトラーが政権を取ると、ユダヤ人迫害が始まった。ユダヤ系ドイツ人は海外脱出を望んだが、米英は長年の偏見で受け入れを拒否した。このため、ユダヤ人は当時唯一上陸可能な支那事変中の上海租界(外国人居留地)への移住を考えた。そこで彼らはベルリンとウィーンの日本領事館から日本通過ビザを取得し、欧州発シベリア鉄道でソ連ウラジオ港へ到達し、敦賀、神戸経由で上海到着を計画したのである。 しかし、1938年3月8日、幼児を含むユダヤ人旅客が満洲ソ連国境のオトポール駅に到着すると、突然ソ連国家保安委員会(KGB)に極寒の中、全員下車を命じられた。ソ連は彼らを近くのユダヤ人居留区に収容しようとしたという。しかし、ユダヤ人は、断固拒否し、満州国内の極東ユダヤ人協会経由で満洲国政府に通過の許可を嘆願した。これを樋口中将と安江大佐が上申し、東條英機関東軍参謀長が決裁したので満洲通過が許可された。 これによりユダヤ人は満州を南下し大連、敦賀、神戸経由で上海に到達することができた。樋口中将は欧州駐在経験から残酷なユダヤ人迫害の事情をよく知っていた。上海では日本海軍のユダヤ人問題対策機関「犬塚機関」(犬塚大佐が機関長)が専門にユダヤ人難民を受け入れ、支那事変の物資不足の中でユダヤ教会建設に貴重なセメントを提供し、生徒が帰国した日本人学校の空き校舎を貸与するなど支援した。ユダヤ人の多くは、日本海軍の管理する共同租界の虹口地区に多く住んだが、ほかにフランス租界、米英租界にも居住した。彼らは欧州と違い、収容所(ゲットー)が決められていなかったので自由に生活することができた。 なお、上海のナチスドイツの総領事はユダヤ系ドイツ人をB級ドイツ人と見なし、日本の管理で手間が省けるとして帰国を要求しなかった。また、イタリア船でもユダヤ難民が多数上陸してきた。 もっとも、戦時下の日本のユダヤ人救済は人道問題ではあるが、政治的な狙いがあった。それは米F・ルーズベルト政権の厳しい反日敵視政策の緩和だった。というのは、ルーズベルト政権にはユダヤ人高官が非常に多かったからである。財務長官のモルゲンソーは100%ユダヤ人、ハル国務長官は、母親と夫人がユダヤ人、そして政府の部長クラス以上のユダヤ系は250人以上に上ったという。そこで日本はユダヤ協会ルートで米政府の対日方針の緩和を狙ったのである。斎藤博駐米大使もルーズベルトの反日に万策尽き、ユダヤ人の助けを借りるしかないという考えだった。 しかし、上海のユダヤ人の努力は成功しなかった。それは、米国はキリスト教の国であり、ユダヤ人に対する強い反感があったからである。戦前米国の反ユダヤ団体は400組織、200万人に上り、自動車王フォードまで反ユダヤ雑誌「国際ユダヤ人」を発行していた。このためユダヤ系高官は保身のためルーズベルトの方針に従い外国のユダヤ人同胞の保護ができなかった。ルーズベルト元大統領 この悲惨な例として1939年のセントルイス号事件がある。これはドイツから船を仕立てて米国に逃げてきたユダヤ系ドイツ人を、ルーズベルトの命令でハル長官がニューヨーク港で追い返した事件である。この結果ユダヤ人船客はドイツに戻されナチスに処刑された。日本のユダヤ工作は失敗したが、敗戦まで上海や満洲におけるユダヤ人難民の保護は続けた。これは人道政策と言ってよいだろう。 そして同年9月、上海ユダヤ人協会は犬塚大佐に対し難民救済金が限界(月額27万ドル)に達したので、ビザの発行停止を要望し、日本外務省は了解した。このときまでの上海のユダヤ人人口は1万9千人に達していた。杉原の発行した1500通の十倍以上である。これは重要な数字である。同年12月、日本政府の最高決定機関である五相会議は、ユダヤ人の公平待遇を決定した。追い詰められていた日本にとって、米国の対日政策の緩和は最優先課題であった。処罰されなかった杉原 当時の情勢を時系列で確認しておくと、1939年9月のノモンハン事件講和直後、独ソのポーランド侵略と分割が発生した。独ソの秘密警察は、ポーランドのユダヤ人を迫害した。ユダヤ教の教会や学校を破壊し教師、生徒たちを捕らえ処刑した。このため神学生数百人が緩衝地帯であった隣国のリトアニアに逃亡し隠れた。 そして1940年7月26日、上海のブロードウェイマンションにあった犬塚機関事務所を上海ユダヤ人協会の会長が来訪した。彼は犬塚大佐にユダヤ教の伝統を守るためリトアニアの神学生をぜひ救いたいと伝え、日本通過ビザの再発行を嘆願した。 そこで犬塚大佐が黙考の後承諾すると、会長は感謝のあまり涙を流さんばかりに喜んだという。犬塚大佐が上海総領事経由で外務省に問い合わせたところすぐに許可された。この知らせが上海のユダヤ協会から現地に急報され、その結果ユダヤ人がリトアニアの日本領事館に押し寄せたのである。 7月28日朝、これを見て驚いた杉原は外務省に訓令を仰いだところ、外務省はすぐに発給を許可した。この訓令は日本の外務省に記録が残っている。そこで7月29日から、杉原はビザ給付を開始した。これはソ連のリトアニア占領により杉原が9月上旬に領事館を退去するまで続き、発行記録によれば約1500通のビザを給付している。 この結果、ユダヤ人は、今度は満洲を通らずソ連経由で日本の敦賀に上陸し、神戸経由で上海へ移住した。しかし、1941年6月22日の独ソ戦の勃発によりソ連経由の脱出は終わった。敗戦時の1945年には上海のユダヤ人口は2万5千人になっていた。第一次との差は6千人となる。このため杉原ビザにより6千人が助けられたという意見があるが、実態はソ連の満洲侵略を逃れて在満ユダヤ人5千人の相当数が上海に脱出していたと考えられる。 さらに、杉原はリトアニア退去後昇格し、1944年には勲五等に叙せられた。だからビザの給付で処罰などまったく受けていないことが分かる。 樋口中将については、終戦直後千島防衛司令官として来襲してきたソ連軍に大打撃を与えて撃退したため、戦後ソ連は連合国軍総司令部(GHQ)に戦犯として身柄引渡を要求した。しかし、GHQは拒否した。これをGHQ内のユダヤ系高官の保護とみる人もいる。在リトアニア領事代理だった杉原千畝の陶版肖像画 また、安江大佐は、ソ連軍の大連収容所で虐待され死亡した。1954年に東京の安江家をユダヤ人が訪ね、葬儀が未完と知ると青山斎場で平凡社社長を葬儀委員長として、盛大な葬儀を行った。 犬塚大佐は戦争末期フィリピンで警備司令官をしていたので戦犯容疑者として収監された。しかし、米軍裁判長と弁護士がユダヤ系と分かったため、上海時代米国ユダヤ協会から贈られた銀のシガレットケースの写真を提示すると、本国に照会し1週間で釈放された。なお、この記念のシガレットケースは犬塚きよ子夫人の寄贈により現在イスラエルの民族博物館に収蔵されている。杉原はソ連のスパイ? 一方、杉原夫妻は1944年、ブルガリアでソ連軍に逮捕された。しかし、杉原夫婦は異例にも2年で帰国し、杉原は1947年に外務省に復職している。ソ連のシベリア捕囚ではロシア語が話せるだけでスパイとされ懲役15年または25年を科せられており、虐待により強制収容所で多くの日本人が殺されている。杉原の満洲国外務部時代の上司の下村信貞氏も虐待され殺された。なお、戦後シベリア抑留から早期帰国したドイツ人やイタリア人、日本人の捕虜にはソ連に脅迫されて屈服したソ連スパイが多かったという。 1947年、GHQは外交機能喪失により外務省の職員700人を、杉原を含めて解雇した。杉原は正規の退職金、年金をもらっているから処罰による退職ではない。大体GHQ占領下でユダヤ人救済行為が罰せられるわけがない。 杉原はその後65~75歳までソ連KGB管理下のモスクワに単身赴任し日本商社の駐在所長を務めた。彼の元同僚によると、ユダヤ人救出の話は一切せず、口の堅い人だったという。 イスラエルの研究者によると、杉原は満洲時代セルゲイ・パブロビッチというロシア名を持ち10年間もロシア系の女性クラウディアと結婚していた。そして外務省に入る前に離婚しているため、幸子夫人は後妻である。 イスラエルの歴史学者、ベン=アミー・シロニー氏(勲二等瑞宝章受章)は杉原が戦前からのソ連のスパイであった可能性を示唆している。もしそうなら戦前のソ連側による異例の杉原のモスクワ日本大使館勤務拒否もあり得る。戦後の杉原はモスクワでソ連に監視されていた可能性がある。なおユダヤ人側としては、同胞が助かったことが重要なので、杉原がソ連のスパイであったかは関係がないという。 現代の日本では政府が杉原を顕彰しているが、それなら他の功労者、樋口中将、安江大佐、犬塚大佐も顕彰すべきだろう。最近の杉原の映画は日本と日本軍を誹謗中傷するものであり、まったく受け入れられない。 産経新聞に掲載された袴田茂樹新潟県立大教授の寄稿によると、かつての満洲とソ連の国境の駅であるオトポール駅にはなぜか直接関係のない杉原の展示館があり、オトポールという駅名を変える動きがあるという。樋口中将、安江大佐による第一次ユダヤ人救出の事績の隠蔽工作なのだろうか。戦時下のユダヤ人救出は国際的な史実なので日本政府はこの重要な歴史的事件の内容をイスラエル側の協力を得てはっきりさせることが必要だ。※参考資料・『黒幕はスターリンだった』(落合道夫著 ハート出版)・『ユダヤ人救済にあたった日本人』(犬塚きよ子著 学研)・『ユダヤ問題と日本の工作』(犬塚きよ子著 日本工業新聞社)・『六千人の命のビザ』(杉原幸子著)・『日本の強さの秘密』(ベン=アミー・シロニー著)■「日本を降伏させるな」米機密文書が暴いたスターリンの陰謀■ 理不尽すぎる南雲忠一「愚将論」を徹底論破する■「日米を戦わせよ」1920年のレーニン演説とスターリンの謀略

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    沖縄と秋田「落選の法則」が教えてくれた自民党に忍び寄る危機

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 参院選で、与党の自民・公明両党は改選・非改選合わせ、過半数を大幅に超える141議席を獲得した。憲法改正に積極的な日本維新の会の12議席と無所属の3議席を加えると161議席となり、改憲の発議に必要な3分の2(162)を割り込んだものの、安定的に政権を運営する議席を獲得した。 一方、沖縄県の自民党は厳しい状態を抜け出すことができない。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移転をめぐる問題で、2014年に自民を離党した翁長雄志前知事が誕生して以来、県政野党の立場が長く続いている。 昨年9月30日に行われた沖縄知事選でも、自民県連は宜野湾市長だった佐喜眞(さきま)淳氏を擁立して県政奪還を狙ったが、急逝した翁長氏の「遺言」で擁立された自由党幹事長の玉城デニー氏に敗れてしまった。翁長前知事の就任以来、県内の衆院選挙区で当選したのは4区の西銘恒三郎氏だけで、参院選は全敗している。 この結果から、沖縄県民は他の都道府県民と比べ、強い反米感情を持っている革新地盤に見えるが、本当にそうだろうか。実は、過去の首長選からは、必ずしもそうとはいえないことが分かる。 沖縄県内には11市あるが、翁長県政以降の市長選を見てみよう。石垣、沖縄、うるま、浦添、糸満、宮古島、宜野湾、名護の8市は自民系の候補が当選している。 日米同盟を重視する自民党もかなりの支持を得ていることが分かる。負けたのは、翁長前知事の地盤である那覇市と保守分裂選挙となった豊見城市、そしてわずか65票差で負けた南城市の3市だ。沖縄選挙区で落選が決まり、支持者らに頭を下げる安里繁信氏=2019年7月21日夜、那覇市 大ざっぱに見たとしても、個別の特殊事情を除けば、辺野古が争点にならない市町村長選での自民系は強く、争点外しのできない国政選挙では落選するという「法則」が見られる。では、この法則は基地アレルギーが強い沖縄だけの特殊事情なのだろうか。 しかし、先の参議選では、沖縄と類似した落選パターンが他の選挙区でも見られた。それが秋田選挙区だ。「負けパターン」最大の原因 秋田選挙区は自民候補が過去3連勝し、3年前の参院選でも、東北6県で自民が唯一勝利した選挙区だった。ところが、今回、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備問題が争点に急浮上したとたんに逆風が吹き荒れ、自民の現職候補は敗北を喫した。 争点こそ辺野古とイージス・アショアで異なるが、その負け方は沖縄県の選挙とそっくりなのだ。秋田では、野党が沖縄と同じく、統一候補を擁立していた。そんな中、防衛省の不手際が続いたこともあり、イージス・アショアの配備が争点として大きくクローズアップされた。そして、自民党候補が争点外しのため、配備への賛否を明確にしなかったのである。 要するに、沖縄と秋田が負けパターンに陥った最大の原因は、ひとえに有権者が政府の安全保障政策に理解を示さなかったことにある。そうであるなら、ここで立ち止まって考えなければならない。 そもそも、安全保障問題に関する有権者への説明責任は誰にあるのだろうか。果たして国政選挙の候補者なのか、それとも都道府県知事なのか。 いずれもNOである。それは安全保障政策の執行者、すなわち防衛省であるべきだ。究極的には防衛大臣、そして自衛隊の最高指揮官たる総理大臣ということになる。 では、防衛大臣はこれまで、沖縄でどのような説明をしていたのだろうか。防衛大臣が沖縄入りした際には、知事と面談して辺野古移設への理解を求めるケースが非常に多い。秋田選挙区で当選を決め、支持者と握手する野党統一候補の無所属新人寺田静氏(右)=2019年7月21日夜、秋田市 しかし、仮に知事が理解を示したとしても、有権者に何らかの説明があるわけではない。有権者が理解していないから、選挙になれば、マスコミの報道に大きく影響されてしまう。 今回の秋田選挙区でも、安倍晋三首相が現地に応援に入り、イージス・アショアの必要性を懸命に訴えた。しかし、それも時遅し。選挙戦がスタートしてからでは、難しい話をしても誰も聞くわけがないのである。自民党が野党に転落する 結局、秋田の結果から言えるのは「安全保障政策を推進する立場の自民党が、安全保障が争点になった選挙には極めて弱い」と明らかになった選挙だったのではないだろうか。 つまり、沖縄での選挙の連敗は沖縄の特殊事情で敗れたのではない。国防の「最前線」にある沖縄の選挙で、最大の争点が安全保障だったから負けたのである。 そう考えれば、全国どの選挙区でも、安全保障が最大の争点に浮上すれば、沖縄や秋田と同じように自民系候補が落選の憂き目を見る可能性が高くなるのではないだろうか。 これは、日本の未来にとって危惧すべき問題だ。もし、安全保障を取り巻く環境がさらに厳しくなり、国防力の強化が必要になった最も重要な時にこそ、自民党が野党に転落する可能性が高くなるとは言えまいか。 だが、このような状況を作り出した原因は自民党にある。長く政権与党の座にある間、国防の大半を米軍に依存し、自ら国防政策についての議論を深めることもなく、国民の国防教育も怠ってきたことにある。そうして、政治家は国防に関する説明能力を失い、国民は安全保障に関する理解能力が奪われたのだ。 今からでも遅くない、自民党はこの課題を克服するためにあらゆる手を打つべきだ。選挙が始まってから国防政策を説明したのでは意味がない。会談後、秋田県の佐竹敬久知事(右)に歩み寄り、改めて頭を下げる岩屋防衛相=2019年6月17日、秋田県庁 本来なら、大学に地政学や軍事学のコースを設置し専門家を育成し、国民の素養を向上させるべきだが、急にはそこまでは届かない。 まずは、自民党所属の政治家全ての安全保障知識の素養を上げるとともに、選挙運動の最前線に立つ党員に選挙運動で自民党政府の国防政策を一般の有権者に説明できるように育成すべきではないだろうか。国民の国防に対する理解力と政治家の説明能力の向上こそが、日本の国防力の基礎につながっていくはずである。■ 政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白■ 選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない■ 「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷

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    リブラ「世界通貨」の野心がフェイスブックを焼き尽くすかもしれない

    大井幸子(国際金融アナリスト) ビットコインやフィンテック-金融とITの融合によって、さまざまなイノベーション(技術革新)が続く。そして、フェイスブック(FB)が、新たな「暗号資産」リブラ(Libra)を発表した。だが、リブラの出現を先進7カ国(G7)諸国は歓迎するどころか、脅威と受け止めているようだ。 果たして、リブラは既存の金融システムへの挑戦なのか。本稿では、通貨の本質から問題のありかを解きほぐし、今後の課題を読み解いてみたい。 そもそも、通貨発行ほど素敵なビジネスはない。通貨発行権は「打ち出の小づち」である。 通常、通貨発行権は主権国家の中央銀行が持っている。通貨の信用性はその国の経済力や政治力、軍事力などを総合した「総勢力」で担保される。 FBは世界に27億人のユーザーを有し、リブラはSNS(会員制交流サイト)プラットホーム上でユーザー同士が取引できる「世界共通通貨」を目指す。 しかし、リブラはリアルな「法定通貨」ではない。それなのに「世界共通通貨」になれるのか。 米議会の公聴会の様子からしても、リブラはビットコインなどの暗号通貨とは扱いが違うようだ。暗号通貨は、分散化されたネットワークで管理者不在の自由な取引所で値付けされ、売買される。しかし、ビットコインでいくら儲けても、東京ではビットコインで支払いができる店が限られ、円に交換しないと買い物ができない。2019年7月、フランス・シャンティイで行われたG7財務相・中央銀行総裁会議で集合写真に納まる麻生財務相(前列右端)ら(AP=共同) このように、暗号通貨はバーチャルで私的な取引所で売買され、最も投機的な資産とみなされている。取引所は元締めが儲かる賭博場のようなものだ。FBが運用会社に? これに対して、リブラには実際の資産の裏付けがある。スイスのジュネーブに「リブラ協会」を置き、その信託会社には米ドルや主要通貨で資産が預けられ、資産は短期債などで運用される。 この信託財産は、いわば中央銀行の準備金のような存在で、リブラは国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)のような存在にも見えてくる。しかし、SDRが通貨として流通することはない。 金融面から見ると、リブラの保有者は、この信託資産に裏付けられた「信託受益権(ユニット・トラスト)」の保有者ともいえる。リブラ保有者同士が交換する場合の、価値の基準値は信託財産の価値が反映され、その意味で、この信託会社は運用会社にも見えてくる。そうであれば、運用の良しあしで資産価値は変動することになる。 それでは、FBは運用会社になってしまったのか。FBの収益モデルが変わったのだ。 FBの収益の源泉は広告収入のみで、収益の伸び率は2016年の54%から2018年には37%に減り、このままでは間もなく成長が止まる。そこで、「プロジェクト・リブラ」が始まった。 当初のプランでは、「FBクレジット」での支払いを可能にして、手数料収入を増やすつもりだった。しかし、このやり方では「世界共通通貨」の発行は不可能である。 通貨の重要な機能に「決済」がある。決済ビジネスは巨大な装置産業である。巨大IT企業GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)でさえ、グローバルなクレジットカード会社のシステムを一から構築するにはコストも時間もかかる。 しかも、決済機能は既存の銀行業務と連携しており、参入障壁は高い。そこで、FBクレジットもVISAやマスターカードと協力体制を築くことになった。米フェイスブックが計画するリブラのロゴと、仮想通貨を模した硬貨=2019年6月(ロイター=共同) 現に、Apple Payやアマゾンもまた、eコマース(電子商取引)をクレジットカードに連動させることでビジネス拡大を狙う。Apple Payは電子端末をスマートフォンやスマートウォッチに備えることでカードそのものを取り出して決済する手間を省き、利便性を追求している。データこそ「20世紀の石油」 GAFAは大量の個人の取引データを蓄積しており、同様に膨大な個人の信用データを蓄積しているクレジットカード会社と提携することで、両者はwin-winの関係を築こうとしている。具体的には、両者はクレジットカード会社が徴収する取引手数料とデータ共有による利益を分かち合うことになるだろう。 21世紀のデータは、20世紀の石油に匹敵する「富の源泉」である。油井を掘り当て、蓄積・精製し、ユーザーに届けられるまでの、アップストリームからダウンストリームまでの垂直統合を成し得た数社が寡占する状態になるだろう。すでに、米司法省はGAFAが反トラスト法(独占禁止法)に違反していないか調査に乗り出している。 さて、通貨には、富を生むマネーと生まないマネーがある。評論家の小室直樹氏は「通貨は経済の顔である。通貨は資本になって初めて意味がある」と名言を残した。 通貨は実体経済と結びついて、企業活動として活用され、つまりは資本として設備や人材に投資され、モノやサービスの価値を生み、経済成長を持続させて初めて、人々の生活を豊かにしてくれる。 その点からみれば、リブラがいくら世界中で交換され、取引されてもそれだけでは富を生むことはなさそうだ。なぜか? 資本主義的な生産体制に投資される資本になり得ていないからだ。 さらにいえば、通貨が資本として増殖されていかなければ、通貨の価値は持続性を失う。つまり、リアルな経済力の裏付けがなければ、その通貨の信認はやがて失われる。2019年4月、米サンノゼで基調講演するフェイスブックのザッカーバーグCEO(共同) 極端な例を言えば、ベネズエラのような経済が破綻した国家では、自国通貨の信認はなくなり、国民は国外から物資を調達するためにドルかビットコインで決済しなければならない。 以上の意味から、実体的な経済活動に直結しないリブラは極めてバーチャルな存在なのだ。「世界共通通貨」への道 リブラは今後、金融サービスにおける規制強化、個人情報管理における規制強化を、クリアしていかなければ「世界共通通貨」の道はない。 まず、既存の金融当局はグローバルなリブラ取引をどう管理・規制するのか。特に、銀行口座のない人同士の送金機能に関して、銀行や当局は脱税や資金洗浄といった犯罪に利用されるという理由から、リブラへの規制強化に乗り出す。 もう一点、金融ビジネスの面から見て、クレジットカード機能はリブラ保有者の信用リスクをどう判断するのか。リスクに対応するための貸倒引当金、保険料率など加味すれば、手数料はどの程度軽減され、ユーザーフレンドリーになるのか。 そして、最大の課題は、政治や安全保障に密接に関わる。2016年のブレグジット(EU離脱)と米大統領選挙において、英国のケンブリッジ・アナリティカ(CA)社がFBユーザー8700万人の個人情報に不正アクセスし、世論操作を行ったことが、米司法省によるロシア疑惑問題の捜査を通して明らかになった。CA社は、表向きは「選挙コンサルティング会社」だが、クオンツ系巨大ヘッジファンド創設者が資本を提供し、トランプ大統領の元側近、スティーブン・バノン前米首席戦略官も社員に抱えていた。 CA社は心理戦の軍事技術をマスデータに取り入れ、トランプ勝利のために、ビッグデータの集積、データマイニング(知識採掘)などの革新的技術を政治利用し、個人を狙い撃ちする「マイクロ・ターゲティング」を実施した。具体的にはフェイクニュースの拡散を含む情報操作を行い、相当の効果を実証した。 モラー特別検察官による捜査の過程で、CA社は姿を消した。しかし、CAの手法はさらに磨きをかけて受け継がれている。具体的には個人情報のハッキングや、悪質なフェイクニュース拡散、世論操作やプロパガンダの手口は、ポピュリズムの増長を助けている。 その上に「世界共通通貨」リブラがマネーの新たな経路を提供することになれば、個人の政治信条や経済活動といった全てのプライバシーが丸裸にされて、ある特定の政治目的を持つグループによって集められた個人情報が加工され、操作される。加えて、国家間の外交機密の漏洩(ろうえい)や偶発的な軍事衝突、国庫からの資産の略奪といったさまざまな安全保障上の脅威に発展する可能性もある。2019年7月、米議会で証言するフェイスブックのリブラ事業の責任者マーカス氏(ゲッティ=共同) つい先日、FBのCA社をめぐる個人情報漏洩に関して、米連邦取引委員会(FTC)はFBに50億ドル(5400億円)という巨額の制裁金を科した。今後FBに対する信認が揺らぎ、リブラのビジネスモデルが実現しなければ、FBそのものの存続すら危ぶまれるのではないか。■ 「過激ユーチューバー」を抑えつけるカラクリ■ 日本人好みの「間接自慢」進化系、それがインスタ女子である■ 剛力彩芽はきっとZOZO前澤友作氏を踏み台にする

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    元SMAP圧力報道で表沙汰、芸能界「暗黙のルール」は必要悪か

