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    米朝会談に仕込んだトランプの「野望」

    トランプ米大統領が仕掛けた米朝「電撃」会談は窮地の金正恩委員長を救う手立てだった。美辞麗句を並べてまで、北朝鮮領土に足を踏み入れた初の大統領となったトランプ氏の狙いは当然「再選」だ。だが、正恩氏のシナリオを利用しながら、秘めた「野望」実現のため、さらなる一計を案じ始めたのである。

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    トランプと金正恩が電撃会談で仕掛けた「天敵封じ」

    重村智計(東京通信大教授) 米国のトランプ大統領は6月30日、北朝鮮の領土に入り、出迎えた金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長をホワイトハウスに招待した。一方、金委員長はことし9月の米ニューヨークでの国連総会に出席し、演説で「非核化」を宣言し、ホワイトハウスを訪問する検討を始めた。 気をつけておきたいのは、米朝首脳の再会で核問題が直ちに解決するわけではない。むしろ最大の成果は、非核化に向けての強大な抵抗勢力が「朝鮮人民軍」であるとの認識を共有した事実にある。だから、両首脳は人民軍を説得しようと「敵対から平和へ」を強調した。 金委員長の発言は、これまでの立場では考えられない内容だ。会談冒頭で「敵対関係だった両国がこのように平和の握手をすること自体、昨日までと変わった今日を表現している」と述べ、「敵対関係」の終わりを強調した。 明らかに朝鮮人民軍を意識した発言だ。かつて北朝鮮攻撃を口にしたトランプ大統領の行動を「並々ならぬ勇断」と表現した。異例の言及にほかならない。 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は首脳会談5日前の6月25日、米国を「米帝国主義」と攻撃したうえで、「いかなる戦争にも対処できる」と警告した。ところが、同日の政府機関紙、民主朝鮮は「米帝」の表現を使わずに「米国」と表現した。 これは、北朝鮮内部の対立と不安定さを示唆している。北朝鮮では、昨年6月の首脳会談以後「米帝」の表現を使っていなかった。板門店での米朝首脳会談を伝える2019年7月1日付の韓国主要各紙(共同) 「米帝」批判の復活は、軍部の不満と反発の強さを明らかにしている。iRONNAでも述べた通り、金委員長は2月の米朝首脳会談の失敗や米スパイ狩りの影響で、国内でかなり追い詰められていた。 人民軍幹部や若手将校は非核化に同意せず、「『核を最後まで放棄しない』との金正日(キム・ジョンイル)将軍の遺訓に反している」と抵抗している。軍部が米国を「米帝国主義」と表現しているのも、この表れだ。北朝鮮、唯一の「世論」 つまり、トランプ大統領の「呼びかけ」は、窮地の金委員長を救う行動だったのである。会談翌日、労働新聞は一面全面を使い、「歴史的な会談、トランプ米合衆国大統領」との見出しを掲げて米朝首脳会談を伝えた。 それだけではなく、「両首脳の大勇断は、敵対国家として反目した両国に前例のない信頼を創出した」と称賛したのである。異例の表現だ。 労働新聞の記事が、「抵抗勢力」である人民軍を対象に書かれたのは明らかだ。北朝鮮の「世論」というものは軍部にしか無いからだ。 そもそも、北朝鮮がこれほど手放しで米国の大統領を持ち上げたことはない。米大統領は帝国主義の頭目であり、北朝鮮を攻撃するかもしれない最大の敵であったからだ。 トランプ大統領も「金委員長に感謝したい。あなたのおかげで、互いによく知り合えた。すぐにもホワイトハウスに招待したい」「かつては、ここで大きな戦争があった。今は正反対(平和)だ。私の名誉であり、委員長の名誉だ」と金委員長をたたえた。人民軍を意識して持ち上げたのは明らかだ。 米大統領の板門店(パンムンジョム)訪問は、間違いなく歴史を変えた。まず、米朝両首脳の再会が、大阪の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)中に投稿されたツイッターを通じて実現した事実だ。新聞やテレビ報道でも、外交官のやり取りでもなく、首脳間のSNS(会員制交流サイト)交信で実現したのである。 この事実は、報道と外交に革命的な変化をもたらした。両首脳は、今後もSNSを通じて意見を交換できるだろう。 トランプ大統領の行動は、金委員長と北朝鮮軍部の「メンツ」を守った。朝鮮半島における最大の価値観の一つが「メンツ」だ。彼らはメンツを汚されると怒り、命をかけるほどのけんかになる。2018年9月、国連総会で演説するトランプ米大統領=ニューヨーク(ロイター=共同) 北朝鮮は公式に、韓国が自国の領土であるとの「フィクション」を維持している。ただ、現実は米帝国主義が支える傀儡(かいらい)政権が実効支配している、と解釈している。北朝鮮のフィクションからすれば、歴代米大統領は北朝鮮の「メンツ」を無視し、韓国を訪問してきたわけだ。金正恩が描く「シナリオ」 だが、トランプ氏は、板門店の南北軍事境界線を越えて北朝鮮領に入り、指導者への「入国」のあいさつという仁義を切った最初の米大統領だ。しかも、その際に韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を同行させなかった。これは、北朝鮮の指導者と軍部を満足させる行動だった。 もちろん先述の通り、これだけで核問題が解決するわけではない。金委員長が「非核化」でどこまで譲歩するかは、明らかでない。G20直前に平壌(ピョンヤン)で実現した中朝首脳会談では「十数年内の完全非核化」で合意したと、北朝鮮高官は明らかにする。 北朝鮮の高官によると、金委員長が数年前から「国連総会で演説し、制裁を解除させる」との意向を側近に明らかにしていた。トランプ大統領は、これを知ってホワイトハウスに招待したのだ。来年の大統領選での再選を果たすため、金委員長をホワイトハウスに招いて会談すれば、大きな成果を誇示できるわけだ。 金委員長が描くのは、9月の国連総会の時期に訪米し、総会と安保理で演説し「非核化を宣言して、制裁解除を求める」とのシナリオだ。米政府関係者によると、金委員長は国連総会出席の検討を指示したという。 一方、トランプ大統領のもう一つの狙いはノーベル平和賞だ。板門店では、米朝首脳再会のテレビ演出に文大統領を同行させず、首脳会談にも参加させなかった。あいさつを許しただけで、文大統領を徹底して「排除」した。 これは、同じようにノーベル平和賞を狙う文大統領の追い落としを狙った行動だ。文大統領は6月にスウェーデンとノルウェーを訪問したが、実はノーベル平和賞受賞を働きかけるためであった。トランプ大統領もノーベル平和賞候補に推薦されており、文大統領に受賞させるわけにいかないのである。2019年4月、施政演説を行う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同) ホワイトハウスでトランプ大統領と金委員長の会談が実現することになれば、国際法上で米朝国交正常化への準備段階を意味する。トランプ大統領は大統領選を見据えて、2年連続のホワイトハウス会談を計画しているだろう。その際に「非核化」と米朝国交正常化で合意して、北朝鮮の軍部を抑え込む作戦だ。 金委員長の訪米とホワイトハウスでの会談が実現すれば、来夏の東京五輪への参席も可能になる。五輪期間ごろには、日朝首脳会談が実現し、拉致問題解決と日朝・米朝同時国交正常化への動きも見えてくるだろう。■ 金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」■ 反安倍メディアに騙されるな!日朝会談「無条件」は方針転換ではない■ 金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

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    反面教師も届かないセブンの「焦り」

    スマートフォン決済「7pay」の不正利用問題は、時短営業などコンビニの構造改革を迫られるセブン-イレブン・ジャパンを直撃した。だが、会見した運営会社トップの言葉からは、セキュリティーに対する認識の甘さが目立った。過去の「教訓」を生かせなかったセブンの「焦り」とは何だったのか。

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    PayPayを他山の石にできなかった7payの「脆弱性」

    佐野正弘(ITライター) セブン&アイ・ホールディングスが7月より提供を開始したスマートフォン決済サービス「7pay(セブンペイ)」が、サービス開始当初からセキュリティーに大きな問題を抱えていたことで不正利用が相次ぎ、3日間で900人、合計約5500万円の被害に遭ったことが分かり、メディアで大きく報じられている。不正利用による逮捕者も出たことで、非常に深刻な事態を生み出していることが分かる。 だが、問題はそれだけにとどまらない。7月4日に7payの運営会社であるセブン・ペイが実施した記者会見で、同社の小林強社長が、記者から「2段階認証」を導入していない理由について問われた際、2段階認証そのものを知らない様子を見せたことが、大きな驚きをもたらした。 2段階認証とは、要するにインターネットサービスでよく用いられているIDとパスワードによる認証に加え、もう一つ別の手段を用いて認証するというものだ。 IDとパスワードが盗まれても、不正利用されないように、ID・パスワードとは別の方法で認証する仕組みが用いられることが一般的だ。携帯電話のショートメッセージ(SMS)に送信したコードを入力してもらう方法と聞けば、実際に使った人もいるかもしれない。 最近では、7payと同じスマートフォン決済サービスをはじめ、多くのインターネットサービスがセキュリティー向上のため2段階認証を用いているが、7payには導入されていなかった。 つまり、2段階認証を導入していなかったため、犯人側が何らかの手段でIDとパスワードを入手するだけで、容易にサービス利用ができてしまう状態だった。まだ明確には判明していないようだが、不正利用の原因の一つになったのではないかといわれている。 そうしたことから、記者会見で先述の質問が出たのも当然だ。ところが、セキュリティーが強く求められる決済サービスを提供する企業のトップが、そうしたインターネットセキュリティーの基本というべき要素を知らない様子を見せてしまったのである。セブン・ペイ側の認識の甘さを示すとともに、批判が一層高まる要因になったといえるだろう。記者会見するセブン・ペイの小林強社長(中央)ら=2019年7月4日 7payはその後、サービスの新規会員登録や料金のチャージを停止し、セキュリティー向上のためのシステム改善を実施しているとみられる。だが、今回の「7pay問題」は、大きく二つの問題を露呈したといえる。まず、先の会見で示されたように、サービスを提供する事業者側のセキュリティー、ひいてはITやテクノロジーに対する意識の低さや、認識の甘さである。もう一つ浮上した問題 先の会見では、セブン・ペイ側が実施したテストでは、セキュリティーの問題が見つかっていなかったと明らかにしている。だが、仮に現場レベルで2段階認証のような問題に気づいていたとしても、実際にサービスを提供する企業の側が「2段階認証が重要」という意識を持っていなければ、そもそもテストにチェック項目として盛り込まれることはないだろう。むしろ、サービス提供を早めるため、そうした要素をカットするよう要請してくるかもしれない。 7payのシステムも、セブン・ペイ自身で開発している訳ではなく、外部の企業に発注して開発されているものと考えられる。それゆえ、発注するセブン・ペイ側に、テクノロジーに関する十分な知識を持つ人がいなければ、自社のビジネスを優先してそうした判断をすることも十分起こり得る訳だ。 だが、現在では、国内向けのサービスであっても海外から不正利用されるケースも増えており、セキュリティーへの対処が従来よりも高レベルで求められている。実際、今回の7payに関しても、不正利用の大部分が海外からのアクセスであったことが明らかにされている。さらには、一連の問題で中国人が逮捕されたことなどから、中国を拠点とする犯罪組織が関わっている可能性が疑われている状況だ。 スマートフォンやインターネット技術の活用は今後、多くの企業にとって一層欠かせないものになる。それだけに、対応するサービスを開発し、安心・安全を実現する上で、テクノロジーに詳しい知識を持つ人材が一層重要になってくるはずだ。 だが、今回の事件はある意味、日本企業のテクノロジーに対する重要性の認識の乏しさを露呈したともいえる。テクノロジーの重要性を理解し、自ら知識を持たないのであれば、外部から詳しい知識を持つ人間を連れてくるなど、多くの対策を採る必要があるだろう。 そしてもう一つ浮上した問題とは、スマートフォンを活用した決済サービスに対する信頼を大きく損なったことである。「7pay」をPRするセブンーイレブン・ジャパンの永松文彦社長=2019年7月1日 ここ1、2年のうちに、中国で人気となった2次元バーコード「QRコード」を活用したスマートフォン決済サービスに参入する企業が相次いでいる。2019年にも、7payをはじめとして、ゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」やKDDIの「au PAY」、メルカリの「メルペイ」など、大手企業がこぞってQRコード決済に参入。連日のように大規模な顧客還元キャンペーンを実施し、大きな話題を振りまいている。 なぜ、これほどまでに、各社がQRコード決済にこぞって参入しているのだろうか。何よりもまず、日本政府がキャッシュレス決済を推進しており、そこに多くの企業がビジネス機会を見いだしたためだろう。そしてもう一つは「データ」活用だ。必死の「囲い込み」 QRコード決済を提供する事業者は、自社の決済を利用してもらうことにより、いつ、どこで、どんな人が、何を買ったのかという情報を取得できるようになる。取得の際には、もちろんプライバシーへの配慮は必須だ。 そうしたデータを多数集積し、人工知能(AI)技術などを活用して分析することで、企業のマーケティング活動に使ってもらったり、個人ローンなどの信用情報に活用したりする。こうした新たなビジネスを開拓することがサービス提供事業者の大きな目的となっている訳だ。 セブン&アイ・ホールディングスは元々電子マネーサービスの「nanaco(ナナコ)」を提供していた。それでも、あえて7payを導入したのには、そうした顧客の購買データを用いた一層密なマーケティングをしたかったがためといえる。 だが、データをビジネスに生かすには、膨大な量のデータを収集する必要がある。それゆえ、各社ともサービス提供開始を急ぎ、開始直後に大規模キャンペーンを打つことで、顧客の囲い込みに必死になっているわけだ。 しかしながら、サービス提供を急ぐあまり、セキュリティー問題が生じて不正利用が多発したケースは、7payだけではない。ソフトバンク系の「PayPay(ペイペイ)」も、2018年末の大規模キャンペーンをきっかけとして、セキュリティー上のいくつかの問題から不正利用が多発し、大きな問題として取り沙汰されるに至っている。 それにもかかわらず、7payで再び大規模な不正利用が起こってしまったのである。このような状況では、やはり自社のビジネスを優先し、サービス提供と顧客獲得を急ぐあまり、「セキュリティーをおろそかにした」と消費者に捉えられてもおかしくない。そして、そうしたトラブルが起きるにつれ、QRコード決済全体への信頼が大きく揺らぐことにもつながってくる。2018年12月からスタートした「ペイペイ(PayPay)」だったが、20%還元キャンペーンの影響で決済が集中してサービスが一時停止したり、不正利用が多発した(早坂洋祐撮影) 日本は現金決済への信頼が非常に強い国であり、それがキャッシュレス決済の普及を阻む大きな要因と言われている。そのキャッシュレス決済を普及するための切り札として注目されたQRコード決済で、こうしたトラブルが相次げばキャッシュレス決済の普及を一層遅らせることにもなりかねない。 キャンペーン競争の過熱が続くQRコード決済だが、むしろ今後は信頼を高めるための取り組みが強く求められることとなりそうだ。■ 「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■ 日本式コンビニの未来には絶対に譲れないギリギリの「生命線」■ くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果

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    僕だけが知っている「帝王」ジャニーさんの素顔

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント、作家) ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長がこの世を去った。救急搬送されたニュースが流れてから3週間、僕の脳裏には、ジャニーさんと出会ったころの思い出が走馬灯のようによみがえっていた。 87歳という年齢に加え、重い病状だっただけに覚悟はできていたが、もし神が願いを叶えてくれるのなら、せめてあと1年少々でいいから、ジャニーさんの寿命を延ばしてもらえないかと祈り続けた。そう、ジャニーさんは2020年東京オリンピック・パラリンピックを自身の集大成にする強い思いがあったからだ。 僕とジャニーさんとの出会いは、およそ40年前、僕が夢見る中学生のときだった。ある日の深夜、父親から「ジャニーって人から電話だ」と言われ驚いた。「ジャニーだけど」。受話器の向こうから怪しげなオジサンの声がした。ジャニーズ事務所? 僕は数カ月前、ジャニーズ事務所に「履歴書」を送っていたのだ。その返事だと直感したが、まさか本人から電話があるなど想像もしていなかっただけに、動揺が隠せなかった。これがジャニーさんと初めて繋がった瞬間だった。 ジャニーズ事務所に送った僕の4枚の写真とプロフィルは、約3カ月経ってジャニーさんの手に渡り、その写真を見ながら電話をしてくれたのだが、中には応募してから2年後に連絡が来るケースもあり、僕の場合はかなり早かったようだ。 ジャニーさんは電話で「いま写真を見たよ、今度の日曜日遊びに来れるかい?」とフレンドリーだった。僕は緊張して「はいっ!」と元気よく返事をしてアピールしたつもりだったが、十数年後に聞いた話では「最初の電話のとき、ユー(YOU)はかったるそうにハイ~ハイ~しか言わなかったね。ユーは僕との電話のときいつもダルそうにするんだよ」と言われてしまった。そんな細かいことまで覚えてくれているのがジャニーさんならではだ。 そもそもジャニーズ内では「ジャニ電」と言われ、ジャニーさんからの「直電」は非常に貴重とされている。通常はハガキか封書で「オーディションの案内」が届くことになっており、直電はめったにない。そんな中で「ユーは3万人の中から選んだ一人だよ」と持ち上げられ、うれしかった。自分で言うのもどうかと思うが、ジャニーさんにかなり気に入られていたようだ。ただ、僕が入って2年くらいすると、中村繁之や大沢樹生(元光GENJI)といった次のお気に入りが続々登場し「ジャニーさんの膝の上」というポジションは奪われてしまったが(笑)。ちなみに「ジャニ電」は、僕がつくったジャニーズ内用語で、今も使われているらしい。 僕の人生における自慢はもう一つ。ジャニーズ事務所での「4人暮らし」だ。メンバーと言えば、ジャニーさんと田原俊彦(トシちゃん)、近藤真彦(マッチ)、そして僕だ。なかなかすごいメンバーだ、僕以外は(笑)。当時、ジャニーさんの住居でもあった東京・原宿の合宿所にはトシちゃんとマッチの大きな部屋があって、少し狭い部屋には川崎麻世もいた。ジャニー喜多川さん(イラスト・不思議三十郎) 食事はほとんどジャニーさんが用意してくれて、毎晩のように4人で食事をしていた。ジャニーさんは突然「ユー、お腹すかない?」と、深夜にラーメンを食べに行くことも多かった。よく行ったのが、ジャニーズタレントの間で有名だった「とらの子ラーメン」(当時は麻布)だ。「たくさん食べな」と言って自分のラーメンを僕たちにくれるほどだった。また、大量の弁当やハンバーガーを買ってくることもよくあり、食べきれないときは、「食べにおいでよ」と、知り合いに電話をかけるなど、常に気遣いをする人だった。「森進一」生みの親 そんなジャニーさんには、食事だけでなくテレビ局や撮影所のほか、コンサートや映画にも連れて行ってもらった。ジャニーさんと2人で移動することも多かったが、ときには6人7人も乗ってドライブしたこともあり、一度警察に注意されたことがある。当時ジャニーさんの車はクラウンで、ベンチシートのコラム式という前後3人ずつ座る6人乗りのセダン。最近ではあまり見られないがタクシーによく使われているタイプだ。 ジャニーさんは警察に堂々と「7人乗りです!」と言い切っていたのをおぼえている。当然、警察は納得しないが、「僕(ジャニーさん)から見たら6人だ」とわけの分からない持論で説き伏せていたのが印象的で、今になって思えば面白すぎる深夜のドライブだった。 このように、一時期、僕はジュニア(CDデビュー前の所属タレント)の中でも、ジャニーさんと2人で出かけることが群を抜いて多かった。だからこそ思い出も多く、ジャニーさんのビジネスを傍らでよく見せてもらった。 特に「歌謡祭」の出場が盛んだった1980年代の12月はほぼ毎日リハーサルが行われ、年末3日間は本番のステージをハシゴして回ったが、このときのジャニーさんは社長というよりマネジャーというイメージで、ジュニアを含むタレントたちの世話で走り回っていた。衣装を抱えて走り回りながら、さまざまな事務所のスタッフやタレントたちとの調整などをテキパキとこなす姿が印象深かった。 ジャニーさんが芸能界に入った当時は渡辺プロダクション(ナベプロ)のスタッフだったことから、ナベプロのタレントたちとのやりとりが多く、ジュリー(沢田研二)と会話している姿を間近で見られたのは至福の喜びだった。そもそも、僕はキャンディーズとジュリーにあこがれて芸能界を目指しただけに、そんな夢のようなことがジャニーさんといると日常的だった。 ちなみにナベプロでジャニーさんが初めて手がけたタレントは、実は森進一だ。スカウトから育成まで担い、世に送り出した。だから森進一の息子のTaka(現ONE OK ROCK)を預かったことがあり、親交はずっと続いていた。 森進一を手掛けた後、「ジャニーズ」(4人組)をナベプロからデビューさせて独立し「ジャニーズの事務所」という意味で「ジャニーズ事務所」を設立した。自らの完全マネジメント「フォーリーブス」で大当たりし、郷ひろみでソロの成功、川崎麻世やたのきんトリオと、複数のトップアイドルを生み出し、手腕を発揮した。 同時に「リアリスト」(現実主義)のジャニーさんは、音楽への取り組みは素晴らしくステージは常にバンドによる生演奏にこだわっていた。テレビより「舞台」や「コンサート」に重点を置き、「生」の素晴らしさへの熱意は人一倍。世界一の記録保持者である動員や回数など実績が証明しているように、「生」の迫力を追求してきた結果がジャニーズだ。一時期は「口パク」とか「カラオケ」とか揶揄(やゆ)されてきた時代もあったが、ジャニーさんはステージでは常に本物のビジュアルと音楽で勝負してきた。 現場に足を運び、設営から音響や照明を必ず自らチェックするのは当然だが、ステージに立ちキャストが数十人からなる構成でも全体の動きを詳細に把握する能力はずば抜けていた。「ユー、間違えたでしょ」「ユー、落ちたでしょ」とかよく言われたが、大勢が舞台にいるのになぜ分かったのか不思議だった。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) その感動を実体験した人は魅了されて虜になり、決して離れられないジャニーズワールドにハマってしまう。ジャニーズのステージを見たことがない人たちに言いたいが、テレビや雑誌のレベルで知り得たのは本物ではなく、真実は舞台にあり、これを見ずして判断してほしくはない。だからこそ、その強い意志を継げるのは、ジャニーさんが舞台演出のセンスと実績があるとして後継指名した滝沢秀明なのだ。すべてはジャニーさんの意志 また、ジャニーさんの机の上には、常に台本や脚本などが積まれ、ジュニアたちの写真も並べられていた。後になって分かったことだが、ジュニアたちの写真はグループの編成を構想するために使っていたようだ。写真を並べてグループの結成にふさわしいビジョンを机上で描いていたのだろう。 ただ、ジャニーさんは好き嫌いがハッキリしていることでも有名だった。好きなものはとことん推すが、嫌いになったら存在すら認識しない「白黒のスペシャリスト」でもある。幼き僕らもそれは理解でき、レッスンやリハーサルのときにも好きな子は踊れなくても前、嫌いな子には無視か酷いときには「ユー、来ちゃダメ!」という厳しい言葉もあった。単純明快で好かれる(認められる)=デビューできるのが、すべてはジャニーさんの意思で決まるだけにジャニーさんに気に入られることは重要だった。 好き嫌いで決まることは多いとはいえ、これまで記したようにジャニーさんの僕たちタレントに対する熱意はあまりに大きく、ジャニーさんが多くの所属タレントに慕われていたゆえんだろう。 だが、人気が出て稼げるようになると、勝手な行動に出るタレントも少なくないのが今の風潮だ。ジャニーさんからすれば、「親子」の感覚で、一生懸命育てた子が、活動休止や解散など、数年前から頻繁に起こる事態は辛かったにちがいない。 SMAP解散騒動の際には「僕もこんな歳だから気持ちを理解してほしい」とメンバーたちに懇願したのも記憶に新しい。また、「東京オリンピックまでは元気でいたい」と話していたといい、倒れる直前まで大きな目標を掲げていたという。2016年5月、都庁の第1本庁舎壁面に掲示された2020年東京五輪の新たな公式エンブレム「組市松紋」の大型パネル(山崎冬紘撮影) 自身の最期を悟っていたのか、「僕はもういないから」と東京五輪以降の予定には関与しておらず、すべて副社長の藤島ジュリー景子氏やスタッフに委ねていたといい、東京五輪への思い入れは計り知れない。自らが育て上げたタレントたちが、東京五輪という最高の舞台で演じるパフォーマンスを見届けたかったのだろう。それだけに、冒頭で記したように、せめてあと1年少々元気でいてもらいたかった。僕はこれだけが残念でならない。 14歳の僕を抱きしめてくれた「優しきオジサン」は、いつしか日本を代表するスーパープロデューサーとなり、その名を歴史に刻む功績を無数に残して天に召された。偉人となった晩年は多くの反乱や裏切りに見舞われ、幸せだったかどうかは本人の気持ち次第だが、1千万人を超える人たちに幸せを提供してきたことはまちがいなく、ジャニーさんの功績は永遠に語り継がれるだろう。■ 嵐「2023年復活」ではじくジャニーズの皮算用■ ジャニー喜多川もお手本にしたヒデキのアイドル道■ 元SMAP「新しい地図」が開けたアイドルの風穴

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    元検事の批判殺到、それでも逃走犯「保釈倍増リスク」報道は一理ある

    山岸純(弁護士) 6月20日付の産経新聞のインターネット記事「保釈率倍増、高まる逃走・再犯リスク 裁判所判断に浮かぶ懸念」や、6月23日付の同ネット記事「保釈倍増で逃走リスク 収容前の不明は全国で26人」などについて、元検事で弁護士の郷原信郎氏などが議論をしておりますので、せんえつながら法曹家の一人として愚論を申し述べさせていただきます。 この産経の記事では、実刑が確定し、横浜地検が収容しようとした際に逃走した男などの例を挙げ、元検事の方々の指摘などを掲載しながら、全体として「裁判所が保釈を決定する際には、保釈中に逃亡するおそれの有無を慎重にすべきである」旨の意見を述べています。 これに対し、郷原氏をはじめ元検事の弁護士の方々が、「『人質司法』を是正する動きに水を差すような報道姿勢は許されない」など、「印象操作だ」と痛烈に批判されております。 たしかに郷原氏がご指摘されるように、今回の記事では、例えば「遁刑(とんけい)者(実刑確定後、収容前に行方不明になる者)」の人数について過去の統計からすれば減少傾向にあることを紹介せず、単に「平成30年末で全国に26人」と表現するなど、読者への「イメージ」を先行させている点は否めません。 また、後述の通り、「保釈」の原則的な基準は「逃亡するおそれがないこと」ではなく「罪証隠滅のおそれがないこと」なので、逃亡するかもしれないから保釈するべきではない、とも言えないわけです。小林容疑者が潜伏していたアパートに入る捜査員。階段上、左端は小林容疑者をかくまった幸地大輔容疑者=2019年6月23日、神奈川県横須賀市(酒巻俊介撮影) もっとも、今回の記事が取り上げているのは、これまであまり議論されてこなかった「有罪判決(実刑)が確定した人を収監する際の逃亡事件」であり、有罪判決(実刑)という日本における強制力を執行するにあたり、万に一つも起きてはならない失態を指摘している点において的を射ているものと思量します。 すなわち、せっかく国が相当の予算と優秀な人的資源を投下して犯罪者を検挙し有罪判決を獲得しても、肝心の「刑の執行」の時点で逃れられてしまったのでは、「刑」の目的である①罪を犯した者の教育・更生②犯罪者を隔離することによる安全の確立、などができなくなってしまいます。 ここで、勾留中の被疑者が逃亡したのであれば、その警察署や拘置所の管理体制が問われるところです。昨年8月に大阪府警富田林署で勾留中だった容疑者の逃走事件がそれです。裁判所の判断に疑問 これに対し、「保釈中」の実刑確定者が収監の際に逃亡したとなれば、実際に逃亡中には周辺地域に少なからぬ混乱が生じていたわけですから、収監手続きを行う検察事務官などの責任はもちろんですが、「保釈を認めた裁判所」の責任を問うこともまた一理あると思量します。 しかも今回は、一定の条件(罪証隠滅のおそれがないことなど)に該当しなければ当然に保釈されるという「権利保釈(刑事訴訟法89条)」によるものではなく、裁判官が、逃亡のおそれや、健康上、経済上、社会生活上のさまざまな理由を考慮して特別に保釈するという「裁量保釈(刑事訴訟法90条)」によるものであったとのことなので、今回の「裁判所の判断」に疑問を持つのも当然ではないでしょうか。 要するに、「保釈を求める権利がなかった者についてわざわざ裁量で保釈するべきではなかった。裁判所は、保釈(特に裁量保釈)について今一度検討すべき」という今回の記事にも一理あるということです。 なお、今回の逃走事件への反応をみていると、どこまでが警察官の仕事でどこからが検察官の仕事なのか、あまり知られていないように思いましたが、収監手続きのような「刑の執行(正しくは裁判の執行)」は、刑事訴訟法472条によって検察官が行うこととされています。もっとも、検察官や検察事務官は警察学校のようなところで逮捕術などを習得していないので、実際には、警察官に立ち会ってもらうのが通常です。 つまり、逮捕により犯人の身柄を確保したり捜索などにより証拠を確保したりするまでが警察官の仕事、刑事裁判を提起して有罪判決を得て、刑を執行するのが検察官ということです。厚木市の小林常良市長(左)と愛川町の小野沢豊町長が横浜地検に迅速な情報共有を求める要望書を提出した=2019年6月25日(浅上あゆみ撮影) もちろん、基本的人権の援護を使命とされる弁護士の一人として、長年問題になっている「人質司法」については、実態に応じて適切に解消されるべきと思量します。 他方で、「刑の執行」という、最も確実に執行しなければならない国家作用を揺るぎないものとするべく、裁判官の裁量保釈のあり方に警鐘を鳴らす今回の記事についても、一定程度、理解できるところです。■川崎20人殺傷「一人で死ねば」の前に迫られる社会の決意■ゴーン氏の不正を見逃した監査法人は責められるべきか■「親の苦情と戦えない」小さな命を救えなかった虐待現場の叫び

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    対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗

    木村幹(神戸大大学院国際協力研究科教授) さてさて、これはどう理解するべきなのか。 7月1日、経済産業省は韓国に関する「輸出管理の運用の見直し」を発表した。内容は大きく二つ。 一つは、外為法輸出貿易管理令別表第3の国(いわゆる「ホワイト国」)から韓国を削除するための、意見募集手続きを開始すること。この日から7月31日までの1カ月の間、意見が募集されることになる。見直しの効力が発生するのは、この意見募集の結果を受けて以降になる見通しのため、今後の方針についてあらかじめ、アナウンスをした形である。 二つ目は、特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え。具体的には、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の3品目が対象となっている。こちらは適用が7月4日からのため、効力が既に発生している。 問題はこれらの措置の影響をどう見るか、である。第一に考えなければならないのは、そもそもこの措置が該当産品の物流にどの程度の影響を与えるか、である。 ここでは二つのシナリオが考えられる。報道によれば、該当品目の輸出が包括許可から個別輸出に切り替えられた場合、手続きに3カ月程度かかるとされており、仮に該当企業が品目の在庫を持たない場合、生産の一部が停止する可能性がある。 とはいえ、仮にこれが単なる包括許可から個別輸出許可への切り替えにとどまるなら、個別輸出許可が認められてしまえば、物流は通常に復することになる。そもそも、これまで韓国に適用されていた包括輸出許可は、限られた特定の国に対する優遇措置に過ぎず、中国やインド、さらにはロシアといったほとんどの国への輸出は、個別輸出許可の下、行われている。ソウルで開かれた会合で話す韓国の成允模・産業通商資源相(中央)=2019年7月1日(AP=共同) すなわち、この措置だけでは韓国企業には、例えば中国企業に対するものと同等の条件が適応されるだけで、それだけでは致命的な影響は発生しない。そもそもが大きな変更ではなく、ゆえに大騒ぎするようなものではない。それが一部の専門家の意見であり、一つ目のシナリオである。 他方、同じ措置について、読売新聞は「日本政府は基本的に輸出を許可しない方針で、事実上の禁輸措置となる」と報じ、全く異なる見解を示している。だとすれば今回の措置は、経産省による公式の説明である、包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え以上の内容を有することになる。 この場合、日本政府が中国などの他国とは異なる何らかの基準を、韓国のみに適用していることになる。そうなれば個々の企業への影響は長期化し、より大きくなることは明らかだが、自由貿易の原則を掲げる以上、日本政府は事態を説明する国際政治上の責任を新たに負うことになる。 そしてそれを万一、徴用工問題における日韓関係の悪化に求めるなら、それは日本政府が自ら、この措置が政治的報復であり、経産省が掲げる安全保障上の理由は「単なる建前」にすぎないと示したことになる。日本側がどのような論理を積み上げても、その論理に内実がなく、国際社会に信じられなければ、国際社会で敗北することになるのは、日本政府がこれまで福島沖水産物や捕鯨を巡る国際紛争で経験したことであり、事態は全く異なる展開を見せることになる。これが二つ目のシナリオである。 この二つのシナリオのどちらを採用するかで今回の措置は、政治的にも経済的にも全く異なる意味を持つことになるが、日本国内では矛盾した報道が続けられている。「制裁」の効果 第二に考えなければならないのは、これらの措置による個々の企業活動への影響があることと、それが韓国経済全体に与える影響、例えば国内総生産(GDP)に対する押し下げ効果がどの程度あるかは別の問題だ、ということである。 例えば、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備問題に対して、中国政府が団体旅行客の渡航を制限した際には、観光産業をはじめとする特定の産業に明らかな影響は出たものの、韓国経済全体に与えた影響は限定的なものにとどまった。だからこそ韓国政府はこの問題で中国に譲歩せず、THAAD配備はそのまま続けられた。 そしてとりわけ、輸出管理の運用見直しに伴う物流に与える影響が、短期間にとどまる一つ目のシナリオの場合、韓国政府の当該産業に対する支援などにより、経済全体に与える影響は吸収されてしまう可能性が強い。韓国政府が事態の展開を座して見守るだけだ、ということは考えにくいからだ。 現段階において、外資が大きな割合を占める韓国の株式市場において、関連企業の株価はいまだ大きく下落しておらず、マーケットがその先行きに深刻な懸念を抱いている、とは言えない。個々の企業の経営に対するミクロの影響と、経済全体のマクロの状況は区別して考える必要があるのは経済学の基礎である。ミクロな現象の断片のみから韓国経済全体に与える状況を予測することは慎まねばならない。 とはいえ、それ以上に重要なのは、そもそもこの措置が何のために行われており、その目的は果たしてこの措置により実現に向かうのか、ということだ。これが今回の措置を考える第三のポイントである。セッション3開始前、韓国の文在寅大統領と握手を交わした後、厳しい表情を見せる安倍晋三首相=2019年6月29日、大阪市住之江区(代表撮影)   産経新聞は、今回の措置について「いわゆる徴用工問題で事態の進展が見通せないことから、事実上の対抗措置に踏み切った」と報じている。また朝日新聞は、7月2日の記者会見で菅義偉(よしひで)官房長官が今回の措置を徴用工問題などへの「対抗措置ではない」と述べる一方で、「両国間で積み重ねてきた友好協力関係に反する韓国側の否定的な動きが相次ぎ、その上に20カ国・地域(G20)首脳会合までに満足する解決策が示されなかった」ことが今回の措置に至る背景の一つであることを明らかにした、と報じている。 既に紹介した読売新聞の記事の「事実上の禁輸措置」という表現をはじめとして、ほとんどの日本メディアの報道は、今回の措置の背後に、徴用工問題といった歴史認識問題により悪化する日韓関係があるという点で一致している。制裁は「十分条件」ではない それでは今回の措置を強めることで、日本はその目的を達成することができるのであろうか。考えなければならないのは、仮に今回の措置が経済制裁と言える内容を持つ場合、その制裁が政治的効果を持つには、最低限、次の二つの条件が必要だ、ということだ。すなわち、第一には制裁が実際にその国の経済に影響を与えることであり、第二はその経済の影響がその国をして相手国への譲歩を促すような効果を持つ、ということである。 既に明らかなように、事態が先に示した二つのシナリオのうちの一つ目、すなわち、今回の措置が短期的かつ限られた影響しか持たない場合には、韓国が日本への譲歩に「追い込まれる」ことは考えにくい。7月3日の時点で、韓国政府は関連業界に対する大型投資の支援を表明しており、その措置は主として国内企業の活動を支援するものになるだろう。 それでは事態が二つ目のシナリオ、つまり日本からの特定産品に関わる流通が長期的に阻害された場合にはどうなるだろう。 この場合にも先に述べたように、それが経済全体に与える影響が小さければ、やはり当該業界に対する支援で事足りてしまうから、韓国政府が積極的な外交的対応を行う理由にはなり得ない。この結果、韓国政府から支援を受ける韓国企業は自らの設備投資などを行うことにより、短期的には苦しんでも、中長期的には新たなサプライチェーン(部品の調達・供給網)を作り上げてしまうことになるだろう。それでは単に日本企業が自らの市場をみすみす失うだけの結果に終わることになる。 事実、東日本大震災による影響で日本からの部品供給が途絶えたことを受けて、韓国の一部業界ではサプライチェーンを切り替えている。今回、韓国企業は政府からの支援を受けることもあり、時間は必要になるものの、最終的には同じ展開になる可能性が強い。日本政府の韓国向け輸出規制強化を1面トップなどで伝える韓国紙=2日、ソウル(共同) だとすると、事態が一定の政治的な効果を持つには、日本からの特定産品に関わる物流が長期にわたり阻害され、かつそれが経済的にも大きな影響を与えた場合に限られることになる。しかしながら、問題はこの状態もまた、韓国政府が歴史認識問題などにおいて日本への譲歩に向かう「十分条件」にはなり得ないことだ。必要な戦略とは何か なぜなら、制裁の結果として生まれた人々の不満が、韓国政府をして日本への譲歩に追いやる方向へ働くとは限らないからである。例えば、先に述べたTHAAD問題に伴う中国の経済制裁は、むしろ朴槿恵(パク・クネ)政権初期には好意的であった韓国人の対中感情を大きく悪化させる方向へと機能した。 朴槿恵弾劾の結果として登場し、前政権を否定する政策を連発する文在寅(ムン・ジェイン)政権ですらTHAAD配備を継続した背景には、このような中国の制裁の「失敗」による韓国人の対中国感情の変化が存在する。世論の意向に反して政策を実行するのはいかなる政府にとっても大きな困難を伴うことになるからである。 そして今、韓国に渦巻くのは、日本による突然の「輸出管理の運用の見直し」に対する強い反発である。状況はTHAAD問題に伴い中国が制裁を開始したときと極めて類似しており、韓国世論は日本に対する強硬姿勢に傾きつつある。 7月4日にリアルメーターが発表した世論調査によれば、日本側の措置に対して「外交的交渉により解決すべき」と答えた人は22%に過ぎず、約46%が世界貿易機関(WTO)への提訴を含む国際法的対応を、約24%は経済的報復措置による対処を求めている。 注意しなければならないのは、経済への影響を危惧して文在寅政権の「無策」を批判する野党に近い保守系の人々ですら、その結果として日本に譲歩することを求めているわけではないことだ。すなわち、保守的な志向を持つ人々の間でも「外交的交渉により解決すべき」と答えた人は38・5%のみであり、過半数は国際法的対応、または、経済的報復措置を求めている。さらに言えば、この「外交的交渉」の中身には、先に韓国政府が提案して日本政府に拒絶された「財団案」などによる解決も含まれているから、韓国側が外交的に折れて日本側の主張に従うことを求めている人は、実際には極めて少ない計算になる。 このような中、そもそも対日関係を軽視する文在寅政権が、世論の風向きに反して日本への譲歩に向かう可能性は極めて少ない。頭に入れておかなければならないのは、政治は、経済的合理性に基づいてではなく、政治的合理性に基づいて動く、ということである。仮に韓国経済が日本側の措置により大きなダメージを受けたとしても、それによりむしろ日本側への敵意が高まるなら、政治家にはそれに抗して動く必要は存在しない。与党である「共に民主党」支持者のうち「外交的交渉により解決すべき」と答えた人はわずか5・7%。これでは外交的交渉を始めることすら難しい。 だとすれば今回の措置により、われわれは本来の目的からますます遠ざかっていることになる。忘れてはならないのは、そもそも経済制裁、それもある1カ国のみによる経済制裁で他国が外交方針を変えることは容易に存在しない、ということだ。例えばそれはアメリカとイランの関係がそうであり、われわれは北朝鮮に対して周辺国と協調して経済制裁を行ったものの、目指す結果を何ら得ていない。だからこそ経済制裁とは他の手段と組み合わせて使うものであり、ただやみくもに用いても相手側の対応を硬化させる効果しか持っていない。韓国の康京和外相(右)と会談に臨む河野太郎外相=2019年5月23日、仏パリ(AP=共同) 外交、否、政治に対する評価は本来、何を目的として掲げ、そしてその目的をどう実現したかによってなされるものだ。ナショナリスティックな欲望を抑えて、自らの国益が何であり、それを実現するためにはどうすべきかを真摯(しんし)に考察する。「目的合理性」に基づいた、より冷徹な戦略が必要になってくるだろう。■日韓関係は最悪、北朝鮮問題で出番なくとも安倍外交は「78点」■慰安婦より根深い「徴用工問題」を蒸し返した韓国の裏事情■徴用工判決と日韓の正義、いつまで「歴史戦」を続けるのか

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    「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 6月25日配信の米ブルームバーグ通信は、米国のドナルド・トランプ大統領が「日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」と報じた。これに関連して、同月27日の時事通信の記事によれば、トランプ氏が米FOXビジネステレビの電話インタビューで、日米安全保障体制に関して、「日本が攻撃されれば米国は彼らを守るために戦うが、米国が支援を必要とするとき、彼らにできるのは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ることだけだ」と述べた。 インタビューで、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)に関しても「米国は(国防負担の)大半を払っているのに、ドイツは必要な額を払っていない」と指摘した。トランプ氏は、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開幕直前に豪州のスコット・モリソン首相と会談した際、「われわれ(米国)は、同盟諸国に善意を示し、同盟諸国と協働し、同盟諸国の面倒を見てきた」と語った。 トランプ氏の「米国が一方的に同盟運営の負荷を担っている」という認識は以前から示されてきたものであり、それ自体は何ら驚くに値しない。もっとも、トランプ氏の同盟認識がどのようなものであれ、それが米国の「国家としての意志」を反映するわけではない。 事実、6月27日、米連邦議会上院は、2020年会計年度の国防予算の大枠を定めた「2020年国防権限法案」を可決した。法案の骨子は「日米同盟への支持を表明する」とした上で、「日本の意義深い負荷分担と費用負担への貢献を認識する」としつつ、「強化された日米防衛協力を促進する」としている。 加えて、法案は「日本政府との協議の上で、インド太平洋地域における米軍部隊の展開配置を再考するように求める」としている。立法府優位の米国の国制を鑑みるに、こうした法案に示された同盟認識の意義は重い。 果たして トランプ氏は大阪G20閉幕後の記者会見で、日米安全保障条約に関して「破棄する考えは全くない」と述べ、前に触れたブルームバーグ通信の報道内容を否定した。共同記者会見で質問に答えるトランプ米大統領=2019年5月、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) ただし、なぜ、トランプ氏が現時点で持論を蒸し返すような発言を繰り返したのか。一つの仮説は、イラン情勢への対応に際して、米国と他の「西方世界」同盟諸国との温度差が露わになり、そのことに対するトランプ氏の不満が噴出したというものである。極東に求める「凪」 革命体制樹立後のイランに対する米国の敵愾(てきがい)姿勢は、王制期の癒着に対する反動という側面があるかもしれない。それでも、日本や西欧諸国には度を超したものとして映るのは、疑いを容れまい。 しかも、「イスラエルの生存にイランが脅威を与えている」という認識が、米国のイランに対する「過剰敵意」を増幅させているという指摘もある。それは、イスラエルに対する「過剰傾斜」とイランに対する「過剰敵意」が米国において表裏一体であることを意味している。 歴史家、トニー・ジャットの時評集『真実が揺らぐ時:ベルリンの壁崩壊から9・11まで』には、2000年代半ばの時評として、次のような記述がある。 アメリカの未来の世代にしてみれば、帝国主義的な偉大な力とアメリカについての国際的な評価が、なぜ地中海にある小さくも論争を呼びがちな依存国とそれほどに一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているかは、自明ではなくなるであろう。ヨーロッパやラテン・アメリカ、アフリカ、あるいはアジアの人びとにとっても、すでにまったくもって自明ではなくなっている。 イスラエルと一蓮托生になろうという傾向は、ジャットの十数年前の展望とは裏腹に、「トランプの米国」において一層、鮮明になっている感がある。大阪での米中首脳会談や板門店での米朝首脳会談の風景は、米国にとっての当面の「主戦場」が、中国や北朝鮮を含む「極東」ではなくイランを含む「中東」であるトランプ氏の判断を示唆しているとも考えられる。トランプ氏が極東情勢に「凪(なぎ)」を欲した事情を慮(おもんばか)れば、そうした評価も決して無理とはいえまい。 筆者は、トランプ氏の登場時点から、彼が日本に提供することになるのは、「難題」ではなく「機会」であると唱えてきた。トランプ氏は、日本の増長を抑える「瓶の蓋(ふた)」論が語られた日米安保体制の永き歳月の後で、「日本の頭を抑えつけない」姿勢を明示した政治指導者である。G20大阪サミットで会談に臨むトランプ米大統領(左)と安倍首相=2019年6月28日(AP=共同) そうであるならば、日本の対応としては、トランプ氏の不満や期待に乗じつつ、米国だけではなく、豪印両国を含む他の国々との同盟形成を急ぐのが賢明である。その前提は、「フル・スペックの集団的自衛権の行使」と「対国内総生産(GDP)比2%の防衛費」を認めることである。 米国の安全保障上の関与に安住しないという姿勢こそ、「トランプの米国」を御するには、大事なものであろう。■ トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン■ 禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■ 「金正恩と恋に落ちた」トランプの口説き文句に隠された意味

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    映画『主戦場』で語られなかった慰安婦問題の核心

    清義明(フリーライター) ノンフィクション作家、山崎朋子氏の代表作『サンダカン八番娼館』を二十年ぶりに読み返した。「からゆきさん」と呼ばれた、東南アジアなどで娼婦として働いていた日本人女性の物語だ。熊井啓監督による映画化もされているので、こちらの方がなじみがある人がいるかもしれない。ネットで安く視聴も可能なので、ご興味がある方はぜひともご覧いただきたい。栗原小巻、田中絹代、高橋洋子が主演の1974年の映画である。原作にほぼ忠実で、映画のつくりとしても古びていない。 明治のころから日本は海外に多数の日本人娼婦を送り出していた。まだ日本が南洋にさしたる貿易もなかった時のことだから、これは異彩を放っている。例えば、1886(明治19)年にシンガポールに在留していた日本人は約1000人。そのうち900人以上は女子であり、そのほとんどすべてが「醜業婦」であったことが、当時の駐シンガポール日本領事員によって記録されている。特筆すべきはその多くが誘拐されてきたものと領事員が記録していることである。この「誘拐」というのが、どういう行為なのかは注意が必要だが、高い給与を提示して甘言を弄(ろう)して、前渡し金のもとに拘束的な身分条件をつけて働かされていたのが、おおよその状況であったと言われている。貧しい家の娘が売られていくという話である。 『サンダカン八番娼館』の主人公である女性も、そのようにして売られていった一人である。もちろん商行為としての契約は交わされているが、それは幾ばくかの前渡し金を渡され、それを家元に置いていき、その借金を払うまでは売春を強制されるもので、当時でもこれは違法である。この主人公の場合は、「外国さん行けば、毎日祭日(まつりび)のごたる、良か着物ば着て、白か米ン飯ばいくらでも食える」と聞かされて、やはり極貧の生活の中にあった友人たちを誘って、業者の後をついて行ったのである。その仕事というのが売春とは彼女たちは知らない。当時彼女たちは10歳になったばかりである。 当時はそのようにして「給料のよい稼ぎ口がある」とだまされて売られた日本女性が、あらゆる東南アジアの港町にいたのだ。インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、タイ。これらの国々には探していけば当時の日本人墓地があるのだが、その朽ち果てた小さな墓標の群れにはことごとく女性の名前が刻まれている。そのほとんどが娼婦であろうと推測されている。※写真はイメージです(GettyImages) 私はシンガポールと香港のそうした日本人墓地を訪ねたことがある。現地の日本人会によって今でも手入れされている墓地は南国の明るい日差しと緑に囲まれていて平穏である。その女性たちの墓標はせいぜい20~30センチのものばかりで、それが延々と続いていた。明治の中頃の香港にいた日本人も、そのほとんどが女性だったという。もちろんそれは売春婦である。 日本人が海外に進出するときに、まずは売春業から取り掛かるというのは、どこでもそうだったようで、明治の初期の釜山(プサン)などでもそうだったらしい。先ごろ香港は司法制度の改悪に抗議する民主勢力のデモが200万人で埋め尽くされたが、そのデモ隊が集結した湾仔(ワンチャイ)は、今では香港人の集まる香港屈指の繁華街であるが、当時は日本人売春宿が軒を並べている場所だったということだ。こういう事情から、東南アジアの港町では、たいがいは日本人の居住者のうち女性の方が多かったのである。そんなに単純なものか 1869(明治2)年、日本政府はこれまでの法体系を整理して、文明開化の道を歩むための刑法の整備に着手した。そのときに早くも人身売買の問題が取り扱われている。すでにこの段階からして、婦女子が借金や多額の前渡し金によって人身拘束されてしまうことが問題視されていた。いわく「人を売買することは古来あるまじき事なり。和漢西洋ともに、古来から人を売って奴婢(ぬひ、奴隷)とする悪風がある。奴婢は人を牛馬と同じで、人道開明(人権意識)が広がるにつれてなくなりつつある。ところが皇国には今なお娼妓がいて、それは期限を区切って売られたものである。牛馬と同じである。娼妓がいるため、女子を売買する悪風がある」(『人身売買』牧英正著/岩波新書より意訳) このため1870(明治3)年の段階から、人を売春目的で売ることや、奴婢とすることは違法とされていた。ただし自由意志であればそれは致し方ないともしているのは欧米でもそうだったからだろう。そして、のちに国家が売春の商行為を管理するようになる。これが「公娼制」である。ここでも、建前上は前借金により自由を拘束されるようなことは禁じられてきた。しかしこれはあくまでも建前であった。事実上、借金を支払わぬ限りは、彼女たちの自由は制限されてきた。 日本では長らくこのような人身売買が平然と行われてきたわけである。これは江戸時代から戦前にいたるさまざまな娼妓・娼婦をめぐる物語によって広く伝えられていることでもある。そして、それは悲劇的であるとともに、美談のようにさえ扱われてきた。親の借金を支払うために、健気(けなげ)に働く孝行ものというように。「おしん」のような、年少者の奉公や富岡製糸場の女工も、この一つのバリエーションである。 そしてこの悪習は、東南アジアの各地にたくさんの娼婦を送り込み、やがてそれを植民地である朝鮮や台湾にも広めていき、さらには戦時になると軍がこの慣習を利用して従軍慰安婦制度をつくっていった。 従軍慰安婦について、さまざまな議論がなされているが、まずは私がこのような日本国内の事情について考えたい。国際的な認識からすれば、これは奴婢と同じ奴隷制度であり、人道開明が広がる(人権意識が高まる)につれ、許されないことになりつつあるというのは、もう150年前から分かっていながら、なおも日本人はそれを必要悪として許してきたのである。慰安婦問題の根底にはこの事実がある。 映画『主戦場』を見た。 従軍慰安婦というのは「娼婦にすぎなかった」として日本軍の責任はなかったとする、いわゆる保守の慰安婦否定派に、さまざまな角度から批判を与えるドキュメンタリーである。慰安婦は「性奴隷」などではない、という否定派の意見も小気味よく反論されていく。整理された論旨は非常に分かりやすい。映画『主戦戦』(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC ドキュメンタリーというのは残酷である。書き言葉とは違い、微妙な言葉のニュアンスや子細な表情までをも映し出してしまうし、インタビューの服装や髪形までの総合的な情報までもが提示される。それらが多角的にスクリーンに提示されながら結論が導き出される。 従軍慰安婦問題を日本の戦争加害の一つとして解決しなければならない問題だと認識して考える人には、痛快で胸のすくようなドキュメンタリー作品となっただろう。 だが、本当にこれでいいのかというモヤモヤ感は残り続けている。ここまでそんなに単純なものなのだろうかと。被害感情のナショナリズム もちろんこのドキュメンタリーでも提示されているように、慰安婦否定派の程度の低い議論もあるのは確かである。明治の初めから「奴隷」と認識されてきた人身売買の事実があっても、まだ「性奴隷」という表現に噛みついているところなど、その一例である。さらに、彼らの最大の錯誤は、まだ当事者が存命である人権問題を、あたかも歴史認識の問題のように取り扱うところにある。さまざまな事情がある慰安婦に対して、「売春婦にすぎない」というのは、「人道開明」の世の中、さすがに理解されるのは難しいのではないか。 歴史であるからには多面的な見方が必要であり、現代の人権意識で判断されるべきではない。当時の認識から言えば、あれは致し方なかったことだ。恥じる必要はない。そもそも日本が先の戦争は正義の戦争であったし、その一部として理解するべきだ。それに彼らが申し立てていることはウソばかりじゃないか。こういう思いが否定派の根底にあるのだろう。 私はこの見方にほとんど賛成はできない。それでも歴史は多面的に見なければならないという部分については同意せざるをえない。 一例として、慰安婦問題について、私たちの政府はどのように対応してきたかと言えば、それは必ずしも現在韓国側が責め立てるほどに酷いものとはいえないという事実がある。 映画にも少しだけインタビューされている世宗大学教授の朴裕河(パク・ユハ)氏(『帝国の慰安婦』朝日新聞出版)やジャーナリストの松竹伸幸氏(『慰安婦問題をこれで終わらせる』小学館)は、日本政府によってこれまで繰り返しなされてきた謝罪や事実上の賠償の方法について、そこまで非難を浴びるようなものではないと論じている。 私はこの見方を妥当なものとする。慰安婦問題が政治問題として動き出したのは1991年のことだが、この日本軍関与の責任を認めた、いわゆる93年の「河野談話」の見解を歴代、引き継いできている。国際世論を考えると今後も変更することは当面あり得ないだろう。(参考:「慰安婦問題に対する日本政府のこれまでの施策」外務省) 補償問題にしても、日韓基本条約の枠組みを維持しながら事実上の政府補償を行った「アジア女性基金」を河野談話の翌年には早々に立ち上げている。アジア女性基金は、日本と同じように「戦時補償は解決済み」とするドイツが、かつてアメリカ在住の戦時強制労働者への補償を行った際の方法と同じものだ。こうして詳細に見ていけば、日本政府は解決に向けて、いたずらに冷淡な態度に終始してきたわけではないことが分かるはずだ。 ところが、これは韓国ではまったく響かない。そればかりか、ますます問題が悪化するばかりである。そしてそこには韓国側の持つ、解決することができない因子、ナショナリズムの存在が見え隠れしてしまう。 世界中を見渡せば、隣り合った国で歴史問題や領土問題が存在しない方が珍しいことではある。ましてや「植民地」に(朝鮮は植民地ではないという右派の議論があるようなので、「併合」と言い換えてもいい)した国とされた国の間で、非難の応酬があるのは全く当たり前のことだ。 よく韓国の「反日感情」だけが特殊であるかのような議論を見かけることもあるが、いたって「井の中の蛙(かわず)」の議論であると言わざるをえない。イギリスとアイルランド、セルビアとクロアチア、ギリシアとマケドニア、インドとパキスタン、タイとミャンマー、フィリピンとインドネシア…と例をあげていけばキリがない。そうして、双方が歴史の中でどちらが正当な歴史観を持つか、延々とさや当てを続け、それは時に流血の惨事にまで発展する。戦争にもなる。 特に歴史上弱い立場にあり、征服されたり同化されそうになったりした経験のある国家は被害感情を露骨に表に出す。その被害感情は隣国に再び自由を奪われるような事態が起きるのではないかという恐怖を核にして、国民の統一した意思を紡ぎ出していく。犠牲者のナショナリズムと呼ぶべきか、被害感情のナショナリズムというべきか、そのような弱者として自分たちをとらえて国民統合を図る。映画『主戦戦』(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC なお、日本の原爆文学や空襲や飢えなどの戦争体験も、このような被害者ナショナリズムの一つだということができるだろう。ただし日本の場合はこれがいたって内向的な風景に収斂(しゅうれん)されてしまうのだが。一方の韓国はどちらかというと、これが世界的には普通と言えるように日本の過去を断罪し、これでもかと追及し続ける。 私はこれを二つの側面から理解する。 つまり慰安婦問題は、人権問題として解決するべき必要があり、それは繰り返してはならない歴史として日本は認識すべきものだというのが一つ。 かたやもう一つは、これが被害者のナショナリズムとして過大に扱われる危険性についてである。ナショナリズムの高揚は、もう一つのナショナリズムにぶつかり合うことで、そちらも激しくさせてしまうからだ。日本の慰安婦否定論の跋扈(ばっこ)はこれが原因といっても過言ではない。『主戦場』に足りないもの 『主戦場』では、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協、現在の略称は「正義連」)という慰安婦支援の活動団体代表のインタビューもあった。「これは『反日』という話ではなく、あくまでも人権問題なのだ」と、これがナショナリズムとは関係ないことのように否定するのだが、これには過去の挺対協のふるまいを知っている私は素直に聞くことができなかった。 2017年、『主戦場』に先立ち、日本で公開された『沈黙-立ち上がる慰安婦』というドキュメンタリー映画があった。これも日本の右翼勢力からの批判を浴びたということだが、この映画に一つ注目するべきポイントがあった。 この映画で取り上げられている慰安婦支援団体は、先の挺対協と分裂して出て行ったグループのことを扱った映画なのである。 どうしてこの団体が挺対協と対立することになったかと言えば、日本政府が関与した「アジア女性基金」からの「償い金」を、この団体が支援する元慰安婦たちが受け取ったからである。これを挺対協は「民族の裏切り者」として非難し、のちにさまざまな嫌がらせとも言える活動で追い込んでいる。支援者団体の代表はこれがために韓国に入国拒否されかかっている。挺対協からすれば、日本政府の謝罪や「補償」はまやかしのものであり、これを受け入れるのは、娼婦が金銭をもらうのと同じこと、というような論旨を展開する。 「民族の裏切り者」? 補償金を受けとるか受け取らないかは本人の自由意志のはずで、ましてやそれが「民族」という名前で非難されるのは、首をひねらざるをえない。さらには、個人を犠牲にして全体のために尽くすという押し付けが、悪しきナショナリズム以外の何ものでもないとも思わざるをえない。 私はソウルの慰安婦像も、釜山のそれも、さらには香港にも最近できた慰安婦像も見てきた。韓国第三の都市である大邱(テグ)では慰安婦歴史館も訪れたことがある。慰安婦像の横には誰も座っていない椅子がある。それはまだ未解決の名もなき慰安婦たちの存在を意味するという。 韓国の人たちはそこに腰かけて笑顔で記念撮影をする。悲劇や悲壮感は感じられない。日本で広島や長崎や沖縄の戦跡でそのような記念撮影の仕方をしたら不謹慎だと一喝されるのは間違いないだろう。そこで感じられたのは、あっけらかんとした被害者との連帯意識である。これは、よく韓国通と言われる人たちが言う「恨」の感情とは無縁のものだ。私はこの光景に私たちが理解できず、かつ慰安婦問題が決して解決に向かうことがない理由の一つが隠されているような気がしてならない。 映画『主戦場』には、そうした慰安婦問題に秘められた韓国ナショナリズムの謎を解く材料は一つもなかったと言ってもいい。映画『主戦戦』(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC たしかに人権問題としての慰安婦を論じる素材としては優れているかもしれない。この映画は「歴史修正主義者」による戦前回帰について警鐘を鳴らしている。安倍政権批判にこれが収斂されていくのだが、自分はなにをか言わんやの気持ちとなり、映画館を出ていくことになった。慰安婦問題で否定派と慰安婦支援派の間にある溝を埋めるのに、これでいいのかといいう鬱屈した気持ちにならざるをえない。 『サンダカン八番娼館』の物語に戻ってから本稿を閉じたい。この作品には、人身売買された、からゆきさんと著者の出会いから別れまでが綴られているのだが、これに後日談というのもある。 サンダカンには、多くは人身売買された、韓国の従軍慰安婦と同じ境遇のからゆきさんの墓があるというのだ。ボルネオの南洋の山の中に、著者はこの墓を探し当てるのだが、その墓はこぞって日本の方向を向いていなかったというのだ。国家は無縁のまま死んでいった彼女たちに何もしなかった。韓国は慰安婦問題を国をあげて支援し続けるという。ただし、個人の自由意志は国家によって許されない。私はこういう対照的に見えて、相似的な輪郭を描く光景を、映画『主戦場』のように善悪二元論に単純化して説明することはできない。■徴用工「残酷物語」は韓国ではなく日本が生んだイメージだった■悲しくも滑稽な映画『軍艦島』にみた韓国人の心の奥■慰安婦を「ゲスな演出」でアピールする韓国に反論してもムダである

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    トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン

    黒井文太郎(軍事ジャーナリスト) 主要国の首脳が一堂に会する20カ国・地域(G20)首脳会議では、もちろん国際問題が話し合われる。国際問題にもいろいろあるが、最も重要なのは「戦争」の危機だ。中でも現在、注目されているのが、イランと米国の対立だろう。 もっとも、そもそも緊張を作ったのは米国側だ。オバマ前政権が結んだ核合意ではイランの核とミサイルの開発は止められないとして、昨年5月に米国が核合意から離脱し、独自に制裁強化に動いたことで、両国関係は悪化したのだ。 また、今年4月に米国が、イラン最高指導者直系の軍事組織「イスラム革命防衛隊」を外国テロ組織に指定したことに、イランが強く反発。米国は「テロの情報がある」として5月上旬から大規模な軍の増派をしたが、そんな最中の6月13日、ホルムズ海峡東方のオマーン湾で民間のタンカー2隻が攻撃された。米国はイランの犯行と断定したが、イランは否定している。 さらに6月20日には、ホルムズ海峡近くを哨戒していた米軍の無人偵察機が、革命防衛隊に撃墜される。イランは米軍機が領空侵犯したためとしているが、米軍側はそれを否定、国際空域を飛行中に攻撃されたと発表した。両国とも「相手が悪い」との主張だ。 その後も両国は互いを非難している。6月24日には米国がイランのハメネイ最高指導者を対象とする制裁を発表したが、それに対してロウハニ大統領は翌25日「極めて愚か。精神的な障害に陥っている」などと批判。それに対してトランプ大統領も同日、「イラン指導者の声明は無知で侮辱的であり、現実を理解していない。いかなる攻撃も、圧倒的な力に直面する。地域によっては、それは壊滅を意味する」と応じた。すると今度はハメネイ最高指導者が翌26日、「イランは40年間無敗だ」と応戦している。 しかし、こうして激しく互いを非難し合ってはいるものの、両国とも自分たちから戦争に討って出ることは否定している。ロウハニ大統領は6月26日にフランスのマクロン大統領と電話会談し、「イランは米国との戦争は望んでいない」と発言しており、米側でも同日、エスパー国防長官代行が「われわれは戦争を始めるつもりはない」と語った。イランの首都テヘランで会談する最高指導者ハメネイ師(右)と安倍首相=2019年6月13日(イラン最高指導者事務所提供・ロイター=共同) ただし、両国とも互いに相手が挑発してくるなら受けて立つというスタンスで、特に米側は、トランプ大統領は同じ26日に「戦うとしても地上部隊は出さない」など、空爆ならあり得ることを示唆している。そのような状況で開催されるG20だが、イラン問題での論点は主に3つある。 一つ目は、イランの核問題だ。トランプ大統領としては、圧力をかけることでイラン側を屈服させ、核ミサイル開発能力の破棄まで持っていきたい。そこで米国としては、国際的にもイランに対する圧力の包囲網を敷きたいところだ。しかし、国際社会はその流れにはない。同調しているのは、イランと敵対するイスラエルやサウジアラビアなどごく一部にとどまる。核合意に参加したのは、国連安保理常任理事国5カ国とドイツだが、米国以外はいずれも核合意破棄は支持していない。むしろ米国の核合意復帰を望んでいる。 したがってG20では、米国側の呼びかけで核問題での対イラン包囲網が形成される可能性は低い。参加国で同調しそうなのはサウジアラビアのみで、むしろ核合意の有効性回復を呼び掛ける声が多数を占めそうだ。米国に同調するのは2カ国だけ 二つ目は、タンカー攻撃と米無人機撃墜に関するイランへの非難についてだ。タンカー攻撃や無人機撃墜を受けて、米国はイランの挑発的行動を非難する論調で各国の支持を集めようともしているが、それもG20の場では困難だろう。タンカー攻撃では、イランの犯行である決定的証拠がまだ示されていない。無人機撃墜でも、米国とイランの主張のどちらが正しいのかがまだ決着していない。 これらの問題で、G20参加国で米国に同調しているのは、サウジアラビアとイギリスにとどまる。ドイツはタンカー攻撃については「イランの犯行である強力な証拠がある」(メルケル首相)との見方だが、それでも対イラン包囲網には参加していない。 フランスのマクロン大統領は「G20でトランプ大統領とイラン問題を話し合いたい」と語っており、G20でももちろんさまざまな局面で話し合われるだろう。しかし、対イラン包囲網を形成したいトランプ大統領に対し、主要国はむしろ緊張が激化しないよう米国、イラン両国に自制を求めており、トランプ大統領をなだめることになりそうだ。 以上のように、G20参加国の多くは、イランの核問題に関しては、核合意を支持しており、米国の核合意離脱を支持していない。 また、タンカー攻撃や無人機撃墜で高まる米国とイランの対立に対しても、多くの国はイランを非難するというより、両国に自制を求めるという姿勢に立っている。 そして三つ目は、いくつかの国にとって悩ましいホルムズ海峡の安全の確保だ。米国とイランの緊張が続けば、またタンカーが攻撃される事態も予想される。ホルムズ海峡の安全は、国益に直結する重要問題だ。 そこでトランプ大統領が打ち出しているのは、米国単独ではなく、ホルムズ海峡の安全で利益を得ている国々が、自ら同海域の安全保障に責任を負うべきとの考えだ。それは米国側に立ってイランに対処するということに他ならないため、当然ながらG20の主要な合意になることはないが、米国は個別の会合ではこれを持ち出す可能性が高い。 米国ばかりがコスト負担することには反対というのは、トランプ大統領のいわば信念だ。 その要求に対しては、原油の輸出側であるペルシャ湾岸の産油国では、サウジアラビアなどすでにペルシャ湾で活動している軍のある国は、その役割の拡大というかたちで協力していく流れにある。問題は輸入側の国々で、その主力はアジアの国々、中でも中国と日本だろう。日米首脳会談 共同記者会見で話すトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) G20でもトランプ政権としては、そうしたコスト負担という観点から原油輸入国に負担を求めてくる可能性がある。中国はもちろん米国とはそこは主張が相いれないから、矢面に立つ国はあるとすれば、やはり日本となるだろう。 トランプ大統領は日米安保条約の片務性にも不満を表明しているが、それらの分野における日本の負担増を要求するトランプ大統領に対し、そうした要求をこれまでのようなトランプ大統領個人を徹底的に褒める手法でかわしていけるか、安倍首相の対応にも注目したい。■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■サウジ記者殺害「事件の黒幕」ムハンマド皇太子とは何者か■「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界

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    雨上がり宮迫のウソより怪しい吉本「闇営業」の言い訳

    森伸恵(弁護士) 吉本興業がお笑いコンビ、雨上がり決死隊の宮迫博之さんら11人を当面の間謹慎処分にしたと発表しました。今月4日にはお笑いコンビ、カラテカの入江慎也さんの契約が解消されて話題になりましたが、今回の発表で芸能界にそれ以上の衝撃が走りました。 謹慎処分の理由は、5年ほど前、振り込め詐欺(最近は特殊詐欺と呼ぶことも多い)などを行う反社会的勢力グループの忘年会に参加し、吉本興業を通さずに金銭を授受していた、つまり「闇営業」をしていたことのようです。 吉本興業は「反社会的勢力主催の会合であるとの認識はなく、また、報じられていたような金額ではありませんでしたが、会合への参加により一定の金銭を受領していたことが認められました」と説明しています。今回の件で話題になっている「闇営業」と「反社とのつながり」の実態について、芸能界の問題に携わってきた経験から述べたいと思います。 闇営業とは、芸能プロダクションに所属しているタレントが、プロダクションを通さず営業(芸能)活動を行い、独自に報酬を得ることをいいます。この闇営業は、タレントがプロダクションに負っている専属義務に違反しています。 通常、芸能プロダクションとタレントの間では専属マネジメント契約が結ばれています。この専属マネジメント契約はなぜ必要なのでしょうか。お笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也さん=2012年2月28日、大阪市浪速区の大阪府立体育会館(寺口純平撮影) それは投資回収のためです。芸能プロダクションは、所属するタレントに投資をし、芸能活動の場を提供します。そしてタレントが芸能活動から得た報酬を芸能プロダクションがいったん回収し、その報酬をプロダクションの売り上げ、タレントへの報酬、他のタレントへの投資、スタッフの人件費などへ分散するというビジネスモデルで運営が成り立っています。 専属マネジメント契約書は、芸能プロダクションとタレントの間の①お金関係を明確にする②権利関係を明確にする③タレントを当該プロダクションに縛る(他のプロダクションに移籍させない)、という役割を持っています。怪しい「反社との関係」 6月始めのテレビ番組で、吉本興業に所属する加藤浩次さんと近藤春菜さんが「吉本興業との間で契約書を交わしていない」と発言していたことから、吉本興業は所属する芸人との間で契約書を作成していない可能性があります。 しかし、口頭での契約でも契約としては有効であり、一般的にタレントは、上記①に関連し、専属義務条項に合意しています。「所属事務所を通さずに芸能活動を行い、報酬を得てはいけない」や、「タレントは所属事務所の専属タレントとして、本契約期間中、事務所の指示に従い、芸能活動を行うものとする。タレントは、事務所の事前承諾なくして、第三者のために芸能活動をしてはならない」といった条項です。 この専属義務条項は、芸能界では当然の業界ルールであり、常識です。  つまりタレントが闇営業を行う場合、すなわち、プロダクションを通さず、報酬を受け取る場合、この専属条項に違反しているわけで、芸能プロダクションは投資の回収ができず、ビジネスモデルが崩れることになるのです。なので、専属義務条項に違反した場合、契約が解除されるケースも多くあります。 今回のケースは、吉本興業の芸人が専属義務条項に違反してしまったということも問題ですが、さらに問題なのが、闇営業として出席していたのが次に述べる反社集団の会合だったという点です。 吉本興業の芸人が出席していた忘年会は振り込め詐欺を行っていた犯罪集団だったという情報があります。2015年に、警視庁が特殊詐欺を行っていた大規模詐欺集団のメンバーを40人近く逮捕しましたが、芸人が出席した忘年会がこの大規模詐欺集団の会合であり、主犯格の男や架け子や受け子もいたとの情報もあります。謹慎処分となった雨上がり決死隊の宮迫博之さん 芸能界は昔から反社とのつながりが強いと言われています。吉本興業の場合、2011年に島田紳助さんが反社関係者とメールのやりとりをしていたとし、同氏は芸能界を引退することになりました。当時、吉本興業は「反社会的勢力との関係を断ち切る取り組みを一層強化していく」と言い、行動憲章でも法令の遵守や反社の排除を掲げていましたが、わずか3年後の2014年頃に今回のケースが起こってしまっていたわけで、芸人への教育不足や監督不行き届きを追及されるのは必至です。 吉本興業は今回「反社会的勢力主催の会合であるとの認識はなく」と弁明していますが、吉本興業の内部を考えてみますと、各芸人にはマネジャーがついています。11人もの所属芸人、しかも宮迫さんレベルの芸人が本当にマネジャーやスタッフも知らない状況で忘年会に出席したのかという意見も出てくると考えられます。騒動の代償 テレビや各種メディアに出てくる芸人と反社との間につながりがあったということは大問題です。 筆者が所属している弁護士会の民事介入暴力特別委員会では、特殊詐欺についても研究しています。特殊詐欺では、高齢者など老後の生活のために貯蓄していた金銭を詐取するケースが多く、7000万円以上を詐取された例もあります。詐取された金銭が手元に戻ってくることはまずなく、さらに一度詐取された被害者はカモと認定され、複数回、詐欺被害に遭うこともあるという凄惨(せいさん)な実態があります。 特殊詐欺の撲滅を目指し、国や捜査機関、企業など、各関係者で対策を講じている中でこのような事件が起こったわけで、芸人や吉本興業の信頼の失墜は避けられないでしょう。 これまでにも件(くだん)の芸人がMCを務めるバラエティー番組について、スポンサーだった複数の企業がスポンサーから外れたという報道がありました。NHKは今月19日の時点で、忘年会に出席していた芸人が出演する番組の放送を取りやめたと説明しましたが、他局でも今後、番組を打ち切る局が出てくるかもしれません。 加えて、忘年会に出席していた芸人が出演するCMがお蔵入りすることもあり得ます。CMの場合、通常、①広告主と芸能プロダクションとを仲介する広告代理店の間で仲介契約②広告代理店と芸能プロダクションで広告出演契約、を結んでいます。広告出演契約では、「芸能プロダクションがタレントのイメージを保持させなければならない義務」条項が規定されています。 今回、吉本興業の芸人が忘年会に出席していた事実について、吉本興業は「タレントのイメージを保持する義務」に違反したとして、広告代理店に損害賠償の支払い義務や、違約金の支払い義務を負うことになります。安倍首相(中央)は吉本新喜劇に出演した=2019年4月20日、大阪市中央区の「なんばグランド花月」(安元雄太撮影) 入江さんの契約解消、要はトカゲのしっぽ切りで終わらなかった今回の騒動ですが、今回の吉本興業のプレスリリースを法律家の観点から見ますと、個人的には疑問が残ります。 それは謹慎の根拠が曖昧であり、芸人の立場がないがしろにされていないかという点です。吉本興業が「反社会的勢力と知らなかったがそのような会合に参加し金銭を受領したこと」をもって時期未定の謹慎処分を下したというのは、非常に曖昧な言い分ではないでしょうか。 というのも、今回の報道で「金銭を受領していたこと」が決め手のようにフォーカスされていますが、仮に闇営業に対する処分を考えた場合、継続して闇営業をしていたか、金額の規模などの点を考慮し、まずは厳重注意をするのが一般的です。今回のケースを考えれば、単発の闇営業だけをもって謹慎とするのは処分が重すぎます。 そこには「反社の会合だった」ことが加味されていると推測できるわけですが、一方で「反社とは知らず=関係はない」ことを吉本興業と11人の芸人が口をそろえて表明しています。これこそ吉本興業が最低限守りたいラインなのでしょうが、そのせいで処分の根拠が曖昧になってしまっています。 また、仮に吉本興業と芸人の間の契約が業務委託契約で芸人が個人事業主だった場合、本来は対等な立場にあるにもかかわらず、プロダクション側から一方的に芸能活動を停止させる処分が行われたことになります。生活に困る芸人やその家族も出てくるかもしれません。  芸人11人を謹慎処分したことをもって、今回の騒動が鎮火するかは甚だ疑問です。近年、吉本興業は政府や自治体など公の仕事に積極的でした。安倍晋三首相が4月に「吉本新喜劇」に出演し、6月6日には吉本所属の芸人が安倍首相の出演御礼のため、官邸に表敬訪問していました。今回の問題がどこまで波及するか気になります。■天下を取った女芸人「山田邦子」復活の道は一つしかない■山里亮太「テラハ婚」辛酸なめ子にはお見通しだったワケ■『バイキング』で王道をあえて外す司会者、坂上忍が見せた弱み

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    「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) 約1年ぶりに国会で党首討論が開催された。立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の玉木雄一郎代表、日本共産党の志位和夫委員長、日本維新の会の片山虎之助共同代表の、野党4党首が衆参両院の国家基本政策委員会の合同審査会に次々と登壇し、安倍晋三首相を追及した。だが、野党の追及は迫力を欠き、議論も深まらなかった。 また、安倍首相に解散を迫ることもなかった。唯一、最後に討論に立った片山氏が「他の党首が言いたくても言えないのか、言いたくないのか。解散はこの国会でされるのか」と、皮肉を込めながら尋ねただけだった。首相は「解散という言葉は私の頭の片隅にはございません」とかわした。 野党が迫力不足だったのは、安倍首相を挑発して「逆ギレ」されて、「衆院解散カード」を切られることを恐れたからだ。だから、無難な質問に終始してしまった。 最もひどかったのは玉木氏だ。付箋がついた金融庁金融審議会の報告書のコピーを安倍首相に渡そうとしたが、首相に受け取ってもらえず、空振りとなった。 ユーモアにならず、場が白けただけではない。本気で政権を取る気はないということを国民に思い切り見せつける、陳腐な「パフォーマンス」になってしまった。 ところが、党首討論が終わって目の前から安倍首相がいなくなるや否や、急に野党は強気になった。枝野氏が「首相が質問に正面から答えなかったのは不誠実だ」と厳しく批判し、衆院で内閣不信任案の提出を検討する考えを示したのだ。 枝野氏はそれまで、衆院解散を誘発する可能性があるため内閣不信任案の提出は見送る方向のはずだった。ところが、他の野党に押されてしまい、考えを翻した。2019年6月、安倍首相との党首討論で金融庁の報告書を麻生財務相兼金融相(右)に渡そうとする国民民主党の玉木代表 しかし、首相がいない場所でこそこそ陰口をたたくように批判しても、しょぼすぎるではないか。首相に面と向かって「安倍政権には民意はない。国民に聞いてみようじゃないか!解散しろ!」と言い放つド迫力がなければ、国民の心には何も響かない。 政治は論理だけで動かせるものではない。かつて、小泉純一郎首相が、参院で郵政民営化法案を否決されたときのことを思い出してほしい。小泉首相は、テレビに向かって「国民の皆さんに聞いてみたい。郵政民営化は是か非か!」と力強く訴え、衆院解散・総選挙を断行した。なめられるのも無理はない 「参院」で法案が否決されたので「衆院」を解散して民意を問う、とは論理的にはむちゃくちゃだ。当時、野党のみならず自民党内からも激しい批判が噴出した。だが、小泉首相は全くブレなかった。その圧倒的な迫力は、日本全国の「空気」を変えた。総選挙は自民党の地滑り的大勝利をもたらした。 確かに今、衆院を解散されたら、野党が惨敗するだろう。参院選では、野党統一候補の調整をほぼ終えた。だが、衆院選は「政権選択選挙」であり、参院選とは全く性格が違うものである。基本政策の方向性がバラバラの「寄り合い所帯」の野党が、統一した政権構想を打ち出すのは難しい。 もし衆院が解散されて同日選となれば、野党はパニックになり、せっかくまとめた参院での野党共闘も大混乱になるだろう。しかし、たとえ負けるのがわかっていても、安倍政権が間違っていると思うならば、「国民に聞いてみようじゃないか!」と堂々と言うべきなのだ。 また、野党は党首討論の後、麻生太郎財務相兼金融担当相の問責決議案を参院に、不信任決議案を衆院に、それぞれ提出した。しかし、与党が大多数を占める国会では、問責決議も不信任決議も大差で否決された。麻生氏は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だった。 これまで野党は、閣僚の失言や不祥事に対して「首相の任免責任」を厳しく問うてきた。財務相と金融相の任免責任も首相にある。まず、首相の不信任を問うべきである。それなのに、解散の恐れがあるうちは首相の不信任決議を避ける。その代わり、否決されるだけで実際には何も起こらない財務相・金融相の不信任、問責決議を提出する。それでは、「野党は逃げ腰だ」と国民から嘲笑されても仕方がない。 枝野氏が、政界屈指の政策通であることは疑いようがない。だが政局については、小手先の策に走って信念が感じられず、いつもブレてばかりだ。 国民は枝野氏に失望してまった。結党当初は高かった立憲民主党の支持率が地に落ちるのも、自民党になめられるのも当然だ。自民党反主流派で、枝野氏に理解があるはずの石破茂元幹事長にまで「解散が怖い、本気で政権を取る気があるのかと国民に完全に見透かされた」と酷評されてしまうわけだ。2019年4月、衆院沖縄3区補欠選挙に立候補した無所属新人の事務所で、気勢を上げる立憲民主党の枝野代表(右端)ら野党4党首 立憲民主党と国民民主党、共産党、社民党に衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」を加えた野党5党派は、参院選で32ある1人区全てで候補者を一本化する調整ができた。立憲民主党の福山哲郎幹事長は、「国民にとっては非常に分かりやすい選択肢をお示しができたと思っている。一日も早く勝てる体制づくりを加速させていきたい」と語った。だが、候補者を一本化すれば勝てるという野党の考え方は、あまりにも楽観的で、浅はかすぎる。 なぜなら、自民党は既に昨年から候補者を選挙区に張り付かせて、徹底的に地道な選挙活動をさせてきたからだ。佐賀選挙区から出馬を予定している自民党公認候補の山下雄平参院議員を例に挙げよう。自民必死の選挙運動 2018年10月の内閣改造・党役員人事で内閣府政務官を退任した山下氏は、地元で徹底した支持者回りを行ってきた。佐賀県では、自民党が進めてきた農協改革、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に県農政協議会(農政連)が反発を強め、2015年以降の国政選挙で自民候補の推薦を見送ってきた。だが、今回は山下氏の粘り強い活動で、農政連が山下氏を推薦すると決定した。 約5万票を持つと言われる農政連の推薦決定のインパクトは大きく、佐賀選挙区は最後の最後まで、野党統一候補が決まらなかった。野党からの出馬が有力視されていた多久市の横尾俊彦市長は、ある農協幹部から「出馬はやめた方がいい。政治生命が終わる」とクギをさされて出馬を断念したという。結局、野党は犬塚直史元参院議員の擁立を決めた。ただ、犬塚氏は元々長崎選挙区から当選していて、佐賀に地盤のない「落下傘候補」で、出遅れ感は否めない。 自民党の参院選候補者には、山下氏のように役職を外れた人ばかりではなく、現職の政務官や副大臣も少なくない。役職についていた方が「箔(はく)が付く」という考えの候補者も多いからだ。 だが、彼らからは、災害などの緊急事態に週末備える「在京当番」で地元に帰れないことに悲鳴が上がっていると聞く。ただ、その悲鳴も裏を返せば、それだけ自民候補が必死で各選挙区で活動してきたということを示している。 一方、野党側はどうだろうか。東京の永田町に幹部が集まって、候補者が一本化できたら「これで勝てる」と満足しているようにみえる。 野党は「消えた年金」問題で第1次安倍政権を退陣に追い込んだ2007年の参院選と似てきたとして、「今回も勝てる」と豪語しているようだ。だが、当時は野党の活動量が今回とは全く違っていたことを忘れている。 12年前の野党第1党、民主党の代表は小沢一郎氏だった。小沢氏は参院選公認候補に対して、徹底した「ドブ板選挙」を命じた。 そして、自ら全国の選挙区に足を運び、「自民党流の業界団体回り、支持者回り」を行った。その結果、小泉内閣時代から「都市型選挙」にシフトしていた自民党を粉砕したのである。2007年7月、参院選最後の日曜日に、巣鴨で有権者と次々に握手をかわす民主党の小沢一郎代表(右、栗橋隆悦撮影) その小沢氏は今、自民支持団体を切り崩すために動くでもなく、経験不足の野党候補者に「ドブ板選挙」を指南するわけでもないようだ。永田町に鎮座して「野党が一つになれば勝てる」と何度も繰り返しているだけだ。平成時代を通じて、政界を振り回し続けた小沢氏も、ついに衰えたといわざるを得ない。 現在、野党は高齢無職世帯の平均的収支に毎月約5万円の赤字が出て、30年間で約2000万円が不足すると金融庁の金融審議会が試算し、麻生財務・金融相がその報告書の受け取りを拒否した問題に焦点を絞って、安倍政権に対する攻勢を強めている。だが、これは何度も野党が繰り返し、失敗してきた戦術だ。「救いようない」手法 これまで野党は「森友学園問題」「加計学園問題」「公文書偽造問題」「統計不正問題」などで政府側のスキャンダルを追及してきたが、野党が支持を得ることはなかった。各種世論調査が示すように、国民の多くは首相や財務相の「人柄が信頼できない」と思っている。だが、それでも「安倍政権は野党よりマシ」と考えているからだ。 また、何より野党の追及「手法」が国民の支持を得られなかった。それは、野党が官僚を国会内に呼び出して行う「野党合同ヒアリング」のことだ。 例えば、部屋の壁に「勤労統計不正 『賃金偽装』 野党合同ヒアリング」と大きな字で書かれた看板を掲げ、統計不正にかかわった総務省や厚労省の官僚を国会の部屋に呼び、多くの野党議員が次々と厳しい質問を続ける。その様子を、しっかりテレビ局に撮影させて、各局のニュース番組で放送させた。 だが、野党は自分たちが作った「民主党政権」が国民の支持を失って退陣に追い込まれ、今日に至るまで国民の信頼を取り戻せない一つの大きな理由を忘れてしまっているのだろう。それは「官僚と良好な関係を築けず、政権運営に窮してしまった」ということだ。「野党合同ヒアリング」の様子をテレビで見た多くの国民は、「やっぱり官僚と関係を築くことができない。政権を任せるわけにはいかない」と感じてしまう。そのことに気づけないのは、救いようがない。 それ以上に問題なのは、政府側のスキャンダルが出るたびに、野党が好機とばかりにこれに飛びつく一方で、政策を地道に練り上げることを放棄していることだ。敵失を攻撃するという安易な道に流れ続けることで、結局安倍政権の次に「どのような日本を作るか」という政策構想が後回しにされ続けて、国民に提示されないままでいる。 野党統一候補をそろえたところで、「寄り合い所帯」は変わらない。政策がバラバラな集団に、国民が政権を任せようと思うわけがない。だが、実は野党統一の政策構想など、簡単に作れると私は思っている。 要するに、安倍政権がやってきたことを全否定すればいいからだ。アベノミクスや消費税率8%引き上げ、国家安全保障会議、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪、働き方改革などを全て廃止してしまう。 そうして、「2012年12月の第2次安倍政権発足以前にすべて戻す。改革は何も必要ない」と訴えればいいのだ。これならば「寄り合い所帯」の野党でも簡単に一致できる。2019年6月、金融審議会が策定した報告書を巡り、国会で開かれた野党合同ヒアリング 正直、「政策を練り上げる」という政党としてのまっとうな研鑽(けんさん)を怠り、スキャンダルに飛びつき続けた野党が、選挙の前になると政策構想として「空理空論」を出してくることに、もう飽きてしまった。 それよりは「安倍政権完全否定」を打ち出して、死ぬ気で選挙を戦ってもらいたい。今こそ、野党は「覚悟を決めよ」と言いたい。■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■ 江田憲司手記「民主党政権より恐ろしい本当の悪夢を教えよう」■ 安倍の悲願を打ち砕く「マイルドリベラル旋風」はこうして生まれた

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    習近平はなぜ金正恩に6年間の「借り」を返す気になったのか

    美根慶樹(元日朝国交正常化交渉日本政府代表) 中国の習近平国家主席が6月20日から2日間、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の招きに応じて、同国を公式訪問することが発表された。習氏は13、14日の両日、キルギスの首都ビシケクで開催された、中国とロシア、インド、パキスタンと中央アジア4カ国で構成する上海協力機構(SCO)の首脳会議に出席した。 その際にインドのモディ首相や、オブザーバーであるイランのロウハニ大統領などと個別に会談したばかりである。また、習氏は28日から大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に出席する。 なぜ、習氏はこの多忙な時期に訪朝することになったのか。大胆に言えば、習氏の訪朝は、金氏に対する二つの「借り」を返すためである。 習氏は2012年11月に中国共産党の総書記に、13年3月には中国の国家主席に就任した。以来6年余りの時間が経過しているが、一度も北朝鮮に行っていなかった。 中国と北朝鮮は、1950年6月に始まった朝鮮戦争でともに戦ってから、「血で固められた同盟」だと言われるほど緊密な関係であった。そうであれば、習氏は就任後真っ先に訪朝してもよさそうだが、実際にはそうしなかった。 それどころか2014年7月、習氏はこともあろうに韓国を訪問した。朝鮮戦争の「戦友」であった北朝鮮よりも、敵方であった韓国を先に訪れたのである。これが習氏の一つ目の「借り」である。 二つ目の「借り」は、18年から続く東アジアの情勢変化から生まれた。特に、金氏と米国のトランプ大統領の首脳会談に象徴される米朝関係の変化に伴い、金氏が既に4回も中国を訪問したにもかかわらず、習氏は一度も訪朝していなかったことである。2018年5月、中国の習近平国家主席(右)と海岸を散歩しながら話し合う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=遼寧省大連(朝鮮通信=共同) 金氏は、トランプ氏との首脳会談と非核化交渉を控え、中国との関係を改善しようと考えた。こうして、対米交渉に経験の深い習氏からアドバイスを受け、支援も受けるために訪中を4回重ねたわけである。 最初は、米朝首脳会談の開催が煮詰まりつつあった同年3月、電撃的に訪中した。その後も5月、シンガポールの初会談後の6月と立て続けに訪中した。さらに、今年に入ってからも、ベトナム・ハノイでの2回目の首脳会談を見越してであろう、1月に訪中した。迫る「タイムリミット」 一方、習氏は中国を訪れた金氏を毎回大歓迎しながらも、自身が訪朝することはしなかった。このことについて、中朝の力関係を考えれば不思議ではないという見方もあるようだが、私はそう思わない。4回も一方が訪問しながら、他方が一度も訪問しないことは、主権国家間の関係において通常ありえないからだ。 習氏訪朝のタイミングについて、北朝鮮側ではやはり米国との関係が大きな要因だと思われる。2月の米朝会談が物別れに終わり、金氏は、米国との交渉は「段階的非核化」を基本方針とすることを党(労働党)と国家(最高人民会議)の最重要会議を開いて再確認したが、その後も米国との交渉は停滞したままである。 しかし、北朝鮮は米国に対して、今年末を非核化交渉の期限としており、あと半年しか残っていない。金氏がこの時点で習氏を迎えたいと希望したのは、対米交渉について再度協議すること、つまり5回目の協議が主要な目的の一つであったと思われる。 一方、習氏は「米中貿易戦争」の渦中で、トランプ氏から強い圧力を受けており、状況いかんでは決定的な対立に発展する危険もある。来るG20で行われることが決まった首脳会談が、この難問の帰趨を左右する重要な機会となる。 中国にとって、北朝鮮は米国との貿易問題で直接役立つわけではない。それでも、米国を悩ませている北朝鮮を味方につけておくことは何かと役に立つ。米朝首脳会談に臨む(左から)米国のボルトン大統領補佐官、ポンペオ国務長官、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右端)=2019年2月28日、ハノイ(朝鮮中央通信=共同) 要するに、対米交渉の「カード」の一枚として使えると判断したのであろう。だからこそ、忙しい日程の中にありながら、あえてG20前に訪朝することにしたのであろう。 それに、習氏はG20において、香港で起きた「逃亡犯条例」改正案に抗議するデモ隊と警官隊の大規模な衝突に関し、各国から批判的に見られる恐れがある。事実、ポンペオ米国務長官が首脳会議の場で、この問題を習氏に問題提起すると明らかにしたばかりだ。そのため、あらゆる方法で防御を固めているものとみられる。訪朝で何を話し合う? 北朝鮮では、習氏と金氏が対米関係に加え、中朝関係をさらに進めていくことを確認し合うと見られる。中朝両国の関係は、冷戦の終了後、複雑な経緯があっただけに、二国間で話し合うべきことは少なくない。 北朝鮮の経済発展のために中国はどのような協力をできるかがその一つである。金氏は北朝鮮の経済を発展させようと国内各地で叱咤激励しており、訪中するたびに中国の経済改革関連施設を見学している。 中国共産党と朝鮮労働党の関係強化も重要な課題である。今回の習氏の訪朝発表は、中国側では共産党中央対外連絡部が行った。 日本にとって、習氏の北朝鮮訪問は第三国間の問題ではあるが、決して関係がないわけではない。冷戦終結とともに、朝鮮半島問題における南北両陣営の関係が複雑になったが、北朝鮮は中国、ロシア両国との関係を改善し、北側の陣営は再度強化されつつある。北側陣営の再強化は、すなわち冷戦状態に戻る危険性を秘めており、日本にとっても大きな問題である。 中国とロシアは西側諸国に対抗する勢力の「核」になっている。冒頭で述べたSCOはその表れである。2018年9月の東方経済フォーラムで握手する安倍首相(左)と中国の習近平国家主席 これら諸国は概して西側諸国と価値を共有せず、国連でも保守的なスタンスで動くことが多い。北側陣営強化の背景にはこのような事情もある。 一方、北朝鮮と米国は「恒久的平和」の確立と「新しい米朝関係」の樹立を目指すことに昨年行われたシンガポールの首脳会談で合意した。これが進めば、南北対立はさらに緩和される可能性もある。 米朝関係の進展により、南北両陣営の対立が緩和されるか。それとも、中朝関係の緊密化によって、南北対立が激化するか。現在の朝鮮半島においては、二つの可能性が併存していると見るべきであろう。■ 金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」■ 習近平独裁に痛撃、中国経済「大失速」が意味するもの■ ファーウェイ敵視にも動じない中国「祖流我放」の冷めた感覚

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    金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」

    重村智計(東京通信大教授) 「北朝鮮は工作国家である」。この理解がないと北朝鮮の内幕はわからない。北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会の報道官は2日、「正しい決断をすれば、制裁が解かれる。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の選択にかかっている」とした河野太郎外相の発言を非難し、「安倍一味の面の皮は厚い」と述べたと朝鮮中央通信が報じた。 この委員会も工作機関である。最大の工作機関、統一戦線部の下部組織にあたる。 工作機関の言動は、日本を揺さぶる工作のために行われる。委員会には報道官の存在さえ疑わしく、担当者としてもレベルが低い。 だからこそ、日本側はこの「発言工作」に利用されて、動かされてはならない。「日朝首脳会談呼びかけに反発」「安倍晋三首相非難」と日本のメディアが報じるのは間違いだ。この発言からすべきなのは、平壌で何が起きているのかを分析することである。 発言のポイントは、「安倍一味」の河野外相を非難しただけであって、安倍晋三首相を名指しで批判していないところにある。相手も弱気なのだ。 では、いま平壌(ピョンヤン)でいったい何が起きているのか。韓国紙が北朝鮮高官の「粛清」を報じたにもかかわらず、数日後には姿を現してしまった。この点については、後で詳しく説明する。 まずは、衝撃的な事実から伝えよう。ベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談直前の2月22日、スペインにある北朝鮮大使館が、独裁体制打倒を掲げる「自由朝鮮」のメンバーによって襲撃され、重要文書や暗号コードが盗まれた。 ところが、この大事件が指導者に報告されなかったのである。金委員長は首脳会談当日、ホテルでテレビを見て初めて知ったという。事件から5日も経過してもたらされた事態に、担当者は責任を問われ、処刑された。 さらに、米国側が首脳会談前に求めた「寧辺(ニョンビョン)に加え、他の核施設の廃棄」を誰も金委員長に報告せず、首脳会談は決裂に終わった。つまり、責任を問われる高官はたくさんいるのである。2018年11月、参院予算委の審議が中断し、河野外相(右)や秘書官らと打ち合わせる安倍首相 北朝鮮では、指導者に都合の悪い報告をするとクビになるため、高官や側近はウソの報告をあげる。また、追及を受けた際の責任逃れの言動にもたけている。逆に言えば、この才能がなければ高官にはなれないのである。 ゆえに、最近の食糧難と餓死者の増加も報告されておらず、指導者は現実を認識していないといわれる。北朝鮮軍部はこうした状況を「奸臣(かんしん)の横暴」と反発しているという。平壌で広がる「スパイ狩り」 これまで、米朝首脳会談や日朝秘密接触を中心になって進めてきたのは統一戦線部だ。外務省ではない。 外務省には、外交戦略の立案や秘密交渉に携わる権限もなければ、交渉や合意する権限もない。言われたことを伝えるだけだ。交渉は工作機関の統一戦線部か、秘密警察組織の国家保衛省が行ってきた。 駐スペイン大使館への襲撃事件や米朝首脳会談の決裂、露朝首脳会談の失敗を受け、平壌では米中央情報局(CIA)のスパイ摘発が始まった。捜査を担当したのは、統一戦線部と対立する国家保衛省や軍の偵察総局、保衛司令部だ。 この過程で、外務省の高官や統一戦線部の幹部が調査対象になった。統一戦線部長を兼務する金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長も調査を受け、長期間姿を消し、統一戦線部長を解任された。 韓国では、5月末に朝鮮日報が「北朝鮮高官処刑、追放」との情報を伝えた。情報源は韓国の情報機関、国家情報院だ。 情報機関はなぜリーク(漏洩)に踏み切ったのか。英哲氏や指導者の妹、金与正(キム・ヨジョン)女史の動静が確認できずに困っていたからだ。 要するに、新聞やテレビに報道させて、北の反応を見ようとしたわけだ。韓国の情報機関がよく使う「あぶり出し」の手法である。 この作戦に乗せられた北朝鮮は報道の数日後、英哲氏と与正氏が金委員長に同行する姿を映像で流した。韓国情報機関の作戦に北朝鮮がまんまと「引っかかった」ことになる。2019年6月3日、マスゲーム・芸術公演「人民の国」を観覧した金正恩朝鮮労働党委員長(中央)や金与正党第1副部長(左から2人目)。朝鮮中央通信が4日報じた(朝鮮通信=共同) 実は、日朝の秘密接触でも韓国の「あぶり出し作戦」が使われていた。秘密接触の事実を確認するために、朝日新聞や東京新聞にリークし、いつどこで誰が接触したかを確かめる手口をよく使っていた。 ただ奇妙なのは、北朝鮮は韓国の「あぶり出し作戦」とわかっていながら、どうして引っかかったのか。以前なら黙って対応せずに、1カ月後ぐらいに姿を見せて、韓国情報機関に恥をかかせるのが本来のやり方だったはずだ。あの料理人の名前も やはり、韓国の報道に慌てて姿を見せた対応は解せない。北に何かがあった、と判断するのが本筋だろう。指導部は「不安定化により、指導者の求心力と指導力が低下している」と判断されるのを恐れたのではないか。 もしくは、追い詰められた統一戦線部の勢力が「南につながるスパイがいるから摘発すべきだ」と反抗に出たのだろうか。北朝鮮の高官はこの能力もなければ生き残れない。 こうして、過去3カ月を超える平壌内部の動きは、軍部や情報工作機関、側近を巻き込んだ勢力争いが展開されている事実を浮き彫りにした。軍部は「核放棄」に強く反対し、米朝首脳会談の失敗に反発している。 平壌からの情報によると、駐スペイン大使館襲撃事件の責任と米朝首脳会談失敗の責任追及がいまだに続いている。調査の焦点は先述の通り、米国のスパイ摘発だ。 その中で、「金正日(キム・ジョンイル)の料理人」として知られた藤本健二氏(仮名)も米国のスパイ容疑で調査を受けている。2016年に平壌へ戻った翌年に日本料理店を開いた藤本氏は1982年初めて訪朝し、2001年に帰国した。 その日本滞在の時期に、CIAの高官とひそかに接触して資金を受け取り、金委員長に関する極秘事項を漏らした、とされる。それも、絶対に口外してはいけない秘密だった、というのだ。 動静が確認された金英哲氏も、まだ決して安泰ではないといわれる。彼には、前任者の金養健(キム・ヤンゴン)統一戦線部長を暗殺したとの疑惑がつきまとっているからだ。英哲氏は与正氏と親しく、その関連で与正氏も調査を受けたのだろうか。 だが、北朝鮮の常識からすると、指導者の実力ある妹が軍や工作機関の調査を受けることはありえない。もしあったとすれば、軍の秘密調査機関にしかその権限はない。つまり、軍と金委員長の間に緊張関係が存在することになる。藤本健二氏=2010年10月(原田史郎撮影) 平壌では多くの外務省職員が粛清され、統一戦線部の高官も追放された。米国のスパイ摘発が終了し、態勢と戦略が建て直されるまで、米朝首脳会談と日朝秘密交渉は再開されないだろう。 それでも、北朝鮮には経済的、外交的余裕も時間もない。年末までには、日朝、米朝関係で新たな展開が見られることであろう。■ 「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない■ 金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか■ 「北朝鮮脅威」の甘い蜜を吸う安倍首相に金正恩が会うメリット