    山岸純(弁護士) 元SMAPの香取慎吾さん、草彅剛さん、稲垣吾郎さんの3人をテレビなどに出演させないよう圧力をかけた疑いがあるとして、公正取引委員会がジャニーズ事務所に注意したと報道されました。 公取委とは、平たく言えば、世の中の不公正な取引や市場の独占などを監視し、法的な強制力をもってそのような違反行為を止めさせたり、違反者に対し課徴金の支払いなどの不利益を課したりする、独占禁止法などを司る組織です。 もっとも、今回の「注意」について言えば、ジャニーズ事務所が何らかの不利益を被ることはありません。 この「注意」とは、独占禁止法などに「違反する行為」に関する証拠はないが、「違反する行為」そのものではないにしても、「違反につながる行為」が行われているようなときに、未然防止の観点からなされます。 今回の件で言えば、「ジャニーズ事務所が民放テレビ局に対し、元SMAP3人を番組に出演させないよう圧力をかけた(疑惑)」ことは、独占禁止法が禁止する不公正な取引(排他条件付取引など)そのものではないし、これらを立証するための証拠も不十分だったが、これらの違反行為につながるおそれがあったため、「注意」がなされたわけです。 さて、今回、民放テレビ局のほとんどが、「ジャニーズ事務所が民放テレビ局に対し、元SMAP3人を番組に出演させないよう圧力をかけた疑惑」について詳細な報道を避け、NHKのみが詳しく取り上げたとのことです。2018年7月、パラスポーツ支援のためチャリティーソングの売上金を寄付した元SMAPの(後列左から)香取慎吾、稲垣吾郎、草彅剛ら=東京都港区 これは、NHKというテレビ局が「受信料」という金銭で成り立っていることと、民放テレビ局が「スポンサー料」という金銭で成り立っていることの違いではないかと考えます。スポンサーにはジャニーズ「様様」 民放テレビ局はテレビ番組のスポンサー企業が嫌がることを絶対にしません。番組の中では、スポンサー企業のライバルの商品やサービスは扱いませんし、スポンサー企業の意に反するテレビ番組はご法度です。 また、番組に出演している芸能人やCMに活用している芸能人が不祥事を起こした場合には、その番組やCMのスポンサー企業のイメージも傷ついてしまいます。そのため、テレビ局側や芸能事務所側には不祥事を起こした場合の多額の違約金が予定されています。 要するに、民放テレビ局はスポンサー企業の意向には逆らえないわけです。とりわけ、このスポンサー企業に対するジャニーズ事務所の影響力が半端ではないということです。 なぜなら、ジャニーズ事務所所属のタレントが出演しているCMの好感度やCM商品の購買力は相当高いでしょうし、また、ジャニーズ事務所所属のタレントが出演しているテレビ番組の視聴率も高いわけですから、スポンサー企業にとってジャニーズ事務所「様様」であり、このような「ジャニーズ事務所を大切にしているスポンサー企業」に民放テレビ局は逆らえません。 したがって、「ジャニーズ事務所を大切にしているスポンサー企業」の意向に逆らうかのような報道はできないということです。ジャニーズ事務所=2019年7月17日夜、東京都港区 最近ではジャニーズだけでなく、芸能人と事務所の契約問題が取りざたされています。「事務所を辞めたら数年間干される」という慣習への批判も散見されますが、個人的に思うところがあります。一人前までにはカネがかかる そもそも、ジャニーズに限らず、歌唱力や演技力、人を笑わせる能力といった「自らの芸能を商品として稼ぐ方々」、すなわち「芸能人」と呼ばれる方々と、彼らをマネジメントする、いわゆる「芸能事務所」という団体との間では、(1) 芸能事務所が芸能人に対し、テレビに出演したり、コンサートで歌ったりするタレント業務を依頼し、その対価として報酬を支払う(2) 他方で、芸能人は芸能事務所に対し、自らの芸能の育成やマネジメントを依頼するといったことを内容とする双方向的な依頼関係があります。これらが、よく世間で「タレント・マネジメント契約」「専属契約」と呼ばれているものです。 この種類の契約では、芸能人は芸能事務所から「今度、こういうコンサートで歌ってください」「このドラマに出演してください」という依頼はありますが、「こういうふうに歌ってください」「こういう演技をしてください」といった指揮命令を受けることはありません。 なぜなら、芸能人は「芸能」という自らの能力で商売をしているわけですから、歌手でいえば「歌い方」、俳優でいえば「役づくり」に対し、いちいち指示を受けることは本末転倒だからです。 もっとも、ジャニーズに限らず、スカウトやオーディションによって芸能事務所に所属したばかりの芸能人の「タマゴ」たちは、ろくに歌も歌えませんし、ダンスや役作りもできません。 そこで、芸能事務所は1人、または1組の芸能人を世に売り出すまで、お金をかけて歌い方やダンスを教え、演技を指導し、そして、一定のコンセプトをもってメンバーを選定した上でテレビや雑誌などに営業活動を行い、彼らの知名度を上げていくといった「事前の投資」を行います。相当のお金がかかることでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) そのため、芸能事務所としては、カネをかけて育てた芸能人をもって投下資本の回収を図らなければなりません。しかし、ここに至って「自分たちは十分に育ててもらいました。『売れた』ので独立します。あとは自分たちでやります」というのは、例えば、「一般企業において、仕事のやり方を覚えたので独立します」という場合と異なり、相当程度、制約されなければならないと考えるべきでしょう。 というわけで、芸能界という特殊性に鑑みれば、独立後数年間は「干される」のも、芸能界という世界に内在する自己防衛システムとして、一定程度は許容してあげても良いと思います。■ 元SMAP「新しい地図」が開けたアイドルの風穴■ モデル西山茉希「13年間の奴隷契約」に通じるヤクザな慣習■ 元SMAPメンバーは「労働者」と言えるのか

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    トランプと金正恩が電撃会談で仕掛けた「天敵封じ」

    重村智計(東京通信大教授) 米国のトランプ大統領は6月30日、北朝鮮の領土に入り、出迎えた金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長をホワイトハウスに招待した。一方、金委員長はことし9月の米ニューヨークでの国連総会に出席し、演説で「非核化」を宣言し、ホワイトハウスを訪問する検討を始めた。 気をつけておきたいのは、米朝首脳の再会で核問題が直ちに解決するわけではない。むしろ最大の成果は、非核化に向けての強大な抵抗勢力が「朝鮮人民軍」であるとの認識を共有した事実にある。だから、両首脳は人民軍を説得しようと「敵対から平和へ」を強調した。 金委員長の発言は、これまでの立場では考えられない内容だ。会談冒頭で「敵対関係だった両国がこのように平和の握手をすること自体、昨日までと変わった今日を表現している」と述べ、「敵対関係」の終わりを強調した。 明らかに朝鮮人民軍を意識した発言だ。かつて北朝鮮攻撃を口にしたトランプ大統領の行動を「並々ならぬ勇断」と表現した。異例の言及にほかならない。 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は首脳会談5日前の6月25日、米国を「米帝国主義」と攻撃したうえで、「いかなる戦争にも対処できる」と警告した。ところが、同日の政府機関紙、民主朝鮮は「米帝」の表現を使わずに「米国」と表現した。 これは、北朝鮮内部の対立と不安定さを示唆している。北朝鮮では、昨年6月の首脳会談以後「米帝」の表現を使っていなかった。板門店での米朝首脳会談を伝える2019年7月1日付の韓国主要各紙(共同) 「米帝」批判の復活は、軍部の不満と反発の強さを明らかにしている。iRONNAでも述べた通り、金委員長は2月の米朝首脳会談の失敗や米スパイ狩りの影響で、国内でかなり追い詰められていた。 人民軍幹部や若手将校は非核化に同意せず、「『核を最後まで放棄しない』との金正日(キム・ジョンイル)将軍の遺訓に反している」と抵抗している。軍部が米国を「米帝国主義」と表現しているのも、この表れだ。北朝鮮、唯一の「世論」 つまり、トランプ大統領の「呼びかけ」は、窮地の金委員長を救う行動だったのである。会談翌日、労働新聞は一面全面を使い、「歴史的な会談、トランプ米合衆国大統領」との見出しを掲げて米朝首脳会談を伝えた。 それだけではなく、「両首脳の大勇断は、敵対国家として反目した両国に前例のない信頼を創出した」と称賛したのである。異例の表現だ。 労働新聞の記事が、「抵抗勢力」である人民軍を対象に書かれたのは明らかだ。北朝鮮の「世論」というものは軍部にしか無いからだ。 そもそも、北朝鮮がこれほど手放しで米国の大統領を持ち上げたことはない。米大統領は帝国主義の頭目であり、北朝鮮を攻撃するかもしれない最大の敵であったからだ。 トランプ大統領も「金委員長に感謝したい。あなたのおかげで、互いによく知り合えた。すぐにもホワイトハウスに招待したい」「かつては、ここで大きな戦争があった。今は正反対(平和)だ。私の名誉であり、委員長の名誉だ」と金委員長をたたえた。人民軍を意識して持ち上げたのは明らかだ。 米大統領の板門店(パンムンジョム)訪問は、間違いなく歴史を変えた。まず、米朝両首脳の再会が、大阪の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)中に投稿されたツイッターを通じて実現した事実だ。新聞やテレビ報道でも、外交官のやり取りでもなく、首脳間のSNS(会員制交流サイト)交信で実現したのである。 この事実は、報道と外交に革命的な変化をもたらした。両首脳は、今後もSNSを通じて意見を交換できるだろう。 トランプ大統領の行動は、金委員長と北朝鮮軍部の「メンツ」を守った。朝鮮半島における最大の価値観の一つが「メンツ」だ。彼らはメンツを汚されると怒り、命をかけるほどのけんかになる。2018年9月、国連総会で演説するトランプ米大統領=ニューヨーク(ロイター=共同) 北朝鮮は公式に、韓国が自国の領土であるとの「フィクション」を維持している。ただ、現実は米帝国主義が支える傀儡(かいらい)政権が実効支配している、と解釈している。北朝鮮のフィクションからすれば、歴代米大統領は北朝鮮の「メンツ」を無視し、韓国を訪問してきたわけだ。金正恩が描く「シナリオ」 だが、トランプ氏は、板門店の南北軍事境界線を越えて北朝鮮領に入り、指導者への「入国」のあいさつという仁義を切った最初の米大統領だ。しかも、その際に韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を同行させなかった。これは、北朝鮮の指導者と軍部を満足させる行動だった。 もちろん先述の通り、これだけで核問題が解決するわけではない。金委員長が「非核化」でどこまで譲歩するかは、明らかでない。G20直前に平壌(ピョンヤン)で実現した中朝首脳会談では「十数年内の完全非核化」で合意したと、北朝鮮高官は明らかにする。 北朝鮮の高官によると、金委員長が数年前から「国連総会で演説し、制裁を解除させる」との意向を側近に明らかにしていた。トランプ大統領は、これを知ってホワイトハウスに招待したのだ。来年の大統領選での再選を果たすため、金委員長をホワイトハウスに招いて会談すれば、大きな成果を誇示できるわけだ。 金委員長が描くのは、9月の国連総会の時期に訪米し、総会と安保理で演説し「非核化を宣言して、制裁解除を求める」とのシナリオだ。米政府関係者によると、金委員長は国連総会出席の検討を指示したという。 一方、トランプ大統領のもう一つの狙いはノーベル平和賞だ。板門店では、米朝首脳再会のテレビ演出に文大統領を同行させず、首脳会談にも参加させなかった。あいさつを許しただけで、文大統領を徹底して「排除」した。 これは、同じようにノーベル平和賞を狙う文大統領の追い落としを狙った行動だ。文大統領は6月にスウェーデンとノルウェーを訪問したが、実はノーベル平和賞受賞を働きかけるためであった。トランプ大統領もノーベル平和賞候補に推薦されており、文大統領に受賞させるわけにいかないのである。2019年4月、施政演説を行う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同) ホワイトハウスでトランプ大統領と金委員長の会談が実現することになれば、国際法上で米朝国交正常化への準備段階を意味する。トランプ大統領は大統領選を見据えて、2年連続のホワイトハウス会談を計画しているだろう。その際に「非核化」と米朝国交正常化で合意して、北朝鮮の軍部を抑え込む作戦だ。 金委員長の訪米とホワイトハウスでの会談が実現すれば、来夏の東京五輪への参席も可能になる。五輪期間ごろには、日朝首脳会談が実現し、拉致問題解決と日朝・米朝同時国交正常化への動きも見えてくるだろう。■ 金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」■ 反安倍メディアに騙されるな!日朝会談「無条件」は方針転換ではない■ 金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

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    PayPayを他山の石にできなかった7payの「脆弱性」

    佐野正弘(ITライター) セブン&アイ・ホールディングスが7月より提供を開始したスマートフォン決済サービス「7pay(セブンペイ)」が、サービス開始当初からセキュリティーに大きな問題を抱えていたことで不正利用が相次ぎ、3日間で900人、合計約5500万円の被害に遭ったことが分かり、メディアで大きく報じられている。不正利用による逮捕者も出たことで、非常に深刻な事態を生み出していることが分かる。 だが、問題はそれだけにとどまらない。7月4日に7payの運営会社であるセブン・ペイが実施した記者会見で、同社の小林強社長が、記者から「2段階認証」を導入していない理由について問われた際、2段階認証そのものを知らない様子を見せたことが、大きな驚きをもたらした。 2段階認証とは、要するにインターネットサービスでよく用いられているIDとパスワードによる認証に加え、もう一つ別の手段を用いて認証するというものだ。 IDとパスワードが盗まれても、不正利用されないように、ID・パスワードとは別の方法で認証する仕組みが用いられることが一般的だ。携帯電話のショートメッセージ(SMS)に送信したコードを入力してもらう方法と聞けば、実際に使った人もいるかもしれない。 最近では、7payと同じスマートフォン決済サービスをはじめ、多くのインターネットサービスがセキュリティー向上のため2段階認証を用いているが、7payには導入されていなかった。 つまり、2段階認証を導入していなかったため、犯人側が何らかの手段でIDとパスワードを入手するだけで、容易にサービス利用ができてしまう状態だった。まだ明確には判明していないようだが、不正利用の原因の一つになったのではないかといわれている。 そうしたことから、記者会見で先述の質問が出たのも当然だ。ところが、セキュリティーが強く求められる決済サービスを提供する企業のトップが、そうしたインターネットセキュリティーの基本というべき要素を知らない様子を見せてしまったのである。セブン・ペイ側の認識の甘さを示すとともに、批判が一層高まる要因になったといえるだろう。記者会見するセブン・ペイの小林強社長(中央)ら=2019年7月4日 7payはその後、サービスの新規会員登録や料金のチャージを停止し、セキュリティー向上のためのシステム改善を実施しているとみられる。だが、今回の「7pay問題」は、大きく二つの問題を露呈したといえる。まず、先の会見で示されたように、サービスを提供する事業者側のセキュリティー、ひいてはITやテクノロジーに対する意識の低さや、認識の甘さである。もう一つ浮上した問題 先の会見では、セブン・ペイ側が実施したテストでは、セキュリティーの問題が見つかっていなかったと明らかにしている。だが、仮に現場レベルで2段階認証のような問題に気づいていたとしても、実際にサービスを提供する企業の側が「2段階認証が重要」という意識を持っていなければ、そもそもテストにチェック項目として盛り込まれることはないだろう。むしろ、サービス提供を早めるため、そうした要素をカットするよう要請してくるかもしれない。 7payのシステムも、セブン・ペイ自身で開発している訳ではなく、外部の企業に発注して開発されているものと考えられる。それゆえ、発注するセブン・ペイ側に、テクノロジーに関する十分な知識を持つ人がいなければ、自社のビジネスを優先してそうした判断をすることも十分起こり得る訳だ。 だが、現在では、国内向けのサービスであっても海外から不正利用されるケースも増えており、セキュリティーへの対処が従来よりも高レベルで求められている。実際、今回の7payに関しても、不正利用の大部分が海外からのアクセスであったことが明らかにされている。さらには、一連の問題で中国人が逮捕されたことなどから、中国を拠点とする犯罪組織が関わっている可能性が疑われている状況だ。 スマートフォンやインターネット技術の活用は今後、多くの企業にとって一層欠かせないものになる。それだけに、対応するサービスを開発し、安心・安全を実現する上で、テクノロジーに詳しい知識を持つ人材が一層重要になってくるはずだ。 だが、今回の事件はある意味、日本企業のテクノロジーに対する重要性の認識の乏しさを露呈したともいえる。テクノロジーの重要性を理解し、自ら知識を持たないのであれば、外部から詳しい知識を持つ人間を連れてくるなど、多くの対策を採る必要があるだろう。 そしてもう一つ浮上した問題とは、スマートフォンを活用した決済サービスに対する信頼を大きく損なったことである。「7pay」をPRするセブンーイレブン・ジャパンの永松文彦社長=2019年7月1日 ここ1、2年のうちに、中国で人気となった2次元バーコード「QRコード」を活用したスマートフォン決済サービスに参入する企業が相次いでいる。2019年にも、7payをはじめとして、ゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」やKDDIの「au PAY」、メルカリの「メルペイ」など、大手企業がこぞってQRコード決済に参入。連日のように大規模な顧客還元キャンペーンを実施し、大きな話題を振りまいている。 なぜ、これほどまでに、各社がQRコード決済にこぞって参入しているのだろうか。何よりもまず、日本政府がキャッシュレス決済を推進しており、そこに多くの企業がビジネス機会を見いだしたためだろう。そしてもう一つは「データ」活用だ。必死の「囲い込み」 QRコード決済を提供する事業者は、自社の決済を利用してもらうことにより、いつ、どこで、どんな人が、何を買ったのかという情報を取得できるようになる。取得の際には、もちろんプライバシーへの配慮は必須だ。 そうしたデータを多数集積し、人工知能(AI)技術などを活用して分析することで、企業のマーケティング活動に使ってもらったり、個人ローンなどの信用情報に活用したりする。こうした新たなビジネスを開拓することがサービス提供事業者の大きな目的となっている訳だ。 セブン&アイ・ホールディングスは元々電子マネーサービスの「nanaco(ナナコ)」を提供していた。それでも、あえて7payを導入したのには、そうした顧客の購買データを用いた一層密なマーケティングをしたかったがためといえる。 だが、データをビジネスに生かすには、膨大な量のデータを収集する必要がある。それゆえ、各社ともサービス提供開始を急ぎ、開始直後に大規模キャンペーンを打つことで、顧客の囲い込みに必死になっているわけだ。 しかしながら、サービス提供を急ぐあまり、セキュリティー問題が生じて不正利用が多発したケースは、7payだけではない。ソフトバンク系の「PayPay(ペイペイ)」も、2018年末の大規模キャンペーンをきっかけとして、セキュリティー上のいくつかの問題から不正利用が多発し、大きな問題として取り沙汰されるに至っている。 それにもかかわらず、7payで再び大規模な不正利用が起こってしまったのである。このような状況では、やはり自社のビジネスを優先し、サービス提供と顧客獲得を急ぐあまり、「セキュリティーをおろそかにした」と消費者に捉えられてもおかしくない。そして、そうしたトラブルが起きるにつれ、QRコード決済全体への信頼が大きく揺らぐことにもつながってくる。2018年12月からスタートした「ペイペイ(PayPay)」だったが、20%還元キャンペーンの影響で決済が集中してサービスが一時停止したり、不正利用が多発した(早坂洋祐撮影) 日本は現金決済への信頼が非常に強い国であり、それがキャッシュレス決済の普及を阻む大きな要因と言われている。そのキャッシュレス決済を普及するための切り札として注目されたQRコード決済で、こうしたトラブルが相次げばキャッシュレス決済の普及を一層遅らせることにもなりかねない。 キャンペーン競争の過熱が続くQRコード決済だが、むしろ今後は信頼を高めるための取り組みが強く求められることとなりそうだ。■ 「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■ 日本式コンビニの未来には絶対に譲れないギリギリの「生命線」■ くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果

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    僕だけが知っている「帝王」ジャニーさんの素顔

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント、作家) ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長がこの世を去った。救急搬送されたニュースが流れてから3週間、僕の脳裏には、ジャニーさんと出会ったころの思い出が走馬灯のようによみがえっていた。 87歳という年齢に加え、重い病状だっただけに覚悟はできていたが、もし神が願いを叶えてくれるのなら、せめてあと1年少々でいいから、ジャニーさんの寿命を延ばしてもらえないかと祈り続けた。そう、ジャニーさんは2020年東京オリンピック・パラリンピックを自身の集大成にする強い思いがあったからだ。 僕とジャニーさんとの出会いは、およそ40年前、僕が夢見る中学生のときだった。ある日の深夜、父親から「ジャニーって人から電話だ」と言われ驚いた。「ジャニーだけど」。受話器の向こうから怪しげなオジサンの声がした。ジャニーズ事務所? 僕は数カ月前、ジャニーズ事務所に「履歴書」を送っていたのだ。その返事だと直感したが、まさか本人から電話があるなど想像もしていなかっただけに、動揺が隠せなかった。これがジャニーさんと初めて繋がった瞬間だった。 ジャニーズ事務所に送った僕の4枚の写真とプロフィルは、約3カ月経ってジャニーさんの手に渡り、その写真を見ながら電話をしてくれたのだが、中には応募してから2年後に連絡が来るケースもあり、僕の場合はかなり早かったようだ。 ジャニーさんは電話で「いま写真を見たよ、今度の日曜日遊びに来れるかい?」とフレンドリーだった。僕は緊張して「はいっ!」と元気よく返事をしてアピールしたつもりだったが、十数年後に聞いた話では「最初の電話のとき、ユー(YOU)はかったるそうにハイ~ハイ~しか言わなかったね。ユーは僕との電話のときいつもダルそうにするんだよ」と言われてしまった。そんな細かいことまで覚えてくれているのがジャニーさんならではだ。 そもそもジャニーズ内では「ジャニ電」と言われ、ジャニーさんからの「直電」は非常に貴重とされている。通常はハガキか封書で「オーディションの案内」が届くことになっており、直電はめったにない。そんな中で「ユーは3万人の中から選んだ一人だよ」と持ち上げられ、うれしかった。自分で言うのもどうかと思うが、ジャニーさんにかなり気に入られていたようだ。ただ、僕が入って2年くらいすると、中村繁之や大沢樹生(元光GENJI)といった次のお気に入りが続々登場し「ジャニーさんの膝の上」というポジションは奪われてしまったが(笑)。ちなみに「ジャニ電」は、僕がつくったジャニーズ内用語で、今も使われているらしい。 僕の人生における自慢はもう一つ。ジャニーズ事務所での「4人暮らし」だ。メンバーと言えば、ジャニーさんと田原俊彦(トシちゃん)、近藤真彦(マッチ)、そして僕だ。なかなかすごいメンバーだ、僕以外は(笑)。当時、ジャニーさんの住居でもあった東京・原宿の合宿所にはトシちゃんとマッチの大きな部屋があって、少し狭い部屋には川崎麻世もいた。ジャニー喜多川さん(イラスト・不思議三十郎) 食事はほとんどジャニーさんが用意してくれて、毎晩のように4人で食事をしていた。ジャニーさんは突然「ユー、お腹すかない?」と、深夜にラーメンを食べに行くことも多かった。よく行ったのが、ジャニーズタレントの間で有名だった「とらの子ラーメン」(当時は麻布)だ。「たくさん食べな」と言って自分のラーメンを僕たちにくれるほどだった。また、大量の弁当やハンバーガーを買ってくることもよくあり、食べきれないときは、「食べにおいでよ」と、知り合いに電話をかけるなど、常に気遣いをする人だった。「森進一」生みの親 そんなジャニーさんには、食事だけでなくテレビ局や撮影所のほか、コンサートや映画にも連れて行ってもらった。ジャニーさんと2人で移動することも多かったが、ときには6人7人も乗ってドライブしたこともあり、一度警察に注意されたことがある。当時ジャニーさんの車はクラウンで、ベンチシートのコラム式という前後3人ずつ座る6人乗りのセダン。最近ではあまり見られないがタクシーによく使われているタイプだ。 ジャニーさんは警察に堂々と「7人乗りです!」と言い切っていたのをおぼえている。当然、警察は納得しないが、「僕(ジャニーさん)から見たら6人だ」とわけの分からない持論で説き伏せていたのが印象的で、今になって思えば面白すぎる深夜のドライブだった。 このように、一時期、僕はジュニア(CDデビュー前の所属タレント)の中でも、ジャニーさんと2人で出かけることが群を抜いて多かった。だからこそ思い出も多く、ジャニーさんのビジネスを傍らでよく見せてもらった。 特に「歌謡祭」の出場が盛んだった1980年代の12月はほぼ毎日リハーサルが行われ、年末3日間は本番のステージをハシゴして回ったが、このときのジャニーさんは社長というよりマネジャーというイメージで、ジュニアを含むタレントたちの世話で走り回っていた。衣装を抱えて走り回りながら、さまざまな事務所のスタッフやタレントたちとの調整などをテキパキとこなす姿が印象深かった。 ジャニーさんが芸能界に入った当時は渡辺プロダクション(ナベプロ)のスタッフだったことから、ナベプロのタレントたちとのやりとりが多く、ジュリー(沢田研二)と会話している姿を間近で見られたのは至福の喜びだった。そもそも、僕はキャンディーズとジュリーにあこがれて芸能界を目指しただけに、そんな夢のようなことがジャニーさんといると日常的だった。 ちなみにナベプロでジャニーさんが初めて手がけたタレントは、実は森進一だ。スカウトから育成まで担い、世に送り出した。だから森進一の息子のTaka(現ONE OK ROCK)を預かったことがあり、親交はずっと続いていた。 森進一を手掛けた後、「ジャニーズ」(4人組)をナベプロからデビューさせて独立し「ジャニーズの事務所」という意味で「ジャニーズ事務所」を設立した。自らの完全マネジメント「フォーリーブス」で大当たりし、郷ひろみでソロの成功、川崎麻世やたのきんトリオと、複数のトップアイドルを生み出し、手腕を発揮した。 同時に「リアリスト」(現実主義)のジャニーさんは、音楽への取り組みは素晴らしくステージは常にバンドによる生演奏にこだわっていた。テレビより「舞台」や「コンサート」に重点を置き、「生」の素晴らしさへの熱意は人一倍。世界一の記録保持者である動員や回数など実績が証明しているように、「生」の迫力を追求してきた結果がジャニーズだ。一時期は「口パク」とか「カラオケ」とか揶揄(やゆ)されてきた時代もあったが、ジャニーさんはステージでは常に本物のビジュアルと音楽で勝負してきた。 現場に足を運び、設営から音響や照明を必ず自らチェックするのは当然だが、ステージに立ちキャストが数十人からなる構成でも全体の動きを詳細に把握する能力はずば抜けていた。「ユー、間違えたでしょ」「ユー、落ちたでしょ」とかよく言われたが、大勢が舞台にいるのになぜ分かったのか不思議だった。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) その感動を実体験した人は魅了されて虜になり、決して離れられないジャニーズワールドにハマってしまう。ジャニーズのステージを見たことがない人たちに言いたいが、テレビや雑誌のレベルで知り得たのは本物ではなく、真実は舞台にあり、これを見ずして判断してほしくはない。だからこそ、その強い意志を継げるのは、ジャニーさんが舞台演出のセンスと実績があるとして後継指名した滝沢秀明なのだ。すべてはジャニーさんの意志 また、ジャニーさんの机の上には、常に台本や脚本などが積まれ、ジュニアたちの写真も並べられていた。後になって分かったことだが、ジュニアたちの写真はグループの編成を構想するために使っていたようだ。写真を並べてグループの結成にふさわしいビジョンを机上で描いていたのだろう。 ただ、ジャニーさんは好き嫌いがハッキリしていることでも有名だった。好きなものはとことん推すが、嫌いになったら存在すら認識しない「白黒のスペシャリスト」でもある。幼き僕らもそれは理解でき、レッスンやリハーサルのときにも好きな子は踊れなくても前、嫌いな子には無視か酷いときには「ユー、来ちゃダメ!」という厳しい言葉もあった。単純明快で好かれる(認められる)=デビューできるのが、すべてはジャニーさんの意思で決まるだけにジャニーさんに気に入られることは重要だった。 好き嫌いで決まることは多いとはいえ、これまで記したようにジャニーさんの僕たちタレントに対する熱意はあまりに大きく、ジャニーさんが多くの所属タレントに慕われていたゆえんだろう。 だが、人気が出て稼げるようになると、勝手な行動に出るタレントも少なくないのが今の風潮だ。ジャニーさんからすれば、「親子」の感覚で、一生懸命育てた子が、活動休止や解散など、数年前から頻繁に起こる事態は辛かったにちがいない。 SMAP解散騒動の際には「僕もこんな歳だから気持ちを理解してほしい」とメンバーたちに懇願したのも記憶に新しい。また、「東京オリンピックまでは元気でいたい」と話していたといい、倒れる直前まで大きな目標を掲げていたという。2016年5月、都庁の第1本庁舎壁面に掲示された2020年東京五輪の新たな公式エンブレム「組市松紋」の大型パネル(山崎冬紘撮影) 自身の最期を悟っていたのか、「僕はもういないから」と東京五輪以降の予定には関与しておらず、すべて副社長の藤島ジュリー景子氏やスタッフに委ねていたといい、東京五輪への思い入れは計り知れない。自らが育て上げたタレントたちが、東京五輪という最高の舞台で演じるパフォーマンスを見届けたかったのだろう。それだけに、冒頭で記したように、せめてあと1年少々元気でいてもらいたかった。僕はこれだけが残念でならない。 14歳の僕を抱きしめてくれた「優しきオジサン」は、いつしか日本を代表するスーパープロデューサーとなり、その名を歴史に刻む功績を無数に残して天に召された。偉人となった晩年は多くの反乱や裏切りに見舞われ、幸せだったかどうかは本人の気持ち次第だが、1千万人を超える人たちに幸せを提供してきたことはまちがいなく、ジャニーさんの功績は永遠に語り継がれるだろう。■ 嵐「2023年復活」ではじくジャニーズの皮算用■ ジャニー喜多川もお手本にしたヒデキのアイドル道■ 元SMAP「新しい地図」が開けたアイドルの風穴