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    所功手記「皇位世襲の持続方法を考え直す」

    所功(京都産業大名誉教授) 現行の日本国憲法は、日本的な国柄を示す第1章を「天皇」とし、第1条で天皇を国家・国民統合の象徴と意義付ける。それとともに、第2条で「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と明示している。つまり、象徴天皇の地位は、古代以来の皇統血縁者によって世襲することが大原則である。 その世襲方法は、明治以来の皇室典範を受けて、昭和22(1947)年施行の皇室典範(法律)に定められた。とりわけ第1条に「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と限定されている。つまり、「皇統に属する」血縁者であることが大前提であり、それには男系の男子、男系の女子、女系の男子、女系の女子も含む。ただ、歴史的に男系が長く続き、男子が多いことを重視して、「男系の男子」に絞ったのである。 しかし、戦後七十数年間に、連合国軍総司令部(GHQ)の皇室縮小(弱体)化政策や少子高齢化の進行などにより、皇室構成者が漸減してきた。側室庶子も養子縁組も認めない現行典範の制約などにより、令和元(2019)年現在、若い男系男子は悠仁親王お一人しかおられない。また、今は皇族の女子9名(内親王3名、女王6名)も、一般男性と結婚すれば皇籍を離れるほかない(皇室典範12条)から、やがて皆無となる恐れがある。 そこで、一昨年6月に成立した「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」は、特に付帯決議を加え、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等」を、「皇族方の御年齢からしても先延ばしすることのできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方の御事情等を踏まえ、全体として整合性がとれるよう」、政府も国会も検討することを、与野党合意で明確に求めている。 これによって、平成17(2005)年の小泉純一郎内閣に始まり、同24(2012)年の野田佳彦内閣に受け継がれながら、ほとんど動かなかった「皇室典範改正準備」が、ようやく再開されることになる。ただ、この十数年間で事態は一層深刻化しており、今度こそ政府で実現可能な具体策を練り上げて、国会で与野党合意により改正法案を成立させてほしい。 この事態を建設的に前進させる一助として、ここでは甲案と乙案を分けて、各々に若干の具体案を提示するので、議論の叩き台にしていただきたい。まず甲案とは、現行典範の男系男子に限る継承原則を厳守する場合である。また乙案とは、その原則を残しながら、当代の特例として、男系女子の継承(女性天皇)も一代限りで可能とする場合である。 なお、歴史上に前例のない女系天皇は、当面現実にあり得ないことだから、議論を次世代に委ねて、当世代は対象としないことにすべきであろう。 甲案では、三つの具体案が考えられる。まず(イ)は、現行の典範と特例法にのっとって「男系の男子」のみで継承する場合である。「特例」男系女子の継承案 今上陛下が、やがて高齢を理由として上皇陛下と同様に退位される場合、仮に26年後ならば、85歳の今上陛下から79歳の皇嗣(こうし)、秋篠宮殿下に譲位される。ただ、その段階で、38歳の悠仁親王はようやく皇太子となられるが、そのころまでに結婚されるとしても、その妃(きさき)は必ず男子を産まなければ先が続かない、という重圧を背負うことになる。 ついで甲案の(ロ)だが、皇嗣の秋篠宮殿下ご自身が、およそ21年後、80歳の兄君が退位されても、74歳で即位して象徴天皇の役割を果たすことは現実的に難しい、と自ら語っておられると報じられている(「朝日新聞」4月21日朝刊)。もしそうであるならば、今上陛下の次は甥(おい)の悠仁親王が継がれることになるほかないから、例えば、6年後に18歳で父君から皇嗣の地位を譲り受けて成年式と立太子の礼を行い、およそ10年後の28歳ごろに結婚され、やがて33歳ほどで即位されるということになれば、世代交代としてはノーマルになる。 念のため、前近代には、当帝に皇子がない場合、その兄弟や宮家の王(親王の子)を養子、つまり猶子(ゆうし)に迎えて、親王に引き上げて後継者とした例が多い。また、宮家の後継王も当帝の仮養子として親王になるから宮家を相続することができた。 さらに、甲案の(ハ)は、一世代後の将来を考えてみると、(イ)でも(ロ)でも、皇位を継承される悠仁親王の後に必ず男子が生まれるとは限らない。とすれば、万一に備えて男系男子を確保しておくため、旧宮家子孫の中から適任者を選び出し、やがて皇族に迎える案も検討するような必要があろう。 ただ、旧11宮家でも男系男子の相続が原則のため、既に7家が若い男子の不在で続かず、これからも残るのは久邇(くに)、賀陽(かや)、東久邇、竹田の4家しかない。そのうち一般国民として生まれ育った当代の若い男子が、やがて皇族となれる要件を具備するのは相当難しいと思われる。2019年4月8日、お茶の水女子大付属中の入学式に臨まれる秋篠宮ご夫妻と長男悠仁さま 一方、乙案にも、三つの具体案が考えられる。前述の通り、男系男子の原則を残しながら、当代の特例として男系女子の継承を一代限りで容認する案である。ここでは失礼ながら、高齢の常陸宮殿下と、将来高齢になれば即位困難と自認されている秋篠宮殿下を議論の対象外として考察する。 まず、乙案の(a)は、男系の男子を優先するが、男系の女子も可能とするものである。仮に21年後を想定すれば、80歳の今上陛下から33歳の悠仁親王が即位され、その段階で悠仁親王に王子が誕生していれば、その男子を皇太子とする。 しかし、もし女子か無子であるならば、38歳の愛子内親王が皇嗣となり、それから仮に20年後か30年後、悠仁天皇(53歳か63歳)の後を、愛子内親王(58歳か68歳)自身が即位される。もしくは、それまでに結婚して王子をもうけておられたら、その男子が即位されるようなケースも考えられる。 ついで乙案の(b)は、男系の男子を優先するにしても、直系・長系の長子を優先する場合である。今上陛下の次は長女の愛子内親王であるから、その愛子内親王が早めに(成年となられる2022年)、皇嗣の地位を57歳の叔父、秋篠宮殿下から譲り受けて、皇太子となられる。若い適任者を探し出す やがて仮に18年後、80歳の父君の後を承(う)け、38歳で女性天皇となられ、33歳の従弟、悠仁親王を皇嗣とされる。それから、仮に20年後か30年後に愛子天皇(仮称)が譲位されたら、皇嗣の悠仁親王自身が即位されるか、またはそれまでに悠仁親王が結婚して王子をもうけておられたら、その男子が皇嗣を譲り受けて、即位されるようなケースも考えられる。 さらに乙案の(c)は、もし万々一、悠仁親王にも愛子内親王にも御子が生まれないような場合まで想定している。旧11宮家のうち、現存する前述の4家の中に、若い男子で将来皇室に迎えられるほどの若い適任者たちがいたとしよう。 その場合は例えば、専任でも臨時でもよいが、宮内庁職員として勤めながら現皇室との関係を深めることが望ましいと思われる。また、もしそのような適任者の中から、皇族女子と結婚されることが可能になるならば、その間に生まれる王子に皇位継承の資格を認められやすくなるとみられる。 なお、天皇と内廷皇族を支える宮家は、皇位に準じて男系男子が相続すべきものと考えられ、行われてきた。しかし、男系女子による相続を否定する明文は見当たらない。事実、近世の桂宮家は皇女が養子に入り当主となった。しかも、現在の宮家の実状を正視すれば、常陸宮家には御子がなく、また他の三家も女子しかない。 したがって、現存の宮家を残すには、少なくとも三笠宮家の彬子(あきこ)女王(37)か瑤子(ようこ)女王(35)、高円宮家の承子(つぐこ)女王(33)、及び秋篠宮家の眞子内親王(27)か佳子内親王(24)の各お一人は、一般男性と結婚しても当家を相続できるようにする必要があろう。 その場合、当主と同様に夫君も子供も皇族の身分とすべきであるが、その夫君は当然皇位継承の資格を持ち得ず、その子供も同様とする。皇族の身分とするのは、そうしなければ家族として一体になれないと考えるからである。ただ、万が一、内廷に皇子も皇女もいないような極限状態に至るなら、女子を当主とする宮家の子孫にも皇位継承の資格を認めることも検討しなければならないが、それは次世代に委ねるほかない。 以上、皇位の世襲継承を持続する現実的な方法についての管見を略述した。今必要なことは、従来の原理原則に固執することが無理な現状を直視して、何とか実現可能な具体案を出し合って総合的に検討を加え、多くの国民に理解と共感が得られる合意の形成に全力を尽くすことであろう。皇居に入られる天皇陛下と愛子さま=2019年5月11日、皇居・半蔵門(川口良介撮影) 長らく放置されてきた諸問題を一挙に解決することは難しい。それゆえ、当面(20~30年)の対応策を練り上げて実施し、その先で新たな問題が生じたら、改めて検討し、修正を加えていくような努力を着実に続けていくことが望ましい。 なお、議論を少しでもわかりやすくするため、皇族の実名も年齢も、20年、30年後の予想までもあげた。非礼にわたることと思われるが、あらかじめ平にお詫びしておきたい。■ 女性宮家以外にも「皇統の断絶」を防ぐ手立てはある■ 「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか■ 元東宮侍従手記「秋篠宮殿下は皇室の意思を代弁するにふさわしい」

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    磯野貴理子と離婚した年下夫を責められないオンナはつらいよ

    鈴木涼美(社会学者) 24歳年下の男性と婚姻関係にあった磯野貴理子さんが、テレビ番組で離婚したことを打ち明けた。自身にとって2度目の離婚となったが、何より元旦那から告げられたその理由が「自分の子供が欲しい」という内容だったことが、一部で物議を醸している。 磯野さんは現在50代、元旦那は30代。女性の方が現実的に子供を授かるのが難しい年齢であるため、その離婚事由は多くの女性から「残酷すぎる」「わかっていたはずなのに無責任」「あまりに悲しい」などの反応を引き出したし、30代後半の未婚女性である私にも、そのニュースはずっしり重く響いた。 この男性について、冷酷である、と攻め立てることは容易ではある。少なくとも常識的に考えて結婚する際には添い遂げることを想定するはずなのに、彼女の年齢を考えて答えを出したはずではなかったのか。経済面での援助を期待していたのではないか、などと臆測を立てることも簡単だ。 ただ、そんなことを言ってもどんな夫婦にも離婚の事由はあるわけだし、女性が一定の年齢を越えれば子供を作るのが現実的でなくなるのも事実だし、人の気持ちがそうそう一貫していないことも責められないし、彼を責めたところで少なくとも私は救われた気がしない。 大体、当該夫婦が24歳も年が離れていたことが必ず合わせて報道されるが、旦那のこのような選択は、実は磯野さんが同い年の男性と結婚をしていたとしても起こり得ることなのだ。 男性は50代だろうと70代だろうと新たに「自分の血のつながった」子供を作れる可能性がある。同い年の男性と、自分がまだ子供を作るのに適した年齢の頃に結婚したところで、子宝に恵まれなかった女性が、40代50代になった時に、磯野さんと同じような理由で離婚を言い渡される可能性は十分あるし、実際にそのようなことを経験して傷ついた女だって少なからずいるだろう。 以前、大変年の離れた男性と結婚した女性政治家が、やはりテレビ番組で男性側の「普通の家庭を作り子供を育てる可能性」を奪ったなんて言われたことがあるが、男性の生殖機能を考えれば年齢差が大きく関係しているとは言いにくく、そんなことを言ったらすべての高齢女性はどんな年齢の男性とも結婚を許されない、あるいは身体的な理由で不妊となった男性しか選べないということになるので見当違いな批判だと言って良い。 では、そもそも磯野さんの旦那の選択の何が「残酷だ」と感じさせるのだろうか。左から『おそく起きた朝は…(現在のはやく起きた朝は…)』に出演する森尾由美、磯野貴理子、松居直美=大西正純撮影 年齢の離れた女性と結婚しておいて今さら気持ちが揺れたことだろうか。女性の気持ちより自分の願望を優先したことだろうか。そもそも年齢的にある程度制限のある女性と結婚したことだろうか。夫婦の形を壊さないまま養子縁組などの解決策を探さなかったことだろうか。妻にだけ子供ができない責任を押し付けたことだろうか。 では、子供が欲しいからという理由で別れを告げられるのと、夫婦関係を維持したまま、外で子供を作られるのと、女性はどっちが酷だと感じるだろうか。男性に求められること 私が大学院生で銀座の小さなクラブでバイトをしていた頃、結婚して15年以上たつ某有名企業の社長から相談をされたことがある。彼は若い時に3歳年下の女性とお見合いに近いかたちで結婚をしたが自然に子を授かることはなかったという。そのことについてはものすごく悲観しているわけではなかったし、妻を大切にしてきたが、せっかく築き上げた財産や会社のことを思うと、50歳が見えてきた頃、やはり自分の子供が欲しいと思うようになった。養子をきちんと愛して育てる自信はない。妻と離婚しようとは思わないが、外で子供を作ろうと思っている。ついては私にそういった子作りに興味がないかを聞いてきた。 彼は「物分かりの良いうちの妻はきっと理解するだろう」と楽観視していたが、自分の授かることのなかった子供を別の女性との間に作る旦那を見て、何も感じないとは考えにくい。就職活動中だった私は彼の申し入れを真剣に考えることはなかったため、その後彼がどんな選択をしたのかは当然知りもしないが、もし彼が想定していたように子供を作っていたとして、彼の妻が感じたことと、磯野さんが感じたこと、想像を巡らせてもどちらが重くどちらがマシかなんてわからない。人の心理を勝手に決めつけることはできないが、少なくとも、私だったら傷ついたと思う。 「産まない自由」も「性別による役割からの解放」も叫ばれて久しい。それについて異存を唱えるのはもはや難しいが、産まない選択の傍らで、子育ての苦労や負担を感じている人がいて、そういう人によって社会がある程度の人口を維持し、人口がある程度維持されることを想定してデザインされた社会がその形を保っているのも事実だ。 「自分の子供が欲しい」と離婚を決意した男性は、たしかに結婚生活について責任を全うしなかったという批判を受け付けるが、社会の維持についてはむしろ責任を全うしようとした、とも解釈され得るわけで、安易な攻撃が無効化されるのは目に見えている。 そんな事情がある以上、圧倒的な説得力を持って彼の決断をやめさせることはできないだろうし、今後も彼のような選択をする男性が出てくることも否定しにくい。女性にとってそれがどんなに冷酷に思えても、今の時点で止めるのは、離婚を禁止にするか、女性の身体を根元から改造するか、と非現実的かつ不自由な方法しか私には思いつかない。※写真はイメージです(GettyImages) たしかに社会制度や医療は変化していくが、絶対に変わらないのは、私たち女性の身体が男性の身体とは違うかたちをしていることと、男性が「自分のオンナの」身体を交換することは離婚制度や再婚などによって可能だが、私たち女が「自分の女性としての」身体を新品と交換することはできない、ということだ。最も普遍的かつ、実は最も残酷なのはその事実なのだと私には思える。 私たちは交換できない身体を抱えて、時に冷たく時に過酷な現実を生きる覚悟と精神力こそ持たなければいけないのだろうし、男性に求められるのは、彼らが愛したり別れたりする相手の女が、そういった現実と向き合っていることに対する想像力くらいのものだろう。想像なんて、と思ってしまうけれど、それでも心のどこかで痛みを想ってくれるなら、私としてもちょっと救われる気がするのだ。■「愛なき結婚は不幸」松居一代が教えてくれた現代ニッポンの幻想■『週刊SPA!』を謝罪させた女たちは一体何にムカついているのか■上沼恵美子M-1騒動「更年期障害」でオンナは傷つきません

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    川崎20人殺傷「一人で死ねば」の前に迫られる社会の決意

    福田充(日本大学危機管理学部教授) 令和と元号が改まった2019年5月、川崎市多摩区登戸で28日発生した殺傷事件により、2人が死亡し、18人が重軽傷を負った。小学校のバス停でスクールバスを待っていた小学生の列を狙った犯行であった。 高齢の伯父夫婦の家に住んでいた容疑者は既に50代を迎え、ひきこもり状態の生活を送っていたと報じられている。容疑者は犯行現場で自殺したため、その動機を完全に解明することは難しい。だが、合理的に解釈すれば、介護が必要になった伯父夫婦と、収入のない自分の将来を悲観した「自暴自棄犯罪」の一種と分類することが可能である。 こうした自暴自棄犯罪は、これまでも繰り返されてきた。例えば、2008年の秋葉原無差別殺傷事件では、20代の男が東京・秋葉原の歩行者天国に車で突入、歩行者を跳ねながら暴走した後、車から降りて歩行者に次々と包丁で襲いかかり、7人が死亡、10人が負傷した。 2016年に宇都宮市で起きた爆発事件では、元自衛官の60代の男が宇都宮城址(じょうし)公園で自作の爆発物によって自殺したところ、付近にいた男性3人が巻き込まれて重軽傷を負った。この容疑者は、自宅など3カ所連続で爆発事件を起こしている。 この二つの事件に共通するのは、自分が困難な状況に追い込まれた理由として、家族や知人との人間関係や、仕事、経済的事情などへの恨みや怒りを、犯行の事前にインターネット上に書き込んで残していたことである。この点から、犯行に及ぶ動機が、社会に復讐(ふくしゅう)するために不特定多数の他人を巻き込んで殺すというものであったと解釈できる。 このように精神的に、または経済的に社会生活が困難な状況に追い込まれた個人が自暴自棄な精神状態になり、不特定多数の他人を巻き込んで殺して自分の人生を終わらせようとする犯罪のことを、「自暴自棄犯罪」と呼ぶことができる。小学生を含む複数の人が刺され、騒然とする川崎市多摩区の現場付近=2019年5月28日午前 まさに、これらの事件は、自暴自棄犯罪の特徴を兼ね備えているといえる。また、その他で共通するのが、用意周到に爆弾や車などの凶器、道具を準備して犯行に及ぶという計画性にある。 こうした特徴を考えるとき、今回の川崎殺傷事件もこの自暴自棄犯罪の特徴に当てはまる点が多いことがわかる。「拡大自殺」の謎 今回の事件をめぐっては、メディアで「拡大自殺(extended suicide)」というキーワードが使用されている。しかし、この概念は、欧米で研究や議論がそれなりになされているものの、定義や用法が定まらない不明確な概念である。日本語としても、定着せずにあまり使用されていない。 実は、憎悪や怨恨(えんこん)の対象を殺害したり、無差別に大量殺傷したりした容疑者が自殺する犯行(homicide suicide)から、家族や愛情の対象を道連れにして無理心中すること(murder suicide)まで含まれており、多様な概念でもあることがわかる。 ただ、こうした現象自体は決して新しいものではなく、日本でも昔から発生していた。「津山三十人殺し」として有名な1938年の津山事件も、近隣の村人約30人を殺傷した後に容疑者は自殺している。 無理心中を見ても、日本の歴史上枚挙にいとまがない。現代の事例を見れば、先述の宇都宮連続爆発事件や、2015年の列車内で焼身自殺を図り女性客を巻き込んだ東海道新幹線放火事件は、容疑者の残した記録や犯行の状況から考えても、殺人自殺型(homicide suicide)の拡大自殺と呼ぶことができるだろう。 今回の川崎殺傷事件が、最初から容疑者が自殺する目的を持っていたかどうかは不明であり、今後も判明することはないかもしれない。確かに、自殺が目的で、その自殺に他人も巻き込んで大量殺傷を行ったのであれば、今回の事件は明確に拡大自殺と呼ぶことができる。 しかし、当初は大量殺傷だけが目的で、それを実行した後に、状況によって感情的かつ発作的に自殺したのであれば、それは拡大自殺には当てはまらないともいえる。容疑者が事前に記した自殺をほのめかすような遺書などが見つからない限り、そのいずれかは推測の域を出ず、判明しないであろう。爆発物で自殺した元自衛官の焼死体が発見された木製ベンチ周辺を捜索する警察官=2016年10月、栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園 今回の殺傷事件において、被害に遭った児童たちの通う私立カリタス小学校による防犯体制は、記者会見や報道などから分析しても、一般的な小学校の防犯体制よりも十分に手厚いレベルであったことがうかがえる。それでも今回の事件を防ぐことはできなかったわけである。 小学校の防犯体制が強化されるきっかけとなったのは、2001年に発生した「付属池田小事件」である。大阪教育大付属池田小学校に包丁を持って侵入した男が教室や廊下で児童を襲い、8人の児童が死亡、児童13人と教員2人が負傷した。困難な「リスクゼロ」 池田小の事件以降、小学校や中学校では、正門など出入り口の一元化や警備員の配置、監視カメラの設置、教員の防犯指導強化や刺又(さすまた)の導入など、防犯体制が強化されてきた。外部者による学校への自由な侵入はより困難になったのである。 それでも、今年4月には秋篠宮家ご夫妻の長男、悠仁さまの通うお茶の水女子大付属中に侵入し、悠仁さまの机の上に刃物が置かれた事件が起きた。このときは、監視カメラなどにより、容疑者が素早く特定され、逮捕されている。 確かに、児童や生徒の学校内での安全対策は強化されてきた。だが、学校を一歩でも出ると、道路や駅、電車内、店舗など街中のいたるところに犯罪や事故のリスクは潜んでいる。 これらのリスクをゼロにすることは極めて困難である。特に、自分が逮捕されることも、死ぬこともいとわない自暴自棄犯であれば、どのような状況であっても、包丁やバットなどの凶器や車などを使って、子供たちを襲うことは容易である。 では、このような状況において、こうした自暴自棄犯による大量殺傷事件に対する予防策はありうるだろうか。 今回の川崎殺傷事件のような事例は、発生段階またはその直前で事件の被害を防ぐことは極めて困難である。こうした包丁などの凶器を持って襲ってくる自暴自棄犯を止めることができる防具や武器を持った警備員や警官を街中に配置することは、現実的ではない。容疑者の自宅から段ボール箱などを運び出す神奈川県警の捜査員=2019年5月29日、川崎市麻生区 危機管理において求められるのは、事件発生時や発生後に行うクライシス・マネジメント(crisis management)だけではない。事件が発生していない平常時に行うリスク・マネジメント(risk management)によって、こうした自暴自棄犯を出さない、事件を起こさない予防、防止策が必要なのである。 その予防や防止のための主流アプローチが二つある。地域社会などのコミュニティーにおける「社会福祉的アプローチ」と、インターネットや会員制交流サイト(SNS)、監視カメラなどテクノロジーを用いた「監視的アプローチ」だ。「安心・安全」と「自由・人権」 今回の川崎殺傷事件は、容疑者の自宅を中心として周辺地域の中で発生した、極めて狭い生活空間の中で実行される「コミュニティー密着型」の自暴自棄犯罪であった。容疑者は長い間ひきこもりの状態にあり、世話をしていた伯父夫婦は地域の介護サービスセンターに家庭の状況を相談していた。 こうした問題を抱える家族や個人の状況を、地域社会などのコミュニティーで共有し、地域全体で孤立する個人を救う社会福祉的アプローチによって、個人の自暴自棄化や過激化を防ぐセーフティーネットを構築することが重要である。自暴自棄犯の多くは、地域や社会において取り残される弱者であることが多い。 今回の事件後に、ネットやSNS上で「一人で死ねば」という言説が数多く発生した。そういう意味では、人質テロ事件における自己責任論に近いものであり、こうした自暴自棄犯を発生させる状況や背景の問題の根本的解決を遠ざけるものと言わざるを得ない。 もう一つの監視的アプローチは、既に警察や公安当局などによって推進されている。先述した秋葉原無差別殺傷事件や宇都宮連続爆発事件の容疑者は、犯行前に自分の恨みや怒りをネット上に書き込んでいた。 ネットやSNSの普及により、こうした事件を起こす犯罪者予備軍をネット上で監視する活動が、公安当局でも一般的となった。2018年のハロウィーン直前の東京・渋谷で軽トラックが横転させられた事件で、十数人の若者を摘発したのが、その代表例だろう。 この事件の捜査では、警視庁捜査支援分析センター(SSBC)による渋谷の監視カメラの「リレー方式」画像分析に加え、それと連動して行われたツイッターやインスタグラムなどSNSの投稿を分析するビッグデータ解析が行われた。今後も、犯行の防止・予防や、事後の犯罪捜査において、こうしたネットやSNSの監視活動、監視カメラの分析はより技術的に高度化しながら、社会の監視レベルを上げていくことになるだろう。 こうした地域社会における社会福祉的アプローチや、ネットやカメラによる監視的アプローチは、犯罪やテロに対する「安全」や「安心」を高めるために求められる方向性である。反対に、こうしたアプローチは社会における人間の「自由」や「人権」を損なう恐れのある活動である。ハロウィーンの騒ぎの中で車の上に乗る男性=2018年10月29日未明、渋谷センター街 テロ対策の文脈ではこれまで、「安全」や「安心」のためのテロ対策を高めるほど、「自由」や「人権」は損なわれるという、トレードオフ(相殺関係)が指摘されてきた。それは犯罪対策においても同じである。 自暴自棄犯による大量殺傷の予防や防止のために、社会政策としてどこまですべきか、またどこまで行ってよいのか。今回の川崎殺傷事件のような犯行を起こさせないためには、「安全」「安心」と「自由」「人権」の価値のバランスをとりながら議論し、社会の中で合意形成されることが不可欠なのである。■ 2ch創設者ひろゆき提言「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」■ 殺傷事件はやむなし? JRは新幹線の保安検査を本気で検討せよ■ 性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ

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    米中貿易戦争「日本が得する」逆転シナリオが一つだけある

    熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト) トランプ米大統領が用意している中国への制裁関税第4弾が、日本経済を本格的不況に陥れるのではないかと恐れられている。これまでの制裁で、意識的に除外されてきたiPhoneや日用品に関税率が上乗せされることは、米国の消費者と中国の生産者、そして中国企業に部品や設備を供給している日本企業がダメージを受ける。 この対立を巡って、「トランプ大統領が理不尽だ」という側面をクローズアップすると、日本には何のメリットもないように感じられる。筆者も、自由貿易の考え方に基づいて、トランプ大統領のことは何一つ支持したくない。 しかし、今回、改めて米中対立の構図を吟味して、米中貿易戦争は日本企業にも何かメリットがあるのではないかという別の視点を考えてみた。その結果、日本にとってメリットのある展開は、中国にも中長期的なメリットがあると考え方を進めた。 すなわち、日本企業が長く悩まされてきたのが、数多くの中国の構造問題である。それは、欧米企業でも共通している。最も代表的なのは、巨大な産業補助金の問題である。日本では、経営が悪化した一部の電機メーカーは、経営の失敗と指弾され、メディアからバッシングされる。その一方で、背後に隠れた中国企業の補助金問題はほとんど語られることがない。補助金で支えられた企業と競争すると、日本企業は価格競争でも勝つことができないのだ。 これまで、中国の成長に期待して進出した多くの日本企業もまた苦労してきた。現地で合弁企業をつくると、そこでは思うように活動ができなかった。行政上の手続きはやや恣意(しい)的であり、海外製品が不利に扱われることもあった。G20首脳会合に合わせ、中国の習近平国家主席(左端)との会談に臨むトランプ米大統領(右端)=2018年12月1日、アルゼンチン・ブエノスアイレス(AP=共同) 最近は人件費の高騰によって、低コストのメリットも失われてきている。当初の期待が思うようにならなくなってきているのが実情である。従業員の離職率の高さや、労務管理の難しさもある。さらに、現地で人民元で稼いだ利益を外貨に戻して持ち出すことが制限されたり、債権回収が困難であるということもある。これらの課題は、日本とは違う国だから仕方がないという一言で片付けるわけにはいかないだろう。 今回、トランプ大統領は、特に技術移転の強要と、知的財産権の保護を求めている。米中協議の中で、これら中国特有の不公正なルールの是正が持ち出されていることは、日本企業がこれまで求めてきた問題の是正とも共通している。実は、中国でもこれらの構造問題が是正されることを望んでいる良識派は少なくない。例えば、中国でも知財に絡んだ訴訟は多く、今や中国は米国以上の訴訟大国とされる。こうした課題の解決は、中国企業にとってもメリットになるはずだ。習近平の「新しい秩序」 貿易戦争の緊張感が高まっていく中で、根拠のない楽観論があることも事実である。トランプ大統領は、強烈な圧力を中国にかけているが、楽観論者はそれは自作自演のアピールであり、それほど困った状態にはなるはずがないという。水面下で米国と中国は握っていて、時間がたつと、どこかで昔よりも良好な関係に戻るというのだ。 筆者はそうならないだろうし、それが望ましいことだとも思わない。対立がなくなる→経済の火種はなくなる→万事まるく収まる、という発想は正しくはない。中国ビジネスの抱える矛盾をそのまま看過することになるからだ。 中国の構造問題には、北朝鮮問題にも同じようなところがある。トランプ大統領は、北朝鮮に圧力をかけて金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を対話の場に引きずり出した。今も交渉が決裂しないか、筆者はハラハラしてみている。この交渉の目的は北朝鮮の非核化である。米朝の緊張関係はなくなった方がよいと思うが、最終的な目標が達成されなくては意味がない。 おそらく習近平体制は歴代中国の政権の中で、厳しい改革を成し遂げる実力を持っている数少ない政権だろう。習主席が、これまで腐敗防止と綱紀粛正によって、国民から支持を得てきたことは周知の事実だろう。その対象を不公正な取引慣行やルールに向けて、新しい秩序をつくることは可能だと考えられる。 逆に、なぜ習主席はそれを行わずにいるのか。それは、公正なルールづくりよりも、中国企業が他国の技術を盗用することを見逃しながらでも、経済発展を優先したいと考えているからだろう。そのことは、先進国では許される行為ではないが、急速に大国化する中国にとっては必要悪と考えているのだろう。 多くの人は、トランプ大統領があまりに性急な貿易不均衡の是正を求めていることの間違いには気が付いていると思う。その一方で、中国もまた性急な経済発展を求めていて、それが公正なルールの順守を軽視する素地(そじ)を作っていることは見逃されやすくなってしまう。中国は、経済強国という夢を捨てて、もっと穏健な「普通の経済大国」を追求することを目指した方がよい。 時間をかけてでも、米国が訴える公正なルールづくりに大枠で賛同する方が、中国は日本や欧州の良識派を味方につけやすい。会談を前に握手する安倍晋三首相(左)と中国の習近平国家主席=2018年10月26日、中国・北京の釣魚台迎賓館(代表撮影・共同) 最後にもう一つ。中国経済は、現在、大きな曲がり角に来ている。これまでの人件費高騰に加えて、貿易戦争のようなリスクに直面して、以前よりも日本企業にとって魅力が感じられなくなっている。日本企業の中には、ベトナムやタイに生産拠点を移す動きもある。これまで問題を抱えながらも、中国への進出をしてきた日本企業が行動を変化させつつあるのだ。 おそらく、中国が公正な企業活動を目指して自己改革をすることは、再び日本企業にとって中国市場の魅力を高めることにつながるだろう。それを遅らせることは、日本や欧米企業の中国離れを加速させる。自己改革こそが中国のためにもなることを肝に銘じるべきだろう。■安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」■「米国はもう崖っぷち」5G戦争、ファーウェイ排除のウラ側■米中貿易戦争の渦中で激化する韓国「謝罪ゲーム」のツケ

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    醜態よりも救いがたい丸山穂高に抜けている「基礎知識」

    舛添要一(前東京都知事) 北方領土へのビザなし交流訪問団に参加した丸山穂高衆院議員が5月11日に、酒に酔って元島民の大塚小弥太団長に「戦争でこの島を取り返すこと」の賛否について質問したことが問題になっている。 所属する日本維新の会は、丸山議員の除名を決め、松井一郎代表(大阪市長)も「外交上も非常に大きい問題だ。議員を辞めるべきだ」と述べている。そして、立憲民主党など野党に呼びかけて、17日、共同で議員辞職勧告案を提出した。 これに対して、丸山議員は議員辞職を否定し、20日にも記者団に対して、「言論の府が自ら首を絞めかねない行為だ。絶対に辞めるわけにはいかない」と述べた。そして、「可決されようがされまいが任期を全うする」とツイートしている。 まず問題なのが酒癖の悪さである。確かに、アルコール飲料が入るとすっかり性格が変わったようになり、非常識な行動に出る人はいる。中でも、饒舌(じょうぜつ)になる者が多い。自分のことを振り返っても、若いころは暴飲暴食し、素面(しらふ)になったときに恥ずかしい思いをしたことがある。 その後、フランスで生活して教えられたのは、自分で自分をコントロールできなくなるまでに飲んではならないということであった。当時フランスでは、お昼ご飯のときにもワインを水のような感じで飲んでいたし、飲酒運転の取り締まりなどもなかった。あくまで半世紀前の話で、今では日本と同様に厳しく規制されるようになっているが、お酒の飲み方について社会でルールが確立されていたから、そのようなおおらかな対応が可能だったように思う。 丸山議員は2015年末にも飲酒で不祥事を起こし、「公職にいる間は断酒する」と宣言していたはずである。それが、北方領土に関する発言のみならず、大声で「女性のいる店で飲ませろ」などと語り、禁止されている宿舎からの外出を試み、玄関先で政府関係者に羽交い締めにされて止められたわけである。2019年5月12日、国後島の宿舎で、前夜酒に酔い騒いだことについて謝罪する丸山穂高衆院議員(右端、同行記者団撮影) 何より断酒の約束を違えたことは問題であるし、酒癖の悪いことを自覚しているのであれば、もっと慎重であるべきであった。国会議員であれば、正月をはじめ、さまざまな酒席に参加しなければならないが、「酒が飲めない」と断れば、それでも強要するような有権者は、今はいない。 第二の問題は、その軍事知識の乏しさである。国会議員は、安全保障について基礎的な知識を備えていなければならない。戦後日本を象徴する存在 戦後の日本で教育を受けた私は、欧州や米国で研究をしたり学会に出たりしたときに、自らの軍事知識の欠如に愕然(がくぜん)としたものである。そこで研さんを積んで、帰国して東京大で教鞭(きょうべん)をとったときに、できるだけ安全保障の講義を行ったものである。 30年前の話であるが、論壇や学会では、当時でも左翼の「進歩的文化人」の力が強く、軍事を教えるとひんしゅくを買い、「保守反動・右翼」と批判されたものである。丸山議員が東大に入学したときには、西部邁(すすむ)さんらとともに、私は既にキャンパスを去っていたので、彼がどのような国際政治の講義を聴いたのかは分からない。しかし、大学の授業に頼らずとも軍事の勉強はできるはずだ。 「戦争をしないとどうしようもなくないですか」などという発言は、現在のロシアと日本の軍事力を比較してみれば荒唐無稽である。ロシアは米国と対峙(たいじ)する核大国である。単独でロシアに戦争を挑んで勝利し、北方領土を奪還するのは軍事的に不可能である。同盟国のアメリカとともにロシアと戦えば、勝ち目はあるが、人類を滅亡させる核戦争の引き金を引くことにもなりかねない。 国民の選良である国会議員が、そのような基本的な軍事知識を欠いていることは論外である。最新兵器を駆使して戦う現代の戦争は、神風が吹けば勝てるようなものではない。彼我の国力、軍事力の冷静な比較分析なしに太平洋戦争に突進した旧日本軍の愚を繰り返してはならないのである。 もし、国会議員への立候補に資格試験を導入するとしたら、私は、いの一番に基礎的な軍事知識を問うてみたいと思う。海外の国会議員と議論するときなど、軍事的知識の欠如は致命的なものとなる。 最近の例だと、イランがミサイルを艦船に移動しているとの情報を前提に、アメリカが空母「エイブラハム・リンカーン」を中心とする空母打撃群と爆撃機を中東に派遣したが、軍事知識がなければ、このことの意味が理解できないであろう。まさに、丸山議員は、平和ボケして軍事をタブーとしてきた戦後日本を象徴する存在なのである。衆院決算行政監視委を終え、記者団の質問に答える丸山穂高議員=2019年5月20日(春名中撮影) 第三に、日本とロシアは、平和条約の締結と北方領土返還交渉を行っている。あくまでも話し合いで問題の解決を目指しているのである。 2014年3月、ロシアはクリミアをウクライナから分離させ、自国に併合した。ロシアは住民投票の結果だと主張するが、それは形式的なものであり、実際には軍事力を投入して奪い取ったと言ってもよい。ロシアにはロシアの言い分があり、旧ソ連時代も含めての歴史的経緯を見ると理解できないわけでもない。しかし、武力によって他国から領土を奪い取るのは、第2次世界大戦後の国際社会のルールに違反している。 丸山議員の言うように「軍事力で北方領土を取り返す」というのは、まさにロシアと同様の行動をするということである。ロシアに言わせれば、「戦争の結果手に入れた領土を戻してもらいたければ、戦争で取り返してごらん」ということになり、対話による交渉など行うに値しないことになる。ツイートするぐらいなら… これは、現に進行している日露交渉を無意味にするものである。つまり、日本政府の立場を弱めることになる。国益という観点からは許しがたい。 第四は参院選が近いからか、日本維新の会をはじめ、各党がポピュリズム(大衆迎合主義)に走りすぎている。非常識な発言を理由に、安易に議員辞職を勧告してはならない。 維新にしてみれば、傷口を早くふさぐために大衆受けのする手段を採ったのであろう。しかも、維新の幹部がロシア大使館に謝罪に行っているが、通常の外交常識だと、こういう行動はありえない。ほとんど自虐趣味で、国内世論向けのパフォーマンスであり、日本人をねじ伏せるのは容易だとロシア側に思わせるだけだ。 そして、自民党も公明党も、何にもせずに有権者の反発を買うことを恐れて、けん責決議案を提出した。これも前代未聞で、全てが選挙対策であり、政策や憲法規範など考慮すらされない選挙至上主義である。 もし、目の前に参院選が控えてなければ、もう少し違った対応ができたであろう。大阪で、公明党が豹変して都構想賛成に回ったのも参院選対策であり、それ以外の何物でもない。いつまで大衆迎合の愚民政治を続けていくのであろうか。 最後に指摘したいのが国会、特に議院運営委員会の対応の甘さである。言うまでもなく、国会は「国権の最高機関」であり、議運委は国会運営で大きな役割を果たす常任委員会の一つだけに、国会として自浄作用を働かせる重要な機会だったはずだ。衆院本会議を欠席し、倒れたままの丸山穂高氏の氏名標=2019年5月21日 ところが、「2カ月の休養が必要」という診断書を提出した丸山議員に、衆院議運委理事会は事情聴取を拒否されてしまった。裁判でも病気などの場合では出張尋問を行えるわけだから、本人が意識不明など重篤な状態ならともかく、議運も病室に出張して聴取する可能性を探れなかったのだろうか。 また、丸山議員にしても、ツイッターで主張するのも結構だが、議員である以上、一番ふさわしい反論の場は、やはり国会である。病状について私が知りようもないが、自身への辞職勧告決議案について「言論府が自らの首を絞める」とツイートするぐらいなら、むしろ、言論府たる国会で「やっと反論できる絶好の機会を得た」とばかりに、議運の聴取に積極的に応じるべきだったのではないか。診断書1枚で逃げおおせるという印象を有権者に与えかねないからである。■ 「超傲慢エリート」元官僚議員はなぜ量産されるのか■ 安倍政権に朗報! こうすれば「モンスター議員」はいなくなる■ 派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由

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    なぜ安倍総理は「皇室軽視」を繰り返すのか

    木村三浩(一水会代表) こんなことでいいのか。4月30日、御代替わりを前に執り行われた「退位礼正殿の儀」で安倍総理が述べた国民代表の辞における、いわゆる「言い直し・誤読」疑惑である。「天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません」と読むところが何とも不明瞭で、「願っていません」と聞こえることから、読み間違い疑惑が生じたのだ。 陛下の一世一代の重要な儀式の場において、安倍総理は「あらせられます」を「あられます」と読み間違えて言い直し、それに続く言葉も、滑舌の悪さが理由なのか、「願っていません」と聞き取れてしまい、国民に誤解を与えてしまった。これでは意味が真逆になってしまう。 ネット上では、「漢字が読めなかったため誤読したのではないか」と言われているが、実際のところは分からない。ただ、私自身、何度も視聴してみたが、少なくとも「願ってやみません」とはっきりと聞き取れないことだけは事実である。 しかも、これに対する指摘がなされても総理の口から一切の説明がないばかりか、首相官邸のホームページの「総理の演説・記者会見など」の表示形式を変更し、「関連リンク」から飛んでさらに下へスクロールしなければこの動画が見られないようにした。これはあまりに姑息(こそく)なやり方ではないか。 ちなみに、それ以前の演説や会見の模様は、画面を表示するとまず最初に映像が流れるように作成されている。それが、「退位礼正殿の儀 国民代表の辞」から突然、文面と画像というスタイルに切り替わってしまったのだ。令和元年5月1日から表示方法を新しくしたのなら、時代の節目ということでまだ納得もできるが、4月30日のアップから切り替わっているのは不自然であろう。 ここで考えられるのは、やはりできることなら「例の映像」を見てもらいたくない、という総理の本音ではなかろうか。 この一件について、もちろんいろいろな意見があることは承知している。陛下の一世一代の大事な場とはいえ、読み間違えてしまうことはある。大きな瑕疵(かし)がなければ、おめでたい行事の意図を尊重し、言挙げは控えるべきだという意見もあるだろう。「退位礼正殿の儀」で国民代表の辞を述べる安倍晋三首相=2019年4月30日、皇居・宮殿「松の間」(代表撮影) たしかに私も、これが天皇陛下の御大典の席でなければ、わざわざ言葉尻を捉えるような指摘はしたくない。「云々」を「でんでん」と読んだとか、「背後」を「せご」と言ってしまったとか、読めない漢字があったとしても、それを理由に安倍氏の総理としての資質に問題があるとは思わない。読めない漢字があれば調べればいいだけのことだ。 私が問題にしているのは、安倍総理がどれだけ、自身が重要な場に臨む立場であることを意識していたか、ということである。しかも、安倍総理は「国民代表の辞」を立場上、述べさせられたのではなく、自ら勇んで「述べさせていただく」と言ったのだ。そうである以上、どんな理由や事情があれ、絶対に粗相があってはならない。あれば大失態だ。大げさに聞こえるかもしれないが、総理に覚悟や緊張感があったのかを問いたいのである。安倍総理は緊張感が欠如 実は、こうした総理の緊張感の欠如は、昨今の政治課題においても散見される。弛緩(しかん)からくる慢心が、憲法改正の先行き、拉致問題解決の方針転換、消費増税といった課題について、まともに議論をしようとしない姿勢に、ありありと出てしまっている。 単に東京オリンピック・パラリンピックまで総理を続けたくて日々の日程をこなしているだけなのではないか、とすら思えてくるのだ。 実際の生きた政治はどこにいったのか。長期政権だけが取りえではない。政治家の使命として、何をやり遂げたかが重要なのだが、昨今の安倍総理の姿勢はあまりに弛緩(しかん)していると言わなければならない。そして、最も緊張すべきところの御大典においても、それが出てしまったのだ。 安倍総理は、「退位礼正殿の儀」に臨む直前まで外遊に出かけ、非常に多忙なスケジュールであっただろう。ようやく帰国してホッとして緊張感が一気に緩んだかもしれない。だが、どれほど過密なスケジュールだったにせよ、「国民代表の辞」の文言に丁寧に目を通し、何度も練習をしておくべきだった。特に、滑舌がよくないことは総理自身も認識しているはずであり、一言一句ゆっくりと発声するように心がけて事前練習をしなければならなかったのではないか。 もちろん、事前にきちんと目を通し、練習もしたのかもしれない。ただ、例えそうであったとしても、結局、本番でトチってしまったらダメなわけで、そういう意味でも総理の自覚と宰相としての覚悟が欠けていたのではないかと思うのだ。 そしてもう一つ、実際に読み間違い疑惑が浮上しているのだから、陛下にご無礼を謝罪し、国民に対しても潔く説明をすべきではなかったか、と言いたいのである。 私は、安倍総理も天皇陛下や皇室に向き合うときは、軽々しい態度で向き合っていないと信じたい。むしろ、尊敬の念も強く感じられるとは思う。ただ、その一方で自らへの権威付けに皇室を利用しているようにも感じられるのだ。 5月14日には、安倍首相が天皇陛下に行った内外の情勢などを報告する「内奏」の様子を撮影した映像が公開された。宮内庁は「国事行為を広く知ってもらうため」と説明しているが、内奏は、内において行われるもので、無暗(むやみ)に公開するものではない。これこそ皇室を軽視した政治利用であり、「退位礼正殿の儀」での不敬を挽回したいという思いも感じられる。安倍晋三首相から「内奏」を受けられる天皇陛下=2019年5月14日、皇居・宮殿の「鳳凰の間」(宮内庁提供)  さらに、さかのぼること平成25年4月28日、憲政記念館で「主権回復の日」を記念する政府主催の式典が行われた。現行憲法は米軍占領下で作られた憲法であるが、本来ならば手続き上、占領下での憲法の制定は国際法違反に当たる。さらに、講和条約とともに締結された日米安保条約によりわが国には米軍基地が今なお存続できる権限を有し、この存在により日本の主権は制限されたままの状態である。 そんな状況下で、そもそも「主権回復」などという認識自体が間違っているわけだが、そこに天皇皇后両陛下の御臨席を賜り、記念式典を開催したのである。これは明らかに、安倍総理が自己の政治的主張に皇室という権威を付加するための行為であったと言わなければならない。トランプ会談の問題発言 先だっては、今上陛下と面会する最初の外国元首としてトランプ米大統領が5月下旬に来日することについて、同大統領は、安倍総理に「スーパーボウルと比べて、日本人にとってどれくらい重要なイベントか」と質問し、総理から「百倍重要」との説明を受け訪日を決断した、と明かした。 スーパーボウルというのは米プロフットボールの年間王者決定戦のことだが、いやはや、「スーパーボウルの百倍の価値」とは一体何なのか。 安倍総理としてはとっさに機転を利かせて数値化したのかもしれない。ディール(取引)の王様である米大統領にとっては分かりやすい返答だっただろう。だが、本来は日本人にとって皇室が何ものにも比較できない尊崇(そんすう)の対象であることをきちんと伝えるべきではなかったか。あえて数字を絡ませるなら、「プライスレスだ」ぐらいの発想がほしかったところである。 こうした事例から分かるのは、安倍総理の姿勢が場当たり主義で、「戦後レジームの脱却」「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」などというキャッチフレーズばかりが目立っているということである。 しっかりとした思想と哲学、使命感に裏打ちされた何かを成し遂げるというものではなく、昨今は自己保身のためのパフォーマンスに流れているといわざるを得ないのだ。 ところで、今回の一件で醜悪なのは、総理の「事前の準備」と「事後の対応」だけではない。この国の言論空間を見事に証明してしまっているマス・メディアの姿勢である。安倍総理の誤解を招く発言に、メディアがほとんど何も反応しないというのはいかがなものか。 それも、総理が「願っていません」と述べたとすれば、本人の意図ではないにせよ、本来、陛下にささげるべき内容と真逆の意味になってしまうにもかかわらず、一部夕刊紙がこれを指摘しただけで、大手メディアはほとんど沈黙の状態であった。米ワシントンのホワイトハウスで握手するドナルド・トランプ大統領(右)と安倍晋三首相=2019年4月26日、(共同) あるテレビ局などは「願ってやみません」と、わざわざご丁寧にテロップまでつけて安倍発言をフォローしていた。これは、明らかにマス・メディアの安倍総理への「忖度(そんたく)」であろう。疑問点を疑問点としてただしていく是々非々の姿勢がなくなったならば、それはメディアの自殺行為ではないのか。この点も一言付け加えておきたい。 ともあれ、私は皇室を尊崇し敬愛する一国民として、率直に今回の一件の疑問を問うとともに、頰かぶりを続け、政治課題に緊張感を欠く安倍総理の慢心に対して猛省を促したい。■新元号「令和」公表にチラつく支配欲と主導権争い■禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■日本人に覚悟を問う「皇室は民主主義のロボットではない」

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    高齢ドライバー対策、ヒントは「ジリ貧教習所」活用にあった!

    志堂寺和則(九州大大学院教授) 東京・池袋で乗用車が暴走し、母子2人が死亡、8人が負傷した事故は、ドライバーが87歳だったために、改めて高齢ドライバーの問題が浮き彫りになった。今後も高齢化がさらに進むと予測されている日本では、緊急の対策が必要な重要課題の一つと言えよう。 公共交通システムの充実や高齢者向け車両の開発と普及など、さまざまな方策が必要であるが、本稿では、高齢ドライバーが起こす事故の状況や現在の免許更新手続きについて確認した上で、免許更新の在り方について考えてみたい。 ここ10年ほど日本の人身事故件数、死亡事故件数はともに減少傾向にある。しかしながら、65歳以上の高齢ドライバーが起こす人身事故件数は多少減少しているものの、死亡事故件数はほぼ横ばい状態である。 その大きな原因は高齢ドライバーの増加にある。警察庁の統計によると、この10年間で免許人口全体ではほとんど増加していない中で、免許を保有する65歳以上の高齢者は1・6倍に増加した。しかもこの増加割合は年齢が上がるに伴って増えており、85歳以上は2・8倍にもなっている。 免許を保有しているからと言って日常的に運転をしているとはかぎらないが、以前と比較すると、道路を走っている高齢ドライバーは確実に増加し、しかも、85歳以上、90歳以上という高年齢のドライバーも運転を継続している。 多くの統計資料における高齢者の定義は65歳以上である。これは、1950年代、60年代に国連や世界保健機関(WHO)が用いた分類が踏襲されているためである。しかし、当時と比較して、健康で活動的な高齢者が増加した現在では、65歳以上を高齢者とすることは現実に合わなくなってきている。 交通事故の発生比率を元にしてドライバーの年齢による危険性を比較すると、75歳くらいまでは特に事故が多いというわけではない。だが、それ以降は加齢とともに次第に事故が増えてくる。原付以上運転者(第1当事者)の免許保有者10万人あたりの交通事故件数で50~54歳と比較すると、70~74歳は1・1倍であるが、75~79歳では1・3倍、80~84歳は1・5倍、85歳以上は1・6倍と増加する。東京・池袋で起きた事故で、現場検証する捜査員ら=2019年4月(佐藤徳昭撮影) そして、免許保有者10万人あたりの死亡事故件数でも同様に50~54歳と比較すると、70~74歳は1・2倍であるが、75~79歳では1・7倍、80~84歳は2・6倍、85歳以上は4・6倍と大きく増加する。高齢ドライバーの事故の場合、事故を起こしたドライバー本人が死亡してしまうケースが多く見られる。 75歳以上のドライバーの死亡事故の場合、60%はドライバー本人の死亡であり、これは、若年ドライバーを除くと他の年齢層の場合の倍の数字である。また、同乗者が亡くなる場合も11%ほどあり、合わせると71%が事故を起こした車内において死亡していることになる。免許取り上げは暴論 また、高齢ドライバーの事故の内容は他の年齢層とは異なる。事故の原因となった違反を見ると、高齢ドライバーの人身事故では、わき見運転や動静不注視の割合が少なく、信号無視や優先通行妨害、一時不停止の割合が多い。事故類型としては、追突事故が少なく、出合い頭事故が多い。 一方、死亡事故では、わき見運転、漫然運転、安全不確認の割合が少なく、運転操作不適、一時不停止の割合が多い。事故類型では、道路横断中の歩行者事故や追突事故は少ないが、出合い頭事故、正面衝突事故、工作物衝突事故が多い。 こうした中、最近の高齢ドライバー事故を伝える報道の影響を受けて、ある年齢に達すると免許を取り上げるべしという意見もあるようだが、これはエイジズム(年齢差別)であり暴論と言えよう。では、どうすれば高齢ドライバーの事故を防ぐことができるだろうか。 政府は1998年に免許更新時の高齢者講習を導入した。その内容は2018年に改正され、現在の高齢者の免許更新の手順は次のようになっている。 70歳以上の高齢者は、免許更新前に指定自動車教習所あるいは警察施設で高齢者講習を受講する。この高齢者講習は合理化講習と呼ばれるもので、双方向型講義30分、運転適性検査(動体視力、夜間視力、水平視野)30分、実車による指導60分の計2時間程度の講習である。実車走行は2、3人一緒に実施するため、実際に運転している時間は15~20分程度であることが多い。実車指導は試験ではないため、運転内容により免許更新ができなくなるようなことはない。 75歳以上になると30分程度の認知機能検査(講習予備検査)が追加となる。この検査は記憶力ならびに判断力の低下具合をみるものであり、検査結果により3つに分類される。認知機能の低下のおそれがみられない第3分類(受講者全体の73%程度)は合理化講習を受けるが、認知機能の低下のおそれがある第2分類(24・5%程度)は、合理化講習に個人指導など60分が追加された計3時間の高度化講習を受講する。 この個人指導は実車走行時のビデオ映像などを見ながら個別に助言を受けるものである。認知症のおそれがある第1分類(2・5%程度)の場合は、認知症の専門医もしくはかかりつけ医による診断を受ける必要がある。認知症と診断されなければ、高度化講習を受けて免許を更新することができるが、認知症と診断されれば、公安委員会が運転免許の取り消しなどの処分を判断することになる。教習所で高齢者講習を受けるドライバーら。シミュレーターを使った反応速度などの確認も行われている=2017年1月、山梨県甲府市 第1分類と判定された高齢者の60%は免許を自主返納したり更新をせずに免許を断念したりしているが、35%は医師の診断を経て運転を継続しており、取り消しなどの処分となるのはわずか5%である。 このように、交通事故防止という視点から考えると、現在の免許更新手続きには大きな問題がある。それは、運転技能の評価を一切行っていない点である。一度、運転免許を取得すると、免許取消処分を受けたり、不適格者となったりしない限りは更新可能である。そこには一度獲得した運転技能は一定レベルが維持されるという想定がある。昭和の時代までは高齢ドライバーの数も少なく、この想定もさほど間違いではなかった。 しかし、現在のように高齢ドライバーの数が増えてくると、この想定は妥当なものとは言えず、想定に基づいた免許更新制度で問題ないと考えることはできなくなってきている。心身能力や運転技能は次第に低下していくものであり、人により早い遅いという違いはあるが、いつかはきちんとした運転ができなくなってしまう。教習所にもメリット そして、人は権利を失うことを嫌う傾向や運転能力を過信する傾向があるため、客観的に運転能力があるかどうかを自分で判断することは難しい。そうであれば、免許更新時に運転技能が維持されているかどうかを確認することは至極当然のことである。 本当は年齢に関係なく免許更新者全員に対して運転技能の確認をすべきであるが、さすがに無駄が多く、現実性に乏しい。このため、加齢の影響が大きくなってきていると思われる年齢に達したときから運転技能の確認をせざるを得ない。 1回の試験で合否を決定するというような形態での実施もまた現実的ではない。高齢者は長らく試験というものから遠ざかっていることもあり、緊張のため普段通りの運転ができない者や体調を崩す者が続出するおそれがある。 免許の有効期限までであれば、何度でも試験(以下では、運転技能の確認)を受けることができるようにしておくのが実施可能で有効な方法であるように思える。そして、レベルに達しなかった高齢者が運転を学び直すことができるようにして、可能な限り運転が継続できるような手段も提供することが必要である。また、判定基準も運転技能の確認向けの判定基準を設ける必要があるであろう。 学び直す場としては、教習のノウハウを持つ自動車教習所が最も適している。ところが、現在、自動車教習所は高齢者講習で苦労している。高齢者講習業務が、免許取得のための教習業務を圧迫するため、高齢者講習を引き受けていない自動車教習所もあるぐらいだ。これは高齢者講習がもうからないためである。 その一方で、少子化の影響で経営の危機に瀕している自動車教習所が増えてきており、年々、自動車教習所の数が減ってきている。高齢者に対する研修などのサービスが自動車教習所の重要な収入源となるような制度設計を施し、高齢ドライバーと自動車教習所がお互いに支え合うような関係を構築できれば「一石二鳥」だ。 現在でも高齢者講習は高いとクレームをつける高齢者がいると聞くが、運転技能の確認や学び直しなどではかなりの経費が必要となる。高齢ドライバーからは大きな反対の声が上がるであろう。しかし、事故を起こす危険性を少しでも下げることができるのであれば、決して高いものではない。低下した運転技能を補償するような運転方法を教えてもらうなど、学び直しは高齢ドライバーにとっては非常に有益な機会となるはずである。自動車保険と同じく、自動車を運転するための必要な出費と考えるべきである。高齢者を対象にした教習で、ポールで狭まれたコースを運転する参加者=堺市 一連の仕組みをうまく機能させるにはいろいろと課題があるが、最初はかなり高い年齢から開始して、徐々に下げていくようにすれば、導入は不可能ではないように思える。そして、その間に自分がその年齢に到達したときにどうするかを考えることもできる。 運転技能の確認や学び直しにかかる時間や経費などを考えて免許返納を決断するのも一つの選択肢であるし、運転継続を選ぶのも自己判断だ。一定のレベルの運転技能を持ち、責任を持てるドライバーのみが運転を行える社会に変えていかなければならない。■強制力がなければ防げない! 高齢者の自動車免許返納を制度化せよ■身近に潜む「あおり運転」危険ドライバーの深層心理■こんなクルマ本当にいるの? 実は誰も望まない「完全」自動運転車

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    石平が警告、玉城デニー「中国一帯一路に沖縄活用」提案の危険度

    石平(評論家) 沖縄県の玉城デニー知事は4月26日の定例記者会見で、中国を訪問した際に行った胡春華(こ・しゅんか)副首相との会談内容を明らかにしたが、これはとんでもない問題発言である。 玉城知事は、河野洋平元外相が会長を務める日本国際貿易促進協会の訪中団の一員として同月16~19日に訪中し、会談した胡副首相に対し「中国政府の提唱する広域経済圏構想『一帯一路』に関する日本の出入り口として沖縄を活用してほしい」と提案したというのだ。そしてそれに対し、胡副首相は「沖縄を活用することに賛同する」と述べたという。 この玉城知事と胡副首相のやり取りを新聞報道で知ったとき、筆者はまず大きな違和感を覚えた。なぜなら玉城知事は言うまでもなく、沖縄という日本の一地方自治体の長である。 一方の胡副首相は当然、中国の副首相であり国を代表して日本の訪中団と会談している。このような席で、日本の一自治体の長が中国の副首相に対して何かを提案すること自体、すでに一般的な外交儀礼あるいは外交ルールから大きく逸脱している感じもする。そこでさらに問題となっているのは、玉城知事が胡副首相に対して「提案」した中身だ。日本の一地方である沖縄の「活用」を、外国政府に提案したからである。 このような「提案」はどう考えても、憲法に定められた地方自治権から大きく逸脱したものであろう。沖縄県は一自治体ではあるが、そもそも日本国の領土であり、日本国の一部である。沖縄県知事が日本の領土である沖縄の「活用」を外国政府に提案したり、相談したりするようなことは尋常ではない。それは軽く言えば悪質な越権行為だが、重く言えば自国の一部を外国に売り飛ばすような「売国行為」そのものではないか。中国の胡春華副首相(右)と会談する日本国際貿易促進協会会長の河野洋平元衆院議長(中央)、沖縄県の玉城デニー知事=2019年4月18日、北京の人民大会堂(共同) そして、よりによって玉城知事が提案したのは、中国の「一帯一路構想」における沖縄の「活用」だが、それはなおさら、危険な「売国行為」なのである。 悪名高い「一帯一路」は今、国際社会から「新植民地主義」あるいは「中国版植民地主義」として厳しく批判されている。欧米諸国の大半にそっぽを向かれ、アジア諸国の強い反発をも受けている。「玉城提案」の危険度 習近平政権肝いりのこの壮大な構想の一貫した手法と戦略的目標は、要するに、アジア地域などの発展途上国において中国政府主導の投資プロジェクトを展開し、これによって広範な地域を中国が頂点に立つ「中華経済圏」に取り込むことだ。 その一方、投資を受ける国々を借金漬けにした上で債権をチャラにするのと引き換えに、それらの国々の持つ戦略的拠点や一部の国家的主権を奪い取って我がものにしていくのである。 5月2日に米国防省が議会に提出した年次報告書で、中国が大経済圏構想「一帯一路」への投資を保護するため、世界各地に新たな軍事拠点を建設していくとの見通しを示したことからも分かるように、「一帯一路構想」の推進は中国の軍事戦略とも連携しており、「一帯一路」による「新植民地支配」は、中国による世界各地の軍事支配の確立にもつながるのだ。 このような覇権主義的な「一帯一路構想」を進めている中国政府に対して、沖縄の玉城知事が構想への「沖縄の活用」を申し出たことがどれほど危険な行為か、よく分かるであろう。 また、沖縄の特別な地政学的な位置と安全保障における重要性を鑑みれば、いわば「玉城提案」の危険度は深刻さを増すのだ。 地図を開けば分かるが、沖縄は台湾と並んで中国が完全突破しようとする第一列島線の中核をなす島である。そして沖縄には、中国の軍事的膨張と海洋侵略に対する最大の防波堤である米軍基地がある。 中国からすれば、沖縄から米軍基地さえ追い出すことができれば、自国のアジア支配戦略の最大の邪魔はこれで取り除かれる。その上で、沖縄を自国の海洋進出の拠点として「活用」できるのならば、それに越したことはないのであろう。巨大経済圏構想「一帯一路」をテーマにした国際会議の開幕式を終え、笑顔を見せながら引き揚げる中国の習近平国家主席(中央右)=2019年4月26日、北京(共同) こうして見ると、「沖縄を一帯一路に活用してほしい」という玉城知事からの提案ないし申し出は、本人はどういう意図であるかは関係なく、客観的に見れば中国政府の戦略的意図と全く合致しており、まさに沖縄知事の、沖縄知事による、中国のための「提案」でしかない。 もし、この危うい「提案」が現実なものとなれば、玉城知事と沖縄は確実に、中国の覇権主義的海洋戦略の推進に大いに貢献することになるだろう。そしてその結果、日本の安全保障とアジア太平洋地域の平和秩序が大きく損なわれることは間違いない。そんなことを許して良いのかと、私は一日本国民としては大いなる疑問を感じ、大きな危機感を覚えているのである。■米露を呑み込む中国の「一帯一路」 巨大利権に潜む習近平の大戦略■2049年「習近平の夢」は96歳で完成する■稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」

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    日本でLGBTが「市民権」を得ても同性婚議論が煮詰まらないワケ

    高橋知典(弁護士) 同性婚をめぐり全国13組の同性カップルが今年2月、一斉提訴した。今回の訴訟において原告らは、男女の結婚しか認めていない民法や戸籍法について、憲法が保障する「婚姻の自由」や法の下の平等を定める憲法に違反するものであるとしている。同性婚を認めない法律は憲法違反だと主張しているのだ。 一方、同性婚に反対する人たちは、現行憲法は同性婚を想定しておらず、同性婚を認めるには憲法改正が必要だと主張している。安倍首相も2015年2月18日の参院本会議において、「現行憲法の下では、同性カップルの婚姻の成立を認めることは想定されていない」「同性婚を認めるために憲法改正を検討すべきか否かは、わが国の家庭のあり方の根幹に関わる問題で、極めて慎重な検討を要する」との見解を示した。 その根拠になる条文が、憲法24条1項だ。日本国憲法第二十四条1.婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。2.配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。 同性婚に反対する立場の者は、この憲法の文言の字面を強調する。すなわち「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」の「両性」という言葉は、通常「男性と女性。雌性と雄性。(大辞林第3版)」の意味として使われることからも、憲法は「婚姻は男性と女性の合意のみに基づいて成立する」と考えているのだ。また、続く「夫婦」という文言からも、あくまで婚姻は男女間でするもので、憲法は明文で同性婚を想定していないどころか否定しており、それでも日本で同性婚を認めるには、改憲も必要ではないかと主張している。 これには単純に疑問がある。本来人権を保障している憲法からすれば少々不思議な議論であるとも思うが、議論を整理すると、憲法の態度は、簡単に言えば三つ考えられる。①権利として保護し価値を推奨している態度(個人の尊厳や表現の自由などに対する態度)、②禁止する態度(戦争に対する態度のようなもの)、③憲法上は何も言わない態度(どっちでも気にしない態度)だ。同性婚を求め全国13組のカップルが一斉に提訴、東京地裁で提訴の手続きを終え支援者と会見に臨む原告団=2019年4月、東京都千代田区(桐山弘太撮影) 実際には、憲法が同性の婚姻を明確に「禁止(②の態度)」していると読めないならば、憲法改正は不要であり、少なくとも③のどちらでもいいと思っている態度ならば、国会で立法して憲法では保証していない制度を用意してよいことになる。安倍首相の発言を読み解く 先述した安倍首相の発言からは、同性婚を認めるにあたって改憲を必要とする立場か否かは判然としない。しかし同性婚を認めるにあたって改憲が必要だと主張するということは、憲法24条1項には「男性と女性の組み合わせ以外に婚姻はさせてはいけない」とまで記載しているという解釈、すなわち憲法が同性婚をあえて禁止している態度(②)だと読んでいることになる。 一方で、訴訟を提起した原告側は、憲法の解釈について、いくつかの理由から①の「同性婚の自由は憲法上保護される自由である」と主張することになると考えられる。逆にこれができず、②の禁止や、③の憲法は保障も禁止もしていないという結論であれば、訴訟は敗訴になり、同性婚は立法(もしくは改憲)を待ってくださいということになる。 原告側・同性婚賛成側からすれば、例えば、憲法24条1項は、「男性と男性、女性と女性」という同性の組み合わせであっても、「独立」した個人の「性」が「二つ」の意味で、「両性」と読める。また「夫婦」との表記は、戦前の婚姻では女性が軽視されていたことに対する反省としてあえて記載したにすぎないといった考え方をとることで、憲法24条1項における婚姻は同性間でも「当人ら」の「意思」があれば成立することを保障していると主張することになるだろう。 このような解釈に無理があるとなれば、賛成側は先述のように憲法24条1項は少なくとも同性婚を否定してはいないものとし(③の無関心の態度)、他の憲法上の規定、例えば個人の尊重(13条)や、平等権(14条)に照らし、同性同士のパートナーは、結婚という自由な選択を阻害されているとか、異性同士のパートナーに比べて不平等であるといった主張をすると考えられる。 法律上の主張の内容には、これ以外にも無数の解釈の仕方や解釈の理由が実際にあり得る。今後の判決にも注目したい。発足会見を行ったLGBT自治体議員連盟の世話人5人=2017年7月6日、都庁 しかし、今回裁判所が判断するときには、究極的には現在の日本において「婚姻とは何か」「同性同士のパートナー関係を社会がどう思っているか」または「どう思うべきか」といったことに話が煮詰まっていくものと考えられる。憲法の解釈も時代とともに変わっている。だからこそ今の時代の価値観、結婚観が問われるのだ。仏教国の同姓婚 結婚観や同性婚について、これまでの日本はどうだったのだろうか。 宗教的な関係と、同性婚や同性愛に対する考え方は、かなり関係性があるように考えられる。というのも、主要な宗教と同性婚や同性愛に対する国家の姿勢に一定の関連があるように考えられるからである。 例えば、キリスト教、イスラム教では、一般的に同性愛というものを否定する考えがあるといわれる。実際にイスラム教国では、現在でも同性愛を極刑にしている国がある。 一方で、キリスト教国でいわゆる先進国といわれている国では、同性婚制度かまたは婚姻とは別のパートナー制度が整備されている。キリスト教自体の考え方は同性愛に否定的であっても、結婚という制度が個人の自由のもとになされるという意識が、度重なる議論を超え、こうした同性婚制度などの成立に力を発揮させているものと考えられる。 では、日本も含まれる仏教の影響の強い国においてはどうか。 仏教では一般に、同性同士の性行為が「悪」であるというような考え方はなく、「欲」そのものの持ち方を問題視する考え方があるようだ。「邪淫」という考え方である。 この考えには、男性女性の組み合わせを問わず、「性的な欲に溺れること」が問題であり、別段同性同士の性行為を禁止しない一方で、欲に溺れているならば男女の性行為であっても問題になる。 このためか、仏教国では、同性婚について賛成も反対とも判断していない国が多い。※画像はイメージ(ゲッティ・イメージズ) こうした背景から考えると、仏教的な考え方が強い地域では、同性愛について賛成も反対もしない、ある意味「無頓着」さがある。実際、日本の多くの方にとって一番近い感覚がこれだと思う。このために、一人一人に答えもなく、社会の中での大きな対立も(少なくとも今までは)ないから深い議論もない。 一方で、婚姻制度について日本は家父長制度を前提とする「家を存続させるため」の制度をとってきた。家父長制度のもとでは婚姻は個人の感情や人生の選択の延長線上にはなく、あくまでも「家」という単位を存続させるための判断によってされるもので、個人の自由で婚姻するということはできない。 今でも結婚しようとしたときに家同士の格を比べる地域や家庭があり、そのことで悩む方から相談を受けることもあるのだから、その影響は根強いと感じる。同姓婚反対派の矛盾 日本では「個人の意思に基づく自由な婚姻」という結婚観は、70年前の日本国憲法によって明確にさせられた、比較的新しい考え方であるといえる。特に年齢によって、その感じ方にかなりのばらつきがあると感じる。 同性婚反対派は「婚姻は個人の意思でする」と言いつつ、「同性婚では子供ができる可能性がない」ことなどを指摘して「自然ではない」から反対だと言う。 しかし、男女の夫婦の場合、子供を産むか産まないか選択ができる。さらに、そもそも男女の場合、生殖年齢を超えた60代になっても自由に結婚できる。こうした自由な結婚制度がある一方で、子供ができるかできないかによって同性婚を認めないのは矛盾であると言える。こうした反対派の発言は明らかに現在の結婚制度と矛盾しているが、依然として撤回される様子はない。 この反対派の矛盾しているように見えるのに撤回されない(自信満々な)主張について、その根底にある考え方を「婚姻は個人の意思でする」から、「婚姻は家の存続のためにする」に変えると非常に分かりやすくなる。同性婚では「家の血のつながりを残す」ことが難しく、「自然」ではないからである。 このように、日本では宗教倫理的には無頓着で話し合いの集積がなく、かつての結婚観はそもそも今の婚姻制度と離れすぎて参考にならない。そうした意味で、過去の日本の事柄は同性婚制度をどう考えるべきかに答えを提供してくれない。 このために、同性婚をどう考えるべきかは、賛成派も反対派も、過去の日本の在り方に答えを探せず、今を生きる私たちが考え、私たちが答えを出すほかないと考えられるのだ。 確かに、欧米諸国をはじめとして、同性婚やそれに類するパートナー制度を用意している国は多いが、それはさまざまな議論を経てのものである。結婚は当事者2人の自由でできるが、解消に関する離婚の制度、結婚後の子供についてなど、諸制度との関わりの中で考えるべきことがあると思う。オーストラリアで行われた同性婚合法化の是非を問う郵便投票で、賛成多数の結果に喜ぶ人々=2017年11月、メルボルン(ゲッティ=共同) 今回の訴訟では、先に見たような宗教倫理的な無頓着と、まだ慣れない「自由意思に基づく婚姻制度」の中で、なかなか煮詰まらず、進まない議論に対し、実際に今の時代を生きて、愛する人と結婚をしたいと願う人たちからの、世の中に対する問いかけであると考えられる。この訴訟は、本当は性的少数者だけのことではなく、この国の「結婚観」や「家族観」を再度問うものであると言えるのではないだろうか。■私は「同性カップルに育てられる子どもがかわいそう」とは思わない■「LGBTなんて言葉なくなればいい」元女子高生の僕が伝えたいこと■稲田朋美手記「杉田さん、LGBTを尊重するのが保守の役割です」

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    元宮内庁長官、羽毛田信吾手記「今上陛下に象徴天皇の極致を見た」

    羽毛田信吾(元宮内庁長官) 「平成」から「令和」へ、御代替わりの時を迎える。平成の後半、11年間を天皇陛下のお側近くで勤務した者としては、さまざまな困難を乗り越えてご在位の最後まで誠心誠意を貫き通されたお歩みを思い、感慨ひとしおである。 平成は、世界的にはベルリンの壁の崩壊とともに明けたが、その後の展開は必ずしも協調と平和には向かわず、民族、宗教などの対立が支配する複雑な様相を呈している。 わが国も、少子高齢化が進む中、バブル経済がはじけて「平成不況」に見舞われ、さらに地震、豪雨など大規模な自然災害が多発した時代でもあった。平成もまた平坦(へいたん)ならざる苦難の時代だったと言えよう。この苦難の時代にあって、陛下は象徴としての望ましい在り方を常に自らに問いつつ、務めに身をささげてこられた。また、陛下のお考えの最も良き理解者として一心に支えてこられたのが皇后陛下であった。 陛下がどのような思いと覚悟で務めを果たしてこられたかは、平成28年8月8日のビデオメッセージ「象徴としてのお務めについてのお言葉」に凝縮されているように思う。「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」その模索の中から、象徴天皇の道を、国民の幸せや平和を祈ると同時に、積極的に人々の傍らに身を置き喜び苦しみに心を寄せることにあると思い定め、全身全霊を傾けてその実践に努めてこられたのである。 私が宮内庁在勤中、最も印象深かったことを二つあげるとすれば、一つは、平成23年の東日本大震災における両陛下のなさり様であり、いま一つはサイパンへの慰霊の旅である。いずれについても私は、平成における象徴天皇の道の極致のように思った。山田町役場に到着し、出迎えた人たちに声をかけられる天皇、皇后両陛下=2016年9月、岩手県山田町(代表撮影) 平成23年3月11日に東日本を襲った未曾有(みぞう)の大災害に際して、両陛下は7週間連続して自衛隊機とヘリコプターを乗り継いでのお見舞い行脚を続けられた。避難所で、膝をついて一人一人丁寧に見舞われる姿、がれきの山と化した街並みに黙祷(もくとう)される姿、ヘリコプターから眼下に広がる無残な津波の傷跡を悲痛な面持ちで見入られる姿、実に気の重い随行であった。同時に、人々の身の上を案じられる両陛下と、立ち直ろうという気持ちでそれに応える被災者との心の交流を間近に見る感銘深い随行でもあった。 被災者のお見舞いに限らず、陛下と国民の関係は、一人一人の喜び悲しみに心を通わされ、その積み重ねの先に国民全体がある、そういう有り様ではないかと思う。個を通じて全体を見ると言ったらよいのだろうか。衝撃を受けた陛下のお考え 陛下が心をこめてなさってきたことのもう一つの柱が、平和への願いである。在任中の代表例としてサイパンへの随行を印象深く記憶する。陛下は、戦争の惨禍を繰り返してはならない、平和を守らねばいけないという願いを強く持ち、戦後生まれが80%を占める今、戦争の記憶が風化することへの心配を繰り返し述べておられる。 国の内外を通じて戦争犠牲者に対する慰霊の旅を重ねてこられたが、平成17年、6万人近くが犠牲になったサイパンに赴かれた際には私もお供をした。多くの人が身を投げたバンザイクリフやスーサイドクリフで海に向かって黙祷される姿を拝しながら、これは慰霊の旅であると同時に、激戦の地に身を置くことによって自らの姿で平和の尊さを訴えておられるのだと思った。 在位中では最後となった昨年の全国戦没者追悼式にて、陛下は「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」というくだりを加えられた。昨年は明治維新150年、同時に先の大戦までが73年、4年の大戦をはさんで戦後が同じく73年という節目でもあった。戦前の73年が何度かの戦争を経たのに対し、戦後の73年は戦なき世であった。さらに言えば、平成時代は明治以降、日本が干戈(かんか)を交えなかった唯一の時代として記憶されることになるだろう。戦後そして平成の平和を後の世にもしっかりと引き継いでほしいという、万感の思いをこめたお言葉だったように思う。 私事だが、今、昭和館という展示館の館長として、戦争により、庶民がどう苦しみ悲しみ、どんな生活を強いられたか、戦争の狂気にどう巻き込まれていったかといったことを後世に伝える仕事に携わっている。陛下の戦争と平和に関するお考えを日々思い起こしながら、若い世代にいかに実感を持ってこれを伝えるかに腐心する毎日である。 ご譲位は、突き詰めていえば、全身全霊を傾けてお務めを果たすという象徴天皇の在り方と、ご高齢に伴う体力面などの避けられない制約の二つを前提に、いかに円滑に皇位を引き継いでいくかという命題だと思う。それを考え抜かれての平成28年のお言葉だったのではあるまいか。在任中、最初に陛下のお考えをうかがったときは、正直言って強い衝撃を受けた。しかし、陛下の深い考えを理解するにつれ、これは陛下お一人のことではなく将来の天皇にも通ずる普遍的課題だと思うに至った。 85歳の誕生日を前に、涙で声を詰まらせながら記者会見で話される天皇陛下=2018年12月、皇居・宮殿「石橋の間」(代表撮影) 令和の時代を迎え、改めて将来にわたって国民から敬愛される皇室、国民の心の支えとなる皇室であり続けてほしいと願う。民主主義はともすると「自分さえ良ければ」「自分の国さえ良ければ」という思考に堕する危うさを内包していることを考えると、政治的な思惑や利害を超えて人々のために祈り活動される公平無私な存在が、一層重要に思えるのである。■釜石市長手記「被災地を照らし続けた両陛下のお姿」■語り継がれる「天皇の旅」 批判はあっても膝をつかれた陛下のスタイル■所功手記「新元号『令和』は想定外なれど、感服するほかない」

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    「令和おじさん」菅義偉、そろい始めたポスト安倍の3条件

    川上和久(国際医療福祉大学教授) 「亥(い)年選挙のジンクス」と言われている現象がある。亥年は、春の統一地方選と参院選が12年に1度重なる。統一地方選で地方議員が「選挙疲れ」することで、参院選で地方組織がフル回転せず、自民党が議席を思ったように取れない、というジンクスだ。 過去の亥年選挙は、比例代表制が初めて実施された1983年の参院選では自民党が68議席を獲得しているものの、95年の参院選では46議席、2007年の参院選では37議席と惨敗している。特に、07年は第1次安倍内閣の下で行われ、安倍晋三首相退陣の引き金ともなった。 選挙は歴史であり、その時々の政治事情が色濃く反映する。地方組織がフル回転しないで自民党の議席が伸び悩む、という仮説に対しては、「言い過ぎではないか」との批判も寄せられている。 2019年、統一地方選の前半戦では、41道府県議選で自民党が1158議席を獲得した。過半数に達し、15年の前回選挙の獲得議席を上回った。だが、「大乱の前兆」を感じ取った人も少なくないのではないか。 統一地方選で、本人が意識していたかどうかはともかくとして、「令和(れいわ)効果」を見せつけたのが菅義偉(よしひで)官房長官だ。11道府県知事選で唯一の与野党激突となった北海道知事選。自らの主導で38歳の鈴木直道前夕張市長を担ぎ出し、反発して他の候補を模索した自民党の道議会議員らをねじ伏せた。結果は鈴木氏が約162万票を獲得し、野党統一候補となった石川知裕元衆院議員に60万票以上の大差をつけた。 特筆すべきは投票日前日の4月6日、札幌市で行われた演説会に菅氏が登場した時だ。「あ、令和おじさんだ!」と観衆の大注目を浴び、スマートフォンのシャッターがひっきりなしに切られていたという。 もちろん、官房長官としての在任期間は2012年12月26日に就任してから既に6年半になろうとしており、記者会見でのやりとりがしょっちゅうニュースになる。東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者とのバトルでも、ポーカーフェースで淡々とこなす印象が強かった。2014年8月1日、閣議前の写真撮影で、安倍首相、麻生副総理らが不在のため、首相臨時代理として中央に座り、談笑する菅義偉官房長官(酒巻俊介撮影) しかし、「令和」発表記者会見での笑顔がそれを一気に覆した。ふだん官房長官の記者会見を見る人の数とは次元が違う。官房長官が「令和」を掲げた写真の号外は奪い合いの人気となり、「令和おじさん」の名前が一気に広がった。 4月13日に新宿御苑(ぎょえん)で行われた内閣主催の「桜を見る会」でも、菅官房長官との記念撮影のために並ぶ行列がひときわ目立った。政権支える重鎮の失態 それにひきかえ、この間、菅氏と並び「岸破義信」と言われたポスト安倍と目される自民党の岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、加藤勝信総務会長は「令和おじさん」の前に、圧倒的に存在感を欠いた。石破氏は「令和には違和感がある」というようなコメントをして、「これだから、『安倍政治ノー』などと言い続けている左派の連中から支持される野党政治家に成り下がったと言われるんだ」と、党内からもさらに顰蹙(ひんしゅく)を買った。 一方、菅氏と安倍政権を支える「三羽ガラス」麻生太郎副総理・財務相、二階俊博幹事長はどうか。麻生氏は、自らの地元、福岡県知事選で、現職の小川洋知事の対抗馬として元厚生労働省官僚の武内和久氏をぶつけ、安倍首相に直談判して自民党の推薦までもぎ取った。小川氏には、8年前に自分が主導して知事にしたにもかかわらず、補選の際に自分が立てた候補を応援してくれなかった意趣返しといわんばかりだ。 あげくの果てに、麻生氏の元秘書で麻生派所属の塚田一郎前国土交通副大臣が地元の道路建設をめぐり、安倍首相と麻生氏に「忖度した」と発言し、同5日に副大臣辞任に追い込まれた。 結果は小川氏が約129万票に対し、武内氏は約35万票とトリプルスコアで惨敗した。これでは、さすがに傲慢(ごうまん)な麻生氏も「自らの不徳の致すところ」と頭を下げざるを得なかった。 二階幹事長は、統一地方選前半で道府議選で自民党候補が過半数を得た。ところが、地元の和歌山県議選の御坊市選挙区で、鉄壁の当選8期を誇った自らの元秘書の現職が共産党新人の元同市議に敗北するというまさかの結果となった。3年前の御坊市長選で、二階氏が現職に対して長男を立てて敗れたこともあり、地元での対立が共産党候補に敗れるという結果になってしまった。 それに追い打ちをかけたのが、二階派の櫻田義孝五輪相の失言による辞任だ。岩手県選出の高橋比奈子衆院議員のパーティーのあいさつで、「復興よりも高橋さんが大事」と口を滑らせ、事実上の更迭となった。 元はといえば、櫻田氏を閣僚に推挙したのは派閥領袖(りょうしゅう)の二階氏だ。安倍首相は「任命責任は私にある」と殊勝に頭を下げたが、櫻田氏を押し込み、かばい立てした挙げ句にしりぬぐいさせられた二階氏への屈託は察するに余りあるものがある。 麻生、二階の両氏が傷つき、他のポスト安倍候補が存在感を示せない中にあって、菅氏が「令和効果」でダントツのポスト安倍候補に躍り出た。2013年10月、衆院予算委員会に臨み、二階俊博委員長(右)に話しかける麻生太郎副総理・財務金融相(酒巻俊介撮影) 産経新聞社とFNNが2019年4月に実施した合同世論調査では、次期首相にふさわしいとして、菅氏が5・8%の支持を集めた。自民党の小泉進次郎厚生労働部会長の25・9%、石破氏の20・7%らに次ぐ4位に浮上した。昨年10月の調査では、菅氏への支持は2・7%で、全体の6位にすぎなかった。しかも、自民党支持層に限ると、菅氏は9・4%の支持を集めている。 そこで思い起こされるのが、長く官房長官を務めて、首相に駆け上がった福田康夫氏の例だ。福田氏は、2000年10月27日から04年5月7日まで、森喜朗内閣、小泉純一郎内閣の二つの内閣にまたがって1289日間官房長官を務め、第1次内閣での安倍首相の退陣に伴って首相となった。官房長官が首相になれる三条件 官房長官は基本的に、首相官邸から離れることがほとんどできない。したがって、外務大臣のように、外交で華々しい脚光を浴びることもないし、幹事長のように、選挙を仕切って党内からその実力を認められることも難しい。最低限、三つの条件がかみ合わないと、たとえ官房長官を長く務めても、首相になるのは至難の業だ。 その三つの条件は「前職が、かなり急な形で首相の座を降りる形になった」「前職の首相の後を継ぐ政治家として、適材がいない」「官房長官としての手腕を認められており、幹事長経験や重要閣僚の経験がなくても、周囲がその手腕で政権を運営することを期待される」というものだ。 菅氏は5月9日から異例の訪米を行う。もちろん、安倍首相の指示による訪米だが、「安倍首相は、自分が万が一のときに備え、米国に『この政治家もよろしく』とサインを送っている」との見立てもある。当然、米国も菅氏が自らの国益に合致する人材かどうかを徹底的にマークし始めるだろう。 ポスト安倍として実績を伴う存在感がある政治家はいないし、菅氏は官僚への抑えも効いている。第2、第3の条件は整っていると見ていいだろう。そこに、「亥年ジンクス」で自民党の参院選大敗、安倍首相の退陣などという事態になれば、野党支持層に人気の高い石破氏などに絶対に政権は渡せない、という思いが安倍首相にはあろう。 菅氏は秋田県湯沢市の出身だ。これまでの歴代首相の中で、東北出身の首相は岩手県に偏っている。原敬(第19代)、斎藤実(第30代)、米内光政(第37代)、鈴木善幸(第70代)と4人の東北出身の首相はいずれも岩手県出身だ。 「秋田県から初の首相を」という期待は地元ではいやがうえにも高まっている。令和への改元効果と統一地方選による実力者の蹉跌(さてつ)で、菅氏の存在感は高まるばかりだ。 だが、当の菅氏は「絶対にない」とポーカーフェースを貫いている。おそらく、安倍首相が首相である限りは安倍首相を支え続ける、というスタンスを貫き続けながら、ここまで支えてくれた菅官房長官なら、自分の政治を引き継いでくれる、と思ってくれるような安倍首相との信頼関係を何より大事にしているのだろう。 天の時、地の利、人の和。「令和おじさん」への大きな流れができつつある。後継首相として解散・総選挙を打っても、「令和おじさん」のプラスのイメージは計り知れないだろう。選挙に強い、となれば、自分が落選したくない議員たちはますます「令和おじさん」に右に倣(なら)えとなる。2018年3月31日、衆院予算委で自らの携帯電話を楽しそうに安倍晋三首相(左)に見せる菅義偉官房長官(春名中撮影) しかし、菅氏は、こういうときこそ拙速を戒め、自らに課せられた使命を淡々と果たしていくしかないと、自らに言い聞かせているのではないか。一歩一歩、邪心なく安倍首相に仕え続けることが、さらに周囲の期待を高めることも織り込みながら、目立たないようにその時を待つ。 「令和」を掲げたとき以来の笑顔を見せるのは「その時」と、心に秘めているのかもしれない。■「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する■「今の記者クラブはバカの集まり」官邸vs望月記者、舛添要一の苦言■「安倍時代の終焉」が現実的とは言えない理由

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    「子供部屋おじさん」61万人はニッポンの恥ずべき現象なのか

    荻野達史(静岡大学教授) 内閣府が3月末に公表した調査によると、40~64歳までの「ひきこもり人口」は61万人を超えるという。このことは多々報道され、既にさまざまな反応が示されているが、われわれはこの調査結果のどこにひとまず注目すべきなのだろうか。ひきこもり支援現場での調査を15年以上続けてきた一研究者として思うところを述べてみたい。 半年以上、身体的な病気というわけではないが、社会的交流からかなり遠ざかっている場合、この調査では「広義のひきこもり」とカウントされた。具体的には、趣味のときだけ出かける、近所のコンビニなどには出かける、さらには自宅・自室からほとんど出ないといった場合である。それに該当する人が47人で、これを全国推計数に計算すると61万人になるというわけだ。 この調査結果が報道されると、男性がほぼ75%ということもあり、ネット上では「子供部屋おじさん」という表現も散見された。こうした言葉が即座に用いられるところにも、私には61万人が意味する問題が現れているように思われる。それについては最後に論じよう。 また、47人について5歳刻みの年齢区分で見てみると、40~44歳(12人、26%)、45~49歳(6人、13%)、50~54歳(7人、15%)、55~59歳(10人、21%)、60~64歳(12人、26%)となっている(内閣府ホームページに掲載された報告書を参照)。 これは定年退職後の問題もあるのではないかと思われる。つまり、もっぱら趣味を楽しんでいるという人(あるいは退職してからすっかり孤立した人?)もある程度いるのではという見方もありえたが、その年齢層が多数派というわけではない。 この調査結果を受けて、根本匠厚生労働相が「大人のひきこもりは新しい社会問題だ」と述べたと報じられている。しかし、支援体制や方法が不十分であるがゆえに「取り残されてきた問題」という側面もあるのではないだろうか。詳細な分析が待たれるところだが、報告書の集計値からもその点は伺われる。私が注目するべきと考えるのはこの点だ。参院本会議で答弁する根本匠厚生労働相=2019年1月(春名中撮影) 例えば、「初めて現在の状態になったのは何歳頃か」という質問に対して、40~44歳の層では、30代までにと答えている人の合計は実に83%(20代までは67%)、45~49歳では50%(20代までは33%)である。 30代ということは、10~15年前の期間である。つまり、ひきこもりに関わる支援政策が開始されて以降の時期と重なるのだ。このことの意味は重い。政策的取り組みが開始されたのは2000年からであり、旧ガイドラインは03年に発表され、地域精神保健の中にひきこもり支援を位置づけることが明記された。ひきこもりの「死角」 そして2006年には就労支援機関として地域若者サポートステーション(以下、サポステ)が設置されはじめ、現在では全国170カ所以上ある。09年には厚労省がひきこもり対策推進事業としてひきこもり地域支援センターを都道府県、政令指定都市に設置を開始し、翌年には新ガイドラインも発表された。 つまり、ひきこもりになった40代がまだまだ「若者」として支援対象となりうる年齢にありながら、支援とつながらなかったか、あるいはつながっても相応の効果が得られないまま今日に至るということになる。 実際、相談経験についても質問されており、47人の中で「相談する意思はもっている」と答えた36人について見ても、その半数以上は「関係機関に相談したことはない」と答えている。40代前半の11人については相談経験有りが7人と60%を超えるのだが、その中で利用されたのは病院・診療所が主であり、その他の支援機関を利用したのは1人のみである。 もとより「ひきこもり」該当者50人足らずの中で、さらに年齢層で分ければごくごく少ないケースとなり、それに依拠して全体の傾向を推測するには無理もある。その限界は踏まえなければならない。 とはいえ、大方は30代までに現在の状態が始まったという40代前半の層で、サポステも含め、ひきこもり支援を掲げて設置されてきた機関や相談窓口が、あまり機能してこなかった可能性を示唆する結果であろう(ただし、利用という点では親など同居者の相談経験にも注目すべきではある)。 私はある支援機関で2001年からいわば定点観測をしてきたことになるが、当初は10年以上ひきこもってようやく支援機関につながったという人はまったく珍しくなかった。しかし、近年では、ひきこもりが始まった後、親が支援機関にアプローチするまでの時間は短くなり、本人が20代までである場合などは、ひきこもっていた期間もせいぜい数年というパターンが多くなっているようだ。そして本人が出てくるのも、その後の展開(さまざまな活動への取り組み)も早くなっている。橋本市「若者サポートステーションきのかわ」開設に向けた打ち合わせをするサポステきのかわのスタッフ=2013年9月、橋本市(成瀬欣央撮影) 特に親自身が30~40代ぐらいであれば、ネットなども使った情報収集能力が高くなっていることも伺え、個人的には、ひきこもり支援についての情報がそれなりに浸透してきたことの効果は生じているとも感じてきた。しかし、それは甘すぎる認識であったと反省せざるを得ない。サポステの設計ミス 調査の40~50歳代について見ると、ひきこもり継続期間が5年以上という人が6割程度にもなる。ひきこもりには、長期化することで、往々にして家族全体が疲弊し、援助を求める力がさらに低下する側面がある。親や兄弟が高齢化すればなおさらだ。支援現場では確かに懸命な取り組みが行われてきたのではあるが、政策的には多くの人を取り残してきてしまったというよりない。この点ついては、どのあたりに問題があるのだろうか。 まず、支援資源について地域格差が非常に大きいことが指摘できよう。ひきこもり地域支援センターは都道府県と政令指定都市のレベルに設置されるものであり、誰でも通える範囲にあるわけではない。 また、相談やカウンセリングだけでなく、家族や本人が継続的に通うことができ、社会的交流を取り戻していく場が、ひきこもり支援には不可欠である。 だが、そうした実質的な受け皿が存在する地域は決して多くない。不登校支援以来の集積がある大都市部や、地方都市ではあるが一定の経験と規模を備え、さまざまな支援メニューをそろえた民間支援団体が存在するようなところは、比較的資源に恵まれた地域といえる。あとは、地域の保健所や社会福祉協議会が極めて積極的になんらかの取り組みを行っている場合でもない限り、支援につながることは物理的にも難しい。 また、支援方法や予算配分のあり方にも見直しが必要であろう。サポステは全国170カ所以上と相対的に多い機関である。2006年から10年ほどは、ひきこもり支援も期待され、彼ら彼女らも含めた就労困難層を受け止めるために、受託団体によっては持ち出しで「居場所」を用意することなども行ってきた。広島市で開かれた「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」の全国大会=2018年11月(共同) しかし、特に2015年度以降、短期的に一般就労に結びつきそうな層に対象が限定され、現在ではひきこもりは対象外とされている。当然のことではあるが、あくまでも就労支援が中心課題となる機関である以上、少なくともひきこもり状態にある本人や家族を支援する機能には大きな限界があった。サポステについては、「積み過ぎた箱舟」と表現されたこともあったが、そもそも設計上、「積み残された」層もまた大きかったことが、この度明らかになったということであろう。ひきこもり政策は失敗だった こうした現状について、大阪の支援実践者としても経験の長い田中俊英氏が、「サポステは失敗だった」と題する記事をweb上に発表している(3月30日 ヤフー個人)。サポステが一定の役割を果たしてきたことは認めつつも、まだ就労には踏み出せないと感じた若者たちは、サポステに数回通った後に離脱し、潜在化してしまう。ならば、「日常生活支援」を経験すべき段階にある多くの人々をすくい上げるために、サポステを縮小し、その分の予算を「居場所」の設置や運営に投入すべきであると、明瞭に論じている。卓見である。 ひきこもりとは、本人に出会うことそのものが困難であり、また、その背景が非常に多様で、より時間をかけて当人や家族の困難を把握していく必要性の高い問題である。すぐには変わらない状態においても、家族や本人をつなぎ止め、もろもろの回復や生きる場の探索に、伴走的に支援していくことが求められる。いずれ就労に結びつく場合でも、その前にそれとはまた異なる方法と経験を備えた支援の場や過程が必要だ。単に現行支援機関の利用年齢制限を取り外せば済むというものではない。 以上のように支援政策について、早急に問い直すべきことが、この調査結果から読み取るべき課題であると思われる。しかし、政策のあり方だけが、こうした長期化した中高年のひきこもりを生み出してきたわけではなかろう。冒頭でも触れたが、今回の報道後、中高年のひきこもり者を「子供部屋おじさん」と呼ぶ書き込みがネット上で散見された。 「子供部屋おじさん」という表現は、中立的に解釈すれば、実家から離れることなく自室を使い続けながら暮らしている中年男性ということになろう。そうした「離家」がなされないことについては、一人暮らしがしたくてもできない経済的理由も大きいことが、社会調査の結果として既に明らかにされている。そしてこうした状況にある中年男性が、すべからく「ひきこもり」的生活をしているわけではないことはいうまでもない。 しかし、問題は「子供部屋おじさん」という表現が、決して中立的なものではなく、蔑称であることだ。「いい年をして子供のように実家に寄生する中年男」といった侮蔑(ぶべつ)的な意味が込められていることは、その使われ方をみれば明らかであろう。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) ある雑誌記事では、働かず、人を避け、アニメに浸りながら、高齢の親には暴君として振る舞い年金を巻き上げる、そんな事例が「子供部屋おじさん」として紹介されていた。長期のひきこもり者が時にこうした暴君となってしまうケースもあることは、関係専門家や支援者は知るところであり、私もこうした人などいないといった反論をするつもりはない(ただ、もちろんこうした人が多いという根拠もないことは確認しておきたい)。「ひきこもりが許せない」 とはいえ、一定年齢を過ぎても実家で暮らしているという一事をもって、あるいはたとえそうした暴君であれ、なぜそのようになったのか、なぜそのようにしか生きられなかったのか、問うことも想像することもないまま、侮蔑の言葉やまなざしを投げかけるとすれば、それは問題であろう。 調査結果で、就職氷河期世代にあたる40代前半の層では、20代前半にひきこもり始めた人が33%と突出して多い。40代後半では17%、バブル世代といわれる50代前半では0%である。もちろん他の要因も検討されるべきであろうが、社会的な状況や個々人のさまざまな事情が折り重なって、ひきこもりという状態が生み出されることは繰り返し確認すべきところである。 そして、そうした背景や事情をなんら考慮しない「子供部屋おじさん」といった言葉が、当人とその家族をさらに孤立させることは容易に想像できよう。一方的に「恥ずべき存在」として侮られ批判されることが十分に予測できてしまう。そして実際にそうした経験もしやすい社会の中で、自分や自分たちの苦境を明らかにしながら支援を求めることは非常に困難だ。支援に結びつくこともなく、事態が悪化していくことをもたらしたのは、世の中のこうした悪意ある言葉やまなざしも影響してのことではないだろうか。 そうした言葉やまなざしを投げつける人々は、もとより当事者を孤立させることこそ望んでいるようにすら見えてしまう。ひきこもり中年やその家族が支援されることなく、苦境に陥っていくことこそ望んでいるのかもしれない。その暗い期待にもそれなりの背景があるようにも思われる。 私が講義でひきこもり支援の話をした際、「いじめや周囲からの暴言にも耐えてここまできた自分と、逃げて自室にひきこもった人間が、同じようにこの世で生きていけるなど許せない」というコメントを寄せた学生がいた。出口無しの感も否めない。 しかし、この学生が激しい痛みを経験したときに、適当な避難場所があったのであれば、違っていたのではないか。この学生を受け止め、ともにその状況に向き合ってくれる存在がいたのであれば、他者への想像力や公的支援についての見方もまた異なるものになりえたのではないだろうか。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) ひきこもり問題に限らず、自分や家族だけではどうにも対応できない状況について、より抵抗なく相談でき必要な支援も受けられる社会を求めるか、一度歯車が狂ったら最後、一人でもがき続けるしかない社会を是とするか。後者のイメージも強い日本社会から、前者の社会への転換は、コンセンサスを形成すること自体、困難ではあろう。当面は、各種問題への局所的取り組みや部分的制度変更を通じて、人々の人生や社会についての体験のされ方が変わっていくことに希望をつなぎたい。■老老介護は「セカンドハネムーン」という考え方■「人生100年時代」はっきり言って、そんなの無理です!■NHK「老人漂流社会」プロデューサーが見た親子共倒れの現実