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    元検事の批判殺到、それでも逃走犯「保釈倍増リスク」報道は一理ある

    山岸純(弁護士) 6月20日付の産経新聞のインターネット記事「保釈率倍増、高まる逃走・再犯リスク 裁判所判断に浮かぶ懸念」や、6月23日付の同ネット記事「保釈倍増で逃走リスク 収容前の不明は全国で26人」などについて、元検事で弁護士の郷原信郎氏などが議論をしておりますので、せんえつながら法曹家の一人として愚論を申し述べさせていただきます。 この産経の記事では、実刑が確定し、横浜地検が収容しようとした際に逃走した男などの例を挙げ、元検事の方々の指摘などを掲載しながら、全体として「裁判所が保釈を決定する際には、保釈中に逃亡するおそれの有無を慎重にすべきである」旨の意見を述べています。 これに対し、郷原氏をはじめ元検事の弁護士の方々が、「『人質司法』を是正する動きに水を差すような報道姿勢は許されない」など、「印象操作だ」と痛烈に批判されております。 たしかに郷原氏がご指摘されるように、今回の記事では、例えば「遁刑(とんけい)者(実刑確定後、収容前に行方不明になる者)」の人数について過去の統計からすれば減少傾向にあることを紹介せず、単に「平成30年末で全国に26人」と表現するなど、読者への「イメージ」を先行させている点は否めません。 また、後述の通り、「保釈」の原則的な基準は「逃亡するおそれがないこと」ではなく「罪証隠滅のおそれがないこと」なので、逃亡するかもしれないから保釈するべきではない、とも言えないわけです。小林容疑者が潜伏していたアパートに入る捜査員。階段上、左端は小林容疑者をかくまった幸地大輔容疑者=2019年6月23日、神奈川県横須賀市(酒巻俊介撮影) もっとも、今回の記事が取り上げているのは、これまであまり議論されてこなかった「有罪判決(実刑)が確定した人を収監する際の逃亡事件」であり、有罪判決(実刑)という日本における強制力を執行するにあたり、万に一つも起きてはならない失態を指摘している点において的を射ているものと思量します。 すなわち、せっかく国が相当の予算と優秀な人的資源を投下して犯罪者を検挙し有罪判決を獲得しても、肝心の「刑の執行」の時点で逃れられてしまったのでは、「刑」の目的である①罪を犯した者の教育・更生②犯罪者を隔離することによる安全の確立、などができなくなってしまいます。 ここで、勾留中の被疑者が逃亡したのであれば、その警察署や拘置所の管理体制が問われるところです。昨年8月に大阪府警富田林署で勾留中だった容疑者の逃走事件がそれです。裁判所の判断に疑問 これに対し、「保釈中」の実刑確定者が収監の際に逃亡したとなれば、実際に逃亡中には周辺地域に少なからぬ混乱が生じていたわけですから、収監手続きを行う検察事務官などの責任はもちろんですが、「保釈を認めた裁判所」の責任を問うこともまた一理あると思量します。 しかも今回は、一定の条件(罪証隠滅のおそれがないことなど)に該当しなければ当然に保釈されるという「権利保釈(刑事訴訟法89条)」によるものではなく、裁判官が、逃亡のおそれや、健康上、経済上、社会生活上のさまざまな理由を考慮して特別に保釈するという「裁量保釈(刑事訴訟法90条)」によるものであったとのことなので、今回の「裁判所の判断」に疑問を持つのも当然ではないでしょうか。 要するに、「保釈を求める権利がなかった者についてわざわざ裁量で保釈するべきではなかった。裁判所は、保釈(特に裁量保釈)について今一度検討すべき」という今回の記事にも一理あるということです。 なお、今回の逃走事件への反応をみていると、どこまでが警察官の仕事でどこからが検察官の仕事なのか、あまり知られていないように思いましたが、収監手続きのような「刑の執行(正しくは裁判の執行)」は、刑事訴訟法472条によって検察官が行うこととされています。もっとも、検察官や検察事務官は警察学校のようなところで逮捕術などを習得していないので、実際には、警察官に立ち会ってもらうのが通常です。 つまり、逮捕により犯人の身柄を確保したり捜索などにより証拠を確保したりするまでが警察官の仕事、刑事裁判を提起して有罪判決を得て、刑を執行するのが検察官ということです。厚木市の小林常良市長(左)と愛川町の小野沢豊町長が横浜地検に迅速な情報共有を求める要望書を提出した=2019年6月25日(浅上あゆみ撮影) もちろん、基本的人権の援護を使命とされる弁護士の一人として、長年問題になっている「人質司法」については、実態に応じて適切に解消されるべきと思量します。 他方で、「刑の執行」という、最も確実に執行しなければならない国家作用を揺るぎないものとするべく、裁判官の裁量保釈のあり方に警鐘を鳴らす今回の記事についても、一定程度、理解できるところです。■川崎20人殺傷「一人で死ねば」の前に迫られる社会の決意■ゴーン氏の不正を見逃した監査法人は責められるべきか■「親の苦情と戦えない」小さな命を救えなかった虐待現場の叫び

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    対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗

    木村幹(神戸大大学院国際協力研究科教授) さてさて、これはどう理解するべきなのか。 7月1日、経済産業省は韓国に関する「輸出管理の運用の見直し」を発表した。内容は大きく二つ。 一つは、外為法輸出貿易管理令別表第3の国(いわゆる「ホワイト国」)から韓国を削除するための、意見募集手続きを開始すること。この日から7月31日までの1カ月の間、意見が募集されることになる。見直しの効力が発生するのは、この意見募集の結果を受けて以降になる見通しのため、今後の方針についてあらかじめ、アナウンスをした形である。 二つ目は、特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え。具体的には、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の3品目が対象となっている。こちらは適用が7月4日からのため、効力が既に発生している。 問題はこれらの措置の影響をどう見るか、である。第一に考えなければならないのは、そもそもこの措置が該当産品の物流にどの程度の影響を与えるか、である。 ここでは二つのシナリオが考えられる。報道によれば、該当品目の輸出が包括許可から個別輸出に切り替えられた場合、手続きに3カ月程度かかるとされており、仮に該当企業が品目の在庫を持たない場合、生産の一部が停止する可能性がある。 とはいえ、仮にこれが単なる包括許可から個別輸出許可への切り替えにとどまるなら、個別輸出許可が認められてしまえば、物流は通常に復することになる。そもそも、これまで韓国に適用されていた包括輸出許可は、限られた特定の国に対する優遇措置に過ぎず、中国やインド、さらにはロシアといったほとんどの国への輸出は、個別輸出許可の下、行われている。ソウルで開かれた会合で話す韓国の成允模・産業通商資源相(中央)=2019年7月1日(AP=共同) すなわち、この措置だけでは韓国企業には、例えば中国企業に対するものと同等の条件が適応されるだけで、それだけでは致命的な影響は発生しない。そもそもが大きな変更ではなく、ゆえに大騒ぎするようなものではない。それが一部の専門家の意見であり、一つ目のシナリオである。 他方、同じ措置について、読売新聞は「日本政府は基本的に輸出を許可しない方針で、事実上の禁輸措置となる」と報じ、全く異なる見解を示している。だとすれば今回の措置は、経産省による公式の説明である、包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え以上の内容を有することになる。 この場合、日本政府が中国などの他国とは異なる何らかの基準を、韓国のみに適用していることになる。そうなれば個々の企業への影響は長期化し、より大きくなることは明らかだが、自由貿易の原則を掲げる以上、日本政府は事態を説明する国際政治上の責任を新たに負うことになる。 そしてそれを万一、徴用工問題における日韓関係の悪化に求めるなら、それは日本政府が自ら、この措置が政治的報復であり、経産省が掲げる安全保障上の理由は「単なる建前」にすぎないと示したことになる。日本側がどのような論理を積み上げても、その論理に内実がなく、国際社会に信じられなければ、国際社会で敗北することになるのは、日本政府がこれまで福島沖水産物や捕鯨を巡る国際紛争で経験したことであり、事態は全く異なる展開を見せることになる。これが二つ目のシナリオである。 この二つのシナリオのどちらを採用するかで今回の措置は、政治的にも経済的にも全く異なる意味を持つことになるが、日本国内では矛盾した報道が続けられている。「制裁」の効果 第二に考えなければならないのは、これらの措置による個々の企業活動への影響があることと、それが韓国経済全体に与える影響、例えば国内総生産(GDP)に対する押し下げ効果がどの程度あるかは別の問題だ、ということである。 例えば、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備問題に対して、中国政府が団体旅行客の渡航を制限した際には、観光産業をはじめとする特定の産業に明らかな影響は出たものの、韓国経済全体に与えた影響は限定的なものにとどまった。だからこそ韓国政府はこの問題で中国に譲歩せず、THAAD配備はそのまま続けられた。 そしてとりわけ、輸出管理の運用見直しに伴う物流に与える影響が、短期間にとどまる一つ目のシナリオの場合、韓国政府の当該産業に対する支援などにより、経済全体に与える影響は吸収されてしまう可能性が強い。韓国政府が事態の展開を座して見守るだけだ、ということは考えにくいからだ。 現段階において、外資が大きな割合を占める韓国の株式市場において、関連企業の株価はいまだ大きく下落しておらず、マーケットがその先行きに深刻な懸念を抱いている、とは言えない。個々の企業の経営に対するミクロの影響と、経済全体のマクロの状況は区別して考える必要があるのは経済学の基礎である。ミクロな現象の断片のみから韓国経済全体に与える状況を予測することは慎まねばならない。 とはいえ、それ以上に重要なのは、そもそもこの措置が何のために行われており、その目的は果たしてこの措置により実現に向かうのか、ということだ。これが今回の措置を考える第三のポイントである。セッション3開始前、韓国の文在寅大統領と握手を交わした後、厳しい表情を見せる安倍晋三首相=2019年6月29日、大阪市住之江区(代表撮影)   産経新聞は、今回の措置について「いわゆる徴用工問題で事態の進展が見通せないことから、事実上の対抗措置に踏み切った」と報じている。また朝日新聞は、7月2日の記者会見で菅義偉(よしひで)官房長官が今回の措置を徴用工問題などへの「対抗措置ではない」と述べる一方で、「両国間で積み重ねてきた友好協力関係に反する韓国側の否定的な動きが相次ぎ、その上に20カ国・地域(G20)首脳会合までに満足する解決策が示されなかった」ことが今回の措置に至る背景の一つであることを明らかにした、と報じている。 既に紹介した読売新聞の記事の「事実上の禁輸措置」という表現をはじめとして、ほとんどの日本メディアの報道は、今回の措置の背後に、徴用工問題といった歴史認識問題により悪化する日韓関係があるという点で一致している。制裁は「十分条件」ではない それでは今回の措置を強めることで、日本はその目的を達成することができるのであろうか。考えなければならないのは、仮に今回の措置が経済制裁と言える内容を持つ場合、その制裁が政治的効果を持つには、最低限、次の二つの条件が必要だ、ということだ。すなわち、第一には制裁が実際にその国の経済に影響を与えることであり、第二はその経済の影響がその国をして相手国への譲歩を促すような効果を持つ、ということである。 既に明らかなように、事態が先に示した二つのシナリオのうちの一つ目、すなわち、今回の措置が短期的かつ限られた影響しか持たない場合には、韓国が日本への譲歩に「追い込まれる」ことは考えにくい。7月3日の時点で、韓国政府は関連業界に対する大型投資の支援を表明しており、その措置は主として国内企業の活動を支援するものになるだろう。 それでは事態が二つ目のシナリオ、つまり日本からの特定産品に関わる流通が長期的に阻害された場合にはどうなるだろう。 この場合にも先に述べたように、それが経済全体に与える影響が小さければ、やはり当該業界に対する支援で事足りてしまうから、韓国政府が積極的な外交的対応を行う理由にはなり得ない。この結果、韓国政府から支援を受ける韓国企業は自らの設備投資などを行うことにより、短期的には苦しんでも、中長期的には新たなサプライチェーン(部品の調達・供給網)を作り上げてしまうことになるだろう。それでは単に日本企業が自らの市場をみすみす失うだけの結果に終わることになる。 事実、東日本大震災による影響で日本からの部品供給が途絶えたことを受けて、韓国の一部業界ではサプライチェーンを切り替えている。今回、韓国企業は政府からの支援を受けることもあり、時間は必要になるものの、最終的には同じ展開になる可能性が強い。日本政府の韓国向け輸出規制強化を1面トップなどで伝える韓国紙=2日、ソウル(共同) だとすると、事態が一定の政治的な効果を持つには、日本からの特定産品に関わる物流が長期にわたり阻害され、かつそれが経済的にも大きな影響を与えた場合に限られることになる。しかしながら、問題はこの状態もまた、韓国政府が歴史認識問題などにおいて日本への譲歩に向かう「十分条件」にはなり得ないことだ。必要な戦略とは何か なぜなら、制裁の結果として生まれた人々の不満が、韓国政府をして日本への譲歩に追いやる方向へ働くとは限らないからである。例えば、先に述べたTHAAD問題に伴う中国の経済制裁は、むしろ朴槿恵(パク・クネ)政権初期には好意的であった韓国人の対中感情を大きく悪化させる方向へと機能した。 朴槿恵弾劾の結果として登場し、前政権を否定する政策を連発する文在寅(ムン・ジェイン)政権ですらTHAAD配備を継続した背景には、このような中国の制裁の「失敗」による韓国人の対中国感情の変化が存在する。世論の意向に反して政策を実行するのはいかなる政府にとっても大きな困難を伴うことになるからである。 そして今、韓国に渦巻くのは、日本による突然の「輸出管理の運用の見直し」に対する強い反発である。状況はTHAAD問題に伴い中国が制裁を開始したときと極めて類似しており、韓国世論は日本に対する強硬姿勢に傾きつつある。 7月4日にリアルメーターが発表した世論調査によれば、日本側の措置に対して「外交的交渉により解決すべき」と答えた人は22%に過ぎず、約46%が世界貿易機関(WTO)への提訴を含む国際法的対応を、約24%は経済的報復措置による対処を求めている。 注意しなければならないのは、経済への影響を危惧して文在寅政権の「無策」を批判する野党に近い保守系の人々ですら、その結果として日本に譲歩することを求めているわけではないことだ。すなわち、保守的な志向を持つ人々の間でも「外交的交渉により解決すべき」と答えた人は38・5%のみであり、過半数は国際法的対応、または、経済的報復措置を求めている。さらに言えば、この「外交的交渉」の中身には、先に韓国政府が提案して日本政府に拒絶された「財団案」などによる解決も含まれているから、韓国側が外交的に折れて日本側の主張に従うことを求めている人は、実際には極めて少ない計算になる。 このような中、そもそも対日関係を軽視する文在寅政権が、世論の風向きに反して日本への譲歩に向かう可能性は極めて少ない。頭に入れておかなければならないのは、政治は、経済的合理性に基づいてではなく、政治的合理性に基づいて動く、ということである。仮に韓国経済が日本側の措置により大きなダメージを受けたとしても、それによりむしろ日本側への敵意が高まるなら、政治家にはそれに抗して動く必要は存在しない。与党である「共に民主党」支持者のうち「外交的交渉により解決すべき」と答えた人はわずか5・7%。これでは外交的交渉を始めることすら難しい。 だとすれば今回の措置により、われわれは本来の目的からますます遠ざかっていることになる。忘れてはならないのは、そもそも経済制裁、それもある1カ国のみによる経済制裁で他国が外交方針を変えることは容易に存在しない、ということだ。例えばそれはアメリカとイランの関係がそうであり、われわれは北朝鮮に対して周辺国と協調して経済制裁を行ったものの、目指す結果を何ら得ていない。だからこそ経済制裁とは他の手段と組み合わせて使うものであり、ただやみくもに用いても相手側の対応を硬化させる効果しか持っていない。韓国の康京和外相(右)と会談に臨む河野太郎外相=2019年5月23日、仏パリ(AP=共同) 外交、否、政治に対する評価は本来、何を目的として掲げ、そしてその目的をどう実現したかによってなされるものだ。ナショナリスティックな欲望を抑えて、自らの国益が何であり、それを実現するためにはどうすべきかを真摯(しんし)に考察する。「目的合理性」に基づいた、より冷徹な戦略が必要になってくるだろう。■日韓関係は最悪、北朝鮮問題で出番なくとも安倍外交は「78点」■慰安婦より根深い「徴用工問題」を蒸し返した韓国の裏事情■徴用工判決と日韓の正義、いつまで「歴史戦」を続けるのか

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    「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 6月25日配信の米ブルームバーグ通信は、米国のドナルド・トランプ大統領が「日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」と報じた。これに関連して、同月27日の時事通信の記事によれば、トランプ氏が米FOXビジネステレビの電話インタビューで、日米安全保障体制に関して、「日本が攻撃されれば米国は彼らを守るために戦うが、米国が支援を必要とするとき、彼らにできるのは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ることだけだ」と述べた。 インタビューで、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)に関しても「米国は(国防負担の)大半を払っているのに、ドイツは必要な額を払っていない」と指摘した。トランプ氏は、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開幕直前に豪州のスコット・モリソン首相と会談した際、「われわれ(米国)は、同盟諸国に善意を示し、同盟諸国と協働し、同盟諸国の面倒を見てきた」と語った。 トランプ氏の「米国が一方的に同盟運営の負荷を担っている」という認識は以前から示されてきたものであり、それ自体は何ら驚くに値しない。もっとも、トランプ氏の同盟認識がどのようなものであれ、それが米国の「国家としての意志」を反映するわけではない。 事実、6月27日、米連邦議会上院は、2020年会計年度の国防予算の大枠を定めた「2020年国防権限法案」を可決した。法案の骨子は「日米同盟への支持を表明する」とした上で、「日本の意義深い負荷分担と費用負担への貢献を認識する」としつつ、「強化された日米防衛協力を促進する」としている。 加えて、法案は「日本政府との協議の上で、インド太平洋地域における米軍部隊の展開配置を再考するように求める」としている。立法府優位の米国の国制を鑑みるに、こうした法案に示された同盟認識の意義は重い。 果たして トランプ氏は大阪G20閉幕後の記者会見で、日米安全保障条約に関して「破棄する考えは全くない」と述べ、前に触れたブルームバーグ通信の報道内容を否定した。共同記者会見で質問に答えるトランプ米大統領=2019年5月、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) ただし、なぜ、トランプ氏が現時点で持論を蒸し返すような発言を繰り返したのか。一つの仮説は、イラン情勢への対応に際して、米国と他の「西方世界」同盟諸国との温度差が露わになり、そのことに対するトランプ氏の不満が噴出したというものである。極東に求める「凪」 革命体制樹立後のイランに対する米国の敵愾(てきがい)姿勢は、王制期の癒着に対する反動という側面があるかもしれない。それでも、日本や西欧諸国には度を超したものとして映るのは、疑いを容れまい。 しかも、「イスラエルの生存にイランが脅威を与えている」という認識が、米国のイランに対する「過剰敵意」を増幅させているという指摘もある。それは、イスラエルに対する「過剰傾斜」とイランに対する「過剰敵意」が米国において表裏一体であることを意味している。 歴史家、トニー・ジャットの時評集『真実が揺らぐ時:ベルリンの壁崩壊から9・11まで』には、2000年代半ばの時評として、次のような記述がある。 アメリカの未来の世代にしてみれば、帝国主義的な偉大な力とアメリカについての国際的な評価が、なぜ地中海にある小さくも論争を呼びがちな依存国とそれほどに一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているかは、自明ではなくなるであろう。ヨーロッパやラテン・アメリカ、アフリカ、あるいはアジアの人びとにとっても、すでにまったくもって自明ではなくなっている。 イスラエルと一蓮托生になろうという傾向は、ジャットの十数年前の展望とは裏腹に、「トランプの米国」において一層、鮮明になっている感がある。大阪での米中首脳会談や板門店での米朝首脳会談の風景は、米国にとっての当面の「主戦場」が、中国や北朝鮮を含む「極東」ではなくイランを含む「中東」であるトランプ氏の判断を示唆しているとも考えられる。トランプ氏が極東情勢に「凪(なぎ)」を欲した事情を慮(おもんばか)れば、そうした評価も決して無理とはいえまい。 筆者は、トランプ氏の登場時点から、彼が日本に提供することになるのは、「難題」ではなく「機会」であると唱えてきた。トランプ氏は、日本の増長を抑える「瓶の蓋(ふた)」論が語られた日米安保体制の永き歳月の後で、「日本の頭を抑えつけない」姿勢を明示した政治指導者である。G20大阪サミットで会談に臨むトランプ米大統領(左)と安倍首相=2019年6月28日(AP=共同) そうであるならば、日本の対応としては、トランプ氏の不満や期待に乗じつつ、米国だけではなく、豪印両国を含む他の国々との同盟形成を急ぐのが賢明である。その前提は、「フル・スペックの集団的自衛権の行使」と「対国内総生産(GDP)比2%の防衛費」を認めることである。 米国の安全保障上の関与に安住しないという姿勢こそ、「トランプの米国」を御するには、大事なものであろう。■ トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン■ 禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■ 「金正恩と恋に落ちた」トランプの口説き文句に隠された意味

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    映画『主戦場』で語られなかった慰安婦問題の核心

    清義明(フリーライター) ノンフィクション作家、山崎朋子氏の代表作『サンダカン八番娼館』を二十年ぶりに読み返した。「からゆきさん」と呼ばれた、東南アジアなどで娼婦として働いていた日本人女性の物語だ。熊井啓監督による映画化もされているので、こちらの方がなじみがある人がいるかもしれない。ネットで安く視聴も可能なので、ご興味がある方はぜひともご覧いただきたい。栗原小巻、田中絹代、高橋洋子が主演の1974年の映画である。原作にほぼ忠実で、映画のつくりとしても古びていない。 明治のころから日本は海外に多数の日本人娼婦を送り出していた。まだ日本が南洋にさしたる貿易もなかった時のことだから、これは異彩を放っている。例えば、1886(明治19)年にシンガポールに在留していた日本人は約1000人。そのうち900人以上は女子であり、そのほとんどすべてが「醜業婦」であったことが、当時の駐シンガポール日本領事員によって記録されている。特筆すべきはその多くが誘拐されてきたものと領事員が記録していることである。この「誘拐」というのが、どういう行為なのかは注意が必要だが、高い給与を提示して甘言を弄(ろう)して、前渡し金のもとに拘束的な身分条件をつけて働かされていたのが、おおよその状況であったと言われている。貧しい家の娘が売られていくという話である。 『サンダカン八番娼館』の主人公である女性も、そのようにして売られていった一人である。もちろん商行為としての契約は交わされているが、それは幾ばくかの前渡し金を渡され、それを家元に置いていき、その借金を払うまでは売春を強制されるもので、当時でもこれは違法である。この主人公の場合は、「外国さん行けば、毎日祭日(まつりび)のごたる、良か着物ば着て、白か米ン飯ばいくらでも食える」と聞かされて、やはり極貧の生活の中にあった友人たちを誘って、業者の後をついて行ったのである。その仕事というのが売春とは彼女たちは知らない。当時彼女たちは10歳になったばかりである。 当時はそのようにして「給料のよい稼ぎ口がある」とだまされて売られた日本女性が、あらゆる東南アジアの港町にいたのだ。インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、タイ。これらの国々には探していけば当時の日本人墓地があるのだが、その朽ち果てた小さな墓標の群れにはことごとく女性の名前が刻まれている。そのほとんどが娼婦であろうと推測されている。※写真はイメージです(GettyImages) 私はシンガポールと香港のそうした日本人墓地を訪ねたことがある。現地の日本人会によって今でも手入れされている墓地は南国の明るい日差しと緑に囲まれていて平穏である。その女性たちの墓標はせいぜい20~30センチのものばかりで、それが延々と続いていた。明治の中頃の香港にいた日本人も、そのほとんどが女性だったという。もちろんそれは売春婦である。 日本人が海外に進出するときに、まずは売春業から取り掛かるというのは、どこでもそうだったようで、明治の初期の釜山(プサン)などでもそうだったらしい。先ごろ香港は司法制度の改悪に抗議する民主勢力のデモが200万人で埋め尽くされたが、そのデモ隊が集結した湾仔(ワンチャイ)は、今では香港人の集まる香港屈指の繁華街であるが、当時は日本人売春宿が軒を並べている場所だったということだ。こういう事情から、東南アジアの港町では、たいがいは日本人の居住者のうち女性の方が多かったのである。そんなに単純なものか 1869(明治2)年、日本政府はこれまでの法体系を整理して、文明開化の道を歩むための刑法の整備に着手した。そのときに早くも人身売買の問題が取り扱われている。すでにこの段階からして、婦女子が借金や多額の前渡し金によって人身拘束されてしまうことが問題視されていた。いわく「人を売買することは古来あるまじき事なり。和漢西洋ともに、古来から人を売って奴婢(ぬひ、奴隷)とする悪風がある。奴婢は人を牛馬と同じで、人道開明(人権意識)が広がるにつれてなくなりつつある。ところが皇国には今なお娼妓がいて、それは期限を区切って売られたものである。牛馬と同じである。娼妓がいるため、女子を売買する悪風がある」(『人身売買』牧英正著/岩波新書より意訳) このため1870(明治3)年の段階から、人を売春目的で売ることや、奴婢とすることは違法とされていた。ただし自由意志であればそれは致し方ないともしているのは欧米でもそうだったからだろう。そして、のちに国家が売春の商行為を管理するようになる。これが「公娼制」である。ここでも、建前上は前借金により自由を拘束されるようなことは禁じられてきた。しかしこれはあくまでも建前であった。事実上、借金を支払わぬ限りは、彼女たちの自由は制限されてきた。 日本では長らくこのような人身売買が平然と行われてきたわけである。これは江戸時代から戦前にいたるさまざまな娼妓・娼婦をめぐる物語によって広く伝えられていることでもある。そして、それは悲劇的であるとともに、美談のようにさえ扱われてきた。親の借金を支払うために、健気(けなげ)に働く孝行ものというように。「おしん」のような、年少者の奉公や富岡製糸場の女工も、この一つのバリエーションである。 そしてこの悪習は、東南アジアの各地にたくさんの娼婦を送り込み、やがてそれを植民地である朝鮮や台湾にも広めていき、さらには戦時になると軍がこの慣習を利用して従軍慰安婦制度をつくっていった。 従軍慰安婦について、さまざまな議論がなされているが、まずは私がこのような日本国内の事情について考えたい。国際的な認識からすれば、これは奴婢と同じ奴隷制度であり、人道開明が広がる(人権意識が高まる)につれ、許されないことになりつつあるというのは、もう150年前から分かっていながら、なおも日本人はそれを必要悪として許してきたのである。慰安婦問題の根底にはこの事実がある。 映画『主戦場』を見た。 従軍慰安婦というのは「娼婦にすぎなかった」として日本軍の責任はなかったとする、いわゆる保守の慰安婦否定派に、さまざまな角度から批判を与えるドキュメンタリーである。慰安婦は「性奴隷」などではない、という否定派の意見も小気味よく反論されていく。整理された論旨は非常に分かりやすい。映画『主戦戦』(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC ドキュメンタリーというのは残酷である。書き言葉とは違い、微妙な言葉のニュアンスや子細な表情までをも映し出してしまうし、インタビューの服装や髪形までの総合的な情報までもが提示される。それらが多角的にスクリーンに提示されながら結論が導き出される。 従軍慰安婦問題を日本の戦争加害の一つとして解決しなければならない問題だと認識して考える人には、痛快で胸のすくようなドキュメンタリー作品となっただろう。 だが、本当にこれでいいのかというモヤモヤ感は残り続けている。ここまでそんなに単純なものなのだろうかと。被害感情のナショナリズム もちろんこのドキュメンタリーでも提示されているように、慰安婦否定派の程度の低い議論もあるのは確かである。明治の初めから「奴隷」と認識されてきた人身売買の事実があっても、まだ「性奴隷」という表現に噛みついているところなど、その一例である。さらに、彼らの最大の錯誤は、まだ当事者が存命である人権問題を、あたかも歴史認識の問題のように取り扱うところにある。さまざまな事情がある慰安婦に対して、「売春婦にすぎない」というのは、「人道開明」の世の中、さすがに理解されるのは難しいのではないか。 歴史であるからには多面的な見方が必要であり、現代の人権意識で判断されるべきではない。当時の認識から言えば、あれは致し方なかったことだ。恥じる必要はない。そもそも日本が先の戦争は正義の戦争であったし、その一部として理解するべきだ。それに彼らが申し立てていることはウソばかりじゃないか。こういう思いが否定派の根底にあるのだろう。 私はこの見方にほとんど賛成はできない。それでも歴史は多面的に見なければならないという部分については同意せざるをえない。 一例として、慰安婦問題について、私たちの政府はどのように対応してきたかと言えば、それは必ずしも現在韓国側が責め立てるほどに酷いものとはいえないという事実がある。 映画にも少しだけインタビューされている世宗大学教授の朴裕河(パク・ユハ)氏(『帝国の慰安婦』朝日新聞出版)やジャーナリストの松竹伸幸氏(『慰安婦問題をこれで終わらせる』小学館)は、日本政府によってこれまで繰り返しなされてきた謝罪や事実上の賠償の方法について、そこまで非難を浴びるようなものではないと論じている。 私はこの見方を妥当なものとする。慰安婦問題が政治問題として動き出したのは1991年のことだが、この日本軍関与の責任を認めた、いわゆる93年の「河野談話」の見解を歴代、引き継いできている。国際世論を考えると今後も変更することは当面あり得ないだろう。(参考:「慰安婦問題に対する日本政府のこれまでの施策」外務省) 補償問題にしても、日韓基本条約の枠組みを維持しながら事実上の政府補償を行った「アジア女性基金」を河野談話の翌年には早々に立ち上げている。アジア女性基金は、日本と同じように「戦時補償は解決済み」とするドイツが、かつてアメリカ在住の戦時強制労働者への補償を行った際の方法と同じものだ。こうして詳細に見ていけば、日本政府は解決に向けて、いたずらに冷淡な態度に終始してきたわけではないことが分かるはずだ。 ところが、これは韓国ではまったく響かない。そればかりか、ますます問題が悪化するばかりである。そしてそこには韓国側の持つ、解決することができない因子、ナショナリズムの存在が見え隠れしてしまう。 世界中を見渡せば、隣り合った国で歴史問題や領土問題が存在しない方が珍しいことではある。ましてや「植民地」に(朝鮮は植民地ではないという右派の議論があるようなので、「併合」と言い換えてもいい)した国とされた国の間で、非難の応酬があるのは全く当たり前のことだ。 よく韓国の「反日感情」だけが特殊であるかのような議論を見かけることもあるが、いたって「井の中の蛙(かわず)」の議論であると言わざるをえない。イギリスとアイルランド、セルビアとクロアチア、ギリシアとマケドニア、インドとパキスタン、タイとミャンマー、フィリピンとインドネシア…と例をあげていけばキリがない。そうして、双方が歴史の中でどちらが正当な歴史観を持つか、延々とさや当てを続け、それは時に流血の惨事にまで発展する。戦争にもなる。 特に歴史上弱い立場にあり、征服されたり同化されそうになったりした経験のある国家は被害感情を露骨に表に出す。その被害感情は隣国に再び自由を奪われるような事態が起きるのではないかという恐怖を核にして、国民の統一した意思を紡ぎ出していく。犠牲者のナショナリズムと呼ぶべきか、被害感情のナショナリズムというべきか、そのような弱者として自分たちをとらえて国民統合を図る。映画『主戦戦』(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC なお、日本の原爆文学や空襲や飢えなどの戦争体験も、このような被害者ナショナリズムの一つだということができるだろう。ただし日本の場合はこれがいたって内向的な風景に収斂(しゅうれん)されてしまうのだが。一方の韓国はどちらかというと、これが世界的には普通と言えるように日本の過去を断罪し、これでもかと追及し続ける。 私はこれを二つの側面から理解する。 つまり慰安婦問題は、人権問題として解決するべき必要があり、それは繰り返してはならない歴史として日本は認識すべきものだというのが一つ。 かたやもう一つは、これが被害者のナショナリズムとして過大に扱われる危険性についてである。ナショナリズムの高揚は、もう一つのナショナリズムにぶつかり合うことで、そちらも激しくさせてしまうからだ。日本の慰安婦否定論の跋扈(ばっこ)はこれが原因といっても過言ではない。『主戦場』に足りないもの 『主戦場』では、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協、現在の略称は「正義連」)という慰安婦支援の活動団体代表のインタビューもあった。「これは『反日』という話ではなく、あくまでも人権問題なのだ」と、これがナショナリズムとは関係ないことのように否定するのだが、これには過去の挺対協のふるまいを知っている私は素直に聞くことができなかった。 2017年、『主戦場』に先立ち、日本で公開された『沈黙-立ち上がる慰安婦』というドキュメンタリー映画があった。これも日本の右翼勢力からの批判を浴びたということだが、この映画に一つ注目するべきポイントがあった。 この映画で取り上げられている慰安婦支援団体は、先の挺対協と分裂して出て行ったグループのことを扱った映画なのである。 どうしてこの団体が挺対協と対立することになったかと言えば、日本政府が関与した「アジア女性基金」からの「償い金」を、この団体が支援する元慰安婦たちが受け取ったからである。これを挺対協は「民族の裏切り者」として非難し、のちにさまざまな嫌がらせとも言える活動で追い込んでいる。支援者団体の代表はこれがために韓国に入国拒否されかかっている。挺対協からすれば、日本政府の謝罪や「補償」はまやかしのものであり、これを受け入れるのは、娼婦が金銭をもらうのと同じこと、というような論旨を展開する。 「民族の裏切り者」? 補償金を受けとるか受け取らないかは本人の自由意志のはずで、ましてやそれが「民族」という名前で非難されるのは、首をひねらざるをえない。さらには、個人を犠牲にして全体のために尽くすという押し付けが、悪しきナショナリズム以外の何ものでもないとも思わざるをえない。 私はソウルの慰安婦像も、釜山のそれも、さらには香港にも最近できた慰安婦像も見てきた。韓国第三の都市である大邱(テグ)では慰安婦歴史館も訪れたことがある。慰安婦像の横には誰も座っていない椅子がある。それはまだ未解決の名もなき慰安婦たちの存在を意味するという。 韓国の人たちはそこに腰かけて笑顔で記念撮影をする。悲劇や悲壮感は感じられない。日本で広島や長崎や沖縄の戦跡でそのような記念撮影の仕方をしたら不謹慎だと一喝されるのは間違いないだろう。そこで感じられたのは、あっけらかんとした被害者との連帯意識である。これは、よく韓国通と言われる人たちが言う「恨」の感情とは無縁のものだ。私はこの光景に私たちが理解できず、かつ慰安婦問題が決して解決に向かうことがない理由の一つが隠されているような気がしてならない。 映画『主戦場』には、そうした慰安婦問題に秘められた韓国ナショナリズムの謎を解く材料は一つもなかったと言ってもいい。映画『主戦戦』(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC たしかに人権問題としての慰安婦を論じる素材としては優れているかもしれない。この映画は「歴史修正主義者」による戦前回帰について警鐘を鳴らしている。安倍政権批判にこれが収斂されていくのだが、自分はなにをか言わんやの気持ちとなり、映画館を出ていくことになった。慰安婦問題で否定派と慰安婦支援派の間にある溝を埋めるのに、これでいいのかといいう鬱屈した気持ちにならざるをえない。 『サンダカン八番娼館』の物語に戻ってから本稿を閉じたい。この作品には、人身売買された、からゆきさんと著者の出会いから別れまでが綴られているのだが、これに後日談というのもある。 サンダカンには、多くは人身売買された、韓国の従軍慰安婦と同じ境遇のからゆきさんの墓があるというのだ。ボルネオの南洋の山の中に、著者はこの墓を探し当てるのだが、その墓はこぞって日本の方向を向いていなかったというのだ。国家は無縁のまま死んでいった彼女たちに何もしなかった。韓国は慰安婦問題を国をあげて支援し続けるという。ただし、個人の自由意志は国家によって許されない。私はこういう対照的に見えて、相似的な輪郭を描く光景を、映画『主戦場』のように善悪二元論に単純化して説明することはできない。■徴用工「残酷物語」は韓国ではなく日本が生んだイメージだった■悲しくも滑稽な映画『軍艦島』にみた韓国人の心の奥■慰安婦を「ゲスな演出」でアピールする韓国に反論してもムダである

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    トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン

    黒井文太郎(軍事ジャーナリスト) 主要国の首脳が一堂に会する20カ国・地域(G20)首脳会議では、もちろん国際問題が話し合われる。国際問題にもいろいろあるが、最も重要なのは「戦争」の危機だ。中でも現在、注目されているのが、イランと米国の対立だろう。 もっとも、そもそも緊張を作ったのは米国側だ。オバマ前政権が結んだ核合意ではイランの核とミサイルの開発は止められないとして、昨年5月に米国が核合意から離脱し、独自に制裁強化に動いたことで、両国関係は悪化したのだ。 また、今年4月に米国が、イラン最高指導者直系の軍事組織「イスラム革命防衛隊」を外国テロ組織に指定したことに、イランが強く反発。米国は「テロの情報がある」として5月上旬から大規模な軍の増派をしたが、そんな最中の6月13日、ホルムズ海峡東方のオマーン湾で民間のタンカー2隻が攻撃された。米国はイランの犯行と断定したが、イランは否定している。 さらに6月20日には、ホルムズ海峡近くを哨戒していた米軍の無人偵察機が、革命防衛隊に撃墜される。イランは米軍機が領空侵犯したためとしているが、米軍側はそれを否定、国際空域を飛行中に攻撃されたと発表した。両国とも「相手が悪い」との主張だ。 その後も両国は互いを非難している。6月24日には米国がイランのハメネイ最高指導者を対象とする制裁を発表したが、それに対してロウハニ大統領は翌25日「極めて愚か。精神的な障害に陥っている」などと批判。それに対してトランプ大統領も同日、「イラン指導者の声明は無知で侮辱的であり、現実を理解していない。いかなる攻撃も、圧倒的な力に直面する。地域によっては、それは壊滅を意味する」と応じた。すると今度はハメネイ最高指導者が翌26日、「イランは40年間無敗だ」と応戦している。 しかし、こうして激しく互いを非難し合ってはいるものの、両国とも自分たちから戦争に討って出ることは否定している。ロウハニ大統領は6月26日にフランスのマクロン大統領と電話会談し、「イランは米国との戦争は望んでいない」と発言しており、米側でも同日、エスパー国防長官代行が「われわれは戦争を始めるつもりはない」と語った。イランの首都テヘランで会談する最高指導者ハメネイ師(右)と安倍首相=2019年6月13日(イラン最高指導者事務所提供・ロイター=共同) ただし、両国とも互いに相手が挑発してくるなら受けて立つというスタンスで、特に米側は、トランプ大統領は同じ26日に「戦うとしても地上部隊は出さない」など、空爆ならあり得ることを示唆している。そのような状況で開催されるG20だが、イラン問題での論点は主に3つある。 一つ目は、イランの核問題だ。トランプ大統領としては、圧力をかけることでイラン側を屈服させ、核ミサイル開発能力の破棄まで持っていきたい。そこで米国としては、国際的にもイランに対する圧力の包囲網を敷きたいところだ。しかし、国際社会はその流れにはない。同調しているのは、イランと敵対するイスラエルやサウジアラビアなどごく一部にとどまる。核合意に参加したのは、国連安保理常任理事国5カ国とドイツだが、米国以外はいずれも核合意破棄は支持していない。むしろ米国の核合意復帰を望んでいる。 したがってG20では、米国側の呼びかけで核問題での対イラン包囲網が形成される可能性は低い。参加国で同調しそうなのはサウジアラビアのみで、むしろ核合意の有効性回復を呼び掛ける声が多数を占めそうだ。米国に同調するのは2カ国だけ 二つ目は、タンカー攻撃と米無人機撃墜に関するイランへの非難についてだ。タンカー攻撃や無人機撃墜を受けて、米国はイランの挑発的行動を非難する論調で各国の支持を集めようともしているが、それもG20の場では困難だろう。タンカー攻撃では、イランの犯行である決定的証拠がまだ示されていない。無人機撃墜でも、米国とイランの主張のどちらが正しいのかがまだ決着していない。 これらの問題で、G20参加国で米国に同調しているのは、サウジアラビアとイギリスにとどまる。ドイツはタンカー攻撃については「イランの犯行である強力な証拠がある」(メルケル首相)との見方だが、それでも対イラン包囲網には参加していない。 フランスのマクロン大統領は「G20でトランプ大統領とイラン問題を話し合いたい」と語っており、G20でももちろんさまざまな局面で話し合われるだろう。しかし、対イラン包囲網を形成したいトランプ大統領に対し、主要国はむしろ緊張が激化しないよう米国、イラン両国に自制を求めており、トランプ大統領をなだめることになりそうだ。 以上のように、G20参加国の多くは、イランの核問題に関しては、核合意を支持しており、米国の核合意離脱を支持していない。 また、タンカー攻撃や無人機撃墜で高まる米国とイランの対立に対しても、多くの国はイランを非難するというより、両国に自制を求めるという姿勢に立っている。 そして三つ目は、いくつかの国にとって悩ましいホルムズ海峡の安全の確保だ。米国とイランの緊張が続けば、またタンカーが攻撃される事態も予想される。ホルムズ海峡の安全は、国益に直結する重要問題だ。 そこでトランプ大統領が打ち出しているのは、米国単独ではなく、ホルムズ海峡の安全で利益を得ている国々が、自ら同海域の安全保障に責任を負うべきとの考えだ。それは米国側に立ってイランに対処するということに他ならないため、当然ながらG20の主要な合意になることはないが、米国は個別の会合ではこれを持ち出す可能性が高い。 米国ばかりがコスト負担することには反対というのは、トランプ大統領のいわば信念だ。 その要求に対しては、原油の輸出側であるペルシャ湾岸の産油国では、サウジアラビアなどすでにペルシャ湾で活動している軍のある国は、その役割の拡大というかたちで協力していく流れにある。問題は輸入側の国々で、その主力はアジアの国々、中でも中国と日本だろう。日米首脳会談 共同記者会見で話すトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) G20でもトランプ政権としては、そうしたコスト負担という観点から原油輸入国に負担を求めてくる可能性がある。中国はもちろん米国とはそこは主張が相いれないから、矢面に立つ国はあるとすれば、やはり日本となるだろう。 トランプ大統領は日米安保条約の片務性にも不満を表明しているが、それらの分野における日本の負担増を要求するトランプ大統領に対し、そうした要求をこれまでのようなトランプ大統領個人を徹底的に褒める手法でかわしていけるか、安倍首相の対応にも注目したい。■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■サウジ記者殺害「事件の黒幕」ムハンマド皇太子とは何者か■「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界

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    雨上がり宮迫のウソより怪しい吉本「闇営業」の言い訳

    森伸恵(弁護士) 吉本興業がお笑いコンビ、雨上がり決死隊の宮迫博之さんら11人を当面の間謹慎処分にしたと発表しました。今月4日にはお笑いコンビ、カラテカの入江慎也さんの契約が解消されて話題になりましたが、今回の発表で芸能界にそれ以上の衝撃が走りました。 謹慎処分の理由は、5年ほど前、振り込め詐欺(最近は特殊詐欺と呼ぶことも多い)などを行う反社会的勢力グループの忘年会に参加し、吉本興業を通さずに金銭を授受していた、つまり「闇営業」をしていたことのようです。 吉本興業は「反社会的勢力主催の会合であるとの認識はなく、また、報じられていたような金額ではありませんでしたが、会合への参加により一定の金銭を受領していたことが認められました」と説明しています。今回の件で話題になっている「闇営業」と「反社とのつながり」の実態について、芸能界の問題に携わってきた経験から述べたいと思います。 闇営業とは、芸能プロダクションに所属しているタレントが、プロダクションを通さず営業(芸能)活動を行い、独自に報酬を得ることをいいます。この闇営業は、タレントがプロダクションに負っている専属義務に違反しています。 通常、芸能プロダクションとタレントの間では専属マネジメント契約が結ばれています。この専属マネジメント契約はなぜ必要なのでしょうか。お笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也さん=2012年2月28日、大阪市浪速区の大阪府立体育会館(寺口純平撮影) それは投資回収のためです。芸能プロダクションは、所属するタレントに投資をし、芸能活動の場を提供します。そしてタレントが芸能活動から得た報酬を芸能プロダクションがいったん回収し、その報酬をプロダクションの売り上げ、タレントへの報酬、他のタレントへの投資、スタッフの人件費などへ分散するというビジネスモデルで運営が成り立っています。 専属マネジメント契約書は、芸能プロダクションとタレントの間の①お金関係を明確にする②権利関係を明確にする③タレントを当該プロダクションに縛る(他のプロダクションに移籍させない)、という役割を持っています。怪しい「反社との関係」 6月始めのテレビ番組で、吉本興業に所属する加藤浩次さんと近藤春菜さんが「吉本興業との間で契約書を交わしていない」と発言していたことから、吉本興業は所属する芸人との間で契約書を作成していない可能性があります。 しかし、口頭での契約でも契約としては有効であり、一般的にタレントは、上記①に関連し、専属義務条項に合意しています。「所属事務所を通さずに芸能活動を行い、報酬を得てはいけない」や、「タレントは所属事務所の専属タレントとして、本契約期間中、事務所の指示に従い、芸能活動を行うものとする。タレントは、事務所の事前承諾なくして、第三者のために芸能活動をしてはならない」といった条項です。 この専属義務条項は、芸能界では当然の業界ルールであり、常識です。  つまりタレントが闇営業を行う場合、すなわち、プロダクションを通さず、報酬を受け取る場合、この専属条項に違反しているわけで、芸能プロダクションは投資の回収ができず、ビジネスモデルが崩れることになるのです。なので、専属義務条項に違反した場合、契約が解除されるケースも多くあります。 今回のケースは、吉本興業の芸人が専属義務条項に違反してしまったということも問題ですが、さらに問題なのが、闇営業として出席していたのが次に述べる反社集団の会合だったという点です。 吉本興業の芸人が出席していた忘年会は振り込め詐欺を行っていた犯罪集団だったという情報があります。2015年に、警視庁が特殊詐欺を行っていた大規模詐欺集団のメンバーを40人近く逮捕しましたが、芸人が出席した忘年会がこの大規模詐欺集団の会合であり、主犯格の男や架け子や受け子もいたとの情報もあります。謹慎処分となった雨上がり決死隊の宮迫博之さん 芸能界は昔から反社とのつながりが強いと言われています。吉本興業の場合、2011年に島田紳助さんが反社関係者とメールのやりとりをしていたとし、同氏は芸能界を引退することになりました。当時、吉本興業は「反社会的勢力との関係を断ち切る取り組みを一層強化していく」と言い、行動憲章でも法令の遵守や反社の排除を掲げていましたが、わずか3年後の2014年頃に今回のケースが起こってしまっていたわけで、芸人への教育不足や監督不行き届きを追及されるのは必至です。 吉本興業は今回「反社会的勢力主催の会合であるとの認識はなく」と弁明していますが、吉本興業の内部を考えてみますと、各芸人にはマネジャーがついています。11人もの所属芸人、しかも宮迫さんレベルの芸人が本当にマネジャーやスタッフも知らない状況で忘年会に出席したのかという意見も出てくると考えられます。騒動の代償 テレビや各種メディアに出てくる芸人と反社との間につながりがあったということは大問題です。 筆者が所属している弁護士会の民事介入暴力特別委員会では、特殊詐欺についても研究しています。特殊詐欺では、高齢者など老後の生活のために貯蓄していた金銭を詐取するケースが多く、7000万円以上を詐取された例もあります。詐取された金銭が手元に戻ってくることはまずなく、さらに一度詐取された被害者はカモと認定され、複数回、詐欺被害に遭うこともあるという凄惨(せいさん)な実態があります。 特殊詐欺の撲滅を目指し、国や捜査機関、企業など、各関係者で対策を講じている中でこのような事件が起こったわけで、芸人や吉本興業の信頼の失墜は避けられないでしょう。 これまでにも件(くだん)の芸人がMCを務めるバラエティー番組について、スポンサーだった複数の企業がスポンサーから外れたという報道がありました。NHKは今月19日の時点で、忘年会に出席していた芸人が出演する番組の放送を取りやめたと説明しましたが、他局でも今後、番組を打ち切る局が出てくるかもしれません。 加えて、忘年会に出席していた芸人が出演するCMがお蔵入りすることもあり得ます。CMの場合、通常、①広告主と芸能プロダクションとを仲介する広告代理店の間で仲介契約②広告代理店と芸能プロダクションで広告出演契約、を結んでいます。広告出演契約では、「芸能プロダクションがタレントのイメージを保持させなければならない義務」条項が規定されています。 今回、吉本興業の芸人が忘年会に出席していた事実について、吉本興業は「タレントのイメージを保持する義務」に違反したとして、広告代理店に損害賠償の支払い義務や、違約金の支払い義務を負うことになります。安倍首相(中央)は吉本新喜劇に出演した=2019年4月20日、大阪市中央区の「なんばグランド花月」(安元雄太撮影) 入江さんの契約解消、要はトカゲのしっぽ切りで終わらなかった今回の騒動ですが、今回の吉本興業のプレスリリースを法律家の観点から見ますと、個人的には疑問が残ります。 それは謹慎の根拠が曖昧であり、芸人の立場がないがしろにされていないかという点です。吉本興業が「反社会的勢力と知らなかったがそのような会合に参加し金銭を受領したこと」をもって時期未定の謹慎処分を下したというのは、非常に曖昧な言い分ではないでしょうか。 というのも、今回の報道で「金銭を受領していたこと」が決め手のようにフォーカスされていますが、仮に闇営業に対する処分を考えた場合、継続して闇営業をしていたか、金額の規模などの点を考慮し、まずは厳重注意をするのが一般的です。今回のケースを考えれば、単発の闇営業だけをもって謹慎とするのは処分が重すぎます。 そこには「反社の会合だった」ことが加味されていると推測できるわけですが、一方で「反社とは知らず=関係はない」ことを吉本興業と11人の芸人が口をそろえて表明しています。これこそ吉本興業が最低限守りたいラインなのでしょうが、そのせいで処分の根拠が曖昧になってしまっています。 また、仮に吉本興業と芸人の間の契約が業務委託契約で芸人が個人事業主だった場合、本来は対等な立場にあるにもかかわらず、プロダクション側から一方的に芸能活動を停止させる処分が行われたことになります。生活に困る芸人やその家族も出てくるかもしれません。  芸人11人を謹慎処分したことをもって、今回の騒動が鎮火するかは甚だ疑問です。近年、吉本興業は政府や自治体など公の仕事に積極的でした。安倍晋三首相が4月に「吉本新喜劇」に出演し、6月6日には吉本所属の芸人が安倍首相の出演御礼のため、官邸に表敬訪問していました。今回の問題がどこまで波及するか気になります。■天下を取った女芸人「山田邦子」復活の道は一つしかない■山里亮太「テラハ婚」辛酸なめ子にはお見通しだったワケ■『バイキング』で王道をあえて外す司会者、坂上忍が見せた弱み