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    米朝に「田舎芝居」を打つ文在寅の安倍コンプレックス

    重村智計(東京通信大教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率が41%に下落した。韓国の世論調査は政権に忖度(そんたく)するため、実質的には30%台といわれる。 国民の支持を失った文大統領が、11日に米ワシントンでトランプ大統領との首脳会談に臨む。10日、11日の訪米とはいえ、実質的にわずか1日の訪問で、米国の扱いは冷たい。 韓国で40%台に落ちた支持率を回復した大統領は一人もいない。これ以上の支持率下落を食い止めるため、文大統領が狙ったのが「安倍より先の訪米」だった。 背景には「米韓関係の悪化」「南北関係の悪化」「日韓関係の悪化」「中韓関係の悪化」「第3回米朝首脳会談への対応」「日朝首脳会談の動き」「良好な日米関係に対する牽制(けんせい)」「欧州と東南アジア外交の失敗」と数え上げればきりがない。日米中朝だけでなく、欧州や東南アジア諸国にも自らの失態で見放され、文大統領はまさに「六面楚歌」である。 米韓関係は、懸案だった在韓米軍の駐留経費増額問題で一応は合意したが、トランプ大統領はなお不満を募らせている。米国は、物別れに終わった第2回米朝首脳会談における文大統領の動きに不信感を強めている。首脳会談直前に、ハノイでの南北首脳会談を画策したが拒否され、米韓朝の3国首脳会談も打診したが、全く相手にされなかった。 さらに韓国は、洋上で積み荷を移し替え、石油精製品などを密輸入する北朝鮮の「瀬取り」を黙認した「証拠」を米国から突きつけられ、厳しい取り締まりを求められた。こうした問題に対する弁明の機会をつくることが、米韓首脳会談の理由だ。2018年5月、ホワイトハウスでトランプ米大統領(右)と話す韓国の文在寅大統領(ゲッティ=共同) 米国は、北朝鮮融和策を進める文大統領を「邪魔者」と考えている。それでも、同盟国として北朝鮮への圧力強化に必要なので我慢しているだけだ。米国のマスコミが文大統領を「北朝鮮の手先」と酷評した背景には、ホワイトハウスの意向がある。失敗続きの韓国外交 一方、北朝鮮も第2回米朝会談の決裂後に、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が文大統領を「米朝の仲介者ではない」と批判し、韓国に裏切られたとの感情を示した。文大統領は金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に「開城(ケソン)工業団地が再開できる」「朝鮮戦争終戦宣言が出せる」「韓国の支援も可能になる」「資金も送る」「在韓米軍が撤退する」「瀬取りの密輸は黙認する」と、甘い見通しを並べ立てていたから、怒り心頭になるのも無理はない。 韓国の外交は失敗続きだ。日米中朝という北東アジアの関係4カ国に加え、昨秋のアジア欧州会議(ASEM)に伴う欧州訪問や3月の東南アジア歴訪も、文大統領自らの「外交的欠礼」で批判された。もはや各国の信頼を失っている。それでいて、安倍晋三首相が6月までトランプ大統領と3回も首脳会談を行うのは耐えられない。 安倍首相の動きに、文大統領は韓国民から「日本に後れを取った」と批判され、さらに支持率も下がることは確実だ。それを阻止するために考えたのが、安倍首相より先にトランプ大統領に会う「田舎芝居」だ。 これまで、文大統領は「米朝の仲介役」を公言してきた。それが第2回米朝会談の決裂により完全に崩壊した。米朝両国からも信頼されていない事実が明らかにされたのである。 面目を失った文大統領は米国の意向を探り、北朝鮮に伝えようとしている。探りたい問題は「スペインの北朝鮮大使館襲撃は『トランプの意図』なのか」「第3回米朝首脳会談はいつやるのか」だ。この二つの問題をトランプ大統領から聞き出し、金委員長に伝えることで失地を回復しようとしている。 北朝鮮の首都、平壌(ピョンヤン)は今、在スペイン大使館襲撃事件の衝撃に揺れている。盗まれたコンピューターには暗号解読の文書が入っていた。このため、海外公館や工作員に暗号文書を送れない状態にある。さらに、これまでの文書や指示が全て米国に解読されたと考えている。2018年4月、板門店宣言に署名後、共同発表に臨む韓国の文在寅大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(韓国共同写真記者団・共同) この襲撃事件は、単に反北朝鮮団体のハプニングか、米中央情報局(CIA)の仕業か、それともトランプ政権が北朝鮮崩壊を狙ったいわゆる「金正恩斬首作戦」の一環なのか。北朝鮮首脳部は判断に苦しんでいる。 もしトランプ政権による意図的な「作戦」なら、米朝首脳会談を中止して、核とミサイル実験を再開するしかない。だが、実験再開はより強硬な対北朝鮮制裁を招くと苦悩を深めている。文在寅、最大の「心配の種」 平壌の混乱を知らされた文大統領は、「米朝仲介役」である自分の出番と誤解し、トランプ大統領に「スペイン大使館襲撃」の真実を聞き出し、金委員長にその回答を伝えることで、恩義を売ろうとしているわけだ。でも、トランプ大統領は「知らない」と答えるだろう。 また、文大統領は、米朝両国がひそかに第3回の首脳会談の準備や接触をして、「韓国外し」を行っているのではないかと憂慮している。そのために米朝の動きを聞き出そうとしている。 文大統領がもう一つ心配しているのは、日朝首脳会談の動きだ。拉致問題を担当する菅義偉(よしひで)官房長官の5月訪米に、韓国が強い関心を寄せている。 韓国に、日本の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関係者から「自分たちが日朝首脳会談の準備をしている。菅と接触している」との連絡も来たが、たぶん偽情報だと思われる。平壌からは、高官の間で「米朝がダメなら、日朝首脳会談がある」との意見もある、との動きも入った。「内閣官房参与が近く訪朝する」との情報も東京の韓国大使館から届いた。 韓国は、南北関係より先に日朝関係が前進するのを常に妨害してきた。韓国の大統領が訪朝できないのに、日本の首相に訪朝されてはメンツを失う。このように、「文在寅訪米」の背後では多くの情報工作が展開されているのである。 公安関係者によると、北朝鮮の工作機関につながる組織が平壌に「安倍はいつでも動かせる。われわれの思うままだ。安倍が膝をかがめ、日朝首脳会談をわれわれにお願いしてきた」と連絡している、という。2018年5月、日中韓サミットを前に記念撮影に臨む安倍晋三首相と韓国の文在寅大統領(代表撮影) 平壌では、金委員長が朝鮮総連の情報を信用せず、「総連幹部は、金日成(キム・イルソン)主席と金正日(キム・ジョンイル)総書記にウソの報告ばかりしてきた」と述べている事実が知られている。北朝鮮問題では「百鬼夜行」の工作が展開される。官邸の内外に、北朝鮮工作機関の手先がいるのではないかと、危惧する声も出ている。■ 米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■ 「日本を奴隷扱い」文在寅の外交ゲームを攻略するベスト戦術

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    朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない

    山岡鉄秀(AJCN代表) 2018年、私はケント・ギルバートさんとともに朝日新聞を追及し、その結果を『朝日新聞との対決全記録』という一冊の本にまとめた。 われわれが当初追及したのは、朝日新聞が英語版でひそかに続ける「慰安婦強制連行プロパガンダ」だった。2014年8月、朝日は吉田清治証言に基づく「虚報」を撤回して謝罪した。ところが、iRONNAでも指摘したように、英語版では「強制連行と性奴隷化」を想起させる表現を使い続けていたからだ。(Comfort women, who were forced to provide sex to Japanese soldiers before and during World War II. 第二次世界大戦前と最中、日本兵に性行為を強要された慰安婦) 朝日新聞はわれわれの問いかけに対し、「慰安婦とされた女性の訴えは人によって、あるいは時期や場所、戦況によって大きなばらつきがあり、個々の状況全体を総合して具体的に説明するのは困難です」と回答した。「慰安婦の多様性」を認めながらも、前述の画一的な表現を改めることは拒否したのである。 その後、同様の表現を使用していた英字紙ジャパン・タイムズが編集方針を改め、そのような表現を今後は使用しないと宣言した。しかし、朝日新聞はわれわれとの交信で自己矛盾を露呈しながらも、方針変更についてはかたくなに拒否した。 そんな朝日新聞は、まるでウルトラセブンに追い詰められ、隠密行動を放棄した宇宙人が巨大化して街を破壊するような行為に打って出てきた。いよいよその暴力性を隠す気も無くしたようだ。最新の例を二つ挙げよう。 韓国が慰安婦に関する日韓合意を事実上破棄したことを受けて、朝日新聞は「慰安婦財団、残したものは」という記事を掲載した。これは日韓合意を受けて韓国側が設立した「和解・癒やし財団」の活動を振り返る記事だが、慰安婦に関する説明が添えられている。そこには次のような記述がある。 戦時中、日本軍の関与の下でつくられた慰安所で、朝鮮半島出身の女性が将兵の性の相手を強いられた。(筆者注:強いられた=forced to provide sex)「慰安婦財団、残したものは」2019.01.28 朝日新聞東京本社版朝刊 6ページ われわれの追及の過程で、朝日新聞が虚報を撤回したことを認めた記事を、利用者が特定のウェブページを訪問することを防ぐようにする「メタタグ」などを使用して検索できないようにしていたことが発覚した。朝日新聞は慰安婦問題に関してはもはや逃げ隠れせず、日本語の世界でも「強制性」を事実として流布することを決めたようである。どんなことをしてでも、日本と日本人を貶(おとし)めたい朝日新聞の執念が感じ取れる。朝日新聞東京本社ビル=2018年10月(宮崎瑞穂撮影) しかし、日本語版では無難な記事を書きながら、英語版で徹底的に日本を貶めるという、朝日新聞の作戦は終了していない。先般閣議決定された、いわゆる「アイヌ新法案」をめぐる記事の日本語版と英語版の齟齬(そご)には驚きを禁じ得なかった。日本語と英語「凄まじい違い」 ここで、2019年2月18日に朝日新聞デジタルで配信された日本語記事を紹介する。先住民族の明記評価 自治体「格差」懸念もアイヌ新法案 閣議決定 国のアイヌ政策の基本となるアイヌ新法案が15日、閣議決定された。アイヌ民族を「先住民族」と明記し、差別禁止やアイヌ文化にかかわる特例措置などを盛り込んだ。法案を評価する声が聞かれる一方、自治体により「格差」が生じると心配する声もある。政府は今国会の成立を目指す。 次に英語版を見てみよう。英語表記と和訳を併記する。こちらは一足早く2月6日に配信されている。Bill finally recognizes Ainu as indigenous people of Japan(法案はついにアイヌを日本の先住民だと認める)After more than a century of forced assimilation and discrimination that nearly blotted out their culture, the Ainu are finally to be recognized as indigenous under legislation to be submitted to the ordinary Diet session. (アイヌの文化をほぼ壊滅させた1世紀以上にも及ぶ強制的な同化政策と差別の果てに、ついにアイヌ民族を法的に先住民族と認める法案が通常国会に提出される) このすさまじい違いは何を意味するか。 この表現では、日本政府が今回の「アイヌ新法」でアイヌを先住民と正式に認めることが、「アイヌ侵略史観」まで公式に認めたと受け取られかねない。「そんなつもりはない」と日本政府が言っても、明確に説明(立論)しなければ、自動的にそうなる。これに朝日新聞が食らいつかないはずがない。それが前述の英語記事につながるわけだ。 日本政府は、アイヌを正式に先住民と認め、さらに手厚く支援することで国際社会の心証が良くなることを期待しているのだろうか。ひょっとしたら、人気漫画『ゴールデンカムイ』のイメージを利用して観光資源になることまで考えているのかもしれない。 2018年12月末、いつの間にか「アイヌ担当大臣」という新たなポストが設置され、公明党の石井啓一国土交通相が指名されたことを知らない人も多いだろう。そして2020年4月には北海道白老町の8600平方メートルの敷地に国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園がオープンする予定だ。このように、東京五輪に合わせて海外向けの情報発信が急ピッチで進んでいることもあまり知られていない。2018年12月、北海道庁赤れんが庁舎の外壁に浮かび上がる、アイヌ文化を紹介する「プロジェクションマッピング」 日本政府は、この政策によって「南京大虐殺」「慰安婦強制連行」「徴用工」などに続いて、「アイヌ侵略」が日本政府公認の歴史的犯罪として世界に拡散される危険性を理解していない。慰安婦に関する日韓合意によって、「慰安婦性奴隷説」は世界で定着した。今後、前述の朝日のような「日本人の犯罪としてのアイヌ侵略」を強調する英語記事が世界中にますますあふれてしまえば、日本人は永遠に税金を使って償い続けることを余儀なくされるだろう。 政府は慰安婦問題で、あれほど日本の名誉を貶められ、国益を損ねながら、またもや進んで情報戦の餌食になってしまった。ここぞとばかり牙をむく朝日新聞の高笑いが聞こえてきそうである。■「慰安婦は誰が強制したのか」曖昧な英文記事、朝日のヘリクツ■慰安婦を「ゲスな演出」でアピールする韓国に反論してもムダである■慰安婦問題で韓国に「無条件降伏」し続ける外務省のホームページ

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    金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか

    重村智計(東京通信大教授) ベトナムの首都、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談(2月27、28日)は、なぜ決裂したのか。その謎を解くカギが明らかになった。実は会談後に、米情報機関が次のような情報を入手していたのである。 「北朝鮮軍は核とミサイル実験の中止、非核化に反対している。北朝鮮の指導者は軍をコントロールできていない。クーデターの可能性がある」 3月15日、この情報を北朝鮮の外務次官が公式に認めた。各国の情報関係者に衝撃が走り、「金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と軍部は緊張関係にある」との分析が広がった。 問題の発言は、15日に行われた北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の記者会見で明らかにされた。この記者会見は、米AP通信が「米朝非核化交渉中断」「近く指導者が重大声明」などの見出しで世界に報じたが、取材記者や専門家に見過ごされた「重大発言」があった。 崔次官は首都、平壌(ピョンヤン)での会見で、次のように述べていた。ちなみに、北朝鮮の外務次官は数人おり、崔氏は筆頭次官ではない。 「人民と軍、軍需工業の当局者数千人が決して核開発を放棄しないように、との請願を金正恩委員長に送った。それにもかかわらず、金正恩委員長は米朝首脳が合意した約束に互いに取り組み、信頼を築き、(非核化を)一歩一歩、段階的に推進するつもりだった」(AP通信) ここで言う「人民」とは、核開発に携わる科学者などの軍事関係者を意味する。「軍需工業」は、党の軍需工業部を中心とした組織を指し、ミサイルや核兵器を製造している。これらの人々が個別に請願書を送ったか、連名で伝えたかは明らかにされていないが、恐らく「連名」での請願書であろう。2019年3月15日、平壌で記者会見する北朝鮮の崔善姫外務次官(中央)(AP=共同) 崔次官の発言は、独自で勝手に行ったものではない。あくまでも金委員長の指示で行われたこの声明は、北朝鮮の現状と金委員長を取り巻く平壌の空気を、かなり正直にかつ雄弁に物語っている。平壌で広がる「会談決裂」 指導者と軍の「緊張関係」が、ここまで明らかにされたのは初めてだ。軍に関する情報は常に秘匿されてきたからだ。 北朝鮮を知る専門家の中には、数千人の軍関係者が指導者に「非核化反対」の意思を表明した事実に疑問を感じ、この発言を「黙殺」したようだ。反対する軍幹部を次々処刑した独裁者に、軍人が「反対」を表明できるはずがない、と受け止めたのかもしれない。 だが、「数千人の軍人の請願」はまず事実であるという。昨年、韓国に亡命した脱北軍人たちは「軍が非核化に反対し、金正恩を批判している」と証言していた。平壌でもそうした噂が流れていた。 それに、公式声明で「数千人が請願」と記録しておきながら、後で嘘だと分かると、指導者の信頼は失われる。だから、各国の情報関係者は嘘ではないと判断したのである。 崔次官の声明は外国人に向けられたもので、国内では報道されていない。しかし、既に平壌では噂が広がっているという。最近では、こうした情報が中国から携帯電話を通じ、瞬時に平壌に広がる。 北朝鮮の報道機関は「米朝首脳会談成功」を大々的に報じたにもかかわらず、「会談決裂」の噂が平壌で広がっているという。しかも、話に尾ひれがついて、「ハノイから帰国の列車内は、お通夜のようだった」との流言まで飛び交っているらしい。2019年3月5日、平壌駅で出迎えを受ける北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同)金正恩氏が帰国 北朝鮮は公式には、指導者が軍を掌握し、軍も完全に従っている、と説明してきた。また、軍の反乱やクーデター計画の報道もはっきり否定してきた。 それなのに、なぜこのタイミングで「非核化反対請願」を明らかにしたのか。軍が指導者の決断に反対を表明すれば、やがてはクーデターにも発展しかねない。 崔次官の記者会見は、民主主義国で行われる普通の会見ではない。一方的な「声明発表」であり、参加者の質問を受け付けなかった。それに、平壌駐在の外交官や報道機関は北朝鮮側の要請で集められている。つまり、どうしてもこの時期に声明を発表する必要に迫られたということが分かる。会談5日前の襲撃事件 ところが、「会見」は最悪のタイミングで行われた。中国は、全国人民代表大会(全人代=国会)の最終日であり、当日は李克強首相の会見が予定されていた。当然、中国は「北は失礼だ」と怒る。また、米ワシントンでは、議会がトランプ大統領の緊急事態宣言を否決した直後だった。 結局、米国も中国も大きな関心を示すことはなかった。韓国の報道機関でさえ「軍関係者数千人の請願」を全く伝えなかったのである。 実は、金委員長は昨年、シンガポールでの米朝首脳会談の冒頭で「ここまで来るのは大変だった、多くの困難や妨害を克服した」と述べていた。当時から、軍部の強い反対に直面していたわけだ。 さらに「軍の反対を抑えながら非核化を進めるには、段階的な交渉と解決しかない」と、金委員長は第1回首脳会談で繰り返し強調していたという。トランプ大統領も一時は「非核化は時間をかけてもいい」と発言し、北朝鮮の指導者の立場を理解する様子も見せていた。それなのに、第2回首脳会談でトランプ大統領が突然態度を変えた、というのが北朝鮮の「責任回避」の理屈のようだ。 この記者会見に関連して、各国の情報機関が注目する事件があった。米朝首脳会談5日前の2月22日、スペインの北朝鮮大使館が何者かに襲撃され、コンピューターや携帯電話が持ち去られた事件である。 ところが、北朝鮮大使館は被害届を出さず、スペイン警察の捜査は進んでない。不思議なことに、北朝鮮政府も公式の抗議声明を今も出していない。2019年2月、ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイでの夕食会で談笑する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ホワイトハウス提供・ゲッティ=共同) このため、盗まれたコンピューターや携帯電話の中に、核開発に関する秘密情報があったのではないか、との推測が広がっている。この秘密情報に怒ったポンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官が、これまでの方針を変更し「全面的な核放棄が、制裁解除の条件」と強硬策に転じたのではないかというのだ。 米国との交渉を担当した国務委員会の金革哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表が、ハノイ首脳会談前までスペイン大使を務めていたこともあり、さらなる謎を呼んでいる。■ 米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人■ 米朝再会談、非核化の先にある金正恩独裁「崩壊へのカウントダウン」■ 金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

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    自衛隊「萌えキャラ」ポスター、セクハラ批判の偏見こそ異常である

    藤本貴之(東洋大学教授) 自衛隊滋賀地方協力本部が人気アニメ『ストライクウィッチーズ』のキャクラターを起用して制作した自衛官募集ポスターに対し、「セクハラである」「児童ポルノである」として批判が起きた。3月1日には、同本部は掲示していた全てのポスターを撤去し、ホームページからも削除されている。 今回の騒動は「セクハラが指摘される萌えキャラ(アニメ絵)を利用した自衛隊は不謹慎」という流れで収束しつつある。しかし、その批判には偏見と先入観に基づいた「不謹慎狩り」や、「自衛隊=不謹慎」という印象操作のためのミスリードともとれる動きも散見され、本質から大きくズレた展開となっている。 本稿では今回の騒動を整理しつつ、「自衛隊ポスター=セクハラ」批判が持つ問題点について考えたい。 自衛隊に限らず、税金を使った公的な組織の広報でアニメとのコラボや「いわゆる萌えキャラ」を使うことに対する批判的な論調は少なくない。公的な組織の広報にはアニメや漫画のようなものではなく、より真面目な印象の素材を利用すべき、という発想だ。 この背景にあるのは、萌えキャラ的な素材を使うことで受ける「軽さ」である。「何がマジメか」という議論はさておき、萌え絵やアニメ・漫画を用いることで、親近感とともに「軽さ」は必ず発生する。そしてこの「軽さ」には、暗に「不謹慎」というメッセージも含まれているだろう。 一方で、若者への訴求力から、公的な組織の広報にもアニメや漫画といった身近なポップカルチャーが利用されることも近年では一般化している。もちろん、それらは通常の広報手法の範囲内であると考えられ、今回のように大きな批判の対象となるようなことはまれである。 何よりも、今日の若者層にとって、アニメ調の萌えキャラは極めて身近で、強いアイキャッチを持つ。実際、若者向けのサービスや商材に描かれるキャラクターで萌えキャラになっているものは分野を問わず多い。 例えば、文学作品(古典や文豪の作品でさえ)の文庫本などは、以前であれば、古めかしい和柄や幾何学文様などで装丁されたものが多かったが、今日ではカバーの多くにアニメ調の絵や萌え絵が採用されている。教科書や参考書、宗教関連の書籍でさえ、萌えキャラが積極的に利用されているのが現実だ。鮮やかな表紙が目を引く「新潮文庫nex」。シリーズ名には、漫画やライトノベルの読者が「次」に手に取る小説、といった意味が込められているという=2014年9月1日 その傾向は企業や公的な組織に限ったことではない。例えば、日本共産党が人気アニメ『アンパンマン』や原作者、やなせたかし氏を広報に利用してきたことは有名である。これも組織広報のマーケティングとしては正しい。共産党のどんなメッセージよりも『アンパンマン』の訴求力の方が強いことは明らかであるからだ。 他にも、2017年に『文豪とアルケミスト』という芥川龍之介や太宰治、夏目漱石といった日本の文豪たちを美少年キャラとして描いている人気ゲームを、日本共産党が広報利用して批判されたことは記憶に新しい。 日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が、ゲームに登場する「美少年」のプロレタリア作家、小林多喜二の特集を組み、ゲーム人気と党への理解を重ね合わせてミスリードする手法が、ゲームファンたちから「ゲームを政治利用するな」と批判された、あの騒動である。自衛隊=不謹慎との印象操作 ゲームファンたちの想いはさまざまにあるとは思うが、組織の広報としては、人気ゲームに関係者が採用されていれば、政治利用でもビジネス利用でもするのが賢明な判断である。日本共産党も若手党員の確保は最重要課題であろうから、少しでも若者層にコミットできるチャンスがあれば、批判を覚悟してでも、それを最大限に利用するのは当然のことだ。 そういった事例からみても、自衛隊が若手人材の確保のために人気アニメを起用した広報をすることは、費用対効果や訴求力を考えれば妥当であり、その営業努力に敬服こそすれ、なんら批判すべき対象にはなり得ない。誰にも読まれることなく公民館などに山積みされている「ありふれた広報誌」より、はるかに税金の有効活用だろう。まずはこの前提に立つことが重要だ。 さて、今回の騒動で最大のポイントと言えば、自衛官募集ポスターに描かれたキャラクターのミニスカート姿が、見方によっては「下着が見える」という批判である。これが「セクハラだ」「児童ポルノだ」と接続されて炎上が広がった。「アニメでの設定は下着ではなくズボン」という同本部の説明に対しても、まだ批判が鳴り止まない状況だ。 例えば、大阪大の牟田和恵教授(ジェンダー論)は「自衛隊が性的なメッセージを含んだ幼い女の子を使っているのが問題(中略)女性自衛官も募集しているはずだが、誰に向けてメッセージを発しているのか」(京都新聞)と指摘した。 しかし、一見まっとうに思えるこういった指摘も、その実態は萌え文化への偏見を踏み台にしつつ、「自衛隊=不謹慎」という印象操作のために単なるミスリードを展開しているにすぎないように感じる。 設定を超越した「下着に見える、ズボンには見えない、性的だ」などは個人の主観に過ぎず、批判の争点には決してならないからだ。 コンテンツがどう見えるか、という「見え方の問題」と、作り手がどういう設定で作ったか、という「設定の問題」の関係性においては、設定の側にしか正解はない。もちろん、コンテンツによっては「見え方」と「設定」の解釈論争としての議論はあるだろう。しかし、今回のようなセクハラ問題に置換されるような議論ではない。 例えば、宮崎駿監督のアニメ『風の谷のナウシカ』は「世界自然保護基金(WWF)推薦」「文化庁優秀映画製作奨励賞」なども受賞した老若男女に愛される名作だ。しかし、一部で「ナウシカの描写は性をイメージさせる」と指摘されたことがある。スタジオジブリのアニメ映画監督・宮崎駿さん(漫画家、アニメーター)=2016年11月13日、京都市中京区(寺口純平撮影) 具体的には主人公の少女、ナウシカがメーヴェ(小型飛行機)に乗って空を滑空するシーンでスカートの中が頻繁に見える。タイツを履いている設定ではあるが、それが「下着をつけていないように見える」ということが物議を醸したのである。 この時は「タイツを履いている設定であり、うがった見方をする方がおかしい」というまっとうな反論によって笑い話として収束した。しかし、「下着を履いていないように見える」という指摘も事実ではあった。いずれにせよ、それに対する「タイツを履いている=裸ではない」という根拠も、制作上の設定に過ぎないのである。無理解を通り越した冒涜 今回の自衛隊ポスターの「下着か、ズボンか」という議論も、『風の谷のナウシカ』の「裸か、タイツか」の議論と本質的には同じであろう。にもかかわらず、ナウシカが「当然、タイツ」であり、一方で自衛隊ポスターが「下着に見える」として批判されてしまう違いはどこにあるのか。偏見と先入観であるとすれば、制作母体によって扱いが変わるダブルスタンダードであり、不謹慎狩りの亜流でしかない。 それがもし、自衛隊批判を盛り上げるための「自衛隊=不謹慎」という印象操作のためのミスリードであるとすれば、ポップカルチャーを踏み台にしたイデオロギー論争に他ならず、日本を代表するポップカルチャーである萌えキャラ文化への無理解を通り越した「冒瀆(ぼうとく)」でもある。言うまでもないが、自衛隊以外にも、美少年・美少女アニメや萌えキャラを利用した広報などはいくらでもある。(コンテンツの扱われ方については、拙著『パクリの技法』もご参考ください) 牟田氏らに象徴される前述の指摘は、現状の若者文化への乏しい理解と、絶えて久しいステレオタイプなオタクイメージの中で、「萌えキャラ=美少女キャラ=性的イメージ」をつなげている。これは、日本のポップカルチャーを貶める非常に危険な理解と感性だ。「美人は性格が悪い」という偏見と何ら変わらない。 実際の自衛隊ポスターを見る限り、描かれているのは、よくある、どこにでもある「萌えキャラ」でしかない。むしろ、近年の流行を踏まえれば清楚(せいそ)で地味なくらいだ。少なくとも筆者にはポスターから「性的なメッセージを含んだ幼い女の子」が強調された印象を感じることはできない。 そもそもアニメ調の萌えキャラを好むのは男性だけではない。若い女性層も男性以上に好み、消費している。同人活動などの現場で萌えキャラ文化をけん引しているのは、女性作家や女性ファンたちである。萌えキャラの受容対象として20世紀末型のステレオタイプな「オタク像」を一般化させた認識は偏見でしかないのだ。 むろん「自衛隊のような組織は、若者に迎合したポップなデザインは利用せず、地味でも堅い印象のものを起用すべき」という主張はあり得るし、そこから撤去やデザイン変更の議論が起きることもあるだろう。そういった議論が起きることには筆者も異論はない。※写真はイメージです(GettyImages) しかしながら、自衛隊が広報に起用したアニメキャラクターの中に、設定外の「下着」を見つけ出し、「セクハラである」「児童ポルノである」という批判を展開し、撤去にまで至らしめる今回のケースはそれと大きく異なる。表現の是非、ワイセツか否か、といったものとは違う次元からのアプローチであり、これはコトの本質や論点を大きくゆがませる。 もちろん、自衛隊に限らず、税金を利用している以上、度を過ぎた表現は許されない。しかし、今回のケースが、ポスター撤去にまで至らしめるまでの「度を過ぎた表現」なのか、についても改めて考えてみてほしい。

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    「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか

    木下徹郎(弁護士) 2月からフランチャイズ契約に反して24時間営業を止めたコンビニ最大手、セブン-イレブン・ジャパンフランチャイズ加盟者の松本実敏(みとし)さんは、19時間営業となった今も1日13時間、大阪府東大阪市内の店舗で働いている。24時間営業をしていたときは1日16時間も就労していたという。 筆者は中央労働委員会で、コンビニフランチャイズ加盟者を組織した労働組合が、労働組合法の適用を受けるかが争われている事件の組合側代理人として、複数の加盟者の就労実態に触れてきた。その経験から、松本さんが店舗運営上置かれている状況は、彼特有のものではなく、決して珍しくないものであると言える。またセブン-イレブンのみの問題でもなく、他のコンビニフランチャイズの加盟者に共通する問題である。 なぜ松本さんのような就労実態が加盟者の間で多くみられるのか。全国の松本さんたちのような店舗の「運営の仕方」に問題があるせいなのか。確かに複数店舗を運営し、発注、接客、商品の検品、陳列、清掃等店舗実務はスタッフに任せ、自身はこれらに直接は携わらないという加盟者もいる。しかしその数は加盟者全体で見れば少ない。店舗運営の巧拙だけでは片付けられないフランチャイズシステムの構造的な問題に大きな原因があると考える。 コンビニフランチャイズでは、フランチャイザーがコンビニシステムを提供し、加盟者は店舗の粗利益の一定割合をその対価(ロイヤルティー)として支払う。その割合は、フランチャイズの契約タイプによって異なるが、店舗の土地建物や什器(じゅうき)を所有しない加盟者だと、相当高いものである。 他方で、加盟者はロイヤルティーを支払った残りから、人件費をはじめとする店舗運営にかかる営業費用を捻出し、残ったものが自身の収入となる。多くの場合、この収入は加盟者とその家族の生活を支える糧となる。セブンーイレブンのスタッフ(佐久間修志撮影) 営業費用がかさみ、その結果収入が足りない状況に陥った場合、加盟者はその生活を支えることができない。他方、自身やその配偶者が店舗実務にあたることで人件費が抑えられ、結果自身の収入につなげることができる。多くの加盟者が松本さんのように相当長時間店舗で就労をするのは、自身の収入、そして多くの場合生活の糧を確保するためであると考えられる。 加盟者の収入を決める要素は複数ある。店舗の売り上げ、人件費をはじめとする営業費用、商品の廃棄量、ロイヤルティーの割合などである。店舗によって売り上げや営業費用はそれぞれ異なるが、多くの加盟者が松本さんのように店舗運営のために長時間就労していることからすると、そのフランチャイズシステム上の大きな構造的要因は、加盟者間に共通する要素であるロイヤルティーの割合に求められる。24時間営業の悪循環 そして今、一つの構造的な原因が、話題になっている24時間営業である。24時間営業するためには深夜も開店していなければならないが、その分スタッフの深夜割増賃金をはじめとする固定費が加盟者に重くのしかかる。他方深夜帯の日中に比べた売り上げは限定的である。 加盟者にとっては収入につながりにくい一方、専ら自分で負担しなければならない営業費用がかさみ、収入を浸食する。収入と生活の糧を確保するために、深夜帯にシフトに入り、就労する加盟者は多い。いわゆる「ワンオペ」で接客、清掃、商品の検品・陳列を行う加盟者もいる。 これに加えて、近時は人手不足により加盟者がスタッフを確保できず、この穴を埋めるために就労しなければならないようになっているという指摘もある。人手不足の原因も複数あるが、上記の構造的問題と無関係ではない。フランチャイズ契約上、人件費を一手に負担することとなっており、その多寡が自らの収入、そして多くの場合生活の糧に響いてくるような加盟者は、最低賃金またはそれに近い水準でしかスタッフを雇用することができない場合が多い。加えて、社会保険が完備されていない店舗もある。これでは人は集まりにくい。そしてこれが加盟者の就労時間の伸長に拍車をかける。 24時間いつでも開いており、欲しいものが欲しいときに手軽に手に入るコンビニの利便性は疑いようもなく、また地域の安全への貢献も指摘されるところである。しかし、このようないわゆる「社会インフラ」としての価値の代償を、加盟者が不相応に払わされているというべきケースが残念ながら、無視することのできない数の店舗で存在する。これを放置したままではいけない。政府が働き方改革を進め、長時間労働を是正することが政策として掲げられている今日ではなおさらである。 松本さんの問題が広く知られるようになったのと時を同じくして、セブン-イレブンは、直営店舗と加盟店舗とで、時短営業を試行することを発表した。これが全国の松本さんと同じような加盟者の問題を解決する糸口になることを願う。しかしながら、同社は24時間営業の方針を変更したものではないという。セブンーイレブンの店舗(竹村明 撮影) また、長時間就労をもたらす構造的な問題は24時間営業にのみ存在するものではなく、先に述べたようにロイヤルティーの構造やそれがフランチャイザーにより一方的に決められるところにもある。これを機に、24時間営業の是非のみならず、その他の問題になり得る点を洗い出し、コンビニフランチャイズシステム全体の検討がされるべきである。 そしてその検討を充実させ、真に問題に対処できる答えを導くためには、フランチャイザー主導によるトップダウンの検討ではなく、全国に2万以上あるという店舗の加盟者、スタッフ、利用者など各関係者による対話が必要不可欠であろう。セブン-イレブンは松本さんと今後もしっかり話し合うことを表明しているが、より広く対象を広げ、しっかりと話し合う姿勢を取ることを切に期待したい。

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    トランプにノーベル平和賞、安倍首相は「世界の笑い者」と言えるか

    川上和久(国際医療福祉大学教授) 毎年、10月になると「ノーベル賞の季節」がやってくる。ノーベル賞は、言うまでもなく、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的に権威ある賞だ。 テレビの視聴率が安定して取れる話題なのだろうか。「今年は日本人のノーベル賞受賞があるのか?」という話題は、今や「年中行事」化していると言っていいだろう。 特に、近年は日本人のノーベル賞受賞が続いている。2014年からの5年間だけでも、14年の赤崎勇、天野浩(物理学賞)、15年は梶田隆章(物理学賞)、大村智(医学・生理学賞)、16年は大隅良典(医学・生理学賞)、そして18年の本庶佑(医学・生理学賞)と6人の受賞者を出している。 日本人は物理学と化学、医学・生理学の三つの自然科学分野で多数の受賞者を輩出してきたが、ノーベル賞には他に三つの分野がある。1968年に川端康成、94年に大江健三郎が受賞した文学賞と、74年に佐藤栄作が受賞した平和賞、それに経済学賞だ。 自然科学や文学と比較して、平和賞はいかにも異質に映る。実は、平和賞はノーベルがスウェーデンとノルウェー両国の平和友好を祈念して、ノルウェーで授与を行うことにしたため、授与主体がノルウェー政府になっており、その点でも他の分野と異なる。オスロでのノーベル平和賞授賞式で演説するナディア・ムラド氏。「イスラム国」(IS)の性暴力を告発し、2018年の平和賞を受賞した(AP=共同) ちなみに、いまだ日本人受賞者がいない経済学賞は、正式名称を「アルフレド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞」といい、スウェーデンの中央銀行が1969年に始めたものだ。ノーベルの遺言に基づく五つの賞とは明らかに成り立ちが異なる。 そのノーベルの遺言で、平和賞は「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物・団体」に授与することになっている。トランプ氏の「対抗心」 国別で見ると、最も多く受賞しているのは、やはり米国だ。日露戦争の際、ポーツマス講和会議を開催して日露の講和を仲介したセオドア・ルーズベルトが1906年に受賞、国際連盟創設に貢献したウッドロウ・ウィルソンも1919年に受賞している。 そのほか、米国の大統領としては、2002年にカーター元大統領も受賞している。カーター氏の受賞理由は「数十年間にわたり、国際紛争の平和的解決への努力を続け、民主主義と人権を拡大させたとともに、経済・社会開発にも尽力した」とある。 だが、1994年に北朝鮮の核開発で米朝関係が緊張した際、特使として北朝鮮入りしたことを忘れてはならない。会談した金日成(キム・イルソン)主席が、国際原子力機関(IAEA)査察官の駐在継続に同意し、米朝協議が続いている間、使用済み燃料の再処理を凍結すると約束した。 要するに、カーター氏は国連安全保障理事会による北朝鮮への制裁回避に動いたのである。言い換えれば、「北の核開発を結果的に止められなかった元大統領」なのである。 このとき、きちんと北朝鮮への制裁を実行していれば、北朝鮮の核ミサイル開発は今日のような深刻な事態にはならなかったろう。この一事をもってしても、平和賞の選考には毀誉褒貶(きよほうへん)がつきまとう。 これまでノーベル平和賞を受賞した米国大統領は4人いる。最後の一人が2009年に受賞したオバマ前大統領だ。「国際的な外交を強化し、市民の間の協力を高めることに、特別な努力を傾けた」というのが受賞理由であり、その年の4月にチェコ共和国の首都、プラハで「核なき世界」に向けた呼び掛け、「プラハ演説」を行ったことも評価された。そんなオバマ氏へのトランプ大統領の対抗心は、並々ならぬものがある。米国のオバマ前大統領のポスターを掲げる支持者(ゲッティイメージズ) 「カーターなんて、北朝鮮の核開発を助長した張本人じゃないか、オバマだって、オレ以上の『言うだけ王子』だ。オレは、実際に金正恩(キム・ジョンウン、朝鮮労働党委員長)とサシで会談して、核開発を止めさせているし、ミサイルだって発射させてない。行動を伴っているのだ。ノーベル平和賞くらい、オバマにやるくらいなら、オレだってもらったっていいだろう」。邪推かもしれないが、トランプ氏の思いを勝手に推察してみれば、これぐらいは考えているのかもしれない。 韓国の金大中(キム・デジュン)元大統領も、2000年の南北首脳会談で北朝鮮に甘い顔を見せただけで、ノーベル平和賞を受賞した。パフォーマンスとロビー活動での受賞と揶揄(やゆ)されたが、「実質を伴わなくてもパフォーマンスで受賞できる」というノーベル平和賞は、パフォーマンス好きのトランプ氏にはふさわしい、と見るべきか。実害のない「手土産」 しかし、わが国にとっては、北朝鮮がいまだに核・ミサイル開発を中止せず、拉致問題も解決していない現状、韓国があからさまな親北・反日姿勢を強めている状況の中にある。米朝首脳会談という「パフォーマンス」だけで終わられては、日本国民にとってはたまったものではない。 安倍晋三首相がトランプ氏をノーベル平和賞に推薦したかどうかは定かではない。それでも、トランプ氏が国連安保理による北朝鮮に対する制裁をきっちりと継続させ、韓国による「制裁逃れ」への加担を許さないよう強い姿勢で臨んだ場合はどうだろうか。そして、最後のトドメとして米朝首脳会談で、透明性がある形で実効ある核ミサイル開発の断念が保証され、拉致問題が解決に向かえば、「トランプ氏のノーベル平和賞の価値も認めよう」というのが日本国民としての切なる思いだろう。 今回はたまたま、トランプ氏が「安倍首相からノーベル平和賞に推薦された」と暴露し、想定外のパフォーマンスとなってしまった。それでも、反日政策に凝り固まった韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領や、わが国固有の領土である北方領土の返還交渉に後ろ向きの姿勢を鮮明にしているロシアのプーチン大統領だったら「推薦に値しない人物」という激しい反発が湧き起こっただろう。 中距離核戦力(INF)全廃条約からの脱退を表明するなど、米朝会談以外の政治姿勢は、ノーベルの遺言から考えれば、平和賞にほど遠い。もし本当に推薦したとするならば、今のノーベル平和賞の価値から考えると、安倍首相にとっては実害のない「手土産」くらいの感覚だったのだろうか。 実は、安倍首相の祖父である岸信介元首相も、1960年に日米安保条約を締結したことの評価だろうか、ノーベル平和賞に推薦されたことがある。「かつて祖父が推薦された」という意味で、推薦のハードルも下がったのかもしれない。 朝日新聞が社説で「外交辞令では済まされぬ、露骨なお追従」と批判しようとも、野党が「(推薦が)世界の笑い者」とバカにしても、北朝鮮が核ミサイル開発を断念し、拉致問題を解決すれば、「こういう結果を見越して私は推薦した」と胸を張って言うだろう。また、相変わらず北朝鮮が核ミサイル開発を続け、拉致問題が解決せずに、米朝首脳会談がパフォーマンスに終われば、ダンマリを決め込めばいいだけの話である。2018年4月、米フロリダ州パームビーチでの首脳会談前にトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍首相(共同) 「政治は結果責任」とは言うものの、「推薦」という結果責任を問われない行為は、内外に課題が山積している安倍首相にとっては、些末(さまつ)な出来事かもしれない。しかし、内外の課題に対応し、トランプ氏へのノーベル平和賞推薦が些末な出来事だと国民から評価されるような政治に邁進(まいしん)できるのか。 郷里の長州藩士、桂太郎を超える憲政史上最長の通算首相在任日数のカウントダウンが始まり、来年の東京五輪・パラリンピックも控える中、最大の「落とし穴」は7月に予定されている参議院選挙だ。今回の推薦は、トランプ氏のパフォーマンスが自らの支持率に響かないように、と水面下で行っていた可能性が高い。安倍首相にとってはバラされたくなかった事実かもしれないが、それでも野党やマスコミの批判など「痛くもかゆくもない」と高をくくっているに違いない。(一部敬称略)■ 安倍三選に支配された自民党の空気が「悪しき記憶」と重なる■ 「反トランプ」のうねりはなぜ起こらなかったのか■ 政治利用される「ノーベル平和賞」 憲法9条は道具に過ぎない

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    竹島の日「ほとほと嫌になった」日本人の韓国疲れ、原因はこれだった

    重村智計(東京通信大教授) 2019年3月1日、韓国は日本統治からの独立を目指した「3・1独立運動」から100年目を迎える。その直前の2月27、28日には、2回目の米朝首脳会談がベトナムのハノイで開かれる。 その場で、両首脳ともに会談成功を世界にアピールすることは間違いない。韓国では、米朝首脳会談と南北首脳会談への期待から、「3・1独立運動」記念の反日式典は盛り上がらないだろう。 そのような中で、今後の朝鮮半島情勢はどうなるのか、島根の報道関係者が私のもとに取材に来た。最近の日韓関係の悪化や自衛隊機へのレーダー照射問題、米朝首脳会談の行方、拉致問題など、一連の朝鮮半島問題について聞かれた。特に気になったのは、やや奥歯に物が挟まったような口調で「『竹島の日』記念式典はどうしたらいいですかね?」と最後に尋ねられたことだった。 その言葉には、公(おおやけ)には言いにくい思いが伝わってきた。私も新聞記者だったので、気を使いながら率直に質問の理由を聞いた。 実は、島根県内で「竹島の日式典をもうやめたらどうか?」との空気があるという。県外ではうかがい知れない「竹島の日疲れ」のようだ。でも、私は竹島の領有権を主張する根拠を失うから、「式典を続けるしかない」と伝えた。「竹島の日」記念式典は島根県の歴史的使命と思わなければならない。 竹島問題は複雑だ。日本国民や島根県民全てが「竹島評論家」であり、一家言ある。一方で韓国政府の反発も強い。ひとたび発言すると、誹謗(ひぼう)中傷の嵐に巻き込まれ、韓国側の抗議も毎回受けることになる。式典実施が「ほとほと嫌になった」という島根の感情は理解できる。 この現象は、私が朝鮮問題に取り組み始めた1970年代初めから続く「韓国病」「朝鮮病」に連なるものだ。1975年に韓国に留学した私は「韓国経済は発展する」「北朝鮮は経済危機」と書いたら、「韓国の手先」という非難や誹謗中傷の嵐が、88年のソウル五輪のころまで続いた。一方、94年には「北朝鮮は石油がないから戦争できない」と書くと、「北朝鮮の手先」と批判された。「工作国家」である韓国と北朝鮮、一方の立場を代弁しながら「敵」を非難し合う、まるでエージェントのような人間が日本国内にも大勢いたからである。2018年6月12日、会談で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(AP=共同) だが、誤った「世論」との戦いは新聞記者の「生きがい」だった。報道の自由を守る新聞社と先輩記者、友人に支えられながら主張を続けた。 周知のように、竹島の帰属は日韓基本条約では「棚上げ」された。もし、当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が「日本の領土」と認めていたら、朴政権は崩壊しただろう。「竹島の日疲れ」の根元 韓国は、国民をあげて竹島にこだわった。この感情と世論は日本人には理解できない。国家を失った民族の「国土侵略阻止」への信念である。 1965年に日韓基本条約交渉に合意し帰国した韓国側の代表は、空港で「竹島は韓国の領土と認められた」と宣言した。これが韓国民の原点である。しかし、日本政府が抗議することはなかった。 日韓両政府は、それぞれの政府が「自国の領土」と国内に説明することを「黙認」した。また、日韓閣僚会談などで双方が「竹島(独島)は、わが国の領土とそれぞれ主張し、記録に残す」儀式を行うが、公表しないことにした。ところが、この儀式による「棚上げ方式」は、1979年の朴政権の崩壊で忘れ去られてしまった。 「竹島の日疲れ」の根元は、単なる県レベルの問題ではない。日本の将来と国際的な地位や役割と直結する問題であると考える必要がある。 では、最近の日韓対立と、「韓国に軽く見られる」最大の原因は何か。それは、日本が20年以上も経済成長しなかった事実にある。 日本の国内総生産(GDP)は1994年からほとんど成長していない。約500兆円のままだ。バブル崩壊で生じた「経済成長は悪」「量より質」の世論もあってか、日本政府はあまり成長政策に乗り出すことはなかった。 一方、韓国のGDPは94年の約5倍に成長した。何よりも、一人当たりの名目GDPが日本に接近している。日本は約4万ドル(約400万円)前後で推移しているのに対し、韓国は3万2千ドル(約320万円)に激増している。2018年2月22日に松江市で開かれた「竹島の日」記念式典(宮沢宗士郎撮影) 20年前は、日韓の格差がおよそ4倍であった。韓国民は確実に豊かになっているのに、日本国民の生活は停滞したままだ。5年前には、国際通貨基金(IMF)が、やがて韓国の一人当たりの国民所得(GNI)が日本を追い抜くとの分析も出していたほどだ。 一人当たりのGDPは、その国の大卒初任給と一致するという。その格差が大きいと「貧富の格差の激しい国」と言われる。議長の「妄言」も茶飲み話 この現実の前に、韓国民に「日本から学ぶものはなくなった」という感情が生まれ、日本への尊敬の念が消滅した。単なる「反日感情」のみを原因にすると、日韓の真実から目を背けることになる。 韓国と韓国民には「長い間、日本に我慢した」という思いがある。経済面では、日本からの投資に頼り、企業経営を学んできた。冷戦下では、安全保障面でも日本に頼らざるを得なかった。冷戦崩壊と南北融和の進展により、韓国民は安全保障上の脅威がようやく消えたと感じている。 さらに、経済や安全保障面で「中国依存」が高まり、日本の必要度は急速に低下した。これが、日本にとっての「不都合な現実」なのだ。 米紙のインタビューで飛び出した文喜相(ムン・ヒサン)国会議長の「天皇が元慰安婦の手を握って謝れば解決する」という発言は、普通の韓国民が「お茶飲み話」でよく語る話だ。「普段からの持論で、10年前から話してきた」と発言撤回を拒否した文議長も、そうした茶飲み話を日本の政治家に語っていたのかもしれない。もしそうならば、日本側も「それは無理です」と反論し、日本人の「天皇への思い」を説明しなくては、「日本側も受け入れた」と勘違いする。 韓国では、戦後の日本の変化や天皇の地位について学ぶことはない。日本国憲法に関する説明もない。「歴代首相や天皇の謝罪」についても、教科書には全く書かれていない。 これは、日本の教科書や教育でも同じだ。両国の戦後の社会変化と文化理解への教育と教科書がないのも「不都合な現実」だ。「日本が何度も謝罪した」という事実は、韓国民と日本人の常識になっていないのである。 米朝首脳会談は、世界の視聴者に向けた両首脳の「テレビ・ショー」である。トランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は成果があったように演出する「天才」だ。2人は演出と演技による「成功」では、完全に一致している。だから、トランプ大統領は「良い関係だ」というのだ。2019年2月、米ワシントンにある大韓帝国時代の施設を訪れた韓国の文喜相国会議長(聯合=共同) トランプ大統領としては、米国との戦争も辞さなかった国際的な「問題児」に市場経済と経済発展を教え、平和に導いたという「感動的なドラマ」を米国民に示せば大成功なのだ。 その裏には、核とミサイル実験中止を継続できれば、米国民が「非核化の遅延を問題にしない」というトランプ大統領の判断がある。米朝首脳会談の成功と南北関係の進展により、韓国の対日関心がますます「低下」することは避けられない。■ 日韓ガチンコ勝負、竹島問題「へそ曲がり」のススメ■ 韓国に竹島を売った元日本人「保坂祐二」なる人物を知っているか■ 韓国に奪われた竹島を取り戻すために日本がやるべきこと