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    「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) 約1年ぶりに国会で党首討論が開催された。立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の玉木雄一郎代表、日本共産党の志位和夫委員長、日本維新の会の片山虎之助共同代表の、野党4党首が衆参両院の国家基本政策委員会の合同審査会に次々と登壇し、安倍晋三首相を追及した。だが、野党の追及は迫力を欠き、議論も深まらなかった。 また、安倍首相に解散を迫ることもなかった。唯一、最後に討論に立った片山氏が「他の党首が言いたくても言えないのか、言いたくないのか。解散はこの国会でされるのか」と、皮肉を込めながら尋ねただけだった。首相は「解散という言葉は私の頭の片隅にはございません」とかわした。 野党が迫力不足だったのは、安倍首相を挑発して「逆ギレ」されて、「衆院解散カード」を切られることを恐れたからだ。だから、無難な質問に終始してしまった。 最もひどかったのは玉木氏だ。付箋がついた金融庁金融審議会の報告書のコピーを安倍首相に渡そうとしたが、首相に受け取ってもらえず、空振りとなった。 ユーモアにならず、場が白けただけではない。本気で政権を取る気はないということを国民に思い切り見せつける、陳腐な「パフォーマンス」になってしまった。 ところが、党首討論が終わって目の前から安倍首相がいなくなるや否や、急に野党は強気になった。枝野氏が「首相が質問に正面から答えなかったのは不誠実だ」と厳しく批判し、衆院で内閣不信任案の提出を検討する考えを示したのだ。 枝野氏はそれまで、衆院解散を誘発する可能性があるため内閣不信任案の提出は見送る方向のはずだった。ところが、他の野党に押されてしまい、考えを翻した。2019年6月、安倍首相との党首討論で金融庁の報告書を麻生財務相兼金融相(右)に渡そうとする国民民主党の玉木代表 しかし、首相がいない場所でこそこそ陰口をたたくように批判しても、しょぼすぎるではないか。首相に面と向かって「安倍政権には民意はない。国民に聞いてみようじゃないか!解散しろ!」と言い放つド迫力がなければ、国民の心には何も響かない。 政治は論理だけで動かせるものではない。かつて、小泉純一郎首相が、参院で郵政民営化法案を否決されたときのことを思い出してほしい。小泉首相は、テレビに向かって「国民の皆さんに聞いてみたい。郵政民営化は是か非か!」と力強く訴え、衆院解散・総選挙を断行した。なめられるのも無理はない 「参院」で法案が否決されたので「衆院」を解散して民意を問う、とは論理的にはむちゃくちゃだ。当時、野党のみならず自民党内からも激しい批判が噴出した。だが、小泉首相は全くブレなかった。その圧倒的な迫力は、日本全国の「空気」を変えた。総選挙は自民党の地滑り的大勝利をもたらした。 確かに今、衆院を解散されたら、野党が惨敗するだろう。参院選では、野党統一候補の調整をほぼ終えた。だが、衆院選は「政権選択選挙」であり、参院選とは全く性格が違うものである。基本政策の方向性がバラバラの「寄り合い所帯」の野党が、統一した政権構想を打ち出すのは難しい。 もし衆院が解散されて同日選となれば、野党はパニックになり、せっかくまとめた参院での野党共闘も大混乱になるだろう。しかし、たとえ負けるのがわかっていても、安倍政権が間違っていると思うならば、「国民に聞いてみようじゃないか!」と堂々と言うべきなのだ。 また、野党は党首討論の後、麻生太郎財務相兼金融担当相の問責決議案を参院に、不信任決議案を衆院に、それぞれ提出した。しかし、与党が大多数を占める国会では、問責決議も不信任決議も大差で否決された。麻生氏は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だった。 これまで野党は、閣僚の失言や不祥事に対して「首相の任免責任」を厳しく問うてきた。財務相と金融相の任免責任も首相にある。まず、首相の不信任を問うべきである。それなのに、解散の恐れがあるうちは首相の不信任決議を避ける。その代わり、否決されるだけで実際には何も起こらない財務相・金融相の不信任、問責決議を提出する。それでは、「野党は逃げ腰だ」と国民から嘲笑されても仕方がない。 枝野氏が、政界屈指の政策通であることは疑いようがない。だが政局については、小手先の策に走って信念が感じられず、いつもブレてばかりだ。 国民は枝野氏に失望してまった。結党当初は高かった立憲民主党の支持率が地に落ちるのも、自民党になめられるのも当然だ。自民党反主流派で、枝野氏に理解があるはずの石破茂元幹事長にまで「解散が怖い、本気で政権を取る気があるのかと国民に完全に見透かされた」と酷評されてしまうわけだ。2019年4月、衆院沖縄3区補欠選挙に立候補した無所属新人の事務所で、気勢を上げる立憲民主党の枝野代表(右端)ら野党4党首 立憲民主党と国民民主党、共産党、社民党に衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」を加えた野党5党派は、参院選で32ある1人区全てで候補者を一本化する調整ができた。立憲民主党の福山哲郎幹事長は、「国民にとっては非常に分かりやすい選択肢をお示しができたと思っている。一日も早く勝てる体制づくりを加速させていきたい」と語った。だが、候補者を一本化すれば勝てるという野党の考え方は、あまりにも楽観的で、浅はかすぎる。 なぜなら、自民党は既に昨年から候補者を選挙区に張り付かせて、徹底的に地道な選挙活動をさせてきたからだ。佐賀選挙区から出馬を予定している自民党公認候補の山下雄平参院議員を例に挙げよう。自民必死の選挙運動 2018年10月の内閣改造・党役員人事で内閣府政務官を退任した山下氏は、地元で徹底した支持者回りを行ってきた。佐賀県では、自民党が進めてきた農協改革、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に県農政協議会(農政連)が反発を強め、2015年以降の国政選挙で自民候補の推薦を見送ってきた。だが、今回は山下氏の粘り強い活動で、農政連が山下氏を推薦すると決定した。 約5万票を持つと言われる農政連の推薦決定のインパクトは大きく、佐賀選挙区は最後の最後まで、野党統一候補が決まらなかった。野党からの出馬が有力視されていた多久市の横尾俊彦市長は、ある農協幹部から「出馬はやめた方がいい。政治生命が終わる」とクギをさされて出馬を断念したという。結局、野党は犬塚直史元参院議員の擁立を決めた。ただ、犬塚氏は元々長崎選挙区から当選していて、佐賀に地盤のない「落下傘候補」で、出遅れ感は否めない。 自民党の参院選候補者には、山下氏のように役職を外れた人ばかりではなく、現職の政務官や副大臣も少なくない。役職についていた方が「箔(はく)が付く」という考えの候補者も多いからだ。 だが、彼らからは、災害などの緊急事態に週末備える「在京当番」で地元に帰れないことに悲鳴が上がっていると聞く。ただ、その悲鳴も裏を返せば、それだけ自民候補が必死で各選挙区で活動してきたということを示している。 一方、野党側はどうだろうか。東京の永田町に幹部が集まって、候補者が一本化できたら「これで勝てる」と満足しているようにみえる。 野党は「消えた年金」問題で第1次安倍政権を退陣に追い込んだ2007年の参院選と似てきたとして、「今回も勝てる」と豪語しているようだ。だが、当時は野党の活動量が今回とは全く違っていたことを忘れている。 12年前の野党第1党、民主党の代表は小沢一郎氏だった。小沢氏は参院選公認候補に対して、徹底した「ドブ板選挙」を命じた。 そして、自ら全国の選挙区に足を運び、「自民党流の業界団体回り、支持者回り」を行った。その結果、小泉内閣時代から「都市型選挙」にシフトしていた自民党を粉砕したのである。2007年7月、参院選最後の日曜日に、巣鴨で有権者と次々に握手をかわす民主党の小沢一郎代表(右、栗橋隆悦撮影) その小沢氏は今、自民支持団体を切り崩すために動くでもなく、経験不足の野党候補者に「ドブ板選挙」を指南するわけでもないようだ。永田町に鎮座して「野党が一つになれば勝てる」と何度も繰り返しているだけだ。平成時代を通じて、政界を振り回し続けた小沢氏も、ついに衰えたといわざるを得ない。 現在、野党は高齢無職世帯の平均的収支に毎月約5万円の赤字が出て、30年間で約2000万円が不足すると金融庁の金融審議会が試算し、麻生財務・金融相がその報告書の受け取りを拒否した問題に焦点を絞って、安倍政権に対する攻勢を強めている。だが、これは何度も野党が繰り返し、失敗してきた戦術だ。「救いようない」手法 これまで野党は「森友学園問題」「加計学園問題」「公文書偽造問題」「統計不正問題」などで政府側のスキャンダルを追及してきたが、野党が支持を得ることはなかった。各種世論調査が示すように、国民の多くは首相や財務相の「人柄が信頼できない」と思っている。だが、それでも「安倍政権は野党よりマシ」と考えているからだ。 また、何より野党の追及「手法」が国民の支持を得られなかった。それは、野党が官僚を国会内に呼び出して行う「野党合同ヒアリング」のことだ。 例えば、部屋の壁に「勤労統計不正 『賃金偽装』 野党合同ヒアリング」と大きな字で書かれた看板を掲げ、統計不正にかかわった総務省や厚労省の官僚を国会の部屋に呼び、多くの野党議員が次々と厳しい質問を続ける。その様子を、しっかりテレビ局に撮影させて、各局のニュース番組で放送させた。 だが、野党は自分たちが作った「民主党政権」が国民の支持を失って退陣に追い込まれ、今日に至るまで国民の信頼を取り戻せない一つの大きな理由を忘れてしまっているのだろう。それは「官僚と良好な関係を築けず、政権運営に窮してしまった」ということだ。「野党合同ヒアリング」の様子をテレビで見た多くの国民は、「やっぱり官僚と関係を築くことができない。政権を任せるわけにはいかない」と感じてしまう。そのことに気づけないのは、救いようがない。 それ以上に問題なのは、政府側のスキャンダルが出るたびに、野党が好機とばかりにこれに飛びつく一方で、政策を地道に練り上げることを放棄していることだ。敵失を攻撃するという安易な道に流れ続けることで、結局安倍政権の次に「どのような日本を作るか」という政策構想が後回しにされ続けて、国民に提示されないままでいる。 野党統一候補をそろえたところで、「寄り合い所帯」は変わらない。政策がバラバラな集団に、国民が政権を任せようと思うわけがない。だが、実は野党統一の政策構想など、簡単に作れると私は思っている。 要するに、安倍政権がやってきたことを全否定すればいいからだ。アベノミクスや消費税率8%引き上げ、国家安全保障会議、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪、働き方改革などを全て廃止してしまう。 そうして、「2012年12月の第2次安倍政権発足以前にすべて戻す。改革は何も必要ない」と訴えればいいのだ。これならば「寄り合い所帯」の野党でも簡単に一致できる。2019年6月、金融審議会が策定した報告書を巡り、国会で開かれた野党合同ヒアリング 正直、「政策を練り上げる」という政党としてのまっとうな研鑽(けんさん)を怠り、スキャンダルに飛びつき続けた野党が、選挙の前になると政策構想として「空理空論」を出してくることに、もう飽きてしまった。 それよりは「安倍政権完全否定」を打ち出して、死ぬ気で選挙を戦ってもらいたい。今こそ、野党は「覚悟を決めよ」と言いたい。■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■ 江田憲司手記「民主党政権より恐ろしい本当の悪夢を教えよう」■ 安倍の悲願を打ち砕く「マイルドリベラル旋風」はこうして生まれた

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    習近平はなぜ金正恩に6年間の「借り」を返す気になったのか

    美根慶樹(元日朝国交正常化交渉日本政府代表) 中国の習近平国家主席が6月20日から2日間、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の招きに応じて、同国を公式訪問することが発表された。習氏は13、14日の両日、キルギスの首都ビシケクで開催された、中国とロシア、インド、パキスタンと中央アジア4カ国で構成する上海協力機構(SCO)の首脳会議に出席した。 その際にインドのモディ首相や、オブザーバーであるイランのロウハニ大統領などと個別に会談したばかりである。また、習氏は28日から大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に出席する。 なぜ、習氏はこの多忙な時期に訪朝することになったのか。大胆に言えば、習氏の訪朝は、金氏に対する二つの「借り」を返すためである。 習氏は2012年11月に中国共産党の総書記に、13年3月には中国の国家主席に就任した。以来6年余りの時間が経過しているが、一度も北朝鮮に行っていなかった。 中国と北朝鮮は、1950年6月に始まった朝鮮戦争でともに戦ってから、「血で固められた同盟」だと言われるほど緊密な関係であった。そうであれば、習氏は就任後真っ先に訪朝してもよさそうだが、実際にはそうしなかった。 それどころか2014年7月、習氏はこともあろうに韓国を訪問した。朝鮮戦争の「戦友」であった北朝鮮よりも、敵方であった韓国を先に訪れたのである。これが習氏の一つ目の「借り」である。 二つ目の「借り」は、18年から続く東アジアの情勢変化から生まれた。特に、金氏と米国のトランプ大統領の首脳会談に象徴される米朝関係の変化に伴い、金氏が既に4回も中国を訪問したにもかかわらず、習氏は一度も訪朝していなかったことである。2018年5月、中国の習近平国家主席(右)と海岸を散歩しながら話し合う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=遼寧省大連(朝鮮通信=共同) 金氏は、トランプ氏との首脳会談と非核化交渉を控え、中国との関係を改善しようと考えた。こうして、対米交渉に経験の深い習氏からアドバイスを受け、支援も受けるために訪中を4回重ねたわけである。 最初は、米朝首脳会談の開催が煮詰まりつつあった同年3月、電撃的に訪中した。その後も5月、シンガポールの初会談後の6月と立て続けに訪中した。さらに、今年に入ってからも、ベトナム・ハノイでの2回目の首脳会談を見越してであろう、1月に訪中した。迫る「タイムリミット」 一方、習氏は中国を訪れた金氏を毎回大歓迎しながらも、自身が訪朝することはしなかった。このことについて、中朝の力関係を考えれば不思議ではないという見方もあるようだが、私はそう思わない。4回も一方が訪問しながら、他方が一度も訪問しないことは、主権国家間の関係において通常ありえないからだ。 習氏訪朝のタイミングについて、北朝鮮側ではやはり米国との関係が大きな要因だと思われる。2月の米朝会談が物別れに終わり、金氏は、米国との交渉は「段階的非核化」を基本方針とすることを党(労働党)と国家(最高人民会議)の最重要会議を開いて再確認したが、その後も米国との交渉は停滞したままである。 しかし、北朝鮮は米国に対して、今年末を非核化交渉の期限としており、あと半年しか残っていない。金氏がこの時点で習氏を迎えたいと希望したのは、対米交渉について再度協議すること、つまり5回目の協議が主要な目的の一つであったと思われる。 一方、習氏は「米中貿易戦争」の渦中で、トランプ氏から強い圧力を受けており、状況いかんでは決定的な対立に発展する危険もある。来るG20で行われることが決まった首脳会談が、この難問の帰趨を左右する重要な機会となる。 中国にとって、北朝鮮は米国との貿易問題で直接役立つわけではない。それでも、米国を悩ませている北朝鮮を味方につけておくことは何かと役に立つ。米朝首脳会談に臨む(左から)米国のボルトン大統領補佐官、ポンペオ国務長官、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右端)=2019年2月28日、ハノイ(朝鮮中央通信=共同) 要するに、対米交渉の「カード」の一枚として使えると判断したのであろう。だからこそ、忙しい日程の中にありながら、あえてG20前に訪朝することにしたのであろう。 それに、習氏はG20において、香港で起きた「逃亡犯条例」改正案に抗議するデモ隊と警官隊の大規模な衝突に関し、各国から批判的に見られる恐れがある。事実、ポンペオ米国務長官が首脳会議の場で、この問題を習氏に問題提起すると明らかにしたばかりだ。そのため、あらゆる方法で防御を固めているものとみられる。訪朝で何を話し合う? 北朝鮮では、習氏と金氏が対米関係に加え、中朝関係をさらに進めていくことを確認し合うと見られる。中朝両国の関係は、冷戦の終了後、複雑な経緯があっただけに、二国間で話し合うべきことは少なくない。 北朝鮮の経済発展のために中国はどのような協力をできるかがその一つである。金氏は北朝鮮の経済を発展させようと国内各地で叱咤激励しており、訪中するたびに中国の経済改革関連施設を見学している。 中国共産党と朝鮮労働党の関係強化も重要な課題である。今回の習氏の訪朝発表は、中国側では共産党中央対外連絡部が行った。 日本にとって、習氏の北朝鮮訪問は第三国間の問題ではあるが、決して関係がないわけではない。冷戦終結とともに、朝鮮半島問題における南北両陣営の関係が複雑になったが、北朝鮮は中国、ロシア両国との関係を改善し、北側の陣営は再度強化されつつある。北側陣営の再強化は、すなわち冷戦状態に戻る危険性を秘めており、日本にとっても大きな問題である。 中国とロシアは西側諸国に対抗する勢力の「核」になっている。冒頭で述べたSCOはその表れである。2018年9月の東方経済フォーラムで握手する安倍首相(左)と中国の習近平国家主席 これら諸国は概して西側諸国と価値を共有せず、国連でも保守的なスタンスで動くことが多い。北側陣営強化の背景にはこのような事情もある。 一方、北朝鮮と米国は「恒久的平和」の確立と「新しい米朝関係」の樹立を目指すことに昨年行われたシンガポールの首脳会談で合意した。これが進めば、南北対立はさらに緩和される可能性もある。 米朝関係の進展により、南北両陣営の対立が緩和されるか。それとも、中朝関係の緊密化によって、南北対立が激化するか。現在の朝鮮半島においては、二つの可能性が併存していると見るべきであろう。■ 金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」■ 習近平独裁に痛撃、中国経済「大失速」が意味するもの■ ファーウェイ敵視にも動じない中国「祖流我放」の冷めた感覚

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    金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」

    重村智計(東京通信大教授) 「北朝鮮は工作国家である」。この理解がないと北朝鮮の内幕はわからない。北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会の報道官は2日、「正しい決断をすれば、制裁が解かれる。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の選択にかかっている」とした河野太郎外相の発言を非難し、「安倍一味の面の皮は厚い」と述べたと朝鮮中央通信が報じた。 この委員会も工作機関である。最大の工作機関、統一戦線部の下部組織にあたる。 工作機関の言動は、日本を揺さぶる工作のために行われる。委員会には報道官の存在さえ疑わしく、担当者としてもレベルが低い。 だからこそ、日本側はこの「発言工作」に利用されて、動かされてはならない。「日朝首脳会談呼びかけに反発」「安倍晋三首相非難」と日本のメディアが報じるのは間違いだ。この発言からすべきなのは、平壌で何が起きているのかを分析することである。 発言のポイントは、「安倍一味」の河野外相を非難しただけであって、安倍晋三首相を名指しで批判していないところにある。相手も弱気なのだ。 では、いま平壌(ピョンヤン)でいったい何が起きているのか。韓国紙が北朝鮮高官の「粛清」を報じたにもかかわらず、数日後には姿を現してしまった。この点については、後で詳しく説明する。 まずは、衝撃的な事実から伝えよう。ベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談直前の2月22日、スペインにある北朝鮮大使館が、独裁体制打倒を掲げる「自由朝鮮」のメンバーによって襲撃され、重要文書や暗号コードが盗まれた。 ところが、この大事件が指導者に報告されなかったのである。金委員長は首脳会談当日、ホテルでテレビを見て初めて知ったという。事件から5日も経過してもたらされた事態に、担当者は責任を問われ、処刑された。 さらに、米国側が首脳会談前に求めた「寧辺(ニョンビョン)に加え、他の核施設の廃棄」を誰も金委員長に報告せず、首脳会談は決裂に終わった。つまり、責任を問われる高官はたくさんいるのである。2018年11月、参院予算委の審議が中断し、河野外相(右)や秘書官らと打ち合わせる安倍首相 北朝鮮では、指導者に都合の悪い報告をするとクビになるため、高官や側近はウソの報告をあげる。また、追及を受けた際の責任逃れの言動にもたけている。逆に言えば、この才能がなければ高官にはなれないのである。 ゆえに、最近の食糧難と餓死者の増加も報告されておらず、指導者は現実を認識していないといわれる。北朝鮮軍部はこうした状況を「奸臣(かんしん)の横暴」と反発しているという。平壌で広がる「スパイ狩り」 これまで、米朝首脳会談や日朝秘密接触を中心になって進めてきたのは統一戦線部だ。外務省ではない。 外務省には、外交戦略の立案や秘密交渉に携わる権限もなければ、交渉や合意する権限もない。言われたことを伝えるだけだ。交渉は工作機関の統一戦線部か、秘密警察組織の国家保衛省が行ってきた。 駐スペイン大使館への襲撃事件や米朝首脳会談の決裂、露朝首脳会談の失敗を受け、平壌では米中央情報局(CIA)のスパイ摘発が始まった。捜査を担当したのは、統一戦線部と対立する国家保衛省や軍の偵察総局、保衛司令部だ。 この過程で、外務省の高官や統一戦線部の幹部が調査対象になった。統一戦線部長を兼務する金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長も調査を受け、長期間姿を消し、統一戦線部長を解任された。 韓国では、5月末に朝鮮日報が「北朝鮮高官処刑、追放」との情報を伝えた。情報源は韓国の情報機関、国家情報院だ。 情報機関はなぜリーク(漏洩)に踏み切ったのか。英哲氏や指導者の妹、金与正(キム・ヨジョン)女史の動静が確認できずに困っていたからだ。 要するに、新聞やテレビに報道させて、北の反応を見ようとしたわけだ。韓国の情報機関がよく使う「あぶり出し」の手法である。 この作戦に乗せられた北朝鮮は報道の数日後、英哲氏と与正氏が金委員長に同行する姿を映像で流した。韓国情報機関の作戦に北朝鮮がまんまと「引っかかった」ことになる。2019年6月3日、マスゲーム・芸術公演「人民の国」を観覧した金正恩朝鮮労働党委員長(中央)や金与正党第1副部長(左から2人目)。朝鮮中央通信が4日報じた(朝鮮通信=共同) 実は、日朝の秘密接触でも韓国の「あぶり出し作戦」が使われていた。秘密接触の事実を確認するために、朝日新聞や東京新聞にリークし、いつどこで誰が接触したかを確かめる手口をよく使っていた。 ただ奇妙なのは、北朝鮮は韓国の「あぶり出し作戦」とわかっていながら、どうして引っかかったのか。以前なら黙って対応せずに、1カ月後ぐらいに姿を見せて、韓国情報機関に恥をかかせるのが本来のやり方だったはずだ。あの料理人の名前も やはり、韓国の報道に慌てて姿を見せた対応は解せない。北に何かがあった、と判断するのが本筋だろう。指導部は「不安定化により、指導者の求心力と指導力が低下している」と判断されるのを恐れたのではないか。 もしくは、追い詰められた統一戦線部の勢力が「南につながるスパイがいるから摘発すべきだ」と反抗に出たのだろうか。北朝鮮の高官はこの能力もなければ生き残れない。 こうして、過去3カ月を超える平壌内部の動きは、軍部や情報工作機関、側近を巻き込んだ勢力争いが展開されている事実を浮き彫りにした。軍部は「核放棄」に強く反対し、米朝首脳会談の失敗に反発している。 平壌からの情報によると、駐スペイン大使館襲撃事件の責任と米朝首脳会談失敗の責任追及がいまだに続いている。調査の焦点は先述の通り、米国のスパイ摘発だ。 その中で、「金正日(キム・ジョンイル)の料理人」として知られた藤本健二氏(仮名)も米国のスパイ容疑で調査を受けている。2016年に平壌へ戻った翌年に日本料理店を開いた藤本氏は1982年初めて訪朝し、2001年に帰国した。 その日本滞在の時期に、CIAの高官とひそかに接触して資金を受け取り、金委員長に関する極秘事項を漏らした、とされる。それも、絶対に口外してはいけない秘密だった、というのだ。 動静が確認された金英哲氏も、まだ決して安泰ではないといわれる。彼には、前任者の金養健(キム・ヤンゴン)統一戦線部長を暗殺したとの疑惑がつきまとっているからだ。英哲氏は与正氏と親しく、その関連で与正氏も調査を受けたのだろうか。 だが、北朝鮮の常識からすると、指導者の実力ある妹が軍や工作機関の調査を受けることはありえない。もしあったとすれば、軍の秘密調査機関にしかその権限はない。つまり、軍と金委員長の間に緊張関係が存在することになる。藤本健二氏=2010年10月(原田史郎撮影) 平壌では多くの外務省職員が粛清され、統一戦線部の高官も追放された。米国のスパイ摘発が終了し、態勢と戦略が建て直されるまで、米朝首脳会談と日朝秘密交渉は再開されないだろう。 それでも、北朝鮮には経済的、外交的余裕も時間もない。年末までには、日朝、米朝関係で新たな展開が見られることであろう。■ 「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない■ 金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか■ 「北朝鮮脅威」の甘い蜜を吸う安倍首相に金正恩が会うメリット