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    『日本国紀』論争、久野潤「呉座氏は私の問いに真摯に答えよ」

    久野潤(大阪観光大学講師) 先月、iRONNAで百田尚樹著『日本国紀』への批判に対する論稿(以下「1月拙稿」)を執筆した。それに対して言論サイト「アゴラ」上で、歴史学者の呉座勇一氏から思いも寄らぬ激しい口調での反応があった。・「『日本国紀』監修者・久野潤氏の反論に応える①」(以下「再反論①」)・「『日本国紀』監修者・久野潤氏の反論に応える②」 本稿は批判内容に対する再反論よりも、「反論に応える」のならば、ちゃんと1月拙稿(執筆時点では特に回答を求めるものではなかった)で提示した問いかけに答えてほしい、そして悪質な匿名ネットユーザーを巻き込んで展開するのが果たして建設的議論になるのかということを問うものである。 そして、著者ではなく監修としてお手伝いした私が個別の記述について反論するのは本来僭越(せんえつ)であろう。一つの著書をめぐって、そんな構図で大々的に行われた議論を私も寡聞にして知らない。とはいえ、呉座氏が再反論①でこだわって指摘する以下の点にだけは念のため回答しておかねばなるまい。 太平洋戦争で日本が「ベトナムとカンボジアとラオスを植民地としていたフランス」を相手取って戦った、という記述(初版本、391p)は些細なミスでは片づけられない致命的な錯誤である。 『日本国紀』自身が記しているように(381p)、ナチスドイツに敗れたフランスでは親独傀儡のヴィシー政権が成立しており、日本はヴィシー政権の了解を得た上で北部仏印、さらには南部仏印に進駐している。これを見たアメリカは1941年8月に対日全面禁輸に踏み切った。南部仏印進駐は日米関係を決定的に悪化させ、日米開戦を不可避のものとしたのである。 そして下記サイト(「『日本国紀』、日本が「友好国」に戦争を仕掛けてしまう」)で指摘されているように、太平洋戦争開戦後も日本はヴィシー政権による仏印植民地統治を容認している。日本が仏印で軍事行動を起こすのは、大戦末期にヴィシー政権の崩壊を受けて仏印駐留のフランス軍が連合国寄りになってからであり、植民地解放を目的とするものではない。 「日本が植民地解放のためにフランスと戦った」という説明は『日本国紀』381pの記述と矛盾するし、南部仏印進駐、ひいては太平洋戦争を正確に理解できないので、「うっかりミス」では済まされない。 周知の通り、昭和26(1951)年に締結された連合国と日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)にはフランスも調印しており、「日本はフランスとは戦っていない」などという弁は通用しない。著者の百田氏も、具体的にどういう戦闘が起こったといった言及をしているわけではない。 呉座氏が連合国側のいわゆる東京裁判史観に与するとすれば、大東亜戦争全体の構図としても「植民地解放を目的とするものではない」と主張するのは分かる。『日本国紀』の監修を務めた大阪観光大講師の久野潤氏 しかし、百田氏は「(フランスの植民地であった)ベトナムとカンボジアとラオスを相手に戦争をしていたわけではない」という文脈で述べているのであるから、それを勝手に「南部仏印進駐」や「大戦末期」の軍事行動に論点を狭めて批判するのは牽強付会(けんきょうふかい)であろう。 ともすれば呉座氏は「匿名ネットユーザーの議論も傾聴に値する」と主張するために当該トピックを提起したのかもしれないが、それについては読者諸賢の判断に委ねたい。感覚は嫌がらせ 1月拙稿には「百田尚樹『日本国紀』をコンナヒトタチに批判されたくない」というタイトルがついていたが、ある筆者がお世話になっている方いわく「呉座さんは、自分も『コンナヒトタチ』扱いされたって思ったんじゃないの?」。1月拙稿において、同じくその批判記事について筆者が取り上げた秦郁彦氏(現代史家)の従来の研究については「大いに敬意を表したい」と書いた。 呉座氏については1月拙稿の記事中に大きな写真が掲載されているものの、氏自体については言及しなかった。ただ、呉座氏の著作や論文を通して、氏が膨大な文献調査や先行研究整理について大変な労力をかけていることはそれなりに分かっているつもりである。少なくとも、(主にツイッター上の)悪質な匿名ネットユーザーと同列に捉えることなど思いも寄らない。 話を戻すと、1月拙稿では自身の『日本国紀』とのかかわりを述べた上で、(1)ネット上での匿名ユーザーが悪意をもって流布している虚偽あるいは事実誤認に対する訂正 (2)匿名によるネット上の批判に対する見解、そして(3)実名の批判者に対する見解、を記した。  (1)では、たとえば「監修者を名乗る久野は、原稿をちゃんと読んですらいない」といった趣旨で揶揄されていることを踏まえて、 「2週間かけてゲラをチェックしていった。筆者の専門は昭和戦前期の政治外交だが、他の時代も合わせて、ほぼ全ページに赤(実際のペンの色は、他の編集工程をはばかって青であったが)を入れさせていただいた。幻冬舎側のチェックも、相当細かいところまで行われていたことを付記しておく。自分の研究室での作業だけでなく、移動中も膨大なゲラを持ち歩いてチェックしたものである。そしてその後のやり取りも経て、校了となった」と書いた。 ところが、なんと呉座氏は上記(3)ではないこの部分を再反論①であげつらって、小学校の夏休みの宿題ではないのだから、「どれだけがんばったか」ではなく結果が重要である。と書いたのだ。 筆者が「こんな時間かけてスゴイやろ」と自慢したわけではないことくらい、普通に読めば理解できるはずである。呉座氏に悪意はなく、単なる誤読か、先述の情念に基づくちょっとした思い込みだったと信じたい。ただ結果として、匿名ネットユーザーたちが大喜びでこの行を引用(コピペ?)してツイートすることになった。百田尚樹氏の著書『日本国紀』  ここで改めて上記(2)の補足を兼ねて、匿名ユーザーの厄介さ―彼ら自身が自覚しているかどうかは別として―を確認しておきたい。本名も名乗らず氏素性も告げない人間が、議論らしきものを展開したとしても、こちらからは一つのアカウント=一人の人間かどうかさえ確認する術はない。 実在のこの人、と特定できない存在複数(人間/アカウント)から同時多発的にツイッターで不快な表現のコメントをされたり返答を求められたりしても、はっきり言って時間を割く価値を見いだせない。仮に彼ら自身が「いいことをやっている」つもりでも、こちらにとっては得体の知れない匿名ユーザー群とでも言うべき集団から、相手が何者かも分らぬまま嫌がらせを受け続けている感覚となる。 仮に時間を使って誠実に返答したとしても、その次のターンさえ保証されないというリスクがある(一方、彼ら側は正体さえバレなければリスクほぼゼロである)のも言うまでもない。 ここまでは一般論として捉えていただきたいが、もちろん不快だと思った時点で匿名に限らず無視するという選択肢も存在する。ただ私は、歴史論議そのものから逃げているのではありませんよという意思表示として、フェイスブックで、「仮に所属・姓名を明示したうえで問い合わせがあれば、私個人の歴史観や史実認識についてお答えすることもあるでしょう」と表白した(1月拙稿でも引用)。 「お答えすることもあるでしょう」という表現は、匿名でなくとも揚げ足取り系や、こちらの文章を曲解したまま議論を繰り返そうとする手合いには必ずしも対応できませんよという常識的な感覚によるものである。附言して、「ファンだったら匿名でも好意的に対応するだろう」といった一部の指摘は、まったく意味のない言いがかりとしか評しようがない。呉座氏こそ答えよ そして再反論①において呉座氏は、『日本国紀』内容批判の際に、匿名ネットユーザーの記事を引用している。その匿名記事が参考になったという判断もさることながら、再反論①の締めくくりの以下の行との関連があろう。久野氏は歴史研究者として己の力不足を反省すべきであって、批判者に対して匿名だの罵詈雑言だのと難癖をつけるのは筋違いであろう。 確かに、私はフェイスブック記事において「『日本国紀』へのインターネット上の一部匿名者による批判(とさえ言えぬような罵詈雑言)」という表現を使った。それは私個人に対してのみならず、私の勤務する大学や、果ては私が『日本国紀』を奉納した神社の宮司に対しての引用も憚(はばか)られるような揶揄(こうした所作も匿名ユーザーならでは)を指しているわけだが、それが「難癖」「筋違い」だと言うつもりであろうか。 結論として、呉座氏は何かの必要があってか筆者を過剰に批判しようとする余り、1月拙稿の中でも明らかに氏が名宛人ではない箇所にわざわざ噛み付き、再反論①の冒頭から不穏当な修辞を繰り返しているのである。研究者としての日頃の研鑽には敬意を表するが、こういう姿勢はちょっといただけない。 ネット上の匿名ユーザー、特に悪意あるユーザーの問題点は先述の通りだが、1月拙稿で彼らについて述べた部分をあたかも呉座氏に対する攻撃のように見立て、さらに曲解した上で、通常の議論には不要な「小学校」「難癖」といった表現を使った。ここで呉座氏にとって幸か不幸か、悪意あるユーザーと氏との奇妙なアライアンス(連携)が生じている。そうしたユーザーたちが、ツイッターで呉座氏のとりわけ不穏当な表現部分をすすんで引用しているのが象徴的であろう。 匿名ユーザーたちそれぞれをアイデンティファイ(特定)できない以上、こちら側は匿名ユーザー個人個人とではなく、あくまで「匿名ユーザー群」との対峙になってしまう。それゆえ、悪意ありと判断できるコメントやメッセージは放置せざるをえない。実際、匿名ユーザーは実名ユーザーよりも、事実に反すること(まったくの妄想含む)や口を極めて罵るようなツイートをするハードルがはるかに低いことは呉座氏にも分かっているはずである。 自分たちが相手にされない理由を理解できず、(あるいは理解しつつもあえて)罵詈雑言を性懲りもなく繰り返す。その中でたまにまっとうな議論ぶっている投稿を勝手なタイミングで織り交ぜているとしても、対応する気も起こらないのは言うまでもない。学問的作法を重視する呉座氏は再反論①において、あたかも傾聴に値するかのように匿名ユーザーのツイートを引用しているが、その前後の経緯を無視した「切り貼り」では困る。 匿名ユーザーに比較的寛容な評論家、八幡和郎氏による同じく『アゴラ』の記事「『日本国紀』をめぐる久野・呉座論争とは何か」でも、「ネット上での議論は罵詈雑言、そして何より困ることは、両者の書いてないことをあげつらうようなものが多く、せっかくのまっとうな議論を台無しにしている」と指摘されている通りである。筆者も呉座氏が氏素性のはっきりした人物(研究者かどうか、そして高名かどうかはここでは関係ない)だからこそ、こうして筆をとっているのである。呉座勇一氏=2018年3月、京都市西京区(寺口純平撮影) さて、改めて確認するが、もし呉座氏が1月拙稿に「応える」というのであれば、私が文中で提示した「さぞかし過激な内容だろうと予想していた私は正直、拍子抜けした」とあるが、はて一体どのような内容を「予想」したのであろうか。 そして「学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめてほしい」とのことだが、戦前日本が他国を一方的に侵略していたかのように断ずるかつての「学界の通説」がいかに実情を無視したものであるか。あるいは呉座氏の主張と違うところが多い、戦前の「学界の通説」についてはどう捉えているのか。 という問いにこそ、答えていただきたい。それに対してはもちろん私も、重ねて表白した通り私個人の歴史観や史実認識についてお答えするつもりである。 議論の錯綜を避けるため、歴史認識の議論については別項を期したい。■百田尚樹『日本国紀』を読んで「がっかりした」理由■百田尚樹『日本国紀』はなぜ支持されるのか■【百田尚樹独占手記】私を「差別扇動者」とレッテル貼りした人たちへ

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    「親の苦情と戦えない」小さな命を救えなかった虐待現場の叫び

    山脇由貴子(心理カウンセラー、元児童心理司) 千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さんが自宅浴室で死亡し、両親が傷害容疑で逮捕される事件が起きてしまった。この事件の経過を分析すると、「事件を防ぐことができた」「救える命だった」と私は確信する。本稿では、今後二度と同じような事件が起きないためにも、今回の事件での児童相談所や学校、教育委員会など各機関の問題点を検証したい。 きっかけは、心愛さんの通う小学校が2017年11月6日に実施した、いじめに関するアンケートだ。心愛さんは、氏名を記入した上で「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかできませんか」と答え、父親からの虐待を訴えたのである。 学校は翌日、当時の担任が心愛さんから聞き取りした上で千葉県柏児童相談所に通告、通告を受けた児童相談所も一時保護を決定した。ここまでは良い対応だったといえる。 問題はその後だ。一時保護した児童相談所は今年1月28日に記者会見しているが、17年12月27日に行った一時保護解除の判断について「重篤な虐待ではないと思い込んでいた」と述べている。児童相談所はなぜ「重篤な虐待ではない」と判断したのだろうか。 アンケートには、本人の訴え以外にも、担任が聞き取ったメモ書きが残っていた。そこには「叩かれる」「首を蹴られる」「口をふさがれる」「こぶしで10回頭を叩かれる」といった内容が書かれており、明らかに重篤な虐待といえる。 さらに、児童相談所は一時保護中に、心愛さん本人からも虐待について聞き取りしていると考えられる。加えて、心理の専門家が心愛さんの「心の傷」の度合いなども検査しているはずだ。 学校で虐待について話すことができた子供だから、児童相談所で話していないとは考えづらい。その内容について一切公表されていないが、「重篤な虐待ではない」という判断から分かるのは、「心愛さんの訴えをなかったことにした」ということである。結局、児童相談所は、最終的に父親からの恫喝(どうかつ)に負け、心愛さんを帰してしまったのだろう。千葉県野田市が公開した、栗原心愛さんが父からの暴力被害を訴えた学校アンケートの自由記述欄 私も、児童相談所に児童心理司として勤務していたころ、虐待を受けて来た子供に対して、聞き取りや心理テストを数多く行ってきた。子供からの聞き取り内容は最優先であり、子供が「父親が怖い」と言えば、会わせることはしなかった。 今回の事件では、心愛さんを児童相談所が一時保護した際に、医師が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあると診断していた、という報道もある。虐待によって心に傷を負った子供を、家に帰すことなんて考えられるはずはない。 17年12月、児童相談所が一時保護を解除した際に、父方の親族に帰すことを条件にしたのも問題の一つだ。自宅ではないといえども、父方である以上、父親の味方である可能性が高い。その場に心愛さんを帰せば、すぐに父親の所に戻されることは容易に想像できる。 実際、児童相談所は会見で「2カ月程度で自宅に戻す予定だった」と述べている。しかし、その戻し方も問題だ。 昨年2月26日、児童相談所は親族宅から自宅に戻すかどうか判断するために父親と面談したとき、父親から心愛さんが書いたという手紙を見せられている。だが、文面を見て「おそらく父親に書かされたのだろう」と認識しながらも、父親が心愛さんを家に連れて帰るのを許してしまったのである。少女を「放置」した児相 そもそも、父親は一貫して虐待を認めていない。前述の通り、「重篤な虐待ではない」と判断して一時保護を解除し、父方の親族宅に帰した時点で不適切である。ましてや、父親の要求に従って自宅に戻すなど、絶対にあってはならないことだ。虐待だけでなく、ドメスティック・バイオレンス(DV)もある家庭だったからである。 この時、父親は児童相談所に対して「これ以上引っかき回すな」と言っており、児童相談所による今後の関わりを一切拒絶している。児童相談所の役割とは、虐待再発を防ぐために、定期的に家庭訪問し、親子の様子を確認しながら、学校訪問も重ね、子供の本心を聞くことにある。 その児童相談所の指導に「従わない」と父親は言っているのだから、父親の要求の全てを、児童相談所は拒絶しなくてはならなかったのだ。だが実際は、父親との面会以降、児童相談所は自宅訪問せずに、心愛さんを「放置」している。 心愛さんが自宅に戻った後の昨年3月19日、児童相談所は学校で心愛さんに会い、手紙は「父親に書かされた」と打ち明けられ、自分の意思で書いたものではないことを確認している。ただ、この時に、本人からの虐待の訴えがなければ、一時保護は難しいだろう。 しかし、それでも児童相談所は定期的に会いに行かなければならなかった。もし叩かれているのなら、「今度は必ずあなたを守る」「絶対に家に帰さない」と心愛さんに伝え続け、そして訴えの機会を待ち、保護すべきだった。 厚生労働省は児童相談所運営指針で、児童相談所が親の同意なく子供を一時保護する権限を有するという方針を掲げている。とはいえ、同意もなしに学校や保育園から子供を保護するわけだから、親が激高するのも当然だ。私も親権者から「訴えてやる」と何度も言われたり、「つきまとって人生滅茶苦茶にしてやる」と脅されたこともある。 時には親と敵対してでも子供を守るのは児童相談所の責任だが、職員も人間である以上、脅しや恫喝に恐怖を感じるのは無理からぬ話だ。私自身も「全く怖くなかった」と言えば嘘になるし、恐怖心を抱いたことは多々あった。本当に後をつけられているのではないか、と家への帰り道に不安になったこともある。 それでも戦わなくてはならないのだが、経験の浅い同僚の児童福祉司が親との面談で恐怖心を抱き、本当に辞めようかと悩んでいた姿を見たことがある。激しい攻撃をしてくる親と「もう関わりたくない」「あの父親には二度と会いたくない」と思ってしまう福祉司もいた。 一度でもそのように思ってしまうと、子供に会って、虐待が再発していないかどうか確認をすることもためらわれてしまう。児童福祉司は裁量が大きい分、心理的な負担も大きい。その負担の大きさもこの事件の原因の一つと言えるだろう。2019年2月、千葉の小4女児死亡事件で会見する柏児童相談所の二瓶一嗣所長(右)と千葉県健康福祉部児童家庭課虐待防止対策室の始関曜子室長(桐山弘太撮影) むろん、不適切な対応だったのは児童相談所だけではない。昨年1月15日に野田市教育委員会が、心愛さんが虐待を訴えたアンケートのコピーを父親に渡してしまったのも大きな問題だ。同市は、情報公開条例違反に当たり、関係者の処分を検討しているという。 だが、それ以前にアンケートを渡してしまえば、虐待が再発・エスカレートすることは、当然予測できたはずだ。それなのに、市教委の担当者は「威圧的な態度に恐怖を感じた」と述べており、つまりは父親の攻撃に屈した、ということだ。自分の身を守るために、心愛さんを「犠牲」にしたということになる。クレーム対応の知識がなさ過ぎるとしか言いようがない。 しかしながら、学校も児童相談所と同様、親との信頼関係を維持しなくてはならないため、「クレームに断固として戦う」という慣習がないのも事実である。私も、児童心理司時代に、学校から「親のクレームに困っている」という相談を何度も受けたことがある。 本来、学校や教育委は一時保護に関するクレームを引き受ける必要はない。一時保護の決定を児童相談所が行うのは、児童虐待防止法で定められている通りだ。 そこで私は、「一時保護に対する不満は児童相談所に言ってください」と学校から親に伝えてもらうようにお願いすることで対応していた。学校や教師を児童相談所が守らなければ、学校は虐待に関する通告をためらってしまうかもしれない。長期休暇後「欠席」のサイン そして、学校と児童相談所の連携が不十分だったことも大きな問題だ。心愛さんは冬休み明けの今年1月7日から小学校を欠席し、父親から学校に「沖縄の妻の実家にいるために休む」と連絡があったという。 父親の虐待が疑われる子供に対しては、夏休みや冬休み、長期休暇後の欠席を絶対に放置してはいけない。長期休暇中は、虐待がエスカレートするリスクが非常に高いからである。 「欠席の理由は傷やあざを隠すためかもしれない」と常に疑いの目を持つことが必要だ。子供が長期休暇明けに欠席した場合、学校は直ちに児童相談所に連絡すべきであり、児童相談所はすぐに姿を確認しなければならない。 もし、父親から「沖縄の母方親族の所にいる」と言われたら、児童相談所は沖縄の児童相談所に心愛さんの確認を依頼すべきだった。「親族宅にいる」「親族の具合が悪い」というのは虐待加害者が子供の姿を見せないために使う常套(じょうとう)句である。その言葉を疑い、沖縄での確認、そして家庭訪問を行っていれば、心愛さんの命は助かったかもしれない。 この事件は、児童相談所も学校も市教委も、全ての組織が父親の攻撃に屈し、言いなりになってしまったために起こった事件といえるだろう。学校や市教委にも問題はあるが、子供を虐待から守る権限は児童相談所にしかなく、その責任は重い。 同様の事件を繰り返さないように、児童相談所の改革は必須の課題だ。特に求められるのが児童福祉司の育成だ。警察や国税専門官、家庭裁判所調査官のように、年単位の研修期間を経て、児童福祉司として児童相談所に配属されるシステムを作る必要がある。 虐待する親の心理をはじめ、親との面接や子供からの聞き取りスキル、攻撃してくる親への対応を丹念に学ぶ。さらに、先輩福祉司の面接や訪問に同行し、失敗も成功も全て目の当たりにしながら、現場での判断の仕方を学んだ上で、現場に立つ。 子供の命、そして家族の人生の責任を負う仕事だから、専門家としての育成は急務である。また、福祉司本人にとっても、最初の着任前に知識とスキルが身に付いていれば、負担も減るはずだ。 また、現在の児童相談所は、子供を親から強権的に保護する役割と、親との信頼関係を築きながら子供を家に帰す役割、という矛盾する業務を行っている。しかも、この二つの役割を一人の児童福祉司が担当している。 そこで、虐待の再発可能性を疑い続けるチームと、親との信頼関係をもとに話し合いを続けるチームを分ける。自治体によっては既に実施されている役割分担を、全国的に広げることも重要だ。 児童相談所は子供を守るための強い権限を持っている。それでも救えない子供がいる。2019年1月、亡くなった栗原心愛さんの自宅がある千葉県野田市内のマンション 安倍晋三首相は、2019年度に児童相談所の専門職員を1千人増員して、5千人体制に拡充する方針を打ち出したが、今まで繰り返されてきた強化策ではなく、児童相談所という組織そのものの変革が必要である。何より、この事件の問題点を丁寧に検証し、幼い命を救うことができるように、全国の児童相談所で共有することが求められる。■ 「南青山は成金趣味の街?」児童相談所建設、反対派の困った論理■ 「受動喫煙はまさに児童虐待だ!」私が都の禁煙条例を草案した理由■ 三橋貴明DV事件を機に考えたい「家庭内暴力の経済学」

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    小西寛子告発手記「私が見た声優業界の伏魔殿、全部書きます」

    小西寛子(声優、シンガーソングライター) 明代の中国に書かれた伝奇小説「水滸伝」に、魔王が封印された祠(ほこら)が登場する。 周囲を赤い土塀で囲み、軒先には金文字で「伏魔之殿」と書かれた看板が掲げられてあった。正面の扉には護符が何枚も張られ、銅で固めた錠前が付いており、中の社殿には3メートル四方の巨大な一枚岩が鎮座し、その下は底なしの深い穴になっていたという。唐の昔、道士、洞玄国師がこの穴に魔王を封じ込め、そこに建立したのが「伏魔殿」だった、という有名な逸話である。 魔王が封印された場所ということから、伏魔殿は「悪魔がひそむ殿堂」の意、転じて「陰謀・悪事などが絶えず企まれている所」などとされ、過去には田中真紀子元外務大臣や石原慎太郎元東京都知事がこの言葉を引いて、政治発言したことでも知られる。昨今では、PTAを「伏魔殿」になぞらえて報道するメディアもある。 ちなみに水滸伝は、都から来た官僚がこの祠を強引にこじ開け、魔王が世に解き放たれるシーンから始まる。後に悪徳官吏の打倒を目指し、梁山泊に集った108人の豪傑もここから生まれたが、現代社会では世に害をなす魔王は、むしろ「世に放つべき」モノとして、その悪事を世に広く知らしめる動きが盛んだ。セクハラや性暴力を告発する「#MeToo運動」が欧米で席巻したのは、その象徴とも言えるだろう。 日本では今ひとつ盛り上がりに欠ける#MeToo運動だが、かくいう筆者も過日、「NHKおじゃる丸降板騒動」で、#MeTooに絡めた問題として記事に取り上げられたことがある。とはいえ、欧米と比べ、日本では弱い立場の女性に対するハラスメントの温度差の違いをまざまざと痛感することが多い。 筆者の仕事は、アニメーションなどのキャラクターに声を当てたり、ナレーションを吹き込んだりする、いわゆる「声優」という職業である。自分で言うのもなんだが、筆者が声優として全盛だったのは二十歳前後の頃であり、この話は今から20年も昔の話だが、実は声優業界でも会社の飲み会や慰安旅行のようなものがあり、番組スタッフや共演者などと飲み会や旅行に行くことがしばしばあった。声優、シンガーソングライターの小西寛子氏 信じてもらえないかも知れないが、筆者はどちらかと言えば口下手で人付き合いは苦手な方である。それなのに役者や音楽をやっており、何を血迷ったかテレビの司会やバラエティー番組のレギュラーまで担当した経歴を持つ。読者の皆様にはちょっと理解できないかもしれないが、本当は人前に出るのは苦手で、番組出演はいつも「度胸試し」のような感覚だった。 さて、今から20年前の当時、どの現場でも筆者がほぼ最年少だった。にもかかわらず、急にスタッフとの慰安旅行に誘われても、「どうすりゃいいの?」という感じだったが、それでも周りの雰囲気というか、見えない重圧をひしひしと感じて、せめて「お世話になっている方々への感謝の気持ちから、顔だけでも出さなければ」と何度か顔を出したことがある。「自分で営業しないと」 筆者にとってはアルコールもタバコもまるで無縁であり、お酒の割り方も、お酌や気の利いた話をしたりするのもとにかく苦手だった。TVドラマの一シーンのように自然にお酌して回り、場を盛り上げている人を羨ましいと思ったものである。 そんな宴席に何度か呼ばれた折、あるベテランの男性声優に呼び止められた。「なんで○○(某人気女性声優)に仕事がくるのか教えてやろうか?」「役者は河原乞食の世界なんだよ」。今なら確実に#MeTooで拡散しているであろう、こんな話を唐突に聞かされたのである。しかも、当時の所属事務所元社長のX氏からは「自分で営業しないと…」と言われ、同じ事務所にいた女性声優からも「がんばって演じてるだけじゃダメなのよ!」などと謎の囁きもあった。声優や俳優の世界こそ実力勝負だ、と信じて足を踏み入れた筆者にとって、深い悩みの種になったのは言うまでもない。 とはいえ、付き合い下手ではあっても、当時はそれなりにまだ仕事のオファーがあった。仕事の多忙さも相まって、宴席に参加することも少なくなったある日、アニメ監督のA氏率いるスタッフとの慰安旅行に誘われた。 その日は夕方まで仕事が入っていたが、終わるとすぐに当時のマネジャーB氏の車で宿泊先に向かった。その車中のことである。B氏から「ところで、水着持ってきた?」と尋ねられた。そう言えば、事務連絡のミーティングの時に「露天風呂で水着がどうの」というような話があったのを思い出した。「あれってジョークじゃなかったの?」と嫌な予感が脳裏よぎったが、「なんで水着がないとダメなんですか?」と真正面から問いただすと、「もちろん、なくても入れるだろうけど…。いつもお世話になってるんだから、ちょっとくらいサービスするもんでしょ? Aさんにはお世話になってるんだし、少しくらい一緒に入ってよ!」と一瞬殺気だった感じでB氏から威圧的に言われた。 「いやいや、たとえお世話になっていると言っても、なぜ一緒に露天風呂に入らなければならないのか。2時間ドラマじゃあるまいし、あり得ないでしょう」。あまりに唐突な話に、「これはB氏の悪い冗談だ」と自分に言い聞かせながら、そのときはぼんやりと車窓を眺めた。※写真はイメージです(GettyImages) どれくらい車に揺られただろうか。詳細は憶えていないが、ようやく旅館に到着し、最初に目に飛び込んだのが「混浴露天風呂」の看板だった。嫌な予感は現実となり、「騙された?」という思いが脳裏をかすめつつ、今さら帰ると言えるはずもなく、そそくさとツインルームに案内された。部屋には先に到着していた女性声優が一人で待っており、なぜだか少しほっとした。どうやら、先行グループは既に温泉に向かったらしく、彼女は筆者の到着を待つように言われていたらしい。そして、彼女に案内されるまま一緒に浴場へと向かった。混浴露天風呂から声が 女湯に入ると、「あれ? 誰もいない」。内風呂は静まり返り、水の流れる音がする。暗がりの奥の混浴露天風呂の方からは、聞き覚えのある男女の談笑する声が聞こえてきた。「私、水着持ってきてないので…」。彼女にそう打ち明けると、「そうなんですか」と素っ気ない返事。そして彼女は無言のまま、ススーッと女湯の奥へ吸い込まれるかのように進み、露天風呂へ消えて行った。 「本気? 本当にみんな混浴してんの?」。筆者は一人、罪悪感に近い気持ちを抱えたまま内風呂に浸かり、突如襲ってきた悪寒に耐えながら適当に体が温まったところで部屋に戻った。 「なんで露天風呂来なかったの?」。お風呂の後に始まった宴会の席でスタッフにこう聞かれた。「水着持ってなかったので」と言うと「水着なんかなくていいよー。わはははは」。その傍らでマネジャーのB氏が、引きつり笑いでお酌をして回っていたのを今でも忘れない。 後に別のスタッフから聞いた話だが、このアニメ監督A氏率いる慰安旅行はたびたび開催されているらしく、当時の営業熱心なマネジャーB氏が「業界のお作法を学ぶために連れて行った」らしい。宴の後、「小西なんか呼ぶんじゃなかった」とB氏が必死に頭を下げている姿が目に浮ぶようである。こうして当時を振り返ると、筆者が場違いなところに出向き、その場を盛り下げてしまったことは心から反省したい。ただ、当然ながら、その後一切、こうした宴会や慰安旅行に呼ばれなくなったのは言うまでもない。 さて、「温泉」「風呂」「混浴」というワードがいくつも登場したが、そういえば昨年、過去の国会答弁で籾井勝人・元NHK会長の後ろから文書を差し出す、通称「二人羽織」で一躍有名になったNHK佐賀放送局長が女風呂に乱入した、というニュースが報じられた。筆者が先に述べた経験は、男が乱入するという破廉恥な事件ではなかったものの、混浴露天風呂が売りの温泉宿にわざわざセッティングし、集団心理や下請け的立場の弱みに乗じて半ば強制的に混浴させられそうになった、というものである。 監督を含む製作現場と筆者のような役者との間には直接的な雇用関係はないものの、慰安旅行はそれに近似した関係にある人たちが集まる場であり、仮に「参加は自由だ」「混浴は強制ではない」と主催者側が主張しても、これを拒否すれば「仕事がなくなる」「嫌われる」などと何らかの不利益な扱いを受けるのではないか、という不安にかられる人もいる。いや、むしろ精神的に追い詰められ、拒絶することさえままならないというケースの方が多いかもしれない。努力よりアピール こと、声優という仕事は「自らの声が商品」であるため、実力(演技力)以外の「プッシュして貰うためのアピール」が必要だと考える人が多い。もちろん、どの業界であっても、自己アピールは局面に応じて求められる能力ではあるが、声優業界のこうした節度を超えた、あるいは本来の趣旨や目的を逸脱したハラスメント行為が横行する背景には、声優のフリーランス的な仕事の請け負い方とも密接に関係する。ただ事務所に所属しても、黙って仕事が回ってくるわけではないからだ。そのため、「混浴を拒否する」ことはもちろん、混浴というセッティング自体のハラスメントに対しても、「ノー」と言いづらいのである。 それにしても昨今の声優業界は、表現力や感受性を培うことを没却し、本来の職務である実力(演技力)部分の努力を軽んじる役者が増えた気がしてならない。もっと言えば、声優たちによるアピール一辺倒の傾向は、もはや度を超えた品格のないものとなり、まるで異国のアングラ産業かと見紛うような世界である。 その原因の一つには、子供の娯楽だったはずのアニメや漫画が、いつしか「大人をターゲット」にしたサブカルチャーとして発達し、声優が今で言う「ネットアイドル的な人気」を得るようになり、声優専門誌のグラビアや音楽CDの発売、アニメやゲームのイベントパフォーマンスなど、「役者志望」というよりもアイドルを目指して志願する人が増えたからであろう。 そして、このアニメ産業の変遷に乗じて、声優のプロダクションや養成所、専門学校などが乱立し、大人をターゲットにしたアニメ・声優産業は一大サブカルチャービジネスとして成功した。しかしながら、その成功の礎には最初に述べた「大きな伏魔殿」が隠されているのである。※写真はイメージです(GettyImages) かつて筆者が知人の妻から個人的に相談を受けた一つのケースだが、業界人である彼女の夫は、ある人気女性声優と不倫関係にあった。ところが、この声優から「そんなの(不倫であろうと裏接待)はこの業界では常識ですよ」と直接言われたことがあったという。彼女はその後、夫が他にも複数の女性声優と不倫関係にあったことを突き止め、過去にドメスティック・バイオレンス(DV)を受けていたことなどと合わせ、裁判を経て離婚した。彼女は今、成長期の子供たちを連れ、たった一人で育児と仕事に追われている。携帯電話で頭を殴られて 再び筆者の話に戻るが、少し声優と事務所の立場について触れてみたい。あるゲーム音声の仕事の顔合わせで、当時の事務所マネジャーC氏と駅で待ち合わせをした時のことである。当時は携帯電話を持っている人はまだ珍しく、筆者はポケットベルで事務所デスクを通じて連絡を取り合っていた。ところが、待ち合わせ時間になってもC氏は現れず、公衆電話から事務所に電話をしたところ、「改札口じゃなくて、階段を上がった外の出口で待っているはずです」とスタッフに言われ、慌てて階段を駆け上がった。 地上に出ると、C氏から「遅せえよ!」と叱責され、「改札口で待ってたんですけど…」という筆者の言い分にはまったく耳を貸さず、後輩の女性声優たちがいる面前で持っていた携帯電話でいきなり頭を殴られたのである。 翌日、当時の事務所社長X氏にこの事実を告げ、公衆の面前で殴打された行為の釈明をC氏に求めた。ところが、C氏は「分相応の扱いってのがあるだろう」と開き直り、X社長も「これから行くところがあるから」と我関せずとばかりに逃げ出す始末。結局、最後までこの件はうやむやにされ、筆者はその後事務所を退所した。 C氏が述べた「分相応」という言葉こそ、声優がまさしく「河原乞食」の扱いであることを示唆するに等しい。役者が「河原乞食」と呼ばれる所以には、前述のように努力もなしに「目的のためなら手段は選ばない」「1円でもいいから仕事が欲しい」「有名になりたい」という、物乞いのような発想の太鼓持ちが巣食っているからに他ならない。しかも、それにつけ込んだ「伏魔殿」に棲む御上とは「良きに計らってくれる者に褒美を取らす」と言わんばかりの関係にある。 他にも暴露したい話は山ほどあるが、これはまた次回、どこかで執筆させていただける機会に取っておくとして、これが声優に対する現実の評価であり、事務所はもとより製作会社やテレビ局、代理店、レコード会社などとの関係も同様である。「分相応の扱い」。これは声優業界だけの話ではないかもしれないが、少なくとも筆者の経験に基づけば、エンタメ業界の中でもかなり閉鎖的な方だと思う。ハリウッドから音楽シーンへと波及し、様々な方面から「#MeToo」を付した告発がなされているが、これらは芸能界のハラスメントに限られたものではなく、あらゆる人間関係において生じる「不利益な取り扱いをなくそう」「不公正な取引をやめて、健全な社会を作ろう」という趣旨で広まった運動であると理解している。※写真はイメージです(GettyImages) むろん、告発する際には、人権侵害の恐れがあり、それこそ細心の配慮が必要だが、長きに渡る悪しき慣習を正し、社会を変えていこうする#MeTooの波を止めて欲しくない。「いつ、どこでこんな体験をした」だけでもいい、それをみんなで共有することで「あなたにとっての魔王」、つまり伏魔殿を吹っ飛ばすことだってできるかもしれない。 さて、次に世に放たれる大魔王は誰か。■元おじゃる丸声優、小西寛子手記「私を降板させたNHKに告ぐ!」■埼玉新聞に突撃取材「韓国との交流事業中止はネトウヨのせい?」■モデル西山茉希「13年間の奴隷契約」に通じるヤクザな慣習

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    「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) 細野豪志衆院議員が、自民党の二階俊博幹事長が率いる二階派(志帥会)に「特別会員」として入会する。選挙区の静岡5区には岸田派(宏池会)の自民党元職がいるため、今すぐではないが、将来的には自民党入りを目指すという。 細野氏は、民主党政権で環境相や首相補佐官を務め、野党転落後も民主党幹事長や、後継政党の民進党で代表代行を歴任してきた。2017年に離党した後は、東京都の小池百合子知事らと希望の党を立ち上げたが、希望の党は先の総選挙で惨敗した。 18年5月に希望の党と民進党で結党した国民民主党には参加せず、無所属となっていた。その経歴から、細野氏の「事実上の自民党入り」は「節操がない」と厳しく批判されている。 また、「来るもの拒まず」のスタンスで自民党議員でない人を「特別会員」にして、次の選挙で当選すれば自民党議員に鞍替えさせる手法で勢力を拡大してきた二階派に対しても、党内から反発が集まっている。 かくいう筆者も、細野氏と二階氏の「節操のなさ」には閉口している一人である。一方で、細野氏を「かわいそうだな」とも思っているし、二階氏についても「生き馬の目を抜く政界で、そういう情のかけ方があってもいい」とも考える。 細野氏のこれまでの言動を振り返ると、「行き場のない状態」になって節操なく迷走を繰り返した挙げ句に自民党に走ったという指摘は、まさにその通りである。だが、それ以前の問題として、細野氏はずっと自民党に入りたかったのではないだろうか。 細野氏はサラリーマンから政界に転じ、2000年の衆院総選挙では、旧静岡7区で自民党の現職と保守系無所属の候補者などを破って初当選した。03年の総選挙では、区割り変更で静岡5区となったが、ここでも自民党現職を破った。それ以降も連続当選を重ねて「民主党のホープ」として政界の出世街道を駆け上がった。 細野氏の政界入りには、京都大学の先輩である前原誠司元外相が関わっている。だが、もし細野氏が立候補しようとした選挙区に自民党系候補者が2人も立たず、かつ自民党の公認を得られる可能性があったならば、細野氏は前原氏との関係にかかわらず、自民党からの出馬を模索したのではなかったか。2017年10月、衆院選の開票で記者会見に臨む希望の党の細野豪志氏(酒巻俊介撮影) そもそも、細野氏を政界に引っ張った前原氏自身が、保守派論客として知られている。しかし、彼の政界入りも、実は自民党からの立候補が叶わなかったため、細川護熙元首相が立ち上げた日本新党から出馬したという経緯があった。 前原氏が政界入りしたのは1993年の総選挙で、自民党の38年間の長期政権に幕を下ろし、非自民の連立政権である細川政権が誕生した時であった。当時、自民党の長期政権に対する批判が高まり、「政治改革」が一大ブームを巻き起こした。若者を悩ます「選挙区事情」 そのブームに乗って、政界入りを目指す若者も多かった。それは、旧社会党や旧民社党、市民運動系だけではなく、前原氏や野田佳彦元首相ら「松下政経塾出身者」が中心の保守的な政策志向を持つ若者も少なくなかったのである。 政界を目指す保守系の若者にとって、大きな壁になったのが「選挙」だった。日本の選挙では「地盤・看板・カバン」の三バンが重視され、それを持たない新人が政治家になるのは難しかった。また、自民党が長期政権化する中で、戦後の混乱期から高度成長期に保守政治を支えた議員たちが引退し、その後を継ぐ世襲議員が増えてきた時期だったことも、政治を志す若者にとっては困難となった。 保守系の若者が議員になりたくても、地元選挙区には自民党現職がいるだけではなく、その後継者まで既に決まっていることが多かった。そういう若者の受け皿となったのが、細川氏が立ち上げた日本新党をはじめとする「新党ブーム」であったことは言を俟たない。 そして、保守系新人の発掘や受け入れという点では、実は自民党と新党は水面下でつながっていた部分がある。細川氏は元々、自民党参院議員であり、その後は熊本県知事を歴任した保守系の政治家であった。その細川氏に、かつて自民党の森喜朗元首相が相談を持ち掛けたという逸話がある。 昨年、加計学園問題でメディアに頻繁に登場した愛媛県の中村時広知事は、松山市長だった父親の縁で自民党清和会(現清和政策研究会)を通じ、当初は衆院で立候補しようとした。ところが、選挙区には世襲議員でハーバード大卒・日本銀行出身の塩崎恭久元官房長官と、同じく世襲議員の関谷勝嗣元建設相が顔をそろえ、自民党の公認が取れなかった。 そこで、清和会幹部だった森氏が細川氏に「中村の面倒を見てやってくれ」と頼んだという。その結果、中村氏は93年に日本新党から立候補して当選した。要するに、保守系新人がどの党から立候補するかは、政策志向や思想信条の違いではなく、単に選挙区の事情だったのである。 当時、新党から政界入りすることになった保守系議員は、自民党から離党したグループと合流した。その一方で、旧社会党や旧民社党、市民運動出身者の「リベラル派」とも同じ党として活動することになった。自民党の二階俊博幹事長 その後、「反自民」を旗印に政権交代に向けて98年に結成した民主党は、彼らを取り込むことで党勢を拡大し、憲法・安全保障という基本政策をめぐる党内対立に常に苦しみ、「寄り合い所帯」と批判され続けていくことになる。細野氏もまた、この過程で民主党に合流した保守系の若者の一人だった。 2009年、総選挙で圧勝した民主党は悲願の政権交代を実現した。しかし、リベラル派を中心に打ち出した「子ども手当」「高校無償化」「高速道路無料化」「農家戸別所得補償制度」の「バラマキ4K」と呼ばれた社会民主主義的な政策は、そもそも細野氏ら保守派が心から望んだものではなかった。 財政赤字が拡大する中、財源を確保できずにバラマキ4Kが次第に撤回に追い込まれ、民主党政権は財政再建路線にかじを切った。保守派の野田政権は、党内から多数の造反者を出しながらも、自民党・公明党と「三党合意」を結び、消費増税法案を成立させた。しかし、その代償として、12年の総選挙で敗北し、民主党は政権の座を追われてしまった。野党保守派の「無茶な行動」 政権陥落後、民主党内の保守派は、より苦境に追い込まれていく。保守的な政策志向の安倍晋三政権に対抗するため、民主党は共産党などとの「野党共闘路線」を選び、急速に左傾化していったからである。 特に、2015年に「安全保障法制」が審議された際、野党側は法案の廃案を求める戦術を採った。細野氏ら保守派も、国会を取り巻くデモに参加し、徹底的に反対した。 だが、それは保守派の本意ではなかっただろう。民主党の保守派は、集団的自衛権の限定的行使など安全保障政策に関して、政権担当経験もあったために、現実的な政策志向を持っており、自民党と考え方に大きな差異はなかった。しかし、徹底的な反対路線を貫く党方針によって、安倍首相率いる自民党との間にあった「議論のパイプ」さえも失ってしまったのである。 2017年8月、細野氏は民主党の後継であった民進党を離党し、同年9月には、かつて日本新党から国会議員となった経歴を持つ東京都の小池知事らと希望の党を結成した。そして、同年10月の解散総選挙の直前に、民進党代表に就任した前原氏が「何が何でも安倍政権を倒す」と宣言し、党内分裂の引き金になった「荒業」が希望の党への合流だった。それは、結果的に立憲民主党というリベラル政党の結成を促し、衆院選は大惨敗に終わった。 細野氏や前原氏らが主導した無謀な行動の背景には、「野党の左傾化」による孤立という強いストレスがあった。結局、細野氏が迷走を続けた末に、とうとう自民党に走った背景には、自民党に入りたくても入れなかった「新党保守派」としての運命があったに違いない。言い換えれば、政治家の苦闘と迷走の歴史が後押ししたとも言える。 だが、自民党に移ったとしても、細野氏には明るい将来はないだろう。石破茂元幹事長や船田元(はじめ)元経企庁長官など、自民党は離党しての「出戻り組」にさえ冷たくて厳しい不文律がある。自民党所属経験のない細野氏が自民党に入っても冷遇されるのは目に見えている。 ましてや、次の選挙も危ないだろう。同じ選挙区には自民党・岸田派の元職がいて調整は難しい。分裂選挙になる懸念がある上に、「裏切り者」のそしりを受けかねない細野氏に対しては、野党も絶対に対立候補を立ててくるだろう。加えて、細野氏は選挙に強いとされてきたが、これまでの支持者が今回の行動を理解してくれるかどうか分からない。 しかし、この件について細野氏を「節操がない裏切り者」とバッシングして終わっていいのだろうか。そもそも、安倍首相や麻生太郎副総理・財務相、甘利明選対委員長、世耕弘成経産相ら「保守派世襲議員」がどれだけ立派な政治家だと言うのか。2018年6月、証券会社から5千万円の提供を受けた問題で、記者の質問に厳しい表情の細野豪志元環境相 親の地盤を引き継ぎ、若くして議員になって、自民党の「当選回数至上主義」という年功序列システムの中で早く出世できる世襲議員よりも、一代で政治家になった人物の方が、時に「節操がない」「裏切り者」とされる行動を取ってでも、「生き馬の目を抜く」政界で生き残りを図るのが難しいのは明らかである。 もちろん、自民党など多くの政党が「候補者公募」を実施するようになって、政界入りの障壁は以前と比べると随分と低くなったように見える。とはいえ、今の自民党を見渡しても、若手のリーダー格で次期総裁候補と呼ばれるのは「四世議員」の小泉進次郎氏であり、世襲議員は小泉氏以外にもまだまだいる。 「地盤・看板・カバン」を持たない若者にとって、政界入りはいまだ高いハードルである。また、入っても出世するには大きなハンデがあると言わざるを得ない。細野氏の二階派入りは、選挙制度、有権者の政治意識、自民党のキャリアシステム、未熟な野党など、日本政治の構造的な問題を考える契機にすべきである。■ 派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由■ 前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない■ マスコミの掌返し「小池バッシング」が浅ましい

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    金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

    李相哲(龍谷大教授) 北朝鮮の「非核化」をめぐり、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長とトランプ大統領の2回目の首脳会談が2月下旬に行われる見通しとなった。だが、金委員長の「新年の辞」を読み解けば「対内的には自立経済を強調、対外的には既存の核を保有した状態でアメリカとの関係改善を図る」ことを宣言したようなものだ。 対内的には「自力更生の社会主義建設の新たな進撃路を拓(ひら)いていこう」と呼びかけ、当面は国際社会の制裁が緩和されることはなく、厳しい状況が続くことへの予防線を張ったとみるべきだ。 金委員長にとって2018年は大変な年だったのだろう。中国税関の統計を基にすれば、昨年1年間の北朝鮮の対外向け輸出総額は2億ドルに満たなかった。猛暑や集中豪雨などで農作物の作況もよくなく、この先2~5月をどう凌(しの)ぐかを心配しなければならない状況だ。 ソファに座り、新年の辞を読み上げるという「余裕」を見せたのは、困窮した国内状況を隠し、焦りを見せまいとの演出だったのかもしれないが、金委員長は今、対内的にも対外的にも難しい状況に直面している。 関係者の間では、200万人に上る餓死者を出した90年代後半の「苦難の行軍」と似た第二の「苦難の行軍」が始まるのではないかとささやかれているという。このような難局を打開し、一気に国内外の問題を解決するには、対外関係で突破口を開く必要がある。 金委員長は、対外関係では三つの目標を挙げた。それは、①事実上の核保有国としての地位を国際社会に認めさせること②制裁の緩和③外来勢力の干渉を排除し韓国との経済交流の実現、である。 では、この三つの目標を金委員長はどう実現するつもりだろうか。まず、核保有国としての地位について、金委員長は「完全な非核化へ向かっていくのは、わが党と共和国政府の不変の立場であり私の確固たる意思だ」と述べた。世界が注目した金委員長のメッセージの中で最も重要な部分と言っていい。 金委員長が初めて肉声で「完全な非核化」に言及したとして、本当に非核化へ向けて動き出そうとしているのではないかと見る向きもあるが、このメッセージを誤って受け取ってはならない。 実は、金委員長の非核化に対する姿勢は全く変わっていないのだ。金委員長は「われわれはもうこれ以上、核の武器をつくることも実験もせず、使用も伝播(拡散)もしないことを内外に宣布」したと述べている。だが、過去に製造したとみられる核の武器をどうするかについては触れていない。むしろ、過去の核については、使用しないこと、拡散しないことを約束しておらず、廃棄についても言及していない。 北朝鮮の核は、既に保有しているとみられる「過去の核」と、現在なお能力の向上を目指して核物質を増やし、高度化を図っている最中の「現在の核」(国際原子力機関=IAEAやアメリカの研究機関の報告によれば、北朝鮮は核活動をやめていない)、核施設やミサイルエンジンの実験台など核能力を増強できる「未来の核」に分けられるが、金委員長が新年の辞でやめることにしたと言及したのはあくまで「未来の核」である。 金委員長は、このような「複雑に絡んだ問題」を解決するために、トランプ大統領と2回目の会談に臨む意思を示したが、未来の核をなくすことについても、既に前提条件をつけている。つまり、アメリカが先に核の脅威をなくすべきだと主張しているのだ。実際、金委員長は新年の辞で「アメリカが(トランプ大統領が)世界の前でした約束を守るべきだ」と述べている。 そもそも、昨年6月のシンガポールにおける米朝首脳会談で、トランプ大統領が金委員長に約束した事項は二つあった。「北朝鮮の体制の安全を保障すること」と「朝鮮半島の完全な非核化」だ。「これ以上の譲歩なし」 ただ、今まで「非核化」について、米・朝・韓・国際社会では各自が異なる解釈をしてきた。特に米朝の間では決定的に違う解釈をしている。非核化とは、当然ながら「北朝鮮の非核化」だ。しかし、最近になって金委員長が約束したのは「朝鮮半島の非核化」であり、アメリカが言う「北朝鮮の非核化」は誤りだと主張する(2018年12月20日付、朝鮮中央通信の論評)。 北朝鮮は米軍の「朝鮮半島を狙っている周辺からの全ての核の威嚇の要因を除去すること」を前提にしている。朝鮮半島周辺に米軍が原子力空母や核潜水艦、核弾頭を搭載可能な爆撃機など戦略武器を展開することをやめなければならない。 また、金委員長は「韓国は外勢(アメリカを指す)との合同軍事演習をこれ以上許容してはならず、外部からの戦略資産をはじめとする戦争装備の搬入も完全に中止されなければならない」と新年の辞で主張した。 そして、昨年から北朝鮮が講じてきた非核化の措置にアメリカが応える番との認識を示した。北朝鮮が非核化のための一環として豊渓里(プンゲリ)の核実験場を爆破し、ミサイル発射台、実験場の解体に動いた「誠意ある先導的な措置」に対し、アメリカがそれ相応の措置を講じなければならないと述べた。 さらに、金委員長は、アメリカに「何かを強要し、依然共和国に対し制裁と圧迫を続けるのであれば、新しい道を模索する」としながら、「正しい姿勢で対話に臨むべきである」と、一方的な制裁には屈しない姿勢をみせた。要するに、これ以上の譲歩がないことを表明したのだ。 北朝鮮はこれから、最高指導者の言葉を実現すべく、アメリカが先に相応の措置を講じない限り、一歩も引き下がらないだろう。アメリカが北朝鮮の要求に応じない限り、非核化交渉は進展しないとみるべきだ。 そしてその次は、制裁緩和を狙って硬軟両面戦術を駆使するだろう。「朝鮮半島と地域の情勢安定は決してたやすくつくられたものではない。周辺の国と国際社会は朝鮮半島の肯定的な情勢発展を推進しようとする北朝鮮の誠意のある立場と努力を支持すべきだ」とし、まずは国際社会が北朝鮮を評価し、「制裁緩和」に踏み切るべきだとする。 韓国との関係については、アメリカや国際社会の干渉や圧迫を排除し、北南関係を発展させるべきだと強調する。具体的に、開城(ケソン)工業団地の事業、金剛山観光事業再開を促している。ただ、これらの事業では「代価を求めない」「条件をつけない」と言ったが、制裁突破のための手段として、なんとしても2019年にはこの二つの事業は再開させたいのではないか。 狙いは、国際社会の制裁を無力化し、韓国との経済交流で突破口をつくり、平和と協力の雰囲気を維持しながら、国際社会の圧迫をはねつけるためとみられる。 非核化交渉において北朝鮮の本音は以下の三つだ。①核施設の無力化、例えば寧辺(ミョンビョン)の核施設の凍結については、査察の段階でアメリカ、日本、韓国などが独自で科している制裁の解除を求める②核能力の廃棄、すなわち核物質の廃棄、施設の廃棄を引き換えに国連制裁を解く③保有している核については、アメリカに核保有(国)を認めさせた上で、駆け引きを続けつつ、段階を踏みながら軍縮会談に持ち込む。ドナルド・トランプ米大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年6月、シンガポール(AP=共同) この三つのうち、トランプ大統領は①だけについては、応じる可能性はあるかもしれない。なぜなら、トランプ大統領は金委員長との2回目の会談に意欲を示し、完全な非核化の意思を一応は歓迎する意向を表明しているからだ。 ただ、金委員長は今まで、2018年4月20日の労働党中央全体会議で採択した決定(核実験場は使命を終え、ミサイル発射実験はもはや必要ない)内容を超える非核化の措置を講じていない。それ以上の行動に踏み切るのは北朝鮮内部でのコンセンサスが必要で、形式だけでも党内の手続きを踏む必要があるが、今のところそのような気配はない。迫られる二者択一 非核化交渉で進展を見るためには、トランプ大統領がまず一定の譲歩をするしかないが、トランプ大統領の立場がそれを許すか否かが問題だ。アメリカ議会の動向が影響するからだ。 2回目の米朝首脳会談は、トランプ大統領の政治的計算によって、妥結できるか否かが決まると思うが、トランプ大統領も容易に金委員長に譲歩できないだろう。 結果的に、非核化の交渉は困難を極めることが予想され、結果的には北朝鮮を「核保有国」として認めるか、決裂するかの二者選択に帰結されるのではないか。それを占う試金石が2回目の米朝首脳会談だが、スムーズにいくとは思えない。 では、日本との関係はどうなるだろうか。金委員長は、周辺国家との関係を再構築する突破口として、まずは休戦協定を終戦協定とし、ひいては平和協定を結ぶことだが、実現するには南北だけでは無理なことは分かっている。そのためには中国の協力が必要だが、既に中国は北朝鮮にその際の立場を伝えているのではないかと思われる。 新年の辞で金委員長は、韓国に対し、米韓合同軍事演習の中止のほか、戦略資産および高高度ミサイル防衛システム「THAAD」(サード)のような戦争装備に関する武器の持ち込み中止を求めたが、それは中国の立場を一部代弁しているものとみられる。 さらに、休戦協定締結当事国との間で終戦協定を結ぶべきだという要求も突き付けているが、これも中国の意向を反映しているものとみるべきだ。 要するに、金委員長は中国という後ろ盾との関係が最も大事だという認識を持っているのだろう。新年早々に中国を訪問したが、今年は中国との関係、特に経済面での関係改善に全力を挙げるはずだ。北京の人民大会堂で歓迎式典に参加する金正恩委員長(右)と習近平国家主席=2019年1月8日(新華社=共同) ただ、中国はアメリカと北朝鮮との間で二者択一を迫られており、中国の動きによっては北朝鮮問題で大きな転換(北朝鮮がやむを得ず中国の圧迫でアメリカの要求の一部を受容)をする可能性も否定できない。 日本との関係は、非核化交渉、米朝関係の改善、南北経済交流の次に考慮すべき問題で優先順位から外れている。 ただ、アメリカとの交渉が思う通り進まなかったり、決定的に破局を迎えそうになったりした際は日本との関係改善に動くのではないか。また、拉致問題や日朝国交問題を持ち出す可能性もある。いずれにせよ、日本との関係では、米朝の結果が見え始めたタイミングで動きを見せるはずだ。■北朝鮮非核化「トランプの財布」に日本が甘んじてどうする■感情論を捨てれば見えてくる、日本「北非核化」負担のメリット■金丸信「1兆円の約束」 日本が北朝鮮を支援する道理はない

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    ゴーン事件の報復? 憶測呼ぶ五輪疑惑、日本の「人質司法」は変わるか

    舛添要一(前東京都知事) 2020年東京五輪招致を巡る贈収賄疑惑で、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長がフランス当局の捜査対象となっていることが判明した。具体的には、竹田氏が理事長を務めた五輪招致委員会が、シンガポールのコンサルタント会社「ブラックタイディングス(BT)」に計180万ユーロ(約2億3千万円)を支払ったという点について、昨年12月にフランス当局が竹田氏に事情聴取を行ったという。 フランス当局は、BTのイアン・タン代表が、国際陸上競技連盟(IAAF)のラミン・ディアク前会長の息子、パパマッサタ・ディアク氏と関係が深く、招致委が支払ったコンサルティング料は、東京開催に向けた票の取りまとめのためのディアク氏親子への賄賂だったのではないかという疑いを持っている。ディアク前会長は2013年まで国際オリンピック委員会(IOC)の委員も務めていたし、息子のパパマッサタ氏もIAAFコンサルタントで、五輪招致には大きな影響力を発揮できる立場にあった。 大きな捜査権限を有する予審判事が手続きを始めたということは、重大な事件であることを意味し、ほぼ公判に向かうということを予想せざるを得ない。 都知事在任中、私は東京五輪の準備のために多くのIOC委員と会ったが、金銭感覚も雰囲気もそれまで私の経験したことのないものだった。また、過去の招致についてさまざまな黒い噂も聞いたが、このディアク氏親子についてもそうである。最近は随分改善されたと思うが、今でもさまざまな疑惑が話題に上ることがある。 予審判事による今回の贈収賄疑惑の捜査について、竹田氏は15日午前に会見を行い、「コンサルタント契約に基づいた正当な対価だ」と従来の主張を繰り返した。ところが、会見は約7分間で終わり、「フランス当局が調査中の案件のため」との理由で質疑には応じなかったため、詰めかけた内外のマスコミの不興を買った。 そもそも、この「事件」については3年前に話題になり、国会でも取り上げられたが、JOCの調査チームは2016年9月に、日本の法律やフランスの刑法、IOCの倫理規定に違反しないと結論づけている。日本ではこの問題が解決済みと認識されていたのであり、今になって再浮上したことは驚きをもって受け止められたようだ。 そこで、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告の逮捕劇と何らかの関係があるのではないか、「フランス側の報復か」「ゴーンと竹田の取引か」「意趣返し」だといった臆測が内外で流れている。そのような臆測を呼んだのは、二つの「事件」の展開のタイミングが絶妙だからである。私もその「偶然の一致」には驚いた。2018年1月、2020年東京五輪誘致を巡る贈収賄事件に関する会見に臨む日本オリンピック委員会の竹田恒和会長(川口良介撮影) まず、ゴーン被告が逮捕されたのが昨年11月19日で、フランス当局が竹田氏を聴取したのが12月である。年が明けた1月11日に、東京地検がゴーン被告を追起訴し、弁護人は保釈を請求した。この日、フランス紙ルモンドは、フランス当局が竹田氏を捜査対象にすることを報じたのである。 この流れを見ると、これ以上ゴーン被告の勾留を続けるならば、フランスは竹田氏を標的にするというメッセージだと思わざるを得ない。あまりにもタイミングが合いすぎる。日産の親会社であるルノーの筆頭株主はフランス政府であり、百戦錬磨の外交巧者であることはよく知られている。フランス流の司法を貫く 実際には、ゴーン逮捕の数カ月前から竹田氏の事情聴取の日程が決まっていたので、「意趣返し」というのは間違っているという報道もある。しかし、フランスの新聞が捜査状況を報道した1月11日というタイミングに何か裏があるように感じる。捜査の進展具合をマスコミにいつ発表、あるいはリークするかを決めるのは司法当局の裁量だからである。 ゴーン逮捕劇の「副産物」は、欧米先進国から見た日本の司法制度の「異質性」に国際的焦点が当たったことである。長期の勾留、取り調べに弁護士が同席できないことなどが挙げられる。 これまで、わが国では司法だけは聖域で、いかなる批判も許されないという空気が強かった。だが、こうして海外からの批判に晒(さら)されると、国民の間に制度の見直しを検討してもよいという意見が強まる可能性がある。そして、それは悪いことではない。 ゴーン被告の家族からも、検察の「非人道的な」取り扱いに批判の声が上がっている。 1月8日の勾留理由開示手続きにゴーン被告が出廷する前に、息子のアンソニー・ゴーン氏は、1月6日のフランスの日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュのインタビューで「愛する人が世間から完全に隔絶され、そこから出る条件が自白しかないとすれば、悪夢を終わらせる方法を見つけたいと思うだろう」と述べた。これは、長期勾留を可能にし、それをてこにして自白に追い込む日本の司法制度に対する痛烈な批判である。 また、妻のキャロル・ゴーン氏は、夫が日本の拘置所で「過酷な扱い」を受けていると、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチに書簡を提出して訴えた。その中で彼女は、長期勾留によって自白を引き出そうとする手法や弁護士の立ち会いが認められない取り調べについて言及し、「夫のような扱いは誰も受けるべきではない。日本のような先進国ではなおさらだ」と主張している。また、同団体も、ゴーン逮捕劇のおかげで長年看過されてきた日本の「人質司法(hostage justice)」制度に世界の注目が集まるようになったと指摘している。 このように日本の司法制度に対する国際的批判が強まっている中で、竹田氏がフランス当局の捜査対象となったのである。単純な比較はできないが、ゴーン被告は長期勾留され、竹田氏は勾留されないままフランス当局に事情聴取されている。日仏の司法制度の相違が見事に浮かび上がったという他はない。 15日、東京地裁はゴーン被告の保釈を認めない決定をした。証拠隠滅の恐れがあると判断したようである。保釈請求が却下されたことで、あと少なくとも2カ月間は勾留が続くとみられ、この勾留の長期化は、世界から批判を浴びそうである。東京地裁は、保釈を認めなかった理由をきちんと世界に説明しなければならない。カルロス・ゴーン日産前会長(中央)の保釈請求を認めなかった東京地裁(左)と、東京地検特捜部の入る法務・検察合同庁舎(右) これまでも、日本の司法は対外的に十分な発信をしてこなかった。しかし、ゴーン被告の逮捕によって、世界から日本の司法制度が注目されるようになってしまった。国内向けには「聖域」として批判を排除できたかもしれないが、もはや国際的にそれが可能な時代は去ったと言ってよい。 日本が日本流の司法を貫くように、フランスもフランス流の司法を貫く。フランスの刑法に従えば、公務員でなくても竹田氏とディアク前会長の間で贈収賄罪が成立する可能性がある。今後の展開は予断を許さない。■「階級社会フランスへの挑戦」ゴーンの原点はここから始まった■ゴーン氏逮捕の決め手「内部通報」はどういう制度か■東京地検特捜部、ゴーン会長逮捕に「米国の陰謀」はあったか

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    拝啓、ZOZO前澤友作様「1億円バラマキ、本当に下品です」

    藤田孝典(NPO法人ほっとプラス代表理事) 衣料品通販大手ZOZO(ゾゾ)の新春セールが史上最速で取扱高100億円を突破したとして前澤友作社長が私財から100人に100万円ずつ総額1億円を配る「お年玉」企画をツイッター上で行い、話題をさらった。 企業拡大の一方で低賃金労働者を利用し、貧困や生活困窮を生み出しておきながら、このような「お年玉企画」で人々に夢を見させて、夢を語らせ、成金経営者の承認欲求や満足のために利用する姿は見るに堪えない下品さがある。 私は昨年、コミュニケーションデザイン室長、田端信太郎氏とAbemaTVやツイッターなどで議論を続けてきた。さらに前澤社長ともツイッターでやり取りを行い、彼らの欺瞞(ぎまん)性を指摘し続けてきた。なぜなら、同社は社員が働きやすい企業、従業員が楽しく働ける企業であるという「ウソ」を喧伝(けんでん)してきているためだ。 近年、東証に上場する企業、急成長する企業は、派遣労働者、非正規雇用を大量に利用して利益をあげてきた。彼らの富の源泉は、低賃金労働者への労働力搾取に起因している。その成長や利益の背後には、大量の派遣労働者が存在している。彼らの言う社員や従業員のなかに派遣労働者は含まれていないばかりか、正社員との待遇差別も著しい。 派遣や非正規は好きでやっているのではないか、という意見もあるが、「不本意非正規の状況」(厚生労働省)によれば、正社員として働く機会がなく、非正規雇用で働いている者(不本意非正規)の割合は、非正規雇用労働者全体の14・3%(平成29年平均)である。相変わらず、不本意非正規の数も多い。記者発表会でプレゼンテーションするスタートトゥデイの前澤友作社長=2018年7月3日、東京都港区 これは大きな問題である。日本の相対的貧困率は15・7%(平成27年)と主要先進国の中でも高い。日本は貧困に苦しむ国民が多い国である。なかでも働く労働者の貧困であるワーキングプアは大きな社会問題となっている。 子供の貧困も働く親の所得の低さに原因があり、その背景にはワーキングプア問題がある。特にシングルマザーの貧困は、先進諸国最悪の相対的貧困率を記録するほど深刻であり、女性のひとり親の多くが非正規雇用で働いている。 ZOZOの倉庫作業などを担う派遣労働者のなかにも、生活苦を抱える人々が含まれていることは容易に想像できることだ。要するに、ZOZOの利益の源泉は、大量の派遣労働者や非正規雇用を抱え、ワーキングプア問題と不可分であり、多くの犠牲を強いながら生み出されたものなのだ。ZOZOで働く労働者の声 同社は、これら低賃金労働者の存在に甘えて、株価の高騰や企業の成長を維持しているにすぎない。どれだけ株価高騰、企業価値の向上は経営陣の手腕だと言おうが、現場の労働者がいなければ生産や流通を担えないし、富は絶対に発生しない。古くはカール・マルクスが19世紀に大著『資本論』において喝破した内容である。 このような背景があるからこそ、私たちは昨年12月31日に労働組合のメンバーとZOZO新習志野の倉庫付近で派遣労働者に対し、街宣活動を行った。そこでは、大量の派遣労働者が「ZOZOBASE」と書かれたバスでピストン輸送されて、工場の配送作業を支えていた。 この街宣活動に至った理由は、私の元に派遣労働者から匿名で相談が寄せられたからでもある。相談は業務内容に比例して賃金があまりにも安いというものだ。正社員の賃金や待遇は一定程度担保されているが、派遣労働や非正規の現場は凄惨(せいさん)だというのである。 彼女の訴えによれば、時給は3年間働いても1000円のままであり、責任をもって顧客の配送先である住所や名前など個人情報を扱うにしては低すぎるというものだ。これらの信ぴょう性を確認するための行動だった。 新習志野で多くの派遣労働者と話をすることができた。前澤社長や田端氏は現場の倉庫には足を運んで派遣労働者の声を聞いていないことも理解できたし、匿名の彼女の訴えは真実だとも理解できた。実際に新習志野で話した20歳代前半男性の派遣労働者は「僕の時給は1000円です。個人情報を大量に管理していますし、この賃金では安いと思います。社長が1000億円もかけて月に行くというなら僕らの賃金を上げてもらいたいというのが正直なところです」と語った。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 彼の職務内容を聞けば、責任ある正社員が行うべき業務を派遣労働者が低賃金で担っている。ZOZOのインターネットのサイトではこのような労働者の姿は見えてこない。しかし、皆さんのもとに届く注文品は、派遣労働者が低賃金で配送作業に関わっているものだ。安いものには誰かの犠牲が必ず生じている。注文する前にどのような工程で商品が届くのか、再度検討してみてほしい。 それでもZOZOの田端氏は派遣労働者を酷使しているくせに、ツイッターなどで「過労死は自己責任」や「誰にでも出来る仕事の給料は上がらない」といった上から目線で労働者を蔑視する主張を繰り返してきている。不都合な真実は隠す さらに、顧客に対してZOZOに取り入るように、モバイル決済アプリ「LINEpay」を通じて、個別にクーポンを配布することを展開してきている。現金配布ではないが、それに近いことは過去に行ってきたのである。 そしてその延長線で、前澤社長は「お年玉企画」と称した行為に至った。企業経営者が現金配布をなぜしなければならないのか。過去にそのような愚行に及んだ企業があっただろうか。 私たちはこのような現金による無作為な配布を要求することは一切していない。利益を上げているのであれば、派遣労働者や非正規労働者の賃金を引き上げるべきだと述べてきた。それらはいまだに実現していない。 末端の労働者を重視しない企業であれば、株価にも影響するだろう。実際にZOZOの株価はピーク時(5000円弱)と比較して、直近では2000円程度まで下げている。私たちは企業の敵ではなく、適正な経営を促していきたいと思っているのだが、一向に聞く耳を持たないことは残念である。引き続き現場の労働者の声と共に改善要求をするまでである。 そもそもZOZOはなぜここまで短期間で利潤を追求できて、成長も続いてきたのだろうか。社長の手腕なのだろうか。そんなわけないだろう。低賃金の労働者が大量に役割を担ってきてくれたからではないか。それらの人々への敬意や感謝の念が感じられれば、ここまでわれわれが問題視することもなかったであろう。 要するに、首尾一貫して、ZOZOの急成長や膨大な利益を生んできたのは、派遣労働者や非正規雇用を大量に利用し、労働者を搾取してきた構造ではないか、ということである。月旅行を契約し、記者会見でポーズをとるZOZOの前澤友作社長=2018年10月9日、東京・有楽町の日本外国特派員協会 これに対して、ZOZOは派遣労働者を含む非正規雇用が自社でどれだけあるのか、一貫して開示していない。不都合な真実はあくまで隠したいようだ。 私はブラック企業ユニオン、首都圏青年ユニオン、プレカリアートユニオン、エキタスなどの労働組合や市民団体と共に、「お年玉企画」といった煙幕に巻かれることなく、企業の利益の源泉を追求し、貧困や格差の原因にメスを入れていきたいと思っている。 まともな改善要求を受け入れるのか、それとも批判とともに沈みゆく企業として汚名を残すのか、2019年はその真価がZOZOに問われることとなるだろう。ぜひ消費者、投資家は引き続き厳しい視線でZOZO関係者の言動を注視していただきたいものだ。■剛力彩芽はきっとZOZO前澤友作氏を踏み台にする■2ch創設者ひろゆき提言「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」■母子家庭の子供は「問題行動を起こす」という言説の欺瞞

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    「南青山は成金趣味の街?」児童相談所建設、反対派の困った論理

    舛添要一(前東京都知事、元厚生労働大臣) 東京都港区が南青山に児童相談所を建設する計画が公表され、一部住民が反対の声をあげて、大きな話題となっている。この問題は、テレビのワイドショーなどで取り上げられて全国規模の話題となり、芸能人をはじめ、さまざまな立場の人たちがコメントするに及んでいる。今のところ、反対派住民に対する痛烈な批判が圧倒的に多くなっている状況である。 ある事やある人物が問題になり、そこに焦点が当たると、全マスコミが集中して報道し、標的にされた者のほとんどは「討ち死」にしてしまう。2018年を振り返ると、スポーツ界のパワハラ問題がそうであり、引退する力士や辞任する監督が相次いだ。 テレビは視聴率、週刊誌は部数が命であるから、それが稼げるネタを探しまくる。そのような材料として、あるテレビ局が取り上げたのがこの青山の児童相談所建設問題だったのである。10月中旬のことである。 都知事を辞めて2年以上が経過し、しかも都ではなく、港区が行う事業なので、私も話題を知ったのはそのテレビ番組がきっかけだった。とにかく「青山ブランドの一等地に迷惑施設を造られるのは困る」、「地価が下がる」、「港区からの説明がない」、「事業費が高すぎる」など、反対派住民の言い分通りの番組作りであった。 反対派の火種に油を注いだつもりだったのであろう。港区は10月12日と14日に住民説明会を行っていたが、番組は会に集まった反対派住民の意見を反映させたものにすぎない。この住民説明会はテレビで中継されたわけでもなく、賛成派の意見が紹介されることもなかった。そもそも、賛成派はこの説明会には参加していなかったのではなかろうか。 その後、他のマスコミ、特に朝日、読売といった全国紙がこの話題を取り扱うに及んで、少しずつ風向きが変わってきた。さすがに、新聞記事はテレビ電波と違って活字が残るので、データも間違いないように注意してあるし、賛否両論を併記するようにしてある。また、テレビのワイドショーのように、芸能人が思いつきで述べたコメントではなく、専門家、有識者によるきちんとした見解が掲載された。 その後、児童虐待や不動産鑑定の専門家もテレビのゲストとして招かれるようになり、反対派住民などの無知や誤解を正していったのである。10月中旬に偏見に満ちた内容の放送を流した番組も、今では反対派住民の批判を展開している。確かに、誤りを正すことは悪くないが、テレビの安易な番組作りの実態がよく分かる。 そもそも、番組作りに当たるテレビ局や下請けプロダクションのスタッフは、児童相談所とはどういう施設かということも調べずに作業をしていたのではないか。もしそうならば、反対派住民と五十歩百歩である。都立青山公園(ゲッティイメージズ) 青山での児童相談所建設計画に反対するのなら、児童相談所に関する基本的な事実くらいは調べてから、発言したらどうなのか。インターネットで調べれば、情報はすぐに入手できるはずなのに、それも行わないで発言するのならクレイマーの資格もないと言わざるをえない。 私は若いころ、表参道交差点の近くに住んでいたことがあるが、そこは今回の建設予定地、南青山5丁目の近くである。青山通りや骨董(こっとう)通りから一歩奥に入ると静かな住宅地となる。地下鉄の便利がよいことは最高であったが、日常生活に必要な買い物などは不便である。「反対派の怒号が地価下げる」 もともと、青山という地名は徳川家康の家臣、青山忠成の下屋敷地だったことに由来する。1920(大正9)年に明治神宮が創建され、表参道も整備される。戦後は、1964(昭和39)年の東京五輪を前に、青山通りが拡張され、その後70年代から80年代にかけてファッションの街として有名になった。 確かに、ファッションの街としてのブランドはあるかもしれないが、もともとは中流階級の住む落ち着いた街であった。五輪後に移住してきた人たちには、「成金趣味」と言ってよい人もいる。 私は、その後、大田区の田園調布に移り住んだが、ここは1918(大正7)年に渋沢栄一らが開発した街であり、大きな屋敷も多く、青山よりも風格がある。ブランドかどうかは他人が判断するものであり、そこに住む者が、それを理由に他者を排除しようとすると、傲慢(ごうまん)だとの誹(そし)りを免れない。 マスコミが賛否両論を公平に伝えるようになった後の12月14、15日に、多くのテレビカメラが取材する中で、住民説明会が開かれた。会は、賛成派も含めて約300人が参加する大盛況だったが、これはマスコミ報道の影響であろう。 そして、この説明会で反対派住民は致命的な失敗を犯したのである。彼らは、「南青山には児童相談所は似合わない」と青山ブランドを鼻に掛けたり、「周囲には高級マンションがたくさんあり、子どもが泣いたら近所迷惑になる」と児童相談所についての無知を晒(さら)したり、「なぜ青山に造るのか」と説明済みのことを蒸し返したりしたのである。 このような発言が全国に放送されると、一斉に非難の的となった。テレビにネタをタレ込むのと同じ手法が、何千万もの人が見ている全国放送で通用するはずはない。「児童相談所建設で地価は下がらない。反対派住民の怒号こそ地価を下げる」という不動産鑑定士のコメントが、反対派住民の敗北を象徴的に物語っている。 香川県から目黒区に転居した5歳の女児が虐待されて、昨年3月に死亡した事件はまだ記憶に新しい。この事件のような児童虐待が大きな社会問題になっているときだけに、虐待された子供たちを救う施設の建設には反対する理由はないのである。児童相談所設置を巡り東京都港区が開いた住民説明会=2018年12月14日夜 港区側の説明にも不十分な点があったかもしれないが、少なくとも児童相談所は産業廃棄物最終処分場とは違うのであり、青山ブランドを傷つけることにはならない。逆に、虐待された子供を救出するための施設があることが、かえって街の価値を上げることにもつながる。 児童相談所については、東京都と特別区がどのような役割分担をするのかが大きな問題となる。例えば、世田谷区は2020年度に児童相談所を開設する予定であるが、世田谷区には都の世田谷児童相談所が既にある。二つ併存する理由を見つけるのは困難である。世田谷以外の区で都の児童相談所があるのは、足立、江東、北、品川、杉並、新宿の6区であるが、ここに区の児童相談所を造らねばならない理由をどう説明するのであろうか。 さらには、地方自治体は国有地の払い下げを優先的に受ける権利があるが、その活用方法については、広範なコンセンサスを得る努力が必要であろう。今回の児童相談所の建設問題は、青山ブランド騒動を超えて多くの議論すべき問題を内包していることを指摘しておきたい。■アパマン爆発事故「不動産屋はぼったくり」は本当か?■「プラ製ストローは害」という欺瞞に日本人が付き合う道理はない■むしろ避難しない方が安全? 「防災マップ」はこんなにもヤバい

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    アパマン爆発事故「不動産屋はぼったくり」は本当か?

    門傳義文(ラインズマン代表取締役) 「やっぱり不動産屋はぼったくり?」。こんな声が聞こえてきそうな問題が平成最後の師走に起きました。 12月16日、札幌市豊平区の不動産仲介「アパマンショップ平岸駅前店」で爆発事故が発生しました。負傷も多数出ましたが、隣接する居酒屋や周囲の建物のガラスが割れるなど、火元から数百メートル離れたところでも被害が確認された爆発事故となりました。第一報を聞く限り、きっと多くの人が居酒屋内のガスボンベが爆発の原因だと思ったことでしょう。しかし、捜査当局や消防当局のその後の調べで、原因はアパマンショップ社員が大量の消臭剤スプレー缶を処分中に起きた爆発事故だったことが明らかになりました。この報道がきっかけとなり、今度は賃貸物件仲介業者のずさんな実態に批判の声が上がりました。 かくいう筆者も不動産を扱う仕事をしているのですが、不動産関係者が集まった忘年会では、この話題で持ち切りになったことは言うまでもありません。そこで本稿では、今回の爆発事故を機に不動産業者からの目線で、あまり知られていない賃貸物件仲介の実態や問題点などを解説していきたいと思います。 まず、大爆発を引き起こすほどの消臭剤がなぜ不動産屋にあったのか。ここが最も疑問に感じた部分でしょう。そもそも、賃貸物件の契約時の付帯商品には「消臭代」というものがあります。要は、入居前に行う消臭や除菌、抗菌にかかる作業工賃のことです。 不動産の募集要項では以下のように、備考欄に小さく記載されています。ただし、これはすべての賃貸物件に付いているわけではありません。後述しますが、一部の賃貸物件だけです。 この消臭代は、借主がリクエストするものだと思う人もいるでしょうが、実際には半ば強制的に抱き合わせとして販売されるケースがほとんどです。 不動産賃貸の契約における「抱き合わせ商法」は、本来NGなのですが、グレーゾーンとして一部の不動産業者では慣例化しているのが実態です。この抱き合わせ商品の在庫こそ、件の爆発事故が起きた店舗に大量の消臭剤があった理由だと思われます。 では、東京都内ではどのくらいの物件に消臭代の抱き合わせ物件があるのでしょうか。私たちが活動するエリアで調査したところ、対象になっていたのは以下の地域でした。新宿、目黒、世田谷、渋谷、中野、杉並、豊島、板橋、練馬の9区です。 上記の表が示す通り、募集物件の約3%で消臭代が付いているのが実態です。これは、賃料が安い物件のほか、敷金や礼金が無しの場合に多い傾向があります。不動産賃貸業の主な売り上げには、管理費や仲介手数料、リフォーム関連、アパート建築、付帯商品(保険など)があります。 もちろん、各不動産業者の営業スタイルによって内訳もさまざまです。今回、問題となったアパマンショップは、運営会社が「アパマンショップリーシング北海道」で、名前に「リーシング」も付いていることから、入居者あっせんによる仲介手数料が主な売り上げだったと考えられます。 賃貸の仲介手数料というのは、成約時に賃料の1カ月分というのが一般的です。なぜなら、ルールである宅地建物取引業法(宅建業法)では、借主もしくは貸主からそれぞれ賃料の0・5カ月分以内が原則ですが、依頼者の承諾があれば、1カ月分を上限に借主、貸主のどちらか一方からも受け取れると定めています。ゆえに、借主から1カ月分というのが慣例となっています。 実は、この仲介手数料の上限が賃料の1カ月分という決まりが、不動産賃貸業を難しくしている一面でもあります。同じ仲介の仕事であっても、賃料の1カ月分という不条理な実態があり、これが今回の問題の大本(おおもと)になっていると考えられます。 爆発事故が起きたアパマンショップのエリアでは、一室10帖(じょう)の賃貸マンションの家賃相場が約4万円だったそうです。東京都内で同じスペックの物件となると、10万円前後の家賃になりますから、仲介業者が同じ仕事をしても1回の契約当たり6万円程度の差が出てしまうことになります。仲介手数料を上げるべきか また、件のアパマンショップのサイトを見てみると、仲介手数料が無料という物件も多く掲載されています。では、その差額や無料サービス分をどうやって補填(ほてん)しているでしょうか。実はこれこそが前述した「付帯商品」のカラクリなのです。 つまり、仲介手数料だけではビジネス的には成り立たなくても、付帯商品などを多く販売することで売り上げをかさ増ししているのが実態なのです。「仲介手数料無料」の宣伝はインパクトが大きいだけに、最近ではこのようなビジネスモデルの不動産業者が確かに増えています。 もう少し付帯商品の例を紹介してみると、入居前の消臭代の他に、簡易消火器や24時間サービス、更新事務手数料などがそれに当たります。むろん、いずれも割高なケースがほとんどです。 また、更新料がある地域は限られますが、これまでは「1カ月」という金額が一般的でした。最近は更新料1・5カ月、さらに事務手数料も上乗せして徴収されるような物件も増えているようです。「仲介手数料だけでは十分な利益が得られず、ビジネスとして成り立たない」。募集図面に記載された備考欄はそれを如実に表わしているメッセージと言えるでしょう。 次に賃貸の成約件数が下降しているという背景が分かる下記のデータ(2018年12月発表「日管協短観2018年上半期4月から9月」公益財団法人日本賃貸住宅管理協会日管協総合研究所)を見ていただきましょう。 日管協総合研究所が年2回発表している日管協短観で、不動産賃貸の市場を分析し分かりやすくまとめてあります。同研究所のコメントによると、「賃貸の成約件数は下降しており、賃貸仲介の売り上げは横ばい、付帯商品の売上は下降」とあります。 このデータから今回の爆発事故を考えると、目標とする成約数に達しなかったために、付帯商品である消臭剤が大量に余り、自ら処分せざる得ない状況に追い込まれた可能性があります。 こうした問題の本質としては、賃貸の仲介手数料が時代に合わなくなっていることも要因の一つでしょう。賃貸の場合、特に地方は賃料も安く、仲介手数料では割に合わなくなっているからです。付帯商品で補填するか、物件情報を囲い込んで手数料を上げるしか売り上げを増やす方法がないのです。 そもそも論ですが、なぜ賃料の1カ月分が仲介手数料の上限なんでしょうか。先にも記しましたが、仲介の仕事はケースよっては楽な場合もあり、逆に時間やコストがかかり、賃料1カ月分では割に合わないこともあります。もっと良い決め方があるのではないかと個人的には思います。 この実情を踏まえれば、今回の事故でイメージがついた「アパマンショップ=悪質」ではなく、所管官庁である国土交通省の一部マーケティング不足による、末端業者へのしわ寄せの方が事の本質と言えるのかもしれません。宅建業法で定められた仲介手数料の上限が「賃料の1カ月分」という時代遅れとも言える規制の見直しが進めば、今後の不動産賃貸市場は良い方向に向かうのではないでしょうか。 実際、空き家急増に対処するため売買物件の仲介手数料を上げたように、賃貸の安い物件にも何かしら手を打っても良いのではないかと思います(売買では2018年4月から、400万円以下の物件の手数料上限が緩和されました)。記者会見で謝罪するアパマンショップリーシング北海道の佐藤大生社長。手前右は消臭スプレー缶=2018年12月18日、札幌市北区 人生で不動産取引を経験する回数は、指で数えるほどという人がほとんどだと思います。それゆえ、不動産業者の言われるがまま、何が正しいのか分からないまま契約してしまうケースが多いのでしょう。賃貸では、火災保険の選択肢が顧客側になく、不動産業者の勧めるプランしか選べないという実態もあります。 今回の問題を受けて、自分の不動産契約を振り返り疑問に思った人は少なくないでしょう。成約済みの物件を広告に載せて客を呼び寄せる「おとり広告」、スルガ銀行のシェアハウスをめぐる不正融資問題もあり、カモにされ、被害を受けるのはいつも一般消費者です。 重ねて強調しておきますが、業者側だけでなく一般消費者もきちんと守られるシステムになるよう、そろそろ不動産賃貸に関する規制の見直しを進めるべきではないでしょうか。今回の件をきっかけに、不動産を取り巻く環境が少しでも良くなることを節に願います。■ 廃墟か建て替えか、それとも延命か…老朽マンション「重い決断」■ 放置された「限界マンション」は公費で解体するしかない■ 残ったのは空室アパートとローン、高齢者を騙すサブリース契約の罠

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    崖っぷちの金正恩、万策尽きた文在寅「南北首脳の叫び」

    重村智計(東京通信大教授) 北朝鮮の報道や声明をそのまま信じると騙される。真実は常に隠されており、裏読みが大切だ。筆者が繰り返し唱えるこの真理を、日本のメディアや専門家はなかなか理解しない。東京都美術館では、ノルウェーの画家ムンクの作品展が開催されている。彼の代表作『叫び』は、南北首脳の現在の心境を表現しているように思える。 北朝鮮は12月17日、金正日(キム・ジョンイル)総書記の死去から7年を迎えた。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は幹部を従え、父親の遺体安置廟(びょう)を訪問し「(父親の)路線を固守した」と述べた。前日には、北朝鮮外務省の米国研究所が「非核化への道が閉ざされる」との談話を出した。 これらの発言は、事態が好転しないことへの痛々しい悲鳴だ。一方で、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率も40%台に突入し、なおも下降を続けている。 今、北朝鮮の指導部で何かかが起きている。ここ数カ月、日米韓の情報機関は2人の高官の動静を注目していた。1人は、統一戦線部長を兼ねる金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長。米朝交渉の責任者だが、2カ月以上姿を見せなかった。米国のポンペオ国務長官は交渉相手の「金英哲」と連絡がつかない、と更迭の可能性に言及していた。 もう1人は、朴光浩(パク・クァンホ)党副委員長だ。金委員長の妹の与正(ヨジョン)女史の側近とされ、大出世した。さらには、党の宣伝扇動部長を兼ね「実力者」と言われていた。それが、金総書記「七回忌」の写真に姿が見られなかった。 朝鮮中央通信は12月17日、幹部を従えた金委員長が父親の遺体が安置される錦繍山(クムスサン)太陽宮殿に参拝する写真を公開した。早速、各国の情報機関はこの写真を徹底して分析した。2018年12月17日、錦繡山太陽宮殿を訪れた金正恩朝鮮労働党委員長(奥の前列左から6人目)ら=平壌(朝鮮通信=共同) ところが、金副委員長の名前と顔は確認されたが、朴副委員長の名前と顔は発見できなかった。朴副委員長は12月10日に、北朝鮮の人権侵害や言論封殺に関与したとして、米国の制裁対象に指定されたばかりだった。核実験再開「脅し」のウラ この事実を踏まえ、金委員長の言葉や北朝鮮外務省研究所の声明を読み解くと、金委員長の苦境と「叫び」が理解できる。 金委員長は、金総書記「七回忌」に「党は7年間、将軍の思想と路線を固守し、遺訓を貫徹するために闘争してきた」と述べた。だが、この指摘は事実ではない。父親が掲げた「先軍政治」を「使命を果たし、勝利した」との理由で廃止したからだ。 その代わり、「核開発と経済建設」の「並進路線」を宣言した。軍部を納得させるために「核開発」のスローガンは降ろせなかったのである。ところが、昨年末には「核武力完成」を理由に並進路線をやめ、「経済優先」に変更した。確かに、北朝鮮が直面する「経済停滞」を打開するには正しい政策転換だが、軍部エリートの反発は強い。 その反発を意識して「金正日総書記の指示通り実行してきた」と強調し、自身の責任を回避しようとする意図がありありだ。つまり、経済開発がうまくいっていない現実を雄弁に物語っているのだ。 昨年11月末、北朝鮮は「核武力を完成させた」と宣言し、核とミサイルの実験中止を宣言した。これを受け、米国のトランプ大統領は米朝首脳会談に応じた。ところが、北朝鮮への制裁は全く緩和されず、経済も停滞したままだ。この状況に、軍エリートの間では「実験中止は早すぎた」との批判の声が聞かれるという。 そのような中で、北朝鮮外務省の米国研究所は12月16日に「制裁圧迫と人権騒動で核を放棄させられると計算したのなら、大きな間違いだ。非核化への道が永遠に閉ざされる」との声明で、核実験を再開すると「脅し」をかけた。この声明は「北朝鮮軍部の批判」を意識したもので、軍をなだめるためのものだ。2018年12月17日、北朝鮮の金正日総書記死去から7年を迎え、平壌の同氏の銅像(右)が立つ「万寿台の丘」を訪れた市民ら(共同) 北朝鮮が、米国を刺激しないように神経を使っている様子がよくわかる。もし、外務省が自ら声明を出せば、米国が反発する。それを避けるために「米国研究所政策研究室長」という低いクラスの肩書を使った。だいたい「米国研究所」が実在するかどうかも疑わしい。看板だけの存在だろう。 北朝鮮経済は、韓国の経済学者によると「17年の経済はマイナス5%成長で、18年もマイナス成長」という。経済は良くなっていない。米国の経済制裁が効果を上げているのである。金正恩「ソウル訪問」の実現度 それに加え、日米中露との外交関係も打開できていない。平壌では、金委員長が18年10月にロシアを訪問して朝露首脳会談を行い、中国の習近平主席の北朝鮮年内訪問で中朝首脳会談が実現し、その後に米朝首脳会談だとの見通しが語られていた。ところが、三つの首脳会談は全て実現しなかった。どの首脳も金委員長を相手にしてくれないのだ。 トランプ大統領は、既に北朝鮮への関心を無くしている。2019年、米国の関心は一気に次期大統領選挙へと向かう。非核化に応じない北朝鮮を相手にする余裕はない。 一方、韓国では年末に入って「金委員長の韓国訪問」の噂が意図的に流された。支持率低下が止まらない文陣営が、支持率アップを狙った「世論操作」だろう。韓国の歴代政権で、50%以下の支持率に低下した後に回復した例はない。1年後の2019年末には30%台まで落ち込むと、ソウルの政界ではもっぱらの噂だ。 文大統領は、金委員長の訪韓に期待をかけているようだが、来るわけがない。訪韓のためには、南北鉄道の開通や開城(ケソン)工業団地の再開など、国連の経済制裁解除や緩和が必要だが、米国は決して認めないだろう。 また、仮に訪韓が発表されても、韓国内で大反対運動が起こり、金委員長の写真や北朝鮮国旗が焼かれるのは避けられない。金日成(キム・イルソン)主席や金総書記の写真も踏みつけられるだろう。そうなれば、金委員長の訪韓は中止される。北朝鮮国内でも、側近が「訪韓すれば暗殺されます」と忠義顔をして反対する。 文大統領が期待する支持率回復の夢は幻でしかない。2019年からは与党や左翼勢力の中で、次期大統領候補を巡る政争がさらに激化するからだ。2018年9月、白頭山(ペクトゥサン)のカルデラ湖「天池」で、つないだ手を上げる北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(中央左)と韓国の文在寅大統領(同右、平壌写真共同取材団) 既にソウルの政界では、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長のスキャンダルの噂や逮捕の見通しが語られている。次の大統領を狙う任鍾晳(イム・ジョンソク)大統領秘書室長と朴市長の対立はソウルでは常識だ。 2019年の韓国では、左翼政権内の政争やスキャンダルが噴出し、文政権の支持率も低下、左翼政権への失望が高まるだろう。南北朝鮮ともに激動の年になるのは間違いない。■ 「同情するならカネをくれ」金正恩がプーチンを見限った理由■ 漂流する日韓関係 「ニッポン軽視」文在寅が抱えた政治リスク■ 習近平先生の怒りを買った「悪ガキ」金正恩の大チョンボ

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    埼玉新聞に突撃取材「韓国との交流事業中止はネトウヨのせい?」

    小西寛子(声優、シンガーソングライター) 埼玉県秩父市が12月から実施予定だった同市の姉妹都市である韓国・江陵(カンヌン)市との職員相互派遣事業について、市役所に抗議が殺到し、久喜邦康市長が中止を決めたという、11月28日配信の埼玉新聞のネット記事が目に留まった。 秩父市と江陵市は昭和58年に姉妹都市になり、職員派遣による交流は35年間続いている。秩父市は今年10月、一層の友好関係の発展につなげる目的で「姉妹都市間の職員相互派遣に関する協定書」を締結。職員研修の一環として毎年相互に職員1人を半年間派遣し、行政の実務研修を受けさせる計画だった。 秩父市としては韓国人観光客の誘致を狙うインバウンド事業を推進するために観光課海外戦略担当職員を12月初旬に派遣し、一方の江陵市からも12月下旬から来年1月にかけて職員の受け入れを予定していたらしい。 このニュース自体は特に気になるものではなかったが、私がやや違和感を覚えたのは記事中のある表現だった。 記事によれば、秩父市が今月5日に職員派遣を発表した後、同市にはインターネット上で右翼的な発言をする「ネット右翼」とみられる人々から、「江陵に慰安婦像があるのを知っているのか」「秩父は好きだったけど、秩父には絶対に行かない」などといった抗議のメールや電話が約50件以上寄せられたという。江陵オリンピックパーク近くの鏡浦湖のほとりにたたずむ慰安婦像=2018年2月14日、韓国・江陵(桑村朋撮影) この記事の下りで、特に気になったのが「インターネット上で右翼的な発言をする『ネット右翼』とみられる人々」という表現である。 記事の流れからみると、市役所の広報担当や同事業の担当者が取材に答えたようにも見える。もし、これが行政側の発言であったとしたら、いささか問題ではないだろうか。つい先日も、埼玉県鴻巣市のショッピングモールで開催予定だった自衛隊関連のイベントが「市民団体」の抗議で中止になったという報道があったばかりである。しかも、秩父市と同じ埼玉県内で起きた問題だった。 このときは抗議の主が「市民団体」や「市民」という表現が使われていたが、今回のケースは「ネット右翼」。しかも、この「ネット右翼」という言葉は、一般的に侮蔑的な意味合いで使われることが多い形容表現である。秩父市の職員派遣中止は本当にネット右翼による抗議が原因だったのか。どうしても真相が気になった筆者は直接、秩父市役所など関係各所に取材をしてみた。ネット右翼は新聞社の判断? 11月28日午後、秩父市役所に電話取材を申し入れ、秘書広報課を通じて以下の2点を問い合わせたところ、人事課長から下記のような回答が得られた。質問① 本件の記事について経緯を知りたいのですが、どのような流れで職員相互派遣の中止を発表されたのでしょうか。 「12月定例市議会の開会初日に、市長自らが「職員の派遣を中止した」と言及し、明らかになりました。それを受けて、地元紙である埼玉新聞記者が秘書広報課に取材に来られ、記事になったということです」質問② 記事中にあった「ネット右翼」という表現について、市がそういう表現を使って発表した事実はあるのか。 「そういう表現を市側が使ったのかどうか、ということですよね? (その前に)まず、今回の件に関しては多少誤解もあるようなんですが、江陵市との姉妹都市協定は、既に昭和58年からやってます。今年は35周年という節目でもあり、6月には江陵市の市長さんがこちら(秩父市)に来られ、その際両市長が相互派遣をやろうと合意したんです。こちらとしては市長からの指示を受け、相互派遣の事務を進めていました。 埼玉県内の自治体でも珍しい事業であり、11月5日に地元記者クラブに投げ込みの資料提供を行いました。その後、19日くらいから市のホームページ内のメールサイトを通じて、相当数の苦情が寄せられたことは事実です。 その内容は言葉に出せない誹謗中傷のようなものもありました。ちょっと大げさかもしれませんが、両市を行き来する職員に身の危険があるとか、不快な思いをする可能性は拭いきれないということから、市長が急遽中止という判断を下しました。 当然ながら、私どもから「ネット右翼」などの表現を使って説明した事実はありません。正直、こちらも驚いております。そういった状況を踏まえて再度、秘書広報課につなぎますので(そちらでも)ご確認ください」 再度、人事課長から秘書広報課につないでもらうと「担当課長が申し上げた通り、こちらでも一切そういった表現は使っていません」との回答を得た。 であるならば、記事中の「ネット右翼」という表現は、新聞社が独自の判断で使ったのだろうか。 双方から事情を聞きたいと思い、筆者の事務所を通じて同じように埼玉新聞報道部を名乗る関係者に電話で取材した。自分の名前は最後まで名乗らなかったが、この人物によれば、「まあ、その…舌足らずというか。当該部分は慌てて削除したんですけど、ちょっとネットに出てしまって…」というような状況だったらしい。 はっきり言って、この説明だけではどうにも腑に落ちない。関係者個人の見解ではなく、より正確な事実を知るために、改めて書面で埼玉新聞社に取材を申し入れた。その後、埼玉新聞からは30日午後になって、筆者の事務所宛てに下記の回答メールが届いた。質問及び回答内容は下記の通りである。質問①   秩父市役所広報課及び人事課担当者によると、「ネット右翼などの表現を用いて発表していない。埼玉新聞が勝手に書いた」とのことだが、なぜ「ネット右翼」という表現を使ったのか。 「記事作成段階で、当該表現を使用してしまいましたが、最終的には社の判断で削除しました。紙面制作工程上で削除された表現が、ネット用の原稿配信ミスでネット記事のみに残ってしまいましたが、同29日に記事を修正いたしました」質問②   「ネット右翼」について、どうお考えか。 「社としての見解はございません」 埼玉新聞社総務部からの回答は大ざっぱに言えば以上である。回答の通り、確かに当該記事は「ネット右翼」の部分が削除、訂正されている。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 原稿の配信ミスとはいえ、この記事を読んだ多くのネットユーザーは、あたかも「ネット右翼」による抗議が原因で、秩父市の職員派遣が中止になったと思ったに違いない。もっと言えば、取材記者や埼玉新聞に印象操作の意図は本当になかったのか。筆者の取材の限りでは、それは明らかにならなかったが、新聞が公共メディアである以上、明確な裏付けもないままに「ネット右翼、ネトウヨ」などと安易に用いるべきではないと思う。 いずれにせよ、秩父市の職員派遣中止は、筆者の出身地(同県川越市)とも関係するネタであり、特に気になる記事だったことには変わりない。■姑息な言論テロ『竹田恒泰チャンネル』停止祭りの内幕■「ネトウヨ夏のBAN祭り」ヘイト裁きをグーグルに訴える意味■【長谷川幸洋独占手記】異論を封じる東京新聞と私は断固闘う