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    所功手記「皇位世襲の持続方法を考え直す」

    所功(京都産業大名誉教授) 現行の日本国憲法は、日本的な国柄を示す第1章を「天皇」とし、第1条で天皇を国家・国民統合の象徴と意義付ける。それとともに、第2条で「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と明示している。つまり、象徴天皇の地位は、古代以来の皇統血縁者によって世襲することが大原則である。 その世襲方法は、明治以来の皇室典範を受けて、昭和22(1947)年施行の皇室典範(法律)に定められた。とりわけ第1条に「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と限定されている。つまり、「皇統に属する」血縁者であることが大前提であり、それには男系の男子、男系の女子、女系の男子、女系の女子も含む。ただ、歴史的に男系が長く続き、男子が多いことを重視して、「男系の男子」に絞ったのである。 しかし、戦後七十数年間に、連合国軍総司令部(GHQ)の皇室縮小(弱体)化政策や少子高齢化の進行などにより、皇室構成者が漸減してきた。側室庶子も養子縁組も認めない現行典範の制約などにより、令和元(2019)年現在、若い男系男子は悠仁親王お一人しかおられない。また、今は皇族の女子9名(内親王3名、女王6名)も、一般男性と結婚すれば皇籍を離れるほかない(皇室典範12条)から、やがて皆無となる恐れがある。 そこで、一昨年6月に成立した「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」は、特に付帯決議を加え、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等」を、「皇族方の御年齢からしても先延ばしすることのできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方の御事情等を踏まえ、全体として整合性がとれるよう」、政府も国会も検討することを、与野党合意で明確に求めている。 これによって、平成17(2005)年の小泉純一郎内閣に始まり、同24(2012)年の野田佳彦内閣に受け継がれながら、ほとんど動かなかった「皇室典範改正準備」が、ようやく再開されることになる。ただ、この十数年間で事態は一層深刻化しており、今度こそ政府で実現可能な具体策を練り上げて、国会で与野党合意により改正法案を成立させてほしい。 この事態を建設的に前進させる一助として、ここでは甲案と乙案を分けて、各々に若干の具体案を提示するので、議論の叩き台にしていただきたい。まず甲案とは、現行典範の男系男子に限る継承原則を厳守する場合である。また乙案とは、その原則を残しながら、当代の特例として、男系女子の継承(女性天皇)も一代限りで可能とする場合である。 なお、歴史上に前例のない女系天皇は、当面現実にあり得ないことだから、議論を次世代に委ねて、当世代は対象としないことにすべきであろう。 甲案では、三つの具体案が考えられる。まず(イ)は、現行の典範と特例法にのっとって「男系の男子」のみで継承する場合である。「特例」男系女子の継承案 今上陛下が、やがて高齢を理由として上皇陛下と同様に退位される場合、仮に26年後ならば、85歳の今上陛下から79歳の皇嗣(こうし)、秋篠宮殿下に譲位される。ただ、その段階で、38歳の悠仁親王はようやく皇太子となられるが、そのころまでに結婚されるとしても、その妃(きさき)は必ず男子を産まなければ先が続かない、という重圧を背負うことになる。 ついで甲案の(ロ)だが、皇嗣の秋篠宮殿下ご自身が、およそ21年後、80歳の兄君が退位されても、74歳で即位して象徴天皇の役割を果たすことは現実的に難しい、と自ら語っておられると報じられている(「朝日新聞」4月21日朝刊)。もしそうであるならば、今上陛下の次は甥(おい)の悠仁親王が継がれることになるほかないから、例えば、6年後に18歳で父君から皇嗣の地位を譲り受けて成年式と立太子の礼を行い、およそ10年後の28歳ごろに結婚され、やがて33歳ほどで即位されるということになれば、世代交代としてはノーマルになる。 念のため、前近代には、当帝に皇子がない場合、その兄弟や宮家の王(親王の子)を養子、つまり猶子(ゆうし)に迎えて、親王に引き上げて後継者とした例が多い。また、宮家の後継王も当帝の仮養子として親王になるから宮家を相続することができた。 さらに、甲案の(ハ)は、一世代後の将来を考えてみると、(イ)でも(ロ)でも、皇位を継承される悠仁親王の後に必ず男子が生まれるとは限らない。とすれば、万一に備えて男系男子を確保しておくため、旧宮家子孫の中から適任者を選び出し、やがて皇族に迎える案も検討するような必要があろう。 ただ、旧11宮家でも男系男子の相続が原則のため、既に7家が若い男子の不在で続かず、これからも残るのは久邇(くに)、賀陽(かや)、東久邇、竹田の4家しかない。そのうち一般国民として生まれ育った当代の若い男子が、やがて皇族となれる要件を具備するのは相当難しいと思われる。2019年4月8日、お茶の水女子大付属中の入学式に臨まれる秋篠宮ご夫妻と長男悠仁さま 一方、乙案にも、三つの具体案が考えられる。前述の通り、男系男子の原則を残しながら、当代の特例として男系女子の継承を一代限りで容認する案である。ここでは失礼ながら、高齢の常陸宮殿下と、将来高齢になれば即位困難と自認されている秋篠宮殿下を議論の対象外として考察する。 まず、乙案の(a)は、男系の男子を優先するが、男系の女子も可能とするものである。仮に21年後を想定すれば、80歳の今上陛下から33歳の悠仁親王が即位され、その段階で悠仁親王に王子が誕生していれば、その男子を皇太子とする。 しかし、もし女子か無子であるならば、38歳の愛子内親王が皇嗣となり、それから仮に20年後か30年後、悠仁天皇(53歳か63歳)の後を、愛子内親王(58歳か68歳)自身が即位される。もしくは、それまでに結婚して王子をもうけておられたら、その男子が即位されるようなケースも考えられる。 ついで乙案の(b)は、男系の男子を優先するにしても、直系・長系の長子を優先する場合である。今上陛下の次は長女の愛子内親王であるから、その愛子内親王が早めに(成年となられる2022年)、皇嗣の地位を57歳の叔父、秋篠宮殿下から譲り受けて、皇太子となられる。若い適任者を探し出す やがて仮に18年後、80歳の父君の後を承(う)け、38歳で女性天皇となられ、33歳の従弟、悠仁親王を皇嗣とされる。それから、仮に20年後か30年後に愛子天皇(仮称)が譲位されたら、皇嗣の悠仁親王自身が即位されるか、またはそれまでに悠仁親王が結婚して王子をもうけておられたら、その男子が皇嗣を譲り受けて、即位されるようなケースも考えられる。 さらに乙案の(c)は、もし万々一、悠仁親王にも愛子内親王にも御子が生まれないような場合まで想定している。旧11宮家のうち、現存する前述の4家の中に、若い男子で将来皇室に迎えられるほどの若い適任者たちがいたとしよう。 その場合は例えば、専任でも臨時でもよいが、宮内庁職員として勤めながら現皇室との関係を深めることが望ましいと思われる。また、もしそのような適任者の中から、皇族女子と結婚されることが可能になるならば、その間に生まれる王子に皇位継承の資格を認められやすくなるとみられる。 なお、天皇と内廷皇族を支える宮家は、皇位に準じて男系男子が相続すべきものと考えられ、行われてきた。しかし、男系女子による相続を否定する明文は見当たらない。事実、近世の桂宮家は皇女が養子に入り当主となった。しかも、現在の宮家の実状を正視すれば、常陸宮家には御子がなく、また他の三家も女子しかない。 したがって、現存の宮家を残すには、少なくとも三笠宮家の彬子(あきこ)女王(37)か瑤子(ようこ)女王(35)、高円宮家の承子(つぐこ)女王(33)、及び秋篠宮家の眞子内親王(27)か佳子内親王(24)の各お一人は、一般男性と結婚しても当家を相続できるようにする必要があろう。 その場合、当主と同様に夫君も子供も皇族の身分とすべきであるが、その夫君は当然皇位継承の資格を持ち得ず、その子供も同様とする。皇族の身分とするのは、そうしなければ家族として一体になれないと考えるからである。ただ、万が一、内廷に皇子も皇女もいないような極限状態に至るなら、女子を当主とする宮家の子孫にも皇位継承の資格を認めることも検討しなければならないが、それは次世代に委ねるほかない。 以上、皇位の世襲継承を持続する現実的な方法についての管見を略述した。今必要なことは、従来の原理原則に固執することが無理な現状を直視して、何とか実現可能な具体案を出し合って総合的に検討を加え、多くの国民に理解と共感が得られる合意の形成に全力を尽くすことであろう。皇居に入られる天皇陛下と愛子さま=2019年5月11日、皇居・半蔵門(川口良介撮影) 長らく放置されてきた諸問題を一挙に解決することは難しい。それゆえ、当面(20~30年)の対応策を練り上げて実施し、その先で新たな問題が生じたら、改めて検討し、修正を加えていくような努力を着実に続けていくことが望ましい。 なお、議論を少しでもわかりやすくするため、皇族の実名も年齢も、20年、30年後の予想までもあげた。非礼にわたることと思われるが、あらかじめ平にお詫びしておきたい。■ 女性宮家以外にも「皇統の断絶」を防ぐ手立てはある■ 「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか■ 元東宮侍従手記「秋篠宮殿下は皇室の意思を代弁するにふさわしい」

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    磯野貴理子と離婚した年下夫を責められないオンナはつらいよ

    鈴木涼美(社会学者) 24歳年下の男性と婚姻関係にあった磯野貴理子さんが、テレビ番組で離婚したことを打ち明けた。自身にとって2度目の離婚となったが、何より元旦那から告げられたその理由が「自分の子供が欲しい」という内容だったことが、一部で物議を醸している。 磯野さんは現在50代、元旦那は30代。女性の方が現実的に子供を授かるのが難しい年齢であるため、その離婚事由は多くの女性から「残酷すぎる」「わかっていたはずなのに無責任」「あまりに悲しい」などの反応を引き出したし、30代後半の未婚女性である私にも、そのニュースはずっしり重く響いた。 この男性について、冷酷である、と攻め立てることは容易ではある。少なくとも常識的に考えて結婚する際には添い遂げることを想定するはずなのに、彼女の年齢を考えて答えを出したはずではなかったのか。経済面での援助を期待していたのではないか、などと臆測を立てることも簡単だ。 ただ、そんなことを言ってもどんな夫婦にも離婚の事由はあるわけだし、女性が一定の年齢を越えれば子供を作るのが現実的でなくなるのも事実だし、人の気持ちがそうそう一貫していないことも責められないし、彼を責めたところで少なくとも私は救われた気がしない。 大体、当該夫婦が24歳も年が離れていたことが必ず合わせて報道されるが、旦那のこのような選択は、実は磯野さんが同い年の男性と結婚をしていたとしても起こり得ることなのだ。 男性は50代だろうと70代だろうと新たに「自分の血のつながった」子供を作れる可能性がある。同い年の男性と、自分がまだ子供を作るのに適した年齢の頃に結婚したところで、子宝に恵まれなかった女性が、40代50代になった時に、磯野さんと同じような理由で離婚を言い渡される可能性は十分あるし、実際にそのようなことを経験して傷ついた女だって少なからずいるだろう。 以前、大変年の離れた男性と結婚した女性政治家が、やはりテレビ番組で男性側の「普通の家庭を作り子供を育てる可能性」を奪ったなんて言われたことがあるが、男性の生殖機能を考えれば年齢差が大きく関係しているとは言いにくく、そんなことを言ったらすべての高齢女性はどんな年齢の男性とも結婚を許されない、あるいは身体的な理由で不妊となった男性しか選べないということになるので見当違いな批判だと言って良い。 では、そもそも磯野さんの旦那の選択の何が「残酷だ」と感じさせるのだろうか。左から『おそく起きた朝は…(現在のはやく起きた朝は…)』に出演する森尾由美、磯野貴理子、松居直美=大西正純撮影 年齢の離れた女性と結婚しておいて今さら気持ちが揺れたことだろうか。女性の気持ちより自分の願望を優先したことだろうか。そもそも年齢的にある程度制限のある女性と結婚したことだろうか。夫婦の形を壊さないまま養子縁組などの解決策を探さなかったことだろうか。妻にだけ子供ができない責任を押し付けたことだろうか。 では、子供が欲しいからという理由で別れを告げられるのと、夫婦関係を維持したまま、外で子供を作られるのと、女性はどっちが酷だと感じるだろうか。男性に求められること 私が大学院生で銀座の小さなクラブでバイトをしていた頃、結婚して15年以上たつ某有名企業の社長から相談をされたことがある。彼は若い時に3歳年下の女性とお見合いに近いかたちで結婚をしたが自然に子を授かることはなかったという。そのことについてはものすごく悲観しているわけではなかったし、妻を大切にしてきたが、せっかく築き上げた財産や会社のことを思うと、50歳が見えてきた頃、やはり自分の子供が欲しいと思うようになった。養子をきちんと愛して育てる自信はない。妻と離婚しようとは思わないが、外で子供を作ろうと思っている。ついては私にそういった子作りに興味がないかを聞いてきた。 彼は「物分かりの良いうちの妻はきっと理解するだろう」と楽観視していたが、自分の授かることのなかった子供を別の女性との間に作る旦那を見て、何も感じないとは考えにくい。就職活動中だった私は彼の申し入れを真剣に考えることはなかったため、その後彼がどんな選択をしたのかは当然知りもしないが、もし彼が想定していたように子供を作っていたとして、彼の妻が感じたことと、磯野さんが感じたこと、想像を巡らせてもどちらが重くどちらがマシかなんてわからない。人の心理を勝手に決めつけることはできないが、少なくとも、私だったら傷ついたと思う。 「産まない自由」も「性別による役割からの解放」も叫ばれて久しい。それについて異存を唱えるのはもはや難しいが、産まない選択の傍らで、子育ての苦労や負担を感じている人がいて、そういう人によって社会がある程度の人口を維持し、人口がある程度維持されることを想定してデザインされた社会がその形を保っているのも事実だ。 「自分の子供が欲しい」と離婚を決意した男性は、たしかに結婚生活について責任を全うしなかったという批判を受け付けるが、社会の維持についてはむしろ責任を全うしようとした、とも解釈され得るわけで、安易な攻撃が無効化されるのは目に見えている。 そんな事情がある以上、圧倒的な説得力を持って彼の決断をやめさせることはできないだろうし、今後も彼のような選択をする男性が出てくることも否定しにくい。女性にとってそれがどんなに冷酷に思えても、今の時点で止めるのは、離婚を禁止にするか、女性の身体を根元から改造するか、と非現実的かつ不自由な方法しか私には思いつかない。※写真はイメージです(GettyImages) たしかに社会制度や医療は変化していくが、絶対に変わらないのは、私たち女性の身体が男性の身体とは違うかたちをしていることと、男性が「自分のオンナの」身体を交換することは離婚制度や再婚などによって可能だが、私たち女が「自分の女性としての」身体を新品と交換することはできない、ということだ。最も普遍的かつ、実は最も残酷なのはその事実なのだと私には思える。 私たちは交換できない身体を抱えて、時に冷たく時に過酷な現実を生きる覚悟と精神力こそ持たなければいけないのだろうし、男性に求められるのは、彼らが愛したり別れたりする相手の女が、そういった現実と向き合っていることに対する想像力くらいのものだろう。想像なんて、と思ってしまうけれど、それでも心のどこかで痛みを想ってくれるなら、私としてもちょっと救われる気がするのだ。■「愛なき結婚は不幸」松居一代が教えてくれた現代ニッポンの幻想■『週刊SPA!』を謝罪させた女たちは一体何にムカついているのか■上沼恵美子M-1騒動「更年期障害」でオンナは傷つきません

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    川崎20人殺傷「一人で死ねば」の前に迫られる社会の決意

    福田充(日本大学危機管理学部教授) 令和と元号が改まった2019年5月、川崎市多摩区登戸で28日発生した殺傷事件により、2人が死亡し、18人が重軽傷を負った。小学校のバス停でスクールバスを待っていた小学生の列を狙った犯行であった。 高齢の伯父夫婦の家に住んでいた容疑者は既に50代を迎え、ひきこもり状態の生活を送っていたと報じられている。容疑者は犯行現場で自殺したため、その動機を完全に解明することは難しい。だが、合理的に解釈すれば、介護が必要になった伯父夫婦と、収入のない自分の将来を悲観した「自暴自棄犯罪」の一種と分類することが可能である。 こうした自暴自棄犯罪は、これまでも繰り返されてきた。例えば、2008年の秋葉原無差別殺傷事件では、20代の男が東京・秋葉原の歩行者天国に車で突入、歩行者を跳ねながら暴走した後、車から降りて歩行者に次々と包丁で襲いかかり、7人が死亡、10人が負傷した。 2016年に宇都宮市で起きた爆発事件では、元自衛官の60代の男が宇都宮城址(じょうし)公園で自作の爆発物によって自殺したところ、付近にいた男性3人が巻き込まれて重軽傷を負った。この容疑者は、自宅など3カ所連続で爆発事件を起こしている。 この二つの事件に共通するのは、自分が困難な状況に追い込まれた理由として、家族や知人との人間関係や、仕事、経済的事情などへの恨みや怒りを、犯行の事前にインターネット上に書き込んで残していたことである。この点から、犯行に及ぶ動機が、社会に復讐(ふくしゅう)するために不特定多数の他人を巻き込んで殺すというものであったと解釈できる。 このように精神的に、または経済的に社会生活が困難な状況に追い込まれた個人が自暴自棄な精神状態になり、不特定多数の他人を巻き込んで殺して自分の人生を終わらせようとする犯罪のことを、「自暴自棄犯罪」と呼ぶことができる。小学生を含む複数の人が刺され、騒然とする川崎市多摩区の現場付近=2019年5月28日午前 まさに、これらの事件は、自暴自棄犯罪の特徴を兼ね備えているといえる。また、その他で共通するのが、用意周到に爆弾や車などの凶器、道具を準備して犯行に及ぶという計画性にある。 こうした特徴を考えるとき、今回の川崎殺傷事件もこの自暴自棄犯罪の特徴に当てはまる点が多いことがわかる。「拡大自殺」の謎 今回の事件をめぐっては、メディアで「拡大自殺(extended suicide)」というキーワードが使用されている。しかし、この概念は、欧米で研究や議論がそれなりになされているものの、定義や用法が定まらない不明確な概念である。日本語としても、定着せずにあまり使用されていない。 実は、憎悪や怨恨(えんこん)の対象を殺害したり、無差別に大量殺傷したりした容疑者が自殺する犯行(homicide suicide)から、家族や愛情の対象を道連れにして無理心中すること(murder suicide)まで含まれており、多様な概念でもあることがわかる。 ただ、こうした現象自体は決して新しいものではなく、日本でも昔から発生していた。「津山三十人殺し」として有名な1938年の津山事件も、近隣の村人約30人を殺傷した後に容疑者は自殺している。 無理心中を見ても、日本の歴史上枚挙にいとまがない。現代の事例を見れば、先述の宇都宮連続爆発事件や、2015年の列車内で焼身自殺を図り女性客を巻き込んだ東海道新幹線放火事件は、容疑者の残した記録や犯行の状況から考えても、殺人自殺型(homicide suicide)の拡大自殺と呼ぶことができるだろう。 今回の川崎殺傷事件が、最初から容疑者が自殺する目的を持っていたかどうかは不明であり、今後も判明することはないかもしれない。確かに、自殺が目的で、その自殺に他人も巻き込んで大量殺傷を行ったのであれば、今回の事件は明確に拡大自殺と呼ぶことができる。 しかし、当初は大量殺傷だけが目的で、それを実行した後に、状況によって感情的かつ発作的に自殺したのであれば、それは拡大自殺には当てはまらないともいえる。容疑者が事前に記した自殺をほのめかすような遺書などが見つからない限り、そのいずれかは推測の域を出ず、判明しないであろう。爆発物で自殺した元自衛官の焼死体が発見された木製ベンチ周辺を捜索する警察官=2016年10月、栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園 今回の殺傷事件において、被害に遭った児童たちの通う私立カリタス小学校による防犯体制は、記者会見や報道などから分析しても、一般的な小学校の防犯体制よりも十分に手厚いレベルであったことがうかがえる。それでも今回の事件を防ぐことはできなかったわけである。 小学校の防犯体制が強化されるきっかけとなったのは、2001年に発生した「付属池田小事件」である。大阪教育大付属池田小学校に包丁を持って侵入した男が教室や廊下で児童を襲い、8人の児童が死亡、児童13人と教員2人が負傷した。困難な「リスクゼロ」 池田小の事件以降、小学校や中学校では、正門など出入り口の一元化や警備員の配置、監視カメラの設置、教員の防犯指導強化や刺又(さすまた)の導入など、防犯体制が強化されてきた。外部者による学校への自由な侵入はより困難になったのである。 それでも、今年4月には秋篠宮家ご夫妻の長男、悠仁さまの通うお茶の水女子大付属中に侵入し、悠仁さまの机の上に刃物が置かれた事件が起きた。このときは、監視カメラなどにより、容疑者が素早く特定され、逮捕されている。 確かに、児童や生徒の学校内での安全対策は強化されてきた。だが、学校を一歩でも出ると、道路や駅、電車内、店舗など街中のいたるところに犯罪や事故のリスクは潜んでいる。 これらのリスクをゼロにすることは極めて困難である。特に、自分が逮捕されることも、死ぬこともいとわない自暴自棄犯であれば、どのような状況であっても、包丁やバットなどの凶器や車などを使って、子供たちを襲うことは容易である。 では、このような状況において、こうした自暴自棄犯による大量殺傷事件に対する予防策はありうるだろうか。 今回の川崎殺傷事件のような事例は、発生段階またはその直前で事件の被害を防ぐことは極めて困難である。こうした包丁などの凶器を持って襲ってくる自暴自棄犯を止めることができる防具や武器を持った警備員や警官を街中に配置することは、現実的ではない。容疑者の自宅から段ボール箱などを運び出す神奈川県警の捜査員=2019年5月29日、川崎市麻生区 危機管理において求められるのは、事件発生時や発生後に行うクライシス・マネジメント(crisis management)だけではない。事件が発生していない平常時に行うリスク・マネジメント(risk management)によって、こうした自暴自棄犯を出さない、事件を起こさない予防、防止策が必要なのである。 その予防や防止のための主流アプローチが二つある。地域社会などのコミュニティーにおける「社会福祉的アプローチ」と、インターネットや会員制交流サイト(SNS)、監視カメラなどテクノロジーを用いた「監視的アプローチ」だ。「安心・安全」と「自由・人権」 今回の川崎殺傷事件は、容疑者の自宅を中心として周辺地域の中で発生した、極めて狭い生活空間の中で実行される「コミュニティー密着型」の自暴自棄犯罪であった。容疑者は長い間ひきこもりの状態にあり、世話をしていた伯父夫婦は地域の介護サービスセンターに家庭の状況を相談していた。 こうした問題を抱える家族や個人の状況を、地域社会などのコミュニティーで共有し、地域全体で孤立する個人を救う社会福祉的アプローチによって、個人の自暴自棄化や過激化を防ぐセーフティーネットを構築することが重要である。自暴自棄犯の多くは、地域や社会において取り残される弱者であることが多い。 今回の事件後に、ネットやSNS上で「一人で死ねば」という言説が数多く発生した。そういう意味では、人質テロ事件における自己責任論に近いものであり、こうした自暴自棄犯を発生させる状況や背景の問題の根本的解決を遠ざけるものと言わざるを得ない。 もう一つの監視的アプローチは、既に警察や公安当局などによって推進されている。先述した秋葉原無差別殺傷事件や宇都宮連続爆発事件の容疑者は、犯行前に自分の恨みや怒りをネット上に書き込んでいた。 ネットやSNSの普及により、こうした事件を起こす犯罪者予備軍をネット上で監視する活動が、公安当局でも一般的となった。2018年のハロウィーン直前の東京・渋谷で軽トラックが横転させられた事件で、十数人の若者を摘発したのが、その代表例だろう。 この事件の捜査では、警視庁捜査支援分析センター(SSBC)による渋谷の監視カメラの「リレー方式」画像分析に加え、それと連動して行われたツイッターやインスタグラムなどSNSの投稿を分析するビッグデータ解析が行われた。今後も、犯行の防止・予防や、事後の犯罪捜査において、こうしたネットやSNSの監視活動、監視カメラの分析はより技術的に高度化しながら、社会の監視レベルを上げていくことになるだろう。 こうした地域社会における社会福祉的アプローチや、ネットやカメラによる監視的アプローチは、犯罪やテロに対する「安全」や「安心」を高めるために求められる方向性である。反対に、こうしたアプローチは社会における人間の「自由」や「人権」を損なう恐れのある活動である。ハロウィーンの騒ぎの中で車の上に乗る男性=2018年10月29日未明、渋谷センター街 テロ対策の文脈ではこれまで、「安全」や「安心」のためのテロ対策を高めるほど、「自由」や「人権」は損なわれるという、トレードオフ(相殺関係)が指摘されてきた。それは犯罪対策においても同じである。 自暴自棄犯による大量殺傷の予防や防止のために、社会政策としてどこまですべきか、またどこまで行ってよいのか。今回の川崎殺傷事件のような犯行を起こさせないためには、「安全」「安心」と「自由」「人権」の価値のバランスをとりながら議論し、社会の中で合意形成されることが不可欠なのである。■ 2ch創設者ひろゆき提言「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」■ 殺傷事件はやむなし? JRは新幹線の保安検査を本気で検討せよ■ 性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ

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    米中貿易戦争「日本が得する」逆転シナリオが一つだけある

    熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト) トランプ米大統領が用意している中国への制裁関税第4弾が、日本経済を本格的不況に陥れるのではないかと恐れられている。これまでの制裁で、意識的に除外されてきたiPhoneや日用品に関税率が上乗せされることは、米国の消費者と中国の生産者、そして中国企業に部品や設備を供給している日本企業がダメージを受ける。 この対立を巡って、「トランプ大統領が理不尽だ」という側面をクローズアップすると、日本には何のメリットもないように感じられる。筆者も、自由貿易の考え方に基づいて、トランプ大統領のことは何一つ支持したくない。 しかし、今回、改めて米中対立の構図を吟味して、米中貿易戦争は日本企業にも何かメリットがあるのではないかという別の視点を考えてみた。その結果、日本にとってメリットのある展開は、中国にも中長期的なメリットがあると考え方を進めた。 すなわち、日本企業が長く悩まされてきたのが、数多くの中国の構造問題である。それは、欧米企業でも共通している。最も代表的なのは、巨大な産業補助金の問題である。日本では、経営が悪化した一部の電機メーカーは、経営の失敗と指弾され、メディアからバッシングされる。その一方で、背後に隠れた中国企業の補助金問題はほとんど語られることがない。補助金で支えられた企業と競争すると、日本企業は価格競争でも勝つことができないのだ。 これまで、中国の成長に期待して進出した多くの日本企業もまた苦労してきた。現地で合弁企業をつくると、そこでは思うように活動ができなかった。行政上の手続きはやや恣意(しい)的であり、海外製品が不利に扱われることもあった。G20首脳会合に合わせ、中国の習近平国家主席(左端)との会談に臨むトランプ米大統領(右端)=2018年12月1日、アルゼンチン・ブエノスアイレス(AP=共同) 最近は人件費の高騰によって、低コストのメリットも失われてきている。当初の期待が思うようにならなくなってきているのが実情である。従業員の離職率の高さや、労務管理の難しさもある。さらに、現地で人民元で稼いだ利益を外貨に戻して持ち出すことが制限されたり、債権回収が困難であるということもある。これらの課題は、日本とは違う国だから仕方がないという一言で片付けるわけにはいかないだろう。 今回、トランプ大統領は、特に技術移転の強要と、知的財産権の保護を求めている。米中協議の中で、これら中国特有の不公正なルールの是正が持ち出されていることは、日本企業がこれまで求めてきた問題の是正とも共通している。実は、中国でもこれらの構造問題が是正されることを望んでいる良識派は少なくない。例えば、中国でも知財に絡んだ訴訟は多く、今や中国は米国以上の訴訟大国とされる。こうした課題の解決は、中国企業にとってもメリットになるはずだ。習近平の「新しい秩序」 貿易戦争の緊張感が高まっていく中で、根拠のない楽観論があることも事実である。トランプ大統領は、強烈な圧力を中国にかけているが、楽観論者はそれは自作自演のアピールであり、それほど困った状態にはなるはずがないという。水面下で米国と中国は握っていて、時間がたつと、どこかで昔よりも良好な関係に戻るというのだ。 筆者はそうならないだろうし、それが望ましいことだとも思わない。対立がなくなる→経済の火種はなくなる→万事まるく収まる、という発想は正しくはない。中国ビジネスの抱える矛盾をそのまま看過することになるからだ。 中国の構造問題には、北朝鮮問題にも同じようなところがある。トランプ大統領は、北朝鮮に圧力をかけて金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を対話の場に引きずり出した。今も交渉が決裂しないか、筆者はハラハラしてみている。この交渉の目的は北朝鮮の非核化である。米朝の緊張関係はなくなった方がよいと思うが、最終的な目標が達成されなくては意味がない。 おそらく習近平体制は歴代中国の政権の中で、厳しい改革を成し遂げる実力を持っている数少ない政権だろう。習主席が、これまで腐敗防止と綱紀粛正によって、国民から支持を得てきたことは周知の事実だろう。その対象を不公正な取引慣行やルールに向けて、新しい秩序をつくることは可能だと考えられる。 逆に、なぜ習主席はそれを行わずにいるのか。それは、公正なルールづくりよりも、中国企業が他国の技術を盗用することを見逃しながらでも、経済発展を優先したいと考えているからだろう。そのことは、先進国では許される行為ではないが、急速に大国化する中国にとっては必要悪と考えているのだろう。 多くの人は、トランプ大統領があまりに性急な貿易不均衡の是正を求めていることの間違いには気が付いていると思う。その一方で、中国もまた性急な経済発展を求めていて、それが公正なルールの順守を軽視する素地(そじ)を作っていることは見逃されやすくなってしまう。中国は、経済強国という夢を捨てて、もっと穏健な「普通の経済大国」を追求することを目指した方がよい。 時間をかけてでも、米国が訴える公正なルールづくりに大枠で賛同する方が、中国は日本や欧州の良識派を味方につけやすい。会談を前に握手する安倍晋三首相(左)と中国の習近平国家主席=2018年10月26日、中国・北京の釣魚台迎賓館(代表撮影・共同) 最後にもう一つ。中国経済は、現在、大きな曲がり角に来ている。これまでの人件費高騰に加えて、貿易戦争のようなリスクに直面して、以前よりも日本企業にとって魅力が感じられなくなっている。日本企業の中には、ベトナムやタイに生産拠点を移す動きもある。これまで問題を抱えながらも、中国への進出をしてきた日本企業が行動を変化させつつあるのだ。 おそらく、中国が公正な企業活動を目指して自己改革をすることは、再び日本企業にとって中国市場の魅力を高めることにつながるだろう。それを遅らせることは、日本や欧米企業の中国離れを加速させる。自己改革こそが中国のためにもなることを肝に銘じるべきだろう。■安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」■「米国はもう崖っぷち」5G戦争、ファーウェイ排除のウラ側■米中貿易戦争の渦中で激化する韓国「謝罪ゲーム」のツケ

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    醜態よりも救いがたい丸山穂高に抜けている「基礎知識」

    舛添要一(前東京都知事) 北方領土へのビザなし交流訪問団に参加した丸山穂高衆院議員が5月11日に、酒に酔って元島民の大塚小弥太団長に「戦争でこの島を取り返すこと」の賛否について質問したことが問題になっている。 所属する日本維新の会は、丸山議員の除名を決め、松井一郎代表(大阪市長)も「外交上も非常に大きい問題だ。議員を辞めるべきだ」と述べている。そして、立憲民主党など野党に呼びかけて、17日、共同で議員辞職勧告案を提出した。 これに対して、丸山議員は議員辞職を否定し、20日にも記者団に対して、「言論の府が自ら首を絞めかねない行為だ。絶対に辞めるわけにはいかない」と述べた。そして、「可決されようがされまいが任期を全うする」とツイートしている。 まず問題なのが酒癖の悪さである。確かに、アルコール飲料が入るとすっかり性格が変わったようになり、非常識な行動に出る人はいる。中でも、饒舌(じょうぜつ)になる者が多い。自分のことを振り返っても、若いころは暴飲暴食し、素面(しらふ)になったときに恥ずかしい思いをしたことがある。 その後、フランスで生活して教えられたのは、自分で自分をコントロールできなくなるまでに飲んではならないということであった。当時フランスでは、お昼ご飯のときにもワインを水のような感じで飲んでいたし、飲酒運転の取り締まりなどもなかった。あくまで半世紀前の話で、今では日本と同様に厳しく規制されるようになっているが、お酒の飲み方について社会でルールが確立されていたから、そのようなおおらかな対応が可能だったように思う。 丸山議員は2015年末にも飲酒で不祥事を起こし、「公職にいる間は断酒する」と宣言していたはずである。それが、北方領土に関する発言のみならず、大声で「女性のいる店で飲ませろ」などと語り、禁止されている宿舎からの外出を試み、玄関先で政府関係者に羽交い締めにされて止められたわけである。2019年5月12日、国後島の宿舎で、前夜酒に酔い騒いだことについて謝罪する丸山穂高衆院議員(右端、同行記者団撮影) 何より断酒の約束を違えたことは問題であるし、酒癖の悪いことを自覚しているのであれば、もっと慎重であるべきであった。国会議員であれば、正月をはじめ、さまざまな酒席に参加しなければならないが、「酒が飲めない」と断れば、それでも強要するような有権者は、今はいない。 第二の問題は、その軍事知識の乏しさである。国会議員は、安全保障について基礎的な知識を備えていなければならない。戦後日本を象徴する存在 戦後の日本で教育を受けた私は、欧州や米国で研究をしたり学会に出たりしたときに、自らの軍事知識の欠如に愕然(がくぜん)としたものである。そこで研さんを積んで、帰国して東京大で教鞭(きょうべん)をとったときに、できるだけ安全保障の講義を行ったものである。 30年前の話であるが、論壇や学会では、当時でも左翼の「進歩的文化人」の力が強く、軍事を教えるとひんしゅくを買い、「保守反動・右翼」と批判されたものである。丸山議員が東大に入学したときには、西部邁(すすむ)さんらとともに、私は既にキャンパスを去っていたので、彼がどのような国際政治の講義を聴いたのかは分からない。しかし、大学の授業に頼らずとも軍事の勉強はできるはずだ。 「戦争をしないとどうしようもなくないですか」などという発言は、現在のロシアと日本の軍事力を比較してみれば荒唐無稽である。ロシアは米国と対峙(たいじ)する核大国である。単独でロシアに戦争を挑んで勝利し、北方領土を奪還するのは軍事的に不可能である。同盟国のアメリカとともにロシアと戦えば、勝ち目はあるが、人類を滅亡させる核戦争の引き金を引くことにもなりかねない。 国民の選良である国会議員が、そのような基本的な軍事知識を欠いていることは論外である。最新兵器を駆使して戦う現代の戦争は、神風が吹けば勝てるようなものではない。彼我の国力、軍事力の冷静な比較分析なしに太平洋戦争に突進した旧日本軍の愚を繰り返してはならないのである。 もし、国会議員への立候補に資格試験を導入するとしたら、私は、いの一番に基礎的な軍事知識を問うてみたいと思う。海外の国会議員と議論するときなど、軍事的知識の欠如は致命的なものとなる。 最近の例だと、イランがミサイルを艦船に移動しているとの情報を前提に、アメリカが空母「エイブラハム・リンカーン」を中心とする空母打撃群と爆撃機を中東に派遣したが、軍事知識がなければ、このことの意味が理解できないであろう。まさに、丸山議員は、平和ボケして軍事をタブーとしてきた戦後日本を象徴する存在なのである。衆院決算行政監視委を終え、記者団の質問に答える丸山穂高議員=2019年5月20日(春名中撮影) 第三に、日本とロシアは、平和条約の締結と北方領土返還交渉を行っている。あくまでも話し合いで問題の解決を目指しているのである。 2014年3月、ロシアはクリミアをウクライナから分離させ、自国に併合した。ロシアは住民投票の結果だと主張するが、それは形式的なものであり、実際には軍事力を投入して奪い取ったと言ってもよい。ロシアにはロシアの言い分があり、旧ソ連時代も含めての歴史的経緯を見ると理解できないわけでもない。しかし、武力によって他国から領土を奪い取るのは、第2次世界大戦後の国際社会のルールに違反している。 丸山議員の言うように「軍事力で北方領土を取り返す」というのは、まさにロシアと同様の行動をするということである。ロシアに言わせれば、「戦争の結果手に入れた領土を戻してもらいたければ、戦争で取り返してごらん」ということになり、対話による交渉など行うに値しないことになる。ツイートするぐらいなら… これは、現に進行している日露交渉を無意味にするものである。つまり、日本政府の立場を弱めることになる。国益という観点からは許しがたい。 第四は参院選が近いからか、日本維新の会をはじめ、各党がポピュリズム(大衆迎合主義)に走りすぎている。非常識な発言を理由に、安易に議員辞職を勧告してはならない。 維新にしてみれば、傷口を早くふさぐために大衆受けのする手段を採ったのであろう。しかも、維新の幹部がロシア大使館に謝罪に行っているが、通常の外交常識だと、こういう行動はありえない。ほとんど自虐趣味で、国内世論向けのパフォーマンスであり、日本人をねじ伏せるのは容易だとロシア側に思わせるだけだ。 そして、自民党も公明党も、何にもせずに有権者の反発を買うことを恐れて、けん責決議案を提出した。これも前代未聞で、全てが選挙対策であり、政策や憲法規範など考慮すらされない選挙至上主義である。 もし、目の前に参院選が控えてなければ、もう少し違った対応ができたであろう。大阪で、公明党が豹変して都構想賛成に回ったのも参院選対策であり、それ以外の何物でもない。いつまで大衆迎合の愚民政治を続けていくのであろうか。 最後に指摘したいのが国会、特に議院運営委員会の対応の甘さである。言うまでもなく、国会は「国権の最高機関」であり、議運委は国会運営で大きな役割を果たす常任委員会の一つだけに、国会として自浄作用を働かせる重要な機会だったはずだ。衆院本会議を欠席し、倒れたままの丸山穂高氏の氏名標=2019年5月21日 ところが、「2カ月の休養が必要」という診断書を提出した丸山議員に、衆院議運委理事会は事情聴取を拒否されてしまった。裁判でも病気などの場合では出張尋問を行えるわけだから、本人が意識不明など重篤な状態ならともかく、議運も病室に出張して聴取する可能性を探れなかったのだろうか。 また、丸山議員にしても、ツイッターで主張するのも結構だが、議員である以上、一番ふさわしい反論の場は、やはり国会である。病状について私が知りようもないが、自身への辞職勧告決議案について「言論府が自らの首を絞める」とツイートするぐらいなら、むしろ、言論府たる国会で「やっと反論できる絶好の機会を得た」とばかりに、議運の聴取に積極的に応じるべきだったのではないか。診断書1枚で逃げおおせるという印象を有権者に与えかねないからである。■ 「超傲慢エリート」元官僚議員はなぜ量産されるのか■ 安倍政権に朗報! こうすれば「モンスター議員」はいなくなる■ 派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由

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    なぜ安倍総理は「皇室軽視」を繰り返すのか

    木村三浩(一水会代表) こんなことでいいのか。4月30日、御代替わりを前に執り行われた「退位礼正殿の儀」で安倍総理が述べた国民代表の辞における、いわゆる「言い直し・誤読」疑惑である。「天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません」と読むところが何とも不明瞭で、「願っていません」と聞こえることから、読み間違い疑惑が生じたのだ。 陛下の一世一代の重要な儀式の場において、安倍総理は「あらせられます」を「あられます」と読み間違えて言い直し、それに続く言葉も、滑舌の悪さが理由なのか、「願っていません」と聞き取れてしまい、国民に誤解を与えてしまった。これでは意味が真逆になってしまう。 ネット上では、「漢字が読めなかったため誤読したのではないか」と言われているが、実際のところは分からない。ただ、私自身、何度も視聴してみたが、少なくとも「願ってやみません」とはっきりと聞き取れないことだけは事実である。 しかも、これに対する指摘がなされても総理の口から一切の説明がないばかりか、首相官邸のホームページの「総理の演説・記者会見など」の表示形式を変更し、「関連リンク」から飛んでさらに下へスクロールしなければこの動画が見られないようにした。これはあまりに姑息(こそく)なやり方ではないか。 ちなみに、それ以前の演説や会見の模様は、画面を表示するとまず最初に映像が流れるように作成されている。それが、「退位礼正殿の儀 国民代表の辞」から突然、文面と画像というスタイルに切り替わってしまったのだ。令和元年5月1日から表示方法を新しくしたのなら、時代の節目ということでまだ納得もできるが、4月30日のアップから切り替わっているのは不自然であろう。 ここで考えられるのは、やはりできることなら「例の映像」を見てもらいたくない、という総理の本音ではなかろうか。 この一件について、もちろんいろいろな意見があることは承知している。陛下の一世一代の大事な場とはいえ、読み間違えてしまうことはある。大きな瑕疵(かし)がなければ、おめでたい行事の意図を尊重し、言挙げは控えるべきだという意見もあるだろう。「退位礼正殿の儀」で国民代表の辞を述べる安倍晋三首相=2019年4月30日、皇居・宮殿「松の間」(代表撮影) たしかに私も、これが天皇陛下の御大典の席でなければ、わざわざ言葉尻を捉えるような指摘はしたくない。「云々」を「でんでん」と読んだとか、「背後」を「せご」と言ってしまったとか、読めない漢字があったとしても、それを理由に安倍氏の総理としての資質に問題があるとは思わない。読めない漢字があれば調べればいいだけのことだ。 私が問題にしているのは、安倍総理がどれだけ、自身が重要な場に臨む立場であることを意識していたか、ということである。しかも、安倍総理は「国民代表の辞」を立場上、述べさせられたのではなく、自ら勇んで「述べさせていただく」と言ったのだ。そうである以上、どんな理由や事情があれ、絶対に粗相があってはならない。あれば大失態だ。大げさに聞こえるかもしれないが、総理に覚悟や緊張感があったのかを問いたいのである。安倍総理は緊張感が欠如 実は、こうした総理の緊張感の欠如は、昨今の政治課題においても散見される。弛緩(しかん)からくる慢心が、憲法改正の先行き、拉致問題解決の方針転換、消費増税といった課題について、まともに議論をしようとしない姿勢に、ありありと出てしまっている。 単に東京オリンピック・パラリンピックまで総理を続けたくて日々の日程をこなしているだけなのではないか、とすら思えてくるのだ。 実際の生きた政治はどこにいったのか。長期政権だけが取りえではない。政治家の使命として、何をやり遂げたかが重要なのだが、昨今の安倍総理の姿勢はあまりに弛緩(しかん)していると言わなければならない。そして、最も緊張すべきところの御大典においても、それが出てしまったのだ。 安倍総理は、「退位礼正殿の儀」に臨む直前まで外遊に出かけ、非常に多忙なスケジュールであっただろう。ようやく帰国してホッとして緊張感が一気に緩んだかもしれない。だが、どれほど過密なスケジュールだったにせよ、「国民代表の辞」の文言に丁寧に目を通し、何度も練習をしておくべきだった。特に、滑舌がよくないことは総理自身も認識しているはずであり、一言一句ゆっくりと発声するように心がけて事前練習をしなければならなかったのではないか。 もちろん、事前にきちんと目を通し、練習もしたのかもしれない。ただ、例えそうであったとしても、結局、本番でトチってしまったらダメなわけで、そういう意味でも総理の自覚と宰相としての覚悟が欠けていたのではないかと思うのだ。 そしてもう一つ、実際に読み間違い疑惑が浮上しているのだから、陛下にご無礼を謝罪し、国民に対しても潔く説明をすべきではなかったか、と言いたいのである。 私は、安倍総理も天皇陛下や皇室に向き合うときは、軽々しい態度で向き合っていないと信じたい。むしろ、尊敬の念も強く感じられるとは思う。ただ、その一方で自らへの権威付けに皇室を利用しているようにも感じられるのだ。 5月14日には、安倍首相が天皇陛下に行った内外の情勢などを報告する「内奏」の様子を撮影した映像が公開された。宮内庁は「国事行為を広く知ってもらうため」と説明しているが、内奏は、内において行われるもので、無暗(むやみ)に公開するものではない。これこそ皇室を軽視した政治利用であり、「退位礼正殿の儀」での不敬を挽回したいという思いも感じられる。安倍晋三首相から「内奏」を受けられる天皇陛下=2019年5月14日、皇居・宮殿の「鳳凰の間」(宮内庁提供)  さらに、さかのぼること平成25年4月28日、憲政記念館で「主権回復の日」を記念する政府主催の式典が行われた。現行憲法は米軍占領下で作られた憲法であるが、本来ならば手続き上、占領下での憲法の制定は国際法違反に当たる。さらに、講和条約とともに締結された日米安保条約によりわが国には米軍基地が今なお存続できる権限を有し、この存在により日本の主権は制限されたままの状態である。 そんな状況下で、そもそも「主権回復」などという認識自体が間違っているわけだが、そこに天皇皇后両陛下の御臨席を賜り、記念式典を開催したのである。これは明らかに、安倍総理が自己の政治的主張に皇室という権威を付加するための行為であったと言わなければならない。トランプ会談の問題発言 先だっては、今上陛下と面会する最初の外国元首としてトランプ米大統領が5月下旬に来日することについて、同大統領は、安倍総理に「スーパーボウルと比べて、日本人にとってどれくらい重要なイベントか」と質問し、総理から「百倍重要」との説明を受け訪日を決断した、と明かした。 スーパーボウルというのは米プロフットボールの年間王者決定戦のことだが、いやはや、「スーパーボウルの百倍の価値」とは一体何なのか。 安倍総理としてはとっさに機転を利かせて数値化したのかもしれない。ディール(取引)の王様である米大統領にとっては分かりやすい返答だっただろう。だが、本来は日本人にとって皇室が何ものにも比較できない尊崇(そんすう)の対象であることをきちんと伝えるべきではなかったか。あえて数字を絡ませるなら、「プライスレスだ」ぐらいの発想がほしかったところである。 こうした事例から分かるのは、安倍総理の姿勢が場当たり主義で、「戦後レジームの脱却」「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」などというキャッチフレーズばかりが目立っているということである。 しっかりとした思想と哲学、使命感に裏打ちされた何かを成し遂げるというものではなく、昨今は自己保身のためのパフォーマンスに流れているといわざるを得ないのだ。 ところで、今回の一件で醜悪なのは、総理の「事前の準備」と「事後の対応」だけではない。この国の言論空間を見事に証明してしまっているマス・メディアの姿勢である。安倍総理の誤解を招く発言に、メディアがほとんど何も反応しないというのはいかがなものか。 それも、総理が「願っていません」と述べたとすれば、本人の意図ではないにせよ、本来、陛下にささげるべき内容と真逆の意味になってしまうにもかかわらず、一部夕刊紙がこれを指摘しただけで、大手メディアはほとんど沈黙の状態であった。米ワシントンのホワイトハウスで握手するドナルド・トランプ大統領(右)と安倍晋三首相=2019年4月26日、(共同) あるテレビ局などは「願ってやみません」と、わざわざご丁寧にテロップまでつけて安倍発言をフォローしていた。これは、明らかにマス・メディアの安倍総理への「忖度(そんたく)」であろう。疑問点を疑問点としてただしていく是々非々の姿勢がなくなったならば、それはメディアの自殺行為ではないのか。この点も一言付け加えておきたい。 ともあれ、私は皇室を尊崇し敬愛する一国民として、率直に今回の一件の疑問を問うとともに、頰かぶりを続け、政治課題に緊張感を欠く安倍総理の慢心に対して猛省を促したい。■新元号「令和」公表にチラつく支配欲と主導権争い■禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■日本人に覚悟を問う「皇室は民主主義のロボットではない」

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    高齢ドライバー対策、ヒントは「ジリ貧教習所」活用にあった!