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    派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由

    川上和久(国際医療福祉大学教授) まずはクイズから。 次に挙げる9人の国会議員、元国会議員の共通点をあげなさい。 中川郁子、門博文、宮崎謙介、金子恵美、今村雅弘、福井照、鶴保庸介、桜田義孝、片山さつき  いずれも自民党の国会議員、元国会議員だが、彼らは不倫疑惑や女性スキャンダル、失言、政治資金疑惑などで週刊誌を賑(にぎ)わせた政治家だ。それだけではない。9人の政治家は「なぜか」という言葉を冠するのが適切かどうか分からないが、いずれも「二階派(志帥会)」のメンバーなのである。 もちろん、自民党の他の派閥でスキャンダルや失言を週刊誌に書き立てられた国会議員、元国会議員もいる。すぐに思いつくだけでも、豊田真由子氏、稲田朋美氏、今井絵理子氏など数人は挙がる。野党でも、山尾志桜里氏を筆頭に、青山雅幸氏や初鹿明博氏など、不倫やセクハラなどで週刊誌に書かれた国会議員が何人もいる。 しかし、二階派の「スキャンダル発生率」は、それと比較しても群を抜いていると言っていいだろう。それは偶然なのか、あるいは必然なのか。  中川郁子氏は衆院議員時代、同僚議員で既婚者である門博文氏と東京・六本木の路上でキスをしている写真を、2015年3月に『週刊新潮』で報じられた。折悪く「路チュー」を撮影されたのは、同じ二階派の西川公也農水相が、自身の政党支部が国の補助金を受けた企業などから献金を受けていた問題で辞任したその日だった。結局、2017年の衆院選で中川氏は落選した。 宮崎謙介氏は衆院議員時代、ともに衆院議員であった妻の金子恵美氏が出産のため入院している中、女性タレントを自宅に呼んで宿泊し、不倫していたことを2016年2月に『週刊文春』にスッパ抜かれ、議員辞職した。金子氏は2017年の衆院選で落選している。 今村雅弘氏は、2005年郵政選挙の「造反組」であり、いったん自民党から離れていた。復党後は谷垣グループに所属した時期もあったが2015年11月、二階派に入会。翌16年8月の第3次安倍第2次改造内閣で、復興相として当選7回で初入閣した。ところが17年4月、二階派のパーティーで東日本大震災に言及し「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると、莫大(ばくだい)な、甚大な額になった」などと失言、この翌日に閣僚辞任に追い込まれた。2018年11月、新型インフルエンザ政府対策本部会合に臨む(手前から)片山さつき地方創生相、桜田義孝五輪相(春名中撮影) 福井照氏は、16年9月に岸田派から二階派にくら替え。18年2月に当時の沖縄・北方相だった江崎鉄磨氏が脳梗塞を発症して辞任したため、当選7回で後任大臣の座を射止めた。ところが就任後わずか1週間で、週刊文春と週刊新潮にそろって元赤坂芸者の告発や、地元選挙区での女性スキャンダルが「待ってました」とばかりに報じられた。 鶴保庸介氏は、1998年7月の参院選和歌山選挙区で初当選。以来、二階氏の側近となり、2016年8月に沖縄・北方相で初入閣した。一時は野田聖子氏と事実婚関係にあったが、大臣になってすぐに元妻からの告発が『週刊ポスト』に報じられた。今や「閣僚請負人」 桜田義孝氏は1996年に初当選した後、落選した時期もあったが当選回数は通算7回。当初、額賀派だったが、無派閥を経て2016年10月に二階派に入会、今年10月の第4次安倍改造内閣で五輪担当相となった。しかし、今や「しどろもどろ答弁」で時の人となった感がある。 片山さつき氏は、2005年の郵政選挙で衆院議員となったが、09年に落選して翌10年には参院議員にくら替え。無派閥の時期が続いたが、後に二階派に入会し、地方創生担当相の座を射止めた。ところが、就任早々、週刊文春が片山氏の口利き疑惑を報じ、続報で政治資金収支報告書の不備も突かれ、記入漏れなどを約40カ所訂正した。 ここまで書けば、「なぜ二階派ばかりなのか?」との疑問が生じるのは当然だろう。他党からの人材も「客員会員」として引き抜き、言葉は悪いが「大臣になることも難しかった人材」でさえも大臣ポストに就ける実力者が二階氏なのである。その手腕はまさに「閣僚請負人」の異名にふさわしい。しかし、当の二階氏自身も終始一貫、自民党の中で実力をつけたわけではなく、過去には自民党を飛び出した経歴を持っている。 二階氏は1983年の当選組だ。初当選後、田中派から竹下派に参加し、小沢一郎氏の側近として、93年の「政治改革」をめぐる政局では、小沢氏とともに自民党を離党して新生党に移った。 その後、新進党、自由党と党を変えていく中で、「自自公」連立政権から離脱した小沢氏と決別して保守党に加わった。後に熊谷弘元官房長官と保守新党を結成したが、2003年の衆院選で保守新党が4議席と惨敗すると、自民党に吸収され、二階氏自身は10年ぶりに自民党に復党した。 復党時の二階派は旧保守新党の4人を中心に、衆参計7人の微々たる勢力に過ぎなかった。しかも、09年の衆院選では、二階氏を除く全議員が落選し、衆参3人で伊吹派に合流。二階派は「消滅」の憂き目にあっている。 しかし、伊吹派会長の伊吹文明元財務相が2012年の衆院選後、衆院議長に選出されると、二階氏は後任会長となり、再び派閥の領袖(りょうしゅう)となった。一度は自民党を飛び出し、少数グループの「出戻り」だったにもかかわらず、である。 14年の総務会長就任に伴い、二階氏自身は派閥を退会したものの、今も実質的な派閥の領袖であり、グループは「二階派」と呼ばれている。2000年4月3日、自由党全議員懇談会に臨む二階俊博運輸相(奥左)奥の右から2人目は小沢一郎党首 二階氏のさらなる飛躍への転機になったのは「棚からボタモチ」的な幹事長就任だ。16年8月、当時幹事長だった谷垣禎一氏が自転車事故で退任を余儀なくされ、二階氏が幹事長となった。これで二階派は勢いを増し、他派閥・無派閥議員や無所属議員、他党からの引き抜きなども含め、今や二階派は44人の大所帯である。 「入閣待機組」を強引に押し込む手法に対し、他派閥で入閣できなかった議員からは「二階氏の手法は強引だ」との怨嗟(えんさ)の声が当然上がる。しかし、二階氏は全く意に介さない。「お前の派閥のボスの迫力が足りないだけだろう」とばかりに、所属議員の押し込みに成功した。安倍首相、三つの「プラス」 当然のことだが、入閣に際しては、スキャンダルなどで内閣の足を引っ張ることがないか「身体検査」が行われる。他派閥からの推薦であれば、閣僚になった途端に「文春砲」がさく裂するリスクもある。それでも二階氏は「この人はスキャンダルがあるからダメですよ」とすげなく断られたかもしれない人物を強引に押し込んでいる。安倍政権にとっては、支持率にも影響しかねないマイナス要因ではある。 だが、安倍首相にとって、二階氏が幹事長ポストにあることのプラス、マイナスを考えると、スキャンダルを抱えた入閣待機組を押し込まれるマイナス以上のプラスがあると思っているからこそ、二階幹事長の続投を黙認しているのである。では、「マイナスを上回るプラス」とは何なのか。 第一は「二階氏以外の幹事長では、政権が一挙に不安定化しかねない」というリスク管理である。最近、マスコミでは「岸破義信」(岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、菅義偉(よしひで)官房長官、加藤勝信総務会長)などと、ポスト安倍の候補者として4人の実力者の名前が取りざたされている。 しかし、現状では二階氏に代わって、この4人のうち誰が幹事長になったとしても、その人物がポスト安倍の一番手に躍り出るのは難しい。もっと言えば、石破派などを除き自民党内で安倍政権を支える結束が一気に崩れてしまいかねない。次の総理総裁の座を脅かす心配がない二階氏が幹事長でいることが、安倍一強の「微妙な安定」のプラス作用をもたらしているのである。 第二は「参院選への盾、安倍首相の隠れみの」になり得るという点だ。2019年の参院選に向けて、安倍首相に敗戦の累が及ぶのを避ける可能性も期待できるからだ。 6年前の参院選では、自民党が選挙区47議席、比例18議席で合計65議席を獲得したが、この獲得議席は現行制度下では最多議席であり、次期参院選では自民党が議席を減らす可能性が極めて高い。誰もがこのタイミングで幹事長として敗戦の責任を取るのは避けたいところだろう。ましてや、安倍首相の責任論に発展するのは何としても避けたい。二階氏が泥をかぶって勇退するかどうかは「一寸先は闇」で何とも言えないが、来夏の参院選に向けて、ここでも「微妙な座りのよさ」があるのは確かだ。 第三は、小沢一郎氏の手の内を知り尽くした「策士」としての期待感だ。その小沢氏は来夏の参院選で野党を糾合して「最後の勝負」をかける策動が取りざたされている。特に焦点となるのは改選数1のいわゆる「1人区」、その選挙区の数は31に及ぶ。 小沢氏は、共産党も含めて野党統一候補を立て、1人区で自民党を圧倒することを狙っているとも言われる。二階氏はかつて、小沢氏とともに自民党から飛び出し、小沢氏の選挙戦術を知り尽くしている。小沢氏の裏の裏をかいて参院選勝利とまではいかなくても「敗北」を最低限にとどめることができれば、という思いもあるだろう。2018年7月、自民党の二階幹事長(中央左)から要望書を受け取る安倍首相(同右) だからこそ、「問題を起こすような閣僚を送り込んだりしたが、結果オーライだったじゃないか」というような評価を二階氏が得られれば、最後の総裁任期となった安倍首相にとっても今後の政権安定につながるのである。二階氏の幹事長続投ということになれば、ポスト安倍争いでの不安定化も避けられるだろう。 いや、それどころか、二階氏得意の権謀術数で、さらに総裁任期を伸ばす「ウルトラC」が飛び出すかもしれない。ポスト安倍の面々にとっての「利用価値」もちらつかせながら、二階派44人の「お騒がせ軍団」は、しばらくは世をはばからずに跋扈(ばっこ)することになりそうだ。

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    サウジ記者殺害「事件の黒幕」ムハンマド皇太子とは何者か

    黒井文太郎(軍事ジャーナリスト) 10月31日、トルコ検察はサウジアラビア人記者、ジャマル・カショギ氏が同国のサウジ総領事館入館直後に、最初の計画通りに絞殺されたことを公式に発表した。これまでリークの形でトルコメディアが報じてきたが、トルコ当局が認めたのは初めてだ。 遺体も発見されていない状況で、トルコが殺害の経緯を断定したというのは、やはりリーク報道されてきたように、犯行の様子を記録した何らかの音声データなどが存在したということなのであろう。 そもそも、そうした有力な証拠がなければ、サウジ当局は最後まで「自分たちは無関係」で押し通したはずだ。つまり、トルコ側は早い段階で、表向きには決定的証拠を開示しないまま、サウジにはそれをおそらく突きつけていたということになる。 トルコはこの件ではサウジを強く非難し、容疑者をトルコで裁くことや、誰の指示によるものかを明らかにすることを主張している。エルドアン大統領は11月2日付のワシントンポスト紙への寄稿で、殺害が「サウジ政府の最高レベルの指示によるもの」との見解を示したが、それでも有力視されているムハンマド・ビン・サルマン皇太子の指示疑惑については、言及を避けている。そこを突くと、サウジ当局が全力で反発することが必至なため、手加減しているという構図である。 しかし、カショギ記者殺害にムハンマド皇太子が無関係など考えられない。サウジ当局はこの犯行を情報機関である「総合情報庁」(GIP)の一部の暴走として幕を引きたい考えだが、そのストーリーには無理がある。既に明らかになっている実行グループには、このGIP要員に加えて、王族警備を担当する「王室警備隊」のムハンマド皇太子護衛チームの兵士が多数加わっていたことがわかっている。 つまり、GIPと王室警備隊皇太子護衛チームの混成部隊だったわけだが、GIPには自分たちとは全く系統が違う別組織であり、しかも自分たちより発言力が強い皇太子護衛チームを取り仕切る権限はない。そこは、ムハンマド皇太子もしくはその最側近による承認・指示がなければ、こうした編成にはならないのだ。 そして、仮に側近が指示したとしても、皇太子の了承を得ずに勝手に動くことはまず考えにくい。結局のところ、決定的な証拠はないとはいえ、誰が見てもムハンマド皇太子のカショギ記者暗殺命令があった可能性は高いと言うしかない。2018年10月、トルコ・イスタンブールにあるサウジアラビア総領事館前で、行方不明になったジャマル・カショギ記者のポスターを手に抗議デモを行う人たち(共同) 今回の殺伐とした事件を機に、2017年6月に皇太子ポストに就いて次期国王の座を公式に射止めたムハンマド皇太子が、他の王族を追放して強権的な恐怖支配を進めている実態が次々と報じられている。 この33歳の若き皇太子はこれまで、脱石油を目指して新たな産業構造への転換を図ったり、女性の権利を広げたりするなど、国際メディアでも「改革派の旗手」のようなプラスなイメージで紹介されるケースが多かった。「逆らう者は許さない」鉄の掟 しかし、国内統治に目を向けると、2017年11月にライバルだった王族多数を汚職容疑で逮捕するなど、権力層への粛清を断行。外交でも、イランとカタールを極端に敵視し、特にカタールとはイランやイスラム・テロ人脈との関係を口実に、2017年6月に断交するなど、強硬な姿勢を打ち出している。 もっとも、サウジにおける王家体制の恐怖支配は、ムハンマド皇太子がいきなり始めたわけではない。もともとサウジは徹底した警察国家であり、政治的な自由は全くない国だった。少しでも王家に批判的と判断されれば生き残ることは難しい。事実上、王家批判は存在を許されないと言っていい国家である。 反体制派としては、イスラム過激派「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」、あるいは東部に居住する少数宗派のシーア派の指導者、あるいは民主改革派ブロガーなどは、王家に反逆する者として激しい弾圧を受けた。ムハンマド皇太子の強権的な手法は、その伝統を受け継いでいるということになるが、彼の場合はそれだけでなく、ライバル関係にある有力な王族メンバーへの弾圧まで乗り出したというところまで、専制的な姿勢が徹底している。 こうしたムハンマド皇太子の強権的な統治に対しては、サウジのエスタブリッシュメント層からも批判が出ている。王族のメンバーからの批判もあるが、カショギ記者の批判もその流れにある。 カショギ記者自身はもともと王族と親しい関係だったが、ムハンマド皇太子の強権的な統治手法を批判して国外に出た。ただし、身の危険から「王室批判ではない」ことを本人はかねてより強く主張していた。 それでも、逆らう者は許さないのがサウジ王家だ。ムハンマド皇太子はそうした伝統にのっとって、批判者を「処刑」したのだろう。 もっとも、ムハンマド皇太子の暴虐は、こうしたサウジ国内の反皇太子派などに向けたものにとどまらない。実は、国外ではそれよりずっと大掛かりに「殺戮(さつりく)」を行っている。隣国イエメンでのサウジ軍による空爆がそれだ。 イエメンでは2015年から内戦が本格化した。同年1月、少数宗派シーア派系のフーシ派というグループがクーデターを実行。ハディ大統領の政権が崩壊し、同年2月にはフーシ派が首都サヌアを制圧し、政権を掌握した。2018年3月、ロンドンを訪問したサウジアラビアのムハンマド皇太子(AP=共同) それに対し、シーア派の勢力拡大を敵視するサウジが主導し、同年3月、湾岸諸国が参加する有志連合が組織された。そして、サウジ空軍を主力として、フーシ派制圧エリアへのすさまじい無差別空爆を開始したのだ。 サウジは米国から大量の新式兵器を購入しているが、そうして整備された強力な空軍による空爆により、フーシ派エリアでは一般住民の被害が激増した。民間人居住地への無差別攻撃は明白な戦争犯罪だが、こうしてサウジは非道な戦争犯罪を極めて大規模に、現在に至るも継続している。欧米も「ムハンマド離れ」 ロンドンを拠点とする中東ニュースウェブメディア「ミドルイースト・アイ」の10月29日のリポートによると、サウジの空爆が始まった2015年3月から今年末までの予想犠牲者(武力攻撃によるもの。食料・医薬品不足など人道問題での死亡は含まない)は7~8万人で、その最大の犠牲者が、サウジ主導の無差別空爆による民間人の殺戮という。 しかも、その殺戮のペースは2015年に比べて、2016年以降に急激に上がっている。2016年1月から2018年10月までの数字だけ見ても、5万6000人以上の犠牲者がカウントされているが、これは紛争初年に比べて5倍以上のペースとなる。 この殺戮のペースの急増も、原因はサウジ軍の無差別空爆の強化だ。その戦争犯罪度もより悪質になっており、病院、バスなどの交通機関、インフラ施設なども狙われていることが報告されている。 こうした非道なサウジ軍の無差別空爆を実行している張本人こそ、ムハンマド皇太子である。 彼は皇太子になる前、2015年1月にアブドラ前国王が死去して、実父のサルマン国王体制が誕生すると同時に、国防相に就任していた。前述したイエメン内戦激化は、ムハンマドの国防相就任とほぼ同時の出来事であり、同年3月のイエメンへの軍事介入を決めたのは、ムハンマドにほかならなかった。 サウジの過剰なイエメンへの軍事介入は、殺害されたカショギ記者も批判していた。ムハンマド皇太子としては、自分が最初から強引に進めてきた「政策」への批判は、もっとも許せないことだったろう。 ただし、今回のカショギ記者殺害を機に、欧米主要国もムハンマド皇太子に距離を取り始めた。イエメンでは空爆だけでなく、コレラなどの伝染病のまん延、さらには飢餓まで広く発生しつつあり、地獄のような状況になっている。 そうしたニュースを欧米の主要メディアも、ショッキングな画像とともに報じており、10月30日には米国のマティス国防長官とポンぺオ国務長官が「30日以内の停戦」を呼びかけるなどの反応をようやく示し始めている。2018年10月、トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館の入り口付近に設けられた警察のバリケード(ゲッティ=共同) サウジの軍事戦略はいまだにムハンマド皇太子の掌中にあるが、非人道的な無差別空爆に対する批判が国際社会で高まった場合、国際社会でのイメージが悪化している彼が、どのような対応をするかが注目される。 直近のサウジ軍の作戦行動を見ると、10月の空爆回数そのものは9月に比べて半減したが、標的のほとんどが民間施設で、民間人の被害は一向に収まっていない。また、大規模な地上部隊を送り込み、特に航海沿岸の港湾都市ホデイダの制圧に乗り出している。停戦協議の再開も見据えて、いまだ攻撃の手を緩める兆候はない。

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    文在寅外交は「金正恩のパシリ」と批判されても仕方ない

    重村智計(東京通信大教授) 隣国の大統領の施政に干渉する権利は、日本人にはない。それが国際政治の原則である。ところが、在日の評論家を含む韓国人は、安倍晋三首相や日本の内政、憲法問題に激しく干渉する。何か不公平だ。 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党書記長との南北首脳会談後に「ローマ法王の訪朝要請」「対北制裁緩和を欧州各国に提案」など、北朝鮮「パシリ」外交に懸命だ。この背景には、金委員長のソウル訪問実現でノーベル平和賞を目指し、大統領再選を狙う野心がある。 現行の韓国憲法で、大統領の任期は1期5年。つまり、文大統領は2022年までの任期となる。文政権は今年3月に、大統領任期を4年とする代わりに、2期まで再選可能な憲法改正案を発表した。ただし、文大統領には適用されないという。 だが、この改憲案には反対も多く、関連法案が成立しないため、国民投票にかかっていない。なお、成立した場合、文大統領にも再選の可能性は残されている。文大統領がノーベル平和賞を受賞すれば、「再選可能にすべき」の声が世論から上がる、と期待しているからだ。 文大統領は、そのためにも「ローマ法王訪朝」を実現したいと考えた。9月の南北首脳会談で、文大統領はローマ法王の平壌訪問を提案し、金委員長も同意した。これは、対北経済制裁の緩和のための環境作りで、そうなれば、金委員長のソウル訪問も可能になると期待している。 文大統領は10月18日にバチカンでローマ法王フランシスコと会見し、金委員長の「訪朝招請」を伝えた。韓国の報道機関は「法王 訪朝に前向き」と一斉に報じた。しかし、ローマ法王庁の公式声明は必ずしも「前向き」ではなかったのである。 日本のメディアも韓国の報道をそのまま引用し、「ローマ法王 訪朝に前向き」(毎日新聞)と報じた。だが、この取材と報道姿勢には、首をかしげざるを得ない。韓国の報道機関は、大統領府や政府の意向を受けた記事を報じがちだ。それに乗せられてはいけない。 日本のメディアは、ローマ法王庁に取材するか、法王庁の公式見解とイタリアでの受け止め方を報道すべきだった。明らかな取材不足だ。それでも、産経新聞だけが「北朝鮮 宗教弾圧続く」と報じた。報道の背景には、日本の特派員が北朝鮮の宗教事情を知らなかった事実がある。2018年10月、バチカンでローマ法王フランシスコ(左)と会談する韓国の文在寅大統領(聯合=共同) 北朝鮮は、憲法で「宗教的信念の自由」を明記しているが、「宗教活動の自由」は認めていない。平壌には、カトリック系の長忠大聖堂とプロテスタント系のチルゴル教会、ボンス教会がある。長忠大聖堂には、司祭はいないという。プロテスタント系の教会には「自称」牧師が存在するが、本格的な神学校を卒業したわけではない。 北朝鮮のキリスト教会幹部と信者は、ほとんどが工作機関の統一戦線部の職員である。1988年ごろ、統一工作のために、西欧と日韓のキリスト教界への浸透を目的に設立された。こうして、日本や韓国の教会は、工作員を韓国や日本に侵入させるルートとして利用されていった。文在寅が気づかない教訓 9月の南北首脳会談には、韓国カトリック教会の金喜中(キム・ヒジュン)大主教が同行し、「ローマ法王庁に南北和解と平和を伝える」と金委員長に述べた。だが、カトリック教会の大幹部なら、北朝鮮に人権弾圧と政治犯収容所の解放を求めるべきだろう。宗教活動の自由も要求してほしかった。北朝鮮では、聖書の所持は逮捕され、布教も禁止されているからだ。 北朝鮮では、多くのキリスト教指導者と信徒が処刑された。また、朝鮮戦争の際には、韓国のキリスト教指導者が北朝鮮軍に虐殺された。その責任追及と被害者への関心を、韓国のキリスト教会は忘れている。なぜか。 ところが、北朝鮮に同情する韓国のカトリック神父が少なくない。かつて当局に追われた左翼の学生や活動家の多くが「隠れみの」としてカトリック教会に入信し神父になった。 文大統領は、10月下旬にベルギーで行われたアジア欧州会議(ASEM)の席上、英仏首脳に「対北経済制裁の緩和」を呼びかけた。これはイギリスとフランスが国連安全保障委員会の常任理事国で、「国連制裁」緩和の権限を握っているからだ。北朝鮮は23日に中国とロシアを通じて、「対北朝鮮制裁緩和」の動議を安保理に提出したが、文大統領はこの動きを知り、協力したわけである。 こうした一連の動きは、文大統領が北朝鮮と連携している事実を確認させることになり、日米は不信感を深めた。これでは、文在寅外交が「金正恩のパシリ」と批判されてもしかたがない。 文大統領の「努力」にもかかわらず、ASEM議長声明では北朝鮮に「完全非核化」を求めた。また、英仏独の首脳は文大統領の要請に応じず、安倍首相の求めに応じ「対北国連制裁維持強化」を表明したのだった。この事態に、韓国の新聞も「文在寅外交失敗」と報じた。2018年9月、平壌での南北首脳会談を前にソウル中心部に展示された、4月の会談で抱き合う韓国の文在寅大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の写真(共同) 文大統領は、なぜ「北朝鮮の代理人」にこだわるのか。支持率が低下し、大統領の求心力を失っているからだ。 憲法改正が実現しなければ、大統領任期は2022年で終わる。次の大統領を狙う与党の政治家たちにとって、文大統領再選への道を完全に断つには、現憲法の規定に従い、任期を終える方がいい。たとえ憲法改正しても、万が一にも再選の可能性を残したくない。それには次期大統領選直前に憲法改正し、文大統領には適用されない方が安全だ。 権力者は、自分が退任する時期を明らかにすると、死に体になる。この教訓を文大統領は実感していなかったようだ。 与党内では、すでに次期大統領候補を巡る思惑と駆け引きが展開されている。ローマ法王訪朝と国連制裁緩和により「金正恩ソウル訪問」を実現し、憲法改正が実現すれば「統一が近いから、大統領を変えるべきでない」と世論を操作でき、大統領再選も可能になる。文大統領の野望と「パシリ」が、北朝鮮の非核化と経済制裁の足並みを乱しているのである。

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    「プラ製ストローは害」という欺瞞に日本人が付き合う道理はない

    武田邦彦(中部大学特任教授) 環境省は「日本近海にプラスチック廃棄物が多い」と発表し、プラスチック・ストローの環境破壊を改善するため、紙製ストローを製造する企業に補助金を出すという。ちなみに、紙製のストローには防水加工のため塗料が使われており、この塗料による環境汚染については、語られない。 筆者の友人で新潟の海岸線に住んでいる方からのメールによると、「確かに海岸に漂着するプラスチックごみは多いが、その大半は中国で捨てられたことが明らかだ。また、私は一度もストローは見たことがない」という。 日本は科学技術立国と言われるが、「科学」というのは「思想」を後退させて、まずは事実を整理し、考えること、そして自分の考えを他人に押し付けないことが基本だ。だが、「環境問題」は常に他人を押さえつけるために使われてきた。 これらのことを頭に入れて論を進めていきたい。  環境省などによると、石油などから作られるプラスチックは年間約4億トン近く製造され、そのうち、約800万トンが海に放出されているという。だが、特殊で高価な工業部品以外のプラスチックは比重が1・0以下で軽く水に浮くので、もし分解されなければ海の表面を覆うはずである。すでに40年ほど前からプラスチックは大量に使われているので、海に放出されたプラスチックがそのまま漂流を続けていたら、海水面はプラスチックで覆われている計算になる。 しかし、現実はそうなっていない。ならば、プラスチックが海に流れることは道徳的には望ましくはないが、科学的にはプラスチックによる海洋汚染は当面は考えなくてもよいことになる。これは以下に示す科学的原理や、長年の実績とも合っている。 そもそも、プラスチックは油性だから海に存在する有害な有機性化合物が付着すると言われているが、魚もプランクトンもプラスチックと同じ油性である。プランクトンや魚の存在量は明確ではないものの、40億トン程度とみられ、それからみると、プラスチックの流出量は0・2%に過ぎない。ゆえに、大量の油性生物に対し、プラスチックが環境を汚染することはあり得ない。 一方、地上の生物の食料はすべてCO2(温暖化ガス)が原料であり、それを還元して作る「炭素-炭素結合(C-Cボンド)」が生物の体を作り、エネルギーを供給する。したがって、生物の死骸である石油はC-Cボンドの化合物からなり、それは人間にとっても生物にとっても最も大切なエネルギー源である。 人間はC-Cボンドをすぐに分解できないので、食料にすることはできないが、多くの生物はこの貴重なエネルギー源を利用する。海洋に流出したプラスチックは一部の微生物にとって貴重な食料であり、分解して自分の体にしたりエネルギーにしたりする。これが海洋に流出するプラスチックが減少する理由である。プラスチック製に代わり、ヒルトン大阪で使われている紙製のストロー=2018年7月29日、大阪市北区(柿平博文撮影) 環境問題でよく出される写真に「海底でのペットボトル」などがあるが、これは実に不思議である。ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィン類ならともかく、エステル結合を持つポリエステルが海底でそのまま分解せずに存在することは不可能だからである。おそらく、この手の写真は「投下されたばかりのもの」を選択して撮影していることは間違いない。 筆者は20年にわたって多摩美術大学でデザインを教えてきたが、デザインや映像でやってはいけないことは自らの才能を生かして「事実ではないこと」を強く印象付ける手法をとることである。これは絶対「NO!」である。環境問題のほとんどがウソ 筆者の著書『生物多様性のウソ』(小学館101新書)や『科学者が読み解く環境問題』(シーエムシー出版)で詳しく書いたが、1990年から吹き荒れているリサイクルの破綻、ダイオキシンや環境ホルモンの害の他、生物の絶滅が早くなっていること、温暖化で海水面が上がっていること、森林がCO2を吸収すること、アルプスの氷が解けていること、などはいずれも一部の科学者の見解であって根拠がない。 リサイクルについては、「リサイクルしなければ8年で廃棄物処理場が満杯になる」という宣伝は、筆者が正確に計算したところ150年だった。また、「ダイオキシンは猛毒だ」と言われたときだけテレビに患者が出て、テレビが報道しなくなったら世界で一人の患者も出なくなった。今の若い人たちは「ダイオキシン」という名前すら覚えていないだろう。ゆえに、当時ダイオキシンが猛毒だと思っていた人がどういう情報ソースを持っていたかを検証することは意味がある。 さらに、環境ホルモンについては、生物の多くがオスとメスが入れ替わる事実を大衆が知らないことを狙った全くのウソであった。これは質の悪い誤報にすぎなかった。他にも、温暖化はアルキメデスの原理や相平衡の温度など中学校で教える理科でも分かる非科学的な結論ばかりである。 なぜ、こんなウソに大人がウロウロするのかというと、「科学オンチ」、「感情優先」、さらには「環境利権」がキーワードだが、もっと端的に言えば「日本人の幼児化」だろう。 プラスチックは年間4億トンも使っているから、汚染の可能性はあるが、現実には800万トン程度しか海に流出しておらず、さらにプラスチックが大量に使用されてから数十年も経て、今ごろ「海洋がプラスチックで汚染されている」という事実もないのに騒ぎだけが始まる。 特に、日本の環境省はひどい。日本近海のプラスチックのほとんどが中国で流され、それが海流に乗ってきていることを知っていて、国際的に「日本近海が多い」と表現するのだからはっきりした反日官庁である。 環境汚染を防止するというのは「まじめな活動」でなければ意味がない。「事実として海洋を汚染していること、海洋におけるプラスチックの分解が遅いこと、特にポリエチレン、ポリプロピレンの分解がどうなっているか」など重要な環境科学は研究の必要はあるが、緊急性はない。 まして、プラスチック・ストローなどは海洋に放出されるプラスチックの1万分の1にもならないことは明白だ。それを問題にするのだからまさに「幼児」と言えるだろう。東京農工大のチームが東京湾で採取したマイクロプラスチック=2015年1月 そもそも、ヨーロッパの北西に居住するアングロサクソン、ノルマン、ゲルマンというアーリア民族はややこしい。世界中で侵略を繰り返し、自分たちだけ豊かな生活をしながら、やれリサイクルだ、たばこやストローが害だと言い出して他人の生活を制限する。 でも、そんな民族が「震源地」の誤った環境問題に右往左往する日本人も魂を失ったものだ。この際、ダイオキシンやたばこの錯覚に思いを致し、日本人の誇りを取り戻してほしいものである。

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    『新潮45』最後の編集長、若杉良作さんへ

    福田ますみ(ノンフィクション作家) 2018年9月25日、36年にわたりわが国の言論界の一翼を担った月刊誌が唐突に、あまりにも唐突にその歴史を閉じた。わが国屈指の文芸出版社、新潮社が発行していた『新潮45』である。ほんの1カ月前まで、この事態を想定した者はいなかっただろう。 私は同誌に17年ほど前から寄稿している。初めて執筆したのは、確か自ら企画として持ち込んだ「狂言犯罪」についてのルポルタージュである。このときの担当者が、今回の騒動で心ならずも最後の編集長になってしまった若杉良作氏である。当時は、『新潮45』の一編集者だった。 彼とは、このときからの付き合いである。いつも原稿を丁寧に読み込んでくれ、適切なアドバイスをくれた。今回のことについて、日ごろから若杉氏に近いところにいた者として、思うところを書こうと思う。 同誌8月号で、「生産性」の記述をめぐり、杉田水脈衆院議員の論文が炎上した。確かにマイノリティーを巡る論において、この言葉を使うのはいささか配慮を欠いたとは思う。しかし、だからといって、この「3文字」だけをあえて切り取って、杉田氏を執拗(しつよう)に糾弾、攻撃し、彼女の所属する自民党本部の周りを大勢で取り囲んで「議員を辞めろ」とシュプレヒコールをし、家族への脅迫まで飛び出す事態に至るとは、どう考えても異常である。 批判も反論も、もちろんあっていい。しかし、あくまで言論の場にとどめるべきだ。ここまでの騒ぎになったのは、杉田氏が科学研究費の問題で左派系の教授を追及したり、慰安婦問題でも国連に乗り込んで、いわゆる「クマラスワミ報告」の撤回を訴えるなど、保守派として活発に活動していたことも影響していると思われる。 つまり、日ごろから彼女の活動を苦々しく思ってきた左派界隈(かいわい)が、ここぞとばかり彼女を叩くとともに、安倍政権批判にまで持っていきたかったのではないか。その証拠に、自民党本部前の抗議デモは、最後には「安倍辞めろ」の大合唱になった。 「政治家であるからには、一部の国民をないがしろにするような発言は良くない」という批判もあった。だが政治家だからこそ、少子化という、国家にとってまさに喫緊の課題に取り組む必要があり、どこに支援の重点を置くか、その優先順位を説明するために「生産性」という言葉を使ったのだと思う。休刊した新潮社の月刊誌『新潮45』2018年10月号 しかし、休刊の決定打となったのは、10月号に掲載された反論企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」が、杉田論文以上に猛烈な批判を浴びたからである。ゲイの当事者2人を含む7人の論文のうち、大きな物議を醸したのは、文芸評論家の小川榮太郎氏の「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」という論文であった。次の依頼も来ていた その中に「痴漢の触る権利も認めろ」というくだりがあったと、またこの部分だけ抜き出して猛バッシングが始まったのである。しかし、全文を通して読めば、文芸評論家独特の逆説的で皮肉を効かせた表現であり、問題となった部分ももちろんレトリックにすぎない。小川氏は「『弱者』を盾にして人を黙らせるという風潮に対して、政治家も言論人も、皆非常に臆病になっている」と言う。 LGBTに対しては、この欧米由来の概念がうさんくさいと説く。欧米のキリスト教世界やイスラム世界で、同性愛者は、つい最近まで宗教的異端者とされ、刑事罰の対象であった。あのイスラム国では殺害されていたのである。 対して日本では、歴史上、彼らに対してこのような差別はなく、かなり寛容であった。そのわが国に、欧米のムーブメントをそのまま輸入することの疑問を呈している。 今回の執筆者の一人で、ゲイを公表している元参議院議員の松浦大悟氏によれば、「国際レズビアン・ゲイ協会」は国連に加盟するにあたり、これまでともに活動してきた「米国少年愛者団体」を切り捨てたという。変えられないセクシュアリティを持つという点では、ゲイも少年愛も同じだそうだ。 つまりは、特殊な性的指向のどこまでを公に認めて支援対象にするか、その線引きが恣意(しい)的になされているわけで、LGBTという概念が曖昧(あいまい)なままであることがわかる。 その松浦氏は、論文発表後、朝日新聞の取材に答えて、杉田氏の文章には間違いもあったが、彼女を差別主義者だとは思わないと言っている。また、もう一人、ゲイをカミングアウトしている、かずと氏も杉田氏の主張に反対せず、LGBTのうちTの一部を除いたLGBは社会的弱者ではない、Tの一部以外は社会的支援の必要がないと書いている。 当事者2人がこのような主張をしているのである。「差別だ!」と決めつける人たちが彼らの論文をどう読んだのか、ぜひとも聞いてみたいところである。LGBTに関する論文掲載をめぐり、月刊誌『新潮45』の休刊を発表した新潮社(納冨康撮影) 休刊前後の話に戻る。私はこの10月号が大炎上しても、まさか休刊はないだろうとみていた。もちろん不安にはなったが、『新潮45』の編集者から「休刊も編集長更迭もない」とはっきり告げられており、編集部からは、次の仕事の依頼も来ていたからだ。 ところが9月21日の夕方、事態が動いた。それまで静観の構えだった佐藤隆信社長が、異例の声明を出したからだ。 「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられた」。ああこれは、編集部ははしごを外されたな。そう思った。そして、3日間の連休を経た25日の夕刻、休刊が決まった。心底雑誌が好きな男 午後5時ごろ、若杉氏直々に、私の携帯に連絡があった。「休刊になりました」。抑揚のない沈んだ声に「今までお疲れさまでした」と、私もただそう返事をするしかなかった。 社長の異例の声明と休刊に至る背景には、新潮社が抱えている作家や文芸評論家たちの、執筆拒否を盾にした抗議があったからである。作家たちは自分たちを、絶対の正義の側にいると見なしているのだろう。結局、同社は彼らの圧力に屈したのだ。 私は若杉氏と長い付き合いとはいえ、彼のプライベートを知らないし、仕事に関しても、編集部内がどうなっているのか、編集方針や企画の立て方などについても知る立場にない。私が語ることができるのはあくまで彼の一部、記事を共同で作り上げる編集者としてだけである。 「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」の7人の執筆者のうちの一人である藤岡信勝氏が、iRONNAで編集者としての彼の仕事ぶりを称賛しているが、これはいつものことである。 彼は、ライターが仕事のしやすいように、極力バックアップを欠かさない。企画が通り、一つのテーマを割り振られると、すぐさま必要な資料を過不足なく用意してくれる。その資料を読み込む中で、さらに「ここのところの資料がないかな」とつぶやくと、すぐにどこからか探し出して届けてくれる。 かなり遠方の地方取材などにも、可能な限り付き添ってくれた。2人で厳寒の秋田で何時間も、北朝鮮のスパイと疑われた人物の張り込みを続けたことは、今となっては貴重な思い出だ。 ああ、この人は心底雑誌が好きなんだな。雑誌の持つパワーを信じている。そう思わせる熱意を感じた。だから、編集実務においても一度としてミスはなかった。彼に任せておけば安心だった。 「なんだこのゴマスリは」。そう思われるかもしれない。だが、いまさら彼にゴマをすったところで何も出てこない。彼はもはや何の力も持っていないのだ。だから私は本当のことを書いている。月刊誌「新潮45」 私は、彼の名前でネット検索をすることはしていないが、今回の事件について調べているといや応なく、同誌で仕事をしていたと思(おぼ)しき人たちが、彼の過去暴きをしているのに出くわす。水に落ちた犬を叩く行為だ。そしてその多くがデマである。 雑誌『噂の真相』の後継をうたう、なんとかいうニュースサイトがある。今回の事件について、いかにもこれが「真相だ」とばかり、新潮社の社員(?)にこう語らせている。若杉良作編集長は、右派思想の持ち主でもなんでもない。上の命令に従順に従うタイプ。最近のネトウヨ路線も、売れ行き不振の挽回策として、担当取締役の酒井逸史氏から命じられていた感じだった。酒井取締役は元『週刊新潮』の編集長でイケイケタイプですからね。10月号の擁護特集も酒井取締役が事前にGOを出している。会社は役員が読んだのは発売当日になってからという意味のことを言っていたが、そんなわけがない。少なくとも酒井取締役は事前にゲラも読んでいると思いますよ。それどころか、『ここで反論すれば売れる』と企画そのものを焚きつけた可能性もある。新潮社の「不文律」 全くのフェイクニュースだ。これでは編集長はロボットかでくの坊である。そもそも新潮社には、互いの編集権には干渉しない不文律があり、各編集部は完全に独立している。役員があれこれ指示することはできないし、第一、編集部は人手不足で、部外者が事前にゲラをチェックする時間的余裕もない。 このニュースサイトは結局、責任は一編集部などにはなくもっと上の方にある。社長以下、社員全員で土下座でもしろということなのだろう。 ここでも触れているが、「16年9月号から若杉編集長が就任以来、『新潮45』は極右路線、過激路線に大きくかじを切った」という批判がある。そしてこの路線を突っ走った揚げ句に、今回の「差別事件」を引き起こしたというのだ。 しかし、新潮社の報道姿勢は本来、いわゆる「新潮ジャーナリズム」という言葉があるくらい、偽善を嫌い、建前の裏に潜むどす黒い本音を抉(えぐ)り出すというものだ。『新潮45』も例外ではない。間違っても、ポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)を忠実に守る左派的な優等生雑誌ではなかった。 確かに、部数低迷は深刻な問題だっただろう。しかし、誰が編集長を引き受けても、この状況に歯止めをかけるのは無理だったと思う。 若杉氏がこれをどのくらいプレッシャーと感じていたかはわからない。ただ、あれこれ試行錯誤をした結果、ある程度手応えをつかんだのが朝日新聞批判であり、野党批判だったということだ。もともと、朝日叩きなどは『週刊新潮』のお家芸であり、それが系列雑誌に移行したにすぎない。 若杉氏自身が戦後民主主義に対する懐疑派であり、自身の思想信条を曲げて、売り上げのために「悪魔に魂を売った」なんてことは間違いだ。東京都新宿区の新潮社 ただし彼は、右派も左派もぶっ飛ばすユニークな言論で売り出し中の評論家の古谷経衡氏や、「安倍政権の本質はカルトである」と主張する哲学者の適菜収氏をも重用する柔軟性も持ち合わせている。他の連載執筆陣にもリベラル派がいる。 つまり、読者は、特集で安倍政権を持ち上げる言説を読んだ後、連載執筆陣の安倍叩きを読まされるわけで、極端に走ったといえるほどの紙面構成には実際はなっていない。 それだけ言論に幅があるとも、過激さが中和されるともいえるが、中途半端であることは否めない。その点で、右派論客で固められた『月刊Hanada』や『WiLL』などには売り上げで及ぶべくもなかった。若杉氏にも物申したい また、ある評論家が「かつてはノンフィクション路線の雑誌で取材費もかかったけど今のやり方なら取材費ゼロ」などと訳知り顔で語っているが、もしそうなら、ノンフィクション専門の私など、とうにお払い箱になっている。 若杉氏がノンフィクションにも力を入れる姿勢は全く変わっていなかった。私はつい最近まで、同誌でルポを何本も書いている。時間も金もかかる厄介なテーマだったが、若杉氏は取材費に全く上限を設けず、あらゆるサポートを惜しまなかった。 杉田氏の論文が掲載された8月号にも、福島県における子供の甲状腺ガン「多発」のタブーに切り込んだノンフィクションライターの上條昌史氏による「放射能不安を煽って生まれた福島『甲状腺がん災害』」という良質なルポを掲載している。残念ながら反響はさほどなかったようだが、こうした意欲作さえ、あの「ヘイト雑誌」に載ったというだけで葬り去られるとしたら残念である。 しかし、今回のことで若杉氏に物申したいこともある。結局、『新潮45』は雑誌としてLGBTの問題をどう捉えているのか、編集部の見解を聞く機会がなかったことだ。10月号で、「そんなにおかしいか『杉田水脈論文』を掲載した際、7人の論文の頭に堂々と、「編集部はこう考える」という一文を掲げるべきだったと思う。 私事で恐縮だが、私は若いころから10年ぐらい前まで、よく新宿の2丁目に通っていた。常連の店が何軒もあった。すべて店を仕切っていたのはオカマのママである。彼女(彼?)たちの毒舌を聞くのは刺激的で楽しく、こちらも負けずに舌戦に加わった。でもとても仲が良かった。 今振り返ってみて、彼らは弱者であろうか。支援が必要な差別の被害者であったろうか。もちろん、生きていく上でつらいことも多かったとは思う。しかし彼らはたくましく生き抜いていた。おそらく、自らを弱者だと思ったことはないだろう。結局みな同じ人間ではないか。 ちなみに私も、杉田氏流に言う「生産性がない」人間である。結婚もしない、子供も持たない私は、彼らと飲み交わすうちに、互いの持つ孤独感に似通ったものを感じ、まったく勝手な連帯感を抱いたこともあった。新潮社本館の銘板 杉田氏の論文が「差別文書」として事実上封印されてしまった以上、今後、LGBT支援を巡る自由な意見交換はしにくくなるだろう。誰も「差別者だ」と糾弾されたくないからだ。しかしそういう状況が、LGBTの当事者にとって決して良いこととは思われない。今回の弱者は、たった1万6千部しか発行していない、不当なバッシングに対抗するすべもない『新潮45』と、当事者なのに全く意見を汲み取ってもらえなかった俺ら普通の性的マイノリティーだよ。 こんなツイートが私の目に留まった。私は、『新潮45』で仕事ができたことを誇りに思う。

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    ファン・ビンビン巨額脱税、中国当局が狙い撃つ人気女優の利用価値

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) ファン・ビンビン(范冰冰)は政争に巻き込まれてしまったのか、それとも軍の陰謀に利用されているのか―。杳(よう)として行方が分からなくなった女優をめぐり、中国のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)では8月ごろから盛んに怪情報が飛び交った。 もっとも、ファン・ビンビンという名前を聞いても多くの日本人にはピンとこないかもしれない。だが、ハリウッド映画『X-Men:フューチャー&パスト』や『アイアンマン3』に出ていたアジア系の女優といえば、何となく顔が思い浮かぶのではないだろうか。 その国際派女優、ファンの問題が、今では日本のお茶の間でも身近な話題となった。失踪の理由が脱税であること、欧米メディアが先行して報じ始めたからである。 ファンの年収が50億円近いということも衝撃を与えたに違いないが、中国のメディア関係者によれば、「本当はその3倍、4倍であっても不思議ではない」という。 いったい何が起きたのか。「今年6月2日を最後に彼女の微博(ウェイボー)が更新されなくなり、8月から騒ぎになり始めました。同じころ彼女のパートナーでやはり有名男優のリー・チェンのアカウントまで更新されなくなったのです。犯罪絡みであれば警察が放置するはずはなく、やはり当局の何かしらの捜査対象となったと見るのが自然でしょう」(同前) 結局10月に入り、当局がファンと関連会社による約1億4千万元(約23億円)の脱税を認定、追徴金など約8億8千万元(146億円)の支払いを命じたと、国営新華社通信が報じた。ファンも微博で「法律を尊重すべきだった」と6000万人のフォロワーに向けて謝罪した。 では、なぜこの時期に彼女がピンポイントで狙われたのか。まず飛び交ったのが政争への巻き込まれや軍の関与だった。だが、そんな大げさな話ではなかったのである。中国の人気女優、ファン・ビンビン(范冰冰) というのも、彼女を名指しこそしていないが、実名で脱税を告発した人物が存在し、その影響がファンに及ぶことは早くからSNSで話題となっていたからだ。 前出のメディア関係者が語る。「元CCTV(中国中央テレビ)の人気キャスター、崔永元氏の告発です。彼はCCTVに在籍中から、メディアの中で芸能界に横行する不正なお金の流れを告発するための資料を大量に保管していて、今回、その一部を暴露したといわれています。告発の動機は芸能界への恨みです」習近平が意識した「相手」 また、関係者はこうも語った。「崔氏は、もともと『国民的』とも称される人気キャスターだったのですが、キャスターをスキャンダラスに描いた映画『手機』のモデルにされたことで精神をやられ、最終的には職を辞すことになってしまった。それだけでも恨み骨髄なのに、そのグループが新たに続編の『手機2』を制作する予定だと知り、怒りが爆発したようです。攻撃の本命は映画監督の馮小剛(フォン・シャオガン)と、エンターテインメントビジネス界の雄、華誼兄弟伝媒(フアイー・ブラザーズ・メディア)グループの王兄弟ですが、彼女も一味と見なされたのでしよう」 SNSでは、告発直後の6月にファンが崔氏に「あなたがそんなに傷ついていたとは知らなかった」と泣いて電話があり、それに対し崔氏が「知らないはずないだろう」と冷たく突き放したという話も流れている。いずれにせよ、これほど堂々と不正が告発されれば、ただで済むはずはなかった。 しかも崔氏の告発は、後付けながら当局にとって実に利用価値のあるものとなったという。別のメディア関係者が語る。 「中国はちょうど各地の税務局を国税局と一体化させる組織改革方案を7月20日付で発出したばかりで、新組織の船出に勢いをつける材料を探していた。そこに降って湧いたのがファンの事件ということです。組織改革の目的は、中央のコントロールの強化ですから、北京は勢いづくことでしょう」 また、高額所得者の象徴である芸能界のスターからきっちり税金を取り立てたことは、中国がさらに力を入れる所得の再分配にも追い風となる。 中国は今後の社会と経済の安定のために中小企業への手厚い保護と中間所得層の拡大を目標として定めている。前者の目的のため、8月20日には第1回となる中小企業発展促進会議を行っていて、また後者については低所得者のために大幅な減税に着手している。 中国の納税者を可処分所得に従って5分割して、下から3段階を対象に減税を行っているのだ。「中国を過去に逆戻りさせた」と表現される習近平国家主席の政策は、常に「持たざる者」を意識して進められてきたが、その大きな流れから見た通り、ファンの脱税にも厳しい裁きが下されたわけである。中国の人気女優、ファン・ビンビン(范冰冰) ただ、問題はファン一人が断罪されても収まらないという。 「告発は芸能界の裏の体質を白日の下にさらしてしまった。当然類は他のスターたちにも及ぶでしょう。芸能界をはじめすべてのエンターテインメントビジネスにかかわる人々は、今やもう戦々恐々です。飛ぶ鳥を落とす勢いだった華誼兄弟も、当初こそ崔さんに反論していましたが、もうすっかり静かです」 中国では映画の興行収入が日本の4倍を超え、数年で米国をも追い抜くと騒がれてきたが、その絶好調の映画界では、これから非常に冷たい風が吹き荒れることになるのだろう。