    志堂寺和則(九州大大学院教授) 東京・池袋で乗用車が暴走し、母子2人が死亡、8人が負傷した事故は、ドライバーが87歳だったために、改めて高齢ドライバーの問題が浮き彫りになった。今後も高齢化がさらに進むと予測されている日本では、緊急の対策が必要な重要課題の一つと言えよう。 公共交通システムの充実や高齢者向け車両の開発と普及など、さまざまな方策が必要であるが、本稿では、高齢ドライバーが起こす事故の状況や現在の免許更新手続きについて確認した上で、免許更新の在り方について考えてみたい。 ここ10年ほど日本の人身事故件数、死亡事故件数はともに減少傾向にある。しかしながら、65歳以上の高齢ドライバーが起こす人身事故件数は多少減少しているものの、死亡事故件数はほぼ横ばい状態である。 その大きな原因は高齢ドライバーの増加にある。警察庁の統計によると、この10年間で免許人口全体ではほとんど増加していない中で、免許を保有する65歳以上の高齢者は1・6倍に増加した。しかもこの増加割合は年齢が上がるに伴って増えており、85歳以上は2・8倍にもなっている。 免許を保有しているからと言って日常的に運転をしているとはかぎらないが、以前と比較すると、道路を走っている高齢ドライバーは確実に増加し、しかも、85歳以上、90歳以上という高年齢のドライバーも運転を継続している。 多くの統計資料における高齢者の定義は65歳以上である。これは、1950年代、60年代に国連や世界保健機関(WHO)が用いた分類が踏襲されているためである。しかし、当時と比較して、健康で活動的な高齢者が増加した現在では、65歳以上を高齢者とすることは現実に合わなくなってきている。 交通事故の発生比率を元にしてドライバーの年齢による危険性を比較すると、75歳くらいまでは特に事故が多いというわけではない。だが、それ以降は加齢とともに次第に事故が増えてくる。原付以上運転者(第1当事者)の免許保有者10万人あたりの交通事故件数で50~54歳と比較すると、70~74歳は1・1倍であるが、75~79歳では1・3倍、80~84歳は1・5倍、85歳以上は1・6倍と増加する。東京・池袋で起きた事故で、現場検証する捜査員ら=2019年4月(佐藤徳昭撮影) そして、免許保有者10万人あたりの死亡事故件数でも同様に50~54歳と比較すると、70~74歳は1・2倍であるが、75~79歳では1・7倍、80~84歳は2・6倍、85歳以上は4・6倍と大きく増加する。高齢ドライバーの事故の場合、事故を起こしたドライバー本人が死亡してしまうケースが多く見られる。 75歳以上のドライバーの死亡事故の場合、60%はドライバー本人の死亡であり、これは、若年ドライバーを除くと他の年齢層の場合の倍の数字である。また、同乗者が亡くなる場合も11%ほどあり、合わせると71%が事故を起こした車内において死亡していることになる。免許取り上げは暴論 また、高齢ドライバーの事故の内容は他の年齢層とは異なる。事故の原因となった違反を見ると、高齢ドライバーの人身事故では、わき見運転や動静不注視の割合が少なく、信号無視や優先通行妨害、一時不停止の割合が多い。事故類型としては、追突事故が少なく、出合い頭事故が多い。 一方、死亡事故では、わき見運転、漫然運転、安全不確認の割合が少なく、運転操作不適、一時不停止の割合が多い。事故類型では、道路横断中の歩行者事故や追突事故は少ないが、出合い頭事故、正面衝突事故、工作物衝突事故が多い。 こうした中、最近の高齢ドライバー事故を伝える報道の影響を受けて、ある年齢に達すると免許を取り上げるべしという意見もあるようだが、これはエイジズム(年齢差別)であり暴論と言えよう。では、どうすれば高齢ドライバーの事故を防ぐことができるだろうか。 政府は1998年に免許更新時の高齢者講習を導入した。その内容は2018年に改正され、現在の高齢者の免許更新の手順は次のようになっている。 70歳以上の高齢者は、免許更新前に指定自動車教習所あるいは警察施設で高齢者講習を受講する。この高齢者講習は合理化講習と呼ばれるもので、双方向型講義30分、運転適性検査(動体視力、夜間視力、水平視野)30分、実車による指導60分の計2時間程度の講習である。実車走行は2、3人一緒に実施するため、実際に運転している時間は15~20分程度であることが多い。実車指導は試験ではないため、運転内容により免許更新ができなくなるようなことはない。 75歳以上になると30分程度の認知機能検査(講習予備検査)が追加となる。この検査は記憶力ならびに判断力の低下具合をみるものであり、検査結果により3つに分類される。認知機能の低下のおそれがみられない第3分類(受講者全体の73%程度)は合理化講習を受けるが、認知機能の低下のおそれがある第2分類(24・5%程度)は、合理化講習に個人指導など60分が追加された計3時間の高度化講習を受講する。 この個人指導は実車走行時のビデオ映像などを見ながら個別に助言を受けるものである。認知症のおそれがある第1分類(2・5%程度)の場合は、認知症の専門医もしくはかかりつけ医による診断を受ける必要がある。認知症と診断されなければ、高度化講習を受けて免許を更新することができるが、認知症と診断されれば、公安委員会が運転免許の取り消しなどの処分を判断することになる。教習所で高齢者講習を受けるドライバーら。シミュレーターを使った反応速度などの確認も行われている=2017年1月、山梨県甲府市 第1分類と判定された高齢者の60%は免許を自主返納したり更新をせずに免許を断念したりしているが、35%は医師の診断を経て運転を継続しており、取り消しなどの処分となるのはわずか5%である。 このように、交通事故防止という視点から考えると、現在の免許更新手続きには大きな問題がある。それは、運転技能の評価を一切行っていない点である。一度、運転免許を取得すると、免許取消処分を受けたり、不適格者となったりしない限りは更新可能である。そこには一度獲得した運転技能は一定レベルが維持されるという想定がある。昭和の時代までは高齢ドライバーの数も少なく、この想定もさほど間違いではなかった。 しかし、現在のように高齢ドライバーの数が増えてくると、この想定は妥当なものとは言えず、想定に基づいた免許更新制度で問題ないと考えることはできなくなってきている。心身能力や運転技能は次第に低下していくものであり、人により早い遅いという違いはあるが、いつかはきちんとした運転ができなくなってしまう。教習所にもメリット そして、人は権利を失うことを嫌う傾向や運転能力を過信する傾向があるため、客観的に運転能力があるかどうかを自分で判断することは難しい。そうであれば、免許更新時に運転技能が維持されているかどうかを確認することは至極当然のことである。 本当は年齢に関係なく免許更新者全員に対して運転技能の確認をすべきであるが、さすがに無駄が多く、現実性に乏しい。このため、加齢の影響が大きくなってきていると思われる年齢に達したときから運転技能の確認をせざるを得ない。 1回の試験で合否を決定するというような形態での実施もまた現実的ではない。高齢者は長らく試験というものから遠ざかっていることもあり、緊張のため普段通りの運転ができない者や体調を崩す者が続出するおそれがある。 免許の有効期限までであれば、何度でも試験(以下では、運転技能の確認)を受けることができるようにしておくのが実施可能で有効な方法であるように思える。そして、レベルに達しなかった高齢者が運転を学び直すことができるようにして、可能な限り運転が継続できるような手段も提供することが必要である。また、判定基準も運転技能の確認向けの判定基準を設ける必要があるであろう。 学び直す場としては、教習のノウハウを持つ自動車教習所が最も適している。ところが、現在、自動車教習所は高齢者講習で苦労している。高齢者講習業務が、免許取得のための教習業務を圧迫するため、高齢者講習を引き受けていない自動車教習所もあるぐらいだ。これは高齢者講習がもうからないためである。 その一方で、少子化の影響で経営の危機に瀕している自動車教習所が増えてきており、年々、自動車教習所の数が減ってきている。高齢者に対する研修などのサービスが自動車教習所の重要な収入源となるような制度設計を施し、高齢ドライバーと自動車教習所がお互いに支え合うような関係を構築できれば「一石二鳥」だ。 現在でも高齢者講習は高いとクレームをつける高齢者がいると聞くが、運転技能の確認や学び直しなどではかなりの経費が必要となる。高齢ドライバーからは大きな反対の声が上がるであろう。しかし、事故を起こす危険性を少しでも下げることができるのであれば、決して高いものではない。低下した運転技能を補償するような運転方法を教えてもらうなど、学び直しは高齢ドライバーにとっては非常に有益な機会となるはずである。自動車保険と同じく、自動車を運転するための必要な出費と考えるべきである。高齢者を対象にした教習で、ポールで狭まれたコースを運転する参加者=堺市 一連の仕組みをうまく機能させるにはいろいろと課題があるが、最初はかなり高い年齢から開始して、徐々に下げていくようにすれば、導入は不可能ではないように思える。そして、その間に自分がその年齢に到達したときにどうするかを考えることもできる。 運転技能の確認や学び直しにかかる時間や経費などを考えて免許返納を決断するのも一つの選択肢であるし、運転継続を選ぶのも自己判断だ。一定のレベルの運転技能を持ち、責任を持てるドライバーのみが運転を行える社会に変えていかなければならない。■強制力がなければ防げない! 高齢者の自動車免許返納を制度化せよ■身近に潜む「あおり運転」危険ドライバーの深層心理■こんなクルマ本当にいるの? 実は誰も望まない「完全」自動運転車

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    石平が警告、玉城デニー「中国一帯一路に沖縄活用」提案の危険度

    石平(評論家) 沖縄県の玉城デニー知事は4月26日の定例記者会見で、中国を訪問した際に行った胡春華(こ・しゅんか)副首相との会談内容を明らかにしたが、これはとんでもない問題発言である。 玉城知事は、河野洋平元外相が会長を務める日本国際貿易促進協会の訪中団の一員として同月16~19日に訪中し、会談した胡副首相に対し「中国政府の提唱する広域経済圏構想『一帯一路』に関する日本の出入り口として沖縄を活用してほしい」と提案したというのだ。そしてそれに対し、胡副首相は「沖縄を活用することに賛同する」と述べたという。 この玉城知事と胡副首相のやり取りを新聞報道で知ったとき、筆者はまず大きな違和感を覚えた。なぜなら玉城知事は言うまでもなく、沖縄という日本の一地方自治体の長である。 一方の胡副首相は当然、中国の副首相であり国を代表して日本の訪中団と会談している。このような席で、日本の一自治体の長が中国の副首相に対して何かを提案すること自体、すでに一般的な外交儀礼あるいは外交ルールから大きく逸脱している感じもする。そこでさらに問題となっているのは、玉城知事が胡副首相に対して「提案」した中身だ。日本の一地方である沖縄の「活用」を、外国政府に提案したからである。 このような「提案」はどう考えても、憲法に定められた地方自治権から大きく逸脱したものであろう。沖縄県は一自治体ではあるが、そもそも日本国の領土であり、日本国の一部である。沖縄県知事が日本の領土である沖縄の「活用」を外国政府に提案したり、相談したりするようなことは尋常ではない。それは軽く言えば悪質な越権行為だが、重く言えば自国の一部を外国に売り飛ばすような「売国行為」そのものではないか。中国の胡春華副首相(右)と会談する日本国際貿易促進協会会長の河野洋平元衆院議長(中央)、沖縄県の玉城デニー知事=2019年4月18日、北京の人民大会堂(共同) そして、よりによって玉城知事が提案したのは、中国の「一帯一路構想」における沖縄の「活用」だが、それはなおさら、危険な「売国行為」なのである。 悪名高い「一帯一路」は今、国際社会から「新植民地主義」あるいは「中国版植民地主義」として厳しく批判されている。欧米諸国の大半にそっぽを向かれ、アジア諸国の強い反発をも受けている。「玉城提案」の危険度 習近平政権肝いりのこの壮大な構想の一貫した手法と戦略的目標は、要するに、アジア地域などの発展途上国において中国政府主導の投資プロジェクトを展開し、これによって広範な地域を中国が頂点に立つ「中華経済圏」に取り込むことだ。 その一方、投資を受ける国々を借金漬けにした上で債権をチャラにするのと引き換えに、それらの国々の持つ戦略的拠点や一部の国家的主権を奪い取って我がものにしていくのである。 5月2日に米国防省が議会に提出した年次報告書で、中国が大経済圏構想「一帯一路」への投資を保護するため、世界各地に新たな軍事拠点を建設していくとの見通しを示したことからも分かるように、「一帯一路構想」の推進は中国の軍事戦略とも連携しており、「一帯一路」による「新植民地支配」は、中国による世界各地の軍事支配の確立にもつながるのだ。 このような覇権主義的な「一帯一路構想」を進めている中国政府に対して、沖縄の玉城知事が構想への「沖縄の活用」を申し出たことがどれほど危険な行為か、よく分かるであろう。 また、沖縄の特別な地政学的な位置と安全保障における重要性を鑑みれば、いわば「玉城提案」の危険度は深刻さを増すのだ。 地図を開けば分かるが、沖縄は台湾と並んで中国が完全突破しようとする第一列島線の中核をなす島である。そして沖縄には、中国の軍事的膨張と海洋侵略に対する最大の防波堤である米軍基地がある。 中国からすれば、沖縄から米軍基地さえ追い出すことができれば、自国のアジア支配戦略の最大の邪魔はこれで取り除かれる。その上で、沖縄を自国の海洋進出の拠点として「活用」できるのならば、それに越したことはないのであろう。巨大経済圏構想「一帯一路」をテーマにした国際会議の開幕式を終え、笑顔を見せながら引き揚げる中国の習近平国家主席(中央右)=2019年4月26日、北京(共同) こうして見ると、「沖縄を一帯一路に活用してほしい」という玉城知事からの提案ないし申し出は、本人はどういう意図であるかは関係なく、客観的に見れば中国政府の戦略的意図と全く合致しており、まさに沖縄知事の、沖縄知事による、中国のための「提案」でしかない。 もし、この危うい「提案」が現実なものとなれば、玉城知事と沖縄は確実に、中国の覇権主義的海洋戦略の推進に大いに貢献することになるだろう。そしてその結果、日本の安全保障とアジア太平洋地域の平和秩序が大きく損なわれることは間違いない。そんなことを許して良いのかと、私は一日本国民としては大いなる疑問を感じ、大きな危機感を覚えているのである。■米露を呑み込む中国の「一帯一路」 巨大利権に潜む習近平の大戦略■2049年「習近平の夢」は96歳で完成する■稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」

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    日本でLGBTが「市民権」を得ても同性婚議論が煮詰まらないワケ

    高橋知典(弁護士) 同性婚をめぐり全国13組の同性カップルが今年2月、一斉提訴した。今回の訴訟において原告らは、男女の結婚しか認めていない民法や戸籍法について、憲法が保障する「婚姻の自由」や法の下の平等を定める憲法に違反するものであるとしている。同性婚を認めない法律は憲法違反だと主張しているのだ。 一方、同性婚に反対する人たちは、現行憲法は同性婚を想定しておらず、同性婚を認めるには憲法改正が必要だと主張している。安倍首相も2015年2月18日の参院本会議において、「現行憲法の下では、同性カップルの婚姻の成立を認めることは想定されていない」「同性婚を認めるために憲法改正を検討すべきか否かは、わが国の家庭のあり方の根幹に関わる問題で、極めて慎重な検討を要する」との見解を示した。 その根拠になる条文が、憲法24条1項だ。日本国憲法第二十四条1.婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。2.配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。 同性婚に反対する立場の者は、この憲法の文言の字面を強調する。すなわち「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」の「両性」という言葉は、通常「男性と女性。雌性と雄性。(大辞林第3版)」の意味として使われることからも、憲法は「婚姻は男性と女性の合意のみに基づいて成立する」と考えているのだ。また、続く「夫婦」という文言からも、あくまで婚姻は男女間でするもので、憲法は明文で同性婚を想定していないどころか否定しており、それでも日本で同性婚を認めるには、改憲も必要ではないかと主張している。 これには単純に疑問がある。本来人権を保障している憲法からすれば少々不思議な議論であるとも思うが、議論を整理すると、憲法の態度は、簡単に言えば三つ考えられる。①権利として保護し価値を推奨している態度(個人の尊厳や表現の自由などに対する態度)、②禁止する態度(戦争に対する態度のようなもの)、③憲法上は何も言わない態度(どっちでも気にしない態度)だ。同性婚を求め全国13組のカップルが一斉に提訴、東京地裁で提訴の手続きを終え支援者と会見に臨む原告団=2019年4月、東京都千代田区(桐山弘太撮影) 実際には、憲法が同性の婚姻を明確に「禁止(②の態度)」していると読めないならば、憲法改正は不要であり、少なくとも③のどちらでもいいと思っている態度ならば、国会で立法して憲法では保証していない制度を用意してよいことになる。安倍首相の発言を読み解く 先述した安倍首相の発言からは、同性婚を認めるにあたって改憲を必要とする立場か否かは判然としない。しかし同性婚を認めるにあたって改憲が必要だと主張するということは、憲法24条1項には「男性と女性の組み合わせ以外に婚姻はさせてはいけない」とまで記載しているという解釈、すなわち憲法が同性婚をあえて禁止している態度(②)だと読んでいることになる。 一方で、訴訟を提起した原告側は、憲法の解釈について、いくつかの理由から①の「同性婚の自由は憲法上保護される自由である」と主張することになると考えられる。逆にこれができず、②の禁止や、③の憲法は保障も禁止もしていないという結論であれば、訴訟は敗訴になり、同性婚は立法(もしくは改憲)を待ってくださいということになる。 原告側・同性婚賛成側からすれば、例えば、憲法24条1項は、「男性と男性、女性と女性」という同性の組み合わせであっても、「独立」した個人の「性」が「二つ」の意味で、「両性」と読める。また「夫婦」との表記は、戦前の婚姻では女性が軽視されていたことに対する反省としてあえて記載したにすぎないといった考え方をとることで、憲法24条1項における婚姻は同性間でも「当人ら」の「意思」があれば成立することを保障していると主張することになるだろう。 このような解釈に無理があるとなれば、賛成側は先述のように憲法24条1項は少なくとも同性婚を否定してはいないものとし(③の無関心の態度)、他の憲法上の規定、例えば個人の尊重(13条)や、平等権(14条)に照らし、同性同士のパートナーは、結婚という自由な選択を阻害されているとか、異性同士のパートナーに比べて不平等であるといった主張をすると考えられる。 法律上の主張の内容には、これ以外にも無数の解釈の仕方や解釈の理由が実際にあり得る。今後の判決にも注目したい。発足会見を行ったLGBT自治体議員連盟の世話人5人=2017年7月6日、都庁 しかし、今回裁判所が判断するときには、究極的には現在の日本において「婚姻とは何か」「同性同士のパートナー関係を社会がどう思っているか」または「どう思うべきか」といったことに話が煮詰まっていくものと考えられる。憲法の解釈も時代とともに変わっている。だからこそ今の時代の価値観、結婚観が問われるのだ。仏教国の同姓婚 結婚観や同性婚について、これまでの日本はどうだったのだろうか。 宗教的な関係と、同性婚や同性愛に対する考え方は、かなり関係性があるように考えられる。というのも、主要な宗教と同性婚や同性愛に対する国家の姿勢に一定の関連があるように考えられるからである。 例えば、キリスト教、イスラム教では、一般的に同性愛というものを否定する考えがあるといわれる。実際にイスラム教国では、現在でも同性愛を極刑にしている国がある。 一方で、キリスト教国でいわゆる先進国といわれている国では、同性婚制度かまたは婚姻とは別のパートナー制度が整備されている。キリスト教自体の考え方は同性愛に否定的であっても、結婚という制度が個人の自由のもとになされるという意識が、度重なる議論を超え、こうした同性婚制度などの成立に力を発揮させているものと考えられる。 では、日本も含まれる仏教の影響の強い国においてはどうか。 仏教では一般に、同性同士の性行為が「悪」であるというような考え方はなく、「欲」そのものの持ち方を問題視する考え方があるようだ。「邪淫」という考え方である。 この考えには、男性女性の組み合わせを問わず、「性的な欲に溺れること」が問題であり、別段同性同士の性行為を禁止しない一方で、欲に溺れているならば男女の性行為であっても問題になる。 このためか、仏教国では、同性婚について賛成も反対とも判断していない国が多い。※画像はイメージ(ゲッティ・イメージズ) こうした背景から考えると、仏教的な考え方が強い地域では、同性愛について賛成も反対もしない、ある意味「無頓着」さがある。実際、日本の多くの方にとって一番近い感覚がこれだと思う。このために、一人一人に答えもなく、社会の中での大きな対立も(少なくとも今までは)ないから深い議論もない。 一方で、婚姻制度について日本は家父長制度を前提とする「家を存続させるため」の制度をとってきた。家父長制度のもとでは婚姻は個人の感情や人生の選択の延長線上にはなく、あくまでも「家」という単位を存続させるための判断によってされるもので、個人の自由で婚姻するということはできない。 今でも結婚しようとしたときに家同士の格を比べる地域や家庭があり、そのことで悩む方から相談を受けることもあるのだから、その影響は根強いと感じる。同姓婚反対派の矛盾 日本では「個人の意思に基づく自由な婚姻」という結婚観は、70年前の日本国憲法によって明確にさせられた、比較的新しい考え方であるといえる。特に年齢によって、その感じ方にかなりのばらつきがあると感じる。 同性婚反対派は「婚姻は個人の意思でする」と言いつつ、「同性婚では子供ができる可能性がない」ことなどを指摘して「自然ではない」から反対だと言う。 しかし、男女の夫婦の場合、子供を産むか産まないか選択ができる。さらに、そもそも男女の場合、生殖年齢を超えた60代になっても自由に結婚できる。こうした自由な結婚制度がある一方で、子供ができるかできないかによって同性婚を認めないのは矛盾であると言える。こうした反対派の発言は明らかに現在の結婚制度と矛盾しているが、依然として撤回される様子はない。 この反対派の矛盾しているように見えるのに撤回されない(自信満々な)主張について、その根底にある考え方を「婚姻は個人の意思でする」から、「婚姻は家の存続のためにする」に変えると非常に分かりやすくなる。同性婚では「家の血のつながりを残す」ことが難しく、「自然」ではないからである。 このように、日本では宗教倫理的には無頓着で話し合いの集積がなく、かつての結婚観はそもそも今の婚姻制度と離れすぎて参考にならない。そうした意味で、過去の日本の事柄は同性婚制度をどう考えるべきかに答えを提供してくれない。 このために、同性婚をどう考えるべきかは、賛成派も反対派も、過去の日本の在り方に答えを探せず、今を生きる私たちが考え、私たちが答えを出すほかないと考えられるのだ。 確かに、欧米諸国をはじめとして、同性婚やそれに類するパートナー制度を用意している国は多いが、それはさまざまな議論を経てのものである。結婚は当事者2人の自由でできるが、解消に関する離婚の制度、結婚後の子供についてなど、諸制度との関わりの中で考えるべきことがあると思う。オーストラリアで行われた同性婚合法化の是非を問う郵便投票で、賛成多数の結果に喜ぶ人々=2017年11月、メルボルン(ゲッティ=共同) 今回の訴訟では、先に見たような宗教倫理的な無頓着と、まだ慣れない「自由意思に基づく婚姻制度」の中で、なかなか煮詰まらず、進まない議論に対し、実際に今の時代を生きて、愛する人と結婚をしたいと願う人たちからの、世の中に対する問いかけであると考えられる。この訴訟は、本当は性的少数者だけのことではなく、この国の「結婚観」や「家族観」を再度問うものであると言えるのではないだろうか。■私は「同性カップルに育てられる子どもがかわいそう」とは思わない■「LGBTなんて言葉なくなればいい」元女子高生の僕が伝えたいこと■稲田朋美手記「杉田さん、LGBTを尊重するのが保守の役割です」

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    元宮内庁長官、羽毛田信吾手記「今上陛下に象徴天皇の極致を見た」

    羽毛田信吾(元宮内庁長官) 「平成」から「令和」へ、御代替わりの時を迎える。平成の後半、11年間を天皇陛下のお側近くで勤務した者としては、さまざまな困難を乗り越えてご在位の最後まで誠心誠意を貫き通されたお歩みを思い、感慨ひとしおである。 平成は、世界的にはベルリンの壁の崩壊とともに明けたが、その後の展開は必ずしも協調と平和には向かわず、民族、宗教などの対立が支配する複雑な様相を呈している。 わが国も、少子高齢化が進む中、バブル経済がはじけて「平成不況」に見舞われ、さらに地震、豪雨など大規模な自然災害が多発した時代でもあった。平成もまた平坦(へいたん)ならざる苦難の時代だったと言えよう。この苦難の時代にあって、陛下は象徴としての望ましい在り方を常に自らに問いつつ、務めに身をささげてこられた。また、陛下のお考えの最も良き理解者として一心に支えてこられたのが皇后陛下であった。 陛下がどのような思いと覚悟で務めを果たしてこられたかは、平成28年8月8日のビデオメッセージ「象徴としてのお務めについてのお言葉」に凝縮されているように思う。「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」その模索の中から、象徴天皇の道を、国民の幸せや平和を祈ると同時に、積極的に人々の傍らに身を置き喜び苦しみに心を寄せることにあると思い定め、全身全霊を傾けてその実践に努めてこられたのである。 私が宮内庁在勤中、最も印象深かったことを二つあげるとすれば、一つは、平成23年の東日本大震災における両陛下のなさり様であり、いま一つはサイパンへの慰霊の旅である。いずれについても私は、平成における象徴天皇の道の極致のように思った。山田町役場に到着し、出迎えた人たちに声をかけられる天皇、皇后両陛下=2016年9月、岩手県山田町(代表撮影) 平成23年3月11日に東日本を襲った未曾有(みぞう)の大災害に際して、両陛下は7週間連続して自衛隊機とヘリコプターを乗り継いでのお見舞い行脚を続けられた。避難所で、膝をついて一人一人丁寧に見舞われる姿、がれきの山と化した街並みに黙祷(もくとう)される姿、ヘリコプターから眼下に広がる無残な津波の傷跡を悲痛な面持ちで見入られる姿、実に気の重い随行であった。同時に、人々の身の上を案じられる両陛下と、立ち直ろうという気持ちでそれに応える被災者との心の交流を間近に見る感銘深い随行でもあった。 被災者のお見舞いに限らず、陛下と国民の関係は、一人一人の喜び悲しみに心を通わされ、その積み重ねの先に国民全体がある、そういう有り様ではないかと思う。個を通じて全体を見ると言ったらよいのだろうか。衝撃を受けた陛下のお考え 陛下が心をこめてなさってきたことのもう一つの柱が、平和への願いである。在任中の代表例としてサイパンへの随行を印象深く記憶する。陛下は、戦争の惨禍を繰り返してはならない、平和を守らねばいけないという願いを強く持ち、戦後生まれが80%を占める今、戦争の記憶が風化することへの心配を繰り返し述べておられる。 国の内外を通じて戦争犠牲者に対する慰霊の旅を重ねてこられたが、平成17年、6万人近くが犠牲になったサイパンに赴かれた際には私もお供をした。多くの人が身を投げたバンザイクリフやスーサイドクリフで海に向かって黙祷される姿を拝しながら、これは慰霊の旅であると同時に、激戦の地に身を置くことによって自らの姿で平和の尊さを訴えておられるのだと思った。 在位中では最後となった昨年の全国戦没者追悼式にて、陛下は「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」というくだりを加えられた。昨年は明治維新150年、同時に先の大戦までが73年、4年の大戦をはさんで戦後が同じく73年という節目でもあった。戦前の73年が何度かの戦争を経たのに対し、戦後の73年は戦なき世であった。さらに言えば、平成時代は明治以降、日本が干戈(かんか)を交えなかった唯一の時代として記憶されることになるだろう。戦後そして平成の平和を後の世にもしっかりと引き継いでほしいという、万感の思いをこめたお言葉だったように思う。 私事だが、今、昭和館という展示館の館長として、戦争により、庶民がどう苦しみ悲しみ、どんな生活を強いられたか、戦争の狂気にどう巻き込まれていったかといったことを後世に伝える仕事に携わっている。陛下の戦争と平和に関するお考えを日々思い起こしながら、若い世代にいかに実感を持ってこれを伝えるかに腐心する毎日である。 ご譲位は、突き詰めていえば、全身全霊を傾けてお務めを果たすという象徴天皇の在り方と、ご高齢に伴う体力面などの避けられない制約の二つを前提に、いかに円滑に皇位を引き継いでいくかという命題だと思う。それを考え抜かれての平成28年のお言葉だったのではあるまいか。在任中、最初に陛下のお考えをうかがったときは、正直言って強い衝撃を受けた。しかし、陛下の深い考えを理解するにつれ、これは陛下お一人のことではなく将来の天皇にも通ずる普遍的課題だと思うに至った。 85歳の誕生日を前に、涙で声を詰まらせながら記者会見で話される天皇陛下=2018年12月、皇居・宮殿「石橋の間」(代表撮影) 令和の時代を迎え、改めて将来にわたって国民から敬愛される皇室、国民の心の支えとなる皇室であり続けてほしいと願う。民主主義はともすると「自分さえ良ければ」「自分の国さえ良ければ」という思考に堕する危うさを内包していることを考えると、政治的な思惑や利害を超えて人々のために祈り活動される公平無私な存在が、一層重要に思えるのである。■釜石市長手記「被災地を照らし続けた両陛下のお姿」■語り継がれる「天皇の旅」 批判はあっても膝をつかれた陛下のスタイル■所功手記「新元号『令和』は想定外なれど、感服するほかない」